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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2015800011 審決 特許
無効2015800010 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部無効 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  A23L
審判 全部無効 2項進歩性  A23L
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  A23L
審判 全部無効 特許請求の範囲の実質的変更  A23L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
管理番号 1322591
審判番号 無効2015-800108  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-02-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-04-10 
確定日 2016-11-17 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5048011号発明「有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤及び有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5048011号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?3〕、4について訂正することを認める。 特許第5048011号の請求項1、4に係る発明についての特許を無効とする。 特許第5048011号の請求項2、3に係る発明についての審判の請求を却下する。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件無効審判の請求に係る特許第5048011号(以下「本件特許」という。)の手続の経緯は、以下のとおりである。
平成21年 4月 1日 本件特許出願
(優先権主張平成20年10月9日)
平成24年 7月27日 設定登録
平成27年 4月10日 審判請求書
同年 7月 8日 訂正請求書
審判事件答弁書
同年 9月14日 審判事件弁駁書
同年11月 9日 審理事項通知書
平成28年 1月18日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年 2月 8日 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年 2月22日 口頭審理
同年 3月25日 上申書(請求人)
同年 3月31日 審決の予告
同年 6月10日 訂正請求書
上申書(被請求人)
同年 6月27日 訂正拒絶理由通知書
同年 7月19日 審判事件弁駁書(請求人)
同年 7月28日 手続補正書(被請求人;訂正請求書の補正)
意見書(被請求人)
上申書(被請求人)
なお、平成28年6月10日付けで訂正請求がされたため、特許法第134条の2第6項の規定により、平成27年7月8日付けの訂正請求は、取り下げられたものとみなされる。
以下、本審決において、記載箇所を行により特定する場合、行数は空行を含まず、「・・・」は記載の省略を意味する。証拠は、例えば甲第1号証を甲1のように略記する。

第2 請求人の主張
請求人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?4に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として甲1?甲36を提出し、次の無効理由を主張する。

(1)無効の理由1(実施可能要件違反)
本件特許は、その発明の詳細な説明の記載が、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、請求項1?4に係る発明についての特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効の理由2(サポート要件違反)
本件特許は、その請求項1?4に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(3)無効の理由3(明確性要件違反)
本件特許は、その請求項1?4の記載において、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(4)無効の理由4(公然実施発明に基づく進歩性の欠如)
本件特許の請求項1?4に係る発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明である「1日分の野菜(紙200ml、紙1000ml、缶190g)」に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(5)無効の理由5(刊行物公知発明に基づく進歩性の欠如)
本件特許の請求項1?4に係る発明は、その特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である甲24及び甲25に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

<証拠方法>
甲1 特許登録原簿
甲2 栃久保邦夫、外3名、「芽胞(細菌胞子)の微細構造」、電子顕微鏡、1988、Vol.23、No.1、p.9-17
甲3 PETER H. A. SNEATH、外3名、“BERGEY'S MANUAL OF Systematic Bacteriology Volume 2”、1986、p.1122-1123
甲4 山崎浩司、外4名、「酸性飲料変敗菌 Alicyclobacillus acidoterrestris の耐熱性とその制御」、日本食品科学工学会誌、1997年12月、第44巻、第12号、p.905-911
甲5 Richard A. Albert、外4名、“Bacillus acidicola sp. nov., a novel mesophilic, acidophilic species isolated from acidic Sphagnum peat bogs in Wisconsin”、International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology、2005、Vol.55、p.2125-2130
甲6 池上義昭、外5名、「フルーツ缶詰の酪酸菌による膨張防止に関する研究-I みかん缶詰について」、日本缶詰協会第18回技術大会発表論文、p.78-83
甲7 林 宣明、外4名、「耐熱性芽胞菌の酸性条件下における有機酸の抑制効果」、缶詰時報、2008年10月、第87巻、第10号、p27-28
甲8 加藤一郎、外4名、「耐熱性芽胞菌の酸性条件下における有機酸の抑制効果」、第29回日本食品微生物学会学術総会講演要旨集、2008年11月
甲9 林 宣明、外2名、「野菜飲料の有機酸の静菌効果および官能評価」、日本食品科学工学会誌、2011年10月、第58巻、第10号、p.490-495
甲10 広辞苑第6版、2013年2月12日、p.1083
甲11 ホームページ出力物(Infoseekニュースの「「1日分の野菜」リニューアル 伊藤園」のページ)
甲12 「市場品評価 第1報?2007年度 野菜ミックスジュースの品質評価結果?」に関するパソコン画面出力物の写し
甲13 生化学辞典第3版、(株)東京化学同人、2005年7月1日、p.304、392
甲14 ホームページ出力物(「伊藤園トリビアクイズ」のページ)
甲15 特許第3710285号公報
甲16 特許第3270013号公報
甲17 「食品添加物表示ポケットブック 平成20年版」、日本食品添加物協会、平成20年6月10日、p.97、100
甲18 「有機酸市場の最新動向」、食品と開発、2008年9月1日、第43巻、第9号、p.54-55
甲19 ホームページ出力物(「財務省貿易統計」のページ)
甲20 ホームページ出力物(財務省の「第4部 調製食料品、飲料、アルコール、食酢、たばこ及び製造たばこ代用品 第20類 野菜、果実、ナットその他植物の部分の調製品」のページ)
甲21 伊藤三郎、「果実の科学」、(株)朝倉書店、1999年9月10日、p.141
甲22 「最新 果汁・果実飲料事典」、(株)朝倉書店、1997年10月1日、p.75
甲23 ホームページ出力物(東洋経済ONLINEの「野菜ジュースの真実、伊藤園・カゴメに聞いた」のページ)
甲24 池上義昭、外1名、「Bacillus coagulans の胞子の発芽及び増殖に及ぼすpHと有機酸の影響」
甲24の1 池上義昭、外1名、「Bacillus coagulans の胞子の発芽及び増殖に及ぼすpHと有機酸の影響」、学校法人東洋食品工業短期大学・財団法人東洋食品研究所研究報告書、1990年8月、第18号、p.93-98
甲25 「ニンジンジュース(pH4.6)中における Bacillus coagulans および Clostridium thermosaccharolyticum 芽胞の耐熱性」、缶詰時報、2008年3月、第87巻、第3号、p33-43
甲26 小関成樹、「予測微生物学的解析手法を用いた微生物学的リスク評価システムの開発」
甲27 「食品への予測微生物学の適用」、(株)サイエンスフォーラム、1997年1月27日、p.19-23
甲28 近藤雅臣、外1名、「スポア実験マニュアル 微生物の芽胞・胞子の基礎研究から応用研究まで」、技報堂出版株式会社、1995年11月15日、p.81-82
甲29 陳述書(2015年9月1日、石井僚一)
甲30 陳述書(2015年9月8日、林 佳子)
甲30の1 「市場品評価 第1報?2007年度 野菜ミックスジュースの品質評価結果?」の写し
甲30の2-1 2007年7月13日付け小口振込依頼書(平成19年6月15日付け請求書及び納品書添付)
甲30の2-2 2007年5月15日付け小口振込依頼書(平成19年4月10日付け請求書及び納品書添付)
甲30の3 「容器包装表示シート(他社)」と題する書面の写し
甲30の4 カゴメ株式会社の従業員が作成した「分析ノート市場品評価2007年度」との表題が付されたラボノート
甲30の5 「D-7000定量結果サマリレポート」と題する書面
甲30の6 「有機酸計算シート」と題する書面の写し
甲31 特開2007-332128号公報
甲32 特開2004-229587号公報
甲33 特開2002-78469号公報
甲34 特開平6-253792号公報
甲35 特許第5048011号公報(本件特許公報)
甲36 本件特許に係る平成24年6月4日付け意見書

甲1?甲36の成立につき当事者間に争いはない。

第3 被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として乙1?乙11を提出し、無効理由がいずれも成り立たないと主張する。

<証拠方法>
乙1 Wordファイルのプロパティ情報に関するパソコン画面出力物
乙2 ホームページ出力物(教えて!HELPDESKの「ファイルの更新日時、アクセス日時、作成日時を変更するには?」のページ)
乙3 伊藤三郎、「果実の科学」、(株)朝倉書店、1998年3月1日、p.71-79、89-93
乙4 判定2014-600041事件判定書(平成27年2月24日付け)
乙5 犬飼進、外2名、「Bacillus 属芽胞の発芽及び耐熱性に及ぼす有機酸ナトリウム塩の影響」、食品衛生学雑誌、1984年4月、第25巻、第2号、p.125-131
乙6 特開2009-118775号公報
乙7 特開2008-245598号公報
乙8 近藤雅臣、外1名、「スポア実験マニュアル 微生物の芽胞・胞子の基礎研究から応用研究まで」、技報堂出版株式会社、1995年11月15日、p.55-59
乙9 「食品衛生検査指針 微生物編 2004」、社団法人日本食品衛生協会、2004年6月30日、p.129-137
乙10 陳述書(平成28年1月14日、加藤一郎)
乙11 特開2008-211994号公報

乙1?乙11の成立につき当事者間に争いはない。

第4 訂正請求について
1 補正について
被請求人により提出された平成28年7月28日付け手続補正書による補正は、訂正請求書及びこれに添付した訂正特許請求の範囲について、訂正事項1-2及び訂正事項4-3を削除するものである。
そして、訂正事項1-2及び訂正事項4-3が、他の訂正事項と実質的に一体のものであるとも認められない。
よって、上記補正は、訂正事項を削除するものであって、訂正請求書の要旨を変更するものではないから、特許法134条の2第9項で準用する特許法第131条の2第1項の規定に適合すると認める。

2 訂正の内容
平成28年7月28日付け手続補正書により補正された平成28年6月10日付け訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり請求項ごとに訂正することを求めるものである。具体的な訂正事項は以下のとおりである。

(1)請求項1に係る訂正
特許請求の範囲の請求項1に
「クエン酸を有効成分として含む、野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が5mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.2?4.6となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害剤。」
とあるのを
「クエン酸を有効成分として含む、野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害剤。」
と訂正する(下線は訂正箇所を示す。以下同じ。)。

(2)請求項4に係る訂正
特許請求の範囲の請求項4に
「クエン酸を添加することを含む、野菜飲料における有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が5mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.2?4.6となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害方法。」
とあるのを
「クエン酸を有効成分として含有する有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤を添加することを含む、野菜飲料における有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害方法。」
と訂正する。

(3)請求項2及び3に係る訂正
請求項2及び3を削除する。

3 訂正の適否
(1)請求項1に係る訂正
請求項1に係る訂正は、芽胞発芽増殖阻害剤について「当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するもの」という機能の面からの限定を付加し、「有芽胞菌」の種類を「バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)」と限定し、クエン酸の野菜飲料に対する濃度の範囲を「5mM?80mM」から「40mM?80mM」へと限定し、野菜飲料のpHを「4.2?4.6」から「4.4」へと限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲(以下「訂正前明細書等」という。)に「SCD液体培地に有機酸を添加し、pHを調整した各培地を作成した。各菌株の芽胞液を接種し、35℃で4週間静置培養した。発育の有無から有機酸による増殖阻害効果を検討した。使用した菌株の種類は、以下の通りである(菌株3:Bacillus amyloliquefaciens、菌株5:Bacillus amyloliquefaciens、菌株11:Bacillus shackletonii、菌株12:Bacillus shackletonii、菌株17:Bacillus shackletonii、菌株20:Bacillus shackletonii ・・・」(【0042】)と記載され、表1bにpH4.4でクエン酸の濃度が40mMの実施例が記載され(【0044】)、「クエン酸については・・・pH4.4において40mMを添加した場合に8株中8株に対して増殖阻害効果が見られた。」(【0046】)と記載され、「前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.2?4.6となるように添加される」(【請求項1】)と、野菜飲料につき4.4を含む範囲のpHが記載されていたから、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

(2)請求項4に係る訂正
「クエン酸を添加する」を「クエン酸を有効成分として含有する有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤を添加する」と訂正する訂正事項は、訂正前の請求項4に「クエン酸を添加する」及び「前記芽胞発芽増殖阻害剤は・・・添加され」と記載されていて、添加対象についての記載が整合しておらず、「前記芽胞発芽増殖阻害剤」が前記されていなかったところを、上記添加対象についての不整合を解消するとともに、「前記芽胞発芽増殖阻害剤」を前記して明らかにするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
また、訂正前明細書等に「前記芽胞発芽増殖阻害剤は、有機酸を有効成分として含むことを特徴とする。前記有機酸には、例えば、クエン酸、リンゴ酸、酢酸、乳酸またはこれらの塩が含まれる。」(【0024】)と記載されていたから、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
請求項4に係るその余の訂正事項は、請求項1に係る訂正と同様であるから、上記(1)のとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

(3)請求項2及び3に係る訂正
請求項2及び3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)請求人の主張
請求人は、「前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり」という技術的事項を追加する訂正は、「芽胞発芽増殖阻害」の概念を拡張ないし変更するものであるから、請求項1及び4に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものであると主張する(平成28年7月19日付け審判事件弁駁書4頁15行?6頁10行)。
しかし、上記技術的事項は、「芽胞発芽増殖阻害剤」を定義するものではなく、「芽胞発芽増殖阻害剤」が有する機能を付加的に限定するものと解されるので、「芽胞発芽増殖阻害」の概念を何ら拡張又は変更するものではない。よって、上記請求人の主張は採用できない。
また、請求人は、培地における試験結果は野菜飲料に類推できないから、クエン酸によって芽胞の発芽増殖が阻害される有芽胞菌を野菜飲料中の「バチルス・アミロリクエファシエンスまたはバチルス・サックレトニー」とする訂正は、新規事項の追加に該当すると主張し、また、クエン酸の濃度「40mM?80mM」と、野菜飲料のpH「4.4」の組み合わせについて開示がなく、クエン酸濃度の下限「40mM」の臨界的意義が示されていないから、クエン酸の濃度を「40mM?80mM」とし、野菜飲料のpHを「4.4」とする訂正は、新規事項の追加に該当すると主張する(平成28年7月19日付け審判事件弁駁書7頁6?17行及び平成27年9月14日付け審判事件弁駁書6頁3行?9頁12行)。
しかし、訂正前明細書等には、有芽胞菌の種類として、「バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)」が記載され(【0042】)、
「前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が5mM?80mMとなるように添加され、前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.2?4.6となるように添加される」(【請求項1】)と、クエン酸の濃度「40mM?80mM」と野菜飲料のpH「4.4」の組み合わせを含む範囲が記載されていたのであるから、本件訂正は、新たな技術的事項を導入するものではない。培地における試験結果が野菜飲料に類推できるか否かや、クエン酸濃度の下限の臨界的意義が示されていないことは、この判断を左右するものではない。よって、上記請求人の主張は採用できない。
なお、訂正後の発明が、課題を解決できるものであるかは、別途「第6 3 無効理由2(サポート要件違反)について」において判断する。

(5)まとめ
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?3〕、4について本件訂正を認める。

第5 請求項2及び3に係る発明についての審判請求について
前記「第4 2」のとおり、請求項2及び3を削除する訂正を含む本件訂正が認められるから、請求項2及び3に係る発明についての審判請求は、その対象が存在しないものとなる。
したがって、請求項2及び3に係る発明についての審判請求は、不適法な審判の請求であって、その補正をすることができないものであるから、特許法第135条の規定によって却下すべきものである。

第6 請求項1及び4に係る発明についての審判請求について
1 本件発明
本件特許の請求項1及び4に係る発明(以下「本件発明1」及び「本件発明4」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、上記訂正された特許請求の範囲の請求項1及び4に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

【請求項1】(本件発明1)
クエン酸を有効成分として含む、野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害剤。

【請求項4】(本件発明4)
クエン酸を有効成分として含有する有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤を添加することを含む、野菜飲料における有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害方法。

2 無効理由1(実施可能要件違反)について
(1)請求人の主張
ア 技術上の意義の理解困難性(委任省令違反)
「芽胞」そのものが「増殖」することはあり得ず、「芽胞発芽増殖」という用語は不明瞭であり、「芽胞発芽増殖阻害剤」が、芽胞の発芽、成育のいずれを抑制するのかが不明である(審判請求書24頁2行?28頁下から5行)。本件特許明細書には、(i)芽胞が発芽しなかった場合、(ii)芽胞が発芽したものの成育が止まった場合、(iii)芽胞が成育したものの菌が増殖(分裂)しなかった場合の違いを確認するための具体的な手段が何ら開示されておらず、本件特許明細書【0043】に記載の「1本でも菌の増殖が確認された」か否かでは、芽胞の発芽が阻害されたのか否かを正しく確認できない(審判請求書28頁下から4行?31頁8行)。

イ 本件発明1?4の再現困難性
本件特許明細書の【0042】が開示する以外の有芽胞菌について「芽胞発芽増殖阻害剤」を再現するにあたり、過度な試行錯誤は免れない(審判請求書31頁18行?33頁17行)。
また、本件特許明細書には、野菜飲料に添加するための芽胞発芽増殖阻害剤の実施形態は開示されておらず、SCD液体培地に対するクエン酸の添加条件が野菜飲料に当てはまるとは限らないから、「野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤」を再現するにあたり、過度な試行錯誤は免れない(審判請求書33頁18行?35頁10行)。

(2)判断
ア 本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【背景技術】
【0002】
加熱殺菌を要する酸性飲料は、食品衛生法において、pH4.0未満の製品では65℃で10分間あるいは同等の加熱によって微生物的な安全性を確保することが定められている。また、pH4.0以上4.6未満の製品では、85℃で30分間の加熱または同等の加熱を行うことが定められている。しかし、耐熱性芽胞菌は、この条件でも滅菌されない場合がある。また、pH4.6未満でも発育可能な株が存在することから、飲料充填時に耐熱性芽胞菌が混入し、変敗事故が起こる危険性がある。
【0003】
この危険性を回避するために、市販の酸性飲料では、pHを上記範囲内(4.0≦pH<4.6)であっても低めに設定することが多い。しかし、低めのpH値設定は、飲料全体の呈味性に好ましくない影響を与える。
【0004】
例えば、野菜・果実飲料では、レモン果汁を添加してpH4.2程度に設定していることが多い。」

「【0007】
これまでに、酢酸やクエン酸をはじめとする有機酸には微生物増殖の抑制効果があると報告がなされている(非特許文献1および2)。しかしながら、これら文献には、芽胞が発芽し、栄養型細胞へ成長することを阻害する旨の記載はない。微生物自体が死滅する環境であっても芽胞は生き残ることができ、再度微生物が発育できる環境になると、芽胞が発芽し、微生物へと成長する。従って、微生物を死滅させても、芽胞が残存していれば再び食品の微生物汚染が生じる可能性がある。
【0008】
また、特許文献2には、耐熱性好酸菌に対して静菌作用を有する乳酸およびその塩について記載されている。しかしながらこれも、芽胞から栄養型細胞への成長を抑制するものではない。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害することにより、飲食物の安全性および品質を向上させることを目的とする。また、従来品よりpH値が高くても微生物的な安全性が確保された飲食物を提供することも目的とする。」

「【発明の効果】
【0018】
本発明によると、有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害することにより、飲食物の安全性および品質を向上させることが可能になる。またその結果として、従来品よりpH値が高くても微生物的な安全性が確保された飲食物を提供することが可能となる。」

「【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、有機酸が有芽胞菌において芽胞の発芽増殖を阻害し、その結果として有芽胞菌の増殖を抑制することができるという発見に基づく。
【0020】
芽胞は、一部の細菌において形成され、極めて耐久性の高い細胞構造を有する。芽胞を作る能力を持った細菌が、栄養や温度などの環境が悪い状態に置かれたり、その細菌に対して毒性を示す化合物と接触したりすると、細菌細胞内部に芽胞が形成される。芽胞は極めて高い耐久性を持っており、環境が悪化して通常の細菌が死滅する状況に陥っても生き残ることが可能である。芽胞の状態では、細菌は増殖することはできず、その代謝も限られている。しかし、生き残った芽胞が再びその細菌の増殖に適した環境に置かれると、芽胞は発芽して、通常の増殖および代謝能を有する菌体が作られる。
【0021】
従って、微生物自体を殺菌した場合であっても、芽胞が存在する限り、再び微生物として増殖する危険性がある。本発明の有芽胞菌の芽胞発芽阻害剤は、このような芽胞から微生物への成長を阻害することができる点に特徴を有する。
【0022】
本発明において芽胞発芽増殖阻害剤とは、有芽胞菌の芽胞から新たな菌が増殖することを抑制するものをいい、有芽胞菌自体が細胞分裂等による増殖であって、芽胞発芽が関与しないものは含まない。」

「【実施例】
【0040】
供試菌株は、以下の手順により取得した。
【0041】
数箇所から採取した土壌に滅菌生理食塩水を加えて均質化し、試験液とした。塩酸でpH4.4以下に調整したSCD寒天培地に加熱処理(沸騰水中、10分間)した試験液を接種し、増殖した菌株を分離した。分離菌のうち、pH4.2でもよく生育し、耐熱性芽胞を形成する菌株7株と変敗品から分離した菌株1株の合計8株を供試した。有機酸は、クエン酸、リンゴ酸、酢酸および乳酸を用い、pH調整用に塩酸または水酸化ナトリウムを使用した。基礎培地はSCD液体培地とした。
【0042】
SCD液体培地に有機酸を添加し、pHを調整した各培地を作成した。各菌株の芽胞液を接種し、35℃で4週間静置培養した。発育の有無から有機酸による増殖阻害効果を検討した。使用した菌株の種類は、以下の通りである(菌株3:Bacillus amyloliquefaciens、菌株5:Bacillus amyloliquefaciens、菌株11:Bacillus shackletonii、菌株12:Bacillus shackletonii、菌株17:Bacillus shackletonii、菌株20:Bacillus shackletonii、菌株24:Bacillus sp.(Bacillus cereusに近縁)、菌株91004:Bacillus coagulans)。
【0043】
実施例1
有機酸添加量を5?100mM(クエン酸は5?100mM、酢酸は5?60mM、乳酸は5?40mM、リンゴ酸は、5?100mM)とし、HClまたはNaOHを用いてpHを4.2?4.6に調整した。各試験区3本の試験を実施し、結果は、菌増殖本数/試験本数で表した。1本でも菌の増殖が確認された場合はその試験区を陽性とし、有機酸による抑制効果なしとした。
【表1a】

【0044】
【表1b】

【0045】
【表1c】

【0046】
クエン酸については、pH4.2において5mMを添加した場合に8株中8株に対して増殖阻害効果が見られた。pH4.4において40mMを添加した場合に8株中8株に対して増殖阻害効果が見られた。pH4.6において80mMを添加した場合に8株中8株に対して増殖阻害効果が見られた。」

イ 芽胞は、(i)発芽、(ii)発芽後成育(発芽した芽胞が成長して第1回目の細胞分裂を行うまでの過程)の段階を経て栄養細胞となり、栄養細胞が分裂して増殖することが認められる(甲2)。
このことを踏まえると、本件特許明細書の「芽胞は発芽して、通常の増殖および代謝能を有する菌体が作られる。」(【0020】)、「従って、微生物自体を殺菌した場合であっても、芽胞が存在する限り、再び微生物として増殖する危険性がある。本発明の有芽胞菌の芽胞発芽阻害剤は、このような芽胞から微生物への成長を阻害することができる点に特徴を有する。」(【0021】)との記載における、「通常の増殖および代謝能を有する菌体」や「微生物」が、上記栄養細胞のことを意味しており、「芽胞から微生物への成長を阻害する」は、芽胞が、上記(i)、(ii)の段階を経て栄養細胞に成長することを阻害するとの趣旨であると理解できる。また、「本発明において芽胞発芽増殖阻害剤とは、有芽胞菌の芽胞から新たな菌が増殖することを抑制するものをいい、有芽胞菌自体が細胞分裂等による増殖であって、芽胞発芽が関与しないものは含まない。」(【0022】)との記載は、芽胞発芽増殖阻害剤は、栄養細胞が分裂して増殖することを抑制するだけのものを含まない趣旨であると理解できる。
そうすると、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」は、栄養細胞が分裂して増殖することを抑制するだけのものは含まず、少なくとも、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育(発芽した芽胞が成長して第1回目の細胞分裂を行うまでの過程)のいずれかを阻害するものであると解される。

ウ しかしながら、本件特許明細書の記載からは、本件発明の芽胞発芽増殖阻害剤によって、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害できたことは確認できない。
すなわち、本件特許明細書には、実施例1として、【0040】?【0046】に「増殖阻害効果」を確認した旨が記載されている。しかし、「菌の増殖が確認された場合」に陽性としたと記載されていること(【0043】)、一般に、菌の増殖を目視で判定することが周知であること(乙8)を踏まえると、実施例1において陽性とされたのは、目視で判定できる程度に菌が増殖した場合であると解される。そうすると、芽胞が栄養細胞になったとしても、栄養細胞が分裂して増殖しなければ、陽性とされないのであるから、実施例1によっては、栄養細胞が分裂して増殖することを抑制する効果を確認しただけである可能性を否定できず、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害する効果は確認できていない。また、実施例1以外の記載からも、上記(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害する効果は確認できない。

エ 以上のとおり、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」は、少なくとも、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育(発芽した芽胞が成長して第1回目の細胞分裂を行うまでの過程)のいずれかを阻害するものをいうが、本件特許明細書の記載からは、上記阻害効果を確認できないから、当業者は、本件発明の実施をすることができない。

オ 被請求人は、本件訂正により、芽胞発芽増殖阻害剤について「当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するもの」に特定され、当該効果は本件特許明細書の記載から明示的に確認できるから、実施可能要件を満たす旨を主張する(平成28年7月28日付け上申書5頁下から7行?6頁末行)。
しかし、本件訂正による上記の特定事項は、芽胞発芽増殖阻害剤の機能を付加的に限定するものにすぎず、上記アに述べたとおり、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」が、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害するものであると解されることに変わりはない。仮に、本件訂正が、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」の上記解釈を変更するものであるとすれば、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更するものであって不適法ということになる。
よって、上記被請求人の主張は採用できない。

カ 被請求人は、物の発明の場合、その物を製造することができるのであれば実施可能要件を満たすところ、本件発明1の「芽胞発芽増殖阻害剤」を当業者が製造できることは明らかであるから、実施可能要件を満たす旨を主張する(平成28年7月28日付け上申書7頁1行?末行)。
しかし、「芽胞発芽増殖阻害剤」とは、少なくとも、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害するものをいうのであるから、上記阻害効果を確認できない以上、「芽胞発芽増殖阻害剤」を製造できるとはいえない。
よって、上記被請求人の主張は採用できない。

(3)まとめ
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件発明1及び4についての特許は、無効理由1により無効とすべきである。

3 無効理由2(サポート要件違反)について
(1)請求人の主張
ア 実施例にて検証されているのは、「有芽胞菌」のうち4種のバチルス属に対する増殖抑制効果であって、当該4種以外における増殖抑制効果は、実験上、裏付けられておらず、実施例以外には抽象的な説明しかなく、技術常識によれば、実施例のバチルス属以外の有芽胞菌に対して、クエン酸を添加しても、芽胞の発芽が阻害されるとは限らないから、本件発明の「有芽胞菌」において、本件発明の効果を奏すると当業者は認識できない(審判請求書36頁下から6行?38頁末行)。

イ 実施例にて検証されているのは「SCD液体培地」に添加されたクエン酸の効果であって、「野菜飲料」に対する「クエン酸」の「有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害」効果は、実験上、裏付けられておらず、芽胞液がどのように調製されたものか記載がなく、技術常識を踏まえても、本件発明の「野菜飲料」において、「クエン酸」添加によって、本件発明の効果を奏すると当業者は認識できない(審判請求書39頁1行?42頁9行)。

ウ 実施例にて効果が検証されているのは、「pH4.2において、クエン酸5mM以上を添加したもの」、「pH4.4において、クエン酸40mM以上を添加したもの」、「pH4.6において、クエン酸80mM以上を添加したもの」にすぎず、本件発明のpH及びクエン酸濃度の組み合わせにおいて、本件発明の効果を奏すると当業者は認識できない(審判請求書42頁10行?45頁下から3行)。

(2)判断
本件発明は、「有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害することにより、飲食物の安全性および品質を向上させること」(【0012】)を課題としているから、本件発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討する。
まず、前記「2(2)」で検討したように、発明の詳細な説明の記載によっては、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」が、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害することを確認できないのであるから、上記課題を解決できると認識できない。
仮に、実施例1によって、有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害する効果が確認できるとしても、該実施例1は、SCD液体培地にクエン酸を添加して試験をしているのであるから、ここで効果が確認された条件を、そのまま野菜飲料にも適用できるかは不明である。本件発明は、芽胞発芽増殖阻害剤を、「クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mM」、「野菜飲料のpHが4.4」となるように野菜飲料に添加するものであるところ、発明の詳細な説明において、野菜飲料に対して効果の得られるクエン酸の濃度及びpHの範囲については具体的に検討されていないから、当業者は、芽胞発芽増殖阻害剤を、「クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mM」、「野菜飲料のpH4.4」となるように野菜飲料に添加することで、有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害する効果が得られることを認識できない。
被請求人は、SCD培地は、食品分野において細菌の検出・培養等に汎用される培地であり、SCD培地での結果が野菜飲料においても概ね妥当することは当然に理解される旨を主張する(平成27年7月8日付け審判事件答弁書31頁下から7?3行)。
しかし、SCD培地が、食品分野において細菌の検出・培養等に汎用されることは認められる(乙10)ものの、甲9に「3.野菜汁中における有機酸濃度とpHによる芽胞の静菌効果 ・・・ SCD培地における結果とは異なり、野菜汁のpHが4.6のときクエン酸80mMにおいてもニンジン汁、トマト汁ともに完全には生育を抑制できなかった。」(493頁左欄2行?右欄2行)と記載されており、SCD培地にて効果が得られた条件を、そのまま野菜飲料に適用して同じ効果が得られるとまでは認められない。
したがって、本件発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が「有芽胞菌の芽胞発芽増殖を阻害することにより、飲食物の安全性および品質を向上させる」という課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。

(3)まとめ
特許請求の範囲の記載は、本件発明1及び4が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件発明1及び4についての特許は、無効理由2により無効とすべきである。

4 無効理由3(明確性要件違反)について
(1)請求人の主張
「クエン酸を有効成分として含む・・・剤」は、クエン酸との合剤なのか、クエン酸の単剤なのか不明瞭であり、請求項4の「前記芽胞発芽増殖阻害剤」は、前記されておらず不明瞭であり、「芽胞発芽増殖」及び「芽胞発芽増殖阻害」は、前記「2(1)ア」のとおり不明瞭であり、「pHが4.2?4.6」は、数値の上限4.6が含まれるとすれば、本件特許明細書の「pH4.6未満」との記載(【0027】、【0036】)と矛盾する(審判請求書47頁4行?48頁末行)。

(2)判断
まず、請求人が主張する、pHの上限4.6が、本件特許明細書の記載と矛盾する点、及び、請求項4の「前記芽胞発芽増殖阻害剤」が、前記されていない点については、本件訂正によって不備が解消した。
また、前記「2(2)イ」で検討したとおり、本件発明の「芽胞発芽増殖阻害剤」は、少なくとも、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育(発芽した芽胞が成長して第1回目の細胞分裂を行うまでの過程)のいずれかを阻害するものと理解できる。そして、その成分について、特許請求の範囲には、クエン酸を有効成分として含むことしか特定されておらず、合剤か単剤のいずれかに限定されるものでないことが明らかである。
よって、本件発明1及び4が不明確であるとはいえない。

(3)まとめ
特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさないとはいえず、本件発明1及び4についての特許は、無効理由3により無効とすることはできない。

5 無効理由4(公然実施発明に基づく進歩性の欠如)について
(1)本件発明1について
公然実施発明
甲12には、「市場品評価 第1報?2007年度 野菜ミックスジュースの品質評価結果?」と題する文書が示されており、甲30、甲30の1も併せてみれば、上記文書には、「1日分の野菜(2007年6月リニューアル品) 紙200ml」(以下「製品1」という。)、「1日分の野菜 紙1000ml」(以下「製品2」という。)、「1日分の野菜 缶190g」(以下「製品3」という。)について、理化学分析結果が記載され、クエン酸含量及びpHについて、以下の値が記載されていると認められる。
製品1:クエン酸含量0.59%、pH4.31
製品2:クエン酸含量0.70%、pH4.23
製品3:クエン酸含量0.71%、pH4.25

そして、甲30の3によれば、製品1?3は、いずれも品名が「にんじんミックスジュース」であって、原材料として「レモン(濃縮還元)」が添加されている。
よって、製品1?3の構成は、以下のとおりに整理できる。
「濃縮還元レモンが添加されたにんじんミックスジュースであって、クエン酸のにんじんミックスジュースに対する濃度が0.59%?0.71%であり、pHが4.23?4.31であるにんじんミックスジュース。」

ところで、甲30、甲30の2-1、甲30の2-2、甲30の3によれば、製品1は、賞味期限が平成20年2月18日であって、平成19年6月15日に購入され、製品2は、賞味期限が平成20年1月13日であって、平成19年3月?7月に購入され、製品3は、賞味期限が平成20年2月2日であって、平成19年4月10日に購入されたことが認められる。
よって、製品1?3は、本件特許の優先日前に公然と譲渡がなされた、すなわち公然実施されたものと認められる。
また、レモンがクエン酸を含むことは明らかであり(甲21、甲22)、クエン酸含量0.59%?0.71%は、31.7mM?38.1mMに相当する。そうすると、製品1?3に添加されている濃縮還元レモンに着目して整理すれば、以下の発明が本件特許の優先日前に公然実施されたものと認められる。
「クエン酸を成分として含む、にんじんミックスジュースに添加される濃縮還元レモンであって、濃縮還元レモンは、クエン酸のにんじんミックスジュースに対する濃度が31.7mM?38.1mMとなるように添加され、濃縮還元レモンは、にんじんミックスジュースのpHが4.23?4.31となるように添加されている、濃縮還元レモン。」(以下「公然実施発明」という。)

イ 対比
公然実施発明の「にんじんミックスジュース」は、本件発明1の「野菜飲料」に相当し、公然実施発明の「クエン酸を成分として含む、にんじんミックスジュースに添加される濃縮還元レモン」と、本件発明1の「クエン酸を有効成分として含む、野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤」とは、「クエン酸を成分として含む、野菜飲料に添加される物質」の限りで一致する。
公然実施発明における「クエン酸のにんじんミックスジュースに対する濃度が31.7mM?38.1mM」と、本件発明1の「前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mM」とは、「前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が所定濃度」の限りで一致する。
公然実施発明における「にんじんミックスジュースのpHが4.23?4.31」と、本件発明1の「野菜飲料のpHが4.4」とは、「野菜飲料のpHが所定値」の限りで一致する。
よって、本件発明1と公然実施発明との一致点、相違点は以下のとおりである。
(一致点)
「クエン酸を成分として含む、野菜飲料に添加される物質であって、
前記物質は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が所定濃度となるように添加され、
前記物質は、前記野菜飲料のpHが所定値となるように添加される、物質。」

(相違点1)
野菜飲料に添加される物質が、本件発明1は「クエン酸を有効成分として含む」「有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤」であって、「芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するもの」であり、「前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)」であるのに対し、公然実施発明は「クエン酸を成分として含む」「濃縮還元レモン」である点。
(相違点2)
本件発明1は、クエン酸の野菜飲料に対する濃度が「40mM?80mM」であって「野菜飲料のpHが4.4」であるのに対し、公然実施発明は、クエン酸の野菜飲料に対する濃度が「31.7mM?38.1mM」であって「野菜飲料のpHが4.23?4.31」である点。

ウ 判断
(ア)相違点1について
製品1?3において、濃縮還元レモンを添加する目的は明らかにされていないから、公然実施発明の濃縮還元レモンについて、その添加目的は明らかでない。
そうすると、公然実施発明は、あくまでも「濃縮還元レモン」というしかなく、クエン酸を含む点で共通するとしても、「有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤」に相当するものとはいえない。
また、製品1?3に濃縮還元レモンを添加する目的は明らかでないものの、具体的な製品である製品1?3においては、何らかの目的のために添加しているはずであるから、その本来の目的から離れて、芽胞発芽増殖阻害を目的とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
そして、甲24に、クエン酸がバチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)の胞子の発芽及び増殖を抑制する効果を有することが記載されていることから、公然実施発明の濃縮還元レモンについても、上記効果を有することを認識し得るとしても、それは、本来の目的に加えて、副次的に上記効果も期待できるというにすぎない。上記効果を認識しても、さらに芽胞発芽増殖阻害を目的として添加することまでは当業者が容易に想到し得たといえないから、公然実施発明の濃縮還元レモンを、有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤とすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
請求人は、レモン果汁の代替品としてのクエン酸、並びにpH調整剤又は酸味料としてのクエン酸は周知であり(甲15?甲17)、公然実施発明の濃縮還元レモンをクエン酸の単剤とすることは当業者が容易に想到し得たと主張する(審判請求書52頁下から2行?53頁7行)。しかし、甲15?甲17には、クエン酸が、有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤であることは示されていないから、仮に、公然実施発明の濃縮還元レモンをクエン酸に変更しても、有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤とはならない。
よって、相違点1は、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(イ)相違点2について
上記(ア)のとおり、公然実施発明の濃縮還元レモンを、有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤とすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。そうすると、当業者は、公然実施発明の濃縮還元レモンを添加するに際して、芽胞発芽増殖阻害剤としての効果が得られるように、上記濃縮還元レモンの添加量を調整してクエン酸の濃度や野菜飲料のpHを調整しようとは考えないし、その他、調整しようとする動機付けもない。
よって、相違点2は、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

エ まとめ
本件発明1は、公然実施発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明4について
本件発明4は「芽胞発芽増殖阻害方法」の発明であって、本件発明1とはカテゴリーが相違する発明ではあるが、少なくとも、上記「(1)イ」に示した相違点は、本件発明4と公然実施発明との相違点でもある。
そして、当該相違点についての判断は、上記「(1)ウ」と同じである。
よって、本件発明4は、公然実施発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)まとめ
本件発明1及び4は、公然実施発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、その特許は、無効理由4によって無効とすることはできない。

6 無効理由5(刊行物公知発明に基づく進歩性の欠如)について
(1)本件発明1について
ア 甲24、甲25の記載
(ア)甲24には、以下の事項が記載されている。
「酸性食品缶詰や低酸性食品を酸の添加でpHを低下させた缶詰は一般に100℃以下の殺菌が行われているが、その殺菌条件の設定において殺菌の目標微生物に対するpHや有機酸の影響は重要である。
一般にpHが低下すると微生物の発育は抑制される。細菌はpHに対する感受性がカビや酵母より強く、ほとんどの細菌の至適pHは中性付近で、pH4.5以下になると増殖出来なくなる。
Bacillus属の細菌の中で最もpHに対する感受性が弱いと思われる細菌はBacillus polymyxaとBacillus coagulansである。・・・
本報では缶詰のフラットサワー様変敗として最も重要なB.coagulansについて、その胞子の発芽及び増殖に及ぼすpHと有機酸の影響、また胞子の耐熱性に及ぼすpH及び有機酸の影響について検討した。」(93頁22?31行)

「PYG培地(ポリペプトン2%、酵母エキス0.2%、ブドウ糖0.5%)にクエン酸、リンゴ酸、乳酸(85%?92%であるが90%として計算)、酢酸、アジピン酸、フマル酸、グルコン酸をそれぞれ0.2%加え、塩酸または苛性ソーダで所定のpHになるよう調整した培地を用いてMPN法で胞子数を測定し、コントロール(有機酸を添加しないPYG)の胞子数と比較した。」(94頁5?8行)

「実験結果及び考察
1.胞子の発芽及び増殖におけるpHと有機酸の影響
0.2%のクエン酸を添加し、pHを調整したPYGで胞子数を測定した結果、Fig.1に示すようにpHに関係なくコントロールに比べて胞子数は3桁以上少なく、クエン酸の存在は発芽及び増殖を抑制する傾向があった。
・・・
2.発芽及び増殖におけるクエン酸量の影響
Fig.1で示したように0.2%のクエン酸の添加でpHに関係なく胞子の発芽及び増殖の抑制が認められたのでその添加量の影響を試験した結果、Fig.8に示すようにクエン酸の添加量が多くなるに従って増殖は抑制された。しかし、pHによる影響はそれほど大きくなかった。」(94頁28行?95頁下から4行)

Fig.1及びFig.8は以下のとおりである。


Fig.1によれば、少なくともpH4.6?7.0において、0.2%のクエン酸を添加したものは、コントロールに比べて胞子数が少ないことが見て取れる。
以上によれば、甲24には、次の発明が記載されていると認められる。
「バチルス・コアグランス(B.coagulans)の発芽及び増殖を抑制するクエン酸であって、
pHを調整したPYG培地で胞子数を測定した結果、0.2%のクエン酸の添加でpH4.6?7.0において胞子の発芽及び増殖の抑制が認められ、クエン酸の添加量が多くなるに従って増殖は抑制されるクエン酸。」(以下「甲24発明」という。)

(イ)甲25には、以下の事項が記載されている。
「1)ニンジンジュースの調製
ニンジン濃縮ジュース(ブリックス36%、pH5.7)を脱イオン水で希釈し、ブリックスを7%に調整した。これをレモン果汁(pH2.1)と3規定の水酸化ナトリウム溶液で、pHを4.2、4.4、4.6および6.5に調整した。」(35頁右欄下から14?10行)

「2)ニンジンジュース中における発育
(1)芽胞液の接種
供試菌株の芽胞液を滅菌脱イオン水で希釈し、pHが異なるニンジンジュース20mlにそれぞれ芽胞数が約10^(3)CFU/mlになるよう加えた。」(35頁右欄下から5?1行)

「結果および考察
1.pHが異なるニンジンジュース中における供試菌株の発育
結果を表1に示す。
・・・
供試菌株のうち、B.coagulans 6株はpH5.7および4.6で発育した。しかし、pH4.4以下では発育はみられなかった。」(36頁右欄16?25行)

イ 対比
甲24発明において、「バチルス・コアグランス(B.coagulans)」は有芽胞菌であり、クエン酸は、その発芽及び増殖を抑制しているから、甲24発明の「バチルス・コアグランス(B.coagulans)の発芽及び増殖を抑制するクエン酸」は、本件発明1の「クエン酸を有効成分として含む」「有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤」に相当する。なお、甲24発明のクエン酸について、(i)発芽、又は、(ii)発芽後成育のいずれかを阻害する効果までは確認されていないとしても、本件発明の芽胞発芽増殖阻害剤についても、該効果は確認されていないから、この点は相違点と認められない。
そうすると、本件発明1と甲24発明との一致点、相違点は以下のとおりである。
(一致点)
クエン酸を有効成分として含む、有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤。

(相違点1)
本件発明1が「野菜飲料に添加するための」ものであるのに対し、甲24発明は「PYG培地」に添加したものである点。
(相違点2)
有芽胞菌が、本件発明1は「バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)」であるのに対し、甲24発明は「バチルス・コアグランス(B.coagulans)」である点。
(相違点3)
クエン酸の濃度が、本件発明1は「40mM?80mM」であるのに対し、甲24発明は「0.2%」(約10mM)である点。
(相違点4)
本件発明1は「pHが4.4」であるのに対し、甲24発明は「pH4.6?7.0」である点。
(相違点5)
本件発明1は、「芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり」と特定されているのに対し、甲24発明は、クエン酸を添加しpHを4.6?7.0に調整したPYG培地にてバチルス・コアグランス(B.coagulans)の発芽及び増殖を抑制するものである点。

ウ 判断
(ア)相違点1について
甲25より、野菜飲料においても、芽胞菌の増殖を抑制すべきことが理解できる。そして、食品分野において細菌の検出、培養等に培地が用いられることが技術常識であること(乙10)、甲24は、缶詰食品におけるバチルス・コアグランス(B.coagulans)の胞子の発芽及び増殖を念頭に置いたものであること、を踏まえると、甲24発明の、PYG培地における芽胞菌の発芽及び増殖を抑制するクエン酸が、野菜飲料においても同様の効果を有するであろうことは、当業者が容易に予測し得たことである。
よって、野菜飲料において、芽胞菌の増殖を抑制すべく、甲24発明の「PYG培地」を「野菜飲料」に変更し、相違点1に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(イ)相違点2について
甲31(【0011】、【0018】)、甲32(【0001】、【0010】)より、バチルス・アミロリクエファシエンスや、その他多くのバチルス属の細菌が、食品衛生上、増殖抑制すべき対象として周知であったと認められる。
また、甲24によれば、一般にpHが低下すると微生物の発育は抑制されるところ、バチルス・コアグランスは、バチルス属の細菌の中で最もpHに対する感受性が弱い、すなわち、低pHに対する耐性が強いと認識されているのであるから、バチルス・コアグランスについて発芽及び増殖を抑制できるのであれば、他のバチルス属の細菌についても発芽及び増殖を抑制できると予測することに困難性はない。そして、上記バチルス・アミロリクエファシエンスや、その他バチルス属の細菌に対する効果を確認することは、当業者が容易になし得たことである
よって、甲24発明において、発芽及び増殖の抑制対象とする細菌をバチルス・アミロリクエファシエンスまたはバチルス・サックレトニーとすること、すなわち、相違点2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(ウ)相違点3、4について
上記(ア)、(イ)のとおり、甲24発明において、「PYG培地」を「野菜飲料」に変更し、発芽及び増殖の抑制対象とする細菌をバチルス・アミロリクエファシエンスまたはバチルス・サックレトニーに変更することは、当業者が容易に想到し得たところ、このような変更に伴い、効果の得られる条件も変わるであろうことは当業者が普通に予測できたことである。そして、甲24では、pHやクエン酸の添加量の影響を評価しており、クエン酸の添加量が多くなるに従って増殖が抑制される傾向があることも示されているから、上記のとおり変更した場合の効果を確認するにあたって、上記甲24の開示を踏まえ、pHやクエン酸の添加量について効果の得られる範囲を決定することは、当業者が容易になし得た設計事項というべきである。
よって、相違点3、4に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に決定できた設計事項にすぎない。

(エ)相違点5について
相違点5に係る本件発明1の発明特定事項は、芽胞発芽増殖阻害剤の有する機能を特定したものにすぎない。そして、上記芽胞発芽増殖阻害剤は「クエン酸」を有効成分として含むものであって、本件特許明細書においては「クエン酸」そのものについて上記機能を確認している。
一方、甲24発明は「クエン酸」そのものである。
そうすると、本件発明1の「クエン酸」と甲24発明の「クエン酸」とで機能が異なるとは考えられないから、相違点5は実質的な相違点ではない。
また、甲24発明について、発芽及び増殖を抑制する効果を確認するための培地や培養条件等は、当業者が適宜に選択できるものであるから、相違点5に係る本件発明1の機能を、甲24発明について確認することは、当業者が容易に想到し得たことでもある。

(オ)被請求人の主張について
被請求人は、甲24によれば、低pHに対し耐性を示すとされたバチルス・コアグランスですらpH4.2でほとんど生育できないのに対し、本件発明のバチルス・アミロリクエファシエンス及びバチルス・サックレトニーはpH4.2でも生育することから、本件発明と甲24発明とは技術的思想が全く異なる旨を主張する(平成28年1月18日付け口頭審理陳述要領書10頁3行?12頁2行)。
しかし、甲24における実験と本件特許明細書の実施例1とでは、培地等を含め、試験条件が同一ではないから、これらの結果を直接に比較することはできない。一方、本件特許明細書の実施例1には、バチルス・コアグランスの「菌株91004」についての試験結果も示されているところ、表1c(【0045】)によれば、バチルス・コアグランスの「菌株91004」は、pH4.2でも生育しているから、低pHに対する耐性がバチルス・アミロリクエファシエンス及びバチルス・サックレトニーと相違するとは認められない。よって、上記被請求人の主張は採用できない。
また、被請求人は、バチルス・アミロリクエファシエンス及びバチルス・サックレトニーの芽胞が、低pH・高クエン酸濃度の条件に対する耐性が強いこと、pH4.4・高クエン酸条件に対する耐性において、バチルス・コアグランスと相違すること、甲24の記載からは、バチルス・アミロリクエファシエンス又はバチルス・サックレトニーに変更した場合、pHが高く、クエン酸濃度が低くなる方向へ条件が変わると考えるのが普通であること、を主張し、本件発明が進歩性を有すると主張する(平成28年7月28日付け上申書12頁1行?18頁16行)。
しかし、甲24発明において、発芽及び増殖の抑制対象とする細菌をバチルス・アミロリクエファシエンスやバチルス・サックレトニーに変更するにあたり、これらの細菌の低pH・高クエン酸濃度の条件に対する耐性を具体的に認識することまでは必要でなく、具体的なpHやクエン酸濃度の条件は、当業者が実験により容易に決定できるのであるから、上記被請求人の主張は採用できない。

エ まとめ
本件発明1は、甲24発明及び甲24、甲25の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明4について
甲24には、甲24発明のクエン酸を添加することを含む「芽胞発芽増殖阻害方法」の発明(以下「甲24発明の2」という。)も記載されていると認められる。そして、本件発明4と甲24発明の2との相違点は、上記「(1)イ」に示した相違点1?5と同じであり、その判断は、上記「(1)ウ」のとおりである。
よって、本件発明4は、甲24発明の2及び甲24、甲25の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)まとめ
本件発明1及び4は、甲24に記載された発明及び甲24、甲25の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項に違反してされたものであり、無効理由5によって無効とすべきである。

第7 結び
以上のとおり、本件発明1及び4についての特許は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
また、本件発明1及び4についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
そして、請求項2及び3に係る発明についての審判請求は、特許法第135条の規定により却下すべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸を有効成分として含む、野菜飲料に添加するための有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害剤。
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】
クエン酸を有効成分として含有する有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤を添加することを含む、野菜飲料における有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法であって、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、当該芽胞発芽増殖阻害剤を添加しさらにpHを4.4に調整したSCD液体培地に、前記有芽胞菌の芽胞液を接種して35℃で4週間静置培養したときに、前記有芽胞菌の発育を阻害するものであり、
前記有芽胞菌は、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)またはバチルス・サックレトニー(Bacillus shackletonii)であり、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記クエン酸の前記野菜飲料に対する濃度が40mM?80mMとなるように添加され、
前記芽胞発芽増殖阻害剤は、前記野菜飲料のpHが4.4となるように添加される
ことを特徴とする芽胞発芽増殖阻害方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2016-09-14 
結審通知日 2016-09-20 
審決日 2016-10-03 
出願番号 特願2009-89294(P2009-89294)
審決分類 P 1 113・ 854- ZAA (A23L)
P 1 113・ 537- ZAA (A23L)
P 1 113・ 536- ZAA (A23L)
P 1 113・ 855- ZAA (A23L)
P 1 113・ 121- ZAA (A23L)
P 1 113・ 841- ZAA (A23L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 柴原 直司  
特許庁審判長 鳥居 稔
特許庁審判官 佐々木 正章
紀本 孝
登録日 2012-07-27 
登録番号 特許第5048011号(P5048011)
発明の名称 有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害剤及び有芽胞菌の芽胞発芽増殖阻害方法  
代理人 小西 達也  
代理人 田岡 洋  
代理人 花崎 健一  
代理人 速見 禎祥  
代理人 宮下 洋明  
代理人 小西 達也  
代理人 早川 裕司  
代理人 早川 裕司  
代理人 村雨 圭介  
代理人 村雨 圭介  
代理人 花崎 健一  
代理人 岩坪 哲  
代理人 田岡 洋  

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