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審決分類 審判 訂正 判示事項別分類コード:857 訂正する C21D
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する C21D
審判 訂正 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正 訂正する C21D
審判 訂正 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 訂正する C21D
審判 訂正 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 訂正する C21D
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正する C21D
管理番号 1352528
審判番号 訂正2019-390045  
総通号数 236 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-08-30 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2019-04-12 
確定日 2019-06-17 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5194538号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5194538号の明細書、特許請求の範囲及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲及び図面のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 手続の経緯

本件訂正審判に係る特許第5194538号(以下、「本件特許」という。)は、平成19年4月23日を出願日とする特願2007-112995号の請求項1?3に係る発明について、平成25年2月15日に特許権の設定登録がされたものであり、その後、平成31年4月12日付けで本件訂正審判の請求がされたものである。

第2 請求の趣旨及び訂正事項

1 請求の趣旨

本件訂正審判の請求の趣旨は「特許第5194538号の明細書、特許請求の範囲及び図面を、本件審判請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲及び図面のとおり訂正することを認める、との審決を求める。」というものである。

2 訂正事項

本件訂正審判の請求に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の訂正事項1?13のとおりである。なお、下線は、訂正箇所を示すために当審が付したものである。

(1)訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1及び請求項2を削除する。

(2)訂正事項2

(2a)請求項1において、「Z=0.045dにおける硬さがHV650?850であり、Z=0.18dにおける硬さがHV400?800」という記載を「Z=0.045dにおける硬さがHV770?816であり、Z=0.18dにおける硬さがHV700?771」という記載に訂正し、「転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が1%以上20%以下」という記載を「転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が2%以上10%以下」という記載に訂正し、
(2b)請求項2において、「C:0.3?1.2質量%、Si:0.3?2.2質量%、Mn:0.3?2.0質量%、Cr:0.5?2.0質量%」という記載を「C:0.95?1.10質量%、Si:0.4?0.7質量%、Mn:0.9?1.15質量%、Cr:0.9?1.2質量%」という記載に訂正し、「窒素濃度が0.2?2.0質量%」という記載を「窒素濃度が0.45?0.64質量%」という記載に訂正し、
(2c)その上で、請求項1及び請求項2を引用する請求項3を以下のように独立形式に訂正する。
「内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の転動面と内方部材の転動面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転がり軸受において、
前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面における硬さがHV750以上であり、Z=0.045dにおける硬さがHV770?816であり、Z=0.18dにおける硬さがHV700?771であり、前記転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が2%以上10%以下で、かつ、面積375μm^(2)の範囲において0.05μm以上1μm以下の前記窒化物が100個以上であり、
前記転動体がC:0.95?1.10質量%、Si:0.4?0.7質量%、Mn:0.9?1.15質量%、Cr:0.9?1.2質量%、残部Feと不可避不純物からなる鋼を浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、かつ、表面における窒素濃度が0.45?0.64質量%であり、
前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする転がり軸受。」

(3)訂正事項3

明細書の【0010】の「(1)内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の転動面と内方部材の転動面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転がり軸受において、前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面における硬さがHV750以上であり、Z=0.045dにおける硬さがHV650?850であり、Z=0.18dにおける硬さがHV400?800であり、前記転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が1%以上20%以下で、かつ、面積375μm^(2)の範囲において0.05μm以上1μm以下の前記窒化物が100個以上であることを特徴とする転がり軸受。
(2)前記転動体がC:0.3?1.2質量%、Si:0.3?2.2質量%、Mn:0.3?2.0質量%、Cr:0.5?2.0質量%、残部Feと不可避不純物からなる鋼を浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、
かつ、表面における窒素濃度が0.2?2.0質量%であることを特徴とする上記(1)記載の転がり軸受。
(3)前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする上記(2)記載の転がり軸受。」という記載を
「(1)内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の転動面と内方部材の転動面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転がり軸受において、前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面における硬さがHV750以上であり、Z=0.045dにおける硬さがHV770?816であり、Z=0.18dにおける硬さがHV700?771であり、前記転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が2%以上10%以下で、かつ、面積375μm^(2)の範囲において0.05μm以上1μm以下の前記窒化物が100個以上であり、
(2)前記転動体がC:0.95?1.10質量%、Si:0.4?0.7質量%、Mn:0.9?1.15質量%、Cr:0.9?1.2質量%、残部Feと不可避不純物からなる鋼を浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、かつ、表面における窒素濃度が0.45?0.64質量%であり、
(3)前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする転がり軸受。」という記載に訂正する。

(4)訂正事項4

明細書の【0013】の「荷重が負荷させる」という記載を「荷重が負荷される」という記載に訂正する。

(5)訂正事項5

明細書の【0023】の【表2】において、「鋼種1」の1?3及び6?9を「本発明」から「参考例」に訂正し、「寿命化」という記載を「寿命比」という記載に訂正する。
「【表2】



(6)訂正事項6

明細書の【0052】の【表4】において、「実施例1」?「実施例12」及び「実施例14」?「実施例17」を、それぞれ、「参考例1」?「参考例12」及び「参考例14」?「参考例17」に訂正する。
「【表4】



(7)訂正事項7

明細書の【0053】の【表5】において、「実施例23」、「実施例25」、「実施例31」?「実施例34」、「実施例40」及び「実施例41」を、それぞれ、「参考例23」、「参考例25」、「参考例31」?「参考例34」、「参考例40」及び「参考例41」に訂正する。
「【表5】



(8)訂正事項8

図面の【図4】(a)及び(b)において、「本発明範囲」を示す矢印の始点を「表面窒素濃度(質量%)」の「0.2」の位置から「0.45」の位置に訂正する。
「【図4】」



(9)訂正事項9

図面の【図5】において、「本発明範囲」を示す矢印の始点を「表面窒素濃度(質量%)」の「2」の位置から「0.64」の位置に訂正する。
「【図5】」


(10)訂正事項10

図面の【図6】(a)及び(b)において、「本発明範囲」を示す矢印の始点を「Si・Mn系窒化物の面積率(%)」の「1」の位置から「2」の位置に訂正する。
「【図6】」



(11)訂正事項11

図面の【図10】において、「本発明範囲」を示す矢印の始点を「Si・Mn系窒化物の面積率(%)」の「20」の位置から「10」の位置に訂正する。
「【図10】」



第3 当審の判断

1 訂正の目的の適否,新規事項の有無,特許請求の範囲の拡張・変更の存否について

(1)訂正事項1について

訂正事項1に係る本件訂正は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2を削除するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第126条第6項の規定にも適合する。

(2)訂正事項2について

ア 訂正の目的の適否

(ア)訂正事項2に係る本件訂正のうち、前記(2a)及び(2b)の訂正
は、いずれも、請求項1における「Z=0.045dにおける硬さ」及び「転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率」並びに、請求項2における「C」「Si」「Mn」「Cr」の各含有量(質量%)及び「窒素濃度」の各数値範囲を、それぞれ、本件訂正前の範囲内でさらに狭い範囲に限定するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

(イ)訂正事項2に係る本件訂正のうち、前記(2c)の訂正は、請求項1及び請求項2を引用する請求項3を独立形式に訂正するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無

(ア)本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審にて付与した。

a 「軌道面からの深さまたは転動体の転動面からの深さをZとし、転動体の直径をdとしたとき・・・Z=0.045dにおける硬さをHV650?850、好ましくはHV770?816とし、Z=0.18dにおける硬さをHV400?800、好ましくはHV700?771・・・とする」(【0015】)

b 「Si・Mn系窒化物の面積率が1%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは2%以上である。」(【0018】)

c 「Si・Mn系窒化物の面積率の上限は20%であり、より好ましくは10%である。」(【0025】)

d 「[C:0.3?1.2質量%]
・・・炭素含有量は・・・0.95質量%以上が好ましい。また・・・上限を・・・好ましくは1.10質量%とする。」(【0031】)

e 「<Si含有量:0.3?2.2質量%>
・・・好ましくは0.4?0.7質量%とする。」(【0033】)

f 「<Mn含有量:0.3?2.0質量%>
・・・好ましくは0.9?1.15質量%とする。」(【0034】)

g 「[Cr:0.5?2.0質量%]
・・・0.9?1.2質量%とすることがより好ましい。」(【0036】)

h 「表面窒素濃度が高いほど耐摩耗性、耐圧痕性に優れており、表面窒素濃度が0.2質量%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは0.45質量%以上とする。」(【0016】)

i また、表2(訂正事項5)の「本発明」「鋼種1」「5」では、「窒素濃度」の値が「0.64」と記載されているところ、前記hの記載を踏まえれば、上記「窒素濃度」が「表面窒素濃度」を意味し、「0.64」が「0.64質量%」を意味することは明らかである。

(イ)前記(ア)によれば、訂正事項2に係る本件訂正のうち、前記(2a)の訂正は、前記(ア)のa?cの記載に基づくものであり、前記(2b)の訂正は、前記(ア)のd?iの記載に基づくものである。
したがって、訂正事項2に係る本件訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否

訂正事項2に係る本件訂正は、前記アのとおり、各数値範囲を本件訂正前の範囲内でさらに狭い範囲に限定するものであって、前記イのとおり、新規事項を追加するものでもないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第126条第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項3,6?11について

訂正事項3,6?11に係る本件訂正は、本件訂正後の請求項3の記載と整合させるために、【0010】(訂正事項3),【0052】の【表4】(訂正事項6),【0053】の【表5】(訂正事項7),【図4】(a)及び(b)(訂正事項8),【図5】(訂正事項9),【図6】(a)及び(b)(訂正事項10),【図10】(訂正事項11)の記載をそれぞれ訂正するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、訂正事項2に係る本件訂正と同様の理由により、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第126条第6項の規定にも適合する。

(3)訂正事項4について

訂正事項4に係る本件訂正は、「荷重が負荷させる」という明らかな誤記を「荷重が負荷される」という記載に訂正するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記又は誤訳の訂正」を目的とするものであり、本件特許の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第126条第6項の規定にも適合する。

(4)訂正事項5について

ア 訂正事項5に係る本件訂正のうち、【表2】における「鋼種1」の1?3及び6?9を「本発明」から「参考例」にする訂正は、本件訂正後の請求項3の記載と整合させるためのものであるから、特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、訂正事項2に係る本件訂正と同様の理由により、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第126条第6項の規定にも適合する。

イ 訂正事項5に係る本件訂正のうち、【表2】における「寿命化」という明らかな誤記を「寿命比」という記載にする訂正は、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記又は誤訳の訂正」を目的とするものであり、本件特許の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の範囲内においてされたものであるから、特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第126条第6項の規定にも適合する。

2 独立特許要件

本件訂正後の特許請求の範囲の請求項3に記載されている事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである理由は見いだせないから、本件訂正は、特許法第126条第7項の規定に適合する。

第4 むすび

以上のとおりであるから、本件訂正審判の請求は、特許法第126条第1項ただし書第1号?第4号に掲げる事項を目的とするものであって、かつ、同条第5?7項の規定に適合する。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
転がり軸受
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に係り、特に、自動車,農業機械,建設機械及び鉄鋼機械等のトランスミッション,エンジン用等に使用する転がり軸受の寿命向上に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受潤滑油中に混入している金属の切粉,削り屑,バリ及び摩耗粉等の異物が転がり軸受の軌道輪や転動体に損傷を与え、転がり軸受の寿命の大幅な低下をもたらすことはよく知られている。そこで、本出願人は、異物が混入している潤滑下で転がり軸受を使用する場合でも、軸受の転がり表面層のCの含有量、残留オーステナイト量、及び炭窒化物の含有量を適性値にすることで、異物により生じる圧痕のエッジ部における応力の集中を緩和し、クラックの発生を抑え、転がり軸受の寿命を向上することを提案した(特許文献1参照)。これによれば、適当量の残留オーステナイトにより異物混入潤滑下での寿命向上を図ることができるのであるが、一方で、残留オーステナイトにより表面硬さが低下して耐疲労性が下がるという問題があった。また、軸受寿命を向上する上での炭化物,炭窒化物の粒径の影響について、特に、大型炭化物が繰り返し応力を受けると、その大型炭化物が疲労起点となりクラック,フレーキングが発生するという点が考慮されていなかった。
【0003】
【特許文献1】特開昭64-55423号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1にも記載されているように、異物混入潤滑環境下で生じる早期はく離は、転動体と軌道輪間に異物を噛み込む事によって形成された圧痕を起点として生じており、圧痕が形成されることに生じる応力集中が原因であるとこれまでは言われてきている。しかし、圧痕起点型はく離は圧痕縁の応力集中だけが原因でなく、転動体と軌道輪間に作用する接線力が影響している。接線力に影響を及ぼす因子としては、すべり速度や面圧の他に表面粗さや表面形状が挙げられる。表面粗さが小さく、表面形状が良好なほど転動体と軌道輪に作用する接線力は小さくなり、異物混入潤滑環境下における軸受寿命は長くなる。
【0005】
しかしながら、上記特許文献1のように転動面の残留オーステナイトを増加させると、表面硬さが低下し、耐摩耗性が低下するだけでなく、耐圧痕性が低下する。そのため、転動面の残留オーステナイトが多い場合には、異物の影響や静的な過大荷重によって、転動面に圧痕が形成されやすくなる。圧痕が形成された転動面は、形状崩れや表面粗さの増大を起こす。圧痕が大きく、数が多いほど形状崩れや表面粗さの増大は顕著である。即ち、異物混入潤滑環境下では、転動面の残留オーステナイトが多いほど、圧痕が形成されやすいため、転動体と軌道輪間に作用する接線力は大きくなる。
【0006】
異物混入潤滑環境下で転動面の残留オーステナイトが多い場合には、接線力が大きくなったとしても、上記特許文献1にも記載されているように残留オーステナイトの影響による応力集中緩和効果があるため、残留オーステナイトが多い部材自身の寿命は低下しない。しかし、接触する2物体には同じ大きさの接線力が作用するため、相手部材の寿命は低下してしまう。例えば、軌道輪表面の残留オーステナイトを多くした場合には、応力集中緩和効果のため軌道輪の寿命は延長するが、相手部材である転動体の寿命は、接線力増加のため低下してしまう。
【0007】
転動体がはく離した場合でも、軌道輪がはく離した場合でも、軸受の寿命となるので、軸受全体の寿命を延ばすには転動体と軌道輪両方の寿命を延ばす必要がある。即ち、単に転動面の残留オーステナイトを増加させる手法だけでは十分な寿命延長効果は得られない。また、軸受の使用条件によっては残留オーステナイトを増加させて長寿命化を計る手法が採用できない場合もある。例えば、高温で使用される場合には残留オーステナイトは寸法安定性を悪化させるため、残留オーステナイト量は少ない方が好ましい。
【0008】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、転動体及び軌道輪の両方の剥離を抑え、軸受寿命の延長を図った転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意研究を行い、自身(例えば転動体)の圧痕起点型はく離寿命を十分に確保し、かつ自身の耐圧痕性・耐摩耗性を向上させ、表面粗さ・表面形状の悪化を抑制し、2物体間(転動体と軌道輪間)に作用する接線力を抑制して、相手部材(例えば軌道輪)の寿命も延長させる材料因子を見出すために検討を行った。その結果、耐圧痕性・耐摩耗性を向上させる材料因子としては表面硬さ、残留オーステナイト、表面窒素濃度、表面に析出したSi及びMnを含有する窒化物の面積率が関係していることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、上記の目的を達成するために下記の転がり軸受を提供する。
(1)内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の転動面と内方部材の転動面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転がり軸受において、前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面における硬さがHV750以上であり、Z=0.045dにおける硬さがHV770?816であり、Z=0.18dにおける硬さがHV700?771であり、前記転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が2%以上10%以下で、かつ、面積375μm^(2)の範囲において0.05μm以上1μm以下の前記窒化物が100個以上であり、
(2)前記転動体がC:0.95?1.10質量%、Si:0.4?0.7質量%、Mn:0.9?1.15質量%、Cr:0.9?1.2質量%、残部Feと不可避不純物からなる鋼を浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、かつ、表面における窒素濃度が0.45?0.64質量%であり、
(3)前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする転がり軸受。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転がり軸受は、内外輪、転動体の表面及び特定深さにおける硬さを規定することにより、耐圧痕性及び耐摩耗性が向上し、軸受使用中に生じる転動体と軌道面との間の接線力の増大を抑制するだけでなく、耐はく離強度も向上し、異物混入潤滑環境下で生じる圧痕起点型はく離に対して長寿命となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0013】
本発明の転がり軸受は、内方部材、外方部材及び転動体を形成する材料の硬さを特定したことに特徴がある。耐圧痕性を向上させるために最も有効な材料因子は硬さである。圧痕の種類としては異物を噛み込む事によって生じる異物圧痕と、過大荷重が作用した場合に転動体が軌道輪に食い込み、軌道輪が転動体を押しつぶすことによって生じるブリネル圧痕がある。異物圧痕の場合には表面近傍の硬さのみ大きくすれば圧痕の形成を抑制することができるが、ブリネル圧痕の場合には表面だけでなく芯部まで硬さが高いことが重要である。圧痕は軌道輪と転動体が接触し、荷重が負荷されることで材料内部に生じる静的せん断応力(転がり方向に対して45°の方向のせん断応力)によって形成される。圧痕が形成される現象は、材料に塑性変形が生じることによって起こるので、材料のもつ降伏せん断応力が作用する静的せん断応力以上であれば、圧痕は形成されない。通常、転がり軸受に作用する荷重は静定格荷重以下となるように設計されているため、静定格荷重が作用した場合にも圧痕が形成されない材料強度を保持することが重要である。静定格荷重は玉軸受の場合4200MPa、ころ軸受の場合4000MPaの接触面圧を生じさせるような荷重と定義されており、この面圧が作用した場合に発生する静的せん断応力が軸受材料の降伏せん断応力以下であれば圧痕は生じない。一方で、材料の降伏せん断応力は材料の硬さと比例関係にあり、降伏せん断応力とビッカース硬さにはτy=1/6×HVの関係がある。
【0014】
従って、ブリネル圧痕を形成しないためには、図3に示すように静定格荷重作用時の静的せん断応力分布を上回るせん断降伏応力分布(硬さ分布)となるように硬さを規定することが重要である。一方で芯部の硬さが大きすぎると靭性が低下し、割れが問題となる。
【0015】
最大静的せん断応力作用深さ(静的せん断応力分布)は転動体直径と相関があるため、次のように硬さを規定した。即ち、軌道面からの深さまたは転動体の転動面からの深さをZとし、転動体の直径をdとしたとき、内輪、外輪及び転動体の少なくとも1つの表面における硬さをHV750以上、好ましくはHV800以上、より好ましくはHV820以上とし、かつ、Z=0.045dにおける硬さをHV650?850、好ましくはHV770?816とし、Z=0.18dにおける硬さをHV400?800、好ましくはHV700?771、より好ましくはHV718?771とすることにより、軌道輪と転動体との接触によるブリネル圧痕の形成を抑制することができ、軌道輪と転動体間に作用する接線力を抑制して長寿命化が達成可能である。これらの硬さの規定は、転動体に適用することがより好ましい。
【0016】
また、本発明においては、軌道輪または転動体の表面層に所定の窒素を富化させるために浸炭窒化処理を行う。窒素は炭素と同じようにマルテンサイトの固溶強化および残留オーステナイトの安定確保に作用するだけでなく、窒化物または炭窒化物を形成して耐圧痕性、耐摩耗性を向上させる作用がある。図4に図1に示す耐圧痕性試験と図2に示す2円筒摩耗試験により求めた耐圧痕性と耐摩耗性に及ぼす窒素の影響を示す。耐圧痕性試験は直径2mmの鋼球を試料に5GPaで押付けた後、圧痕の深さを測定する方法で行った。一方、2円筒摩耗試験は面圧0.8GPaの条件下で、駆動側(高速側)を10min^(-1)で回転させ、ギアで減速して従動側(低速側)を7min^(-1)で回転させて強制的にすべりを与える方法であり、試験開始から20時間後の駆動側、従動側試験片の摩耗量の平均値を測定した。表面窒素量の測定には電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いた。窒素濃度の効果のみを調査するため、表面窒素濃度以外の硬さや残留オーステナイト量については一定にしてある。図4より、表面窒素濃度が高いほど耐摩耗性、耐圧痕性に優れており、表面窒素濃度が0.2質量%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは0.45質量%以上とする。
【0017】
一方で、窒素濃度が高すぎると靭性や静的強度が低下してしまう欠点がある。転がり軸受の転動体にとって靭性や静的強度は必要な性能であるため、窒素濃度が高すぎるのは好ましくない。図5にシャルピー衝撃試験の結果を示すが、窒素濃度が2.0質量%を超えると急激に靭性が低下することがわかる。従って、本発明における窒素濃度の上限は2.0質量%とする。
【0018】
上述したように、表面の窒素濃度が高いほど、材料の耐圧痕性、耐摩耗性が向上することが明らかになった。しかし本発明者らはさらに、窒素濃度が同じ場合でも材料内部の窒素の存在状態によって、耐圧痕性、耐摩耗性が変わるという知見を得た。窒素は材料内部に固溶して存在する場合と窒化物として析出して存在する場合がある。詳細な数値については後述するが、Si及びMnを多く含む材料を浸炭窒化処理した場合には、同じ窒素濃度でも材料中に固溶して存在する窒素量よりも、表面にSi及びMnを含有する窒化物(以下、「Si・Mn系窒化物」という)として析出して存在する窒素量が多くなる。図6に、図1に示す耐圧痕性試験と、図2に示す2円筒摩耗試験とから求めた耐圧痕性と耐摩耗性に及ぼすSi・Mn系窒化物の面積率の影響を示す。尚、Si・Mn系窒化物の効果のみを調査するため、Si・Mn系窒化物の面積率以外の硬さや残留オーステナイト量、窒素濃度については一定にしてある。また、Si・Mn系窒化物の面積率の測定は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、加速電圧10kVで転動面の観察を行い、倍率5000倍で最低3視野以上写真(図7参照)を撮影した後、写真を2値化してから画像解析装置を用いて、面積率を計算した。図6に示すように、Si・Mn系窒化物の面積率が高いほど耐摩耗性、耐圧痕性に優れており、Si・Mn系窒化物の面積率が1%を超えると顕著に効果が現れるが、より好ましくは2%以上である。
【0019】
また、Si・Mn系窒化物の面積率が圧痕起点型はく離寿命に及ぼす影響を調査するためスラスト型寿命試験により、異物混入潤滑下での試験を行った。試験に用いた材料の成分を表1に示すが、鋼種1はJIS SUJ3、鋼種2はJIS SUJ2に相当する材料である。表1の材料を、直径65mm、厚さ6mmの円板に旋削加工した。円板を820?900℃で2?10時間、RXガス、プロパンガス及びアンモニアの混合ガス中で浸炭窒化処理後、油焼入れを施し、その後、160?270℃で2時間の焼戻し処理を施した。処理温度、処理時間、アンモニアガス流量を変化させて、種々の窒素濃度の試験片を作製した。熱処理後、表面を研摩・ラッピングにて鏡面仕上げをした。
【0020】
【表1】

【0021】
試験条件は以下の通りである。
・試験荷重:5880N(600kgf)
・回転数:1000min^(-1)
・潤滑油:VG68
・異物の硬さ:HV870
・異物サイズ:74?147μm
・異物混入量:200ppm
【0022】
表2に窒素濃度、Si・Mn系窒化物の面積率と、異物混入寿命との関係を示す。尚、寿命試験結果は、比較例1のL10寿命を1とした場合の比率で示した。
【0023】
【表2】

【0024】
また、図8に鋼種1、2の窒素濃度とSi・Mn系窒化物の面積率の関係を示し、図9にSi・Mn系窒化物の面積率と圧痕起点型はく離寿命の関係を示す。Si・Mn系窒化物の析出量は、窒素濃度に比例して増大することがわかる。また、Si及びMnの添加量の多い鋼の方が、同一窒素量で比較した場合に、Si・Mn析出量が多く、寿命が長いことがわかる。耐圧痕性・耐摩耗性と同様に、Si・Mn系窒化物の面積率が1%以上、窒素量は0.2質量%になると寿命が著しく向上する。
【0025】
一方で、窒素濃度と同様にSi・Mn系窒化物の析出量が多くなりすぎると、靭性や静的強度が低下してしまう欠点がある。転がり軸受の転動体にとって靭性や静的強度は必要な性能であるため、Si・Mn系窒化物の析出量が多くなりすぎるのは好ましくない。図10にシャルピー衝撃試験の結果を示すが、Si・Mn系窒化物の面積率が20%を超えると、急激に靭性が低下することがわかる。従って、本発明のSi・Mn系窒化物の面積率の上限は20%であり、より好ましくは10%である。
【0026】
また、1μmを越える窒化物は、材料の強化にあまり寄与しない。細かい窒化物が分散している方が強化される。この理由としては、析出強化の理論において析出物粒子間距離の小さい方が強化能に優れるので、Si・Mn系窒化物の面積率が同じであっても、析出粒子数が多ければ、相対的に粒子間距離が短くなり、強化される。即ち、Si及びMnの含有量の多い鋼を用い、Si・Mn系窒化物の面積率が1?20%の範囲で、平均粒径が0.05μm以上1μm以下の微細な窒化物の個数を増やすのがよい。また、0.05μm以上のSi・Mn系窒化物のうち、0.05?0.50μmのSi・Mn系窒化物の個数の比率を20%以上とすることにより、更に強化することが可能になる。
【0027】
具体的には、面積375μm^(2)の範囲で、0.05μm以上1μm以下のSi・Mn系窒化物が100個以上であり、このような状態にする手法としては、浸炭窒化処理温度を800℃以上870℃以下とする。この温度を越えると、窒化物が粗大化して、微細なSi・Mn系窒化物の個数が減少する。また、この処理温度より温度が高くなると、窒素の固溶限が大きくなるため、窒化物の量が少なくなり、所望の面積率が得られなくなる場合がある。浸炭窒化工程の初期から、RXガスとエンリッチガスとアンモニウムガスの混合ガス雰囲気とし、CP値は1.2以上、アンモニアガスの流量はRXガス流量の少なくとも1/5以上とする。また、浸炭窒化後の焼入れは、油温60?120℃の範囲で行う。この温度より高いと、十分な硬さが得られない場合がある。焼戻しは、160?270℃の温度で行い、表面硬さの範囲としてはHv740以上、望ましくはHv780以上とする。また、必要に応じて、焼入れ処理後に、サブゼロ処理を行ってもよい。
【0028】
また、表3に、Si・Mn系窒化物の面積率及び0.05μm?1μmのSi・Mn系窒化物の個数と、寿命比率との関係を示し、図11に、0.05μm?1μmのSi・Mn系窒化物の個数と寿命比率との関係を示す。これらから明らかなように、測定面積375μm^(2)の範囲内にSi・Mn系窒化物を100個以上分散させることにより、基地組織が強化され、異物混入潤滑下での寿命が延長する。
【0029】
【表3】

【0030】
尚、転動体は以下に示す元素を含有することが好ましい。
【0031】
[C:0.3?1.2質量%]
炭素は鋼に必要な強度と寿命を得るために重要な元素である。炭素が少なすぎると十分な強度が得られないだけでなく、後述する浸炭窒化の際に必要な硬化層深さを得るための熱処理時間が長くなり、熱処理コストの増大につながる。そのため、炭素含有量は0.3質量%以上、好ましくは0.5質量%以上とする。Z=0.18d、好ましくはZ<0.06dの硬さを得るためには0.95質量%以上が好ましい。また、炭素含有量が多すぎると製鋼時に巨大炭化物が生成され、その後の焼入れ特性や転動疲労寿命に悪影響を与えるほか、ヘッダー性が低下してコストの上昇を招くおそれがあるため上限を1.2質量%、好ましくは1.10質量%とする。
【0032】
[Si:0.3?2.2質量%、Mn:0.2?2.0質量%]
上述したように、Si・Mn系窒化物を十分に析出させるためには、Si及びMnを多く含有した鋼材を用いる必要がある。一般的な軸受材料であるSUJ2は、Si含有量が0.25%、Mn含有量が0.4%であり、浸炭窒化等で窒素を過剰に付加してもSi・Mn系窒化物量が少ない。このため、Si及びMnの含有量は、以下の値を臨界値とする。
【0033】
<Si含有量:0.3?2.2質量%> Si・Mn系窒化物の析出に必要な元素であり、Mnの存在によって、0.3質量%以上の添加で、窒素と効果的に反応して顕著に析出する。好ましくは0.4?0.7質量%とする。
【0034】
<Mn含有量:0.3?2.0質量%>
Si・Mn系窒化物の析出に必要な元素であり、Siとの共存によって、0.3質量%以上の添加で、Si・Mn系窒化物の析出を促進させる作用がある。また、Mnはオーステナイトを安定化する働きがあるので、硬化熱処理後に残留オーステナイトが必要以上に増加するといった問題を引き起こすのを防止するため、2.0質量%以下とする。好ましくは0.9?1.15質量%とする。また、より好ましくは、下記理由によりSi/Mn比率を5以下とする。
【0035】
Si・Mn系窒化物は、焼戻しによる窒化物とは異なり、浸炭窒化処理時に侵入してきた窒素がオーステナイト域で、Mnを取り込みながらSiと反応して形成される。従って、Si添加量に対してMn添加量が少ないと、十分に窒素を拡散させても、Si・Mn系窒化物の析出が促進されない。前述したSi及びMn添加量の範囲で、且つ窒素量を0.2質量%以上侵入させた場合、Si/Mn比率を5以下とすることによって、寿命延長や耐摩耗性・耐焼き付き性向上に効果のある面積率1.0%以上のSi・Mn系窒化物の析出量を確保することができる。
【0036】
[Cr:0.5?2.0質量%]
Crは焼入れ性を向上させると同時に、炭化物形成元素であり、材料を強化する炭化物の析出を促進し、更に微細化させる。0.5質量%未満であると焼入れ性が低下して十分な硬さが得られなかったり、浸炭窒化時に炭化物が粗大化したりする。2.0質量%を越えると、浸炭窒化時に表面にCr酸化膜が形成されて、炭素及び窒素の拡散を阻害する。そのため、Cr含有量は0.5質量%以上2.0質量%以下とすることが好ましく、0.9?1.2質量%とすることがより好ましい。
【0037】
また、必要に応じて、Mo、Ni、Vの少なくとも1種類以上を添加してもよい。
【0038】
[Mo:0.2?1.2質量%]
Moは、焼入れ性を向上させると同時に、炭窒化物形成元素であり、材料を強化する炭化物及び炭窒化物、窒化物の析出を促進し、更に微細化させる作用がある。その効果は、0.2質量%以上の添加で顕著になる。1.2質量%を越えると効果が飽和し、コストが高くなる。従って、Mo含有量は0.2質量%以上1.2質量%以下とすることが好ましい。
【0039】
[Ni:0.5?3.0質量%]
Niは、焼入れ性を向上させると同時に、靭性を向上させる作用があり、その効果は0.5質量%以上の添加で顕著となる。オーステナイト安定化元素であり、3.0質量%以上添加すると残留オーステナイトが過剰となり、心部硬度が低下する。従って、Ni含有量は0.5質量%以上3.0質量%以下とすることが好ましい。
【0040】
[V:0.5?1.5質量%]
Vは、浸炭窒化によって硬質な炭化物や炭窒化物を形成して、耐摩耗性を向上させる作用がある。この効果は、0.5質量%以上の添加で顕著となる。1.5質量%を越えて過剰に添加すると、素材の固溶炭素と結びついて炭化物を形成し、硬さが低下する。従って、V含有量は0.5質量%以上1.5質量%以下とすることが好ましい。
【0041】
また、本発明においては、内外輪軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50)とすることが好ましい。尚、残留オーステナイト量の単位は「体積%」である。
【0042】
前述したように、残留オーステナイト量が少なくなると耐圧痕性、耐摩耗性が向上する一方で、表面の残留オーステナイト量が多いほどはく離寿命が延長することが明らかになっている。即ち、転動体を中心に考えると、転動体表面のオーステナイト量が少ないほど転動体の耐圧痕性、耐摩耗性が向上し、軌道輪の寿命は延長するが、転動体自身の寿命は低下する。従って、最長軸受寿命とするのに最適な転動体の残留オーステナイト量が存在するが、その最適な範囲は軌道輪の残留オーステナイト量によって異なる。軌道輪の残留オーステナイト量が多い場合には、軌道輪の寿命が長くなり、軌道輪の耐圧痕性が低下して軌道輪と転動体の間に作用する接線力も大きくなるため、転動体の耐圧痕性・耐摩耗性を上げるより、転動体の寿命を延ばす必要がある。そのため、軌道輪の残留オーステナイト量が多い場合には、転動体の残留オーステナイト量も多くしなければならない。即ち、最長軸受寿命を達成する転動体の残留オーステナイト量(γr_(C))の範囲は、軌道輪の残留オーステナイト量(γr_(AB))によって変化するため、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50)とすることが好ましい。また、残留オーステナイトが多すぎると硬さが下がり、耐圧痕性・耐摩耗性が低下するだけでなく、高温で使用される場合の寸法安定性も悪化するため上限値を50体積%とする。
【0043】
更には、内輪及び外輪の少なくとも一方が高炭素クロム軸受鋼、例えば日本工業規格JIS G4805に規定されたSUJ2、SUJ3で構成されることが好ましい。高炭素クロム軸受鋼は、清浄度を含めてその品質が極めて安定しているので、高炭素クロム軸受鋼で構成された軌道輪は、介在物等を起点とした内部起点型のフレーキングが生じにくく、十分な転がり軸受寿命を確保できる。また、高炭素鋼であるため、適切な焼入れ、焼戻しを行なうことにより、表面から芯部まで高硬度とすることができる。尚、本発明においては、高炭素クロム軸受鋼の品質は、日本工業規格JIS G4805に規定された清浄度規制を満足するレベル(ベアリング クオリティー)以上のものであることが好ましい。但し、素材時の加工性と熱処理後の加工性が良いことや、素材のコストが低いこと等より、軸受全体の寿命とコスト等とのバランスを考慮すると、SUJ2を用いることが好ましい。
【0044】
図12に、Si・Mn系窒化物の成分分析結果例を示す、
【実施例】
【0045】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0046】
寿命試験は、試験軸受として円すいころ軸受L44649/610(転動体径d=5.44mm)を用い、4000MPaの過大面圧を1回作用させた後、異物混入潤滑下で寿命試験を行った。試験条件は以下の通りである。
・試験荷重:Fr=12kN、Fa=3.5kN
・回転数:3000min^(-1)
・潤滑油:VG68
・異物の硬さ:HV870
・異物サイズ:74?134μm
・異物混入量:0.1g
【0047】
試験軸受の内外輪には高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)を用い、830?850℃のRXガス+エンリッチガス+アンモニアガス雰囲気中で1?3時間の浸炭窒化処理をした後、180?240℃の焼戻しを施して、内外輪軌道面の残留オーステナイトが約10、20、30体積%の3種類を用意した。
【0048】
また、転動体には、表4に示す成分(残部は鉄及び不可避不純物)で、表面性状のものを用いた。即ち、先ず、表記の成分を含有する線材をヘッダー加工、粗研削加工により製作し、浸炭窒化焼入れ(830℃×5?20hr、RXガス+エンリッチガス+アンモニアガス雰囲気)、180?270℃焼戻しの熱処理及び後工程を行った。転動体の表面窒素量の測定には電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用い、定量分析を行った。また、表面層の残留オーステナイト量の測定は、X線回折法により測定した。いずれも、転動体表面を直接分析測定した。さらに、Si・Mn系窒化物の面積率の測定は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、加速電圧10Kvで転動面の観察を行い、倍率5000倍で最低3視野以上写真を撮影した後、写真を2値化してから画像解析装置を用いて、面積率を計算した。転動体の硬さは、表面、0.045d、0.18dの値を測定した。
【0049】
表4に実施例、比較例の各試験軸受による寿命試験結果を示す。寿命試験は各試験軸受とも12回行い、はく離が発生するまでの寿命時間を調査して、ワイブルプロットを作成し、ワイブル分布の結果からL10寿命を求め、寿命値とした。寿命は最も短寿命であった比較例1の値を1として比の値で示してある。
【0050】
また、図13に、軌道輪軌道面の残留オーステナイトが10、20、30体積%の場合の転動体転動面の残留オーステナイトと寿命比との関係を示す。軌道輪軌道面の残留オーステナイトが多いほど長寿命の傾向を示すが、その寿命は転動体転動面の残留オーステナイト量に依存しており、転動体の残留オーステナイト量を本発明範囲に規定してやることにより、軸受全体として長寿命を達成している。また転動体の残留オーステナイト量が本発明範囲未満の場合には全て転動体が破損し、本発明範囲より多い場合には全て軌道輪が破損しており、本発明範囲内にすることにより、転動体と軌道輪の寿命をバランスよく延ばし、軸受全体として長寿命が達成できていることが分かる。
【0051】
上記特許文献1に記載されているように、残留オーステナイトが増えると異物混入潤滑環境下で寿命が延びる結果は本試験結果でも得られている。しかし、単にそれだけでは不十分であり、相手材の残留オーステナイト量も規定することで実施例に示したような長寿命化が可能である。また、本発明はコスト的な理由や使用条件の問題から残留オーステナイトを増やして長寿命化が行えない場合にも、効果的に寿命を延ばす範囲を規定し、寿命を延ばすことができる。
【0052】
【表4】

【0053】
【表5】

【0054】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】耐圧痕性試験の構成を示す模式図である。
【図2】円筒摩耗試験の構成を示す模式図である。
【図3】静的せん断力分布と降伏圧力との関係を示すグラフである。
【図4】耐圧痕性、耐磨耗性に及ぼす表面窒化物濃度の影響を示すグラフである。
【図5】シャルビー衝撃試験で得られた表面窒素濃度と吸収エネルギーとの関係を示すグラフである。
【図6】耐圧痕性、耐磨耗性に及ぼすSi・Mn系窒化物の面積率の影響を示すグラフである。
【図7】Si・Mn系窒化物の面積率の測定に際して転動面表面を撮影した電子顕微鏡写真の一例である。
【図8】窒素量とSi・Mn系窒化物の面積率との関係を示すグラフである。
【図9】Si・Mn系窒化物の面積率と圧痕起点型はく離寿命との関係を示すグラフである。
【図10】シャルビー衝撃試験で得られたSi・Mn系窒化物の面積率と吸収エネルギーとの関係を示すグラフである。
【図11】0.05?1μmのSi・Mn系窒化物の個数と寿命との関係を示すグラフである、
【図12】Si・Mn系窒化物の成分分析結果例である。
【図13】転動体の残留オーステナイト量と寿命との関係を示すグラフである。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】(削除)
【請求項2】(削除)
【請求項3】
内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、外方部材の転動面と内方部材の転動面との間に転動自在に配設された複数の転動体とを備えた転がり軸受において、
前記軌道面からの深さまたは前記転動体の転動面からの深さをZとし、前記転動体の直径をdとしたとき、前記内方部材、前記外方部材及び前記転動体の少なくとも1つの表面における硬さがHV750以上であり、Z=0.045dにおける硬さがHV770?816であり、Z=0.18dにおける硬さがHV700?771であり、前記転動面の表面におけるSi及びMnを含有する窒化物の面積率が2%以上10%以下で、かつ、面積375μm^(2)の範囲において0.05μm以上1μm以下の前記窒化物が100個以上であり、
前記転動体がC:0.95?1.10質量%、Si:0.4?0.7質量%、Mn:0.9?1.15質量%、Cr:0.9?1.2質量%、残部Feと不可避不純物からなる鋼を浸炭窒化処理もしくは窒化処理してなり、かつ、表面における窒素濃度が0.45?0.64質量%であり、
前記軌道面の残留オーステナイト量をγr_(AB)、前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγr_(C)としたとき、γr_(AB)-15≦γr_(C)≦γr_(AB)+15(但し、0≦γr_(AB)、γr_(C)≦50。また、単位は体積%。)であることを特徴とする転がり軸受。
【図面】













 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2019-05-23 
結審通知日 2019-05-27 
審決日 2019-06-07 
出願番号 特願2007-112995(P2007-112995)
審決分類 P 1 41・ 857- Y (C21D)
P 1 41・ 852- Y (C21D)
P 1 41・ 856- Y (C21D)
P 1 41・ 853- Y (C21D)
P 1 41・ 851- Y (C21D)
P 1 41・ 854- Y (C21D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 本多 仁静野 朋季  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 長谷山 健
平塚 政宏
登録日 2013-02-15 
登録番号 特許第5194538号(P5194538)
発明の名称 転がり軸受  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  

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