• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1344414
審判番号 不服2016-8921  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-11-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-06-15 
確定日 2018-09-12 
事件の表示 特願2014-146961「有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 1月15日出願公開、特開2015- 7050〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2007年6月20日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理2006年7月11日(DE)ドイツ〕を国際出願日として特許出願した特願2009-518737号の一部を、平成26年7月17日に新たな特許出願としたものであって、
平成26年8月15日付けで手続補正がなされ、
平成27年8月24日付けの拒絶理由通知に対して、平成27年12月18日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
平成28年2月12日付けの拒絶査定に対して、平成28年6月15日付けで審判請求がなされると同時に手続補正がなされ、
平成28年9月27日付けで上申書の提出がなされ、
平成29年4月20日付けの審尋に対して、平成29年8月22日付けで回答書の提出がなされ、
平成29年9月13日付けの補正の却下の決定により平成28年6月15日付けの手続補正が却下され、
平成29年9月13日付けの拒絶理由通知に対して、平成29年12月15日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正(以下「第4回目の手続補正」という。)がなされたものである。

2.本願発明
本願の特許を受けようとする発明は、第4回目の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された「有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料」に関するものであって、その請求項1?5の記載は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
式(9a)の化合物。
【化1】

(ここで、記号と添字は、以下が適用される:
Xは、出現毎に、C(R^(1))_(2)であり;
式(9a)の芳香族親構造に結合するR^(1)は、出現毎に同一であるか異なり、HまたはN(Ar)_(2)を表わし、ここで、少なくとも一つの記号R^(1)は、式(30)の基を表わし;
【化2】

(ここで、
Ar^(1)は、出現毎に同一であるか異なり、5?20個の芳香族環原子を有するアリール基(夫々は、1以上の基R^(2)により置換されていてもよい。)であり;
ブリッジXに結合する基R^(1)は、同一であるか異なり、H、又は1?5個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3?5個のC原子を有する分岐アルキル基、又は6?16個のC原子を有するアリール基(夫々は、1以上の基R^(2)により置換されていてもよい。)であり;
R^(2)は、出現毎に同一であるか異なり、H又は1?20個のC原子を有する脂肪族炭化水素基である。)
【請求項2】
請求項1記載の化合物の電子素子での使用。
【請求項3】
陽極、陰極及び請求項1記載の少なくとも1つの化合物を含む少なくとも1つの有機層を含む素子。
【請求項4】
有機エレクトロルミネセンス素子(OLED、PLED)、有機電界効果トランジスタ(O-FET)、有機薄膜トランジスタ(O-TFT)、有機発光トランジスタ(O-LET)、有機集積回路(O-IC)、有機太陽電池(O-SC)、有機電場消光素子(O-FQD)、発光電子化学電池(LEC)、有機レーザーダイオード(O-laser)及び有機光受容器から選択される請求項3記載の素子。
【請求項5】
陽極、陰極、1以上の発光層及び任意に、各場合に、1以上の正孔注入層、正孔輸送層、電子輸送層、電子注入層及び/又は電荷生成層から選択される更なる層を含むことを特徴とする、請求項4記載の有機エレクトロルミネセンス素子。」

また、本願明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。

摘示a:解決しようとする課題
「【0002】…機能性材料として使用される有機エレクトロルミネセンス素子(OLED)の構造は、例えば、US 4539507、US 5151629、EP 0676461及びWO 98/27136に記載されている。しかしながら、これらの素子は早急な改善を要するかなりの問題をなお示している:…
【0007】…先行技術は、…しかしながら、これら化合物は、熱的に不安定であり、分解せずに蒸発することはできず、OLED製造のための高度な技術的複雑性を必要とし、それゆえに工業的不利益を示している。…先行技術にしたがう単純な素子でこれら色座標を再現することはできなかった。…
【0008】燐光OLEDにおいて使用されるマトリックス材料は、しばしば4,4’-ビス(N-カルバゾリル)ビフェニル(CBP)である。短所は、そこで製造される素子の短い寿命と低いパワー効率をもたらす高い動作電圧である。加えて、CBPは、不適切な高いガラス転移温度を有している。更に、CBPは、青色発光エレクトロルミネッセンス素子には適さず、貧弱な効率をもたらすことが見出された。…
【0009】有機エレクトロルミネセンス素子に使用される電子輸送化合物は、通常AlQ3(アルミニウムトリスヒドロキシキノリナート)(US 4539507)である。これは、昇華温度で部分的に分解することから、残留物を残さずに気相堆積することができず、特に製造プラントで主な問題となる。更なる短所は、低い電子移動度と同様に、AlQ3の強い吸湿性であり、より高い電圧とそれゆえのより低いパワー効率をもたらす。表示装置における短絡を防止するために、膜厚を増加することが望ましいが、低い電荷キャリヤー移動度とその結果である電圧の増加により、これは、AlQ3では可能ではない。…
【0010】したがって、有機電子素子において、電子素子中で、熱的に安定で、良好な効率と同時に長い寿命をもたらし、素子の製造と動作に再現性のある結果を与え、合成的に簡単に入手可能である改善された材料、特に発光化合物、特別に青色光化合物のみならず、蛍光及び燐光エミッターのためのホスト材料、正孔輸送材料及び電子輸送材料に対する需要が引き続き存在する。」

摘示b:合成方法
「【0035】本発明による式(1)?(6)の化合物は、当業者に知られる合成工程により調製することができる。したがって、種々の親構造が、例えば、ナフタレンの例を使用するスキーム1に示されるように、カルボニル置換ナフタレン、アントラセン若しくはフェナントレンへのフルオレンのカップリング、アルキル-或いはアリール金属誘導体の内部転位及び対応する3級アルコールの酸触媒環化により調製することができる。ヘテロ類似体は、対応するヘテロ環化合物、例えば、カルバゾール、ジベンゾフラン、ジベンゾチオフェン等の使用により、対応して合成することができる。対応して官能化されたヘテロ環化合物が、ナフタレン、アントラセン若しくはフェナントレンに代えて使用されるならば、ヘテロ環親構造も入手可能である。これら親構造は、標準的な方法、例えば、フリーデルクラフツアルキル化或いはアシル化により、官能化することができる。更に、親構造は、有機化学の標準的な方法によりハロゲン化することができる。選択されたハロゲン化条件次第で、モノ-或いはジハロゲン化化合物が選択的に得られる。したがって、対応する一臭素化化合物は、一当量のNBSにより選択的に得られ、対応する二臭素化化合物は、二当量の臭素により選択的に得られる。臭素化若しくはヨウ素化化合物は、更なる官能化のための基礎となる。したがって、それらは、鈴木カップリングによるアリールボロン酸或いはアリールボロン酸誘導体との、またはスチル法による有機錫化合物との反応により、拡張された芳香族化合物を与える。ハートビッヒ-ブッフバルト法による芳香族或いは脂肪族アミンへのカップリングは、スキーム1に示されるように、対応するアミンを与える。更に、それらは、リチウム化とベンゾニトリルのような求電子基との反応と引き続く酸加水分解によりケトンに変換されることができ、クロロジフェニルホスフィンとの反応と引き続く酸化によりホスフィンオキシドに変換されることができる。
【0036】スキーム1【化7】

…【0039】合成において、5員環/5員環誘導体及び5員環/6員環誘導体の双方或いはこれら化合物の混合物が形成され得る。どの異性体が生成し、如何なる比で生成するかは、正確な合成条件に依存する。混合物が生成するならば、これらは単離されるか、更に純粋化合物として加工することができるか、または混合物として使用することもできる。」

摘示c:OLEDの製造
「【0132】例36:OLEDの製造
OLEDが、WO04/058911に記載される一般的プロセスにより製造されるが、これは、特別な状況(例えば、最適な効率と色を達成するための層の厚さの変化)に対する個々の場合において適合される。
【0133】種々のOLEDの結果が、以下の例37?49に示される。構造化されたITO(インジウム錫酸化物)で被覆された硝子板が、OLEDの基板を形成する。改善された加工のために、PEDOT(水からスピンコート、H.C.Stack,Goslar独から購入。ポリ(3,4-エチレンジオキシ-2,5-チオフェン))が、基板に適用される。OLEDは、以下の層配列から成る:基板/PEDOT/60nmの正孔輸送層(HTM1)/30nmの発光層(EML)/20nmの電子輸送層(ETM)及び最後に陰極。PEDOTとは別の材料が、真空室で熱蒸着される。ここで発光層は、共蒸発によりホストと前混合されるマトリックス材料(ホスト)とドーパントとから常に成る。陰極は、1nmの薄いLiF層と頂上に堆積された150nmのAl層により形成される。表2は、OLEDを構築するために使用された材料の構造を示す。
【0134】表2:使用された材料の化学構造【表2】

【0135】これらのOLEDは、標準方法により特性決定される;この目的のために、エレクトロルミネセンススペクトル、効率(cd/Aで測定)、電流/電圧/輝度密度特性線(IUL特性線)から計算した、輝度の関数としてのパワー効率(Im/Wで測定)及び寿命が測定される。寿命は、初期輝度4000cd/m^(2)が半分に低下した時間として定義される。
【0136】表3は、いくつかのOLED(例37?49)の結果を示す。使用された本発明によるドーパントとホスト材料は、例1、4、6、7、8、13及び16の化合物である。比較例として、先行技術によるドーパントD1とホスト材料H1が使用される。
【0137】表3:OLEDの結果【表3】

【0138】表3に示される結果から見て取れるように、本発明によるOLEDは、先行技術にしたがうOLEDより、顕著に改善された寿命を示す。更に、先行技術と比べて同等かより高い効率が、暗青色の色座標と共に得られる。」

3.当審による拒絶理由通知の概要
平成29年9月13日付け拒絶理由通知においては、その「理由1」として「この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」との理由と、その「理由2」として「この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。」との理由が示されている。
そして、その「理由1」及び「理由2」の「下記の点」として、
『(1)…本願明細書の段落0075?0131には、本願明細書の式(7)に該当する例1?19及び32?35…、同式(23)に該当する例20?25…、並びに同式(24)に該当する例26?31…の化合物が具体的に記載され、同段落0132?0138の「例36:OLEDの製造」の使用例において、例1、4、6、7、8、13及び16の7種類の化合物を「有機エレクトロルミネセンス素子(OLED)」用の材料として使用した具体例が記載されているが、…同式(9)…に該当する化合物について、実際に「製造」及び「使用」した具体例の記載が見当たらない。…本願明細書の段落0035?0037の記載を参酌しても、本願発明の…式(9)…の「インデノフルオレン骨格のシスブリッジ誘導体」の基本骨格を有する化合物を当業者が過度の試行錯誤を要することなく「製造」できるとは認められない。』という旨の記載不備、
『(2)…本願請求項1及びその従属項に記載された発明の化合物のR^(1)、Ar^(1)、R^(2)の組合せの広範なものを、過度の試行錯誤を要することなく当業者が「製造」できると認めることができない。…平成29年8月22日付けの回答書の…第2?3頁の[化3]のスキームにおいて、式(9)と式(10)の化合物をどのように作り分けるのか明らかにされておらず、本願請求項2に記載された「式(9a)」のR^(1)で示される特定の置換位置のみに置換基を導入する作り分けの方法も明らかにされていない。…さらに、OLED素子に用いるための化合物において、その「基本骨格」が異なる場合においても、その有用性に差がないといえる技術常識は見当たらず、置換基の種類(電子的性質や立体的性質の違い)、置換基の数、置換する位置などの違いによっても、OLED素子用の材料としての有用性が異なることも普通に知られているので、本願明細書の段落0134の例1、4、6、7、8、13及び16の7種類の化合物での使用例の結果に基づいて、本願請求項1?3に記載された基本骨格及び置換基の範囲の「化合物」に関連する発明、並びに本願請求項6?10に記載された「素子」に関連する発明が、実際に「使用」できるといえると直ちに認めることができない。』という旨の記載不備、並びに
『(3)…本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の式(9)、(10)、(11)、(13)(14)、(19)及び(20)の化合物についての具体例の記載がなく、これら化合物について実際に試験を行った試験結果が記載されていないので、本願請求項1及びその従属項に係る発明の有用性については、当業者がその有用性を認識できる範囲にあるとはいえない。…平成27年12月18日付けの意見書の第34頁の「表2:電子デバイスの性能データ」の試験結果においては、…本願明細書の式(7)の基本骨格を有する化合物と比較して、基本骨格が異なる本願発明の式(20)の基本骨格を有する化合物については、…課題を解決できると認識できる範囲にないことが明らかであり、…何ら試験結果が示されていない本願発明の式(9)…の基本骨格を有する化合物については、実際にOLED素子用の材料として使用できるか否かさえも不明であって、これら化合物の各々が本願請求項1?10に係る発明の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められない。』という旨の記載不備についての指摘がなされている。

4.当審の判断
(1)理由1(実施可能要件)の上記「(1)」の記載不備について
上記3.「(1)」の記載不備は、本願発明の式(9)の「インデノフルオレン骨格のシスブリッジ誘導体」の基本骨格を有する化合物について、実際に「製造」及び「使用」した具体例の記載が、本願明細書の発明の詳細な説明に見当たらず、当該化合物を当業者が過度の試行錯誤を要することなく「製造」できないという旨のものである。

そして、特許法第36条第4項第1号実施可能要件に関して、一般に「物の発明」については、当業者がその「物」を「製造」及び「使用」できるように記載されなければならないとされ、特に『化学物質に関する技術分野のように、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明の場合に、当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。』とされている。

これに対して、平成29年12月15日付けの意見書の第1頁において、審判請求人は『上記補正により、補正後の請求項1の化合物は、非常に限定された式(9a)の化合物に限定されました。当業者が式(9)の化合物を技術常識に基づいて合成できることは、平成29年8月22日付け回答書の2において説明いたしました。』との主張をしている。

ここで、当該「回答書の2」には、以下の記載がある。
『式(9)と(10)の化合物は、以下の基本骨格を有します。
[化1]


当業者は、このような化合物を得るために以下のとおりに進めることができます。
[化2]

中間体Vの合成は、以下の先行技術から知られた化学反応に基づいています。
-中間体Iは、市販されていますし、たとえば、以下の論文(参考資料1:J.Org.Chem.2002,67,2453-2458)の2455頁右欄に説明されるとおりに合成できます。
-中間体IIは、たとえば、以下の論文(参考資料2:Tetrahedron Letters,2005,46,4957-4960)の4959頁に説明されるとおりに合成できます。
-中間体IIIは、たとえば、以下の論文(参考資料3:Journal of Medicinal Chemistry,1984,Vol.27,No.12,1565-1570)の1568頁のスキームIIに説明されるとおりに合成できます。
中間体IIIに基づいて、中間体IVは、スズキカップリングによる臭素の選択的置換により得ることができ、中間体Vは、スズキカップリングによる中間体IVのさらなる置換により得ることができます。スズキカップリング反応は、当業者に周知の反応であります。
中間体Vから出発して、当業者は、本件明細書の段落[0077]?[0078]に説明されたのと同じ手順に従わなければなりません。
[化3]

上記説明のとおりに得ることができる中間体VIから出発して、本件明細書の段落[0079]?[0080]で与えられる指示にしたがって、式(9)と式(10)の両化合物が、混合物として得られます。これらの化合物は、クロマトグラフィ等の当業者に知られた標準的方法により分離することができます。
このように、本件優先日の時点で、当業者は、本件明細書の記載と技術常識に基づいて、式(9)と式(10)の化合物を合成することができました。』

しかして、当該回答書中の製造方法〔中間体I→中間体II→中間体III→中間体IV→中間体V→中間体VI→式(9)及び式(10)の化合物という合成スキームからなる製造方法〕は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された製造方法と全く異なる合成スキームによるものなので、このような合成スキームによる製造方法が、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているに等しいとは認められず、また、このような合成スキームによる製造方法が、本願出願時の技術水準において「技術常識」といえる程にまで当業者に知られていたとも認められない。

加えて、上記「参考資料1」の2455頁には上記「中間体I」に合致する化合物の合成方法が記載されているものの、上記「参考資料2」の4959頁には上記「中間体II」に合致するジカルボン酸化合物の合成方法が記載されておらず、上記「参考資料3」の1568頁には上記「中間体III」に合致するジエステル化合物の合成方法が記載されていないので、仮に参考文献1?3を参酌したとしても、当該「中間体II」及び「中間体III」の化合物を実際に製造するための製造条件を模索するために過度の試行錯誤が要求されることは明らかである。
また、上記回答書の説明には、上記「中間体IV」及び「中間体V」の化合物を得るためのスズキカップリングの反応条件などが明らかにされていないところ、当該カップリング反応を実施するための反応条件などを模索するために過度の試行錯誤が要求されることは明らかである。
さらに、本願明細書の段落0075?0080に記載された「例1」の製造方法は、エチルエステルが単置換した「化合物a」からの「インデノベンズフルオレン骨格のトランスブリッジ誘導体」の合成方法に関するものであるから、当該「例1」において明らかにされた反応条件が、上記回答書のエチルエステルが二置換した「中間体V」からの「インデノフルオレン骨格のシスブリッジ誘導体」である「式(9a)の化合物」の参考になると直ちに解することができない。
してみると、上記「中間体III」から各種の中間体を経て「式(9a)の化合物」を製造するという一連の合成ステップからなる合成スキームを構想し、その合成スキームを実際に実施するために必要な各種の反応条件などを見出すために『当業者に期待し得る程度を越え得る試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある』ことは明らかである。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1及びその従属項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。

(2)理由1(実施可能要件)の上記「(2)」の記載不備について
上記3.「(2)」の記載不備は、本願発明の化合物のR^(1)、Ar^(1)、R^(2)の組合せの広範なものを過度の試行錯誤を要することなく当業者が「製造」できると認められず、請求項記載の「式(9a)」のR^(1)で示される特定の置換位置のみに置換基を導入する方法も明らかにされておらず、化合物の基本骨格、置換基の種類や数や置換位置などの違いによってOLED素子用の材料としての有用性が異なることが知られているので、本願明細書の段落0134の例1、4、6、7、8、13及び16の使用例に基づいて、本願請求項の「化合物」及び「素子」に関連する発明を当業者が実際に「使用」できると認められないという旨のものである。

これに対して、平成29年12月15日付けの意見書の第2頁において、審判請求人は『本件明細書の段落[0081]?[0082]には、以下の合成が記載されております。
【化1】

さらに、本件明細書の段落[0086]?[0087]には、以下の合成が記載されております。
【化2】

本件明細書に記載されたtrans-インデノフルオレン構造のパラ位でのハロゲン化反応は、式(9a)の化合物の前駆体に対応するcis-インデノフルオレン構造のパラ位でのハロゲン化反応と類似しております。次いで、これらの前駆体を合成反応に使用することができますが、パラ位の臭素は本件明細書で説明されたとおりに、ジアリールアミン置換基により交換されます(本件明細書の段落[0083]?[0083]および段落[0093]?[0094]の例13参照。)。したがって、本願発明は、実施可能要件を満足するものと信じます。』との主張をしている。

しかしながら、上記回答書の説明によっては、本願請求項1の「式(9a)」の化合物において、左端のナフタレン環側のR^(1)に-N(Ar^(1))_(2)で示されるジアリールアミノ基が導入され、右端のベンゼン環側のR^(1)にHが導入された化合物が得られると解し得ても、置換位置が逆になる化合物〔右端のベンゼン環側のR^(1)に-N(Ar^(1))_(2)で示されるジアリールアミノ基が導入され、左端のナフタレン環側のR^(1)にHが導入された化合物〕が得られるとは解し得ない。
このため、当該『右端のベンゼン環側のR^(1)に-N(Ar^(1))_(2)で示されるジアリールアミノ基が導入され、左端のナフタレン環側のR^(1)にHが導入された化合物』を包含する本願請求項1に係る発明について、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満足すると認めるに至らない。

また、平成29年4月20日付けの審尋の審尋事項(さ)及び(し)においては、平成27年12月18日付けの意見書の第33頁の「表1:使用された材料の化学構造

」の欄と、同第34頁の「表2:電子デバイスの性能データ

」の試験結果を参酌したとしても、その基本骨格、置換基の種類や数や置換位置などの違いによってOLED素子用の材料としての有用性が異なることが知られているので、本願請求項の「化合物」及び「素子」に関連する発明が実際に「使用」できるとはいえないという旨の指摘をし、平成29年9月13日付けの拒絶理由通知においても、上記「(2)」の記載不備として同様な旨の指摘をしているところ、本願請求項1に記載の式(9a)の基本骨格を有する化合物、及びその「R^(1)、Ar^(1)、R^(2)の組合せ」に含まれる化合物の各々が当業者に「使用」できるといえる具体的な根拠は請求人によって示されていない。
このため、本願明細書の発明の詳細な説明の試験結果〔本願請求項1に記載の式(9a)と異なる基本骨格を有する化合物についての試験結果〕、及び平成27年12月18日付けの意見書に添付された試験結果〔本願請求項1に記載の式(9a)と異なる基本骨格を有する化合物についての試験結果〕を参酌しても、本願請求項1に記載の式(9a)の基本骨格を有する化合物、及びその「R^(1)、Ar^(1)、R^(2)の組合せ」に含まれる化合物の各々を当業者が「使用」できるように発明の詳細な説明が記載されていると認めるに至らない。

以上総括するに、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によっては、本願請求項1及びその従属項に記載された発明の式(9a)の基本骨格を有する化合物のR^(1)、Ar^(1)、R^(2)の組合せの広範なものを、過度の試行錯誤を要することなく当業者が「製造」できるとは認められず、本願請求項1に記載された基本骨格及び置換基の範囲の「化合物」に関連する発明、及び本願請求項3?5に記載された「素子」に関連する発明を、過度の試行錯誤を要することなく当業者が「使用」できるとも認められない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1及びその従属項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。

(3)理由2(サポート要件)の上記「(3)」の記載不備について
ア.明細書のサポート要件について
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(…)が証明責任を負うと解するのが相当である。…当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。』とされている。
そこで、このような観点から、本願の請求項1を引用する請求項3に係る発明(以下「本3発明」という。)が、サポート要件を満たす範囲のものであるか否かについて検討する。

イ.特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載
本願の「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載」は、上記「2.本願発明」の項に示したとおりである。

ウ.本3発明の解決しようとする課題
本願明細書の段落0010の「有機電子素子において、電子素子中で、熱的に安定で、良好な効率と同時に長い寿命をもたらし、素子の製造と動作に再現性のある結果を与え、合成的に簡単に入手可能である改善された材料、特に発光化合物、特別に青色光化合物のみならず、蛍光及び燐光エミッターのためのホスト材料、正孔輸送材料及び電子輸送材料に対する需要が引き続き存在する。」との記載及び明細書全体の記載からみて、本3発明の解決しようとする課題は『電子素子中で、熱的に安定で、良好な効率と同時に長い寿命をもたらし、素子の製造と動作に再現性のある結果を与え、合成的に簡単に入手可能である改善された材料、特に発光化合物、特別に青色光化合物のみならず、蛍光及び燐光エミッターのためのホスト材料、正孔輸送材料及び電子輸送材料の提供』にあるものと解される。

エ.試験結果の整理
本願明細書の段落0137の「表3:OLEDの結果」の試験結果と、平成27年12月18日付けの意見書の第34頁に示される「表2:電子デバイスの性能データ」の試験結果について、発光層(EML)において、ホスト材料として化合物H1、5%のドーパントとして各種の化合物を用い、電子輸送層(ETM)に化合物ETM1を用いるという実験条件が同等である場合の試験結果を整理すると、下記の表のとおりである。
┌───┬─────┬───┬────┬───┬───┬────┐
│ 例 │ EML │ETM│最大効率│ 電圧 │ 寿命 │基本骨格│
├───┼─────┼───┼────┼───┼───┼────┤
│ 37 │H1+ 5% D1 │ ETM1 │ 6.5 │5.8│450│(比較)│
│ 38 │H1+5% Ex.1│ ETM1 │ 6.8 │5.8│660│式(7)│
│ 3 │H1+ 5% 10e│ ETM1 │ 4.1 │5.9│440│式(20)│
│ 4 │H1+ 5% 1d │ ETM1 │ 3.2 │6.1│280│式(7)│
│ 5 │H1+ 5% 1e │ ETM1 │ 3.3 │5.9│350│式(8)│
│ 8 │H1+ 5% 16d│ ETM1 │ 4.3 │5.7│460│式(24)│
└───┴─────┴───┴────┴───┴───┴────┘
なお、上記の例38並びに例3?5及び8で用いられている化合物は、何れも本願請求項1の式(9a)の基本骨格と異なる基本骨格を有するものであり、例37(比較)で用いられている化合物も、本願請求項1の式(9a)の基本骨格と異なるベンゾフェナントレンを基本骨格とするものである。

オ.特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比
(ア)本願請求項1記載の「式(9a)の化合物」の具体例の不存在
本3発明は、本願請求項3の「陽極、陰極及び請求項1記載の少なくとも1つの化合物を含む少なくとも1つの有機層を含む素子。」との記載にあるように、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」を発明特定事項として含むものである。
これに対して、本願明細書の段落0134(摘示c)の「表2:使用された材料の化学構造」及び同段落0137(摘示c)の「表3:OLEDの結果」には、例1、4、6、7、8、13及び16の7種類の化合物を用いたOLED(有機エレクトロルミネセンス素子)の具体例が例38?49として記載されているところ、当該7種類の化合物は本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」の化学構造を構成する基本骨格を有していない。
してみると、本願明細書の例38?49の試験結果は、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」を含む有機層を含む素子についての試験結果ではないことから、その例38?49の試験結果によっては、本3発明が、電子素子中で、熱的に安定であること、良好な効率をもたらすこと、長い寿命をもたらすこと、素子の製造と動作に再現性のある結果を与えることなどの有用性を示すことを直ちに認識できるとはいえない。

(イ)基本骨格の異なる化合物の試験結果からの類推
次に、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」と異なる基本骨格を有する化合物を用いた素子についての試験結果に基づいて、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」の範囲に含まれる化合物の全てが、その「電子素子中」での有用性を示すことができる範囲にあると当業者が類推して認識できるか否かについて検討する。

平成29年9月19日付けの拒絶理由通知書の第11頁に指摘したように、一般に『化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところである。したがって,化学物質の発明の有用性を知るには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要とする。』とされている。
このため、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」と異なる基本骨格を有する例1、4、6、7,8,13及び16の化合物を用いた例38?49の電子素子の試験結果に基づいて、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」の全てが、その「電子素子中」での「熱的な安定」や「良好な効率」や「長い寿命」などの有用性を示すことができる範囲にあると当業者が類推して認識できるとはいえない。また、そのように解釈できるとする技術常識が存在するものとも認められない。

また、平成29年9月19日付けの拒絶理由通知書の第11?12頁に指摘したように、本願明細書の段落0137の「表3:OLEDの結果」で試験された「比較例としての例37」と、これと同等の条件で試験された平成27年12月18日付けの意見書の第34頁に示される「表2:電子デバイスの性能データ」の「例3」の試験結果とを対比すると、比較例とされている「例37」で使用されている化合物D1の基本骨格を有する化合物の方が、補正前の実施例に該当していた「例3」で使用されている化合物10eの基本骨格を有する化合物よりも、その「最大効率」や「1000cd/m^(2)での寿命」の結果が優れた結果になっている(例えば、最大効率は、前者の「例37」が6.5cd/Aであるのに対して、後者の「例3」は4.1cd/Aと劣っている。)。
このため、本願明細書の段落0137の「表3:OLEDの結果」で、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」と異なる基本骨格を有する例1、4、6、7、8、13及び16の化合物が、その「電子素子中」での優れた「最大効率」や「1000cd/m^(2)での寿命」の結果を示しているからといって、当該「例1、4、6、7、8、13及び16の化合物」と異なる基本骨格を有する本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」の範囲に含まれる化合物の全てが、その「電子素子中」での「熱的な安定」や「良好な効率」や「長い寿命」などの有用性を示すことができる範囲にあると当業者が類推して認識できるとはいえない。また、そのように解釈できるとする技術常識が存在するものとも認められない。

(ウ)試験結果が全く示されていない式(9a)の有用性の類推
そして、上記「4.(3)エ.試験結果の整理」の項に整理した表の試験結果にあるように、本3発明の「良好な効率」という課題に対応する「最大効率」と、本3発明の「長い寿命」という課題に対応する「寿命」の有用性は、いずれも式(7)の例38>比較の例37>式(24)の例8>式(20)の例3>式(8)の例5>式(7)の例4の順となっている。
すなわち、基本骨格が類似するからといって、その有用性が同等な水準になるとは限らず、基本骨格が同じであっても、導入される置換基の種類や位置の違いによって有用性に大きな差異が生じる場合があることも明らかであるから、実際に試験をした試験結果を参酌することなく化合物の有用性を類推できるとは認められない。
ましてや、平成29年9月19日付けの拒絶理由通知書の第12頁に指摘したように、何ら試験結果が示されていない本願請求項1に記載された「式(9a)の基本骨格を有する化合物」については、実際にOLED素子用の材料として使用できるか否かさえも不明であって、当該化合物を含むことを発明特定事項とする本3発明のもの全てが、本3発明の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められない。
したがって、本願請求項1に記載された「式(9a)の化合物」を発明特定事項として含む本3発明の全てが、本3発明の『電子素子中で、熱的に安定で、良好な効率と同時に長い寿命をもたらし、素子の製造と動作に再現性のある結果を与え、合成的に簡単に入手可能である改善された材料、特に発光化合物、特別に青色光化合物のみならず、蛍光及び燐光エミッターのためのホスト材料、正孔輸送材料及び電子輸送材料の提供』という課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められない。

カ.請求人の主張
平成29年12月15日付けの意見書の第2頁において、審判請求人は『式(9a)の化合物は、OLEDでの効果が実証された例1,4,6,7,13および16は、パラ位に少なくとも一つのジアリールアミン置換基を含むインデノフルオレンであり、両者は構造が極めて類似しています。したがって、当業者は、式(9a)の化合物が、例1,4,6,7,13および16の化合物と同様の特性を有し、OLEDで有用であることを理解できます。したがって、本願は、サポート要件を満足するものと信じます。』との主張をしている。
しかしながら、当該「例1,4,6,7,13および16」と共通する基本骨格を有する、平成27年12月18日付けの意見書の「表2:電子デバイスの性能データ」の例4、6及び7で用いられている「化合物1d」については、その「最大効率」や「1000cd/m^(2)での寿命」の試験結果にあるように、素子用の化合物としての有用性を示す範囲にない。
そして、基本骨格が類似するからといって、その有用性が同等な水準になるとは限らず、導入される置換基の種類や位置の違いによって有用性が大きく左右される場合もあることは、上記に示したとおりである。
さらに、基本骨格が類似すれば、その有用性は同等な水準にあるとする技術常識があるものとは認めることができない。
このため、当業者が、式(9a)の化合物が、OLEDで有用であることを理解できるとはいえないので、上記請求人の主張は採用できない。

キ.サポート要件のまとめ
以上のとおり、本願特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項3の記載は、発明の詳細な説明の記載又は本願の分割原出願の出願当時の技術常識に照らし、本3発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

(4)むすび
以上総括するに、本願は、特許法第36条第4項第1号及び第6項に規定する要件を満たすものではないから、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-03-29 
結審通知日 2018-04-03 
審決日 2018-04-26 
出願番号 特願2014-146961(P2014-146961)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
P 1 8・ 536- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 緒形 友美井上 典之  
特許庁審判長 守安 智
特許庁審判官 木村 敏康
齊藤 真由美
発明の名称 有機エレクトロルミネセンス素子のための新規な材料  
代理人 野河 信久  
代理人 井上 正  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 飯野 茂  
代理人 河野 直樹  
代理人 鵜飼 健  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ