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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C10M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C10M
審判 全部申し立て 2項進歩性  C10M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C10M
管理番号 1350675
異議申立番号 異議2018-700961  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-29 
確定日 2019-04-04 
異議申立件数
事件の表示 特許第6334503号発明「潤滑油組成物及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6334503号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6334503号の請求項1?9に係る特許(以下、各請求項に係る特許を項番に合わせて「本件特許1」などといい、まとめて「本件特許」という。)についての出願は、平成27年12月7日に出願され、平成30年5月11日にその特許権の設定登録がされ、平成30年5月30日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対し、平成30年11月29日に特許異議申立人は、特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
本件特許1?9に係る発明(以下、本件特許に合わせて「本件発明1」などといい、まとめて「本件発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
潤滑油基油、金属系清浄剤、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物、及びホウ素含有化合物を含有し、直噴機構と過給機構が搭載された過給直噴エンジンに用いられる潤滑油組成物であって、
前記潤滑油基油は、100℃における動粘度が3?5mm^(2)/sであり、且つ、n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cp)が80%以上であり、
前記金属系清浄剤は、
カルシウムサリシレート及びマグネシウムスルホネート、又は、カルシウムサリシレート、カルシウムスルホネート、及びマグネシウムスルホネートを含有し、
前記潤滑油組成物が、無灰摩擦調整剤を任意で含有し、
前記潤滑油組成物において、カルシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.12?0.16質量%であるとともに、モリブデン原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.05?0.10質量%であり、
前記潤滑油組成物において、前記金属系清浄剤としてカルシウムスルホネートをマグネシウムスルホネートと併用する場合、マグネシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.02?0.06質量%であり、前記金属系清浄剤としてカルシウムスルホネートをマグネシウムスルホネートと併用しない場合、マグネシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.04?0.08質量%であり、
前記潤滑油組成物における前記ホウ素含有化合物のホウ素原子の含有量が、前記潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上であり、
かつ、下記式(1)で算出されるXが0.050未満である潤滑油組成物。
X=3.8×10^(-2)-2.7×10^(-4)×[A]-4.2×10^(-1)×[B]+5.4×10^(-1)×[C]-5.2×10^(-3)×[D]+7.3×10^(-3)×[E]・・・(1)
(上記式(1)中、
[A]は、カルシウムサリシレート、カルシウムスルホネート及びカルシウムフェネートに由来する石けん分の総質量のうち、カルシウムスルホネート由来の石けん分が占める割合(質量%)、
[B]は、マグネシウムスルホネートのマグネシウム原子換算の含有量(質量%)、
[C]は、潤滑油組成物に含まれるホウ素原子の含有量(質量%)、
[D]は、無灰摩擦調整剤の含有量(質量%)、
[E]は、下記式(2)で算出されるE
E=([A]+1)×([B]+0.001)・・・(2)
を表す。なお、[B]?[D]の値は、潤滑油組成物全量基準の値である。)
【請求項2】
潤滑油組成物における、カルシウム原子の含有量とマグネシウム原子の含有量の合計が、潤滑油組成物全量基準で0.3質量%以下である請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
前記ホウ素含有化合物が、ホウ酸化分散剤、アルカリ金属ホウ酸塩、ホウ酸化エポキシド、ホウ酸エステル、ホウ酸化脂肪アミン、及びホウ酸化アミドからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1又は2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
さらにホウ素非含有コハク酸イミド類を含有する請求項1?3のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
前記無灰摩擦調整剤が、エステル系無灰摩擦調整剤及びアミン系無灰摩擦調整剤からなる群から選択される少なくとも1種である請求項1?4のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項6】
さらに、粘度指数向上剤、流動点降下剤、耐摩耗剤、酸化防止剤、及び消泡剤からなる群から選ばれる1種以上の潤滑油用添加剤を含む、請求項1?5のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項7】
100℃における動粘度が12.5mm^(2)/s未満であり、かつ、150℃における高温高せん断粘度(HTHS粘度)が3.5mPa・s未満である、請求項1?6のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項8】
塩基価が4?10mgKOH/gである、請求項1?7のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項9】
潤滑油基油に、少なくとも金属系清浄剤、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物、及びホウ素含有化合物を配合し、直噴機構と過給機構が搭載された過給直噴エンジンに用いられる潤滑油組成物を得る潤滑油組成物の製造方法であって、
前記潤滑油基油は、100℃における動粘度が3?5mm^(2)/sであり、且つ、n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cp)が80%以上であり、
前記金属系清浄剤は、
カルシウムサリシレート及びマグネシウムスルホネート、又は、カルシウムサリシレート、カルシウムスルホネート、及びマグネシウムスルホネートを含有し、
潤滑油基油には、さらに無灰摩擦調整剤を任意で配合し、
前記潤滑油組成物において、カルシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.12?0.16質量%であるとともに、モリブデン原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.05?0.10質量%であり、
前記潤滑油組成物において、前記金属系清浄剤としてカルシウムスルホネートをマグネシウムスルホネートと併用する場合、マグネシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.02?0.06質量%であり、前記金属系清浄剤としてカルシウムスルホネートをマグネシウムスルホネートと併用しない場合、マグネシウム原子の含有量が潤滑油組成物全量基準で0.04?0.08質量%であり、
前記潤滑油組成物における前記ホウ素含有化合物のホウ素原子の含有量が、前記潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上であり、
かつ、下記式(1)で算出されるXが0.050未満となるように調整した潤滑油組成物の製造方法。
X=3.8×10^(-2)-2.7×10^(-4)×[A]-4.2×10^(-1)×[B]+5.4×10^(-1)×[C]-5.2×10^(-3)×[D]+7.3×10^(-3)×[E]・・・(1)
(上記式(1)中、
[A]は、カルシウムサリシレート、カルシウムスルホネート及びカルシウムフェネートに由来する石けん分の総質量のうち、カルシウムスルホネート由来の石けん分が占める割合(質量%)、
[B]は、マグネシウムスルホネートのマグネシウム原子換算の含有量(質量%)、
[C]は、潤滑油組成物に含まれるホウ素原子の含有量(質量%)、
[D]は、無灰摩擦調整剤の含有量(質量%)、
[E]は、下記式(2)で算出されるE
E=([A]+1)×([B]+0.001)・・・(2)
を表す。なお、[B]?[D]は、潤滑油組成物全量基準の値である。)」

第3 申立理由の概要
1 特許異議申立人が申立ての根拠とする法条は、次のとおりである。
(1) 新規性:特許法第29条第1項第3号、同項第1号(同法第113条 第2号)
(2) 進歩性:特許法第29条第2項(同法第113条第2号)
(3) サポート要件・実施可能要件:特許法第36条第6項第1号、同条第 4項第1号(同法第113条第4号)

2 新規性進歩性に係る証拠
特許異議申立人が提出した、新規性進歩性に係る証拠は、次のとおりである。
・甲第1号証:特開2011-214004号公報
・甲第2号証:SOUTHWEST RESEARCH INSTITU TE「Mack T12 Engine Test」、イ ンターネット上に下記URLで平成25年に公表。
https://www.swri.org/sites/default/files/mack-t-12.p
df
・甲第3号証:特開2012-111820号公報
・甲第4号証:国際公開第2011/027730号
・甲第5号証:特開2012-46555号公報
・甲第6号証:特開2015-61906号公報
・甲第7号証:特開2015-209847号公報
・甲第8号証:米国特許出願公開第2015/0322367号明細書
(特表2017-514982号公報参照)
・甲第9号証:特開2000-192068号公報

第4 新規性進歩性についての当審の判断
1 甲第1?9号証の記載事項
甲第1?9号証(以下、「甲1」などという。)には、次の事項が記載されている。
(1) 甲1の記載事項
・「【0007】
潤滑粘度の油
潤滑粘度の油は、グループI、II、III、IVまたはVベースストック、合成エステルベースストックまたはそれらの混合物から選択され得る。ベースストックのグループは、American Petroleum Institute (API)出版物「Engine Oil Licensing and Certification System」、Industry Services Department、第14版、1996年12月、付録1、1998年12月に規定されている。ベースストックは、好ましくは100℃で3?12mm^(2)/s(cSt.)、より好ましくは4?10mm^(2)/s(cSt.)、最も好ましくは4.5?8mm^(2)/s(cSt.)の粘度を有する。
【0008】
(a)グループI鉱物油ベースストックは、90%未満の飽和物および/または0.03%を超える硫黄を含有し、以下の表Aに記載の試験方法を使用して80以上120未満の粘度指数を有する。
(b)グループII鉱物油ベースストックは、90%以上の飽和物および0.03%以下の硫黄を含有し、以下の表Aに記載の試験方法を使用して80以上120未満の粘度指数を有する。
(c)グループIII鉱物油ベースストックは、90%以上の飽和物および0.03%以下の硫黄を含有し、以下の表Aに記載の試験方法を使用して120以上の粘度指数を有する。
(d)グループIVベースストックは、ポリアルファオレフィン(PAO)である。
(e)使用され得る好適なエステルベースストックは、ジカルボン酸(例えば、フタル酸、コハク酸、アルキルコハク酸、アルケニルコハク酸、マレイン酸、アゼライン酸、スベリン酸、セバシン酸、フマル酸、アジピン酸、リノール酸二量体、マロン酸、アルキルマロン酸、アルケニルマロン酸等)の、様々なアルコール(例えば、ブチルアルコール、ヘキシルアルコール、ドデシルアルコール2-エチルヘキシルアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコールモノエーテル、プロピレングリコール等)とのエステルを含む。これらのエステルの具体例には、アジピン酸ジブチル、セバシン酸ジ(e-エチルヘキシル)、フマル酸ジ-n-ヘキシル(din-n-hexyl fumarate)、セバシン酸ジオクチル、アゼライン酸ジイソオクチル、アゼライン酸ジイソデシル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジデシル、セバシン酸ジエイコシル、リノール酸二量体の2-エチルヘキシルジエステル、1モルのセバシン酸を2モルのテトラエチレングリコールおよび2モルの2-エチルヘキサン酸と反応させることにより形成される複合エステル等が含まれる。」
・「【0020】
分散剤は、米国特許第3,087,936号および米国特許第3,254,025号に一般的に教示されるように、ホウ素化等の様々な従来の後処理によりさらに後処理され得る。分散剤のホウ素化は、アシル化窒素化合物1モル当たり約0.1?約20の原子割合のホウ素を提供するのに十分な量で、アシル窒素含有分散剤を酸化ホウ素、ハロゲン化ホウ素、ホウ素酸、およびホウ酸のエステル等のホウ素化合物で処理することにより、容易に達成される。有用な分散剤は、約0.05?約2.0質量%、例えば約0.05?約0.7質量%のホウ素を含有する。脱水ホウ酸ポリマー(主として(HBO2)3)として生成物中に存在するホウ素は、アミン塩、例えばジイミドのメタホウ酸塩として、分散剤イミドおよびジイミドに結合していると考えられる。ホウ素化は、約0.5?4質量%、例えば約1?約3質量%(アシル窒素化合物の質量を基準として)のホウ素化合物、好ましくはホウ酸を、通常はスラリーとして、アシル窒素化合物に添加し、撹拌しながら約135℃?約190℃、例えば140℃?170℃で約1?約5時間加熱し、続いて窒素ストリッピングを行うことにより実行することができる。あるいは、ホウ素処理は、水を除去しながらジカルボン酸材料およびアミンの高温反応混合物にホウ酸を添加することにより、実行することができる。当技術分野において一般に知られたその他の反応後プロセスもまた適用することができる。」
・「【0023】
無灰分散剤は、好適には、100%活性物質基準で4?10重量%、好ましくは約5?8重量%の量で存在する。分散剤は、少なくとも0.12重量%の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供すべきである。分散剤は、好適には、0.2重量%以下の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供する。好ましくは、分散剤は、0.12?0.17重量%の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供する。
分散剤により潤滑油組成物に提供される窒素含有量は、ASTM D5762の手順に従い決定することができる。
好ましい分散剤は、ポリイソブテニルが約400?3,000、好ましくは約900?2,500の数平均分子量(Mn)を有する、ホウ素化または非ホウ素化ポリイソブテニルスクシンイミド分散剤である。」
・「【0046】
本発明の潤滑組成物は、少量の油溶性モリブデン化合物を含有し得る。存在する場合には、モリブデン化合物からの少なくとも10ppmから約600ppmまでの量のモリブデンが、潤滑油組成物中に存在し得る。好ましくは、モリブデン化合物からの約10ppm?300ppmのモリブデンが使用される。より好ましくは、モリブデン化合物からの100ppm以下のモリブデンが使用される。これらの値は、潤滑組成物の質量を基準としている。
【0047】
摩擦調整剤
潤滑油組成物は、有機油溶性摩擦調整剤を含有し得る。典型的には、摩擦調整剤は、潤滑油組成物の約0.02?2.0重量%を構成し得る。
摩擦調整剤は、脂肪族アミンまたはエトキシル化脂肪族アミン、脂肪族脂肪酸アミド、脂肪族カルボン酸、ポリオールの脂肪族カルボン酸エステル、例えば好ましくはグリセロールオレエートで例示されるような脂肪酸のグリセロールエステル、脂肪族カルボン酸エステル-アミド、脂肪族ホスホネート、脂肪族チオホスフェート等の化合物を含み、脂肪族基は通常、化合物を好適に油溶性とするように、約8個を超える炭素原子を含有する。また、1種または複数の脂肪族コハク酸または無水物をアンモニアと反応させることにより形成される、脂肪族置換スクシンイミドも好適である。
潤滑油流動性向上剤としても知られる流動点降下剤は、流体が流動するかまたは注がれ得る最低温度を低下させる。そのような添加剤は周知である。流体の低温流動性を改善するそれらの添加剤の典型的なものは、C_(8)-C_(18)ジアルキルフマレート/酢酸ビニルコポリマー、ポリアルキルメタクリレート等である。これらの添加剤は、0.01?5.0重量%、好ましくは約0.1?3.0重量%の量で使用され得る。好ましくは、これらの添加剤は、鉱物油ベースストックが用いられる場合に使用されるが、ベースストックがPAOまたは合成エステルである場合、一般的には必要とされない。
泡の制御は、ポリシロキサン型の消泡剤、例えばシリコーン油またはポリジメチルシロキサン等を含む多くの化合物により提供され得る。
上述の添加剤のいくつかは、多様な効果を提供することができ、したがって、例えば単一の添加剤が分散剤-酸化阻害剤として作用し得る。この手法は周知であり、さらなる説明は必要ない。
個々の添加剤は、任意の好都合な様式でベースストック中に組み込むことができる。したがって、成分のそれぞれは、所望のレベルの濃度でベースストックまたは基油ブレンドに分散または溶解させることにより、ベースストックまたは基油ブレンドに直接添加することができる。そのようなブレンドは、周囲温度または高温で行うことができる。生成物を含む本発明は、添加剤成分を混合して潤滑油組成物を形成することから得られる。」
・「【実施例】
【0049】
ここで、以下の例示的な例を参照しながら本発明をさらに説明するが、例において、すべての量は100%活性物質基準で示されている(すなわち、任意の希釈油を除く)。
(例1)
【0050】
数平均分子量(Mn)が2225のポリイソブテニルから作製したポリイソブテニルスクシンイミド分散剤4.8質量%、数平均分子量(Mn)が950のポリイソブテニルから作製したポリイソブテニルスクシンイミド分散剤1.08質量%、321TBN過塩基性サリチル酸カルシウム洗浄剤0.74質量%および565TBN過塩基性サリチル酸カルシウム洗浄剤0.34質量%、709TBN過塩基性スルホン酸マグネシウム洗浄剤0.43質量%、HiTec5777分散剤-粘度調整剤0.84質量%、ならびに追加的なジアルキルジチオリン酸亜鉛、有機ジチオカルバミン酸モリブデンおよび酸化防止剤を含む添加剤パッケージを、グループIおよびグループIII基油の混合物を含むベースストックに混合することにより、潤滑油組成物である油Aを調製した。油Aは、硫酸灰分0.96重量%、リン0.08重量%、硫黄0.21重量%、原子ホウ素130ppm、モリブデン50ppm、カルシウム0.153質量%およびマグネシウム0.069質量%を含んでいた。油Aのサリチレート石鹸含有量は8.8mmolであり、この油の全石鹸含有量は0.85質量%の石鹸であった。サリチル酸カルシウム洗浄剤は、硫酸灰分としてカルシウム0.5質量%を有する潤滑油組成物を提供する。分散剤は、窒素0.135質量%を有する潤滑油組成物を提供し、0.096質量%のNは高分子量分散剤により提供され、0.039質量%は低分子量分散剤により提供される。
【0051】
次いで油Aを、より一般的にはMack T-12として知られるASTM D7422エンジン試験に供した。Mack T-12試験は、EGRシステムを装備したエンジンにおける磨耗を最小限化する油の能力を評価するために設計されている。Mack T-12エンジン試験は、API CJ-4およびACEA E6性能分類の一部である。
使用したエンジンは、定格が460bhpおよび1,800rpmである、EGRシステムを有する改造型Mack E7 E-Tech460である。試験は300時間にわたり行い、試験の最後に、ピストンリングの磨耗、シリンダライナの磨耗、鉛ベアリングの腐食、油消費量および酸化を評価する。
油Aに対する合格/不合格限界および結果を、以下の表1に記載する。
【0052】
表1


(2) 甲2の記載事項
「Mack T12 Engine Test」について、甲第2号証の「Objective」の項には、日本語訳にして、次の記載がある。
・「目的
排気ガス再循環器装置(EGR)搭載した、超低硫黄ディーゼル燃料で稼動するターボチャージャーおよびインタークーラー付きディーゼルエンジンにおけるエンジン潤滑油の磨耗性能を評価する。」
(3) 甲3の記載事項
・「【0055】
【表1】


(4) 甲4の記載事項
・「[0098][表1]


(5) 甲5の記載事項
・「【請求項1】
(A)成分として有機モリブデン化合物、(B)成分として100℃の動粘度が25mm^(2)/秒以上の基油、(C)成分として100℃の動粘度が12.5mm^(2)/秒未満の基油を含有し、100℃の動粘度が5mm^(2)/秒?12.5mm^(2)/秒で、且つリン含量が800ppm以下であることを特徴とする内燃機関用潤滑油組成物。」
・「【0007】
従って、本発明が解決しようとする課題は、優れた省燃費性を維持しながら、高温デポジット防止性能を有する内燃機関用潤滑油組成物を提供することにある。」
・「【0025】
本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、100℃における動粘度が5mm^(2)/秒?12.5mm^(2)/秒である。5mm^(2)/秒未満になると、油膜が十分に形成されず摺動面で磨耗が生じる恐れがあり、12.5mm^(2)/秒より大きくなると油膜が厚くなりすぎて摩擦損失が増加して省燃費性能を損なう問題が生じる。」
(6) 甲6の記載事項
・「【0011】
本発明の一態様は、基油の特徴を対象としており、これに関して、潤滑粘度の基油は110よりも大きい粘度指数を有する。より詳細には、潤滑油の基油は、ASTM D4683によって測定される150℃において2.9mPa・s未満のHTHS粘度を有するように選択される。基油及び添加剤のこのような他の特徴は、潤滑油組成物がSAE粘度グレード0W20を満たすよう処方されるように選択することができる。適切な基油の選択において、粘性がより低いことは本発明の潤滑組成物の摩擦特性に改善をもたらすため、一態様は、ASTM D4683によって測定される150℃において2.6mPa・s未満のHTHS粘度を有する潤滑油の基油を有することができる潤滑油組成物、更には、ASTM D4683によって測定される150℃において2.3mPa・s未満のHTHS粘度を有する潤滑油の基油を対象とする。これに関して、潤滑油組成物は、3重量%未満の粘度指数向上剤成分を含有するように処方することができる。さらなる態様において、潤滑組成物は、実質的に粘度指数向上剤成分を含有しない。」
・「【0112】
エンジン油組成物は、ASTM D4683によって測定される優れた150℃における高温高せん断(HTHS)粘度を有する。好ましくは、エンジン油組成物の150℃におけるHTHS粘度は、2.9mPa・s未満、2.6mPa・s未満、2.4mPa・s未満、2.3mPa・s未満、2.0mPa・s未満、1.9mPa・s未満、1.8mPa・s未満、又は1.5mPa・s未満である。」
(7) 甲7の記載事項
・「【0020】
過塩基性洗浄剤(過塩基性マグネシウム洗浄剤および場合によりカルシウムおよび/またはナトリウム等の他の金属を主成分とする過塩基性洗浄剤を含む)は、約4?約10mgKOH/g、好ましくは約5?約8mgKOH/gのTBNを持つ潤滑油組成物をもたらす量で使用されることが好ましい。マグネシウム以外の金属を主成分とする過塩基性灰分-含有洗浄剤は、過塩基性洗浄剤によって与えられる該潤滑油組成物に係るTBNの60%以下、例えば50%以下または40%以下を与える量にて存在する。好ましくは、本発明の潤滑油組成物は、カルシウムを主成分とする過塩基性灰分-含有洗浄剤を、過塩基性洗浄剤によって該潤滑油組成物に与えられる上記全TBNの約40%以下をもたらす量にて含む。過塩基性マグネシウム洗浄剤の組合せ(例えば、過塩基性マグネシウムサリチレートおよび過塩基性マグネシウムスルホネート;または各々150を超える異なるTBNを持つ、2種またはそれ以上のマグネシウム洗浄剤)を使用することも可能である。好ましくは、該過塩基性マグネシウム洗浄剤は、少なくとも約200、例えば約200?約500、好ましくは少なくとも約250、例えば約250?約500、より好ましくは少なくとも約300、例えば約300?約450のTBNを持ち、または平均してこのようなTBNを持つであろう。」
(8) 甲8の記載事項
甲8には、日本語訳にして、次の記載がある。
なお、日本語訳として、甲8のパテントファミリーである特表2017-514982号公報の記載を用い、その段落番号などもそのまま援用した。
ア (甲8の「SUMMARY」[0011]の日本語訳)
・「【0009】
(要旨)
本開示は、一部、内部燃焼エンジン(internal combustion engines)において特に有用であり、かつ内部燃焼エンジンにおいて使用される時にプレイグニッションの問題を防止または最小化するであろう新規潤滑油配合物に関する。本開示の潤滑油組成物は、潤滑油混合ガソリン燃料による火花点火エンジンにおいて有用である。本開示の潤滑剤配合物(lubricant formulation)の化学的性質(chemistry)は、すでに設計されたか、または市販されているエンジン、ならびに将来的なエンジン技術においてLSPIの有害作用を防止または制御するために使用することができる。本開示の潤滑剤配合物の化学的性質は、OEM技術および効率改善に対する障壁を取り除き、および現在LSPIによって妨げられている低速化されたターボ過給ガソリンエンジンのさらなる開発を可能にする。LSPIを防止または低減するための本開示によって得られる潤滑剤配合物による解決策は、LSPIに関して、製品の差別化を可能にする。」
イ (甲8の[0088]、[0089]の日本語訳)
・「【0072】
清浄剤によって提供されるマグネシウムおよびアルカリ土類金属は、約500ppm?約5000ppm、好ましくは約1000ppm?約2500ppmの量で潤滑油に存在する。清浄剤によって提供されるマグネシウムは、約100ppm?約3000ppm、好ましくは約300ppm?約2500ppm、より好ましくは約750ppm?約2000ppmの量で潤滑油に存在する。
【0073】
ASTM D2896によって測定される、清浄剤によって提供される全アルカリ化(TBN)は、約2mg KOH/g?約17mg KOH/g、好ましくは約4mg KOH/g?約14mg KOH/g、より好ましくは約6mg KOH/g?約12mg KOH/gの範囲である。マグネシウム清浄剤によって提供されるTBNは、約2mg KOH/g?約17mg KOH/g、好ましくは約3mg KOH/g?約14mg KOH/g、より好ましくは約5mg KOH/g?約10mg KOH/gの範囲である。」
ウ (甲8の[0095]の日本語訳)
・「【0079】
本開示において、少なくとも1種のホウ素含有化合物が有用である。ホウ素含有化合物は、少なくとも1種のホウ酸化分散剤、またはホウ素含有化合物と非ホウ酸化分散剤との混合物を含んでなる。ホウ酸化分散剤または他のホウ素含有添加剤からの配合物中のホウ素の有効な範囲は、30ppm?1500ppm、または60ppm?1000ppm、または120ppm?600ppmである。」
エ (甲8の[0154]?[0161]の日本語訳)
・「【0139】
例示的な摩擦変性剤としては、例えば、有機金属化合物もしくは材料、またはそれらの混合物が含まれてよい。本開示の潤滑エンジン油配合物において有用である例示的な有機金属摩擦変性剤としては、例えば、モリブデンアミン、モリブデンジアミン、モリブデンアミン、モリブデンジアミン、有機タングステネート、モリブデンジチオカルバメート、ジチオリン酸モリブデン、モリブデンアミン錯体、モリブデンカルボキシレートなど、およびそれらの混合が含まれる。同様のタングステンをベースとする化合物が好ましくなり得る。
【0140】
本開示の潤滑エンジン油配合物において有用な他の例示的な摩擦変性剤としては、例えば、アルキル化脂肪酸エステル、アルカノールアミド、ポリオール脂肪酸エステル、ホウ酸化グリセロール脂肪酸エステル、脂肪アルコールエーテルおよびそれらの混合物が含まれる。
【0141】
例示的なアルキル化脂肪酸エステルとしては、例えば、ポリオキシエチレンステアレート、脂肪酸ポリグリコールエステルなどが含まれる。これらは、ポリオキシプロピレンステアレート、ポリオキシブチレンステアレート、ポリオキシエチレンイソステアレート、ポリオキシプロピレンイソステアレート、ポリオキシエチレンパルミテートなどを含むことができる。
【0142】
例示的なアルカノールアミドには、例えば、ラウリン酸ジエチルアルカノールアミド、パルミチン酸ジエチルアルカノールアミドなどが含まれる。これらは、オレイン酸ジエチルアルカノールアミド、ステアリン酸ジエチルアルカノールアミド、オレイン酸ジエチルアルカノールアミド、ポリエトキシル化ヒドロカルビルアミド、ポリプロポキシル化ヒドロカルビルアミドなどを含むことができる。
【0143】
例示的なポリオール脂肪酸エステルとしては、例えば、グリセロールモノオレエート、飽和モノ-、ジ-およびトリグリセリドエステル、グリセロールモノステアレートなどが含まれる。これらは、ポリオールエステル、ヒドロキシル含有ポリオールエステルなどを含むことができる。
【0144】
例示的なホウ酸化グリセロール脂肪酸エステルには、例えば、ホウ酸化グリセロールモノオレエート、ホウ酸化飽和モノ-、ジ-およびトリグリセリドエステル、ホウ酸化グリセロールモノステアレートなどが含まれる。グリセロールポリオールに加えて、これらは、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリトール、ソルビタンなどを含むことができる。これらのエステルは、ポリオールモノカルボキシレートエステル、ポリオールジカルボン酸エステル、場合によって、ポリオールトリカルボキシレートエステルであることができる。好ましくは、グリセロールモノオレエート、グリセロールジオレエート、グリセロールトリオレエート、グリセロールモノステアレート、グリセロールジステアレート、ならびにグリセロールトリステアレートおよび相当するグリセロールモノパルミテート、グリセロールジパルミテートおよびグリセロールトリパルミテートおよびそれぞれのイソステアラート、リノーレエートであり得る。場合により、グリセロールエステル、ならびにこれらのいずれかを含有する混合物が好ましくなる可能性がある。根本ポリオールとしてグリセロールを特に使用して、ポリオールのエトキシル化、プロポキシル化、ブトキシル化脂肪酸エステルが好ましくなる可能性がある。
【0145】
例示的な脂肪アルコールエーテルとしては、例えば、ステアリルエーテル、ミリスチルエーテルなどが含まれる。C3?C50の炭素数を有するものを含むアルコールは、エトキシル化、プロポキシル化またはブトキシル化して、相当する脂肪酸アルキルエーテルを形成することができる。基本的なアルコール部分は、好ましくは、ステアリル、ミリスチル、C11?C13炭化水素、オレイル、イソステアリルなどであることができる。
【0146】
摩擦変性剤の有用な濃度は、0.01重量%?5重量%、または約0.1重量%?約2.5重量%、または約0.1重量%?約1.5重量%、または約0.1重量%?約1重量%の範囲であってよい。モリブデン含有材料の濃度は、しばしば、Mo金属濃度に関して記載される。Moの都合のよい濃度は25ppm?700ppm以上の範囲であってよく、しばしば好ましい範囲は50?200ppmである。全ての種類の摩擦変性剤は、単独で、または本開示のとの混合物で使用されてよい。しばしば、2種以上の摩擦変性剤の混合物、または別の表面活性化材料との摩擦変性剤の混合物も望ましい。」
オ (甲8の[0198]?[0204]、Fig.9(Cont.)の日本語訳)
・「【0184】
実施例F
配合物を図9に記載されるように調製した。本明細書で使用される全ての成分は、商業的に入手可能である。配合物中、グループII、III、IVおよびVベースストックを使用した。
【0185】
配合物中で使用される清浄剤は、中程度TBNサリチル酸カルシウム(サリチル酸カルシウム1)、低TBNサリチル酸カルシウム(サリチル酸カルシウム2)、高TBNサリチル酸カルシウム(サリチル酸カルシウム3)および高TBNスルホン酸マグネシウムであった。
【0186】
配合物中で使用される分散剤は、ホウ酸化スクシンイミド(約0.5に等しいB/N比を有するホウ酸化ポリイソブテニルスクシンイミドを含んでなる)、高分子量スクシンイミド(約1%の全窒素量を有するエチレンカーボネートキャップドビスポリイソブテニルスクシンイミド分散剤を含んでなる、高MWスクシンイミド分散剤1)および高分子量スクシンイミド(約1.2%の全窒素量を有するビスポリイソブテニルスクシンイミドを含んでなる、高MWスクシンイミド分散剤2)であった。
【0187】
配合物中で使用される抗摩耗剤は、第二級アルコールから誘導されたZDDP、または主に第二級アルコールからなる第一級および第二級アルコールから誘導されたZDDPであった。
【0188】
配合物中で使用される残りの成分は、粘度指数向上剤、酸化防止剤、分散剤、抗摩耗剤
、流動点降下剤、腐食抑制剤、金属不活性剤、シール適合性添加剤、消泡剤、抑制剤、抗さび添加剤および摩擦変性剤の1種以上であった。
【0189】
図9に記載される配合物に関して試験を行った。結果を図9に示す。硫酸灰分試験はASTM D874に基づいて決定した。カルシウム、マグネシウム、ホウ素、亜鉛およびリン含有量は、ASTM D6443に基づいて決定した。窒素含有量は、ASTM D3228に基づいて決定した。配合物に対するLSPI試験は、実際の適用時の影響を実証するため、量産車での実地試験プログラムで行なわれた。全ての油は、2.0Lの最新のターボ過給ガソリン直噴エンジンの車両で試験された。車両は15,000テストマイルの排油間隔で運転された。車両は、大多数の時間にわたり、エンジン油の過酷性を増加するため、頻繁なスタートおよびストップを伴ってシティ型運転環境で走った。
【0190】
この試験は、タクシー実地試験におけるLSPIに及ぼす3種の添加剤系(すなわち、清浄剤、分散剤および抗摩耗剤)の影響を評価した。図9に示すように、驚くべきことに、LSPI合格の結果は、スルホン酸マグネシウム、ホウ素供給源による二重分散剤系および第二級アルコール誘導ZDDPの組み合わせを使用する潤滑剤配合物、実施例9および10において生じた。エンジンが設計された通りに機能せず、しばしば、エンジン部品の破損が生じることを意味する不良の結果は、ホウ素供給源が存在しない、サリチル酸カルシウム清浄剤系を使用する場合に生じた(比較例20、21および22)。不良結果は、エンジンが通常に機能する能力に過酷に影響を及ぼし、さらには、エンジンの破滅的な不良を生じた。スルホン酸マグネシウム清浄剤、ホウ素供給源のない二重分散剤系および第二級アルコール誘導ZDDPを使用することは、驚くべきことに、いずれのエンジン不良ももたらさなかった。これらの実地試験の結果は、エンジン試験に適応可能な潤滑剤配合物の化学的特性の独特の組み合わせのみならず、これらおよびおそらくは他のエンジンの実際の運転も示す。」
・「【図9-2】


(9) 甲9の記載事項
・「【請求項1】 潤滑性基材に、(A1)成分として、下記の一般式(1)
【化1】

(式中、R^(1)?R^(4)は炭化水素基を表わすが、R^(1)?R^(4)は全てが同一の基であることは無い。X^(1)?X^(4)は硫黄原子又は酸素原子を表わす。)で表わされる非対称型硫化オキシモリブデンジチオカーバメート;(A2)成分として、下記の一般式(2)
【化2】

(式中、R^(5)は炭化水素基を表わし、X^(5)?X^(8)は硫黄原子又は酸素原子を表わす。)で表わされる対称型硫化オキシモリブデンジチオカーバメート;及び、(B)成分として、フェノール系酸化防止剤又はアミン系酸化防止剤を含有する潤滑性組成物。」

2 甲1を主たる証拠とする場合について
特許異議申立人は、甲1及び甲8を主たる証拠としているので、まず、甲1を主たる証拠とする場合について検討する。
(1) 甲1発明
甲1の【0050】には、例1として、次の成分組成を有する潤滑油組成物(油A)が記載されているといえる(以下、「甲1発明」という。)。
「・数平均分子量(Mn)が2225のポリイソブテニルから作製したポリイソブテニルスクシンイミド分散剤4.8質量%
・数平均分子量(Mn)が950のポリイソブテニルから作製したポリイソブテニルスクシンイミド分散剤1.08質量%
・321TBN過塩基性サリチル酸カルシウム洗浄剤0.74質量%
・565TBN過塩基性サリチル酸カルシウム洗浄剤0.34質量%
・709TBN過塩基性スルホン酸マグネシウム洗浄剤0.43質量%
・HiTec5777分散剤-粘度調整剤0.84質量%
・追加的なジアルキルジチオリン酸亜鉛、有機ジチオカルバミン酸モリブデンおよび酸化防止剤を含む添加剤パッケージ
を、
グループIおよびグループIII基油の混合物を含むベースストックに混合することにより調製した、潤滑油組成物である油Aであって、
油Aは、
・硫酸灰分0.96重量%
・リン0.08重量%
・硫黄0.21重量%
・原子ホウ素130ppm
・モリブデン50ppm
・カルシウム0.153質量%
・マグネシウム0.069質量%
を含んでおり、
油Aのサリチレート石鹸含有量は8.8mmolであり、この油の全石鹸含有量は0.85質量%の石鹸であり、サリチル酸カルシウム洗浄剤は、硫酸灰分としてカルシウム0.5質量%を有する潤滑油組成物を提供し、分散剤は、窒素0.135質量%を有する潤滑油組成物を提供し、0.096質量%のNは高分子量分散剤により提供され、0.039質量%は低分子量分散剤により提供されるもの。」
(2) 本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、次の点で相違し、その余の点で一致するものと認められる。
・相違点1:潤滑油基油について、本件発明1は、「100℃における動粘度が3?5mm^(2)/sであり、且つ、n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cp)が80%以上」と特定しているのに対して、甲1発明にはこのような特定がない点。
・相違点2:モリブデン原子の含有量について、本件発明1は、「潤滑油組成物全量基準で0.05?0.10質量%」と特定しているのに対して、甲1発明における当該含有量は、「50ppm」(=0.005質量%)である点。
・相違点3:本件発明1は、ホウ素含有化合物を含有し、当該ホウ素含有化合物のホウ素原子の含有量について、「潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上」と特定しているのに対して、甲1発明は、ホウ素含有化合物についての明示はなく、ホウ素原子の含有量については「原子ホウ素130ppm」としている点。
イ 相違点についての検討
事案にかんがみ、まず、相違点2、3について、併せて検討をする。
モリブデン及びホウ素に関連する記載に着目しながら甲1を仔細にみると、甲1の【0046】には、モリブデンに関して、「本発明の潤滑組成物は、少量の油溶性モリブデン化合物を含有し得る。存在する場合には、モリブデン化合物からの少なくとも10ppmから約600ppmまでの量のモリブデンが、潤滑油組成物中に存在し得る。」と記載され、また、甲1の【0020】及び【0023】には、ホウ素に関連する記載として、「分散剤は・・・ホウ素化等の様々な従来の後処理によりさらに後処理され得る。」、「好ましい分散剤は・・・ホウ素化または非ホウ素化ポリイソブテニルスクシンイミド分散剤である。」との記載を認めることができる。
しかしながら、これらの記載は、モリブデン原子の含有量とホウ素原子の含有量の両者を互いに関連付けて調整することまでを教示するものではないから、当該記載を参酌しても、甲1発明において、本件発明1の規定(上記相違点2、3に係る構成)を満たすように最適化することが容易想到の事項であるということはできない。
さらに、甲2?9の記載をみても、当該相違点2、3に係る構成を容易想到の事項とするに足りる記載は見当たらない。
そして、本件発明1は、当該相違点2、3に係る数値をはじめとする、本件発明1が規定する数値のすべてを最適な範囲に調整することにより、本件特許明細書の【0010】に記載された「本発明においては、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物を含有しモリブデン分が所定量以上で、かつ低カルシウム分でありながらも、高温清浄性を確保しつつ低い摩擦係数を実現することができる潤滑油組成物を提供する。」という顕著な作用効果を奏するものである。
ウ 特許異議申立人の主張について
(ア) 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、相違点2、3について、次のように主張する。
a 相違点2について(特許異議申立書第32頁の「x 構成要件L」の項からの抜粋)
甲1発明の例1(段落【0050】)には、「モリブデン50ppm」(=0.005%)と記載されており、0.05%に満たない。しかし、甲第1号証の段落【0046】には、「本発明の潤滑組成物は、少量の油溶性モリブデン化合物を含有し得る。存在する場合には、モリブデン化合物からの少なくとも10ppmから約600ppmまでの量のモリブデンが、潤滑油組成物中に存在し得る」と記載されている。したがって、甲第1号証には0.05?0.06%のモリブデンを含有する潤滑油組成物が記載されていると言え、甲1発明の例1中のモリブデンの含量を0.05?0.06%に調整することは当業者が適宜なし得ることである。
b 相違点3について(特許異議申立書第33、34頁の「xii 構成要件N」の項からの抜粋)
甲1発明の例1(段落【0050】)には、「原子ホウ素130ppm、モリブデン50ppm」と記載されており、ホウ素原子のモリブデン原子に対する比率は、2.6(=130/50)となり、上記要件を満たす。しかし、上記構成要件Lで議論したように甲1発明の例1のモリブデン含量が500?600ppmに調整されたと仮定すると、ホウ素原子のモリブデン原子に対する比率は0.217(=130/600)?0.26(=130/500)となる。
甲1発明は、不可欠又は好ましいホウ素の含有量について明示的に記載していない。しかし、甲第1号証の段落【0020】には、「分散剤は・・・ホウ素化等の様々な従来の後処理によりさらに後処理され得る。」と記載され、段落【0023】には、「好ましい分散剤は・・・ホウ素化または非ホウ素化ポリイソブテニルスクシンイミド分散剤である。」と記載されており、甲1発明にはこれ以外にホウ素に関する記載はない。そのため、甲1発明の例1中のホウ素は、段落【0020】および【0023】に記載された分散剤に由来すると考えるのが自然である。また、甲1発明の例1中の窒素も、この分散剤に由来することは明らかである。すなわち、甲1発明の例1中のホウ素および窒素の双方は、この分散剤に由来する。
さらに、甲第1号証の段落【0023】には、窒素原子に関して、「分散剤は、少なくとも0.12重量%の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供すべきである。分散剤は、好適には、0.2重量%以下の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供する。好ましくは、分散剤は、0.12?0.17重量%の原子窒素を有する潤滑油組成物を提供する。」と記載されている。
甲1発明の例1の組成中の分散剤からくる窒素は、0.135質量%(1350ppm)であり、窒素に対するホウ素の比率は、0.0963(130/1350)である。
なお、窒素原子は有機ジチオカルバミン酸モリブデンにも由来するが、その含有量は7.3ppm(=50×14/96)であって、上記1350ppmの点からは考慮する必要がないほどに小さい。
好ましい窒素の範囲(0.12質量%?0.2質量%)及び例1中に含まれるホウ素は分散剤に由来するという合理的な推測を前提に、好ましい窒素の範囲及び組成物中の窒素に対するホウ素の比率に基づいて甲1発明における好ましいホウ素の範囲を計算すると、(0.12質量%?0.2質量%)×0.0963=0.0116質量%?0.0193質量%(116ppm?193ppm)となる。
したがって、甲第1号証にはホウ素含有量が116?193ppmの潤滑油組成物が記載されていると言え、甲1発明の例1中のホウ素の含量を193ppmに調整することは当業者が適宜なし得ることである。そして、上記仮定したとおり甲1発明の例1のモリブデン含量が500?600ppmである場合、ホウ素のモリブデンに対する比率は0.322?0.386となり、0.3以上の要件を満たす。
(イ) 特許異議申立人の主張についての検討
a 特許異議申立人が、最終的に、「ホウ素のモリブデンに対する比率は0.322?0.386」となると推論する算出過程を整理すると、次の(i)?(iii)のとおりである。
(i) 甲1発明に係る潤滑油組成物(油A)は、ホウ素原子を130ppm含有するとともに、分散剤は、窒素0.135質量%(1350ppm)を有する潤滑油組成物を提供するものであるから、これらの数値から、窒素に対するホウ素の比率として、0.0963(=130/1350)を算出する。
(ii) 当該比率(0.0963)と、甲1の【0023】記載の窒素含有量(0.12?0.2重量%)とから、ホウ素含有量として、0.0116?0.0193重量%(=0.12×0.0963?0.2×0.0963)を算出し、その最大値である0.0193重量%(193ppm)を選択する。
(iii) 当該最大値(193ppm)と、甲1の【0050】記載のモリブデン含有量(10?600ppm)から選択した500?600ppmとから、ホウ素のモリブデンに対する比率として、0.322?0.386(=193/600?193/500)を算出する。
b しかしながら、当該算出過程には、合理的な理由は見当たらず、当該算出過程が、当業者にとって容易に想到し得るものとも認められない。
その理由は以下のとおりである。
まず、上記(i)は、甲1発明に係る潤滑油組成物(油A)におけるホウ素及び窒素はすべて、ホウ素化された分散剤に由来することを前提とするものである。しかし、甲1発明は分散剤について、「分散剤は、窒素0.135質量%を有する潤滑油組成物を提供し、0.096質量%のNは高分子量分散剤により提供され、0.039質量%は低分子量分散剤により提供されるもの」と特定していることから、当該分散剤は、高分子量分散剤及び低分子量分散剤から構成されるものであることが分かるところ、これらの分散剤がいずれもホウ素化されたものであるとまではいえないから、上記(i)は、その前提において既に不確かなものといわざるを得ない。
また、上記(i)は、甲1に記載された「例1」という特定の具体例における比率(0.0963)にすぎず、この比率を、不変のものとして用いる合理的な理由はない。さらに、上記算出過程は、上記(ii)のとおり、算出されたホウ素含有量(116?193ppm)の中から、193ppmのみを抜き出し、その上、上記(iii)のとおり、モリブデン含有量(10?600ppm)の中から、500?600ppmのみを抜き出し、これらの数値から、最終的に、「ホウ素のモリブデンに対する比率が0.322?0.386」であることを導出するものであるところ、このように特定のホウ素含有量及び特定のモリブデン含有量を抜き出して算出根拠とする合理的な理由は見当たらない。そして、このような算出過程を、当業者が容易に想到し得るとは到底認められない。
c そうである以上、当該算出過程は、結果的に本件発明1の数値範囲内に収まるように、恣意的に、甲1記載の諸数値の中から、特定の数値を抜き出したものというほかないから、当該算出過程により得られた数値を、進歩性の判断の根拠として採用することはできない。
d したがって、特許異議申立人の上記主張を採用して、上記相違点2、3に係る本件発明1の構成について、当業者が容易に想到し得る事項ということはできない。また、ほかに当該構成が容易想到の事項であると認めるに足りる証拠は見当たらない。
エ 小括
以上のとおり、上記相違点2、3は、実質的な相違点であるとともに、当該相違点に係る本件発明1の構成が容易想到の事項であるとも認められないから、上記相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するものと認められる。
(3) 本件発明2?8について
本件発明2?8は、本件発明1の発明特定事項をすべて具備するものであるところ、上記(2)のとおり、本件発明1は甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するのであるから、本件発明2?8も同様に、甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するものである。
(4) 本件発明9について
本件発明9は、実質的に本件発明1に係る潤滑油組成物の製造方法にあたるものであり、また、甲1には、上記甲1発明に係る潤滑油組成物の各成分を調製して、当該潤滑油組成物を得る、製造方法についての発明も記載されているといえるところ、上記(2)において検討した相違点は、本件発明9と甲1に記載された製造方法の発明との比較においても生じるものであって、当該相違点が、実質的な相違点であり、かつ、容易想到の事項ではないことは、上記(2)のとおりである。
したがって、本件発明9も、甲1に記載された製造方法に対して、新規性及び進歩性を有するものといえる。

3 甲8を主たる証拠とする場合について
次に、甲8を主たる証拠とする場合について検討する。
(1) 甲8発明
甲8には、図9の実施例9として、次の潤滑剤配合物が記載されているといえる(以下、「甲8発明」という。)。
「下図に記載された実施例9に係る潤滑剤配合物。


(2) 本件発明1について
ア 本件発明1と甲8発明との対比
本件発明1と甲8発明とを対比すると、両者は、次の点で相違し、その余の点で一致するものと認められる。
・相違点4:本件発明1は、「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物」を含有するのに対して、甲8発明は、これを含有しない点。
・相違点5:潤滑油基油について、本件発明1は、「100℃における動粘度が3?5mm^(2)/sであり、且つ、n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cp)が80%以上」と特定しているのに対して、甲8発明にはこのような特定がない点。
・相違点6:カルシウム原子の含有量について、本件発明1は、「潤滑油組成物全量基準で0.12?0.16質量%」と特定しているのに対して、甲8発明における当該含有量は、「1095ppm」(=0.1095質量%)である点。
・相違点7:モリブデン原子の含有量について、本件発明1は、「潤滑油組成物全量基準で0.05?0.10質量%」と特定しているのに対して、甲8発明は、モリブデン原子を含有しないか、当該含有量は不明である点。
・相違点8:ホウ素含有化合物のホウ素原子の含有量について、本件発明1は、「潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上」と特定しているのに対して、甲8発明は、そのような特定を有しない点。
イ 相違点についての検討
事案にかんがみ、まず、相違点4、7、8(特に、相違点7、8)について併せて検討する。
モリブデン及びホウ素に関連する記載に着目しながら甲8を仔細にみると、甲8の[0161](日本語訳の【0146】)には、モリブデンに関して、「Moの都合のよい濃度は25ppm?700ppm以上の範囲であってよく、しばしば好ましい範囲は50?200ppmである。」と記載され、また、甲1の[0095](日本語訳の【0079】)には、ホウ素に関して、「ホウ酸化分散剤または他のホウ素含有添加剤からの配合物中のホウ素の有効な範囲は、30ppm?1500ppm、または60ppm?1000ppm、または120ppm?600ppmである。」と記載されている。
しかしながら、これらの記載は、モリブデン原子の含有量とホウ素原子の含有量の両者を互いに関連付けて調整することまでを教示するものではないから、当該記載を参酌しても、甲8発明において、本件発明1の規定(上記相違点7、8に係る構成)を満たすように最適化することが容易想到の事項であるということはできない。
さらに、甲1?7、9の記載をみても、当該相違点7、8に係る構成を容易想到の事項とするに足りる記載は見当たらない。
そして、本件発明1は、当該相違点7、8に係る数値をはじめとする、本件発明1が規定する数値のすべてを最適な範囲に調整することにより、本件特許明細書の【0010】に記載された「本発明においては、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物を含有しモリブデン分が所定量以上で、かつ低カルシウム分でありながらも、高温清浄性を確保しつつ低い摩擦係数を実現することができる潤滑油組成物を提供する。」という顕著な作用効果を奏するものである。
ウ 特許異議申立人の主張について
(ア) 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、相違点4、7、8について、次のように主張する。
a 相違点4について(特許異議申立書第41頁の「iii 構成要件C」の項からの抜粋)
甲8発明(段落[0202])には、「The remaining ingredients...were one ore(当審注:「or」の誤記と解される。) more...friction modifier」と記載されているが、その摩擦調製剤がジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物を含んでいるか否かは不明である。しかし、甲第8号証の段落[0154]には、「Illustrative organometallic friction modifiers...include...a molybdenum dithiocarbamate」と記載れている。さらに、甲第9号証の【請求項1】等には、二量体ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンが記載されている。
したがって、本件特許発明1の構成要件Cは、甲8発明及び甲第9号証に記載され、若しくは記載されているに等しい事項、又は甲8発明から容易に想到することが可能な事項である。
b 相違点7について(特許異議申立書第44頁の「x 構成要件L」からの抜粋)
甲8発明(Fig.9のExample 9)では、潤滑油組成物中のモリブデン含量は不明だが、甲第1号証(当審注:「甲第8号証」の誤記と解される。)の段落[0161]には、「Advantageous concentrations of Mo may range from 25 ppm to 700 ppm or more」(=0.0025%?0.0700%)と記載されている。したがって、甲第8号証には0.05?0.07質量%のモリブデンを含有する潤滑油組成物が記載されていると言え、甲8発明中のモリブデンの含量を0.05?0.07%に調整することは当業者が適宜なし得ることである。
c 相違点8について(特許異議申立書第44、45頁の「xii 構成要件N」の項からの抜粋)
甲8発明(Fig.9の Example 9)は、「Boron, ppm 100」と記載されており、上記構成要件Lで議論したようにモリブデンの含有量が0.05?0.07%(500?700ppm)である場合、ホウ素原子のモリブデン原子に対する比率は、0.14?0.2(=100/700?100/500)となり、上記要件を満たさない。
しかし、甲第8号証の段落[0095]には、「Effective ranges of boron in the formulation from the borated dispersant or other boron containing additive(s) are...120 ppm to 600 ppm」と記載されている。
したがって、甲第8号証にはホウ素含有量が120?600ppmの潤滑油組成物が記載されていると言え、甲8発明中のホウ素の含量を600ppmに調整することは当業者が適宜なし得ることである。そして、甲8発明中のホウ素の含量が600ppmであり、かつ上記構成要件Lで議論したようにモリブデンの含有量が0.05?0.07%(500?700ppm)である場合、ホウ素のモリブデンに対する比率は0.86?1.2となり、0.3以上の要件を満たす。
(イ) 特許異議申立人の主張についての検討
a 特許異議申立人のモリブデン原子の含有量に係る主張(相違点7に係る主張)は、おおむね次のとおりと理解できる。すなわち、甲8発明において、上記相違点4に係る「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物」を含有させることは容易想到の事項であるところ、さらに、甲8の[0161]が教示する「25?700ppm」(0.0025%?0.0700%)との記載に基づいて、甲8発明中のモリブデン原子の含有量を0.05?0.07質量%に調整することは容易想到の事項であるというものである。
しかしながら、甲8発明は、そもそも「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物」を含有するものではなく、モリブデン原子の含有量を、本件発明1のように調整するという技術的思想は内在しないから、甲8発明において、「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン化合物」を含有させ、その上さらに、甲8が教示するモリブデン原子の含有量(0.0025?0.0700質量%)の中から0.05?0.07質量%という特定の含有量を選択することまでが、容易想到の事項であるとただちにいうことはできない。
b また、ホウ素原子の含有量に係る主張(相違点8に係る主張)は、次のとおりである。すなわち、甲8発明におけるホウ素原子の含有量100ppmと、上記相違点7において容易想到としたモリブデン原子の含有量0.05?0.07質量%(500?700ppm)とから算出される、「ホウ素のモリブデンに対する比率」は、0.14?0.2(=100/700?100/500)となってしまい、本件発明1が規定する0.3以上という要件を満たさない。しかし、甲8の[0095]には、ホウ素原子の含有量について120?600ppmと記載されているから、甲8発明中のホウ素原子の含有量(100ppm)を600ppmに調整することは当業者が適宜なし得ることであり、この場合、上記モリブデン原子の含有量0.05?0.07質量%(500?700ppm)に対する比率は、0.86?1.2(=600/700?600/500)となるから、0.3以上という本件発明1の規定を満たすというものである。
しかしながら、当該比率の算出根拠として、特定のホウ素原子含有量及び特定のモリブデン原子含有量を抜き出す合理的な理由は見当たらないし、このような算出過程が、当業者において容易に想到し得る事項であるとは認められない。
c 上記a、bからみて、特許異議申立人が「ホウ素のモリブデンに対する比率は0.86?1.2」であるとする算出過程は、結果的に本件発明1の数値範囲内に収まるように、恣意的に、甲8記載の諸数値の中から、特定の数値を抜き出したものというほかないから、当該算出過程により得られた数値を、進歩性の判断の根拠として採用することはできない。
d したがって、特許異議申立人の主張を採用して、上記相違点7、8に係る本件発明1の構成について、当業者が容易に想到し得る事項ということはできない。また、ほかに当該構成が容易想到の事項であると認めるに足りる証拠は見当たらない。
エ 小括
以上のとおり、上記相違点7、8は、実質的な相違点であるとともに、当該相違点に係る本件発明1の構成が容易想到の事項であるとも認められないから、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲8発明に対して新規性及び進歩性を有するものである。
(3) 本件発明2?8について
本件発明2?8は、本件発明1の発明特定事項をすべて具備するものであるところ、上記(2)のとおり、本件発明1は甲8発明に対して新規性及び進歩性を有するのであるから、本件発明2?8も同様に、甲8発明に対して新規性及び進歩性を有するものである。
(4) 本件発明9について
本件発明9は、実質的に本件発明1に係る潤滑油組成物の製造方法にあたるものであり、また、甲8には、上記甲8発明に係る潤滑剤配合物の各成分を調製して、当該潤滑剤配合物を得る、製造方法についての発明も記載されているといえるところ、上記(2)において検討した相違点は、本件発明9と甲8に記載された製造方法の発明との比較においても生じるものであって、当該相違点が、実質的な相違点であり、かつ、容易想到の事項ではないことは、上記(2)のとおりである。
したがって、本件発明9も、甲8に記載された製造方法に対して、新規性及び進歩性を有するものといえる。

第5 サポート要件・実施可能要件についての当審の判断
1 特許異議申立人の指摘事項
特許異議申立人が、サポート要件違反・実施可能要件違反について具体的に指摘する事項は、以下のとおりである。
(1) パラフィン分(%Cp)について(特許異議申立書第51、52頁の「(ア)パラフィン分(%Cp)」の項からの抜粋)
本件特許発明が解決しようとする課題は「高温清浄性を確保しつつ、低い摩擦係数を実現する」ことである(【0007】)。
本件特許発明の請求項1には「n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cp)が80%以上であり」という発明特定事項がある。しかしながら、実施例では潤滑油基油として「Cp:87質量%の鉱物油」しか用いられておらず(【0068】参照)、また、%Cpが80%以上87質量%未満の潤滑油基油を用いた潤滑油組成物であっても「高温清浄性を確保しつつ、低い摩擦係数を実現することができる」と当業者が合理的に予期する根拠がない。
そうすると、明細書において、%Cpが80%以上87%未満である潤滑油基油を用いた潤滑油組成物が課題を実現できる蓋然性が高いことが示されているとは認められない。ゆえに、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないから、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。
また、上記のとおり、本件明細書には、%Cpが80%以上87%未満である潤滑油基油を用いた潤滑油組成物が課題を解決できる蓋然性が高いことが示されているとはいえないから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1等に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。
(2) ホウ素/モリブデン含量比(特許異議申立書第52、53頁の「(イ)ホウ素/モリブデン含量比)」の項からの抜粋)
本件特許発明の請求項1には「ホウ素原子の含有量が、前記潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上であり」という発明特定事項がある。しかしながら、実施例では「0.38」又は「0.50」のホウ素/モリブデン含量比の潤滑油組成物しか開示されておらず(【0067】の【表1】参照)、また、ホウ素/モリブデン含量比が0.50を超える潤滑油組成物であっても「高温清浄性を確保しつつ、低い摩擦係数を実現することができる」と当業者が合理的に予期する根拠がない。
そうすると、明細書において、ホウ素/モリブデン含量比が0.50を超える潤滑油組成物が課題を実現できる蓋然性が高いことが示されているとは認められない。ゆえに、出願時の技術常識に照らしても、請求項1等に係る発明の範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないから、請求項1等に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。
また、上記のとおり、本件明細書には、ホウ素/モリブデン含量比が0.50を超える潤滑油組成物が課題を解決できる蓋然性が高いことが示されているとはいえないから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1等に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。
(3) ホウ素含量(特許異議申立書第53頁の「(ウ)ホウ素含量」の項からの抜粋)
本件特許発明の請求項1にはホウ素原子とモリブデン原子の含有量比の規定があり、ホウ素等複数のパラメータで構成されるXの規定があるが、ホウ素の含有量に関する規定そのものはない。しかしながら、実施例では「0.03wt%」又は「0.04wt%」のホウ素含有量の潤滑油組成物しか開示されておらず(【0067】の【表1】参照)、また、ホウ素含量が0.03wt%未満や0.04wt%を超える潤滑油組成物であっても「高温清浄性を確保しつつ、低い摩擦係数を実現することができる」と当業者が合理的に予期する根拠がない。
そうすると、明細書において、ホウ素含量が0.03wt%未満や0.04wt%を超える潤滑油組成物が課題を実現できる蓋然性が高いことが示されているとは認められない。ゆえに、出願時の技術常識に照らしても、請求項1等に係る発明の範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できないから、請求項1等に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。
また、上記のとおり、本件明細書には、ホウ素含量が0.03wt%未満や0.04wt%を超える潤滑油組成物が課題を解決できる蓋然性が高いことが示されているとはいえないから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1等に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
請求項1を引用する請求項2ないし8に係る発明及び実質的に請求項1と同一である請求項9に係る発明も同様である。

2 当審の判断
(1) パラフィン分(%Cp)について
本件発明が解決しようとする課題は、本件特許明細書の【0007】に記載されるとおり、「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを含有しモリブデン分が所定量以上で、かつ低カルシウム分でありながらも、高温清浄性を確保しつつ、低い摩擦係数を実現することができる潤滑油組成物を提供することである」と解される。
他方、パラフィン分(%Cp)に関し、本件特許明細書の【0016】には、次の記載があるから、本件発明において、パラフィン分(%Cp)を規定しているのは、酸化安定性の観点からであるということができる。
「潤滑油基油は、n-d-M環分析によるパラフィン分(%Cpと記載することがある)が70%以上であることが好ましく、75%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましい。潤滑油基油は、パラフィン分が上記下限値以下となることで、酸化安定性等を良好にしやすくなる。さらに、潤滑油基油は、100℃における動粘度が3?5mm^(2)/sであり、かつ%Cpが80%以上であることで酸化安定性を良好にしやすくなる。」
また、本件発明が規定するパラフィン分(%Cp)の数値を満足する基油は、当該技術分野において使用されている、至極普通のものと解される(甲3、4を参照した。)。
そうすると、本件発明が有する「80%以上」というパラフィン分(%Cp)に関する規定は、特に上記課題との関係から規定されたものではなく、また、特別な基油について特定するためのものでもないことが理解できるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、実施例に係る潤滑油基油として「Cp:87質量%の鉱物油」しか用いられていないとしても、例えば、%Cpが80%以上87質量%未満の潤滑油基油を用いた潤滑油組成物について、当業者が、上記課題が解決できると認識できないとまではいえないし、本件発明を実施することができないともいえない。
(2) ホウ素/モリブデン含量比及びホウ素含量について
確かに、本件発明は、特許異議申立人が指摘するように、実施例において検証されていない、「ホウ素/モリブデン含量比」が0.50を超える範囲を含むし、「ホウ素含量」自体を規定するものではない。
しかしながら、他方で、本件発明は、モリブデン原子の含有量について規定し、さらに、式(1)で算出されるXについて規定していることから、上記「ホウ素/モリブデン含量比」及び「ホウ素含量」は、おのずと、ある範囲内に収まるものと解される。
また、本件特許明細書の【0030】には、ホウ素含有化合物について、「これらホウ素含有化合物を使用することで、潤滑油組成物の高温清浄性を良好にすることができる。」と記載され、同【0043】には、「本実施形態の潤滑油組成物では、ホウ素含有化合物は、高温清浄性を向上させる一方、ホウ素分は摩擦係数を上昇させる要因となるが、式(1)の関係式を満たす限り、摩擦係数を十分に低いものに維持することが可能である。なお、ホウ素分は、ホウ素原子の含有量[C]に5.4×10^(-1)を乗じた分だけ概ね摩擦係数を上昇させることを実験及びその解析により見出し、そのため、値“X”には、式(1)のように5.4×10^(-1)×[C]の値を加算している。」と記載されていることから、本件発明は、「前記潤滑油組成物における前記ホウ素含有化合物のホウ素原子の含有量が、前記潤滑油組成物中のモリブデン原子の含有量に対して、0.3以上」と特定することにより、高温清浄性の確保が見込まれるし、「下記式(1)で算出されるXが0.050未満」と特定することにより、低い摩擦係数の実現が見込まれるものと理解できる。
そうである以上、本件発明は、「ホウ素/モリブデン含量比」が0.50を超える範囲を含む上、「ホウ素含量」自体を規定するものではないとしても、当業者において、少なからず、本件発明の課題(高温清浄性と低摩擦係数の両立)を解決することができると認識でき、また、本件発明を実施することもできると考えるのが合理的である。
(3) 小括
以上のとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載に、特許異議申立人が指摘するような、サポート要件及び実施可能要件に係る不備は認められない。

第6 むすび
以上の検討のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許を取り消すことはできない。
また、ほかに本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-03-26 
出願番号 特願2015-238806(P2015-238806)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C10M)
P 1 651・ 537- Y (C10M)
P 1 651・ 121- Y (C10M)
P 1 651・ 113- Y (C10M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大島 彰公  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 木村 敏康
日比野 隆治
登録日 2018-05-11 
登録番号 特許第6334503号(P6334503)
権利者 出光興産株式会社 トヨタ自動車株式会社
発明の名称 潤滑油組成物及びその製造方法  
代理人 特許業務法人ひのき国際特許事務所  
代理人 大谷 保  

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