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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16C
管理番号 1350219
審判番号 不服2018-106  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-05-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-01-05 
確定日 2019-03-28 
事件の表示 特願2014-512585「転がり軸受」拒絶査定不服審判事件〔平成25年10月31日国際公開、WO2013/161775〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年(平成25年)4月22日(優先権主張 平成24年4月25日、平成24年10月22日、平成25年4月8日、日本国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
平成29年 2月22日付け:拒絶理由通知書
同年 4月28日 :意見書、手続補正書の提出
同年 9月22日付け:拒絶査定
平成30年 1月 5日 :審判請求書の提出
同年11月 8日付け:拒絶理由通知書
平成31年 1月 4日 :意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成31年1月4日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
内輪、外輪、および転動体を有し、
基油の40℃での動粘度が1?5×10^(-5)m^(2)/sであるグリースで潤滑されるアンギュラ玉軸受であって、
前記内輪および外輪の表層部の残留オーステナイト量(γ_(RAB))は0体積%超30体積%以下であり、
前記転動体は、Si含有率が0.3質量%以上2.2質量%以下で、Mn含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下であるとともに、SiとMnとの含有率の比(Si/Mn)が質量比で5以下である合金鋼からなる素材を所定形状に加工した後に、浸炭窒化又は窒化を含む熱処理が施されて得られ、
転動面に、珪素(Si)の窒化物およびマンガン(Mn)の窒化物からなるSi・Mn系窒化物が、面積比で1.0%以上20.0%以下の範囲で存在し、
転動面の表層部のN含有率は、0.2質量%以上2.0質量%以下であり、
転動面の表層部の残留オーステナイト量(γ_(RC))は0体積%を超え30体積%以下であり、下記の(1)式を満たすとともに、
γ_(RAB)-15≦γ_(RC)≦γ_(RAB)+15‥‥(1)
内輪または外輪の軌道面と転動体の転動面との転がり接触のPV値が100MPa・m/s以上、滑り速度Vが0.080m/s以上、Dmn値が80万以上の回転条件で使用されることを特徴とするアンギュラ玉軸受。」

第3 拒絶の理由
平成30年11月8日付けの当審が通知した拒絶理由は、次のとおりのものである。

この出願の請求項1に係る発明は、その出願前(優先日前)に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特開2007-285432号公報
引用文献2:特開2007-154281号公報
引用文献3:国際公開第2007/135929号
引用文献4:特開2004-353742号公報(周知技術を示す文献)

第4 引用文献の記載事項及び引用発明
1 引用文献1
本願の優先日前に頒布された刊行物である引用文献1には、図面と共に、次の記載がある。(下線部は当審で付した。以下同様。)

(1)「【0009】
本発明に係る工作機械主軸用転がり軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る工作機械主軸用転がり軸受の一実施形態であるアンギュラ玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。このアンギュラ玉軸受は、内輪1と、外輪2と、内輪1及び外輪2の間に転動自在に配されたセラミックス製の転動体3と、内輪1及び外輪2の間に複数の転動体3を保持する保持器4と、を備えており、転動体3の表面には直線状の転位組織が均一に分布している。
【0010】
直線状の転位組織が形成されることによりセラミックスが強靱化されているので、このアンギュラ玉軸受は、例えばdmn値140万を超えるような高速回転条件下で使用されても摩耗や焼付き等の損傷が生じにくく長寿命である。よって、このアンギュラ玉軸受は、工作機械の主軸を回転自在に支持する用途に好適に使用可能である。
また、このアンギュラ玉軸受は、摩耗や焼付き等の損傷が生じにくいので、オイルエア潤滑方式等のように潤滑油を継続的に供給する必要がなく、グリース潤滑法を採用可能である。よって、工作機械のコンパクト化や運転経費の削減等が実現可能であるとともに、多量の潤滑油を消費しないため環境保全に寄与する。」

(2)「【0014】
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。前述のようなショットブラスト処理により直線状の転位組織を表面に均一に形成して強靱化した窒化ケイ素製のサンプルを用意して、その耐焼付き性及び耐摩耗性を評価した。
〔耐焼付き性の評価方法について〕
耐焼付き性は、ASTM D 2596に規定された高速四球試験機に類似の試験機を用いて評価した。すなわち、3個の試験球(直径9/32インチ)を相互に接するように正三角形状に配置して固定し、その中心に形成された凹部に1個の試験球を載置した。そして、下部の試験球の表面のうち載置した試験球との接触点に、潤滑油(ISO粘度グレードがISO VG22である潤滑油)を塗布した後、荷重(面圧2.2GPa)を負荷した状態で、載置した試験球を一定の速度(滑り速度1.15m/s)で焼付きが生じるまで回転させた。なお、雰囲気温度は常温であり、PV値は2.53GPa・m/sである。
図2のグラフから分かるように、前述の強靱化が施されていない通常の窒化ケイ素製の試験球の場合は、約320秒で焼付きが生じたのに対し、強靱化した窒化ケイ素製の試験球の場合は約23800秒で焼付きが生じ、寿命は約74倍であった。」

以上の記載事項、及び図1の記載を総合し、本願発明の記載ぶりに則って整理すると、引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「内輪1、外輪2、および転動体3を有し、
グリースで潤滑されるアンギュラ玉軸受であって、
転動体3はセラミックス製で、その表面には直線状の転位組織が均一に分布しており、
dmn値140万を超えるような高速回転条件下で使用されるアンギュラ玉軸受。」

2 引用文献2
本願の優先日前に頒布された刊行物である引用文献2には、図面と共に、次の事項が記載されている。

(1)「【要約】・・・(省略)・・・
【解決手段】深溝玉軸受を構成する内輪1、外輪2、及び玉3のうち少なくとも一つの転動部材を、鋼からなる素材を所定形状に加工した後に、浸炭窒化又は窒化を含む熱処理を施すことで作製し、その転がり面のSi及びMnを含む窒化物の存在率を、面積比で1.0%以上20.0%以下とし、その転がり面をなす表層部のN含有率を0.2質量%以上とする。」

(2)「【請求項1】
互いに対向配置される軌道面を有する第1部材及び第2部材と、前記第1部材及び前記第2部材の間に転動自在に配置され、前記軌道面に対する転動面を有する転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより、前記第1部材及び前記第2部材のうち一方が他方に対して相対移動する転がり支持装置において、
前記第1部材、前記第2部材、及び前記転動体のうち少なくとも一つの転動部材は、鋼からなる素材を所定形状に加工した後に、浸炭窒化又は窒化を含む熱処理が施されて得られ、
その転がり面のSi及びMnを含む窒化物の存在率は、面積比で1.0%以上20.0%以下であるとともに、その転がり面をなす表層部のN含有率は、0.2質量%以上であることを特徴とする転がり支持装置。
【請求項2】
前記鋼は、Si含有率が0.3質量%以上2.2質量%以下で、Mn含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下であるとともに、SiとMnとの含有率の比(Si/Mn)が、質量比で5以下であることを特徴とする請求項1に記載の転がり支持装置。
【請求項3】
前記軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量をγ_(RAB)とし、前記転動面をなす表層部の残留オーステナイト量をγ_(RC)とした時に、0≦γ_(RAB)及び0≦γ_(RC)≦50を満たすとともに、γ_(RAB)-15≦γ_(RC)≦γ_(RAB)+15を満たすことを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり支持装置。」

(3)「【0012】
以下、本発明における転がり支持装置を構成する転動部材について、詳細に説明する。
本発明で用いる転動部材は、熱処理後において、転がり面のSi-Mn系窒化物の存在率が1.0%以上20.0%以下となり、且つ、転がり面をなす表層部のN含有率が0.2質量%以上となるように、鋼からなる素材を所定形状に加工した後に、浸炭窒化又は窒化を含む熱処理が施されて得られる。
【0013】
<素材をなす鋼について>
素材をなす鋼としては、Si含有率が0.3質量%以上2.2質量%以下で、Mn含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下で、Si含有率とMn含有率との質量比Si/Mnが5以下の鋼を用いることが好ましい。また、転がり面にSi-Mn系窒化物を効率よく析出させ、転がり面をなす表層部に本発明の範囲内のNを固溶させるためには、Si含有率とMn含有率との合計を1質量%以上とすることが好ましい。
【0014】
ここで、Si含有率及びMn含有率は、Si-Mn系窒化物を効率よく析出させるために、それぞれ0.3質量%以上とする。一方、Si含有率が多すぎると、加工性や被削性が低下するだけでなく、浸炭窒化特性や窒化特性が低下して、転がり面をなす表層部のN含有率を本発明の範囲内に出来なくなる。また、Mn含有率が多すぎると、熱処理後に転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量が多くなり、硬さ、耐摩耗性、及び耐圧痕性が劣化する。よって、Si含有率は2.2質量%以下とし、Mn含有率は2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0015】
また、Si-Mn系窒化物は、浸炭窒化又は窒化時に侵入した窒素が、オーステナイト域でMnを取り込みながらSiと反応して析出することで得られる。このため、Si含有率に対してMn含有率が少ないと、窒素を十分に拡散させてもSi-Mn系窒化物の析出が促進され難くなる。よって、素材をなす鋼中のSiとMnとの含有率の比(Si/Mn)を、質量比で5以下とすることが好ましい。」

(4)「【0019】
<熱処理について>
まず、上述した鋼からなる素材を、成形加工や粗研削等で所定形状に加工した後に、アンモニアガスを導入した炉内で加熱保持することによる「窒化」を行うか、混合ガス(例えば、RXガス+エンリッチガス+アンモニアガス)を導入した炉内で加熱保持することによる「浸炭窒化」を行う。これらの処理は、熱処理後において、転がり面のSi-Mn系窒化物の存在率が1.0%以上20.0%以下で、転がり面をなす表層部のN含有率が0.2質量%以上となるような条件で行う。
次に、焼入れ及び焼戻しを行う。これらの処理は、熱処理後における転がり面をなす表層部に、転動部材として必要な硬さ(例えば、Hv750以上)が得られるような条件で行うことが好ましい。
【0020】
<転がり面をなす表層部のN含有率について>
転がり面をなす表層部に存在するNは、マルテンサイトの固溶強化や残留オーステナイトの安定確保に作用するだけでなく、窒化物や炭窒化物を形成して、耐摩耗性及び耐圧痕性を向上させ、転がり面に作用する接線力を小さくする作用を有する。これらの作用を得るために、転がり面をなす表層部のN含有率は0.2質量%以上とし、好ましくは0.3質量%とし、より好ましくは0.45質量%以上とする。
一方、前記表層部のN含有率が多すぎると、転動部材として必要な靱性や強度が得られなくなる。特に、転がり支持装置の転動体には、十分な靱性や強度が必要であるため、転がり面をなす表層部のN含有率は2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0021】
<転がり面のSi-Mn系窒化物の存在率について>
本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、転がり面に存在するSi-Mn系窒化物は、耐摩耗性及び耐圧痕性を向上させるとともに、転がり疲れ寿命を向上させる作用を有することを見出した。これらの作用を得るために、転がり面のSi-Mn系窒化物の存在率は1.0%以上とする。
一方、転がり面に存在するSi-Mn系窒化物が多すぎると、転動部材として必要な靱性や強度が得られなくなる。よって、転がり面のSi-Mn系窒化物の存在率は20.0%以下とし、好ましくは10.0%以下とする。
【0022】
<転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量について>
転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量は、圧痕縁への応力集中を抑制するためには多くすることが好ましいが、表層部に優れた耐摩耗性や耐圧痕性を付与して、転がり面に作用する接線力を小さくするためには少なくすることが好ましい。
そこで、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、第1部材及び第2部材の軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量をγ_(RAB)とし、転動体の転動面をなす表層部の残留オーステナイト量をγ_(RC)とした時に、0≦γ_(RAB)及び0≦γ_(RC)≦50を満たすとともに、γ_(RAB)-15≦γ_(RC)≦γ_(RAB)+15を満たすようにすることにより、転がり面をなす表層部における圧痕縁への応力集中を確実に抑制しつつ、転がり面に作用する接線力をより小さくできることを見出した。ここで、転がり面に必要な硬さを付与し、優れた耐圧痕性や耐摩耗性を得るとともに、高温下で使用された場合に優れた寸法安定性を付与するために、γ_(RC)は50体積%以下とする。」

(5)段落【0052】の表3には、γ_(RAB)の具体例として、10体積%、20体積%、30体積%、γ_(RC)の具体例として、5%、10%、15%、20%、25%、30%の実施例がそれぞれ記載されている。

3 引用文献3
本願の優先日前に頒布された刊行物である引用文献3には、図面と共に、次の事項が記載されている。

(1)「[0012] 本発明は、上記のような問題点に着目してなされたものであり、コストの増加を抑えながらも、耐はく離性や耐摩耗性、耐焼き付き性を更に向上させ、異物混入潤滑環境下でも長寿命化が可能な転動装置を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0013] 本発明者らは鋭意研究を行い、自身(例えば転動体)の圧痕起点型はく離寿命を十分に確保し、かつ自身の耐圧痕性・耐摩耗性を向上させ、表面粗さ・表面形状の悪化を抑制し、2物体間(転動体と軌道輪間)に作用する接線力を抑制して、相手部材(例えば軌道輪)の寿命も延長させる材料因子を見出すために検討を行った。その結果、耐圧痕性・耐摩耗性を向上させる材料因子としては表面硬さ、残留オーステナイト、表面窒素濃度、表面に析出したSi及びMnを含有する窒化物(以下、「Si・Mn系窒化物」と記す)面積率が関係していることを知見し、本発明を完成するに至った。
[0014] 即ち、本発明は、上記の目的を達成するために下記の転動装置を提供する。
(1)内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の軌道面と内方部材の軌道面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転動装置において、
前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面に浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、Si・Mn系窒化物の面積率が1%以上20%以下で、表面における硬さがHV750以上であり、かつ、前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、Z=0.045dにおける硬さがHV650?850であり、Z=0.18dにおける硬さがHV400?800であることを特徴とする転動装置。
(2)内方部材及び外方部材及び転動体の少なくとも一つの表面に、当該表面層の窒素濃度が0.2質量%以上であり、かつ、面積375μm^(2)中の0.05μm以上1μm以下のSi・Mn系窒化物の個数が100個以上であることを特徴とする上記(1)記載の転動装置。
(3)浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなる前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つがC:0.3?1.2質量%、Si:0.3?2.2質量%、Mn:0.3?2.0質量%、Cr:0.5?2.0質量%、かつ、Si/Mnが5以下、残部Feと不可避不純物からなる鋼製であることを特徴とする上記(2)記載の転動装置。
(4)前記浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなる部材が転動体であることを特徴とする上記(3)記載の転動装置。
(5)前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする上記(4)記載の転動装置。
・・・(省略)・・・」

(2)「[0019] 本発明の転動装置の一例として、転がり軸受を挙げることができる。転がり軸受の種類や構造には制限がなく、例えば図1に断面図にて示す深溝玉軸受を例示できる。この深溝玉軸受は、軌道面laを外周面に有する内輪1(内方部材)と、内輪1の軌道面laに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2(外方部材)と、両軌道面la,2a間に転動自在に配された複数の転動体3である玉と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシール5,5と、を備えていて、両軌道面la,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑が、グリース、潤滑油等の潤滑剤6により行われている。尚、保持器4やシール5は備えていなくてもよい。
[0020] また、転がり軸受として図2に示すような、内輪1と外輪2との間に、転動体3である円錐ころを保持器4により保持してなり、呼び番号L44649/610の円錐ころ軸受を例示することもできる。更に、図示は省略するが、アンギュラ玉軸受や円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受等も可能である。」

(3)「[0030] また、本発明においては、軌道輪または転動体の表面層に所定の窒素を富化させるために浸炭窒化処理を行う。窒素は炭素と同じようにマルテンサイトの固溶強化および残留オーステナイトの安定確保に作用するだけでなく、窒化物または炭窒化物を形成して耐圧痕性、耐摩耗性を向上させる作用がある。図10に、上記と同様の耐圧痕性試験と2円筒摩耗試験により求めた耐圧痕性と耐摩耗性に及ぼす窒素の影響を示す。表面窒素量の測定には電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いた。窒素濃度の効果のみを調査するため、表面窒素濃度以外の硬さや残留オーステナイト量については一定にしてある。図10より、表面窒素濃度が高いほど耐摩耗性、耐圧痕性に優れており、表面窒素濃度が0.2質量%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは0.45質量%以上とする。
[0031] 一方で、窒素濃度が高すぎると靭性や静的強度が低下してしまう欠点がある。転がり軸受の転動体にとって靭性や静的強度は必要な性能であるため、窒素濃度が高すぎるのは好ましくない。図11にシャルピー衝撃試験の結果を示すが、窒素濃度が2.0質量%を超えると急激に靭性が低下することがわかる。従って、本発明における窒素濃度の上限は2.0質量%とする。
[0032] 上述したように、表面の窒素濃度が高いほど、材料の耐圧痕性、耐摩耗性が向上することが明らかになった。しかし本発明者らはさらに、窒素濃度が同じ場合でも材料内部の窒素の存在状態によって、耐圧痕性、耐摩耗性が変わるという知見を得た。
・・・(省略)・・・
図12に示すように、Si・Mn系窒化物の面積率が高いほど耐摩耗性、耐圧痕性に優れており、Si・Mn系窒化物の面積率が1%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは2%以上である。
[0033] また、Si・Mn系窒化物の面積率が圧痕起点型はく離寿命に及ぼす影響を調査するためスラスト型寿命試験により、異物混入潤滑下での試験を行った。試験に用いた材料の成分を表1に示すが、鋼種1はJIS SUJ3、鋼種2はJIS SUJ2に相当する材料である。表1の材料を、直径65mm、厚さ6mmの円板に旋削加工した。円板を820?900℃で2?10時間、RXガス、プロパンガス及びアンモニアの混合ガス中で浸炭窒化処理後、油焼入れを施し、その後、160?270℃で2時間の焼戻し処理を施した。処理温度、処理時間、アンモニアガス流量を変化させて、種々の窒素濃度の試験片を作製した。熱処理後、表面を研摩・ラッピングにて鏡面仕上げをした。」

(4)「[0039] 一方で、窒素濃度と同様にSi・Mn系窒化物の析出量が多くなりすぎると、靭性や静的強度が低下してしまう欠点がある。転がり軸受の転動体にとって靭性や静的強度は必要な性能であるため、Si・Mn系窒化物の析出量が多くなりすぎるのは好ましくない。図16にシャルピー衝撃試験の結果を示すが、Si・Mn系窒化物の面積率が20%を超えると、急激に靭性が低下することがわかる。従って、本発明のSi・Mn系窒化物の面積率の上限は20%であり、より好ましくは10%である。」

(5)「[0044] 尚、転動体は以下に示す元素を含有することが好ましい。
[0045]・・・(省略)・・・
[0046] [Si:0.3?2.2質量%、Mn:0.2?2.0質量%]
上述したように、Si・Mn系窒化物を十分に析出させるためには、Si及びMnを多く含有した鋼材を用いる必要がある。一般的な軸受材料であるSUJ2は、Si含有量が0.25%、Mn含有量が0.4%であり、浸炭窒化等で窒素を過剰に付加してもSi・Mn系窒化物量が少ない。このため、Si及びMnの含有量は、以下の値を臨界値とする。
[0047] [Si含有量:0.3?2.2質量%]
Si・Mn系窒化物の析出に必要な元素であり、Mnの存在によって、0.3質量%以上の添加で、窒素と効果的に反応して顕著に析出する。好ましくは0.4?0.7質量%とする。
[0048] [Mn含有量:0.3?2.0質量%]
Si・Mn系窒化物の析出に必要な元素であり、Siとの共存によって、0.3質量%以上の添加で、Si・Mn系窒化物の析出を促進させる作用がある。また、Mnはオーステナイトを安定化する働きがあるので、硬化熱処理後に残留オーステナイトが必要以上に増加するといった問題を引き起こすのを防止するため、2.0質量%以下とする。好ましくは0.9?1.15質量%とする。また、より好ましくは、下記理由によりSi/Mn比率を5以下とする。
[0049] Si・Mn系窒化物は、焼戻しによる窒化物とは異なり、浸炭窒化処理時に侵入してきた窒素がオーステナイト域で、Mnを取り込みながらSiと反応して形成される。従って、Si添加量に対してMn添加量が少ないと、十分に窒素を拡散させても、Si・Mn系窒化物の析出が促進されない。前述したSi及びMn添加量の範囲で、且つ窒素量を0.2質量%以上侵入させた場合、Si/Mn比率を5以下とすることによって、寿命延長や耐摩耗性・耐焼き付き性向上に効果のある面積率1.0%以上のSi・Mn系窒化物の析出量を確保することができる。」

(6)「[0055] また、本発明においては、内外輪軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50)とすることが好ましい。尚、残留オーステナイト量の単位は「体積%」である。
[0056] 前述したように、残留オーステナイト量が少なくなると耐圧痕性、耐摩耗性が向上する一方で、表面の残留オーステナイト量が多いほどはく離寿命が延長することが明らかになっている。即ち、転動体を中心に考えると、転動体表面のオーステナイト量が少ないほど転動体の耐圧痕性、耐摩耗性が向上し、軌道輪の寿命は延長するが、転動体自身の寿命は低下する。従って、最長軸受寿命とするのに最適な転動体の残留オーステナイト量が存在するが、その最適な範囲は軌道輪の残留オーステナイト量によって異なる。軌道輪の残留オーステナイト量が多い場合には、軌道輪の寿命が長くなり、軌道輪の耐圧痕性が低下して軌道輪と転動体の間に作用する接線力も大きくなるため、転動体の耐圧痕性・耐摩耗性を上げるより、転動体の寿命を延ばす必要がある。そのため、軌道輪の残留オーステナイト量が多い場合には、転動体の残留オーステナイト量も多くしなければならない。即ち、最長軸受寿命を達成する転動体の残留オーステナイト量(γr_(C))の範囲は、軌道輪の残留オーステナイト量(γr_(AB))によって変化するため、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50)とすることが好ましい。また、残留オーステナイトが多すぎると硬さが下がり、耐圧痕性・耐摩耗性が低下するだけでなく、高温で使用される場合の寸法安定性も悪化するため上限値を50体積%とする。」

(7)段落[0069]-[0070]の表4には、γr_(AB)の具体例として、10体積%、20体積%、30体積%、γr_(C)の具体例として、5%、10%、15%、20%、25%、30%の実施例がそれぞれ記載されている。

4 引用文献4
本願の優先日前に頒布された刊行物である引用文献4には、図面と共に、次の事項が記載されている。

(1)「【0003】
しかしながら、Dmn値(軸受内径と外径との平均寸法dm≒転動体のピッチ円の直径Dp(mm)と回転速度n(min^(-1)との積)が1.0×10^(6) 以上となるような高速回転環境下で使用される場合には、摩擦条件を示すPV値(P:面圧、V:速度)が高くなるため、転動体と軌道面との間に生じる滑り摩擦が大きくなる。その結果、転がり疲労寿命に至る前に摩耗や焼付きが生じるという問題がある。これは、玉軸受ではスピン滑りによる摩擦、ころ軸受ではころと内外輪の鍔部との摩擦が大きくなるためである。特に、軸受に焼付きが生じると、その軸受が取付けられている機械自体の故障を引き起こす可能性があるため、焼付きを防止することは非常に重要である。
【0004】
このような問題点を解決するために、例えば、工作機械主軸用の軸受では、オイルミストあるいはオイルエアによって効果的な潤滑を行なう方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。また、内外輪および転動体をM50等の耐熱合金鋼で形成するという技術がある。さらに、内外輪の軌道面および転動体の表面に、所定の材料からなる皮膜を形成したものや、内外輪および転動体をセラミックとしたもの、窒化処理によって緻密で硬い窒化層を形成したもの等が提案されている(例えば特許文献3参照)。」

(2)「【0007】
【課題を解決するための手段】
鋼同士の摩擦時に起こる凝着の発生を抑える手段として、転がり要素の一部をセラミックなどの異種材で構成する方法や、窒化に代表されるように表面に硬質被膜を付与することが非常に効果的である。セラミックは、窒化けい素(Si_(3) N_(4) )や炭化けい素(SiC)に代表されるように耐熱性、耐食性、耐摩耗性に非常に優れた特性を有している。そのため、従来の軸受材料では考えられなかった過酷な環境下でも使用に耐えられる代替材として利用されてきている。
【0008】
ところが、セラミック材は非常に高価であり、加工費も高いことと、靭性については鋼がおよそ20MPa・mm^(1/2) に対してセラミック(Si_(3) N_(4) )は6MPa・mm^(1/2) と非常に小さい。
一方、窒化処理では、鋼より脆弱な窒化層が形成され、セラミック同様に耐衝撃性に問題が生じることがある。そのため、窒化層深さを深くする試みもなされているが、窒化処理は処理温度が低く拡散に長時間を必要とするので生産性が悪い。その結果、窒化処理を高面圧の用途で適用するのは難しい。その他のホウ化やクロマイジング処理等も硬質膜を形成し、摺動性に優れるが、素材に特殊な合金を必要とするため、適用が難しい。
【0009】
以上のような不具合を解消すべく、本発明者らは研究を重ねた結果、転がり軸受の軌道輪及び転動体の内の少なくとも一方をSi含有鋼とし、浸炭窒化処理によって表面にSi含有窒化物を分散させた後、焼入れを施すと優れた軸受機能が得られることを見出した。
焼付きの原因は鋼同士の摩擦時に起こる凝着であり、この凝着がある程度大きくなると摩擦力が大きくなり、最終的に摩擦力が滑りを推進する力を上回った場合に、相対滑りに対する抵抗が非常に大きくなって焼付きが生じる。
【0010】
そこで、摺動面で凝着が起こらないようにするのであるが、セラミックや、硬質被膜とは異なり、摺動面のすべてを異種材の表面とする必要はなく、特殊な析出物を分散させたことが本発明の特徴である。このような表面を有する軸受部材は、従来例よりも優れた耐焼付性および耐摩耗性を軸受に与えると共に、わずかな凝着、摩耗を繰り返すフレッチング損傷をも著しく抑制できることが判明し、本発明を完成するに至った。
【0011】
ここで得られる析出物は、鉄鋼材料で一般的な焼戻炭化物、窒化物とは異なり、侵入してきた窒素がオーステナイト域でSiと結合、成長したもので、Siを5重量%以上含有し、周囲のMnを取り込みながら5μm程度の大きさまで成長するのが特徴である。この析出物が表面被覆率(面積率)で所定の値以上分散されることで、周囲が焼入硬化されていると窒化ケイ素(Si_(3) N_(4) )セラミックで優れた凝着抑制効果が得られるのと同様に、耐焼付き性および耐摩耗性が向上し、さらに耐フレッチング性が向上する。
【0012】
一方、マトリックスの強度も凝着の発生に大きな影響を与えるため、V、Nb、Mo等を添加して摺動面を強化しておくと凝着の発生は抑制され、上記効果が得られる。
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、請求項1に係る発明は、軌動輪及び該軌道輪の軌道面を転動する転動体を備えた転がり軸受において、
前記軌動輪の軌道面及び前記転動体の転動面の内の少なくとも一方の摺動面は、表層に5重量%以上のSiを含有した窒化析出物を有し、且つ該窒化析出物の表面被覆率が10%以上であることを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1において、C:0.3?1.2重量%、Si:0.5?2.0重量%、Mn:0.2?2.0重量%、Cr:0.5?2.0重量%を含有し、その他Fe及び不可避の不純物からなる鋼を素材とすることを特徴とする。
請求項3に係る発明は、請求項2において、Mo、V及びNbの内の1種以上の合計が0.05?0.2重量%であることを特徴とする。
請求項4に係る発明は、請求項1?3のいずれか一項において、前記摺動面の残留オーステナイト量が5%以下であることを特徴とする。
【0014】
次に、各数値の臨界的意義を説明する。
(窒化析出物の表面被覆率が10%以上)
Si含有鋼を浸炭窒化してできる窒化析出物は、5重量%以上のSiを含有しており、径が1?5μm程度で分散している。この窒化析出物の摺動面の被覆率と後述の4球式試験で求めた焼付き性との関係から、転がり軸受の摺動面の少なくとも一つに表面被覆率(面積率)で10%以上の析出物が分散していると、耐焼付性・耐摩耗性が良好であることを見出した。これは、鋼表面を窒化した場合と同様で、表面が鋼とは異なる素材となり、いわゆる「ともがね」を回避する効果が得られるものと考えられ、耐焼き付き性が著しく向上する。同時に摺動面の凝着が原因で摩耗が進行するフレッチング摩耗も抑制することができる。」

(3)「【0016】
(Si:0.5?2.0重量%)
Siは製鋼時に脱酸剤として必要であるだけでなく、本発明ではSi含有窒化析出物を形成する必要がある。Siが0.5重量%未満であると、浸炭窒化処理で表面窒素濃度が増加せず、結果的にSi含有窒化析出物を10%以上の表面被覆率とすることができない場合がある。
【0017】
(Mn:0.2?2.0重量%)
Mnは製鋼時に脱酸剤としての働きがあるので0.2重量%は必要である。また、本発明の特徴であるSi含有窒化析出物を形成するためにMnは0.2重量%は必要である。さらに、Mnはオーステナイトを安定にする働きがあるので、硬化熱処理後に残留オーステナイトが必要以上に増加するといった問題を引き起こすのを防止するため、2.0重量%以下とする。」

(4)「【0020】
(摺動面の残留オーステナイト量が5体積%以下)
軸受のフレッチングによる摩耗損傷においても、上記窒化析出物を所定の面積率分散させることが効果的であることを見出した。さらに、軟質な残留オーステナイト量とフレッチング特性の関係を調査した結果、焼戻しやバレルによる強烈な加工によって摺動面の残留オーステナイトを5体積%以下にまで減少させると耐フレッチング性を向上できる。」

第5 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、後者の「内輪1」は前者の「内輪」に相当し、以下同様に、「外輪1」は「外輪」に、「転動体3」は「転動体」にそれぞれ相当する。
また、後者の「dmn値」は前者の「Dmn値」に相当するから、後者の「dmn値140万を超えるような高速回転条件下で使用される」ことは、前者の「Dmn値が80万以上の回転条件で使用される」ことと、「Dmn値が140万を超える回転条件で使用される」点において一致する。

そうすると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
<一致点>
「内輪、外輪、および転動体を有し、
グリースで潤滑されるアンギュラ玉軸受であって、
Dmn値が140万を超える回転条件で使用されるアンギュラ玉軸受。」

<相違点1>
本願発明は、「基油の40℃での動粘度が1?5×10^(-5)m^(2)/sであるグリース」で潤滑されるのに対し、引用発明は、グリースの基油の動粘度が不明な点。

<相違点2>
本願発明は、「内輪」、「外輪」、「転動体」に関して、「前記内輪および外輪の表層部の残留オーステナイト量(γ_(RAB))は0体積%超30体積%以下であり、
前記転動体は、Si含有率が0.3質量%以上2.2質量%以下で、Mn含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下であるとともに、SiとMnとの含有率の比(Si/Mn)が質量比で5以下である合金鋼からなる素材を所定形状に加工した後に、浸炭窒化又は窒化を含む熱処理が施されて得られ、
転動面に、珪素(Si)の窒化物およびマンガン(Mn)の窒化物からなるSi・Mn系窒化物が、面積比で1.0%以上20.0%以下の範囲で存在し、
転動面の表層部のN含有率は、0.2質量%以上2.0質量%以下であり、
転動面の表層部の残留オーステナイト量(γ_(RC))は0体積%を超え30体積%以下であり、下記の(1)式を満たす。
γ_(RAB)-15≦γ_(RC)≦γ_(RAB)+15‥‥(1)」
構成であるのに対し、引用発明は内輪1及び外輪2の材料特性が不明であり、転動体3はセラミックス製で、その表面には直線状の転位組織が均一に分布している構成である点。

<相違点3>
本願発明は、「内輪または外輪の軌道面と転動体の転動面との転がり接触のPV値が100MPa・m/s以上、滑り速度Vが0.080m/s以上、Dmn値が80万以上の回転条件」で使用されるのに対し、引用発明は、dmn値140万を超えるような高速回転条件下で使用されるものの、転がり接触のPV値や滑り速度は不明である点。

第6 当審の判断
1 上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
工作機械主軸用転がり軸受のように高速回転下で用いられるアンギュラ玉軸受において、潤滑剤として基油の40℃での動粘度が1?5×10^(-5)m^(2)/sであるグリースを用いることは、本願の優先日前に周知の技術であった。例えば、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開2004-316816号公報の段落【0001】、【0021】、【0046】及び【0055】には、工作機械用主軸装置のアンギュラ玉軸受において、基油の40°での動粘度が2.1×10^(-5)m^(2)/sであるグリース(イソフレックスNBU15(NOKクリューバー(株)製)。なお、基油動粘度については、https://www.ezo-brg.co.jp/download/pdf_new/spb8_jp.pdfを参照した。)を用いることが記載されている。同様に、特開2008-222793号公報の段落【0001】、【0015】、【0018】及び【0031】?【0033】には、工作機械主軸(スピンドル)用のアンギュラ玉軸受において、基油の40°での動粘度が1.5?3×10^(-5)m^(2)/sであるグリースを用いることが記載されている。
そして、引用発明のアンギュラ玉軸受も、工作機械主軸用転がり軸受であって、高速回転下で用いられるものであるから(上記第4の1(1)参照。)、引用発明のグリースとして、高速回転に適した上記周知のグリースを用いることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(2)相違点2について
引用文献2及び3には、それぞれ上記第4の2及び3に示したとおり、内輪、外輪、転動体に関して、上記相違点2に係る本願発明の条件を満たす転がり軸受が記載されている(特に引用文献3には、上記相違点2に係る構成に加え、上記第4の3(2)に示したとおり、転がり軸受としてアンギュラ玉軸受も例示され、グリースで潤滑する点も記載されている。)。
ここで、引用発明と引用文献2及び3に記載された技術的事項とは、転がり軸受の技術分野におけるものである点で共通し、さらに、かかる軸受の耐摩耗性を向上させる課題に対応するものである点でも共通するということができる。してみれば、引用発明並びに引用文献2及び3に記載された技術的事項に接した当業者であれば、引用発明に対し引用文献2及び3に記載された技術的事項の適用を試みる動機を有するものと認められる。
加えるに、工作機械主軸用転がり軸受のように、高Dmn値、高PV値の高速回転環境下で使用される転がり軸受において、転動体等をセラミックで形成することは従来から提案されていたものの、セラミックにはコストや靭性面で課題があることが、例えば引用文献4に記載されているように、従来から周知の課題として知られていた。当該引用文献4には、また、セラミックの代わりにSiやMnを含有する鋼を浸炭窒化処理して摺動面に特殊な窒化析出部を分散させるとともに、残留オーステナイト量を調整することで、高速回転環境下で必要とされる程度の耐焼付性や耐摩耗性等を実現できることが示唆されている(上記第4の4参照。)。そして、引用文献2及び3に記載された転がり軸受は、いずれも、SiやMnを含有する鋼を浸炭窒化処理して転動体の転動面にSi-Mn系窒化物(Si・Mn系窒化物)を析出させ、転動面や軌道面の残留オーステナイト量を所定範囲に調整することなどにより、軸受の耐摩耗性や耐焼付性を向上させている点で、上記引用文献4に記載された技術と軌を一にしたものである。そうすると、この検討からも、当業者が上記周知の課題に鑑み、セラミックス製の転動体を用いる引用発明に、SiやMnを含有する鋼でなる転動体を用いる引用文献2及び3に記載された技術的事項を適用する動機付けが認められる。
以上より、引用発明において、セラミックス製の転動体を用いる代わりに引用文献2及び3に記載された技術的事項を適用すること、すなわち、内輪、外輪、転動体に関し、上記相違点2に係る条件を満たす材料で形成することは、当業者が容易に想到し得たことである。

(3)相違点3について
ア 転がり接触のPV値、滑り速度Vについて
引用文献1には、転がり接触のPV値が2.53GPa・m/sで、滑り速度1.15m/sという、相違点3に係る本願発明の回転条件(PV値が100MPa・m/s以上、滑り速度Vが0.080m/s以上)よりも厳しい条件で、アンギュラ玉軸受の耐焼付き性を評価する試験を行うことが記載されている(上記第4の1(2)参照。)。
そして、引用発明のアンギュラ玉軸受をどのような回転条件で使用するかは、当該軸受が適用される工作機械の種類や運転条件等に応じて当業者が適宜決定し得た事項であると認められるところ、引用発明におけるアンギュラ玉軸受を、当該耐焼付き性試験よりも緩やかな条件である、PV値が100MPa・m/s以上、滑り速度Vが0.080m/s以上の回転条件で使用することは、当業者が容易に想到し得たことである。

イ Dmn値について
引用発明における、dmn値140万を超えるような高速回転条件は、本願発明における「Dmn値が80万以上の回転条件」という数値範囲に包含されるものであり、数値範囲の重複部分において両発明に差異はない。
そして、引用発明のアンギュラ玉軸受をどのような回転条件で使用するかは、当該軸受が適用される工作機械主軸の種類や運転条件等に応じて当業者が適宜決定し得た事項であると認められるところ、引用発明におけるアンギュラ玉軸受を、より緩やかな条件であるdmn値が80万以上という回転条件で使用することは、当業者が容易に想到し得たことである。

そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本願発明の奏する作用効果は、引用発明、引用文献2及び3に記載の技術的事項、並びに周知技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

よって、本願発明は、引用発明、引用文献2及び3に記載の技術的事項、並びに周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 審判請求人の主張について
(1)本願発明における回転条件について
審判請求人は、平成31年1月4日の意見書において、
「5.アンギュラ玉軸受では、接触角が大きい(15?30°)ため、転がり接触部の滑り速度V(スピン滑り及びジャイロ滑り)が大きくなり、深溝玉軸受(接触角5?10°程度)に比べると転がり接触部の摩耗や焼付が起きやすくなります。そのため、滑り速度VやPV値、Dmn値が高くなると、摩耗や焼付きを起こし易くなります。
そこで本出願人は、転動体を特定の組成及び表層部組織にして内外輪よりも強化することともに、基油粘度を規定したグリース潤滑方式にすることにより、PV値が100MPa・m/s以上、滑り速度Vが0.080m/s以上、Dmn値が80万以上である回転条件でも耐焼き付き性に優れることを知見し、本願発明に至っております。
即ち、図5に示すように、特定の鋼材組成及び表層部組織を有する転動体を備える実施例の軸受では、90%信頼度の限界PV値が280MPaとなり、SUJ2製の玉を用いた比較例の軸受に対して40%以上大きくすることができます。安全率を考慮すると、PV値が100MPa以上で本願発明の効果が発揮されます。
また、図6に示すように、回転速度が12000min^(-1)(Dmn値が77万)以上であると、実施例の軸受は比較例の軸受よりも、トルク減少率が13%以上も向上しています。Dmn値の規定は、安全率を考慮して『80万以上』にしています。

6.尚、拒絶理由通知書の(2)相違点1の検討、(3)相違点2の検討において『Dmn値やPV値の臨界的意義は認められない』と認定されております。
しかしながら、本願発明では、累積破損確率やトルク減少率からPV値やDmn値をそれぞれ規定しており、単に工作機械主軸用転がり軸受の使用環境を例示したものではありません。特定の鋼材組成及び表層部組織を有する転動体を備え、特定の基油を用いたグリース潤滑を行うことにより、特定の回転条件において優れた耐焼き付き性が得られることを示しており、十分に臨界的意義があるものと確信致します。同じグリース潤滑でも、特定の鋼材組成及び表層部組織から外れると、特定の回転条件では目的とする耐焼き付き性が得られません。」
と主張している。

上記主張について検討するに、本願明細書には、次の記載がある(下線部は当審で付した。)。
「【0032】
同じ試験軸受Jを実施例および比較例の軸受で7組ずつ用意して、この試験を各7回行った。その結果をワイブル図表へプロットしたグラフを図5に示す。限界PV値の平均値は、実施例の軸受で330Pa・m/s、比較例の軸受で280Pa・m/sであった。また、図5のグラフから、実施例の軸受の90%信頼度を有する限界PV値は280Pa・m/s程度、比較例の軸受の90%信頼度を有する限界PV値は190Pa・m/s程度であり、比較例の軸受の99%信頼度を有する限界PV値は110Pa・m/s程度であることが分かる。
【0033】
すなわち、実施例の軸受によれば、90%信頼度を有する限界PV値を比較例の軸受の40%以上(約47%)大きくすることができる。また、安全率を考慮した場合、PV値が100Pa・m/s以上の場合に、実施例の軸受による効果が発揮できると言える。
また、この試験における等速回転の回転速度と、各7回の試験での平均トルクとの関係を図6にグラフで示す。このグラフに、実施例の軸受の平均トルクの、比較例の軸受の平均トルクに対するトルク減少率を、併せて示す。図6のグラフから分かるように、回転速度が11000min^(-1)(Dmn値が70万)以上であると、実施例の軸受は比較例の軸受よりもトルクが低く、特に、回転速度が12000min^(-1)(Dmn値が77万)以上であると、トルク減少率が13%以上になっている。」

上記記載に鑑みれば、本願発明の軸受の限界PV値(上限値)については実験的に求めているといえるものの、PV値の下限値については単に「安全率を考慮」して設定したに過ぎないから、「PV値が100Pa・m/s以上」である場合に格別顕著な効果を奏するとは認められない。
また、Dmn値についても、図6の図示内容に鑑みれば、「80万」という数値の前後でトルク減少率に格別顕著な差異があるとはいえない(図6において、回転速度が12000?13000min^(-1)の範囲において、トルク減少率に大きな変動は認められない。)。
さらに、「滑り速度Vが0.080m/s以上」という条件に関する意義や効果については、本願明細書、上記意見書のいずれにおいても具体的に説明されていない。
したがって、上記主張を採用することはできず、本願発明における回転条件(PV値、滑り速度V、及びDmn値の下限値)に臨界的な意義を見出すことはできない。

(2)引用発明と引用文献2、3に記載された技術の組合せについて
審判請求人は、同意見書において、
「8.これに対して引用文献1には、表面に直線状の転位組織にして強靭化したセラミックス製転動体を備える工作機械主軸用アンギュラ玉軸受が、dmn値が140万を超えるような高速回転条件下で使用されても摩耗や焼付き等の損傷が生じ難く、長寿命であることが記載されています。
しかしながら、引用文献1は、転動体が鋼製であるときにも同様の効果が得られることを示しておりません。
また、引用文献1にはグリース潤滑方式も可能になることが記載されていますが、実施例では、潤滑油『ISO VG22』による四球試験しかありません。この試験方法は、本願発明が規定する回転条件とは異なります。
更に、鋼製転動体で代替することを示すような記載もなく、鋼製転動体に代替しても同様の効果が得られるのか、全く不明です。
このように、引用文献1は、あくまでも、強靱化したセラミックス製転動体を備える転がり軸受が、dmn値が140万を超えるような高速回転で、グリース潤滑が可能になることを示しているにすぎません。

9.引用文献4に、セラミックス製転動体がコスト面に課題があり、SiやMnを含有し、浸炭窒化処理して転動体や軌道面の残留オーステナイト量を調整した鋼製転動体に代替することを示す記載があります。
そして、引用文献2、3が挙げられていますが、同引用文献に記載の鋼製転動体が適当であるか推察できるとは思われません。

10.引用文献2、3ともに、SiやMnを含有し、表面の残留オーステナイト量を調整した鋼製転動体を備える転がり軸受ですが、両引用文献ともに、潤滑油による潤滑で、異物混入下での寿命を検証しています。しかも、使用している潤滑油は『VG68』であり、その40℃における動粘度は61.2?74.8mm^(2)/sで、本願発明で規定する基油の動粘度よりも高粘度であり、高速回転には適しません。高速回転用の潤滑油または基油の動粘度は、拒絶査定時に挙げられている引用文献3(特開2008-121888号公報)や、本願明細書の段落[0003]に記載されているように50mm^(2)/s(40℃)以下が適当とされています。
また、引用文献2において用途に挙げられているのは、自動車、農業機械、建設機械、鉄鋼機械等のトランスミッションやエンジンですが、これらは本願発明の回転条件に相当する用途ではありません。例えば第5実施例において、呼び番号6206の深溝玉軸受を用いて寿命試験を行っていますが、Dm=(30mm+62mm)÷2=46mm、n=3000min^(-1)ですので、Dmn値は13.8万になり、本願発明の回転条件であるDmn値80万以上を大きく下回ります。
引用文献3でも、試験2で呼び番号6206の深溝玉軸受を3000min^(-1)で回転させており、Dmn値は引用文献2と同じく13.8万になります。
このように、引用文献2、3の転がり軸受はともに、中・低速回転条件下では耐摩耗性などの効果が得られることを知見できますが、引用文献1のような高速回転条件下でも同様の効果が得られるのか不明です。そのため、高速回転下での耐久性を高めることを目的とする引用文献1と組み合わせる技術的根拠を見出せないと言っても過言ではありません。」
と主張している。

上記主張について検討するに、引用文献1には、セラミックス製の転動体を鋼製転動体で代替することを明確に示唆する記載はないものの、上記1(2)で説示したとおり、セラミックスのコスト等に関する周知の課題に鑑みると、当業者であれば、引用発明において、セラミックス製の転動体に代えて、耐焼付性や耐摩耗性を向上させた鋼製転動体や軌道輪を用いることは、十分に動機付けられるというべきである。
また、引用文献2や3に、当該転がり軸受を高速回転条件下でも使用できることについて明確に示唆する記載がないとしても、引用文献2及び3に記載された技術的事項によって耐摩耗性や耐焼付性を向上させた鋼製転動体や軌道輪が、高速回転条件下においても効果を発揮し得ることは、引用文献4から十分に予測し得ることといえるから、引用発明に引用文献2及び3に記載された技術的事項を適用することに格別の技術的困難性があったとはいえない。
そして、引用発明に、転がり軸受という同一技術分野に属する引用文献2及び3に記載された技術的事項を組み合わせることを妨げる、他の特段の事情もないことから、引用発明において、引用文献2及び3に記載された内輪、外輪、転動体に関する技術的事項を適用することは、当業者にとって容易であったといわざるを得ない。
よって、上記主張は採用できない。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、引用文献2及び3に記載された技術的事項、並びに周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-01-24 
結審通知日 2019-01-29 
審決日 2019-02-12 
出願番号 特願2014-512585(P2014-512585)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岩谷 一臣佐々木 訓  
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 藤田 和英
尾崎 和寛
発明の名称 転がり軸受  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  

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