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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 F02B
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 取り消して特許、登録 F02B
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F02B
管理番号 1331919
審判番号 不服2016-15799  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-10-24 
確定日 2017-09-19 
事件の表示 特願2015-527615号「ディーゼルエンジンの燃焼室構造」拒絶査定不服審判事件〔平成27年11月26日国際公開、WO2015/177898、請求項の数(5)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2014年(平成26年)5月22日を国際出願日とする出願であって、平成27年5月28日に国内書面、特許協力条約第34条補正の写し提出書及び手続補正書が提出され、平成28年4月14日付けで拒絶理由が通知され、平成28年6月20日に意見書が提出されたが、平成28年7月25日付けで拒絶査定がされ、平成28年10月24日に拒絶査定不服審判が請求されたものであり、その後、当審において、平成29年6月22日付けで拒絶理由が通知され、平成29年7月28日に意見書が提出されたものである。

第2 原査定の理由の概要
原査定(平成28年7月25日付け拒絶査定)の理由の概要は次のとおりである。

本願の請求項1ないし5に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び例えば引用文献2,3に記載の周知の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
1.特開2006-118427号公報
2.特開2012-26412号公報(周知技術を示す文献)
3.特開2004-245047号公報(周知技術を示す文献)

第3 本願発明
本願の請求項1ないし5に係る発明は、国際出願時の明細書、平成27年5月28日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲及び国際出願時の図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、「本願発明1」ないし「本願発明5」という。)。

「 【請求項1】
リエントラント型キャビティを冠面に有するピストンと、上記キャビティの中心線上に配置された多噴孔の燃料噴射ノズルと、を備えてなるディーゼルエンジンにおいて、
上記リエントラント型キャビティの入口部において最小径となるリップ部が開口縁よりも下方に位置し、
上記リップ部よりも上方かつ外周側に形成されるポケット部は、アイドル時に上死点前に噴射される最先の噴霧が指向する高さ位置にあり、
アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている、ディーゼルエンジンの燃焼室構造。
【請求項2】
上記ポケット部内に保持された燃料が、ピストン上昇に伴いキャビティ内へ向かうスキッシュ流によってキャビティ内に流れ込むように構成されている、請求項1に記載のディーゼルエンジンの燃焼室構造。
【請求項3】
上記リップ部の直上におけるポケット部の外周壁面が、断面で円弧形をなす、請求項1または2に記載のディーゼルエンジンの燃焼室構造。
【請求項4】
上記キャビティの開口縁における入口径がシリンダのボア径に対し58パーセント以上であり、
上記ポケット部の容積は、ピストン上死点位置での全燃焼室容積に対し、3パーセント以上でかつ13パーセント以下である、請求項1?3のいずれかに記載のディーゼルエンジンの燃焼室構造。
【請求項5】
ピストン冠面から上記リップ部までのピストン軸方向の距離が、ピストン冠面からキャビティ底部までの高さに対し、10パーセント以上でかつ37パーセント以下である、請求項4に記載のディーゼルエンジンの燃焼室構造。」

第4 刊行物
1.刊行物1(特開2006-118427号公報)について
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の国際出願日前に頒布された上記刊行物1には、図面とともに次の事項が記載されている。

(1)刊行物1の記載事項
1a)「【請求項1】
圧縮行程上死点近傍の時期における燃焼室内への燃料噴射である主噴射より早い時期に、該主噴射の燃料量より少ない燃料量の噴射であるパイロット噴射を行う圧縮着火内燃機関において、
ピストンと、
前記ピストンの頂部に設けられたキャビティであって、主噴射による噴射燃料が吹き込まれるメインキャビティと、
前記メインキャビティの開口部縁部の周辺に設けられたキャビティであって、パイロット噴射による噴射燃料を液状又は気液混合状態で保持するトラップキャビティと、
を備えることを特徴とする圧縮着火内燃機関。
【請求項2】
前記トラップキャビティは、前記パイロット噴射を行う燃料噴射弁の噴孔位置に対応する個数のキャビティから構成されることを特徴とする請求項1に記載の圧縮着火内燃機関。
【請求項3】
前記トラップキャビティは、前記メインキャビティの開口部縁部の周辺に形成された環状のキャビティであることを特徴とする請求項1に記載の圧縮着火内燃機関。
【請求項4】
前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される所定時期に実行され、
前記メイン噴射は、前記所定時期にかかわらず前記圧縮着火内燃機関の運転状態に応じて実行されることを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の圧縮着火内燃機関。
【請求項5】
前記所定時期は、吸気行程上死点近傍の時期であることを特徴とする請求項4に記載の圧縮着火内燃機関。
【請求項6】
前記パイロット噴射の噴射圧が所定圧以下の場合は、前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される吸気行程上死点近傍の時期に実行され、
前記パイロット噴射の噴射圧が所定圧を超える場合は、前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される圧縮行程後半の時期に実行されることを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の圧縮着火内燃機関。」(【特許請求の範囲】の【請求項1】ないし【請求項6】)

1b)「【0006】
本発明は、上記した課題を解決するために、ピストンの頂部に設けられたキャビティに着目した。スモークの発生量が増加するのは、燃焼室内において噴射燃料と空気とが十分に混合しない状態で主噴射による噴射燃料が自己着火した場合である。従って、噴射燃料と空気との混合を鑑みると、主噴射による噴射燃料が噴射箇所近くで着火するのではなく、噴射箇所から着火地点まである程度の距離が確保されるのが好ましい。
【0007】
そこで、本発明は、圧縮行程上死点近傍の時期における燃焼室内への燃料噴射である主噴射より早い時期に、該主噴射の燃料量より少ない燃料量の噴射であるパイロット噴射を行う圧縮着火内燃機関において、ピストンと、前記ピストンの頂部に設けられたキャビティであって、主噴射による噴射燃料が吹き込まれるメインキャビティと、前記メインキャビティの開口部縁部の周辺に設けられたキャビティであって、パイロット噴射による噴射燃料を液状又は気液混合状態で保持するトラップキャビティと、を備える。
【0008】
上述の圧縮着火内燃機関における特徴点は、トラップキャビティが設けられている点である。このトラップキャビティは、メインキャビティの周辺に設けられ、パイロット噴射による噴射燃料を保持する役割を有する。即ち、トラップキャビティに噴射燃料が保持されるタイミングでパイロット噴射が行われると、該噴射燃料が液状で、若しくはその一部が気化した気液混合状態で、トラップキャビティに燃料が保持される。」(段落【0006】ないし【0008】)

1c)「【0012】
ここで、上記の圧縮着火内燃機関において、前記トラップキャビティは、前記パイロット噴射を行う燃料噴射弁の噴孔位置に対応する個数のキャビティから構成されるようにしてもよい。即ち、パイロット噴射を行う燃料噴射弁の噴孔から噴射される燃料を、より確実に各キャビティで保持することが可能となり、以てスモークの抑制に寄与する。
【0013】
また、上記の圧縮着火内燃機関において、前記トラップキャビティは、前記メインキャビティの開口部縁部の周辺に形成された環状のキャビティであってもよい。トラップキャビティを環状で形成することで、パイロット噴射を行う燃料噴射弁の噴孔位置にかかわらず、パイロット噴射による噴射燃料をより確実に保持することが可能となる。
【0014】
ここで、上述までの圧縮着火内燃機関において、前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される所定時期に実行され、前記メイン噴射は、前記所定時期にかかわらず前記圧縮着火内燃機関の運転状態に応じて実行されるようにしてもよい。
【0015】
上記の所定時期とは、パイロット噴射を行う燃料噴射弁との関係から、パイロット噴射による噴射燃料がトラップキャビティにより確実に保持されるタイミングをいう。該タイミングは、燃料噴射弁の噴孔の向き等によって異なるが、燃料噴射弁の噴孔の中心軸上にトラップキャビティが存在するタイミングで、例えば、燃料噴射弁とピストンとの距離が短くなる吸気行程上死点近傍の時期や、圧縮行程後半の時期等が挙げられる。
【0016】
この圧縮着火内燃機関においては、パイロット噴射によってトラップキャビティに噴射燃料を保持させるだけで、その後、スモーク抑制のための噴霧形成は、ピストンの圧縮動作に伴って概ね自動的に行われる。即ち、メイン噴射の噴射燃料の着火源となる高温領域は、ピストンの圧縮動作によって最終的に形成される。従って、パイロット噴射の噴射時期は、メイン噴射の噴射時期とは連動させる必要はなく、それぞれを独立的に制御することが可能となる。つまり、メイン噴射の噴射時期は、パイロット噴射の噴射時期との間隔にかかわらず、内燃機関の運転状態、例えば機関負荷や機関回転速度に基づいて決定される噴射時期とすることが可能である。このようにメイン噴射時期を決定しても、メイン噴射時にはピストンの圧縮動作によって、スモークが抑制される噴霧が燃焼室内に形成されており、メイン噴射による噴射燃料が空気と適度に混合された状態で着火する。
【0017】
また、上述までの圧縮着火内燃機関において、前記パイロット噴射の噴射圧が所定圧以下の場合は、前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される吸気行程上死点近傍の時期に実行され、前記パイロット噴射の噴射圧が所定圧を超える場合は、前記パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される圧縮行程後半の時期に実行されるようにしてもよい。
【0018】
即ち、パイロット噴射の噴射圧によって、噴射時期を吸気行程上死点近傍の時期と圧縮行程後半の時期の二つに大別するものである。これは、パイロット噴射は、トラップキャビティに噴射燃料を保持させることを目的とするため、燃料噴射弁からの噴射燃料が勢いよくトラップキャビティに衝突する場合がある。このとき、燃料噴射弁から高圧の燃料がトラップキャビティに衝突すると、トラップキャビティが破損する虞がある。そこで、上記の所定圧を基準として、パイロット噴射の噴射燃料によってトラップキャビティが破損する程度に噴射圧が高い場合、即ち噴射圧が所定圧を超える場合は、燃焼室内の圧力が高い圧縮行程後半の時期にパイロット噴射を行う。これにより、トラップキャビティが受ける力が相対的に低下する。一方で、パイロット噴射の噴射燃料によってトラップキャビティが破損する程度に噴射圧が高くない場合、即ち噴射圧が所定圧以下である場合は、吸気行程上死点近傍の時期にパイロット噴射を行う。この結果、トラップキャビティの噴射圧による破損を可及的に回避することが可能となる。」(段落【0012】ないし【0018】)

1d)「【0028】
次に、図2に基づいて、内燃機関1において行われる燃料噴射、特にパイロット噴射と、トラップキャビティ14bとの関係について説明する。尚、主噴射とは、圧縮行程上死点近傍の時期に行われる燃料噴射である。また、パイロット噴射とは、主噴射より早い時期に行われる燃料噴射であって、主噴射の燃料噴射量より比較的少ない量の燃料を噴射するものである。
【0029】
図2は、本発明に係る内燃機関1において、トラップキャビティ14bを利用した燃料噴射形態を示す図である。上述したように、トラップキャビティ14bはメインキャビティ14aの開口部縁部に設けられている。このトラップキャビティ14bは、パイロット噴射によって噴射された燃料を一時的に保持することを目的とする。そこで、燃料噴射弁3の有する六個の噴孔に対応する六個のキャビティによって、トラップキャビティ14bは構成される。
【0030】
従って、燃料噴射弁3からのパイロット噴射は、噴孔から噴射された燃料がトラップキャビティを構成する各キャビティに保持されるべきタイミングで実行される。本実施例の内燃機関1においては、燃料噴射弁3とトラップキャビティ14bの位置関係から、そのタイミングは吸気行程上死点近傍の時期、若しくは圧縮行程後半の時期であって主噴射より早い時期である。これらのタイミングを外すと、燃料をトラップキャビティに保持することが困難となるだけでなく、噴射燃料が気筒2の内壁面に付着する虞がある。このいずれかのタイミングで噴射された燃料は、トラップキャビティ14bに保持される。そして、その後のピストン14の圧縮動作に伴って、トラップキャビティ14bに保持されていた燃料が気化、燃焼し、トラップキャビティ14bの周辺に高温領域19aが形成される。
【0031】
その後、燃料噴射弁3より主噴射が行われ、主噴射による噴霧(以下、「主噴射噴霧」という。)19bが、高温領域19aに向かって放射状に形成される。この主噴射噴霧19bにおいては、燃料噴射弁3近傍の噴霧は燃料と空気との混合がまだ十分に行われていないが、燃料噴射弁3から遠い先端部の噴霧は燃料と空気とが比較的よく混合されている。ここで、主噴射噴霧19bの先端部は、先述の高温領域19aに先ず曝されるため、この部位が先に着火し主噴射噴霧19b全体の燃焼へと繋がる。
【0032】
即ち、パイロット噴射の噴射燃料をトラップキャビティ14bで先ず保持し、主噴射が行われる燃料噴射弁3からある程度の距離を以て、燃焼室14内に高温領域14aを形成する。これにより、主噴射噴霧のうち燃料と空気との混合が促進されている箇所から燃焼を進ませ、スモークの発生を可及的に抑制することが可能となる。また、パイロット噴射によって、主噴射を行う前に高温領域19aを形成することで、主噴射による噴射燃料の燃焼時の騒音も抑制される。」(段落【0028】ないし【0032】)

1e)「【0033】
ここで、内燃機関1において行われる燃料噴射の制御(以下、「燃料噴射制御」という。)について、図3に示すフローチャート基づいて説明する。尚、本実施例における燃料噴射制御は、ECU20によって一定のサイクルで繰り返し実行されるルーチンである。
【0034】
S101では、内燃機関1の運転状態が属する負荷領域が検出される。具体的には、アクセル開度センサ16からの信号に基づく機関負荷と、クランクポジションセンサ15からの信号に基づく機関回転速度とから決定される運転状態が、パイロット噴射を行う低負荷領域、もしくは中負荷以上の負荷領域の何れに属するかが決定される。S101の処理が終了すると、S102へ進む。
【0035】
S102では、S101で決定された負荷領域に基づいて内燃機関1でパイロット噴射を行うか否か、即ち、内燃機関1の運転状態がパイロット噴射を行う低負荷領域に属しているか否かが判定される。内燃機関1でパイロット噴射を行うと決定されるとS103へ進み、パイロット噴射を行わないと決定されるとS106へ進む。
【0036】
S103では、燃料噴射弁3の噴射圧が所定圧より高いか否かが判定される。ここで、所定圧とは、パイロット噴射を圧縮行程後半の時期に実行するか、吸気行程上死点近傍の時期に実行するかを決定するための基準値である。吸気行程上死点近傍の時期にパイロット噴射を行うと、圧縮行程後半の時期に行う場合と比べてトラップキャビティ14bに燃料を保持する時間が長くなるため、より確実に高温領域14aを形成することができる。しかし、吸気行程中における燃料噴射は、燃焼室14内の圧力が低いため燃料の噴射圧によってトラップキャビティ14bが破損する虞がある。一方で、圧縮行程後半の時期では燃焼室14内の圧力は比較的高くなっているため、燃料の噴射圧によってトラップキャビティ14bが破損する可能性はより低い。
【0037】
そこで、燃料の噴射圧によってトラップキャビティ14bが破損する可能性が高いときの噴射圧を前記所定圧に設定する。そして、実際の噴射圧と所定圧とを比較することで、上記の何れのタイミングでパイロット噴射を行うかが決定される。具体的には、噴射圧が所定圧より高い場合は、S104へ進み、圧縮行程後半の時期にパイロット噴射が行われる。一方で、噴射圧が所定圧より高くない場合は、S105へ進み、吸気行程上死点近傍でパイロット噴射が行われる。尚、本実施例においては、燃料噴射弁3が繋がれている蓄圧室9内の圧力を、燃料噴射弁3の噴射圧と見る。」(段落【0033】ないし【0037】)

(2)上記(1)及び図1ないし図5から分かること
1f)図2の図示内容及び技術常識からみて、ピストン4のメインキャビティ14aは、リエントラント型のものであることが分かる。

1g)上記(1)1a)【請求項2】の記載「トラップキャビティは、パイロット噴射を行う燃料噴射弁の噴孔位置に対応する個数のキャビティから構成される」、及び図2において、トラップキャビティ14bが複数設けられていることからみて、燃料噴射弁3は複数の噴孔が設けられた多噴孔のものであることが分かる。

1h)図2の図示内容からみて、燃料噴射弁3は、ピストン4のメインキャビティ14aの中心線上に配置されていることが分かる。

1i)図2の図示内容からみて、メインキャビティ14aの入口部において最小径となるリップ部が開口縁よりも下方に位置すること、及びリップ部よりも上方かつ外周側にトラップキャビティ14bが形成されていることが分かる。

1j)上記(1)1e)段落【0035】の記載から、パイロット噴射は、内燃機関の運転状態が低負荷領域にある場合において行われることが分かる。

1k)上記(1)1c)「【0014】・・パイロット噴射は、噴射燃料が前記トラップキャビティに保持される所定時期に実行され・・」、「【0015】・・上記の所定時期とは、パイロット噴射を行う燃料噴射弁との関係から、パイロット噴射による噴射燃料がトラップキャビティにより確実に保持されるタイミングをいう。・・」及び「段落【0018】・・パイロット噴射は、トラップキャビティに噴射燃料を保持させることを目的とするため、燃料噴射弁からの噴射燃料が勢いよくトラップキャビティに衝突する場合がある。・・」の記載からみて、トラップキャビティ14bは、パイロット噴射による噴射燃料が指向する高さ位置にあること、及びパイロット噴射による噴射燃料の先端部がトラップキャビティ14b内に入るようにトラップキャビティ14bが構成されていることが分かる。

(3)引用発明
上記(1)及び(2)並びに図1ないし図5の記載からみて、刊行物1には以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「リエントラント型のメインキャビティ14aを冠面に有するピストン4と、メインキャビティ14aの中心線上に配置された多噴孔の燃料噴射弁3と、を備えてなる圧縮着火内燃機関において、
リエントラント型のメインキャビティ14aの入口部において最小径となるリップ部が開口縁よりも下方に位置し、
リップ部よりも上方かつ外周側に形成されたトラップキャビティ14bは、低負荷領域において、圧縮行程後半の時期又は吸気行程上死点近傍の時期に噴射されるパイロット噴射による噴射燃料が指向する高さ位置にあり、
低負荷領域において、パイロット噴射による噴射燃料の先端がトラップキャビティ14b内に入るようにするとともに、噴射燃料が液状で、若しくはその一部が気化した気液混合状態で保持されるようにトラップキャビティ14bが構成されている、圧縮着火内燃機関の燃焼室構造。」

2.刊行物2(特開2012-26412号公報)について
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の国際出願日前に頒布された上記刊行物2には、図面とともに次の事項が記載されている。

(1)刊行物2の記載事項
2a)「【0010】
ところで、パイロット噴射の噴射圧は、メイン燃焼時における圧力上昇および煤の発生量と高い相関がある。具体的には、パイロット噴射圧が高すぎる場合には、パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突して分散が促進され、パイロット噴射により生成した既燃ガスとメイン噴射された燃料との重なり度合が小さくなる。このため、メイン燃焼時における圧力上昇の抑制効果が十分に発揮されなくなる結果、圧力上昇が増大して燃焼騒音が増大する。一方、パイロット噴射圧が低すぎる場合には、メイン噴射された燃料が比較的大きな液滴として存在している燃料噴射弁の近傍で、パイロット噴射により生成した既燃ガスとメイン噴射された燃料とが重畳して燃焼する結果、煤の発生量が増加する。
これに対して本発明では、パイロット噴射の噴射圧が、壁面に衝突するように設定されているメイン噴射の噴射圧よりも低い所定の範囲内となるように、それぞれの噴射圧を制御した。これにより、パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突するのを抑制でき、且つ燃料噴射弁からある程度離れた領域に漂うように制御できる。従って、上記のような不具合を回避でき、メイン燃焼時の圧力上昇による燃焼騒音および煤の発生量をより低減できる。」(段落【0010】)

2b)「【0019】
前記燃焼室を形成するピストンリップ部(例えば、後述のピストンリップ部335)が、段付き構造(例えば、後述の段差337)であることが好ましい。
【0020】
この発明では、燃焼室を形成するピストンリップ部を、段付き構造とした。これにより、段付き構造でない従来の燃焼室において、スキッシュエリアで局所的に高濃度酸素領域が形成されて煤と残存酸素との混合が緩慢となる結果、煤の酸化、低減が不十分となる事態を回避できる。即ち、この発明の燃焼室では、高圧でメイン噴射された燃料と空気の混合気は、燃焼室の壁面に衝突した後、段差が設けられたスキッシュエリアに流出する際に、段差部で再度、壁面衝突する。このとき、ピストン周方向への混合気の分散が促進される一方で、半径方向への混合気の貫徹力が弱められる結果、高濃度酸素領域がシリンダライナー壁面に沿って層状に形成される。この高濃度酸素領域と、所謂逆スキッシュ流によって燃焼室から流入してくる残存酸素との間に煤が挟まれる格好となり、煤の酸化、低減が促進される。」(段落【0019】及び【0020】)

2c)「【0048】
ところで、パイロット噴射の噴射圧は、メイン燃焼時における圧力上昇および煤の発生量と高い相関がある。具体的には、パイロット噴射圧が高すぎる場合には、パイロット噴射された燃料が燃焼室37の壁面に衝突して分散が促進され、パイロット噴射により生成した既燃ガスとメイン噴射された燃料との重なり度合が小さくなる。このため、メイン燃焼時における圧力上昇の抑制効果が十分に発揮されなくなる結果、圧力上昇が増大して燃焼騒音が増大する。一方、パイロット噴射圧が低すぎる場合には、メイン噴射された燃料が比較的大きな液滴として存在している燃料噴射弁5の近傍で、パイロット噴射により生成した既燃ガスとメイン噴射された燃料とが重畳して燃焼する結果、煤の発生量が増加する。
これに対して本実施形態では、パイロット噴射の噴射圧が、壁面に衝突するように設定されているメイン噴射の噴射圧よりも低い所定の範囲内となるように、それぞれの噴射圧を制御した。これにより、パイロット噴射された燃料が燃焼室37の壁面に衝突するのを抑制でき、且つ燃料噴射弁5からある程度離れた領域に漂うように制御できる。従って、上記のような不具合を回避でき、メイン燃焼時の圧力上昇による燃焼騒音および煤の発生量をより低減できる。
【0049】
また、本実施形態では、パイロット噴射圧比がエンジン3の負荷の増加に伴い低下するように、それぞれの噴射圧を制御した。ここで、パイロット噴射時におけるエンジン3の負荷は、例えば低過給条件や高EGR条件などでは酸素分圧が低い低負荷状態にあり、このような場合には、パイロット噴射された燃料の燃焼が十分に進行せず、メイン燃焼時の圧力上昇抑制効果が期待できない。そこで、本実施形態では、低負荷のときほど、パイロット噴射圧比を高めてパイロット燃焼を促進させ、エンジン3の負荷が増加するに伴い、パイロット噴射圧の比が低下するように噴射圧を制御するため、広い運転領域でメイン燃焼時の圧力上昇を抑制して、燃焼騒音を低減できる。
【0050】
また、本実施形態では、エンジン3が高負荷運転状態ではない場合には、パイロット噴射としてシングルパイロット噴射を実行するとともに、メイン噴射の噴射圧に対するシングルパイロット噴射の噴射圧の比が略2割?略3割の範囲内となるように、それぞれの噴射圧を制御した。
これにより、シングルパイロット噴射された燃料の到達距離が適切な範囲に制御されることで、燃料が燃焼室37の壁面に衝突するのをより抑制でき、且つ燃料噴射弁5からある程度離れた領域に漂うように制御できる。従って、メイン燃焼時の圧力上昇による燃焼騒音および煤の発生量をより確実に低減できる。」(段落【0048】ないし【0050】)

(2)刊行物2記載の技術
上記(1)及び図1ないし図7の記載からみて、刊行物2には以下の技術(以下、「刊行物2技術」という。)が記載されている。

「内燃機関の燃料噴射制御装置において、パイロット噴射の噴射圧が、壁面に衝突するように設定されているメイン噴射の噴射圧よりも低い所定の範囲内となるように制御することにより、パイロット噴射された燃料が燃焼室37の壁面に衝突するのを抑制して、メイン燃焼時の圧力上昇による燃焼騒音および煤の発生量を低減する技術。」

3.刊行物3(特開2004-245047号公報)について
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の国際出願日前に頒布された上記刊行物3には、図面とともに次の事項が記載されている。

(1)刊行物3の記載事項
3a)「【請求項1】
噴射用燃料を高圧化するサプライポンプと、このサプライポンプからの高圧燃料を蓄圧するコモンレールと、各気筒毎に設けられそれぞれの開弁時にコモンレールから導いた高圧燃料を燃焼室内に噴射するインジェクタと、を含んで構成され、
メイン噴射に先立ってパイロット噴射を行う一方、
パイロット噴射時は、パイロット噴射に先立って、燃料噴射を行わない他気筒のインジェクタを、当該インジェクタが開弁するに至る遅延時間よりも短い時間幅で開弁駆動して空打ちすることにより、コモンレール内の燃料圧力を低下させ、メイン噴射での噴射率よりも低い噴射率で燃料噴射を行うことを特徴とするディーゼルエンジンの燃料噴射装置。」(【特許請求の範囲】の【請求項1】)

3b)「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、ディーゼルエンジンの燃料噴射装置において、メイン噴射に先立って少量の燃料を噴射するパイロット噴射を行うことにより、着火遅れ期間を短縮し、ディーゼル固有のいわゆるノック音を低減することが知られている。
【0006】
しかし、コモンレール式燃料噴射装置では、噴射圧力はコモンレール内の燃料圧力によって一義的に決まるため、噴射期間中の噴射圧力は一定となり、噴射率(単位時間当たりの燃料噴射量)も一定となる。
【0007】
このため、パイロット噴射時の噴射率がメイン噴射時の噴射率と同じとなり、パイロット噴射時の燃料噴霧の貫徹力(ペネトレーション)が必要以上に強く、燃料噴霧が燃焼室(ピストンキャビティ)の壁面に衝突して付着し、スモーク(HC)排出量の増大を招くという問題点があった。
【0008】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、インジェクタの空打ちを利用して、パイロット噴射時の噴射率をメイン噴射時の噴射率に対して低減することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
このため、本発明では、パイロット噴射時は、パイロット噴射に先立って、燃料噴射を行わない他気筒のインジェクタを、当該インジェクタが開弁するに至る遅延時間よりも短い時間幅で開弁駆動して空打ちすることにより、コモンレール内の燃料圧力を低下させ、メイン噴射での噴射率よりも低い噴射率で燃料噴射を行う構成とする。」(段落【0005】ないし【0009】)

3c)「【0024】
以上の構成において、ECU20により、各種センサからの信号に基づいて、エンジン運転条件として、エンジン回転速度Ne、アクセル開度Apo等を検出し、これらに基づいて、圧力制御弁11及びインジェクタ8の作動を制御することで、燃料噴射圧力(コモンレール圧力)、燃料噴射時期、燃料噴射量(燃料噴射時間)を制御し、一行程に燃料を複数回に分けて噴射することができる。すなわち、メイン噴射に先立って、少量の燃料を噴射するパイロット噴射を行うことにより、着火遅れ期間を短縮し、燃焼騒音を小さくすることができる。
【0025】
しかし、コモンレール式燃料噴射装置では、噴射圧力はコモンレール圧力によって一義的に決まるため、噴射期間中の噴射圧力は一定となる。従って、主に噴射圧力と噴孔部前後差圧とによって定まる噴射率(単位時間当たりの燃料噴射量)も噴射期間中一定となる。
【0026】
このため、パイロット噴射時の噴射率がメイン噴射時の噴射率と同じとなり、パイロット噴射時の燃料噴霧の貫徹力(ペネトレーション)が必要以上に強く、パイロット噴射時の燃料噴霧が、図6(A)に示すように、燃焼室(ピストンキャビティ)101の壁面に衝突して付着し、これによりスモーク(HC)排出量の増大を招いてしまう。
【0027】
そこで、本発明では、図4に示すように、燃料噴射気筒(例えば#1気筒)のパイロット噴射に先立って、燃料噴射を行わない他気筒(例えば#2気筒)のインジェクタを、当該インジェクタが開弁するに至る遅延時間よりも短い時間幅で開弁駆動して空打ちすることにより、コモンレール圧力を低下させる。
【0028】
すなわち、図5にインジェクタ(電磁弁41)への通電時間と燃料噴射量との関係(あるコモンレール圧力での関係)を示すように、電磁弁41を開弁駆動してから針弁34が実際に開弁するまでには、所定の遅延時間(いわゆる無効時間)があるため、その遅延時間未満で電磁弁41を開弁駆動することにより、その間に、コモンレール内の高圧燃料を油圧室37、油圧逃がし口39、弁室40を介して低圧側(リターン側)へ逃がすことで、コモンレール圧力を一時的に低下させる。
【0029】
このようにして、パイロット噴射に先立って、コモンレール圧力を一時的に低下させることで、パイロット噴射時に、メイン噴射での噴射率よりも低い噴射率で燃料噴射を行わせる。
【0030】
これにより、図6(B)に示すように、パイロット噴射時の燃料噴霧の貫徹力(ペネトレーション)を抑制でき、パイロット噴射時の燃料噴霧が、燃焼室(ピストンキャビティ)101の壁面に付着してスモーク(HC)排出量の増大を招くのを防止できる。」(段落【0024】ないし【0030】)

(2)刊行物3記載の技術
上記(1)及び図1ないし図14の記載からみて、刊行物3には以下の技術(以下、「刊行物3技術」という。)が記載されている。

「ディーゼルエンジンの燃料噴射装置において、パイロット噴射に先立ってコモンレール圧を一時的に低下させ、パイロット噴射時に、メイン噴射での噴射率よりも低い噴射率で燃料噴射を行わせることにより、パイロット噴射時の燃料噴霧が燃焼室の壁面に付着してスモーク(HC)排出量の増大を招くのを防止する技術。」

第5 対比・判断
1.本願発明1について
本願発明1と引用発明とを対比する。
引用発明における「リエントラント型のメインキャビティ14a」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本願発明1における「リエントラント型キャビティ」に相当し、以下同様に、「ピストン4」は「ピストン」に、「メインキャビティ14a」は「キャビティ」に、「燃料噴射弁3」は「燃料噴射ノズル」に、「圧縮着火内燃機関」は「ディーゼルエンジン」に、「トラップキャビティ14b」は「ポケット部」に、「パイロット噴射による噴射燃料」は「最先の噴霧」に、それぞれ相当する。
そして、引用発明における「圧縮行程後半の時期又は吸気行程上死点近傍の時期」は、特に、圧縮行程後半の時期は上死点前であることは明らかであるから、本願発明1の「上死点前」に相当する。
さらに、引用発明における「低負荷領域」と、本願発明1における「アイドル時」とは、「所定の運転状態」という限りにおいて位置する。

したがって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。

[一致点]
「リエントラント型キャビティを冠面に有するピストンと、キャビティの中心線上に配置された多噴孔の燃料噴射ノズルと、を備えてなるディーゼルエンジンにおいて、
リエントラント型キャビティの入口部において最小径となるリップ部が開口縁よりも下方に位置し、
リップ部よりも上方かつ外周側に形成されるポケット部は、所定の運転状態において上死点前に噴射される最先の噴霧が指向する高さ位置にある、
ディーゼルエンジンの燃焼室構造。」

[相違点1]
「所定の運転状態」に関して、本願発明1においては「アイドル時」であるのに対して、引用発明においては「低負荷領域」である点。

[相違点2]
本願発明1においては、「最先の噴霧の先端がポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている」のに対して、引用発明においては、「パイロット噴射による噴射燃料の先端がトラップキャビティ14b内に入るようにするとともに、噴射燃料が液状で、若しくはその一部が気化した気液混合状態で保持されるようにトラップキャビティ14bが構成されている」ものの、トラップキャビティ14bの壁が、パイロット噴射による噴射燃料の先端が衝突しないようにその位置が設定されているか否か不明である点。

以下、上記相違点について検討する。
事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。

[相違点2について]
刊行物2技術は、「内燃機関の燃料噴射制御装置において、パイロット噴射の噴射圧が、壁面に衝突するように設定されているメイン噴射の噴射圧よりも低い所定の範囲内となるように制御することにより、パイロット噴射された燃料が燃焼室37の壁面に衝突するのを抑制して、メイン燃焼時の圧力上昇による燃焼騒音および煤の発生量を低減する技術」であり、
刊行物3技術は、「ディーゼルエンジンの燃料噴射装置において、パイロット噴射に先立ってコモンレール圧を一時的に低下させ、パイロット噴射時に、メイン噴射での噴射率よりも低い噴射率で燃料噴射を行わせることにより、パイロット噴射時の燃料噴霧が、燃焼室の壁面に付着してスモーク(HC)排出量の増大を招くのを防止する技術」であるところ、「内燃機関の燃料噴射装置において、パイロット噴射の噴射圧あるいは噴射率をメイン噴射よりも低減することにより、パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突して付着するのを抑制して煤やHCの発生を防ぐこと」は周知技術(以下、「周知技術」という。)であると認められる。
しかしながら、上記周知技術は、「パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突して付着するのを抑制」はするものの、パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突しないように、燃焼室の壁面の位置を設定することについて明確に示唆するものではない。
さらに、引用発明は、「パイロット噴射による噴射燃料の先端がトラップキャビティ14b内に入るようにするとともに、噴射燃料が液状で、若しくはその一部が気化した気液混合状態で保持されるようにトラップキャビティ14bが構成」するものであって、トラップキャビティ14bに、噴射燃料を液状あるいは気液混合状態で保持するためには、むしろ、噴射燃料の噴霧をトラップキャビティ14bの壁面に衝突させて付着させることが好ましいことは当業者にとって明らかであるから、引用発明に、上記パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突して付着するのを抑制する周知技術を適用する動機付けを見出すことはできない。
そして、仮に引用発明に周知技術を適用したとしても、上述のとおり上記周知技術は、パイロット噴射された燃料が燃焼室の壁面に衝突しないように燃焼室の壁面の位置を設定することについて明確に示唆するものではないから、引用発明に上記周知技術を適用したとしても、上記相違点2に係る本願発明1の発明特定事項とすることはできない。
よって、相違点1について判断するまでもなく、本願発明1は、引用発明及び上記周知技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。

2.本願発明2ないし5について
本願の特許請求の範囲における請求項2ないし5は、請求項1の記載を他の記載に置き換えることなく、直接又は間接的に引用して記載されたものであるから、本願発明2ないし5は、本願発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、本願発明2ないし5は、本願発明1と同様の理由で、引用発明及び上記周知技術に基いて当業者が容易になし得たとすることはできない。

第6 当審による拒絶理由について
1.特許法第36条第6項第1号について
当審においては、請求項1に「アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている、」(下線部は、当審が付与したものである。以下同様。)と記載されている。この記載は、文言のとおりに解釈すると、最先の噴霧の先端がポケット部内に入り、かつ該ポケット部の壁面には、例外なく全く衝突しないことを意味する。
一方、本願明細書には、、「この発明の一実施例」について、「【0022】上記のポケット部44を備えたディーゼルエンジン1にあっては、機関アイドル時にパイロット噴射として上死点前に噴射された噴霧の燃料が、基本的に、ポケット部44の壁面45に強く衝突・拡散することなく、ポケット部44内に一時的に滞留する。…(略)…」、「【0026】図6は、前者の口径比(de/B)とアイドル時のHC排出量との関係を種々のエンジンについて実測した結果をまとめたものであり、口径比(de/B)が58パーセント以上であると、HC排出量が十分に低下する結果が得られた。これは、口径比(de/B)が58パーセント以上であれば、パイロット噴射の噴霧がポケット部44の壁面45に強く衝突しないことを意味する。」と記載されている。すなわち、パイロット噴射の噴霧がポケット部44の壁面45に強く衝突しないというにすぎず、噴霧ないしその先端が「強く」以外の態様で衝突すること(例えば弱い衝突、軽い衝突、緩い衝突、鈍い衝突、強くない衝突)を含んだ記載となっている。
そうすると、請求項1の上記事項は本願明細書の上記実施例に関する記載と明らかに整合していない。
よって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないとの拒絶理由を通知した。
しかしながら、平成29年7月28日提出の意見書における、上記請求項1の記載「アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている、」については、本願明細書の段落【0020】において、「最先の噴霧の先端が上記ポケット部44内に入りかつ外周の壁面45には衝突しないように、ポケット部44の壁面45の位置が設定されている」との記載があり、段落【0022】や段落【0026】に「強く衝突」とあっても、そもそもその前段である段落【0020】に「衝突しないように、ポケット部44の壁面45の位置が設定されている」と記載されていることから、「弱い衝突等を含む」という解釈があり得ないことは自明であるとの主張を踏まえれば、請求項1の記載における「該ポケット部の壁面には衝突しない」は、「強く」以外の態様での衝突、すなわち「弱い衝突」等は含まないことが明確となり、本願明細書段落【0020】等において記載されたものであるから、当審における特許法第36条第6項1号の拒絶理由は解消した。

2.特許法第36条第4項第1号について
当審においては、請求項1に「アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている、」と記載されている。この記載は、文言のとおりに解釈すると、最先の噴霧の先端がポケット部内に入り、かつ該ポケット部の壁面には、例外なく全く衝突しないことを意味する。
一方、噴射弁から噴射されて拡がる燃料の噴霧がその一部でもポケット部の壁面に全く衝突あるいは接触しないようにすることは、技術常識からみて困難であること、及び噴霧の先端がポケット部の壁面に衝突するかしないかは、噴射弁からの噴霧の貫通力の大小など、ポケット部の壁面の位置以外の要因にも大きく影響されると考えられるところ、本願明細書及び図面をみても、アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面に全く衝突しないようにするために、噴射弁からの噴霧の貫通力の大小などの他の要因も考慮に入れた上で、ポケット部の壁面の位置をどのように設定するかについての具体例が何も説明されていない。
そうすると、本願明細書等の記載は、当業者が、請求項1の上記事項について、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないとの拒絶理由を通知した。
しかしながら、平成29年7月28日提出の意見書における、明細書の段落【0020】に記載されているように、アイドル時のパイロット噴射時期におけるクランク角で筒内圧が定まり、アイドル時に必要な燃料量から燃料噴射ノズルのニードルリフト量が一定に定まり、燃料圧力は運転条件(ここではアイドル運転条件)に応じた既知の圧力に調圧されているので、燃料噴霧のペネトレーション(つまり噴霧先端位置)は予め設計値として求めることが可能です。このように設計値として既知であるアイドル時の「最先の噴霧の先端」位置に対応して、「アイドル時に、上記の最先の噴霧の先端が上記ポケット部内に入りかつ該ポケット部の壁面には衝突しないように、ポケット部の壁面の位置が設定されている」構成は、技術的に十分に可能であるとの主張を踏まえれば、本願明細書等の記載は、当業者が請求項1の上記事項について、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるから、当審における特許法第36条第4項1号の拒絶理由は解消した。

第7 むすび
以上のとおり、本願の請求項1ないし5に係る発明は、いずれも引用発明及び上記周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2017-09-04 
出願番号 特願2015-527615(P2015-527615)
審決分類 P 1 8・ 536- WY (F02B)
P 1 8・ 121- WY (F02B)
P 1 8・ 537- WY (F02B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 櫻田 正紀  
特許庁審判長 佐々木 芳枝
特許庁審判官 三島木 英宏
松下 聡
発明の名称 ディーゼルエンジンの燃焼室構造  
代理人 富岡 潔  
代理人 小林 博通  

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