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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B60T
管理番号 1325880
異議申立番号 異議2016-701027  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-10-28 
確定日 2017-02-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第5915863号発明「車両の電動制動装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5915863号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第5915863号の請求項1に係る特許についての出願は、平成25年3月15日に特許出願され、平成28年4月15日にその特許権の設定登録(特許掲載公報発行日:同年5月11日)がされ、その特許に対し、平成28年10月28日に特許異議申立人 吉田新一(以下、「異議申立人」という。)により請求項1に対して、特許異議の申立てがされたものである。

2 本件特許発明
特許第5915863号の請求項1の特許に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
運転者による車両の制動操作部材の操作量を取得する操作量取得手段と、
伝達部材を介して、電気モータの動力を伝達することによって、前記車両の車輪に固定された回転部材に前記摩擦部材を押し付けて、前記車輪に制動トルクを発生させる制動手段と、
前記操作量に基づいて目標通電量を演算し、前記目標通電量に基づいて前記電気モータを制御する制御手段と、
を備えた、車両の電動制動装置であって、
前記摩擦部材が前記回転部材を押し付ける力の実際値である押圧力実際値を取得する押圧力取得手段と、
前記電気モータの位置を取得する位置取得手段と、
を備え、
前記制御手段は、
前記位置に基づいて、前記摩擦部材が前記回転部材を押し付ける力の推定値である押圧力推定値を演算し、
前記操作量に基づいて、前記押圧力実際値についての第1寄与度、及び、前記押圧力推定値についての第2寄与度を決定し、
前記操作量が小さい場合には、前記第1寄与度より前記第2寄与度を相対的に大きい値に決定し、前記操作量が大きい場合には、前記第2寄与度より前記第1寄与度を相対的に大きい値に決定し、
前記押圧力実際値に前記第1寄与度を考慮して得られる値、及び、前記押圧力推定値に前記第2寄与度を考慮して得られる値に基づいて、前記目標通電量を演算するように構成された、車両の電動制動装置。」

3 申立理由の概要
異議申立人は、証拠として下記の甲第1号証ないし甲第4号証を提出し、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証ないし甲第4号証に記載された事項及び従来周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定に違反する発明であるから、請求項1に係る特許は取り消すべきものである旨主張している。

甲第1号証:特開2004-124950号公報(以下、「刊行物1」という。)
甲第2号証:特開2008-184023号公報(以下、「刊行物2」という。)
甲第3号証:特開2011-235896号公報(以下、「刊行物3」という。)
甲第4号証:特開2008-80847号公報(以下、「刊行物4」という。)

4 刊行物
(1)刊行物1
本件出願の出願前に頒布された刊行物1には、「ブレーキ装置」として、第1実施形態の電動ディスクブレーキ装置について、図1ないし図5とともに、次の事項が記載されている。下線は当審で付した。以下同様。

ア 「【0008】
したがって、本発明は、ディスクロータとブレーキパッドとが接触を開始する接触開始位置を正確に求めることができるブレーキ装置の提供を目的とする。」

イ 「【0010】
このように、ブレーキ解除時に、推力検出手段においてノイズの影響が大きいピストン推力が0となる点を避け、0より大きい所定の閾値以下になった時点でのピストン位置から、所定量ピストンをブレーキ解除側に戻した位置をディスクロータとブレーキパッドとが接触を開始する接触開始位置に設定する。」

ウ 「【0019】
【発明の実施の形態】
本発明の第1実施形態のブレーキ装置を図1?図5を参照しつつ以下に説明する。
【0020】
図1に示すように、第1実施形態のブレーキ装置は電動キャリパ10を有する電動ディスクブレーキ装置である。
【0021】
電動キャリパ10は、図示せぬ車輪とともに回転するディスクロータ11の軸線方向における一側にキャリパ本体12が配置されており、このキャリパ本体12には、略C字形に形成されてディスクロータ11を跨いで反対側へ延びる爪部13が一体的に結合されている。ディスクロータ11の軸線方向における両側にそれぞれブレーキパッド14,15が設けられている。ブレーキパッド14,15は、車体側に固定されるキャリア16によってディスクロータ11の軸方向に沿って移動可能に支持されて、制動トルクをキャリア16に伝達するようになっており、また、キャリパ本体12は、キャリア16に取付けられた図示せぬスライドピンによってディスクロータ11の軸方向に沿って摺動可能に案内されている。
【0022】
キャリパ本体12には、略円筒伏のケース18が結合され、このケース18内には、電動モータ(アクチュエータ)19および位置検出器(位置検出手段)20が設けられている。一方、キャリパ本体12の内側には、ボールランプ機構21および減速機構22が設けられている。ケース18の後端部には、カバー23が取付けられている。
【0023】
電動モータ19は、ケース18の内周部に固定されたステータ25と、ステータ25に挿入されて軸受26,27によってケース18に回転可能に支持されたロータ28とを備えている。位置検出器20は、ケース18側に固定されたレゾルバステータ29およびロータ28に取付けられたレゾルバロータ30からなり、これらの相対回転に基づいてロータ28の回転位置すなわち電動モータ19のモータ回転位置を検出するものである。
【0024】
ボールランプ機構21は、環状の第1ディスク32および第2ディスク33と、これらの間に介装された複数のボール(鋼球)34とから構成されている。第1ディスク32は、軸受35によってキャリパ本体12に回転可能に支持され、ロータ28内に挿入される円筒部36が一体的に形成されている。第2ディスク33には、円筒部36よりも小径の円筒状のスリーブ37が一体的に形成され、このスリーブ37が円筒部36内に挿通されている。
【0025】
ボールランプ機構21の第1ディスク32および第2ディスク33の対向面には、それぞれ円周方向に沿って延びる円弧状の例えば3つのボール溝38,39が形成されている。これらのボール溝38,39は、等しい中心角(例えば90゜)の範囲に延ばされて、同じ方向に傾斜されている。そして、第1ディスク32および第2ディスク33に形成されたボール溝38,39間にボール34が装入され、第1ディスク32および第2ディスク33の相対回転によって、ボール溝38,39内をボール34が転動することにより、第1ディスク32と第2ディスク33とが軸方向に相対変位するようになっている。このとき、第1ディスク32が第2ディスク33に対して反時計回りに回転したとき、これらが離間する方向に変位する。
【0026】
第2ディスク33とブレーキパッド14との間には、ピストン40が設けられている。ピストン40は、外周にネジ部41を形成した円筒部材42aを有している。円筒部材42aは、第2ディスク33のスリーブ37内に挿入され、その内周に形成されたネジ部43に螺合されている。円筒部材42aには、ケース18にブラケット44を介して取付けられた軸45の図示せぬ二面取部が嵌合されて、その回転が規制されている。また、ピストン40は、円筒部材42aの軸45に対し反対側に回転が規制された状態で連結される略円板状の押圧部材42bを有している。そして、円筒部材42aと押圧部材42bとの間に、ピストン40が受けるピストン推力を検出する推力センサ(推力検出手段)46が設けられている。」

エ 「【0029】
電動モータ19、位置検出器20、推力センサ46には、コントローラ(制御手段)100が接続され、コントローラ100には、ブレーキペダル101の操作量を検出するペダルセンサ102が接続されている。コントローラ100は、ペダルセンサ102の検出結果すなわちブレーキペダル101の操作量と、位置検出器20の検出結果すなわち電動モータ19の回転位置に対応する実際のピストン位置と、電動モータ19の電流値と、推力センサ46の検出結果すなわち実際のピストン推力とに基づいて電動モータ19を制御することで、ピストン推力が目標推力となるように制御を行う。」

オ 「【0031】
以上のように構成した第1実施形態の電動ディスクブレーキの電動キャリパ10の基本作動について次に説明する。
【0032】
非制動状態では、ボールランプ機構21のボール34がボール溝38,39の最も深い端部にあり、第1ディスク32と第2ディスク33とが最も近い位置にある。コントローラ100は、制動力を発生させる際に、電動モータ19のロータ28を時計回りに回転させる。すると、ローラ28の回転トルクが減速機構22で増幅されて第1ディスク32に伝達される。
【0033】
第1ディスク32の回転力は、コイルスプリング69を介して第2ディスク33に伝達される。ピストン40がブレーキパッド14,15を押圧する前は、ピストン40に軸方向の荷重が殆ど作用せず、ピストン40と第2ディスク33との間のネジ部41,43に生じる抵抗が小さいので、コイルスプリング69のセット荷重によって第2ディスク33が第1ディスク32と一体に回転し、第2ディスク33とピストン40との間に相対回転が生じて、ネジ部41,43の作用によってピストン40がディスクロータ11側ヘ前進する。なお、これにより、ネジ部41,43は電動モータ19の回転運動をピストン40の直線運動に変換する変換機構部を構成している。」

カ 「【0037】
コントローラ100は、まず、ペダルセンサ102から出力されるペダルセンサ信号を読み込む(STEP00)。そして、読み込んだペダルセンサ信号が示すブレーキペダル101の操作量であるペダル操作量に基づいて電動キャリパ10の制動力すなわちピストン40に発生させる目標推力を求める(STEP01)。
【0038】
STEP01で算出した目標推力がゼロより大きいか否かを判定し(STEP02)、目標推力がゼロより大きければ、推力センサ46からピストン40の推力を示す推力センサ信号を読み込み(STEP03)、目標推力をピストンに発生させるように電動モータ19に対し、推力センサ46で検出されたピストン推力をフィードバックとするピストン推力制御を行う(STEP04)。」

キ 「【0041】
STEP02において、目標推力がゼロであった場合、ピストン位置を読み込み(STEP08)、ピストン40をディスクロータ11とブレーキパッド14,15とが実質的に接触を開始する接触開始位置に制御する(STEP09)。」

ク 「【0046】
そして、上記STEP06において設定し記憶された接触開始位置まで、位置検出器20で検出されたピストン位置をフィードバックとする、ノイズの影響が少ない位置制御でピストン40を後退させて停止させる(STEP07)。
【0047】
以上に述べた第1実施形態のブレーキ装置によれば、ブレーキ解除時に、推力センサ46においてノイズの影響が大きいピストン推力が0となる点を避け、0より大きい所定の基準閾値以下になった時点において位置検出器20で検出されているピストン位置から、ブレーキパッド14,15の摩耗状態に相当する、ピストン位置の変化量dPに対するピストン推力の変化量dFの変化率dF/dPに応じた所定量αだけピストンをブレーキ解除側に戻した位置をディスクロータ11とブレーキパッド14,15とが接触を開始する接触開始位置に設定する。したがって、ノイズの影響を回避できるとともに、ブレーキパッド14,15の摩耗状態を加味して接触開始位置を設定するため、接触開始位置を正確に求めることができる。その結果、非制動時のブレーキパッド14,15の引きずりを確実に防止することができるとともに、次回制動時の応答性を確実に向上させることができる。」

ケ 上記記載事項カの「ブレーキペダル101」(【0037】)は、通常は運転者により操作されると認められる。

コ 上記記載事項ウの「車輪とともに回転するディスクロータ11」(【0021】)との記載から、ディスクロータ11は車輪に固定されるものと認められる。

上記の記載事項、認定事項及び図示内容を総合し、本件発明に則って整理すると、刊行物1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

[甲1発明]
「運転者による車両のブレーキペダル101の操作量を検出するペダルセンサ102と、
減速機構22、ボールランプ機構21、ピストン40、キャリパ本体12及び爪部13を介して、電動モータ19の回転トルクを伝達することによって、前記車両の車輪に固定されたディスクロータ11にブレーキパッド14、15を押し付けて、前記車輪に制動トルクを発生させる電動キャリパ10と、
前記操作量に基づいてブレーキパッド14、15の目標推力を求め、前記電動モータ19を制御するコントローラ100と、
を備えた、車両の電動ディスクブレーキ装置であって、
前記ブレーキパッド14、15が前記ディスクロータ11を押し付ける力の実際値である推力を取得する推力センサ46と、
前記電動モータ19のモータ回転位置を取得する位置検出器20と、
を備えた、車両の電動ディスクブレーキ装置」

なお、異議申立人は、甲1発明のコントローラ100がブレーキペダル101の操作量に基づいて目標通電量を演算する旨主張しているが、コントローラ100が目標通電量に相当する数値を演算することについて刊行物1には記載も示唆もされていないので、この主張は採用できない。

(2)刊行物2
本件出願の出願前に頒布された刊行物2には、「電動ブレーキ装置」について、図2とともに、次の事項が記載されている。

ア 「【0004】
本発明は、電動モータの回転位置から押圧部材の推力を推定する電動ブレーキ装置においてキャリパ剛性が変化しても所望の制動力を発生し得る電動ブレーキ装置を提供することを目的としている。」

イ 「【0009】
請求項1に係る発明によれば、押圧部材がブレーキパッドを押圧する頻度に応じてキャリパの剛性を推定できることに着目し、制御手段のキャリパ剛性推定手段によって、押圧部材がブレーキパッドを押圧する頻度に応じてキャリパの剛性を推定しこの剛性の推定結果に応じて制動指示信号により算出されるブレーキパッドの押圧力指令値を変更することで、電動モータの回転位置から押圧部材の推力を推定する電動ブレーキ装置においてキャリパ剛性が変化しても所望の制動力を発生することが可能となる。」

ウ 「【0020】
キャリパECU32は、図2に示すように、メインECU33からの推力指令値が入力され、この推力指令値を、ピストン推力を出力するための電動モータ15のモータロータの回転位置に変換して位置指令値を算出する(言い換えればモータロータの回転位置からのピストン推力を推定する)推力指令-位置指令変換器(キャリパ剛性推定手段)40と、この位置指令値を、これに基づいたモータロータの回転位置まで移動させる電流値に変換して電流指令値とする位置指令-電流指令変換器41と、この電流指令値に基づいて、三相DCブラシレスモータを駆動するためのPWM信号を生成して電動モータ15へ出力するPWM変換器42と、推力指令-位置指令変換器40によって位置指令値を算出する際に参照される剛性テーブル(剛性モデル)の基本となる基本テーブル(基本モデル)を有する基本剛性テーブルメモリ43と、同様に参照される剛性テーブルの変更後の変更剛性テーブル(変更モデル)を有する変更剛性テーブル演算器(キャリパ剛性推定手段)44とを有している。推力指令-位置指令変換器40は、参照した基本剛性テーブルメモリ43あるいは変更剛性テーブル演算器44の剛性テーブルからキャリパ剛性に対応して入力された位置指令値に到達させるための位置指令値を算出する。なお、電動ブレーキ1においてキャリパECU32が上記のように推力指令-位置指令変換器40によって電動モータ15の回転位置からピストン24の推力を推定することになり、押圧力を直接的に検出する押圧力センサは設けられていない。」

エ 「【0036】
また、上記したステップS6において、車速が0でない場合には、推力指令-位置指令変換器40が、基本剛性テーブルメモリ43に記憶された基本テーブルを使用して(ステップS7)、推力指令値に対するブレーキパッドの押圧力指令値である位置指令値を求めて、この位置指令値を位置指令-電流指令変換器41に出力し、位置指令-電流指令変換器41から位置指令値に基づいた電流指令値をPWM変換器42に出力する。すると、PWM変換器42は、この電流指令値に基づいて、三相DCブラシレスモータを駆動するためのPWM信号を生成して電動モータ15へ出力し、このPWM信号で電動モータ15を駆動する。」

(3)刊行物3
本件出願の出願前に頒布された刊行物3には、「制動力制御装置」について、図5、図10及び図11とともに、次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
本発明は、マスタシリンダからの作動流体圧とは別に、ブレーキバイワイヤにて各車のホイルシリンダへの作動流体圧を制御可能な制動力制御装置に関する。
【0002】
従来の制動力制御装置としては、例えば特許文献1に記載の装置がある。この装置では、マスタシリンダに対し電磁開閉弁を介して各ホイルシリンダが接続されて、マスタシリンダ圧によって制動が可能となっている。
また通常制動時にあっては、ブレーキバイワイヤでの制御(以下、単にBBW制御と呼ぶ)中では、上記電磁開閉弁を閉じてマスタシリンダとホイルシリンダとの連通を遮断した状態として、ポンプを駆動源として各輪のホイルシリンダによる制動力を制御する。
このポンプによるBBW制御の目標減速度Gは、ブレーキペダルの踏込みストローク量とマスタシリンダ圧の両方に基づき算出している。すなわち、マスタシリンダ圧に基づき第1の仮目標減速度Gpを算出すると共に踏込みストローク量に基づき第2の仮目標減速度Gsを算出し、その2つの仮目標減速度Gp、Gsに対し下記式のように寄与度αにより重み付けを行って上記最終的な目標減速度Gを算出する。
【0003】
G =α・Gp +(1-α)Gs
上記寄与度αは、前回の目標減速度(実質的にマスタシリンダ圧と同義)が大きいほどマスタシリンダ圧の寄与度合が大きくなるように設定され、ブレーキペダルが踏み込まれて所定以上のマスタシリンダ圧となった状態では、マスタシリンダ圧重視となって、たとえばマスタシリンダ圧の寄与度合が100%となる。
このような寄与度αの設定は、次の理由による。すなわち、ブレーキペダルの踏み込み開始においてマスタシリンダ圧の発生に遅れがあることから踏込みストローク量が小さい状態では踏込みストローク量の寄与度合を大きく(寄与度αを小さく)設定している。また、ブレーキペダルの踏力とストローク量と関係において、踏込みストローク量が大きいほど、踏力の増加に対するストローク量の増加が小さいことから、踏込みストローク量が大きい場合にはマスタシリンダ圧の寄与度合を大きく(寄与度αを大きく)設定している。これによって、運転者が操作するブレーキペダルの踏力を精度良く制動に反映出来るようになる。」

イ 「【0006】
このような上記寄与度αの設定は、ブレーキペダルが踏み込まれて制動が増加するときを基準にして設定される。しかし、一般に、マスタシリンダやブレーキペダルが持つヒステリシスによって、ブレーキペダルの踏込み操作時と戻し操作時とでは、マスタシリンダ圧とペダルストロークの関係は異なり、ペダル戻し操作時は、ペダルストロークの減少速度に対してマスタシリンダ圧の低下速度は速くなる傾向にある。
【0007】
このため、ペダル戻し操作時において上記マスタシリンダ圧重視の状態からストローク量重視の状態に移行する移行期においてブレーキペダルが戻されているにもかかわらず、一時的に目標減速度Gが増加するという、ブレーキペダルを戻す際に、ブレーキペダルの操作方向と目標減速度の変化方向とが一致しない場合がある。このような現象は、運転者に対して違和感を与えることとなる。
本発明は、上記のような点に着目してなされたもので、ブレーキバイワイヤにおいて、ブレーキ戻し操作時の違和感を低減可能な制動力制御装置を提供することを課題としている。」

ウ 「【0020】
ステップS40では、現在のマスタシリンダ圧Pを使用して、図5のようなマップに基づき、マスタシリンダ圧Pが大きいほど大きな値をとる寄与度αを求めてステップS50に移行する。
すなわち、ブレーキペダル1の踏み込み開始時期で踏込みストローク量Sが小さいことでマスタシリンダ圧Pが小さい領域では、寄与度αを小さくして踏込みストローク量重視とし、踏込みストローク量Sが大きくて所定のマスタシリンダ圧P以上ではマスタシリンダ圧P重視として寄与度αを大きくして、所定以上のマスタシリンダ圧となって高G領域では、上記寄与度αを1(=100%)に設定している。この寄与度αは、0?1までの値であって、マスタシリンダ圧P側の寄与度合を示し、踏込みストローク側の寄与度合は、(1-α)となる。」

エ 「【0030】
図10はそのときの模式図を、図11はそのタイムチャート例を示すものである。目標減速度Gの上昇が始まる前や始まり初期に寄与度αを固定にすることで、目標減速度Gの上昇が無いか小さく制限することができることが分かる。
また、上記実施形態では、制動系統が2つの場合を例示しているが、1つでも良いし3つ以上にホイルシリンダを区分して3系統以上に制動系統を分類しても良い。
また、上記実施形態では、流体圧を利用したブレーキバイワイヤを行っているが、これに限定されるものではない。ブレーキバイワイヤに関しては制動力制御を行うことができればよいので、電動アクチュエータを駆動制御することで、ディスクロータをブレーキパッドで挟圧したり、ブレーキドラムの内周面にブレーキシューを押圧したりする電動ブレーキや、回生モータブレーキ等、電子制御可能なエネルギー源を備えていれば、如何なるブレーキでもよい。」

(4)刊行物4
本件出願の出願前に頒布された刊行物4には、「制動力制御装置」について、図2、図3ないし図5とともに、次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
本発明は、マスタシリンダからの作動流体圧とは別に、ブレーキバイワイヤにて各車輪のホイルシリンダへの作動流体圧を制御可能な制動力制御装置に関する。」

イ 「【0006】
一般に、マスタシリンダやブレーキペダルが持つヒステリシスによって、ブレーキペダルの踏込み操作時と戻し操作時とでは、マスタシリンダ圧とペダルストロークの関係は異なり、戻し操作時は、ペダルストロークの減少速度に対してマスタシリンダ圧の低下速度は速くなる傾向にある。
また、上記従来技術では、ある制動G以上では、マスタシリンダ圧の寄与度合が1(=100%)に固定されるため、その制動の高G領域からブレーキペダルを戻し始めることを想定すると、低下速度が速いマスタシリンダ圧の減少速度が目標減速度にそのまま反映されてしまい、マスタシリンダ圧の減少速度と共に目標減速度の減少速度も速くなってしまう。その結果、ブレーキ戻し操作時における、制動変化にねばり感を出すことができないという課題がある。
本発明は、上記のような点に着目してなされたもので、ブレーキバイワイヤにおいて、制動の高G領域からのブレーキ戻し操作時に制動変化にねばり感を演出可能な制動力制御装置を提供することを課題としている。」

ウ 「【0019】
図2に示すように、所定のサンプリング周期毎に作動し、まずステップS10にて、現在のマスタシリンダ圧Pを使用して、図3のようなマップに基づき、マスタシリンダ圧Pが大きいほど大きな値をとる基本寄与度αを求めてステップS20に移行する。
すなわち、ブレーキペダル1の踏み込み開始時期で踏込みストローク量Sが小さくてマスタシリンダ圧Pが小さい領域では、基本寄与度αを小さくして踏込みストローク量重視とし、踏込みストローク量が大きくて所定のマスタシリンダ圧P以上ではマスタシリンダ圧P重視として基本寄与度αを大きくして、所定以上のマスタシリンダ圧P0となって高G領域では、上記基本寄与度αを1(=100%)に設定している。この基本寄与度αは、0?1までの値であって、マスタシリンダ圧P側の寄与度合を示し、踏込みストローク側の寄与度合は、(1-α)となる。」

エ 「【0027】
また、図5のようなマップ等に基づき、ストローク量Sから仮目標減速度Gsを求める。ストローク量Sは、大きくなるほどストローク変化に対する踏力の増加量が大きいことに鑑みて図5のようなマップに沿った値に設定される。
そして、ストローク量S及びマスタシリンダ圧Pの両方の仮目標減速度Gp、Gsから、下記式に基づき、最終的な目標減速度Gを演算する。
G =(1-α)×Gs +k×Gp ・・・(2)」

オ 「【0040】
また、上記実施形態では、流体圧を利用したブレーキバイワイヤを行っているが、これに限定されるものではない。ブレーキバイワイヤに関しては制動力制御を行うことができればよいので、電動アクチュエータを駆動制御することで、ディスクロータをブレーキパッドで挟圧したり、ブレーキドラムの内周面にブレーキシューを押圧したりする電動ブレーキや、回生モータブレーキ等、電子制御可能なエネルギー源を備えていれば、如何なるブレーキでもよい。」

5 対比・判断
(1)対比
本件特許発明と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「ブレーキペダル101」は本件特許発明の「制動操作部材」に相当し、以下同様に、「検出」は「取得」に、「ペダルセンサ102」は「操作量取得手段」に、「減速機構22、ボールランプ機構21、ピストン40、キャリパ本体12及び爪部13」は「伝達部材」に、「電動モータ19」は「電気モータ」に、「回転トルク」は「動力」に、「ディスクロータ11」は「回転部材」に、「ブレーキパッド14、15」は「摩擦部材」に、「電動キャリパ10」は「制動手段」に、「コントローラ100」は「制御手段」に、「電動ディスクブレーキ装置」は「電動制動装置」に、「推力」は「押圧力実際値」に、「推力センサ46」は「押圧力取得手段」に、「モータ回転位置」は「位置」に、「位置検出器20」は「位置取得手段」に、それぞれ相当する。

したがって、本件特許発明と甲1発明は、以下の一致点及び相違点を有する。

[一致点]
「運転者による車両の制動操作部材の操作量を取得する操作量取得手段と、
伝達部材を介して、電気モータの動力を伝達することによって、前記車両の車輪に固定された回転部材に摩擦部材を押し付けて、前記車輪に制動トルクを発生させる制動手段と、
前記電気モータを制御する制御手段と、
を備えた、車両の電動制動装置であって、
前記摩擦部材が前記回転部材を押し付ける力の実際値である押圧力実際値を取得する押圧力取得手段と、
前記電気モータの位置を取得する位置取得手段と、
を備えた、車両の電動制動装置」

[相違点]
本件特許発明の「制御手段」は「前記操作量に基づいて目標通電量を演算し、前記目標通電量に基づいて前記電気モータを制御する」構成を有し、「前記位置に基づいて、前記摩擦部材が前記回転部材を押し付ける力の推定値である押圧力推定値を演算し、前記操作量に基づいて、前記押圧力実際値についての第1寄与度、及び、前記押圧力推定値についての第2寄与度を決定し、
前記操作量が小さい場合には、前記第1寄与度より前記第2寄与度を相対的に大きい値に決定し、前記操作量が大きい場合には、前記第2寄与度より前記第1寄与度を相対的に大きい値に決定し、
前記押圧力実際値に前記第1寄与度を考慮して得られる値、及び、前記押圧力推定値に前記第2寄与度を考慮して得られる値に基づいて、前記目標通電量を演算するように構成され」るのに対し、
甲1発明はかかる構成を有していない点。

(2)判断
以下、相違点について検討する。

甲1発明は、「ディスクロータとブレーキパッドとが接触を開始する接触開始位置を正確に求めることができるブレーキ装置の提供」を目的としており(刊行物1の段落【0008】)、刊行物2に記載された事項は「キャリパ剛性が変化しても所望の制動力を発生し得る電動ブレーキ装置を提供すること」を目的としており(刊行物2の段落【0004】)、両者の課題は相違する。

また、刊行物2には、4(2)によれば、ピストン推力を電動モータ15の回転位置に変換して位置指令値を算出する推力指令-位置指令変換器40と、この位置指令値を電流値に変換して電流指令値とする位置指令-電流指令変換器41と、この電流指令値に基づいてPWM信号を生成して電動モータ15へ出力するPWM変換器42とを備えたキャリパECU32が記載されている。
しかしながら、ブレーキペダルの操作量に基づいて第1の寄与度及び第2の寄与度を決定する構成や、実際のピストン推力に第1の寄与度を考慮して得られる値及び電動モータ15の回転位置から推定されるピストン推力に第2の寄与度を考慮して得られる値に基づいて電流指令値あるいはPWM信号を演算する構成は、刊行物2に記載も示唆もされていない。

異議申立人は、「位置に基づいて、前記摩擦部材が前記回転部材をを押し付ける力の推定値である押圧力推定値を演算し、」の点は単なる表現の相違であり、刊行物2にも記載されているように自明である旨主張する。
しかしながら、前記したように、甲1発明と刊行物2に記載された事項とは課題が相違し、刊行物2に記載された事項における「推定値」は、あくまで、ブレーキパッドの押圧する頻度に応じてキャリパの剛性を推定し、これをもとにブレーキパッドの押圧力指令値を変更するものであり、本件特許発明に係る「押圧力推定値」とは「推定値」の技術的意義が相違するので、かかる主張は採用できない。

また、刊行物3及び刊行物4には、マスタシリンダ圧、ブレーキペダルの踏込みストローク量及び寄与度αに基づき目標減速度Gを算出する構成が記載され、さらに、ブレーキの駆動源に関して流体圧を利用したブレーキバイワイヤでなく電動ブレーキでもよい旨記載されている。
しかしながら、流体圧を利用したブレーキバイワイヤを電動ブレーキに置き換えたとき、実際のピストン推力、ブレーキペダルの踏込みストローク量及び寄与度αから目標減速度Gを算出する構成が得られたとしても、目標減速度Gと目標通電量とは技術的に対応しない。
このため、刊行物3及び刊行物4に記載された事項から、実際のピストン推力、電動モータ15の位置から推定されるピストン推力及び寄与度から目標通電量を算出する構成を見出すことはできない。

さらに、相違点に係る本件特許発明の構成のうち、制動操作部材の操作量に基づいて第1の寄与度及び第2の寄与度を決定する構成並びに押圧力実際値に第1の寄与度を考慮して得られる値及び電気モータの位置から推定される押圧力に第2の寄与度を考慮して得られる値に基づいて目標通電量を演算する構成が、周知の技術事項であったとも認められない。
そうしてみると、刊行物2ないし刊行物4に記載された事項に基いて、当業者が相違点に係る本件特許発明の構成を容易に想到し得たものとは認められない。

そして、上記相違点に係る本件特許発明の構成は、「微小な制動トルクの調整が求められる押圧力が小さい領域において、発生している押圧力検出の分解能が向上され、精密な押圧力フィードバック制御が実行され得る」及び「制動操作量に対する車両減速度の関係が一定であることが求められる押圧力が大きい領域では、信頼性の高い押圧力フィードバック制御が実行され得る」(本件の明細書の段落【0014】及び【0015】参照。)との顕著な作用・効果を奏する。

そうであれば、本件特許発明は、甲1発明、刊行物2ないし刊行物4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-02-16 
出願番号 特願2013-52733(P2013-52733)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (B60T)
最終処分 維持  
前審関与審査官 谷口 耕之助  
特許庁審判長 阿部 利英
特許庁審判官 中川 隆司
内田 博之
登録日 2016-04-15 
登録番号 特許第5915863号(P5915863)
権利者 株式会社アドヴィックス
発明の名称 車両の電動制動装置  

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