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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12Q
管理番号 1307129
審判番号 不服2014-6937  
総通号数 192 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-04-14 
確定日 2015-10-30 
事件の表示 特願2009- 87023「基質代謝物の評価方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年10月21日出願公開、特開2010-233538〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成21年3月31日の出願であって、平成26年1月10日付けで拒絶査定がなされたところ、同年4月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに同日付けで手続補正がなされたものである。


第2 平成26年4月14日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
平成26年4月14日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正事項
本件補正は、補正前の請求項1に、
「【請求項1】
基材にパターン状に形成された細胞接着領域にスフェロイドを形成する第1のステップと、
前記スフェロイドに対する基質の暴露を行う第2のステップと、
前記暴露の終了後、上澄みを採取する第3のステップと、
前記上澄みに含まれる第II相代謝物を定量する第4のステップと、を含むこと、
を特徴とする基質代謝物の評価方法。」
とあったものを、
「【請求項1】
基材にパターン状に形成された細胞接着領域に凍結状態の細胞を融解後播種することによりスフェロイドを形成する第1のステップと、
前記スフェロイドに対する基質の暴露を行う第2のステップと、
前記暴露の終了後、上澄みを採取する第3のステップと、
前記上澄みに含まれる第II相代謝物を定量する第4のステップと、を含むこと、
を特徴とする基質代謝物の評価方法。」
と補正する事項を含むものである。

かかる補正事項は、補正前の「スフェロイドを形成する第1のステップ」について、「凍結状態の細胞を融解後播種することにより」スフェロイドを形成することを限定するものであり、請求項1についてする本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決すべき課題が同一であるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の上記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件を満たすか)否かについて以下に検討する。

2.独立特許要件について
(1)引用例の記載事項
(1-1)引用例1
拒絶査定において引用文献1として引用された、本願出願前頒布された引用例1(国際公開2003/010302号)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。

ア 「要約:特定の親水性ポリマーの表面により隔離され、かつパターン化された培養内皮細胞または培養繊維芽細胞上で実質細胞を培養することにより、形成できるパターン化された培養実質細胞スフェロイドを含有する培養物が提供される。この培養物は、実質細胞に特異的な機能を長期にわたり保持できる。」(表紙頁)

イ 「背景技術
動物細胞は機能的な観点から、大きく実質細胞(parenchymal cell)とそれ以外の非実質細胞(nonparenchymal cell)に分類できる。これらのうち、実質細胞は、組織または器官の機能をつかさどる細胞である。例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞(hepatocyte)は多種多様な物質の合成、分解、貯蔵を引き受けており、生命体にとって極めて重要な基本的単位である。
したがって、生命体における肝細胞の機能の発現を生体外で模倣すべく、該細胞の各種培養系が提案されている。」(第1頁9?16行)

ウ 「したがって、本発明の目的は肝細胞を包含する実質細胞の特異的な機能がより強く、かつ、長期にわたって維持でき、しかも微細パターン化(micropatterning)した際には、該パターンが安定に維持できる培養動物細胞系を提供することにある。
発明の開示
本発明者らは、相互に異なる二種の細胞のうち、一つの細胞として肝細胞の培養系および該培養系から取得される培養肝細胞の機能について検討した。その結果、上述のS. N. Bhatia et al.に教示されるような同一平面上で、異型境界面(heterotypic interface)を介する相互作用が起こるように肝細胞と非実質細胞の共培養を行うのでなく、肝細胞を培養内皮細胞または線維芽細胞の一定領域の細胞単層上で培養すると培養肝細胞は該単層表面上に接触して接着したスフェロイドを形成し、しかもこうして形成されたスフェロイドは肝細胞に特異的な機能、例えば、アルブミンを長期にわたり安定して産生しうることを見出した。」第2頁25行?第3頁8行)

エ 「本発明で使用する動物細胞は、それぞれ既知の、例えば外科的手法により、それぞれ得られる、好ましくは初代細胞であることができるが、例えば、(財)ヒューマンサイエンス振興財団、その他の供給元から市販されているものであってもよい。
以上により得ることのできる共培養物を、支持体表面上に有する培養細胞構築物はそれ自体を表面とするバイオデバイス、あるいは該共培養物で表面を形成したバイオデバイスを作製するのに使用できる。限定されるものでないが、このようなバイオデバイスとしては、培養実質細胞の毒性を検査するためのデバイス、培養実質細胞の機能を賦活化する物質をスクリーニングするためのデバイス、実質細胞不全の医療サポート用デバイスおよび実質細胞の生理作用を模擬試験をするためのデバイス等を挙げることができる。」(第14頁末行?第15頁10行)

オ 「以下、具体例をあげて、本発明をさらに説明するが、これらは、本発明の理解を容易にする目的で提供するにすぎない。
a)細胞培養床の作成
ホワイトスライドグラス(26×76×0.8mm/Takahashi Giken Glass Co.,Ltd.)を硫酸/過酸化水素(50/50)で60分間煮沸し、次いで洗浄した後、エタノール/水(95/5)中の2%[3-(メタクリロイルオキシ)プロピル]トリメトキシシラン溶液を用いるシランカップリングにより上記グラス表面を疎水処理した。こうして調製された疎水処理スライドグラス表面に分子量20000のポリラクチドの4%トルエン溶液をスピンコーティングし、次いでアセタール-ポリエチレングリコール(分子量6000)-コーポリラクチド(分子量8000)(以下、アセタール-PEG/PLAという)のアルデヒド化物とアミノフェニルラクトースとの還元アミノ化により得たラクトース-PEG/PLAの2%トルエン溶液を、さらにスピンコーティングし、約100μm厚の高分子層表面を形成した。こうして得られた高分子層表面上にそれぞれ相互に100μm間隔で離れた100μmの円形状の孔をもつマスクパターンを置き、H_(2)+N_(2)のプラズマ処理した[ICP power:500W、Bias power:30W(Vdc=60V)、N_(2)+H_(2)=50sccm/30sccm、2×10^(-5)Torr]。プラズマ処理により、上記マスクパターンに従うガラス表面が露出した孔が形成された(図1参照)。
上記表面にダルベッコの改変イーグル培地(DMEN、Gibco)(インスリン、ウシ胎仔血清、グルカゴン、上皮増殖因子、ペニシリン、ヒドロコルチゾンおよびストレプトマイシン補足)を施用し、上記孔に対応した細胞接着ドメイン(または細胞培養床)を形成した。
b)細胞培養
a)で得た細胞培養床上に血管内皮細胞(Bovine aorti endotherial cell)を1×10^(6)cell/cm^(2)にて播種した後、5% CO_(2)雰囲気下、37℃で24時間静置培養した。こうして、露出した孔のガラスパターンに沿って内皮細胞が接着した(図2参照)。次いで、ラット肝臓からコラゲナーゼ灌流法により調製した初代肝細胞を1×10^(6)cell/cm^(2)にて播種した後、5% CO_(2)雰囲気下、37℃で24時間静置培養すると、上記パターン状にドメインを形成した内皮細胞の上だけに肝細胞が接着し、スフェロイド状のアレイを形成した(図3参照)。これらの肝スフェロイドは、少なくとも3週間は肝機能(例えば、アルブミン産生能)を維持し、細胞骨格が確認できる(スフェロイドの3次元拡大像については、図5参照)。」(第15頁末行?第17頁4行)

カ 「1.支持体上に相互に異なる動物細胞の1または2以上の共培養物を含んでなる培養細胞構築物であって、該異なる細胞の1種に由来する培養細胞から形成されたスフェロイド、と、
該スフェロイドに接触した下層を形成し、そして該スフェロイドを形成する細胞を生存および/または機能させることができるもう1種の細胞に由来する培養細胞の実質的に単層であって、支持体の小領域に存在する単層とを含む共培養物;ならびに支持体、を含んでなる培養細胞構築物。
・・・・
4.スフェロイドを形成する細胞が肝細胞であり、そして該スフェロイドを形成する細胞とは異なるもう1種の培養細胞が内皮細胞または繊維芽細胞に由来するものである請求項記載の培養細胞構築物。
・・・・
19.請求項1?17のいずれか一つに記載の培養細胞構築物で形成された表面を含んでなるバイオデバイス。
・・・・
21.バイオデバイスが、スフェロイドを形成する細胞の毒性を検査するためのデバイス、スフェロイドを形成する細胞の機能を賦活化する物質をスクリーニングするためのデバイス、スフェロイドを形成する細胞不全の医療サポート用デバイスおよび実質細胞の生理作用の模擬試験をするためのデバイスからなる群より選ばれる請求項19記載のバイオデバイス。」(第18?20頁、特許請求の範囲)

(1-2)引用例2
拒絶査定において引用文献2として引用された、本願出願前頒布された引用例2(Rapid communications in mass spectrometry. 2008、 Vol.22、 No.2、 p.240-244)には、以下の事項が記載されている。なお、当審による日本語訳を記載する。下線は当審が付した。

キ 「ヒト肝細胞標本の第I相および第II相の酵素活性の同時定量の新しいインビトロの手法」(タイトル)

ク 「初代培養肝細胞は、いまだ人間における薬物代謝を予想する最も適したインビトロのシステムである。肝細胞凍結保存の最近の進歩は、薬物代謝研究のためのだけでなく、細胞移植のような他のアプリケーションのための用途も増やした。各々の肝細胞標本の薬物代謝能力の評価が必要とされる。これまで、肝細胞標本の代謝の特徴付けは第I相の活性の評価に頼っており、第II相酵素の役割はほとんど注目されていない。肝細胞の代謝機能の迅速な評価のための新しいアプローチが開発された。2つの第II相酵素:グルクロニダーゼ(UGTs)とスルホトランスフェラーゼ(SULT)と同様に、人間の主要な第I相CYPs(CYP1A2、CYP2A6、CYP2C9、CYP2E1、CYP3A4)の酵素活性を同時に定量するために、5-プローブのカクテルが使用された。液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析が、単一測定での酵素活性の判定のための選択技術として使われた。ここに記述される方法は、新たに分離された、または凍結保存された肝細胞と同様に、ヒト肝細胞標本の代謝能力の迅速な評価を可能にするという結果が示された。」(第240頁、要約)

ケ 「第I相及び第II相活性の測定
酵素活性は基質カクテルと肝細胞の単層との直接インキュベーションにより行われた。基質混合物ストックは、以下に示す最終濃度のインキュベーション培地となるよう、ジメチルスルフォキシド(DMSO)中で準備され、便宜的に希釈された。:10μM 7-エトキシレゾルフィン(CYP1A2)、5μM クマリン(CYP2A6)、90μM クロルゾキサゾン(CYP2E1)、及び 5μM ミダゾラム(CYP3A4)。インキュベーション中のDMSOの最終濃度は、0.5%(v/v)より低かった。プレートからインキュベーション培地を吸引し、一体積の氷冷アセトニトリルを加えることによって、カクテルインキュベーションアッセイを終了させた。続いて試料はきれいなチューブに移され、-80℃で分析まで保管された。その後、HPLC/MS/MSによって、7-エトキシレゾルフィンのo-脱エチル化(RES)、クマリンの7-水酸化(COH)、ジクロフェナクの4'-水酸化(D4OH)、クロルゾキサゾンの6-水酸化(C6OH)、ミダゾラムの1’-水酸化(M1OH)が測定された。第II相酵素、UGTとSULTの活性は、第I相のクマリンの代謝によって生成する7-ヒドロキシクマリンのグルクロン酸抱合と硫酸化の定量化によって分析した。こうして、7-ヒドロキシクマリン硫酸塩(COH-SULT)と7-ヒドロキシクマリンのグルクロン酸抱合(COH-GLU)もまた、HPLC/MS/MSによって定量された(図1)。」(第241頁、右欄6-29行)

(2)引用発明
引用例1には、ガラス基材上に、高分子層表面を形成し、マスクパターンを置いてプラズマ処理することによって、マスクパターンに従うガラス表面が露出した孔が形成されたこと、該孔が細胞接着ドメインであること、内皮細胞を培養すると孔のガラスパターンに沿って内皮細胞が接着したこと、次いで肝細胞を培養すると内皮細胞の上だけに肝細胞が接着し、スフェロイドが形成されたことが記載され(上記オ)、このガラス基板上にスフェロイドを形成したものは、「特定の親水性ポリマーの表面により隔離され、かつパターン化された培養内皮細胞または培養繊維芽細胞上で実質細胞を培養することにより、形成できるパターン化された培養実質細胞スフェロイドを含有する培養物」(上記ア)に相当するものであり、また、「支持体上に相互に異なる動物細胞の1または2以上の共培養物を含んでなる培養細胞構築物であって、該異なる細胞の1種に由来する培養細胞から形成されたスフェロイド、と、該スフェロイドに接触した下層を形成し、そして該スフェロイドを形成する細胞を生存および/または機能させることができるもう1種の細胞に由来する培養細胞の実質的に単層であって、支持体の小領域に存在する単層とを含む共培養物;ならびに支持体、を含んでなる培養細胞構築物」(上記カ)に相当するものであるといえる。
そして、引用例1には、培養細胞構築物が毒性を検査するためのデバイスとして使用されることも記載されている(上記エ、カ)。

したがって、引用例1には、「ガラス基材上にパターン化されたガラス表面からなる細胞接着ドメインに培養実質細胞スフェロイドを形成し、スフェロイドを含有する培養細胞構築物を使用して物質の毒性を検査する方法。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比
本願補正発明と引用発明を対比する。
引用発明の「ガラス基材上にパターン化されたガラス表面からなる細胞接着ドメイン」は本願補正発明の「基材にパターン状に形成された細胞接着領域」に相当し、引用発明の「培養実質細胞スフェロイドを形成」することは、本願補正発明の「スフェロイドを形成する第1のステップ」に相当すると認められる。また、引用発明の「培養細胞構築物を使用して物質の毒性の検査する方法」とは、物質を評価する方法であるといえるから、本願補正発明と引用発明とは、物質を評価する方法である点で共通する。
したがって、両者は、「基材にパターン状に形成された細胞接着領域に凍結状態の細胞を融解後播種することによりスフェロイドを形成する第1のステップを含む、物質を評価する方法。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
(相違点1)本願発明では、「凍結状態の細胞を融解後播種すること」によってスフェロイドを形成するのに対して、引用発明ではこの点が特定されていない点。
(相違点2)物質を評価する方法について、本願発明は「基質代謝物の評価方法」であるのに対して、引用発明は、「物質の毒性の検査する方法」である点。
(相違点3)本願発明では、「基質代謝物の評価方法」について、
「前記スフェロイドに対する基質の暴露を行う第2のステップと、
前記暴露の終了後、上澄みを採取する第3のステップと、
前記上澄みに含まれる第II相代謝物を定量する第4のステップ」を含むことが特定されているのに対して、引用発明には、「物質の毒性を検査する方法」についての具体的な工程の特定がない点。

(4)判断
(相違点1)について
引用例1には、「本発明で使用する動物細胞は、それぞれ既知の、例えば外科的手法により、それぞれ得られる、好ましくは初代細胞であることができるが、例えば、(財)ヒューマンサイエンス振興財団、その他の供給元から市販されているものであってもよい。」(上記エ)と、市販された細胞が使用されることが記載されており、市販されている細胞として凍結状態の細胞は一般的であり、また、凍結された細胞を培地に播種する際に融解することも一般的であると認められるから、相違点1は、当業者が必要に応じて適宜なし得ることである。

(相違点2)について
引用例2には「初代培養肝細胞は、いまだ人間における薬物代謝を予想する最も適したインビトロのシステムである。」(上記ク)と記載され、また、「生化学辞典(第3版)」(東京化学同人)の「解毒」の項には「生体は外来性の毒物(または薬物)を毒性の低い物質に変えて体外に排出させる作用をもっている.この解毒作用には肝が最も重要な役割を果たしている.・・・したがって解毒は薬物代謝機構にほかならない.・・・」と記載されており、これらの記載から、肝臓や肝細胞は薬物代謝能を有しており、この薬物代謝能によって毒物(薬物)が解毒されることは技術常識であるといえる。
ここで、引用発明は「実質細胞スフェロイド」に係るものであるが、上記ウ、オ、カの記載によれば、特に「肝細胞」を第1の対象としたものであることは明らかであって、上記イの記載から、引用発明は、生命体の肝細胞が有する物質の合成、分解、貯蔵の機能を生体外で模倣する肝細胞培養系として開発されたものであり、この合成、分解機能は、肝細胞の薬物代謝能を意味すると認められる。したがって、引用発明における「物質の毒性の検査」には、肝細胞を含むスフェロイドにおいて、毒物や薬物のような毒性を有する物質(基質)が肝細胞の機能によって薬物代謝されて、無害な基質代謝物へと変化するかどうかを評価することが含まれていると、当業者であれば理解できる。
そうすると、引用発明の「物質の毒性を検査する方法」は、「基質代謝物の評価方法」を包含しており、相違点2は、実質的な相違点とはいえない。また、仮に相違するとしても、引用発明の「物質の毒性を検査する方法」における、物質が毒性を持つかどうか検査を、物質が肝細胞において毒性を持たない代謝物になるかどうかの評価で行うこと、すなわち、「基質代謝物の評価方法」を特定することに格別の困難性は認められない。

(相違点3)について
「ヒト肝細胞標本の第I相および第II相の酵素活性の同時定量の新しいインビトロの手法」に関する引用例2には、従来は、肝細胞標本の代謝の特徴付けは第I相の活性の評価に頼っており、第II相酵素の役割はほとんど注目されていなかったが、液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析という引用例2に記載される新しい方法によって、ヒト肝細胞標本の代謝能力の迅速な評価が可能となったことが記載されていると認められる(上記ク)。そして、引用例2に記載される迅速な代謝能力の評価方法とは、ヒト肝細胞標本の代謝物を液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析(HPLC/MS/MS)によって定量することを含む方法であると認められる(上記ク、ケ)。
また、肝臓での毒性を持つ物質の解毒が第I相、第II相酵素によるものであることは技術常識であるから、引用例1、2の記載に接した当業者は、毒性の検査に関する引用発明においても、第I相、第II相酵素の両者の代謝に基づく解毒作用を評価するという技術課題が存在することを想到するといえ、さらに、引用発明のスフェロイドは、引用例2に記載されるヒト肝細胞標本(肝細胞の単層)と同様に肝細胞を含んでおり、引用例2に記載された方法が適用できること、引用例2に記載された方法を用いることで、代謝能力の迅速な評価が可能となり、第I相、第II相の両酵素による代謝物が定量できることを理解するといえる。
そして、引用例2には、引用例2に記載される方法の具体的な工程として、「基質カクテルと肝細胞の単層との直接インキュベーション」という肝細胞標本に対して基質の暴露を行うステップ、「プレートからインキュベーション培地を吸引し、一体積の氷冷アセトニトリルを加えることによって、カクテルインキュベーションアッセイを終了」という、基質の暴露を終了し、代謝された基質を含む試料を採取するステップ、「7-ヒドロキシクマリン硫酸塩(COH-SULT)と7-ヒドロキシクマリンのグルクロン酸抱合(COH-GLU)もまた、HPLC/MS/MSによって定量」するという、採取した試料に含まれる第II相代謝物を定量するステップが記載されていると認められる。
そうすると、引用発明において、引用例2に記載される方法を採用することによって、第I相、第II相の両酵素による代謝物を定量、評価して、迅速に物質の毒性を検査しようとすること、その際に、引用例2に記載される具体的な工程を参考にして、
「前記スフェロイドに対する基質の暴露を行う第2のステップと、
前記暴露の終了後、上澄みを採取する第3のステップと、
前記上澄みに含まれる第II相代謝物を定量する第4のステップ」のような工程を特定することは、当業者が容易になし得ることであると認められる。
したがって、相違点3は、引用例2の記載に基づいて、当業者が容易になし得ることである。

そして、本願補正発明において、「凍結状態の細胞を融解後播種すること」によってスフェロイドを形成すること、及び第2?第4のステップを特定したことによって、引用例1、2の記載から当業者が予測できないような効果が奏されたとも認められない。

よって、本願補正発明は、引用例1、2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものあるから、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3.請求人の主張について
請求人は、審判請求書および回答書において、
「本願発明に係る基質代謝物の評価方法の一態様の特徴は、法規制及び生命倫理上問題となる患者から直接採取した新鮮な細胞ではない凍結細胞を融解したものを播種した場合であっても、パターン状に細胞接着領域が形成された基材を培養基板として用いることにより、スフェロイドを形成することができるというものである。当該スフェロイドは、より長期間の代謝活性が維持されるため、生成が遅く検出の困難な第II相代謝物の検出が可能となる。」と主張している。

しかし、引用例1には「この培養物は、実質細胞に特異的な機能を長期にわたり保持できる。」、「こうして形成されたスフェロイドは肝細胞に特異的な機能、例えば、アルブミンを長期にわたり安定して産生しうることを見出した。」と記載されており、引用例1には、引用発明の培養細胞構築物、すなわちパターン状に細胞接着領域が形成された基材を培養基板として用いて形成したスフェロイドは、長期間の代謝活性が維持されることが示されている。そして、凍結細胞を用いてスフェロイドを形成することは引用例1に示唆され、第II相代謝物を検出することも引用例2に記載されており、凍結細胞から形成されたスフェロイドを用いて、第II相代謝物が検出できることは、引用例1、2の記載から当業者が予測し得ることである。

4.むすび
以上のとおり、本願補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定に違反するものであり、同法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?18に係る発明は、平成25年12月20日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?18に記載の事項により特定される発明であると認める。
そのうち、本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次の事項により特定される発明である。
「【請求項1】
基材にパターン状に形成された細胞接着領域にスフェロイドを形成する第1のステップと、
前記スフェロイドに対する基質の暴露を行う第2のステップと、
前記暴露の終了後、上澄みを採取する第3のステップと、
前記上澄みに含まれる第II相代謝物を定量する第4のステップと、を含むこと、
を特徴とする基質代謝物の評価方法。」

2.引用例及びその記載事項
原査定の拒絶の理由1(A)に引用された引用文献1、2及びその記載事項は、前記「第2 2.(1)引用例の記載事項」に記載したとおりである。

3.当審の判断
本願補正発明は、本願発明を特定する事項のすべてを含み、「凍結状態の細胞を融解後播種すること」によってスフェロイドを形成することを限定したものに相当する。そして、第2 2.のとおり、本願補正発明は、本願出願前に頒布された引用例1、2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。
そうすると、本願発明も本願補正発明と同様の理由により、引用例1、2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたといえるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1、2に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものあるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-08-31 
結審通知日 2015-09-02 
審決日 2015-09-15 
出願番号 特願2009-87023(P2009-87023)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 清水 晋治中根 知大  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 飯室 里美
中島 庸子
発明の名称 基質代謝物の評価方法  
代理人 栗原 浩之  

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