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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C23C 審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 C23C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C23C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C23C 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 C23C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C23C |
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管理番号 | 1334344 |
異議申立番号 | 異議2016-700718 |
総通号数 | 216 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-12-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-08-10 |
確定日 | 2017-10-02 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5863241号発明「硬質材料で被覆された物体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5863241号の特許請求の範囲を、平成29年8月2日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕について訂正することを認める。 特許第5863241号の請求項1?4、6、7に係る特許を維持する。 特許第5863241号の請求項5に係る特許についての申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5863241号の請求項1?7に係る特許についての出願は、2009年1月20日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年3月12日(DE)ドイツ)を国際出願日とする出願であって、平成28年1月8日にその特許権の設定登録がされたものであり、その後の経緯は以下のとおりである。 平成28年 8月10日付け:特許異議申立人 松尾 三佐子による特許異議の申立て 同年11月10日付け:取消理由の通知 平成29年 2月13日付け:訂正の請求、意見書の提出 同年 4月 7日付け:特許異議申立人からの意見書(意見書1)の提出 同年 4月25日付け:取消理由の通知 同年 8月 2日付け:訂正の請求、意見書の提出 同年 9月 6日付け:特許異議申立人からの意見書(意見書2)の提出 第2 訂正請求について 1.訂正の内容 平成29年8月2日に訂正請求書が提出されたので、特許法第120条の5第7項の規定により、同年2月13日にされた訂正請求は取り下げたものとみなされる。 そして、平成29年8月2日付け訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、下記(1)?(7)のとおりである。 なお、下線部は訂正箇所である。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に、「0.7≦x≦0.9であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)C層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層の上にCVD Al_(2)O_(3)層が外層として配置され、CVD TiN層および/またはCVD TiCN層は、超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体に対する接合層であり、前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し」と記載されているのを、「0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の上にCVD Al_(2)O_(3)層が外層として配置され、CVD TiN層および/またはCVD TiCN層は、超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体に対する接合層であり、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し」に訂正する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2に、「前記CVD Al_(2)O_(3)外層と、前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層との間に」と記載されているのを、「前記CVD Al_(2)O_(3)外層と、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層との間に」に訂正する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項3に、「(Ti_(1-x)Al_(x)N、Ti_(1-x)Al_(x)CN、Ti_(1-x)Al_(x)C)_(n)の群からの1つ以上の二重層または三重層で構成される多層中間層が前記CVD Al_(2)O_(3)層の下に配置されている」と記載されているのを、「前記中間層が、塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)Nおよび塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CNからなる群から選ばれる一種以上で構成される多層中間層であり、且つCVD Al_(2)O_(3)層の下に配置されている」に訂正する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項4に、「前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層の厚さが1μm以上5μm以下である」と記載されているのを、「前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の厚さが1μm以上5μm以下である」に訂正する。 (5)訂正事項5 特許請求の範囲の請求項5を削除する。 (6)訂正事項6 特許請求の範囲の請求項6に、 「前記TiN層および/またはTiCN層上に、0.7≦x≦0.9であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/またはTi_(1-x)Al_(x)C層および/またはTi_(1-x)Al_(x)CN層をCVD被覆により形成すること、及び、 前記Ti_(1-x)Al_(x)N層および/またはTi_(1-x)Al_(x)C層および/またはTi_(1-x)Al_(x)CN層上に、Al_(2)O_(3)層をCVD被覆により形成すること、を含み、 前記Ti_(1-x)Al_(x)N層および/またはTi_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し」と記載されているのを、 「前記TiN層および/またはTiCN層上に、0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層を減圧CVD被覆により形成すること、及び、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層上に、Al_(2)O_(3)層をCVD被覆により形成すること、を含み、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し」に訂正する。 (7)訂正事項7 特許請求の範囲の請求項7に、「請求項2?5のいずれか一項に記載の」と記載されているのを、「請求項2?4のいずれか一項に記載の」に訂正する。 2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び一群の請求項について (1)訂正事項1について (ア)訂正事項1は、第一に、訂正前の請求項1における、「0.7≦x≦0.9であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)C層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層」について、選択肢の一つである「CVD Ti_(1-x)Al_(x)C層」を削除するものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、選択肢の一つを削除するものであるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (イ)第二に、訂正前の請求項1における「CVD Ti_(1-x)Al_(x)N層」及び/又は「CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層」(以下、「Ti_((1-x))Al_((x))N(層)」と「Ti_((1-x))Al_((x))CN(層)」とを、まとめて「Ti_((1-x))Al_((x))(C)N(層)」と表記することがある。)について、これが「中間層」であることを明確にするものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 そして、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層が「中間層」であることは、本件特許明細書の【0014】に記載されていた事項であるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (ウ)第三に、訂正前の請求項1における、CVD Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層について、「塩素含有率が3原子%以下である」という特定事項を直列的に付加し、これらを限定するものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、本件特許明細書の【0015】には、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層について、「塩素含有率は0.01?3原子%の範囲内である」と記載されているから、塩素含有率の上限値を「3原子%以下」とすることは、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 この点について申立人は、意見書2において、本件特許出願の外国語書面(PCT/EP2009/000309;国際公開第2009/112115号)に記載された「Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層」と「TiAl(C)N層」とは、別の層であることが明らかであり、外国語書面にはTi_(1-x)Al_(x)(C)層の塩素含有率が0.01原子%未満の範囲が記載されておらず、また、記載されたものに等しい事項でもないから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定を満たしていないと主張している。 上記主張について検討するに、まず、特許法第134条の2は、特許無効審判における訂正の請求について規定するものであり、本件訂正請求に適用されるものではない。 そして、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項は、同法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正において、外国語書面を基準とすることを規定するものではないから、申立人の主張は失当である。 また、外国語書面にも、本件特許明細書の【0015】に記載された事項は記載されており、記載された数値範囲のうち上限値のみを特定事項としても、新たな技術的事項を導入するものとはいえないことは、上記のとおりである。 したがって、上記申立人の主張は採用できない。 なお、「Ti_(1-x)Al_(x)(C)N」と「TiAl(C)N」とは、TiとAlの含有比を表す「x」を記載するか否かの違いにすぎず、別の層であることが明らかであるという申立人の主張を採用することもできない。 (2)訂正事項2、4について 訂正事項2、4は、訂正前の請求項2、4における「CVD Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層」について、「塩素含有率が3原子%以下である」という特定事項を直列的に付加し、これらを限定するものである。 したがって、上記(1)(ウ)で説明したとおり、上記訂正事項2、4は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新たな技術的事項を導入するものではなく、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (3)訂正事項3について (ア)訂正事項3は、第一に、多層中間層を構成する物質である「Ti_(1-x)Al_(x)N、Ti_(1-x)Al_(x)CN、Ti_(1-x)Al_(x)C」から、選択肢の一つである「Ti_(1-x)Al_(x)C」を削除するものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、選択肢の一つを削除するものであるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (イ)第二に、訂正前の請求項3における「(Ti_(1-x)Al_(x)N、Ti_(1-x)Al_(x)CN、Ti_(1-x)Al_(x)C)_(n)の群からの1つ以上の二重層または三重層で構成される多層中間層」について、「?の群」や「n」が何を意味しているか不明であること、及び、「二重層または三重層で構成される」ことが、本件特許明細書【0019】に記載された事項と整合しないものであることによって、訂正前の請求項3に係る発明が不明確であったところ、前記明細書と整合しない記載を削除し、「Ti_(1-x)Al_(x)N」及び「Ti_(1-x)Al_(x)CN」からなる群から選ばれる一種以上で構成される多層中間層としたものであるから、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 また、Ti_(1-x)Al_(x)(C)Nが「中間層」を構成する物質であり、該「中間層」をこれらの物質で構成される「多層中間層」にできることは、本件特許明細書【0014】、【0019】に記載されていた事項であるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (ウ)第三に、多層中間層を構成する「Ti_(1-x)Al_(x)N」及び「Ti_(1-x)Al_(x)CN」について、「塩素含有率が3原子%以下である」という特定事項を直列的に付加し、これらを限定するものである。 この点については、上記(1)(ウ)で説明したとおりであり、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (4)訂正事項5について 訂正事項5は、訂正前の請求項5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (5)訂正事項6について (ア)訂正事項6は、第一に、訂正前の請求項6における、「0.7≦x≦0.9であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/またはTi_(1-x)Al_(x)C層および/またはTi_(1-x)Al_(x)CN層」について、選択肢の一つである「Ti_(1-x)Al_(x)C層」を削除するものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、選択肢の一つを削除するものであるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (イ)第二に、訂正前の請求項6におけるTi_(1-x)Al_(x)(C)N層について、「塩素含有率が3原子%以下である」という特定事項を直列的に付加し、これらを限定するものであり、この点は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、上記(1)(ウ)で説明したとおり、この点は、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (ウ)第三に、訂正前の請求項6では、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層を、「CVD被覆」によって形成することが特定されていたところ、これを「減圧CVD被覆」によって形成すること、とするものである。 この点は、「CVD被覆」を「減圧」で行われるものに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、本件明細書【0008】、【0021】には、本件特許発明で特定する化学量論係数x及び塩素含有率を有するTi_((1-x))Al_((x))N層が、熱CVDにより製造されることが記載されているところ、切削工具へのTiN系被覆の熱CVDが減圧下で行われることは、当業者に自明であったと認められる。(要すれば、甲第3号証の実施例2、乙第1号証の第123ページ、Table5.1を参照。) したがって、上記の点は、本件特許明細書に記載された範囲のものであって、新たな技術的事項を導入するものではなく、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 乙第1号証:Hugh O. OIERSON,"HANDBOOK OF CHEMICAL VAPOR DEPOSITION", SECOND EDITION, 1999 (6)訂正事項7について 訂正事項7は、訂正前の請求項7が、「請求項2?5のいずれか一項」を引用していたところ、訂正後の請求項7では、「請求項2?4のいずれか一項」を引用するものとし、引用請求項数を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新たな技術的事項を導入するものではなく、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (7)一群の請求項について 訂正前の請求項2?5、7は、訂正事項1に係る訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しており、また、訂正前の請求項7は、訂正事項6に係る訂正前の請求項6を引用していたから、訂正前の請求項1?7は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項であり、訂正事項1?7に係る本件訂正は、当該一群の請求項ごとに請求をしたものと認められる。 3.訂正の適否についてのむすび 以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?7〕について訂正を認める。 第3 特許異議の申立てについて 1.本件特許発明 上記のとおり訂正が認められるので、本件訂正請求により訂正された訂正請求項1?4、6、7に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?4、6、7に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。 【請求項1】 硬質材料で被覆され、複数のCVD層を有する物体であって、 0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の上にCVD Al_(2)O_(3)層が外層として配置され、CVD TiN層および/またはCVD TiCN層は、超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体に対する接合層であり、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し、前記六方晶AlNが25%以下で存在する、硬質材料で被覆された物体。 【請求項2】 前記CVD Al_(2)O_(3)外層と、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層との間にTiCN層が配置されている、請求項1に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項3】 前記中間層が、塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)Nおよび塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CNからなる群から選ばれる一種以上で構成される多層中間層であり、且つCVD Al_(2)O_(3)層の下に配置されている、請求項1または2に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項4】 前記外層の厚さが1μm以上5μm以下の範囲内であり、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の厚さが1μm以上5μm以下である、請求項1?3のいずれか一項に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項5】(削除) 【請求項6】 超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体上に、TiN層および/またはTiCN層をCVD被覆により形成すること、 前記TiN層および/またはTiCN層上に、0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層を減圧CVD被覆により形成すること、及び、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層上に、Al_(2)O_(3)層をCVD被覆により形成すること、を含み、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し、前記六方晶AlNが25%以下で存在する、 硬質材料で被覆された物体の製造方法。 【請求項7】 前記硬質材料で被覆された物体が、請求項2?4のいずれか一項に記載の物体である、請求項6に記載の製造方法。 2.当審において通知した取消理由の概要 訂正前の請求項1?7に係る特許に対して、平成28年11月10日付け及び平成29年4月25日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。 なお、平成29年4月25日付け取消理由のうち、平成29年2月13日付けの訂正請求によって生じた記載不備については、当該訂正請求の取下げによって解消した。 (ア)請求項1に係る本件特許発明の「CVD」には、プラズマCVD法も含まれるといえるが、一方で、本件特許明細書【0004】?【0005】には、プラズマCVD法によるTi_(1-x)Al_(x)N硬質材料層の製造は、層の組成の不十分な均一性、及び層の比較的高い塩素含有率が欠点になる従来技術であると記載されている。 してみれば、請求項1の「CVD」は、従来技術も含み得るから、請求項1、及び同様の特定事項を有する請求項2、4、5に係る本件特許発明は不明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定を満たさない。 また、請求項6に係る本件特許発明も、「CVD被覆により形成する」ことを特定事項とするから、上記と同様の理由により不明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定を満たさない。 (イ)請求項1、6に係る本件特許発明は、「六方晶AlNが25%以下で存在する」ことを特定事項とするが、「25%以下」とは、何を基準としているのか不明であるから、請求項1、6に係る本件特許発明は不明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定を満たさない。 (ウ)請求項5に係る本件特許発明は、「クラックの網目を含まない」ことを特定事項とするが、どのような状態であれば「クラックの網目を含まない」ことになるのか不明確であるから、請求項5に係る本件特許発明は不明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定を満たさない。 (エ)請求項1、6に係る本件特許発明が解決しようとする課題は、熱輸送に関してより良い断熱効果を有する物体を提供することであり、本件特許発明は、「前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または前記CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し、前記六方晶AlNが25%以下で存在する」ことを特定事項とするものである。 しかしながら、本件特許明細書には、六方晶AlNを含有することの利点が記載されておらず、むしろ六方晶AlNは耐摩耗性に劣るものであることが当業者の技術常識である。 したがって、請求項1、6に係る本件特許発明は、本件特許明細書によりサポートされているとはいえず、特許法第36条第6項第1号の規定を満たさない。 (オ)請求項1に係る本件特許発明は、「0.7≦x≦0.9であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)C層および/またはCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層」を有することを特定事項とするが、当業者の技術常識を考慮しても、「CVD Ti_(1-x)Al_(x)C層」及び「六方晶AlNを含有するCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層」について、本件特許明細書にその製法及び作用効果が記載されているとはいえない。 したがって、請求項1に係る本件特許発明は、本件特許明細書によりサポートされているとはいえず、特許法第36条第6項第1号の規定を満たさない。 また、本件特許明細書の記載に基づいて当業者がその実施をできるものでもないから、特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない。 (カ)請求項3に係る本件特許発明は、「(Ti_(1-x)Al_(x)N、Ti_(1-x)Al_(x)CN、Ti_(1-x)Al_(x)C)_(n)の群からの1つ以上の二重層または三重層で構成される多層中間層が前記CVD Al_(2)O_(3)層の下に配置されている」ことを特定事項とするが、「?の群」や「n」が何を意味しているか不明であり、また、「二重層または三重層で構成される多層中間層」であることが、本件特許明細書【0019】に記載された事項と整合しないものである。 したがって、請求項3に係る本件特許発明は、当業者がその内容及び技術範囲を理解することができないから、不明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定を満たさない。 3.当審の判断 (1)当審において通知した取消理由に対する判断 (ア)訂正により、「(CVD) Ti_(1-x)Al_(x)(C)N(層)」について、「塩素含有率が3原子%以下である」ことが特定された。 ここで、本件特許明細書【0004】には、「プラズマCVDによって、x=0.9である単相Ti_(1-x)Al_(x)-N硬質材料層を製造することも公知である。しかし、層の組成の不十分な均一性、および層の高い塩素含有率が欠点である。」と記載され、同【0007】にも、「プラズマ補助を使用せずに550℃?650℃の範囲内の温度における熱CVD法によってxが0.1?0.6の範囲内であるTi_(1-x)Al_(x)N層を製造するための・・・方法では、・・・。この被膜の場合もまた、最大12原子%の高塩素含有率を許容する必要がある。」と記載されている。(下線部は当審において付した。) してみれば、上記記載から理解される従来技術の課題の一つは、Ti_(1-x)Al_(x)N層における高い塩素含有率であると認められ、訂正後の本件特許発明は、「(CVD) Ti_(1-x)Al_(x)(C)N(層)」について、「塩素含有率が3原子%以下である」ことを特定することにより、上記本件特許明細書に記載された従来技術との差異を明確にしたものといえるから、この点について、取消理由は解消した。 これに対し、申立人は意見書2において、参考資料7?9を提出し、プラズマCVDを用いてxが0.7?0.9のTi_(1-x)Al_(x)N層を製造した場合でも、塩素含有量が3原子%以下になることがあるから、訂正により塩素含有率が3原子%以下であることを特定しても、プラズマCVDとそうでないCVDで成膜したものを区別することは不可能であり、本件特許発明は従来技術を含むことが明らかであって不明確であると主張している。 参考資料7:Sang-Hyeob LEE et al., "(Ti_(1-x)Al_(x))N coatings by plasma-enhanced chemical vapor deposition", J. Vac. Sci. Technol. A, 1994 Jul/Aug, vol.12, issue.4, pp.1602-1607 参考資料8:C. JARMS et al., "Mechanical properties, structure and oxidation behaviour of Ti_(1-x)Al_(x)N-hard coatings deposited by pulsed d.c. plasma-assisted chemical vapour deposition (PACVD)", Surface and Coating Technology, 1998, vol.108-109, pp.206-210 参考資料9:S. ANDERBOUHR et al., "LPCVD and PACVD (Ti,Al)N films: morphology and mechanical properties", Surface and Coating Technology, 1999, vol.115, pp.103-110 しかしながら、上記のとおり、塩素含有率が3原子%以下であることを特定することにより、本件特許明細書に記載された、課題とする高い塩素含有率を有する従来技術との差異は明確になったといえる。 そして、申立人が主張するとおり、プラズマCVDを用いてTi_(1-x)Al_(x)N層を製造した場合に、塩素含有量が3原子%以下になることがあるとしても、そのことが上記明確性の判断に影響を及ぼすものではない。 したがって、申立人の上記主張は採用できない。 (イ)本件特許明細書【0015】には、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層について、「非晶質層成分が最大30質量%で存在することができる。」と記載されている(下線部は当審において付した。)ことに照らせば、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層に含有される六方晶AlNの「25%以下」についても、同様に「質量%」で特定されるものと考えることが相当である。 よって、この点について、本件特許発明は明確である。 (ウ)訂正により、「クラックの網目を含まない」ことを特定事項とする訂正前の請求項5は削除されたので、この点について、取消理由は解消した。 (エ)特許権者は、平成29年2月13日付け意見書において、本件特許明細書【0014】には、「中間層としてのTi_(1-x)Al_(x)N層、Ti_(1-x)Al_(x)C層、または-CN層は、TiNまたはTiCNの中間層と比較するとクラックの問題が生じる傾向がない・・・」と記載されているとおり、本件特許発明における中間層であるTi_(1-x)Al_(x)(C)N層は、耐クラック性/クラック捕捉層として機能していること、そして、六方晶AlNがTi_(1-x)Al_(x)Nよりも柔らかいことは、当業者に知られていることから、柔らかい六方晶AlNは、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層の強靱性及び破壊耐性を増加させるという重要な技術的効果をもたらすものであると主張した。 また、少量の六方晶AlNを含むことによる、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層の硬度及び耐摩耗性への悪影響はないこと、そして、本件特許発明において、中間層としてのTi_(1-x)Al_(x)(C)N層は、主たる耐摩耗層ではなく、外側のAl_(2)O_(3)層が摩耗耐性について主たる役割を果たしているから、六方晶AlNを25(質量)%以下で含むことは、本件特許発明の課題の解決を妨げるものではないと主張した。 上記特許権者の主張は妥当なものと認められるので、この点について、取消理由は解消した。 (オ)「CVD Ti_(1-x)Al_(x)C層」については、訂正により削除された。 そして、「CVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層」について、まず、本件特許明細書【0003】には、Ti-Al-N層の製造について、より高いアルミニウム含有率では、六方晶ウルツ鉱構造が形成されることが記載されており、同【0006】には、1000℃を超える高温では、準安定状態のTi_(1-x)Al_(x)Nが分解してTiN及び六方晶AlNになることが記載されていることに照らせば、当業者は、アルミニウムの含有率や温度が、Ti_(1-x)Al_(x)N層中の六方晶AlN量に影響を与えることを理解できる。 そして、例えば甲第7号証(特開平9-125249号公報)にも記載のとおり、CVDの原料ガスにメタンガスを加えることにより、TiAlCN層を形成できることは当業者に知られているから、これと上記本願明細書に記載された知見とをあわせて、六方晶AlNが25(質量)%以下で存在するTi_(1-x)Al_(x)CN層を得ることができると認められる。 したがって、請求項1に係る本件特許発明は、本件特許明細書によりサポートされているものであり、また、本件特許明細書の記載に基づいて当業者が実施することができるものである。 (カ)訂正後の請求項3に係る本件特許発明は、中間層を構成する「群」が、「塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)Nおよび塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CNからなる」ものに特定され、不明な記載であった「n」は削除され、本件特許明細書【0019】の記載と整合しない「二重層または三重層で構成される」ことも削除された。 したがって、訂正後の請求項3に係る本件特許発明は明確であり、この点について、取消理由は解消した。 (2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について ア 特許法第29条第1項第3号、同第2項 (ア)証拠方法と申立理由 申立人は、請求項1、2、4?7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、また、請求項1、2、4?7に係る発明は、甲1?7号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであると主張した。 甲第1号証:特開2001-341008号公報 甲第2号証:I ENDLER et al., "Aluminium-rich Ti_(1-x)Al_(x)N Coatings by CVD", EURO PM2006 Congress & Exhibition PROCEEDINGS Volume 1, pp.219-224 甲第3号証:国際公開第2007/003648号 甲第4号証:特開2002-254210号公報 甲第5号証:独国特許出願公開第19630791号明細書 甲第6号証:Ingolf ENDLER, "TiAlN - Eine neue CVD-Verschleiβschutzschicht mit herausragenden Eigenschaften", Fraunhofer IKTS Jahresbericht 2005, p.56 甲第7号証:特開平9-125249号公報 (イ)甲第1号証を主たる引用例とする理由について 甲第1号証は、窒化チタンアルミニウム膜を被覆してなる工具に関するものであって(【0001】)、その明細書【0013】【表1】には、試料番号29?31として、Al含有量が65.4?80.8質量%である、窒化チタンアルミニウム膜が形成された被覆工具が記載されている。 また、同【0011】には、窒化チタンアルミニウム膜の上に、酸化アルミニウム膜を被覆してもよいことも記載されている。 しかしながら一方で、同【0006】には、「結晶構造を立方晶とし、六方晶が混在していない膜とすることで、結晶性が高く緻密で耐摩耗性の優れた窒化チタンアルミニウム膜が実現でき、・・・」と記載されている。 してみれば、甲第1号証には、六方晶AlNを含有するTi_(1-x)Al_(x)N層が記載されているとはいえないし、また、甲第1号証に記載された被覆工具の窒化チタンアルミニウム膜について、六方晶AlNを含有するものとすることには阻害要因があるといえる。 また、申立人は特許異議申立書第46ページにおいて、甲第1号証の【0012】に記載された被覆条件や、図1に示されたX線回折パターン図からみて、上記甲第1号証に記載された窒化チタンアルミニウム膜には、六方晶AlNがごく微量含まれるとみることが自然であると主張している。 しかしながら、図1に示されたX線パターン図は、Al含有量が34.6質量%である試料番号11のものであって、Al含有量の大きい試料番号29?31のものではないし、試料番号29?31において、窒化チタンアルミニウムに該当しないピークにおいてまで、図1と同様のX線回折パターンが得られることが明らかであるともいえない。 加えて、申立人は図1の(111)の低角側に観察されるピークが六方晶AlNによるものと強く推認されるとも主張しているが、ピークの位置や強度比を分析したものではなく、根拠がないから採用できない。 (ウ)甲第2、3号証を主たる引用例とする理由について 甲第2号証は、改善された特性を有する耐摩耗性コーティングによって、切削工具の性能を向上させることに関するものであって(Abstract)、第221ページの図2には、AlCl_(3)/TiCl_(4)=5.1、温度850℃の条件で形成されたTiAlN膜が、六方晶ウルツ鉱相(六方晶AlN)のピークを有することが記載されている。 また、第224ページの「4.Summary」には、800?900℃で形成されたアルミニウムに富んだCVD-Ti_(1-x)Al_(x)N層(x=0.8?0.9)について、塩素含有量は1原子%以下であることも記載されている。 甲第3号証は、CVDにより作成された少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜により被覆されている物体に関するものであって(第3ページ第16?18行)、第5?6ページの「例2」には、Si_(3)N_(4)切削セラミックからなるチップに、厚さ1μmの窒化チタン層を形成し、その後、CVD法により立方晶のTi_(1-x)Al_(x)Nと六方晶のAlNとの混合物による層を形成したことが記載されている。 しかしながら、上記甲第2、3号証には、形成されたTi_(1-x)Al_(x)N層を中間層とし、その上にAl_(2)O_(3)層を外層として配置することについて、記載も示唆もない。 また、本件特許発明は、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層を中間層とし、その上にAl_(2)O_(3)層が外層として配置されていることによって、本件特許明細書【0011】、【0013】に記載のとおり、熱伝導率の低いTi_(1-x)Al_(x)(C)N層によって優れた断熱性が得られ、外層のAl_(2)O_(3)層によって耐酸化性及び高い耐摩耗性が得られるという作用効果を奏するものである。 しかしながら、甲第2、3号証に記載の発明は、いずれもTi_(1-x)Al_(x)N膜により耐摩耗性を付与しようとするものであって、Ti_(1-x)Al_(x)N膜が断熱性を有することについては記載も示唆もない。 したがって、上記本件特許発明の作用効果は、甲第2、3号証の記載から当業者に予測し得ないものである。 (エ)甲第5号証を主たる引用例とする理由について 甲第5号証は、耐摩耗被覆を有する、特に切削インサートのための工具に関するものであって(第2ページ第3?4行)、第2ページの末尾?第3ページには、「PVD TiAlN+CVD-II」として、PVD法によりTiAlN層を被覆し、次にCVDによりTiCN層、α-Al_(2)O_(3)層、TiN層を被覆したことが記載されている。 しかしながら、TiAlN層について、本件特許発明のCVDと被覆方法が異なり、アルミニウムのモル比(x)が不明であり、また、TiAlN層が六方晶AlNを含有するものともいえない。 そして、甲第5号証の第2ページ第15?18行目に記載のとおり、上記甲第5号証に記載の発明は、PVDとCVD層との適切な組み合わせの金属炭化物又はサーメットを提供することを目的とするものであるから、TiAlN層の被覆方法をPVDからCVDに変更することには阻害要因があるといえる。 (オ)甲第7号証を主たる引用例とする理由について 甲第7号証は、アルミナを被覆した切削工具に関するものであって(【0001】)、その実施例(【0008】?【0013】)には、超硬合金に、TiN層、TiCN層、Ti/Al比率が25/75であるTiAlCN層、アルミナ層を順に被覆した、切削用超硬合金のチップが記載されている。 しかしながら、上記TiAlCN層が六方晶AlNを含有しているとはいえない。 申立人は特許異議申立書第59ページにおいて、TiAlN層を形成するにあたって、H_(2)、N_(2)、TiCl_(4)、AlCl_(3)の混合ガスを用いており、これらガスの反応によって六方晶AlNが必ず生成されることは明らかであると主張するが、かかる主張は根拠がないから採用できない。 また、上記甲第7号証に記載された発明において、TiAlCN層に六方晶AlNを含有させる動機付けとなる記載も示唆も見いだせない。 (カ)小括 上記のとおりであるから、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、本件特許発明は、甲第1?3、5、7号証のいずれかを主たる引用例とし、甲第1?7号証に記載された技術事項を組み合わせても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ 特許法第36条第6項第2号、同項第1号、同条第4項第1号 (ア)申立人は、本件特許発明の特定事項である「層の上」、「層の下」について、当該層に接して上又は下を特定しているのか、あるいは、接することなく上方又は下方というのか、多義的に解することができるから、不明確であると主張する。 しかしながら、本件特許発明における「層の上」、「層の下」は、基材から遠い側(上)であるか、基材側(下)であるかを意味するものと解され、上ないし下に位置する層と直接接しているか否かを特定しようとするものではない。 また、例えば本件特許明細書【0017】にも記載のとおり、本件特許発明は、その作用効果を損なわない範囲で、他の層を存在させることもできるものである。 したがって、申立人の主張は採用できず、この点について、本件特許発明は明確である。 (イ)申立人は、本件特許明細書の【0011】に、本件特許発明の解決すべき課題について、「その被膜が、・・・熱輸送に関してより良い断熱効果を有する物体を提供すること」であることが記載されているところ、本件特許明細書には、前記課題が解決されたことを客観的に裏付ける記載がなく、また、本件特許発明は、断熱効果を有する層の厚みを特定するものでもないから、本件特許発明は上記課題を解決できるとはいえないと主張する。 しかしながら、断熱効果を有する層の厚みを厚くすれば、断熱効果が向上することは明らかであるから、当業者であれば、所望の断熱効果に応じて層の厚さを定めることができ、上記課題を解決できるものといえる。 よって、申立人の主張は採用できず、この点は、本件特許明細書によりサポートされている。 (ウ)申立人は、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層自体の形成、更にこれらの層に含まれる六方晶AlNの量を制御し、25%以下で必ず含有するようにするためには、原料ガス組成、温度、圧力など多数のパラメータの制御が必要といえるにもかかわらず、本件特許明細書には、【0021】に、原料ガス種と広範な被覆温度範囲のみが開示されているにすぎず、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層の中の立方晶AlNの量をどのようにして制御し、25%以下で必ず含有できるようにするかについて、技術常識を踏まえても指針となる記載がないから、本件特許明細書には、請求項1?7に係る発明の物体が、発明の解決すべき課題を解決することや、実際に製造し得ることが、当業者に理解できるように記載されているとはいえないと主張する。 上記主張について検討するに、まず、3.(1)(オ)で説明したとおり、本件特許明細書【0003】、【0006】の記載から、アルミニウムの含有率や温度が、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層中の六方晶AlN量に影響を与えることを理解できるから、当業者であれば、本件特許明細書の記載から、立方晶AlNの量を25(質量)%以下としたTi_(1-x)Al_(x)(C)N層を製造できるものといえる。 また、本件特許明細書【0011】に記載のとおり、本件特許発明が解決しようとする課題は、熱輸送に関してより良い断熱効果を有する物体を提供することであるところ、3.(1)(エ)で説明したとおり、Ti_(1-x)Al_(x)(C)N層中の柔らかい六方晶AlNは、強靱性及び破壊耐性を増加させるものであるから、当業者であれば、25(質量)%以下の立方晶AlNが、上記本件特許発明の課題の解決を妨げるものではないことを理解できる。 したがって、申立人の主張は採用できず、この点について、本件特許発明は本件特許明細書によりサポートされており、本件特許明細書の記載に基づいて実施することもできる。 第4 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?4、6、7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1?4、6、7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 そして、請求項5に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項5に対して、特許異議申立人 松尾 三佐子がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 硬質材料で被覆され、複数のCVD層を有する物体であって、 0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の上にCVD Al_(2)O_(3)層が外層として配置され、CVD TiN層および/またはCVD TiCN層は、超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体に対する接合層であり、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層および/または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し、前記六方晶AlNが25%以下で存在する、硬質材料で被覆された物体。 【請求項2】 前記CVD Al_(2)O_(3)外層と、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層との間にTiCN層が配置されている、請求項1に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項3】 前記中間層が、塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)Nおよび塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CNからなる群から選ばれる一種以上で構成される多層中間層であり、且つ前記CVD Al_(2)O_(3)層の下に配置されている、請求項1または2に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項4】 前記外層の厚さが1μm以上5μm以下の範囲内であり、前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)N層または前記塩素含有率が3原子%以下であるCVD Ti_(1-x)Al_(x)CN層からなる中間層の厚さが1μm以上5μm以下である、請求項1?3のいずれか一項に記載の硬質材料で被覆された物体。 【請求項5】 (削除) 【請求項6】 超硬合金、サーメット、またはセラミックからなる基体本体上に、TiN層および/またはTiCN層をCVD被覆により形成すること、 前記TiN層および/またはTiCN層上に、0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または0.7≦x≦0.9であり塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層を減圧CVD被覆により形成すること、及び、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層上に、Al_(2)O_(3)層をCVD被覆により形成すること、を含み、 前記塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)N層および/または塩素含有率が3原子%以下であるTi_(1-x)Al_(x)CN層が六方晶AlNを含有し、前記六方晶AlNが25%以下で存在する、 硬質材料で被覆された物体の製造方法。 【請求項7】 前記硬質材料で被覆された物体が、請求項2?4のいずれか一項に記載の物体である、請求項6に記載の製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2017-09-22 |
出願番号 | 特願2010-550049(P2010-550049) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C) P 1 651・ 121- YAA (C23C) P 1 651・ 853- YAA (C23C) P 1 651・ 851- YAA (C23C) P 1 651・ 537- YAA (C23C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 植前 充司、有田 恭子 |
特許庁審判長 |
大橋 賢一 |
特許庁審判官 |
宮澤 尚之 永田 史泰 |
登録日 | 2016-01-08 |
登録番号 | 特許第5863241号(P5863241) |
権利者 | ケンナメタル インコーポレイテッド |
発明の名称 | 硬質材料で被覆された物体 |
代理人 | 西元 勝一 |
代理人 | 中島 淳 |
代理人 | 西元 勝一 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 加藤 和詳 |
代理人 | 中島 淳 |