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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C02F
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C02F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C02F
管理番号 1354952
異議申立番号 異議2019-700122  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-14 
確定日 2019-08-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6374157号発明「廃水中の懸濁物質の除去処理方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6374157号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6374157号の請求項1ないし10に係る特許についての出願は、平成25年12月6日(優先権主張 平成24年12月10日)に出願されたものであって、平成30年7月27日にその特許権の設定登録がされ、同年8月15日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、平成31年2月14日に特許異議申立人 柏木里実(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
特許第6374157号の請求項1?10の特許に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明10」ということがあり、また、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、それぞれ、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものであると認める。

「【請求項1】
凝集剤を用い、廃水中から懸濁物質を凝集沈降させて取り除くための廃水中の懸濁物質の除去処理方法であって、
前記凝集剤として少なくとも1種の有機凝集・沈降剤を用い、
(但し、下記一般式(1)及び(2)を必須成分としてそれぞれ5モル%以上を含む原料モノマーから誘導されるカチオン性又は両性の共重合体を主成分としてなり、該共重合体の重量平均分子量が200万?1,300万であり、且つ、pH7におけるカチオンコロイド当量値が0.4meq/g以上である高分子凝集剤を用いる場合を除く。

(上記式中の、R_(1)、R_(2)は、CH_(3)又はC_(2)H_(5)を、R_(3)は、H、CH_(3)又はC_(2)H_(5)を表す。X^(-)は、アニオン性対イオンを表す。))
少なくとも、粒径が50μm以上の、金属粉又は水砕スラグ又は石炭粉又はコークス粉の少なくともいずれかを含む粗大な懸濁物質と、粒径が50μmに満たない微細な懸濁物質とが、微細な懸濁物質濃度に対する粗大な懸濁物質濃度の比(粗/微)が、その質量比で5?100の状態で併存しており、且つ、流速が0.5m/秒以上で、乱流状態の水の中に、前記有機凝集・沈降剤が共存する状態を生じさせることで、前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させ、これらの懸濁物質を同時に除去できるようにしたことを特徴とする廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項2】
前記有機凝集・沈降剤を、前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とが併存している、流速が0.5m/秒以上で、且つ、乱流状態の廃水中に添加することで、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とが併存し、且つ、流速が0.5m/秒以上で、乱流状態の水の中に前記有機凝集・沈降剤が共存する状態を生じさせている請求項1に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項3】
前記廃水が、製鐵所において発生する廃水であり、
前記有機凝集・沈降剤を廃水に添加する位置が、前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とが併存している廃水が発生する地点から水処理設備の入口付近に至るまでのいずれかの地点である請求項2に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項4】
前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とが併存した廃水になる前の用水に予め前記有機凝集・沈降剤を添加しておき、さらにこの水を使用することで、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とが併存し、且つ、流速が0.5m/秒以上で、乱流状態の水の中に前記有機凝集・沈降剤が共存する状態を生じさせている請求項1に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項5】
前記廃水が、製鐵所において発生する廃水であり、
前記粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とが併存した廃水になる前の用水が、前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを、前記有機凝集・沈降剤の存在下、同一の処理で凝集・凝結・沈降させて、これらを同時に除去処理した後に得られる処理水を循環使用する系で、前記有機凝集・沈降剤の添加を、その使用基準を満たすまでに用水の処理がなされた地点から、該用水を使用する給水地点に至るまでのいずれかの地点で行う請求項4に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項6】
前記粗大な懸濁物質と、前記微細な懸濁物質の併存状態が、微細な懸濁物質濃度に対する粗大な懸濁物質濃度の比(粗/微)が、その質量比で10?70である請求項1?5のいずれか1項に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項7】
前記乱流状態の水のレイノズル数が、8000以上である請求項1?6のいずれか1項に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項8】
前記有機凝集・沈降剤が、カチオン性又は両性の共重合体を主成分としてなり、該共重合体の重量平均分子量が100万?1,300万であり、且つ、pH7におけるカチオンコロイド当量値が0.1meq/g以上である請求項1?7のいずれか1項に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項9】
前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質に、更に油分が併存している請求項1?8のいずれかに1項記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。
【請求項10】
前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させた後に、さらに凝集・凝結・沈降した沈殿物を除去する請求項1?9のいずれか1項に記載の廃水中の懸濁物質の除去処理方法。」

第3 申立理由の概要
1 申立理由1
本件発明1ないし10は、甲第1号証に記載の発明と、甲第2号証ないし甲第6号証の記載事項又は甲第2号証ないし甲第6号証に開示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2 申立理由2
請求項1の「有機凝集・沈降剤」という記載について、「有機凝集・沈降剤」という表記は技術常識とはいえないこと、及び、請求項1は「有機凝集・沈降剤」を「粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させ、これらの懸濁物質を同時に除去できるようにした」という達成すべき結果により特定しているが、どのような「有機凝集・沈降剤」が使用できるのかは請求項1で特定すべきものであるから、本件発明1ないし7、並びに9及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

3 申立理由3及び4
請求項1でいう「有機凝集・沈降剤」に包含されるものすべてが、「粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させ、これらの懸濁物質を同時に除去」し得るという結果を得ることができるかどうかは、本件出願時の技術常識を踏まえても不明であって、特定の「有機凝集・沈降剤」でなければ上記の結果を得ることができないことは当業者に自明であること、加えて、本件特許1では、本件特許の明細書に記載された唯一の実施例であって、最も好ましいとする「有機凝集・沈殿剤」を除外しているため、当業者が他のどの「有機凝集・沈殿剤」を使用できるのかが理解できるように記載されていないから、本件発明1ないし7、並びに9及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号及び同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

[異議申立人が提出した証拠方法]
甲第1号証:特開平9-75950号公報
甲第2号証:特開昭51-78563号公報
甲第3号証:大佐々邦久ら 「高分子凝集剤を用いた凝集操作における最適撹拌条件」,化学工学論文集,第11巻、第5号、第589-595頁、1985年
甲第4号証:特開2009-82826号公報
甲第5号証:特開昭52-144149号公報
甲第6号証:特開2008-6382号公報

なお、甲第1号証ないし甲第6号証を、以下では、それぞれ「甲1」ないし「甲6」ということがある。

第4 甲1ないし甲6の記載事項(当審注:「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様。)、及び甲1記載の発明

1 甲1の記載事項及び甲1記載の発明
甲1には、以下の(1)?(4)の事項が記載されている。

(1)「【請求項1】 製鉄所の圧延工程において直接冷却水として使用した水にカチオン系有機凝集剤を添加して凝集処理し、次いで、該処理水に分子内にカルボキシル基を含有しないホスホン酸系スケール防止剤を添加した後、該処理水を循環使用することを特徴とする水処理方法。」

(2)「【0010】
【発明の実施の形態】本発明において、直接冷却水とは、製鉄所の圧延工程の成形過程における鋼材や鋼板等の鋼鉄製品や圧延ロール等に直接スプレーしたり、浸漬等して、これらの冷却又はスケール落とし等に用いた水を意味する。この直接冷却水は、スプレーや浸漬に使用された後、通常スケールピットや凝集処理槽等に一旦集水され、そこでカチオン系有機凝集剤を添加して凝集沈殿又は凝集浮上等の凝集処理により、油分や懸濁物質等を除去することができる。」

(3)「【0015】
【実施例】以下、この発明を試験例及び実施例により説明する。
〔試験例1〕某製鉄所の熱間圧延工場における直接冷却水を採取し、凝集処理後の下記供試水1及び供試水2を得た。
【0016】供試水1;凝集剤として液体バンド(硫酸アルミニウム水溶液:Al_(2)O_(3) 換算で8%含有) を30mg/l添加して凝集処理した処理水。
供試水2;凝集剤としてポリアミン(エチルアミンとエピクロルヒドリンとの重縮合物:分子量50万、含有量50%)を0.7mg/l添加して凝集処理した処理水。
【0017】
供試水1及び供試水2の水質分析結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1から、供試水2においては、冷却水系での炭酸カルシウムのスケール生成の傾向の指標となるランゲリア指数が比較的大きいことから、スケール生成傾向があり、一方、供試水1においてはランゲリア指数が負となることから腐食傾向があることが分かる。
この供試水1及び供試水2を使用して、以下の実験を実施した。各実験結果を表2に併せて示す。
《実験1:腐食・腐食生成物量測定 (非伝熱面)》
供試水1及び供試水2のそれぞれに表2に示すスケール防止剤を添加し、これらの供試水を、図1に示したジャーテスト装置に導入し、水温を40℃に保持した。各供試水中にSPCCの試験片(30×15×1mm 、表面積:31.42cm^(2) 、重量:約10g)を5日間吊るし、試験片に各供試水が流速約0.4m/sであたるように回転させた。試験後、試験片を塩酸で洗浄し、その重量を測定し、次式より試験片の腐食速度・腐食生成物量を算出した。
【0020】
【数1】

【0021】
《実験2:スケール析出試験(伝熱面)》
SPCCの試験片(30×15×1mm 、表面積:31.42cm^(2) 、重量:約10g)を電気炉にて500℃に加熱した。この試験片を、表2及び3に示すスケール防止剤を添加した液量500ml、90℃に昇温した各供試水中に1時間浸漬した。この操作を4回繰り返した。
【0022】
試験前後の各供試液中のカルシウムイオン(No6 濾紙にて濾過した濾液中のカルシウム) を測定し、次式よりカルシウム析出率(%)を算出した。
【0023】
【数2】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】



(4)「【0029】〔試験例3〕某製鉄所の圧延工場における直接冷却水に、凝集剤としてポリアミン(エチルアミンとエピクロルヒドリンとの重縮合物:分子量50万、含有量50%)を 0.7mg/l添加して凝集処理した処理水を冷却水としている即冷槽に、スケール防止剤として1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸を添加した。・・・また、比較のため、即冷槽に1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸を添加しなかった場合の塩酸洗浄液中のカルシウム量を同様に測定した。それらの結果を表5に示す。
【0030】
【表5】



上記(1)及び(2)の記載から、甲1には、上記(3)及び(4)に記載された試験例1及び3を実施例とした以下の発明(以下、「甲1発明」)が記載されていると認められる。
「製鉄所の圧延工程において直接冷却水として使用した油、懸濁物質を含む水に、カチオン系有機凝集剤を添加して凝集沈殿又は凝集浮上等の凝集処理を行い、直接冷却水中の油分や懸濁物質等を除去する方法。」

2 甲2の記載事項
甲2には、以下の(1)?(3)の事項が記載されている。

(1)「一般に連続鋳造装置等の鉄鋼製造設備から排出される廃水中には主として鉄粉,Fe_(3)O_(4),Fe_(2)O_(3),FeO,加えて若干の懸濁物質が含まれており,用水系によって多少の差異はあってもこれらの固形物質のうち,比較的鉄粉,Fe_(3)O_(4)の含有率の高い廃水が多い。」(第1頁左下欄第13行?同欄第18行)

(2)「本発明の処理装置によって連続鋳造直接冷却水,圧延戻水等の製鉄工業廃水の廃水処理を行なうには次のようにする。
原水(たとえば圧延戻水)W_(0)は原水供給パイプ1を経て原水ピット2に導入され,ここでスケールの一部が底部に沈降し,ポンプピット3にキヤリオーバーした原水W_(0)は,ポンプPによってストレーナ-4に送りこまれる。
沈降したスケールは,パケット11によって定期的に系外に排出される。
自動ストレーナー4で原水中のSSが捕捉され,処理水W_(2)はパイプ14を経て処理水槽8に送りこまれる。
一方、逆洗排水W_(1)は,パイプ15を経て逆洗排水槽5に送りこまれ,さらに水中ポンプP_(1)によって容器17に供給される。図中,矢印方向に回転する磁気ドラム6によって除去されたSSはスケールホツパー7に回収され,処理水W_(2)はパイプ19を経て処理水槽8に送りこまれる。
この処理水W_(2)はポンプP2によって冷却塔9に送りこまれ,ここで気-液接触によって冷却されたのち冷却塔下部水槽10にたくわえられ,ポンプP_(3)によって工場へ給水され,再利用される。」(第2頁左下欄第6行?同頁右下欄第9行)

(3)本発明に係る処理装置を用いて連続鋳造設備の直接冷却廃水を処理した結果を第1表に示す。

(第3頁左下欄第13行?同欄最終行)

3 甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。

(1)「2.2 急速撹拌条件
急速撹拌は凝集剤を液中に均一に分散させ,粒子表面に一様に吸着させるために行われる。・・・ここでは急速撹拌条件を実験的に検討した。はじめにポリマーを槽内に均一に分散させるに要する時間を調べた。N=2.5s^(-1)(周速約1m/s)における応答曲線をFig.6に示す。これから,約90sの混混合時間が必要なことがわかった。ここでN=2.5s^(-1)としたのは,機械的撹拌方式における急速撹拌の目安がパドル周速1?1.5m/sとされていること」(第591頁右欄第15行?第592頁左欄第14行)

4 甲4の記載事項
甲4には、以下の(1)及び(2)の事項が記載されている。

(1)「【0001】
本発明は凝集装置に係り、急速攪拌槽によって処理水を高速で攪拌した後、この処理水を緩速攪拌槽によって低速で攪拌することにより、処理水中に磁性フロックを生成させる凝集装置に関する。」

(2)「【0028】
急速攪拌槽14Aでは、処理水と、添加した磁性粉及び凝集剤とを高速回転する攪拌羽根19により急速攪拌する。これにより、数十μm程度の大きさの微小な磁性マイクロフロックが、急速攪拌槽14A内で生成される。攪拌羽根19の先端部における回転周速としては、1?2m/秒程度で行うことが好ましい。・・・
【0029】
磁性マイクロフロックを含有する処理水は、凝集装置14の減速室14Cを介して緩速攪拌槽14Bに送水される。また、急速攪拌槽14Aと緩速攪拌槽14Bとを連通する減速室14Cの近傍には、高分子凝集剤を添加する高分子凝集剤添加装置21が設けられ、減速室14Cを流れる処理水中に高分子凝集剤が添加される。高分子凝集剤としては、アニオン系及びノニオン系のものを好適に用いることができる。
【0030】
緩速攪拌槽14Bは、磁性マイクロフロックと高分子凝集剤とを低速回転する攪拌羽根19を有する。・・・例えば、攪拌羽根19の先端部における回転周速としては、攪拌槽Aが0.5?1m/秒程度、攪拌槽Bが0.3?0.7m/秒程度、攪拌槽Cが0.1?0.3m/秒程度であることが好ましい。」

5 甲5の記載事項
甲5には、以下の事項が記載されている。

(1)「次に第2図は本発明の他の実施例の系統図である。図において反応槽31は小容量槽31B,大容量槽31A,小容量槽32B,大容量槽32Aと順次横列に配置され,各槽間はそれぞれ仕切板33A,33B,33Cによって区分されている。・・・このような反応槽31は,廃水が廃水槽3から定量ポンプ7により圧送され,配管15へ注入された消石灰液と共に反応槽31の流入孔31Cより,小容量槽31B内に噴出する際,小容量槽内31Bで攪拌され,消石灰(Ca(OH)_(2))の反応固形物が核となりフロツクを形成しつつ,間隙34Aを通り大容量槽31Aへ移行する。間隙34Aで廃水は狭められて流速が早くなり,大容量槽31A内の廃水と攪拌がさらに行われる。大容量槽31A内としては容積が大きいため,流れは緩かとなり,すでに廃水中に生成されたフロツクが互に架橋して育成されながら,間隙34Bを経て次の小容量槽32Bへと移行する。この間隙34B前に高分子凝集剤を注入する注入口35を備える。小容量槽32B内において,廃水は高分子凝集助剤と攪拌され,間隙34Cを通過する際再び流速が早くなり,乱流を生じ攪拌を続けつつ,大容量槽32A内で流れは緩慢となり,廃水中に含まれた有害成分が包含されるフロツクはさらに育成され,流出口32Dを経て反応器6へ導入される。・・・
なお反応槽の他の構造図を第3図に示す。
小容量槽に複数個の仕切板36を棚状に設け,この間隙を廃水が蛇行して通過するように構成することにより,さらに屈折した長い管路を設けると同様に乱流による廃水と凝集剤との十分な攪拌による接触が行われ,フロツクは一段と効率よく生成された。」(第3頁右下欄第3行?第4頁右上欄第11行)

第5 当審の判断
1 申立理由2ないし4(明確性要件、サポート要件及び実施可能要件)について
(1)本件特許が解決すべき課題
本件特許が解決すべき課題について、本件特許の明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)の【0017】には「・・・連続鋳造工程や圧延工程から発生する直接冷却廃水等の懸濁物質を含有する各種廃水に対し、(1)簡略化された設備で処理して迅速に清澄な処理水を得ることができ、(2)維持管理費が低く、(3)できれば処理水への悪影響を生じ得る無機凝集剤を用いることなく、(4)廃水中に、金属やコークス等の懸濁物質に加えて油分が懸濁していたとしても、処理によってリサイクル困難なスラッジを発生しない、経済的で簡便な廃水中の懸濁物質の除去方法が望まれる。」と記載され、【0018】には「したがって、本発明は、例えば、前述したような製鐵所において発生する、粗大SSと微細SSとが併存している各種廃水中の懸濁物質を分離除去する際に・・・下記のことを達成できる、工業上、極めて有用な廃水中の懸濁物質の除去処理方法を提供することを目的とする。すなわち、懸濁物質の除去処理に際し、粗大SSと微細SSとを同一の処理で凝集沈降させているにもかかわらず、別々に処理していた従来の処理方法で達成していたのと同等以上の清澄な水質の処理水を迅速に得ることができることに加え、同一に処理することを可能にすることで、凝集剤の総使用量を従来よりも低減することを可能とし、さらに、設備を大幅に簡略化することで設備費及び維持管理費を縮小でき、・・・目的とする。」ことが記載されていることからみて、本件特許の解決すべき課題は、要するに、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集沈降させることで、従来の廃水処理において要していた設備の簡略化や薬品の削減等による廃水処理コストの削減を主たる課題とするものと認められる。

(2)「有機凝集・沈降剤」が明確であること
発明の詳細な説明の【0037】には、本件発明により、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させ、これらの懸濁物質を同時に除去し得る機序について記載され、それを踏まえて【0038】?【0043】において本件発明で使用する有機凝集剤について記載されている。
たしかに、発明の詳細な説明には、「有機凝集・沈降剤」という発明特定事項を明示的に定義した記載はないものの、発明の詳細な説明全体の記載からみれば、請求項1でいう「有機凝集・沈降剤」とは、上記【0038】?【0043】に記載された「有機凝集剤」を指すことは明らかであるから、本件発明1ないし7、並びに9及び10が不明確であるとはいえない。

(3)粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質の同時除去が実施できることについての本件特許の明細書の記載
発明の詳細な説明の【0038】?【0043】には、本件発明で使用する有機凝集剤について記載されており、その記載からみれば、有機凝集剤については、実施例で使用されたカチオン性のものに限らず、アニオン性やノニオン性の有機凝集剤を使用できることが示されている。
そして、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集沈降できる理由について、【0029】には「・・・本願発明では、これらの粗大SSと微細SSとを同一の処理で凝集沈降させ、これらを同時に除去できるようにしたことを特徴としている。処理する廃水中における粗大SSと微細SSとの併存状態は特に限定されないが、本発明者らの検討によれば、微細SS濃度に対する粗大SS濃度の比(粗/微)が、その質量比で0.5以上である廃水であれば、これらを一緒に安定した状態で良好に処理することができることがわかった。また、本発明者らの検討によれば、微細SS濃度に対する粗大SS濃度の比(粗/微)は、0.5以上であればよく、むしろ大きい場合に良好な処理ができ、例えば、微細SS濃度に対する粗大SS濃度の比が100程度であっても問題なく処理できる。」と記載され、【0037】には「本発明者らは、これらの理由について、有機凝集剤を上記したような地点で、廃水或いは用水に添加すると激しく混合され、その状態で、まず、有機凝集剤が、共存している粗大SSに対して特に高い凝集効果、更に強い凝結効果を示し、その結果、粗大SSの凝結・凝集が速やかに生じ、その際に、併存している微細SSが、この有機凝集剤によって形成された粗大な凝集物内に取り込まれ、これらのことによって、同一処理による速やかで効率のよい良好な凝集沈降という本発明の優れた効果が得られたものと考えている。」ことが記載されている。
上記で示された理由は、微細SS濃度に対する粗大SS濃度の比(粗/微)が0.5以上である廃水において、有機凝集剤を激しく混合ないし流動させることで、共存している粗大懸濁物質(SS)に対して凝集・凝結効果を示し、その後、併存している微細な懸濁物質が粗大な凝集物内に取り込まれることを要点とするものであるから、当業者であれば、粒径が50μm以上の、金属粉又は水砕スラグ又は石炭粉又はコークス粉の少なくともいずれかを含む粗大な懸濁物質と、粒径が50μmに満たない微細な懸濁物質との比(粗/微)が、その濃度の質量比で5?100の状態で併存しており、且つ、流速が0.5m/秒以上で、乱流状態の水という、本件発明1で定められた条件を満たすことによって、実施例に記載されたものと異なる有機凝集剤であっても、上記作用機序にしたがい同様の効果が得られることを推認し得るものと認められる。
よって、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件発明1ないし7並びに9及び10を実施することができ、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集沈降させるという、本件発明の課題が解決できることを理解できるものと認められる。
したがって、本件発明1ないし7、並びに9及び10に係る特許は、特許法第36条第6項第2項に規定する明確性要件、同法第36条第6項第1号に規定するサポート要件及び同法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(4)小括
以上のとおりであるから、申立理由2ないし4によって、本件特許1ないし7、並びに9及び10に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由1(進歩性要件)について
本件発明1が、甲第1号証に記載の発明と、甲第2号証ないし甲第6号証の記載事項または甲第2号証ないし甲第6号証に開示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるか、以下に検討する。

(1) 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「カチオン系有機凝集剤」は、甲1の実施例の記載からみて、本件発明1において除かれていない凝集剤を包含することは明らかであるから、本件発明1における「有機凝集・沈降剤」に相当する。また、甲1発明においては、直接冷却水として使用した水にカチオン系有機凝集剤を添加して、直接冷却水中の油、懸濁物質を凝集処理しているから、本件発明1における「凝集剤を用い、廃水中から懸濁物質を凝集沈降させて取り除くための懸濁物質の除去処理方法」に相当する。
してみると、両者は、以下の点で一致し、以下の点で相違していると認められる。

(一致点)
凝集剤を用い、廃水中から懸濁物質を凝集沈降させて取り除くための廃水中の懸濁物質の除去処理方法であって、
前記凝集剤として少なくとも1種の有機凝集・沈降剤を用いる(但し、下記一般式(1)及び(2)を必須成分としてそれぞれ5モル%以上を含む原料モノマーから誘導されるカチオン性又は両性の共重合体を主成分としてなり、該共重合体の重量平均分子量が200万?1,300万であり、且つ、pH7におけるカチオンコロイド当量値が0.4meq/g以上である高分子凝集剤を用いる場合を除く。

(上記式中の、R_(1)、R_(2)は、CH_(3)又はC_(2)H_(5)を、R_(3)は、H、CH_(3)又はC_(2)H_(5)を表す。X^(-)は、アニオン性対イオンを表す。)廃水中の懸濁物質の除去処理方法。」である点。

(相違点)
本件発明1は、廃水中に「粒径が50μm以上の、金属粉又は水砕スラグ又は石炭粉又はコークス粉の少なくともいずれかを含む粗大な懸濁物質と、粒径が50μmに満たない微細な懸濁物質との比(粗/微)が、その質量比で5?100の状態で併存しており、且つ、流速が0.5m/秒以上で、乱流状態の水の中に、前記有機凝集・沈降剤が共存する状態を生じさせることで、前記粗大な懸濁物質と前記微細な懸濁物質とを同一の処理で凝集・凝結・沈降させ、これらの懸濁物質を同時に除去できるようにした」ものであるが、甲1発明においては凝集処理が上記の機序によるものか否かが明らかでない点。

(2)相違点についての検討
甲2には、上記第4の2に示すように、連続鋳造設備から排出される廃水中の懸濁物質を処理して冷却水として再利用することが記載されており、第1表の記載から、上記廃水は粒径が75μm以上の粗大なSSが大半を占めることから、上記相違点に係る微細なSSに対する粗大なSSの重量比を充足する蓋然性が高いものであることがうかがえるものの、有機凝集剤を使用して処理するものでもなく、また、甲1発明の処理対象である圧延工程の冷却水とは異なるものと認められる。
甲3ないし甲5には、上記第4の3ないし5に示したように、高分子凝集剤による凝集処理の際に、急速撹拌を行うことや乱流状態での凝集処理を行うことが記載されているものの、被処理水中に粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質が共存するか否かが明らかでない。
甲6には、廃水のSS重量比や凝集処理中の流速に関する記載や示唆はない。
このように、甲2ないし甲6には、甲1発明において、本件発明によって見いだされた特定の条件である、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質との質量比(粗/微)を5?100にすることについて記載も示唆もない。
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載の発明と、甲第2号証ないし甲第6号証の記載事項又は甲第2号証ないし甲第6号証に開示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)申立人の主張について
本件発明1に規定される「粒径が50μm以上の、金属粉又は水砕スラグ又は石炭粉又はコークス粉の少なくともいずれかを含む粗大な懸濁物質と、粒径が50μmに満たない微細な懸濁物質とが、微細な懸濁物質濃度に対する粗大な懸濁物質濃度の比(粗/微)が、その質量比で5?100の状態で併存し」ている廃水の性状は、甲1の処理対象である直接冷却廃水として周知の構成であり、甲1発明に対し、当該周知の構成と甲2ないし甲5に記載の事項又は周知技術を組み合わせたことにより、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質の同時除去は自ずと達成されるものであるという、申立人の主張について、以下にさらに検討する。
連続鋳造と圧延では、鋼の性状が大きく異なるから、甲2の記載をもって、甲1発明の冷却水のSS重量比が周知とはいえない。また、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質の同時除去については、上記1の(3)で指摘したように、所定のSS重量比を満たす廃水、所定の流速及び乱流という撹拌条件及び有機凝集剤の存在という複数の条件が満たされた時になし得るということが本件発明によって見いだされた知見であって、上記第5.2.(2)に示したように、甲2ないし甲5にはかかる条件について個別に記載があるにすぎず、仮に、申立人の主張するとおり甲1発明に対して各周知技術を採用し得たとしても、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質の同時除去が達成できることは、当業者といえども予見し得ない。
これに関し、申立人は、粗大な懸濁物質と微細な懸濁物質の同時除去は甲1に記載されているともいえる旨主張しているが、上記第4の1(3)及び(4)で示した実施例である試験例には、凝集剤としてポリアミンを添加して凝集処理を行ったことが記載されているものの、試験例全体の記載は、凝集処理によって添加した凝集剤とその後添加したスケール防止剤の組み合わせによる効果に主眼を置くものであるから、上記試験例の中の凝集処理に関する記載は、スケール防止剤を添加する供試水にどのような凝集剤が添加されたかを開示するにとどまるものであり、凝集処理の具体的な手順や凝集処理による懸濁物質の除去結果を具体的に示すものではない。
したがって、申立人の主張は採用できない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証に記載の発明と、甲第2号証ないし甲第6号証の記載事項又は甲第2号証ないし甲第6号証に開示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
本件発明2ないし10は、本件発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに技術的限定を付したものであるから、同様に、甲第1号証に記載の発明と、甲第2号証ないし甲第6号証の記載事項又は甲第2号証ないし甲第6号証に開示される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立の理由及び証拠によっては、請求項1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-08-20 
出願番号 特願2013-252657(P2013-252657)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C02F)
P 1 651・ 121- Y (C02F)
P 1 651・ 537- Y (C02F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岡田 三恵  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 金 公彦
櫛引 明佳
登録日 2018-07-27 
登録番号 特許第6374157号(P6374157)
権利者 日鉄環境株式会社 日本製鉄株式会社
発明の名称 廃水中の懸濁物質の除去処理方法  
代理人 菅野 重慶  
代理人 近藤 利英子  
代理人 近藤 利英子  
代理人 菅野 重慶  
代理人 岡田 薫  
代理人 岡田 薫  

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