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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1355133
審判番号 不服2018-11590  
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-11-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-08-28 
確定日 2019-05-16 
事件の表示 特願2017-566046「窒化物系電界効果トランジスタ」拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成29年(2017年)10月3日を国際出願日とする出願であって,その手続の経緯は以下のとおりである。
平成29年12月19日 手続補正
平成30年 1月25日付け 拒絶理由通知
平成30年 3月 7日 意見書・手続補正
平成30年 5月21日付け 拒絶査定(以下,「原査定」という。)
平成30年 8月28日 審判請求・手続補正(以下,「本件補正」という。)

第2 補正の却下の決定
[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。
[理由]
1 補正の内容
本件補正により,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1は,本件補正後の請求項1へ補正された。
(1)本件補正前
「【請求項1】
基板と,
前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層と,
前記核生成層の上に形成され,シリコン,酸素および炭素が添加された窒化ガリウムを有するバッファ層と,
前記バッファ層の上に前記バッファ層に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え,
前記バッファ層がP型であり,
前記バッファ層の前記炭素の濃度は,前記核生成層側から前記バリア層側にかけて連続的もしくは不連続に減少し,前記バリア層に接する位置では5×10^(16)cm^(-3)以下であり,
前記バッファ層の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上であることを特徴とする窒化物系電界効果トランジスタ。」
(2)本件補正後(当審で補正個所に下線を付した。下記(3)において同じ。)
「【請求項1】
基板と,
前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層と,
前記核生成層の上に形成され,シリコン,酸素および炭素が添加された窒化ガリウムを有するバッファ層と,
前記バッファ層の上に前記バッファ層に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え,
前記バッファ層がP型であり,
前記バッファ層の前記炭素の濃度は,前記核生成層側から前記バリア層側にかけて連続的もしくは不連続に減少し,前記バリア層に接する位置では5×10^(16)cm^(-3)以下であり,
前記バッファ層の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層における前記シリコンと前記酸素の合計濃度は,前記バッファ層における前記炭素の濃度よりも低いことを特徴とする高周波動作窒化物系電界効果トランジスタ。」
(3)補正事項
本件補正は,本件補正前の請求項1に記載されていた「窒化物系電界効果トランジスタ」に「高周波動作」との限定を付加し,本件補正前の請求項2に記載されていた「前記バッファ層における前記シリコンと前記酸素の合計濃度は,前記バッファ層における前記炭素の濃度よりも低いこと」との限定を請求項1に付加する補正(以下,「本件補正事項」という。)を含むものである。
2 補正の適否
本件補正事項は,特許請求の範囲の減縮を目的とするから,特許法17条の2第4項の規定に適合し,同条5項2号に掲げるものに該当する。
そこで,本件補正後の請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項)につき,更に検討する。
(1)本願補正発明
本願補正発明は,本件補正後の請求項1に記載された,次のとおりのものと認める。(再掲)
「基板と,
前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層と,
前記核生成層の上に形成され,シリコン,酸素および炭素が添加された窒化ガリウムを有するバッファ層と,
前記バッファ層の上に前記バッファ層に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え,
前記バッファ層がP型であり,
前記バッファ層の前記炭素の濃度は,前記核生成層側から前記バリア層側にかけて連続的もしくは不連続に減少し,前記バリア層に接する位置では5×10^(16)cm^(-3)以下であり,
前記バッファ層の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層における前記シリコンと前記酸素の合計濃度は,前記バッファ層における前記炭素の濃度よりも低いことを特徴とする高周波動作窒化物系電界効果トランジスタ。」
(2)引用文献及び引用発明
ア 引用文献1について
(ア)引用文献1
原査定の拒絶の理由に引用された,特開2016-115705号公報(以下,「引用文献1」という。)には,図面とともに,次の記載がある。(下線は当審で付加した。以下同じ。)
「【技術分野】
【0001】
本発明は,半導体装置及び半導体装置の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
窒化物半導体は,高い飽和電子速度及びワイドバンドギャップ等の特徴を利用し,高耐圧及び高出力の半導体デバイスへの適用が検討されている。例えば,窒化物半導体であるGaNのバンドギャップは3.4eVであり,Siのバンドギャップ(1.1eV)及びGaAsのバンドギャップ(1.4eV)よりも大きく,高い破壊電界強度を有する。そのため,GaN等の窒化物半導体は,高電圧動作かつ高出力を得る電源用の半導体デバイスの材料として極めて有望である。
【0003】
窒化物半導体を用いた半導体デバイスとしては,電界効果トランジスタ,特に高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor:HEMT)についての報告が数多くなされている。例えば,GaN系のHEMT(GaN-HEMT)では,GaNを電子走行層として,AlGaNを電子供給層として用いたAlGaN/GaNからなるHEMTが注目されている。AlGaN/GaNからなるHEMTでは,GaNとAlGaNとの格子定数差に起因した歪みがAlGaNに生じる。これにより発生したピエゾ分極及びAlGaNの自発分極差により,高濃度の2DEG(Two-Dimensional Electron Gas:2次元電子ガス)が得られる。そのため,高効率のスイッチ素子,電気自動車用等の高耐圧電力デバイスとして期待されている。また,回路設計と安全性の観点からは,ノーマリーオフ型の特性を有する窒化物半導体トランジスタの実現が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-151422号公報
【特許文献2】特開2012-9630号公報
【特許文献3】特開2008-124373号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した窒化物半導体等の化合物半導体を用いた半導体装置においては,トランジスタ動作をさせた際に,オン抵抗の低いものが求められている。」
「【0010】
〔第1の実施の形態〕
最初に,窒化物半導体を用いた半導体装置として窒化物半導体を用いた電界効果型トランジスタについて図1に基づき説明する。
(中略)
【0012】
尚,電子走行層931は,2つのGaN層により形成されており,バッファ層921が形成されている側をGaNバッファ層,電子供給層932が形成されている側をGaNチャネル層と呼ぶ場合がある。この場合,GaNバッファ層は結晶性の良いGaNチャネル層を形成するために形成されており,GaNチャネル層は本来の電子走行層として機能する。例えば,GaNバッファ層の膜厚は1μm,GaNチャネル層の膜厚は300nmとなるように形成される。
(中略)
【0016】
(半導体装置)
次に,本実施の形態における半導体装置について説明する。本実施の形態における半導体装置は,図3(a)に示されるように,シリコン基板10の上に,不図示の核形成層,バッファ層21,電子走行層31,電子供給層32が形成されている。電子供給層32の上には,ゲート電極41,ソース電極42,ドレイン電極43が形成されている。シリコン基板10には,Si(111)基板が用いられており,核形成層は,膜厚が約150nmのAlN等により形成されている。
【0017】
バッファ層21は反り制御バッファ層とも呼ばれるものであり,組成比の異なる複数のAlGaN膜を積層することにより形成されている。具体的には,膜厚が200nmのAl_(0.8)Ga_(0.2)N膜,膜厚が250nmのAl_(0.5)Ga_(0.5)N膜,膜厚が300nmのAl_(0.2)Ga_(0.8)N膜を順次積層することにより形成されている。電子走行層31は,膜厚が約1.3μmのGaN膜により形成されており,電子供給層32は,膜厚が約20nmのAl_(0.2)Ga_(0.8)N膜により形成されている。これにより,電子走行層31と電子供給層32との界面近傍における電子走行層31には,2DEG31aが生成される。
【0018】
不図示の核形成層,バッファ層21,電子走行層31,電子供給層32等の窒化物半導体膜は,MBE(Molecular Beam Epitaxy)またはMOCVDによるエピタキシャル成膜により形成することが可能である。本実施の形態においては,これらの窒化物半導体層は,MOCVDによるエピタキシャル成長により形成されている。
【0019】
本実施の形態においては,バッファ層21及び電子走行層31は成膜レートの高い条件で成膜されているため,バッファ層21及び電子走行層31には,Cが不純物元素として含まれている。
【0020】
本実施の形態における半導体装置においては,Cが含まれているバッファ層21及び電子走行層31には,Siがドープされている。尚,図3(b)は,本実施の形態における半導体層に含まれるCとSiの濃度分布を示す。このように,バッファ層21及び電子走行層31に,Siをドープすることにより,電圧の印加がなされていない熱平衡状態においては,図4(a)に示されるように,ドープされているSiから放出された電子はCにトラップされる。従って,図4(b)に示されるように,電圧を印加しトランジスタ動作させた際には,既に,Cには電子がトラップされているため,これ以上Cに電子がトラップされることはなく,供給された電子の一部はSiにトラップされる。しかしながら,SiはCに比べて電子放出時定数が極めて短いことから,Siにトラップされた電子は短時間で放出されるため,電流コラプスの発生を抑制することができ,オン抵抗が高くなることを抑制することができる。
【0021】
具体的には,GaNの伝導帯(コンダクションバンド)の下端と不純物元素であるSiの電子準位位置との差(活性化エネルギー)は0.02eVであり,GaNの伝導帯の下端と不純物元素であるCの電子準位位置との差は0.7eVである。このため,後述する図6に基づくならば,Siの電子放出時定数は,Cの電子放出時定数に対し10?11桁程度低いことから,Siは電子をトラップしても,極めて短時間で電子を放出する。
【0022】
一方,図1に示される構造の半導体装置においては,電子走行層931等にはCが多く含まれているもののSiがドープされていないため,図5に示されるように,トランジスタ動作させた際に,電子走行層931等に含まれているCにより電子がトラップされる。Cは電子放出時定数が長いことから,Cにトラップされた電子は,長い時間トラップされたままの状態となるため,この間,2DEG931aが減少し,電流コラプスが発生する。
【0023】
従って,本実施の形態における半導体装置においては,図4(a)に示されるように,Cが多く含まれている電子走行層31等にはSiがドープされているため,ドープされているSiから放出された電子はCにトラップされる。このため,電圧を印加しトランジスタ動作させた場合には,図4(b)に示されるように,Cに電子がトラップされることはなく,電子は電子放出時定数が極めて短いSiにトラップされる。このように,Siにトラップされた電子は,短時間で放出されるため,2DEGに与える影響も極めて少なく,電流コラプスの発生が抑制される。
(中略)
【0026】
図7に示されるように,ドープされるCの濃度が,5×10^(16)cm^(-3)以上になると電流コラプス発生率が急激に高くなる。即ち,ドープされる不純物濃度が5×10^(16)cm^(-3)未満では,電流コラプスは殆ど発生しないが,ドープされる不純物濃度が5×10^(16)cm^(-3)以上になると電流コラプスが発生する。よって,電流コラプス現象に影響を与える不純物濃度は,5×10^(16)cm^(-3)以上であるものと考えられる。
【0027】
また,図8は,電子走行層31に含まれるCの濃度が1×10^(18)cm^(-3)の場合において,ドープされるSiの濃度と残留電子密度及び電流コラプス発生率との関係を示す。図8に示されるように,Siの濃度がCの濃度である1×10^(18)cm^(-3)よりも多くなると,残留電子濃度が急激に増加する。このように残留電子濃度が増加すると,トランジスタにおけるオフ性能が低下するため,電流コラプスを抑制することができたとしても,電子走行層31として用いることは好ましくない。尚,電流コラプス発生率は,Siの濃度が,Cの濃度の1/5以上となる2×10^(17)cm^(-3)以上において急激に低下する。
【0028】
また,図9は,電子走行層31に含まれるCの濃度が1×10^(17)cm^(-3)の場合において,ドープされるSiの濃度と残留電子密度及び電流コラプス発生率との関係を示す。この場合においても同様に,Siの濃度がCの濃度である1×10^(17)cm^(-3)よりも多くなると,残留電子濃度が急激に増加する。このように,ドナーとしてドープされるSi等の濃度は,アクセプタとしてドープされているC等の濃度未満であることが好ましい。
【0029】
よって,本実施の形態においては,電子走行層31等に含まれるSi等のドナー濃度(ドナーとなる不純物元素の濃度)は,C等のアクセプタ濃度(アクセプタとなる不純物元素の濃度)未満であること,即ち,ドナー濃度<アクセプタ濃度であることが好ましい。また,電子走行層31等に含まれるSi等のドナー濃度は,5×10^(16)cm^(-3)以上であること,即ち,ドナー濃度≧5×10^(16)cm^(-3)であることが好ましい。更には,ドナー濃度は,アクセプタ濃度の1/5以上であること,アクセプタ濃度/5≦ドナー濃度であることが好ましい。尚,GaNにおいてアクセプタとなる不純物元素としては,C以外にはFe(鉄)等が挙げられ,ドナーとなる不純物元素としてはSi以外にはO(酸素)等が挙げられる。
【0030】
尚,本実施の形態における半導体装置は,Cが含まれている電子走行層31にのみSiがドープされているものであってもよく,Cが含まれている電子走行層31及びバッファ層21にSiがドープされているものであってもよい。」
「【0043】
〔第3の実施の形態〕
次に,第3の実施の形態について説明する。本実施の形態は,図12に示されるように,電子走行層31等にドープされるCの濃度が,深さ方向において濃度分布を有している場合において,ドープされるSiの濃度もCの濃度に対応して深さ方向に濃度分布を有している。このように,Siが深さ方向に濃度分布を有するようにドープされている電子走行層31等を形成するためには,電子走行層31等に含まれているCの濃度分布の変化に対応して,MOCVD装置のチャンバー内に供給されるSiH_(4)の供給量を変化させて形成する。
【0044】
尚,上記以外の内容については,第1の実施の形態と同様である。」
「【0045】
〔第4の実施の形態〕
次に,第4の実施の形態について説明する。本実施の形態は,GaNバッファ層が形成されている構造の半導体装置である。具体的には,本実施の形態における半導体装置は,図13(a)に示されるように,シリコン基板10の上に,不図示の核形成層,バッファ層21,GaNバッファ層130,電子走行層131,電子供給層32が形成されている。本実施の形態においては,GaNバッファ層130は,膜厚が約1μmのGaN膜により形成されており,電子走行層131は,膜厚が約300nmのGaN膜により形成されている。これにより,電子走行層131と電子供給層32との界面近傍における電子走行層131には,2DEG131aが生成される。尚,半導体バッファ層であるGaNバッファ層130と電子走行層131とを併せたものが,電子走行層と記載される場合もある。
【0046】
本実施の形態においては,GaNバッファ層130は,第1の実施の形態における電子走行層31と同様に,成膜レートの早い条件により形成されており,Cが含まれているため,Siがドープされている。これに対し,電子走行層131は,Cが殆ど含まれないように,成膜レートの低い条件により形成されているため,Siはドープされてはいない。尚,図13(b)は,本実施の形態における半導体層に含まれるCとSiの濃度分布を示す。
(中略)
【0050】
尚,上記以外の内容については,第1の実施の形態と同様である。」
「【0068】
次に,本実施の形態における電源装置及び高周波増幅器について説明する。本実施の形態における電源装置及び高周波増幅器は,第1から第5の実施の形態におけるいずれかの半導体装置を用いた電源装置及び高周波増幅器である。
【0069】
最初に,図16に基づき,本実施の形態における電源装置について説明する。本実施の形態における電源装置460は,高圧の一次側回路461,低圧の二次側回路462及び一次側回路461と二次側回路462との間に配設されるトランス463を備えている。一次側回路461は,交流電源464,いわゆるブリッジ整流回路465,複数のスイッチング素子(図16に示す例では4つ)466及び一つのスイッチング素子467等を備えている。二次側回路462は,複数のスイッチング素子(図16に示す例では3つ)468を備えている。図16に示す例では,第1から第5の実施の形態における半導体装置を一次側回路461のスイッチング素子466及び467として用いられている。尚,一次側回路461のスイッチング素子466及び467は,ノーマリーオフの半導体装置であることが好ましい。また,二次側回路462において用いられているスイッチング素子468はシリコンにより形成される通常のMISFET(metal insulator semiconductor field effect transistor)を用いている。
【0070】
次に,図17に基づき,本実施の形態における高周波増幅器について説明する。本実施の形態における高周波増幅器470は,例えば,携帯電話の基地局用パワーアンプに適用してもよい。この高周波増幅器470は,ディジタル・プレディストーション回路471,ミキサー472,パワーアンプ473及び方向性結合器474を備えている。ディジタル・プレディストーション回路471は,入力信号の非線形歪みを補償する。ミキサー472は,非線形歪みが補償された入力信号と交流信号とをミキシングする。パワーアンプ473は,交流信号とミキシングされた入力信号を増幅する。図17に示す例では,パワーアンプ473は,第1から第5の実施の形態におけるいずれかの半導体装置を有している。方向性結合器474は,入力信号や出力信号のモニタリング等を行なう。図17に示す回路では,例えば,スイッチの切り替えにより,ミキサー472により出力信号を交流信号とミキシングしてディジタル・プレディストーション回路471に送出することが可能である。」
(イ)引用発明
引用文献1には「第3の実施の形態」(【0043】-【0044】)が記載されており,「尚,上記以外の内容については,第1の実施の形態と同様である」(【0044】)と記載されているから,「第1の実施の形態」(【0010】-【0030】)を参酌した上で,引用文献1には,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「窒化物半導体を用いた電界効果型トランジスタであって,
シリコン基板の上に,核形成層,バッファ層,電子走行層,電子供給層が形成されており,
電子供給層の上には,ゲート電極,ソース電極,ドレイン電極が形成されており,
核形成層はAlNにより形成され,
バッファ層は組成比の異なる複数のAlGaN膜を積層することにより形成され,
電子走行層はGaN膜により形成されており,
電子供給層はAlGaN膜により形成されており,
電子走行層と電子供給層との界面近傍における電子走行層には2DEGが生成され,
バッファ層及び電子走行層には,Cが不純物元素として含まれており,Cの濃度が深さ方向において濃度分布を有し,ドープされるSiの濃度もCの濃度に対応して深さ方向に濃度分布を有しており,Si等のドナー濃度はC等のアクセプタ濃度未満であり,Si等のドナー濃度は5×10^(16)cm^(-3)以上であること。」
イ 引用文献2について
原査定の拒絶の理由に引用された,特開2014-222716号公報(以下,「引用文献2」という。)には,図面とともに,次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,半導体パワーデバイスに好適に用いられる13族窒化物からなる窒化物半導体基板に関する。
【背景技術】
【0002】
GaNをはじめとした13族窒化物半導体は,次世代半導体パワーデバイス材料として注目されている。中でも,サファイアやシリコン等の異種材料からなる基板上に,13族窒化物半導体結晶をエピタキシャル成長させた窒化物半導体基板は,デバイス特性と製造コストとのバランス面でのメリットが多く,特に,6インチの大口径化が可能であるシリコン基板を用いたものは産業上の有用性が非常に高い。
【0003】
ところで,窒化物半導体パワーデバイスにおいては,電流コラプス(電流スランプとも言う。)と呼ばれる現象が生じることが知られている。電流コラプスとは,電流をオフからオンにスイッチングする際,あたかもチャネルの抵抗が増大したかのように振る舞い,導通電流が減少してしまう現象である。
【0004】
電流コラプスの発生原因は,一般に,デバイス最表層の欠陥やバッファ層中の欠陥における電子トラッピングが関係していると言われている。このような電流コラプスを改善するための対策としては,SiN_(x)膜等による最表層のパッシベーションや電界集中緩和のためのフィールドプレート構造等が知られている(例えば,特許文献1,2参照)。
【0005】
また,電流コラプスに関連するバッファ層中のキャリアトラップサイトとしては,該バッファ層中の残留炭素により形成される深い準位の欠陥が知られている。一方で,残留炭素は,GaN系半導体結晶中の残留ドナーを補償し,該結晶を高抵抗化する。このため,ドーピングにより高抵抗化したバッファ層を形成する方法も検討されており,例えば,特許文献3には,電流コラプスに悪影響を与えない範囲で炭素がドープされた窒化物半導体層を含むバッファ層を形成することが開示されている。
【0006】
さらに,特許文献4には,基板上に,n型GaNに炭素がドーピングされたバッファ層を介して窒化物半導体層を積層することにより,炭素原子の取り込み位置が制御され,効果的にキャリアが補償され,高抵抗のバッファ層を形成可能であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-286135号公報
【特許文献2】特開2009-252756号公報
【特許文献3】特開2007-251144号公報
【特許文献4】特開2012-174697号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら,上記特許文献3に記載されているように,電流コラプスの抑制のためには,前記残留炭素の濃度は低い方が好ましい。その一方で,残留炭素は,GaN系半導体結晶を高抵抗化し,デバイスのリーク電流を低減させる作用がある。すなわち,バッファ層中の残留炭素濃度の制御においては,電流コラプス特性とリーク電流低減がトレードオフの関係となる。このため,バッファ層に炭素をドープすることのみによって,電流コラプス特性及びリーク特性の両方を同時に満足させるように改善することは,必ずしも容易ではない。」
「【発明を実施するための形態】
【0016】
以下,本発明を,図面を参照して,より詳細に説明する。
図1に,本発明に係る窒化物半導体基板の層構造の一例を示す。図1に示す窒化物半導体基板は,シリコン単結晶基板1上に,バッファ層2,活性層3,電子供給層4が,順次積層された構成を備えている。これらのバッファ層2,活性層3及び電子供給層4は,いずれも13族窒化物からなる。そして,このバッファ層2内には,炭素を1×10^(19)?1×10^(21)cm^(-3),Siを1×10^(17)?1×10^(20)cm^(-3)含むドーピング層21が挿入されている。なお,高電子移動度トランジスタ(HEMT)においては,活性層3と電子供給層4との界面直下に形成される2次元電子ガス層5がチャネルとなる。」
「【0030】
また,バッファ層2は,酸素濃度が5×10^(17)?5×10^(18)cm^(-3)であることが好ましい。
従来,13族窒化物中の酸素は,電流リークに対して悪影響を及ぼすため,できる限り低濃度とすることが好ましいとされていた。
しかしながら,炭素及びSiがいずれも高濃度で含まれる13族窒化物においては,炭素とSiの存在により発生する欠陥が電流コラプスを悪化させるが,所定濃度の酸素の存在により,電流コラプスの悪化が緩和されるものと考えられる。すなわち,バッファ層2に含まれる酸素は,電流コラプスの抑制に寄与する。特に,炭素及びSiのいずれか一方が高濃度である場合よりも,ドーピング層21のように両方ともが高濃度で含まれている場合の方が,電流コラプスの抑制効果がより高い。
【0031】
前記酸素濃度が5×10^(17)cm^(-3)未満の場合は,SIMSの測定下限領域であり,濃度制御が難しく,しかも,酸素濃度を精度よく保持するためには,特殊な成膜条件としなければならず,生産性の低下や膜質の劣化等が懸念される。一方,5×10^(18)cm^(-3)超の場合は,酸素過多による電流コラプス悪化の影響が大きくなる。
前記酸素濃度は,好ましくは5×10^(17)?8×10^(17)cm^(-3)である。」
ウ 引用文献3について
原査定の拒絶の理由に引用された,特開2014-017422号公報(以下,「引用文献3」という。)には,図面とともに,次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,化合物半導体装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化物半導体は,高い飽和電子速度及びワイドバンドギャップ等の特徴を利用し,高耐圧及び高出力の半導体デバイスへの適用が検討されている。例えば,窒化物半導体であるGaNのバンドギャップは3.4eVであり,Siのバンドギャップ(1.1eV)及びGaAsのバンドギャップ(1.4eV)よりも大きく,高い破壊電界強度を有する。そのためGaNは,高電圧動作且つ高出力を得る電源用の半導体デバイスの材料として極めて有望である。
【0003】
窒化物半導体を用いた半導体デバイス(窒化物半導体デバイス)としては,電界効果トランジスタ,特に高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor:HEMT)についての報告が数多くなされている。例えばGaN系のHEMT(GaN-HEMT)では,GaNを電子走行層として,AlGaNを電子供給層として用いたAlGaN/GaN・HEMTが注目されている。AlGaN/GaN・HEMTでは,GaNとAlGaNとの格子定数差に起因した歪みがAlGaNに生じる。これにより発生したピエゾ分極及びAlGaNの自発分極により,高濃度の2次元電子ガス(2DEG)が得られる。そのため,高効率のスイッチ素子,電気自動車用等の高耐圧電力デバイスとして期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-9630号公報
【特許文献2】特開2010-239034号公報
【特許文献3】特開2007-251144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
廉価で高品質の窒化物半導体デバイスの実現には,例えば,汎用されているSi基板上にエピタキシャル成長法により窒化物半導体層を形成することが必要である。
しかしながら,Siと窒化物半導体との間では,格子不整合が大きく異なるだけでなく,熱膨張係数が大きく異なる。従って,高品質の窒化物半導体層を成長すべく,適切に設計されたバッファ層を用いる。
【0006】
バッファ層は,Siと窒化物半導体との格子不整合及び熱膨張係数の相違を可及的に解消すべく,比較的厚く形成される。そのため,このバッファ層を含む窒化物半導体の積層構造を用いてHEMTを構成したときに,バッファ層,或いは電子走行層の下層領域を介して電流のリーク(オフリーク電流)が発生するという問題がある。この場合,残留キャリア濃度の制御が困難であることから,オフリーク電流を抑制することは極めて難しく,耐圧の低下を招来する。
【0007】
本発明は,上記の課題に鑑みてなされたものであり,化合物半導体の結晶性を良好に保ち,電流コラプスの発生を抑制するも,オフリーク電流を抑えて高い耐圧を実現する,信頼性の高い化合物半導体装置及びその製造方法を提供することを目的とする。」
「【0012】
(第1の実施形態)
本実施形態では,化合物半導体装置として,窒化物半導体のAlGaN/GaN・HEMTを開示する。
図1及び図2は,第1の実施形態によるAlGaN/GaN・HEMTの製造方法を工程順に示す概略断面図である。なお,図示は省略するが,素子分離領域にはアルゴン(Ar)等の注入により素子分離構造が形成される。
(中略)
【0031】
図3は,本実施形態によるAlGaN/GaN・HEMTにおける各層の炭素(C)の濃度分布を示す特性図である。
第1のバッファ層2では,C濃度は極めて低濃度,例えば5×10^(17)/cm^(3)程度とされる。
第2のバッファ層3では,その下面から上面に向かうほど,即ちAlGaN層3a,3b,3cの順でC濃度が高く,例えば1×10^(18)/cm^(3)程度,5×10^(18)/cm^(3)程度,1×10^(19)/cm^(3)程度とされる。
電子走行層4では,その下層領域4aでC濃度がAlGaN層3cよりも高く,例えば5×10^(19)/cm^(3)程度とされる。これに対して,上層領域4bでC濃度が第1のバッファ層2よりも低く,例えば2×10^(16)/cm^(3)程度とされる。
【0032】
このAlGaN/GaN・HEMTでは,第2のバッファ層3の全体で比較的多くの炭素(C)を含有している。また,電子走行層4の下層領域4aで極めて高濃度にCを含有している。Cの有する電子捕獲機能により,第2のバッファ層3及び電子走行層4の下層領域4aにおける残留キャリア濃度が大幅に低減し,オフリーク電流が抑制されて耐圧が向上する。
【0033】
ここで,AlGaNバッファ層,及びGaN電子走行層の下層領域のC濃度を有意に高くした場合,電流コラプスの発生を惹起し,また電子走行層及び電子供給層を含む化合物半導体積層構造の結晶性を悪化させる懸念がある。
【0034】
電流コラプスは,化合物半導体積層構造のC含有量(Cのシート濃度)が多いほど大きくなる。本実施形態では,電子走行層のオフリーク電流の発生箇所が下層領域であることから,電子走行層4の下層領域4aのみのC濃度を高くすると共に,下層領域4a以外(上層領域4b)では可及的にC濃度を低くする。この構成により,電子走行層4における残留キャリア濃度の発生を十分に抑止するも,電子走行層4のC含有量は総量では抑えられているために電流コラプスの発生が抑制される。」
「【0076】
(第3の実施形態)
本実施形態では,第1の実施形態及び変形例,第2の実施形態から選ばれた1種のAlGaN/GaN・HEMTを適用した電源装置を開示する。
図8は,第3の実施形態による電源装置の概略構成を示す結線図である。
【0077】
本実施形態による電源装置は,高圧の一次側回路31及び低圧の二次側回路32と,一次側回路31と二次側回路32との間に配設されるトランス33とを備えて構成される。
一次側回路31は,交流電源34と,いわゆるブリッジ整流回路35と,複数(ここでは4つ)のスイッチング素子36a,36b,36c,36dとを備えて構成される。また,ブリッジ整流回路35は,スイッチング素子36eを有している。
二次側回路22は,複数(ここでは3つ)のスイッチング素子37a,37b,37cを備えて構成される。
【0078】
本実施形態では,一次側回路41のスイッチング素子36a,36b,36c,36d,36eが,第1の実施形態及び変形例,第2の実施形態から選ばれた1種のAlGaN/GaN・HEMTとされている。一方,二次側回路32のスイッチング素子37a,37b,37cは,シリコンを用いた通常のMIS・FETとされている。
【0079】
本実施形態では,化合物半導体積層構造の結晶性を良好に保ち,電流コラプスの発生を抑制するも,オフリーク電流を抑えて高い耐圧を実現する,信頼性の高いAlGaN/GaN・HEMTを,高圧回路に適用する。これにより,信頼性の高い大電力の電源回路が実現する。
【0080】
(第4の実施形態)
本実施形態では,第1の実施形態及び変形例,第2の実施形態から選ばれた1種のAlGaN/GaN・HEMTを適用した高周波増幅器を開示する。
図9は,第4の実施形態による高周波増幅器の概略構成を示す結線図である。
【0081】
本実施形態による高周波増幅器は,ディジタル・プレディストーション回路41と,ミキサー42a,42bと,パワーアンプ43とを備えて構成される。
ディジタル・プレディストーション回路41は,入力信号の非線形歪みを補償するものである。ミキサー42aは,非線形歪みが補償された入力信号と交流信号をミキシングするものである。パワーアンプ43は,交流信号とミキシングされた入力信号を増幅するものであり,第1の実施形態及び変形例,第2の実施形態から選ばれた1種のAlGaN/GaN・HEMTを有している。なお図9では,例えばスイッチの切り替えにより,出力側の信号をミキサー42bで交流信号とミキシングしてディジタル・プレディストーション回路31に送出できる構成とされている。
【0082】
本実施形態では,化合物半導体積層構造の結晶性を良好に保ち,電流コラプスの発生を抑制するも,オフリーク電流を抑えて高い耐圧を実現する,信頼性の高いAlGaN/GaN・HEMTを,高周波増幅器に適用する。これにより,信頼性の高い高耐圧の高周波増幅器が実現する。」
(3)本願補正発明と引用発明との対比
ア 引用発明の「シリコン基板」は本願補正発明の「基板」に相当する。
イ 引用発明において「シリコン基板の上に」「核形成層」「が形成され」「核形成層はAlNにより形成され」るから,この「核形成層」は,本願補正発明の「前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層」に相当する。
ウ 引用発明の「電子走行層」は,「バッファ層」を介して「核生成層」の上に形成されており,「Cが不純物元素として含まれており,Cの濃度が深さ方向において濃度分布を有し,ドープされるSiの濃度もCの濃度に対応して深さ方向に濃度分布を有しており,Si等のドナー濃度はC等のアクセプタ濃度未満である」「GaN膜により形成される」ものであるから,「前記核生成層の上に形成され,シリコンおよび炭素が添加されたGaN膜」ということができる。
すると,引用発明の前記「GaN膜」と本願発明の「前記バッファ層の上に前記バッファ層に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層」とは,「前記核生成層の上に形成され,シリコンおよび炭素が添加されたGaN膜」である点で共通する。
エ 引用発明の「電子供給層」は「AlGaN膜により形成されており,電子走行層と電子供給層との界面近傍における電子走行層には2DEGが生成され」るから,前記ウを考慮すると,「前記GaN膜の上に前記GaN膜に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層」であるといえる。
オ 引用発明において「電子供給層の上には,ゲート電極,ソース電極,ドレイン電極が形成されて」いるから,前記ウ及びエを考慮すると,「前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え」るといえる。
カ 引用発明において「電子走行層」では「Si等のドナー濃度はC等のアクセプタ濃度未満であり,Si等のドナー濃度は5×10^(16)cm^(-3)以上である」から,「P型であり,シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上である」といえる。
キ 引用発明の「窒化物を用いた電界効果型トランジスタ」は「窒化物系電界効果トランジスタ」であるといえる。
ク すると,本願補正発明と引用発明とは,下記ケの点で一致し,下記コの点で相違する。
ケ 一致点
「基板と,
前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層と,
前記核生成層の上に形成され,シリコンおよび炭素が添加されたGaN膜と,
前記GaN膜の上に前記GaN膜に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え,
前記GaN膜がP型であり,
前記GaN膜の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上である,
ことを特徴とする窒化物系電界効果トランジスタ。」
コ 相違点
(ア)相違点1
本願補正発明のGaN膜は「バッファ層」であるのに対し,引用発明のGaN膜は「電子走行層」であり「バッファ層」であることが明示されない点。
(イ)相違点2
本願補正発明ではバッファ層に「酸素」が添加され「前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上であり,前記バッファ層における前記シリコンと前記酸素の合計濃度は,前記バッファ層における前記炭素の濃度よりも低い」のに対し,引用発明では「電子走行層」に酸素が添加されていない点。
(ウ)相違点3
本願補正発明では「前記バッファ層の前記炭素の濃度は,前記核生成層側から前記バリア層側にかけて連続的もしくは不連続に減少し,前記バリア層に接する位置では5×10^(16)cm^(-3)以下であ」るのに対し,引用発明では「電子走行層」は「Cの濃度が深さ方向において濃度分布を有し」ているが「電子走行層と電子供給層との界面近傍」における濃度は不明である点。
(エ)相違点4
本願補正発明の「窒化物系電界効果トランジスタ」は「高周波動作」するのに対し,引用発明の「窒化物を用いた電界効果型トランジスタ」は「高周波動作」するものかどうか不明である点。
(4)判断
ア 相違点4について
事案に鑑み,まず相違点4について判断する。
(ア)本願補正発明の「高周波動作」の意味について,一義的に明らかでないので,本願明細書の記載を参酌すると,窒化物半導体を用いた高周波動作トランジスタの研究開発が現在活発に行われている(段落0003)ところ,窒化物系HEMTにおいて,バッファ層への炭素の添加を用いた手法においては,高周波動作時のオン時の電流が,直流通電時のオン時の電流に比べ少なくなる現象が見られることがあり,この高周波動作時の電流の減少を緩和する(段落0005)旨の記載がある。この本願明細書の記載から,「高周波動作」は電流の「オン」時を伴うものであることが分かる。そして,本願明細書には他に「高周波動作」という用語の記載はない。
(イ)さらに,「高周波動作」を「高周波」及び「動作」という用語に分けて,まず「高周波」について本願明細書には次の記載がある。
寄生容量を低減させて高周波特性を向上させるために,基板11として半絶縁性を有するSiC基板を用いることが好ましい。(段落0021)
GaNバッファ層13の中にドープされた炭素は電子を一旦捕獲しても捕獲準位に応じた時間で電子を放出するため,曲げられたバンドは一定時間後には再び元の状態に戻る。したがって,ゲート電圧によって設定されたドレインソース電流が変化するという現象が発生する。
GaNバッファ層13の中にドープされた炭素の場合,電子の放出時間は室温で10?1000ミリ秒の間である。そして,トランジスタ動作がこの時間に干渉する周波数であった場合には,ゲート電圧によって設定されたはずのドレインソース間の電流が増減するという現象が発生してしまう。(段落0031及び0032)
ここで,「10?1000ミリ秒」の時間内でトランジスタが動作すると,ドレインソース間の電流が増減してしまうというのであるから,その動作の周波数は,「10?1000ミリ秒」を周波数換算した「100?1Hz」よりも高いものであり,そのうちでも,電子の放出が動作周波数に追随できなくなるような,比較的高い周波数を指して「高周波」というと解される。
(ウ)次に「動作」について本願明細書には次の記載がある。
GaNバッファ層中の残留炭素は遅延特性を伴う。HEMT構造のトランジスタを作成した場合には,繰り返し動作させたとしても本来はソースドレイン間の電流はゲート電圧に従うべきである。これに対し,GaNバッファ層中にCが存在していると,想定したゲート電圧を印加しても,ソースドレイン間の電流は想定される電流値にはならず,その後に時間的に遅れて想定された値になる。(段落0006)
この現象は,トランジスタの反復動作におけるゲート電圧とソースドレイン間の電流のヒステリシス,またはソースドレイン電流をオフするようにゲート電圧を加えたときの時間的解析により確認できる。(段落0007)
すると,「高周波動作」の「動作」とは「繰り返し動作」であると解される。
(エ)そして,前記(ア)のとおり「高周波動作」は「オン」時を伴うものであり,他に明細書には「オフ」時について記載されている(段落0008,0030)ことからみて,「高周波動作」とは,比較的高い周波数での,「オン」時と「オフ」時との「繰り返し動作」すなわち,スイッチング動作であると認められる。
(オ)してみると,引用発明は,電源装置のスイッチング素子として動作するものであり(前記(2)ア(ア)【0068】,【0069】),電源装置のスイッチング周波数は数MHz程度の比較的高い周波数であることが技術常識であるから,引用発明の「電界効果型トランジスタ」は「高周波動作」するものと認められる。
よって,相違点4は実質的な相違点ではない。
(カ)なお,仮に,請求人の主張するように「高周波動作」を「高周波増幅」と同義と解したとしても,引用文献1(前記(2)ア(ア)【0023】,【0068】?【0070】)及び引用文献3(前記(2)ウ【0076】?【0082】)には,スイッチング動作する電源回路用途と同様に高周波増幅用途に用いて電流コラプス発生を抑制することが記載されている。すると,電流コラプス抑制という課題はスイッチング動作及び高周波増幅に共通と認められ,してみると,引用文献2(前記(2)イ【0003】)に記載されたパワーデバイスの電流コラプス抑制のための技術を引用文献1に記載された高周波増幅するHEMTに採用することは,動機付けがあるといえる。
イ 相違点1について
引用発明の「電子走行層」は「2つのGaN層により形成されており,バッファ層が形成されている側をGaNバッファ層,電子供給層が形成されている側をGaNチャネル層」と呼び,「GaNチャネル層は本来の電子走行層として機能する」(前記(2)ア(ア)【0012】)のであるから,この「電子走行層」の少なくとも下方はバッファ層として機能している。したがって,引用発明の「電子走行層」の上方の機能である「GaNチャネル層」すなわち「電子走行層」と呼ぶ代わりに,下方の機能である「バッファ層」と呼ぶことは可能であるから,相違点1は実質的な相違点ではない。
ウ 相違点2について
引用文献2には「半導体パワーデバイスに好適に用いられる13族窒化物からなるHEMTにおいて,バッファ層に含まれる酸素は,電流コラプスの抑制に寄与すること。」(前記(2)イ【0001】,【0030】)が記載されており,引用発明は電源装置のスイッチング素子として動作する窒化物を用いた電界効果型トランジスタにおいて電流コラプスの発生を抑制するものである(前記(2)ア(ア)【0020】,【0023】)から,電流コラプスの発生を抑制するために,引用文献2に記載されているようにバッファ層に酸素を含ませることは,当業者が容易になしうることである。
そして,その際に引用文献1には「電子走行層等に含まれるSi等のドナー濃度は,C等のアクセプタ濃度未満であること」,「Si等のドナー濃度は,5×10^(16)cm^(-3)以上であること」及び「ドナーとなる不純物元素としてはSi以外にOが挙げられること」(前記(2)ア(ア)【0029】)が記載されているから,SiとOからなるドナー濃度が,Cの濃度未満で,5×10^(16)cm^(-3)以上となるように,酸素の濃度を設定することは,当業者が適宜なし得ることである。
一方,本願明細書を精査しても「前記バッファ層の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上であり,前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上である」とする根拠,すなわち「炭素が生じさせるトラップにはすでにシリコンと酸素から発生した電子が比較的多く捕獲されてフェルミレベルが維持され」る(本願明細書段落0034)際のシリコンと酸素の役割分担やそれぞれの濃度の下限の値について技術的意義は見いだせないから,相違点2に係る構成について格別の効果を認めることはできない。
エ 相違点3について
引用文献3には「高効率のスイッチ素子,電気自動車用等の高耐圧電力デバイスとしてのAlGaN/GaN・HEMTにおいて,電子走行層の下層領域でC濃度が高く,これに対して上層領域でC濃度が低く2×10^(16)/cm^(3)程度とされることで,電流コラプスの発生を抑制するも,オフリーク電流を抑えて高い耐圧を実現すること。」(前記(2)ウ【0003】,【0007】,【0031】)が記載されており,引用発明における「Cの濃度」の「深さ方向における濃度分布」として,引用文献3に開示された具体的な濃度分布を採用して,電流コラプスの発生を抑制するように設計することは,当業者が容易になし得ることである。
(5)まとめ
よって,本願補正発明は,引用文献1ないし3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
3 むすび
したがって,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するので,同法159条第1項の規定において読み替えて準用する同法53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明の特許性の有無について
1 本願発明
本件補正は前記第2のとおり却下された。
そして,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成30年3月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された,次のとおりのものと認める。
「【請求項1】
基板と,
前記基板の上に形成された窒化アルミニウムを有する核生成層と,
前記核生成層の上に形成され,シリコン,酸素および炭素が添加された窒化ガリウムを有するバッファ層と,
前記バッファ層の上に前記バッファ層に接して形成された窒化アルミニウムガリウムを有するバリア層と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたソース電極と,
前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたドレイン電極と,
前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の前記バリア層の上に直接または中間層を介して形成されたゲート電極と,を備え,
前記バッファ層がP型であり,
前記バッファ層の前記炭素の濃度は,前記核生成層側から前記バリア層側にかけて連続的もしくは不連続に減少し,前記バリア層に接する位置では5×10^(16)cm^(-3)以下であり,
前記バッファ層の前記シリコンの濃度は1×10^(15)cm^(-3)以上であり,
前記バッファ層の前記酸素の濃度は2×10^(15)cm^(-3)以上であることを特徴とする窒化物系電界効果トランジスタ。」
2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は次のとおりである。
本願の請求項1-5に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
<引用文献等一覧>
1.特開2016-115705号公報
2.特開2014-222716号公報
3.特開2014-017422号公報
3 引用文献
引用文献1ないし3の記載及び引用発明は,前記第2の2(2)のとおりである。
4 判断
本願発明は,本願補正発明から「高周波動作」及び「前記バッファ層における前記シリコンと前記酸素の合計濃度は,前記バッファ層における前記炭素の濃度よりも低いこと」という発明特定事項を取り除いたものである。(前記第2の1(3)参照。)
そうすると,本願発明にさらに前記発明特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が,前記第2の2(1)ないし(4)のとおり,引用文献1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様に,引用文献1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5 まとめ
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。

第4 結言
したがって,本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないから,その余の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-03-13 
結審通知日 2019-03-19 
審決日 2019-04-01 
出願番号 特願2017-566046(P2017-566046)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
P 1 8・ 575- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 智之正山 旭綿引 隆宇多川 勉  
特許庁審判長 恩田 春香
特許庁審判官 河合 俊英
深沢 正志
発明の名称 窒化物系電界効果トランジスタ  
代理人 久野 淑己  
代理人 高田 守  
代理人 高橋 英樹  

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