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審決分類 審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  G02C
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02C
審判 全部無効 特174条1項  G02C
審判 全部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  G02C
審判 全部無効 2項進歩性  G02C
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02C
管理番号 1354387
審判番号 無効2014-800136  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-10-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-08-27 
確定日 2019-07-29 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5000505号「累進屈折力レンズ」の特許無効審判事件についてされた平成28年6月21日付け審決に対し,知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成28年(行ケ)第10170号,平成29年8月30日判決言渡)があったので,さらに審理のうえ,次のとおり審決する。 
結論 特許第5000505号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3,9-12〕,4,〔5-7〕,8について訂正することを認める。 特許第5000505号の請求項1,2,5,6,9,10に係る発明についての特許を無効とする。 特許第5000505号の請求項3,4,7,8,11,12に係る発明についての審判請求は,成り立たない。 審判費用は,その2分の1を請求人の負担とし,2分の1を被請求人の負担とする。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特許第5000505号の請求項1?請求項12に係る特許(以下,それぞれ「本件特許1」?「本件特許12」といい,総称して「本件特許」という。)についての出願は,2006年(平成18年)7月6日(優先権主張 平成17年7月21日)を国際出願日とし,平成24年5月25日にその特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許に対し,平成26年8月27日に,利害関係人であるHOYA株式会社から無効審判(無効2014-800136号)が請求されたところ,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成26年 8月27日付け:審判請求書
(証拠として,甲1?甲16が提出された。)
平成26年12月17日付け:答弁書
(証拠として,乙1?乙3が提出された。)
平成26年12月17日付け:訂正請求書
(訂正請求書は,平成27年1月9日付け手続補正書によって補正された。)
平成27年 2月13日付け:審理事項通知書
平成27年 5月12日付け:口頭審理陳述要領書(請求人)
(証拠として,甲17?甲22が提出された。)
平成27年 5月12日付け:口頭審理陳述要領書(被請求人)
(証拠として,乙4が提出された。)
平成27年 5月26日 :口頭審理
(補正の許否の決定がされるとともに,職権により,無効の理由が通知された。)
平成27年 6月19日付け:意見書(被請求人)
平成27年 6月19日付け:訂正請求書
平成27年 6月25日付け:意見書(請求人)
平成27年 7月27日付け:弁駁書
(証拠として,甲23が提出された。)
平成27年10月30日付け:審決の予告
平成28年 1月 5日付け:上申書(被請求人)
平成28年 1月 5日付け:訂正請求書
(訂正請求書は,平成28年1月29日付け手続補正書によって補正された。以下,補正後の訂正請求書を「本件訂正請求書」といい,本件訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」という。)
平成28年 3月 4日付け:訂正拒絶理由通知書
平成28年 3月 4日付け:職権審理結果通知書
平成28年 4月28日付け:意見書(被請求人)
平成28年 6月21日付け:審決
平成29年 8月30日付け:判決
(平成28年6月21日付けでした審決のうち,「特許第5000505号の請求項1,2,3,4,5,6,9,10に係る発明についての特許を無効とする。」との部分が取り消された。)
平成30年 7月20日付け:審理再開通知書
(特許法181条2項の規定により,平成28年6月21日付けでした審決のうち,「特許第5000505号の請求項7,8,11,12に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分が取り消された。)
平成30年 8月21日付け:弁駁書
平成30年 9月18日付け:補正許否の決定
平成30年 9月18日付け:通知書(答弁指令)
(答弁書は提出されなかった。また,訂正請求もされなかった。)
平成31年 2月27日付け:審決の予告
(訂正請求はされなかった。また,上申書の提出もなかった。)

なお,特許法134条の2第6項の規定により,平成26年12月17日付け訂正請求書による訂正の請求,及び平成27年6月19日付け訂正請求書による訂正の請求は,取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は,特許第5000505号の明細書,特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付された訂正明細書,特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?3及び9?12,4,5?7,8について訂正することを求める,というものである。

2 訂正の内容
請求項1?請求項12からなる一群の請求項について,被請求人が求める訂正の内容は,以下のとおりである。なお,下線は当合議体が付したものであり,訂正箇所を示す。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に,
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って所定の値以下であることを特徴とする累進屈折力レンズ。」
と記載されているのを,
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。」
に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2,請求項3及び請求項9?請求項12についても,同様に訂正する。)。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」
と記載されているのを,
「 前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」
に訂正する。

(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。」
と記載されているのを,
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下,かつ0.00ディオプターより大きく,
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。」
に訂正する。

(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に,
「 前記所定の値は0.15ディオプターであることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。」
と記載されているのを,
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし,処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。」
に訂正する(請求項5の記載を引用する請求項6及び請求項7についても,同様に訂正する。)。

(5) 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項7に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,」
と記載されているのを,
「 前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が」
に訂正する。

(6) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項8に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項5に記載の累進屈折力レンズ。」
と記載されているのを,
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし,処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きく,
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。」
に訂正する。

(7) 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項11に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50
の条件を満足する領域である」
と記載されているのを,
「 前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」
に訂正する。

(8) 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項12に,
「 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」
と記載されているのを,
「 前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」
に訂正する。

(9) 訂正事項9
明細書の【0005】(特許掲載公報の6頁2?13行)に,
「本発明において,装用状態における光学性能を重視する場合,上記面非点隔差成分の平均値が所定の値以下の測定基準点を含む近傍の所定領域は,測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,|(x2+y2)1/2|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
また,本発明では,装用状態における光学性能の改善と度数測定の容易さとのバランスを考慮する場合,上記面非点隔差成分の平均値を所定の値以下に抑えるべき所定領域は,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
更に,本発明では,レンズメーターの測定位置合わせの精度の影響を考慮して度数測定の容易さを重視する場合,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦5.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。」
と記載されているのを,
「本発明において,装用状態における光学性能を重視する場合,上記面非点隔差成分の平均値が所定の値以下の測定基準点を含む近傍の所定領域は,測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
また,本発明では,装用状態における光学性能の改善と度数測定の容易さとのバランスを考慮する場合,上記面非点隔差成分の平均値を所定の値以下に抑えるべき所定領域は,座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
更に,本発明では,レンズメーターの測定位置合わせの精度の影響を考慮して度数測定の容易さを重視する場合,座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦5.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。」
に訂正する。

(10) 訂正事項10
明細書の【0005】(特許掲載公報の7頁32?41行)に,
「 従って,実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は,測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦1.75(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。また,処方度数と測定度数とをさらに良好に一致させるには,実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましく,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることがさらに望ましい。」
と記載されているのを,
「 従って,実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は,測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦1.75(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。また,処方度数と測定度数とをさらに良好に一致させるには,実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は,座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましく,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることがさらに望ましい。」
に訂正する。

(11) 本件訂正請求について
本件訂正請求は,一群の請求項である,請求項1?請求項12ごとにされたものである。また,本件訂正請求は,明細書の訂正に係る一群の請求項の全てである,請求項3,請求項4,請求項7,請求項8,請求項11及び請求項12について行われたものである。

3 訂正の適否
以下,本件訂正請求による訂正前の請求項1を「訂正前請求項1」,訂正前請求項1に係る発明を「訂正前発明1」という。また他の請求項についても同様にいい,総称して「訂正前発明」という。加えて,願書に添付した明細書を「当初明細書」といい,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面を「当初明細書等」という。同様に,願書に最初に添付したとみなされたものについても,「出願当初明細書」,「出願当初明細書等」という。
(1) 訂正事項1について
訂正事項1による訂正は,[A]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の8頁29?30行)の記載に基づいて,訂正前発明1の「累進屈折力レンズ」を,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」たものに限定する訂正,[B]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の7頁14?17行)の記載に基づいて,訂正前発明1の「前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値」(以下,かぎ括弧付きで「絶対値の平均値」という。)の範囲を,「所定の値以下」から「0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という範囲に限定する訂正,及び[C]訂正前請求項1の記載における初出の「処方面」が,上記[A]の訂正に伴い初出ではなくなるため,「前記処方面」と書き改めて特許請求の範囲の記載の整合を図る訂正の,3つからなる。そして,これら訂正は,いずれも,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明1の範囲を拡張又は変更しないものである。
請求項1の記載を引用する請求項2,請求項3及び請求項9?請求項12についても,同様のことがいえる。
したがって,訂正事項1による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号及び3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(2) 訂正事項2について
訂正事項2による訂正は,訂正前発明3の「所定領域」が,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50mmの条件を満足する範囲であることを明確にする訂正である。そして,この訂正は,訂正前請求項3の記載を明確にしたにとどまるものであるから,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明3の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項2による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(3) 訂正事項3について
訂正事項3による訂正は,[A]請求項1の記載を引用する訂正前請求項4を,請求項1の記載を引用しないものとする訂正,[B]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の8頁29?30行)の記載に基づいて,訂正前発明4の「累進屈折力レンズ」を,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」たものに限定する訂正,[C]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の7頁14?17行)の記載に基づいて,訂正前発明4の「絶対値の平均値」の範囲を,「所定の値以下」から「0.12ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大き」いという範囲に限定する訂正,及び[D]訂正前請求項4の記載における初出の「処方面」が,上記[B]の訂正に伴い初出ではなくなるため,「前記処方面」と書き改めて特許請求の範囲の記載の整合を図る訂正の,4つからなる。そして,これら訂正は,いずれも,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明4の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項3による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号,3号及び4号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(4) 訂正事項4について
訂正事項4による訂正は,[A]請求項1の記載を引用する訂正前請求項5を,請求項1の記載を引用しないものとする訂正,[B]訂正前発明5の「累進屈折力レンズ」から,「処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズ」を除く訂正,[C]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の8頁29?30行)の記載に基づいて,訂正前発明5の「累進屈折力レンズ」を,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」たものに限定する訂正,[D]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の7頁14?17行)の記載に基づいて,訂正前発明5の「絶対値の平均値」の範囲を,「0.15ディオプターである」「所定の値以下」から「0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という範囲に限定する訂正,及び[E]訂正前請求項5の記載における初出の「処方面」が,上記[C]の訂正に伴い初出ではなくなるため,「前記処方面」と書き改めて特許請求の範囲の記載の整合を図る訂正の,5つからなる。そして,これら訂正は,いずれも,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明5の範囲を拡張又は変更しないものである。
請求項5の記載を引用する請求項6及び請求項7についても,同様のことがいえる。
したがって,訂正事項4による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号,3号及び4号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(5) 訂正事項5について
訂正事項5による訂正は,訂正前発明7の「所定領域」が,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50mmの条件を満足する範囲であることを明確にする訂正である。そして,この訂正は,訂正前請求項7の記載を明確にしたにとどまるものであるから,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明7の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項5による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(6) 訂正事項6について
訂正事項6による訂正は,[A]請求項1及び請求項5の記載を引用する訂正前請求項8を,請求項1及び請求項5の記載を引用しないものとする訂正,[B]訂正前発明8の「累進屈折力レンズ」から,「処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズ」を除く訂正,[C]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の8頁29?30行)の記載に基づいて,訂正前発明8の「累進屈折力レンズ」を,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」たものに限定する訂正,[D]当初明細書の【0005】(特許掲載公報の7頁14?17行)の記載に基づいて,訂正前発明8の「絶対値の平均値」の範囲を,「0.15ディオプターである」「所定の値以下」から「0.12ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大き」いという範囲に限定する訂正,[E]訂正前請求項8の記載における初出の「処方面」が,上記[C]の訂正に伴い初出ではなくなるため,「前記処方面」と書き改めて特許請求の範囲の記載の整合を図る訂正,[F]訂正前発明8の「所定領域」が,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50mmの条件を満足する範囲であることを明確にする訂正の,6つからなる。そして,これら訂正は,いずれも,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明8の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項6による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号,3号及び4号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(7) 訂正事項7について
訂正事項7による訂正は,[A]出願当初明細書の7頁9?14行の記載に基づいて,訂正前請求項11における,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50」という誤記を含む記載を,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50」に改める訂正,[B]訂正前発明11の「所定領域」が,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50mmの条件を満足する範囲であることを明確にする訂正の,2つからなる。
ここで,訂正前請求項11の「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50」という記載が,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50」の誤記であることは明らかであるから,訂正前請求項11には,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50」ではなく「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50」と記載されていたとみなすことができる。また,上記[B]の訂正は,訂正前請求項11の記載を明確にしたにとどまる。そうしてみると,上記[A]の訂正は,出願当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,上記[B]の訂正は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,加えて,これら訂正は,いずれも,訂正前発明11の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項7による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書2号及び3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(8) 訂正事項8について
訂正事項8による訂正は,訂正前発明12の「所定領域」が,|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50mmの条件を満足する範囲であることを明確にする訂正である。また,この訂正は,訂正前請求項12の記載を明確にしたにとどまるものであるから,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであり,また,訂正前発明12の範囲を拡張又は変更しないものである。
したがって,訂正事項8による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

(9) 訂正事項9及び訂正事項10について
訂正事項9及び訂正事項10は,訂正事項2及び訂正事項5?訂正事項8によって訂正された特許請求の範囲の記載と整合するように,明細書の記載を訂正するものである。
したがって,訂正事項9及び訂正事項10による訂正は,特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる事項を目的とする訂正に該当するとともに,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものである。

4 請求人の主張について
請求人は,平成30年8月21日付け弁駁書において,概略,「絶対値の平均値」の下限値を「0.00ディオプターより大きい」とする訂正(訂正事項1,訂正事項3,訂正事項4及び訂正事項6)は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではないと主張する。
しかしながら,絶対値の下限値は,数学上0であるから,「絶対値の平均値」の下限値も,数学上0である。そして,当初明細書等においては,「0」を「0.00」と表している。そうしてみると,「絶対値の下限値」を「0.00ディオプターより大きい」とする訂正は,訂正前発明から,「絶対値の平均値」が数学上の下限値である態様の発明を除いたにすぎないものであるから,当初明細書との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって,請求人の主張は採用できない。

5 本件訂正請求についてのむすび
本件訂正請求による訂正は,特許法134条の2第1項の規定に適合するとともに,同法同条第9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
よって,特許第5000505号の明細書,特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3,9-12〕,4,〔5-7〕,8について訂正することを認める。

第3 無効理由について
1 本件特許発明1?本件特許発明12について
上記「第2」のとおり,本件訂正請求は認められたので,本件特許の請求項1?請求項12に係る発明(以下,それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明12」といい,総称して「本件特許発明」という。)は,本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項12に記載された事項によって特定されるとおりの,以下のものである。
「【請求項1】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。

【請求項2】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は,装用者の処方,装用者の使用条件,製品としてのレンズの仕様,レンズの度数を測定する方法,およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項3】
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項2に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項4】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下,かつ0.00ディオプターより大きく,
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。

【請求項5】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし,処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。

【請求項6】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は,装用者の処方,装用者の使用条件,製品としてのレンズの仕様,レンズの度数を測定する方法,およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項5に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項7】
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項6に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項8】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし,処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し,
眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きく,
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。

【請求項9】
前記所定領域は,実質的に球面形状またはトーリック面形状であることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項10】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は,装用者の処方,装用者の使用条件,製品としてのレンズの仕様,レンズの度数を測定する方法,およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項9に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項11】
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項10に記載の累進屈折力レンズ。

【請求項12】
前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項9に記載の累進屈折力レンズ。」

2 請求人及び被請求人の主張
(1) 請求の趣旨
請求の趣旨は,特許第5000505号の特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める,である。

(2) 証拠方法
ア 請求人の証拠方法
甲1:特開2004-341086号公報
甲2:特開2000-66148号公報
甲3:平成26年7月7日付け「調査報告書(1)」
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1「DEFINITY」についての調査報告書(1)としている。作成者は請求人の従業員である。)
甲4の1:レンズ袋の表面及び裏面の写真
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1の右眼用レンズ袋(表面及び裏面)としている。なお,甲4の1からは,「INV #120885」,「RIGHT」,「DEFINITY^(TM)」等の印字が看取される。)
甲4の2:レンズ袋の表面及び裏面の写真
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1の左眼用レンズ袋(表面及び裏面)としている。なお,甲4の2からは,「INV #120885」,「LEFT」,「DEFINITY^(TM)」等の印字が看取される。)
甲4の3:送り状
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1の送り状(invoice)としている。なお,甲4の3からは,「LENS STYLE」の下に「DEFINITY」の印字,「DATE OUT」の下に「06/23/03」の印字,及び「INVOICE NO.」の右に「120885」の印字が看取される。)
甲5の1:レンズの写真
(当合議体注:請求人は,レイアウト印刷除去前に撮影した公然実施製品1の右眼用レンズの写真としている。なお,甲5の1からは,「DEFINITY^(TM)」等の印字が看取され,また,度数測定位置のマークの位置からみて,右眼用レンズと考えられる。)
甲5の2:レンズの写真
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1の左眼用レンズの写真としている。なお,甲5の2からは,「DEFINITY^(TM)」等の印字が看取され,また,度数測定位置のマークの位置からみて,左眼用レンズと考えられる。)
甲6:Johnson & Johnson Vision Care, Inc. ,"Fit DEFINITY^(TM) Lenses As Your Progressive Lens of Choice",2004年
(当合議体注:請求人は,公然実施製品1のパンフレットとしている。)
甲7:平成26年7月7日付け「調査報告書(2)」
(当合議体注:請求人は,公然実施製品2「DEFINITY 2」についての調査報告書(2)としている。作成者は請求人の従業員である。)
甲8の1:レンズ袋の表面及び裏面の写真
(当合議体注:請求人は,公然実施製品2の左眼用レンズ袋(表面及び裏面)としている。なお,甲8の1からは,「LEFT」,「DEFINITY 2^(TM)」等の印字が看取される。)
甲8の2:レンズ袋の表面及び裏面の写真
(当合議体注:請求人は,公然実施製品2の右眼用レンズ袋(表面及び裏面)としている。なお,甲8の2からは,「RIGHT」,「DEFINITY 2^(TM)」等の印字が看取される。)
甲8の3:Johnson & Johnson Vision Care, Inc. ,"Congratulations for Choosing DEFINITY 2^(TM) Lenses!",2001年
(当合議体注:請求人は,公然実施製品2に添付された小冊子としている。)
甲9:「DEFINITY 2」の文字等が看取される図形
(当合議体注:請求人は,公然実施製品2の右眼用及び左眼用レンズ袋のレイアウト印刷除去前にスキャナーによりスキャンして印刷したものとしている。)
甲10:2014年4月2日付け「訴状」の1?13頁及び「証拠説明書(1)」の1?3頁
(当合議体注:本件特許の特許権侵害に基づく損害賠償請求事件(平成26年(ワ)8133号,原告:被請求人,被告:請求人)のものである。)
甲11:平成23年11月7日付け「手続補正書」
(当合議体注:本件特許の審査において,被請求人が提出した書類である。)
甲12:平成23年11月7日付け「意見書」
(当合議体注:本件特許の審査において,被請求人が提出した書類である。)
甲13:国際公開第2007/010806号の内容を掲載した再公表特許
(当合議体注:発行日は,平成21年1月29日である。)
甲14:米国特許第5444503号明細書
甲15:特開昭54-87243号公報
甲16:平成26年3月27日付け「調査報告書」
(当合議体注:請求人は,上記平成26年(ワ)8133号事件において,被請求人が提出したものとしている。)
甲17:平成27年2月27日付け「被告求釈明書」
(当合議体注:上記平成26年(ワ)8133号事件のものである。)
甲18:白柳守康,「眼鏡レンズの光学性能評価?可変物体距離回旋レンズメータによる?」,眼鏡学ジャーナル,日本眼鏡学ソサエティー,1999年4月,3巻1号,26?27頁
甲19:"Nicole Miller eyewear"
(当合議体注:Nicole Miller氏のブランド「ニコルミラー」の,眼鏡フレームのカタログと推察される。)
甲20:アサヒオプティカル,「最適表面設計を実現のO.S.D.加工を開始」,眼鏡,HOYA株式会社 ビジョンケア ディビジョン,1995年7月,103頁
甲21:平成27年4月17日付け「準備書面(被告その5)」
(当合議体注:上記平成26年(ワ)8133号事件のものである。)
甲22:甲14の翻訳文
甲23:「屈折補正用累進屈折力眼鏡レンズ JIST7315:2006」,日本規格協会,平成18年11月1日(官報公示日),3頁

イ 被請求人の証拠方法
乙1:HOYA Biz.テクニカルサポートセンター,「レンズ製品特性」,「Q.IDクリアークとタクトはどのような点が違うのか?」?「Q.カラーフィルターレンズは,レンズの中にフィルターが入っているか?」,[online],掲載年月日不明,[2014年2月10日検索],インターネット
(当合議体注:提出されたものは,印刷物であり,請求人のテクニカルサポートセンターのサイトからプリントアウトしたものと考えられる。)
乙2:国際公開第2005/084885号の内容を掲載した再公表特許(当合議体注:発行日は,平成19年11月29日である。)
乙3:送り状
(当合議体注:「ZIEGLER & LEFFINGWELL EYE CARE」が2003年6月頃に作成した送り状(INVOICE NO.121806)と考えられる。)
乙4:「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」,特許庁,平成24年4月,1?8頁

(3) 請求人が主張する無効理由
以下,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」のことを,「当業者」という。
ア 無効理由1
平成23年11月7日付け手続補正書でした,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において」という構成を追加する補正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるとはいえない。
したがって,本件特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項1号に該当し,無効とすべきものである。

イ 無効理由2-1
本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点」という構成についての実質的な記載が,発明の詳細な説明に存在しない。そうしてみると,[A]本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができず,[B]本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許の出願時の当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができず,{C}また,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の,当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものであるということができず,[D]本件特許発明は,明確であるということができない。
したがって,本件特許は,特許法36条4項1号,並びに,同条6項1号及び2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。

ウ 無効理由2-2
本件特許発明の「非球面形状」について,発明の詳細な説明には,「非球面形状」が,「(対称性を持たない)自由曲面」であるものしか記載されていない。
したがって,本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。

エ 無効理由2-3
訂正前発明11の「所定領域」が,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50の条件を満足する領域である」ことについて,発明の詳細な説明には,「所定領域」が,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50の条件を満足する領域である」ものしか記載されていない。
したがって,本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。

オ 無効理由3-1,3-1”及び4
本件特許発明1,2,5,6,9及び10は,その優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に掲げる発明に該当し特許を受けることができず,また,本件特許発明は,本件優先日前の(甲2に記載された技術を心得た)当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

カ 無効理由3-2’
本件特許発明は,本件優先日前の(甲1に記載された技術を心得た)当業者が,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

キ 無効理由3-3’
本件特許発明は,本件優先日前の(甲1,甲2及び甲6に記載された技術を心得た)当業者が,本件優先日前に日本国内又は外国において公然実施された「DEFINITY」(公然実施製品1)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

ク 無効理由3-4’
本件特許発明は,本件優先日前の(甲1及び甲2に記載された技術,並びに,甲8-3に記載された従来技術を心得た)当業者が,本件優先日前に日本国内又は外国において公然実施された「DEFINITY 2」(公然実施製品2)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

ケ 無効理由3-5’
本件特許発明は,本件優先日前の(甲2に記載された技術を心得た)当業者が,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲15に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

コ 無効理由3-6’
本件特許発明は,本件優先日前の(甲2に記載された技術を心得た)当業者が,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲14に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,同条29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

サ 無効理由5-2
本件特許発明5?本件特許発明8の「球面度数」及び「乱視度数」について,発明の詳細な説明には,「球面度数S=1.02D,乱視度数C=0.07D」の実施例と,「球面度数S=1.00D,乱視度数C=-2.03D」の実施例しか記載されていない。
したがって,本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。

シ 無効理由5-7
本件特許発明の「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成のうち,「累進面を備えない処方面」の技術的意義が,発明の詳細な説明に記載されていない。そうしてみると,[A]本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許の出願時の当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができず,[B]本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができない。
したがって,本件特許は,特許法36条4項1号及び同条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。

(4) 被請求人の主張
被請求人は,請求人が主張する無効理由によっては,本件特許を無効にすることはできないと主張している。

第4 当合議体の判断
1 無効理由1について
(1) 出願当初明細書等の記載
出願当初明細書等には,以下の記載がある。なお,頁は各葉の上部に付された数字,行は各葉の左端に付された数字に基づいて表記する(空行も1行として数える。)。また,下線は当合議体が付したものである。
ア 1頁5?7行
「技術分野
本発明は,累進屈折力レンズに関し,特に眼の調節力の補助として使用する累進屈折力レンズに関する。」

イ 1頁9行?5頁1行
「背景技術
老視の矯正には,単焦点レンズやバイフォーカルレンズ,累進屈折力レンズなどが用いられている。累進屈折力レンズは,装用時においてレンズの上方に位置する比較的遠方視に適した遠用部領域(以下,「遠用部」ともいう)と,レンズの下方に位置して比較的近方視に適した近用部領域(以下,「近用部」ともいう)と,遠用部と近用部との間に位置して双方の面屈折力を連続的に接続する累進部領域(以下,「累進部」ともいう)とを備えている。
なお,本発明では,遠用部においてレンズの度数を測定する測定基準点を「遠用基準点」と呼び,近用部においてレンズの度数を測定する測定基準点を「近用基準点」と呼ぶ。
…(省略)…近年,非球面加工技術の発達により,レンズ面を非球面形状に,特に自由曲面のような複雑な非球面形状に短時間の内に自由に加工することが可能になった。
…(省略)…
一般に,累進屈折力レンズでは,遠用基準点及び近用基準点のうちの少なくとも一方の測定基準点におけるレンズの度数を,レンズメーターと呼ばれる測定器によって測定している。従来の累進屈折力レンズでは,処方面の全体が球面形状あるいはトーリック面形状であるため,装用者の処方度数と,レンズメーターによって測定基準点で測定した球面度数及び乱視度数とは実質的に一致していた。
ところが,装用状態における光学性能を重視して処方面を非球面化した累進屈折力レンズでは,処方面が非球面化されているために測定基準点において面非点隔差が発生する。その結果,レンズメーターでの測定に際して,処方度数とは異なる球面度数及び乱視度数が表示される。
…(省略)…
そこで,特開2004-341086号公報に開示された従来の両面非球面型の累進屈折力レンズでは,処方度数と測定度数とが異なるという問題を解決するために,処方面上の主注視線に沿った線状部分の一部に面非点隔差の発生しない領域を設けている。
具体的には,実際にレンズをフレーム形状に加工する際に不要部分として廃棄される主注視線を含む遠用部の一部の領域において,処方面の主注視線上を面非点隔差の生じない形状とし,その領域でレンズの度数を測定することによって,処方度数と同じ測定度数が得られるように構成している。
…(省略)…
また,本来のレンズの度数測定は,装用者の処方通りにレンズが正しく作成されているか否かを確認するために行うものである。従って,累進屈折力レンズに限らず一般の眼鏡レンズでは,レンズの幾何学中心の近傍,あるいはレンズを装用する上で最も重要な位置に,測定基準点が配置されている。つまり,特開2004-341086号公報に記載されているようにフレーム形状外の主子午線(主注視線)上を面非点隔差の生じない形状にすれば,装用時での光学性能への影響を小さく抑えつつ処方度数と同じ測定度数を得ることはできるが,特開2004-341086号公報の従来技術で得られる測定度数は,本来求められているレンズの度数測定の目的とは異なり適切であるとはいえない。」

ウ 5頁3行?6頁20行
「発明の開示
本発明は,前述の課題に鑑みてなされたものであり,装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことのできる累進屈折力レンズを提供することを目的とする。
…(省略)…
本発明では,レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された処方面が非球面形状を有する。そして,処方面の非球面形状により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値(以下,単に「処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の平均値」あるいは「面非点隔差成分の平均値」という)が,レンズの度数を測定するための測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って所定の値以下に抑えられている。
したがって,処方面の非球面化により装用状態における光学性能を補正する構成を採用しているにもかかわらず,例えばレンズメーターを用いて測定基準点を基準として測定することにより処方度数とほぼ同じ測定度数を得ることができる。すなわち,本発明の累進屈折力レンズでは,装用者の処方や使用条件等を考慮して装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことができる。

図面の簡単な説明
図1は,本発明の実施形態にかかる累進屈折力レンズの構成を概略的に示す図である。
…(省略)…
図4は,第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。
…(省略)…
図7は,第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。」

エ 図1,図4及び図7
図1:


図4:


図7:


オ 6頁22行?12頁15行
「発明の実施の形態
…(省略)…レンズメーターによる度数測定はレンズ面上の測定基準点を基準として行われるが,実際には点ではなくある一定の面積を持った測定領域内で測定が行われる。
…(省略)…本発明において,上記面非点隔差成分の平均値ΔASavを所定の値以下に抑えるべき測定基準点を含む近傍の所定領域は,実質的に球面形状またはトーリック面形状であることが好ましい。眼鏡店やユーザーが,透過光線における光学性能の改善よりもレンズメーターによる度数測定を重視する場合,即ち,規格による許容値を考慮することなく処方度数と測定度数とが実質的に一致することを望む場合,上記所定領域において,処方面を実質的に球面形状またはトーリック面形状にすることが有効である。
…(省略)…
本発明の実施形態を,添付図面に基づいて説明する。図1は,本発明の実施形態にかかる累進屈折力レンズの構成を概略的に示す図である。図1を参照すると,本実施形態の累進屈折力レンズは,装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線MM’に沿って,比較的遠方視に適した遠用部Fと,比較的近方視に適した近用部Nと,遠用部Fと近用部Nとの間において遠用部Fの面屈折力と近用部Nの面屈折力とを連続的に接続する累進部Pとを備えている。
主注視線MM’は,遠用部Fの測定基準点である遠用基準点(遠用中心)OF,遠用アイポイントE,レンズ面の幾何中心OG,および近用部Nの測定基準点である近用基準点(近用中心)ONを通る基準線である。本実施形態の各実施例では,外面(眼とは反対側の外側面)に累進面を配置し,内面(眼側の内側面)に処方面を配置している。また,遠用部Fの測定基準点である遠用基準点OFは,幾何中心OGから主注視線MM’に沿って8mm上方に位置している。また,各実施例のレンズの外径(直径)は70mmである。」

カ 12頁16行?17頁18行
「[第1実施例]
…(省略)…
図4は,第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。…(省略)…以下の表2は,第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面における測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を数値的に示す表である。

表2において,最も上側の行に記載された横軸は測定基準点OFを原点としてレンズの水平方向への距離x(mm)を示し,最も左側の列に記載された縦軸は,測定基準点OFを原点としてレンズの鉛直方向への距離y(mm)を示している。図4および表2を参照して分かるように,測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分は,比較的小さい値(ディオプター)に抑えられている。
…(省略)…
[第2実施例]
…(省略)…
図7は,第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。…(省略)…以下の表3は,第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面における測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を数値的に示す表である。

…(省略)…図7および表3を参照して分かるように,測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分は,ほぼ0(ディオプター)に抑えられ,実質的にトーリック面と等しい面形状になっている。
…(省略)…
以上のように,本実施形態の累進屈折力レンズでは,装用状態における光学性能が良好である上に,レンズメーターにより処方度数とほぼ等しい測定度数が得られるため,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことができる。尚,遠用基準点及び近用基準点のうち,いずれの測定基準点を用いて度数測定を行うかは,そのレンズが遠用処方による累進屈折力レンズであるか,近用処方による累進屈折力レンズであるかに依存することが多い。主に遠方視を重視した遠近累進屈折力レンズの場合には遠用基準点で,近方視を重視した近々累進屈折力レンズの場合は近用基準点で測定を行うことが多いが,どちらの測定基準点を用いたとしても,本発明の技術は本質的には変わらない。従って,上述の実施形態に限定されることなく,様々な仕様の累進屈折力レンズに対して本発明を適用することが可能であることは明らかである。」

キ 18頁1行?21頁22行
「請求の範囲
1. 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された処方面は非球面形状を有し,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って所定の値以下であることを特徴とする累進屈折力レンズ。
…(省略)…
13. 前記所定領域は,実質的に球面形状またはトーリック面形状であることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。
…(省略)…
17. 前記所定領域は,前記測定基準点からレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点からレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項13に記載の累進屈折力レンズ。

18. 前記処方面の面形状を表わす関数の少なくとも二次導関数までが前記処方面のほぼ全体に亘って連続であることを特徴とする請求項17に記載の累進屈折力レンズ。」

(2) 当合議体の判断
本件特許発明の「遠用部」については,出願当初明細書において,「装用時においてレンズの上方に位置する比較的遠方視に適した遠用部領域」(1頁11?12行)と定義されている。したがって,本件特許発明の「遠用部」には,少なくとも,眼鏡を装用した者が遠方を視るときに使用する,眼鏡フレーム内の領域(遠用アイポイントから上方に拡がる眼鏡フレーム内の領域)が含まれる(この点は,技術常識でもある。)。また,本件特許発明の「遠用基準点」については,出願当初明細書において,「遠用部においてレンズの度数を測定する測定基準点」(1頁16?17行)と定義されている。ここで,「遠用部において」の「おいて」は,「遠用部」という場所を指す語とともに用いられているから,「場所を示す。…のところにあって。…のなかで。」(広辞苑5版)を意味する。そうしてみると,本件特許発明の「遠用基準点」は,「遠用部」のところにある。
そして,本件特許発明の目的ないし課題は,「装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことのできる累進屈折力レンズを提供すること」(5頁4?6行)にある。加えて,本件特許の出願時の技術常識によると,眼鏡店やユーザーが,累進屈折力レンズの遠用度数の測定を行う領域は,通常,遠用アイポイントを下端とする円形領域として,眼鏡フレーム内に設けられる。また,出願当初明細書には「累進屈折力レンズに限らず一般の眼鏡レンズでは,レンズの幾何学中心の近傍,あるいはレンズを装用する上で最も重要な位置に,測定基準点が配置されている」(4頁20?22行)と記載されている。
以上勘案すると,本件特許の出願当初明細書等の記載に接した当業者ならば,本件特許の出願時の技術常識に照らして,「遠用基準点」が眼鏡フレーム内に設定されていることを,出願当初明細書等に記載されているのと同然であると理解することができる。
したがって,本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点」という構成は,出願当初明細書等の記載から自明な事項である。
なお,このような理解は,測定基準点を眼鏡フレーム外に設ける従来技術の構成が,「本来求められているレンズの度数測定の目的とは異なり適切であるとはいえない」(4頁26行?5頁1行)として排除されていること,並びに,図1及びその説明(12頁2?15行)において,「レンズの外径(直径)は70mmである」ところ,「遠用部Fの測定基準点である遠用基準点OFは,幾何中心OGから主注視線MM’に沿って8mm上方に位置している」(12頁13?15行)とされ,眼鏡フレーム内に入ることが明らかな位置に設定されていることとも整合する。

本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,…前記近用部領域の測定基準である近用基準点」という構成についても,同様である。

以上のとおりであるから,平成23年11月7日付け手続補正書による補正で追加された「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において」という構成は,出願当初明細書等の記載から自明な事項である。
したがって,平成23年11月7日付け手続補正書でした上記補正は,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである。

(3) 小括
本件特許は,無効理由1によっては,無効とすることができない。

2 無効理由2-1について
(1) 36条6項1号について
ア 当合議体の判断
本件特許発明の,発明が解決しようとする課題は,本件特許の明細書の【0003】(特許掲載公報の4頁46?48行)に記載されたとおりの,「装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことのできる累進屈折力レンズを提供すること」にある。
ここで,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」ている。そうしてみると,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,「装用状態における光学性能を良好に改善している」ものである。また,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って」所定範囲にある(当合議体注:所定範囲の上限は「0.15ディオプター以下」又は「0.12ディオプター以下」であり,下限は「0.00ディオプターより大きい」である。)。そうしてみると,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,「眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことのできる」ものである。
以上勘案すると,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えないものである。
したがって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,平成23年11月7日付け手続補正書による補正で追加された「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において」という構成が,出願当初明細書等に記載されていないことを根拠として,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができないと主張する。
しかしながら,前記1(2)で述べたとおりであるから,請求人の主張は前提に誤りがあり,採用できない。

(2) 36条4項1号(実施可能要件)について
ア 当合議体の判断
前記1(2)で述べたのと同様にして,当業者は,本件特許の発明の詳細な説明の記載から,本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において」という構成も含めて,本件特許発明の構成を,明確に読み取ることができる。すなわち,当業者は,「遠用基準点」とは,眼鏡フレーム内にある遠用部のところにあって,レンズの度数を測定する測定基準点のことであると理解することができ,また,「近用基準点」とは,眼鏡フレーム内にある近用部のところにあって,レンズの度数を測定する測定基準点のことであると理解することができる。したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明について,明確に説明されているものである。そして,当業者は,本件特許の出願時の技術常識に基づいて,レンズ面を加工することにより,特許請求の範囲に記載された要件を満たす形状の「遠用基準点」及び「近用基準点」を,眼鏡フレーム内となる位置に具備する,本件特許発明の累進屈折力レンズを作ることができる。また,当業者は,このようにして作った「累進屈折力レンズ」を,「遠用基準点」及び「近用基準点」が眼鏡フレーム内にあるように眼鏡フレームにはめ込むことにより,本件特許発明の累進屈折力レンズを使用することができる。
以上のとおり,当業者は,本件特許発明を実施することができるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,本件特許の発明の詳細な説明には,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」に対して,どのように眼鏡フレームを合わせるのか,非球面に起因する分の面非点隔差成分を所定領域において所定の値以下としつつ,測定基準点を眼鏡フレームに設定するための手法についての実質的な開示がないと主張する。
しかしながら,本件特許発明の「遠用基準点」は,装用者が眼鏡を装用して遠方を視た時に使用する領域内にあるから,当業者は,「遠用基準点」を,例えば,「遠用アイポイント」のすぐ上に設定することができる。「近用基準点」についても同様である。また,当業者は,本件出願時の技術常識に基づいて,レンズ面を加工することができるから,「遠用基準点」及び「近用基準点」の近傍の面非点隔差成分を所定範囲とすることができる。

(3) 36条4項1号(委任省令要件)について
ア 当合議体の判断
発明の属する技術分野に関して,本件特許の明細書の【0001】(特許掲載公報の2頁50行?3頁1行)には,「本発明は,累進屈折力レンズに関し,特に眼の調節力の補助として使用する累進屈折力レンズに関する。」と記載されている。また,発明が解決しようとする課題に関して,本件特許の明細書の【0002】(同3頁35?43行)には,「累進屈折力レンズでは,遠用基準点及び近用基準点のうちの少なくとも一方の測定基準点におけるレンズの度数を,レンズメーターと呼ばれる測定器によって測定している。…ところが,装用状態における光学性能を重視して処方面を非球面化した累進屈折力レンズでは,処方面が非球面化されているために測定基準点において面非点隔差が発生する。その結果,レンズメーターでの測定に際して,処方度数とは異なる球面度数及び乱視度数が表示される。」と記載されている。さらに,発明が解決しようとする課題の解決手段に関して,本件特許の明細書の【0005】(同6頁29行?7頁17行)には,「本発明では,処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の平均値をΔASavとし,この平均値ΔASavを所定の値以下に抑えることによって本発明の目的を達成している。…レンズメーターによる測定度数の処方度数に対するずれ量が,ISO規格で設定された許容値(許容差)以下であれば,処方度数と測定度数とが実用上は等しいと判断することができる。…本願発明者の検討によると,装用状態における光学性能を重視する場合にはΔASav≦0.15(ディオプター)を満足することが望ましく,装用状態における光学性能をさらに重視する場合にはΔASav≦0.12(ディオプター)を満足することが望ましい。」と記載されている。
以上のとおり,本件特許の発明の詳細な説明には,本件特許発明の,発明の属する技術分野,並びに,発明が解決しようとする課題,及びその解決手段が記載されている。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の,当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することにより,当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,「測定基準点が眼鏡フレーム内に設定された」ことにより,どのような作用効果が本件特許発明に対して相乗的に別途もたらされるのか理解できないと主張する。
しかしながら,特許法36条4項1号において準用する特許法施行規則24条の2の規定は,本件特許発明の一部の構成との関係において,その技術的意義を理解するために必要な事項を発明の詳細な説明に記載することを規定するものではない。
したがって,請求人の主張は採用できない。

なお,本件特許の明細書の【0005】(特許掲載公報の11頁3?5行)には,「本実施形態の累進屈折力レンズでは,装用状態における光学性能が良好である上に,レンズメーターにより処方度数とほぼ等しい測定度数が得られるため,眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことができる。」と記載されている。また,当業者ならば,これが本件特許発明の場合についても妥当することを,上記ΔSavの許容値(許容差)に関する記載に照らして理解することができる。そして,当業者ならば,「測定基準点が眼鏡フレーム内に設定された」ことの技術的意義を,この作用効果との関係において理解することができる。
したがって,いずれにせよ,請求人の主張は採用できない。

(4) 36条6項2号について
ア 当合議体の判断
本件特許発明でいう「遠用基準点」は,眼鏡フレーム内にある遠用部のなかで,レンズの度数を測定する測定基準点のことを意味すると明確に理解され,また,「近用基準点」も,眼鏡フレーム内にある近用部のなかで,レンズの度数を測定する測定基準点のことを意味すると明確に理解される。そして,当業者ならば,これら構成も含めて,本件特許発明の構成を,特許請求の範囲に記載された事項によって特定されるとおりのものとして,明確に理解することができる。
したがって,本件特許発明は,明確である。

イ 請求人の主張について
請求人は,本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点」という構成の技術的意義が,理解できないと主張する。
しかしながら,本件特許発明の「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点」という構成は,本件特許発明の「遠用基準点」及び「近用基準点」の意味を上述のとおり理解することにより,その文言によって特定されるとおりの技術的意義のものとして理解することができる。

請求人は,眼鏡フレーム内に測定基準点が確実に設定されるためには,累進屈折力レンズ自体に加え,眼鏡フレーム形状,フィッティングポイント,瞳孔間距離に関する情報が必要となるところ,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,例えば,眼鏡フレームにはめ込み可能とする加工が行われていないレンズを含むものとなっており,累進屈折力レンズ単体から一義的に発明の内容が確定しないため本件特許発明は著しく不明確であると主張する。
しかしながら,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」は,既に,特許請求の範囲に記載されたとおりの形状に加工済のものである。そうしてみると,当業者は,たとえ眼鏡フレームにはめ込み可能とする加工が行われる前の「累進屈折力レンズ」であっても,その外面及び内面の形状に基づいて,「眼鏡フレーム内」に入ると理解される位置に,「前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点」を見出すことができる。
したがって,請求人の主張は採用できない。

(5) 小括
本件特許は,無効理由2-1によっては,無効とすることができない。

3 無効理由2-2,無効理由2-3について
(1) 無効理由2-2について
ア 合議体の判断
前記2(1)アで述べたとおりであるから,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,本件特許発明の「非球面形状」に,対称性を持たない自由曲面以外の形状も含まれるのならば,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであると主張する。
しかしながら,当業者ならば,本件特許の出願時の技術常識に基づいて,対称性を持たない自由曲面以外の形状の「非球面形状」によっても,「装用状態における光学性能を良好に改善」することができる。
したがって,請求人の主張は採用できない。

(2) 無効理由2-3について
本件訂正請求が認められたことにより,無効理由2-3の前提となる,請求項11の「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦.50」という記載が存在しなくなった。
また,本件特許発明11の「所定領域」は,「|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50の条件を満足する領域」に訂正されたところ,この構成は,本件特許の発明の詳細な説明に記載されている。
したがって,本件特許発明11は,発明の詳細な説明に記載したものである。

(3) 小括
本件特許は,無効理由2-2及び無効理由2-3によっては,無効にすることができない。

4 無効理由3-1,3-1”及び4について
(1) 甲1の記載
本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ上方に配置された比較的遠方を見るための第1の領域と,第1の領域よりも下方に配置され同第1の領域よりも大きな屈折力を有する第2の領域と,これら領域の間に配置され屈折力が累進的に変化する累進帯を備え,同第1の領域の遠用フィッティングポイントから同第2の領域の近用フィッティングポイントへと視線を移動させる際に視線が通過する主注視線が設定される累進屈折力レンズにおいて,
前記レンズの物体側あるいは眼球側のいずれか一方の面側には前記第1の領域,第2の領域及び累進帯からなる所定の累進面を形成するとともに,同累進面の主注視線上での同主注視線に沿う方向における同累進面の断面の曲率P1と同主注視線と交差する任意の平面と累進面が交わってできる断面曲線の曲率P2との曲率差ΔPを0又は所定範囲内に収めて面アスを抑制するように設定し,いずれか他方の面側には同他方の面側の主注視線上での面アスを発生させるような補正面を形成することで同他方の面側の主注視線を透過する透過光の非点収差の一部又は全部を抑制するようにしたことを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項2】
前記いずれか一方の面側とは前記レンズの物体側の面であり,いずれか他方の面側とは前記レンズの眼球側の面であることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項3】
前記主注視線上での面アスを発生させるようにした補正面には部分的に同主注視線上での面アスを発生させない調整帯を設けるようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項4】
処方値と一致する所定の加入度数がレンズ表面での測定値として得られる主注視線上での面アスのない比較対象レンズに対して同比較対象レンズの測定値と同等の加入度を得るため前記累進面又は補正面の少なくとも一方に所定のレンズ度数を追加する補正を施したことを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の累進屈折力レンズ。」

イ 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は老視補正用の眼鏡に使用される累進屈折力レンズに関するものである。
【0002】
【従来の技術】…(省略)…一般的に累進屈折力レンズは屈折力のそれぞれ異なる2つの領域と,それら両領域の間で屈折力(度数)が累進的に変わる領域とを備えた非球面レンズとされており,境目がなく1枚のレンズで遠くのものから近くのものまで見ることができるものである。ここに2つの領域とは一般的には遠距離の物体を目視するためにレンズの上方位置に設定された遠用部領域と,近距離の物体を目視するためにレンズの下方位置に設定された近用部領域の2つの領域のことである。遠用部領域と近用部領域との移行帯である累進帯は滑らかかつ連続的に連結されている。このような累進レンズには主注視線が設定されている。主注視線は遠用アイポイントを通る垂直線が下方に向かうに従って鼻側に偏倚し,再び下方に垂直に向かう屈曲したラインである。主注視線はこのライン上における視線の移動で唯一非点収差が0に近くなり物体がはっきりと目視されるため,累進レンズの特性はこの主注視線上の所定位置で評価されることとなっている。
かつて初期の累進屈折力レンズでは主注視線はいわゆる「へそ線」,つまり面アスのないすべての方向の曲率が一定であるへそ点の連続で構成されていた。このようにへそ線とすることで確かに正対する方向から使用者の眼に入射する光線の非点収差は効果的に抑制することが可能である。しかし実際に使用者の眼に入射する光線は斜めから入射するものもあるため,総体的には主注視線をへそ線としてしまうことはかえって非点収差の補正が十分ではなくなることが判明したため,現状では主注視線はへそ線とならないような設計とすることがある。
…(省略)…
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし,上記特許文献1を含め従来の技術では主注視線がへそ線とならないような処理を累進面側に施すこととなっている。ここに最も一般的なレンズ製造方法としてモールド成形が挙げられるが,このモールド成形で主注視線がへそ線とならないような処理を累進面側に施してレンズを得る場合には必ずしもすべてのレンズ度数に合致した最適な設計とならない。…(省略)…本発明は,このような従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的は,累進面における主注視線がへそ線であってもレンズ度数に合致した最適な設計が可能な累進屈折力レンズを提供することにある。」

ウ 「【0009】
【発明の効果】
上記請求項1?4の発明では,レンズのいずれか一方の累進面上の主注視線の面アスを抑制するように所定の設定し,いずれか他方の面側には前記主注視線上での面アスを発生させるような補正面を形成するようにしたことによって,レンズ度数に合致するよう非点収差を抑制した最適な設計の累進屈折力レンズを得ることが可能となる。
…(省略)…
【0011】
(実施の形態1)
図1に示すように,本実施の形態1の累進屈折力レンズ1は上方位置に遠距離の物体を目視するための遠用部領域11が設定されている。下方位置には近距離の物体を目視するための近用部領域12が設定されており,遠用部領域11と近用部領域12の間には両領域11,12を滑らかかつ連続的に連結する累進帯13が設定されている。
累進屈折力レンズ1の表面にはこのような累進特性を発揮させるための非球面の累進面15が形成されている。累進面15の中央垂直方向には局所的に球面に形成された(つまりへそ点の集合面)球面領域Aが設定されている。球面領域Aは遠用部領域11では上方ほど,近用部領域12では下方ほどその領域が広く設定され累進帯13においては実質上幅はない,つまり累進帯13では純粋にへそ点の連続線とされている。
本実施の形態1で使用される累進屈折力レンズ1の前駆体としての材料ブロック10の表面は図2に示すような略対称の非点収差分布(いわゆるアス分布)を示している。図2は非点収差分布における任意の点を局部的に評価した場合の主曲率の差を表したいわゆる面アスの分布を示したものである。
累進屈折力レンズ1の裏面には補正面16が形成されている。本実施の形態1では上記のように材料ブロック10が略対称の非点収差分布特性を示すため,左右いずれのレンズとして使用するかによって(例えば図3では図上反時計方向に)それぞれ所定量回動させる。この回動によって球面領域Aの下方が鼻側に寄り球面領域Aはわずかに傾斜することとなる。この回動状態で補正面16が形成される。
図3に示すように累進面15側の主注視線S1はこの回動状態において図示しない遠用アイポイントを通って下方に向かうに従って鼻側に偏倚し,再び下方に向かう屈曲したラインとされる。主注視線S1は球面領域Aに存在する。すなわち,累進面15側の使用可能な領域においては主注視線S1はへそ線となっている。」
(当合議体注:図1?図3は以下の図である。
図1:


図2:


図3:

)

エ 「【0012】
このように本実施の形態1の累進屈折力レンズ1では表面側の累進面15の主注視線S1はへそ線とされているものの,図8に示すような裏面側に設定される主注視線S2はへそ線とはされていない。すなわち補正面16の形成に伴って裏面側の主注視線S2では面アスが発生するような累進特性が加味されている。ここに裏面側の主注視線S2とは累進面15の主注視線S1を透過して最終的に眼回旋中心を透過する光線が眼球側を透過する位置にあるレンズの物体側の主注視線に対応する線を意味する。
初期の累進屈折力レンズでは表面側の累進面に設定される主注視線S1はへそ線として構成された場合において裏面の形状は単純な球面,つまり主注視線S2もへそ線とされていた。ここに,へそ線とは局所的に球面(すべての方向の曲率半径が一定)になっているいわゆるへそ点の連続した線であって,本実施の形態では図1に示すように球面領域Aとして設定されている。本実施の形態1の累進屈折力レンズ1では上記のように主注視線S1はへそ線となっているものの,補正面16側に施された補正によって補正面16側の主注視線S2はへそ線とはなっていない。
これによって主注視線S1を透過して眼の回旋中心に達する光(以下,透過光とする)についての非点収差が表裏の主注視線S1,S2をへそ線とした累進屈折力レンズ(以下,旧型レンズとする)と比べて抑制されることとなる。」
(当合議体注:図8は以下の図である。

)

オ 「【0013】
ところで,ユーザーが累進屈折力レンズ1を旧型レンズと比較した場合に特に近用部の見え方で処方が同じはずなのに度数が弱く感ずる(つまりはっきり見えない)ケースがある。
これは以下のような理由に基づく。すなわち,裏面側の主注視線S2をへそ線としないことによって非点収差を抑制することができる反面これに伴って面アスの影響で度数が若干低く測定されることとなってしまう。もちろん,処方値は実際にユーザーがこのレンズを装用した状態の透過光を想定しており,その状態では所定の処方値が得られるように設計されるのであるが,一般に非点収差がなくなることよりも加入度の差のほうが見え方として顕著に表れるため,特に旧型レンズからかけ替えようとしているユーザーにとっては近用部の見え方に不満を感じることがある。
更に,この旧型レンズでは主注視線に正対した光線をレンズメータで測定し,その測定値と処方値とを照合してレンズを成形してしまうという慣行があった。つまり。このように度数を設定した場合ではユーザーが装用するとレンズ効果により実際には処方値よりも強い加入度のレンズとなってしまうこととなる。この結果,特にこのような旧型レンズから累進屈折力レンズ1にかけ替えをする場合ではなおさら度数が弱く感じてしまう。
そのため,累進屈折力レンズ1では補正面側にこの度数低下分を補うようなプラス度数を追加している。追加方法としては旧型レンズのレンズ面でのレンズメータの測定値と同等になるような平均度数(S+C/2)を与えている。
【0014】
この累進屈折力レンズ1における主要条件は次の通りである。
・レンズ径70mm
・レンズ中心部厚み3mm
・素材屈折率1.70
・遠用度数S+0.50D,C+0.50D,AX(軸度)180度→水平方向0.50D,垂直方向1.00D
・近用度数S+3.453D,C+0.494D,AX(軸度)180度→水平方向3.453D,垂直方向3.948D
・加入度2.950
【0015】
上記条件においては上記のように旧型レンズのレンズ面でのレンズメータの測定値と同等になるような平均度数(S+C/2)を考慮して加入度が設定されている。ここに累進屈折力レンズ1の加入度は次のように計算される。
加入度=
主注視線上の近用測定位置における平均度数(S+C/2)
-主注視線上の遠用測定位置における平均度数(S+C/2)
ここでは眼科処方としては加入度3.00が求められているものとする。この時,主注視線上に面アスのない旧型レンズであれば上記遠用度数をベースとして加入度3.00となるような近用度数は次のような値になる。
・近用度数S+3.50D,C+0.50D,AX(軸度)180度→水平方向3.50D,垂直方向4.00D
累進屈折力レンズ1では累進面15側の主注視線上に面アスはないが,補正面16の補正によって裏面側に面アスが発生する。この面アスの発生に伴う度数の低下と実際に装用することによるレンズ効果(実際のレンズと眼との距離(間隔)によって近用部の度数は向上する)とが相殺される。本来処方に忠実であれば累進屈折力レンズ1近用度数は次のような値とされる。
・近用度数S+3.28D,C+0.47D,AX(軸度)180度→水平方向3.28D,垂直方向3.75D
この近用度数に基づけば処方に従った加入度は2.765と計算される。すなわち,実際に装用した状態ではこのようなレンズ自体の加入度2.765にもかかわらずトータルとして加入度3.00が得られているわけである。
しかしながら,上記のように旧型レンズでの見え方と比較してユーザーにとって不満を感じることがある。そのため,本実施の形態1の累進屈折力レンズ1では上記のように補正面側にこの低下分を補うようなプラス度数を追加している。具体的には旧型レンズと同様レンズメータによって上記加入度3.00に近くなるようにS又は/及びCを設定する。
その結果として加入度2.950が得られている。
…(省略)…
【0019】
このように構成することによって,本実施の形態1では次のような効果を奏する。
(1)上記実施の形態1の累進屈折力レンズ1では補正面16において遠視・近視・乱視の矯正データを補正するようになっており,これらの補正と同時にへそ線とされた累進面側の主注視線S1を透過する透過光に非点収差が生じないように補正面16に面アスが生じるような補正を行うようになっている。これによってレンズ度数に応じた非点収差が極力生じない最適な累進屈折力レンズ1を提供することが可能とされている。
(2)実施の形態1の累進屈折力レンズ1は特に外面累進レンズであって,いわゆる内面累進レンズに比較して歪曲収差が発生しにくく,このようなレンズにおいてレンズ度数に応じて非点収差を抑制するようにしたため,極めて収差の少ないレンズを得ることができる。
(3)累進面側の主注視線S1はへそ線とされているため累進面15がシンプルな面として構成されることとなり光学的に収差の減少に寄与し,面の形成上も複雑化せず精度が出やすい。この効果は特に累進帯で顕著に発揮される。
(4)上記実施の形態1では度数低下分を補うようなプラス度数を平均度数(S+C/2)を用いて補正している。すなわち,パラメータとして乱視分を含んだ計算が可能となっているため,乱視矯正を行っている累進屈折力レンズであっても度数低下分を補う最適な補正が可能となっている。
(5)CAM装置による旋盤加工ではなくモールド21,22によって材料ブロック10の成形と同時に累進面15を形成させることができることなっている。これによってCAM装置による旋盤加工は裏面の補正面16を加工するだけでよくなる。従って,旋盤加工の手間が大幅に軽減されることとなる。
(6)補正面16の加工は累進面全部を一方の面で加工するという発想の従来の外面累進レンズや内面累進レンズに比べて加工量が極めて少なくてすむ。
これに起因して加工工具(例えば切削刃)の動きが小さく抑えられることとなり,加工精度が向上し,更に加工速度も早くできるため加工時間も短縮化される。また,加工工具の摩耗も従来に比べて抑制される。
(7)補正面16の加工は基準となる球面からわずかに加工するだけであるため,加工後の形状測定の精度が向上する。測定精度は接触式の測定であっても干渉を利用した光学的な測定であってもいずれにも有利である。
(8)補正面16を加工することで耳側と鼻側の収差分布を調整するようにしているため,モールド21,22によって材料ブロック10に累進面15を形成させた段階では左右のレンズを区別して製造する必要はない。従って,材料ブロック10の種類が半分で済み,コストの削減に寄与することとなる。
【0020】
(実施の形態2)
実施の形態2の累進屈折力レンズ1も実施の形態1と同様な工程で製造される。上記実施の形態1とのレンズ構成の違いは図7に示すように実施の形態1の遠用部領域11付近に調整帯26を設けていることである。
実施の形態2の累進屈折力レンズ1では図7に示すようにレンズ表面(つまり累進面15側)の球面領域Aの上部の扇状に拡開されたフレームに入らない部分が調整帯26とされている。
そして,実施の形態1と同様,本実施の形態2の累進屈折力レンズ1でも表面側の累進面15の主注視線S1はへそ線とされているものの,図8に示すような裏面側に設定される主注視線S2はへそ線とはされていない。すなわち補正面16の形成に伴って裏面側の主注視線S2では面アスが発生するような累進特性が加味されている。但し,調整帯26位置においてはこのような累進特性を加味されていない。つまり,調整帯26における主注視線S2はへそ線のままとされている。
このような調整帯26は面アスの発生によって若干の度数低下が測定上表れてしまうことの実務上の対応のために設定される。
主注視線S1においてレンズメータで測定した場合には面アスの影響で従来のレンズよりも若干加入度が低く測定され,眼鏡店やユーザーが処方との違いに戸惑うケースがあり得る。そのため眼鏡店においてレンズメータで測定を促す位置としてこの調整帯26を指示するようにするわけである。この調整帯26においてレンズメータで測定をすれば面アスの影響による度数の低下が生じていないので心理的に安心できることとなる。尚,この調整帯26は実際にフレーム形状に切削する際には廃棄される部分である。
尚,実施の形態2でも実施の形態1と同様の効果が奏される。
【0021】
尚,この発明は,次のように変更して具体化することも可能である。
・上記実施の形態1では度数低下分を補うようなプラス度数を平均度数(S+C/2)を用いて補正していたが,その他の補正方法であっても構わない。
・上記実施の形態2では調整帯26は遠用領域の上部位置にかけて設定されていたが,このような表裏の主注視線S1,S2ともへそ線とされている調整帯26は要はユーザーが実際に眼鏡レンズとして使用する使用領域を外れていれば主注視線S1上のどこであっても構わないため,近用領域の下部位置に調整帯26を設定しても構わない。もちろん,遠用領域の上部位置と近用領域の下部位置の両方に設定してもよい。」

(2) 甲1発明
ア 甲1発明A
甲1の【0011】?【0019】には,「実施の形態1」の「累進屈折力レンズ1」が記載されているところ,これは,甲1の【請求項1】に記載された発明の実施の形態であるとともに,【請求項2】や【請求項4】(請求項3を引用しないもの)に記載された発明の実施の形態とも理解される。
ここで,甲1の【0002】には,「主注視線は遠用アイポイントを通る垂直線が下方に向かうに従って鼻側に偏倚し,再び下方に垂直に向かう屈曲したラインである」と記載されている。また,甲1でいう「へそ線」とは,「すべての方向の曲率が一定であるへそ点の連続」(【0002】)のことである。
そうしてみると,甲1には,請求項2に記載された発明の「実施の形態1」として,次の「老視補正用の眼鏡に使用される累進屈折力レンズ」(【0001】)が記載されている(以下「甲1発明A」という。)。
「 上方位置に遠距離の物体を目視するための遠用部領域11が設定され,下方位置には近距離の物体を目視するための近用部領域12が設定されており,遠用部領域11と近用部領域12の間には両領域11,12を滑らかかつ連続的に連結する累進帯13が設定され,主注視線S1は,遠用アイポイントを通る垂直線が下方に向かうに従って鼻側に偏倚し,再び下方に垂直に向かう屈曲したラインである,老視補正用の眼鏡に使用される累進屈折力レンズ1であって,
累進屈折力レンズ1の表面にはこのような累進特性を発揮させるための非球面の累進面15が形成され,
累進屈折力レンズ1の裏面には補正面16が形成され,
累進屈折力レンズ1は,特に外面累進レンズであって,CAM装置による旋盤加工は補正面16を加工するだけでよく,
主注視線S1は,すべての方向の曲率が一定であるへそ点の連続線,すなわち,へそ線となっているものの,補正面16に施された補正によって,補正面16の主注視線S2はへそ線とはなっておらず,これによって,主注視線S1を透過して眼の回旋中心に達する光の非点収差が,表裏の主注視線S1,S2をへそ線とした累進屈折力レンズと比べて抑制されている,
累進屈折力レンズ1。」

イ 甲1発明B
甲1の【0020】には,「実施の形態1」の記載(【0011】?【0019】)を援用する形で記載された「実施の形態2」として,次の「累進屈折力レンズ1」も記載されている(以下「甲1発明B」という。)。
「 甲1発明Aの累進屈折力レンズ1において,
レンズ表面のフレームに入らない部分が調整帯26とされ,調整帯26における主注視線S2はへそ線のままとされ,
眼鏡店においてレンズメータで測定を促す位置としてこの調整帯26を指示するようにし,この調整帯26においてレンズメータで測定をすれば面アスの影響による度数の低下が生じていないので心理的に安心できる,
累進屈折力レンズ1。」

(3) 対比
本件特許発明1と甲1発明Aを対比すると,以下のとおりである。
ア 遠用部領域
甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,「上方位置に遠距離の物体を目視するための遠用部領域11が設定され」ている。
そうしてみると,甲1発明Aの「遠用部領域11」は,本件特許発明1の「遠用部領域」に相当する。また,甲1発明Aの「遠用部領域11」は,本件特許発明1の「遠用部領域」の「比較的遠方視に適した」という要件を満たす。

イ 近用部領域
甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」の「下方位置には近距離の物体を目視するための近用部領域12が設定され」ている。
そうしてみると,甲1発明Aの「近用部領域12」は,本件特許発明1の「近用部領域」に相当する。また,甲1発明Aの「近用部領域12」は,本件特許発明1の「近用部領域」の「該遠用部領域に対して比較的近方視に適した」という要件を満たす。

ウ 累進部領域
甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」の「遠用部領域11と近用部領域12の間には両領域11,12を滑らかかつ連続的に連結する累進帯13が設定され」ている。
そうしてみると,甲1発明Aの「累進帯13」は,本件特許発明1の「累進部領域」に相当する。また,甲1発明Aの「累進帯13」は,本件特許発明1の「累進部領域」の「前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する」という要件を満たす。

エ 累進屈折力レンズ
甲1発明Aは,「遠用部領域11」,「近用部領域12」及び「累進帯13が設定され」た「老視補正用の眼鏡に使用される累進屈折力レンズ1」である。
そうしてみると,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」に相当する。

オ 主注視線
甲1発明Aの「主注視線S1は,遠用アイポイントを通る垂直線が下方に向かうに従って鼻側に偏倚し,再び下方に垂直に向かう屈曲したラインである」。
そうしてみると,甲1発明Aの「主注視線S1」は,本件特許発明1の「主注視線」に相当する。また,甲1発明Aの「主注視線S1」は,本件特許発明1の「主注視線」の「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する」という要件を満たす。
また,累進屈折力レンズに関する技術常識を勘案すると,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,「遠用部領域11」,「近用部領域12」及び「累進帯13」を,「主注視線S1」に沿った位置に備える(甲1の図1及び図3からも看取される構成である。)。
そうしてみると,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」の「主注視線に沿って,…遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた」という要件を満たす。

カ 累進面
甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1は,特に外面累進レンズであって」,「累進屈折力レンズ1の表面にはこのような累進特性を発揮させるための非球面の累進面15が形成され」ている。
そうしてみると,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」の「累進面が外面に配置され」という要件を満たす。

キ 処方面
甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1は,特に外面累進レンズであって,CAM装置による旋盤加工は補正面16を加工するだけでよく」,「主注視線S1は,すべての方向の曲率が一定であるへそ点の連続線,すなわち,へそ線となっているものの,補正面16に施された補正によって,補正面16の主注視線S2はへそ線とはなっておらず,これによって,主注視線S1を透過して眼の回旋中心に達する光の非点収差が,表裏の主注視線S1,S2をへそ線とした累進屈折力レンズと比べて抑制されている」。
そうしてみると,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」において,処方が施される面は,「補正面16」である。また,甲1発明Aの「補正面16」は,累進面を備えない非球面形状である。加えて,甲1発明Aの「補正面16」は,レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成されたものである。
したがって,甲1発明Aの「補正面16」は,本件特許発明1の「処方面」に相当する。また,甲1発明Aの「補正面16」は,本件特許発明1の,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された」及び「非球面形状を有し」という要件を満たす。加えて,甲1発明Aの「累進屈折力レンズ1」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」の「累進面を備えない処方面が内面に配置され」という要件を満たす。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明Aは,次の構成で一致する。
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有する,
累進屈折力レンズ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明Aは,次の点で相違する。
(甲1相違点1)
本件特許発明1は,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という構成を具備するのに対して,甲1発明Aは,この構成を具備するとは特定されていない点。

(5) 判断
甲1の【0013】には,甲1発明Aに対応する「実施の形態1」において,「面アスの影響で度数が若干低く測定されることとなってしまう」ことへの対策として,「旧型レンズのレンズ面でのレンズメータの測定値と同等になるような平均度数(S+C/2)を与え」ることが開示されている(当合議体注:【請求項4】に記載された構成である。)。また,甲1の【0015】には,この構成を採用することにより,「眼科処方としては加入度3.00が求められている」とき,「加入度2.950が得られ」ることが開示されている。
そうしてみると,甲1発明Aにおいて「面アスの影響で度数が若干低く測定されることとなってしまう」問題を認識した当業者が採用する構成は,甲1発明Aに対応する「実施の形態1」が具備する上記の構成である。甲1の上記の記載を考慮すると,たとえ他の甲号証に記載された技術を心得た当業者といえども,甲1発明Aにおいて,甲1相違点1に係る本件特許発明1の構成を採用することはない。
したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲1発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(6) 甲1発明Bについて
本件特許発明1と甲1発明Bを対比すると,甲1相違点1と同じ相違点が見いだされる。
しかしながら,甲1発明Bにおいては,既に,「レンズ表面のフレームに入らない部分が調整帯26とされ,調整帯26における主注視線S2はへそ線のままとされ」,「眼鏡店においてレンズメータで測定を促す位置としてこの調整帯26を指示するようにし,この調整帯26においてレンズメータで測定をすれば面アスの影響による度数の低下が生じていないので心理的に安心できる」ようにされている。
そうしてみると,たとえ他の甲号証に記載された技術を心得た当業者といえども,甲1発明Bにおいて,甲1相違点1に係る本件特許発明1の構成を採用することはない(必要がない)。

なお,甲1の【請求項3】の記載からみて,甲1発明Bの調整帯の位置は,「主注視線上での面アスを発生させない」限り,当業者の随意であるとも解される。しかしながら,甲1の【0021】には,「上記実施の形態2では調整帯26は遠用領域の上部位置にかけて設定されていたが,このような表裏の主注視線S1,S2ともへそ線とされている調整帯26は要はユーザーが実際に眼鏡レンズとして使用する使用領域を外れていれば主注視線S1上のどこであっても構わないため,近用領域の下部位置に調整帯26を設定しても構わない。」と記載されている。
このような甲1の記載を考慮すると,当業者が,甲1発明Bの調整帯の位置を,ユーザーが実際に眼鏡レンズとして使用する使用領域である眼鏡フレーム内に変更することは,困難である。

したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲1発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(7) 本件特許発明2?本件特許発明12について
本件特許発明2?本件特許発明12も,甲1相違点1に係る本件特許発明1の構成と同じ,又は同様の構成(「0.15ディオプター」が「0.12ディオプター」である構成)を具備する。
そうしてみると,本件特許発明2?本件特許発明12も,本件優先日前の当業者が,甲1発明A又は甲1発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(8) 小括
以上のとおりであるから,本件特許発明1?本件特許発明12は,本件優先日前の(甲2に記載された技術を心得た)当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。
したがって,無効理由3-1,3-1”,及び4によっては,本件特許(本件特許1?本件特許12)を無効にすることができない。

5 無効理由3-2’について
(1) 甲2の記載
本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲2には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 眼鏡レンズを構成する2つの屈折面のうち,少なくともどちらか一つの屈折面が,異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部とこれらの問で屈折力が累進的に変化する累進部とを備えた累進屈折面を有し,前記累進屈折面を眼鏡装用時の正面から見て,左右方向をX軸,上下方向(遠近方向)をY軸,奥行き方向をZ軸,前記遠用部の下端となる累進開始点を,
(x,y,z)=(0,0,0)
とする座標系を定義し,前記累進屈折面の基になる座標をz_(p)で表し,前記累進屈折面の座標をz_(t)としたとき,
z_(t)=z_(p)+δ
であり,前記δが,前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記遠用部では
δ=g(r)
,前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記近用部では,
δ=h(r)
,これら以外の部分では,
δ=α・g(r)+β・h(r)
(但し,上記式中,α,βは,α+β=1.0,0≦α≦1,0≦β≦1であり,rは累進開始点からの距離で,r=(x^(2)+y^(2))^(1/2)であり,g(r)及びh(r)は,それぞれrのみに依存する関数であり,g(r)≠h(r),かつ,g(0)=0である。)の関係を有することを特徴とする累進屈折力レンズ。
…(省略)…
【請求項8】 請求項1?5いずれかに記載の累進屈折力レンズにおいて,前記rが,0≦r≦r_(0)のときは,g(0)=0,h(0)=0であり,r_(0)<rのときは,
【数6】

(但し,上記式中,G_(n),H_(n)はg(r)及びh(r)を決める係数であり,ある一つの累進屈折面に対してはrによらない定数であり,nは2以上の整数である。)であることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項9】 請求項8記載の累進屈折力レンズにおいて,前記r_(0)が7mm以上,12mm未満であることを特徴とする累進屈折力レンズ。」

イ 「【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,視力補正用累進屈折力レンズに関し,特に,その光学性能の向上あるいはレンズの薄型化を目的とした,非球面累進屈折力レンズの設計に関する。
【0002】
【従来の技術】近年,累進屈折力レンズは,光学性能向上のためさまざまな取リ組みがなされてきた。その一つとして注目されているのが,非球面設計を用いた累進屈折力レンズである。これは,眼鏡レンズを眼に装着したときと同条件を想定し,光線追跡により度数や,非点収差,プリズム等を計算し,球面設計ではエラーの出てしまう部分を補うものである。
…(省略)…
【0004】このような非球面設計を用いた累進屈折力レンズは,特公平2-39768号公報に開示されており,球面設計に比べ,非点収差の減少や,レンズの薄型化といった効果をもたらしている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,特公平2-39768号公報でレンズを設計・製作するには,いくつかの課題,あるいは不十分な点がある。
【0006】第一に,特公平2-39768号公報では,累進屈折力レンズの遠近方向に延びる主子午線の近傍のみしか,その構造が開示されていない。確かに累進屈折力レンズの主子午線は主注視線とも呼ばれるほど重要な領域ではあるが,主子午線はあくまでも線であり,人間が視野情報を得るときはそれ以外の広い面積も使っている。
…(省略)…
【0010】また,累進屈折力の眼鏡レンズの受注生産では,度数,処方に応じた非点収差の減少や,レンズの薄型化といった効果をもたらす最適の非球面設計の累進面形状を簡便に作り出すことが要求されている。
【0011】本発明は,上記事情に鑑みてなされたもので,簡便なレンズ設計により,最適な非球面設計が累進部を含んだレンズ全体に施された累進屈折力レンズを提供することを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】本発明は,上記目的を達成するため,球面設計の累進面形状を基にして,非球面設計の新たな累進屈折面形状を簡便な方法で作り出すレンズ設計,あるいは,ある処方に対して設計された非球面設計の累進面形状を基にして,他の処方に対して最適な非球面設計の新たな累進屈折面形状を簡便な方法で作り出すレンズ設計により,最適な非球面設計が累進部を含んだレンズ全体に施された累進屈折力レンズを提供するものである。
【0013】即ち,各処方に対する非球面付加量を,いちいち光線追跡に基づいて求めてやる必要は無く,同じ基礎累進面を用いる処方の範囲に対して,その中の数例に対して,実際に光線追跡から最適な非球面付加量を求めてやり,それ以外の処方に対する非球面付加量を,内挿によって求めるものである。
【0014】本発明は,次の5つの非球面付加量の計算方法により設計された累進屈折力レンズを提供する。
…(省略)…
【0041】
【発明の実施の形態】以下,本発明の累進屈折力レンズの実施の形態について説明する。本発明の累進屈折力レンズは,視力補正用のレンズであり,眼鏡レンズを構成する物体側と眼球側の2つの屈折面のうち,少なくともどちらか1つの屈折面が異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部とこれらの問で屈折力が累進的に変化する累進部とを備えた累進屈折面を有する。この累進屈折面は,球面設計の累進面形状を基にして,新たな非球面設計の累進面形状が簡便な方法で作り出されたものである。あるいは,ある処方に対して設計された非球面設計の累進面形状を基にして,他の処方に対して最適な非球面設計の新たな累進面形状が簡便な方法で作り出されたものである。
【0042】本発明においては,特に,非球面累進レンズに対して,その非球面付加量を各処方毎に最適化し,常に最適な累進面形状を簡単な計算方法で得ることができるため,受注生産方式に適している。
【0043】まず,累進屈折力レンズの座標系を,図1に示すように,累進屈折面を眼鏡装用時の正面から見て,左右方向をX軸,上下方向(遠近方向)をY軸,奥行き方向をZ軸,遠用部の下端となる累進開始点Oを,(x,y,z)=(0,0,0)(原点)とする座標系を定義する。」
(当合議体注:図1は以下の図である。

)

ウ 「【0044】本発明では,上述したように,各処方に対する非球面付加量を,いちいち光線追跡に基づいて求めるのではなく,同じ基礎累進面を用いる処方の範囲に対して,その中の数例に対して,実際に光線追跡から最適な非球面付加量を求めてやり,それ以外の処方に対する非球面付加量は,最適な非球面付加量を基にして,新たな累進屈折面を,非球面付加量の分布を定義する関数を作ってやり,内挿によって決める。この非球面付加量の計算方法として,次の5つの計算方法がある。
【0045】まず,第1の非球面付加量の計算方法は,Z軸方向の非球面付加量の座標を直接計算する方法である。基になる累進屈折面の奥行き方向の座標z_(p)は,
z_(p)=f(x,y)
というように,座標(x,y)の関数で表される。z_(p)にZ軸方向の非球面付加量δを付加すると,付加された後のZ軸方向の合成座標,すなわち新たな累進屈折面の座標をz_(t)としたとき,
z_(t)=z_(p)+δ
である。
【0046】このとき,レンズの光軸近傍(累進開始点Oの近傍)は,プリズムも少なく非点収差も発生しずらいため,非球面付加量は少なくてよいが,レンズ外周部は眼から入射する光線に角度がつくため,非点収差が発生しやすく,それを補正するための非球面付加量も大きくなるのが一般的である。実際に付加する理想的な非球面付加量は,使用者の処方(レンズの度数)により千差万別であるが,光軸(累進開始点O)からの距離rに応じて変化していく。以上より,付加する最適な非球面付加量δは,累進開始点Oからの距離
r=(x^(2)+y^(2))^(1/2)
の関数となる。
【0047】また,累進屈折力レンズは遠用部と近用部で異なる屈折力を備えているので,付加する最適な非球面付加量も遠用部と近用部で異なることが好ましい。よって付加座標δは,累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の遠用部及び近用部ではそれぞれ,
δ=g(r)
δ=h(r)
g(r)≠h(r)
なる条件を満たす。但し,累進開始点Oではg(0)=0であり,g(r)及びh(r)は,それぞれrのみに依存する関数である。
【0048】本発明の累進屈折力レンズで,遠用部における最適な非球面付加量g(r)と近用部における最適な非球面付加量h(r)の大小関係は,レンズの処方によリ異なり特定することはできないが,ある一枚の累進屈折力レンズ内であるならば,レンズの度数は一般的に遠用度数から近用度数の範囲内しかありえないため,付加する非球面成分δもg(r)からh(r)の中に設定するとよい。このとき本発明では,累進屈折力レンズの各領域毎に設定された目的距離に応じて,g(r)とh(r)の比を決める。例えば,遠用部領域ではδを,100%のg(r)と0%のh(r)で構成し,近用部領域ではδを,0%のg(r)と100%のh(r)で構成する。累進部領域では,δをg(r)からh(r)に徐々に変化させることにより,光学的に連続した屈折面形状を得る。従って,遠用部領域と近用部領域の中間には,例えばδが50%のg(r)と50%のh(r)で構成されている領域がある。
【0049】以上より,非球面付加量δは,累進屈折力レンズの累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の遠用部及び近用部以外の部分では,
δ=α・g(r)+β・h(r)
α+β=1.0
0≦α≦1
0≦β≦1
なる関係をもち,α,βの値を累進屈折力レンズの任意の点毎に決まっている目的距離に合わせて設定することにより,容易に理想的な非球面形状をオリジナルの累進屈折面に付加することができる。
【0050】この第1の非球面付加量の計算方法は,座標を直接求めることができるため,計算が楽であるという利点を有する。
…(省略)…
【0076】また,遠用部における最適な非球面付加量g(r)と近用部における最適な非球面付加量h(r)が,それぞれrの多項式で表現された下記式(6),(7)
【0077】
【数17】

【0078】の関係を満たすことが好ましい。但し,上記式中,G_(n),H_(n)はg(r)及びh(r)を決める係数であり,ある一つの累進屈折面に対してはrによらない定数である。また,nは2以上の整数である。
【0079】非球面付加量を,内挿によって決定する際に,非球面付加量自体を内挿するのでは,データ量が多いので,計算が大変である。そこで,非球面付加量の分布を定義する上記関数g(r),h(r)を上記式(6),(7)で表現し,これらの関数を決める係数G_(n),H_(n)を同じn項について内挿をして,各処方に対する係数の値を決めてやれば,計算量は大幅に減少し,簡便なレンズ設計となる。
【0080】次に,レンズメータでの度数測定を考慮した累進屈折力レンズを説明する。累進屈折力レンズは,図5に示すように,累進開始点Oから累進的に加入度数が入ってくる。従って,レンズメータで度数を測定するときは,レンズメータの光線幅を加味して,累進開始点Oよリ5?10mm遠用側にオフセットした位置に度数測定ポイントを設定することが一般的である。しかしながら,累進開始点Oの近傍まで非球面設計を施してしまうと,レンズメータで度数を測定したときに,非点収差が発生し,レンズの度数が保証できなくなってしまう。」
(当合議体注:「累進開始点Oよリ」は「累進開始点Oより」の誤記である。また,図5は以下の図である。

)
【0081】そこで,図5に示すように,累進開始点Oからrが所定の距離r_(0)までは,非球面を付加せずに球面設計部とすることが好ましい。具体的には,0≦r≦r_(0)のときは,g(0)=0,h(0)=0,すなわちδ=0であり,r_(0)<rのときは,g(r),h(r)は上記式(6),(7)の関係を有するようにする。r_(0)は度数測定ポイントをカバーできる7mm以上,12mm未満が好ましい。
【0082】このような球面設計部を設けても,累進開始点Oの近傍は光軸に近く,もともと付加する理想的な非球面付加量が小さいため,光学性能にさほど影響を及ぼすことはない。
【0083】以上,本発明の累進屈折力レンズの実施の形態をいくつか述べてきたが,本発明の累進屈折力レンズは,累進屈折面を内面側,即ち,眼球側の屈折面に配置することにより,最善の実施形態をとることができる。
…(省略)…
【0113】
【発明の効果】本発明の累進屈折力レンズは,簡便な設計によりレンズ全体にわたって最適な非球面成分が付加され,非点収差の低減などの光学性能の向上とレンズの薄型化が実現できる。」

(2) 甲2発明
甲2には,請求項1及び請求項8の記載を引用して記載された請求項9に係る発明が記載されている。また,甲2の【0080】及び【0081】には,請求項8及び請求項9に記載された構成を採用すべき理由が記載されている。
そうしてみると,甲2には,次の発明が記載されている(以下「甲2発明」という。)。
「 眼鏡レンズを構成する2つの屈折面のうち,少なくともどちらか一つの屈折面が,異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部とこれらの問で屈折力が累進的に変化する累進部とを備えた累進屈折面を有し,前記累進屈折面を眼鏡装用時の正面から見て,左右方向をX軸,上下方向(遠近方向)をY軸,奥行き方向をZ軸,前記遠用部の下端となる累進開始点Oを(x,y,z)=(0,0,0)とする座標系を定義し,前記累進屈折面の基になる座標をz_(p)で表し,前記累進屈折面の座標をz_(t)としたときz_(t)=z_(p)+δであり,
前記δが,前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記遠用部ではδ=g(r),前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記近用部ではδ=h(r),これら以外の部分ではδ=α・g(r)+β・h(r)の関係を有する累進屈折力レンズにおいて,
累進屈折力レンズは,累進開始点Oから累進的に加入度数が入ってくるため,レンズメータで度数を測定するときは,レンズメータの光線幅を加味して,累進開始点Oより5?10mm遠用側にオフセットした位置に度数測定ポイントを設定することが一般的であるところ,累進開始点Oの近傍まで非球面設計を施してしまうと,レンズメータで度数を測定したときに,非点収差が発生し,レンズの度数が保証できなくなってしまうことを考慮して,
前記rが,0≦r≦r_(0)のときはg(0)=0,h(0)=0であり,r_(0)<rのときは

であり,
前記r_(0)が7mm以上,12mm未満であるようにした,
レンズメータでの度数測定を考慮した累進屈折力レンズ。
(但し,上記式中,α,βは,α+β=1.0,0≦α≦1,0≦β≦1であり,rは累進開始点からの距離で,r=(x^(2)+y^(2))^(1/2)であり,g(r)及びh(r)は,それぞれrのみに依存する関数であり,g(r)≠h(r),かつ,g(0)=0であり,G_(n),H_(n)はg(r)及びh(r)を決める係数であり,ある一つの累進屈折面に対してはrによらない定数であり,nは2以上の整数である。)」

(3) 対比
本件特許発明1と甲2発明を対比すると,以下のとおりである。
ア 遠用部領域,近用部領域,累進部領域
甲2発明の「累進屈折力レンズ」は,「眼鏡レンズを構成する2つの屈折面のうち,少なくともどちらか一つの屈折面が,異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部とこれらの問で屈折力が累進的に変化する累進部とを備えた累進屈折面を有」する。
累進屈折力レンズに関する技術常識を考慮すると,甲2発明の「遠用部」,「近用部」及び「累進部」は,それぞれ,本件特許発明1の「比較的遠方視に適した」とされる「遠用部領域」,「該遠用部領域に対して比較的近方視に適した」とされる「近用部領域」,「前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する」とされる「累進部領域」に相当する。

イ 主注視線,累進屈折力レンズ
甲2発明の「累進屈折力レンズ」は,「累進屈折面を眼鏡装用時の正面から見て,左右方向をX軸,上下方向(遠近方向)をY軸,奥行き方向をZ軸,前記遠用部の下端となる累進開始点Oを(x,y,z)=(0,0,0)とする座標系を定義し」たとき,「前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線」を具備する。また,甲2発明の「累進屈折力レンズ」は,「δが,前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記遠用部ではδ=g(r),前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記近用部ではδ=h(r),これら以外の部分ではδ=α・g(r)+β・h(r)の関係を有する」。
累進屈折力レンズに関する技術常識を考慮すると,甲2発明の「主子午線」は,本件特許発明1の「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する」とされる「主注視線」に相当する。また,甲2発明の「累進屈折力レンズ」は,本件特許発明1における「主注視線に沿って,…遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた」という要件を満たす「累進屈折力レンズ」に相当する。
(当合議体注:以上の点は,甲2の【0006】の「累進屈折力レンズの主子午線は主注視線とも呼ばれるほど重要な領域ではある」という記載,並びに,図1及び図5からも看取される構成である。あるいは,仮に,本件特許発明1の「主注視線」を,眼の輻輳を考慮した線(近用部領域において鼻側に曲がる線)として理解するとしても,当業者における眼鏡レンズの設計の範囲内の事項にすぎない。)

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲2発明は,次の構成で一致する。
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲2発明は,次の点で相違する。
(甲2相違点1)
本件特許発明1は,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」のに対して,甲2発明は,この構成を具備しない点。

(5) 判断
甲2発明は,その「累進屈折面」の形状を,「前記累進屈折面の基になる座標をz_(p)で表し,前記累進屈折面の座標をz_(t)としたときz_(t)=z_(p)+δであり」,「前記δが,前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記遠用部ではδ=g(r),前記累進屈折面のほぼY軸に沿って延びる主子午線の前記近用部ではδ=h(r),これら以外の部分ではδ=α・g(r)+β・h(r)の関係を有する」ように「非球面設計」したものである。
すなわち,甲2発明においては,「累進屈折面」が,本件特許発明1でいう「累進面」の機能と「処方面」機能の,双方を担っている。また,甲2の【0012】の下線部の記載からみて,この構成は,甲2発明の,課題を解決するための手段に対応するから,甲2発明において変えることが予定されていない構成である。
そうしてみると,たとえ甲1に記載された技術を心得た当業者といえども,甲2発明において,その「累進屈折面」を,甲2相違点1に係る本件特許発明1の,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成に変えることはない。
したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲2発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(6) 本件特許発明2から本件特許発明12について
本件特許発明2?本件特許発明12も,甲2相違点1に係る本件特許発明1の「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成を具備する。
そうしてみると,本件特許発明2?本件特許発明12も,本件優先日前の当業者が,甲2発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(7) 小括
以上のとおりであるから,本件特許発明1?本件特許発明12は,本件優先日前の(甲1に記載された技術を心得た)当業者が,甲2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。
したがって,無効理由3-2’によっては,本件特許(本件特許1?本件特許12)を無効にすることができない。

6 無効理由3-3’について
(1) 甲3の記載
請求人は,公然実施製品1(商品名「DEFINITY」)に関する証拠として,甲3?甲6を提出している。
ここで,平成26年7月7日の日付が付された「調査報告書(1)」である甲3には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 2頁6?10行
「2.調査対象製品
製品の種類 累進屈折力レンズ
製品販売者 Johnson & Johnson, Vision Care Inc.
商品の名称 「DEFINITY」
入手の時期 :2003年6月23日頃」

イ 3頁2?8行
「・素材屈折率:1.50(プラスチック素材)
…(省略)…
・処方・数量:RIGHT(右レンズ)1枚
S(spherical power,球面度数):0.00D(dioptric power)
ADD(addition power,加入度数):2.00D(dioptric power)」

ウ 6頁「検証結果」の欄1?6行
「調査対象製品のレンズには,添付資料2-1の調査対象製品の右眼用レンズの写真において,遠用基準点と近用基準点があることが,ペイントマークから分かる。…(省略)…遠用基準点(-1.0,9.0),近用基準点(2.5,-15.0)…(省略)…フィティングポイントは,(0.0,4.0)の位置にある。ここで,座標の原点(0,0)はレンズの隠しマーク2点間の中心とし,単位は「mm(ミリメートル)」としている。」
(当合議体注:「中心」は「中点」の意味,「単位」は「座標値の単位」の意味と解される。また,添付資料2-1は以下の写真である。

)

エ 6頁「検証結果」の欄7行?7頁「検証結果」の欄3行,及びこれに続く図
「調査対象製品のレンズは,…(省略)…遠近両用の累進屈折力レンズであること,および遠用基準点に遠方視のための処方度数が与えられ,近用基準点に近方視をサポートするための加入屈度数が付加されていることが分かる。
…(省略)…
また,三次元測定結果からは,レンズ外面およびレンズ内面(処方面)において,下記のような面屈折力の変化が得られており,面屈折力が遠用部領域から近用部領域にかけて連続的に変化していることが分かる。この測定結果から,調査対象製品のレンズは,段差のない連続的な面で構成され,累進帯を備えていることが分かる。



オ 7頁「検証結果」の欄4?6行
「三次元測定結果に基づく「内面(処方面)」の面非点隔差の分布図をみれば,対称性のない非球面形状であることが分かる。すなわち,面非点隔差の分布が左右対称ではなく,かつ,面非点隔差が周辺部で「0.50D」以上変化している領域…(省略)…が認められる。」

カ 7頁9及び10行,並びに,これに続く表
「調査対象製品のレンズの内面側の遠用基準点(-1.0,9.0)の周辺のΔC(面非点隔差の差)の値は下の表のとおりであった。下の表は,上に示す数値がX座標,左に示す数値がY座標を表し,各座標における面非点隔差の差(ΔC)の値を示している。



キ 8頁1?3行,並びに,これに続く表
「所定領域を,遠用基準点を中心とした円領域とした場合,遠用基準点(-1.0,9.0)を中心として,半径を0.0mm?5.0mmまで0.5mmピッチで変えながら,所定領域内における面非点隔差の差(ΔC)の平均値(ΔASav)を計算すると以下のようになった。
…(省略)…



(2) 甲6
本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲6には,以下の記載がある。
ア 第1葉3?8行



(参考訳:DUAL ADD^(TM)特許技術を採用した唯一の累進屈折力レンズ
どのような累進屈折力レンズより累進帯が最も広い
特に加入度が高いとき最小量の周辺の歪み)

イ 第2葉の中程



(図の右側に記載された英文の参考訳:従来の累進屈折力レンズとは異なり,DEFINITY^(TM)レンズは,加入度数をレンズの表面及び裏面に分配する,DUAL ADD^(TM)特許技術を使用しています。)

(3) 甲3発明
甲3の記載及び添付資料2-1のレンズの写真からみて,甲3においては,装用状態のレンズを物体側(表側)から見たときの,右方向を+X方向,上方向を+Y方向としている。
そうしてみると,甲3及び甲6からは,商品名が「DEFINITY」である「累進屈折力レンズ」として,以下の発明が把握される(以下「甲3発明」という。)。
「 遠用基準点に遠方視のための処方度数が与えられ,近用基準点に近方視をサポートするための加入屈度数が付加され,面屈折力が遠用部領域から近用部領域にかけて連続的に変化している累進帯を備えている,遠近両用の累進屈折力レンズであって,
プラスチック素材の屈折率は1.50であり,
球面度数は0.00D,加入度数は2.00Dであり,
装用状態のレンズを物体側から見たときの右方向を+X方向,上方向を+Y方向,レンズの隠しマーク2点間の中点を原点(0,0)としたとき,遠用基準点は(-1.0,9.0),近用基準点は(2.5,-15.0),フィティングポイントは(0.0,4.0)の位置にあり(単位はmm),
内面,すなわち処方面は,対称性のない非球面形状であり,
加入度数をレンズの表面及び裏面に分配しており,
遠用基準点を中心とした円領域内における面非点隔差の差の平均値が,以下の表のとおりである,

累進屈折力レンズ。」

(4) 対比
甲3発明の「累進屈折力レンズ」は,「遠用基準点に遠方視のための処方度数が与えられ,近用基準点に近方視をサポートするための加入屈度数が付加され,面屈折力が遠用部領域から近用部領域にかけて連続的に変化している累進帯を備えている,遠近両用の累進屈折力レンズであ」る。
ここで,遠近両用の累進屈折力レンズに関する技術常識を勘案すると,甲3発明の「累進屈折力レンズ」の「遠用基準点」及びその近傍の領域は,「比較的遠方視に適した遠用部領域」ということができる。
同様に,「近用基準点」及びその近傍の領域は,「該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域」ということができ,「累進帯」は,「前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域」ということができる。さらに,甲3発明の「累進屈折力レンズ」は,「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線」を定義することができ,「主注視線に沿って,…遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた」ものということができる。
したがって,甲3発明の「累進屈折力レンズ」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」に相当するとともに,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」における,「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた」という要件を満たす。

(5) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲3発明は,次の構成で一致する。
「 装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲3発明は,以下の点で相違する。
(甲3相違点1)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」たものであるのに対して,甲3発明は,この構成を具備しない点。

(甲3相違点2)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という構成を具備するのに対して,甲3発明は,これが明らかではない点。

(6) 判断
事案に鑑みて,甲3相違点1について判断する。
甲3発明の「累進屈折力レンズ」は,「加入度数をレンズの表面及び裏面に分配しており」という構成を具備するから,本件特許発明1でいう「処方面」にも累進面を備えたものである。ここで,甲6には,「従来の累進屈折力レンズとは異なり,DEFINITY^(TM)レンズは,加入度数をレンズの表面及び裏面に分配する,DUAL ADD^(TM)特許技術を使用しています」(第2葉中段右側)と記載されている。さらに,甲6には,「DUAL ADD^(TM)特許技術を採用した唯一の累進屈折力レンズ」,「どのような累進屈折力レンズより累進帯が最も広い」及び「特に加入度が高いとき最小量の周辺の歪み」(以上第1葉3?8行)とも記載されている。
これら記載からみて,甲3発明の「加入度数をレンズの表面及び裏面に分配しており」という構成は,甲3発明の特徴的部分である。また,甲3発明は,この構成によって,「どのような累進屈折力レンズより累進帯が最も広い」及び「特に加入度が高いとき最小量の周辺の歪み」という効果が得られたものである。
そうしてみると,たとえ甲1,甲2及び甲6に記載された技術を心得た当業者といえども,甲3発明において,甲3相違点1に係る本件特許発明1の,「累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成を採用することはない。
したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(7) 本件特許発明2?本件特許発明12について
本件特許発明2?本件特許発明12も,甲3相違点1に係る本件特許発明1の,「累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(8) 小括
以上のとおりであるから,仮に,請求人が主張するとおり,公然実施製品1が,甲3?甲6に記載されたとおりのものであるとしても,本件特許発明1?本件特許発明12は,本件優先日前の(甲1,甲2及び甲6に記載された技術を心得た)当業者が,公然実施製品1に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。
したがって,無効理由3-3’によっては,本件特許(本件特許1?本件特許12)を無効にすることができない。

7 無効理由3-4’について
(1) 甲8の3の記載
請求人は,公然実施製品2(商品名「DEFINITY 2」に関する証拠として,甲7?甲9を提出している。
ここで,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲8の3には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,判断等に活用した箇所を示す。
ア 第1葉の下半分(当合議体注:枠線は請求人が付したものである)



(枠内4?10行の参考訳:今,貴方は,DEFINITY 2^(TM) DUAL ADD^(TM)レンズの信じられないほどの快適さと出来映えを実感できるでしょう。これこそが,貴方のアイケアの専門家が,DEFINITY 2^(TM)レンズ,すなわち,一方の面だけではなく表及び裏の両方のレンズ面を,貴方がより良く見ることがきるように活用した,唯一の累進屈折力レンズを選択した理由です。)

イ 第2葉の上半分(当合議体注:枠線は請求人が付したものである)



(枠内左側3?11行の参考訳:従来の累進屈折力レンズは,貴方が近くを見るために,レンズの表面又は裏面の一方のみを使用しています。DEFINITY 2^(TM)レンズは,表面と裏面の両方を使います。この設計は,側方における,視覚の歪み及びぼやけが顕著に少ない,より良いレンズを作り出します。
枠内右下1?5行の参考訳:DEFINITY 2^(TM) DUAL ADD^(TM) レンズ:近用及び中間の矯正度数が,レンズの表面及び裏面に最適配分されています。)

(2) 判断
甲7?甲9から把握される累進屈折力レンズは,甲3発明と同様に,本件特許発明1でいう「処方面」にも累進面を備えることにより,「側方における,視覚の歪み及びぼやけが顕著に少ない,より良いレンズを作り出し」たものである。
そうしてみると,仮に,請求人が主張するとおり,公然実施製品2が,甲7?甲9に記載されたとおりのものであるとしても,本件特許発明1は,本件優先日前の(甲1及び甲2に記載された技術,並びに,甲8-3に記載された従来技術を心得た)当業者が,公然実施製品2に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。
したがって,無効理由3-4’によっては,本件特許(本件特許1?本件特許12)を無効にすることができない。

8 無効理由3-5’について
(1) 甲15の記載
本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲15には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。また,促音とすべき文字を,断りなく小書きに書き改めている。
ア 特許請求の範囲
「1.累進度数眼鏡レンズであり,レンズ上方域に遠用視矯正部分Fを有し,下方域に近用視矯正部分Nを有し,中間帯域に上方域から下方域に向って表面屈折力が累進的に変化する中間視矯正部分Pを有し,さらに任意の主子午線M-M’を有する眼鏡レンズにおいて,レンズ凸面は累進度数屈折面であり,レンズ凹面には,非球面あるいは非トーリック面を用いたことを特徴とする眼鏡レンズ。」

イ 1頁左下欄13行?右下欄11行
「発明の詳細な説明
本発明は老眼用累進度数眼鏡レンズに関するものであり,特に,レンズの凹面に非球面・非トーリック面を用いた累進度数眼鏡レンズに関するものである。
本発明の目的は,累進度数眼鏡レンズの欠点としてあげられる。レンズ全体としての像の歪みや像の揺れ,あるいは累進帯域の視野の狭さ,近用視部分の視野の狭されレンズ凹面に非球面・非トーリック面を採用することにより軽減させる点にある。
本発明の他の目的は,累進度数眼鏡レンズを装用する際,眼と眼鏡レンズとの位置関係により,レンズの性能が大きく左右される点を,レンズ凹面に非球面あるいは非トーリック面を採用することにより改善しようとするものである。」
(当合議体注:「あげられる。レンズ全体」は,「あげられる,レンズ全体」の誤記と解される。また,「視野の狭され」は,「視野の狭さを」の誤記と解される。)

ウ 1頁右下欄12行?2頁右上欄5行
「 従来,累進度数レンズは,ブランクとして生産され,凹面を処方に従って研削研磨している為,凹面を1枚1枚非球面に加工することは,コスト面で問題がありすぎる。しかし,今日では,CR-39といった鋳造可能なレンズ材料が広く使われており,非球面レンズも安価に作れるようになっている。本発明の累進焦点レンズの場合も,累進度数の屈折面用の型と,凹面用非球面あるいは非トーリック面の型とを組み合わせ,鋳造でレンズを作れば,安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができる。すなわち,本発明は,ガラス製レンズにももちろん使えるが,合成樹脂製レンズへの適用が好ましい。
本発明による累進度数レンズを正面から見た時の凸面の面構成を第1図に,主子午線に沿った断面図を第2図に示す。第1図で,上方域Fには遠用視矯正部分,下方域Nは近用視矯正部分,中間域Pは累進度数部分である。M-M’は主子午線を表わす。第2図でM-M’は第1図の主子午線に対応し,21は凸面で累進屈折力をもち,22は非球面乃至は非トーリック面である。斜線を施した部分は累進度数帯域である。
本発明による一実施例を示す。レンズは透明合成樹脂CR-39の鋳造で作る。凸面を作る為の型は第3図のように作る。面31のM-M’方向の曲率半径の変化を第4図に示す。第5図にレンズ凹面用の非球面の型を示す。この非球面は,光軸O-O’より上方では回転2次曲面であり,O-O’より下方では,第6図に示すように,M-M’沿ではノーマル歪をもち,M-Ma,M-Mb沿には横に長いノーマル歪をもつ屈折力を示すものである。この凸凹2つの屈折面によって出来る累進度数レンズは,近用視,中間視の視野が広く,遠用視部分の収差も少ない見易い累進度数レンズとなる。」

エ 第1図?第6図
第1図:

第2図:

第3図:

第4図:

第5図:

第6図:


(2) 甲15発明
甲15の特許請求の範囲に記載された「眼鏡レンズ」は,1頁左下欄14?17行に記載のとおり「老眼用累進度数眼鏡レンズ」であり,また,1頁右下欄1?11行に記載された目的を達するものと理解される。
そうしてみると,甲15には,次の発明が記載されている(以下「甲15発明」という。)。
「 老眼用累進度数眼鏡レンズであり,レンズ上方域に遠用視矯正部分Fを有し,下方域に近用視矯正部分Nを有し,中間帯域に上方域から下方域に向って表面屈折力が累進的に変化する中間視矯正部分Pを有し,さらに任意の主子午線M-M’を有する老眼用累進度数眼鏡レンズにおいて,
レンズ凸面は累進度数屈折面であり,レンズ凹面には,非球面あるいは非トーリック面を用い,
レンズ全体としての像の歪みや像の揺れ,あるいは累進帯域の視野の狭さ,近用視部分の視野の狭さをレンズ凹面に非球面あるいは非トーリック面を採用することにより軽減させ,老眼用累進度数眼鏡レンズを装用する際,眼と眼鏡レンズとの位置関係により,レンズの性能が大きく左右される点を,レンズ凹面に非球面あるいは非トーリック面を採用することにより改善しようとするものである,
老眼用累進度数眼鏡レンズ。」

(3) 対比
本件特許発明と甲15発明を対比すると,以下のとおりである。
ア 遠用部領域
甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,「レンズ上方域に遠用視矯正部分Fを有し」ている。
技術常識を考慮すると,甲15発明の「遠用視矯正部分F」は,本件特許発明1の,「比較的遠用視に適した」という要件を満たす「遠用部領域」に相当する。

イ 近用部領域
甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,「下方域に近用視矯正部分Nを有し」ている。
技術常識を考慮すると,甲15発明の「近用視矯正部分N」は,本件特許発明1の,「該遠用部領域に対して比較的近方視に適した」という要件を満たす「近用部領域」に相当する。

ウ 累進部領域
甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,「中間帯域に上方域から下方域に向って表面屈折力が累進的に変化する中間視矯正部分Pを有し」ている。
技術常識を考慮すると,甲15発明の「中間視矯正部分P」は,本件特許発明1の,「前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する」という要件を満たす「累進部領域」に相当する。

エ 累進屈折力レンズ
上記ア?ウ及び技術常識を考慮すると,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」に相当する。また,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」の「遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた」という要件を満たす。

オ 累進面
甲15発明において,「老眼用累進度数眼鏡レンズ」の「レンズ凸面は累進度数屈折面であ」る。
技術常識を考慮すると,甲15発明の「レンズ凸面」及び「累進度数屈折面」は,本件特許発明1の「外面」及び「累進面」に相当する。また,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」は,「累進面が外面に配置され」たものである。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲15発明は,次の構成で一致する。
「 比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置された,
累進屈折力レンズ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲15発明は,次の点で相違する。
(甲15相違点1)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた」ものであるのに対して,甲15発明は,下線部を付した構成が,一応,明らかではない点。

(甲15相違点2)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「累進面を備えない処方面が内面に配置され」,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」のに対して,甲15発明は,この構成を具備するとは特定されていない点。

(5) 判断
ア 甲15相違点1について
技術常識を心得た当業者ならば,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」における「任意の主子午線M-M’」を,本件特許発明1でいう「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線」として理解可能である(当合議体注:甲15の図1及び図2に,「主子午線M-M’」が,「遠用視矯正部分F」,「中間視矯正部分P」及び「近用視矯正部分N」を横切って,レンズを左右に分割する線として描かれていることからも理解できる事項である。)。
そうしてみると,甲15相違点1は,実質的な相違点ではない。

仮に,本件特許発明1の「主注視線」を,眼の輻輳を考慮した線(近用部領域において鼻側に曲がる線)として理解するとしても,当業者ならば,眼の輻輳を考慮してなる「主注視線」を技術常識として心得ている(例:甲1の図1及び図3)。
したがって,甲15発明の「任意の主子午線M-M’」を,眼の輻輳を考慮した主注視線に変更することは,当業者における眼鏡レンズの設計の範囲内の事項にすぎない。

イ 甲15相違点2について
本件優先日前の技術水準を前提にする当業者ならば,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」を,セミフィニッシュレンズの凹面側の非球面加工により具体化すると考えられる(当合議体注:甲15の1頁右下欄12行以降の記載は,昭和50年代前半の技術水準を前提とした記載である。)。
また,甲2の【0080】及び【0081】の記載からは,[A]レンズメータで度数を測定するときは,レンズメータの光線幅を加味して,累進開始点Oより5?10mm遠用側にオフセットした位置に度数測定ポイントを設定することが一般的である,[B]しかしながら,累進開始点Oの近傍まで非球面設計を施してしまうと,レンズメータで度数を測定したときに,非点収差が発生し,レンズの度数が保証できなくなってしまう,[C]そこで,累進開始点Oからrが所定の距離r_(0)までは,非球面を付加せずに球面設計部とすることが好ましく,[D]r_(0)は度数測定ポイントをカバーできる7mm以上,12mm未満が好ましい,という技術(以下「甲2記載技術」という。)を把握できる。そして,この技術は,甲15発明の場合にも妥当する。すなわち,甲15発明は「老眼用累進度数眼鏡レンズ」であるから,上記[A]のとおり度数測定ポイントが設定される。ただし,「レンズ全体としての像の歪みや像の揺れ,あるいは累進帯域の視野の狭さ,近用視部分の視野の狭さをレンズ凹面に非球面あるいは非トーリック面を採用することにより軽減させ」ようとすると,上記[B]の問題が発生し得る。そこで,上記[C]及び[D]の対策を採用されることが好ましい。
したがって,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」を具体化する当業者が,甲2記載技術を採用することは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項といえる。

そして,このようにしてなる「老眼用累進度数眼鏡レンズ」(以下「容易推考後の甲15発明」という。)は,甲15相違点2に係る,本件特許発明1の構成を具備したものとなる。
すなわち,容易推考後の甲15発明は,セミフィニッシュレンズを前提とするものであるから,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」,「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」たものとなる。また,容易推考後の甲15発明には,甲2記載技術が適用されているから,「前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点」が「眼鏡フレーム内に設定された」ものとなる。そして,容易推考後の甲15発明の「累進開始点を中心とする半径rの円内の領域」(以下「円内領域」という。)における「前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値」は,rがr_(0)より大きくなるにしたがって,0.00ディオプターから徐々に大きくなる。したがって,容易推考後の甲15発明においては,「前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値」が「0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という要件を満たす「円内領域」が,「レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域」において,必ず存在する。
したがって,甲15発明の「老眼用累進度数眼鏡レンズ」を,甲15相違点2に係る本件特許発明の構成を具備したものとすることは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。
以上のとおりであるから,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

(6) 本件特許発明2?本件特許発明12について
ア 本件特許発明2について
容易推考後の甲15発明において,「前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が」「0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という要件を満たす「円内領域」の大きさがどの程度になるかは,加入度数や累進帯長といった「装用者の処方,装用者の使用条件,製品としてのレンズの仕様」,並びに,レンズメータによる測定位置や光線幅といった「レンズの度数を測定する方法,およびレンズの度数を測定する測定器の仕様」に応じて決まるものである。
そうしてみると,容易推考後の甲15発明は,物としてみたときに,本件特許発明2の「前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は,装用者の処方,装用者の使用条件,製品としてのレンズの仕様,レンズの度数を測定する方法,およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められている」という要件を満たす。
(当合議体注:請求項2には「累進屈折力レンズ」の設計思想が記載されているところ,これを物としてみたときの判断は,以上のとおりとなる。)
また,その余の判断は,すでに述べたとおりである。
したがって,本件特許発明2も,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

イ 本件特許発明3について
容易推考後の甲15発明の「円内領域」は,累進開始点を中心とするものであるから,「前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」と特定された,本件特許発明3の所定領域とは,その位置が異なるといえる。
また,容易推考後の甲15発明の「要件を満たす円内領域」を,遠用部領域の測定基準点を中心とするものに変更することは,甲15発明と甲2記載技術を組み合わせた後の発明に基づいた,新たな発明をすることといえるから,甲15発明に基づいて容易に発明をすることができる範囲を超えるものといえる。
したがって,本件特許発明3は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件特許発明4について
本件特許発明4も,「前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明3と同じ理由により,本件特許発明4は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

エ 本件特許発明5について
本件特許発明5と甲15発明を対比すると,さらに,次の相違点が見いだされる。
(甲15相違点3)
本件特許発明5の「累進屈折力レンズ」は,「処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズ」が除かれているのに対して,甲15発明は,このように特定されたものではない点。
しかしながら,当業者ならば,処方の球面度数が0でない(近視の)場合や,処方の乱視度数が0でない(乱視の)場合であっても,前記(5)ア及びイで述べたようにしてなる「老眼用累進度数眼鏡レンズ」を発明することができる。
また,その余の判断は,すでに述べたとおりである。
したがって,本件特許発明5は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

オ 本件特許発明6について
請求項6に記載された事項についての判断は,本件特許発明2の場合と同じである。
また,その余の判断は,すでに述べたとおりである。
したがって,本件特許発明6は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

カ 本件特許発明7について
本件特許発明7も,「前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明3と同じ理由により,本件特許発明7は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

キ 本件特許発明8について
本件特許発明8も,「前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明3と同じ理由により,本件特許発明8は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

ク 本件特許発明9について
本件特許発明9と甲15発明を対比すると,さらに,次の相違点が見いだされる。
(甲15相違点4)
本件特許発明9の「所定領域」は,「実質的に球面形状またはトーリック面形状である」のに対して,甲15発明は,このように特定されたものではない点。
しかしながら,容易推考後の甲15発明においては,「前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値」が「0.00ディオプター」より僅か大きい(例:0.01ディオプターである)「円内領域」を,必ず定めることができる。そして,このような「円内領域」は,「実質的に球面形状またはトーリック面形状である」。
また,その余の判断は,すでに述べたとおりである。
したがって,本件特許発明9は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

ケ 本件特許発明10について
請求項10に記載された事項についての判断は,本件特許発明2の場合と同じである。
また,その余の判断は,すでに述べたとおりである。
したがって,本件特許発明10は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

コ 本件特許発明11について
本件特許発明11も,「前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明3と同じ理由により,本件特許発明11は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

サ 本件特許発明12について
本件特許発明12も,「前記所定領域は,前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし,前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき,座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域である」という構成を具備する。
したがって,本件特許発明3と同じ理由により,本件特許発明12は,本件優先日前の当業者が,甲15発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。

(7) 小括
以上のとおり,本件特許発明1,2,5,6,9及び10は,本件優先日前の当業者が,甲15に記載された発明及び甲2に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
したがって,本件特許1,2,5,6,9及び10は,無効とすべきものである。
また,本件特許発明3,4,7,8,11及び12は,本件優先日前の当業者が,甲15に記載された発明及び甲2に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。
したがって,本件特許3,4,7,8,11及び12は,無効理由3-5’によっては,無効とすることができない。

9 無効理由3-6’について
(1) 甲14の記載
本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲14には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。また,各頁中央に付された数字を目安にして行を特定した。
ア 1欄4?30行
「FIELD OF THE INVENTION
The invention relates to a spectacle lens having a prescription surface and a multifocal surface.
BACKGROUND OF THE INVENTION
Spectacle lenses are grouped as those having one refractive power and those having several refractive powers but at least two different refractive powers. The different refractive powers of the last-mentioned spectacle lenses enable the viewer to see without difficulty in at least the near and far ranges.
The multifocal surface of these spectacle lenses is the surface which generates different refractive powers in different zones of the lens and thereby makes viewing possible without difficulty for the far and near ranges and possibly also for intermediate ranges. The multifocal surface can be configured as a bifocal surface, trifocal surface or a multifocal surface.
The prescription surface is the opposite-lying surface adapted to this multifocal surface so that the spectacle lens has the required dioptric powers at the reference points. Dioptric power is the generic term for spherical, astigmatic and prismatic action for a specific ray direction at a specific point in the spectacle lens (especially the reference point for the far-vision zone or the reference point for the near-vision zone).」
(参考訳:産業上の利用分野
本発明は,処方面と,多焦点面を備えた眼鏡レンズに関する。
背景技術
眼鏡レンズは,1つの屈折力を有するものと,いくつかの,ただし少なくとも2つの異なる屈折力を有するものに分類される。後者の眼鏡レンズにおける異なる屈折力によると,装用者は,少なくとも近方及び遠方の範囲を困難なしに見ることができるようになる。
このような眼鏡レンズの多焦点面は,レンズの異なる領域で異なる屈折力を発生する面であり,それにより,困難なしに近方及び遠方の範囲,あるいは中間の範囲をも視ることを可能としている。多焦点面は,2焦点面,3焦点面又は多焦点面として形成できる。
処方面は,眼鏡レンズが基準点において所要の屈折度数となるように導入された,多焦点面の反対側の面である。屈折度数は,眼鏡レンズの特定の点(特に,遠方視野領域のための基準点,又は近方視野領域のための基準点)における特定方向の光線に対する,球面,乱視及びプリズム作用を総称する用語である。)

イ 1欄55?59行
「 The finished spectacle lens is produced in a manufacturing process by applying a spherical or toric prescription surface to the so-called semi-finished piece which already has a multifocal surface. The prescription surface is necessary for the required dioptric power.」
(参考訳:完成品の眼鏡レンズは,多焦点面を既に備えた,いわゆるセミフィニッシュレンズに対して,球又はトーリックの処方面を付加する加工工程によって製造される。処方面は,所要の屈折度数のために必要なものである。)

ウ 2欄3?9行
「 For reasons of cost, this semi-finished piece is utilized for a wide range of use situations. An individual spherical or toric prescription surface is applied to the semi-finished piece in order to obtain the dioptric power for the particular spectacles wearer. In this way, the usable zones for viewing far and for viewing near and for viewing at intermediate distances are limited.」
(参考訳:コスト上の理由により,セミフィニッシュレンズは,広範囲の使用状況において適用されている。特定の眼鏡装用者の屈折度数を得るために,個別の球又はトーリック処方面が,セミフィニッシュレンズに与えられる。この方法では,遠方を視るために,近方を視るために,及び中間距離を視るために使用可能な領域は,制限されてしまう。)

エ 2欄11?15行
「SUMMARY OF THE INVENTION
It is an object of the invention to provide a spectacle lens which does not have the above limitations but yet is made by using a semi-finished piece having the prefinished multifocal surface.」
(参考訳:発明の概要
本発明の目的は,完成済の多焦点面を有するセミフィニッシュレンズを使用して作製されるにも関わらず,上述の制限を有することがない眼鏡レンズを提供することにある。)

オ 2欄37?48行
「 According to a feature of the invention, the prescription surface is, after machining, a generally aspherical surface and therefore departs significantly from the spherical and toric prescription surfaces previously known. The prescription surface configured in this manner is not a multifocal surface since the intended increase of the refractive power for the near zone is already generated by the multifocal surface available on the semi-finished piece. The prescription surface acts exclusively to provide the dioptric power at the reference points and acts to eliminate increases in imaging errors.」
(参考訳:本発明の特徴に従うと,加工後の処方面は概して非球面であり,このため既知の球又はトーリック処方面とは大きく異なる。このようにしてなる処方面は多焦点面ではなく,近方の領域のための屈折力の所望の増加は,セミフィニッシュレンズが具備する多焦点面によって既に得られている。もっぱら処方面は,基準点における屈折度数を提供する役割と,結像誤差の増大を排除するという役割を担う。)

カ 3欄45?47行及び図1
「FIG. 1 shows the elevations of the forward surface of a multifocal spectacle lens which form the basis of the computations for FIGS. 3a to 5c;」
(参考訳:図1は,図3a?図5cの計算の基礎をなす多焦点眼鏡レンズの前面の高さを示す。)
図1:


キ 3欄63?65行及び図5a
「FIG. 5a is an elevation representation which shows the deviations of a rearward surface according to the invention from the toric rearward surface of FIG. 4;」
(参考訳:図5aは,図4のトーリックな裏面からの,本発明による裏面の偏差を示す,高さの図である。)
(当合議体注:「図4のトーリックな裏面」とは,処方値がS2.00D+C4.00D+AX60°である面のことである。)
図5a:

ク 3欄66?68行及び図5b
「FIG. 5b shows the astigmatic deviation for the spectacle lens having the forward surface of FIG. 1 and the rearward surface of FIG. 5a;」
(参考訳:図5bは,図1の前面及び図5aの裏面を有する眼鏡レンズにおける,非点収差を示す。)
図5b:


ケ 4欄1及び2行,並びに,図5c
「FIG. 5c shows the spherical deviation for the spectacle lens of FIG. 5a;」
(参考訳:図5cは,図5aの眼鏡レンズにおける,球面収差を示す。)
図5c:


コ 4欄29?34行
「DESCRIPTION OF THE PREFERRED EMBODIMENTS OF THE INVENTION
In both of the following examples, the multifocal surface is the surface (forward surface) facing toward the object and the prescription surface is the surface (rearward surface) facing toward the eye.」
(参考訳:発明の好ましい実施例の説明
以下の実施例はともに,多焦点面が物体側の表面(前面)であり,処方面が眼球側の面(裏面)である。)

サ 6欄44行?7欄17行
「1. A spectacle lens subject to use conditions particular to an individual for whom the spectacle lens is intended, said use conditions including dioptric power and said spectacle lens comprising:
a lens body having first and second surfaces;
said first surface being a multifocal surface and said second surface being a nonsymmetrical prescription surface;
said lens body having a far reference point and a near reference point and having pregiven dioptric powers achieved in said far and near reference points, respectively;
said nonsymmetrical prescription surface being a generally aspheric surface without point and axis symmetry; and,
said nonsymmetrical prescription surface having a geometry determined by considering from said individual use conditions at least the dioptric power in a plurality of specific elemental areas of said nonsymmetrical prescription surface in addition to said reference points to correct imaging errors of said lens particular to said individual.
…(省略)…
7. The spectacle lens of claim 1, wherein said multifocal surface is a progressive surface.」
(参考訳:

1.眼鏡レンズが対象とする個人に特有の使用条件に対応した眼鏡レンズであって,
前記使用条件は,屈折力を含み,かつ,前記眼鏡レンズは,
第1及び第2の面を有するレンズ本体を有し,
前記第1の面は多焦点面であり,かつ,前記第2の面は非対称の処方面であり,
前記レンズ本体は,遠用基準点及び近用基準点を有し,かつ,遠用基準点及び近用基準点のそれぞれにおいて,所定の屈折力が得られており;
前記非対称の処方面は,概して非球面であり点及び軸対称性がなく;そして,
前記非対称の処方面は,前記個人に特有の前記レンズにおける結像誤差を補正するために,前記基準点に加えて,少なくとも前記非対称の処方面の複数の特定の基本領域における屈折度数を,前記個人の使用条件から考慮することによって決定された形状を有している,
眼鏡レンズ。
…(省略)…
7.前記多焦点面が累進面である,請求項1に記載の眼鏡レンズ。)

(2) 甲14発明
甲14の請求項7に記載された眼鏡レンズは,請求項1に記載された構成をも具備するものである。また,甲14の2欄3?9及び12?15行の記載からみて,甲14に記載された眼鏡レンズは,「完成済の多焦点面を有するセミフィニッシュレンズを使用して作製されるにも関わらず,遠方を視るために,近方を視るために,及び中間距離を視るために使用可能な領域が,制限されてしまうことがない」眼鏡レンズを提供することを目的としたものである。そして,甲14の4欄31?34行,及び2欄37?48行の記載からみて,甲14に実質的に開示された眼鏡レンズの「多焦点面は物体側の表面(前面)であり,処方面は眼球側の面(裏面)であ」るとともに,加工後の処方面は「もっぱら基準点における屈折度数を提供する役割と,結像誤差の増大を排除するという役割を担」うものと理解される。
以上勘案すると,甲14には,次の発明が記載されている(以下「甲14発明」という。)。
「 眼鏡レンズが対象とする個人に特有の使用条件に対応した眼鏡レンズであって,
前記使用条件は,屈折力を含み,かつ,前記眼鏡レンズは,
第1及び第2の面を有するレンズ本体を有し,
前記第1の面は多焦点面であり,かつ,前記第2の面は非対称の処方面であり,
前記多焦点面は物体側の表面(前面)であり,前記処方面は眼球側の面(裏面)であり,
前記レンズ本体は,遠用基準点及び近用基準点を有し,かつ,遠用基準点及び近用基準点のそれぞれにおいて,所定の屈折力が得られており,
前記非対称の処方面は,概して非球面であり点及び軸対称性がなく,もっぱら基準点における屈折度数を提供する役割と,結像誤差の増大を排除するという役割を担い,
前記非対称の処方面は,前記個人に特有の前記レンズにおける結像誤差を補正するために,前記基準点に加えて,少なくとも前記非対称の処方面の複数の特定の基本領域における屈折度数を,前記個人の使用条件から考慮することによって決定された形状を有し,
前記多焦点面が累進面であり,
完成済の多焦点面を有するセミフィニッシュレンズを使用して作製されるにも関わらず,遠方を視るために,近方を視るために,及び中間距離を視るために使用可能な領域が,制限されてしまうことがない,
眼鏡レンズ。」

(3) 対比
ア 遠用部領域
甲14発明の「眼鏡レンズ」は,「遠用基準点及び近用基準点を有し,かつ,遠用基準点及び近用基準点のそれぞれにおいて,所定の屈折力が得られており」,「遠方を視るために,近方を視るために,及び中間距離を視るために使用可能な領域」を具備する。
技術常識を考慮すると,甲14発明の「遠方を視るために」「使用可能な領域」は,本件特許発明1の,「比較的遠用視に適した」という要件を満たす「遠用部領域」に相当する。

イ 近用部領域
前記アと同様に,甲14発明の「近方を視るために」「使用可能な領域」は,本件特許発明1の,「該遠用部領域に対して比較的近方視に適した」という要件を満たす「近用部領域」に相当する。

ウ 累進部領域
甲14発明の「眼鏡レンズ」は,前記アで述べた構成に加え,さらに,「第1及び第2の面を有するレンズ本体を有し」,「前記第1の面は多焦点面であり」,「前記多焦点面が累進面であ」る。
技術常識を考慮すると,甲14発明の「中間距離を視るために使用可能な領域」は,本件特許発明1の,「前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する」という要件を満たす「累進部領域」に相当する。

エ 累進屈折力レンズ
上記ア?ウ及び技術常識を考慮すると,甲14発明の「眼鏡レンズ」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」に相当する。また,甲14発明の「眼鏡レンズ」は,本件特許発明1の「累進屈折力レンズ」の「遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた」という要件を満たす。

オ 累進面,処方面
甲14発明の「眼鏡レンズ」は,「第1及び第2の面を有するレンズ本体を有し」,「前記第1の面は多焦点面であり,かつ,前記第2の面は非対称の処方面であり」,「前記多焦点面は物体側の表面(前面)であり,前記処方面は眼球側の面(裏面)であり」,「前記多焦点面が累進面であり」,「完成済の多焦点面を有するセミフィニッシュレンズを使用して作製される」。
上記位置関係からみて,甲14発明の「物体側の表面(前面)」,「眼球側の面(裏面)」,「多焦点面」及び「処方面」は,それぞれ本件特許発明1の「外面」,「内面」,「累進面」及び「処方面」に相当する。
また,甲14発明の「処方面」は,「概して非球面であり点及び軸対称性がなく,もっぱら基準点における屈折度数を提供する役割と,結像誤差の増大を排除するという役割を担」っている。
そうしてみると,甲14発明の「眼鏡レンズ」は,本件特許発明1の「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」という要件を満たす。また,甲14発明の「処方面」は,本件特許発明1の「レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し」という要件を満たす。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲14発明は,次の構成で一致する。
「 比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて,
累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され,
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有している,
累進屈折力レンズ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲14発明は,次の点で相違する。
(甲14相違点1)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,比較的遠方視に適した遠用部領域と,該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と,前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた」ものであるのに対して,甲14発明は,下線部を付した構成が,一応,明らかではない点。

(甲15相違点2)
「累進屈折力レンズ」が,本件特許発明1は,「眼鏡フレーム内に設定された,前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において,前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が,レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で,かつ0.00ディオプターより大きい」という構成を具備するのに対して,甲15発明は,この構成を具備するとは特定されていない点。

(5) 判断
ア 甲14相違点1について
当業者ならば,甲14の図5b及び図5cに図示された「+」及び「○」の印,並びに非点収差及び球面収差の分布から,図示されたレンズが,「装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って,…遠用部領域と,…近用部領域と,…累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ」の要件を満たすことを理解できる。また,図示されたレンズは,甲14発明の実施形態に該当するから,甲14発明もこの要件を満たすといえる。
そうしてみると,甲14相違点1は,実質的な相違点ではない。

あるいは,甲14発明の「眼鏡レンズ」を具体化するに際して,甲14の図5b及び図5cを参考にした当業者が,甲14相違点1に係る本件特許発明の要件を満たすものとすることは,甲14の記載が示唆する範囲内の事項にすぎない。

イ 甲14相違点2について
前記8(5)イで述べたとおり,甲2の【0080】及び【0081】の記載からは,甲2記載技術を把握できる。
そして,前記8(5)イで述べたのと同様に,この技術は,甲14発明の場合にも妥当するから,甲14発明の「眼鏡レンズ」において甲2記載技術を採用することにより,甲14相違点2に係る,本件特許発明1の構成を具備した「眼鏡レンズ」を発明することは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。
したがって,本件特許発明1は,本件優先日前の当業者が,甲14発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

(6) 本件特許発明2?本件特許発明12について
ア 本件特許発明2,5,6,9及び10について
前記8(6)ア,エ,オ,ク及びケで述べたのと同様の理由により,本件特許発明2,5,6,9及び10は,本件優先日前の当業者が,甲14発明及び甲2記載技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。

イ 本件特許発明3,4,7,8,11及び12について
前記8(6)イ,ウ,カ,キ,コ及びサで述べたのと同様のことがいえるから,本件特許発明3,4,7,8,11及び12は,無効理由3-6’によっては,無効とすることができない。

(7) 小括
以上のとおり,本件特許発明1,2,5,6,9及び10は,本件優先日前の当業者が,甲14に記載された発明及び甲2に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
したがって,本件特許1,2,5,6,9及び10は,無効とすべきものである。
また,本件特許発明3,4,7,8,11及び12は,本件優先日前の当業者が,甲14に記載された発明及び甲2に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものではない。
したがって,本件特許3,4,7,8,11及び12は,無効理由3-6’によっては,無効とすることができない。

10 無効理由5-2について
(1) 当合議体の判断
前記2(1)アで述べたとおりであるから,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。

(2) 請求人の主張について
請求人は,本件特許の発明の詳細な説明には,処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く,あらゆる球面度数及び乱視度数の組合せの累進屈折力レンズは,記載されていないと主張する。
しかしながら,当業者ならば,本件出願時の技術常識に基づいて,装用者の種々の処方(球面度数及び乱視度数)ごとに,レンズの透過光線における光学性能を補正し,かつ「絶対値の平均値」を所定範囲にあるレンズ面を設計し,加工することができる。
したがって,請求人の主張は採用できない。

(3) 小括
本件特許は,無効理由5-2によっては,無効とすることはできない。

11 無効理由5-7について
(1) 36条4項1号について
ア 当合議体の判断
明細書の【0005】(特許掲載公報の8頁29?30行)には,「本実施形態の各実施例では,外面(眼とは反対側の外側面)に累進面を配置し,内面(眼側の内側面)に処方面を配置している。」と記載されている。また,明細書の【0002】(同3頁16?19行)には,「従来の累進屈折力レンズでは,予め累進屈折面が加工された半製品レンズ(以下,「セミフィニッシュレンズ」と呼ぶ)が使用されている。即ち,眼鏡装用者の球面度数や乱視度数に合わせて,セミフィニッシュレンズの処方面を球面形状またはトーリック面形状に加工して眼鏡レンズを作成する。」と記載されている。
これら記載に接した当業者ならば,本件特許の発明の詳細な説明の記載から,「累進面が外面に配置され,累進面を備えない処方面が内面に配置され」という構成も含めて,本件特許発明の構成を,明確に読み取ることができる。したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明について,明確に説明されているものである。そして,本件特許の出願時の技術常識に基づいて,例えば,累進面が外面に配置され,内面は累進面を備えないセミフィニッシュレンズの内面を装用者の処方に基づいて,「レンズの透過光線における光学性能を補正する」ように加工して,本件特許発明の「累進屈折力レンズ」を作ることができる。また,当業者は,このようにして作った「累進屈折力レンズ」を,眼鏡として仕立てることにより,本件特許発明の累進屈折力レンズを使用することができる。
以上のとおり,当業者は,本件特許発明を実施することができるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,本件特許発明の「累進面を備えない処方面」の技術的意義が,発明の詳細な説明に記載されていないことを理由として,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許の出願時の当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないと主張する。
しかしながら上記アで述べたとおりである。また,仮に請求人の主張を,委任省令要件についてのものと理解したとしても,前記2(3)イ及びアで述べたとおりである。
したがって,請求人の主張は採用できない。

(2) 36条6項1号について
ア 当合議体の判断
前記2(1)アで述べたとおりであるから,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 請求人の主張について
請求人は,本件特許発明の「累進面を備えない処方面」の技術的意義が,発明の詳細な説明に記載されていないことを理由として,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができないと主張する。
しかしながら,特許法36条6項1号の規定は,本件特許発明の一部の構成との関係において,発明の詳細な説明に記載したものであることを規定するものではない。
したがって,請求人の主張は採用できない。

(3) 小括
本件特許は,無効理由5-7によっては無効とすることができない。

第5 むすび
本件特許1,2,5,6,9及び10は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,無効とすべきものである。
また,本件特許3,4,7,8,11及び12は,請求人が主張する無効理由によっては,無効とすることができない。
審判に関する費用については,特許法169条2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により,その2分の1を請求人の負担とし,2分の1を被請求人の負担とする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
累進屈折力レンズ
【技術分野】
【0001】
本発明は、累進屈折力レンズに関し、特に眼の調節力の補助として使用する累進屈折力レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
老視の矯正には、単焦点レンズやバイフォーカルレンズ、累進屈折力レンズなどが用いられている。累進屈折力レンズは、装用時においてレンズの上方に位置する比較的遠方視に適した遠用部領域(以下、「遠用部」ともいう)と、レンズの下方に位置して比較的近方視に適した近用部領域(以下、「近用部」ともいう)と、遠用部と近用部との間に位置して双方の面屈折力を連続的に接続する累進部領域(以下、「累進部」ともいう)とを備えている。
なお、本発明では、遠用部においてレンズの度数を測定する測定基準点を「遠用基準点」と呼び、近用部においてレンズの度数を測定する測定基準点を「近用基準点」と呼ぶ。また、遠用基準点及び近用基準点を通り且つ累進面の屈折面上を鼻側領域と耳側領域とに分割する直線または曲線を「主注視線」と呼ぶ。主注視線は、累進屈折力レンズの加入度等の仕様を表す基準線として用いられ、累進面(累進屈折面)の設計を行う上で重要な基準線として用いられる。
従来の累進屈折力レンズでは、予め累進屈折面が加工された半製品レンズ(以下、「セミフィニッシュレンズ」と呼ぶ)が使用されている。即ち、眼鏡装用者の球面度数や乱視度数に合わせて、セミフィニッシュレンズの処方面を球面形状またはトーリック面形状に加工して眼鏡レンズを作成する。
通常、セミフィニッシュレンズにおける累進屈折面の面形状は、共用する度数範囲の中のある特定の処方度数において最も好ましい光学性能が得られるような面形状として設定される。従って、この特定の度数をセミフィニッシュレンズの基準度数とすると、基準度数付近の処方度数におけるレンズの光学性能は良好であるが、処方度数が基準度数から外れるに従って光学性能の低下が避けらないという欠点があった。ところが、近年、非球面加工技術の発達により、レンズ面を非球面形状に、特に自由曲面のような複雑な非球面形状に短時間の内に自由に加工することが可能になった。
その結果、装用者の処方や使用条件等を考慮して、従来は球面形状あるいはトーリック面形状であった処方面を個別に非球面化した累進屈折力レンズが製品化され、累進屈折力レンズの光学性能は処方度数に依存することなく広い度数範囲に亘って大幅に改善されるようになった。なお、このような場合に処方面に用いられる非球面は、対称性を持たない自由曲面、例えば多項式非球面、双三次スプラインやB-スプライン等のスプライン面形状などが一般的である。
累進屈折面だけでなく処方面も非球面化した両面非球面型の累進屈折力レンズは、たとえば特開2004-341086号公報などに開示されている。
一般に、累進屈折力レンズでは、遠用基準点及び近用基準点のうちの少なくとも一方の測定基準点におけるレンズの度数を、レンズメーターと呼ばれる測定器によって測定している。従来の累進屈折力レンズでは、処方面の全体が球面形状あるいはトーリック面形状であるため、装用者の処方度数と、レンズメーターによって測定基準点で測定した球面度数及び乱視度数とは実質的に一致していた。
ところが、装用状態における光学性能を重視して処方面を非球面化した累進屈折力レンズでは、処方面が非球面化されているために測定基準点において面非点隔差が発生する。その結果、レンズメーターでの測定に際して、処方度数とは異なる球面度数及び乱視度数が表示される。しかも、処方面に付与される非球面量が大きくなるに従って、レンズメーターによって測定した球面度数及び乱視度数と装用者の処方度数との差が大きくなる傾向がある。
そのため、メーカーでは、装用状態での度数を測定する特殊なレンズメーターを導入したり、本来の処方度数とは別に、一般的なレンズメーターで測定した場合に得られる度数を測定理論度数として併記したりしている。処方度数と測定理論度数とを併記することは、「二重表記」と呼ばれている。実際に、一般の眼鏡店では、装用状態での度数が測定可能な特殊なレンズメーターを導入することは困難であるため、二重表記による測定方法が主流となっている。
ちなみに、処方面を非球面化した両面非球面型の累進屈折力レンズの場合、処方面が球面形状またはトーリック面形状である従来の累進屈折力レンズと比較して、レンズメーターによる測定位置合わせの精度に起因する測定誤差が大きい。さらに、二重表記で表示される処方度数と測定理論度数との差は必ずしも一定ではなく、球面度数や乱視度数、乱視軸や加入度等の処方の様々な条件によって異なる値になる。そのため、二重表記の累進屈折力レンズの度数を測定する場合には、メーカーにより表示された測定理論度数をレンズ毎に全て確認する必要が生じる。
つまり、二重表記の累進屈折力レンズの度数測定では、従来の累進屈折力レンズとは異なる複雑な手順が必要となるうえ、測定に不慣れな人間が測定する場合や大量のレンズを測定する場合には、正確な測定結果を得るために従来の累進屈折力レンズよりも時間および労力が必要になる。そのため、一部の眼鏡店やユーザーからは、光学性能だけを重視せずに、レンズの度数測定をより容易に行うことのできる両面非球面型の累進屈折力レンズに対する要望が出ている。
そこで、特開2004-341086号公報に開示された従来の両面非球面型の累進屈折力レンズでは、処方度数と測定度数とが異なるという問題を解決するために、処方面上の主注視線に沿った線状部分の一部に面非点隔差の発生しない領域を設けている。
具体的には、実際にレンズをフレーム形状に加工する際に不要部分として廃棄される主注視線を含む遠用部の一部の領域において、処方面の主注視線上を面非点隔差の生じない形状とし、その領域でレンズの度数を測定することによって、処方度数と同じ測定度数が得られるように構成している。ところが、本願発明者の研究によると、従来のように面屈折力分布で評価されていた累進屈折力レンズでは、主注視線の形状による評価は重要であったが、透過光線におけるレンズ全体の光学性能を重視して両面を非球面化した両面非球面型の累進屈折力レンズにおいては、主注視線の一部の線状部分の面形状を規定するだけでは不十分であることがわかった。
即ち、自由曲面を用いた累進面を有する累進屈折力レンズにおいて、レンズ全体に亘って光学性能の改善を行うためには、処方面に対しても高次多項式やスプラインといった対称性を持たない非球面形状が必要である。ところが、このような対称性を持たない非球面形状では面の自由度が高いため、主注視線上の面形状を規定するだけでは隣接する領域の面形状を特定することはできない。つまり、たとえ処方面の主注視線上を球面形状に設定しても、主注視線から少し離れた位置の非球面量が大きくなり、光学性能への寄与が大きく変動することが避けられない場合もある。従って、少なくともレンズの度数を測定する領域においては、面としての形状の制御が必須となるが、特開2004-341086号公報の従来技術では主注視線上以外の領域における面形状に関して明確に開示されていない。
また、本来のレンズの度数測定は、装用者の処方通りにレンズが正しく作成されているか否かを確認するために行うものである。従って、累進屈折力レンズに限らず一般の眼鏡レンズでは、レンズの幾何学中心の近傍、あるいはレンズを装用する上で最も重要な位置に、測定基準点が配置されている。つまり、特開2004-341086号公報に記載されているようにフレーム形状外の主子午線(主注視線)上を面非点隔差の生じない形状にすれば、装用時での光学性能への影響を小さく抑えつつ処方度数と同じ測定度数を得ることはできるが、特開2004-341086号公報の従来技術で得られる測定度数は、本来求められているレンズの度数測定の目的とは異なり適切であるとはいえない。
【発明の開示】
【0003】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたものであり、装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず、眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことのできる累進屈折力レンズを提供することを目的とする。
前記課題を解決するために、本発明では、装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って、比較的遠方視に適した遠用部領域と、該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と、前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて、
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された処方面は非球面形状を有し、眼鏡フレーム内に設定された、前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において、前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が、レンズの度数を測定するための測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って所定の値以下であることを特徴とする累進屈折力レンズを提供する。
本発明では、レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された処方面が非球面形状を有する。そして、処方面の非球面形状により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値(以下、単に「処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の平均値」あるいは「面非点隔差成分の平均値」という)が、レンズの度数を測定するための測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って所定の値以下に抑えられている。
したがって、処方面の非球面化により装用状態における光学性能を補正する構成を採用しているにもかかわらず、例えばレンズメーターを用いて測定基準点を基準として測定することにより処方度数とほぼ同じ測定度数を得ることができる。すなわち、本発明の累進屈折力レンズでは、装用者の処方や使用条件等を考慮して装用状態における光学性能を良好に改善しているにもかかわらず、眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1は、本発明の実施形態にかかる累進屈折力レンズの構成を概略的に示す図である。
図2は、第1実施例の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。
図3は、第1実施例にかかる累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。
図4は、第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。
図5は、第2実施例の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。
図6は、第2実施例にかかる累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。
図7は、第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
本発明の実施形態の具体的な説明に先立って、本発明の基本的な構成および作用を説明する。レンズメーターによる度数測定はレンズ面上の測定基準点を基準として行われるが、実際には点ではなくある一定の面積を持った測定領域内で測定が行われる。さらに、この測定領域はレンズメーターの種類や測定するレンズの仕様等によって異なる広さ(面積)を有する。このため、本発明において処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の平均値を所定の値以下に抑えるべき測定基準点を含む近傍の所定領域は、レンズメーターの測定に必要な領域(以下、「測定領域」という)を考慮して決定することが必要である。
つまり、度数測定のみを考慮するのであれば、上記面非点隔差成分の平均値が所定の値以下の所定領域はできるだけ広い方が効果的であるが、この所定領域を広くするほど装用状態における光学性能は低下する。このため、本発明の目的を達成できるように、上記測定基準点を含む近傍の所定領域はこれらの様々な条件を考慮して決定されるべきである。本発明において、装用状態における光学性能を重視する場合、上記面非点隔差成分の平均値が所定の値以下の測定基準点を含む近傍の所定領域は、測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
また、本発明では、装用状態における光学性能の改善と度数測定の容易さとのバランスを考慮する場合、上記面非点隔差成分の平均値を所定の値以下に抑えるべき所定領域は、座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
更に、本発明では、レンズメーターの測定位置合わせの精度の影響を考慮して度数測定の容易さを重視する場合、座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦5.00(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。
ところで、トーリック面では必ず面非点隔差が存在するが、これはもともと乱視矯正に必要な面非点隔差であり、光学性能の向上のために付与されているものではない。従って、本発明では、この乱視矯正に必要な面非点隔差を、処方面の非球面化により発生する面非点隔差から分離して考える。即ち、上述したように、本発明において処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分を、非球面化された処方面の任意の座標における面非点隔差と、処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面の当該座標における面非点隔差との差分の絶対値として表す。
すなわち、処方面の任意の座標(x,y)における面非点隔差をAS(x,y)とし、非球面化される前の処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面の当該座標(x,y)における面非点隔差をC(x,y)とし、処方面の非球面化により当該座標(x,y)において実質的に発生する面非点隔差成分をΔAS(x,y)とするとき、ΔAS(x,y)は下記の式(1)で表される。
ΔAS(x,y)=|AS(x,y)-C(x,y)| (1)
レンズメーターによる度数の測定は、処方面に対してほぼ垂直に入射する光線に基づいて行われるため、測定領域内での面非点隔差成分の分布が、ほぼそのまま測定度数に影響する。従って、本発明では、処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の平均値をΔASavとし、この平均値ΔASavを所定の値以下に抑えることによって本発明の目的を達成している。以下の表1は、屈折補正用累進屈折力眼鏡レンズに関するISO規格である「ISO 8980-2:2004(E)」で制定されている表であって、測定基準点における乱視屈折力の表示値に対する許容差を示す表である。
【表1】

なお、表1中に記載された数値の単位は全てディオプターである。また、表1中に記載された「絶対値で大きい方の主経線屈折力」とは、球面屈折力の表示値をSとし、乱視屈折力の表示値をCとしたとき、両主経線の屈折力の絶対値|S|と|S+C|とのうちの大きい方の値を意味している。レンズメーターによる度数測定時には、ISO規格に代表される公的な規格を用いることが一般的である。
つまり、レンズメーターによる測定度数の処方度数に対するずれ量が、ISO規格で設定された許容値(許容差)以下であれば、処方度数と測定度数とが実用上は等しいと判断することができる。従って、本発明において、平均値ΔASavを表1のISO規格で設定された許容差以下に抑えれば、本発明の目的を達成することができる。ただし、累進面による測定度数への影響を考慮した場合、平均値ΔASavは表1における許容値の75%以下であることが好ましく、平均値ΔASavは表1における許容値の50%以下であることがさらに好ましい。
表1を参照してわかるように、度数測定における許容値は処方度数や乱視度数によって異なる値をとることが望ましいが、設計や製造における実務の簡略化から、平均値ΔASavの許容値を装用者の処方に依存することなく一定にすることも可能である。その場合、平均値ΔASavの許容値を表1に記載されている許容値の中から選択して決定することもできるが、本願発明者の検討によると、装用状態における光学性能を重視する場合にはΔASav≦0.15(ディオプター)を満足することが望ましく、装用状態における光学性能をさらに重視する場合にはΔASav≦0.12(ディオプター)を満足することが望ましい。
また、本発明において、装用状態における光学性能の改善と度数測定の容易さとのバランスを考慮する場合には、ΔASav≦0.10(ディオプター)を満足することが望ましく、ΔASav≦0.09(ディオプター)を満足することがさらに望ましい。更に、本発明において、度数測定の容易さを重視する場合には、ΔASav≦0.06(ディオプター)を満足することが望ましい。
また、本発明において、上記面非点隔差成分の平均値ΔASavを所定の値以下に抑えるべき測定基準点を含む近傍の所定領域は、実質的に球面形状またはトーリック面形状であることが好ましい。眼鏡店やユーザーが、透過光線における光学性能の改善よりもレンズメーターによる度数測定を重視する場合、即ち、規格による許容値を考慮することなく処方度数と測定度数とが実質的に一致することを望む場合、上記所定領域において、処方面を実質的に球面形状またはトーリック面形状にすることが有効である。本願発明者の検討によると、レンズメーターの測定領域の全体を実質的に球面形状またはトーリック面形状にしなくても、測定領域内における中心部分の一定の領域を実質的に球面形状またはトーリック面形状にすることによって、本発明の目的が達成可能であることがわかった。
従って、実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は、測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦1.75(mm)の条件を満足する領域であることが望ましい。また、処方度数と測定度数とをさらに良好に一致させるには、実質的に球面形状またはトーリック面形状である測定基準点を含む近傍の領域は、座標(x,y)が|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50(mm)の条件を満足する領域であることが望ましく、|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦4.00(mm)の条件を満足する領域であることがさらに望ましい。
一般的なレンズメーターでは、0.06D(ディオプター)よりも小さい面非点隔差成分を正確に測定することは非常に難しく、さらに0.03D以下の面非点隔差成分の測定は実用上不可能であるといわれている。従って、レンズメーターにおける実用上の屈折力の測定分解能は、0.03D以上であると考えられる。このため、測定基準点を含む近傍の領域における面非点隔差成分がレンズメーターの測定分解能である0.03D以下であれば、実測定上は球面またはトーリック面と同等であると見なすことができる。
また、本発明において、上記面非点隔差成分の平均値ΔASavを所定の値以下に抑えるべき測定基準点を含む近傍の所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は、装用者の処方、装用者の使用条件、製品としてのレンズの仕様、レンズの度数を測定する方法、およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められることが好ましい。本発明のように処方面を非球面化した両面非球面型の累進屈折力レンズでは、たとえ同じ製品群であっても、処方面の非球面形状は、球面度数や乱視度数、乱視軸度、加入度、インセット角、プリズム処方等といった装用者の処方や使用条件によって大きく異なる。
さらに、測定器であるレンズメーターの測定条件についても、例えば測定光線が直径5mmの円形光束であるレンズメーターを製造するメーカーも有れば、同じく5mmでも測定光線が矩形光束であるレンズメーターを製造するメーカーも有る。また、同じメーカーでも、手動レンズメーターと自動レンズメーターとで測定光束の大きさや形状が異なる等、メーカーや測定方法の違いによって条件も様々である。従って、本発明による技術を全てのレンズに対して同じ条件で適用するのではなく、装用者の処方や使用条件、製品の仕様、度数測定方法、測定器の仕様のうち、少なくとも一つの条件を考慮して、平均値ΔASavを所定の値以下に抑えるべき測定基準点を含む近傍の所定領域の大きさや形状を決定することによって、より優れた光学性能と度数測定の容易さとの両方を得ることが可能となる。
また、本発明において、処方面の面形状を表わす関数(例えば処方面の設計上の面形状を表わす関数、処方面の実際の面形状をフィッティングして得られる関数)の少なくとも二次導関数までが処方面のほぼ全体に亘って連続であることが好ましい。この構成により、外観上の良好な連続性や透過光線における良好な光学性能を得ることができるとともに、レンズメーターによる測定度数として常に安定した値を得ることができる。
本発明の実施形態を、添付図面に基づいて説明する。図1は、本発明の実施形態にかかる累進屈折力レンズの構成を概略的に示す図である。図1を参照すると、本実施形態の累進屈折力レンズは、装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線MM’に沿って、比較的遠方視に適した遠用部Fと、比較的近方視に適した近用部Nと、遠用部Fと近用部Nとの間において遠用部Fの面屈折力と近用部Nの面屈折力とを連続的に接続する累進部Pとを備えている。
主注視線MM’は、遠用部Fの測定基準点である遠用基準点(遠用中心)OF、遠用アイポイントE、レンズ面の幾何中心OG、および近用部Nの測定基準点である近用基準点(近用中心)ONを通る基準線である。本実施形態の各実施例では、外面(眼とは反対側の外側面)に累進面を配置し、内面(眼側の内側面)に処方面を配置している。また、遠用部Fの測定基準点である遠用基準点OFは、幾何中心OGから主注視線MM’に沿って8mm上方に位置している。また、各実施例のレンズの外径(直径)は70mmである。
[第1実施例]
図2は、第1実施例の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。図2の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズでは、球面度数S=1.00(ディオプター)であり、乱視度数C=0.00(ディオプター)であり、加入度ADD=2.00(ディオプター)であり、処方ベースカーブBC=3.70(ディオプター)であり、レンズの屈折率ne=1.60である。図2を参照すると、従来技術にしたがう比較例の累進屈折力レンズでは、遠用部F及び近用部Nにおいて、非点収差が0.5D(ディオプター)以下である領域すなわち明視域が狭くなっている。
図3は、第1実施例にかかる累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。第1実施例にかかる累進屈折力レンズは、図2の比較例と同じ処方(球面度数、乱視度数、加入度、処方ベースカーブ、屈折率)であるが、透過光線における光学性能を改善するために処方面である内面を非球面化している。図3を参照すると、本発明にしたがう第1実施例の累進屈折力レンズでは、図2の比較例に比して、遠用部F及び近用部Nの明視域は、共に良好に改善されている。
図4は、第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。第1実施例では、図4に示すような面非点隔差成分の分布を有する非球面を処方面に付与することによって、図3で示すような光学性能の改善を達成している。以下の表2は、第1実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面における測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を数値的に示す表である。
【表2】

表2において、最も上側の行に記載された横軸は測定基準点OFを原点としてレンズの水平方向への距離x(mm)を示し、最も左側の列に記載された縦軸は、測定基準点OFを原点としてレンズの鉛直方向への距離y(mm)を示している。図4および表2を参照して分かるように、測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分は、比較的小さい値(ディオプター)に抑えられている。
また、図2の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズおよび第1実施例にかかる累進屈折力レンズについて、直径5mmの光束により測定するレンズメーターを用いて測定基準点OFを基準として測定したときに得られる測定度数のシミュレーション結果を以下に示す。
比較例:球面度数S=1.00D,乱視度数C=0.03D
実施例:球面度数S=1.02D,乱視度数C=0.07D
本発明にしたがう第1実施例では、内面である処方面の非球面化の影響により、測定度数としての球面度数及び乱視度数は、図2の比較例と比較して、装用者の処方度数から若干ずれた値になっている。しかしながら、表1に示すISO規格を参照すると、第1実施例における装用者の処方度数からの測定度数のずれ量は十分に許容値内であり、実用上は問題ないことがわかる。すなわち、第1実施例の累進屈折力レンズでは、本発明の目的が達成されている。
[第2実施例]
図5は、第2実施例の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。図5の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズでは、球面度数S=1.00(ディオプター)であり、乱視度数C=-2.00(ディオプター)であり、乱視軸AX=90(度)であり、加入度ADD=2.00(ディオプター)であり、処方ベースカーブBC=3.70(ディオプター)であり、レンズの屈折率ne=1.60である。図5を参照すると、従来技術にしたがう比較例の累進屈折力レンズでは、遠用部F及び近用部Nの明視域が非常に狭くなっているだけでなく、非点収差の最大値も大きくなっている。
図6は、第2実施例にかかる累進屈折力レンズの透過光線での非点収差分布を示す図である。第2実施例にかかる累進屈折力レンズは、図5の比較例と同じ処方(球面度数、乱視度数、加入度、処方ベースカーブ、屈折率)であるが、透過光線における光学性能を改善するために処方面である内面を非球面化している。図6を参照すると、本発明にしたがう第2実施例の累進屈折力レンズでは、図5の比較例に比して、遠用部F及び近用部Nの明視域は、共に非常に良好に改善され、非点収差の最大値も小さくなっている。
図7は、第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を示す図である。第2実施例では、図7に示すような面非点隔差成分の分布を有する非球面を処方面に付与することによって、図6で示すような光学性能の改善を達成している。以下の表3は、第2実施例にかかる累進屈折力レンズの処方面における測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分の分布を数値的に示す表である。
【表3】

表3においても表2と同様に、最も上側の行に記載された横軸は、測定基準点OFを原点としてレンズの水平方向への距離x(mm)を示し、最も左側の列に記載された縦軸は、測定基準点OFを原点としてレンズの鉛直方向への距離y(mm)を示している。図7および表3を参照して分かるように、測定基準点OFを含む近傍の領域の非球面化により実質的に発生する面非点隔差成分は、ほぼ0(ディオプター)に抑えられ、実質的にトーリック面と等しい面形状になっている。
また、図5の比較例にかかる従来の累進屈折力レンズおよび第2実施例にかかる累進屈折力レンズについて、直径5mmの光束により測定するレンズメーターを用いて測定基準点OFを基準として測定したときに得られる測定度数のシミュレーション結果を以下に示す。
比較例:球面度数S=1.00D,乱視度数C=-2.03D,乱視軸AX=90(度)
実施例:球面度数S=1.00D,乱視度数C=-2.03D,乱視軸AX=90(度)
本発明に係る第2実施例では、内面である処方面において測定基準点OFを含む近傍の領域を実質的にトーリック面と等しい形状としている。その結果、測定度数としての球面度数及び乱視度数は、図5の比較例と同様に、装用者の処方度数とほぼ同じ値になっている。すなわち、第2実施例の累進屈折力レンズにおいても第1実施例と同様に、本発明の目的が達成されている。
以上のように、本実施形態の累進屈折力レンズでは、装用状態における光学性能が良好である上に、レンズメーターにより処方度数とほぼ等しい測定度数が得られるため、眼鏡店やユーザーによるレンズの度数測定を容易に行うことができる。尚、遠用基準点及び近用基準点のうち、いずれの測定基準点を用いて度数測定を行うかは、そのレンズが遠用処方による累進屈折力レンズであるか、近用処方による累進屈折力レンズであるかに依存することが多い。主に遠方視を重視した遠近累進屈折力レンズの場合には遠用基準点で、近方視を重視した近々累進屈折力レンズの場合は近用基準点で測定を行うことが多いが、どちらの測定基準点を用いたとしても、本発明の技術は本質的には変わらない。従って、上述の実施形態に限定されることなく、様々な仕様の累進屈折力レンズに対して本発明を適用することが可能であることは明らかである。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って、比較的遠方視に適した遠用部領域と、該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と、前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて、
累進面が外面に配置され、累進面を備えない処方面が内面に配置され、
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し、
眼鏡フレーム内に設定された、前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において、前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が、レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で、かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項2】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は、装用者の処方、装用者の使用条件、製品としてのレンズの仕様、レンズの度数を測定する方法、およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項3】
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項2に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項4】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って、比較的遠方視に適した遠用部領域と、該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と、前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズにおいて、
累進面が外面に配置され、累進面を備えない処方面が内面に配置され、
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し、
眼鏡フレーム内に設定された、前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において、前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が、レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下、かつ0.00ディオプターより大きく、
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項5】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って、比較的遠方視に適した遠用部領域と、該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と、前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし、処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において、
累進面が外面に配置され、累進面を備えない処方面が内面に配置され、
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し、
眼鏡フレーム内に設定された、前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において、前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が、レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.15ディオプター以下で、かつ0.00ディオプターより大きいことを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項6】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は、装用者の処方、装用者の使用条件、製品としてのレンズの仕様、レンズの度数を測定する方法、およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項5に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項7】
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項6に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項8】
装用状態においてレンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主注視線に沿って、比較的遠方視に適した遠用部領域と、該遠用部領域に対して比較的近方視に適した近用部領域と、前記遠用部領域と前記近用部領域との間において前記遠用部領域の面屈折力と前記近用部領域の面屈折力とを連続的に接続する累進部領域とを備えた累進屈折力レンズ(ただし、処方の球面度数=0かつ処方の乱視度数=0の累進屈折力レンズを除く)において、
累進面が外面に配置され、累進面を備えない処方面が内面に配置され、
レンズの透過光線における光学性能を補正するために形成された前記処方面は非球面形状を有し、
眼鏡フレーム内に設定された、前記遠用部領域の測定基準点である遠用基準点と前記近用部領域の測定基準である近用基準点の少なくとも一方の前記測定基準点において、前記処方面により発生する面非点隔差成分と処方度数の矯正に必要な球面またはトーリック面により発生する面非点隔差成分との差の絶対値の平均値が、レンズの度数を測定するための前記測定基準点を含む近傍の所定領域に亘って0.12ディオプター以下で、かつ0.00ディオプターより大きく、
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項9】
前記所定領域は、実質的に球面形状またはトーリック面形状であることを特徴とする請求項1に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項10】
前記所定領域の大きさ及び形状のうちの少なくとも一方は、装用者の処方、装用者の使用条件、製品としてのレンズの仕様、レンズの度数を測定する方法、およびレンズの度数を測定する測定器の仕様のうちの少なくとも1つの条件に基づいて決められていることを特徴とする請求項9に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項11】
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項10に記載の累進屈折力レンズ。
【請求項12】
前記所定領域は、前記測定基準点を原点としてレンズの水平方向への距離をx(mm)とし、前記測定基準点を原点としてレンズの鉛直方向への距離をy(mm)とするとき、座標(x,y)が
|(x^(2)+y^(2))^(1/2)|≦2.50
の条件を満足する領域であることを特徴とする請求項9に記載の累進屈折力レンズ。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2019-06-04 
結審通知日 2019-06-06 
審決日 2019-06-18 
出願番号 特願2007-525964(P2007-525964)
審決分類 P 1 113・ 55- ZDA (G02C)
P 1 113・ 537- ZDA (G02C)
P 1 113・ 852- ZDA (G02C)
P 1 113・ 121- ZDA (G02C)
P 1 113・ 841- ZDA (G02C)
P 1 113・ 536- ZDA (G02C)
最終処分 一部成立  
前審関与審査官 吉田 邦久  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 河原 正
樋口 信宏
登録日 2012-05-25 
登録番号 特許第5000505号(P5000505)
発明の名称 累進屈折力レンズ  
代理人 阿仁屋 節雄  
代理人 大谷 寛  
代理人 小林 英了  
代理人 小林 英了  
代理人 大谷 寛  
代理人 大野 聖二  
代理人 鈴木 守  
代理人 鈴木 守  
代理人 奥山 知洋  
代理人 大野 聖二  
代理人 橘高 英郎  

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