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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H04B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H04B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H04B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H04B
管理番号 1343911
異議申立番号 異議2018-700345  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-10-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-04-25 
確定日 2018-08-31 
異議申立件数
事件の表示 特許第6216951号発明「方向性結合式通信装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6216951号の請求項1-30に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6216951号の請求項1-30に係る特許についての出願は,平成25年5月29日(優先権主張 平成24年7月12日)に特許出願され,平成29年10月6日にその特許権の設定登録がされ,その後,その請求項1-30に係る特許に対し,特許異議申立人小林幸男(以下,「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6216951号の請求項1-30の特許に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」-「本件発明30」といい,総称して「本件発明」ということがある。)は,それぞれその特許請求の範囲の請求項1-30に記載されたとおりのものであると認める。そのうち、請求項1に係る発明は、以下のとおりである。

(本件発明1)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線のいずれかが接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線のいずれかが接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

ここで、本件発明1は、第1モジュールの第1結合器の他方の端部に接続されるものが「接地線」であるか「前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線」のいずれかが接続されており、かつ、第2モジュールの第2結合器の他方の端部に接続されるものが「接地線」であるか「前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線」のいずれかが接続されているから、次の2つの発明、すなわち、いずれも接地線が接続されている場合の発明(以下、「本件発明1A」という。)といずれも入出力信号線が接続されている場合の発明(以下、「本件発明1B」という。)を含んでいる。

(本件発明1A)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(本件発明1B)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

また、独立請求項である請求項29に係る発明(本件発明29)は、以下のとおりである。
(本件発明29)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線のいずれかが接続された弧状の第1結合器と、
一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線のいずれかが接続された弧状の第2結合器とを
有し、
前記第2結合器の結合器の直径は前記第1結合器の結合器の直径より小さく、前記第2結合器が、前記第1結合器の内側に前記第1結合器に対して同心円状に回転自在に組み込まれていることを特徴とする方向性結合式通信装置。」

第3 申立ての理由の概要
異議申立人は,証拠としてそれぞれ刊行物である,特開2007-49422号公報を甲第1号証として、特開2008-67288号公報を甲第2号証として、特開2012-5077号公報を甲第3号証として、特開2008-278290号公報を甲第4号証として、特開2006-121633号公報を甲第5号証として、特開2006-74719号公報を甲第6号証として、特開2012-89998号公報を甲第7号証として、特開2001-236303号公報を甲第8号証として、特開2002-152031号公報を甲第9号証として、特開2007-306267号公報を甲第10号証として、さらに、特開2003-122465号公報を甲第11号証として提出するとともに、以下の理由1ないし理由5により、請求項1-30に係る本件特許は取り消すべきものとの申立てをしており、前記理由1ないし理由5の概要は、特許異議申立書の3(1)(1-1)ないし(1-5)の項に記載された以下のとおりである。

1 理由1(特許法第29条第1項第3号)
特許第6216951号(以下、「本件特許」という。)の請求項1に係る本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明であり、且つ、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたことは明らかであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきである。

2 理由2(特許法第29条第2項)
本件特許の請求項1-30に係る本件特許発明は、甲第1号証乃至甲第7号証の記載事項に基づいて、当業者であれば容易に想到できる発明であり、特許法第29条第2項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたことは明らかであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきである。

3 理由3(特許法第36条第4項第1号)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたことは明らかであり、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきである。

4 理由4(特許法第36条第6項第1号)
本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたことは明らかであり、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきである。

5 理由5(特許法第36条第6項第2号)
本件特許発明は明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたことは明らかであり、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきである。

第4 刊行物の記載
1 甲第1号証について
甲第1号証(特開2007-49422号公報)には、図1ないし図6とともに以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
データを送信する送信装置と前記データを受信する受信装置からなる通信システムにおいて、
前記送信装置は、
所定の間隔で平行に配置された、マイクロ波帯の信号を伝送させる第1および第2の伝送線路と、
前記データに対応する前記信号の差動信号を生成し、前記差動信号の一方を前記第1の伝送線路に出力するとともに、前記差動信号の他方を前記第2の伝送線路に出力する差動信号出力手段と
を備え、
前記受信装置は、
前記所定の間隔で平行に配置され、マイクロ波帯の信号を伝送させる第3および第4の伝送線路と、
前記第3および第4の伝送線路のそれぞれが、前記差動信号が伝送されている前記第1および第2の伝送線路と対向して近付けられたときに、線路間結合によって前記第3および第4の伝送線路に生じる前記差動信号を、前記データに対応する前記信号に変換して、出力する変換手段と
を備える
通信システム。」

「【0032】
図1は、本発明を適用した通信システムの一実施の形態の構成例を示している。
【0033】
図1の通信システムは、リーダライタ11とIC(Integrated Circuit)カード12とにより構成されている。
【0034】
リーダライタ11とICカード12とは、非接触でデータのやりとりを行う。
【0035】
即ち、リーダライタ11のRF送信部21は、データに対応するRF(Radio Frequency)信号をICカード12のRF受信部31に送信し、RF受信部22は、ICカード12のRF送信部32から送信されてくるRF信号を受信し、データに変換して記憶する。
【0036】
ICカード12のRF受信部31は、リーダライタ11のRF送信部21から送信されてくるRF信号を受信し、データに変換して記憶し、RF送信部32は、データに対応するRF信号をリーダライタ11のRF受信部22に送信する。
【0037】
ここで、リーダライタ11のRF送信部21とICカード12のRF受信部31とは、対向する通信面21aと通信面31aのそれぞれに配設されているマイクロストリップ線路に生じる線路間結合(マイクロストリップラインの線路間結合)により、データの送受信を行う。RF受信部22の通信面22aとRF送信部32の通信面32aについても同様である。
【0038】
なお、ICカード12のRF送信部32の構成は、リーダライタ11のRF送信部21の構成と同様であり、リーダライタ11のRF受信部22の構成は、ICカード12のRF受信部31の構成と同様であるので、以下では、リーダライタ11のRF送信部21とICカード12のRF受信部31によるデータの送受信について詳細に説明することとし、ICカード12のRF送信部32とリーダライタ11のRF受信部22によるデータの送受信についての説明は省略する。
【0039】
初めに、図2を参照して、マイクロストリップラインの線路間結合について説明する。
【0040】
マイクロストリップラインでは、グランドプレーン51の上に誘電体52が形成され、誘電体52の上にマイクロストリップ線路53が形成される。送受信されるデータに対応する、高周波のRF信号(マイクロ波帯の信号)は、マイクロストリップ線路53上を伝送する。
【0041】
グランドプレーン51およびマイクロストリップ線路53は、例えば、金や銅などの導体で構成され、誘電体52は、例えば、FR4などのガラスエポキシ材などで構成される。
【0042】
マイクロストリップラインの線路間結合では、図2に示すように、送信側(例えば、下側)のマイクロストリップ線路53と、受信側(例えば、上側)のマイクロストリップ線路53とが対向して近付けられる。ここで、図2Aは、マイクロストリップラインを、マイクロストリップ線路53のRF信号が流れる方向と同一方向から見た図(正面図)であり、図2Bは、マイクロストリップラインを、RF信号が流れる方向と水平かつ垂直な方向から見た図(側面図)である。
【0043】
図2に示すように、マイクロストリップ線路53が対向して近付けられ、一方のマイクロストリップ線路53にRF信号が伝送された場合、他方のマイクロストリップ線路53との間で線路間結合が生じ、マイクロストリップラインは、方向性結合器を構成する。
【0044】
図3は、RF送信部21の通信面21aとRF受信部31の通信面31aの詳細な構成例を示す斜視図である。
【0045】
リーダライタ11の通信面21aにおいては、対向するICカード12の通信面31aにより近い側から、マイクロストリップ線路101Aおよび101B(以下、単に線路101Aまたは101Bと称する)、誘電体102、およびグランドプレーン103が形成されている。線路101Aおよび101Bは、誘電体102上で、所定の間隔M(例えば、数mm)だけ離れて平行に配置されている。
【0046】
線路101Aの一端には、グランドプレーン103を挟んで反対側(図面下方向)に設けられている送信回路(不図示)からのRF信号を線路101Aに入力させるポート111Aが接続され、ポート111Aが接続されている一端と反対側の線路101Aの他端には、ポート112Aが接続されている。ポート112Aは、抵抗(終端抵抗)113Aを介してグランドプレーン103と接続されている。
【0047】
線路101Bも同様に、線路101Bの一端には、グランドプレーン103を挟んで反対側の送信回路からのRF信号を線路101Bに入力させるポート111Bが接続され、ポート111Bが接続されている一端と反対側の線路101Bの他端には、ポート112Bが接続されている。ポート112Bは、抵抗(終端抵抗)113Bを介してグランドプレーン103と接続されている。
【0048】
また、線路101Aと101Bとの間隔M(後述する線路121Aと121Bとの間隔も同様)は、クロストークが問題にならない範囲の最も短い距離に設定される。
【0049】
ICカード12の通信面31aも、基本的には、リーダライタ11の通信面21aと同様に構成されている。
【0050】
即ち、ICカード12の通信面31aにおいては、リーダライタ11の通信面21aにより近い側から、マイクロストリップ線路121Aおよび121B(以下、単に線路121Aまたは121Bと称する)、誘電体122、およびグランドプレーン123が形成されている。線路121Aおよび121Bは、誘電体122上で、所定の間隔M(例えば、数mm)だけ離れて平行に配置されている。
【0051】
線路121Aの一端には、線路間結合により生じたRF信号を、グランドプレーン123を挟んで反対側(図面上方向)に設けられている受信回路(不図示)に出力させるポート131Aが接続され、ポート131Aが接続されている一端と反対側の線路131Aの他端には、ポート132Aが接続されている。ポート132Aは、抵抗(終端抵抗)133Aを介してグランドプレーン123と接続されている。
【0052】
線路121Bも同様に、線路121Bの一端には、線路間結合により生じたRF信号を、グランドプレーン123を挟んで反対側の受信回路に出力させるポート131Bが接続され、ポート131Bが接続されている一端と反対側の線路121Bの他端には、ポート132Bが接続されている。ポート132Bは、抵抗(終端抵抗)133Bを介してグランドプレーン123と接続されている。
【0053】
RF送信部21とRF受信部31がデータを送受信する場合、RF送信部21の線路101Aおよび101Bと、RF受信部31の線路121Aおよび121Bとが、図3に示すように、距離L(例えば、数mm)となるように近付けられる。
【0054】
次に、図4を参照して、リーダライタ11のRF送信部21と、ICカード12のRF受信部31とによるデータの送受信処理の概要を説明する。なお、図4において、図3と対応する部分については同一の符号を付してある。また、図4では、理解を容易にするため、各通信面21aまたは31a内の2本の線路のうちの1本だけを図示している。即ち、図4のRF送信部21においては、線路101Aおよび101Bのうちの線路101Bの図示が省略され、図4のRF受信部31においては、線路121Aおよび121Bのうちの線路121Bの図示が省略されている。
【0055】
RF送信部21の送信回路151は、送信データに対応する高周波のRF信号を差動ドライバ152に出力する。差動ドライバ152は、入力されたRF信号から、その差動信号を生成し、差動信号の一方を線路101A側のアッテネータ153Aに出力する。また、差動ドライバ152は、(図中、点線で示されている)差動信号の他方を、線路101B側のアッテネータ(図5のアッテネータ153B)に出力する。
【0056】
アッテネータ153Aは、入力されたRF信号を増幅または減衰させ、RF信号のレベルを最適なレベルに調整する。アッテネータ153Aから出力されたRF信号は、抵抗154Aを介して、ポート111Aから線路101Aに入力される。なお、抵抗154Aおよび抵抗113Aは、RF信号の反射を抑制するための抵抗である。
【0057】
RF信号が線路101A上を伝送すると、距離Lで近付けられているRF受信部31の線路121Aとの間で線路間結合が生じ、線路121AにおいてRF信号が受信される。
【0058】
線路121Aで受信されたRF信号は、ポート131Aから出力され、LNA(Low Noise Amp)172に入力される。なお、抵抗171Aと133Aは、上述した抵抗154Aおよび抵抗113Aと同様に、RF信号の反射を抑制するための抵抗である。
【0059】
LNA172には、線路121Aで受信されたRF信号とともに、(点線で示されている)線路121Bで受信されたRF信号も入力される。なお、線路121Aで受信されたRF信号と、線路121Bで受信されたRF信号の位相は、反転している。
【0060】
LNA172は、2つの入力信号(位相が180度シフトしている2つのRF信号)を、シングルエンドのRF信号に変換し、受信回路173に出力する。受信回路173は、LNA172から入力されたRF信号をデータに変換し、記憶する。」

また、図1ないし図4より、線路間結合を用いてリーダライタ11からICカード12へRF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた態様が見て取れる。

そうすると、甲第1号証には、通信面21aと通信面31aのそれぞれに配設されているマイクロストリップ線路に生じる線路間結合を利用してデータの送受信を行うリーダライタ11とICカード12とにより構成される通信システムが記載されており、そのうち線路間結合により結合される一対のマイクロストリップ線路(図3及び図4におけるマイクロストリップ線路101A及び121A)を備える図4の例に関し、次の発明(以下、「甲1発明A」という。)が記載されていると認める。

(甲1発明A)
「誘電体102上に設けられたマイクロストリップ線路101Aであって、一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路101Aに入力させるポート111Aが接続されるとともに他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続されるマイクロストリップ線路101Aを有するリーダライタ11と、
誘電体122上に設けられたマイクロストリップ線路121Aであって、一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路121Aから出力させるポート131Aが接続されるとともに他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続されるマイクロストリップ線路121Aを有するICカード12と、を有し、
マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aとが対向して近づけられて、マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aの間の線路間結合を生じる方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム。」

なお、甲1発明Aは、異議申立人が甲第1号証から認定した甲1発明1(特許異議申立書30-31頁)のマイクロストリップ線路101Aに関し、「他方の端部にグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続される」点を、「他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続される」と限定し、同じくマイクロストリップ線路121Aに関し、「他方の端部にグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続される」点を、「他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続される」点で限定している。
ここで、甲第1号証において、前記抵抗113A及び前記抵抗133Aは、それぞれ甲第1号証の段落【0056】及び段落【0058】に記載されているように、RF信号の反射を抑制するための抵抗であり、当該抵抗を介さないで前記ポート112Aとグランドプレーン103とを接続し、前記ポート132Aとグランドプレーン123とを接続する例は、甲第1号証に記載されていない。

さらに、上記摘記事項及び図1ないし図6より、甲第1号証には、「結合器を構成する2つの線路の一方に信号が入力される入出力線が接続されるとともに他方の線路に反転信号が入力される入出力接続線が接続されるもの」(特許異議申立書53頁下から4行-2行)として、次の発明(以下、「甲1発明B」という。)が記載されていると認める。

(甲1発明B)
「誘電体102上に設けられたマイクロストリップ線路101Aおよび101Bであって、一方の端部に差動信号の一方を入力させるポート111Aが接続され、他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続されるマイクロストリップ線路101Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を入力させるポート111Bが接続され、他方の端部に抵抗113Bを介して前記グランドプレーン103と接続するポート112Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有するリーダライタ11と、
誘電体122上に設けられたマイクロストリップ線路121Aおよび121Bであって、一方の端部に差動信号の一方を出力するポート131Aが接続され、他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続されるマイクロストリップ線路121Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を出力するポート131Bが接続され、他方の端部に抵抗133Bを介して前記グランドプレーン123と接続するポート132Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有するICカード12と、を有し、
マイクロストリップ線路101Aおよび101Bとマイクロストリップ線路121Aおよび121Bとが対向して近づけられて、マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aの間及びマイクロストリップ線路101Bとマイクロストリップ線路121Bに線路間結合を生じる方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム。」

なお、甲1発明Bは、異議申立人が甲第1号証から認定した甲1発明2(特許異議申立書32頁)に対して、さらに、マイクロストリップ線路101Aに関し、「他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続される」点、マイクロストリップ線路101Bに関し、「他方の端部に抵抗113Bを介してグランドプレーン103と接続するポート112Bが接続される」点、マイクロストリップ線路121Aに関し、「他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続される」点、及び、マイクロストリップ線路121Bに関し、「他方の端部に抵抗133Bを介してグランドプレーン123と接続するポート132Bが接続される」点で限定している。
すなわち、甲1発明2では、マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路101Bとの関係(2つのマイクロストリップ線路の他方の端部が接続されているのか否か、及び、接続されているのであればどのような接続構成なのか等)が不明であり、同様にマイクロストリップ線路121Aとマイクロストリップ線路121Bとの関係が不明であって、それぞれのマイクロストリップ線路の他方の端部の構成について甲第1号証に記載されていない事項を含むものとなっている。一方、甲第1号証において、前記抵抗113A、前記抵抗113B、前記抵抗133A及び前記抵抗133Bは、それぞれ甲第1号証の段落【0056】及び段落【0058】に記載されているように、RF信号の反射を抑制するための抵抗であり、適切に線路間結合をするために必須の構成といえる。

2 甲第2号証について
甲第2号証(特開2008-67288号公報)には、図9ないし図12とともに以下の事項が記載されている。

「【0013】
それに対して、インダクタ結合を利用して半導体チップ間で信号を伝送する技術は、容量結合と異なり、インダクタ結合されたコイル間に半導体基板が存在してもコイルで発生する磁界は半導体基板を通り抜けるため、半導体チップを3層以上に積層することが可能である。したがって、3層以上の半導体チップの積層化を可能にしつつ、半導体集積回路装置の多機能化やメモリ容量の増大を実現するためには、チップ間配線にインダクタ結合を用いる信号伝送方式が有望である。
【0014】
このようなインダクタ結合を利用する非接触インターフェース技術について図9?図12を用いて説明する。
【0015】
図9はインダクタ結合を利用する非接触インターフェースを用いてデータ伝送を行う送信器及び受信器の構成を示すブロック図である。図9は一方の半導体チップ901から他方の半導体チップ906に1ビットのデータを送信する構成例である。送信データは信号電圧が低電位電源電圧VSSまたは接地電位のとき「0」とし、信号電圧が接地電位と異なる予め設定された所定電位(高電位電源電圧VDD)のとき「1」とする。
【0016】
図9に示すように、インダクタ結合を利用する非接触インターフェースでは、データを送信する半導体チップ901に送信インダクタ903及び送信回路902を備え、データを受信する半導体チップ906に受信インダクタ907及び受信回路908を備えている。
【0017】
送信回路902には送信データ及びデータ伝送に用いる送信クロックが供給され、受信回路908には送信されたデータを再生するための受信クロックが供給される。受信回路908からは受信インダクタ907に流れる誘導電流を基に検出された信号及び受信クロックを用いて再生された受信データが出力される。
【0018】
送信回路902は、送信インダクタ903に電流を流すためのドライバ回路を備え、送信データに対応して送信インダクタ903に流す電流方向を切り換える。図9に示す構成では、図の送信インダクタ903の左から右に向かって流れる電流を正とし、右から左に向かって流れる電流を流れる電流を負とする。
【0019】
以降の説明でも、インダクタが図に対して水平方向に描かれている場合は、図の左から右に向かって流れる電流を正とし、右から左方向に流れる電流を流れる電流を負とする。また、インダクタが図に対して垂直方向に描かれている場合は、図の上から下に向かって流れる電流を正とし、下から上に向かって流れる電流を負とする。
【0020】
受信回路908は、送信インダクタ903に電流が流れることで受信インダクタ907に発生する誘導電流の方向を検出し、受信クロックを用いて送信されたデータ(受信データ)を再生する。半導体チップ901と半導体チップ906とは、それぞれのチップ面に形成された送信インダクタ903と受信インダクタ907とが垂直方向でほぼ重なる位置となるように積層される。
【0021】
このような構成において、送信回路902は、送信データが入力されると、送信クロック905に同期して送信データ904の極性に対応する方向の電流を送信インダクタ903に供給する。例えば、送信データが「1」の場合、送信回路902は送信インダクタ903に正の電流を流し、送信データが「0」の場合、送信回路902は送信インダクタ903に負の電流を流す。
【0022】
送信インダクタ903に電流が流れると、送信インダクタ903で磁界が発生し、受信インダクタ907に誘導電流が発生する。受信インダクタ907で発生する誘導電流の向きは送信データの極性によって異なるため、受信回路908は、受信インダクタ907で発生した誘導電流の方向を検出し、誘導電流の方向に対応する信号を受信クロックに同期して生成する。このようにインダクタ結合を利用すれば、積層された複数の半導体チップどうしを接続する配線を設けなくても半導体チップ間でデータを伝送することが可能になる。
【0023】
図10は図9に示した送信器の構成を示す回路図であり、図11は図9に示した受信器の従来の構成を示す回路図である。また、図12は図10に示した送信器及び図11に示した受信器を用いてデータが伝送される様子を示すタイミングチャートである。
【0024】
図10に示すように、送信器は、送信インダクタ1006と、送信インダクタ1006に送信データに対応する方向の電流I_(TX)を流す第1のドライバ回路1001及び第2のドライバ回路1002と、送信クロックの立下り(または立ち上がり)に同期してパルス状のタイミング信号(微小パルス)を生成する微小パルス生成回路1004と、送信データ及びその反転データ(反転送信データ)と微小パルス生成回路1004から出力される微小パルスとを用いて第1のドライバ回路1001及び第2のドライバ回路1002を動作させる論理回路1003とを有する構成である。
【0025】
第1のドライバ回路1001はPチャネル型MOSトランジスタ(PMOSトランジスタ)1008及びNチャネル型MOSトランジスタ(NMOSトランジスタ)1009を備え、第2のドライバ回路1002はPMOSトランジスタ1010及びNMOSトランジスタ1011を備えている。
【0026】
図10に示した送信器は、送信クロックの立ち下がり毎に送信インダクタ1006に対して送信データの極性に対応する方向の電流I_(TX)を流す構成である。例えば、送信データが「1」の場合、第1のドライバ回路1001及び第2のドライバ回路1002は送信クロックの立下りに同期して送信インダクタ1006に正の電流I_(TX)を流し、送信データが「0」の場合、第1のドライバ回路1001及び第2のドライバ回路1002は送信クロックの立下りに同期して送信インダクタ1006に負の電流I_(TX)を流す(図12参照)。
【0027】
図11に示すように、従来の受信器は、受信インダクタ1110と、受信インダクタ1110に流れる誘導電流I_(RX)を電圧信号に変換する抵抗器1111と、受信インダクタ1110に誘導電流I_(RX)が流れることで抵抗器1111の両端に発生した電圧信号を受信クロックの立ち上がり(または立下り)毎に取り込み、受信クロックを用いて送信されたデータ(受信データ)を再生する信号受信回路1112とを有する構成である。
【0028】
信号受信回路1112は、抵抗器1111の両端に発生した電位差V_(RX)から、送信されたデータの極性を示す信号を差動出力(サンプリング出力及びサンプリング反転出力)する差動センスアンプ回路と、差動センスアンプ回路の出力信号を受信クロックのタイミングで保持し、受信データを再生するSRラッチ回路とを備えている。
【0029】
図11は差動センスアンプ回路にストロングアームラッチ型の回路構成を用い、SRラッチ回路をNANDゲートで構成した例である。なお、VDDは高電位電源電圧を示し、VSSは高電位電源電圧よりも低い低電位電源電圧を示している。
【0030】
差動センスアンプ回路は、PMOSトランジスタ1101?1104及びNMOSトランジスタ1105?1109を用いて構成された、差動回路、信号保持回路及びプリチャージ回路を備えている。
【0031】
差動回路は、ソース端子どうしが接続されたNMOSトランジスタ1107及びNMOSトランジスタ1108と、NMOSトランジスタ1107及び1108のソース端子と低電位電源電圧VSS間に挿入されたNMOSトランジスタ1109とを備えている。NMOSトランジスタ1107及び1108のゲート端子には抵抗器1011の両端に発生した電圧信号が入力され、NMOSトランジスタ1109のゲート端子には受信クロックが入力される。
【0032】
抵抗器1011には、受信インダクタ1110に誘導電流IRXが流れることで両端に発生する電圧信号の基準となる制御電圧が中間点から入力されている。この制御電圧はNMOSトランジスタ1107及びNMOSトランジスタ1108がオン/オフするように、低電位電源電圧VSSよりも高く、(VDD+VSS)/2よりも低い電圧に設定される。
【0033】
信号保持回路は、第1のインバータを構成するPMOSトランジスタ1102及びNMOSトランジスタ1105と、第2のインバータを構成するPMOSトランジスタ1103及びNMOSトランジスタ1106とを備えている。第1のインバータに流れる電流は差動回路のNMOSトランジスタ1107によって制御され、第2のインバータに流れる電流は差動回路のNMOSトランジスタ1108によって制御される。第1のインバータ及び第2のインバータは、互いの入力端子と出力端子とが交差するように接続されることで正帰還回路を構成している。そのため、第1のインバータ及び第2のインバータは差動回路から出力された信号を「1」または「0」の電圧レベルまで増幅する。この第1のインバータ及び第2のインバータの出力が、それぞれ差動センスアンプ回路の出力(上記サンプリング出力及びサンプリング反転出力)となる。
【0034】
プリチャージ回路は、PMOSトランジスタ1102と並列に接続されたPMOSトランジスタ1101、及びPMOSトランジスタ1103と並列に接続されたPMOSトランジスタ1104を備えている。PMOSトランジスタ1101及びPMOSトランジスタ1104のゲート端子には受信クロックが入力されている。PMOSトランジスタ1101及びPMOSトランジスタ1104は、受信クロックが「0」のときにオンし、信号保持回路が備える第1のインバータ及び第2のインバータの出力端をそれぞれ高電位電源電圧VDD(データ「1」)にプルアップする。
【0035】
図12に示すように、受信クロックが「0」のとき、差動センスアンプ回路では、差動回路のNMOSトランジスタ1109がオフし、プリチャージ回路のPMOSトランジスタ1101及び1104がオンして、信号保持回路が備える第1のインバータ及び第2のインバータの出力端がそれぞれ「1」にプリチャージされる。
【0036】
続いて、受信クロックが「0」から「1」に変化すると、差動回路のNMOSトランジスタ1109がオンして差動センスアンプ回路が活性化(VDDからVSSへの電流パスが形成)する。このとき、抵抗器1111の両端に発生している電位差V_(RX)により差動回路のNMOSトランジスタ1107とNMOSトランジスタ1108には異なる電流量が流れ、第1のインバータ及び第2のインバータからは該電位差V_(RX)に相当する電圧が出力される。
【0037】
上述したように第1のインバータと第2のインバータとは正帰還回路を構成しているため、第1のインバータ及び第2のインバータは、差動回路から入力された信号を「1」または「0」の電圧レベルまで増幅すると共に、受信クロックが「1」となっている期間だけその値を保持(ラッチ)する。
【0038】
したがって、差動センスアンプ回路は、受信クロックの立ち上がりに同期して、受信インダクタで受信した信号を差動回路のNMOSトランジスタ1107及び1108を介して取り込み、送信データに対応した信号を差動出力する。差動センスアンプ回路に取り込まれた信号は受信クロックが「1」の期間だけ保持され、受信クロックが「0」に切り換わると、差動センスアンプ回路の出力が「1」にプリチャージされる。
【0039】
図11に示すストロングアームラッチ型の差動センスアンプ回路は、受信クロックが「0」のとき、及び信号出力が確定したとき、貫通電流を遮断する。差動センスアンプ回路の差動出力はSRラッチ回路に供給される。
【0040】
SRラッチ回路は、互いの出力信号を一方の入力とする2つの2入力NANDゲートを備え、差動センスアンプ回路から差動出力された信号を受信クロックの立ち上がりに同期して保持することで受信データを再生する。」

ここで、図10は図9に示した送信機の構成を示す回路図であるから、図9の「送信インダクタ903」と図10の「送信インダクタ1006」は同じものであり、以下「送信インダクタ」という。また、図11は図9に示した受信機の構成を示す回路図であるから、図9の「受信インダクタ907」と図11の「受信インダクタ1110」は同じものであり、以下「受信インダクタ」という。
そして、上記摘記事項より、送信インダクタを備えデータを送信する半導体チップ901と、受信インダクタを備えデータを受信する半導体チップ906を備える非接触インターフェースについて、次の発明(以下、「甲2発明A」という。)が記載されていると認める。

(甲2発明A)
「半導体チップ901上に形成された送信インダクタの一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される半導体チップ901と、
半導体チップ906上に形成された受信インダクタの一方の端部から受信データに対応する信号が出力されるとともに他方の端部から反転受信データに対応する信号が出力される半導体チップ906と、
半導体チップ901と半導体チップ906とは、送信インダクタと受信インダクタとが垂直方向でほぼ重なる位置となるように積層され、送信インダクタと受信インダクタとの間でインダクタ結合を利用してデータの送信及び受信を行う非接触インターフェース。」

なお、甲2発明Aは、主に異議申立人が甲第2号証から認定した甲2発明(特許異議申立書35頁)に対して、「・・・信号が入力される」主体、「・・・信号が出力される」主体及び発明の対象を特定したものである。

3 甲第3号証について
甲第3号証(特開2012-5077号公報)には、図3Aとともに以下の事項が記載されている。

「【0027】
また、前記電力増幅器は、前記第1トランスフォーマ及び前記第2トランスフォーマの少なくとも一方と、前記半導体基板との間に形成された10μm以上の厚さの誘電体層を備えてもよい。」
「【0044】
環状1次コイル121は、1次巻線としての環状の第1金属配線から構成される第1環状コイルの一例であり、入力信号が入力される。具体的には、図3Aに示すように、環状1次コイル121は、一端から入力信号が入力され、他端は、接地されている。ここでは例として、一端から入力信号が入力されて、他端は、接地されているが、環状1次コイル121の両端から差動入力信号を入力しても構わない。
【0045】
直線2次コイル122は、2次巻線としての直線状の第2金属配線である第1直線コイルの一例であり、プッシュプル増幅器110に接続される。また、直線2次コイル122と環状1次コイル121とは、互いに近接しており、磁界結合する。この磁界結合により、入力側トランスフォーマ120は、環状1次コイル121に入力された入力信号を、複数の分配信号に分配し、プッシュプル増幅器110に出力する。」
「【0053】
環状2次コイル131は、2次巻線としての環状の第3金属配線である第2環状コイルの一例であり、出力信号が出力される。具体的には、図3Aに示すように、環状2次コイル131は、一端から出力信号が出力される。本実施の形態では他端は、接地されているが差動出力であっても構わない。
【0054】
直線1次コイル132は、1次巻線としての直線状の第4金属配線である第2直線コイルの一例であり、プッシュプル増幅器110に接続される。また、直線1次コイル132と環状2次コイル131とは、互いに近接しており、磁界結合する。この磁界結合により、出力側トランスフォーマ130は、複数のプッシュプル増幅器110によって増幅された複数の分配信号を合成することで、環状2次コイル131から出力する。」

上記摘記事項及び図3Aの記載からみて、甲第3号証には、次の発明(以下、「甲3発明A」という。)が記載されていると認める。

(甲3発明A)
「誘電体層上に設けられた環状1次コイル121の両端から差動入力信号が入力され、
誘電体層上に設けられた環状2次コイル131の両端から差動出力信号が出力され、
前記環状1次コイル121に入力した差動入力信号は、直線2次コイル122、プッシュプル増幅器110及び直線1次コイル132を介して前記環状2次コイル133から差動出力信号として出力され、
前記環状1次コイル121と前記直線2次コイル122の間で磁界結合し、前記直線1次コイル132と前記環状2次コイル131の間で磁界結合することで、信号を伝送すること。」

なお、甲3発明Aは、主に異議申立人が甲第3号証から認定した甲3発明(特許異議申立書36頁)に対して、環状1次コイル121から環状2次コイル131までの信号伝達経路を特定したものである。
ここで、異議申立人は、甲3発明の中で「環状1次コイル121と環状2次コイル131との間で磁界結合を用いて信号を伝送する」と記載しているが、環状1次コイル121と環状2次コイル131とは直接磁界結合しておらず、直線2次コイル122、プッシュプル増幅器110及び直線1次コイル132を介することから、上記甲3発明Aのように認定した。

第5 申立ての理由についての判断
1 理由1(特許法第29条第1項第3号)について
(1)本件発明1が甲第1号証に記載された発明であるか否かの判断
異議申立人は、本件発明1から選択される、第1モジュールの第1結合器の他方の端部に接地線が接続され、かつ、第2モジュールの第2結合器の他方の端部に接地線が接続された発明である本件発明1Aと、甲第1号証に記載された発明のうち、線路間結合により結合される一対のマイクロストリップ線路(図3及び図4におけるマイクロストリップ線路101A及び121A)を備える図4の例に関する甲1発明1(特許異議申立書30-31頁)が同一であると主張するところ、甲1発明1に対応する発明として当審が甲第1号証に記載していると認めた甲1発明Aが本件発明1Aと同一であるか否かについて、以下検討する。

(本件発明1A)(再掲)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(甲1発明A)(再掲)
「誘電体102上に設けられたマイクロストリップ線路101Aであって、一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路101Aに入力させるポート111Aが接続されるとともに他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続されるマイクロストリップ線路101Aを有するリーダライタ11と、
誘電体122上に設けられたマイクロストリップ線路121Aであって、一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路121Aから出力させるポート131Aが接続されるとともに他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続されるマイクロストリップ線路121Aを有するICカード12と、を有し、
マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aとが対向して近づけられて、マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aの間に線路間結合を生じる方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム。」

本件発明1Aと甲1発明Aとを対比する。
a 甲1発明Aの「誘電体102」は、本件発明1Aの「第1絶縁性基板」に相当する。また、甲1発明Aの「マイクロストリップ線路101A」は、「マイクロストリップ線路121A」と結合する点で、本件発明1Aの「第1結合器」に含まれ、甲1発明Aが「一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路101Aに入力させるポート111Aが接続される」点は、一方の端部にRF信号を入力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Aの「一方の端部に入出力接続線が接続される」こととは、「一方の端部に接続線が接続される」点で共通する。
ここで、甲第1号証に記載された態様(図1)は、リーダライタ11からICカード12への信号の送信は、甲1発明Aで行い、逆にICカード12からリーダライタ11への信号の送信は、ICカード12のRF送信部32とリーダライタ11のRF受信部22で行っていることからすると、甲1発明Aを、ICカード12からリーダライタ11への信号の送信に用いることは想定されていないと解されるから、甲1発明Aにおいて、マイクロストリップ線路101Aの一方の端部に出力も含めた入出力信号線を接続することは、甲第1号証に記載されていない。したがって、両発明は、下記の相違点1Aで相違する。

さらに、本件発明1Aの「他方の端部に接地線が接続され」とは、明細書の「結合器の他方の端部は接地線に接続しても良く、入力信号は接地線に接続された他端で反射されて逆極性の反射信号が他端から一方の端子に進行する」(段落【0038】)の記載からみて、入力信号が他端で反射されて逆極性の反射信号が一方の端子に進行する機能を有するものといえる。
一方、甲1発明Aの「他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続される」は、マイクロストリップ線路101Aの他方の端部が抵抗113Aを介して接地されているといえるが、「抵抗113A」は、RF信号の反射を抑制するための抵抗である」(甲第1号証の段落【0056】)から、反射信号を抑制する機能を有する。
そうすると、本件発明1Aと甲1発明Aの「第1結合器」が備える「他方の端部」に接続される態様は、下記相違点1Bを有する。
また、甲1発明Aの「リーダライタ11」は、本件発明1Aの「第1モジュール」に含まれる。

b 甲1発明Aの「誘電体122」は、本件発明1Aの「第2絶縁性基板」に相当する。また、甲1発明Aの「マイクロストリップ線路121A」は、「マイクロストリップ線路101A」と結合する点で、本件発明1Aの「第2結合器」に含まれ、甲1発明Aが「一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路121Aから出力させるポート131Aが接続される」点は、一方の端部にRF信号を出力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Aの「一方の端部に入出力接続線が接続される」こととは、「一方の端部に接続線が接続される」点で共通する。
ここで、上記aと同様に、甲1発明Aにおいて、マイクロストリップ線路121Aの一方の端部に出力も含めた入出力信号線を接続することは、甲第1号証に記載されていないから、両発明は、下記の相違点1Cで相違する。

さらに、本件発明1Aの「他方の端部に接地線が接続され」とは、明細書の「結合器の他方の端部は接地線に接続しても良く、入力信号は接地線に接続された他端で反射されて逆極性の反射信号が他端から一方の端子に進行する」(段落【0038】)の記載からみて、入力信号が他端で反射されて逆極性の反射信号が一方の端子に進行する機能を有するものといえる。
一方、甲1発明Aの「他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続される」は、マイクロストリップ線路121Aの他方の端部が抵抗133Aを介して接地されているといえるが、「抵抗133A」は、RF信号の反射を抑制するための抵抗である」(甲第1号証の段落【0058】)から、反射信号を抑制する機能を有する。
そうすると、本件発明1Aと甲1発明Aの「第2結合器」が備える「他方の端部」に接続される態様は、下記相違点1Dを有する。
また、甲1発明Aの「ICカード12」は、本件発明1Aの「第2モジュール」に含まれる。

c 甲1発明Aの「マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aとが対向して近づけられ」た状態は、本件発明1Aの「前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって」いる状態といえ、甲1発明Aの「線路間結合」と本件発明1Aの「容量結合および誘導結合」は、「所定の結合」である点で共通し、甲1発明Aの「前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信する」ことは、本件発明1Aの「信号結合が生じ」ることといえ、甲1発明Aの「前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた」状態は、本件発明1Aの「記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層した」状態といえ、甲1発明Aの「方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム」は、本件発明1Aの「方向性結合式通信装置」に含まれる一方、両発明は、以下の相違点1Eを有する。

上記aないしcの検討から、本件発明1Aと甲1発明Aとは、以下の点で一致し、また、相違する。

(一致点)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部を備える第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部を備える第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に所定の結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(相違点1A)
一致点である「第1結合器」の「一方の端部」に接続される信号線が、本件発明1Aでは「入出力信号線」であるのに対し、甲1発明Aでは「入力信号線」である点。

(相違点1B)
一致点である「第1結合器」の「他方の端部」の接続態様が、本件発明1Aでは「接地線が接続され」ているのに対し、甲1発明Aでは「抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続する」点。

(相違点1C)
一致点である「第2結合器」の「一方の端部」に接続される信号線が、本件発明1Aでは「入出力信号線」であるのに対し、甲1発明Aでは「出力信号線」である点。

(相違点1D)
一致点である「第2結合器」の「他方の端部」の接続態様が、本件発明1Aでは「接地線が接続され」ているのに対し、甲1発明Aでは「抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続する」点。

(相違点1E)
一致点である「結合」について、本件発明1Aでは「容量結合および誘導結合」であるのに対し、甲1発明Aの「線路間結合」は、本件発明1Aの「容量結合」及び「誘導結合」の上位概念ではあるが、「容量結合および誘導結合」の2つの結合をともに用いることが不明である点。

したがって、本件発明1Aと甲1発明Aとは、上記相違点1Aないし相違点1Eの点で相違するから、同一でない。
なお、異議申立人は主張していないが、本件発明1Bと該本件発明1Bに対応する甲1発明Bとは、後述の2(1)アに記載した相違点3Aないし相違点3Cの点で相違するから、本件発明1Bと甲1発明Bとは同一でない。
よって、本件発明1は甲第1号証に記載された発明ではない。

(2)本件発明1が甲第2号証に記載された発明であるか否かの判断
異議申立人は、本件発明1から選択される、第1モジュールの第1結合器の他方の端部に入出力接続線が接続され、かつ、第2モジュールの第2結合器の他方の端部に入出力接続線が接続された発明である本件発明1Bと、甲第2号証に記載された甲2発明(特許異議申立書35頁)が同一であると主張するところ、甲2発明に対応する発明として当審が甲第2号証に記載していると認めた甲2発明Aが本件発明1Bと同一であるか否かについて、以下検討する。

(本件発明1B)(再掲)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(甲2発明A)(再掲)
「半導体チップ901上に形成された送信インダクタの一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される半導体チップ901と、
半導体チップ906上に形成された受信インダクタの一方の端部から受信データに対応する信号が出力されるとともに他方の端部から反転受信データに対応する信号が出力される半導体チップ906と、
半導体チップ901と半導体チップ906とは、送信インダクタと受信インダクタとが垂直方向でほぼ重なる位置となるように積層され、送信インダクタと受信インダクタとの間でインダクタ結合を利用してデータの送信及び受信を行う非接触インターフェース。」

本件発明1Bと甲2発明Aとを対比する。
a 甲2発明Aには、本件発明1Bの「第1絶縁性基板」に対応する構成がない点で相違する(相違点2A)。
また、甲2発明Aの「送信インダクタ」は、「受信インダクタ」と結合する点で、本件発明1Bの「第1結合器」に含まれ、甲2発明Aの「送信インダクタの一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される」ことは、前記「送信インダクタ」の「一方の端部」及び「他方の端部」にそれぞれ接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第1結合器」の「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線」こととは、「一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された接続線に入力される信号の反転信号が入力される接続線が接続された」点で共通し、甲第2号証には「受信インダクタ」から「送信インダクタ」へデータを送信することが記載されていないことも勘案すると、両発明は下記相違点2Bの点で相違する。
また、甲2発明Aの「半導体チップ901」は、本件発明1Bの「第1モジュール」に含まれる。

b 甲2発明Aには、本件発明1Bの「第2絶縁性基板」に対応する構成がない点で相違する(相違点2C)。
また、甲2発明Aの「受信インダクタ」は、「送信インダクタ」と結合する点で、本件発明1Bの「第2結合器」に含まれ、甲2発明Aの「受信インダクタの一方の端部から受信データに対応する信号が出力されるとともに他方の端部から反転受信データに対応する信号が出力される」ことは、前記「受信インダクタ」の「一方の端部」及び「他方の端部」にそれぞれ接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第2結合器」の「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」こととは、「一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に接続線が接続された」点で共通し、甲第2号証には「受信インダクタ」から「送信インダクタ」へデータを送信することが記載されていないことも勘案すると、両発明は下記相違点2Dの点で相違する。
また、甲2発明Aの「半導体チップ906」は、本件発明1Bの「第2モジュール」に含まれる。

c 甲2発明Aの「送信インダクタと受信インダクタとが垂直方向でほぼ重なる位置となる」た状態は、本件発明1Bの「前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって」いる状態といえ、甲2発明Aの「インダクタ結合」と本件発明1Bの「容量結合および誘導結合」は、「結合」である点で共通し、甲2発明Aの「半導体チップ901と半導体チップ906とは、」「積層され」た状態は、本件発明1Bの「記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層した」状態といえ、甲2発明Aの「送信インダクタと受信インダクタとの間でインダクタ結合を利用してデータの送信及び受信を行う」ことは、本件発明1Bの「信号結合が生じる」ことといえ、甲2発明Aの「インダクタ結合を利用してデータの送信及び受信を行う非接触インターフェース」と、本件発明1Bの「方向性結合式通信装置」とは、「結合式通信装置」である点で共通する一方、両発明は、以下の相違点2E、2Fを有する。

上記aないしcの検討から、本件発明1Bと甲2発明Aとは、以下の点で一致し、また、相違する。

(一致点)
「一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された接続線に入力される信号の反転信号が入力される接続線が接続されたされた第1結合器を有する第1モジュールと、
一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に接続線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に所定の結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層した結合式通信装置。」

(相違点2A)
一致点である「第1結合器」について、本件発明1Bでは「第1絶縁性基板上に設けられた」ものであるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

(相違点2B)
一致点である「第1結合器」の一方の端部及び他方の端部に接続される接続線について、本件発明1Bではいずれも「入出力接続線」であるのに対し、甲2発明Aでは信号を入力する「接続線」である点。

(相違点2C)
一致点である「第2結合器」について、本件発明1Bでは「第2絶縁性基板上に設けられた」ものであるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

(相違点2D)
一致点である「第2結合器」の一方の端部及び他方の端部に接続される「接続線」について、本件発明1Bでは「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」ものであるのに対し、甲2発明Aでは信号を出力する「接続線」である点。

(相違点2E)
一致点である「所定の結合」について、本件発明1Bでは「容量結合および誘導結合」であるのに対し、甲2発明Aでは「インダクタ結合」である点。

(相違点2F)
一致点である「結合式通信装置」について、本件発明1Bでは「方向性」であるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

したがって、本件発明1Bと甲2発明Aとは、上記相違点2Aないし相違点2Fの点で相違するから、同一でない。
なお、異議申立人は主張していないが、本件発明1Aと甲2発明Aとは、後述の2(1)イに記載した相違点4Aないし相違点4Fの点で相違するから、本件発明1Aと甲2発明Aとは同一でない。
よって、本件発明1は甲第2号証に記載された発明ではない。

(3)小括
以上のとおり、理由1によって請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

2 理由2(特許法第29条第2項)について
(1)本件発明1について
異議申立人は、異議申立の理由において、本件発明1は、「甲第1号証(主引例)、甲第2号証、及び周知技術(甲第4号証及び甲第8号証?甲第11号証)に基づいて容易想到、また、甲第1号証(主引例)、甲第3号証、及び周知技術(甲第4号証及び甲第8号証?甲第11号証)に基づいて容易想到、また、甲第2号証(主引例)、甲第1号証、及び周知技術(甲第8号証?甲第11号証)に基づいて容易想到」(特許異議申立書15頁)である旨主張している。

ア 甲第1号証を主引例とする場合について
異議申立人は、甲第1号証に記載された「結合器を構成する2つの線路の一方に信号が入力される入出力線が接続されるとともに他方の線路に反転信号が入力される入出力接続線が接続されるもの」(特許異議申立書53頁下から4行-2行)として、甲1発明2(特許異議申立書32頁)を認定し、該甲1発明2を主たる発明とし、他の証拠とともに本件発明1から選択される本件発明1Bの進歩性を否定しているところ、甲1発明2に対応する発明として当審が甲第1号証に記載していると認めた甲1発明Bを主たる発明として本件発明1Bの進歩性について、以下検討する。

(本件発明1B)(再々掲)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(甲1発明B)(再掲)
「誘電体102上に設けられたマイクロストリップ線路101Aおよび101Bであって、一方の端部に差動信号の一方を入力させるポート111Aが接続され、他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続されるマイクロストリップ線路101Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を入力させるポート111Bが接続され、他方の端部に抵抗113Bを介して前記グランドプレーン103と接続するポート112Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有するリーダライタ11と、
誘電体122上に設けられたマイクロストリップ線路121Aおよび121Bであって、一方の端部に差動信号の一方を出力するポート131Aが接続され、他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続されるマイクロストリップ線路121Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を出力するポート131Bが接続され、他方の端部に抵抗133Bを介して前記グランドプレーン123と接続するポート132Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有するICカード12と、を有し、
マイクロストリップ線路101Aおよび101Bとマイクロストリップ線路121Aおよび121Bとが対向して近づけられて、マイクロストリップ線路101Aとマイクロストリップ線路121Aの間及びマイクロストリップ線路101Bとマイクロストリップ線路121Bに線路間結合を生じる方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム。」

本件発明1Bと甲1発明Bとを対比する。
a 甲1発明Bの「誘電体102」は、本件発明1Bの「第1絶縁性基板」に相当する。また、甲1発明Bの「マイクロストリップ線路101A、101B」は、「マイクロストリップ線路121A、121B」と結合するから、本件発明1Bの「第1結合器」とは、「第1の結合部材」である点で共通する。
また、甲1発明Bの入力される「差動信号の一方」及び「差動信号の他方」は、それぞれ本件発明1Bの「一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号」及び「反転信号」に相当する。そして、甲1発明Bが「マイクロストリップ線路101A」の「一方の端部にRF信号をマイクロストリップ線路101Aに入力させるポート111Aが接続され」る点は、一方の端部にRF信号を入力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第1結合器」の「一方の端部に入出力接続線が接続される」こととは、「一方の端部に接続線が接続される」点で共通する。同様に、甲1発明Bが「マイクロストリップ線路101B」の「一方の端部に前記差動信号の他方を入力させるポート111Bが接続され」る点は、一方の端部に前記差動信号を入力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第1結合器」の「他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」こととは、「他方の端部に接続線が接続される」点で共通する。一方で、一致点である「第1の結合手段」について、以下の相違点3Aを有する。
また、甲1発明Bの「リーダライタ11」は、本件発明1Bの「第1モジュール」に含まれる。

b 甲1発明Bの「誘電体122」は、本件発明1Bの「第2絶縁性基板」に相当する。また、甲1発明Bの「マイクロストリップ線路121A、121B」は、「マイクロストリップ線路101A、101B」と結合するから、本件発明1Bの「第2結合器」とは、「第2の結合部材」である点で共通する。
また、甲1発明Bの「マイクロストリップ線路121A」の「一方の端部に差動信号の一方を入力させるポート131Aが接続され」る点は、一方の端部にRF信号を入力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第2結合器」の「一方の端部に入出力接続線が接続される」こととは、「一方の端部に接続線が接続される」点で共通する。同様に、甲1発明Bの「マイクロストリップ線路121B」の「一方の端部に前記差動信号の他方を出力するポート131Bが接続され」る点は、一方の端部に前記差動信号を出力する接続線が接続されていることが明らかであるから、本件発明1Bの「第1結合器」の「他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」こととは、「他方の端部に接続線が接続される」点で共通する。一方で、一致点である「第2の結合手段」について、以下の相違点3Bを有する。
また、甲1発明Bの「ICカード12」は、本件発明1Bの「第2モジュール」に含まれる。

c 甲1発明Bの「マイクロストリップ線路101Aおよび101Bとマイクロストリップ線路121Aおよび121Bとが対向して近づけられ」た状態は、本件発明1Bの「前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって」いる状態といえ、甲1発明Bの「線路間結合」と本件発明1Bの「容量結合および誘導結合」は、「所定の結合」である点で共通し、甲1発明Bの「前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信する」ことは、本件発明1Bの「信号結合が生じ」ることといえ、甲1発明Bの「前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた」状態は、本件発明1Bの「記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層した」状態といえ、甲1発明Bの「方向性結合器を構成し、前記線路間結合を用いて前記リーダライタ11から前記ICカード12へ前記RF信号を送信するように、前記リーダライタ11に前記ICカード12が重ねられた通信システム」は、本件発明1Bの「方向性結合式通信装置」に含まれる一方、両発明は、以下の相違点3Cを有する。

上記aないしcの検討から、本件発明1Bと甲1発明Bとは、以下の点で一致し、また、相違する。

(一致点)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された接続線に入力される信号の反転信号が入力される接続線が接続された第1の結合手段を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に接続線が接続されるとともに他方の端部に接続線が接続された第2の結合手段を有する第2モジュールとを、
前記第1の結合手段と前記第2の結合手段とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1の結合手段と前記第2の結合手段の間に所定の結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(相違点3A)
一致点である「第1の結合手段」について、本件発明1Bでは、「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」ものであるのに対し、甲1発明Bでは、「一方の端部に差動信号の一方を入力させるポート111Aが接続され、他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続されるマイクロストリップ線路101Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を入力させるポート111Bが接続され、他方の端部に抵抗113Bを介して前記グランドプレーン103と接続するポート112Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有する」ものである点。

(相違点3B)
一致点である「第2の結合手段」について、本件発明1Bでは、「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」ものであるのに対し、甲1発明Bでは、「一方の端部に差動信号の一方を出力するポート131Aが接続され、他方の端部に抵抗133Aを介してグランドプレーン123と接続するポート132Aが接続されるマイクロストリップ線路121Aと、一方の端部に前記差動信号の他方を出力するポート131Bが接続され、他方の端部に抵抗133Bを介して前記グランドプレーン123と接続するポート132Bが接続されるマイクロストリップ線路101Bとを有する」ものである点。

(相違点3C)
一致点である「所定の結合」について、本件発明1Bでは「容量結合および誘導結合」であるのに対し、甲1発明Bの「線路間結合」は、本件発明1Bの「容量結合」及び「誘導結合」の上位概念ではあるが、「容量結合および誘導結合」の2つの結合をともに用いることが不明である点。

相違点3Aについて検討する。
まず、甲1発明Bに甲2発明Aを適用する場合について検討する。
甲1発明Bの「第1の結合手段」は、マイクロストリップ線路101Aおよびマイクロストリップ線路101Bを備え、それぞれ差動信号が入力しない側の端部は抵抗113A及び抵抗113Bを介してグランドプレーン103に接続され、「第2の結合手段」は、マイクロストリップ線路121Aおよびマイクロストリップ線路121Bを備え、それぞれ差動信号が入力しない側の端部は抵抗133A及び抵抗133Bを介してグランドプレーン123に接続され、前記マイクロストリップ線路101Aおよびマイクロストリップ線路101Bは、それぞれマイクロストリップ線路121Aおよびマイクロストリップ線路121Bと線路間結合している。
一方、甲2発明Aは、上述のとおり「送信インダクタの一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される」ものであり、「送信インダクタ」と「受信インダクタ」との結合は「インダクタ結合」であり、さらに甲第2号証(段落【0013】)の記載からすると、「インダクタ結合」は「コイルで発生する磁界」を利用するものであるから、甲2発明Aの「送信インダクタ」と「受信インダクタ」は集中定数回路であるといえる。
そうすると、線路間結合を前提とした甲1発明Bに集中定数回路の構成である甲2発明Aの事項を採用することには阻害要件があるといえる。
また、甲2発明Aの構成のみに着目して該構成を甲1発明Bに採用した場合について検討すると、甲1発明Bにおいて、一方の端部に差動信号の一方が入力するマイクロストリップ線路101Aと、一方の端部に前記差動信号の他方が入力するマイクロストリップ線路101Bとを1つのマイクロストリップ線路(結合手段)として構成することとなる。この場合、マイクロストリップ線路101A及びマイクロストリップ線路101Bの接地されている他方の端部同士を接続することとなるが、そうすると、甲1発明Bのマイクロストリップ線路の他方の端部を抵抗を介してグランドプレーンに接続することの機能、すなわち前記他方の端部において反射信号を抑制する機能は失われることとなるから、甲1発明Bに甲2発明Aの構成を採用することには阻害要件がある。
したがって、相違点3Aに係る本件発明1Bの構成は、当業者といえども甲1発明Bと甲2発明Aの事項から、容易に想到できたものではない。

次に、甲1発明Bに甲3発明Aを適用する場合について検討する。
甲3発明Aを再掲する。
「誘電体層上に設けられた環状1次コイル121の両端から差動入力信号が入力され、
誘電体層上に設けられた環状2次コイル131の両端から差動出力信号が出力され、
前記環状1次コイル121に入力した差動入力信号は、直線2次コイル122、プッシュプル増幅器110及び直線1次コイル132を介して前記環状2次コイル133から差動出力信号として出力され、
前記環状1次コイル121と前記直線2次コイル122の間で磁界結合し、前記直線1次コイル132と前記環状2次コイル131の間で磁界結合することで、信号を伝送すること。」
ここで、甲3発明Aでは、そもそも環状1次コイル121と環状2次コイル131とが直接磁界結合するものではないから、甲3発明Aを、リーダライタ11のマイクロストリップ線路101A及びマイクロストリップ線路101Bと、ICカードリーダ12のマイクロストリップ線路121A及びマイクロストリップ線路121Bとを線路間結合する甲1発明Bに適用することはできない。
したがって、相違点3Aに係る本件発明1Bの構成は、当業者といえども甲1発明Bと甲3発明Aから、容易に想到できたものではない。

さらに、相違点3Aに係る本件発明1Bの構成は、特許異議申立書38-46頁に記載された甲第4号証ないし甲第11号証に記載の事項から導出できないことも明らかである。

よって、相違点3B及び相違点3Cについて検討するまでもなく、甲第1号証に記載された発明を主引例とする場合について、本件発明1Bは、甲第1号証ないし甲第11号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。

イ 甲第2号証を主引例とする場合について
異議申立人は、特許異議申立書(60-61頁の「(ウ-2)甲2発明に基づく本件特許発明1の進歩性欠如」の項)において、本件発明1Aの進歩性欠如を主張しているので以下検討する。

(本件発明1A)(再々掲)
「第1絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第1結合器を有する第1モジュールと、
第2絶縁性基板上に設けられた一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された第2結合器を有する第2モジュールとを、
前記第1結合器と前記第2結合器とがその少なくとも一部が積層方向から見て投影的に重なって前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」

(甲2発明A)(再々掲)
「半導体チップ901上に形成された送信インダクタの一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される半導体チップ901と、
半導体チップ906上に形成された受信インダクタの一方の端部から受信データに対応する信号が出力されるとともに他方の端部から反転受信データに対応する信号が出力される半導体チップ906と、
半導体チップ901と半導体チップ906とは、送信インダクタと受信インダクタとが垂直方向でほぼ重なる位置となるように積層され、送信インダクタと受信インダクタとの間でインダクタ結合を利用してデータの送信及び受信を行う非接触インターフェース。」

本件発明1Aと甲2発明に対応する甲2発明Aとを対比すると、「第5 1(2)本件発明1が甲第2号証に記載された発明であるか否かの判断」の項の本件発明1Bと甲2発明Aとの対比を踏まえると、以下の点で相違する。

(相違点4A)
一致点である「第1結合器」について、本件発明1Aでは「第1絶縁性基板上に設けられた」ものであるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

(相違点4B)
一致点である「第1結合器」の一方の端部及び他方の端部の接続について、本件発明1Aでは「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された」ものであるのに対し、甲2発明Aでは「一方の端部に送信データに対応する信号が入力されるとともに他方の端部に反転送信データに対応する信号が入力される」ものである点。

(相違点4C)
一致点である「第2結合器」について、本件発明1Aでは「第2絶縁性基板上に設けられた」ものであるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

(相違点4D)
一致点である「第2結合器」の一方の端部及び他方の端部の接続について、本件発明1Aでは「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線が接続された」ものであるのに対し、甲2発明Aでは「一方の端部から受信データに対応する信号が出力されるとともに他方の端部から反転受信データに対応する信号が出力される」ものである点。

(相違点4E)
一致点である「所定の結合」について、本件発明1Aでは「容量結合および誘導結合」であるのに対し、甲2発明Aでは「インダクタ結合」である点。

(相違点4F)
一致点である「結合式通信装置」について、本件発明1Aでは「方向性」であるのに対し、甲2発明Aではこの点が不明である点。

相違点4Bについて検討する。
甲2発明Aに甲1発明Aを適用することについて検討すると、甲1発明Aの結合器であるマイクロストリップ線路101Aは、そもそも「他方の端部に抵抗113Aを介してグランドプレーン103と接続するポート112Aが接続される」ものであるから、相違点4Bに係る本件発明1Aの「第1結合器」の構成である「他方の端部に接地線が接続された」点を充足しない。
よって、相違点4Bに係る本件発明1Aの構成は、甲2発明Aと甲1発明Aに基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。

さらに、相違点4Bに係る本件発明1Aの構成は、特許異議申立書38-46頁に記載された甲第4号証ないし甲第11号証に記載の事項から導出できないことも明らかである。

よって、相違点4A及び相違点4Cないし相違点4Fについて検討するまでもなく、甲第2号証に記載された発明を主引例とする場合について、本件発明1Aは、甲第1号証ないし甲第11号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。

(2)本件発明2-30について
ア 甲第1号証を主引例とする場合について
本件発明2-28、30は、本件発明1をさらに限定した発明であるから、上記(1)アの項に記載した本件発明1Bに対する理由と同様の理由により、甲第1号証ないし甲第11号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。
本件発明29は、本件発明1Bと甲1発明Bとの相違点に係る「第1結合器」が、「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に前記一方の端部に接続された入出力接続線に入力される信号の反転信号が入力される入出力接続線が接続された」構成を備えているから、本件発明1Bに対する理由と同様の理由により、甲第1号証ないし甲第11号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。

イ 甲第2号証を主引例とする場合について
異議申立人が甲第2号証を主引例として進歩性を否定する本件発明3は、本件発明1をさらに限定した発明であるから、上記(1)イの項に記載した本件発明1Aに対する理由と同様の理由により、甲第1号証ないし甲第11号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。

(3)小括
以上のとおり、理由2によって請求項1-30に係る特許を取り消すことはできない。

3 理由3(特許法第36条第4項第1号)について
異議申立人は、特許異議申立書89頁の「(ア)理由3:特許法第36条第4項第1号について」の項において、
「本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落0067には、「本発明の適用対象は分布常数回路として取り扱う分野であり、各結合器が、信号波長より長い長さ、典型的には信号波長の1/10以上の長さを有している」と記載されているが、典型的な構成として記載されている「信号波長の1/10以上の長さ」には「信号波長より長い長さ」でないものも含まれており、各結合器が信号波長の1/10以上の長さであり且つ信号波長より短い長さである構成が本件特許発明の適用対象に含まれるか否かが不明確である。したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、取り消しは免れないものである。」
と主張しているので、以下検討する。
本件特許明細書の段落【0106】には、図8の結合器43の寸法について、「結合器43の寸法は基板がFPCの場合とPCBの場合で異なり、通信距離や通信速度に応じても変わるが、一例をあげると長さが5mmで幅が0.5mmである。」と記載され、段落【0195】には、電磁界シミュレーションの結果として、結合器の長さが5mmの場合の結合度のピークは7GHzであることが記載されており、7GHzの場合の波長が約43mmであることを考慮すれば、「結合器が信号波長の1/10以上の長さであり且つ信号波長より短い長さ」の範囲内の構成が発明の詳細な説明に記載されているといえるから、異議申立人が主張する点に関し、特許法第36条第4項第1号の規定に違反していない。

よって、理由3により、請求項1-30に係る特許を取り消すことはできない。

4 理由4(特許法第36条第6項第1号)について
異議申立人は、特許異議申立書89-91頁の「(イ)理由4:特許法第36条第6項第1号について」の項において、特許請求の範囲の記載は以下の4点で特許法第36条第6項第1号に違反する旨主張しているので、検討する。
(1)異議申立人は、
「本件特許発明の発明の詳細な説明に記載された発明は、発明が解決しようとする課題として本件の段落0018に記載されているように、「本発明は、必要な部品数を減らして実装容積を小さくコストを低くし、結合系インピーダンスとして整合を取りやすくしたり終端抵抗の値を調整できるようにして信号の反射をより少なくし、あるいは受信に利用できる信号のエネルギーを増やして、信号強度を高めて通信の信頼性を向上することを目的とする」ものである。しかしながら、本件の請求項1乃至30には、「結合系インピーダンスとして整合を取りやすくしたり終端抵抗の値を調整できるようにして信号の反射をより少なく」するための構成が明確に記載されておらず、請求項4には「前記送受信回路の入出力端子にインピーダンス整合回路が接続されている」としか記載されていない。したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」
と主張しているので検討する。
請求項1に係る発明が解決する技術課題が、発明の詳細な説明に記載されている全ての技術課題ではなくとも、請求項1に係る発明が、従来技術のもつ技術課題を少なくとも1つ解決するものであれば、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載されているといえる。そして、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に入出力接続線或いは接地線のいずれかに接続された第1結合器と第2結合器との間で電磁界結合を生じさせることによって、結合器を構成する信号線路は2つだけになるので、先願発明に比べて、必要な部品点数を減らして実装容積が小さく低コストになり、結合系インピーダンスの整合をとることが比較的易しくなる。」(段落【0020】)と記載されているように、「必要な部品数を減らして実装容積を小さくコストを低く」すること、「結合系インピーダンスとして整合を取りやすく」することという技術課題を解決する発明であるから、発明の詳細な説明に記載された発明といえる。よって、上記主張は採用できない。

(2)異議申立人は、
「本件特許の発明の詳細な説明に記載された発明は、発明の効果として本件の段落0064に記載されているように「結合系インピーダンスとして整合を取りやすくして反射をより少なくし、通信チャネルを誘導結合よりも高速(広帯域)にするとともに、信号強度を高めて通信の信頼性を向上することが可能になる」ものである。しかしながら、本件の請求項1乃至30に係る発明は、「誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置」であり、段落0064の「通信チャネルを誘導結合よりも高速(広帯域)にする」との記載と矛盾する。したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」
と主張しているので検討する。
請求項1は「前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じる」のであるから、「容量結合」と「誘導結合」の2つを用いており、「誘導結合」のみを用いるよりも高速にすることは明らかである。そうすると、請求項1で「容量結合」と「誘導結合」の2つを用いることと、発明の詳細な説明の「通信チャネルを誘導結合よりも高速(広帯域)にする」ことは矛盾しない。
よって、前記主張を採用できない。

(3)異議申立人は、
「本件特許の発明の詳細な説明に記載された発明は、本件の段落0067に記載されているように「本発明の適用対象は分布定数回路として取り扱う分野であり、各結合器が、信号波長より長い長さ、典型的には信号波長の1/10以上の長さを有していることを前提としており、集中定数回路として取り扱うコイルとは全く対象が異なる」ものである。しかしながら、本件の請求項1乃至30には、「各結合器が、信号波長より長い長さ、典型的には信号波長の1/10以上の長さを有している」ことが記載されておらず、本件の請求項1乃至30に係る発明の範囲には「各結合器が、信号波長より長い長さ、典型的には信号波長の1/10以上の長さを有している」という条件を満たさないものも含まれている。したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」
と主張しているので検討する。
発明の詳細な説明に記載された本発明の実施の形態の動作原理(段落【0076】-【0088】及び図4乃至図6、並びに、段落【0174】-【0185】及び図33乃至図37)によれば、請求項1に係る発明が分布定数回路として取り扱われていることは、異議申立人が上述したとおり明らかであるものの、発明の詳細な説明及び図面の記載からみて、各結合器の長さを信号波長の1/10という長さとすることに臨界的意味があるのではなく、実施の形態等の記載からみて前記各結合器の長さが分布定数回路として取り扱うことができる範囲であれば、本件特許明細書に記載された範囲内のものということができる。よって、前記主張を採用できない。

(4)異議申立人は、
「本件の請求項1-4、6-10、12-30に係る発明は、「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは・・・入出力接続線のいずれかが接続された第1結合器を有する第1モジュール」と、「一方の端部に入出力接続線が接続されるとともに他方の端部に接地線或いは・・・入出力接続線のいずれかが接続された第2結合器を有する第2モジュール」とを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置である。すなわち、本件の請求項1-4、6-10、12-30に係る発明には、以下の(i)?(iv)に示す4通りの構成が含まれる。
(i)第1結合器の他方の端部に接地線が接続され、第2結合器の他方の端部に接地線が接続される。
(ii)第1結合器の他方の端部に入出力接続線が接続され、第2結合器の他方の端部に接地線が接続される。
(iii)第1結合器の他方の端部に接地線が接続され、第2結合器の他方の端部に入出力接続線が接続される。
(iv)第1結合器の他方の端部に入出力接続線が接続され、第2結合器の他方の端部に入出力接続線が接続される。
しかしながら、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例1?17及び実施例19?29として(iv)の具体的な構成が記載されており、実施例18として(i)の具体的な構成が記載されているが、(ii)の具体的な構成及び(iii)の具体的な構成については記載されていない。したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」
と主張しているので検討する。
発明の詳細な説明には、(i)の場合と(iv)の場合のみが記載されているように、第1結合器の他方の端部に接地線と入出力接続線が接続されるかと第2結合器の他方の端部に接地線と入出力接続線が接続されるかは、それぞれ独立しているのではなく一方の接続態様に他方の接続態様が依存していると考えられるから、請求項1の記載から(ii)の構成及び(iii)の構成が形式上考えられるとしても、請求項1には、実質的に(i)及び(iv)の場合のみが記載されていると解される。したがって、(ii)及び(iii)の具体的構成が発明の詳細な説明に記載されていないとしても、請求項1に係る発明が発明の詳細な説明に記載されていないものであるとまではいえないから、前記主張を採用できない。

(5)以上のとおり、理由4によって請求項1-30に係る特許を取り消すことはできない。

5 理由5(特許法第36条第6項第2号)について
異議申立人は、特許異議申立書91頁の「(ウ)理由5:特許法第36条第6項第2号について」の項において、特許請求の範囲の記載は以下の2点で特許法第36条第6項第2号に違反する旨主張しているので、検討する。

(1)異議申立人は、
「本件の請求項1には、「前記第1結合器と前記第2結合器の間に容量結合および誘導結合を用いて信号結合が生じるように前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層した」と記載されているが、「信号結合」という用語はいわゆる当業者がその意味を明確に理解することができる用語ではなく、また本件特許明細書の発明の詳細な説明にも「信号結合」の定義について記載されていない。本件の請求項1を引用する請求項2乃至30(当審注:請求項1を引用しているのは「請求項2-28、30」なので、「請求項2乃至30」は「請求項2-28、30」の誤記と認める。)についても同様である。したがって、本件特許発明は明確でない。」
と主張しているので検討する。
本件特許明細書の本発明の実施の形態の方向性結合式通信装置の動作原理についての説明(段落【0076】-【0088】、図4乃至図6)を参照すると、第1結合器に信号が入力すると、第1結合器と第2結合器との容量結合及び誘導結合により、第2結合器に結合信号が生じることが記載されており、請求項1の「信号結合」は、容量結合及び誘導結合による結合を用いて、一方の結合器(例えば第1結合器)に信号が入力すると他方の結合器(例えば第2結合器)に結合信号が生じる態様を意味していると解されるから、請求項1の記載は不明確ではない。同様に請求項1を引用する請求項2-28,30についても不明確ではない。

(2)異議申立人は、
「本件の請求項1には、「・・・第1モジュールと、・・・第2モジュールとを、・・・前記第1モジュールと前記第2モジュールとを積層したことを特徴とする方向性結合式通信装置。」と記載されているが、この記載は正しい文章構造をなしておらず、本件の請求項1に係る方向性結合式通信装置が備える構成要件が不明確である。本件の請求項2-28、30についても同様である。したがって、本件特許発明は明確ではない。」
と主張しているので検討する。
請求項1の記載を本件特許明細書の内容を含めて検討すると、請求項1に係る発明の「方向性結合式通信装置」は、「・・・第1のモジュール」と「・・・第2のモジュール」とを備えていて、「前記第1のモジュールと前記第2のモジュールとを積層した」ものであるから、本件の請求項1の「方性結合式通信装置」の構成要件は明確である。同様に請求項1を引用する請求項2-28、30についても明確である。

(3)以上のとおり、理由5によって請求項1-30に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
したがって,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項1-30に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1-30に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-08-22 
出願番号 特願2013-113066(P2013-113066)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H04B)
P 1 651・ 113- Y (H04B)
P 1 651・ 121- Y (H04B)
P 1 651・ 536- Y (H04B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川口 貴裕金子 秀彦  
特許庁審判長 吉田 隆之
特許庁審判官 宮下 誠
中野 浩昌
登録日 2017-10-06 
登録番号 特許第6216951号(P6216951)
権利者 学校法人慶應義塾
発明の名称 方向性結合式通信装置  
代理人 眞鍋 潔  
代理人 柏谷 昭司  

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