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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B
管理番号 1327677
審判番号 不服2014-17118  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-06-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-08-28 
確定日 2017-04-25 
事件の表示 特願2011-534708「赤色,緑色,および青色の副要素を有する積層白色OLED」拒絶査定不服審判事件〔平成22年6月3日国際公開,WO2010/062643,平成24年3月22日国内公表,特表2012-507175〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特願2011-534708号(以下「本件出願」という。)は,2009年10月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年10月28日 アメリカ合衆国)の国際特許出願であって,その手続の概要は,以下のとおりである。
平成25年 7月 3日起案:拒絶理由通知書(同年同月9日発送)
平成26年 1月 9日差出:意見書
平成26年 1月 9日差出:手続補正書
平成26年 4月24日起案:拒絶査定(同年同月28日送達)
平成26年 8月28日差出:審判請求書
平成27年 9月17日起案:拒絶理由通知書(同年同月18日発送)
平成28年 3月18日差出:意見書
平成28年 3月18日差出:手続補正書
平成28年 4月 7日起案:拒絶理由通知書(同年同月11日発送)
(以下「本件拒絶理由通知書」という。)
平成28年10月11日差出:意見書
平成28年10月11日差出:手続補正書
(以下「本件手続補正書」という。)

2 本願発明
本件出願の特許請求の範囲の請求項1?22に係る発明は,それぞれ本件手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?22に記載されたとおりのものであるところ,請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のものである。
「 有機発光デバイスであって,
カソードと,
リン光青色発光物質を含む発光層を有する青色発光副要素と,
電荷発生層と,
リン光緑色発光物質を含む発光層を有する緑色発光副要素と,
電荷発生層と,
リン光赤色発光物質を含む発光層を有する赤色発光副要素と,
アノードと,
を順番に有し,
前記有機発光デバイスが3つの副要素を有し,
前記電荷発生層がp型層に隣接するn型層を有し,
前記p型層がMoO_(3),V_(2)O_(5),ITO,TiO_(2),WO_(3),およびSnO_(2)から選択される物質を有し,
前記n型層が,Liでドープされた有機層であり,
前記有機層における前記Liが,9.1モル%?50モル%であり,
前記発光物質の結合された発光が前記デバイスから白色発光をもたらす,有機発光デバイス。」

3 拒絶の理由の概要
本件拒絶理由通知書によって通知された拒絶の理由は,概略,本願発明は,本件出願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。



引用例1:特開2003-272860号公報
引用例2:特開2006-73484号公報

第2 当合議体の判断
1 引用例の記載及び引用発明
(1) 引用例1
本件出願の優先日前である平成15年9月26日に頒布された特開2003-272860号公報(以下「引用例1」という。)には,以下の事項が記載されている。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 対向する陽極電極と陰極電極の間に,少なくとも一層の発光層を含む発光ユニットを複数個有する有機エレクトロルミネッセント素子において,各発光ユニットが少なくとも一層からなる電荷発生層によって仕切られており,かつ,該電荷発生層が1.0×10^(2)Ω・cm以上の比抵抗を有する電気的絶縁層であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセント素子。
…(省略)…
【請求項16】 請求項1または2記載の有機エレクトロルミネッセント素子において,発光ユニットが,電荷発生層の陽極側に接する層として,有機化合物と電子供与性ドーパントとして機能する金属との混合層からなる電子注入層を有する有機エレクトロルミネッセント素子。
【請求項17】 請求項16記載の有機エレクトロルミネッセント素子において,電子供与性ドーパントが,アルカリ金属,アルカリ土類金属及び希土類金属のうちから選択された1種以上の金属からなる有機エレクトロルミネッセント素子。
…(省略)…
【請求項29】 請求項1または2記載の有機エレクトロルミネッセント素子において,各発光ユニットからの発光の重ね合わせによって発光色が白色である有機エレクトロルミネッセント素子。」

イ 「【発明の詳細な説明】
【0001】
【技術分野】本発明は,平面光源や表示素子に利用される有機エレクトロルミネッセント素子(以下,「有機EL素子」又は単に「素子」と略記することがある。)に関する。」

ウ 「【0002】
【従来技術及びその問題点】対向する陽極電極と陰極電極との間に,有機化合物からなる発光層を有する有機EL素子は,近年,低電圧駆動の大面積表示素子を実現するものとして注目されている。
…(省略)…
【0004】しかしながら,この様な従来の有機EL素子は,素子寿命の観点では,表示ディスプレイ用途で必要とされる100cd/m^(2)単位程度の輝度でようやく1万時間を超える半減寿命が達成されるに至ったにすぎず,照明用途等で必要とされる1000cd/m^(2)?10000cd/m^(2)程度の輝度で実用上必要な素子寿命(1万時間以上)を得ることは,現段階では依然として難しいとされ,実際にそのような高輝度,長寿命の有機EL素子は未だ実現していない。前述のように,有機ELデバイスが注目を集めたのは,薄膜形成可能な材料を見出して,実際に10V以下の低電圧で駆動出来たことによるが,一方で,照明用途等に必要とされるような高輝度発光を得るためには,数10mA/cm^(2)から数100mA/cm^(2)に達する高電流密度を要するという欠点も存在する。因みに,現在,最も実績のある緑色発光デバイスで,該電流密度でまかなえる輝度は数千から数万cd/m^(2)程度である。」

エ 「【0008】
【発明の目的】本発明は,前記の事情に鑑みてなされたものであり,その目的は従来の有機EL素子では達成困難であった高輝度発光時での長寿命を実現しうる素子構造を効率よく安定的に提供出来,素子作製時,特に陰極と陽極に挟まれた(主に有機物からなる)複数の発光ユニットと,本発明で新たに導入された電荷発生層の成膜時に(蒸着エリア規制のための)シャドーマスクの頻繁な交換や位置合わせを必要とせず,また単純マトリクス構造のディスプレイの生産時においても,陰極ライン形成時に断線の危険性を有するような(急峻な段差形状を有する)層間絶縁膜の形成も不要であって,従って,高い生産性を維持出来,単純マトリクス型ディスプレイ等も簡便に,効率よく生産可能な有機エレクトロルミネッセント素子を提供することにある。」

オ 「【0009】
【発明の概要】本発明者らは,前記課題を解決するため鋭意研究の結果,対向する陽極電極と陰極電極の間に存在する複数の発光ユニットが,それぞれ1.0×10^(2)Ω・cm以上,好ましくは1.0×10^(5)Ω・cm以上の比抵抗を有する(以下,この性質を‘電気絶縁性の’と略すことがある)電荷発生層で仕切られて積層されている構造を有することによって,上記目的を達成しうるとの知見を得,本発明を完成した。この構造を有する素子の両電極間に所定電圧が印加されたとき,陰極と陽極が交差する領域に存在する該複数の発光ユニットのみが「あたかも直列的に接続されて」同時に発光して,従来型の有機EL素子では実現不可能であった高い量子効率(又は電流効率)を実現することができる。各発光ユニットが電荷発生層によって「あたかも直列的に接続されて」とは,素子に所定の電圧を印加したときに,各電荷発生層が素子の陰極方向にホールを注入し,陽極方向に電子を注入する役割を果たすことにより,陽極と陰極に挟まれた全ての層(発光ユニットと電荷発生層)が電気絶縁層から形成されているにも拘わらず,結果として複数の発光ユニットが電気(回路)的に直列に接続されている様に振る舞うことを意味する。
…(省略)…
【0011】本明細書において,「発光ユニット」とは,主に有機化合物からなる少なくとも一層の発光層を含む層構造を有し,従来型有機EL素子の構成要素のうち陽極電極と陰極電極を除いた要素を指す。また,「電荷発生層」とは,1.0×10^(2)Ω・cm以上,好ましくは1.0×10^(5)Ω・cm以上の比抵抗を有する電気絶縁性の層であって,前述の様に電圧印加時において素子の陰極方向にホールを注入し,陽極方向に電子を注入する役割を果たす層のことを言う。」

カ 「【0016】
【発明の実施形態】次に,図面を参照して本発明を詳細に説明する。
…(省略)…
【0022】本発明において,「発光ユニット」とは,前述のように,「従来の有機EL素子を構成する要素」のうち,陽極と陰極とを除いた構成要素をさす。
「従来の有機EL素子を構成する要素」としては,例えば,(陽極)/発光層/(陰極),(陽極)/ホール輸送層/発光層/(陰極),(陽極)/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/(陰極),(陽極)/ホール注入層/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/電子注入層/(陰極)などが挙げられる。本発明による有機EL素子においては,各発光ユニットが電気絶縁性の電荷発生層によって仕切られて,複数(2個以上)存在するものであれば,該発光ユニットは,いかなる積層構造を有していてもよく,発光層,ホール輸送層,ホール注入層,電子輸送層,電子注入層などに用いる物質についても,特に制限はなく,従来これらの層の形成に用いられた任意の物質であってよい。発光層に混合されて用いられることもある発光材料についても,特に制限はなく,公知の任意のものが使用され,例えば,各種の蛍光材料,燐光材料などが挙げられる。」

キ 「【0035】図8は,本発明の一実施態様である有機EL素子の積層構造を示す略示断面図である。ガラス基板(透明基板)1上には,順に,陽極電極を構成する透明電極2,発光ユニット3-1,電荷発生層4-1,発光ユニット3-2,電荷発生層4-2,.....,電荷発生層4-(n-1),発光ユニット3-nと繰り返され,最後に陰極電極5が積層されている。これらの要素(層)のうち,ガラス基板(透明基板)1,透明陽極電極2,発光ユニット(3-n)(ただしn=1,2,3……),陰極電極5は周知の要素であり,比抵抗が1.0×10^(2)Ω・cm以上の電気的絶縁性の電荷発生層(4-n,ただしn=1,2,3……)によって仕切られた該発光ユニット(3-n,ただしn=1,2,3……)が複数個,両電極間に存在する点が本発明の有機EL素子の新しい点である。」
(当合議体注:図8は,以下の図である。)


ク 「【0036】また,有機EL素子は,電極材料の持つ性質の一つである仕事関数が素子の特性(駆動電圧等)を左右するといわれている。本発明の有機EL素子における電荷発生層4-nは電極ではないが,陽極電極方向に電子を,陰極電極方向にホールを注入しているため,上記の発光ユニットの構成要素のうち特に電荷発生層に接している電子注入(輸送)層とホール注入(輸送)層の形成法は,各発光ユニットへの電荷(電子及びホール)注入に際しての,エネルギー障壁を低減するためには重要な要素となる。
【0037】例えば,各電荷発生層4-nから陽電極方向に電子注入をする際には,特開平10-270171号公報や特開2001-102175号公報に開示されているように,電荷発生層の陽極側に接する層として,有機化合物と電子供与性(ドナー)ドーパントとして機能する金属との混合層からなる電子注入層を有するのが好ましい。ここで,ドナードーパントは,アルカリ金属,アルカリ土類金属及び希土類金属のうちから選択された1種以上の金属からなるのが好ましい。また,上記の電子注入層中のドナードーパント金属のモル比率は,有機化合物に対して0.1?10であるのが好ましい。このモル比率が0.1未満では,ドーパントにより還元された分子(以下,還元分子)の濃度が低過ぎ,ドーピング効果が小さく,10倍を超えると,膜中のドーパント濃度が有機分子濃度をはるかに超え,還元分子の膜中濃度が極端に低下するので,ドーピングの効果も下がってしまう。上記のような電子注入層を有する構成の発光ユニットとすることにより,電荷発生層を形成する材料の仕事関数に拘わらず,各発光ユニットへの,エネルギー障壁のない電子注入が実現される。」

ケ 「【0057】実施例1(電荷発生層がV_(2)O_(5)(5酸化バナジウム)である素子)
図13に示す積層構造を有する本発明の有機EL素子を製造する。基準例1と同じ順番で,〔図10の(a)〕に示した所定パターンにコートされているITO上に有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介して,発光ユニット3-1を成膜した。すなわち,α-NPDを600Å,Alq:C545T=100:1の層を400Å,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を200Åの厚さに順次成膜した。次に,前記金属ドーピング層の上に電荷発生層4-1として,V_(2)O_(5)(5酸化バナジウム)を,成膜速度2Å/秒で100Åの厚さに成膜した。この電荷発生層も有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介して成膜した。次に,有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕のまま,前述の工程をもう一度繰り返して発光ユニット3-2を成膜した。すなわち,α-NPDを600Å,Alq:C545T=100:1(重量比)の層を400Å,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を200Åの厚さに,順次成膜した。最後に,陰極電極5として陰極成膜用金属マスク41〔図10の(c)〕を介して,Alを蒸着速度10Å/秒で1000Åの厚さに蒸着し,〔図10の(d)〕に示したパターンを有する有機EL素子を得た。該工程によって発光領域は縦0.2cm,横0.2cmの正方形状となった。」
(当合議体注:図13は以下の図である。)


(当合議体注:図10は以下の図である。)


コ 「【0059】実施例3(2個の発光ユニットの発光スペクトルが互いに異なる素子の作製例)
この実施例では,図15に示す積層構造を有する本発明の有機EL素子を製造する。基準例と同様にガラス基板1上には,陽極透明電極2として,シート抵抗20Ω/□のITO(インジウム・すず酸化物,旭硝子社製スパッタ蒸着品)が所定パターンにコートされている〔図10の(a)参照〕。その上から,基準例2と同じ順番で有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介してホール輸送性を有する前記のスピロ-NPB(COVION社製)を10^(-6)torr下で,2Å/秒の蒸着速度で800Åの厚さに成膜して,発光ユニット3-1のホール輸送層を形成した。次に,前記ホール輸送層の上に,発光ユニット3-1の青色発光層として前記のスピロ-DPVBi(COVION社製)を,2Å/秒の蒸着速度で400Åの厚さに成膜し,さらに,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を200Åの厚さに成膜した。次に,実施例1と同じく,電荷発生層4-1として,V_(2)O_(5)(5酸化バナジウム)を,成膜速度2Å/秒で100Åの厚さに成膜した。この電荷発生層も有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介して成膜した。次に,発光ユニット3-2のホール輸送層として,基準例3と同じくα-NPDを700Åの厚さに成膜し,さらに,赤色発光層としてAlqと,赤色発光蛍光色素であるDCJTB〔KODAK社製〕を,この蛍光色素が1重量%の濃度となるように各々の蒸着速度を調整して400Åの厚さに成膜した。さらに,基準例と同じくバソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を200Åの厚さに成膜した。最後に,陰極電極5として陰極成膜用金属マスク41〔図10の(c)参照〕を介して,Alを蒸着速度10Å/秒で1000Åの厚さ蒸着した。この工程によって発光領域は縦0.2cm,横0.2cmの正方形状となる〔図10の(d)参照〕。」
(当合議体注:図15は以下の図である。)


サ 「【0060】実施例4(3個の発光ユニットを有し,かつ各発光ユニットの発光位置から光反射電極までの距離を最適化する実験)
この実施例では,図18に示す積層構造を有する本発明の有機EL素子を製造する。基板を3枚用意して,それぞれの基板に基準例1と同じ順番で,〔図10の(a)〕に示した所定パターンにコートされているITO上に有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介して,発光ユニット3-1を成膜した。すなわち,α-NPDを700Å,Alq:C545T=100:1の層を600Å,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を100Åの厚さに順次,3枚の基板に成膜した。次に,前記金属ドーピング層の上に電荷発生層4-1として,V_(2)O_(5)(5酸化バナジウム)を,成膜速度2Å/秒で300Åの厚さに成膜した。この電荷発生層も有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕を介して成膜した。次に,有機物成膜用金属マスク40〔図10の(b)〕のまま,前述の工程をもう一度繰り返して発光ユニット3-2,発光ユニット3-3を順次成膜した。ただし,ここでは各発光ユニットの発光位置から光反射電極までの光学的膜厚の最適条件を見出す目的で,意図的にα-NPDから構成されるホール輸送層の膜厚を300Å,500Å,700Åの3種類にわけて該3種類の基板に成膜していき,異なる膜厚を有する3種類の素子を作製して,特性を比較した。すなわち,3枚の基板にそれぞれα-NPDを300Å,500Å,700Å,Alq:C545T=100:1(重量比)の層を600Å,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を100Åの厚さに順次成膜して,発光ユニット3-2を成膜し,次ぎに電荷発生層4-2として,V_(2)O_(5)(5酸化バナジウム)を,成膜速度2Å/秒で300Åの厚さに成膜した。そしてもう一度前記プロセスを繰り返した。すなわち,α-NPDを300Å,500Å,700Å,Alq:C545T=100:1(重量比)の層を600Å,バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を100Åの厚さに順次成膜して,発光ユニット3-3を成膜した。最後に,陰極電極5として陰極成膜用金属マスク41〔図10の(c)〕を介して,Alを蒸着速度10Å/秒で1000Åの厚さに蒸着し,〔図10の(d)〕に示したパターンを有する有機EL素子を得た。該工程によって発光領域は縦0.2cm,横0.2cmの正方形状となった。」
(当合議体注:図18は以下の図である。)


シ 「【0066】
【発明の効果】以上説明したように,本発明の有機EL素子は,電極間に複数の発光ユニットを電気絶縁性の電荷発生層で仕切って配置することで,電流密度を低く保ったまま,従来の有機EL素子では実現し得なかった高輝度領域での長寿命素子を実現でき,素子作製時,特に複数の発光ユニット及び電荷発生層の成膜時に蒸着エリア規制のためのシャドーマスクの頻繁な交換や位置合わせを必要とせず,また,単純マトリクス構造のディスプレイの生産時においても,陰極ライン形成時に断線の危険を招くような操作を必要とせず,したがって,高い生産性を維持でき,高輝度,高寿命の有機EL素子を効率よく安定して提供することができる。また,照明を応用例とした場合は,電極材料の抵抗による電圧降下を小さくできるので,大面積での均一発光が可能となり,さらに,単純マトリクス構造の表示ディスプレイを応用例とした場合は,やはり,配線抵抗による電圧降下や基板の温度上昇を大きく低減出来るので,従来の素子では不可能と思われていた大面積単純マトリクス表示ディスプレイも実現可能となる。」

(2) 引用発明
引用例1には,請求項1及び請求項16の記載を引用して記載された,請求項17に係る発明として,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 対向する陽極電極と陰極電極の間に,少なくとも一層の発光層を含む発光ユニットを複数個有する有機エレクトロルミネッセント素子において,
各発光ユニットが少なくとも一層からなる電荷発生層によって仕切られており,かつ,該電荷発生層が1.0×10^(2)Ω・cm以上の比抵抗を有する電気的絶縁層であり,
発光ユニットが,電荷発生層の陽極側に接する層として,有機化合物と電子供与性ドーパントとして機能する金属との混合層からなる電子注入層を有し,
電子供与性ドーパントが,アルカリ金属,アルカリ土類金属及び希土類金属のうちから選択された1種以上の金属からなる,
有機エレクトロルミネッセント素子。」

2 対比及び判断
(1) 対比
当業者の技術常識によると,引用発明の「陰極電極」,「陽極電極」,「発光層」及び「有機エレクトロルミネッセント素子」は,それぞれ,本願発明の「カソード」,「アノード」,「発光層」及び「有機発光デバイス」に相当する。
また,引用発明は,「対向する陽極電極と陰極電極の間に,少なくとも一層の発光層を含む発光ユニットを複数個有する有機エレクトロルミネッセント素子」であるから,引用発明は,陰極電極と,発光層と,陽極電極を順番に具備する。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明と引用発明は,以下の構成において一致する。
「 有機発光デバイスであって,
カソードと,
発光層と,
アノードと,
を順番に有する,
有機発光デバイス。」

イ 相違点
本願発明と引用発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本願発明は,「カソードと,リン光青色発光物質を含む発光層を有する青色発光副要素と,電荷発生層と,リン光緑色発光物質を含む発光層を有する緑色発光副要素と,電荷発生層と,リン光赤色発光物質を含む発光層を有する赤色発光副要素と,アノードと,を順番に有し,前記有機発光デバイスが3つの副要素を有し」,「前記発光物質の結合された発光が前記デバイスから白色発光をもたらす」のに対して,引用発明は,本願発明と同じ層構造であるとは特定されていない点。

(相違点2)
本願発明において,「電荷発生層」と称されるものは,「p型層に隣接するn型層を有し,前記p型層がMoO_(3),V_(2)O_(5),ITO,TiO_(2),WO_(3),およびSnO_(2)から選択される物質を有し,前記n型層が,Liでドープされた有機層であり,前記有機層における前記Liが,9.1モル%?50モル%」という要件を満たすものであるのに対して,引用発明において,「電荷発生層」と称されるものは,「1.0×10^(2)Ω・cm以上の比抵抗を有する電気的絶縁層」である点。

(3) 判断
ア 相違点1について
引用例1の段落【0004】には,従来技術に関して,「しかしながら,この様な従来の有機EL素子は…照明用途等で必要とされる1000cd/m^(2)?10000cd/m^(2)程度の輝度で実用上必要な素子寿命(1万時間以上)を得ることは,現段階では依然として難しいとされ,実際にそのような高輝度,長寿命の有機EL素子は未だ実現していない。」と記載されている。また,引用例1の【請求項29】には,「請求項1または2記載の有機エレクトロルミネッセント素子において,各発光ユニットからの発光の重ね合わせによって発光色が白色である有機エレクトロルミネッセント素子。」と記載されている。
引用例1には,上記のとおり,引用発明の「有機エレクトロルミネッセント素子」を白色光源として具体化することが示唆されている。また,引用発明の各発光ユニットは,電荷発生層によって仕切られているから,その積層順は原理上任意であり,陰極電極側から順に,青色発光ユニット,緑色発光ユニット,赤色発光ユニットの順番とすることは,引用発明を白色光源として具体化するに際しての一選択肢にすぎない(なお,本件出願の優先日前である平成18年3月16日に頒布された特開2006-73484号公報の図2及びその説明(段落【0041】?【0043】等)においても,陰極40,第3有機ELユニット(青色),第2電荷発生複合層50b,第2有機ELユニット(緑色),第1電荷発生複合層50a,第1有機ELユニット(赤色)及び陽極が積層された有機EL素子が例示されている。)。
加えて,本件出願の優先日時点において最も高い発光効率が期待される発光材料は,リン光発光物質であった。
そうしてみると,引用発明において,発光ユニットを陰極から順に青,緑及び赤の3層とし,発光物質をリン光発光物質とすることにより,相違点1に係る構成を具備するもの,すなわち「カソードと,リン光青色発光物質を含む発光層を有する青色発光副要素と,電荷発生層と,リン光緑色発光物質を含む発光層を有する緑色発光副要素と,電荷発生層と,リン光赤色発光物質を含む発光層を有する赤色発光副要素と,アノードと,を順番に有し,前記有機発光デバイスが3つの副要素を有し」,「前記発光物質の結合された発光が前記デバイスから白色発光をもたらす」ものとして具体化することは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。

イ 相違点2について
「電荷発生層」に関して,本件出願の特許請求の範囲には,「前記電荷発生層がp型層に隣接するn型層を有し,前記p型層がMoO_(3),V_(2)O_(5),ITO,TiO_(2),WO_(3),およびSnO_(2)から選択される物質を有し,前記n型層が,Liでドープされた有機層であり,前記有機層における前記Liが,9.1モル%?50モル%」であると記載されている。
また,「電荷発生層」に関して,本件出願の明細書の段落【0044】には,「電荷発生層150は,隣接した層に電荷担体を注入するが,直接の外部接続を持たない層である。…電荷発生層を有する積層OLEDに電圧が印加されると,電荷発生層は,電荷発生層のカソード側の有機リン光副要素に正孔を注入し,アノード側の有機リン光副要素に電子を注入することができる。」と記載されている。そして,「n型」及び「p型」に関して,段落【0045】には,「各電荷発生層は,ドープされたn型(ドープされたLi,Cs,Mg,などで)層とp型(金属酸化物,F4-TCNQなど)層を接触させることにより形成することができる。」と記載されている。
さらに,「電荷発生層」に関して,本件出願の明細書の段落【0026】及び【0070】には,それぞれ,「【図12】(a)3副要素トリス(フェニルピリジン)イリジウム(Ir(ppy)_(3))SOLEDのエネルギーレベルの図と,(b)提案された熱的に支援されるトンネリングモデルにおけるCGLのエネルギーレベルを示す。」及び「理論によって制限されることなく,電子注入は,図12bに示すように,金属酸化物(例えば,MoO_(3))の価電子バンドの最大よりも上のエネルギーφtに位置するトラップへ熱イオンによりに励起された電子を介して発生すると考えられている。これに続き,隣接するドープされた有機層の薄い空乏領域を介したフィールド援助トンネリングが行われる。」とも記載されている。
(当合議体注:図12aは以下の図である。)


(当合議体注:図12bは以下の図である。)


そうしてみると,本件出願でいう「電荷発生層」とは,(A)p型(金属酸化物,F4-TCNQなど)層に対して,(B)n型(Li,Cs,Mg,などでドープされた)層を接触させた2層構造のことを意味すると解される。そして,本願発明では,前記(A)の層は,「MoO_(3),V_(2)O_(5),ITO,TiO_(2),WO_(3),およびSnO_(2)から選択される物質を有」する層と解され,前記(B)の層は,「Liでドープされた有機層であり,前記有機層における前記Liが,9.1モル%?50モル%」の層と解される。また,図12aの例では,前記(A)の層は,隣接するカソード側のNPD層へ正孔を注入するMoO_(3)層と解され,前記(B)の層は,隣接するアノード側のBCP層へ電子を注入するLi:BCP層と解される。

ところで,引用例1には,(A)「電荷発生層」として,V_(2)O_(5)のような金属酸化物を有する層が開示されている(実施例1(図13),実施例3(図15)及び実施例4(図18))。そして,引用例1の段落【0009】に記載されているように,引用発明の「電荷発生層」は,陰極側に隣接する発光ユニット(実施例1,実施例3及び実施例4では,α-NPD層)へ正孔を注入する機能を有している。
そうしてみると,引用発明の「電荷発生層」として,引用例1の実施例1,実施例3及び実施例4を参考にしてV_(2)O_(5)を有する構成を採用することは,引用例1の記載が示唆する範囲内の事項である。

次に,引用発明は,(B)「発光ユニットが,電荷発生層の陽極側に接する層として,有機化合物と電子供与性ドーパントとして機能する金属との混合層からなる電子注入層を有し」,「電子供与性ドーパントが,アルカリ金属,アルカリ土類金属及び希土類金属のうちから選択された1種以上の金属からなる」とされている。また,電子注入層に関して,引用例1の実施例1,実施例3及び実施例4では,「バソクプロインと金属セシウム(Cs)の混合層を…成膜した」(段落【0057】,【0059】及び【0060】)と記載されているが,モル比が特定されていない。
そこで,改めて引用例1を参照すると,引用例1の段落【0037】には,「各電荷発生層4-nから陽電極方向に電子注入をする際には,特開平10-270171号公報や特開2001-102175号公報に開示されているように,電荷発生層の陽極側に接する層として,有機化合物と電子供与性(ドナー)ドーパントとして機能する金属との混合層からなる電子注入層を有するのが好ましい。ここで,ドナードーパントは,アルカリ金属,アルカリ土類金属及び希土類金属のうちから選択された1種以上の金属からなるのが好ましい。また,上記の電子注入層中のドナードーパント金属のモル比率は,有機化合物に対して0.1?10であるのが好ましい。」と記載されている。そして,特開平10-270171号公報及び特開2001-102175号公報には,以下に示すように,電子供与性ドーパントが50モル%のLiである電子注入層を備えた実施例が開示されている。
(ア)特開平10-270171号公報の実施例1では,「AlqとLiをLiが1.5重量%となるように各々の蒸着速度を調整して400Å成膜した。」(段落【0026】)とされ,Alqの分子量(459.43)とLiの原子量(6.94)から計算すると,Liは50モル%となる。

(イ)特開平10-270171号公報の実施例2では,「バソフェナントロリンとLiを金属ドーピング層5としてLi濃度が2重量%となるよう300Åの厚みに共蒸着した。」(段落【0030】)とされ,バソフェナントロリンの分子量(332.4)とLiの原子量から計算すると,Liは49モル%となる。

(ウ)特開2001-102175号公報の実施例1では,バソフェナントロリンとLiのモル比が1:1とされている(段落【0037】)。

(エ)特開2001-102175号公報の実施例2では,バソフェナントロリンとLiのモル比が1:1とされている(段落【0039】)。

(オ)特開2001-102175号公報の実施例3では,バソクプロインとLiのモル比が1:1とされている(段落【0041】)。

そうしてみると,引用発明の「電子注入層」における「電子供与性ドーパント」として,引用例1の段落【0037】の記載を参考にして,50モル%のLiの構成を採用することは,引用例1の記載が示唆する範囲内の事項である。

以上のとおりであるから,引用発明の「電荷発生層」として,V_(2)O_(5)の構成を採用し,また,引用発明の「電子注入層」における「電子供与性ドーパント」として50モル%のLiの構成を採用することは,引用例1の記載にしたがう当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。そして,このようにしてなるものは,物として,相違点2に係る構成を満たすものとなる。

ウ 備考
なお,相違点2の判断は,相違点1の判断に影響を及ぼさない。
すなわち,相違点2の判断にともない,引用発明でいう「電子注入層」及び「電荷発生層」が,本願発明でいう「電荷発生層」に対応付けられ,また,引用発明でいう「発光ユニット」から「電子注入層」を除いたものが,本願発明でいう「副要素」に対応付けられることとなるが,この点は,層の呼び方の問題にすぎず,物としての構成に影響は生じない。

(4) 効果について
本件出願の発明の詳細な説明には,本願発明の効果に関する明示的な記載は存在しない。ただし,本件出願の段落【0003】には,「本発明は,効率的な有機発光デバイス(OLED)に関する。より具体的には,白色発光OLED,即ちWOLEDに関する。本発明のデバイスは,通常赤色,緑色,青色を発光する,3つの発光性の副要素を採用して,可視スペクトルを十分にカバーする。この副要素は電荷発生層によって仕切られる。これによって,色調の強いレンダリングインデックスを示す明るく効率的なWOLEDの構造が可能になる。」と記載されている。
しかしながら,引用例1の段落【0008】及び【0066】の記載,並びに,引用発明が具備する構成からみて,本願発明の効果は,引用発明を白色光源として具体化しようとする当業者が期待する効果にすぎない。

(5) 請求人の主張について
請求人は,意見書において,「引用文献1は,V_(2)O_(5)(本願の「p型層」に対応)の厚さが100Åであること(実施例,図13等),及び,電子注入層におけるCs(本願の「アルカリ金属」に対応):BCP(本願の「有機層」に対応)の比率が1:1であること(段落[0054])を開示しています。しかしながら,引用文献1は,「アルカリ金属がLiであること」,及び,「有機層におけるLiが,9.1モル%?50モル%であること」,を開示していません。」と主張する。
しかしながら,「アルカリ金属がLiであること」及び「有機層におけるLiが,9.1モル%?50モル%であること」については,引用例1そのものには明示されていないとしても,前記(3)イで述べたとおり,引用例1の段落【0037】において,参照により開示されている。

第3 まとめ
本願発明は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-11-25 
結審通知日 2016-11-28 
審決日 2016-12-12 
出願番号 特願2011-534708(P2011-534708)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大竹 秀紀  
特許庁審判長 藤原 敬士
特許庁審判官 清水 康司
樋口 信宏
発明の名称 赤色、緑色、および青色の副要素を有する積層白色OLED  
代理人 渡邊 隆  
代理人 実広 信哉  
代理人 志賀 正武  
代理人 村山 靖彦  

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