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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F02F |
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管理番号 | 1331905 |
審判番号 | 不服2017-488 |
総通号数 | 214 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2017-10-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2017-01-13 |
確定日 | 2017-09-19 |
事件の表示 | 特願2015- 52879号「シリンダボア壁の保温部材、内燃機関及び自動車」拒絶査定不服審判事件〔平成27年6月18日出願公開、特開2015-110953号、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成22年6月22日に出願された特願2010-141285号(以下、「もとの出願」という。)の一部を平成27年3月17日に新たな特許出願としたものであって、平成27年3月27日に手続補正書が提出され、平成28年3月22日付けで拒絶理由が通知され、平成28年5月18日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成28年10月12日付けで拒絶査定がされ、平成29年1月13日に拒絶査定不服審判が請求され、平成29年6月7日に上申書が提出されたものである。 第2 原査定の理由の概要 原査定(平成28年10月12日付け拒絶査定)の理由の概要は次のとおりである。 ●理由(特許法第29条第2項)について ・請求項 1ないし8 ・刊行物等 1ないし5 出願人は、平成28年5月18日付け意見書の4.(2)欄において、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)と刊行物1に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、両者は、下記の点で相違する旨主張する。 (1)本願発明1は、保温部材の内部又は接触面とは反対側の裏面に補強材を有しているのに対し、引用発明においてはそのような特定がなされていない点。 (2)本願発明1においては、接触面が溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面のみを覆うのに対し、引用発明においては、接触面を有するスペーサが、溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面及びその反対側の壁面の両方に沿って設けられている点。 (3)本願発明1は、シリンダボア壁を覆うことにより保温する保温具であるのに対し、引用発明は、溝状冷却水流路を冷却水が流れるスペースを小さくすることにより保温するスペーサである点。 上記各点について検討する。 <(1)について> 本願発明1において、「補強材」がどのような形状であるかについて特に限定されていない。 一方、引用発明における「支持具2」は、保温部材であるスペーサ1を裏面から支持し、スペーサ1を壁に密着させることができるものであるから(刊行物1段落【0019】,【0020】及び図6)、補強材としての役割を果たしていることは明らかである。 そうすると、上記(1)の事項は実質的な相違点とはいえない。 <(2)について> 引用発明において、スペーサ1は、シリンダボア壁に密着もしくは近接することにより、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14まわりを流れる水量を低減し、溝状冷却水流路を冷却水が流れるスペースを小さくするとともに、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14から奪われる熱量を低減させ、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14が過冷却されることを防止するために設けられるものである(刊行物1段落【0008】ないし【0010】)。 そして、刊行物1には、接触面を有するスペーサを溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面のみを覆うように設けたものも実施例として記載されており(刊行物1段落【0012】ないし【0014】及び図1ないし図3)、当該実施例のものも、スペーサ配置部分のシリンダボア壁から奪われる熱量を低減させ、スペーサ配置部分のシリンダボア壁が過冷却されることを防止する作用効果を奏するものである。 そうすると、引用発明において、スペーサ配置部分のシリンダボア壁から奪われる熱量を低減させるために、接触面を有するスペーサを、少なくとも溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面を覆うように設ければ足りることは、当業者であれば当然認識し得ることといえる。 また、スペーサを、シリンダボア壁とは反対側の壁面に直接接触する対壁接触部を有する固定部材により、シリンダボア壁に押し付けて固定する技術は、例えば刊行物2,3にも記載のとおり、内燃機関のシリンダブロックに関する技術分野において、本願出願前に周知の技術的事項である。(刊行物2段落【0018】ないし【0020】及び図1ないし図3、刊行物3段落【0032】,【0039】及び図7,図8,図11参照。) よって、引用発明において、溝状冷却水流路のシリンダボア壁とは反対側の壁面に設けられるスペーサを省略することは、当業者であれば適宜になし得たことといえ、格別困難なことではない。 <(3)について> 上記のとおり、引用発明において、スペーサは、シリンダボア壁に密着もしくは近接することにより、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14まわりを流れる水量を低減し、溝状冷却水流路を冷却水が流れるスペースを小さくするとともに、スペーサ配置部分のシリンダボア壁から奪われる熱量を低減させ、スペーサ配置部分のシリンダボア壁が過冷却されることを防止するものであるから、シリンダボア壁に密着するよう設けられたスペーサ(シリンダボア壁を覆うように設けられたスペーサ)は、スペーサ配置部分のシリンダボア壁から奪われる熱量を低減させ保温する保温具としての機能も有するものといえる(刊行物1段落【0008】ないし【0010】)。 したがって、上記出願人の主張は採用することができない。 よって、本願発明1は、引用発明及び刊行物2ないし5に記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、依然として特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 本願の請求項2ないし8に係る発明についても同様である。 <刊行物等一覧> 1.特開2004-19472号公報 2.特開2007-71039号公報 3.特開2005-256661号公報(周知技術を示す文献) 4.特開2007-162473号公報(周知技術を示す文献) 5.特開平8-296495号公報(周知技術を示す文献) 第3 本願発明 本願の請求項1ないし8に係る発明は、平成27年3月27日付けの手続補正及び平成28年5月18日付けの手続補正により補正された明細書及び特許請求の範囲並びに出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、「本願発明1」ないし「本願発明8」という。) 「 【請求項1】 内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接することにより、シリンダボア壁の壁面を覆うための接触面を有するシリンダボア壁の保温部材であり、 該接触面は、該溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面のみを覆い、 該接触面を形成する部位の材質がエラストマであり、 該保温部材の内部又は接触面とは反対の裏面に補強材を有しており、 対壁接触部を有する固定部材により、シリンダボア壁に押し付けられて固定されること、 を特徴とするシリンダボア壁の保温部材。 【請求項2】 バネ付勢によりシリンダボア壁に押し付けられる保温部材であることを特徴とする請求項1記載のシリンダボア壁の保温部材。 【請求項3】 内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接することにより、シリンダボア壁の壁面を覆うための接触面を有するシリンダボア壁の保温部材であり、該接触面は、該溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面のみを覆い、該接触面を形成する部位の材質がエラストマであり、該保温部材の内部又は接触面とは反対の裏面に補強材を有しており、対壁接触部を有する固定部材により、シリンダボア壁に押し付けられて固定されるシリンダボア壁の保温部材が、該溝状冷却水流路側のシリンダボア壁の壁面に該接触面で接するようにして、設置されていることを特徴とする内燃機関。 【請求項4】 前記シリンダボア壁の保温部材により、前記シリンダボア壁の周方向の全部が覆われていることを特徴とする請求項3記載の内燃機関。 【請求項5】 前記シリンダボア壁の周方向の一部に、前記シリンダボア壁の保温部材により覆われていない部分があることを特徴とする請求項3記載の内燃機関。 【請求項6】 前記シリンダボア壁の保温部材の上下方向の上端の位置が、前記溝状冷却水流路の上端を基準として、前記溝状冷却水流路の上端から下端までの長さの1/3の長さ分下側の位置より下側であることを特徴とする請求項3?5いずれか1項記載の内燃機関。 【請求項7】 前記シリンダボア壁の保温部材が、バネ付勢により前記シリンダボア壁に押し付けられていることを特徴とする請求項3?6いずれか1項記載の内燃機関。 【請求項8】 請求項3?7いずれか1項記載の内燃機関を有することを特徴とする自動車。」 第4 刊行物 1.刊行物1(特開2004-19472号公報)について 原査定の拒絶の理由に引用され、もとの出願の出願前に頒布された上記刊行物1には、図面とともに次の事項が記載されている。 (1)刊行物1の記載事項 1a)「【0009】 クローズドデッキ型のシリンダブロックにおいては、水孔を通してウォータジャケット内にスペーサを挿入、配置することが考えられるが、その場合に必然的に存在するスペーサとシリンダボア壁間の間隙に比べて、本発明のシリンダブロック用スペーサ1及びシリンダブロック10では、スペーサ1とシリンダボア壁14間の間隙が小さくなっている。スペーサ1とシリンダボア壁14間の間隔が小さくなっている構成による作用については、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14まわりを流れる水量が低減し、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14から奪われる熱量が低減し、スペーサ配置部分のシリンダボア壁14が過冷却されることが防止される。」(段落【0009】) 1b)「【0012】 以下に、本発明の各実施例の特有な部分の構成、作用を説明する。 本発明の実施例1はシリンダブロック用スペーサ1に関するもので、図1?図3に示すように、スペーサ1に、組み付け後に変形する機能が付加されている。すなわち、スペーサ1は、ウォータジャケット11への挿入後、シリンダボア壁14に対向する面がシリンダボア壁に密着若しくは近接するよう変形可能に構成されている。 【0013】 本発明の実施例1では、スペーサ1の一部、または全部が、水膨潤性あるいはLLC(不凍液)膨潤性を有するものとされており、これにより、エンジン組立工場出荷時のベンチテストでの水注入、または車両工場でのLLC注入によって膨潤し、所定の寸法となる。こうしたスペーサ1として、たとえば、スペーサ1の一部に発泡性ゴムを用い、この発泡性ゴムをバインダを入れて圧縮しておく。このようにスペーサ1を構成すれば、水注入によってバインダが溶けてゴムが非圧縮の状態になり、スペーサ1の一部が図2で組み付け時のAの状態(スペーサ厚さが水孔より小の状態)から変形後のBの状態(スペーサ厚さが水孔より大の状態)に膨潤、膨張する。図は膨潤後、スペーサ1がシリンダボア壁14に密着してスペーサ1とシリンダボア壁14間の隙間が無くなっている場合を示す。 また、2は発泡性ゴムを取り付けたステンレス製の支持具であり、スペーサ1は、支持具2に持たされた弾性(上部アーム2aと下部アーム2bの弾性)によりシリンダブロック10に着脱可能に支持される。この支持により、エンジン冷却水の流れの力がかかってもスペーサ1は所定位置に保持される。 【0014】 本発明の実施例1の作用については、スペーサ1を寸法を小さくしておいて水孔12に通すので、挿入性がよく、また、ウォータジャケット11への挿入後は膨潤するので、固定性がよい。また、誤組み付け時など脱着したい時も、スペーサ1を治具で引っ掛けて引っ張ればよく、その時もスペーサ1が発泡性ゴムなど変形性があるので、水孔12を通して出すことができる。これらにより、挿入性、誤組み付け時の脱着性に優れたスペーサを提供できる。」(段落【0012】ないし【0014】) 1c)「【0017】 本発明の実施例3はシリンダブロック用スペーサ1に関するもので、図5に示すように、スペーサ1の一部が支持具2に対して弾性支持されており、スペーサ1は組み付け時?車両出荷状態までにシリンダボア壁14に密着または近接するように拡がる。弾性支持機構は、たとえばばね機構3からなる。スペーサ1の挿入前はばね機構3を接着剤などで縮めておき(図5の左の図)、スペーサ1の挿入後は接着剤が水やLLCで溶けて拡がり(図5の右の図)、ばね機構3が拡がってスペーサ1の一部が支持具2から離れる方向に拡がり、スペーサ1はシリンダボア壁14およびスペーサ1を挟んでシリンダボア壁14と対向する壁に密着または近接し、ウォータジャケット内に固定される。 【0018】 本発明の実施例3の作用については、ばね機構3を縮めておいてスペーサ1を水孔12に通すので、ウォータジャケット11への挿入性がよく、また、ウォータジャケット11への挿入後はばね機構3が拡がるので、ウォータジャケット11内でのスペーサ1の固定性がよい。また、誤組み付け時など脱着したい時も、スペーサ1を治具で引っ掛けて引っ張ればよく、その時もばね機構3が弾性変形して、スペーサ1を水孔12を通して出すことができる。これらにより、挿入性、誤組み付け時の脱着性に優れたスペーサを提供できる。」(段落【0017】及び【0018】) 1d)「【0019】 本発明の実施例4はシリンダブロック用スペーサ1に関するもので、図6に示すように、スペーサ1の支持具2にばね機構3が設けられており、スペーサ1は組み付け時?車両出荷状態までにシリンダボア壁14に密着または近接するように拡がる。ばね機構3は、たとえば支持具2を支点まわりに開閉可能としている。スペーサ1の挿入前はばね機構3を縮めておき(図6の中央の図)、スペーサ1の挿入後ばね機構3を解放して開き(図6の左の図)、スペーサ1はシリンダボア壁14およびスペーサ1を挟んでシリンダボア壁14と対向する壁に密着または近接し、ウォータジャケット11内に固定される(図6の右の図)。 【0020】 本発明の実施例4の作用については、ばね機構3を閉じておいてスペーサ1を水孔12に通すので、ウォータジャケット11への挿入性がよく、また、ウォータジャケット11への挿入後はばね機構3が拡開して壁に密着するので、ウォータジャケット11内でのスペーサ1の固定性がよい。また、誤組み付け時など脱着したい時も、支持具2を引っ張ればよく、その時はスペーサ1が弾性変形して、水孔12を通して出すことができる。これらにより、挿入性、誤組み付け時の脱着性に優れたスペーサを提供できる。」(段落【0019】及び【0020】) 1e)図2から、スペーサ1が膨潤してウォータージャケット11のシリンダボア壁14側の壁面のみを覆うことが看取できる。 (2)刊行物1記載の発明 上記(1)並びに図2及び図3の記載からみて、実施例1に関して、刊行物1には以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。 「シリンダブロック10のシリンダボア壁14のウォータージャケット11側の壁面に密着することにより、シリンダボア壁14の壁面を覆うための接触面を有するシリンダボア壁14に設けられたスペーサ1であり、 接触面は、ウォータージャケット11のシリンダボア壁14側の壁面のみを覆い、 接触面を形成する部位の材質が発泡性ゴムであり、 シリンダブロック10に支持された支持具により所定位置に保持されるシリンダボア壁14に設けられたスペーサ1。」 2.刊行物2(特開2007-71039号公報)について 原査定の拒絶の理由に引用され、もとの出願の出願前に頒布された上記刊行物2には、図面とともに次の事項が記載されている。 (1)刊行物2の記載事項 2a)「【請求項1】 シリンダブロックのウォータジャケット内に嵌め入れられて、該ウォータジャケット内における冷却水の流通容量を調整する為のウォータジャケットスペーサであって、 前記ウォータジャケットの形状に沿うよう成型されたスペーサ基体が、芯材と、該芯材に担持され冷却水により膨潤する膨潤材とよりなる調整部を備え、上記膨潤材の冷却水による膨張が、上記芯材の担持拘束作用により、スペーサ基体の面域方向には規制され、概ね厚み方向には許容されるようにしたことを特徴とするウォータジャケットスペーサ。」(【特許請求の範囲】の【請求項1】) 2b)「【請求項8】 請求項1乃至7のいずれかに記載のウォータジャケットスペーサにおいて、 前記膨潤材が、水膨潤性のエラストマーからなることを特徴とするウォータジャケットスペーサ。」(【特許請求の範囲】の【請求項8】) 2c)「【0012】 請求項1の発明に係るウォータジャケットスペーサによれば、ウォータジャケットへの挿入時は調整部がまだ膨潤していないから、スペーサ基体とのトータル厚みをウォータジャケット内壁間幅より小としておけば、その挿入はウォータジャケット内壁で抵抗を受けることなく円滑になされる。挿入後は冷却水により膨潤材が膨潤するから、ウォータジャケット内壁間で密着して安定固定化される。そして、上記芯材の担持拘束作用により、スペーサ基体の面域方向には膨潤材の膨張が規制され、ウォータジャケットとウォータジャケットスペーサとの間が埋められことになるから、調整部の上記面域方向の大きさや形成位置或いは形成個数等を、実験データ等に基づき事前に適宜設定することより、ボア壁温が上下方向に亘り略均等温度となるような冷却水の流通容量の適正化が極めて合理的になし得る。また、膨潤材の冷却水による膨張が、概ね厚み方向には許容されるようになされているから、厚み方向への膨張部分によってウォータジャケットの内壁間での上記密着・固定がより確実になされる。 【0013】 また、調整部を請求項2?7の発明のように構成すれば、既存の材料の使用と公知の加工技術により、上記厚み方向への膨張許容及び面域方向への膨張規制特性を備えた調整部の形成が簡易になし得、これらの選択的採用によって本発明のウォータジャケットスペーサを簡易且つ安価に供給することができる。更に、請求項8の発明のように、膨潤材が水膨潤性エラストマーからなるものとすれば、ウォータジャケット内での設置状態において、膨潤材の弾力性によりエンジンの振動が吸収され、膨潤によるウォータジャケットの内壁間での密着・固定がより安定的になされる。」(段落【0012】及び【0013】) 2d)「【0018】 図1及び図3に示す調整部5は、上記スペーサ基体1とは別体に形成され、芯材としての板状(シート状)非膨潤性材51と、膨潤材50とが固着一体とされてなり、スペーサ基体1の内面に、膨潤材50がボア壁4a側に向くよう接着剤5aによって貼着されている。スペーサ基体1への貼着は、接着剤5aによる場合の他、熱溶着も可能である。膨潤材50は、例えば、EPDMに前記吸水性高分子材料を配合してなり、また、非膨潤性材51はこれと同じゴム成分(同じ加硫剤を含む)であり吸水性高分子材料を含まないEPDMからなり、両者は同時成型(2色成型)により重合一体に固着される。ゴム成分を同一とすれば、このような2色成型により重合一体化が容易になし得るが、非膨潤性材51と、膨潤材50とを接着剤により固着一体とすることも除外するものではない。スペーサ基体1と調整部5とのトータル厚みは、ウォータジャケット3の内壁間幅より小とされている。 【0019】 図3(a)は、上記スペーサSをウォータジャケット3内に嵌め入れた直後の状態、即ち、冷却水をウォータジャケット3内に流通させていない状態を示し、従って、膨潤材50は未だ膨潤せず、その嵌め入れはウォータジャケット3の内壁等で抵抗を受けることなく遊挿状態で円滑になされる。斯くして、ウォータジャケット3に冷却水が流通されると、膨潤材50は水を吸って膨潤し、図3(b)の白抜矢示のようにスペーサ基体1の厚み方向に膨張する。そして、この膨張部分はウォータジャケット3のボア壁4a側内壁面に弾接し、この反作用でウォータジャケットスペーサSはウォータジャケット3の内壁間に密着・固定される。従って、エンジンの振動等によって、ウォータジャケットスペーサS自体がウォータジャケット3内で上下動することがない。また、調整部5がEPDMのようなゴム材(エラストマー)によって構成されていると、その弾性によって、エンジンの振動が吸収され、上記密着・固定がより安定的になされる。 【0020】 膨潤材50は、非膨潤性材51に固着一体とされているから、冷却水が流通されても、膨潤しない非膨潤性材51の芯材としての担持拘束作用によって、スペーサ基体1の面域方向には膨張することがない。従って、調整部5の面域方向の大きさは変化しないから、ボア壁4aの温度が、エンジンの規模に応じ適正化され、また、上下に亘って略均等となるよう、冷却水が、調整部5の大きさ、個数、形成位置等によって設定された適正容量によってウォータジャケット3内を流通し、これにより設計者が意図した所期の冷却機能が的確且つ持続的に発現され、自動車の燃費向上等に大きく寄与する。」(段落【0018】ないし【0020】) (2)刊行物2記載の技術 上記(1)及び図1ないし図3の記載からみて、刊行物2には以下の技術(以下、「刊行物2技術」という。)が記載されている。 「スペーサ基体1を、芯材51と該芯材51に担持され冷却水により膨潤するエラストマーである膨潤材50とよりなる調整部5によってウォータジャケット3のボア壁4と反対側の壁に密着・固定する技術。」 3.刊行物3(特開2005-256661号公報)について 原査定の拒絶の理由に引用され、もとの出願の出願前に頒布された上記刊行物3には、図面とともに次の事項が記載されている。 (1)刊行物3の記載事項 3a)「【0032】 (実施の形態4) 図7は、この発明の実施の形態4に従ったシリンダブロックの冷却構造の断面図である。図8は、図7中の弾性体を示す断面図である。図7および図8を参照して、この発明の実施の形態4に従ったシリンダブロックの冷却構造1では、弾性体としての板ばね204を用いて、ウォータジャケットスペーサー20をボア壁11bに向かって付勢する。すなわち、過冷却防止手段は、ボア壁11bに向かってウォータジャケットスペーサー20を付勢する付勢手段としての板ばね204により構成される。 【0033】 なお、実施の形態1では、過冷却防止手段は、ボア壁11bとウォータジャケットスペーサー20との間の隙間の発生を防止する手段としての保温材201により構成される。 【0034】 板ばね204は、コイルばねなどの他のばねにより置換えてもよい。また、ゴム、ウレタンなどの弾性体に置換えてもよい。 【0035】 このように構成された実施の形態4に従ったシリンダブロックの冷却構造1では、ウォータジャケットスペーサー20とボア壁11bとの間に隙間が発生することを防止できる。その結果、実施の形態1に従ったシリンダブロックの冷却構造1と同様の効果がある。」(段落【0032】ないし【0035】) 3b)「【0039】 (実施の形態6) 図11は、この発明の実施の形態6に従ったシリンダブロックの冷却構造の断面図である。図12は、図11中の楔状部材の断面図である。図11および図12を参照して、この発明の実施の形態6に従ったシリンダブロックの冷却構造1では、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に楔状部材205を設ける。楔状部材205は、たとえば弾性を有する金属により構成される。また、楔状部材205は、樹脂、ゴム、絶縁材料などさまざまな部材で構成されていてもよい。楔状部材205がウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に介在することで、楔状部材205は付勢手段の役割を果たす。すなわち、楔状部材205により、ウォータジャケットスペーサー20はボア壁11bに向かって押し付けられる。これにより、ボア壁11bとウォータジャケットスペーサー20との間の隙間を減少させることができ、冷却水の回り込みを防止することができる。 【0040】 このように構成された、この発明に実施の形態6に従ったシリンダブロックの冷却構造1でも、実施の形態1に従ったシリンダブロックの冷却構造と同様の効果がある。」(段落【0039】及び【0040】) (2)刊行物3記載の技術 上記(1)並びに図7、図8及び図11の記載からみて、刊行物3には以下の技術(以下、「刊行物3技術」という。)が記載されている。 「ウォータジャケットスペーサー20をボア壁11bに向かって付勢するため、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に板ばね204や弾性を有する楔状部材205を付勢手段として設ける技術。」 4.刊行物4(特開2007-162473号公報)について 原査定の拒絶の理由に引用され、もとの出願の出願前に頒布された上記刊行物4には、図面とともに次の事項が記載されている。 (1)刊行物4の記載事項 4a)「【0013】 本発明のウォータージャケットスペーサ(請求項1)によれば、ウォータージャケット内に多孔質部材が挿入されているため、エンジンの燃焼,膨張行程におけるピストンの下死点側(下部側)の端部の過冷却を抑制することができる。また、多孔質部材に一端部を内挿されたブラケットにより多孔質部材内部の熱が上部側の冷却水へと熱伝導されるため、ピストンの下死点側の端部の過昇温を抑制できる。これにより、シリンダ外周において上部側から下部側にかけての温度分布を略均一にすることが容易となる。」(段落【0013】) 4b)「【0021】 (2)ウォータージャケットスペーサ構成 本発明のウォータージャケットスペーサは、ウォータージャケット3に内装されている。まず、図1に示すように、ウォータージャケット3の内部において、ピストン14の下死点側、すなわち、シリンダブロック4の下部側(クランクケース側)の端部には、多孔質部材としてスポンジ1が挿入されている。このスポンジ1は、空孔同士が互いに繋がっているオープンセル式の材料であって、例えばNBR(ニトリルゴム)製スポンジやその他のゴム系スポンジ、合成樹脂系スポンジ等である。スポンジ1内部の空孔を冷却水が通り抜けようとしても、その冷却水の流通が滞って水の流れが鈍るようになっている。これにより、スポンジ1が挿入されたウォータージャケット3の下部側では、上部側よりも温度が変動しにくい(熱量が移動しにくい)性質が与えられることになる。つまり、スポンジ1はシリンダブロック4の下部側における冷却水による過冷却を抑制するよう機能する。」(段落【0021】) (2)刊行物4記載の技術 上記(1)及び図1の記載からみて、刊行物4には以下の技術(以下、「刊行物4技術」という。)が記載されている。 「ウォータージャケット3の下部側に、空孔同士が互いに繋がっているオープンセル式の材料からなるスポンジを挿入して、シリンダブロック4の下部側における冷却水による過冷却を抑制する技術。」 5.刊行物5(特開平8-296495号公報)について 原査定の拒絶の理由に引用され、もとの出願の出願前に頒布された上記刊行物5には、図面とともに次の事項が記載されている。 (1)刊行物5の記載事項 5a)「【請求項1】ウォータジャケットの低温部分に含水性のある充填部材を設置したことを特徴とするエンジンのシリンダブロック。」(【特許請求の範囲】の【請求項1】) 5b)「【0005】 【実施例】以下、図示の実施例について本発明を詳しく説明する。一般に燃焼室内の可燃混合気に適度のスワール比や強いスキッシュ流などを与えて燃焼させると燃焼速度が速くなって燃焼時間が短縮され、上死点直後で全ての可燃混合気が燃焼を終了する。(急速燃焼による熱効率の向上) また、急速燃焼させると、受熱面積の大きなピストンクラウン部が大きな熱負荷を受けると共に受けた熱の大部分が上死点付近でピストンリングを介してシリンダライナ側に伝達されるため、シリンダライナの温度分布は上死点付近で最高となり、それ以降は温度が急速に低下して膨張行程の凡そ1/3付近より下死点まではシリンダライナの冷却が不要なレベルまで温度が低下する。このような領域はいわゆる低温部分であって、それは図1の符号5で示してある。 【0006】本発明の実施例では、エンジンのシリンダブロックとシリンダライナが一体形の例を示しているが、必ずしも一体形を必要とするものではなく別体形であってもよい。図1のシリンダブロック1に示すように、シリンダライナ2の外周部の上死点側より下死点側にかけて設けたウォータジャケット3の上記低温部分5のウォータジャケット3に含水性のある充填部材4を設置する。この充填部材4の例としては、耐熱性のある合成樹脂製のスポンジ材料やウール状の素材ガあげられる。そして、ウォータポンプが作動しても、充填部材4を設置したウォータジャケット3の冷却水は流れないようにし、シリンダライナ2の高温部の上死点付近だけを流して冷却するようにする。その他の構成は従来の技術と同じであるので、ここでは説明を省略する。」(段落【0005】及び【0006】) (2)刊行物5記載の技術 上記(1)及び図1の記載からみて、刊行物5には以下の技術(以下、「刊行物5技術」という。)が記載されている。 「ウォータジャケット3の、膨張行程の凡そ1/3付近より下死点までの領域である低温部分5のウォータジャケット3に含水性のある充填部材4を設置する技術。」 第5 対比・判断 1.本願発明1について 本願発明1と引用発明とを対比する。 引用発明における「シリンダブロック10」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本願発明1における「内燃機関のシリンダブロック」に相当し、以下同様に、「シリンダボア壁14」は「シリンダボア壁」に、「ウォータージャケット11」は「溝状冷却水流路」に、「密着する」は「接する」に、それぞれ相当する。 そして、引用発明における「シリンダボア壁14に設けられたスペーサ1」と、本願発明1における「シリンダボア壁の保温部材」とは、「シリンダボア壁に設けられた部材」という限りにおいて一致し、 引用発明1における「接触面を形成する部位の材質が発泡性ゴム」であることと、本願発明1における「接触面を形成する部位の材質がエラストマ」であることとは、「接触面を形成する部位の材質が弾性部材」であること、という限りにおいて一致する。 したがって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。 [一致点] 「内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接することにより、シリンダボア壁の壁面を覆うための接触面を有するシリンダボア壁に設けられた部材であり、 該接触面は、該溝状冷却水流路のシリンダボア壁側の壁面のみを覆い、 該接触面を形成する部位の材質が弾性部材である、 シリンダボア壁に設けられた部材。」 [相違点1] 「シリンダボア壁に設けられた部材」に関して、本願発明1においては「シリンダボア壁の保温部材」であるのに対して、引用発明においては「シリンダボア壁14に設けられたスペーサ1」である点。 [相違点2] 「接触面を形成する部位の材質が弾性部材」であることに関して、本願発明1においては「接触面を形成する部位の材質がエラストマ」であるのに対して、引用発明においては「接触面を形成する部位の材質が発泡性ゴム」である点。 [相違点3] 本願発明1においては「保温部材の内部又は接触面とは反対の裏面に補強材を有して」いるのに対して、引用発明においては、スペーサ1が補強材を有しているか不明な点。 [相違点4] 本願発明1においては「シリンダボア壁の保温部材」が「対壁接触部を有する固定部材により、シリンダボア壁に押し付けられて固定される」のに対して、引用発明においては「シリンダボア壁14に設けられたスペーサ1」が「シリンダブロック10に支持された支持具により所定位置に保持される」点。 以下、上記相違点について判断する。 事案に鑑み、まず相違点4について検討する。 [相違点4について」 刊行物2技術は、「スペーサ基体1を、芯材51と該芯材51に担持され冷却水により膨潤するエラストマーである膨潤材50とよりなる調整部5によってウォータジャケット3のボア壁4と反対側の壁に密着・固定する技術」であって、 刊行物3技術は、「ウォータジャケットスペーサー20をボア壁11bに向かって付勢するため、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に板ばね204や弾性を有する楔状部材205を付勢手段として設ける技術」である。 まず、刊行物2技術について検討すると、スペーサ基体1は膨潤剤50を含む調整部5によって、ウォータジャケット3のボア壁4と反対側の壁に密着・固定するのであって、保温部材がシリンダボア壁に押しつけられて固定される本願発明1のものとは基本構成において異なる。 さらに、引用発明におけるスペーサ1を所定位置に保持するための支持具に代えて刊行物2技術における膨潤剤50を含む調整部5を採用することができるかについて検討すると、引用発明における支持具は、膨潤してシリンダボア壁14に接触する発泡性ゴムからなるスペーサ1を所定位置に保持するのであり、一方、刊行物2技術における膨潤剤50を含む調整部5はスペーサ基体1をウォータジャケット3のボア壁4と反対側の壁に密着・固定する、すなわち、ボア壁4と反対側の壁に押しつけるのであるから、引用発明における支持具と、刊行物2技術における膨潤剤50を含む調整部5とはそれぞれの作用において異なるものである。 よって、引用発明におけるスペーサ1を所定位置に保持するための支持具に代えて刊行物2技術における膨潤剤50を含む調整部5を採用する動機付けを見出すことはできない。 次に刊行物3技術について検討すると、引用発明における、スペーサ1を所定位置に保持するための支持具に代えて刊行物3技術における、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に板ばね204や弾性を有する楔状部材205を採用できるかについて検討すると、引用発明における支持具は、膨潤してシリンダボア壁14に接触する発泡性ゴムからなるスペーサ1を所定位置に保持するためのものであり、刊行物3技術における、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に設けられた板ばね204や弾性を有する楔状部材205は、ウォータジャケットスペーサー20をボア壁11bに向かって付勢するものであるから、引用発明における支持具と、刊行物3技術における、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に設けられた板ばね204や弾性を有する楔状部材205とはそれぞれの作用において異なるものである。 よって、引用発明における、スペーサ1を所定位置に保持するための支持具に代えて刊行物3技術における、ウォータジャケットスペーサー20とシリンダブロックベース部13との間に板ばね204や弾性を有する楔状部材205を採用する動機付けを見出すことはできない。 さらに、刊行物1における実施例3及び実施例4に関する記載(第4 1.(1)1c)、1d)の記載、図5及び図6を参照)によれば、ウォータジャケット11のシリンダボア壁14側の壁面とシリンダボア壁14の反対側の壁面の両方にスペーサ1を設け、スペーサ1同士をばね機構3によって互いに付勢する技術が開示されているが、スペーサ1の接触面がウォータジャケット11のシリンダボア壁14側の壁面のみを覆う引用発明のものとは基本構成が異なるため、引用発明に上記刊行物1における実施例3及び実施例4における技術を適用する動機付けを見出すことはできない。 また、刊行物4技術及び刊行物5技術においては、上記相違点4に係る本願発明1の発明特定事項についての開示や示唆を行うものではない。 よって、相違点1ないし3について判断するまでもなく、本願発明1は、引用発明、刊行物2技術ないし刊行物5技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。 2.本願発明2について 本願の特許請求の範囲における請求項2は、請求項1の記載を他の記載に置き換えることなく引用して記載されたものであるから、本願発明2は、本願発明1の発明特定事項を全て含むものである。 したがって、本願発明2は、本願発明1と同様の理由で、引用発明、刊行物2技術ないし刊行物5技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。 3.本願発明3について 本願発明3は、本願発明1に対応する構成を全て備えるものであるから、本願発明1と同様の理由で、引用発明、刊行物2技術ないし刊行物5技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。 4.本願発明4ないし8 本願の特許請求の範囲における請求項4ないし8は、請求項3の記載を他の記載に置き換えることなく引用して記載されたものであるから、本願発明4ないし8は、本願発明3の発明特定事項を全て含むものである。 したがって、本願発明4ないし8は、本願発明3と同様の理由で、引用発明、刊行物2技術ないし刊行物5技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。 第6 むすび 以上のとおり、本願の請求項1ないし8に係る発明は、いずれも引用発明、刊行物2技術ないし刊行物5技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。 また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審決日 | 2017-09-05 |
出願番号 | 特願2015-52879(P2015-52879) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WY
(F02F)
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最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 永田 和彦、櫻田 正紀 |
特許庁審判長 |
冨岡 和人 |
特許庁審判官 |
松下 聡 槙原 進 |
発明の名称 | シリンダボア壁の保温部材、内燃機関及び自動車 |
代理人 | 特許業務法人あしたば国際特許事務所 |
代理人 | 赤塚 賢次 |