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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D21H
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D21H
管理番号 1319139
異議申立番号 異議2015-700021  
総通号数 202 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-09-17 
確定日 2016-04-04 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5704011号「ピッチ抑制方法」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第5704011号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?3〕について訂正することを認める。 特許第5704011号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5704011号の請求項1ないし3に係る発明の特許についての出願は、平成23年7月29日に出願したものであり、平成27年3月6日に特許の設定登録がされ、その特許に対し、平成27年9月17日に特許異議申立人 埴田眞一により、特許異議の申立てがされた。そして、平成27年12月1日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成28年1月29日に訂正請求書と意見書が提出された。これら訂正請求書と意見書の副本を平成28年2月3日付けの通知書に添付して特許異議申立人に送付したところ、平成28年2月24日に特許異議申立人から意見書が提出されたものである。

以下、特許異議申立人を単に「申立人」といい、特許異議申立て及びその特許異議申立書を、それぞれ「申立」及び「申立書」という。また、特許権者が提出した意見書を「特許権者意見書」といい、申立人が提出した意見書を「申立人意見書」という。甲第1号証及び甲第2号証は、「甲1」及び「甲2」と略記することがある。


第2.訂正請求について
1.訂正の内容
本件訂正請求は、一群の請求項である請求項1ないし3について訂正を請求するものであり、その訂正の内容は、次に示す《訂正事項1》のとおりである。
《訂正事項1》
特許請求の範囲の請求項1に「前記パルプ製造設備内のパルプ又はその中間体と水が接触する箇所にキレート剤を添加する工程を含み、」とあるのを、「前記パルプ製造設備内の蒸解部及び/又は漂白部におけるパルプ又はその中間体と水が接触する箇所にキレート剤を添加する工程を含み、」に訂正する。

2.訂正の適否の判断
以下、本件訂正請求が適法であるかについて検討する。
(1)訂正の目的要件
訂正事項1は、キレート剤の添加箇所を「パルプ製造設備内」から、「パルプ製造設備内の蒸解部及び/又は漂白部」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(2)一群の請求項要件
訂正前の請求項2、3は、訂正前の請求項1の記載を引用しているから、これら請求項は一群の請求項に該当する。本件訂正請求は、請求項1ないし3について訂正を請求するものであるから、特許法第120条の5第4項に規定する要件を満たす。

(3)記載した事項の範囲内要件
願書に添付した明細書(特許掲載公報参照)の段落0022に「上記キレート剤の添加箇所としては、パルプ又はその中間体と水とが接触する箇所であれば特に制限はないが、好ましくは、蒸解部、パルプ洗浄部、及び漂白部の1箇所又は2箇所以上である。」(下線は当審にて付与)と記載されている。したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たす。

(4)実質的拡張又は変更の要件
訂正事項1は、キレート剤の添加箇所について、発明特定事項を直列的に付加するものであるから、発明のカテゴリーや、産業上の利用分野を変更するものではない。また、当該発明特定事項を直列的に付加することにより、発明が解決しようとする課題が変更されるものではない。さらに、当該発明特定事項を直列的に付加することにより、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面における記載と相まって、実質的な拡張又は変更が生じるものでもない。したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に規定する要件を満たす。

(5)小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、本件訂正請求を認める。
なお、申立人は、本件訂正請求に対する意見を、申立人意見書において述べているが、本件訂正請求が不適法であるとの主張はしていない。


第3.本件発明
本件訂正請求が認められたので、本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項によって特定される次のとおりの発明である。
【請求項1】
パルプ原料から水を用いてパルプを製造するパルプ製造設備を含む施設におけるピッチ抑制方法であって、
前記パルプ製造設備内の対象箇所における水中のカルシウムに対するキレート剤のモル比(キレート剤/カルシウム)が1/5以下となるように、前記パルプ製造設備内の蒸解部及び/又は漂白部におけるパルプ又はその中間体と水とが接触する箇所にキレート剤を添加する工程を含み、
前記キレート剤が、エチレンジアミン4酢酸及びその塩、ジエチレントリアミン5酢酸及びその塩、トリエチレンテトラアミン6酢酸及びその塩、並びにグリコールエーテルジアミン4酢酸及びその塩の1種又は2種以上を含むものであるピッチ抑制方法。
【請求項2】
前記キレート剤と共に界面活性剤を添加する請求項1に記載のピッチ抑制方法。
【請求項3】
前記界面活性剤が、一般式(1)
R-O-[CH_(2)CH(CH_(3))O]_(m)-[CH_(2)CH_(2)O]_(n)-H(1)
(ただし、Rは炭素数6?30のアルキル基、mは2?50、nは2?50)で表されるポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテルである請求項2に記載のピッチ抑制方法。

(以下、請求項1ないし3に係る発明を、項番に従って「本件発明1」等という。)


第4.申立理由及び取消理由の概要
1.申立書に記載した申立理由の概要
(1)申立人は、下記(2)に示す甲1及び甲2、並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2を提出し、本件発明1ないし3は、いずれも甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項3号の発明に該当し特許を受けることができないものであるから、若しくは、本件発明1ないし3は、いずれも甲1に記載された発明又は甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号の規定に該当する。したがって、本件発明1ないし3に係る特許は取り消されるべきものである、と主張している。

(2)申立人が提出した証拠方法及び参考資料
甲第1号証.特開2008-248454号公報
甲第2号証.特開2009-203579号公報
参考資料1-1.特開2012-167407号公報
参考資料1-2.特許権者の別出願である特願2011-030247
号に対して通知された平成26年8月28日付け拒絶理由通知書
参考資料2-1.特開2004-124329号公報
参考資料2-2.紙パルプ技術協会 編、『紙パルプ事典』第5版第2刷
、金原出版株式会社、平成2年6月10日、272頁
参考資料2-3.岡川章夫、“ピッチトラブル究明への新展開”、紙パ
技協誌40巻2号、紙パルプ技術協会、昭和61年2月1日
参考資料3.ピーター バイケマ(中 徹雄 訳)、“効率的な製紙のた
めの実用的なピッチ・コントロール”、紙パ技協誌51巻7号、紙
パルプ技術協会、1997年7月1日
参考資料4-1.特表2010-516872号公報
参考資料4-2.特表2005-533940号公報
参考資料4-3.特開2001-64888号公報
参考資料4-4-1.国際公開第2010/019425号
参考資料4-4-2.特表2012-500341号公報

2.取消理由の概要
当審が、平成27年12月1日付けで通知した取消理由は、甲1及び甲2並びに参考資料2-1ないし参考資料4-4-1を《引用刊行物一覧》として示すと共に、次の理由を通知している。甲1及び甲2並びに参考資料2-1ないし参考資料4-4-1は、上記1(2)に示されているものと同じである。
《取消理由の概要》
[理由1]この特許の請求項1?3に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された下記《引用刊行物一覧》の甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができない。
[理由2]この特許の請求項1?3に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記《引用刊行物一覧》の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3.申立人意見書に記載した申立理由の概要
(1)明確性要件(36条6項2号)違反
本件発明1は、キレート剤を添加する箇所を「蒸解部及び/又は漂白部」としているが、「蒸解部」の意味が明確でない。
例えば、甲1及び甲2では、キレート剤を添加する「パルプ洗浄系」は、「蒸解釜21の洗浄ゾーン212」から「漂白部の上流部」までを含んでいる。すると、本件発明1の「蒸解部」とは、甲1及び甲2については「蒸解釜21の蒸解ゾーン211」のみが該当するのか、あるいは、「蒸解釜21の蒸解ゾーン211」と「蒸解釜21の洗浄ゾーン212」とを合わせたものに該当するのか、明確ではない。

(2)容易想到性要件(29条2項)違反
ピッチ障害は、乳化したピッチと工程水中に溶解しているカルシウムとが接触することによりその乳化状態が破壊されて生じること(参考資料3の81頁左欄11?17行)、リグニン抽出が工程水中のカルシウムによって阻害されること(甲1段落0029、甲2段落0027)は、いずれも本件特許出願前に公知であった。
本件発明1と、甲1、甲2に記載された発明とは、いずれも、工程水中に溶解しているカルシウムに対してキレート剤を添加して課題を解決するものであるから、解決手段と作用機序が共通している。さらに、甲1には、キレート剤であるEDTAの添加箇所における(キレート剤/カルシウム濃度)のモル比が1/5以下である例(実施例1)が示されている。してみれば、パルプ製造工程水中に(キレート剤/カルシウム濃度)のモル比が1/5以下となるようにEDTAを添加して、ピッチ障害を抑制することは、当業者が容易に想到し得たことである。


第5.甲号証の記載事項
1.甲1の記載事項
甲1には、「パルプ洗浄剤、パルプ製造方法、及びパルプ洗浄方法」に係る発明に関し、図面とともに次の事項が記載されている。

(ア)特許請求の範囲
[請求項1]
キレート性化合物と、水溶性ポリマーと、を有効量含有するパルプ洗浄剤。
[請求項2]
前記キレート性化合物は、EDTA、……からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1記載のパルプ洗浄剤。
…………
[請求項4]
蒸解部においてパルプ材料を蒸解してパルプを得る蒸解手順と、前記パルプをパルプ洗浄系において洗浄する洗浄手順と、洗浄されたパルプを漂白部において漂白する漂白手順と、を有するパルプ製造方法であって、
前記パルプ洗浄系に、キレート性化合物及び/又は水溶性ポリマーを添加する添加手順を更に有するパルプ製造方法。

(イ)段落0001、0002、0008、0009
[技術分野]
[0001]
本発明は、パルプを洗浄するパルプ洗浄剤、洗浄されたパルプの製造方法、及びパルプの洗浄方法に関する。
[背景技術]
[0002]
パルプを製造する工程は、木材チップを蒸解してパルプを得る蒸解手順と、このパルプとリグニンを含む黒液とを分離し、分離されたパルプを洗浄する洗浄手順と、洗浄されたパルプを漂白する漂白手順と、を有する…。……
…………
[0008]
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、パルプ原料からリグニンをより充分に抽出できるパルプ洗浄剤、パルプ製造方法、及びパルプ洗浄方法を提供することを目的とする。
[課題を解決するための手段]
[0009]
本発明者は、アルカリ土類金属であるカルシウムの存在が、リグニン抽出を阻害する大きな要因となっていることを見出し、本発明を完成するに至った。……

(ウ)段落0020、0029、0030、0033、0034
[発明の効果]
[0022]
本発明によれば、キレート性化合物及び/又は水溶性ポリマーを有効量添加したので、リグニン抽出の程度が相乗的に改善され、パルプ原料からリグニンをより充分に抽出できる。
…………
[0029]
前述したように、洗浄ゾーン212及びパルプ洗浄部30内を流通する液中には多量のカルシウムが存在し、このカルシウムによってリグニン抽出が阻害される。その濃度は、重金属量の10?100倍に相当する。
[0030]
一方、カルシウムを封止するために必要なキレート化合物量は、カルシウム10mg/Lに対してEDTA70mg/L程度であることから、カルシウム量が20mg/L程度になると、EDTAの添加量が極めて多くなり、実際的でない。
…………
[0033]
具体的には、添加される部位の液に含まれるカルシウム濃度の増加に応じて、キレート性化合物に対する水溶性ポリマーの添加量比を増加させることが好ましい。一般に、洗浄ゾーン212及びパルプ洗浄部30の上流の方が下流よりカルシウム濃度が高いことから、洗浄ゾーン212及びパルプ洗浄部30の上流側に適用するにつれて、キレート性化合物に対する水溶性ポリマーの添加量比が大きくなる。
[0034]
具体的には、本発明のパルプ洗浄剤は、通常、カルシウム濃度が10mg/Lより大きく60mg/Lより小さい範囲の液中に添加される場合、キレート性化合物及び水溶性ポリマーの双方を含有することが好ましい。一方、カルシウム濃度が10mg/L(第1所定値の一例)以下の場合、キレート性化合物のみであることが好ましく、カルシウム濃度が60mg/L(第2所定値の一例)以上の場合、水溶性ポリマーのみであることが好ましい。なお、通常、カルシウム濃度がディフュージョン洗浄装置31に導入される蒸解液において80?150mg/Lであり、前置貯蔵槽に貯蔵される液において40?80mg/Lであり、後置貯蔵槽に貯蔵される液において5?40mg/Lである。ここで説明したカルシウム濃度は、パルプ洗浄剤が添加される部分における温度等の種々の条件によって変動する場合があるため、その条件に応じて適宜設定されてよい。また、このような調整は、手動で行われてもよいが、カルシウム濃度を検出する濃度検出手段と、この検出値に基づいて添加量比を制御する制御手段と、を設け、これら手段によって自動制御されてもよい。

(エ)段落0040?0042
[実施例]
[0040]
前述のパルプ製造系10において、各組成のパルプ洗浄剤を使用した。添加したパルプ洗浄剤の組成及び量、添加した個所は、表1?5に示される通りである。カルシウム濃度は、第2後置ドラム洗浄装置39において10mg/L、第1後置ドラム洗浄装置38において50mg/L、第2前置ドラム洗浄装置34において80mg/Lであった。なお、表1?5における省略表記は、前述の通りである。
[0041]
添加6時間後に、添加した各洗浄装置34,38,39の出口でパルプを回収した。回収したパルプについて、「JIS P 8211」記載の方法に従ってカッパー価(Kα)を測定した。この結果を表1?5に併せて示す。なお、カッパー価はパルプ中にリグニン量の指標であり、カッパー価が少ない程、リグニンがより抽出されたことを示す。
[0042]
[表1]

※AA:「アクアリックDL40S」(日本触媒社製)

(オ)段落0053
[符号の説明]
[0053]
10 パルプ製造系
20 蒸解洗浄系
211 蒸解ゾーン(蒸解部)
30 パルプ洗浄部
36 酸素リアクタ

(カ)図1


2.甲2の記載事項
甲2には、「パルプ洗浄剤、及びパルプ製造方法」に係る発明に関し、図面とともに次の事項が記載されている。

(ア)特許請求の範囲
[請求項1]
ノニオン界面活性剤と、キレート性化合物と、水溶性ポリマーと、を含有するパルプ洗浄剤。
…………
[請求項6]
蒸解部においてパルプ材料を蒸解してパルプを得る蒸解手順と、前記パルプをパルプ洗浄系において洗浄する洗浄手順と、洗浄されたパルプを漂白部において漂白する漂白手順と、を有するパルプ製造方法であって、
前記パルプ洗浄系に、ノニオン界面活性剤と、キレート性化合物と、水溶性ポリマーと、を添加する添加手順を更に有するパルプ製造方法。

(イ)段落0001、0002、0008、0009
[技術分野]
[0001]
本発明は、パルプを洗浄するパルプ洗浄剤、及び洗浄されたパルプの製造方法に関する。
[背景技術]
[0002]
パルプを製造する工程は、木材チップを蒸解してパルプを得る蒸解手順と、このパルプとリグニンを含む黒液とを分離し、分離されたパルプを洗浄する洗浄手順と、洗浄されたパルプを漂白する漂白手順と、を有する…。……
…………
[0008]
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、パルプ原料からリグニンをより充分に抽出できるパルプ洗浄剤、パルプ製造方法、及びパルプ洗浄方法を提供することを目的とする。
[課題を解決するための手段]
[0009]
本発明者は、アルカリ土類金属であるカルシウムの存在が、リグニン抽出を阻害する大きな要因となっていることを見出し、本発明を完成するに至った。……

(ウ)段落0020、0027、0028
[発明の効果]
[0020]
本発明によれば、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、キレート性化合物、及び水溶性ポリマーを添加したので、リグニン抽出の程度が相乗的に改善され、パルプ原料からリグニンをより充分に抽出できる。
…………
[0027]
前述したように、洗浄ゾーン212及びパルプ洗浄部30内を流通する液中には多量のカルシウムが存在し、このカルシウムによってリグニン抽出が阻害される。その濃度は、重金属量の10?100倍に相当する。
[0028]
一方、カルシウムを封止するために必要なキレート化合物量は、カルシウム10mg/Lに対してEDTA70mg/L程度であることから、カルシウム量が20mg/L程度になると、EDTAの添加量が極めて多くなり、実際的でない。

(エ)段落0044、0045、0047(表2は抜粋)
[実施例]
[0044]
前述のパルプ製造系10の第1後置ドラム洗浄装置38のシャワーラインに、各組成のパルプ洗浄剤を添加した。添加したパルプ洗浄剤の組成及び量、並びにノニオン界面活性剤(ポリオキシアルキレンアルキルエーテル)の特性は、表1?2に示される通りであり、第1後置ドラム洗浄装置38におけるカルシウム濃度は、50mg/Lであった。なお、キレート性化合物としてはEDTAを、水溶性ポリマーとしては「アクアリックDL40S」(日本触媒社製)を、それぞれ用いた。
[0045]
添加6時間後に、第1後置ドラム洗浄装置38の出口でパルプを回収した。回収したパルプについて、「JIS P 8211」記載の方法に従ってカッパー価(Kα)を測定した。この結果を表1?2に併せて示す。なお、カッパー価はパルプ中にリグニン量の指標であり、カッパー価が少ない程、リグニンがより抽出されたことを示す。
…………
[0047]
[表2](抜粋)


(オ)段落0057
[符号の説明]
[0057]
10 パルプ製造系
20 蒸解洗浄系
211 蒸解ゾーン(蒸解部)
212 洗浄ゾーン(パルプ洗浄系)
30 パルプ洗浄部(パルプ洗浄系)

(カ)図1



第6.当審の判断
1.新規性要件(29条1項3号)
(1)本件発明1について
ア.甲1との同一性
本件発明1は、キレート剤の添加箇所が「蒸解部及び/又は漂白部」であるのに対し、甲1記載の発明は、添加箇所が「パルプ洗浄系」(上記第5の1(ア)、(エ)参照。実施例では、「パルプ洗浄部30」のうちの「第2後置ドラム洗浄装置39」である。)である。本件発明1と甲1記載の発明とは、キレート剤の添加箇所が異なるから、同一の発明とはいえない。

イ.甲2との同一性
本件発明1は、キレート剤の添加箇所が「蒸解部及び/又は漂白部」であるのに対し、甲2記載の発明は、添加箇所が「パルプ洗浄系」(上記第5の2(ア)、(エ)参照。実施例では、「パルプ洗浄部30」のうちの「第1後置ドラム洗浄装置38」である。)である。本件発明1と甲1記載の発明とは、キレート剤の添加箇所が異なるから、同一の発明とはいえない。

(2)本件発明2、3について
本件発明2、3は、いずれも本件発明1を引用するものであり、本件発明1の構成要件を全て備えている。したがって、本件発明2、3は、上記(1)で述べたのと同様の理由により、甲1又は甲2記載の発明と同一であるとはいえない。

(3)小括
本件発明1?3は、いずれも、甲1又は甲2記載の発明と同一であるとはいえない。よって、本件発明1?3が特許法第29条第1項3号の規定に該当するとの取消理由の[理由1]には、理由がない。
なお、申立人は、訂正後の発明である本件発明1?3に対しては、特許法第29条第1項3号の規定に該当するとの主張はしていない(上記第4の3参照)。

2.容易想到性要件(29条2項)
(1)本件発明1について
本件発明1は、本件請求項1や段落0001等に記載されているとおり、「パルプ製造設備を含む施設におけるピッチ抑制方法」である。一方、甲1及び甲2は、「パルプ原料からリグニンをより充分に抽出」する「パルプの洗浄方法」(上記第5の1(イ)、(ウ)、同2(イ)、(ウ)参照)に関する発明であり、「ピッチ抑制」については何も述べていない。
申立人が意見書で主張するように、ピッチ障害は、乳化したピッチと工程水中に溶解しているカルシウムとが接触することによりその乳化状態が破壊されて生じることが参考資料3によって公知であり(上記第4の3(2)参照)、甲1及び甲2には、リグニン抽出が工程水中のカルシウムによって阻害されること、及びキレート剤を添加するとリグニンをより充分に抽出できることが記載されている。したがって、これら文献に接した当業者は、「リグニン抽出の程度改善」と、「ピッチ障害抑制」とで、「キレート剤」が類似の作用機序をなしている可能性について想致し得るとまではいえる。
しかし、甲1、甲2並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2のいずれにも、「リグニン抽出の程度改善」と、「ピッチ障害抑制」とで、「キレート剤」が類似の作用機序をなしていることは記載されていないから、「リグニン抽出の程度改善」と、「ピッチ障害抑制」とで、「キレート剤」が類似の作用機序をなしていることが、当業者に明らかであるとはいえない。
また、「リグニン抽出の程度改善」を目的として添加する「キレート剤」の添加量と同じ添加量で、「ピッチ障害抑制」について顕著な作用効果を生じることは、甲1、甲2並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2のいずれにも記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1、甲2に「リグニン抽出の改善」のため、「パルプ洗浄系」中の「第1又は第2後置ドラム洗浄装置(38又は39)」に、(キレート剤/カルシウム)のモル比が「1/5以下」の範囲にある特定量の「キレート剤」を添加する例(甲1の実施例1、甲2の実施例2、7?15等)が記載されているとしても、それら記載事項に基づいて、モル比が「1/5以下」の「キレート剤」を添加すると、顕著な「ピッチ障害抑制」が達成できることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。したがって、甲1、甲2並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2に記載された発明(技術的事項)に基づいて、当業者が本件発明1を容易に発明することができたとはいえない。

(2)本件発明2、3について
本件発明2、3は、いずれも本件発明1を引用するものであり、本件発明1の構成要件を全て備えている。したがって、本件発明2、3は、上記(1)で述べたのと同様の理由により、甲1、甲2並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2に記載された発明(技術的事項)に基づいて、当業者が本件発明1を容易に発明することができたとはいえない。

(3)小括
本件発明1?3は、いずれも、甲1、甲2並びに参考資料1-1ないし参考資料4-4-2に記載された発明(技術的事項)に基づいて、当業者が本件発明1を容易に発明することができたとはいえない。よって、本件発明1?3が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとの取消理由の[理由2]には、理由がない。

3.申立人意見書の明確性要件違反との主張について
申立人は、申立人意見書において、本件発明1の「蒸解部」の意味が明確でない旨主張する(上記第4の3(1))。しかし、「蒸解部」とは、文言上「蒸解」を行う部分を意味していることが当業者に明らかである。これは、本件明細書段落0013の「ケミカルパルプ製造設備としては、主に、木材チップを煮込んで繊維を取り出す蒸解部と、蒸解部で可溶化されたリグニン、樹脂、有機酸、残留蒸解薬液等を繊維から除去する洗浄部と、洗浄後の繊維を漂白剤(塩素ガスのような塩素剤、カセイソーダ等のアルカリ剤、次亜塩素酸、二酸化塩素等)で漂白する漂白部とを含むものが好適である。」との記載や、甲1の段落0053に「211 蒸解ゾーン(蒸解部)」と記載され、甲2の段落0056に「211 蒸解ゾーン(蒸解部) 212洗浄ゾーン(パルプ洗浄系)」と記載されていることなどからも明らかといえる。本件発明1の「蒸解部」の意味は明確であり、明確性要件違反はない。


第7.むすび
以上のとおりであって、申立人の申立の理由には、いずれも理由がなく、当審が通知した取消理由にも理由がない
また、他に本件発明1ないし3を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプ原料から水を用いてパルプを製造するパルプ製造設備を含む施設におけるピッチ抑制方法であって、
前記パルプ製造設備内の対象箇所における水中のカルシウムに対するキレート剤のモル比(キレート剤/カルシウム)が1/5以下となるように、前記パルプ製造設備内の蒸解部及び/又は漂白部におけるパルプ又はその中間体と水とが接触する箇所にキレート剤を添加する工程を含み、
前記キレート剤が、エチレンジアミン4酢酸及びその塩、ジエチレントリアミン5酢酸及びその塩、トリエチレンテトラアミン6酢酸及びその塩、並びにグリコールエーテルジアミン4酢酸及びその塩の1種又は2種以上を含むものであるピッチ抑制方法。
【請求項2】
前記キレート剤と共に界面活性剤を添加する請求項1に記載のピッチ抑制方法。
【請求項3】
前記界面活性剤が、一般式(1)
R-O-[CH_(2)CH(CH_(3))O]_(m)-[CH_(2)CH_(2)O]_(n)-H(1)
(ただし、Rは炭素数6?30のアルキル基、mは2?50、nは2?50)で表されるポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテルである請求項2に記載のピッチ抑制方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2016-03-25 
出願番号 特願2011-167448(P2011-167448)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (D21H)
P 1 651・ 113- YAA (D21H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中村 勇介  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 三宅 達
栗林 敏彦
登録日 2015-03-06 
登録番号 特許第5704011号(P5704011)
権利者 栗田工業株式会社
発明の名称 ピッチ抑制方法  
代理人 片岡 誠  
代理人 大谷 保  
代理人 有永 俊  
代理人 片岡 誠  
代理人 大谷 保  
代理人 有永 俊  

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