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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1342452
審判番号 不服2016-18697  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-12-12 
確定日 2018-07-17 
事件の表示 特願2014-232586「安定化された経皮薬物送達システム」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月30日出願公開、特開2015- 83569〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 主な手続の経緯
本願は、2009年(平成21年)5月29日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年5月30日、米国(US))に国際出願された特許出願である特願2011-511876号の一部を平成26年11月17日に新たな特許出願としたものであって、平成27年11月18日付けで拒絶理由が通知され、平成28年6月7日に意見書が提出されるとともに特許請求の範囲が補正され、同年8月5日付けで拒絶査定がされたところ、これに対して、同年12月12日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に特許請求の範囲が補正されたので、特許法162条所定の審査がされた結果、平成29年2月10日付けで同法164条3項の規定による報告がされたものである。

第2 補正却下の決定
[結論]
平成28年12月12日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.平成28年12月12日付けの手続補正の内容
平成28年12月12日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲の全文を変更する補正事項からなるものであるところ、特許請求の範囲全体の記載のうち、本件補正前の請求項1及び本件補正後の請求項1の記載を掲記すると、それぞれ以下のとおりである。

<本件補正前の請求項1>(平成28年6月7日の手続補正書)
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンであり、
ここで、
(i)当該第一のアモルファス形の治療薬が少なくとも70℃のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一のアモルファス形の治療薬の重量比が0.5?2である;又は、
(ii)当該第一のアモルファス形の治療薬が40℃未満のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一の治療薬の重量比が2?10である、
前記経皮薬物送達デバイス。」

<本件補正後の請求項1>(下線は補正箇所。)
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンであり、
ここで、
(i)当該第一のアモルファス形の治療薬が少なくとも79.5℃のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一のアモルファス形の治療薬の重量比が1?2である;又は、
(ii)当該第一のアモルファス形の治療薬が10℃以上40℃未満のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一の治療薬の重量比が2?10である、
前記経皮薬物送達デバイス。」

2.本件補正の目的
本件補正のうち請求項1についてする補正は、請求項1の(i)の選択肢において、第一のアモルファス形の治療薬のガラス転移温度について「少なくとも70℃」とあったのを「少なくとも79.5℃」と特定するとともに、ポリマー性安定及び分散剤対第一のアモルファス形の治療薬の重量比について「0.5?2」とあったのを「1?2」に特定し、また、(ii)の選択肢において、第一のアモルファス形の治療薬のガラス転移温度について「40℃未満」とあったのを「10℃以上40℃未満」に特定することで、請求項1に係る発明の発明特定事項を限定するものである。
そして、本件補正の前後で、請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は変わらない。
よって、本件補正のうち請求項1についてする補正は、特許法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認める。
また、本件補正は、いわゆる新規事項を追加するものではないと判断される。

3.独立特許要件の有無について
上記2.のとおりであるから、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明A」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか、要するに、本件補正が特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に適合するものであるか(いわゆる独立特許要件違反の有無)について検討するところ、以下説示のとおり、本件補正は当該要件に違反すると判断される。
すなわち、本願補正発明Aは、本願の出願前に頒布された刊行物である下記引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、引用文献1に対して進歩性を有しておらず、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない(なお、引用文献1は、原査定の理由で引用された「引用文献1」と同じである)。

・引用文献1 特表2002-536403号公報

4.本願補正発明A
本願補正発明Aは、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものであると認められる。

<本願補正発明A>
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンであり、
ここで、
(i)当該第一のアモルファス形の治療薬が少なくとも79.5℃のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一のアモルファス形の治療薬の重量比が1?2である;又は、
(ii)当該第一のアモルファス形の治療薬が10℃以上40℃未満のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一の治療薬の重量比が2?10である、
前記経皮薬物送達デバイス。」

5.本願補正発明Aが特許を受けることができない理由
(1)本願補正発明a
本願補正発明Aにおいては、「第一のアモルファス形の治療薬」の種類は特定されていないが、本件補正後の請求項6においては、本件補正後の請求項1を引用しつつ、上記治療薬として「エストラジオール」を選択し得ることが記載されているから、本願補正発明Aにおいて、上記治療薬として「エストラジオール」を選択した場合の発明(以下、「本願補正発明a」という。)は、本願補正発明Aの下位概念の発明といえる。
そして、以下の参考文献1によると、「エストラジオール」のガラス転移温度は83.8℃であると認められ(特に第59頁Fig.2参照)、この値は本願補正発明Aにおける(i)の条件を満たすものであるから、本願補正発明aは、以下のとおりの発明と認められる。

<本願補正発明a>
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンであり、
当該第一のアモルファス形の治療薬がエストラジオールであり、
ここで、
当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一のアモルファス形の治療薬の重量比が1?2である、
前記経皮薬物送達デバイス。」

ここで、本願補正発明aが引用文献1に対して進歩性を有しないものであれば、その上位概念の発明である本願補正発明Aも引用文献1に対して進歩性を有しないといえるので、以下、本願補正発明aが引用文献1に対して進歩性を有するか否かについて検討する。

参考文献1:Thermochimica Acta、2009年、Vol.485、p.57-64(拒絶査定時の引用文献A)

(2)引用文献の記載事項
引用文献1には、以下の事項(1-1)?(1-7)が記載されている。(なお、下線は当審による。以下同じ。)

(1-1)「【請求項1】
親水性の架橋されていないポリマーとこのポリマー中に包埋された作用物質とからの作用物質包埋剤および高分子量接着剤マトリックスからなり、この高分子量接着剤マトリックス中に前記作用物質包埋剤が導入されている、経皮系のための作用物含有ラミネート。
・・・
【請求項3】
包埋剤中の作用物質が95質量%を超えて非晶形で存在していることを特徴とする、請求項1または2記載の経皮系のための作用物質含有ラミネート。
【請求項4】
包埋剤中の作用物質の濃度が5?90質量%であることを特徴とする、請求項1から3までのいずれか1項に記載の経皮系のための作用物質含有ラミネート。
・・・
【請求項6】
作用物質包埋剤が固体粒子として接着剤マトリックス中に微細に分散されて均一に導入されていることを特徴とする、請求項1から4までのいずれか1項に記載の経皮系のための作用物質含有ラミネート。
【請求項7】
ポリマーが包埋のためにポリビニルピロリドン、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースまたはこれらの混合物の群から選択されていることを特徴とする、請求項1から6までのいずれか1項に記載の経皮系のための作用物質含有ラミネート。」(特許請求の範囲)
(1-2)「【0012】
従って、本発明の課題は、公知技術水準の前記欠点を克服し、即ち殊に高い作用物質添加量および良好な貯蔵安定性を有する経皮系のための作用物質含有ラミネートを提供することである。
【0013】
この課題は、親水性の架橋されていないポリマーとこのポリマー中に包埋された作用物質とからの作用物質包埋剤および高分子量接着剤マトリックスからなり、この高分子量接着剤マトリックス中に前記作用物質包埋剤が導入されている作用物含有ラミネートによって解決される。」
(1-3)「【0017】
本発明によるラミネート中に含有されている作用物質は、殆んど任意に選択されることができる。好ましいのは、ホルモン、局所麻酔薬、鎮痛剤、抗生物質、麻酔剤、細胞増殖抑制剤、利尿剤、胃腸薬、心臓循環薬、免疫変調剤、免疫抑制剤、およびビタミンまたはこれらの混合物である。特に好ましいのは、ホルモン、特に性ホルモン、例えばエストロゲン、例えばエストラジール、・・・である。」
(1-4)「【0023】
B)作用物質の浸透は、高濃縮された作用物質-ポリマー包埋剤をその側で接着剤中に包埋させた場合には、高めることができ、この場合この作用物質-ポリマー包埋剤は、接着剤中で溶解しない。このようなマトリックスは、例えばポリビニルピロリドン中の超微粉砕された作用物質-ポリマー包埋剤をn-ヘプタン中のポリイソブチレン/樹脂混合物と混合することによって得られる。この場合、接着剤は、ポリマー包埋剤のための固着助剤として皮膚上に作用するにすぎない。ポリマー包埋剤中の作用物質濃度は、明らかに50質量%を超過していてもよい。
【0024】
適した非接着性ポリマー中への固体の作用物質包埋剤の使用は、再結晶現象の回避下に付着性の接着剤マトリックス中の高い作用物質濃度を達成するための前提条件である。非接着性ポリマーとしては、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等がこれに該当する。・・・」
(1-5)「【0033】
得られた溶液は、場合によっては他の添加剤によって必要とされる粘度および/または固体含量に調節される。この溶液は、全ての当業者に公知の従来の被覆方法、例えばナイフ塗布、循環ロール塗布、ノズル塗布等を用いて、シリコーン処理されたフィルム、紙または類似物上に塗布されることができる。被覆された支持体は、乾燥装置中、例えばトンネル型乾燥炉または乾燥炉中で揮発性の溶剤が除去され、生じる自己接着性マトリックスは、被覆フィルム、被覆織物、被覆フリースまたは類似物で貼り合わされる。ラミネートは、巻き上げられ、狭いロール中で切断されるかまたは直接に通常の押し抜き装置または切断装置中で定義された個々の断片、経皮系、押し抜かれるかまたは切断される。・・・」
(1-6)「【0038】
作用物質の浸透は、異なる方法によって制御されることができる:
- 作用物質-ポリマー包埋剤の粒径
- 作用物質-ポリマー包埋剤中の作用物質濃度
- 接着剤の体積要素1個あたりの作用物質-ポリマー包埋剤の粒子の数
- 経皮系の放出面積
- 包埋剤ポリマー中の作用物質の溶解度
- 作用物質-ポリマー包埋剤と皮膚からの吸着質水との交互作用
- 作用物質-ポリマー包埋剤中の作用物質の結晶化度」
(1-7)「【0042】
実施例2
接着性マトリックス中の均一に微細に分散された懸濁液を製造するための固体の作用物質-ポリマー包埋剤:
ゲストーデン30%
コリドン70%
粒度分布:
100%<21μm
50%<3.7μm
10%<1.1μm
作用物質の非晶質度:100%(XRPD)
【0043】
実施例3
接着性マトリックス中の均一に微細に分散された懸濁液を有する経皮系
実施例2に記載のポリマー包埋剤10gを市販のポリイソブチレン接着剤169.7g中に分散させた。この分散液を80μmの厚さのシリコーン処理されたポリエステルフィルム上に通常の被覆法、例えばナイフ塗布を用いて施し、乾燥させる。乾燥後、100g/m^(2) の単位面積あたりの質量を有する自己接着性マトリックスが生じ、この場合には、マトリックス中にゲストーデン5.1%が含有されている。自己接着性マトリックスを、例えば19μmの厚さの被覆フィルム(裏面箔)で被覆し、このラミネートを例えば10cm^(2) の面積を有する経皮系に加工する。この種の完成した経皮系は、裸のマウスの無傷の皮膚について核酸細胞中で測定された、ゲストーデン40.3μg/cm^(2) /24時間のインビトロでの皮膚浸透量を有する。」

(3)引用発明の認定
上記記載事項(1-1)によると、引用文献1には、「親水性の架橋されていないポリマーとこのポリマー中に包埋された作用物質とからの作用物質包埋剤および高分子量接着剤マトリックスからなり、この高分子量接着剤マトリックス中に前記作用物質包埋剤が導入されている、経皮系のための作用物含有ラミネート」が記載されており(請求項1)、上記作用物質が、「95質量%を超えて非晶形で存在している」こと(請求項3)、作用物質包埋剤中の上記作用物質の濃度が「5?90質量%」であること(請求項4)、上記作用物質包埋剤が固体粒子として接着剤マトリックス中に分散されていること(請求項6)、及び上記ポリマーとして「ポリビニルピロリドン」を使用すること(請求項7)、が記載されている。
また、具体的な実施態様の例として、コリドン(ポリビニルピロリドン(注1))と非晶質度100%の作用物質とを用いて固体の作用物質包埋剤を調製する実施例(実施例2)、及び、当該固体の作用物質包埋剤を接着剤マトリックス中に分散してラミネートを調製する実施例(実施例3)も示されている(上記記載事項(1-7))。
そうすると、引用文献1には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「親水性の架橋されていないポリマーと
このポリマー中に包埋された作用物質と
からの作用物質包埋剤および
高分子量接着剤マトリックス
からなり、
この高分子量接着剤マトリックス中に前記作用物質包埋剤が固体粒子として微細に分散されて均一に導入されており、
前記親水性の架橋されていないポリマーがポリビニルピロリドンであり、
前記作用物質包埋剤中の作用物質が95質量%を超えて非晶形で存在しており、
前記作用物質包埋剤中の作用物質の濃度が5?90質量%である、
経皮系のための作用物含有ラミネート」

(注1)「コリドン」が「ポリビニルアルコール」を意味することは、本願出願時の周知の事項である。このことは、例えば、以下の参考文献2の記載(「コリドン」の項目参照。)からも明らかである。
参考文献2:化学大辞典 縮刷版第39刷、共立出版株式会社、2006年9月15日、p.713

(4)対比
以下、本願補正発明aと引用発明とを対比する。

ア 引用発明における「高分子量接着剤マトリックス」は、本願補正発明aにおける「第一の接着剤」に相当する。

イ 上記記載事項(1-3)からみて、引用発明における「作用物質」は、本願補正発明aにおける「治療薬」に相当する。そして、本願補正発明aにおける「第一のアモルファス形の治療薬」について、本願明細書には、「本発明のアモルファス治療薬は、X線回折による測定で約5%未満、好ましくは約2%未満、さらに好ましくは約1%未満、及び最も好ましくは約0.5%?0%の結晶化度を有する。」(段落【0036】)と記載されているから、引用発明において「95質量%を超えて非晶形で存在して」いる「作用物質」は、本願補正発明aにおける「第一のアモルファス形の治療薬」に相当するといえる。

ウ 本願明細書には、「安定」及び「分散」について、「本発明によれば、経皮薬物送達システム中の治療薬の安定性は、治療薬が結晶を形成することなく長期間アモルファス状態を維持する能力によって特徴付けられる。」(段落【0028】)、及び「大きい分散能力とは、例えば、水素結合なしの分散と比較して、ポリマー材料中に分散される治療薬の量の増大又はポリマー材料全体に分散された治療薬の均一性の高さを含みうる。」(段落【0026】)と記載されている。そうすると、本願補正発明aにおける「第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤」とは、治療薬の結晶形成の防止や治療薬の量の増大等を目的とする成分であるといえる。
他方、引用文献1には、「固体の作用物質包埋剤」を用いることによって、作用物質の再結晶現象を回避でき、付着性の接着剤マトリックス中の高い作用物質濃度を達成できることが記載されているから(上記記載事項(1-2)、(1-4))、引用発明において「固体の作用物質包埋剤」中に配合される「作用物質」以外の成分、すなわち、「親水性の架橋されていないポリマー」である「ポリビニルピロリドン」は、作用物質を「安定」及び「分散」させるために配合される成分であるといえる。
したがって、引用発明における「親水性の架橋されていないポリマー」である「ポリビニルピロリドン」は、本願補正発明aにおける「水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤」である「ポリビニルピロリドン」に相当する。

エ 引用発明における「作用物質包埋剤」は、「親水性の架橋されていないポリマー」(ポリビニルピロリドン)と、このポリマー中に包埋された「作用物質」(治療薬)からなるものであり、「高分子量接着剤マトリックス」(第一の接着剤)中に固体粒子として微細に分散されて均一に導入されるものである。他方、本願補正発明aにおける「第一の接着剤層」は、「第一の接着剤」、「第一のアモルファス形の治療薬」及び「水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤」(ポリビニルピロリドン)からなる固体分散物である。
したがって、上記ア?ウで述べた内容を勘案すると、引用発明における「作用物質包埋剤」が固体粒子として微細に分散されて均一に導入された「高分子量接着剤マトリックス」は、本願補正発明aにおいて「固体分散物である」とされる「第一の接着剤層」に相当するものである。

オ 引用発明の「経皮系のための作用物含有ラミネート」について、引用文献1には、シリコーン処理されたフィルムなどを支持体として使用し得ること、及び、被覆フィルム等で貼り合わされることが記載されている(上記記載事項(1-5)、(1-7)(特に実施例3))。よって、引用発明の「経皮系のための作用物含有ラミネート」は、本願補正発明aにおける「(a)支持フィルム」及び「(c)保護用剥離ライナー」を有する「経皮薬物送達デバイス」に相当する。

上記ア?オを総合すると、本願補正発明aと引用発明は以下の点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

<一致点>
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンである、
前記経皮薬物送達デバイス。」

<相違点>
相違点1
本願補正発明aにおいては、当該第一のアモルファス形の治療薬が「エストラジオール」に特定されているのに対し、引用発明においてはそのことが特定されていない点。

相違点2
本願補正発明aにおいては、「ポリマー性安定及び分散剤対第一のアモルファス形の治療薬の重量比」が「1?2」に特定されているのに対し、引用発明においては、「作用物質包埋剤中の作用物質の濃度」が「5?90質量%」であることが特定されている点。

(5)相違点についての判断
ア 相違点1について
引用文献1には、「作用物質」(治療薬)としてエストラジオールを選択し得ることが記載されているから(上記記載事項(1-3)(注2))、引用発明において、「作用物質」(治療薬)としてエストラジオールを選択することは、当業者が容易に想到し得たことである。

(注2)引用文献1の段落【0017】には、「エストラジール」と記載されているが、性ホルモンの例として、エストロゲンと併記されていることからみて、これが「エストラジオール」の誤記であることは明らかである。(なお、対応する国際公開である国際公開第00/47191号の第6頁第9行にも「Estradiol」と記載されている。)

イ 相違点2について
上述のとおり(上記(4)エ)、引用発明における「作用物質包埋剤」は、「親水性の架橋されていないポリマー」(ポリマー性安定及び分散剤)と、このポリマー中に包埋された「作用物質」(治療薬)から構成されるものであるから、本願補正発明aにおける「ポリマー性安定及び分散剤対第一のアモルファス形の治療薬の重量比」が「1?2」とは、引用発明における「作用物質包埋剤中の作用物質の濃度」が「33.3?50質量%」の場合に相当し、この値は「5?90質量%」の範囲内である。
そして、引用文献1には、作用物質の浸透を、「作用物質-ポリマー包埋剤中の作用物質濃度」によって制御し得ること、すなわち、「作用物質包埋剤中の作用物質の濃度」を調整することによって、作用物質の浸透性を調整するという技術思想が開示されているから(上記記載事項(1-6))、引用発明において、用いる作用物質の種類に応じて、当該作用物質の浸透性を向上させるために、「5?90質量%」の範囲内で好適な範囲を設定することは、当業者が容易になし得た事項である。

(6)効果について
本願補正発明aの効果に関し、本願明細書には、治療薬のアモルファスの安定性を向上し、薬物の送達速度の減退を抑制し得る旨が記載されている(段落【0012】、【0028】等参照)。
しかしながら、ポリビニルピロリドンを添加することによってアモルファス状の薬剤を安定化し得ることは、本願優先日時点で当業者に広く知られた事項である(必要であれば、下記参考文献3?5参照)。そして、上述のとおり(上記(4)ウ)、引用文献1には、「固体の作用物質包埋剤」を用いることによって、作用物質の再結晶現象を回避でき、付着性の接着剤マトリックス中の高い作用物質濃度を達成できることも記載されているから(上記記載事項(1-2)、(1-4))、かかる効果は、引用文献1及び本願優先日時点の技術常識から予測し得る効果に過ぎない。
また、本願明細書においては、「治療薬」としてエストラジオールを用いた場合の具体的な試験結果は何ら示されていないから、本願補正発明aにおいて奏される安定化効果が、当業者の予測を超える格別顕著なものであるとも認めることはできない。

参考文献3:日本薬学会年会要旨集,2004年,Vol.124th、No.4、p.102(右上欄30【P2】III-379参照)(拒絶査定時の引用文献B)
参考文献4:国際公開第2007/077741号(特に段落[0018]参照)
参考文献5:特開昭60-169414号公報(特に第2頁左上欄第11?12行、同右下欄第2?5行参照)

(7)審判請求人の主張について
以下、審判請求書における審判請求人の主張について検討する。

ア 効果に関する主張
審判請求人は審判請求書において、「補正後の本願の発明の範囲であれば、その範囲全体に渡って、実施例と同様の優れた安定化効果が得られることを理解できます。」と主張している。
この主張は、より具体的には、(i)治療薬が少なくとも79.5℃のガラス転移温度を有する場合には、PVP/治療薬の重量比を1?2とし、(ii)治療薬が10℃以上40℃未満のガラス転移温度を有する場合には、PVP/治療薬の重量比を2?10とすることによって、本願発明の課題(アモルファス形の治療薬を含有する安定な経皮薬物送達デバイスの提供)を解決できることは、本願明細書に記載のスコポラミン及びナルトレキソンを用いた実験結果と、本願出願時の技術常識から理解できる、というものである。
そこで、本願明細書に記載のスコポラミン及びナルトレキソンを用いた実験結果をみると、スコポラミン(ガラス転移温度が約10℃)を用いた場合については、PVP/治療薬の重量比が2又は3の場合において、6ヶ月、8ヶ月、又は19ヶ月間、アモルファスを維持していたことが示されている一方(段落【0102】【表1】)、ナルトレキソン(ガラス転移温度が79.5℃)を用いた場合については、PVP/治療薬の重量比が1又は1.3の場合において、1ヶ月間、アモルファスを維持していたことが示されている。
しかしながら、ガラス転移温度の低いスコポラミンを用いた場合において、PVP/治療薬の重量比が2未満である試験結果は示されておらず、また、その場合に1ヶ月後にアモルファスを維持するか否かも不明である。そうすると、例えばスコポラミンを用いた場合において、PVP/治療薬の重量比が1又は1.3であっても、ナルトレキソンを用いた場合と同様に、1ヶ月間にアモルファスを維持できる可能性は否定できない。すなわち、本願明細書に示された上記試験結果だけでは、ガラス転移温度の高いナルトレキソンの方が、PVP/治療薬の重量比が小さくても安定化効果が得られる、と結論づけることはできない。
さらに、仮にナルトレキソンの方が、PVP/治療薬の重量比が小さくても安定化効果が得られるとの結論が得られたとしても、それがガラス転移温度の相違に起因するものであると推認するに足る根拠はない。特に、本願明細書には、ガラス転移温度と治療薬の再結晶化とが関連していることを裏付ける理論的根拠は何ら示されていないから、ナルトレキソンとスコポラミンという2種類の化合物のみによる上記試験結果からは、ガラス転移温度が高いほど、PVP/治療薬の重量比が小さくても安定化効果が得られるとの結論は導けない。
加えて、審判請求人は、本願出願当時の技術常識として、「引用文献に記載されておらず、指摘されるまで気が付きにくいことですが、治療薬のアモルファス形から結晶質への転移は、アモルファスが融解した時だけに生じます。このため、ガラス転移温度が低い(すなわち融点が低い)物質ほど再結晶化しやすく、再結晶化防止のためにより多くの安定化剤が必要となることが理解されます。反対に、ガラス転移温度が高い場合には、安定化剤量が少量で済むことになります。」と述べているが、このことが技術常識であったことを裏付ける根拠はない。よって、このことが本願優先日時点において技術常識であったとは直ちには認められない。
したがって、本願明細書の記載および本願優先日時点の技術常識を考慮しても、審判請求人の上記主張を採用することはできず、本願補正発明a(エストラジオールを用いた場合)において、スコポラミン又はナルトレキソンを用いた場合と同等の安定化効果が奏されるとは認められない。

イ 引用文献1の記載についての主張
審判請求人は、審判請求書において、「引用文献1の段落0026には、ポリビニルピロリドンの存在下で、黄体ホルモンのアモルファスが、好ましくないとされている再結晶化現象を起こすことが記載されていることに誤りはありません。したがって、引用文献1の記載を見た当業者は、PVPとアモルファス形の治療薬との組合せに容易に想到できません」と主張している。
この主張について検討するに、引用文献1の段落【0026】には、「許容される作用物質添加量の高さは、前記の抑制剤効果に依存し、この抑制剤効果は、再び包埋剤ポリマー、作用物質それ自体および使用される極性溶剤からの選択によって影響を及ぼされる。抑制効果は、作用物質含量が増大するにつれて減少する。例えば、黄体ホルモンのステロイドの場合には、ポリビニルピロリドン中で20%を超える添加量は、酢酸エチル溶液中で再結晶化現象を生じる。」とあり、「前記の抑制効果」との記載からも明らかなように、この記載は段落【0025】の記載を受けたものである。そして、段落【0025】には、「このような固体の作用物質包埋剤を溶解された形で接着性のマトリックス溶液中に装入する場合には、使用されるマトリックス溶剤中、・・・での包埋剤ポリマーの良好な溶解度が重要である。・・・。この場合、ポリマーは、著しく過飽和の接着性溶液中および引続き乾燥後に接着性作用物質マトリックス中で結晶化を抑制する。」と記載されているから、段落【0026】の記載は、作用物質包埋剤を接着剤マトリックスに溶解する場合についての記載である。
すなわち、引用文献1の請求項5、6及び段落【0022】?【0023】の記載から明らかなように、引用文献1には、A)作用物質包埋剤を接着剤マトリックスに溶解する場合、及び、B)作用物質包埋剤を接着剤マトリックスに固体粒子として分散する場合、の2つの態様が示されているところ、段落【0026】の上記記載は、上記A)の態様についてのものである。
このことは、引用文献1の以下の記載からも明らかであって、引用文献1には、B)の態様においては、むしろ、高濃度の作用物質を用いた場合であっても、再結晶化が生じない旨が記載されている。

・「接着剤中の医薬品の溶解度が主要な浸透を制限するファクターである場合には、B)に記載されたような製造方法が選択されなければならない。」(段落【0022】)
・「B)作用物質の浸透は、高濃縮された作用物質-ポリマー包埋剤をその側で接着剤中に包埋させた場合には、高めることができ、この場合この作用物質-ポリマー包埋剤は、接着剤中で溶解しない。・・・。ポリマー包埋剤中の作用物質濃度は、明らかに50質量%を超過していてもよい。」(段落【0023】)
・「固体の粒子として感圧性の接着性ポリマーが微細に分散されて均一に分布されている固体の作用物質包埋剤の場合には、別の状況が存在する。・・・。例えば、ヒドロキシプロピルセルロースおよびコリドンを用いた場合には、80%までの作用物質を有する、エストロゲンおよび黄体ホルモンのステロイドの安定した、主に非晶形の包埋剤を製造することできた。・・・。従って、必要に応じて、接着性パッチマトリックス中で、非晶質化されかつ微細に分散されて分布された作用物質の極めて高い濃度が可能になり、この場合再結晶の危険はない。」(段落【0027】)

そして、上述のとおり(上記(3))、引用発明は上記B)の態様に相当するものであるから、審判請求人の上記主張を採用できない。

(8)小括
上記検討のとおり、本願補正発明aは、引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、引用文献1に対して進歩性を有しておらず、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
そして、上述のとおり(上記(1))、本願補正発明aが引用文献1に対して進歩性を有しないのであれば、その上位概念の発明である本願補正発明Aも引用文献1に対して進歩性を有しないといえる。
よって、本願補正発明Aは、引用文献1に対して進歩性を有しておらず、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

6.まとめ
以上のとおり、本願補正発明Aは特許出願の際独立して特許を受けることができないから、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
上記第2のとおり、本件補正は却下されたので、本願の請求項1?15に係る発明は、平成28年6月7日付けの手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められ、そのうち、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。

<本願発明>
「経皮薬物送達デバイスであって、
(a)支持フィルムと;
(b)第一の接着剤層であって、
第一の接着剤、
第一のアモルファス形の治療薬、及び
水素結合形成官能基を含む第一の兼用(combination)ポリマー性安定及び分散剤からなる固体分散物である、当該第一の接着剤層と;
(c)保護用剥離ライナーと
からなり、
当該第一の兼用ポリマー性安定及び分散剤がポリビニルピロリドンであり、
ここで、
(i)当該第一のアモルファス形の治療薬が少なくとも70℃のガラス転

移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一のアモルファス形の治療薬の重量比が0.5?2である;又は、
(ii)当該第一のアモルファス形の治療薬が40℃未満のガラス転移温度を有し、当該ポリマー性安定及び分散剤対当該第一の治療薬の重量比が2?10である、
前記経皮薬物送達デバイス。」

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、要するに、本願発明は引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、という理由(理由1)を含むものである。

・引用文献1 特表2002-536403号公報

3.引用文献の記載事項
引用文献1の記載事項は、上記第2の5.(2)にて指摘のとおりである。

4.引用発明の認定
引用発明は、上記第2の5.(3)にて認定のとおりである。

5.対比・判断
上記第2の2.で述べたとおり、本願補正発明A(本件補正後の請求項1に係る発明)は、本願発明(本件補正前の請求項1に係る発明)の発明特定事項を限定するものであるから、本願発明は、本願補正発明Aの上位概念の発明に該当する。
そして、上述のとおり(上記第2の5.)、本願補正発明Aは、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その上位概念の発明である本願発明も、同様の理由により特許を受けることができないものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、本願の出願日前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
そうすると、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-02-20 
結審通知日 2018-02-21 
審決日 2018-03-06 
出願番号 特願2014-232586(P2014-232586)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高橋 樹理  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 関 美祝
安川 聡
発明の名称 安定化された経皮薬物送達システム  
代理人 梶田 剛  
代理人 小林 泰  
代理人 竹内 茂雄  
代理人 山本 修  
代理人 小野 新次郎  

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