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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22F
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B22F
審判 全部申し立て 2項進歩性  B22F
管理番号 1334390
異議申立番号 異議2017-700578  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-06-07 
確定日 2017-11-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6038522号発明「焼結軸受」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6038522号の請求項1?8に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6038522号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?8に係る特許についての出願日は、平成24年 7月24日であって、平成28年11月11日にその特許権の設定登録がなされ、平成28年12月 7日に特許掲載公報が発行されたものである。その後、請求項1?8に係る特許に対し、平成29年 6月 7日に特許異議申立人一條淳(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、当審において、同年 8月 3日付けで取消理由を通知し、同年10月10日付けで、特許権者より、意見書、乙第1号証?乙第12号証の提出がなされたものである。

第2 本件特許発明
請求項1?8に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明8」という。)は、本件特許掲載公報に記載された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
銅の含有量が均一になったベース部と、ベース部の表面を覆い、ベース部よりも銅の含有量が多い表面層とを備え、
銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、平均粒径が第一銅粉の平均粒径よりも大きい第二銅粉とを用い、
表面層の軸受面に銅組織と鉄組織を形成し、軸受面における銅組織を面積比で60%以上にし、
軸受面の鉄組織をフェライト相で形成したことを特徴とする焼結軸受。
【請求項2】
鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
銅の含有量が均一になったベース部と、ベース部の表面を覆い、ベース部よりも銅の含有量が多い表面層とを備え、
銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、平均粒径が第一銅粉の平均粒径よりも大きい第二銅粉とを用い、
表面層の軸受面に銅組織と鉄組織を形成し、軸受面における銅組織を面積比で60%以上にし、
軸受面の鉄組織をフェライト相とフェライト相の粒界に存在するパーライト相とで形成して、鉄組織でのフェライト相に対するパーライト相の割合を面積比で5?20%とした
ことを特徴とする焼結軸受。
【請求項3】
鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
銅の含有量が均一になったベース部と、ベース部の表面を覆い、ベース部よりも銅の含有量が多い表面層とを備え、
銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、見かけ密度が第一銅粉の見かけ密度よりも大きい第二銅粉とを用い、
表面層の軸受面に銅組織と鉄組織を形成し、軸受面における銅組織を面積比で60%以上にし、
軸受面の鉄組織をフェライト相で形成したことを特徴とする焼結軸受。
【請求項4】
鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
銅の含有量が均一になったベース部と、ベース部の表面を覆い、ベース部よりも銅の含有量が多い表面層とを備え、
銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、見かけ密度が第一銅粉の見かけ密度よりも大きい第二銅粉とを用い、
表面層の軸受面に銅組織と鉄組織を形成し、軸受面における銅組織を面積比で60%以上にし、
軸受面の鉄組織をフェライト相とフェライト相の粒界に存在するパーライト相とで形成して、鉄組織でのフェライト相に対するパーライト相の割合を面積比で5?20%としたことを特徴とする焼結軸受。
【請求項5】
鉄粉の平均粒径を60μm?150μm、第一銅粉の平均粒径を20μm?50μm、第二銅粉の平均粒径を50μm?100μmとした請求項1?4何れか1項に記載の焼結軸受。
【請求項6】
さらに低融点金属粉を含有する請求項1?5何れか1項に記載の焼結軸受。
【請求項7】
銅に対する低融点金属粉の割合を、重量比で10%未満にした請求項6に記載の焼結軸受。
【請求項8】
さらに固体潤滑剤粉を含有する請求項1?7何れか1項に記載の焼結軸受。」

第3 特許異議の申立について
1 取消理由の概要
本件発明1?8に係る特許に対して平成29年 8月 3日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
ア 本件発明1?8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
イ 本件発明1?8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
ウ 本件発明2、4?8に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
エ 本件発明2、4?8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

2 判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
(1)-1 取消理由ア、イとして採用された、特許異議申立書第29頁第26行から第30頁第1行に記載された申立理由について
ア 取消理由ア、イの概要
本件発明1?4において、「アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉」と特定しているが、アスペクト比の上限が特定されておらず、課題を解決し得ない範囲を包含しており、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
また、アスペクト比の上限が特定されていないから、特許を受けようとする発明の範囲が明確でない。
本件発明1?4を引用する本件発明5?8も同様である。

イ 当審の判断
(ア)発明の詳細な説明の記載(【0005】)によれば、本件発明は、「高い成形性と品質安定性を有し、かつ低コストで製作可能の銅鉄系の焼結軸受を提供すること」を発明が解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)としていると認められる。なお下線は、当審が付与した。以下同様。
(イ)また、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0007】
扁平状の第一銅粉は原料粉の成形時に金型成形面に付着する性質を有する。そのため成形後の圧粉体は表層に多くの銅が含まれる。その一方で芯部では銅の含有量が少なくなる。従って、焼結後の焼結体には、銅の含有量の多い表面層と、これよりも銅の含有量が少ないベース部とが形成される。
【0008】
このように表面層での銅の含有量を多くすることで、軸受として使用する際の初期なじみ性および静粛性の向上を図ることができる。また、軸に対する攻撃性も低くなるので、耐久寿命が向上する。これらの作用効果は、表面層の表面に面積比で60%以上の銅組織(銅を主成分とする組織)を形成することで、より顕著に得ることができる。さらに、ベース部は、表面層に比べて銅の含有量が少なく、かつ鉄の含有量が多い硬質組織となっている。このように軸受のほとんどの部分を占めるベース部で鉄の含有量が多くなっているので、軸受全体での銅の使用量を削減することができ、大幅な低コスト化を達成することができる。
【0009】
特に本願発明では、第二銅粉の平均粒径を扁平状の第一銅粉の平均粒径よりも大きくしている。これは、第二銅粉の見かけ密度が扁平状の第一銅粉の見かけ密度よりも大きいことを意味する。かかる構成から、原料粉末に含まれる主要粉末の粒径の差を小さくして原料粉末の流動性を向上させることができ、圧粉体を成形する際の成形性の向上、あるいは各種粉末の偏析防止を図ることができる。また、篩による第一銅粉の選別をラフに行えるので、粉末コストの低減による低コスト化を達成することもできる。」
「【0022】
扁平銅粉Cu1は、アトマイズ粉等からなる原料銅粉を搗砕(Stamping)することで扁平化させたものである。扁平銅粉としては、平均粒径20μm?50μm(望ましくは30μm?40μm)程度、見かけ密度1.0g/cm^(3)以下、アスペクト比20?60程度のものを使用する。見かけ密度の定義は、JIS Z 8901の規定に準じる(以下、同じ)。アスペクト比は、粒子の長さをL、厚さをtとしてL/tで表される(ここでいう「長さ」および「厚さ」は、図2に示すように個々の扁平銅粉3の幾何学的な最大寸法をいう:以下、同じ)。例えば長さLが20μm?50μm程度、厚さtが0.5μm?2.0μm程度のものが扁平銅粉として使用可能である。扁平銅粉のアスペクト比は、後述の通常銅粉や鉄粉のアスペクト比よりも大きく、概ね数倍?数十倍の値となる。以上のサイズ、及び見かけ密度の扁平銅粉であれば、金型成形面に対する扁平銅粉の付着力が高まるため、金型成形面に多量の扁平銅粉を付着させることができる。本実施形態において使用された扁平銅粉の顕微鏡写真を図4に示している。」
「【0036】
原料粉体における金属粉の中では、扁平銅粉Cu1の見かけ密度が最も小さい。また、扁平銅粉Cu1は、上記長さLおよび厚さtを有する箔状であり、単位重量あたりの幅広面の面積が大きい。そのため、扁平銅粉は、その表面に付着した流体潤滑剤による付着力、さらには静電気等の影響を受けやすくなり、原料粉の金型6への充填後は、図8に拡大して示すように、扁平銅粉Cu1がその幅広面を成形面61に向け、かつ複数層(1層?3層程度)重なった層状態となって成形面61の全域に付着する。この際、扁平銅粉Cu1に付着した鱗状黒鉛も扁平銅粉Cu1に付随して金型の成形面61に付着する(図8では黒鉛の図示を省略)。その一方で、扁平銅粉Cu1の層状組織の内側領域(キャビティ中心側となる領域)では、鉄粉Fe、通常銅粉Cu2、および低融点金属(錫)粉Snが略均一に分散した状態となる。成形後の圧粉体9は、このような各粉末の分布状態をほぼそのまま保持している。」
「【0042】
本発明の焼結軸受1では、金型成形面61に扁平銅Cu1を層状に付着させた状態で圧粉体9が成形され、この層状扁平銅Cu1が焼結されていることに由来して、図9に示すように、軸受1の軸受面1aを含む表面全体に銅濃度の高い表面層S1が形成される。しかも、扁平銅Cu1の幅広面が成形面61に付着していたこともあり、表面層S1の銅組織の多くが扁平状で、かつその幅広面を表面に向けた状態に配向されている。表面層S1の厚さは金型成形面61に層状に付着した扁平銅の厚さに相当し、概ね1μm?6μm程度である。表面層S1の任意断面では、銅組織の面積は鉄組織の面積よりも大きく、具体的には60%以上が銅組織となる。
【0043】
表面層S1よりも内側のベース部S2は、基本的に表面層S1に覆われている。図10に示すように、ベース部S2における銅の含有量は、表面層S1での銅の含有量よりも少なく、表面層S1からベース部S2へ移行する際に銅の含有量が急激に低下している。また、ベース部S2の各部における銅の含有量(重量%)は各部で均一になっている。
【0044】
以上の構成から、軸受面1aを含む表面層S1の表面全体で、鉄組織に対する銅組織の面積比が60%以上となる。そのため、焼結軸受1の初期なじみ性および静粛性を向上させることができる。また、軸受1に含まれる鉄組織が全てフェライト相αFeであるので、仮に表面層S1が摩耗してベース部S2の鉄組織が表面に現れていても、軸受面を軟質化することができ、軸2に対する攻撃性を弱めることができる。
【0045】
その一方で、表面層S1の内側のベース部S2は、表面相S1に比べて銅の含有量が少なく、かつ鉄の含有量が多い硬質組織となっている。このように軸受1のほとんどの部分を占めるベース部S2で鉄の含有量が多くなっているので、軸受1全体での銅の使用量を削減することができ、銅系焼結軸受に比べて大幅な低コスト化を達成することができる。さらに、表面層S1が軸2との摺動で摩耗し、軸受面1aに鉄組織を多く含むベース部S2が現れた際にも、鉄組織がフェライト相αFeであるため、銅の含有量を少なくした状態でも軸2に対する攻撃性を弱くすることができ、軸受としての耐久性を確保できる。この耐久性は、ベース部S2における銅組織の含有量が少なくとも10重量%以上あれば十分に得られる。
【0046】
このように本発明では、扁平銅粉を使用し、これを金型成形面61に付着させた状態で圧粉体を成形することで、表面層S1での銅の含有量を高めると共に、表面層S1以外では鉄の含有量を高めることとし、銅組織と鉄組織の最適分布を実現させている。また、鉄組織を意図的にフェライト相αFeとすることで、銅リッチの表面層S1が摩耗した際の軸2の摩耗抑制も図っている。従って、耐久性の向上と銅の使用量削減による低コスト化とを両立することが可能となる。」

(ウ)上記【0036】、【0042】?【0046】の記載によれば、扁平銅粉は、金型成形面に付着しやすく、軸受の表面層での銅の含有量を高めるとともに、表面層以外では鉄の含有量を高めることとし、耐久性の向上と、銅の使用量削減による低コスト化とを両立することが可能となることが読み取れる。
また、上記【0022】の記載によれば、金型成形面への扁平銅粉の付着のしやすさとの点において、アスペクト比の下限値が特定されていれば十分であり、アスペクト比の上限が特定されずとも、アスペクト比が大きいものであっても、金型成形面に対する付着力は優れることが読み取れる。
そして、上記【0007】?【0009】の記載によれば、金型成形面に対する扁平銅粉の付着力が高いことによって、表層面での銅の含有量を多くすることができ、軸受として使用する際の初期なじみ性および静粛性の向上を図ることができ、軸に対する攻撃性も低くなるので、耐久寿命が向上すること、軸受全体での銅の使用量を削減することができ、大幅な低コスト化を達成することができることを読み取ることができるから、アスペクト比の上限が特定されていないとしても、上記「成形性、品質安定性、低コスト」との課題を解決すると理解できる。

(エ)したがって、本件発明1?8は、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえない。

(オ)また、上記【0022】には、扁平銅粉は、アトマイズ粉等からなる原料銅粉を搗砕(Stamping)することで扁平化させて製造することが記載されている。当該製造方法を勘案すると、アスペクト比が無制限に大きくなることはあり得ないから、アスペクト比の値について、何らかの上限が存在することは、当業者にとって技術常識である。

(カ)したがって、本件発明1?8は、明確でないとはいえない。

(1)-2 取消理由ウ、エとして採用された、特許異議申立書第30頁第2行から第8行に記載された申立理由について
ア 取消理由ウ、エの概要
本件発明2、4において、「鉄組織でのフェライト相に対するパーライト相の割合を面積比で5?20%とした」と特定されているが、発明の詳細な説明には、鉄組織でのフェライト相に対するパーライト相の面積比をどのように測定するのか記載がない。
そうすると、本件発明2、4は、明確でないし、発明の詳細な説明は、本件発明2、4を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
また、本件発明2、4を引用する本件発明5?8についても同様である。

イ 当審の判断
(ア)金属材料の鉄系組織における各種の相、例えば、フェライト相、パーライト相、セメンタイト相、ベイナイト相、マルテンサイト相等の面積を測定する際に、金属材料の任意の切断面を鏡面研磨し、エッチングを行い、顕微鏡写真による画像解析で測定することは、例えば、乙第1号証?乙第5号証に例示されるように、当該技術分野においてごく一般的に行われることである。

(イ)また、乙第11号証には、焼結鉄合金の組織観察に関して、破断面をナイタールで腐食し、光学顕微鏡によって金属組織を観察し、画像解析ソフトを用いて金属組織の面積比率を求めたことが記載されており(乙第11号証第66頁右欄、1.1実験方法)、表1には、フェライト相、パーライト相の面積比率が記載されている(第67頁右欄)。

(ウ)そうすると、焼結鉄合金の組織観察を行うに当たって、画像解析により、フェライト相、パーライト相の面積を測定することは、当該技術分野における技術常識である。

(エ)したがって、当該技術常識を勘案すると、本件発明2、4?8は、明確でないとはいえないし、また、発明の詳細な説明は、本件発明2、4?8を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(2)-1申立理由1 特許法第29条2項(進歩性)について(異議申立書第21頁下から第10行?第28頁最終行)
ア 申立人は、特許異議申立書において、証拠として、甲第1号証?甲第4号証(以下、それぞれ「甲1」?「甲4」という。)を提出し、請求項1?8に係る特許は特許法29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1?8に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

イ 本件発明1について
(ア)本件発明1は、上記第2で示したとおりのものであり、再記すると以下のとおりのものである。
「【請求項1】
鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
銅の含有量が均一になったベース部と、ベース部の表面を覆い、ベース部よりも銅の含有量が多い表面層とを備え、
銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、平均粒径が第一銅粉の平均粒径よりも大きい第二銅粉とを用い、
表面層の軸受面に銅組織と鉄組織を形成し、軸受面における銅組織を面積比で60%以上にし、
軸受面の鉄組織をフェライト相で形成したことを特徴とする焼結軸受。」

(イ)一方、甲1には、以下の記載がある。下線は当審が付与した。
「【請求項1】
軸の外周面を支持する軸受面を有する鉄系焼結軸受であって、焼結合金の全体組成が、質量比で、Cu:2.0?9.0%、C:1.5?3.7%、残部:Feおよび不可避不純物からなり、
軸受の内部は、面積率でフェライトが20?85%および残部がパーライトからなる鉄合金相中に、軸受の軸方向に対して交差する方向に延在する銅相と、黒鉛相および気孔が分散する金属組織を示し、
前記軸受面に、銅相が8?40%の面積率で露出していることを特徴とする鉄系焼結軸受。
【請求項2】
型孔を有するダイと、前記型孔内に配置されるコアロッドと、前記ダイの型孔と前記コアロッドの外周とに摺動自在に嵌合する下パンチとから構成されるキャビティに原料粉末を充填し、この原料粉末を、前記ダイの型孔と前記コアロッドの外周とに摺動自在に嵌合する上パンチと前記下パンチとにより圧粉成形し、得られた圧粉体を焼結する鉄系焼結軸受の製造方法において、
前記原料粉末は、平均粒径が20?150μmである扁平状の銅粉を2.0?9.0質量%と、平均粒径が40?80μmの黒鉛粉を1.5?3.7質量%とを鉄粉に添加し混合したものであり、
前記焼結の温度は950?1030℃であることを特徴とする鉄系焼結軸受の製造方法。」
「【0001】
本発明は、モータの軸受や複写機等の紙送りローラ軸の軸受等に使用して好適な鉄系焼結軸受およびその製造方法に係り、特に、軸受の摩耗量を少なくし、しかもシャフトの摩耗量も低減する技術に関する。」
「【0009】
銅粉の粒径
本発明の鉄系焼結軸受の製造方法では、原料粉末に扁平状の銅粉を混合してキャビティに充填する。そして、ダイキャビティ内を原料粉末が落下する際に、コアロッドに銅粉がまとわり付き、コアロッドに銅粉が張り付いた状態となる。これにより、軸受内部と比較して摺動特性が求められる軸受内径面に露出する銅相の量が多くなる。本発明では、Cu量の全てを扁平状の銅粉として与えることにより、軸受内径面に露出する銅相の量を確保しつつ、軸受内部のCu量を低減することができる。」
「【0014】
黒鉛粉の添加量
黒鉛粉末の添加量が少ないと、鉄合金相中のフェライトの量が多くなり、硬さが低くなって軸受の摩耗量が増大する。また、固体潤滑効果が低下する。一方、黒鉛粉末の添加量が多いとパーライトの量が増えて鉄部の硬さの上昇を招くとともに、金属粉同士の結合が阻害され材料強度が低下するために、シャフトおよび軸受の摩耗量が増大する。よって、黒鉛粉の添加量は1.5?3.7%とする。
【0015】
焼結温度
本発明では、鉄合金相中に黒鉛相を形成するため、焼結温度は重要である。焼結温度が低いと、鉄合金相中のフェライトの量が多くなり、硬さが低くなって軸受の摩耗量が増大する。一方、焼結温度が高いとパーライトの量が増えて硬さが硬くなるため、シャフトの摩耗量が増大するとともに鉄合金相の強度が低下して軸受の摩耗量が増大する。よって、焼結温度は950?1030℃とする。」
「【0017】
(1)軸受の作製
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
軸受の焼結合金を作製するために下記の原料粉末を用意した。
1.鉱石還元鉄粉(平均粒径:100μm)
2.銅箔粉
(平均粒径:10μm、20μm、50μm、100μm、150μm、200μm)
3.電解銅粉(平均粒径:50μm)
4.天然黒鉛粉(平均粒径:20μm、60μm、100μm)
5.ステアリン酸亜鉛
【0018】
これらの粉末を全体組成が表1に示す割合となるように配合し、混合機で混合した。なお、ステアリン酸亜鉛は、成形時の潤滑のために添加するものであり、これを除く混合粉末を100%としたときに、全ての混合粉末に対して0.5%添加した。
【0019】
【表1】



(ウ)上記甲1の摘記、特に、請求項1、請求項2、【0009】、表1の記載を、本件発明1の記載に則して記載すると、甲1には以下の軸受が記載されていると認められる。
「鉄粉で形成された鉄組織および銅粉で形成された銅組織を有する焼結軸受であって、
軸受の内部は、面積率でフェライトが20?85%および残部がパーライトからなる鉄合金相中に、軸受の軸方向に対して交差する方向に延在する銅相と、黒鉛相および気孔が分散する金属組織を示し、
前記軸受面に、銅相が8?40%の面積率で露出している表面層とを備え、
銅粉として、扁平状の銅粉を用いる、焼結軸受。」(以下「甲1発明」という。)

(エ)本件発明1と、甲1発明とを対比すると、甲1には、本件発明1の「第二銅粉」に相当するものはないから、両者は、少なくとも、甲1発明は「銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、平均粒径が第一銅粉の平均粒径よりも大きい第二銅粉とを用い」るものではない点で相違する。(以下、「相違点1」という。)

(オ)一方、本件発明1では、上記相違点1に係る特定事項を備えることにより、下記【0007】?【0009】の記載によれば、成形性の向上、各種粉末の偏析防止、低コスト化を達成することができるものである。
「【0007】
扁平状の第一銅粉は原料粉の成形時に金型成形面に付着する性質を有する。そのため成形後の圧粉体は表層に多くの銅が含まれる。その一方で芯部では銅の含有量が少なくなる。従って、焼結後の焼結体には、銅の含有量の多い表面層と、これよりも銅の含有量が少ないベース部とが形成される。
【0008】
このように表面層での銅の含有量を多くすることで、軸受として使用する際の初期なじみ性および静粛性の向上を図ることができる。また、軸に対する攻撃性も低くなるので、耐久寿命が向上する。これらの作用効果は、表面層の表面に面積比で60%以上の銅組織(銅を主成分とする組織)を形成することで、より顕著に得ることができる。さらに、ベース部は、表面層に比べて銅の含有量が少なく、かつ鉄の含有量が多い硬質組織となっている。このように軸受のほとんどの部分を占めるベース部で鉄の含有量が多くなっているので、軸受全体での銅の使用量を削減することができ、大幅な低コスト化を達成することができる。
【0009】
特に本願発明では、第二銅粉の平均粒径を扁平状の第一銅粉の平均粒径よりも大きくしている。これは、第二銅粉の見かけ密度が扁平状の第一銅粉の見かけ密度よりも大きいことを意味する。かかる構成から、原料粉末に含まれる主要粉末の粒径の差を小さくして原料粉末の流動性を向上させることができ、圧粉体を成形する際の成形性の向上、あるいは各種粉末の偏析防止を図ることができる。また、篩による第一銅粉の選別をラフに行えるので、粉末コストの低減による低コスト化を達成することもできる。」

(カ)これに対し、下記のとおり、甲2?甲4のいずれにも、上記相違点1に係る事項は記載されていない。

甲2には「銅粉は、アスペクト比(直径/厚さ)が10以上である扁平銅粉を15%以上含み、その他に略球状の電解銅粉および/またはアトマイズ銅粉(以下、「略球状銅粉」)が混合されている。」(【0030】)、「扁平銅粉や鉄粉よりも小さい略球状銅粉が表層部12近傍の扁平銅粉および鉄粉の隙間に入り込むことにより、表層部12に銅成分が偏析する。」(【0031】)と記載されており、「略球状銅粉」の粒径は、扁平銅粉よりも小さいことが記載されている。

また、甲3には、第二銅粉についてそもそも記載がない。

さらに、甲4の【0013】、【0014】には、3種類の銅粉を組み合わせて混合して用いることが記載されているが、それぞれの銅粉の形状、アスペクト比も不明であるし、軸受の原料組成に、鉄を含んでおらず、甲1記載の軸受と組成の異なる軸受である。
また、甲4の【0023】には、以下の記載がある。
「(他の試験からの検証)次に、以上のような結果と考察を基に、軸受表面に青銅系合金が多量に存在して、あたかも摺動部が青銅系結合金のようであって、成分としては鉄を多量に含ませて、安価及び耐摩耗性を向上させる焼結合金を適用してみる。このような焼結合金には用いる銅粉として、比較的細かい粉末、及び箔状の粉末を使用すると、軸受表面に露出する鉄粒子が少なく、表面に銅合金相が多く存在する焼結合金が得られる。そこで、この試験では、粒度が150メッシュ篩下の海綿状の還元鉄粉45%、粒度が150メッシュ篩下で350メッシュ篩下が72%である電解銅粉44%、粒度が100メッシュ篩下の箔状銅粉4.5%、粒度が350メッシュ篩下で95%の錫粉2%、P含有量が8%のりん銅合金粉4%、黒鉛粉0.5%、及び成形潤滑剤0.3%、を含む混合粉を製作し、この混合粉を前記したと同様に圧縮成形、焼結、サイジングを施し、又、前例と同じ合成油を40℃で含浸した。」
ここで、電解銅粉と、箔状銅粉を用いているが、電解銅粉の粒径は、箔状銅粉の粒径より小さいことが記載されているし、箔状銅粉のアスペクト比は不明である。

(キ)したがって、甲1?甲4のいずれの証拠にも、上記相違点1に係る事項は記載も示唆もされておらず、当業者にとって技術常識であるともいえないから、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えるとすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(ク)よって、本件発明1と甲1発明とに、上記相違点1の他に相違点が存在するとしても、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1?甲4に記載された発明から、当業者が容易になし得るものではない。

ウ 本件発明2について
本件発明1の検討と同様であり、本件発明2は、甲1?甲4に記載された発明から、当業者が容易になし得るものではない。

エ 本件発明3、4について
(ア)本件発明3、4では、「銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、見かけ密度が第一銅粉の見かけ密度よりも大きい第二銅粉とを用い」ることが特定されている。

(イ)そして、発明の詳細な説明に、「第二銅粉の平均粒径を扁平状の第一銅粉の平均粒径よりも大きくしている。これは、第二銅粉の見かけ密度が扁平状の第一銅粉の見かけ密度よりも大きいことを意味する。」(【0009】)と記載されている。

(ウ)甲1?甲4、いずれの証拠にも、「銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、見かけ密度が第一銅粉の見かけ密度よりも大きい第二銅粉とを用い」ることは記載されていないし、上記本件発明1の検討と同様に、いずれの証拠にも「銅粉として、アスペクト比が鉄粉よりも大きい、アスペクト比20以上の扁平状の第一銅粉と、平均粒径が第一銅粉の平均粒径よりも大きい第二銅粉とを用い」ることは記載されていない。

(エ)したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明3、4は、甲1?甲4に記載された発明から、当業者が容易になし得るものではない。

オ 本件発明5?8に係る発明について
本件発明5?8は、本件発明1?4を引用するものであるから、上記本件発明1?4についての判断と同様の理由により、甲1?甲4に記載された発明から、当業者が容易になし得るものではない。

カ 以上のとおり、本件発明1?8は、甲1?甲4に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)-2申立理由2 特許法第36条第6項第2号(明確性)について(異議申立書第29頁第1行?第25行)
申立人は、特許異議申立書において、 本件発明1?8は、製造方法による限定が付されており、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないと主張している。
しかしながら、本件発明1?8は、形状・構造を特定しているに過ぎず、経時的変化の特定もないから、製造方法が記載されているとはいえず、特定される「焼結軸受」が、明確でないとはいえない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-10-31 
出願番号 特願2012-163728(P2012-163728)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (B22F)
P 1 651・ 536- Y (B22F)
P 1 651・ 537- Y (B22F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 米田 健志  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 金 公彦
結城 佐織
登録日 2016-11-11 
登録番号 特許第6038522号(P6038522)
権利者 NTN株式会社
発明の名称 焼結軸受  
代理人 熊野 剛  
代理人 城村 邦彦  

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