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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01S
審判 一部無効 2項進歩性  H01S
管理番号 1288069
審判番号 無効2012-800059  
総通号数 175 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-04-20 
確定日 2013-03-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第2137553号発明「フアイバ光学増幅器システムおよび光信号の増幅方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 事案の概要
本件は、請求人が、被請求人が特許権者である特許第2137553号(平成10年7月31日登録、以下「本件特許」という。昭和59年11月20日出願、パリ条約による優先権主張1983年11月25日米国、平成6年3月30日出願公告、特公平6-24273号公報、発明の数は2である。)の請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)についての特許を無効とすることを求める事案である。

第2 本件審判の経緯
本件審判の経緯は、次のとおりである。

平成24年 4月20日 審判請求
平成24年 8月15日 審判事件答弁書提出
平成24年11月12日 口頭審理陳述要領書提出(請求人及び被請求人)
平成24年11月26日 上申書提出(請求人)
平成24年11月26日 口頭審理
平成24年12月10日 上申書提出(被請求人)
平成24年12月25日 第二上申書提出(請求人)

第3 本件発明
本件発明を分説すると、次のとおりのものと認められる。

「A:増幅されるべき信号の周波数でレーザ遷移を生じるレージング物質がドープされた物質であるレージングファイバと、
B:前記レージング物質のレーザ発振周波数と実質的に同一の波長を有する信号を与える信号源と、
C:前記信号の波長と異なる波長を有し、前記レージング物質をポンピングするポンプ光を与えるポンプ光源と、
D:前記信号の波長と前記ポンプ光の波長とで有意に相違する、波長に依存した結合効率を有する光結合器とを備え、
E:前記光結合器は、前記信号を伝送する信号用光ファイバポート、前記ポンプ光を伝送するポンプ光用光ファイバポート、および前記信号と前記ポンプ光との両者を伝送する信号・ポンプ光兼用光ファイバポートを含み、前記信号・ポンプ光兼用光ファイバポートは前記レージングファイバの一端に光学的に結合されており、前記信号を前記光結合器と前記レージングファイバとの間で伝送させる一方、前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅されるように、前記レージングファイバ、前記信号源、前記ポンプ光源、および前記光結合器を光ファイバにより光学的に結合してなる、ファイバ光学増幅器システム。」

第4 請求人の主張の概要
1 無効理由1(特許法第36条第4項違反、審判請求書7頁?17頁)
以下のとおり、本件特許の願書に添付した明細書には、当業者が容易に本件発明の実施をできる程度に発明の目的、構成、効果が記載されていないから、昭和60年法改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、本件発明に係る特許は、旧特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

(1)本件特許の当初明細書には、本件発明の光増幅器システムで、実際に信号の増幅作用を実験的に確認したことの記載はない。

(2)本件発明は、結晶ファイバを光ファイバにより光学的に結合した光増幅器システムであるが、かかる光増幅器システムが光増幅作用の機能を有するためには、物理法則上、少なくとも以下の2つの問題点を解決する必要がある。
ア 結晶ファイバと光ファイバの光学的結合によって結合損失が生じるところ、当該結合損失を上回る増幅度を実現しなければならないこと
イ システムをレーザ発振させず、増幅器として機能させるために必要な、結晶ファイバの端面における反射防止を施さなければならないこと

(3)「結合効率η」を表す式は、次のように単純化できる。
η=4/(w_(1)/w_(2))^(2) (ここで、w_(1)≫w_(2))
そして、w_(1)あるいはw_(2)で表される「基底モード光のモード径」は、光伝送路の光を伝搬する導波部分の径と同程度であるので、上記の式の((w_(1)/w_(2))^(2))の値は、入射側の光伝送路及び出射側の光伝送路の導波部分の端面の面積比で近似することができる。

(4)本件特許の当初明細書には、光ファイバの直径10ミクロン、ND:YAG結晶ファイバの直径100ミクロンが開示されているのみである。これを(3)の式に当てはめると、光ファイバからND:YAG結晶ファイバヘの光学結合の結合効率は4/100程度となる。すなわち、入射側の光ファイバを伝搬されてきた基底モードの光信号は、その全パワーの4/100程度だけがND:YAG結晶ファイバの基底モードヘと導入される。同様に、ND:YAG結晶ファイバから出射側の光ファイバヘの信号の結合効率も4/100程度であり、ND:YAG結晶ファイバで光増幅された後の基底モードの光信号は、その全パワーの4/100程度だけが出射側の光ファイバヘと出射される。よって、ND:YAG結晶ファイバの入射側と出射側を含めた全体の結合効率は16/10000程度であり、これは、「結合効率」と「結合損失」の関係式 (α=10 log_(10 )(η) 、α:結合損失(dB))に当てはめれば、-28dBの結合損失に相当する。

(5)なお、当初明細書の34頁12行?14行(甲第4号証9頁右下欄12行?14行)には、結晶ファイバについて、「単一モードファイバ12bの直径に近いような、更に小さな直径も可能である。」との記載もある。しかし、当初明細書には、どのようにしてそのような小さな直径の結晶ファイバを入手できるかの記載は全くない。現に、本件特許の出願当時、10ミクロンに近いような結晶ファイバを製造する技術は存在しなかった。

(6)本件発明のファイバ光学増幅器システムが1より大きな増幅度の増幅作用を行うためには、ND:YAG結晶ファイバにおける光増幅の利得が28dB(10000/16倍)以上であることが必要であるが、ND:YAG結晶ファイバを端面励起して28dB以上という極めて高い利得を実現する技術は本件優先日当時に知られていなかった。そして、当初明細書にも、当業者が本件発明を実施可能とする程度に、ND:YAG結晶ファイバにおいて結合損失を上回る信号の増幅度を得る方法は記載されてはいない。

(7)ND:YAG結晶ファイバ内での信号の増幅度をG、端面での反射率をRとした場合、レーザ発振を開始する条件はG×R>1である(自励発振)。当初明細書に記載されているND:YAG結晶ファイバの直径100ミクロン、光ファイバの直径10ミクロンの場合は、結合損失が-28dBであるから、結合損失を上回る増幅を得るためには、28dBを上回るND:YAG結晶ファイバ内での信号の増幅度Gが必要であるが、本件発明のシステムが増幅作用を行うためには、レーザ発振をしないという条件をもクリアしなければならない。レーザ発振をしないための反射率Rを求めると、G=28dB(10000/16倍)のときに、G×R=1となるRは0.0016(0.16%)である。すなわち、本件発明の当初明細書において、唯一の実施例の、光ファイバと結合したND:YAG結晶ファイバのシステムが、本件発明の増幅作用を行えるために必要な条件は、増幅度Gが28dB以上、且つ、反射率Rが0.16%以下である。
しかし、レーザ発振を起こさず、増幅器として機能するために端面の反射率を抑える反射防止手段は、一般的には、本件特許優先日当時知られてはいたが、そのような技術をND:YAG結晶ファイバに適用して、反射率を0.16%未満に抑えることなど、到底不可能であった。それにもかかわらず、当初明細書にも反射防止手段についての記載は全く存在せず、実施例のシステムが増幅作用をするために必要な反射条件を実現することはできない。

2 無効理由2(特許法第29条第2項違反、審判請求書17頁?25頁)
以下のとおり、本件発明は、甲第1号証(特開昭52-104942号公報)及び甲第2号証(特開昭58-53243号公報)、必要であれば更に加えて甲第3号証(特開昭58-88719号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

(1)甲第1号証には、次の発明(以下「引用発明1」という)が記載されている。
1a:増幅されるべき入力光7の周波数でレーザ遷移を生じるNdがドープされた物質である活性媒質1(Ndドーピングガラスファイバ或はNd:YAG結晶)と、
1b:前記Ndのレーザ発振周波数と実質的に同一の波長(1.06μm)を有する入力光7を与える信号源と、
1c:前記入力光7の波長と異なる波長(0.5145μm)を有し、前記Ndをポンピングする励起光5を与えるポンプ光源とを備え、
1e:前記励起光5を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記入力光7が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅される、ファイバ光学増幅器システム。

(2)本件発明と引用発明1とは、
「増幅されるべき信号の周波数でレーザ遷移を生じるレーシング物質がドープされた物質であるレーシングファイバと、
前記レーシング物質のレーザ発振周波数と実質的に同一の波長を有する信号を与える信号源と、
前記信号の波長と異なる波長を有し、前記レーシング物質をポンピングするポンプ光を与えるポンプ光源とを備え、
前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅される、ファイバ光学増幅器システム」
である点で一致し、
「本件発明は、
信号の波長とポンプ光の波長とで有意に相違する、波長に依存した結合効率を有する光結合器を備え、
光結合器は、信号を伝送する信号用光ファイバポート、ポンプ光を伝送するポンプ光用光ファイバポート、および信号とポンプ光との両者を伝送する信号・ポンプ光兼用光ファイバポートを含み、信号・ポンプ光兼用光ファイバポートはレージングファイバの一端に光学的に結合されており、信号を光結合器とレージングファイバとの間で伝送させ、前記レージングファイバ、前記信号源、前記ポンプ光源、および前記光結合器を光ファイバにより光学的に結合してなる
のに対し、引用発明1は、信号とポンプ光をレージングファイバに入力する具体的な構成が特定されていない点」
で相違する。

(3)ア 引用発明1においても、信号源とポンプ光源を備え、信号とポンプ光をともにレージングファイバの一端に入力するのであるから、信号とポンプ光を結合する光結合器を用いることは、引用発明1に実質的に記載されている事項である。

イ 甲第2号証に記載された3dB光結合器または分岐路形合流器6と、引用発明1の信号とポンプ光をレージングファイバに入力する構成部分とは、信号光とポンピング光を混合して増幅媒体へ導入するという点において、その課題・作用・機能が共通するから、引用発明1において信号(入力光7)とポンプ光(励起光5)をレージングファイバ(活性媒質1)に入力するための具体的な構成として、甲第2号証に開示された3dB光結合器または分岐路形合流器6の適用を試みることは、当業者が容易になし得たことである。すなわち、本件発明の上述した[相違点]は、甲第2号証に基づき容易に想到できる範囲内のものにすぎない。
なお、上記の3dB光結合器または分岐路形合流器6の各ポートは光ファイバで構成されるものであるか否かについて明記されていないが、同文献第1図に描かれたポンプ光用ポートの光路が緩やかな曲線形状を持って信号用ポートの光路に合流している点に鑑みれば、甲第2号証の3dB光結合器または分岐路形合流器6は各ポートが光ファイバで構成されたものであるとみなすのが相当である。仮にそうでなかったとしても、甲第2号証の3dB光結合器または分岐路形合流器6と同等の構成および機能を有し且つ光ファイバで構成された光結合器は、本件特許の優先日において公知である。また、光ファイバで構成された光結合器が結合効率に波長依存性を持つことも、公知の事項にすぎない(甲第3号証)。

ウ また、本件発明において、レージングファイバ、信号源、ポンプ光源、および結合器を光ファイバにより光学的に結合してなる点については、信号源、ポンプ光源、結合器がそれぞれ光ファイバで構成されている以上、当然のことであるが、本件明細書では、光ファイバとレージングファイバの光学的な結合については、実施可能な記載が存在せず、前記無効理由1により、本件特許は無効とされるべきものであるが、仮に、格別の工夫を行なわなくとも光ファイバとレージングファイバの結合が可能であるものとするならば、甲第2号証あるいは甲第3号証の光結合器の光ファイバとND:YAG結晶(レージングファイバ)を接続することは当業者が容易になし得ることにすぎないものである。

エ したがって、本件発明は、当業者が甲第1号証及び甲第2号証(必要であれば更に加えて甲第3号証)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。

3 甲号証
請求人が提出した甲号証は、以下のとおりである。

甲第1号証:特開昭52-104942号公報
甲第2号証:特開昭58-53243号公報
甲第3号証:特開昭58-88719号公報
甲第4号証:特開昭60-157279号公報(本件特許の公開公報)
甲第5号証:特公平6-24273号公報(本件特許の公告公報)
(以上、審判請求書に添付して提出。)
甲第6号証:C.A.Burrus and J.Stone,Single-crystal fiber optical devices: A Nd:YAG fiber laser, Applied Physics Letters,Vol.26, No.6, 15 March 1975, p.318-320
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出。)
甲第7号証:M. J. F. DIGONNET, C. J. GAETA, D. O'MEARA, AND H. J. SHAW, Clad Nd:YAG Fibers for Laser Applications, JOURNAL OF LIGHTWAVE TECHNOLOGY, VOL. LT-5, NO.5, MAY, 1987, p.642-646
(以上、第二上申書に添付して提出。)

なお、請求人は、以下の参考資料を提出した。
参考資料1:光デバイスのための光結合系の基礎と応用、29頁?36頁、現代工学社、1991年1月25日発行
参考資料2:光増幅器とその応用、99頁?125頁、オーム社、平成4年5月30日発行
(以上、審判請求書に添付して提出。)
参考資料3:光ファイバの基礎、60頁?72頁、オーム社、昭和52年7月15日発行
参考資料4:光ファイバ伝送、32頁?37頁、社団法人電子通信学会編、昭和53年12月15日発行
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出。)

第5 被請求人の主張の概要
1 無効理由1に対して(答弁書8頁?20頁)
(1)当初明細書の34頁11乃至19行には、「結晶44の直径が100ミクロンであるような増幅器が作成されていた。単一モードファイバ12bの直径に近いような、更に小さな直径も可能である。ファイバ12bと結晶44との間の結合は、結晶44の直径が減少し、信号利得が増大するにつれ強化される。なぜなら、結晶44内における、光源42からのポンピング・イルミネーション密度は結晶44の直径が減少するに従い増加するからである。」と記載されている。したがって、100ミクロンという数値は、あくまで一例であり、当初明細書は、ND:YAG結晶ファイバの直径が、単一モードファイバ12bの直径に近い直径をとりうることも開示している。

(2)本件特許の優先日の約8年も前に発表された乙第1号証には、直径50ミクロンのNd:YAG単結晶ファイバを製造したことが記載されている(318頁の要約、319頁左欄5乃至8行)。
また、1982年に発表された乙第2号証には、直径30ミクロンのNd:YAGファイバを製造したこと、直径25ミクロンのファイバも製造可能であることが記載されている(50頁の要約、52頁29行、54頁18乃至19行)。
さらに、発行は1985年であるが、本件特許の優先日前の1983年9月に開講されたサマースクールの教材に基づく文献である乙第3号証には、直径6ミクロンのNd:YAGファイバを製造したことが記載されている(132頁右欄14乃至17行、133頁の図7)。
したがって、本件特許の出願当時、10ミクロンに近いような結晶ファイバを製造する技術は存在した。よって、当時の技術水準を鑑みれば、入手方法や製造方法等を逐一説明しなくとも、「単一モードファイバ12bの直径に近いような、更に小さな直径も可能である。」との記載に接した当業者であれば、本件発明を実施するために、10ミクロンに近いような結晶ファイバを入手ないしは製造することは可能であった。

(3)レージングファイバの一実施例であるND:YAG結晶ファイバのようなステップインデックスファイバにおけるモード径w_(2)の値を算出するためには、コアとクラッドの屈折率差の大きいファイバに適用可能な、乙第5号証に示されたモード径の算出式を用いなければならない。
直径が100ミクロンのND:YAG結晶ファイバにおけるモード径(ビームの半径)w_(2)は、20.2ミクロンであり、直径に換算すれば40.4ミクロンである。したがって、ステップインデックスファイバにおける基底モード光のモード径は、ファイバの直径の半分以下にすぎない。よって、「モード径は光を伝搬する導波部分の径と同程度である」との審判請求人の主張は失当である。

(4)シングルモードファイバのモード径wは、5.9ミクロンと算出される。したがって、シングルモードファイバにおける基底モード光のモード径も、ファイバの径と同程度とはいえない。よって、この点においても、「モード径は光を伝搬する導波部分の径と同程度である」との審判請求人の主張は失当である。

(5)式「η=4/(w_(1)/w_(2)+w_(2)/w_(1))^(2) 」のw_(1)に5.9ミクロン、/w_(2)に20.2ミクロンを代入すると、算出される結合効率は29/100である。また、ND:YAG結晶ファイバの入射側と出射側を含めた全体の結合効率は、839/10000である。839/10000という結合効率は、審判請求人の主張する16/10000 との結合効率の52倍以上である。また、839/10000という結合効率は-10.8dBの結合損失に相当し、デシベル表記ですら、審判請求人の主張する-28dBの結合損失の半分にも満たない。したがって、ND:YAG結晶ファイバの直径が100ミクロンであるという一例においても、光増幅の利得は10.8dB(10000/839倍)以上であればよい。ND:YAG結晶ファイバの直径が100ミクロンから更に小さくなり、ファイバのコア径に近づけば、それに伴い、ND:YAG結晶ファイバにおけるモード径も更に小さくなり、結合損失は-10.8dBから更に小さくなるため、ファイバ光学増幅器システムが増幅作用を行うために必要な利得は10.8dBからさらに小さくなる。

(6)増幅度Gが10.8dB(10000/839倍)のときに、G×R=1となる反射率Rは、8.4%である。すなわち、レーザ発振をしないための反射率は8.4%未満であればよく、審判請求人の主張する0.16%よりずっと大きいものである。また、上述したように、明細書に開示されたND:YAG結晶ファイバの直径は100ミクロンに限定されず、単一モードファイバの直径に近いような、更に小さな直径をとってもよいことが開示されている。ND:YAG 結晶ファイバの直径が100ミクロンから更に小さくなるにつれて結合効率は更によくなるため、レーザ発振を引き起こすために必要な反射率は8.4%から更に大きくなる。
これに対し、仮に光ファイバのコアの屈折率が1.46であるとすると、屈折率が1.46の光ファイバのコアから屈折率が1.82であるND:YAG結晶ファイバに入射する光の反射率は1.2%であり、8.4%よりも小さい。したがって、反射防止手段をとらなくとも、実施例に係るND:YAG結晶ファイバにおいてレーザ発振は生じえない。実施例に係るシステムは、増幅作用をするために必要な反射条件を実現しているのである。
なお、付言すれば、乙第8号証の1185頁左欄20乃至末行及び右欄1乃至25行に記載されているように、本件特許優先日当時において、屈折率整合オイルを滴下する、反射防止コーティングを施す、あるいはファイバ端面を斜めにする等、光ファイバの端面の反射率を低下させる技術は周知であったから、本件特許明細書に接した当業者であれば、本件発明のレージングファイバの端面に反射防止手段を採用しうることは、容易に理解しうる。

(7)以上説明したように、「ND:YAG結晶ファイバの直径100ミクロンが開示されているのみである。」との審判請求人の主張は失当であり、当該前提に基づく審判請求人の主張も総て失当である。また、仮にND:YAG結晶ファイバの直径の値として100ミクロンを採用しても、結合損失は極めて低く、レーザ発振を起こさずに光増幅が可能であることは説明したとおりである。さらに、当初明細書の開示に従って、ND:YAG結晶ファイバの直径を小さくすれば、結合損失は更に小さくなる。
したがって、当初明細書には、レージングファイバを光ファイバにより光学的に結合した光増幅器システムで、光増幅作用を行うことが、実施可能に記載されている。

2 無効理由2に対して(答弁書20頁?34頁)
(1)甲第1号証の第2図は、甲第1号証に開示された発明の一部を抜き出して模式的に示したものに過ぎず、これに基づいて引用発明が認定されるべきではない。

(2)甲第1号証に記載された発明(以下「引用発明1」という。)は、パターン認識等のために二次元的な画像情報を二次元のままで並列処理することを課題とし、この課題を解決するために、「アレー化が容易な小径ファイバ状レーザ素子を複眼状に配列したファイバ群を面状に端面から光励起する手段を用い」たものであると言える。具体的には、引用発明1は、個々のファイバ・レーザ素子が画素を形成して画像として面的にレーザ増幅を行なえるようにするために、個々のファイバを接着することによって、「複眼状に配列したファイバ群」(ファイバ・レーザ・プレート)を構成し、このファイバ群に励起光5及び二次元的な画像(入力光7)を照射することにより、画像(入力光7)を増幅し、光量の高い増幅光8として放射するものである(甲第1号証、2頁右下欄3行?11行、及び3頁左上欄16行?右上欄5行、並びに第4図)。
甲第1号証には、拡散する励起光5を、複眼状に配列されたファイバ群に斜め上方から面状に照射する(光ファイバを介さずに空間を伝播させる)ことが開示されているに過ぎない。すなわち、甲第1号証には、励起光5を光ファイバによって活性媒質1の一端に入力する構成は開示されていない。
したがって、本件発明と引用発明とが、「前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅される」点で一致するとの請求人の主張は明らかな誤りであり、相違点とすべきものである。

(3)本件発明と引用発明との相違点(以下「本件相違点」という。)は、以下のとおり認定されるべきである。
本件発明は、
「前記信号の波長と前記ポンプ光の波長とで有意に相違する、波長に依存した結合効率を有する光結合器とを備え、前記光結合器は、
前記信号を伝送する信号用光ファイバポート、
前記ポンプ光を伝送するポンプ光用光ファイバポート、および
前記信号と前記ポンプ光との両者を伝送する信号・ポンプ光兼用光ファイバポート
を含み、
前記信号・ポンプ光兼用光ファイバポートは前記レージングファイバの一端に光学的に結合されており、前記信号を前記光結合器と前記レージングファイバとの間で伝送させる一方、
前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅されるように、
前記レージングファイバ、前記信号源、前記ポンプ光源、および前記光結合器を光ファイバにより光学的に結合してなる」
構成であるのに対し、引用発明1は、
「拡散する励起光5及び二次元的な画像(入力光7)を 複眼状に配列されたファイバ群に面状に照射し(光ファイバを介さずに空間を伝播させ)励起光5は斜め上方から照射される」
構成である点

(4)甲第1号証には、励起光5及び二次元的な画像である入力光(信号光)7を光結合器で結合することは開示されておらず、拡散する励起光5と入力光7の両方をファイバ群に面状に照射すること、励起光は斜め上方の空間から照射されることが開示されているのみであって、光結合器を用いることが「実質的に記載されている事項」であると認めるに足る記載はない。
引用発明1に「光結合器」を適用することを想定した場合、光結合器をファイバ群の前方に配置しようとすると、それぞれが二次元的な画像の画素に対応する複眼状に配列されたファイバ群に二次元的な画像である信号光を面状に照射することの妨げになるなど、引用発明1に実際に「光結合器」を適用しようとすると、次々に問題が発生するから、引用発明1において「光結合器」を適用すること、及び「光結合器」を適用する場合に伴う「光ファイバによる光学的結合」を適用することについて阻害要因が存在することは明らかである。
したがって、引用発明1に甲第2号証の「3dB光結合器または分岐路形合流器6」を適用して本件相違点に係る構成を想到することは、当業者にとって容易になし得るものではない。
また、甲第2号証には、「3dB光結合器または分岐路形合流器6」の具体的な構成や結合方法の開示がなく、これらをどのように引用発明1に適用すれば、引用発明1における励起光5及び二次元的な画像(入力光7)を結合できるのか、理解できる程度の具体的な記載はないから、引用発明1に甲第2号証の「3dB光結合器または分岐路形合流器6」の適用を試みることは、公知の技術を転用しただけのことであるなどとは言えないし、甲第2号証の発明は、光増幅器の技術において、光ファイバと光増幅器の接続が困難であることを課題とし、光ファイバのみにおいて増幅が可能であり、光ファイバと光増幅器との接続が不要なラマン増幅の原理を採用しているから、当業者が、甲第2号証発明の「3dB光結合器または分岐路形合流器6」を引用発明1の光増幅器たるファイバ・レーザ・プレートに光ファイバを介して接続しようとする動機付けを妨げるものである。
さらに、甲第2号証の「3dB光結合器または分岐路形合流器6」は、甲第3号証(特開昭58-88719号公報)の「結合器」と「同等の構成および機能」を有するものではない。

(5)以上のとおり、引用発明1及び甲第2号証に開示された発明、並びに引用発明1、甲第2号証及び甲第3号証に開示された発明に基づいて本件相違点に係る構成を想到することは、当業者にとって容易になし得るものではない

3 乙号証
被請求人が提出した乙号証は、以下のとおりである。

乙第1号証:Burrus et a1. Applied Physics Letters, Vol. 26, No. 6, p. 318-320, March 1975とその抄訳
乙第2号証:M. Fejer, R. L. Byer, R. Feigelson, W. Kway, Growth and characterization of single crystal refractory oxide fibers, Proceedings of SPIE, volume 320 “Advances in Infrared Fibers II”, p. 50-55, 1982とその抄訳
乙第3号証:R. S. Feigelson, “GROWTH OF FIBER CRYSTALS”, CRYSTAL GROWTH OF ELECTRONIC MATERIALS based on the lectures at the 5th INTERNATIONAL SUMMER SCHOOL ON CRYSTAL GROWTH AND MATERIALS RESEARCH (ISSCG-5) DAVOS, SWITZERLAND, SEPTEMBER 3-10, 1983とその抄訳
乙第4号証:H. Kogelnik, Coupling and Conversion Coefficients for Optical Modes, Proceedings of the Symposium on Quasi-Optics, Microwave Research Institute Symposia Series Volume XIV, Polytechnic Press of the Polytechnic Institute of Brooklyn, Brooklyn, N. Y. , p. 333-347, 1964, LCC 64-7950とその抄訳
乙第5号証:A. W.Snyder and J. D.Love, Optical Waveguide Theory, ISBN 0-412-09950-0, Chapman and Hall, p. 226-227, p. 338-341, p. 428-431, 1983とその抄訳
乙第6号証:D. Marcuse, Loss Analysis of Single-Mode Fiber Splices, The Be11 System Technical Journal Vol. 56, No. 5, p. 703-718, 1977とその抄訳
乙第7号証:Nippon Telegraph&Telephone Public Corporation employees Y. Katsuyama, S. Mochizuki, K. Ishihara, and T. Miyashita in their paper Single-mode optical fiber cable in Applied Optics Vol. 18, No. 13, p. 2232-2236, 1979とその抄訳
乙第8号証:C.J Koester and E. Snitzer, Amplification in a Fiber Laser, Applied Optics Vol. 3, No. 10, p. 1182-1186, 1964とその抄訳
(以上、審判事件答弁書に添付して提出。)
乙第9号証:光伝送システムに関する技術動向調査 特許庁技術調査課 平成13年(2001年)7月
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出。)

第6 当審の判断
1 無効理由1について
(1)本件明細書の記載
本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、以下の記載がある。

ア 「発明の背景
或る物質の特に巨視的なレベルでの能力に基づく光学増幅器の概念はよく知られている。すなわち、たとえば、ポンピング用光源と、直径数ミリメートル,長さ数センチメートルのネオジウム-イットリウム・アルミニウム・ガーネット(ND:YAG)単結晶ロッドを円筒形の反射性空洞に置くことが知られている。たとえば、光源とND:YAGロッドとがそれぞれ楕円形の断面を有する空洞の2つの焦点に沿って延びるように配置される。このような配置において、光源から放射され、かつ空洞壁で反射された光はNDD:YAGロッドに進入するだろう。光源は好ましくは、ND:YAG結晶の吸収スペクトルに対応する波長の光を放射し、それによって、結晶中のネオジウムイオンが上位のレーザ準位以上のエネルギ準位に反転されるように選択される。反射後のネオジウムイオンのフォノン放出による初期緩和により、上位のレーザ準位にイオンが分布する。この準位から、イオンはND:YAG物質特有の波長の光を放射しながら、下位のレーザ準位に緩和する。都合の良いことに、下位のレーザ準位はこのイオンの基底状態より上にあるので、急速なフォノン放出緩和が下位のレーザ準位と基底状態との間で生じ、ポンピングされたイオンによって上と下のレーザ準位の間の高い反転比ができる。
・・・
ファイバ光学スシテムにおいて、このような増幅器が用いられた場合、光ファイバの直径とND:YAGの結晶の直径とに大きな相違があるので、レンズのような光学部品を用いて光ファイバからの光をND:YAGロッドへ集中させ、かつND:YAGロッドからの増幅された光信号を別のファイバへ集中させることが必要であると考えられていた。」(甲第5号証第3欄45行?第4欄50行)

イ 「発明の概要
結晶ロッド増幅器に付随する欠点は、この発明において軽減される。特に、この発明は、レーザ発振する物質がドープされた結晶ファイバと、前記レーザ発振物質のレーザ周波数を有する信号源と、前記レーザ発振物質をポンピングするポンプ光源と、前記結晶性ファイバに結合される光ファイバ端と、前記信号と前記ポンプ光とを前記光ファイバへ結合させる手段とを備えるファイバ光学増幅器システムである。
・・・
この発明は、端部がND:YAG物質をポンピングすることを許容する。したがって、サイド・ポンピング配置においては不可欠なこの結晶に対する大きな直径という必要条件を完全に避けることができる。ND:YAGファイバは、したがって、先行技術の増幅器ロッドと比較して直径が極めて小さくされる。なぜなら、ポンピング・イルミネーションはファイバの幅方向に沿って吸収されるというより、むしろその長さ方向に沿って吸収されるからである。このことにより、ND:YAG結晶の小さな直径内の高濃度のポンピングイルミネーションと、増幅器構造に対するより高いポテンシャル利得とがもたらされる。
上述の論議に基づいて、端部でのポンピングを実行するために、ND:YAG材料は、好ましくは、小さな直径のファイバとして形成され、かつ増幅されるべき信号を伝送する光ファイバと直列に設置されることは理解されるだろう。」(甲第5号証第5欄43行?第6欄47行)

ウ 「ストランド12a および12b の各々は、中心のコアと外側のクラッドとを有するようにドープされた光ファイバを備える。ストランド12a および12b は入手の容易な、中心のコアと外側のクラッドとを有するようにドープされた石英グラスファイバを備えてもよい。ファイバ12a および12b の屈折率はできる限り同一に近いようにされるべきである。また、ストランド12a および12b は共に、用いられる光の周波数において単一のモードの伝送を行なえるように十分小さい中心部のコアを含むべきである。したがって、これらのストランド12a および12b は典型的には、10ミクロンあるいはそれ以下のオーダーのコア直径と、12ミクロンのオーダーのクラッドの直径とを有する。」(甲第5号証第8欄12行?24行)

エ 「ND:YAG結晶44の直径は、先行技術の増幅器に用いられているND:YAGロッドの直径と比べて極めて小さい。たとえば、結晶44の直径が100ミクロンであるような増幅器が作成されていた。単一モードファイバ12bの直径に近いような、さらに小さな直径も可能である。ファイバ12bと結晶44との間の結合は、結晶44の直径が減少し、信号利得が増大するにつれ強化される。なぜなら、結晶44内における、光源42からのポンピング・イルミネーション密度は結晶44の直径が減少するに従い増加するからである。」(甲第5号証第14欄18行?28行)

(2)本件発明の技術的意義
上記(1)によれば、本件明細書には、本件発明の技術的意義に関し、以下の事項が記載されているものと認められる。

ア 例えば、ポンピング用光源と、直径数ミリメートル,長さ数センチメートルのネオジウム-イットリウム・アルミニウム・ガーネット(ND:YAG)単結晶ロッドを円筒形の反射性空洞に置く光学増幅器の概念はよく知られており、ファイバ光学システムにおいて、このような増幅器が用いられた場合、光ファイバの直径とND:YAGの結晶の直径とに大きな相違があるので、レンズのような光学部品を用いて光ファイバからの光をND:YAGロッドへ集中させ、かつND:YAGロッドからの増幅された光信号を別のファイバへ集中させることが必要であると考えられていた(上記(1)ア)。

イ 本件発明は、端部がND:YAG物質をポンピングすることを許容するものであって、ND:YAGファイバは、先行技術の増幅器ロッドと比較して直径が極めて小さくされ、増幅されるべき信号を伝送する光ファイバと直列に設置される(上記(1)イ)。

ウ ストランドが備える光ファイバは、典型的には、10ミクロンあるいはそれ以下のオーダーのコア直径と、12ミクロンのオーダーのクラッドの直径とを有する(上記(1)ウ)。

エ ND:YAG結晶の直径は、先行技術の増幅器に用いられているND:YAGロッドの直径と比べて極めて小さく、例えば、結晶の直径が100ミクロンであるような増幅器が作成されていた。単一モードファイバの直径に近いような、さらに小さな直径も可能であり、ファイバと結晶との間の結合は、結晶の直径が減少し、信号利得が増大するにつれ強化される(上記(1)エ)。

(3)本件発明の実施可能要件についての検討
ア 上記(2)エのとおり、本件明細書には、ND:YAG結晶の直径は、先行技術の増幅器に用いられているND:YAGロッドの直径と比べて極めて小さく、例えば、結晶の直径が100ミクロンであるような増幅器が作成されていたこと、単一モード光ファイバの直径に近いような、さらに小さな直径も可能であることが記載されていることが認められる。
そして、上記ND:YAG結晶は本件発明における「レージングファイバ」に対応するものと認められるところ、本件明細書には、光ファイバと結晶との間の結合は、結晶の直径が減少し、信号利得が増大するにつれ強化されることがあわせて記載されていることを考慮すれば、本件明細書には、ND:YAG結晶について、直径が100ミクロンであるようなものに限らず、単一モード光ファイバの直径に近いような、さらに小さな直径とすることが示唆されていることは明らかである。

イ ここで、上記(2)ウのとおり、本件明細書において、光ファイバは、典型的には、10ミクロンあるいはそれ以下のオーダーのコア直径と、12ミクロンのオーダーのクラッドの直径とを有するものとされることが認められる。

ウ しかるところ、甲第1号証、乙第1号証ないし乙第3号証には、以下の各記載がある。

(ア)甲第1号証
「単一の端面励起ファイバ・レーザの代表的な構造として第1図に示すものがあげられる。すなわち直径0.5mm、長さ5mm程の円柱に整形したNdドーピングガラスファイバ或はNd:YAG結晶などの活性媒質の両端面に光共振器用の反射鏡を設けたものである。」(2頁右上欄12行?17行)

(イ)乙第1号証(訳文をかっこ書で付記した。以下同様。)
「Single-crystal fibers of Nd:YAG have been grown in diameters as small as, but not limited to, 50 μm by a pedestal growth (modified zone melting) technique. 」(318頁、要約欄1行?2行)
(Nd:YAGの単結晶ファイバは、ペデスタル成長(改良帯域溶融)技法によって、これに限定されないが、わずか50μmの直径で成長された。)、
「Succesive regrowths have produced fibers with diameters as small as 50 μm and lengths, limited only by our present equipment design, to about 20 cm.」(319頁、左欄5行?8行)、
(連続再成長は、わずか50μmの直径と、我々の現在の機器設計によってのみ制限される、約20cmまでの長さとを有するファイバを作った。)

(ウ)乙第2号証
「This paper presents results of pedestal growth of 30 - 500 μm diameter single crystal refractory oxide fibers. 」(50頁、要約欄1行?2行)
(本論文は、30?500μmの直径の単結晶耐熱性酸化物ファイバのペデスタル成長の結果を提示する。)、
「The smallest diameters obtained to date are 30 micron diameter Nd:YAG fibers.」(52頁29行)、
(これまでに得られた最小直径は、30ミクロンの直径のNd:YAGファイバである。)
「Thus, with a 1 cm long 1 mm diameter source rod, one could grow 16 meters of 25 micron diameter fiber.」(54頁18行?19行)、
(したがって、1cm長1mm径ソース・ロッドを用いると、25ミクロンの直径のファイバを16メートル成長させられるだろう。)

(エ)乙第3号証
「This system in its present configuration can produce fibers 3-1700 μm in diameter in lengths of up to 20 cm. A section of a 1 cm long, 6 μm diameter Nd:YAG fiber is shown in fig. 7a. 」(132頁、右欄14行?17行)
(このシステムは、現在の構成で、直径3?1700μm、長さ最大20cmのファイバを作ることができる。長さ1cm、直径6μmのNd:YAGファイバの断面を、図7aに示す。)

エ 上記ウによれば、Nd:YAG結晶ファイバの直径について、昭和52年発行の特許出願公開公報である甲第1号証には、「0.5mm」、1975年(昭和50年)発行の学術論文と認められる乙第1号証には、「50μm」、1982年(昭和57年)発行の学術論文と認められる乙第2号証には、「30μm」ないし「25μm」との各記載が認められる。また、1983年9月3日?10日に開講されたサマースクールの講義内容に基づく文献と認められる乙第3号証には、「直径6μm」との記載が認められる。
してみれば、本件特許の優先日である1983年11月25日当時の技術水準において、上記イの光ファイバのコア直径と同程度のNd:YAG結晶ファイバを得ることは、当業者にとって格別困難であったものとは認められない。
そして、上記アのとおり、本件明細書に、ND:YAG結晶について、直径が100ミクロンであるようなものに限らず、単一モード光ファイバの直径に近いような、さらに小さな直径とすることが示唆されていることを踏まえると、本件明細書において、当業者が容易に本件発明の実施をできる程度に発明の目的、構成、効果が記載されていないとまではいえない。

オ 請求人は、口頭審理陳述要領書(7頁)において、本件特許の優先日より後の1985年に発行された乙第3号証の記載に基づいて本件特許の出願時に製造することが可能であったND:YAG結晶ファイバの直径を議論することは失当である旨主張するが、発行日にかかわらず、本件特許の優先日当時の技術水準を示すものであれば参照することは差し支えないものというべきである。
また、請求人は、被請求人が答弁書で述べる本件特許の優先日前の文献が本件明細書に記載されているわけではなく、本件特許の優先日当時において、当業者が容易に当該結晶ファイバを入手できるものではなく、通常の技術水準を有する(我が国の)当業者が本件発明を実施することもできなかった旨主張するが、上記エで検討したとおりであって、請求人の主張は採用できない。

カ さらに、結合効率について請求人が主張する内容(前記第4、1(4)、(6)、(7))は、ND:YAG結晶ファイバの直径が100ミクロンであることを前提とするものと解されるところ、本件明細書に記載されたND:YAG結晶は、直径が100ミクロンであるようなものに限られないことは、上記アで検討したとおりであるから、請求人の主張は、その内容の当否にかかわらず、上記エの判断を左右するものではない。
また、請求人は、口頭審理陳述要領書(18頁)において、本件明細書では、ND:YAG結晶ファイバの直径が100ミクロンである場合が唯一の数値として記載されている限り、それを用いて実施が可能でなければ、開示内容として適切であるとは到底いえるものではなく、特許法36条4項の規定が満たされると判断されるべきではない旨主張するが、上記エで判断したとおりであって、採用の限りでない。

(4)小括
以上の検討によれば、本件明細書に、当業者が容易に本件発明の実施をできる程度に発明の目的、構成、効果が記載されていないとはいえないから、請求人が主張する無効理由1は、理由がない。

2 無効理由2(特許法第29条第2項違反)について
(1)甲号証の記載
ア 甲第1号証
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開昭52-104942号公報)には、以下の記載がある。

(ア)「単一の端面励起フアイバ・レーザの代表的な構造として第1図に示すものがあげられる。すなわち直径0.5mm、長さ5mm程の円柱に整形したNdドーピングガラスフアイバ或はNd:YAG結晶などの活性媒質の両端面に光共振器用の反射鏡を設けたものである。なおフアイバ状活性媒質1の周囲にはポンピング光5や、活性物質1内での放射光を全反射によりフアイバ内に閉じ込めるために、金属或は屈折率が活性媒質1のそれとは異なるガラス等のコーテイグ(審決注、「コーティング」の誤記と認められる。)2が設けられている。」(2頁右上欄12行?左下欄2行)

(イ)「このように構成された小径フアイバ素子10を励起光5で、活性媒質1内に反転分布が生じる程までに励起すると、活性媒質1から生じた光はレーザ発振し、発振レーザ光6が反射鏡4の側から放射される。」(2頁左下欄9行?13行)

(ウ)「たとえばNdドーピングガラスでできたフアイバ・レーザ素子をArレーザ(波長0.5145μm)で励起すると、波長1.06μmのレーザ光が放射される。」(2頁左下欄13行?16行)

(エ)「また第2図は、両端面に反射鏡を設けてないフアイバ状レーザを図示したものである。この場合は素子10を励起しておき、これに入力光7を照射すると、活性媒質1内での誘導放出により入力光7より光量の高い増幅光6が放射される。」(2頁左下欄17行?右下欄2行)
ここで、第2図は次のものである。


イ 甲第2号証
同じく甲第2号証(特開昭58-53243号公報)には、以下の記載がある。

(ア)「第1図は本発明による光伝送方式の構成例を示し、ここで1はストークス光に相当する光源、2は光源1からのストークス光を変調する信号を発生する信号源、3はポンピング光に相当する光源、4および5はレンズ、6は3dB光結合器または分岐路形合流器、7および8は光ファイバである。」(2頁左上欄5行?10行)

(イ)「以上述べたように、光ファイバ7を通じて伝送された信号光は微弱化しているが、ポンピング光を導入することによって光ファイバ8では再び増幅されて伝送される。」(2頁右上欄20行?左下欄3行)

(ウ)「以上示したように、光伝送路の途中の数個所に第1図に示したように3dB光結合器あるいは分岐路形合流器6を配置し、連続発振のポンピング光を導入して合流することによって、ストークス光であるキャリア信号光は途中に中継器を通さずとも長距離にわたつて光ファイバ内を伝送する。」(2頁右下欄20行?3頁左上欄5行)
ここで、第1図は次のものである。


ウ 甲第3号証
同じく甲第3号証(特開昭58-88719号公報)には、以下の記載がある。

(ア)「第1図ないし第4図に示されるように、この発明に用いられる結合器10は、それぞれ矩形のベースまたはブロック16aおよび16bの光学的に平坦な向かい合った表面14aおよび14bにそれぞれ形成された長さ方向の弓状の溝13aおよび13bにそれぞれ取付けられた単モード光ファイバ材料の2つのストランド12aおよび12bを含む。」(4頁左下欄5行?12行)

(イ)「相互作用領域32が、ストランド12の接合部に形成され、そこでは光は、エバネセントフィールド結合によりストランドの間を転送される。」(5頁左下欄1行?3行)

(ウ)「結合器10は、第1図においてA、B、CおよびDと表示された4つのポートを有している。・・・議論の目的のため、入力光がポートAに与えられたと仮定する。この光は、結合器10を介して進み、かつストランド12の間で結合される光の量によってポートBおよび/またはポートDにおいて出力する。」(6頁左下欄4行?14行)

(エ)「以下に詳細に述べるように、転送される光の量が、光の波長にも依存する。」(7頁右上欄3行?5行)

(オ)「第1図ないし第4図を参照して述べたように、単モ-ドファイバ結合器における結合長さが、第29図および第30図に示されるように信号の波長に非常に依存するので、結合器10に対して適当に選択された幾何学的パラメ-タで、第2の信号の波長を本質的に結合されないままにしながら、1つの信号の波長を全体的に結合することが可能である。・・・このように、第31図に示されるように、波長λ1を有する第1の信号、信号1が、結合器10のポ-トAに与えられ、かつ波長λ2を有する第2の信号、信号2が、ポ-トCに結合され、かつその幾何学が適当に選択されるならば、両方の信号が、ポ-トDにおいて実質的に光の出力がなく、ポ-トBにおいて組合わされることができる。」(13頁左上欄19行?右上欄16行)

(2)甲第1号証に記載された発明
前記(1)ア(ア)ないし(エ)を踏まえて甲第1号証の第2図を見ると、同図には、
「円柱に整形したNdドーピングガラスファイバ或はNd:YAG結晶などの活性媒質1の周囲にコーティング2が設けられた小径ファイバ素子10の一方の端面に励起光5を照射して前記素子10を励起しておき、同端面から入力光7を照射すると、活性媒質1内での誘導放出により入力光7より光量の高い増幅光6が前記素子10の他方の端面から放射される端面励起ファイバ・レーザ」(以下「甲1発明」という。)
が記載されていることが理解できる。

(3)本件発明と甲1発明との対比、判断
ア 対比
本件発明と甲1発明とを対比する。

(ア)甲1発明における「円柱に整形したNdドーピングガラスファイバ或はNd:YAG結晶などの活性媒質1の周囲にコーティング2が設けられた小径ファイバ素子1」は「青色系の発光」をするものであるから、本件発明の「増幅されるべき信号の周波数でレーザ遷移を生じるレージング物質がドープされた物質であるレージングファイバ」に相当する。

(イ)甲1発明の「入力光7」は、本件発明の「前記レージング物質のレーザ発振周波数と実質的に同一の波長を有する信号」に相当し、甲1発明において、同信号の信号源が存在することは明らかであるから、甲1発明は、「前記レージング物質のレーザ発振周波数と実質的に同一の波長を有する信号を与える信号源」を備える点において、本件発明と一致する。

(ウ)甲1発明の「励起光5」は、本件発明の「前記信号の波長と異なる波長を有し、前記レージング物質をポンピングするポンプ光」に相当し、甲1発明において、同ポンプ光の光源が存在することは明らかであるから、甲1発明は、「前記信号の波長と異なる波長を有し、前記レージング物質をポンピングするポンプ光を与えるポンプ光源」を備える点において、本件発明と一致する。

(エ)甲1発明の「端面励起ファイバ・レーザ」は、「小径ファイバ素子10の一方の端面に励起光5を照射して前記素子10を励起しておき、同端面から入力光7を照射すると、活性媒質1内での誘導放出により入力光7より光量の高い増幅光6が前記素子10の他方の端面から放射される」ものであるから、「『前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅される』『ファイバ光学増幅器システム』」であるといえ、この点において、本件発明と一致する。

(オ)以上によれば、両者は、
「増幅されるべき信号の周波数でレーザ遷移を生じるレージング物質がドープされた物質であるレージングファイバと、前記レージング物質のレーザ発振周波数と実質的に同一の波長を有する信号を与える信号源と、前記信号の波長と異なる波長を有し、前記レージング物質をポンピングするポンプ光を与えるポンプ光源とを備え、前記ポンプ光を前記ドープされた物質の一端に入力して前記ドープされた物質中に反転分布を起こさせ、これにより、前記信号が前記ドープされた物質を通過するときに誘導輻射により増幅されるファイバ光学増幅器システム。」
である点で一致し、
a 本件発明は、「前記信号の波長と前記ポンプ光の波長とで有意に相違する、波長に依存した結合効率を有する光結合器」を備え、「前記光結合器は、前記信号を伝送する信号用光ファイバポート、前記ポンプ光を伝送するポンプ光用光ファイバポート、および前記信号と前記ポンプ光との両者を伝送する信号・ポンプ光兼用光ファイバポートを含み、前記信号・ポンプ光兼用光ファイバポートは前記レージングファイバの一端に光学的に結合されており、前記信号を前記光結合器と前記レージングファイバとの間で伝送させる」ものであるのに対して、甲1発明は、光結合器を備えるものではない点(以下「相違点1」という。)、
b 本件発明は、「前記レージングファイバ、前記信号源、前記ポンプ光源、および前記光結合器を光ファイバにより光学的に結合してなる」のに対して、甲1発明は、レージングファイバ、信号源、ポンプ光源を光ファイバにより光学的に結合してなるものではない点(以下「相違点2」という。)、
で相違するものと認められる。

イ 判断
(ア)相違点1について
a 前記第4、2(3)アのとおり、請求人は、引用発明1、すなわち甲1発明においても、信号源とポンプ光源を備え、信号とポンプ光をともにレージングファイバの一端に入力するのであるから、信号とポンプ光を結合する光結合器を用いることは、甲1発明に実質的に記載されている事項である旨主張するが、甲1発明においては、小径ファイバ素子10、すなわちレージングファイバのほかに光結合器に相当する構成は見当たらないから、請求人の上記主張は、採用できない。

b 前記第4、2(3)イのとおり、請求人は、甲第2号証に記載された3dB光結合器または分岐路形合流器6と、甲1発明の信号とポンプ光をレージングファイバに入力する構成部分とは、信号光とポンピング光を混合して増幅媒体へ導入するという点において、その課題・作用・機能が共通するから、甲1発明において信号(入力光7)とポンプ光(励起光5)をレージングファイバ(活性媒質1)に入力するための具体的な構成として、甲第2号証に開示された3dB光結合器または分岐路形合流器6の適用を試みることは、当業者が容易になし得たことである、また、光ファイバで構成された光結合器が結合効率に波長依存性を持つことも、公知の事項にすぎない(甲第3号証)旨主張する。
しかるところ、前記(1)イによれば、甲第2号証には、光ファイバ7及び8で構成された光伝送路の途中にポンピング光、すなわち励起光を導入するように3dB光結合器または分岐路形合流器6を配置する技術が記載されているものと認められる。また、同ウによれば、甲第3号証には、四つのポートを有し波長に依存した結合を示す光結合器が記載されているものと認められる。
これに対して、甲1発明は、小径ファイバ素子10の一方の端面に励起光5ないし入力光7を照射するものであって、光ファイバで構成された光伝送路の途中に励起光を導入するものではなく、上記aのとおり、光結合器を用いるものでもないことに照らせば、甲1発明において、甲第2号証に記載された3dB光結合器または分岐路形合流器6ないし甲第3号証に記載された光結合器をどのように配置するのか想定しがたい。
したがって、甲1発明において、相違点1に係る光結合器を用いることにつき、甲第2号証及び甲第3号証に基づいて当業者が容易になし得たことということはできない。
よって、請求人の上記主張は、採用できない。

(イ)相違点2について
前記第4、2(3)ウのとおり、請求人は、仮に、格別の工夫を行なわなくとも光ファイバとレージングファイバの結合が可能であるものとするならば、甲第2号証あるいは甲第3号証の光結合器の光ファイバとND:YAG結晶(レージングファイバ)を接続することは当業者が容易になし得ることにすぎない旨主張するが、小径ファイバ素子10の一方の端面に励起光5ないし入力光7を照射する甲1発明において、小径ファイバ素子10、すなわちレージングファイバをどのように接続するのか想定しがたいところであり、甲1発明において、相違点2に係る本件発明の構成とすることにつき、当業者が容易になし得たことと認めるべき根拠が見当たらない。
よって、請求人の上記主張は、採用できない。

ウ 小括
以上の検討によれば、本件発明につき、当業者が甲第1号証及び甲第2号証、更には甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえないから、請求人が主張する無効理由2は、理由がない。

第7 むすび
以上のとおりであって、請求人が主張する無効理由によっては、本件発明についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-01-10 
結審通知日 2013-01-15 
審決日 2013-02-07 
出願番号 特願昭59-246967
審決分類 P 1 123・ 121- Y (H01S)
P 1 123・ 536- Y (H01S)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 真鍋 潔田部 元史恩田 春香佐藤 宙子  
特許庁審判長 服部 秀男
特許庁審判官 吉野 公夫
松川 直樹
登録日 1998-07-31 
登録番号 特許第2137553号(P2137553)
発明の名称 フアイバ光学増幅器システムおよび光信号の増幅方法  
代理人 尾崎 英男  
代理人 上野 さやか  
代理人 松本 裕幸  
代理人 伊東 有道  
復代理人 澤井 光一  
代理人 岡田 誠  
代理人 今田 瞳  
代理人 上野 潤一  
代理人 寺本 光生  
代理人 高橋 詔男  
代理人 西澤 和純  
代理人 土屋 徹雄  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 日野 英一郎  
代理人 鳥海 哲郎  
代理人 相田 義明  

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