• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21C
管理番号 1330081
異議申立番号 異議2016-700989  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-10-13 
確定日 2017-06-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5904238号発明「転炉における溶銑の脱燐処理方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5904238号の明細書を訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。 特許第5904238号の特許請求の範囲の請求項1、2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5904238号の特許請求の範囲の請求項1、2に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成26年 7月25日(優先権主張 平成25年 7月25日)に特許出願され、平成28年 3月25日に特許の設定登録がされ、その後、本件特許に対し、特許異議申立人である新日鐵住金株式会社(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成28年12月19日付けで当審から取消理由が通知され、平成29年 2月15日付けで特許権者から意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、平成29年 2月20日付けで当審から申立人に対し通知書を送付し期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人からは応答がなかった。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。
願書に添付した明細書の段落【0049】の「ここで、(1)式を用いて塩基度を計算する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これらの迅速に滓化する媒溶剤のみからスラグ組成を計算することにより、液相スラグの組成をより正確に把握でき、より確実な脱燐反応の制御が可能となる。脱珪期における塩基度を算出する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量、より望ましくは1300℃での液相比率が50%以上となるプリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これにより炉内に残留していた前チャージスラグからの復燐をより確実に防止できる。」という記載を、「ここで、(1)式を用いて塩基度を計算する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これらの迅速に滓化する媒溶剤のみからスラグ組成を計算することにより、液相スラグの組成をより正確に把握でき、より確実な脱燐反応の制御が可能となる。」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項、及び新規事項追加の有無
(1)訂正の目的の適否、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正前の願書に添付した明細書の段落【0048】では、「塩基度=[(算出時点までの添加CaO量(kg/溶銑-ton)]÷[(算出時点までの生成SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)+算出時点までの添加SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)]…(1)」と(1)式が定義されているところ、同明細書の段落【0049】の前半部分には、「ここで、(1)式を用いて塩基度を計算する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これらの迅速に滓化する媒溶剤のみからスラグ組成を計算することにより、液相スラグの組成をより正確に把握でき、より確実な脱燐反応の制御が可能となる。」と記載されており、かかる前半部分の記載では、(1)式中の添加CaO量を算出する時期は何ら特定されていないから、脱珪期を含む全ての時期において、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出するものであるといえる。
一方、同明細書の段落【0049】の後半部分には、「脱珪期における塩基度を算出する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量、より望ましくは1300℃での液相比率が50%以上となるプリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これにより炉内に残留していた前チャージスラグからの復燐をより確実に防止できる。」と記載されるとおり、(1)式中の添加CaO量を算出する時期が脱珪期であることが特定されており、その上で、プリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いることが望ましいとされているから、かかる後半部分の記載によれば、脱珪期においては、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出するものであるといえる。
そうすると、脱珪期においては、(1)式中の添加CaO量を算出する方法が上記前半部分と後半部分の記載とでは異なるから、特許請求の範囲の請求項1に記載された「炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」を一義的に特定することができず、請求項1及びこれを引用する請求項2の記載は明確でない。
本件訂正請求による訂正は、以上を踏まえてされたものであり、訂正前の願書に添付した明細書の段落【0049】の後半部分の記載を削除することで、(1)式中の添加CaO量を算出する時期にかかわらず、その算出に、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いることが望ましいことを明確にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、本件訂正請求による訂正によって、特許請求の範囲の請求項1に記載された「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」の算出に際し、脱珪期においては、上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量を含めなくてもよいという解釈が排除されることになり、請求項1を引用する請求項2についても同様であるから、本件訂正請求による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、一群の請求項に対して請求されたものである。

(2)新規事項追加の有無
訂正前の願書に添付した明細書の段落【0044】には、「スラグ19の組成がSiO_(2)の飽和領域にならないように、スラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))を調整する方法としては、上吹きランス5から供給する脱燐用媒溶剤20の量を脱燐処理の初期(脱珪期)に多くし、脱珪期を超えた以降は少なくする方法・・・などを用いることができる。」と記載されるとおり、上記記載には、「脱珪期を超えた以降」においても、「スラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」の算出に「上吹きランス5から供給する脱燐用媒溶剤20」に含有されるCaO量を用いることが記載されている。
また、同明細書の段落【0060】には、本発明例である試験番号4の実施例について、「試験番号4では、脱燐精錬開始後に生石灰の吹き込み量を多くしたことと、処理前の溶銑中珪素濃度が比較的低かったことから、レススラグ精錬滓を使用しないにも拘わらず、炉内スラグの塩基度は脱燐処理期間の全期間で0.80以上であった。」と記載されており、上記「生石灰」については、「CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤として生石灰(CaO純分=約95質量%)を使用し、この生石灰を上吹きランスを介して火点に添加し」(同明細書の段落【0053】)とあるとおり、上吹きランスを介して添加したものであるから、同明細書の段落【0060】には、スラグの塩基度の算出に際し、「脱燐処理期間の全期間」にわたって上吹きランスを介して添加された生石灰に含有されるCaO量を用いることが記載されている。
以上によれば、訂正前の段落【0049】の後半部分の記載を削除することで、脱燐処理期間の時期にかかわらず、スラグの塩基の算出に、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いることが望ましいことを明確にする本件訂正請求による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、新規事項の追加に該当するものではない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の段落【0049】について訂正を認める(以下、本件訂正請求によって訂正された明細書を「本件訂正明細書」という。)。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明の概要
本件特許の特許請求の範囲の請求項1、2に係る発明(以下、「本件発明1、2」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
転炉内の溶銑に上吹きランスから酸素ガスを吹き付けるとともに、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤を転炉内の溶銑に供給し、前記酸素ガスによって溶銑中の燐を酸化し、生成した燐酸化物を滓化した前記脱燐用媒溶剤中に取り込むことにより溶銑中の燐を除去する脱燐処理方法において、
前記脱燐用媒溶剤の少なくとも一部を前記上吹きランスから転炉内の溶銑浴面に向けて吹き付け添加し、且つ、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満とし、炉内に供給される酸素ガスのうちで脱珪反応に使用される分を除いた酸素ガスを脱珪外酸素量(kg/溶銑-ton)と定義したとき、上吹きランスから溶銑浴面に吹き付け添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量(kg/溶銑-ton)と、前記脱珪外酸素量との比(CaO量/脱珪外酸素量)が0.6以上0.9以下になるように、脱珪外酸素量に応じて上吹きランスから吹き付け添加する脱燐用媒溶剤の添加量を調整することを特徴とする、転炉における溶銑の脱燐処理方法。
【請求項2】
脱燐処理の開始後から、炉内の溶銑が、溶銑中珪素濃度が0.01質量%となるまで脱珪される以前に、炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))を高めるためのプリメルトの脱燐用媒溶剤を転炉内に供給することを特徴とする、請求項1に記載の転炉における溶銑の脱燐処理方法。」

2 取消理由の概要
平成28年12月19日付けで当審から特許権者に通知した取消理由の内容は以下のとおりである。
「第3 取消理由

(実施可能要件)この特許は、発明の詳細な説明の記載が下記(1)、(2)の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
(明確性要件)この特許は、特許請求の範囲の記載が下記(2)の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。



(1)請求項1、2について
本件特許の請求項1に係る発明において、「炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満」とする方法が明確でないことから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。その理由は、特許異議申立書第5頁第18行から第13頁最終行までに記載のとおりである。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)請求項1、2について
本件特許の請求項1に係る発明において、「炉内スラグの塩基度」を計算する際のCaO量が明確でないことから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。また、本件特許の請求項1に係る発明における「炉内スラグの塩基度」は不明確である。その理由は、特許異議申立書第14頁第1行から第15頁第22行までに記載のとおりである。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2に係る特許は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

3 当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由(特許法第36条第4項第1号、同条第6項第2号)について
ア 本件発明において、「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」する方法が明確でない点(特許法第36条第4項第1号)について
(ア)本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」する方法に関し、本件訂正明細書には以下の事項が記載されている。
「【0025】
・・・このスラグ19の塩基度が最も低下する時期は、厳密には、CaO添加速度とSiO_(2)生成速度との比が、脱珪反応の停滞に伴って増大し、スラグ19の塩基度と等しくなる時点となる。しかし、溶銑の脱燐処理では、溶銑18に含有される珪素が優先的に酸化されることから、つまり脱珪反応が優先的に起こることから、SiO_(2)生成速度は脱珪反応が終了する直前に急激に低下するので、脱燐処理でスラグ19の塩基度が最も低下する時期は、溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化された時点となる。・・・」
「【0047】
脱燐処理中のスラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))は、下記の(1)式に基づいて計算することができる。
【0048】
塩基度=[(算出時点までの添加CaO量(kg/溶銑-ton)]÷[(算出時点までの生成SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)+算出時点までの添加SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)]…(1)
尚、算出時点までの生成SiO_(2)量は、脱燐処理前の溶銑中珪素濃度及び脱燐処理中の酸素供給量から、経験的に把握される脱珪酸素効率を用いて算出でき、算出時点までの添加SiO_(2)量は、プリメルト脱燐用媒溶剤などの添加物に含まれるSiO_(2)量から算出できる。
【0049】
ここで、(1)式を用いて塩基度を計算する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これらの迅速に滓化する媒溶剤のみからスラグ組成を計算することにより、液相スラグの組成をより正確に把握でき、より確実な脱燐反応の制御が可能となる。」

(イ)上記(ア)の記載によれば、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値」は、溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化された時点であり(段落【0025】)、その時点における塩基度は(1)式で計算され(段落【0048】)、(1)式において、「算出時点までの添加CaO量」は、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく(段落【0049】)、「算出時点までの生成SiO_(2)量」は、脱燐処理前の溶銑中珪素濃度及び脱燐処理中の酸素供給量から、経験的に把握される脱珪酸素効率を用いて算出でき(段落【0048】)、「算出時点までの添加SiO_(2)量」は、プリメルト脱燐用媒溶剤などの添加物に含まれるSiO_(2)量から算出できる(段落【0048】)とされるところ、本件訂正明細書には、(i)溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化された時点をどのようにして見極めるのか、及び、(ii)「算出時点までの生成SiO_(2)量」の算出に際し、どのようにして脱燐処理前の溶銑中珪素濃度及び脱燐処理中の酸素供給量から脱珪酸素効率を経験的に把握するのか、については、明示的な記載はされていない。

(ウ)上記(i)、(ii)に関し、本件特許の出願日前に頒布された刊行物である特許第5386972号公報(乙第1号証。以下、「乙1」ということがある。)には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
溶銑の脱珪脱りん処理を行うに際し、粒径1mm以下の微粉CaO源を用い、上吹き酸素とともに吹き付けを行う方法と、直接溶銑中に吹き込む方法とを併用することにより前記CaOの供給量を制御して、脱りん処理後の塩基度を1.8?2.2とし、処理開始2分後の塩基度を1.0?1.4、処理開始5分後の塩基度を1.4?1.8とすることを特徴とする溶銑の脱珪脱りん方法。」
「【0017】
図1は、本願発明を実施するに好適な設備の概要を示す。転炉1に冷鉄源11を装入し、更に溶銑2を装入する。次に、酸素ガスを上吹きしながら、底吹き羽口よりCaO源を吹き込む。更に、上吹きランスからCaO源を上吹きする。脱りん中期以降、必要に応じて、炉上ホッパーからCaO源、あるいは鉄鉱石等の冷却材、精錬剤を投入する。
【0018】
脱珪速度は、一般に、溶銑側の物質移動律速であることが分かっているので、(2)式で表され、また、(2)式の脱珪速度定数K_(Si)の値は、底吹き攪拌力と上吹き攪拌力が同一であれば、一定となるので、溶銑中の珪素濃度の経時変化を予め複数のチャージで調査すれば、K_(Si)を求めることができる。一般には、底吹き攪拌力、上吹き攪拌力ともに、設備条件としてほぼ一定で行われるので、一度測定すれば、K_(Si)が大きく変わることは無い。処理前の珪素濃度[%Si]initialは通常、分析されて既知であるので、(2)式で処理中の任意の時刻における珪素濃度[%Si]が推定できる。
[%Si]=[%Si]initial exp(-K_(Si) t) (2)
ここに、K_(Si):脱珪反応速度定数(1/min)、t:処理開始からの時間(min)、
[%Si]initial:処理前の溶銑中の珪素濃度(重量%)、[%Si]:処理開始後t分後の溶銑中の珪素濃度(重量%)である。」
「【図1】



(エ)上記(ウ)の記載によれば、転炉において溶銑の脱珪脱りん処理を行うに際し、処理開始後t分後の溶銑中の珪素濃度(重量%)である脱珪速度[%Si]は、溶銑側の物質移動律速であることが分かっているため、(2)式で表されるところ、一般には、底吹き攪拌力、上吹き攪拌力ともに、設備条件としてほぼ一定で行われ、このように、底吹き攪拌力と上吹き攪拌力が同一であれば、(2)式における脱珪速度定数K_(Si)の値は一定となるため、溶銑中の珪素濃度の経時変化を予め複数のチャージで調査すれば、K_(Si)の値を求めることができ、このようにしてK_(Si)の値を求めることができれば、処理前の溶銑中の珪素濃度(重量%)である[%Si]initialは、通常、既知であるため、(2)式で任意の時刻tにおける溶銑中の珪素濃度(重量%)が推定できることになる。そして、以上のことは、本件特許の出願時において、当業者の技術常識であると認められ(申立人も争っていない。)、当業者であれば、本件発明に対しても同様に成り立つことを理解するものと認められる。

(オ)そうすると、当業者であれば、本件発明の実施に際し、転炉における底吹き攪拌力、上吹き攪拌力等の条件を脱燐処理に用いる一定値に設定した上で、溶銑中の珪素濃度の経時変化を予め複数のチャージで調査して、上記転炉及び条件における(2)式のK_(Si)を経験的に算出することができ、そうすれば、(2)式に基づいて溶銑中の珪素濃度がおよそ0.01質量%となる時刻tを算出することができ、さらに、当該時刻tまでに消費された珪素量と供給された酸素量に基づいて脱珪酸素効率を算出することもできるから、上記技術常識によれば、上記(イ)の(i)、(ii)のいずれについても、実施可能であるものと認められる。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」することについて、当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(カ)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書第5頁第18行?第13頁最終行において、本件特許の出願日前に頒布された刊行物である特開平11-323420号公報(甲第2号証。以下、「甲2」ということがある。他の甲号証についても同様。)及び特開2013-136831号公報(甲3)に基づいて、転炉において溶銑の脱燐処理を行う場合、脱珪酸素効率や溶銑中の珪素濃度の変動幅は大きく、当業者は、どのようにして本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」するのかを理解できないから、発明の詳細な説明の記載は、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」することについて、当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものではないと主張するので、この点について検討する。
a 甲2の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
「【0003】製銑工程および/または製鋼工程の予備処理での溶銑脱珪技術は広く用いられているが、溶銑〔Si〕が低下するに従い反応効率が低下することは広く知られている。・・・」
「【0012】
【発明の実施の形態】本発明の脱珪反応について説明する。本発明者らは、多数の実験結果から、低Si域まで効率的に脱珪するには、スラグ塩基度を増大させることと、酸素供給速度を増大させることが重要であることを見出した。一般に、脱珪反応は下記(1)式で記載され、その反応速度:Kは(2)式で与えられる。また、脱珪をするために酸化鉄や酸素ガスを酸素源として溶銑に供給すると、脱珪と同時に脱炭反応が進行する。
【0013】
〔Si〕+2(FeO)=(SiO_(2))+2Fe ……(1)
K=d〔Si〕/dt=(kA/V)×(〔Si〕-〔Si〕_(0))
……(2)
ここで、kは総括物質移動係数、Aは反応界面積、Vは溶鋼体積であり、〔Si〕_(0)は溶銑中〔Si〕の平衡値であるが、脱珪反応の場合はゼロと近似できる。また、kはメタル側の物質移動係数;km、スラグ側の物質移動係数;ks、分配比;L(=(Si)_(0)/〔Si〕_(0))を用いて(3)式で表わされる。ここで、(Si)_(0)はスラグ中(Si)の平衡値である。
【0014】
1/k=1/km+1/(L×ks) ……(3)
脱珪反応の初期の高Si域では・・・(3)式のLが大きく、kはメタル側の物質移動係数kmに支配されている。
【0015】しかし、低〔Si〕域になると・・・このkが小さくなる・・・。
【0016】本発明者らは、低〔Si〕域での総括物質移動係数kを増大せしめる方法として本発明をなし、塩基度と全酸素供給速度の適正制御によってこれを実現した。つまり、塩基度を適正に制御することで融点が低く、かつ、粘性の低いスラグとし、全酸素供給速度を制御することで、脱炭反応を適正に進行させ、脱炭時に発生するCOガスでスラグを攪拌してkを増大させるものである。図1、図2に実験結果を示す。・・・
【0017】尚、図1、図2における脱珪効率は下記(4)式で示される脱珪酸素効率であり、この場合、処理前〔Si〕は0.35?0.45%、処理後〔Si〕は0.07?0.14%の処理としたものである。
脱珪効率=(処理前〔%Si〕-処理後〔%Si〕)
×11.42×100/酸素原単位(kg/t) ……(4)
・・・」




b 上記aによれば、甲2の図1、2における脱珪効率(脱珪酸素効率)には、スラグ塩基度(図1)、全酸素供給速度(図2)が同一の値の場合であっても、10%程度のばらつきが生じていることが認められる。
しかし、上記(ウ)の乙1の段落【0018】に記載されるとおり、脱珪速度は、溶銑側の物質移動律速であって、溶銑の撹拌条件に大きく影響を受けると考えられるところ、甲2には、図1、2の結果を導く際の溶銑の撹拌条件についての記載はなく、図1、2の結果が撹拌条件を一定にして導かれたものということはできないのに対し、本件発明では、上記(ウ)?(オ)で検討したとおり、本件特許の出願時における当業者の技術常識によれば、底吹き攪拌力、上吹き攪拌力ともに、設備条件としてほぼ一定で行われたものであると認められるから、甲2の図1、2における脱珪効率(脱珪酸素効率)に10%程度ののばらつきが生じることは、本件発明において「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」することができないことの根拠とはならない。

c 甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
上吹きランスから酸素ガスを供給するとともに底吹き羽口から攪拌用ガスを吹き込んで予め脱珪処理されていない溶銑を転炉にて脱珪処理し、その後、脱珪処理で生成したスラグを転炉から排出し、スラグの排出後、引き続いて脱燐処理して溶銑を予備処理するにあたり、
脱珪処理中に、上吹きランスからの酸素ガス流量、精錬中の排ガスの組成、排ガスの流量、副原料投入量及び溶銑成分から酸素バランスを逐次計算することにより求められる不明酸素量に基づいて炉内スラグ中のFeO濃度を推定し、
推定したFeO濃度の推移に照らし合わせて、上吹きランスからの酸素ガス流量、上吹きランスのランス高さ、底吹き羽口からの攪拌用ガス流量の3種のうちの少なくとも何れか1種を調整し、この調整により、脱珪処理開始時から9分間経過する時点までに、炉内スラグのFeO濃度を3.0?30質量%の範囲に調整し、
その後、一旦前記上吹きランスからの酸素ガスの供給を中断して炉内スラグの少なくとも一部を転炉から排出し、炉内スラグの排出後、上吹きランスからの酸素ガスの供給を再開して脱燐処理を行うことを特徴とする、転炉における溶銑の予備処理方法。」
「【請求項5】
脱珪処理では、スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が0.8?1.2となるように、粒径1mm以下のCaO含有物質を、炉内で生成するSiO_(2)量に応じて、前記上吹きランスを介して酸素ガスとともに溶銑に吹き付け添加し、且つ、脱燐処理では、スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が1.0?1.8の範囲内となるように、粒径1mm以下のCaO含有物質を、炉内で生成するSiO_(2)量に応じて、前記上吹きランスを介して酸素ガスとともに溶銑に吹き付け添加することを特徴とする、請求項1ないし請求項4の何れか1項に記載の転炉における溶銑の予備処理方法。」
「【0011】
・・・脱珪処理後に中間排滓する場合には、脱珪処理の終了時点を正しく判定する必要があるが、脱珪処理時に供給される酸素ガスは、脱珪反応(Si+2O→SiO_(2))のみに供されるものではなく、溶銑中の炭素とも反応(C+O→CO)する。また、鉄鉱石などの固体酸素源も、脱珪反応以外に脱炭反応に寄与しており、従って、脱珪処理時に投入する酸素源の供給量だけからは、溶銑中の珪素濃度は推定できず、脱珪処理の終了時点を判定するのが困難である。」
「【0052】
試験では、CaO含有物質19として生石灰を使用し、生石灰の添加条件として以下の2水準で実施した。即ち、脱珪処理及び脱燐処理において、使用するCaO含有物質19の全量を副原料投入装置から上置き供給する場合(添加条件1)と、使用するCaO含有物質19の全量を上吹きランス2から吹き付け供給する場合(添加条件2)の2水準とした。」
「【0054】
脱珪処理及び脱燐処理の操業条件を表1に・・・示す。
【0055】
【表1】


「【0057】
図2に、添加条件1及び添加条件2において、中間排滓時でのスラグ中FeO濃度と中間排滓後の溶銑中珪素濃度との関係を調査した結果を示す。・・・」
「【0068】
上吹きランス2からの酸素ガス流量を増加すると所謂「ハードブロー」になり、供給する酸素ガスは溶銑中の珪素及び炭素との反応に費やされてFeOの生成が少なくなる・・・。逆に、上吹きランス2からの酸素ガス流量を低下すると所謂「ソフトブロー」になり、供給する酸素ガスと溶銑自体(鉄)との反応が起こりスラグ中のFeO濃度は上昇する。」
「【図2】



d 上記cによれば、甲3の図2における中間排滓後の溶銑中Si濃度(質量%)は、中間排滓時のスラグ中FeO濃度(質量%)が同一の値の場合であっても、最大で0.1%程度のばらつきが生じていることが認められる。
しかし、上記(ウ)の乙1の段落【0018】に記載されるとおり、脱珪速度は、溶銑側の物質移動律速であって、溶銑の撹拌条件に大きく影響を受けると考えられるところ、甲3の段落【0055】に記載の表1には、「上吹き送酸速度(Nm^(3)/hr)」を「20000?60000」、「底吹きガス流量(Nm^(3)/hr)」を「400?2000」と、撹拌条件を変動させた操業条件が記載されており、図2の結果が撹拌条件を一定にして導かれたものということはできないのに対し、本件発明では、上記(ウ)?(オ)で検討したとおり、本件特許の出願時における当業者の技術常識によれば、底吹き攪拌力、上吹き攪拌力ともに、設備条件としてほぼ一定で行われたものであると認められるから、甲3の図2における中間排滓後の溶銑中Si濃度に最大で0.1%程度のばらつきが生じることは、本件発明において「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」することができないことの根拠とはならない。

e 以上のとおり、甲2及び甲3に基づく申立人の上記主張は根拠を欠くものであるから、これを採用することはできない。

イ 本件発明において、「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」を算出する際のCaO量が明確でない点(特許法第36条第4項第1号、同法同条第6項第2号)について
上記「第2」「2」「(1)」にあるとおり、訂正前の願書に添付した明細書の段落【0049】の記載によれば、脱珪期においては、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量を含めても含めなくてもよいということになるから、同明細書の段落【0049】の記載は不明瞭であった。
そのため、訂正前の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載では、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」を算出する際のCaO量を特定することができず、また、これに伴って、本件発明の「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」の記載内容も不明確であった。
しかし、本件訂正請求による訂正によって、段落【0049】の後半部分の記載が削除され、(1)式中の添加CaO量を算出する時期にかかわらず、その算出に、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いることが望ましいことが明確となったから、上記の記載不備は解消した。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」を算出する際のCaO量について、当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものであり、また、本件発明における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))」という記載も明確である。

ウ 以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるということはできない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由(特許法第29条第1項第3号、同条第2項)について
ア 本件特許の出願の優先日前に頒布された刊行物である特開2011-12286号公報(甲1)には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
上底吹き転炉型精錬容器においてCaF2含有物質を使用せずにCaO含有粉体をランスから酸素含有ガスとともに上吹きして溶銑に対して脱りん処理する、溶銑の脱りん方法において、
前記溶銑のSi濃度が0.3質量%以上であり、
前記CaO含有粉体中の純CaOとしての上吹き速度と前記酸素含有ガス中の純酸素ガスとしての質量流量の比を下記式で示す範囲内に調整することを特徴とする、溶銑の脱りん方法。
0.56+0.5×[Si]<CaO/O<0.56+1.5×[Si]
ここで、上式中の各記号は下記の諸量を意味する。
CaO:溶銑1トンあたりの、CaO含有物質粉体中の純CaOとしての上吹き速度(kg/min)
O:溶銑1トンあたりの、酸素含有ガス中の純酸素ガスとしての質量流量(kg/min)
[Si]:処理前溶銑のSi濃度(質量%)
【請求項2】
脱りん吹錬前または脱りん吹錬開始時にAl_(2)O_(3)含有物質を添加し、脱りん吹錬処理後のスラグ中のAl_(2)O_(3)濃度を2.0質量%以上10.0質量%未満とすることを特徴とする、請求項1に記載の溶銑の脱りん方法。」
「【0007】
溶銑に吹き付けるCaO源と酸素源の混合比率については、特許文献2においてフラックスを構成する生石灰の重量と酸化鉄および/または酸素ガスの酸素換算重量の和の比であるCaO/Oとして記載され、特許文献3において気体酸素とCaOの供給速度の比として記載されている。」
「【0010】
・・・特許文献2や特許文献3に記載されているCaO源と酸素源の吹き付け方法では、溶銑中Si濃度が高い場合には、脱珪反応が脱りん反応よりも優先され、脱珪反応が終了するまで脱りん反応が進みにくいという問題点があった。
【0011】
また、これまでは、溶銑の脱りん処理は、脱珪処理を行った後に行う方が良いと一般的に考えられてきた。脱珪処理を行った溶銑に対して脱りん処理を行う脱りん方法は、例えば、特許文献4や特許文献5に記載されている。
【0012】
しかし、溶銑に脱珪処理を行った後に脱りん処理をすることとすると、溶銑から溶鋼への精錬工程におけるプロセス数が増えて製造コストが増加する問題が生じる。製造コストの増加を抑制するには、1プロセスで脱珪処理と脱りん処理を行うことが望まれる。」
「【0017】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、上底吹き転炉型精錬容器において、CaF2含有物質を用いず、広範なSi濃度の溶銑について、脱珪処理を行うと同時に高効率で脱りん処理を行うことが可能な溶銑の脱りん方法を提供することを目的とする。」
「【0053】
スラグによる脱りん効率を向上させるには、Al_(2)O_(3)含有物質を脱りん処理前、または脱りん処理開始時に溶銑の浴面上を覆っているスラグ中に添加し、脱りん処理後にスラグ中のAl_(2)O_(3)濃度を2.0質量%以上10.0質量%未満とすればよい。ここで、Al_(2)O_(3)含有物質とは、Al_(2)O_(3)を5質量%以上含有する物質を意味する。」
「【0060】
生石灰粉は、CaO濃度が約97質量%のものを用いた。生石灰粉の粒径は1mm以下であった。上吹きランスから吹き付ける純酸素の流量(溶銑1トンあたりの送酸速度)は、脱りん処理中は2.0?4.0Nm^(3)/min/tの範囲で一定とした。上吹きランスから吹き付ける純酸素と生石灰粉のCaO/O比も、脱りん処理中は0.72?1.78の範囲で一定とした。脱りん処理時間は、4.5?12分の範囲とした。
【0061】
表1には試験番号1?17の試験について、脱りん処理前の溶銑のSi濃度およびP濃度、溶銑1トンあたりの送酸速度、CaO/O比、溶銑1トンあたりの造塊スラグの添加量、ならびに脱りん処理時間を示す。
【0062】
【表1】


「【0064】
また、本発明例の一部の試験(試験番号7?11)では、上吹きランスから純酸素と生石灰粉を共に溶銑に吹き付ける前に、転炉内の溶銑上に、造塊スラグとしてAl_(2)O_(3)含有物質を添加した。Al_(2)O_(3)含有物質としては、Al_(2)O_(3)を17質量%、CaOを44質量%、SiO_(2)を9質量%含有する造塊スラグを用いた。」

イ 申立人は、特許異議申立書第15頁第23行?第22頁第25行において、甲1には、本件発明1における「脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満と」すること(以下、「発明特定事項1」という。)、及び、「炉内に供給される酸素ガスのうちで脱珪反応に使用される分を除いた酸素ガスを脱珪外酸素量(kg/溶銑-ton)と定義したとき、上吹きランスから溶銑浴面に吹き付け添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量(kg/溶銑-ton)と、前記脱珪外酸素量との比(CaO量/脱珪外酸素量)が0.6以上0.9以下になるように、脱珪外酸素量に応じて上吹きランスから吹き付け添加する脱燐用媒溶剤の添加量を調整すること」(以下、「発明特定事項2」という。)のそれぞれに相当する事項は、明示的には記載されていないものの、甲4の計算結果によれば、溶銑中の珪素濃度が0.01質量%となった時点を最小塩基度とした場合に、表1の試験番号1の本発明例では、脱酸素効率を50%、35%と仮定すると、最小塩基度が、それぞれ0.81、1.16となって発明特定事項1を充足し(ただし、脱酸素効率を65%、20%と仮定した場合は、発明特定事項1を充足しない。)、試験番号7の本発明例では、脱珪酸素効率を65%、50%と仮定すると、最小塩基度が、それぞれ0.83、1.00となって発明特定事項1を充足し(ただし、脱酸素効率を35%、20%と仮定した場合は、発明特定事項1を充足しない。)、試験番号8の本発明例では、脱珪酸素効率を65%、50%と仮定すると、最小塩基度が、それぞれ1.00、1.17となって発明特定事項1を充足し(ただし、脱酸素効率を35%、20%と仮定した場合は、発明特定事項1を充足しない。)、さらに、上記試験番号1、7、8の本発明例は、いずれも発明特定事項2を充足するから、本件発明1は新規性又は進歩性を欠き、本件発明2についても同様であると主張する。

ウ しかし、甲4の計算結果における65%、50%、35%、20%という脱珪酸素効率は仮定に基づくものであって、甲1の表1に記載された各発明例にそのまま妥当するとはいえないから、本件発明が新規性を欠くという申立人の主張を採用することはできない。
また、甲1には、上記イの本件特許発明における発明特定事項1、2に相当する事項については、記載も示唆もされていないから、本件発明は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということもできない。したがって、本件発明が進歩性を欠くという申立人の主張についても、これを採用することはできない。

エ 以上のとおり、申立人の主張はいずれも根拠を欠くものであるから、これを採用することはできない。

第4 結論
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
転炉における溶銑の脱燐処理方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、上吹きランスから転炉内の溶銑に酸素ガスを吹き付けて行う溶銑の脱燐処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高炉及び転炉を備えた銑鋼一貫製鉄所においては、コスト面及び品質面で有利であることから、転炉での脱炭精錬の前に溶銑に対して予備処理として脱燐処理(「予備脱燐処理」ともいう)を実施し、予め溶銑中の燐を除去する精錬方法が広く行われている。これは、脱燐反応は精錬温度が低いほど熱力学的に進行しやすく、つまり、溶鋼段階よりも溶銑段階の方が脱燐反応は進行しやすく、少ない精錬剤で脱燐精錬を行うことができることに基づいている。
【0003】
この溶銑の脱燐処理は、生石灰などのCaOを主成分とする脱燐用媒溶剤を添加し、且つ、酸素ガスや酸化鉄などの酸素源を脱燐剤として添加し、脱燐剤(酸素源)で溶銑中の燐を酸化し、生成した燐酸化物(P_(2)O_(5))を、脱燐用媒溶剤の滓化によって形成されるスラグ中に3CaO・P_(2)O_(5)(「Ca_(3)(PO_(4))_(2)」とも記す)なる安定形態の化合物として固定するという方法で行われている。つまり、使用する脱燐用媒溶剤はCaOを含有することが必須条件となる。
【0004】
このように、溶銑の脱燐処理においてはスラグ中のCaOが重要な役割を担っており、それゆえ、溶銑の脱燐処理において、生成するスラグのCaO含有量を特定して脱燐効率を高めることを目的とする多くの提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、転炉形式の炉を用いて、実質的にフッ素を含有しない脱燐用媒溶剤を使用して溶銑を脱燐処理する際に、脱燐処理後のスラグ中のCaOとSiO_(2)との質量濃度比で定義されるスラグ塩基度を2.5以上3.5以下とし、且つ脱燐処理後の溶銑温度を1320℃以上1380℃以下にするとともに、全吹錬時間の60%が経過する前から吹錬終了まで、底吹きガス流量を溶銑1トンあたり0.18Nm^(3)/min以下に保つことにより、脱燐処理後のスラグ中T.Fe濃度を5質量%以上として脱燐処理する方法が提案されている。
【0006】
特許文献2には、脱燐用媒溶剤の添加と酸素ガスの上吹き及び底吹き攪拌とを行って溶銑を脱燐処理する際に、底吹き攪拌動力が1.0kW/t以上、処理後のスラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が0.6以上2.5以下となり、処理終点温度が1250℃以上1400℃以下となるように、投入する脱燐用媒溶剤量及び/または底吹きガス量を調整して脱燐処理を行う方法が提案されている。
【0007】
また、特許文献3には、転炉内の溶銑に対してCaO源を主体とする脱燐用媒溶剤を添加し、上吹きランスから溶銑浴面に酸素ガスの吹き付けを行う脱燐処理方法において、上吹きランスからの酸素ガスの供給速度を1.5?5.0Nm^(3)/min/溶銑-tonとするとともに、前記脱燐用媒溶剤のうちの少なくとも一部が、酸素ガスの吹き付けによって溶銑浴面に生じる火点に吹き付けられるように、上吹きランスから粉粒状の脱燐用媒溶剤を溶銑浴面に吹き付け、且つ、処理後のスラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が1.0以上2.5未満となるように調整して脱燐処理する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】 特開2008-106296号公報
【特許文献2】 特開平7-70626号公報
【特許文献3】 特開2008-266666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1?3に提案されるように、溶銑の脱燐処理では、スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が或る値以上に高くならないと脱燐反応は進行しないことがわかる。また、特許文献1?3から判断して、スラグの塩基度が高くなるほど、脱燐反応は安定することが想到される。
【0010】
しかしながら、特許文献1?3は、脱燐処理後のスラグの塩基度を規定するだけであり、脱燐処理中にどの程度の塩基度を確保すべきかを開示していない。また、引用文献1?3に提案されるスラグ塩基度の下限値はそれぞれ異なっており、どの程度の塩基度を確保すべきかは不明である。
【0011】
脱燐処理の初期には、溶銑中の珪素が優先的に酸化され、この脱珪反応によるSiO_(2)の生成量に比較して脱燐用媒溶剤中のCaOの滓化量が相対的に少なくなり、スラグの塩基度は低下しやすくなる。従って、この時点でのスラグの塩基度としてどの程度の値を確保すべきかは重要な課題である。仮に、スラグの塩基度が、脱珪反応で生成するSiO_(2)によって脱燐反応に必要な値以下に低下すると、その時期での脱燐反応は期待できず、脱燐反応は遅延する。塩基度が下がり過ぎた場合には、スラグ中の燐酸化物が還元されて溶銑に戻る、所謂「復燐」が発生する虞もある。この問題は、特許文献3のように、上吹きランスから脱燐用媒溶剤を吹き付け添加する場合に特に重要な課題となる。これは、上吹きランスから脱燐用媒溶剤を吹き付け添加する場合には、スラグ中のCaO濃度が徐々に上昇するからである。
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、転炉内の溶銑に上吹きランスから酸素ガスとともに脱燐用媒溶剤の少なくとも一部を吹き付けて溶銑を脱燐処理する際に、脱燐処理に必要な、炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の条件を明らかにし、脱燐処理開始から脱燐処理終了まで、炉内に存在するスラグの塩基度を適正な条件に制御することで、脱燐反応を効率的に行うことを可能とする、溶銑の脱燐処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]転炉内の溶銑に上吹きランスから酸素ガスを吹き付けるとともに、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤を転炉内の溶銑に供給し、前記酸素ガスによって溶銑中の燐を酸化し、生成した燐酸化物を滓化した前記脱燐用媒溶剤中に取り込むことにより溶銑中の燐を除去する脱燐処理方法において、前記脱燐用媒溶剤の少なくとも一部を前記上吹きランスから転炉内の溶銑浴面に向けて吹き付け添加し、且つ、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を0.80以上1.20未満とすることを特徴とする、転炉における溶銑の脱燐処理方法。
[2]炉内に供給される酸素ガスのうちで脱珪反応に使用される分を除いた酸素ガスを脱珪外酸素量(kg/溶銑-ton)と定義したとき、上吹きランスから溶銑浴面に吹き付け添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量(kg/溶銑-ton)と、前記脱珪外酸素量との比(CaO量/脱珪外酸素量)が0.6以上0.9以下になるように、脱珪外酸素量に応じて上吹きランスから吹き付け添加する脱燐用媒溶剤の添加量を調整することを特徴とする、上記[1]に記載の転炉における溶銑の脱燐処理方法。
[3]脱燐処理の開始後から、炉内の溶銑が、溶銑中珪素濃度が0.01質量%となるまで脱珪される以前に、炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))を高めるためのプリメルトの脱燐用媒溶剤を転炉内に供給することを特徴とする、上記[1]または上記[2]に記載の転炉における溶銑の脱燐処理方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤の少なくとも一部を上吹きランスから吹き付け添加する溶銑の脱燐処理において、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点まで、炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値(最低塩基度)を0.80以上1.20未満としつつ、換言すれば、脱燐反応に必要な値以上に炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))を調整しつつ、火点への脱燐用媒溶剤の連続的供給と炉内スラグ組成の調整とを両立するので、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点まで、復燐は起こらず、溶銑の脱燐反応を継続して行うことが可能となり、また、スラグ塩基度が過剰に上昇したりスラグ量が増大したりすることに起因する鉄歩留まりの低下を招くことなく、従来に比較して効率的に脱燐処理を行うことが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】 本発明を実施するうえで好適な転炉設備の1例を示す概略図である。
【図2】 脱燐処理において、塩基度が最も低下する時期のスラグの塩基度(=最低塩基度)とその時点での溶銑中燐濃度の変化量との関係を示す図である。
【図3】 溶銑1トンあたりの脱燐量と、スラグ塩基度が0.80以上となってからの期間の全脱燐処理期間に対する比率との関係を示す図である。
【図4】 CaO、SiO_(2)、FeOの3成分状態図の1300℃における等温断面図の一部を示す図である。
【図5】 脱燐処理中のスラグの最低塩基度の計算値と脱燐処理での鉄歩留まりとの関係を示す図である。
【図6】 脱燐処理中のスラグの最低塩基度の計算値と脱燐処理での脱燐量との関係を示す図である。
【図7】 試験番号1?3におけるスラグ塩基度(計算値)の脱燐処理中の推移を示す図である。
【図8】 試験番号4?6におけるスラグ塩基度(計算値)の脱燐処理中の推移を示す図である。
【図9】 試験番号1?3と生石灰を炉内に上置き添加して行う従来の脱燐方法とで脱燐量を比較して示す図である。
【図10】 上吹きランスから添加するCaO量と脱珪外酸素量との比(CaO/O)を0.8?0.9とする操業条件下で、本発明例と従来の脱燐方法とで脱燐量を比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0017】
本発明に係る脱燐処理で用いる溶銑は、高炉などの溶銑製造設備で製造された溶銑であり、溶銑製造設備で製造された溶銑を、溶銑鍋や混銑車などの溶銑搬送容器で受銑し、この溶銑を、脱燐処理を実施する転炉設備に搬送する。溶銑の珪素含有量が、例えば0.40質量%超えと多い場合には、少ない脱燐用媒溶剤の使用量で効率的に脱燐処理するために、脱燐処理の前に溶銑中の珪素を予め除去(「溶銑の脱珪処理」という)してもよい。脱珪処理を行う場合には、溶銑の珪素含有量を0.40質量%程度以下、より望ましくは0.20質量%程度まで低減させることが好ましい。
【0018】
溶銑の珪素含有量をこの範囲まで下げる手段としては、溶銑に酸素ガスまたは酸化鉄などの酸素源を供給し、これらの酸素源によって溶銑中の珪素を酸化させ、珪素を酸化物として強制的に除去する方法を用いることができる。溶銑に脱珪処理を実施した場合には、生成したスラグを脱燐処理の前までに排滓しておく。勿論、脱珪処理を施していない溶銑であっても本発明を適用することができる。
【0019】
溶銑の脱燐処理は、溶銑鍋或いは混銑車などの溶銑搬送容器内で行うこともできるが、転炉は、これらの溶銑搬送容器に比べてフリーボードが大きく、溶銑を強攪拌することが可能であり、少ない脱燐用媒溶剤の使用量で迅速に脱燐処理を行うことができることから、本発明においては、転炉を用いて脱燐処理を実施する。図1は、本発明を実施するうえで好適な転炉設備の1例を示す概略図である。
【0020】
図1に示すように、転炉設備1は、その外殻を鉄皮3で構成され、鉄皮3の内側に耐火物4が施工された転炉2と、この転炉2の内部に挿入され、上下方向に移動可能な上吹きランス5とを備えている。転炉2の上部には、脱燐処理終了後に処理後の溶銑18を出湯するための出湯口6が設けられ、また、転炉2の炉底部には、撹拌用ガスを吹き込むための底吹き羽口7が設けられている。この底吹き羽口7はガス導入管(図示せず)と接続されている。また、転炉2の上方には、転炉2から発生する排ガスを集めるためのフード8が設けられ、また、各種精錬剤を転炉2の内部に投入するための原料添加装置9が設置されている。この原料添加装置9としては、例えば、ホッパー10、ホッパー10の下部に設置される切出装置11、切出装置11につながり、フード8を貫通するシュート12などからなる原料供給装置を使用することができる。図1では、プリメルト脱燐用媒溶剤21を収容するホッパー10を1基のみ記載しているが、実際には複数基のホッパーが設置されており、そのうちの1つのホッパーには、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤20が収容されている。
【0021】
上吹きランス5には、脱燐精錬用の酸素ガス(工業用純酸素ガス)を供給するための酸素ガス供給管13と、上吹きランス5を冷却するための冷却水を供給・排出するための冷却水給排水管(図示せず)とが接続されている。酸素ガス供給管13は途中で媒溶剤供給管14に枝分かれし、媒溶剤供給管14はディスペンサー17を経由した後、再度、酸素ガス供給管13に合流している。ディスペンサー17には、生石灰などのCaOを主成分とする粉状の脱燐用媒溶剤20が収容されており、ディスペンサー17に導入された酸素ガスは脱燐用媒溶剤20の搬送用ガスとして機能し、粉状の脱燐用媒溶剤20は酸素ガスとともに上吹きランス5の先端から炉内の溶銑18に向けて吹き付け添加されるように構成されている。この場合、脱燐用媒溶剤20は、酸素ガスと溶銑浴面との衝突位置(「火点」という)に添加される。酸素ガス供給管13には遮断弁15が設けられ、媒溶剤供給管14には遮断弁16が設けられており、遮断弁15及び遮断弁16の開閉によって、酸素ガスのみを炉内に供給できるように構成されている。
【0022】
本発明において、上吹きランス5からの脱燐用媒溶剤20の供給は必須であり、酸素ガスのみを供給する上吹きランスでは、本発明の適用は不可能である。上吹きランス5から脱燐用媒溶剤20を供給する場合、特に脱燐用媒溶剤20の大半を上吹きランス5から供給する場合には、脱燐用媒溶剤20は脱燐処理中に連続的に供給されることから、脱燐用媒溶剤20の合計使用量が同じ条件では、脱燐処理の初期には、脱燐用媒溶剤添加量は相対的に少なくなり、スラグ塩基度が低下しやすくなるので、本発明の脱燐処理方法を適用してスラグ組成を調整することが特に好ましい。但し、本発明において、脱燐用媒溶剤20の全てを上吹きランス5から供給することは必須でなく、脱燐用媒溶剤20の一部を上吹きランス5から供給すればよく、残りの脱燐用媒溶剤20は原料添加装置9のシュート12を介して供給すればよい。
【0023】
必要に応じて転炉2に鉄スクラップなどの冷鉄源を装入した後、転炉2に溶銑18を装入し、底吹き羽口7からArガスや窒素ガスなどの不活性ガスを攪拌用ガスとして吹き込みながら、上吹きランス5から酸素ガスとともにCaOを主成分とする粉状の脱燐用媒溶剤20を溶銑18に吹き付け添加し、または、上吹きランス5から脱燐用媒溶剤20を吹き付け添加するとともに、原料添加装置9から脱燐用媒溶剤20を溶銑浴面に上置き添加し、炉内の溶銑18に対して脱燐処理を実施する。溶銑18に含有される燐は酸素ガスによって酸化されて燐酸化物(P_(2)O_(5))となり、炉内に添加された脱燐用媒溶剤20の滓化によって形成されるスラグ19に、3CaO・P_(2)O_(5)(「Ca_(3)(PO_(4))_(2)」とも記す)なる安定形態の化合物として固定され、溶銑18の脱燐反応が進行する。
【0024】
本発明者らは、このようして実施する溶銑18の脱燐処理において、脱燐処理前の溶銑18の燐含有量が同一であり、且つ、スラグ19のCaO含有量(質量%)とSiO_(2)含有量(質量%)との比で定義される塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が、脱燐処理終了時点で同一であっても、脱燐量に差が生じることを確認した。つまり、脱燐処理終了後のスラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))(以下、単に「塩基度」とも記す)だけでは脱燐処理における脱燐量を把握することができないことから、この脱燐量の差が何に起因するかを検討した。その結果、脱燐処理中におけるスラグ19の塩基度の推移の異なることが、脱燐量の差に影響しているのではないかとの結論に至った。
【0025】
そこで、溶銑18の脱燐処理において、スラグ19の塩基度が最も低下する時期に炉内から溶銑18及びスラグ19のサンプルを採取し、その時点の溶銑中燐濃度とスラグ塩基度との関係を調査した。このスラグ19の塩基度が最も低下する時期は、厳密には、CaO添加速度とSiO_(2)生成速度との比が、脱珪反応の停滞に伴って増大し、スラグ19の塩基度と等しくなる時点となる。しかし、溶銑の脱燐処理では、溶銑18に含有される珪素が優先的に酸化されることから、つまり脱珪反応が優先的に起こることから、SiO_(2)生成速度は脱珪反応が終了する直前に急激に低下するので、脱燐処理でスラグ19の塩基度が最も低下する時期は、溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化された時点となる。尚、溶銑の脱燐処理においては、溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化される時点までを一般的に「脱珪期」とも呼ぶことから、ここでは、溶銑中の珪素がおよそ0.01質量%まで酸化される時点を脱珪期末期と称す。脱珪期末期にスラグ19の塩基度が最も低下するという現象は、予め脱珪処理の施された溶銑の脱燐処理においても同様である。尚、本発明では、脱燐処理開始から処理終了までの期間で、スラグ19の塩基度の最も低下した値(最小値)を、「最低塩基度」と定義する。
【0026】
図2に調査結果を示す。図2では溶銑の燐濃度を装入時の燐濃度(脱燐処理前の燐濃度)に対する脱珪期末期の燐濃度の変化量(=(装入時の燐濃度)-(脱珪期末期の燐濃度))で示している。図2に示すように、脱珪期末期のスラグ19の塩基度(=最低塩基度)が0.80未満の場合には、脱珪期末期の燐濃度の方が装入時の燐濃度よりも高くなっていることがわかった。つまり、脱燐処理において、スラグ19の塩基度が0.80未満の場合には、脱燐反応ではなく、スラグ19から溶銑18への燐の移動(「復燐」と呼ぶ)が起こっていることがわかった。この復燐は、転炉2における前チャージの脱燐処理で生成した燐濃度の高いスラグが耐火物4の内壁面に付着する或いは炉内に残留するなどすることから発生する。
【0027】
また、脱燐処理時間を一定とした脱燐処理において、溶銑1トンあたりの脱燐量(kg/溶銑-ton)と、スラグ19の塩基度が0.80以上となってからの期間の全脱燐処理時間に対する比率(%)との関係を図3に示す。スラグ19の塩基度が0.80以上となってからの期間は、後述する算出方法によって算出される炉内スラグの塩基度の推移から把握することができる。図3に示すように、脱燐量はスラグ19の塩基度が0.80以上になった以降の期間の比率に依存していることがわかった。
【0028】
即ち、図2及び図3からも明らかなように、溶銑18の脱燐量は脱燐処理終了時のスラグ塩基度によっては把握できず、復燐を起こさない塩基度になってからの期間で整理できることがわかった。
【0029】
本発明者らは、スラグ19の塩基度が0.80以上になると溶銑18の復燐が発生しないことの物理的な意味を検討した。
【0030】
脱燐処理において、スラグ中の燐は、2CaO・SiO_(2)と3CaO・P_(2)O_(5)との固溶体として存在することが知られている。従って、復燐を防止するためには、この固溶体が、スラグ19から溶出しないようにすればよく、本発明者らの研究の結果、脱燐処理中にスラグ19の塩基度が状態図上のSiO_(2)飽和領域に到達しないように、スラグ19の組成を調整することで、復燐を実質的に防止できることを見出した。
【0031】
脱燐処理におけるスラグ19の主成分はCaO、SiO_(2)、FeOの3成分と見なすことができ、この3成分状態図の1300℃における等温断面図の一部を図4に示す。図4において、1300℃におけるSiO_(2)飽和領域は、「斜線部」の範囲として表される。脱燐処理初期のスラグ19の塩基度は、脱燐用媒溶剤20の添加によってSiO_(2)飽和領域よりも高塩基度側、即ち、高CaO濃度側であるが、脱珪反応の進行に伴ってSiO_(2)が生成し、このSiO_(2)によってスラグ19の組成は高SiO_(2)側へ移動する。スラグ19の組成が、高SiO_(2)側に移動してもSiO_(2)飽和領域に達しないように、スラグ19の組成を調整することで、復燐が防止される。
【0032】
SiO_(2)飽和領域の境界線上の組成は、スラグ中のFeO濃度つまりT.Fe濃度に依存する。尚、T.Fe濃度とは、スラグ中の全ての鉄酸化物(FeO、Fe_(2)O_(3))の鉄分の合計値である。図4には、10質量%と20質量%との異なるFeO濃度での境界線上の組成を示した。スラグ中のFeO濃度が10質量%の場合は、スラグ19の塩基度が0.7以下になるとSiO_(2)飽和領域に達し、スラグ中のFeO濃度が20質量%の場合は、スラグ19の塩基度が0.5以下になるとSiO_(2)飽和領域に達することがわかる。
【0033】
スラグ中のFeO濃度は吹錬条件(送酸流量、底吹きガス流量など)で決まるが、吹錬条件から予想されるスラグ中のFeO濃度に応じて、境界線上の組成を越えないように適切にスラグ19の目標塩基度を設定すればよい。
【0034】
また、SiO_(2)飽和領域はスラグ19の温度によって変化する。一般にはSiO_(2)飽和領域は、温度が高くなるほど小さくなり、温度が低くなるほど大きくなる。従って、脱燐処理時に目標とする溶銑温度において、CaO、SiO_(2)、FeOの3元状態図のSiO_(2)飽和領域の境界線上の組成を確認し、スラグ19の目標塩基度を設定すればよい。
【0035】
通常の脱燐処理条件においては、溶銑温度が1300℃程度で、スラグ中のFeO濃度が10?20%程度であり、この条件から復燐の発生しない塩基度を求めると、塩基度は0.80以上となることがわかった。つまり、脱燐処理中のスラグ19の塩基度を0.80以上とすることで、スラグ19の組成はSiO_(2)飽和領域に到達せず、復燐反応が抑制されて効率的な脱燐処理が可能となる。ここで、スラグ19の温度は溶銑18の温度と同等と考えればよい。
【0036】
尚、上記説明では、スラグ中の鉄酸化物をFeOと見なして状態図上の解釈を行っている。鉄酸化物にはFe_(2)O_(3)も存在するが、脱燐処理時のスラグ19を含めて製鋼スラグでは鉄酸化物の主成分はFeOであり、実質的にFeOとして取り扱っても問題はない。また、スラグ19にはMnOやAl_(2)O_(3)などの他のスラグ成分も存在する場合もあるが、これらの影響は状態図計算ソフトなどを用いて考慮してもよい。
【0037】
上記のように、本発明の溶銑の脱燐処理方法においては、復燐防止の観点から、脱燐処理中におけるスラグの最低塩基度を0.80以上とする。一方、最終的な脱燐処理後のスラグ組成が、脱燐を促進させる目的で、高塩基度で高融点になったとしても、脱燐用媒溶剤20や炉壁などに付着した以前のチャージのスラグの滓化を促進する観点からは、脱燐処理の途中で、炉内スラグが低塩基度で低融点となる期間があれば、そのタイミングで滓化が進行するので、脱燐処理中におけるスラグの最低塩基度を、余り高くせずに或る程度低位にすることが有利である。
【0038】
また、本発明の脱燐処理方法のように、脱燐用媒溶剤20を上吹きランス5から吹き付けて脱燐反応を促進する場合には、脱燐用媒溶剤20を、上吹き酸素量に対して或る程度の比率に配合して連続的に火点に供給することが効果的である。但し、効率的な脱燐反応を促進するための量の脱燐用媒溶剤20を上吹きランス5を介して継続して火点に供給し、且つ、脱燐処理中のスラグの最低塩基度が高位となる条件で吹錬を行うと、脱燐処理の末期には、スラグ塩基度が過剰に上昇するとともに、スラグ量が増大することになる。このため、スラグの最低塩基度が高位となる条件では、スラグ中の酸化鉄や粒鉄の増大によって鉄ロスが増大して鉄歩留まりの低下を招くことになる。
【0039】
そこで、上吹きランス5から溶銑浴面に吹き付け添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量(kg/溶銑-ton)と、脱珪外酸素量(kg/溶銑-ton)との比が0.6以上0.9以下になるように脱燐処理を行った場合において、脱燐処理中のスラグの最低塩基度と鉄歩留まりとの関係を調査した。尚、脱珪外酸素量については後述する。
【0040】
その結果、図5に示すように脱燐処理中のスラグの最低塩基度が1.20以上となると鉄歩留まりが低下する傾向のあることがわかった。また、その際の脱燐処理中のスラグの最低塩基度と脱燐処理後の溶銑の脱燐量(kg/溶銑-ton)との関係を図6に示す。図6から、溶銑の脱燐量は、最低塩基度が0.80未満では急激に低下する傾向があるが、0.80?1.50では大きな変化はなかった。従って、効率的な溶銑の脱燐と高い鉄歩留まりとを両立させるためには、脱燐処理中のスラグの最低塩基度を0.80以上1.20未満にすることが必要であることがわかった。
【0041】
本発明は、これらの知見に基づくものであり、脱燐用媒溶剤20の少なくとも一部を上吹きランス5から吹き付け添加する溶銑18の脱燐処理方法において、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの組成がSiO_(2)の飽和領域にならないようにするべく、炉内のスラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値を、つまり最低塩基度を0.80以上1.20未満とすることを特徴とする。
【0042】
脱燐処理終了時のスラグ19の塩基度の上限は特に規定する必要はない。しかし、過剰に高くしても脱燐量は飽和してそれ以上に向上せずに、逆に、スラグの流動性が低下して反応効率の低下を招くので、脱燐処理終了時のスラグ19の塩基度の上限値は4.0程度とすることが望ましく、より望ましくは3.5以下とすることが好適である。
【0043】
本発明で使用する、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤20としては、CaOを50質量%以上含有する物質である限り、種類を問わず使用することができ、例えば、生石灰、炭酸カルシウム、ドロマイトなどを使用することができる。これらに、酸化鉄、蛍石、アルミナ、転炉スラグ(溶銑の転炉での脱炭精錬で生成するスラグ)などを混合したものも、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤20として使用することができる。
【0044】
スラグ19の組成がSiO_(2)の飽和領域にならないように、スラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))を調整する方法としては、上吹きランス5から供給する脱燐用媒溶剤20の量を脱燐処理の初期(脱珪期)に多くし、脱珪期を超えた以降は少なくする方法や、脱燐処理の開始後から、炉内の溶銑18が、溶銑中珪素濃度が0.01質量%となるまで脱珪される以前に、スラグ19の塩基度を高めるためのプリメルト脱燐用媒溶剤21を、シュート12を介して転炉内に供給する方法などを用いることができる。特に、スラグ19の塩基度の調整を迅速に行うことができることから、プリメルト脱燐用媒溶剤21を添加する方法が好ましい。
【0045】
この場合、プリメルト脱燐用媒溶剤21としては、脱燐処理の施された溶銑の転炉での脱炭精錬で発生する転炉スラグ(以下、「レススラグ精錬滓」と呼ぶ)を使用することが好ましい。レススラグ精錬滓は、脱燐処理の施された溶銑の脱炭精錬において必然的に発生することから安価であるうえに、塩基度が2.5以上で、CaO及びSiO_(2)を含有しており、一旦溶融した後に固化したものであり、スラグ19に迅速に溶解し、スラグ19の塩基度を直ちに上昇させることができる。このほか、生石灰と珪石などとの混合物をアーク加熱して溶解し、溶解後に固化させたものもプリメルト脱燐用媒溶剤21として使用することができる。
【0046】
脱珪期では炉内温度が1250?1350℃程度と低く、数分間の短時間の処理で大量のSiO_(2)が生成するため、少ない脱燐用媒溶剤の添加量で効果的に脱隣に適したスラグを生成するためには、低融点で滓化しやすく、且つCaO含有濃度の高いCaO系媒溶剤を用いることが望ましい。具体的には1300℃での液相比率が25%以上、より望ましくは50%以上となる組成のものを使用することが好適であり、このようなCaO系媒溶剤の例として、((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))が2?4.5であり、((質量%Fe_(2)O_(3))+(質量%Al_(2)O_(3)))が10質量%以上の製鋼スラグが挙げられる。
【0047】
脱燐処理中のスラグ19の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))は、下記の(1)式に基づいて計算することができる。
【0048】
塩基度=[(算出時点までの添加CaO量(kg/溶銑-ton)]÷[(算出時点までの生成SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)+算出時点までの添加SiO_(2)量(kg/溶銑-ton)]…(1)
尚、算出時点までの生成SiO_(2)量は、脱燐処理前の溶銑中珪素濃度及び脱燐処理中の酸素供給量から、経験的に把握される脱珪酸素効率を用いて算出でき、算出時点までの添加SiO_(2)量は、プリメルト脱燐用媒溶剤などの添加物に含まれるSiO_(2)量から算出できる。
【0049】
ここで、(1)式を用いて塩基度を計算する際には、(1)式中の添加CaO量を算出するのに、プリメルト脱燐用媒溶剤及び上吹きランスから吹き付け添加する燐用媒溶剤に含有されるCaO量のみを用いて算出することが望ましく、これらの迅速に滓化する媒溶剤のみからスラグ組成を計算することにより、液相スラグの組成をより正確に把握でき、より確実な脱燐反応の制御が可能となる。
【0050】
また、上吹きランス5を介して脱燐用媒溶剤20を添加するにあたり、炉内に供給される酸素ガスのうちで脱珪反応に使用される分を除いた酸素ガスを脱珪外酸素量(kg/溶銑-ton)と定義したとき、上吹きランス5から溶銑浴面に吹き付け添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量(kg/溶銑-ton)と、前記脱珪外酸素量との比(CaO量/脱珪外酸素量:「CaO/O」とも記す)が0.6以上0.9以下になるように、脱珪外酸素量に応じて上吹きランス5から吹き付け添加する脱燐用媒溶剤20の添加量を調整することが好ましい。
【0051】
CaO系脱燐用媒溶剤20の添加量は或る程度多い方が、脱燐量が増大して溶銑の燐含有量を低下するのに有利となることから、前記比(CaO/O)は、0.6以上とすることが好ましいが、0.9を超えると、脱燐用媒溶剤20の添加量が過剰になり、脱燐用媒溶剤20の滓化が損なわれ、脱燐反応が効率的に行われない虞がある。尚、前記比(CaO/O)を求めるにあたり、1Nm^(3)/溶銑-tonの酸素ガスは、酸素添加量が1.43kg/溶銑-tonに相当する。
【0052】
以上説明したように、本発明によれば、脱燐用媒溶剤20を上吹きランス5から吹き付け添加する溶銑18の脱燐処理において、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))の最小値、つまり、最低塩基度を0.80以上1.20未満とするので、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点まで、復燐は起こらず、溶銑18の脱燐反応を継続して行うことが可能となり、また、火点への脱燐用媒溶剤20の連続的供給と炉内スラグ組成の調整とを両立できるので、鉄歩留まりの低下を招くことなく、従来に比較して効率的に脱燐処理を行うことが実現される。
【実施例1】
【0053】
図1に示す転炉設備を用い、高炉から出銑された溶銑の脱燐処理試験を実施した(試験番号1?8)。試験は、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤として生石灰(CaO純分=約95質量%)を使用し、この生石灰を上吹きランスを介して火点に添加し、更に、炉体耐火物保護のためにドロマイトを脱燐処理開始直後に原料添加装置を介して炉内に上置き添加し、脱燐処理開始から脱燐処理終了までの脱燐処理時間は一定とすることを基本の操業条件とした。
【0054】
また、試験番号1、2、7、8では、更に、プリメルト脱燐用媒溶剤として、表1に示した組成の「レススラグ精錬滓」を使用し、このレススラグ精錬滓を、溶銑中珪素が0.01質量%以下に脱珪される以前の脱燐処理開始直後に原料添加装置を介して炉内に上置き添加した。尚、表1には、1300℃における液相比率を熱力学計算ソフト(FactSage)を用いて計算した結果も併せて示した。試験番号3も、レススラグ精錬滓を添加したが、レススラグ精錬滓の添加時期を溶銑中珪素が0.01質量%以下に脱珪された以降の脱燐処理中期に添加した。一方、試験番号4?6では、レススラグ精錬滓を添加せずに脱燐処理を行った。
【0055】
試験番号1?3では、珪素含有量が0.23?0.25質量%の溶銑を使用し、試験番号4?6では、脱燐処理に供する溶銑の珪素含有量を変更し(試験番号4では0.19質量%、試験番号5では0.25質量%、試験番号6では0.38質量%)、脱燐処理前の溶銑中珪素濃度の脱燐反応に及ぼす影響を調査した。
【0056】
また、試験番号7、8では、珪素含有量がそれぞれ0.24質量%、0.22質量%の溶銑を使用し、比(CaO/O)を0.90とするとともに、レススラグ精錬滓の添加量を調整して、脱燐処理中のスラグの最低塩基度をそれぞれ1.15、1.30と高くした。
【0057】
【表1】

【0058】
図7に、試験番号1?3におけるスラグ塩基度(計算値)の脱燐処理中の推移を示し、また、図8に、試験番号4?6におけるスラグ塩基度(計算値)の脱燐処理中の推移を示す。図7、図8の横軸の「脱燐処理進行度」とは、精錬時間を脱燐処理の開始から終了までの精錬時間に対する百分率で表示したものである。
【0059】
図7に示すように、試験番号1、2では、レススラグ精錬滓を脱燐処理開始直後に添加したことで、炉内スラグの塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO_(2)))は脱燐処理期間の全期間で0.80以上であった。これに対して、試験番号3では、レススラグ精錬滓の添加時期を脱珪期の経過後としたために、脱珪期にはスラグの塩基度は0.80未満になり、処理開始から35%程度を経過した時点で、スラグの塩基度は0.80以上となった。
【0060】
一方、図8に示すように、試験番号4では、脱燐精錬開始後に生石灰の吹き込み量を多くしたことと、処理前の溶銑中珪素濃度が比較的低かったことから、レススラグ精錬滓を使用しないにも拘わらず、炉内スラグの塩基度は脱燐処理期間の全期間で0.80以上であった。これに対して、試験番号5、6では、上吹きランスからの生石灰の吹き込み量を一定にしたことと、処理前の溶銑中珪素濃度が比較的高かったことから、脱珪期にはスラグの塩基度は0.80未満になり、脱燐処理前の溶銑中珪素濃度が最も高かった試験番号6では、処理開始から55%程度を経過した時点で、スラグの塩基度は0.80以上となった。
【0061】
表2に、試験番号1?8における、処理前溶銑の珪素濃度、レススラグ精錬滓の投入の有無、比(CaO/O)などの操業条件、及び、脱燐量、鉄歩留まりなどの試験結果を示す。尚、表2の備考欄には、本発明の範囲内の試験を「本発明例」と表示し、その他の試験を「比較例」と表示している。
【0062】
【表2】

【0063】
炉内スラグの塩基度が脱燐処理期間の全期間で0.80以上であった、即ち、炉内スラグの最低塩基度が0.80以上であった試験番号1、2、4、7、8では高い脱燐量が得られた。これに対して、脱珪期に炉内スラグの最低塩基度が0.80未満となった試験番号3、5、6では、試験番号2と試験番号5との比較からも明らかなように、脱燐処理後のスラグ塩基度は本発明例と大差はないものの、脱燐量は大幅に低下した。
【0064】
炉内スラグの最低塩基度が1.20未満であった試験番号1?7では、97.8?98.5%と良好な鉄歩留まりが得られた。これに対して、炉内スラグの最低塩基度が1.20以上となった試験番号8では、比(CaO/O)が同じ条件の試験番号7と比較しても、鉄歩留まりは97.1%と大幅に低下した。
【0065】
図9は、レススラグ精錬滓を使用して行った試験番号1?3と、生石灰を脱珪期末期以後に炉内に上置き添加して行った従来の脱燐方法とで脱燐量を比較して示す図である。尚、図9の横軸の「脱珪外CaO」とは、炉内に供給したCaOのうちで、CaO・SiO_(2)(カルシウムシリケート)を生成するために必要なCaO分を除いたCaO分である。図9に示すように、処理開始直後にプリメルト脱燐用媒溶剤を転炉内に添加した試験番号1、2では、脱燐用媒溶剤の使用量が同等であっても従来に比較して脱燐量が増大することがわかる。
【0066】
図10は、上吹きランスから添加する脱燐用媒溶剤中のCaO量と脱珪外酸素量との比(CaO/O)を0.8?0.9とする操業条件下で、レススラグ精錬滓を脱燐処理開始時に上置き添加した本発明例と、生石灰を脱珪期末期以後に炉内に上置き添加して行う従来の脱燐方法とで脱燐量を比較して示す図である。図10からも、処理開始直後にプリメルト脱燐用媒溶剤を転炉内に添加する本発明を適用することで、脱燐用媒溶剤の使用量が同等であっても従来に比較して脱燐量が増大することが確認できた。
【符号の説明】
【0067】
1 転炉設備
2 転炉
3 鉄皮
4 耐火物
5 上吹きランス
6 出湯口
7 底吹き羽口
8 フード
9 原料添加装置
10 ホッパー
11 切出装置
12 シュート
13 酸素ガス供給管
14 媒溶剤供給管
15 遮断弁
16 遮断弁
17 ディスペンサー
18 溶銑
19 スラグ
20 脱燐用媒溶剤
21 プリメルト脱燐用媒溶剤
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-05-22 
出願番号 特願2014-151371(P2014-151371)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C21C)
P 1 651・ 121- YAA (C21C)
P 1 651・ 536- YAA (C21C)
P 1 651・ 537- YAA (C21C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 國方 康伸  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 長谷山 健
河本 充雄
登録日 2016-03-25 
登録番号 特許第5904238号(P5904238)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 転炉における溶銑の脱燐処理方法  
代理人 森 和弘  
代理人 井上 茂  
代理人 森 和弘  
復代理人 磯村 哲朗  
代理人 井上 茂  
代理人 國分 孝悦  
代理人 磯村 哲朗  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ