• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  B60K
管理番号 1329663
審判番号 無効2016-800008  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-08-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-01-27 
確定日 2017-06-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第3196076号発明「原動機付車両」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

1 本件特許第3196076号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る発明についての出願は、平成10年12月25日に特許出願され、平成13年6月8日に特許権の設定登録がされたものである。

2 これに対しダイハツ工業株式会社(以下、「請求人」という。)は、平成28年1月27日に本件特許無効審判を請求し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第4号証の3を提出し、同年2月10日に手続補正書を提出した。

3 本田技研工業株式会社(以下、「被請求人」という。)は、平成28年4月11日に答弁書を提出した。

4 当審において、平成28年5月31日付けで通知した審理事項通知書に対して、請求人は、平成28年6月21日に口頭審理陳述要領書(以下、「陳述要領書」という。)を提出した。
なお、被請求人は、口頭審理陳述要領書を提出しなかった。

5 平成28年7月5日に第1回口頭審理がされた。

第2 本件特許発明

本件特許の請求項3に係る発明(以下「本件発明」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項3】 アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって、
前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と、
ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と、
を備える原動機付車両において、
前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、
前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とする原動機付車両。」

第3 請求人が主張する無効理由の概要

1 提出書類及び証拠方法
請求人は、平成28年1月27日に審判請求書とともに以下の甲第1号証ないし甲第4号証の3を証拠として提出し、平成28年2月10日に手続補正書を提出し、平成28年6月21日に陳述要領書を提出した。

<証拠方法>

甲第1号証 :特開平5-263921号公報
甲第2号証の1:実願昭55-127593号(実開昭57-51137号 )のマイクロフィルム
甲第2号証の2:実願昭56-111907号(実開昭58-27547号 )のマイクロフィルム
甲第2号証の3:特開昭58-35245号公報
甲第2号証の4:実願昭56-159755号(実開昭58-64841号 )のマイクロフィルム
甲第2号証の5:実願昭58-4337号(実開昭59-110346号) のマイクロフィルム
甲第2号証の6:特開昭60-132040号公報
甲第2号証の7:特開平8-11587号公報
甲第2号証の8:特開平9-142270号公報
甲第3号証 :実願昭57-19430号(実開昭58-122761号 )のマイクロフィルム
甲第4号証の1:特開昭57-130844号公報
甲第4号証の2:特開昭59-102648号公報
甲第4号証の3:特開平8-324397号公報

2 請求人が主張する無効理由の概要
請求人は、特許第3196076号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として概ね次の(1)及び(2)のように主張している。

(1)無効事由1
本件発明は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。従って、本件発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである(以下、「無効事由1」という。)。

(2)無効事由2
本件発明は、甲第3号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。従って、本件発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである(以下、「無効事由2」という。)。

3 審判請求書における主張
審判請求書における主張は、以下のとおりである。(審判請求書の第4ページ第5行ないし第26ページ第13行)
なお、以下、丸囲み数字は丸1のように置き換え、脚注については(脚注:・・・。)として本文中に挿入した。

「第1 理由の概要
本件発明は,特許法29条2項に違反する発明であって,同法123条1項2号の無効事由を有する。
1 本件発明について
本件発明は,「ブレーキ液圧保持装置」(ヒルホールド機構の構成要素)が故障した場合,これを検出することで「原動機停止装置」の作動を禁止し,クリープ状態を維持することで,本件発明の課題(従来技術の問題点)である「坂道発進時の車両の後退」を防止した発明である(第2)。

2 無効事由(進歩性欠如)
(1) 無効事由1
甲1に開示された発明(以下「甲1発明」という。)は,ヒルホールド用のブレーキが故障した場合,これを検出することで「クリープ低減制御」(ニュートラル制御)を禁止し,クリープ状態を維持することで,従来技術の問題である「坂道発進時の車両の後退」を防止した発明である(第3,1)。
本件発明と甲1発明との相違点は,丸1本件発明が「原動機停止装置」であるのに対し,甲1発明では「ニュートラル制御」(クリープ低減制御)であり,また丸2本件発明が「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対し,甲1発明では「ヒルホールド用ブレーキ」(後述)であるとの相違がある。
しかしながら,いずれの発明も,クリープ状態を維持することで,「坂道発進時の車両の後退」を防止することを課題とした発明で共通する。
そして,本件発明の「原動機停止装置」と,甲1発明の「ニュートラル制御」とは,いずれも燃費向上を目的としたものであり,また,これらは本件特許出願時に周知技術であった。
さらに,本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」と甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」とは,いずれも坂道での発進を補助する装置であり,且つ,これらは本件特許出願時に周知技術であった。
してみれば,甲1発明に上記各周知技術を適用すること,いいかえれば,甲1発明の「クリープ低減制御」(ニュートラル制御)を本件発明の「原動機停止装置」に,甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に各置換することは,各装置の機能の共通性,課題と技術思想の共通性からみて当業者は容易に想到する。

(2) 無効事由2
甲3に開示された発明(以下「甲3発明」(脚注:甲3は考案であるが,便宜上,「甲3発明」という。)という。)は,駐車ブレーキが故障した場合,「原動機停止装置」の作動を禁止することで,クリープ状態を維持し,「坂道発進時の車両の後退」を防止した発明である(第4,1)。
本件発明と甲3発明とは,本件発明が「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対し,甲3発明では「駐車ブレーキ」との相違がある。
しかしながら,いずれの発明も,クリープ状態を維持することで,「坂道発進時の車両の後退」を防止することを課題とした発明で共通する。
本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」と甲3発明の「駐車ブレーキ」とは,いずれも坂道での発進を補助する装置であり,且つ,これらは本件特許出願時に周知技術であった。
してみれば,甲3発明に上記周知技術を適用することで,本件発明に至ることは明らかである。
以下,詳述する。

第2 本件発明について
1 本件特許の手続の経緯
出願日 平成10年12月25日
手続補正書 平成11年 1月11日
拒絶理由通知 平成11年11月26日(起案日)
意見書の提出 平成12年 2月 2日
特許査定 平成13年 4月23日(起案日)
設定の登録 平成13年 6月 8日
特許掲載公報発行 平成13年 8月 6日
(特許第3196076号公報)

2 本件発明の要旨
本件発明の要旨を主張の便宜のため,次のように構成要件に分説する。
A丸1 アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,
丸2 前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機停止装置と,
丸3 ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と,
を備える原動機付車両において,
B 前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,
C 前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する
D ことを特徴とする原動機付車両。

3 本件発明について
(1) 構成要件A
丸1 本件発明の「原動機付車両」とは,本件明細書の【0001】及び【0011】等の記載からすれば,後述する「原動機停止装置」と「ブレーキ液圧保持装置」とを備えた,オートマチック車両(AT車)を含む構成である。
【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,自動変速機を備えるとともに,原動機がアイドリング状態でかつ所定の低車速以下においてブレーキペダルの踏込み時にはブレーキペダルの踏込み開放時に比べてクリープの駆動力を低減する駆動力低減装置または/および車両停止時に原動機を自動で停止可能な原動機停止装置を備え,さらにブレーキペダルの踏込み開放時にも引続きホイールシリンダのブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備える原動機付車両に関するものである。
【0011】本発明の原動機付車両は,ブレーキペダルの踏込み開放時にもホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備えるとともに,そのブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備える。また,原動機がアイドリング状態でかつ所定の低車速以下においてブレーキペダルが踏込まれている時にクリープの駆動力を低減する駆動力低減装置または/および車両停止中に原動機を自動で停止可能な原動機停止装置を備える。本実施の形態で説明する原動機付車両は,原動機としてガソリンなどを動力源とする内燃機関であるエンジンと電気を動力源とするモータを備えるハイブリッド車両であり,変速機としてベルト式無段変速機(以下,CVTと記載する)を備える車両である。なお,本発明の原動機付車両は,原動機としてエンジンのみ,モータのみなど,原動機を特に限定しない。また,変速機としてトルクコンバーターを備える自動変速機などの自動変速機であれば,変速機を特に限定しない。
(なお,下線は請求人代理人が施した。以下同じ。)

丸2 構成要件A丸1は,本件明細書の【0003】,【0016】等で説明されているように,原動機がアイドリング状態(請求項3:アクセルペダルの踏込み開放時・・・・)のとき,クリープ走行(請求項3:・・・・原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する・・・・)する車両を含む。
【0003】・・・・。なお,クリープは,自動変速機を備える車両のシフトレバーでDレンジまたはRレンジなどの走行レンジが選択されている時に,アクセルペダルを踏込まなくても(原動機がアイドリング状態),車両が這うようにゆっくり動くことである。
【0016】・・・・。強クリープでは,アクセルペダルの踏込みが開放された時(すなわち,アイドリング状態時)で,かつポジションスイッチPSWで走行レンジ(Dレンジ,LレンジまたはRレンジ)が選択されている時に,ブレーキペダルBPの踏込みを開放すると車両が這うようにゆっくり進む。・・・・
丸3 構成要件A丸2の「原動機停止装置」とは,本件明細書の【0014】,【0024】等で説明されているように燃費悪化の防止(燃費向上)のため,車両が停止状態の時に,原動機を自動で停止させる装置であって,一般的にはアイドリングストップ装置(機構)と呼ばれる装置を含む構成である。
【0014】エンジン1は,熱エネルギーを利用する内燃機関であり,CVT3および駆動軸7などを介して駆動輪8,8を駆動する。なお,エンジン1は,燃費悪化の防止などのために,車両停止時に自動で停止させる場合がある。そのために,車両は,エンジン自動停止条件を満たした時にエンジン1を停止させる原動機停止装置を備える。
【0024】この車両に備わる原動機停止装置は,FI/MGECU4などで構成される。原動機停止装置は,車両が停止状態の時に,エンジン1を自動で停止させることができる。原動機停止装置は,FI/MGECU4のMGECUで,車速が0km/hなどのエンジン自動停止条件を判断する。なお,エンジン自動停止条件については,後で詳細に説明する。そして,エンジン自動停止条件が全て満たされていると判断すると,FI/MGECU4からエンジン1にエンジン停止命令を送信し,エンジン1を自動で停止させる。車両は,この原動機停止装置によるエンジン1の自動停止によって,さらに一層燃費の悪化を防止する。・・・・。また,故障検出装置DUでブレーキ液圧保持装置RUの故障が検出されると,原動機停止装置の作動は,禁止される。

丸4 構成要件A丸3の「ブレーキ液圧保持装置」とは,本件明細書の【0047】,【0050】及び【0055】等で説明されているが,一般的には「(坂道)発進補助装置」又は「ヒルホールドシステム」と呼ばれる機構の一つである(脚注:「ヒルホールドシステム」にはメカニズム的には種々の方式があるが,「ブレーキ液圧保持装置」は「ヒルホールドシステム」の中で比較的多く採用されている方式である。)。
すなわち,「ブレーキ液圧保持装置」は,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,ブレーキ液圧を保持することで車両の後退を防止する機能(ヒルホールド機能)を有する。
【0047】〔ブレーキ液圧保持装置〕次に,ブレーキ液圧保持装置RUの説明を行う(図2参照)。ブレーキ液圧保持装置RUは,車両発進時におけるドライバのブレーキペダルBPの踏込み力の低下速度に対してホイールシリンダWC内のブレーキ液圧の低下速度を小さくするブレーキ液圧低下速度減少手段で構成される。このブレーキ液圧低下速度減少手段は,ドライバが車両の再発進時ブレーキペダルBPの踏込みを開放した際に,ホイールシリンダWCのブレーキ液圧の減少する速度(ブレーキ力の低下する速度)が,ドライバのブレーキペダルBPの踏込みを緩める速度よりも遅くなる機能を有する。
【0050】電磁弁SVAは,CVTECU6からの電気信号によりON(閉)/OFF(開)し,ON状態(閉状態)でブレーキ液配管FP内のブレーキ液の流れを遮断してホイールシリンダWCに加えられたブレーキ液圧を保持する役割を果す。ちなみに,図2に示す電磁弁SVAは,OFF状態(開状態)にあることを示す。この電磁弁SVAにより,坂道発進時に,ドライバがブレーキペダルBPの踏込みを開放した場合でも,ホイールシリンダWCにブレーキ液圧が保持され,車両の後退を防止することができる。なお,車両の後退とは,車両の持つ位置エネルギ(自重)により,ドライバが進もうとする方向とは逆の方向に,車両が進んでしまうこと(坂道を下ってしまうこと)を意味する。
【0055】ホイールシリンダWCのブレーキ液圧を低下させる速度は,例えば,上り坂などでドライバがブレーキペダルBPの踏込みを開放してアクセルペダルを踏込み(ペダルの踏替え),原動機が坂道発進するのに充分な駆動力に達するまで,車両の後退を防ぐことができる時間を確保することができるものであればよい。ペダルを踏替えて充分な駆動力が増すまでの時間は,通常0.5秒程度である。・・・・

(2) 構成要件B及びCと本件発明の課題,作用効果
丸1 構成要件Aの原動機付車両において,「ブレーキ液圧保持装置」が故障した場合は,【0004】,【0005】で説明されているように,「坂道発進の際,ブレーキペダルの踏込みを開放した時に,車両が後退する。」という問題があった。
本件発明の課題は【0006】で説明されているように,「そこで,本発明の課題は,ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に,駆動力を大きな状態に維持または駆動力を大きな状態に切り換え,坂道発進時における車両の後退を防止できる原動機付車両を提供することである。」
丸2 この課題を解決するため,本件発明では構成要件Aの原動機付車両において,ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する「故障検出装置」を備え(構成要件B),これによって「ブレーキ液圧保持装置」の故障を検出した時に「原動機停止装置」の作動を禁止する構成(構成要件C)を採用した。
そして,本件明細書の【0009】には,上記構成を採用することで,「ブレーキ液圧保持装置の故障検出時に原動機停止装置の作動を禁止しているので,ブレーキペダルが踏込まれて車両が停止しても,原動機の作動を維持し,駆動力を大きな状態に維持する。・・・」と説明され,
また,実施例の説明である本件明細書の【0166】ないし【0176】では「ブレーキ液圧保持装置」の故障を検出した場合は,「原動機停止装置」の作動を禁止することでクリープ状態(強クリープ状態(脚注:本件明細書の【0016】の「クリープの駆動力は,発進クラッチの係合力によって調整され,駆動力が大きい状態と駆動力が小さい状態の2つの大きさを有する。この駆動力の大きい状態は,傾斜5°に釣り合う駆動力を有する状態であり,本実施の形態では強クリープと呼ぶ。」))を維持する旨説明されるとともに,本件発明の効果として【0180】で「請求項3の発明に係る原動機付車両によれば,ブレーキ液圧保持装置の故障を検出し,故障検出時に原動機停止装置の作動を禁止する。そのため,ブレーキペダルの踏込み状態などに関係なく駆動力が大きな状態に維持され,坂道発進時における原動機付車両の後退を防止できる。・・・・」と説明されている。

(3) 小括
本件発明は,「ブレーキ液圧保持装置」が故障した場合,「原動機停止装置」の作動を禁止することでクリープ状態を維持し,このクリープ力で「坂道発進時の車両の後退」を防止する発明である。

第3 無効事由1
1 甲1発明(特開平5-263921号公報)
(1) 甲1の記載
丸1 技術分野
甲1発明の技術分野は,車両用自動変速機のクリープ防止制御装置であって,本件発明と実質的に同じ技術分野の発明である。
【0001】【産業上の利用分野】本発明は,車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に係り,特に,シフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチ(前進走行を達成するために係合されるクラッチ)を解放(油圧低減による実質的解放を含む)することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止し,それと同時に所定変速段を達成することにより,該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に関する。

丸2 従来の技術
従来の技術として,車両が停止しているときシフトレンジが前進走行レンジにあっても,フォワードクラッチを解放し,自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,燃費効率を向上させる「ニュ-トラル制御」(「クリープ低減制御」)の技術,及び,坂道等において車両が後退するのを防止するために,車両の後退を阻止可能なブレーキを係合させる「ヒルホールド制御」の技術が公知であったことが紹介されている。
【0002】【従来の技術】従来,車両用自動変速機においては,シフトレンジがドライブレンジ(Dレンジ)のような前進走行レンジに設定されていると,車速が実質的に零の場合であっても,自動変速機の歯車変速装置はニュートラルの状態にはならず,第1速段(又は第2速段)に設定されるようになっている。従って,内燃機関の出力はトルクコンバータ,歯車変速装置のフォワードクラッチを経て常に出力軸に伝達されるため,いわゆるクリープが生じ,その結果,車両を停止状態のまま維持させるためにはブレーキペダルを踏み込んだ状態に維持する必要があった。又,このときのトルクコンバータの引摺りによって燃料消費効率が悪化し,更には該トルクコンバータの作動油の温度が上昇するというような問題が発生することがあった。
【0003】このような点に鑑み,フォワードクラッチの油圧を制御するためのコントロールバルブを新たに設け,アクセルペダルが解放され,且つ車両が実質的に停止しているときには,シフトレンジがたとえドライブレンジのような前進走行レンジにあったとしても,フォワードクラッチを前記コントロールバルブを介して解放又は減圧し,自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,燃料消費効率を向上させ,併せてトルクコンバータの作動油の温度上昇を抑えるようにした技術(以下,この制御を,狭い意味での「クリープ低減制御」,あるいは「ニュ-トラル制御」と呼ぶ)が知られている(例えば特開昭63-106449号公報)。
【0004】又,このとき同時に,坂道等において車両が後退するのを防止するために,該車両の後退を阻止可能なブレーキを係合させる,いわゆる「ヒルホールド制御」を行うようにした技術が知られている(特開昭61-244956号公報)。
【0005】この場合,通常では,ヒルホールド用のブレーキとして,所定変速段,例えば2レンジ(=Sレンジ)第2速段のエンジンブレーキ形成用のブレーキを用い,当該第2速段を達成することによりヒルホールド制御を実行する構成としている。
【0067】・・・・。そのため,サンギヤ61の固定,及び一方向クラッチF2の作用によってキャリア67が逆転阻止されていることにより,プラネタリピニオン65が逆転阻止され,それによりリングギヤ63の逆転が阻止されて,出力軸70が車両後退方向へ回転するのが阻止され,いわゆるヒルホールド制御が実行される。

丸3 解決課題(従来技術の問題点)
ニュ-トラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機において,ニュートラル制御(クリープ力なし)をしているときに,ヒルホールド用のブレーキに異常事態が発生した場合は,車両が後退するという問題があった。
【0006】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来の,ニュ-トラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機においては,何等かの原因,例えば前記の第2速段を達成する場合に「開」となるバルブ(具体例としては,例えば1-2シフトバルブあるいは2-3シフトバルブ)がスティックしたり,同バルブを制御する信号出力系統(例えばソレノイドバルブ等)に異常が生じたりして,ヒルホールド用のブレーキを確実に係合させることができない事態が生じた場合に,坂路において車両が後退する可能性がある。
【0007】このことは通常ならばニュートラル制御が成立してもしなくても後退することがなかった坂道において,この場合にはニュートラル制御が成立しなかったときは後退せず,成立したときだけ後退するという事態が発生することを意味する。
【0008】ニュートラル制御の成立条件には一般に「アクセル解放」「フットブレーキオン」のように運転者の意思に基づく条件の他に,例えば「エンジンの冷却水温が所定値以上」のような運転者がその成立を予測できないような条件も含まれている。
【0009】従ってこのような条件によってニュートラル制御の条件が成立したときには運転者の予期せぬときに車両が後退を開始することになる。
【0010】本発明は,このような問題に鑑みてなされたものであって,坂路での後退の可能性がある場合のフェイルセーフ機能を持たせた車両用自動変速機のクリープ防止制御装置を提供することにより上記課題を解決せんとしたものである。

丸4 解決手段及び作用,効果
従来のニュ-トラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機において,「所定変速段を達成することが可能か否かを判断」,すなわち,「ヒルホールド用として利用する後退防止用のブレーキ」(以下「ヒルホールド用ブレーキ」という。)に異常事態が発生したか否かを判断する「所定変速段達成可否判断手段」と,
「所定変速段を達成することが不可と判断した場合」,すなわち,ヒルホールド用ブレーキに異常が発生していると判断したときは,「フォワードクラッチの解放を禁止する手段」すなわち,ニュ-トラル制御を禁止する手段を設けた構成にすることで,
ヒルホールド用ブレーキに異常事態が発生した場合でも車両が後退するという課題が解決されたと説明されている。
【0011】【課題を解決するための手段】本発明は,図1に示すように,
自動変速機のシフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチC1を解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,所定変速段を達成することより,該所定変速段を形成するブレーキB1によって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置において,
前記所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段と,
該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合に前記フォワードクラッチの解放を禁止する手段と,を備えたことより,上記課題を解決したものである。
【0012】【作用】本発明のクリープ防止制御装置では,ヒルホールド用として利用するブレーキB1が係合する所定の変速段を達成することができないときには,フォワードクラッチの解放を禁止し,ニュ-トラル制御を行わない。したがって,ニュートラル制御を行うときには,必ずヒルホールド制御が実行されて車両の後退が防止される。又,ヒルホールド制御が実行できないときはニュートラル制御に入ることがないため,クリープが発生する状態となっており,いずれの場合も車両が後退することはない。
【0103】【発明の効果】以上説明したように,本発明のクリープ防止制御装置によれば,ヒルホールド用として利用する後退防止用のブレーキが係合する所定の変速段を達成できないときには,フォワードクラッチの係合圧の解除を禁止し,ニュートラル制御を行わない。したがって,ニュ-トラル制御を行うときには,必ずヒルホールド制御が実行されて車両の後退が防止され,後退のおそれがなくなる。

2 一致点
(1) 甲1発明は,オートマチック車両に使用するニュ-トラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機を前提としている。
すなわち,本件発明の構成要件A丸1に相当する構成を前提にしている。
そして,この構成において,「所定変速段達成可否判断手段」と「フォワードクラッチの解放を禁止する手段」すなわち,ニュ-トラル制御を禁止する手段を設けた構成としている。
「所定変速段達成可否判断手段」とは,ヒルホールド用ブレーキが所定変速段を達成できたか否かを判断する手段であるから,ヒルホールド用ブレーキに異常事態が発生したか否かを判断する手段である。
したがって,本件発明の「故障検出装置」(構成要件B)に相当する。

(2) してみれば,甲1発明の構成を本件発明の用語で表せば,以下のようになる。
a丸1 アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両に使用する自動変速機のクリープ防止制御装であって,
丸2 前記原動機付車両停止時,フォワードクラッチを解放し,自動的にニュートラルの状態にするニュートラル制御機構と,
丸3 ブレーキペダルの踏込み開放後も車両の後退を防止するヒルホールド用ブレーキと,
を備える原動機付車両の自動変速機のクリープ防止制御装置において,
b 前記ヒルホールド用ブレーキの故障を検出する故障検出装置を備え,
c 前記故障検出装置によって前記ヒルホールド用ブレーキの故障を検出した時に前記ニュートラル制御機構の作動を禁止する
d ことを特徴とする原動機付車両に使用する自動変速機のクリープ防止制御装置。
なお,甲1発明は原動機付車両に使用する自動変速機のクリープ防止制御装置であるのに対し,本件発明は原動機付車両であるという相違はあるが,本件発明も,その実質は原動機付車両に使用する自動変速機に係る制御機構を対象とした発明であることからすれば,この相違は実質的な相違点ではない。

3 相違点
(1) 相違点1
甲1発明では「ニュートラル制御機構(装置)」であるのに対し,本件発明は「原動機停止装置」であること
(2) 相違点2
甲1発明では「ヒルホールド用ブレーキ」であるのに対し,本件発明は「ブレーキ液圧保持装置」であること

4 動機付け
(1) 各装置の周知技術性
ア 本件発明の「原動機停止装置」(構成要件A丸2,【0024】)とは,上記したように燃費悪化の防止(燃費向上)のため,車両が停止状態の時に,原動機を自動で停止させる装置であって,一般的にはアイドリングストップ装置(機構)と呼ばれている。
本件発明の「原動機停止装置」については,下記の公報等で開示された周知技術である。
丸1 実開昭57-51137号公報(甲2の1)
「一部の自動車には,市街地走行時で交差点等で停車したとき,エンジンを自動的に停止し,再始動に際しては普通の発進操作(例えばクラッチの踏み込み)で始動するようにするエンジン自動停止始動装置(EASS)が搭載されている。このような装置の搭載により,エンジンは必要時にのみ運転されるので,排気ガスの減少,燃料節約を図ることができる。」(1頁17行目?2頁4行目)
丸2 実開昭58-27547号公報(甲2の2)
「そこで,市街地走行時に交差点等で自動車が停車したときエンジンが自動的に停止し,普通の発進操作(例えばクラッチをいっぱいに踏み込むだけの操作)でエンジンが自動的に始動する装置としてEASSが提案された。このようなEASSを車両に備えれば,運転者に何のわずらわしさも感じさせることなくエンジンの停止と始動が自動的に行えると共に,エンジンが必要なときのみ運転されるので,排気ガス対策及び燃料の節約に寄与することは大である。」(3頁1?10行目)
丸3 特開昭58-35245号公報(甲2の3)
「しかしながら市街地走行における停車時間は全運行時間に対しかなりの割合を占めており,アイドル運転により排出される排気ガスの量や消費される燃料量を無視することができない。そこで,市街地走行時に交差点等で自動車が停車した時その他,所定の条件下でエンジンを自動的に停止し,通常の発進操作(クラッチペダルの踏込み)で自動的にエンジンを始動するエンジン自動停止始動装置が開発されるに至っている。」(2頁左上欄1?9行目)
丸4 実開昭58-64841号公報(甲2の4)
「従来のものでは,機関を一旦止めた後に再始動させるにはわざわざあらたにキースイッチの操作を要する面倒があったから,信号待ちの時間が長くなっても機関の回転を止めないのが通例であって,このために燃料を無駄に消費し,また余分に排気ガスを生じるので,経済上,環境上甚だ好ましくない欠点があった。この考案は,このような欠点を除くために,車両の停止,再発進の操作に連動して,機関を自動的に停止・再始動させる機関の自動停止及び再始動装置を得ることを目的とする。」(2頁8?18行目)
丸5 実開昭59-110346号公報(甲2の5)
「本考案は,自動変速機付き車両に適用されるエンジン自動停止始動装置に関するものである。エンジン自動停止始動装置は,市街地走行時に,交差点等で自動車が停止した場合,所定の停止条件下でエンジンを自動停止させ,その後の所定の始動条件下でエンジンを再始動させ,これにより,燃料を節約し,排気エミッションを向上させるものである。」(2頁12?19行目)
丸6 特開昭60-132040号公報(甲2の6)
「一般に,車両の市街地走行時は,停車回数が頻繁となり,この停車時にエンジン稼働も停止すれば,それだけ燃費が改善される。このような観点から,車両の一旦停車時にはエンジンを自動的に停止させ,発進時には自動的に始動させる装置が開発されている。
従来のこの種晶のエンジン自動停止始動装置としては,例えば特開昭58-15733号公報に記載されたものがある。・・・・」(1頁右欄17行目?2頁左上欄5行目)
丸7 特開平8-11587号公報(甲2の7)
「【0002】【従来の技術】車両には,不要な停止時にエンジンを停止させるとともに,クラッチの踏み込み動作にて簡単にエンジンを再始動できる車両用始動停止装置を採用したものもある。
【0003】また,この車両用始動停止装置は,渋滞時や信号待ち等の比較的停止時間の長い場合,つまり不要な停止時にエンジンを自動的に停止させ,燃費を向上させている。・・・・・」

イ 本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」(構成要件A丸3,【0055】等)とは,上記したように一般的には「(坂道)発進補助装置」又は「ヒルホールドシステム」と呼ばれている機構の1つであって,主として坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,ブレーキ液圧を保持することで車両の後退を防止し,ドライバのペダル踏替え時(ブレーキペダルからアクセルペダルへの踏替え),坂道発進するのに充分な駆動力に達するまで,車両の後退を防ぐことができる時間を確保する機能(ヒルホールド機能)を有する装置である。
本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」も,下記の公報等で開示された周知技術である。
丸1 実開昭58-64841号公報(甲2の4)
「・・・・。こゝにブレーキロック弁(20)は,電磁コイル(21)に送電すると,第2図に示すように,ブレーキペダル(22)を介して加圧されてホイルシリンダ(23)に至る油圧経路(24)の途中を遮断して,ブレーキペダル(22)から足を離しても,加圧状態を維持して,制動状態を続けるものである。」(13頁8?13行目)
「この考案によると,車両の走行中に,加速ペダル(27)を戻しブレーキペダル(22)を踏みこんでブレーキをかけて車両が止まると,自動的にブレーキがかかった状態に保たれ一時停止時のせり出しを防止できるだけでなく,停止時間が長くなるため必要なときはシフトレバーを中立位置にすることによって機関も止まり,しかも再始動に当っては,シフトレバーを走行位置とし,加速ペダル(27)を踏みこむと機関が自動的に始動し,かつ自動的にブレーキが解けて車両が発進する。・・・・」(20頁9?19行目)
丸2 実開昭59-110346号公報(甲2の5)
「この制動保持装置26は,例えば,ブレーキペダルによって制御されるマスタシリンダ(不図示)の入力ロッド(不図示)を,保持装置26の電磁石を励磁することにより所定の位置で保持するように構成することができ,ブレーキペダルを踏込んでいるときに電磁石を励磁すれば,ブレーキペダルが解放されても制動装置が保持されるようにすることができる。」(6頁16行目?7頁4行目)
丸3 特開平9-142270号公報(甲2の8)
【0017】そして,一旦上記作動条件が成立してドライバーが車両を停止させる意思があると判断され,その結果制動力保持手段6の開閉弁8が閉弁すると,ドライバーがブレーキペダル1から足を離して踏力が消滅しても,後述する作動解除条件が成立するまで開閉弁8は閉弁状態に保持される。これにより,一方のブレーキ系統の管路L1が閉塞されてブレーキキャリパBRR,BFLとマスタシリンダ2との連通が遮断され,該ブレーキキャリパBRR,BFLの制動力が保持される。
【0018】而して,停車時にブレーキペダル1から足を離しても制動力が保持されるため,坂道発進時における車体のずり下がりや,追突時における車体の飛び出しを未然に防止することができるばかりか,車両の停車中にドライバーをブレーキ操作の負担から解放することができる。

(2) 機能の共通性
ア 甲1発明の「ニュートラル制御機構(装置)」と本件発明の「原動機停止装置」は,いずれも車両停止時のクリープを回避し,燃費向上に資するという機能面で共通している。
イ 甲1発明の「ヒルホールド用ブレーキ」と本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」とは,いずれも坂道発進を補助する装置であって,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,車両の後退を防止する機能(ヒルホールド機能)を有するという機能面で共通している。

(3) 課題とこれを解決する技術思想の共通性
甲1発明と本件発明は,坂道におけるヒルホールド機能に異常事態が発生ないし故障した際の「車両の後退」を防止するという課題に対し,クリープ状態を維持し,クリープ力を利用すること(甲1発明ではニュートラル制御,本件発明では原動機停止装置の作動禁止)で,この課題を解決するという技術思想が共通する。

(4) 以上,甲1発明の「ニュートラル制御」及び「ヒルホールド用ブレーキ」を,いずれも周知技術である「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」に各置換して本件発明に至ることは当業者は容易に想到する。

5 小括
よって,甲1発明(特にその課題解決の技術思想)に周知技術を適用することで当業者は容易に本件発明を想到する。

第4 無効事由2
1 甲3発明
(実願昭57-19430号(実開昭58-122761号)マイクロフィルム)
(1) 甲3の記載
丸1 技術分野
ア 甲3発明は「本考案は自動車用エンジン(主として内燃機関)の制御装置に関し,特にエンジンの停止と始動とを自動的に制御する装置に関する。」(1頁13?15行目)とされているように,アイドリングストップ装置(機構)を前提とした発明である。
「本考案は自動車用エンジン(主として内燃機関)の制御装置に関し,特にエンジンの停止と始動とを自動的に制御する装置に関する。近年,信号待ちや交通渋滞時等の停車時におけるアイドリングによる燃料消費を節約し,燃費を低減するため,自動車が停止するとエンジンを停止し,発進時にエンジンを始動する装置が開発されている。・・・・」(1頁13?20行目)
イ また,甲3発明の「・・・・,更に自動変速機装備車にも適用出来る等,多くの優れた効果を得ることが出来る。」(5頁14?16行目)とされているように,オートマチック車両に使用する自動変速機への適用も前提とした発明である。

丸2 構成と作用効果
ア 甲3発明は,クレーム記載の構成,特に「駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定する第1の手段と,該第1の手段によって判定された駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ,・・・・」との構成を採用している。
「実用新案登録請求の範囲
駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定する第1の手段と,該第1の手段によって判定された駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させる第2の手段とを備えたことを特徴とするエンジン制御装置。」
実施例では,「検出器がオンのとき"1",オフのとき"0"の駐車ブレーキ信号S1を出力する回路を設ければ良い。」とされている。
「第4図の装置において,駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されていない場合は,(イ)に示すごとく,弾性体41の反力によってピストン39が図面左方に移動し,ピストン39の先端部と検出器本体37とは離れている。したがって端子43とリード線44とは,電気的に絶縁された状態すなわちスイッチがオフの状態にある。
次に駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されると,ピストン39が弾性体41を押して図面右方に移動する。そして張力が弾性体41の反力で設定された所定値すなわち駐車ブレーキが確実にかけられたときの値に達すると,図面(ロ)に示すごとく,ピストン39の先端部と検出器本体37とが接触し,スイッチがオンの状態になる。
したがって第4図の検出器(脚注;クレームでは「第1の手段」に相当する。)がオンのとき"1",オフのとき"0"の駐車ブレーキ信号S1を出力する回路を設ければ良い。」(12頁5行目?13頁1行目)

イ そして,上記構成を採用することで「・・・・,経時変化等によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合にも,駐車ブレーキが完全に効いている場合にだけエンジンを停止させることになり,安全性を向上させることが出来る。」(5頁9?12行目)とされている。
すなわち,実施例の説明ではより詳細に下記の説明がなされている。
「まず時点t6において駐車ブレーキが確実にかけられると,駐車ブレーキ信号S1が"1"になり,ワンショットマルチバイブレータ1がトリガ信号S6を出力する。そのためフリップフロップ9がセットされ,そのQ出力すなわちフュエルカット信号S15が"1"になる。フュエルカット信号S15が"1"になると,図示しない燃料噴射装置が燃料供給を遮断するので,エンジンは停止する。」(17頁20行目?18頁8行目)
「また駐車ブレーキがかけられたか否かの判定を駐車ブレーキの操作力に基づいて行なっているので,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させるようになっている。したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,安全性を向上させることが出来る。」(20頁10?19行目)

2 一致点
(1)ア 甲3発明は,アイドリングストップ装置(機構)を前提とした発明であり,またオートマチック車両に使用する自動変速機への適用も可能と説明されている。
すなわち,本件発明の構成要件A丸1及び丸2に相当する構成を有している。
イ 駐車ブレーキが確実にかけられたか否かを判別する第1の手段(検出器)を有し,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを自動停止させるように構成されている。
つまり,経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合はエンジンを自動停止させない構成を採用している。
すなわち,駐車ブレーキの故障を第1の手段(検出器)で検出し,これを検出した場合は,アイドリングストップ装置の作動を禁止することにより,坂道等で停車した場合でも自動車が自然に動き出してしまうことをなくするという本件発明と同じ効果を奏する。
本件発明の構成要件B及びCに対応する構成を有している。

(2) 甲3発明の構成を本件発明の用語で表せば,以下のようになる。
a丸1 アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,
丸2 前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機停止装置と,
丸3 駐車ブレーキと
を備える原動機付車両において,
b 前記駐車ブレーキの異常を検出する第1の手段(検出器)を備え,
c 前記第1の手段(検出器)によって前記駐車ブレーキの故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する
d ことを特徴とする原動機付車両。

3 相違点
甲3発明では「駐車ブレーキ」であるのに対し,本件発明は「ブレーキ液圧保持装置」であること

4 動機付け
(1) 周知技術性
本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」が周知技術であることは前述したとおりである。
(2) 機能の共通性
「駐車ブレーキ」(サイドブレーキ)が坂道で使用される装置であることは,甲3にも「坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,・・・・」と説明され,下記の公報でも指摘されているように周知の知見である。
丸1 特開昭57-130844号公報(甲4の1)
「一般に自動車のサイドブレーキは自動車を駐停車させる場合に用いられるものであるが,坂道で自動車をサイドブレーキによって停止させている状態から自動車を発進させる場合は,サイドブレーキの制動を解除するタイミングと,アクセルペダルあるいはオートマチック車でない場合はさらにクラッチペダルを操作するタイミングとをうまく合わせる必要がある。そして特に急な坂道では両者のタイミングを合わせるのが難しく,ブレーキレバーを解除した瞬間にうまく発進できないと,自動車が後退してしまい,フットブレーキペダルを踏まざるを得なくなり,再びサイドプレーキを引いて発進操作をうまくいくまで何度も繰返さなければならないという問題があった。」(1頁左欄13行目?右欄7行目)
丸2 特開昭59-102648号公報(甲4の2)
「しかしながら,このような従来のパーキングブレーキ装置にあっては,ブレーキ装置の作動の解除は,ドライバが手動操作によって行なう構造となっていた。このため,例えば,登り坂で坂道発進を行なう場合には,ドライバが,アクセルペダル及びクラッチペダル(オートマチック車の場合にはアクセルペダルのみ)の踏込み量,すなわち,エンジンの回転数とクラッチの接続具合とを調整しつつ,その間にパーキングブレーキの解除動作を行なう必要があった。」(2頁右上欄7?16行目)
丸3 特開平8-324397号公報(甲4の3)
【0002】【従来の技術】自動車で坂道発進を行なう場合に発進時の車両の後退を回避するため,一方でクラッチペダルを徐々に離しながら他方でブレーキペダルを離して同時にアクセルペダルを適度に踏み込む操作を行なっている。また,サイドブレーキを引いた状態では,一方でクラッチペダルを徐々に離しながら他方でアクセルペダルを適度に踏み込み,同時に手動でサイドブレーキを徐々に解除する操作を行なって,発進時の車両の後退を回避している。このため,坂道発進は煩雑な操作が必要となり,熟練を要する操作である。また,自動変速機を備えた自動車(A/T車)では,クラッチペダルの操作が必要ないので,比較的楽に坂道発進の操作を実施することができるが,急な坂道で発進操作を行なう場合には,サイドブレーキを操作して発進時の車両の後退を回避している。」
すなわち,甲3発明の「駐車ブレーキ」と本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」とは,いずれも坂道発進を補助する装置であって,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,車両の後退を防止するという機能面で共通している。

(3) 課題とこれを解決する技術思想の共通性
甲3発明と本件発明は,坂道におけるヒルホールド機能に異常事態が発生ないし故障した際の「車両の後退」を防止するという課題に対し,原動機停止装置の作動を禁止することでクリープ力を利用するという技術思想が共通する。

(4) 以上,甲3発明の「駐車ブレーキ」を,周知技術である「ブレーキ液圧保持装置」に適用して本件発明に至ることは当業者は容易に想到する。

5 小括
よって,甲3発明に周知技術を適用することで当業者は容易に本件発明を想到する。

第5 結論
本件発明には進歩性欠如の無効事由があることは明らかである。」

4 手続補正書における主張
手続補正書における主張は、以下のとおりである。(手続補正書の第2ページ第6ないし12行)

「審判請求書別紙理由書13頁27行に「【0067】」とあるのを「【0063】」と訂正する。
同記載は甲第1号証の記載を引用するものであるところ、甲第1号証の段落【0063】を引用しているにもかかわらず、【0067】と記載しているものであり、単に誤記を訂正するものである。
したがって、本件補正が審判請求書の要旨の変更に該当しないものであることは明らかである。」

5 陳述要領書における主張
陳述要領書における主張は、以下のとおりである。(陳述要領書の第3ページ第7行ないし第19ページ第12行)

「第1 無効理由1について
1 審理事項第1,1(1)ア
(1) 甲1発明の認定
ア 甲1の用語を使用して甲1発明の車両を認定すれば以下のとおりとなる。なお,本件発明の構成要件分説に対応させた。
a丸1 自動変速機を搭載した車両であって,
丸2 自動変速機のシフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成(但し,エンジンは停止しない。)してクリープの発生を防止するニュートラル制御機構と,
丸3 ニュートラル制御機構の作動と共に,所定変速段を達成することにより,該所定変速段を形成して車両の後退を防止するヒルホールド用のブレーキと,
を備える車両であって,
b 前記所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段と,
c 該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合に前記フォワードクラッチの解放を禁止する手段と,
d を備えたことを特徴とする車両。

イ 上記の甲1発明の分説は,主として甲1の下記の記載に基づく。
【請求項1】自動変速機のシフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチを解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,所定変速段を達成することにより,該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置において,前記所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段と,該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合に前記フォワードクラッチの解放を禁止する手段と,を備えたことを特徴とする車両用自動変速機のクリープ防止制御装置。
【0001】【産業上の利用分野】本発明は,車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に係り,特に,シフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチ(前進走行を達成するために係合されるクラッチ)を解放(油圧低減による実質的解放を含む)することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止し,それと同時に所定変速段を達成することにより,該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に関する。
【0003】このような点に鑑み,フォワードクラッチの油圧を制御するためのコントロールバルブを新たに設け,アクセルペダルが解放され,且つ車両が実質的に停止しているときには,シフトレンジがたとえドライブレンジのような前進走行レンジにあったとしても,フォワードクラッチを前記コントロールバルブを介して解放又は減圧し,自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,燃料消費効率を向上させ,併せてトルクコンバータの作動油の温度上昇を抑えるようにした技術(以下,この制御を,狭い意味での「クリープ低減制御」,あるいは「ニュ-トラル制御」と呼ぶ)が知られている(例えば特開昭63-106449号公報)。
【0004】又,このとき同時に,坂道等において車両が後退するのを防止するために,該車両の後退を阻止可能なブレーキを係合させる,いわゆる「ヒルホールド制御」を行うようにした技術が知られている(特開昭61-244956号公報)。
【0005】この場合,通常では,ヒルホールド用のブレーキとして,所定変速段,例えば2レンジ(=Sレンジ)第2速段のエンジンブレーキ形成用のブレーキを用い,当該第2速段を達成することによりヒルホールド制御を実行する構成としている。

(2) 本件発明と甲1発明との一致点の検討
ア 本件発明の構成要件A丸1(アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,)は,いわゆるオートマチック車を含む構成であるところ,甲1発明も自動変速機を搭載する車両であることを前提としているから,甲1発明の構成a丸1は本件発明の構成要件A丸1と一致している。
イ 本件発明の構成要件D(ことを特徴とする原動機付車両)は甲1発明の構成dと同じである。

(3) 本件発明と甲1発明との相違点の検討
ア 甲1発明の構成a丸2は,エンジン(原動機)は停止しないで,フォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成することでクリープの発生を防止する「ニュートラル制御機構」であるのに対し,本件発明の構成要件A丸2(前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機停止装置と,)もクリープの発生を防止する機能を有する機構であるが,「原動機を停止可能」とするいわゆる「アイドリングストップ機構」である相違がある。

イ 甲1発明の構成a丸3と本件発明の構成要件A丸3(ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と,)は,いずれも坂道等において車両が後退することを防止するいわゆる「ヒルホールド制御機構」の構成ではあるが,甲1発明の構成a丸3が所定変速段を達成することにより,該所定変速段を形成する「ヒルホールド用のブレーキ」であるのに対して,本件発明の構成要件A丸3は引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な「ブレーキ液圧保持装置」という相違がある。

ウ 甲1発明の構成bの「所定変速段達成可否判断手段」は,「ヒルホールド用のブレーキ」において,所定変速段を達成することが可能か否かを判断する手段であるが,所定変速段を達成することが不可である事態として,甲1の【0006】には,「開」となるバルブがスティックしたり,信号出力系統に異常が生じたことにより,坂道において車両が後退する可能性がある事態と説明されている。すなわち,「所定変速段達成可否判断手段」とは「ヒルホールド用のブレーキ」が「故障」したことを検出する装置であるから,故障を検出する装置という点において,本件発明の構成要件B(前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,)と同じ装置といえる。
ただ,故障を検出する対象の装置が,甲1発明の構成bでは「ヒルホールド用のブレーキ」であるのに対して,本件発明の構成要件Bでは「ブレーキ液圧保持装置」という点で相違する。

エ 甲1発明の構成cの「該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合」とは,ウで主張したように「ヒルホールド用のブレーキ」が故障した場合であり,また「フォワードクラッチの解放を禁止する」とは,自動的にニュートラル状態を形成することを禁止すること,すなわち,ニュートラル制御機構の作動を禁止することである。これはクリープの発生を防止しないことであり,この点において,本件発明の構成要件C(前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する)と同じである。
ただ,作動を禁止する対象が,甲1発明の構成cでは「フォワードクラッチ(の開放)」すなわち「ニュートラル制御機構」であるのに対して,本件発明の構成要件Cでは「原動機停止装置」という点で相違する。

(4) 一致点と相違点の整理
ア 本件発明の構成要件A丸1,Dは甲1発明の構成a丸1,dと各一致するが,クリープの発生の防止の構成(アイドリングストップ機構)については,本件発明では構成要件A丸2で特定される「原動機停止装置」であるのに対して,甲1発明では構成a丸2で特定される「ニュートラル制御機構」であり,また,坂道等において車両が後退することを防止する構成(ヒルホールド機構)については,本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対して,甲1発明では構成a丸3で特定される「ヒルホールド用のブレーキ」との相違がある。
そして,本件発明の構成要件Bと甲1発明の構成bとは,いずれも故障を検出する装置で一致するが,故障を検出する対象の装置が,本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対して,甲1発明では構成a丸3で特定される「ヒルホールド用のブレーキ」である点で相違する。
また,本件発明の構成要件Cと甲1発明の構成cとは,いずれも,作動を禁止する手段,すなわちクリープの発生を防止しない手段であることで一致するが,本件発明では構成要件A丸2で特定される「原動機停止装置」であるのに対し,甲1発明では構成a丸2で特定される「ニュートラル制御機構」である点相違する。

イ 本件発明の構成要件と甲1発明の構成を形式的に比較すれば,構成要件A丸1と構成a丸1及び構成要件Dと構成dのみで一致し,その他の構成要件と構成とは相違するが,その相違は,
本件発明では構成要件A丸2で特定される「原動機停止装置」であるのに対し,甲1発明では構成a丸2で特定される「ニュートラル制御機構」である相違(相違点1)及び
本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対し,甲1発明では構成a丸3で特定される「ヒルホールド用のブレーキ」である相違(相違点2)に基づく相違である。

2 審理事項第1,1(1)イ
相違点1に係る甲1発明の「ニュートラル制御機構」を本件発明の「原動機停止装置」に,また相違点2に係る甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に各置換することは,当業者には容易想到である。
なお,請求人の主張は,甲1発明の「ニュートラル制御機構」の「全体」を,本件発明の「原動機停止装置」の「全体」に置換すると主張するものであって,「ニュートラル制御機構」の一部ないし部分的要素を置換することで「原動機停止装置」になると主張するものではない。このことは「ヒルホールド用のブレーキ」,「ブレーキ液圧保持装置」でも同様である。

(1) 本件発明と甲1発明の各構成要素の周知性と機能の共通性
ア 本件発明の構成要件A丸2で特定される「原動機停止装置」は,本件明細書の【0014】,【0024】等で説明されているように,燃費悪化の防止(燃費向上)のため,車両が停止状態の時に,原動機を自動で停止させる装置であって,一般的にはアイドリングストップ機構と呼ばれる。
そして,原動機を停止することでクリープ(脚注:「・・・・。なお,クリープは,自動変速機を備える車両の・・・・走行レンジが選択されている時に,アクセルペダルを踏込まなくても(原動機がアイドリング状態),車両が這うようにゆっくり動くこと・・・・」(本件明細書【0003】))の発生が防止される。
本件発明の「原動機停止装置」ないしアイドリングストップ機構は,甲2の1ないし7でも開示されている周知技術である。
他方,甲1発明の構成a丸2で特定される「ニュートラル制御機構」も,甲1の【0003】で説明されているように,自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止すると共に,燃料消費効率を向上させる技術であって,同段落でも「例えば,特開昭63-106449号公報」等で開示されていると説明されている周知技術である。
すなわち,本件発明の「原動機停止装置」も,甲1発明の「ニュートラル制御機構」も,いずれも周知技術であるから,当業者は,両者が燃費向上及びクリープの発生の防止という共通する機能を有していることを知悉している。

イ 本件発明の構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」は,本件明細書の【0047】,【0050】及び【0055】等で説明されているように,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,ブレーキ液圧を保持することで車両の後退を防止する機能を有する装置であって,一般的にはヒルホールド機構と呼ばれる機構の一種である。
そして本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」は,甲2の4,5及び8でも開示されている周知技術である。
他方,甲1発明の構成a丸3で特定される「ヒルホールド用のブレーキ」も,甲1の【0004】で説明されているように,所定変速段にすることで坂道等において車両が後退するのを防止する機能を有し,同段落で「・・・いわゆる『ヒルホールド制御』を行うようにした技術が知られている(特開昭61-244956号公報)。」と説明されている周知技術である。
すなわち,本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」も,甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」も,いずれも周知技術であるから,当業者は,両者が坂道等において車両が後退するのを防止するという共通する機能を有していることを知悉している。

(2) 本件発明と甲1発明の課題と技術思想
ア 本件発明の課題は,「ブレーキ液圧保持装置」が故障した場合に,坂道等における車両の後退を防止することであるが(【0006】(脚注:但し,本件明細書の【0006】は,請求項3の本件発明だけでなく,本件特許の請求項1,2に係る発明の課題としても説明している。)),この課題解決の構成として,「ブレーキ液圧保持装置」の故障検出時に「原動機停止装置」の作動を禁止することで,クリープ状態を維持して車両の後退を防止した発明である(【0009】)。

イ 他方,甲1発明の課題も,「ヒルホールド用のブレーキ」が故障した場合に,坂道等における車両の後退を防止することであるが(【0006】,【0010】),この課題解決の構成として「ヒルホールド用のブレーキ」の故障検出時に「ニュートラル制御機構」の作動を禁止することで,クリープ状態を維持して車両の後退を防止した発明である

ウ 以上,本件発明,甲1発明のいずれも「ブレーキ液圧保持装置」,「ヒルホールド用のブレーキ」というヒルホールド制御が故障した場合に,坂道等における車両の後退の防止という課題を,クリープ状態を維持することで解決した発明である。
すなわち,本件発明と甲1発明とは課題が同じであり,その解決に係る技術思想も同じ発明である。

(3) 容易想到性
してみれば,甲1発明の技術思想に接した当業者は,甲1発明の構成a丸2で特定される「ニュートラル制御機構」と本件発明の構成要件A丸2で特定される「原動機停止装置」とは機械的構造は異なるものの,燃費向上という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲1発明の「ニュートラル制御機構」を本件発明の「原動機停止装置」に置換することは当業者は容易に想到する。
また,甲1発明の構成a丸3で特定される「ヒルホールド用のブレーキ」と構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」とは機械的構造は異なるものの,坂道等における車両の後退の防止という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換することは,当業者は容易に想到するものである。

(4) 被請求人の主張に対する反論
ア 被請求人は,甲1発明に接した当業者は,甲1発明は自動変速機固有の技術であると把握し,自動変速機としての技術思想を超えて,甲1発明の「ニュートラル制御機構」,「ヒルホールド用のブレーキ」を,本件発明の「原動機停止装置」,「ブレーキ液圧保持装置」に各置換することは想到しない旨主張する。
しかしながら,被請求人の主張は,甲1発明と本件発明とが,いずれも周知のしかも機能も同じ構成を採用し,同じ課題を同じ技術思想により解決した発明であることを無視した主張であり,当を得ない主張であることは明らかである。

イ また被請求人は,甲1発明のクリープ防止制御装置は,車両が停止している時でも原動機を停止させない技術であるから,甲1発明の「ニュートラル制御機構」を,本件発明の「原動機停止装置」に置換することには阻害事由がある旨主張する。
確かに,「ニュートラル制御機構」はエンジンを停止させない技術であるが,だからといって,甲1発明はエンジンを停止させないことを目的,課題とする発明ではない。
しかも,「ニュートラル制御機構」,「原動機停止装置」は,いずれも燃費向上のための装置であるが,エンジンを停止させない「ニュートラル制御機構」より,エンジンを停止する「原動機停止装置」の方が,より燃費向上に資することは明らかである。
してみれば,甲1発明の「ニュートラル制御機構」を本件発明の「原動機停止装置」に置換する動機付けがあるのであって,阻害事由などないことは明らかである。

第2 無効理由2について
1 審理事項第1,2(1)ア
(1) 甲3発明(脚注:甲3は実用新案の明細書であるが,便宜上,「甲3発明」という。)の認定
ア 甲3の用語を使用して甲3発明の車両を認定すれば以下のとおりとなる。なお,本件発明の構成要件分説に対応させた。
a丸1 自動変速機装備車であって,
丸2 車両停止時,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止する装置と,
丸3 駐車ブレーキと,
を備える車両であって,
b 駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定する第1の手段と,
c 第1の手段により駐車ブレーキが確実に効いたと判定されるまでエンジンを停止しない手段と,
d を備えたことを特徴とする車両。

イ 上記の甲3発明の分説は,主として甲3の下記の記載に基づく。
○「実用新案登録請求の範囲
駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定する第1の手段と,該第1の手段によって判定された駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させる第2の手段とを備えたことを特徴とするエンジン制御装置。」
○「・・・・,更に自動変速機装備車にも適用出来る等,多くの優れた効果を得ることが出来る。」(5頁14?16行目)
○「本考案は自動車用エンジン(主として内燃機関)の制御装置に関し,特にエンジンの停止と始動とを自動的に制御する装置に関する。近年,信号待ちや交通渋滞時等の停車時におけるアイドリングによる燃料消費を節約し,燃費を低減するため,自動車が停止するとエンジンを停止し,発進時にエンジンを始動する装置が開発されている。・・・・」(1頁13?20行目)
○「上記の目的を達成するため本考案においては,駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させ,また上記駐車ブレーキが操作されたか否かは,駐車ブレーキの操作力が所定値以上であるか否かによって判定するように構成している。」(4頁13?19行目)
○「また駐車ブレーキがかけられたか否かの判定を駐車ブレーキの操作力に基づいて行なっているので,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させるようになっている。したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,安全性を向上させることが出来る。」(20頁10?19行目)

(2) 本件発明と甲3発明との一致点の検討
ア 本件発明の構成要件A丸1は,いわゆるオートマチック車を含む構成であるところ,甲3発明も自動変速機を搭載する車両であることを前提としているから,甲3発明の構成a丸1は本件発明の構成要件A丸1と一致している。

イ 甲3発明の構成a丸2はエンジンの停止を「駐車ブレーキが確実にかけられた場合」としているが,本件発明の構成要件A2も「・・・・前記原動機を停止可能な・・・・」としており,「原動機付車両停止時」に無条件で「原動機が停止する」とはしていない。したがって,甲3発明の構成a丸2は本件発明の構成要件A2に含まれることになる。

ウ 本件発明の構成要件Dは甲3発明の構成dと同じである。

(3) 本件発明と甲1発明との相違点の検討
ア 甲3発明の構成a丸3は「駐車ブレーキ」であるのに対し,本件発明の構成要件A丸3(ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と,)の「ブレーキ液圧保持装置」である点が異なる。

イ 甲3発明の構成bで特定する「第1の手段」は,駐車ブレーキが確実にかけられているか否かを判定する手段であるが,「したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しない・・・・」(20頁14?16行目)として駐車ブレーキケーブルが伸びた場合が例示されていることからすれば,故障を含む駐車ブレーキの異常を検出する装置ともいえる。この点において,本件発明の構成要件B(前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,)と同じ装置といえる。
ただ,異常ないし故障の検出対象が,甲3発明の構成bでは「駐車ブレーキ」であるのに対して,本件発明の構成要件Bでは「ブレーキ液圧保持装置」という点で相違する。

ウ 甲3発明の構成cは,イで主張したように「駐車ブレーキ」が確実にかからないような異常事態の場合には「エンジンを停止しない」ようにする手段である。この「エンジンを停止しない」とは,本件発明の構成要件Cでいう「原動機停止装置の作動を禁止する」ことと同じである。
ただ,故障ないし異常事態となる装置が,甲3発明の構成cでは「駐車ブレーキ」であるのに対して,本件発明の構成要件Cでは「ブレーキ液圧保持装置」である点が相違する。

(4) 一致点と相違点の整理
ア 本件発明の構成要件A丸1,A丸2及びDは甲1発明の構成a丸1,a丸1及びdと各一致する

イ 本件発明の構成要件Bと甲3発明の構成bとは,いずれも故障ないし異常を検出する手段で一致するが,故障ないし異常を検出する対象が,本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対して,甲3発明では構成a丸3で特定される「駐車ブレーキ」である点で相違する。
また,本件発明の構成要件Cと甲1発明の構成cとは,いずれも,「原動機停止装置の作動を禁止する」手段であることで一致するが,故障ないし異常事態とは,本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対し,甲1発明では構成a丸3で特定される「駐車ブレーキ」である点相違する。

ウ 本件発明の構成要件と甲3発明の構成を形式的に比較すれば,構成要件A丸1,A丸2及びDは甲1発明の構成a丸1,a丸1及びdとは各一致するが,構成要件A丸3,B及びCと構成a丸3,構成b及び構成cでは各相違する。
しかし,その相違は,本件発明では構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」であるのに対し,甲3発明では構成a丸3で特定される「駐車ブレーキ」である相違点に基づく相違である。

2 審理事項第1,2(1)イ
相違点に係る甲3発明の「駐車ブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換することは,当業者には容易想到である。
なお,請求人の主張は,甲3発明の「駐車ブレーキ」の「全体」を,本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」の「全体」に置換すると主張するものであって,「駐車ブレーキ」の一部ないし部分的要素を置換することで「ブレーキ液圧保持装置」になると主張するものではない。

(1) 本件発明と甲3発明の各構成要素の周知性と機能の共通性
前記したように本件発明の構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」は,本件明細書の【0047】,【0050】及び【0055】等で説明されているように,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,ブレーキ液圧を保持することで車両の後退を防止する機能を有する装置であって,一般的にはヒルホールド機構と呼ばれる機構の一種である。そして「ブレーキ液圧保持装置」は,甲2の4,5及び8でも開示されている周知技術である。
他方,甲3発明の構成a丸3で特定される「駐車ブレーキ」は,甲3でも「・・・・坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり・・・・,」と説明され,甲4の1ないし3でも開示されている周知技術である。
したがって,当業者は,甲3発明の「駐車ブレーキ」及び本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」が,いずれも坂道発進を補助する装置であって,坂道発進時にドライバがブレーキペダルの踏込みを開放した場合でも,車両の後退を防止するという共通の機能を有することは知悉している。

(2) 本件発明と甲3発明の課題と技術思想の共通性
甲3発明と本件発明とは,坂道におけるヒルホールド機能に故障,異常事態が発生した際の「車両の後退」を防止するという課題に対し,原動機停止装置の作動を禁止することでクリープ力を利用するという技術思想において共通する。
この点につき,被請求人は,本件発明は,構成要件A丸3で特定される「ブレーキ液圧保持装置」の故障を検出した時に,原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とする発明であるのに対して,甲3はこの特徴を示唆も開示もしておらず,甲3発明はエンジンの停止と始動を駐車ブレーキに関連づけた発明である旨主張する。
しかしながら,上記したように,甲3発明の課題の1つには,坂道におけるヒルホールド機能に異常事態が発生した際の「車両の後退」を防止することも説明され,エンジンを停止させないことによりクリープ力を利用するという技術思想が示唆されているのである。
被請求人の主張は当を得ないものである。

(3) してみれば機械的構造は異なるものの,坂道等における車両の後退の防止という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲3発明の「駐車ブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換することは,当業者は容易に想到する。

(4) 被請求人の主張に対する反論
上記(2)で指摘した以外にも被請求人は以下の主張をするが,いずれも失当である。
ア 被請求人は,甲3発明は,駐車ブレーキケーブルが伸びても駐車ブレーキが効くことを前提にした発明であり,駐車ブレーキの故障は示唆されていないと主張する。
しかしながら,甲3の下記記載は,「駐車ブレーキが確実にかけられた場合はエンジンを停止しない」ことの例示として,駐車ブレーキケーブルが伸びた場合を説明しているのであって,駐車ブレーキケーブルが伸びても,必ず駐車ブレーキが効くことを前提にした発明であるとはいえない。
「また駐車ブレーキがかけられたか否かの判定を駐車ブレーキの操作力に基づいて行なっているので,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させるようになっている。したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,安全性を向上させることが出来る。」(20頁10?19行目)

イ また,被請求人は,甲3では駐車ブレーキをかける必要のない極めて短い停車時にはエンジンは,停止しないとされているのに対して,本件発明では短い停車時でも原動機が停止し得る。したがって,甲3発明では上記の特徴を放棄しないと本件発明に至らず,引用例の適確性を欠くものといわぜるを得ないと主張する。
引用例の適確性との意味は不明であるが,そもそも本件発明の構成要件A丸2の「原動機停止装置」は,前記原動機付車両停止時,前記原動機を「停止可能」な装置であって,原動機付車両停止時には無条件で「停止」する装置ではない。つまり,原動機付車両停止時には必ず原動機を停止させるものではなく,短い停車時には原動機が停止しない構成を排斥するものではない。
しかも,「極めて短い停車時にはエンジンは,停止しない」ことは,本件発明の「坂道等の後退を防止する」効果にとって支障はないのである。
被請求人の主張が失当であることは明らかである。

第3 結論
本件発明には進歩性欠如の無効事由があることは明らかである。」

第4 被請求人の主張の概要

1 提出書類
被請求人は、平成28年4月11日に答弁書を提出した。

2 被請求人の主張の概要
被請求人は、本件特許無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由としておおむね次の(1)及び(2)のように主張している。

(1)無効事由1に対して
甲第1号証を主引用例として容易想到であるとする請求人の主張には理由がない。

(2)無効事由2に対して
甲第3号証を主引用例として容易想到であるとする請求人の主張には理由がない。

3 答弁書における主張
答弁書における主張は、以下のとおりである。(答弁書第3ページ第1行ないし第11ページ第9行)

「6 答弁の趣旨
本件特許無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。

7 理由
(1)請求人の主張の概要
請求人の主張は、要するに、本件特許の請求項3に係る発明は、甲第1号証と、甲第2号証の1ないし甲第2号証の8に示される周知技術(原動機停止装置及びブレーキ液圧保持装置が周知であること)とに基づいて、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであり、また、甲第3号証と、甲第2号証の4、甲第2号証の5及び甲第2号証の8に示される周知技術(ブレーキ液圧保持装置が周知であること)と、甲第4号証の1ないし甲第4号証の3に示される周知の知見とに基づいて、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとするものである。

甲第1号証: 特開平5-263921号公報
甲第2号証の1:実願昭55-127593号(実開昭57-51137 号)のマイクロフィルム
甲第2号証の2:実願昭56-111907号(実開昭58-27547 号)のマイクロフィルム
甲第2号証の3:特開昭58-35245号公報
甲第2号証の4:実願昭56-159755号(実開昭58-64841 号)のマイクロフィルム
甲第2号証の5:実願昭58-4337号(実開昭59-110346号 )のマイクロフィルム
甲第2号証の6:特開昭60-132040号公報
甲第2号証の7:特開平8-11587号公報
甲第2号証の8:特開平9-142270号公報
甲第3号証: 実願昭57-19430号(実開昭58-122761 号)のマイクロフィルム
甲第4号証の1:特開昭57-130844号公報
甲第4号証の2:特開昭59-102648号公報
甲第4号証の3:特開平8-324397号公報

(2)本件発明
本件特許の請求項3に係る発明は、特許第3196076号公報の請求項3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項3】
アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって、前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と、を備える原動機付車両において、前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とする原動機付車両。」
以下、本件特許の請求項3に係る発明を本件発明という。
本件発明に対応する実施例の参照図面である図15の一部を以下に掲記する。ブレーキ液圧保持装置の故障時のブレーキ力と駆動力の変化が実線で示されているとともに、ブレーキ液圧保持装置の故障にもかかわらず原動機停止装置が作動した場合の駆動力の変化が破線で示されている。

本件発明は、アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は原動機から駆動輪へ駆動力を伝達すること、車両の停止時に原動機を停止可能とする原動機停止装置を備えること、及び、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能とするブレーキ液圧保持装置を備えることを前提とした原動機付き車両であって、ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とするものである。
本件発明によれば、ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した場合、ブレーキペダルが踏み込まれて車両が停止しても(車速がゼロになっても)原動機が自動で停止されることなく強クリープ状態が維持されるので、ブレーキペダルの開放に伴って本来作動するはずのブレーキ液圧保持装置が作動しなくても、坂道でも車両が後退しない。

(3)甲号証に記載された技術事項
甲第1号証
請求人が主引用例の一つとして提出した甲第1号証には、車両用自動変速機のクリープ防止制御装置が記載されている。この装置は、シフトレンジが前進走行レンジとされている場合であっても、所定の条件(アクセル解放、フットブレーキオン、車速が所定値以下等)が成立したときは、フォワードクラッチを解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するとともに所定の変速段(具体的には2速段)を達成し、該所定の変速段の達成に伴って係合するブレーキにより車両の後退を防止するものである。そして、自動変速機の油圧制御装置を構成する所定のソレノイドバルブやシフトバルブが正常に動作しないことにより上記所定の変速段を達成することができないと判断した場合は、フォワードクラッチの解放を禁止するものである。
甲第1号証でいう「ブレーキ」は、自動変速機の構成要素の一部としてのブレーキであり、実施例では、アンダードライブ機構60を構成する2組の遊星歯車装置に共通するサンギヤ61を固定するブレーキB1がこれに該当する。また、甲第1号証でいう「フォワードクラッチ」は、前進走行を達成するために係合される自動変速機の構成要素の一部としてのクラッチであり、実施例では、オーバードライブ機構40とアンダードライブ機構60との連結状態を制御するクラッチC1がこれに該当する。
甲第1号証のクリープ防止制御装置の理解を容易にするため、図2の一部を以下に掲記する。

甲第3号証
請求人がもう一つの主引用例として提出した甲第3号証には、駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定してエンジンを停止させ、駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させるエンジン制御装置が記載されている。このエンジン制御装置によれば、駐車ブレーキをかける必要がないような極めて短い停車時はエンジンが停止しないので、頻繁な始動の電力消費がなくなり、駐車ブレーキを戻せば必ずエンジンが始動するので、坂道駐車からの発進時においてパワーステアリングやパワーブレーキ等の補助力に影響が生じることがないとされている。また、経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも、駐車ブレーキが完全に効いている場合だけエンジンを停止させるので、安全性が向上するとしている。

甲第2号証の1ないし甲第2号証の8
甲第2号証の1ないし甲第2号証の7には、アイドリングストップ装置(原動機停止装置)に関する一般的な技術事項が記載されている。
甲第2号証の4、甲第2号証の5及び甲第2号証の8には、ブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項が記載されている。

甲第4号証の1ないし甲第4号証の3
甲第4号証の1ないし甲第4号証の3には、マニュアル車でもオートマチック車でも、熟練した運転者により坂道で駐車ブレーキが適宜使用されることが記載されている。

(4)本件発明と甲第1号証並びに甲第2号証の1ないし甲第2号証の8との対比

甲第1号証のクリープ防止制御装置は、シフトレンジが前進走行レンジとされている場合であっても、所定の条件が成立したときは、フォワードクラッチを解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するとともに2速段を達成し、2速段の達成に伴って係合するブレーキにより車両の後退を防止するものであり、2速段を達成することができないと判断した場合は、フォワードクラッチの解放を禁止するものである。すなわち、クリープ防止のために実行するフォワードクラッチの解放を2速段の達成状況如何で禁止するという、自動変速機内の不具合を自動変速機内で解決した技術である。さらに、前頁に掲記した図2にあるようにクラッチC1により自動変速機内でオーバードライブ機構40とアンダードライブ機構60との連結状態を遮断しニュートラル状態を形成し得る自動変速機固有の技術に過ぎない。
本件発明の構成要件と甲第1号証のクリープ防止制御装置とを対比すると、甲第1号証のクリープ防止制御装置は、本件発明の構成要件のうち「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両」との部分を備えていると考えられるに過ぎず、それ以外の構成要件はいずれも備えていない。
本件発明は、ブレーキ液圧保持装置と原動機停止装置との関連制御に関するものであって、自動変速機の制御とは関わりがなく、甲第1号証に記載されたものとは全く異なる技術である。
請求人は、甲第1号証における「ニュートラル制御」と本件発明における「原動機停止」は、いずれも車両停止時のクリープを回避し、燃費向上に資する点で共通し、甲第1号証における「ヒルホールド用ブレーキ」(所定の変速段を形成するブレーキ)と本件発明における「ブレーキ液圧保持装置」は、いずれも坂道発進を補助する装置である点で共通するから、甲第1号証の「ニュートラル制御」を「原動機停止」に置き換え、かつ、「ヒルホールド用ブレーキ」を「ブレーキ液圧保持装置」に置き換えることは容易想到である旨主張する。
しかしながら、請求人の論理は、本件発明を知った上で、本件発明と甲第1号証との相違に関して、考え得る共通の事項を敢えて抽出し、両者を強引に結びつけようとしたものであって、いわゆる後知恵に過ぎない。本件発明の「原動機停止」は、甲第1号証の「ニュートラル制御」の上位概念でもなければ下位概念でもなく、本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」は、甲第1号証の「ヒルホールド用ブレーキ」すなわち「所定の変速段を形成するブレーキ」の上位概念でもなければ下位概念でもない。また、審判請求書9?10頁の注釈欄には「『ブレーキ液圧保持装置』は『ヒルホールドシステム』の中で比較的多く採用されている方式である」と記載されているが、何を根拠にそのようなこと(本件特許の出願前に「ブレーキ液圧保持装置」が「ヒルホールドシステム」の中で比較的多く採用されていたこと)がいえるのか不明である。
甲第1号証に接した当業者は、その技術内容をニュートラル制御と2速段の達成とが一体不可分となった自動変速機固有の技術として把握するのが必定であり、自動変速機としての技術思想を超えて、「ニュートラル制御」を「原動機停止」に置き換え、かつ、「所定の変速段を形成するブレーキ」を「ブレーキ液圧保持装置」に置き換えようとはしない。
また、甲第1号証には、エンジンの出力を調整するサブスロットル弁の開度を「エンジントルクが低減する直前の開度」とした後に、ニュートラル状態を形成してクリープ防止状態を作り出すことが記載されている(段落【0089】【0090】)。すなわち、甲第1号証のクリープ防止制御装置は、車両が停止している時でも原動機を停止させない技術であるから、甲第1号証において「ニュートラル制御」を「原動機停止」に置き換えることには阻害要因がある。
以上のことから、本件発明は、甲第1号証と甲第2号証の1ないし甲第2号証の8に示される原動機停止装置及びブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項に基づいて当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものではない。

(5)本件発明と甲第3号証との対比
甲第3号証のエンジン制御装置は、駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定してエンジンを停止させ、駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させるものである。すなわち、経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びることを想定し、駐車ブレーキが完全に効いている場合にだけエンジンを停止させ、駐車ブレーキのリリースボタンが操作されたときにエンジンを始動させるものである。
これに対して、本件発明は、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備え、ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に、原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とするものである。
本件発明の上記特徴点は、甲第3号証に開示も示唆もされていない。甲第3号証に接した当業者は、そこに記載された技術がエンジンの停止と始動を駐車ブレーキと関連付けて行うことを不可欠とするものであることを強く意識するはずである。駐車ブレーキとは関係のない本件発明を甲第3号証に記載された技術から容易想到とする請求人の主張には明らかに論理の飛躍がある。
また、甲第3号証のエンジン制御装置は、駐車ブレーキケーブルが伸びても駐車ブレーキが効くことを前提としたものであり、同証拠には、駐車ブレーキが効かない場合(故障)については何ら記載されていない。
さらに、甲第3号証には、そこに開示された発明の特徴として、「駐車ブレーキをかける必要のないような極めて短い停車時にはエンジンが停止しない」(4頁末行?5頁2行)と記載されているところ、本件発明は、ブレーキペダルの踏込みに応じたブレーキ液圧保持装置に関する技術であり、短い停車時でも原動機が停止し得る。甲第3号証のエンジン制御装置から本件発明にたどり着くには、上記特徴を放棄しなければならず、引用例としての適格性を欠くものと言わざるを得ない。
甲第2号証の4、甲第2号証の5及び甲第2号証の8には、ブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項が記載されており、また、甲第4号証の1ないし甲第4号証の3には、熟練した運転者により坂道で駐車ブレーキが適宜使用されることが記載されているが、単にそれだけのことに過ぎない。
以上のことから、本件発明は、甲第3号証、甲第2号証の4等に示されるブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項、及び甲第4号証の1等に示される知見に基づいて当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものではない。

(6)まとめ
本件発明は、甲第1号証と甲第2号証の1ないし甲第2号証の8に示される原動機停止装置及びブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項に基づいて当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものではなく、また、甲第3号証、甲第2号証の4等に示されるブレーキ液圧保持装置に関する一般的な技術事項、及び甲第4号証の1等に示される知見に基づいて当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものではない。すなわち、甲第1号証を主引用例として容易想到であるとする請求人の主張、甲第3号証を主引用例として容易想到であるとする請求人の主張のいずれも理由がない。」

第5 無効事由1についての当審の判断
1 甲第1号証に記載された発明

(1)甲第1号証の記載事項
本件特許の出願前に頒布された甲第1号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。

a 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に係り、特に、シフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても、所定の条件が成立したときには、フォワードクラッチ(前進走行を達成するために係合されるクラッチ)を解放(油圧低減による実質的解放を含む)することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止し、それと同時に所定変速段を達成することにより、該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に関する。」(段落【0001】)

b 「【0002】
【従来の技術】従来、車両用自動変速機においては、シフトレンジがドライブレンジ(Dレンジ)のような前進走行レンジに設定されていると、車速が実質的に零の場合であっても、自動変速機の歯車変速装置はニュートラルの状態にはならず、第1速段(又は第2速段)に設定されるようになっている。従って、内燃機関の出力はトルクコンバータ、歯車変速装置のフォワードクラッチを経て常に出力軸に伝達されるため、いわゆるクリープが生じ、その結果、車両を停止状態のまま維持させるためにはブレーキペダルを踏み込んだ状態に維持する必要があった。又、このときのトルクコンバータの引摺りによって燃料消費効率が悪化し、更には該トルクコンバータの作動油の温度が上昇するというような問題が発生することがあった。
【0003】このような点に鑑み、フォワードクラッチの油圧を制御するためのコントロールバルブを新たに設け、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときには、シフトレンジがたとえドライブレンジのような前進走行レンジにあったとしても、フォワードクラッチを前記コントロールバルブを介して解放又は減圧し、自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止すると共に、燃料消費効率を向上させ、併せてトルクコンバータの作動油の温度上昇を抑えるようにした技術(以下、この制御を、狭い意味での「クリープ低減制御」、あるいは「ニュ-トラル制御」と呼ぶ)が知られている(例えば特開昭63-106449号公報)。
【0004】又、このとき同時に、坂道等において車両が後退するのを防止するために、該車両の後退を阻止可能なブレーキを係合させる、いわゆる「ヒルホールド制御」を行うようにした技術が知られている(特開昭61-244956号公報)。
【0005】この場合、通常では、ヒルホールド用のブレーキとして、所定変速段、例えば2レンジ(=Sレンジ)第2速段のエンジンブレーキ形成用のブレーキを用い、当該第2速段を達成することによりヒルホールド制御を実行する構成としている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来の、ニュ-トラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機においては、何等かの原因、例えば前記の第2速段を達成する場合に「開」となるバルブ(具体例としては、例えば1-2シフトバルブあるいは2-3シフトバルブ)がスティックしたり、同バルブを制御する信号出力系統(例えばソレノイドバルブ等)に異常が生じたりして、ヒルホールド用のブレーキを確実に係合させることができない事態が生じた場合に、坂路において車両が後退する可能性がある。
【0007】このことは通常ならばニュートラル制御が成立してもしなくても後退することがなかった坂道において、この場合にはニュートラル制御が成立しなかったときは後退せず、成立したときだけ後退するという事態が発生することを意味する。
【0008】ニュートラル制御の成立条件には一般に「アクセル解放」「フットブレーキオン」のように運転者の意思に基づく条件の他に、例えば「エンジンの冷却水温が所定値以上」のような運転者がその成立を予測できないような条件も含まれている。
【0009】従ってこのような条件によってニュートラル制御の条件が成立したときには運転者の予期せぬときに車両が後退を開始することになる。
【0010】本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、坂路での後退の可能性がある場合のフェイルセーフ機能を持たせた車両用自動変速機のクリープ防止制御装置を提供することにより上記課題を解決せんとしたものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】本発明は、図1に示すように、自動変速機のシフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても、所定の条件が成立したときには、フォワードクラッチC1 を解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止すると共に、所定変速段を達成することより、該所定変速段を形成するブレーキB1 によって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置において、前記所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段と、該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合に前記フォワードクラッチの解放を禁止する手段と、を備えたことより、上記課題を解決したものである。」(段落【0002】ないし【0011】)

c 「【0059】次に、マニュアルシフトレンジが「Dレンジ」に設定されている状態下において、エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻され(アイドル接点ON)、しかも車速が零に近い所定値以下になると、クリープ低減制御及びヒルホールド制御を実行するべく、各ソレノイドバルブS1 ?S4 にそれぞれ制御指令が出される。」(段落【0059】)

d 「【0063】そして、ソレノイドバルブS2 が「ON」されることによって1-2シフトバルブ130のスプール132が上昇位置、即ち第2速、第3速、あるいはオーバードライブ段(4速)を達成する切換位置に操作されることで、ポート136にまで達したライン圧PLが、ポート138より油路316を経てブレーキB1 に供給され、ブレーキB1 が係合し、サンギヤ61(図2参照)が固定されるようになる。そのため、サンギヤ61の固定、及び一方向クラッチF2 の作用によってキャリア67が逆転阻止されていることにより、プラネタリピニオン65が逆転阻止され、それによりリングギヤ63の逆転が阻止されて、出力軸70が車両後退方向へ回転するのが阻止され、いわゆるヒルホールド制御が実行される。」(段落【0063】)

e 「【0073】即ち、まずステップ501にてソレノイドバルブS1 が正常か否かを判断し、ステップ502にてソレノイドバルブS2 が正常か否かを判断する。ソレノイドバルブS1 、S2 の故障判断は、図示しない別のルーチンで周知の方法にて行うものとする。故障の状態としては、ショート故障あるいは断線故障などがある。」(段落【0073】)

f 「【0103】
【発明の効果】以上説明したように、本発明のクリープ防止制御装置によれば、ヒルホールド用として利用する後退防止用のブレーキが係合する所定の変速段を達成できないときには、フォワードクラッチの係合圧の解除を禁止し、ニュートラル制御を行わない。したがって、ニュ-トラル制御を行うときには、必ずヒルホールド制御が実行されて車両の後退が防止され、後退のおそれがなくなる。」(段落【0103】)

(2)上記(1)及び図面の記載から分かること
g 上記(1)のaないしc及び図2の記載から、甲第1号証にはエンジン1を備えた車両が記載されていることが分かる。

h 上記(1)のaないしc(特に段落【0059】)及び図1には、マニュアルシフトレンジが「Dレンジ」に設定されている条件下において、エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻され、しかも車速が零に近い所定値以下になると、クリープ低減制御及びヒルホールド制御を実行する旨が記載されている。
したがって、エンジン1を備えた車両は、車速が零に近い所定値以下では無い場合には、エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻された場合にも、マニュアルシフトレンジが「Dレンジ」に設定されている場合は、クリープを発生させることが分かる。
また、エンジン1を備えた車両は、(マニュアルシフトレンジが「Dレンジ」に設定されている条件下において、エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻され、しかも)車速が零に近い所定値以下の場合には、クリープ低減制御を実行することが分かる。

i 上記(1)のaないしc(特に段落【0003】)及び図2の記載と上記hをあわせてみると、エンジン1を備えた車両が実行するクリープ低減制御はニュートラル制御とも呼ばれており、ニュートラル制御は、シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止する制御であることが分かる。

j 上記(1)のaないしd(特に段落【0004】ないし【0006】)及び図2の記載と、上記hをあわせてみると、エンジン1を備えた車両が実行するヒルホールド制御は、ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキを係合する制御であることが分かる。

k 上記(1)のbないしd(特に段落【0011】及び【0012】)及び図2の記載から、エンジン1を備えた車両は、所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段と、該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合にはフォワードクラッチの解放を禁止することが分かる。

(3)甲第1号証に記載された発明
したがって、上記(1)及び(2)を総合すると、甲第1号証には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1発明>
「エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻された場合にも、マニュアルシフトレンジがDレンジに設定されている場合は、クリープを発生させるエンジン1を備えた車両であって、
車速が零に近い所定値以下の場合には、シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段と、
ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキと、
を備えるエンジン1を備えた車両において、
所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段を備え、
所定変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合にはフォワードクラッチの解放を禁止するエンジン1を備えた車両。」

2 対比・判断

(1)本件発明と甲1発明との対比
本件発明と甲1発明とを対比すると、原動機付車両において、アクセルペダルの踏込みを開放すれば、エンジンのスロットル開度がアイドル開度位置まで戻ることは技術常識であるから、甲1発明における「エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻された場合にも」は、その構造及び機能又は技術的意義からみて、本件発明における「アクセルペダルの踏込み開放時にも」に相当する。
ここで、甲1発明における「マニュアルシフトレンジがDレンジに設定されている場合は」は、その構造及び機能又は技術的意義からみて、本件発明における「変速機において走行レンジが選択されている場合は」に相当し、以下同様に、「クリープを発生させる」は「原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する」に、「エンジン1を備えた車両」は「原動機付車両」にそれぞれ相当する。
加えて、甲1発明における「車速が零に近い所定値以下の場合には」は、車速が零の場合も含むものであるから、本件発明における「原動機付車両停止時」を包含する。
また、甲1発明における「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段」は、フォワードクラッチを解放することによりエンジン1から出力軸70(駆動輪)への駆動力の伝達が停止するものであるから、本件発明における「原動機を停止可能な原動機停止装置」と、「原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置」という限りにおいて一致する。
そして、甲1発明における「ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」は、本件発明における「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」と、「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」という限りにおいて一致する。
さらに、甲1発明における「所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段を備え、所定変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合にはフォワードクラッチの解放を禁止する」は、本件発明における「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」と、「ブレーキ装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ装置の故障を検出した時に原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置の作動を禁止する」という限りにおいて一致する。

したがって、本件発明と甲1発明は、
「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって、
原動機付車両停止時、原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置と、
車両の後退を阻止可能なブレーキ装置と、
を備える原動機付車両において、
ブレーキ装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ装置の故障を検出した時に原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置の作動を禁止する原動機付車両。」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点1-1>
「原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置」に関し、本件発明においては、「原動機を停止可能な原動機停止装置」であるのに対して、甲1発明においては、「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段」である点(以下、「相違点1-1」という。)。

<相違点1-2>
「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」に関し、本件発明においては、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」であるのに対して、甲1発明においては、「ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」である点(以下、「相違点1-2」という。)。

<相違点1-3>
「ブレーキ装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ装置の故障を検出した時に原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置の作動を禁止する」ことに関し、本件発明においては、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ものであるのに対して、甲1発明においては、「所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段を備え、所定変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合にはフォワードクラッチの解放を禁止する」ものである点(以下、「相違点1-3」という。)。

(2)判断
ア 周知技術について
「原動機を停止可能な原動機停止装置」という技術は、本件出願前に周知の技術である(必要ならば、甲第2号証の1ないし甲第2号証の7を参照。以下、「周知技術1」という。)。
また、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」という技術は、本件出願前に周知の技術である(必要ならば、甲第2号証の4、甲第2号証の5及び甲第2号証の8を参照。以下、「周知技術2」という。)。

イ 相違点1-1についての判断
甲1発明における、「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段」と、周知技術1である「原動機を停止可能な原動機停止装置」とは、「原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能」を有する技術である点で共通している。
しかしながら、原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能を有する技術に関し、甲1発明は自動変速機における技術であるの対し、周知技術1は原動機における技術であり、その技術分野は相違している。
また、原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能を有する技術における作動機序に関し、甲1発明はエンジン(原動機)を停止せずにニュートラル状態を形成するものであるのに対し、周知技術1は原動機を停止するものであり、その作動機序は原動機を停止せずにニュートラル状態を形成するものと原動機を停止するものとで相違している。
したがって、甲1発明における「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても、アクセルペダルが解放され、且つ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段」と、周知技術1である「原動機を停止可能な原動機停止装置」とは、技術分野及び作動機序において相違するものであり、両者を置換する動機付けは認められないから、甲1発明及び周知技術1に基づいて、相違点1-1に係る本件発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

ウ 相違点1-2についての判断
甲1発明における、「ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」と、周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは、「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」であることについては共通している。
しかしながら、車両の後退を阻止する機能を奏する技術に関し、甲1発明は自動変速機における技術であるの対し、周知技術2は液圧ブレーキにおける技術であり、その技術分野は相違している。
また、車両の後退を阻止する機能を奏する作動機序に関し、甲1発明においては所定変速段を達成するものであるのに対し、周知技術2においてはブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用するものであり、その作動機序は所定変速段の達成とブレーキ液圧の作用とで相違している。
したがって、甲1発明における「ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」と、周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは、技術分野及び作動機序において相違するものであり、両者を置換する動機付けは認められないから、甲1発明及び周知技術2に基づいて、相違点1-2に係る本件発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

エ 相違点1-3についての判断
上記イ及びウにおいて検討したように、甲1発明に周知技術1及び2を適用する動機付けは認められないから、甲1発明及び周知技術1及び2に基づいて、相違点1-3に係る本件発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

なお、請求人は、陳述要領書の第11ページ第6ないし9行において「燃費向上という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲1発明の「ニュートラル制御機構」を本件発明の「原動機停止装置」に置換することは当業者は容易に想到する」と、第11ページ第12ないし15行には「坂道等における車両の後退の防止という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換することは,当業者は容易に想到するものである」と主張している。(下線は当審において付与したものである。)
しかしながら、これを字義どおりに解釈して、甲1発明に本件発明の発明特定事項を適用した場合には、甲1発明と周知技術に基づいて本件発明を発明したことにはならず、本件発明は、甲1発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明ができたとする請求人の主張は成り立たない。このため、上記アないしエにおいて甲1発明に周知技術を適用することについての判断をしたものである。
また、甲1発明に本件発明を適用することは、本件発明を知った上での判断にほかならず、いわゆる後知恵といわざるをえないから、甲1発明及び本件発明の「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」に基づいて、本件発明を当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。
仮に、甲1発明に本件発明を適用するものであっても、上記イ及びウにおいてした検討と同様に、甲1発明の「ニュートラル制御機構」及び「ヒルホールド用のブレーキ」と本件発明の「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」とは、技術分野及び作動機序において相違するものであり、甲1発明の「ニュートラル制御機構」を本件発明の「原動機停止装置」に置換する動機付け及び甲1発明の「ヒルホールド用のブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換する動機付けはともに認められない。
したがって、甲1発明及び本件発明の「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」に基づいて、本件発明を当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

(3)小括
以上、本件発明は、甲1発明並びに周知技術1及び2に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、無効事由1によっては、本件発明を無効とすることはできない。

第6 無効事由2についての当審の判断

1 甲第3号証に記載された発明

(1)甲第3号証の記載事項
本件出願の出願前に頒布された甲第3号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。

a 「駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたものと判定する第1の手段と,該第1の手段によって判定された駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させる第2の手段とを備えたことを特徴とするエンジン制御装置。」(明細書第1ページ第4ないし10行)

b 「本考案は自動車用エンジン(主として内燃機関)の制御装置に関し,特にエンジンの停止と始動とを自動的に制御する装置に関する。
近年,信号待ちや交通渋滞時等の停車時におけるアイドリングによる燃料消費を節約し、燃費を低減するため、自動車が停止するとエンジンを停止し,発進時にエンジンを始動する装置が開発されている。」(明細書第1ページ第12ないし19行)

c 「本考案は上記のごとき従来技術の種々の問題を解決するためになされたものであり,通常の運転操作のみによって自動的にエンジンを停止,始動させ,かつ安全上も問題のないエンジン制御装置を提供することを目的とする。
上記の目的を達成するため本考案においては,駐車ブレーキの操作に応じてエンジンを停止させ駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させ,また上記駐車ブレーキが操作されたか否かは,駐車ブレーキの操作力が所定値以上であるか否かによって判定するように構成している。
上記のように構成することにより,駐車ブレーキをかける必要のないような極めて短い停車時にはエンジンが停止しないので,頻繁な始動の電力消費による燃費悪化がなくなり,また坂道の停車時にも,駐車ブレーキを戻せば必ずエンジンが始動するのでパワーブレーキ等に問題が生じるおそれもなくなる。
また駐車ブレーキが操作されたか否かを駐車ブレーキの操作力によって判定するように構成しているので,経時変化等によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合にも,駐車ブレーキが完全に効いている場合にだけエンジンを停止させることになり,安全性を向上させることが出来る。
また駐車ブレーキの操作は全く通常の運転操作であるから,操作が煩雑になるおそれもなく,更に自動変速機装備車にも適用出来る等,多くの優れた効果を得ることが出来る。」(明細書第4ページ第8行ないし第5ページ第16行)

d 「第4図の装置において,駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されていない場合は,(イ)に示すごとく,弾性体41の反力によってピストン39が図面左方に移動し,ピストン39の先端部と検出器本体37とは離れている。したがって端子43とリード線44とは,電気的に絶縁された状態すなわちスイッチがオフの状態にある。
次に駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されると,ピストン39が弾性体41を押して図面右方に移動する。そして張力が弾性体41の反力で設定された所定値すなわち駐車ブレーキが確実にかけられたときの値に達すると,図面(ロ)に示すごとく,ピストン39の先端部と検出器本体37とが接触し,スイッチがオンの状態になる。
したがって第4図の検出器がオンのとき“1”,オフのとき“0”の駐車ブレーキ信号S_(1)を出力する回路を設ければ良い。」(明細書第12ページ第5行ないし第13ページ第1行)

e 「まず時点t_(6)において駐車ブレーキが確実にかけられると,駐車ブレーキ信号S_(1)が“1”になり,ワンショットマルチバイブレータ1がトリガ信号S_(6)を出力する。そのためフリップフロップ9がセットされ,そのQ出力すなわちフュエルカット信号S_(15)が“l”になる。
フュエルカット信号S_(15)が“1”になると,図示しない燃料噴射装置が燃料供給を遮断するので,エンジンは停止する。」(明細書第17ページ末行ないし第18ページ第8行)

f 「また駐車ブレーキがかけられたか否かの判定を駐車ブレーキの操作力に基づいて行なっているので,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させるようになっている。
したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,安全性を向上させることが出来る。」(明細書第20ページ第10ないし19行)

(2)上記(1)及び図面の記載から分かること
g 上記(1)のa及びbの記載から、甲第3号証にはエンジンを備えた自動車が記載されていることが分かる。

h 上記(1)のcの記載から、エンジンを備えた自動車は、自動変速機を装備していることが分かる。

i 上記(1)のa及びbの記載から、エンジンを備えた自動車は、自動車が停止するとエンジンを停止するエンジン制御装置を備えていることが分かる。

k 上記(1)のcないしfの記載から、エンジンを備えた自動車は、駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しない駐車ブレーキを備えていることが分かる。

l 上記(1)のcないしfの記載から、エンジンを備えた自動車の駐車ブレーキは、駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備えていることが分かる。

(3)甲第3号証に記載された発明
したがって、上記(1)及び(2)を総合すると、甲第3号証には次の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲3発明>
「自動変速機を装備しているエンジンを備えた自動車であって、
自動車が停止すると、エンジンを停止するエンジン制御装置と、
駐車ブレーキを備えるエンジンを備えた自動車において、
駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備え、
駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないエンジンを備えた自動車。」

2 対比・判断

(1)本件発明と甲3発明との対比
本件発明と甲3発明とを対比すると、甲3発明における「エンジン」は、その構造及び機能又は技術的意義からみて、本件発明における「原動機」に相当し、以下同様に、「自動車」は「車両」に、「エンジンを備えた自動車」は「原動機付車両」にそれぞれ相当する。
そして、自動変速機を装備した原動機付車両において、アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達すること、すなわちクリープ制御を行うことは技術常識であり、甲3発明における「自動変速機を装備しているエンジンを備えた自動車」も当然にクリープ制御を行うものと理解するのが合理的かつ自然であるから、甲3発明における「自動変速機を装備しているエンジンを備えた自動車」は、本件発明における「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両」に相当する。
また、甲3発明における「自動車が停止すると」は、その構造及び機能又は技術的意義からみて、本件発明における「原動機付車両停止時」に相当し、以下同様に、「エンジンを停止する」は「原動機を停止可能な」に、「エンジン制御装置」は「原動機停止装置」に、それぞれ相当する。
ここで、上記1(1)のfには「駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり」と記載されているとともに、駐車ブレーキにより車両の後退を阻止することは技術常識(必要ならば、甲第4号証の1ないし甲第4号証の3を参照。)であるから、甲3発明の駐車ブレーキは車両の後退を阻止可能なものといえる。したがって、甲3発明における「駐車ブレーキ」は、本件発明における「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」と、「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」という限りにおいて一致する。
そして、甲3発明における「駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備え、駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しない」ことは、本件発明における「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ことと、「所定の条件によりブレーキ装置が作動しない場合、原動機を停止しない」ことという限りにおいて一致する。

したがって、本件発明と甲3発明は、
「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって、
原動機付車両停止時、原動機を停止可能な原動機停止装置と、
車両の後退を阻止可能なブレーキ装置と、
を備える原動機付車両において、
所定の条件によりブレーキ装置が作動しない場合、原動機を停止しない原動機付車両」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点2-1>
「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」に関し、本件発明においては、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」であるのに対して、甲3発明においては、「駐車ブレーキ」である点(以下、「相違点2-1」という。)。

<相違点2-2>
「所定の条件によりブレーキ装置が作動しない場合、原動機を停止しない」ことに関し、本件発明においては、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ことであるのに対して、甲3発明においては、「駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備え、駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しない」ことである点(以下、「相違点2-2」という。)。

(2)判断
ア 相違点2-1についての判断
甲3発明における、「駐車ブレーキ」と、周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは、「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」であることについては共通している。
しかしながら、一般的に車両において駐車ブレーキと液圧ブレーキとは別に設けられるもの、すなわち一般的に車両は駐車ブレーキと液圧ブレーキの双方を有するものであり、周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」は、駐車ブレーキと置換を行う関係にはない。
また、車両の後退を阻止する技術に関し、甲3発明は駐車ブレーキであるの対し、周知技術2は液圧ブレーキであり、その技術分野は相違している。
さらに、車両の後退を阻止する技術における作動機序に関し、甲3発明においては駐車ブレーキであるのに対し、周知技術2においてはブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用するものであり、その作動機序は駐車ブレーキとブレーキ液圧の作用とで相違している。
したがって、甲3発明における「駐車ブレーキ」と、周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは、置換を行う関係にはないとともに、技術分野及び作動機序において相違するものであり、両者を置換する動機付けも認められないから、甲3発明及び周知技術2に基づいて、相違点2-1に係る本件発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

イ 相違点2-2についての判断
上記アにおいて検討したように、甲3発明に周知技術2を適用する動機付けは認められないから、甲3発明及び周知技術2に基づいて、相違点2-2に係る本件発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

なお、請求人は、陳述要領書の第18ページ第1ないし4行において「坂道等における車両の後退の防止という機能を同じくし,且ついずれも周知技術である甲3発明の「駐車ブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換することは,当業者は容易に想到する」と主張している。(下線は当審において付与したものである。)
しかしながら、これを字義どおりに解釈して、甲3発明に本件発明の発明特定事項を適用した場合には、甲3発明と周知技術に基づいて本件発明を発明したことにはならず、本件発明は、甲3発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明ができたとする請求人の主張は成り立たない。このため、上記ア及びイにおいて甲3発明に周知技術を適用することについての判断をしたものである。
また、甲3発明に本件発明を適用することは、本件発明を知った上での判断にほかならず、いわゆる後知恵といわざるをえないから、甲3発明及び本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に基づいて、本件発明を当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。
仮に甲3発明に本件発明を適用することが、本件発明を知った上での判断ではないとしても、上記アにおいてした検討と同様に、甲3発明の「駐車ブレーキ」と本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」とは、置換を行う関係にはないとともに、技術分野及び作動機能において相違するものであり、甲3発明の「駐車ブレーキ」を本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に置換する動機付けも認められない。
したがって、甲3発明及び本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」に基づいて、本件発明を当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

(3)小括
以上、本件発明は、甲3発明及び周知技術2に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、無効事由2によっては、本件発明を無効とすることはできない。

第7 むすび

以上のとおりであって、請求人が主張する無効理由はいずれも理由がないから、本件発明の特許は、無効とすることができない。

また、他に本件発明の特許を無効とすべき理由を発見しない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第64条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-08-02 
結審通知日 2016-08-04 
審決日 2016-08-18 
出願番号 特願平10-370250
審決分類 P 1 123・ 121- Y (B60K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関 義彦  
特許庁審判長 中村 達之
特許庁審判官 松下 聡
梶本 直樹
登録日 2001-06-08 
登録番号 特許第3196076号(P3196076)
発明の名称 原動機付車両  
代理人 大内 秀治  
代理人 井上 裕史  
代理人 宮寺 利幸  
代理人 田上 洋平  
代理人 関口 亨祐  
代理人 松本 司  
代理人 仲宗根 康晴  
代理人 冨田 信雄  
代理人 千馬 隆之  
代理人 千葉 剛宏  
代理人 坂井 志郎  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ