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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1333007
審判番号 不服2015-10481  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-11-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-06-03 
確定日 2017-10-04 
事件の表示 特願2012-510958「エピメタボリックシフター、多次元細胞内分子、または環境影響因子を使用する代謝性障害の治療方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年11月18日国際公開、WO2010/132502、平成24年11月 1日国内公表、特表2012-526828〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成22年5月11日(パリ条約による優先権主張 2009年5月11日、米国、5件)を国際出願日とする出願であって、平成27年1月27日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成27年6月3日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出されたものである。
その後、当審において、平成28年8月3日付けで拒絶理由が通知され、これに対し、平成29年2月9日に意見書および手続補正書が提出された。

第2 本願発明
本願の請求項1?15に係る発明は、平成29年2月9日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害のための医薬組成物であって、治療的有効量の約1%?約25%w/wのコエンザイムQ10を唯一の有効成分として含む、医薬組成物。」

第3 当審の拒絶理由
当審において通知された拒絶理由
「1.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3.この出願は、発明の詳細な説明の記載について下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 」
のうち、上記理由2、3については、以下のとおりである。

「(2)理由2(第36条第6項第1号)
・請求項1?22
本願請求項1?22に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、「コエンザイムQ10が哺乳動物の疾患細胞において、正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化への細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発すること」による、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療に関する発明であって、解決しようとする課題も、「コエンザイムQ10が哺乳動物の疾患細胞において、正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化への細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発すること」によって、肥満を治療することであると認められる。

しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明は、以下の点を、当業者が認識できるように記載していない。
A)ミトコンドリア酸化的リン酸化を調節することで、肥満を治療できる点
本願明細書【0013】【0406】等では、癌細胞は、正常細胞と違って、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるのではなく、解糖と乳酸発酵によって優勢にエネルギー生産することが記載されるものの、肥満に罹患している哺乳動物の疾患細胞も、癌細胞と同様に、ミトコンドリア酸化的リン酸化の機能の調節において、正常細胞と異なると認識できる記載はない。
また、そもそも肥満は、大量の食物摂取や運動不足などの原因によるものに代表される、脂肪組織の量は多いが代謝性疾患ではない状態を含む用語である。むしろ、肥満が原因で糖尿病などの代謝性障害が引き起こされることは周知であったから、肥満(脂肪組織の量が多い状態)自体は、代謝機能の調節に異常がある疾患としないのが、出願時の技術常識であったといえる(必要であれば、引用文献Aの第60頁左欄第14?23行参照)。
このため、出願時の技術常識を参酌しても、肥満に罹患している哺乳動物の疾患細胞に対して、ミトコンドリア酸化的リン酸化を調節することで、肥満を治療できることは、発明の詳細な説明から認識できない。

B)コエンザイムQ10が、選択的に、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞に作用する点
本願明細書の実施例では、コエンザイムQ10を用いて、肥満に罹患した哺乳動物、または、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞を処置する例は記載されておらず、発明の詳細な説明から、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞と正常細胞との違いは認識できない。
そして、上記(1)でも述べたとおり、そもそも肥満に罹患した哺乳動物における「疾患細胞」が、正常細胞と何が異なるのか自体、当業者の技術常識では理解できない。
このため、コエンザイムQ10が、正常細胞ではなく、肥満に罹患している哺乳動物の疾患細胞に対して、選択的に作用することは、発明の詳細な説明の記載から認識できない。

C)コエンザイムQ10による処置によって、肥満を治療できる点
本願明細書の実施例では、コエンザイムQ10を用いて、肥満に罹患した哺乳動物、または、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞を処置する例は記載されていない。
また、癌細胞や糖尿病モデル細胞を用いた実施例において、コエンザイムQ10の処置により、脂質代謝に関わる遺伝子やタンパク質のいくつかで、発現の調節がみられたことは記載されるものの、これらの遺伝子やタンパク質の発現を調節することで、肥満を治療できることは、本願明細書のどこにも記載されていないし、出願時の技術常識であったともいえない。
このため、そもそもコエンザイムQ10による処置によって、(ミトコンドリア酸化的リン酸化の調節をするか否かにかかわらず)肥満を治療できることを、発明の詳細な説明から認識できない。

以上A)?C)の点からみて、請求項1?22に係る発明が、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を越えていると認められる。
よって、請求項1?22に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。

(3)理由3(第36条第4項第1号)
・請求項1?22
本願請求項1?22に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、「コエンザイムQ10が哺乳動物の疾患細胞において、正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化への細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発すること」による、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療に関する発明である。
これに対して、本願明細書の実施例では、コエンザイムQ10を用いて、肥満に罹患した哺乳動物、または、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞を処置する例が記載されていない。
さらに、そもそも、肥満(脂肪組織の量が多い状態)自体は、代謝機能の調節に異常がある疾患としないのが、出願時の技術常識であったといえるし(必要であれば、引用文献Aの第60頁左欄第14?23行参照)、発現を調節することで肥満の治療に有効な遺伝子やタンパク質は、出願時の技術常識でなかったから、
A)ミトコンドリア酸化的リン酸化を調節することで、肥満を治療できる点、
B)コエンザイムQ10が、選択的に、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞に作用する点、
C)コエンザイムQ10による処置によって、肥満を治療できる点
を、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、理解することもできない。
すなわち、コエンザイムQ10が、哺乳動物の疾患細胞において、正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化への細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発すること」によって、肥満を治療できることを、当業者は出願時の技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明から理解することができない。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?22に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

<引用文献等一覧>
A.メルクマニュアル 第17版 日本語版、2002年、第59-63頁 」

第4 本願明細書の記載
本願明細書の発明の詳細な説明には、以下のような記載がある。
「【0002】
本発明は、糖尿病および肥満などの代謝性障害の治療、予防、および低減に関するものである。」

「【0011】
本発明は、一部は、ミトコンドリア機能不全が代謝性疾患(糖尿病および肥満など)を含む広範囲の疾患に関連しており、CoQ10などのある内因性分子がこのような代謝性疾患の診断、治療、および予防の成功の鍵を握っているという発見に基づいている。本発明は、一部は、これらの主要な内因性分子が、酸化的リン酸化に直接影響を及ぼすことによって正常なミトコンドリア機能を維持するのに重要な役割を果たし、より正常化されたミトコンドリア酸化的(osidative)リン酸化の回復または促進が代謝性疾患の進行を有効に治療または予防できるという発見にも基づいている。本発明はさらに、あるクラスの環境影響因子(例えばCoQ10)が代謝性疾患の疾患細胞において、より正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化に向けた細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発することができるという発見に基づいている。これらの環境影響因子は、治療エンドポイントを表す方式で、代謝性障害(糖尿病など)の主要な指標となる細胞内ターゲットを調節することができる。」

「【0157】
「肥満」とは、患者が30kg/m2以上のBMIを有する症状を指す。「内臓型肥満」とは、男性患者では1.0、女性患者では0.8のウエスト対ヒップ比率をいう。別の態様において、内臓肥満は、インスリン抵抗性および前糖尿病の発症のリスクを規定する。」

「【0169】
代謝性障害について治療される患者は、医療実務者がこのような状態を有すると診断した人である。診断は、本明細書に記載されているものなどの任意の適切な手段によって実施されてもよい。糖尿病または肥満の発症が予防される患者は、このような診断を受けてもよいし、受けなくてもよい。当業者は、本発明の患者が標準的な検査に供されたかもしれないか、または、家族歴、肥満、特定の民族性(例えば、アフリカ系アメリカ人およびヒスパニック系アメリカ人)、妊娠性糖尿病または9ポンドより重い赤ちゃんの出産、高血圧、肥満または糖尿病の素因がある病理学的状態を有すること、高い血液レベルのトリグリセリド、高い血液レベルのコレステロール、分子マーカーの存在(例えば、自己抗体の存在)、および年齢(45歳を超える年齢)などの1つ以上のリスク因子の存在に起因して検査なしで高リスクであるとして同定されたかもしれないことを理解する。個体は、彼らの体重が、彼らの身長のために所望される最大体重よりも20%(女性では25%)以上である場合に肥満であると考えられる。100ポンドを超える過体重である成人は、病的に肥満であると考えられる。肥満は、30kg/m2を超えるボディマス指数(BMI)としても定義される。」

「【0175】
肥満(普通、約>30kg/m2のボディマス指数として定義される)は、高インスリン血症、インスリン抵抗性、糖尿病、高血圧症、および脂質異常症などの多種多様の病的症状に関連することが多い。これらの状態の各々は、心臓血管疾患のリスクに寄与する。」

「【0375】
実施例9:100um Q10による膵臓癌細胞(PaCa2)の処置によってmRNAレベルが調節されているとして同定された糖尿病関連遺伝子
100uM Q10によって処置された試料に、処置後の各種の時間に糖尿病アレイを実行した。実験は本質的に上記のように実施された。Q10処理に際して調節されることが見い出された様々な遺伝子が以下の表23に要約される。これらの結果は、以下の遺伝子がQ10処理によって調節されることを示した:ABCC8、ACLY、ADRB3、CCL5、CEACAM1、CEBRA、FOXG1、FOXP3、G6PD、GLP1R、GPD1、HNF4A、ICAM1、IGFBP5、INPPL1、IRS2、MAPK14、ME1、NFKB1、PARP1、PIK3C2B、PIK3CD、PPARGC1B、PRKAG2、PTPN1、PYGL、SLC2A4、SNAP25、HNF1B、TNRFSF1A、TRIB3、VAPA、VEGFA、IL4RおよびIL6。



「【0528】
実施例23:糖尿病の細胞モデルにおけるコエンザイムQ10による遺伝子発現の調節
コエンザイムQ10は、酸化的リン酸化に直接的に影響を与えることによって正常なミトコンドリア機能の維持において確立された役割を有する内因性分子である。糖尿病などの代謝性障害の鍵となる指標として治療エンドポイントを示す様式で働く細胞内標的を調節する際のコエンザイムQ10の能力を実証する実験的な証拠が提示されている。
【0529】
糖尿病の原因または治療に関連する遺伝子の発現をコエンザイムQ10がいかにして調節するかを理解するために、ヒト腎臓由来の不死化初代腎臓近位尿細管細胞系統(HK-2)およびヒト大動脈平滑筋細胞(HASMC)の初代培養が実験モデルとして使用された。HK-2およびHASMC細胞は、5.5mMグルコースで培養中に正常に維持され、これは、ヒト血液中で正常と考えられる範囲に対応する濃度である。しかし、糖尿病環境を刺激するために、両方の細胞系統は、続いて、22mMグルコースに維持され、これは、慢性高血糖に関連するヒト血液中で観察される範囲に対応する。続いて、細胞内調節プロセスが糖尿病状態を模倣するように機能的に適合されるように、細胞は3継代にわたり増殖させた。細胞系統の選択は、損なわれた心臓血管機能の進行性の病態生理学に加えて、腎機能不全および末期の腎臓病(ESRD)への進行に対する糖尿病の生理学的影響に基づいた。
【0530】
糖尿病PCRアレイを使用するHK-2細胞における遺伝子発現に対するコエンザイムQ10の効果
糖尿病PCRアレイ(SABiosciences)は、同時に84種の遺伝子のスクリーニングを提供する。本研究において試験された4種の処置は以下の通りである。
【0531】
・HK-2;
・HK-2H維持された22mMグルコース;
・HK2(H)+50μMコエンザイムQ10;および
・HK2(H)+100μMコエンザイムQ10。
【0532】
糖尿病アレイ(カタログ番号PAHS-023E,SABiosciences Frederick MD)に対するHK-2試料のリアルタイムPCRデータのストリンジェント分析は、遺伝子調節がHK-2正常未処置細胞よりも少なくとも2倍の調節ではなく、0.05未満のp値であるすべての結果を排除するように行われた。慢性高血糖またはコエンザイムQ10のいずれかによって調節されることが観察された遺伝子が表63に列挙され、それらの機能および細胞下局在(Ingenuity Pathway Analysis由来)は表64に列挙される。

【0533】
調節されたレベルを用いて検出されたRNA転写物の中で、癌胎児性抗原関連細胞接着分子1(CEACAM1)が、特に、100μMコエンザイムQ10処置を用いて、HK2(H)細胞において高度に上方調節されているとして同定された。CD66aおよびBGP-Iとしてもまた知られているCEACAM-1は、CEAスーパーファミリーの膜結合CEAサブファミリーに属する、115-200KDI型膜貫通糖タンパク質である。細胞の表面上で、これは非共有結合性のホモ-およびヘテロダイマーを形成する。細胞外領域は、3つのC2型Ig様ドメインおよび1つのN末端V型Ig様ドメインを含む。
C末端から第2のC2型ドメイン(aa320およびその向こう)を含む複数のスプライシング変異体が存在する。インタクトなマウスにおけるCEACAM1発現の欠如は、糖尿病に関連するメタボリックシンドロームを促進することが提案されているのに対して、CEACAM1発現の増加はインスリンの内部化と関連し、これは、インスリン感受性の増加およびグルコースの利用(例えば、血液から細胞へのグルコースの移動)を示唆し、従って、2型糖尿病に特徴的な特質であるインスリン抵抗性を軽減する。
【0534】
表63に示されるように、インスリン受容体(INSR)発現もまた、コエンザイムQ10で処置された糖尿病性HK-2細胞中で変化された。理論によって束縛されることは望まないが、コエンザイムQ10処置に伴うINSRの発現の増加は、インスリン感受性を増強し(単独でまたはCEACAM1の発現に加えてのいずれかで)、糖尿病に関連する主要な生理学的/代謝的合併症を逆転する潜在能力を有する。
【0535】
ミトコンドリアアレイを使用するHK-2細胞における遺伝子発現に対するコエンザイムQ10の効果
糖尿病におけるミトコンドリア遺伝子の示差的な発現は、ミトコンドリアアレイ(カタログ番号PAHS 087E、SABisociences Frederick MD)を使用してアッセイされた。慢性高血糖および/またはコエンザイムQ10処置によって調節された遺伝子は表65に列挙され、一方それらの機能は表66に含まれる。

【0536】
現在までに、糖尿病におけるコエンザイムQ10によって処置された糖尿病HK-2細胞中で同定された4種類のミトコンドリア遺伝子(表65)の役割は、特徴付けられていない。
【0537】
研究2:糖尿病PCRアレイを使用するHASMC細胞における遺伝子発現に対するコエンザイムQ10の効果 糖尿病PCRアレイ(SABiosciences)は、同時に84種の遺伝子のスクリーニングを提供する。本研究において試験された4種の処置は以下の通りである。
【0538】
・HASMC;
・HASMCH維持された22mMグルコース;
・HASMC(H)+50μMコエンザイムQ10;および
・HASMC(H)+100μMコエンザイムQ10。
【0539】
糖尿病アレイ(カタログ番号PAHS-023E,SABiosciences Frederick MD)に対するHASMC試料のリアルタイムPCRデータのストリンジェント分析は、遺伝子調節がHASMC正常未処置細胞よりも少なくとも2倍の調節ではなく、0.05未満のp値であるすべての結果を排除するように行われた。慢性高血糖またはコエンザイムQ10のいずれかによって調節されることが観察された遺伝子が表67に列挙される。

【0540】
HASMC細胞において、コエンザイムQ10での高血糖細胞の処置は、血管機能の調節に関与する遺伝子(AGT)、インスリン感受性の調節に関与する遺伝子(CEACAM1、INSR、SELL)、および炎症/免疫機能の調節に関与する遺伝子(IL-6、TNF、CCL5)の発現の変化を生じた。理論によって束縛されることは望まないが、INSRの発現の増加は、HASMC細胞におけるインスリン感受性の増加と関する可能性があり、これは、糖尿病の治療において有益である生理学的特性であり、一方、IL-6は、その免疫調節特性に加えて、骨格筋細胞、脂肪細胞、肝細胞、膵臓β細胞、および神経内分泌細胞に対する作用によって、直接的と間接的の両方で、グルコースの恒常性および代謝に影響を与えることが提案されてきた。活性化の際に、正常T細胞は、RANTESおよびケモカイン(C-Cモチーフ)リガンド(CCL5)を発現および分泌する。CCL5は脂肪細胞によって発現され、血清レベルのRANTESは肥満および2型糖尿病において増加される。しかし、表67において示されるように、コエンザイムQ10でのHASMC細胞の処置は、CCL5の発現の有意な減少を引き起こす。前述のデータに基づいて、コエンザイムQ10の投与が、糖尿病の管理における治療的な利点を有することが予測される。
【0541】
ミトコンドリアアレイを使用するHASMC細胞中での遺伝子発現に対するコエンザイムQ10の効果
糖尿病におけるミトコンドリア遺伝子の示差的な発現は、ミトコンドリアアレイ(カタログ番号PAHS 087E、SABisociences Frederick MD)を使用してアッセイされた。慢性高血糖および/またはコエンザイムQ10処置によって調節された遺伝子は表68に示される。

【0542】
コエンザイムQ10でのHASMC細胞の処置は、プログラムされた細胞死、すなわち、アポトーシスを調節する遺伝子(BCL2L1、NOXAとしても知られるPMIAP1)、トランスポータータンパク質(SLC25A1[クエン酸トランスポーター]、SLC25A13[アスパラギン酸-グルタミン酸エクスチェンジャー]、SLC25A19[チアミンピロリン酸トランスポーター]、およびSLC25A22[グルタミン酸-水素同時トランスポーター])、およびミトコンドリアマトリックス輸送タンパク質(MFN1、TIMM44、およびTOMM40)の発現の変化を生じた。これらのトランスポーターの活性は、クレブス回路のために必須の前駆体の調節、およびミトコンドリアの酸化的リン酸化の維持において重要な役割を果たしている。これらの結果は、コエンザイムQ10への糖尿病性HASMC細胞の曝露は、細胞質およびミトコンドリアの遺伝子の発現の変化と関連し、これは次には、コエンザイムQ10と一致しており、糖尿病の処置における治療の利点を提供する。
【0543】
コエンザイムQ10でHASMC細胞およびHK-2細胞を処置することによって、または高血糖性環境において得られたデータの比較は、4種の遺伝子が両方の細胞系統(例えば、遺伝子発現アッセイにおけるPIK3C2BおよびSELLならびにミトコンドリアアレイアッセイにおけるTOMM40およびTSPO)においてコエンザイムQ10によって共通して調節されることを明らかにする。これらの結果は、糖尿病環境におけるコエンザイムQ10での細胞の処置が、糖尿病の原因または治療に関与することが知られている遺伝子の発現の変化に関連することを実証する。」

第5 当審の判断
1 特許法第36条第6項第1号に規定する要件について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。

そこで、本願発明が解決しようとする課題について検討すると、本願発明は、上述のとおりの「肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害のための医薬組成物であって、治療的有効量の約1%?約25%w/wのコエンザイムQ10を唯一の有効成分として含む、医薬組成物。」の発明であるから、その課題は「コエンザイムQ10(以下、「CoQ10」という。)を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をすること」であることは明らかである。
そして、このことは、本願明細書段落【0002】において「本発明は、糖尿病および肥満などの代謝性障害の治療、予防、および低減に関するものである。」と記載され、本願明細書の段落【0011】において、本願発明が、内因性分子または環境影響因子に相当するCoQ10が、糖尿病、肥満等の代謝性疾患の診断、治療、および予防の成功の鍵を握っているという発見に基づいていると記載されていることとも符合する。

ところで、肥満とは、単に重度の体脂肪過多の状態を指す用語であって、病因によって定義されたものではない。このことは、本願明細書の段落【0157】【0169】【0175】において、単に重度の体脂肪過多を意味する、30kg/m^(2)を越えるボディマス指数(BMI)を有する症状を肥満と定義することとも符合する。そして、肥満の病因は、メルクマニュアル 第18版 日本語版、2007年、第60頁右下欄第3?6行で「肥満のほぼ全症例が、慢性的な過食に運動不足と遺伝的素因が加わったことによって起きるものである。遺伝、代謝および他の決定因子が果たす役割は通常、小さなものである。」と記載されているとおり、その病因の中で、代謝の影響が小さいことは、周知のことであるから、出願時、肥満は、代謝性障害であると、当業者は認識していなかったといえる。そうすると、肥満が、CoQ10によって治療、予防等をできる代謝性障害(本願明細書段落【0143】にいう「CoQ10反応性状態」、「CoQ10応答性障害」、「CoQ10応答性状態」)であること、すなわち、CoQ10によって肥満を治療、予防できることは、出願時の技術常識でなかったといえる。
そして、本願明細書の段落【0011】の「本発明は、一部は、ミトコンドリア機能不全が代謝性疾患(糖尿病および肥満など)を含む広範囲の疾患に関連しており、CoQ10などのある内因性分子がこのような代謝性疾患の診断、治療、および予防の成功の鍵を握っているという発見に基づいている。」、「本発明はさらに、あるクラスの環境影響因子(例えばCoQ10)が代謝性疾患の疾患細胞において、より正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化に向けた細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発することができるという発見に基づいている。」なる記載は、出願時においては、CoQ10によって肥満を治療、予防できると、当業者は認識していなかったことを意味するものであるから、上述の技術常識に関する判断と符合する。

一方、本願明細書の発明の詳細な説明において、CoQ10による肥満の治療等に関連すると思われる記載は、実施例23のみで、当該実施例では、ヒト大動脈平滑筋細胞(HASMC)において、高血糖条件下またはCoQ10処置のいずれかによって調節されることが観察された遺伝子「CCL5」(表67参照)に関し、「CCL5は脂肪細胞によって発現され、血清レベルのRANTESは肥満および2型糖尿病において増加される。しかし、表67において示されるように、コエンザイムQ10でのHASMC細胞の処置は、CCL5の発現の有意な減少を引き起こす。」(段落【0540】)と記載されている。
しかしながら、表67をみると、確かに高血糖条件下でかつCoQ10処置のHASMC細胞におけるCCL5の発現は、正常条件下で(高血糖条件ではなく)かつCoQ10未処置の細胞における発現との比較では下方調節(-5.3796及び-0.46913)と理解できるものの、高血糖条件下でかつCoQ10未処置のHASMC細胞における下方調節の程度(-17.4179)よりも小さい。そうすると、表67のデータからは、CoQ10が、高血糖によるCCL5の発現の低下を妨げるとはいい得ても、CCL5の発現を低下させるものとはいえない。
さらに、段落【0540】では、CCL5は、肥満である対象の脂肪細胞によって発現され、血清レベルのRANTESが増加することが記載されているにもかかわらず、表67で使用した細胞は、ヒト大動脈平滑筋細胞(HASMC)であって、脂肪細胞でない。加えて、膵臓癌細胞を使用する実施例9の結果を示す表23(段落【0375】)では、実施例23とは逆に、CoQ10処置によってCCL5の発現が上方調節されることが記載されているから、細胞の種類によって、CoQ10処置の影響が異なることが、本願明細書の実施例において示されているといえる。そうすると、脂肪細胞ではない実施例23の結果が、CoQ10による肥満の治療等の可能性を示唆しているとも、当業者は認識できない。
そして、実施例23以外の実施例では、癌細胞を用いて、アポトーシス、癌生物学および細胞増殖、解糖および代謝、分子輸送、細胞シグナル伝達に関わる遺伝子、タンパク質の発現が調節されたことが記載されているのみであって、発明の詳細な説明には、癌細胞と肥満に罹患した細胞とが、同じ作用機序で疾患細胞となると当業者が理解できるような記載すらないから、これら実施例からも、肥満に罹患した哺乳動物において、CoQ10を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をできるとは、当業者は認識できない。
このため、CoQ10を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をできることを、具体的に確認した実施例等は記載されていない。

また、発明の詳細な説明の他の記載をみると、段落【0011】や【0143】では、CoQ10が、代謝性疾患の疾患細胞において、正常化されたミトコンドリア酸化的リン酸化への細胞代謝エネルギーシフトを選択的に誘発することによって、肥満を含む代謝性疾患の治療、予防をできる旨記載されている。
しかしながら、出願時、肥満は代謝性障害であると当業者は認識していなかったところ、発明の詳細な説明では、肥満を、単に重度の体脂肪過多を意味する、30kg/m^(2)を越えるボディマス指数(BMI)を有する症状と定義するのみであることは、上述のとおりであり、そもそも正常細胞と肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞とで、何が異なるのかについての説明がない。このため、当業者は、出願時の技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明から、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞が、ミトコンドリア酸化的リン酸化の機能の調節において正常細胞と異なるとは認識できないし、さらにいうと、肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞に対し、ミトコンドリア酸化的リン酸化を調節することで肥満を治療、予防できることも、CoQ10が肥満に罹患した哺乳動物における疾患細胞に選択的に作用することも、認識できない。
また、ミトコンドリア酸化的リン酸化の機能の調節にかかわらず、CoQ10によって肥満を治療、予防できること自体、出願時の技術常識でなかったところ、発明の詳細な説明では、肥満になる作用機序または肥満を治療、予防等する作用機序において、CoQ10がどのように関係しているのかについての説明もない。

以上のことから、出願時の技術常識に照らしても、本願明細書の発明の詳細な説明には、CoQ10を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をできると、当業者が認識できる記載がなされているとはいえない。

したがって、本願発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえないし、出願時の技術常識に照らしても、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。

2 特許法第36条第4項第1号に規定する要件について
本願発明は、上述のとおり「肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害のための医薬組成物であって、治療的有効量の約1%?約25%w/wのコエンザイムQ10を唯一の有効成分として含む、医薬組成物。」の発明であるから、医薬用途発明である。
そして、医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。

しかしながら、上記1で述べたとおり、本願明細書の発明の詳細な説明には、CoQ10を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をできることを、具体的に確認した実施例等は記載されていない。
また、CoQ10によって肥満を治療、予防できることが、出願時の技術常識でなかったといえるにもかかわらず、発明の詳細な説明には、肥満になる作用機序または肥満を治療、予防等する作用機序において、CoQ10がどのように関係しているのか等の記載がないことも、上記1で述べたとおりであるから、出願時の技術常識に照らしても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは、CoQ10を用いて、肥満に罹患している哺乳動物の肥満の治療、肥満の症状の緩和、または肥満の進行の阻害をできることを、当業者は理解できない。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明の実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

3 請求人の主張について
請求人は、意見書において、「以上のように、拒絶理由通知における『発現を調節することで肥満の治療に有効な遺伝子やタンパク質は、出願時の技術常識でなかった』とのご認定とは異なり、当該技術分野では実際に、CCL5の発現又は活性の調節が肥満又は肥満関連障害の治療に有用であり得ることが明らかです。上述しましたように、また拒絶理由通知でもご指摘のように、コエンザイムC10がCCL5の発現を有意に低減するという実験的証拠が本願明細書に提供されています。
したがって、本願明細書におけるコエンザイムQ10がCCL5の発現の有意な減少を引き起こすという教示と、本願出願時における肥満対象におけるCCL5発現の減少を肥満の治療のための治療戦略と考えるべきであるとの技術常識(例えば参考資料1)に基づいて、当業者であれば、本願発明、すなわち肥満の治療のためのコエンザイムQ10の使用を明確に理解し、そして実施することができると思料いたします。
以上から、補正後の本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものであり、また本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に本願発明を記載したものであると思料いたします。」と主張する。

しかしながら、参考資料1の第40頁左欄第17?22行では、「異なる細胞および組織モデルからのこれら発見を考慮して、我々は、CCL5がCCL2などの他のケモカインと一緒に単球の動員に関与し、WATマクロファージをFC誘導性アポトーシスから保護する生存促進因子として作用するかもしれないという仮説をテストした。」(当審訳)と記載されていることからみて、参考資料1が公開された2010年1月の時点では、CCL5がヒトの白色脂肪組織由来マクロファージのアポトーシスを抑えることについては、まだ仮説であった蓋然性が高く、出願時(すなわち、2010年5月11日時点)の技術常識であったとする請求人の主張は、信憑性を欠いている。
また、仮に、請求人が主張するように、「肥満対象におけるCCL5発現の減少を肥満の治療のための治療戦略と考えるべきである」ことが、出願時の技術常識であったとしても、上記1で述べたとおり、高血糖条件下でかつCoQ10処置のHASMC細胞におけるCCL5の発現が、正常条件下でかつCoQ10未処置の細胞における発現よりも減少した要因が、CoQ10処置にあるかは、そもそも表67の結果からは理解できない。
さらに、本願明細書の段落【0540】の記載からは、肥満対象の脂肪細胞で発現したCCL5が肥満に関係すること、および、参考資料1の要約および図1の記載からは、肥満対象のヒトの白色脂肪組織由来マクロファージで発現したCCL5が当該組織の炎症に関与する可能性があることを、それぞれ理解できるところ、本願明細書の実施例23で、CCL5の発現の減少を確認した細胞は、ヒト大動脈平滑筋細胞(HASMC)であって、脂肪細胞でもないし、ヒトの白色脂肪組織由来のマクロファージでもないから、当該実施例の結果が、CoQ10による肥満の治療等の可能性を示唆しているとは理解できない。

以上のことを総合すると、上記請求人の主張は、いずれも根拠のないものであって、採用できない。

第6 むすび
以上のとおり、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-04-26 
結審通知日 2017-05-09 
審決日 2017-05-22 
出願番号 特願2012-510958(P2012-510958)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉田 佳代子  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 前田 佳与子
松澤 優子
発明の名称 エピメタボリックシフター、多次元細胞内分子、または環境影響因子を使用する代謝性障害の治療方法  
代理人 新井 栄一  
代理人 平木 祐輔  
代理人 藤田 節  
代理人 田中 夏夫  
代理人 菊田 尚子  

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