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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1347027
審判番号 不服2017-14020  
総通号数 230 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-02-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-09-21 
確定日 2018-12-05 
事件の表示 特願2015-206915「高速印刷用インクの表面張力」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 6月16日出願公開、特開2016-106162〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2011年(平成23年)3月1日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2010年3月1日、米国)を国際出願日とする特願2012-556170号の一部を、平成27年10月21日に新たな特許出願としたものであって、同年11月5日付けで手続補正書(自発)が提出され、平成28年10月19日付けで拒絶理由が通知され、平成29年4月19日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年5月15日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年9月21日付けで拒絶査定不服審判の請求がされ、同時に、手続補正書が提出され、平成30年3月12日付けで当審より拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年6月12日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明

本願の請求項1?6に記載された発明は、平成30年6月12日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)によって補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された発明特定事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「 【請求項1】
一又は複数の樹脂;
一又は複数の着色剤;
一又は複数の溶媒;及び
一又は複数の添加剤を含有し、インクの表面張力が30mN/m以上かつ35mN/m未満であり、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率であるすべての場合に、表面張力が測定される、365.8m/分よりも速い速度における高速印刷のためのフレキソ印刷用インク。」

第3 当審拒絶理由の概要

当審拒絶理由は、概略、次の1?3を含むものである。
1 明確性要件違反
本件補正前の請求項1に記載された「インクの最大全不揮発性物質」、「インクの全不揮発性物質」、「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」は、発明の詳細な説明を参酌しても、明確に特定することができず、本願は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2 サポート要件違反
本願発明の課題は、「フレキソ印刷」において、「線速度を速くする、例えば1200ft/分(約0.366km/分)より速く」した際の「インクの印刷適性」の「悪化」や「印刷欠陥」を低減することであると解されるところ、本件補正前の請求項1に係る発明は、本願発明の課題を解決しない発明を包含すること(発明の詳細な説明の記載及び技術常識から当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないこと)から、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3 実施可能要件違反
本件補正前の請求項1に係る発明を実施するためには、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率である場合に、インクの表面張力を30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールする必要があるが、その具体的手法が発明の詳細な説明には記載されておらず、しかも出願時の技術常識に基づいても、そのような手法は明らかではないことから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 当審の判断

1 明確性要件について
(1) 本件補正後の請求項1には、依然として、「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」という記載があるが、これらの記載(定義)に関して、明細書の【0036】には、「インクの最大全不揮発性物質の分率は、インクが完全に乾燥され又は硬化された場合の、全不揮発性物質の分率である。」と記載されている。
しかしながら、当該明細書の記載からは、「インクが完全に乾燥され又は硬化された場合」の「完全」とは、どの程度の「乾燥され又は硬化された場合」なのか判然とせず、しかも、「最大不揮発性物質の体積分率」及び「全不揮発性物質の体積分率」をどのように求めるかについて、明細書の他の記載にも、明確な定義は見当たらない。
また、明細書の【0026】(図面の簡単な説明)には、「【図1】図1は、TNV(%)の関数としての、4種のインク(#1-4)の表面張力のプロットを示し、ここで、TNV(%)は、固形分よりもむしろインク工業でよく使用されているパラメータである全不揮発性物質の体積分率(パーセンテージ)を表す。」という記載はあるものの、ここでいう「インク工業でよく使用されているパラメータである全不揮発性物質の体積分率」の内容は、明細書の記載からは明らかではない。
(2) 一方、本願発明のようなフレキソ印刷用のインクが溶媒及び樹脂、並びに着色剤などを含むことは技術常識である(本願明細書においても、【0012】、【0032】に、典型的なフレキソ印刷用インクは、樹脂、溶媒、着色料、及び添加剤を含んでいることが記載され、【0039】に、本願発明の実施例として記載された「フレキソ印刷用インク」(インク4)も、溶媒及び樹脂を含むものである。記載内容については後記2(2)の摘記事項参照)。
そして、一般に、樹脂及び溶媒を含む材料について、不揮発性物質の量を定める場合には、樹脂や溶媒の種類によって、それらの沸点や揮発し易さが異なることから、同じ樹脂や溶媒であっても、測定条件によって、不揮発性物質の量が異なるものとなることは当業者にとって周知であり、不揮発性物質の量は、その測定条件を定めない限り、一義的に定めることができないことは、当業者にとって技術常識である(必要であれば、樹脂及び溶媒を含むフレキソ印刷用インクと同様に、樹脂及び溶媒を含む塗料の不揮発残さ(不揮発性物質)の試験方法に関する、本願の優先日前の2008年に発行された「日本工業規格K 5601-1-2:2008(塗料成分試験方法-第1部:通則-第2節:加熱残分)」の、次の記載(特に下線部)を参照されたい。
「1 適用範囲
この規格は,塗料,ワニス,塗料用バインダ(以下,バインダという。),ポリマーディスパージョン及び液状フェノール樹脂の加熱残分を,質量の変化から求める方法について規定する。
この方法は,フィラー,顔料及び添加剤(増粘剤,増膜剤など)を含むディスパージョンにも適用できる。非可塑性ポリマーディスパージョン及びゴムラテックスにもこの方法が適用できるが,不揮発残さ(渣)が,試験条件下で化学的に不安定なものは適用できない。不揮発残さ(渣)には,高分子物質及び少量の添加剤,例えば,乳化剤,保護コロイド,安定剤,増膜助剤としての溶剤,特に,濃縮ゴムラテックス用の保存剤などが含まれる。可塑性材料の場合,不揮発残さ(渣)には,一般的に可塑剤が含まれている。
注記 1 加熱残分は,絶対的な値ではなく,試験温度及び加熱時間によって決まる。また,この方法を適用する場合の加熱残分は,溶剤の残留,熱分解及び低分子量成分の蒸発のために,真の値でなく単に相対的なものとして得られる。したがって,この方法は,同一タイプの製品の,異なったバッチの試験を意図したものである。
注記 2 この方法は,決められた時間加熱処理する合成ゴムラテックスに適用できる。(JIS K 6387-2では,2gの試料に対し加熱処理後,継続加熱をしてもその後の減量が 0.5mg以下となる加熱条件を規定している。)。
注記 3 実験室では,赤外線又は電磁波による乾燥によって加熱残分を測定することがあるが一般的ではない。ポリマー成分によっては,このような乾燥方法では分解する傾向にあり,不正確な結果を与えるからである。」)
以上に照らすと、樹脂及び溶媒を含むフレキソ印刷用インクの不揮発性物質の量は、試験温度や加熱時間等の測定条件や、熱風で加熱するか、赤外線又は電磁波で加熱するかといった測定方法によって、異なる値となることは、当業者にとって技術常識であるということができる。
(3) そうすると、本願発明においては、明細書の記載を参酌しても、その測定条件が明らかではない以上、請求項1に記載された「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」を一義的に定めることはできないから、請求項1の記載は、不明確であるといわざるを得ない。
(4) 平成30年6月12日付け意見書における主張について
請求人が、標記意見書において、明確性要件について主張する点は、既に審判請求書において主張されていた点であり、当該主張を採用することができない理由については、当審拒絶理由において既に述べたとおりである。そして、標記意見書において、これに対する新たな反論等はないから、標記意見書における主張についても採用しない。
繰り返しになるが、標記意見書における請求人の主張とこれを採用することができない理由は以下のとおりである。
ア 請求人の主張(標記意見書の抜粋)
明細書段落[0036]-[0038]及び[0045]に記載したように、表面張力の測定は、様々な全不揮発性物質の体積分率(%TNV)で、未使用サンプルにおいて実施することができます。インクの最大全不揮発性物質の分率(max%TNV)は、インクが完全に乾燥され又は硬化された場合の%TNVです。次いで、インクのmax%TNVに対するインクの%TNVの比率が算出され得ます。表面張力の測定は当該技術分野で知られているが、印刷品質の予測指標としての重要性については知られていません。例えば、ASTM規格D2369のプロトコルを使用することで%TNVを計算できます。このことは当業者であれば知っていることです。すなわち、ASTM規格D2369の測定法は、試料3mLを熱風オーブン110℃、1時間の条件で、全不揮発性物質の体積分率を求めるものであり、種々の乾燥状態で実施されます。max%TNVは、インクが完全に乾いたように見える(すなわち、固体のようにふるまうが、まだ若干の揮発性物質がある)時に行われる測定です。インクの乾燥は、実施例中のロータリエバポレータの使用によりシミュレートされ/促進されます(明細書段落[0041],[0045])。従って、時間0,r,x,y,及びzで乾燥した試料で測定を行うと、各反応時間における全不揮発性物質の体積分率は、以下の通りです。
(i)新たに製造されたインクは、乾燥時間0で以下の通り試験されます。
新たに製造されたインクの重量は、S_(0)と測定されます。
試料の乾燥は、ASTM規格D2369で行われます。
乾燥した試料は、S_(0dry)と測定されます。
全不揮発性物質の体積分率(%TNV_(0))は、%TNV_(0)=S_(0dry)/S_(0)×100で求められます。
・・・(中略)・・・
(v)時間z乾燥して完全に乾いたように見えるインク(すなわち、固体のようにふるまう)は、以下の通り試験されます(注、インクは完全に乾燥しているように見えるが、まだ若干の揮発性物質がある)。この測定は、最大全不揮発性物質の体積分率(max%TNV)です。
時間z乾燥したインクの重量は、S_(z)と測定されます。
試料の乾燥は、ASTM規格D2369で行われます。
乾燥した試料は、S_(zdry)と測定されます。
最大全不揮発性物質の体積分率(max%TNV)は、max%TNV=S_(zdry)/S_(z)×100で求められます。(注、max%TNV>%TNV_(y)>%TNV_(x)>%TNV_(r)>%TNV_(0))
インクのmax%TNVに対する%TNVの比率は、それぞれ以下の通り求められます。
新たに製造されたインクについての比率=%TNV_(0)/max%TNV
時間r乾燥したインクのについての比率=%TNV_(r)/max%TNV
時間x乾燥したインクのについての比率=%TNV_(x)/max%TNV
時間y乾燥したインクのについての比率=%TNV_(y)/max%TNV
(注、%TNVを測定する前のインクの乾燥時間が長いほど、比率の値は大きくなります。従って、時間yにおける比率>時間xにおける比率>時間rにおける比率>時間0における比率)
「max%TNV」は、揮発性物質の量があまりに少なくなるとインクの液体性がなくなり、まだ湿っていてもインクが固体のようになる時の、湿ったインクにおける不揮発性物質のパーセンテージに相当します。従って、インクにまだいくらかの揮発性物質があり、どのようにインクの不揮発性物質が入っているのかによって、この最大値が63%(単一サイズの粒子)から大きい値に変化し得るが、常に100%未満です。このように、処方時の組成物中の各成分の重量%を単に明示しても、表面張力が測定される時のmax%TNVに対する%TNVの比率を示すことにはなりません。例えば、前述のASTM規格D2369のように、不揮発性物質の含有量を測定する方法は、当該技術分野で周知です。
表面張力を測定する時、max%TNVに対する%TNVの比率を測定することが重要なことを、本願請求項に係る発明は明確に示しています。
イ 上記主張を採用することができない理由
上記主張によれば、請求人は、全不揮発性物質の体積分率は、ASTM規格D2369に従って、試料3mLを熱風オーブン110℃、1時間乾燥した残渣の重量(S_(0dry)等)に基づいて、算出されるものであると主張していると認められる。
しかしながら、本願発明のフレキソ印刷用インクの不揮発性物質の測定が、常に、ASTM規格D2369のプロトコルに基づいて行われることは、明細書には記載も示唆もされておらず、また、単に、当該プロトコルを使用することで計算可能であることをもって、そのことが当業者にとって自明であるとまではいえない。
したがって、請求人の主張を参酌しても、請求項1に記載された「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」について、一義的に定めることはできず、請求項1の記載は、不明確であるといわざるを得ない。
また、仮に、請求人がいうとおり、本願発明の「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」(max%TNV)が、「max%TNV=S_(zdry)/S_(z)×100」で求められるとしても、ここでいう「S_(z)」は、「時間z乾燥して完全に乾いたように見えるインク(すなわち、固体のようにふるまう)」であり(なお、インクは完全に乾燥しているように見えるが、まだ若干の揮発性物質がある。)、求められた「max%TNV」は、「揮発性物質の量があまりに少なくなるとインクの液体性がなくなり、まだ湿っていてもインクが固体のようになる時の、湿ったインクにおける不揮発性物質のパーセンテージに相当」するものであるから、当該「max%TNV」は、インクが完全に乾いたように見える(すなわち、固体のようにふるまうが、まだ若干の揮発性物質がある)時に測定されたものであることが分かる。しかしながら、この「完全に乾いたように見える(すなわち、固体のようにふるまうが、まだ若干の揮発性物質がある)時」が、どのような基準で定められるのかは、明細書の記載及び請求人の主張を参酌しても明らかではないから、結局、当該「max%TNV」、すなわち本願発明の「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」について、当業者が一義的に定めることができると認めることはできない。
よって、請求人の主張を参酌しても、「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」は、不明確であるというほかないから、当該主張は採用することができない。
(5) まとめ
請求項1に記載された「インクの最大全不揮発性物質の体積分率」及び「インクの全不揮発性物質の体積分率」は、明細書の記載及び請求人の主張を参酌しても、明確に特定することができず、これらが特定されない本願発明は不明確であって、本願は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

2 サポート要件について
(1) 次に、仮に、請求項1の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているとして、当該記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たすかどうかを、いわゆる大合議判決(平成17年(行ケ)10042号、知財高裁平成17年11月11日判決)の観点、すなわち、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」に照らして検討する。
(2) 本願明細書には、次の記載がある(下線は、当審が付与した。)。
・ 「【0002】
本発明は高速印刷用インクの表面張力に関する。より詳細には、本発明は高速印刷の品質を高めるために表面張力をコントロールすることに関する。」
・「【0008】
多くの印刷機は、その操業の費用効率性を改善するために高速で印刷されるインク及びコーティングを必要としている。フレキソ印刷の線速度は、一般的に2000ft/分(約0.609km/分)までの範囲であり、その速度は速くすることが期待されている。線速度を速くする、例えば1200ft/分(約0.366km/分)より速く、特に1800ft/分(約0.549km/分)より速くすると、インクの印刷適性が悪化し始め、印刷欠陥が観察される場合がある。この欠陥はランダムに分布し、不規則な形状をした印刷ミス領域として記載される場合がある。これらの欠陥は、印刷版及び/又は基材の表面を湿らせるインクの能力のなさから、又は上の段落で検討された高速印刷機の構成に付随する別個の機械的要因に起因すると考えられる。」
・「【0012】
典型的なフレキソ印刷/グラビア印刷用インクは、樹脂、溶媒、着色料、及び添加剤を含んでいる。樹脂には、ロジンエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ニトロセルロース等が含まれる。フレキソ印刷/グラビア印刷用インクに使用される溶媒は、例えば、アルコール、エステル、グリコールエーテル、炭化水素、及び他の溶媒である。
【0013】
良好な印刷適性にとって重要な要因の一つは、印刷用インクの表面張力であることが知られており、良好なインクの展伸性及び基材の湿潤には、低表面張力が必要であることが一般的に容認されている。例えば、溶媒ベースのフレキソ印刷用インクは、使用される溶媒(例えば、アルコール、エステル、エーテル等)により、本来的に低表面張力を有する。」
・「【0014】
良好な印刷適性は、印刷過程中、印刷機に作り出される全ての界面で、界面特性の適切なバランスによりコントロールすることができる。例えば、フレキソ印刷において、印刷版の表面エネルギーはあまりに低くはできない。低エネルギー面では、インクは連続したインク皮膜を形成しない場合があり、又は形成したとしても、インク皮膜は非常に容易に破壊される。双方の場合、得られた印刷物は、ある画像領域がインクで覆われていない、例えばピンホールがあるために、欠陥があるとされるであろう。ピンホールの他の原因は、ニップにおける膜割れ(インクフィラメント)及び不十分なインク皮膜レベリングによる-印刷ニップにおいて印刷版に平らでないインクの付着でありうる。
【0015】
アニロックスロール-印刷版ニップから出てくるインク皮膜は、キャビテーション及びフィラメント形成を介した割れを被る。インクがニップからさらに遠くに運ばれる場合、アニロックスシリンダと印刷版シリンダの表面が離間し続け、キャビティが垂直方向に拡大し、インクフィラメントがキャビティ間に形成される。印刷中、インクがニップから出続ける限り、続くキャビティ及びフィラメントが形成される。フィラメントは伸長し、ニップから離れて移動し続けるにつれて、ますます細くなる。フィラメントが伸長し、ついで破壊され、レベリングされる速度は、印刷速度、インクの粘弾性特性、アニロックスロール及び印刷版の特性、インクの表面張力、インク皮膜の厚み等に依存する。インクの表面張力及び重力、並びに生じた表面張力-勾配効果(乾燥中に生じるマランゴニ流)は、レベリング効果-インク皮膜平坦性を決定する。
【0016】
フィラメントの形成及び破壊の結果として、ニップを出るぬれたインク皮膜の表面は不凸凹(波状及び/又は虫状パターン)になり、レベリング過程中に滑らかになる傾向にある。レベリングは、インクの表面張力の影響下で、連続するインク皮膜の表面の凸凹を除去する過程である。それは、滑らかで平坦であり、均質なインク皮膜を得る際の重要な工程である。レベリングに抵抗する要因は、粘度、弾性及び表面張力勾配(上昇流の原因となる)である。レベリングの過程は、多くのパラメーター:インク皮膜の厚み、表面の凸凹の程度及び頻度、インクの表面張力、粘度等に依存する。しかしながら、インクの表面張力及び粘度が重要な役割を担っている:

ここで、l_(S)はレベリング速度であり;ηはインクの粘度であり、γ_(1)はインクの表面張力である。
【0017】
レベリング速度は、インクの表面張力の増加、及びインクの粘度の低減と共に増大する。乾燥中、蒸発による溶媒の損失-粘度の増加(レベリングに対する抵抗の増加)及び表面張力の変化により、インクの特性は変化するであろう。乾燥中における変化及びコーティング欠陥における影響のあらゆる事項が、印刷中の非常に短い時間スケールで生じており、複雑なシステムに対して特定のモデルは成功裏に実現されていない。留意される2つの特定の基礎研究は、Weidnerら, Journal of Colloid and Interface Science, 179 pp. 66-75 (1996) 及び Yiantsios and Higgins, Physics of Fluids, 18 pp. 082103-1 ? 082103-11(2006)の研究である。これらの研究は双方とも、乾燥中の潜在的な結果及びシミュレーションしたコーティングにおける組成変化と表面張力との関係を記述するために、皮膜における現象をモデル化することを試みている。しかしながら、表面張力の変化についての組成的影響の知識が、皮膜性能の好ましい状態を生じせしめるために、如何にして使用できるかについては、何の記載もなされていない。
【0018】
フレキソ印刷用インクは、異なった表面張力及び揮発度(溶媒混合物)の成分を含みうる。このようなシステムでは、局所的な表面張力勾配が、インク皮膜の乾燥中(溶媒の蒸発-インク組成の変化及び気化冷却)に形成される。表面張力勾配に関係する局所的なインクの流れは、表面張力及び重力によるレベリング力に反作用する。
・「【0019】
レベリングなる用語は、基材へのインクの展伸を記述するために印刷機及びインク製造者によってしばしば使用される。展伸及びレベリングは2つの異なるプロセスであることは強調されるべきである。インク又はコーティングの表面張力γ1は、双方のプロセスにおいて重要な役割を担っているが、インクの展伸に対する表面張力の効果は、レベリングに対するその効果とは反対である。良好な展伸を達成するために、インクの表面張力は可能な限り低くすべきである;良好なレベリングのためには、表面張力は可能な限り高くするべきである。実際の応用では、最適なレベリング及び展伸を達成するための値に関して、通常は妥協しなければならない。」
【0020】
インクの表面張力の管理は、画像移動中の印刷過程でのウェッティング、並びに最終の印刷された皮膜が存在する基材に対して適切な表面張力を達成することに、主として焦点を当てている。ウェッティングは、通常、印刷性能を確保するために高表面張力を維持するという要求と一致しない可能性がある低表面張力の維持に焦点を当てている。
【0021】
本発明の発明者は、乾燥中に表面張力が如何に変化するかを考慮した処方設計が、特に高速での、良好な印刷性能を得ることができることを発見した。高速印刷において、良好な印刷性能を有することは、レベリングのためのインク皮膜表面に与えられた時間(アニロックスロール-印刷版シリンダニップから印刷ニップへの移動時間)が非常に短く、約0.015秒(2000fpmの印刷速度及び6インチのニップ間距離を仮定)であるため、難題である。しかしながら、本発明の発明者は、良好な印刷性能は、適切なインク処方により達成することができることを見いだした。良好なレベリング性を示すインクは低粘度及び最大に高い表面張力を有するべきであり、(インクが液状である限り)インクの乾燥中に表面張力勾配を生じない(又は最小度合いだけ生じる)ようにすべきである。上記パラメータの全ての値が最適化され、フレキソ印刷法によって許容可能な範囲にあるとされるべきである。」
・「【発明を実施するための形態】
【0027】
その例が添付図面において例証される本発明の実施態様を、以下に詳細に参照する。
【0028】
本発明の発明者は、インクの表面張力を、高速印刷条件下で使用されるインクの指針となる処方パラメータとして使用することができることを発見した。インクは、フレキソ印刷用インク、輪転グラビア印刷用インク、ヒートセットオフセット用インク、又は出版グラビア用インクとすることができ、溶媒ベースとすることができる。良好な展伸性及びウェッティング性(ぬれ性)を達成するために、インクの表面張力を低くすべきことは、印刷産業で一般的に受け入れられている見解である。しかしながら、高速印刷における表面張力の重要性は、十分には確立されていない。
【0029】
ピンホールは、高速印刷に対して、よって高速印刷から得られる印刷物の品質に対して共通する印刷適性問題の一つである。ピンホールは、印刷版上でインクが如何に同レベルになり、続いて高速印刷で基材に移動されるかに関連しているため、インク皮膜のレベリングのメカニズムが、印刷品質を向上させ、ピンホールを低減させるために重要になってくる。
【0030】
本発明の発明者は、ピンホールに関連する一要因がインクの表面張力であることを発見した。それは、印刷インクの表面張力が、印刷版上でのインク皮膜のレベリングを制御するからである(表面張力が高くなればなる程、インクのレベリングが速くなる)。ピンホールのない印刷のためには、プレート上のインク皮膜は、印刷ニップに到達する前にレベリング(滑らかで平坦に)されなければならない。2011年3月1日に出願され、「高速印刷用インクの粘弾性」と題されたPCT出願(出願人整理番号331148.00852.WO01)中において、本発明の発明者の中に、インクの粘弾性が、インクの指針となる処方パラメータとして、特に高速印刷条件下で使用されるものとして、使用することができることを見い出した者がいた。PCT出願「高速印刷用インクの粘弾性」は、よって、全ての目的に対して、出典明示によりここに援用する。
【0031】
表面張力及びそれらの変更の原因となる、種々のメカニズムが存在する。当業者であれば、インクの表面張力を変更させる種々の方法を知っているであろう。例えば、インクの表面張力は、インク中の樹脂、溶媒、及び添加剤を選択することにより変更することができる。」
・「【0032】
高速印刷用インクは、樹脂又はバインダー、分散した着色剤(任意)、溶媒、及び種々の添加剤を含有する。インク用樹脂には、ポリアミド、ポリウレタン、ロジンエステル、金属化ロジンエステル、ニトロセルロース、フェノール樹脂、変性ロジンフェノール樹脂、アルキド、炭化水素樹脂、アスファルト、金属リソナート、又は他の印刷用インク樹脂が含まれる。分散した着色剤は、任意の多くの多様な顔料、顔料分散液、又は他の着色剤であってよい。溶媒には、任意の多くの有機溶媒、例えば、種々のアルコール、エステル、炭水化物、及びグリコールエーテル溶媒から選択されるものが含まれる。典型例には、エタノール、直鎖プロピルアルコール、直鎖酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸エチル、ジアセトンアルコール、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテルアセテート、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテルアセテート、石油蒸留物、トルエン、及びキシレンが含まれる。また溶媒成分は、存在する場合、約5重量%、好ましくは約0.5から2%までの量の水を含みうる。」
・「【0035】
本発明の発明者は、インクの表面張力が、表面張力が高くなればなる程(しかし、インクの適切な展伸性及びウェッティング性は確保されている)、ピンホールが低減する形で、ピンホールに影響を有していることを見いだした。インクの表面張力は、例えばウィルヘルミープレート法等、文献に記載されている方法の一つを使用して、直接測定することができる。」
・「【0036】
表面張力の測定は、様々な全不揮発性物質の体積分率で、未使用サンプルにおいて実施することができる。全不揮発性物質の体積分率は、例えば25%から55%の範囲にある。インクの最大全不揮発性物質の分率は、インクが完全に乾燥され又は硬化された場合の、全不揮発性物質の分率である。ついで、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が算出されうる。印刷機での使用準備が整ったインク状態において、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率は、約0.35から0.55である。インクが完全に乾燥され又は硬化された場合、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率は、約1まで増加する。」
【0037】
本発明の一実施態様では、標準的及び一般的インク成分が、高速印刷用インクの処方に使用されるが、様々な全不揮発性物質の体積分率において、インクの表面張力が高く(26mN/mより高く;好ましくは、28mN/mより高く、さらに好ましくは30mN/mより高く)なるように選択される。
【0038】
上述したように、表面張力の測定は当該技術分野で知られているが、印刷品質の予測指標としての重要性については知られていない。また、表面張力は、種々の全不揮発性物質の体積分率で測定することができ、例えば25%?55%であることに留意のこと。ついで、全不揮発性物質の体積分率は、最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の種々の比率を算出するために使用することができる。好ましくは、印刷機での使用準備の整ったインク状態での比率が約0.35から0.55であり、完全に乾燥され又は硬化されたインクにおける比率が約1であることから、比率が0.35から1.0である時に、表面張力が測定される。より好ましくは、比率は、約0.40から約0.90、約0.50から約0.80、又は約0.60から約0.75とすることができる。」
・「【実施例】
【0039】
異なったピンホール性能を有する4種のフレキソ印刷用インクを調査した。インクは、インク1、2、3及び4として、以下に特定する。インクの組成を表1に列挙する。

【0040】
特定の溶媒の選択と実際のパーセンテージは、以下の2つの指針とする原則を考慮して進めた:乾燥過程全体にわたる溶媒の組合せ中における樹脂混合物の溶解性挙動と組合せた溶媒混合物の蒸発特性が、組成物の変化を定める。
【0041】
これらのインクの表面張力を、様々な全不揮発性物質の体積分率(TNV)で得た。全不揮発性物質の分率を増加させ、インクの移動後の乾燥プロセスを模倣するために、ロータリーエバポレーターを使用し、溶媒を抽出した。ウィルヘルミープレート法を実施した。4種のインクの表面張力を得、TNVの分率の関数としてのmN/mでの表面張力をプロットしている図1に示し、ここで、TNV(%)(全不揮発性物質)は、全不揮発性物質の体積分率(パーセンテージ)を示す。4種のインクの最大全不揮発性物質の体積分率を測定した。ついで、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率を算出した。図2には、比率の関数としてのmN/mでの表面張力をプロットし、ここで、比率は、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率を示す。
【0042】
1800ft/分(約9m/s)での4種のインクの印刷の顕微鏡写真を図3に示す。顕微鏡写真は、オリンパスVanox研究用顕微鏡(対物5X-エリア5mm×1.2mm)を使用して記録した。印刷におけるピンホールのパーセンテージ(面積による)を、画像分析用のオリンパスAnalySISソフトウェアを使用して測定し、表2に列挙する。

【0043】
ピンホール(%)(面積による)が小さくなればなる程、印刷品質は良好になる。ピンホール(%)(面積による)が1%未満であると、一般的に最善の性能であると考えられる。4種のインクのなかでも、インク4は、1800ft/分で、最善の印刷品質をもたらし、インク1は最も悪い印刷品質をもたらした。また、最も高い表面張力は最善のピンホール性能(ピンホールが最も少ない)に相当することも分かる。表面張力のレベルが低減すると、ピンホール性能も低下する。」
・「【図1】

【図2】

【図3】


(3) 上記記載によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、フレキソ印刷の線速度が1200ft/分より速くなると、印刷適性が悪化し始め、印刷欠陥が観察される場合があることから(【0008】)、印刷品質に関する印刷適性問題の一つとして印刷物のピンホールに着目し、ピンホールを低減させるという課題を解決するためには、インクのレベリングのメカニズムが重要であり(【0016】、【0029】)、ピンホールを低減させるためには、表面張力を高くし、十分なレベリングを行うこと(レベリングを速くすること)を発見し(【0014】、【0030】、【0035】)、本願発明の構成を採用したインクを処方することによって、ピンホールが減少した、良好な印刷性能が達成することができることを見いだしたこと(【0039】?【0043】)が記載されていると認められる。
(4) しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、【0015】に、「レベリングされる速度は、印刷速度、インクの粘弾性特性、アニロックスロール及び印刷版の特性、インクの表面張力、インク皮膜の厚み等に依存する。」と記載され、また、【0016】には、「レベリングに抵抗する要因は、粘度、弾性及び表面張力勾配(上昇流の原因となる)である。レベリングの過程は、多くのパラメーター:インク皮膜の厚み、表面の凸凹の程度及び頻度、インクの表面張力、粘度等に依存する。しかしながら、インクの表面張力及び粘度が重要な役割を担っている。」と記載されるとともに、同段落の(1)式には、レベリングの速度は、インクの粘度に反比例することが記載され、さらに、【0017】には、「レベリング速度は、インクの表面張力の増加、及びインクの粘度の低減と共に増大する。」と記載されていることから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、ピンホールといった印刷欠陥を低減させるためには、インクの表面張力を高めるだけではなく、レベリングに影響を与える、アニロックスロール及び印刷版の特性、インク皮膜の厚み、表面の凸凹の程度及び頻度、並びに、粘度等(以下、まとめて「他の影響因子」ということがある。)についても考慮する必要があると理解すると考えるのが合理的である。
(5) また、本願明細書の発明の詳細な説明の実施例(【0039】?【0043】)では、確かに、「インク4」を用いたフレキソ印刷において、ピンホールのパーセンテージが少なく、印刷品質が良好であることが確認されているものの、これは単に、「インク4」という特定のインク(溶媒である「n-プロピルアルコール、プロピレングリコールモノアルキルエーテル、ジアセトンアルコール、ジプロピレングリコールモノアルキルエーテル」と、樹脂である「ロジンエステル、ポリアミド」を特定の割合で配合して、特定の粘度とした(ただし、当該配合割合と粘度は不明))を、特定の条件下(上記「他の影響因子」が、ある条件に設定された状況下)において実験した場合に、インクの表面張力とピンホール性能(印刷品質)とが関連することが確認されたにすぎないと解すべきである。そして、一般に、インクの粘度は、インクの樹脂の種類や溶媒の種類、それらの配合割合及びインクの温度等に依存するものであり、インクの表面張力との直接的な連関は認められないことといった技術常識にも照らすと、当該実施例の結果から、ピンホール性能(印刷品質)は、インクの表面張力のみに依拠するものであるということはできない。
(6) そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は、インクの表面張力のみならず、インクの粘度等の他の影響因子についても最適化したインクであると考えるのが相当である。
(7) これに対して、 本願発明は、上記インクの粘度等の他の影響因子を発明特定事項とするものではない。そのため、本願発明は、必ずしも十分なレベリングを行うことができず、結局、ピンホール性能(印刷品質)に係る本願発明の課題を解決しない発明を包含するといわざるを得ない。
(8) したがって、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。
(9) 平成30年6月12日付け意見書における主張について
請求人は標記意見書において、以下のように主張する。
「本願請求項に係る発明は、特定の溶媒と樹脂を組み合わせたインクに特徴があるわけではなく、所定の範囲のインクのmax%TNVに対するインクの%TNVの比率が0.60から0.75の範囲すべてにおいてインクの表面張力を30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールすることに特徴があります。従って、所定の条件下における表面張力のコントロールが重要であり、表面張力が上記の特定の条件下で30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールされているならば、どの溶媒と樹脂が使われるかに関係なく、ピンホールの発生を避けることができるものであり、この点は本願明細書の実施例においても確認されています。」
しかしながら、上記のとおり、当該実施例は、インクの表面張力が30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールされていさえすれば、インクの粘度等の他の影響因子に左右されることなく、ピンホールの発生を避けることまでを示すものではないから、当該主張を採用することはできない。
(10) まとめ
本願発明は、本願発明の課題を解決しない発明を包含することから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

3 実施可能要件について
(1) さらに、仮に、請求項1の記載が特許法第36条第6項第2号及び同第1号に規定する要件を満たしているとして、本願発明のインクの表面張力のコントロールについて、本願発明を当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているかどうかについて検討する。
(2) 本願明細書の発明の詳細な説明の上記【0031】には、「当業者であれば、インクの表面張力を変更させる種々の方法を知っているであろう。例えば、インクの表面張力は、インク中の樹脂、溶媒、及び添加剤を選択することにより変更することができる。」と記載されているものの、発明の詳細な説明の他の記載には、インクの表面張力を変更させる具体的な手法の記載は見当たらない。
(3) また、「インクの表面張力は、インク中の樹脂、溶媒、及び添加剤を選択することにより変更することができる」ものだとしても、本願発明は、インクの表面張力を、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率であるすべての場合について、インクの表面張力を30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールするものであって、単に、インク成分を配合した直後のインクの表面張力(初期のインクの表面張力)を変更することができればよいというものではない。
(4) そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、「インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率であるすべての場合」において、インクの表面張力のコントロールを、インク中の樹脂、溶媒、及び添加剤として、どのようなものを選択することによって行うかといった、本願発明を実施するための、インクの表面張力をコントロールする具体的な指針は、何ら示されていない。
(5) また、上記2(5)で述べたように、溶媒が、「n-プロピルアルコール、プロピレングリコールモノアルキルエーテル、ジアセトンアルコール、ジプロピレングリコールモノアルキルエーテル」であり、樹脂が、「ロジンエステル、ポリアミド」である「インク4」は、インクの表面張力が本願発明を実施し得るようにコントロールされたものだとしても、「インク4」において当該インクの表面張力をコントロールするために、このような溶媒及び樹脂を選択した理由については、発明の詳細な説明には、何ら記載されていないし、当該理由を理解するに足りる技術常識も見当たらない。
(6) そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、当業者は、インクの表面張力を、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率であるすべての場合に、30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールする具体的な手法を理解することはできないというほかないから、当業者が本願発明を実施するには、過度の試行錯誤を要するといわざるを得ない。
(7) 平成30年6月12日付け意見書における主張について
請求人は標記意見書において、以下のように主張する。
「実施例において、図2は、インクの表面張力とmax%TNVに対する%TNVの比率との関係について、種々の乾燥状態を表す複数のmax%TNVに対する%TNVの比率における位相角を測定した結果を示しています。また、明細書段落[0042]には、各インクを用いて印刷した結果生じる単位面積当たりのピンホールのパーセンテージを表で示しています。これらの結果から、max%TNVに対する%TNVの比率が0.60から0.75の範囲において、表面張力が30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールされたインク4が、比較例のインク1?3と比較して、最もピンホールが少なく、良好な印刷品質を示しました([0042],[0043])。インクの顕微鏡写真(図3)においても差は明白かと思われます。そして、これだけの開示がなされていれば、当業者であれば、インク成分、物性等については熟知しているので、インク成分等を変更しても、インクの表面張力を変化させる種々の方法([0031])を駆使して、表面張力を前述の如くコントロールすることができ、また印刷機、印刷方法等に合わせてインクが変更されても、過度の実験を行うことなく、本願明細書の記載と技術常識を基に本願請求項に係る発明を実施することは容易です。」
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らして、当業者が本願発明を実施することができるというためには、単に、当業者であれば初期のインクの表面張力をコントロールすることができるというだけでは事足りず、上記のとおり、インクの最大全不揮発性物質の体積分率に対するインクの全不揮発性物質の体積分率の比率が0.60から0.75の比率であるすべての場合に、インクの表面張力を30mN/m以上かつ35mN/m未満にコントロールすることができることが必要であるが、本願明細書の発明の詳細な説明にその具体的な手法の開示がないことは上記のとおりである上、上記請求人の主張においてもその点の釈明は見当たらない。
したがって、当該主張を採用することもできない。
(8) まとめ
本願明細書の発明の詳細な説明は、インクの表面張力のコントロールについて、当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとは認められず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第5 むすび

以上のとおり、本願は、請求項1に係る発明について、特許法第36条第6項第2号、同項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、その余の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-07-04 
結審通知日 2018-07-10 
審決日 2018-07-23 
出願番号 特願2015-206915(P2015-206915)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C09D)
P 1 8・ 536- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大島 彰公  
特許庁審判長 川端 修
特許庁審判官 天野 宏樹
日比野 隆治
発明の名称 高速印刷用インクの表面張力  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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