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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 A23F 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A23F |
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管理番号 | 1356865 |
異議申立番号 | 異議2019-700710 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-09-06 |
確定日 | 2019-11-22 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6480063号発明「加熱処理されたコーヒー飲料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6480063号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6480063号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成29年8月7日に出願された特願2017-152255号の一部を平成30年6月15日に新たな特許出願としたものであって、平成31年2月15日にその特許権の設定登録がされ、同年3月6日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1?3に係る発明の特許に対し、令和1年9月6日に特許異議申立人 田中亜美(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 特許第6480063号の請求項1?3の特許に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明3」といい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。 「【請求項1】 コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であり、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドを含有する、加熱殺菌処理済みのコーヒー飲料。 【請求項2】 容器詰め飲料である、請求項1に記載のコーヒー飲料。 【請求項3】 コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であるコーヒー飲料の製造方法であって、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドを飲料に含有させる工程、及び飲料を加熱殺菌する工程、 を含む、上記製造方法。」 第3 申立理由の概要及び証拠方法 1 申立理由の概要 申立人は、証拠方法として以下の甲第1号証?甲第3号証(以下、「甲1」?「甲3」という。)を提出し、以下の取消理由を主張している。 (1)取消理由1(サポート要件) 本件発明1?3に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当するから取り消すべきものである。 (2)取消理由2(実施可能要件) 本件特許は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 2 証拠方法 (1)甲1:特願2017-152255号における平成30年4月27日付け意見書 (2)甲2:日本食品科学工学会誌、1998年、第45巻、第2号、108?113頁 (3)甲3:日本食品工業学会誌、1978年、第25巻、第3号、142?146頁 第4 証拠方法に記載された事項 1 甲2には、次の事項が記載されている。 (2-1) 「本研究は加熱処理することによって変化したコーヒー飲料の香気成分をFD-ファクターを用いて明らかにしようとしたものである。」(108頁右欄下から2行?109頁左欄1行) (2-2) 「1.コーヒー飲料の調製 焙煎コーヒー豆(アラビカ種、L値23.0)58.0gを約600mlの熱水(約97℃、脱イオン水)でペーパードリップ法により抽出し、氷水で冷却することにより抽出液を得た。抽出液を冷却した後、炭酸水素ナトリウム(0.6g)、シュガーエステルP-1570(0.3g:三菱化学フーズ株式会社製)、グラニュー糖(58.0g)、牛乳(100.0g)を加え、脱イオン水で全容を1000mlとしコーヒー飲料とした(pH6.5、Bx.8.0)。このコーヒー飲料を190mlずつ6本の缶に充填後密封した。次いで、これらのうち3本は123℃、20分間の加熱処理を行い、その後直ちに氷水にて冷却した。 2.香気成分の分離および濃縮 ・・・ 3.FD-クロマトグラムの作成 ・・・ 4.モデル系での香気寄与成分の変化 ・・・加熱未処理用と加熱処理用の2種類に分けて缶に充填後密封した。加熱処理は123℃、20分間の条件で行った。」(109頁右欄3行?36行) (2-3) 「実験結果および考察 1. ガスクロマトグラムによる比較 コーヒー飲料を加熱処理したものは、加熱未処理のものに比べて、ロースト感、焙煎豆感の低下が感じられた。・・・ 2. FD-クロマトグラムによる比較 ・・・加熱処理前と処理後のFD-ファクターを比較した結果、FD-ファクターの値が減少しているピークが確認された。1.で用いた試料をさらに濃縮後GC-MSを測定し、5ピークについては2-furfurylthiol(ピークNo.1)、methional(ピークNo.2)、3-mercapto-3-methyl-butyl formate(ピークNo.3)、β-damascenone(ピークNo.4)およびskatole(ピークNo.5)と同定した。」(109頁右欄下から13行?110頁左欄最下行) (2-4) 「2)FD-クロマトグラムで、加熱処理により減少する2-furfurylthiol、methional、3-mercapto-3-methyl-butyl formate、β-damascenoneおよびskatoleの5成分を見いだした。これらの香調および閾値を考え合わせた結果、コーヒー飲料の加熱処理による香気変化に、これら5つの香気寄与成分の減少が大きく関与していると推定した。」(112頁左欄下から7?最下行) 2 甲3には、次の事項が記載されている。 (3-1) 「コーヒーの酸味は品種によって異なる以外に、焙煎の程度によっても変化し、浅いりは酸味が強く、深いりにすると苦味が増すと言はれており、LENTNER等も焙煎の進行に伴って遊離酸が増加してpHは低下し、メディアムで最低のpHとなった後、遊離酸は減少してpHは再び上昇することを確かめている。」(142頁左欄1行?6行) 第5 当審の判断 1 取消理由1(サポート要件)について (1)本件発明の解決しようとする課題 発明の詳細な説明の段落【0005】の記載からみて、本件発明1、2の解決しようとする課題は、加熱処理が施されるコーヒー飲料において、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料を提供することであり、本件発明3の解決しようとする課題は、当該コーヒー飲料の製造方法を提供することであると認める。 (2)発明の詳細な説明の記載 発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。 「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明の目的は、加熱処理が施されるコーヒー飲料において、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料を提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、所定量のティリロサイドが、コーヒー飲料の加熱処理に伴う臭味の改善に優れた効果があることを見出した。かかる知見に基づき、本発明者らは、本発明を完成するに至った。本発明は、これに限定されるものではないが、以下に関する。 (1)コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であり、0.01?1.0mg/100mLのティリロサイドを含有する、加熱処理済みのコーヒー飲料。 (2)容器詰め飲料である、(1)に記載のコーヒー飲料。 【発明の効果】 【0007】 本発明により、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料を提供することが可能となる。これにより、コーヒー特有の優れた香りやレギュラーコーヒーに近い味わいを維持したまま、長期間保管可能なコーヒー飲料を提供することができる。」 「【0009】 (コーヒー飲料) 本発明において「コーヒー飲料」とは、特に断りがない限り、コーヒー分を原料として使用して製造される飲料を意味する。コーヒー飲料の製品の種類や規格は、特に限定されないが、1977年に認定された「コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約」の定義である「コーヒー」、「コーヒー飲料」及び「コーヒー入り清涼飲料」等が含まれる。また、コーヒー分を原料とした飲料においても、乳固形分が3.0重量%以上のものは「飲用乳の表示に関する公正競争規約」の適用を受け、「乳飲料」として取り扱われるが、これも、本発明のコーヒー飲料に含まれる。 【0010】 本明細書において「コーヒー分」とは、コーヒー豆由来の成分を含有する液のことをいい、例えば、コーヒー抽出液、すなわち、焙煎、粉砕されたコーヒー豆を水や温水などを用いて抽出した液が挙げられる。また、コーヒー抽出液を濃縮したコーヒーエキス、コーヒー抽出液を乾燥したインスタントコーヒーなどを、水や温水などで適量に調整した液も、コーヒー分として挙げられる。 【0011】 本発明において用いられる原料のコーヒー豆の栽培樹種は、特に限定されず、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種などが挙げられ、また、品種名も特に限定されず、モカ、ブラジル、コロンビア、グアテマラ、ブルーマウンテン、コナ、マンデリン、キリマンジャロなどが挙げられる。焙煎の度合い(浅煎り、中煎り、深煎りの順に基本的に3段階で表現される)についても特に限定されず、また、コーヒーの生豆も用いることができる。さらに、複数品種のコーヒー豆をブレンドして用いることもできる。 【0012】 本発明のコーヒー飲料におけるコーヒー分の含有量は、コーヒー固形分の量として表される。本発明のコーヒー飲料におけるコーヒー固形分の含有量は0.5?2重量%である。近年、容器詰コーヒー飲料として、コーヒー本来の風味を楽しむことを目的に、コーヒー固形分が比較的多量のものが多く流通されている。このようなコーヒー固形分が多いコーヒー飲料は、加熱処理に伴う異質な臭味が顕著になる。特に、乳分や甘味成分などコーヒー分以外の成分を含まないブラックコーヒーにおいて、その臭味はより顕著になる。したがって、本発明の所期の効果の大きさから、コーヒー固形分の含有量が0.9?1.8重量%(好ましくは0.9?1.6重量%)程度であるコーヒー飲料(特にブラックコーヒー)は、本発明のコーヒー飲料の好ましい態様の一例である。 【0013】 本発明において「コーヒー固形分」とは、コーヒー分を一般的な乾燥法(凍結乾燥、蒸発乾固など)を用いて乾燥させて水分を除いた後の、乾固物の重量のことをいう。すなわち、コーヒー飲料におけるコーヒー固形分は、コーヒー飲料に含まれ得る可溶性固形分のうち、乳分、甘味成分、pH調整剤、香料等のコーヒー豆に由来しない成分を除いた固形分をいう。本発明では、コーヒー抽出液中のコーヒー固形分の含有量は、コーヒー抽出液のBrix(%)に相当し、当該Brixは、糖度計(糖用屈折計)を用いて測定することができる。 【0014】 ところで、上記コーヒー分の原料として使用されるインスタントコーヒーとしては、フリーズドライ製法(真空凍結乾燥法)とスプレードライ製法(噴霧乾燥法)とがある。前者は高温での熱処理を行うことはないが、後者はコーヒー抽出液を霧状にして熱風で水分を蒸発させるため、熱処理に伴う風味劣化(加熱臭等の異臭の発生)が避けられない。本発明のコーヒー飲料は、一つの態様において、上記コーヒー分を使用して得られたコーヒー飲料を加熱処理したものである。」 「【0015】 (ティリロサイド) コーヒー飲料の加熱による変化を追跡していくと、コーヒーの香りは自然の香りの状態から異質な加熱臭が発生し、口に含んだ際に知覚される異質な臭味が増加する。本発明のコーヒー飲料は、このような異質な臭味をティリロサイドを用いることによって改善するものである。 【0016】 ティリロサイド(Tiliroside)とは、フラボノイド配糖体に分類される有機化合物の一種であって、下式(1)の構造を有する化合物である。ティリロサイドの別名はKaempferol-3-O-glucoside-6''-E-coumaroylとも称され、そのCAS登録番号は20316-62-5である。構造名・構造式から自明な通り、ティリロサイドは、ケンフェロール、クマル酸、グルコースから構成されている。」 「【0025】 (加熱処理) 本発明のコーヒー飲料は、加熱処理をした場合に、本発明の所期の効果を顕著に発現することができる。本発明における加熱処理の条件は、例えば、食品衛生法に定められた条件と同等の効果が得られる方法を選択することができ、具体的には、60?150℃、好ましくは90?150℃、より好ましくは110?150℃で、1秒間?60分間、好ましくは1秒間?30分間とすることができる。より詳細には、容器として耐熱性容器(金属缶、ガラス等)を使用する場合には、レトルト殺菌(110?140℃、1?数十分間)を行えばよい。また、容器として非耐熱性容器(PETボトル、紙容器等)を用いる場合は、例えば、調合液を予めプレート式熱交換器等で高温短時間殺菌後(UHT殺菌:110?150℃、1?数十秒間)し、一定の温度まで冷却した後、その非耐熱性容器に充填することができる。 【0026】 (容器詰め飲料) 上述のとおり、本発明のコーヒー飲料は、加熱処理を経て製造されるコーヒー飲料に伴う異質な臭味を改善する効果を奏することから、容器詰め飲料(容器詰めコーヒー飲料)として好適に提供される。本発明のコーヒー飲料に使用される容器は、一般の飲料と同様にポリエチレンテレフタレートを主成分とする成形容器(いわゆるPETボトル)、金属缶、金属箔やプラスチックフィルムと複合された紙容器、瓶などであり、これらに詰めた通常の形態で提供することができる。本発明のコーヒー飲料の容量は、特に限定されないが、例えば150mL?1000mLであり、好ましくは190mL?800mLである。」 「【実施例】 【0029】 以下、実験例を示して本発明の詳細を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。また、本明細書において、特に記載しない限り、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。 【0030】 実験1:臭味改善作用(1) コーヒー原料として、スプレードライ製法(噴霧乾燥法)によって製造されたインスタントコーヒーを用いた。インスタントコーヒーに適量の温水を添加してコーヒー飲料を製造した。このコーヒー飲料中のBrixを測定したところ1.4であった(飲料中のコーヒー固形分:1.4重量%)。これに、下表に示した濃度となるようにティリロサイド(フナコシ社製、純度99%)を配合した後、室温(25℃)まで冷却してティリロサイド含有コーヒー飲料を調製した。 【0031】 得られたティリロサイド含有コーヒー飲料について、パネル3名にて、1?5点の5段階評価法にて評価した。官能評価基準は、口に含んだ際に知覚される異質な臭味の強さにつき、ティリロサイド無添加のコーヒー飲料を1点(対照)として、5点:全く感じない、4点:ほとんど感じない、3点:わずかに感じるが問題ない、2点:やや感じるが許容できる、1点:対照と同程度、として、各パネルが評価した結果を、再度全員で自由討議し、全員の合意のもとに整数値で表記した。 【0032】 官能評価結果を表1示す。コーヒー固形分が1.4重量%のコーヒー飲料において、ティリロサイドを0.01mg/100mL以上配合することにより、加熱に伴う異質な臭味を改善することが示された。 【0033】 なお、下表では示していないが、ティリロサイドを1.0mg/100mLを配合すると、ティリロサイドの呈味がコーヒー飲料自体の臭味に影響して異質な臭味として知覚するパネルがいた。 【0034】 【表1】 【0035】 実験2:臭味改善作用(2) 中焙煎度(中煎り)のコーヒー豆に対して8倍量のイオン交換水(95℃)を添加して抽出処理を行い、コーヒー抽出液を得た。得られたコーヒー抽出液をイオン交換水で希釈してBrix1.4(コーヒー固形分:1.4重量%)とし、これに下表に示した濃度となるようにティリロサイド(フナコシ社製、純度99%)を配合し、さらにpHが5.8となるように重曹にてpH調整を行った。このpH調整されたコーヒー液300gを、それぞれ広口ボトル缶(ボトル容量343mL、口径(内径)Φ31mm)に充填し、レトルト加熱殺菌(120?125℃、5?15分)して、加熱(加熱殺菌)処理された容器詰めコーヒー飲料を得た。得られたコーヒー飲料について、5℃にて2日間保存した後、液温が25℃になるまで室温に静置してから、官能評価試験を行った。なお、官能評価試験では、上記の通り製造した容器詰めコーヒー飲料でティリロサイドを配合しなかったもの(ティリロサイド無添加)を対照とする以外は、実験1と同様にして官能評価を実施した。 【0036】 結果を表2に示す。煩雑な工程を伴うことなく、加熱処理前のコーヒー液に微量(0.01?1.0mg/100mL)のティリロサイドを添加するという簡便な工程だけで、加熱処理に伴って生じるコーヒー飲料の臭味を改善することができた。 【0037】 【表2】 【0038】 実験3:臭味改善作用(3) コーヒー豆を高焙煎度(深煎り)の豆として、コーヒー固形分を0.5重量%、1.0重量%又は2.0重量%とし、ティリロサイドの濃度を0.01mg/100mL、0.02mg/100mL又は0.1mg/100mLに設定する以外は、実験2と同様にして、加熱(加熱殺菌)処理されたティリロサイド含有容器詰めコーヒー飲料を製造した。また、各種濃度のコーヒー固形分の飲料において、対照としてティリロサイド無添加の容器詰めコーヒー飲料を合わせて製造した。製造後の容器詰めコーヒー飲料は、5℃にて2日間保存した後、液温が25℃になるまで室温に静置してから、官能評価試験に供した。各種濃度のコーヒー固形分のティリロサイド無添加容器詰めコーヒー飲料を対照とする以外は、実験1と同様にして官能評価を行った。その結果、加熱処理前のコーヒー液に0.01?1.0mg/100mLのティリロサイドを添加することによって、加熱処理されたコーヒー飲料の臭味が改善されることが確認できた(表3)。 【0039】 【表3】 」 (3)判断 本件発明の課題は、上記(1)で述べたように、加熱処理が施されるコーヒー飲料において、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料及び当該コーヒー飲料の製造方法を提供することである。 本件明細書には、実施例として、実験1?3が記載されている。 実験1では、スプレードライ製法によって製造されたインスタントコーヒーを用いて製造された、コーヒー固形分が1.4重量%のコーヒー飲料に、各種濃度のティリロサイドを配合したことが記載され、実験2では、中焙煎度のコーヒー豆を用いて抽出処理を行うことにより得られたコーヒー抽出液を用いて製造された、コーヒー固形分が1.4重量%のコーヒー飲料に各種濃度のティリロサイドを配合し、pHを5.8に調整した後、レトルト加熱殺菌を行ったことが記載され、実験3では、高焙煎度のコーヒー豆を用いて抽出処理を行うことにより得られたコーヒー抽出液を用いて製造された、コーヒー固形分が0.5重量%、1.0重量%、2.0重量%のコーヒー飲料に、各種濃度のティリロサイドを配合し、実験2と同様の加熱処理を行ったことが記載されている。 そして、これらのコーヒー飲料について、「口に含んだ際に知覚される異質な臭味の強さ」について評価した結果が、表1?3に示されており、ティリロサイド含有量が、0.02?1.0mg/100mLを満たす全てのコーヒー飲料は、「口に含んだ際に知覚される異質な臭味の強さ」の官能評価点が5点(全く感じない)又は4点(ほとんど感じない)といずれも高い結果が示されていることから、コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であり、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドを含有する、加熱処理済みのコーヒー飲料は、上記課題が解決できることが理解される。 したがって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明の上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えて特定されたものであるとはいえない。 2 取消理由2(実施可能要件)について (1)発明の詳細な説明の記載 発明の詳細な説明の記載は、上記1(2)のとおりである。 (2)判断 本件明細書の実験1には、インスタントコーヒーに適量の温水を添加して、コーヒー固形分が1.4重量%であるコーヒー飲料を調製したことが記載され、実験2、3には、焙煎されたコーヒー豆に対して抽出処理を行い、得られたコーヒー抽出液をイオン交換水で希釈して、コーヒー固形分が0.5、1.0、1.4、2.0重量%のコーヒー飲料を調製したことが記載されている。このように、本件明細書には、「コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%」である「コーヒー飲料」の製造方法が具体的に記載されている。 また、本件明細書の段落【0016】及び実施例の記載からみて「ティリロサイド」は当業者に知られた入手可能な物質であると認められる。 さらに、本件特許明細書の段落【0025】及び【0026】の記載から、コーヒー飲料を加熱殺菌する手段及び容器詰めの手段は周知であると認められる。 そうすると、発明の詳細な説明の記載から、本件発明1、2については、コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であり、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドを含有する、加熱殺菌処理済みの容器詰飲料であるコーヒー飲料を製造し、かつ、使用することが可能であることを、本件発明3については、コーヒー固形分の含有量が0.5?2重量%であり、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドを含有し、加熱殺菌されたコーヒー飲料を製造することができることを、それぞれ当業者は理解することができる。 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明を当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえない。 3 申立人の主張について (1)申立人は、特許異議申立書において、以下の事項を主張する。 ア 理由ア(実施可能要件) 本件明細書の段落【0005】?【0007】によれば、本件発明は、「加熱処理が施されるコーヒー飲料において、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料を提供すること」を解決しようとする課題とした発明であるところ、本件明細書には、「加熱処理に伴って生じる臭味」がどのようなものであるかについての説明が具体的に記載されていないから、本件発明が発明の課題を解決できるものであることを理解することができないし、実験1?3の官能評価において評価されている「異質な臭味」と、発明の課題である「加熱に伴って生じる臭味」との関係が不明である。 仮に、本件発明の課題である「加熱に伴って生じる臭味」とは、官能評価における「異質な臭味」として解釈すべきであるならば、甲2に示されるように、加熱前と加熱後のコーヒー飲料について官能評価を行い、直接比較しなければ、加熱による変化を確認できないことは技術常識であるところ、実験1?3は、加熱をしていないコーヒー飲料を比較対照とした評価が実施されていないから、課題を解決できたか否かの評価ができない。 よって、発明の詳細な説明の記載を参照しても、課題を解決できるものであることを理解することができず、当業者が本件発明を実施できるように記載されていない。 イ 理由イ(実施可能要件) スプレードライ製法で製造されたインスタントコーヒー(実験1)とレトルト加熱殺菌したコーヒー抽出液(実験2、3)が、加熱に伴って同様の臭味を呈するとは考えることができないことため、実験1?3を再現して発明の効果を確認しようとしても、本件明細書の記載は、実験1?3を再現することができるように記載されていない。すなわち、実験1は、どのような品種・産地のどのような焙煎度のコーヒー豆をどのように抽出して得た抽出液をスプレードライしたものであるか記載されておらず、実験2、3において、中焙煎度又は高焙煎度とは、L値がどのような数値範囲であるのか、また、コーヒー豆がどのようなものであるのか、さらに、加熱温度、加熱時間が記載されていないことから、実験1?3を再現することができないため、本件発明1?3が、発明の課題を解決できるものであると理解できない。 ウ 理由ウ(実施可能要件、サポート要件) 本件明細書の実験1?3は、いずれも甘味成分及び乳分を含まない、ブラックコーヒーが記載されているだけである。コーヒー飲料が甘味成分や乳分を含む場合、これらの成分に含まれる物質が加熱によって劣化するなどして臭味に影響を及ぼすことが予測されるところ、本件明細書には、甘味成分や乳分を含み得る本件発明1?3について、甘味成分や乳分を含む場合にも発明の効果を奏することが実証されていない。 エ 理由エ(サポート要件) 発明の詳細な説明において、pH5.8に調整したコーヒー飲料が記載されているのみである。また、コーヒーの酸味(すなわち、pH)はコーヒー豆の品種によって異なる(甲3)。コーヒー飲料の酸味が臭味に影響を及ぼすことは明らかであるから、pHが5.8に特定されておらず、コーヒー豆の品種が特定されていない本件発明1?3のすべての範囲において、課題を解決できるとはいえない。 オ 理由オ(実施可能要件) 「加熱に伴って生じる臭味」がどのようなものであるか明確でない上に、加熱処理したコーヒー飲料を飲んだときに知覚される味や臭いを、本件発明が解決しようとする課題である臭味と捉えるか否かは、個人差があると考えられ、臭味について具体的に記載されていない本件明細書を参照しても、何をもって異質な臭味と捉えるのかが明らかではない。 仮に、加熱によってコーヒー飲料において異質な臭味が生じたとしても、その臭味が低濃度のティリロサイドの添加により、「5点:全く感じない」ようになるとは技術常識から理解することはできない。 (2)申立人の主張についての判断 ア 理由アについて 申立人は、上記理由アにおいて実施可能要件違反を主張するが、上記2で説示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3を当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないものである。 また、申立人は、上記理由アにおいて、発明の詳細な説明を参照しても、課題を解決できることを理解できない旨を主張していることから、実質的にサポート要件違反を主張しているものと判断して、以下に検討する。 申立人は、「加熱処理に伴って生じる臭味」がどのようなものであるかについての説明が具体的に記載されていない旨主張する。 しかしながら、本件明細書の段落【0015】には、「コーヒー飲料の加熱による変化を追跡していくと、コーヒーの香りは自然な香りの状態から異質な加熱臭が発生し、口に含んだ際に知覚される異質な臭味が増加する。」と記載されていることから、「加熱処理に伴って生じる臭味」とは、コーヒーの自然な香りの状態から発生した異質な加熱臭であって、口に含んだ際に知覚される異質な臭い、味全般を意味するものである。 また、申立人は、本件明細書の実験1?3の官能評価において評価されている「異質な臭味」と、発明の課題である「加熱に伴って生じる臭味」との関係が不明である旨主張する。 しかしながら、本件明細書の段落【0005】の記載からみて、本件発明の課題は、「加熱処理が施されるコーヒー飲料において、加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたコーヒー飲料を提供すること」(下線は、合議体による。以下、同様。)であり、本件明細書の段落【0015】には、「コーヒー飲料の加熱による変化を追跡していくと、コーヒーの香りは自然な香りの状態から異質な加熱臭が発生し、口に含んだ際に知覚される異質な臭味が増加する。本発明のコーヒー飲料は、このような異質な臭味をティリロサイドを用いることによって改善するものである。」と記載されていることから、実験1?3の官能評価において評価されている「異質な臭味」は、「加熱に伴って生じる臭味」であると理解される。 さらに、申立人は、本件明細書の実験1?3は、加熱をしていないコーヒー飲料とそれぞれ比較対照した甲2のような評価(加熱前後の官能評価)が実施されていない旨主張するが、本件明細書の実験1?3において、加熱をしていないコーヒー飲料を比較対照したことが明記されていないものの、加熱処理に伴って生じる臭味の改善を確認するための官能評価実験なのであるから、官能評価結果自体が加熱処理を伴う影響を検討していることになり、加熱をしていないコーヒー飲料に対する評価が同時に行われており、妥当な官能評価実験であるといえる。 したがって、理由アの申立人の主張は採用できない。 イ 理由イについて 申立人は、上記理由イにおいて実施可能要件違反を主張するが、上記2で説示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3を当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないものである。 申立人は、上記理由イにおいて、発明の詳細な説明を参照しても、課題を解決できることを理解できない旨を主張していることから、実質的にサポート要件違反を主張しているものと判断して、以下に検討する。 本件明細書の実験1において、コーヒー豆の品種・産地、抽出方法が、実験2、3において、コーヒー豆の焙煎の程度、加熱処理における加熱温度、加熱時間が記載されていないが、これらの条件が異なることにより、コーヒー飲料において加熱処理により生じる臭味の原因となる成分が大きく異なるものともいえない。そして、実験1?3において、実施例と比較例の条件を同じにした上でいずれのコーヒー飲料においても、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドの添加により、コーヒー飲料において加熱処理に伴って生じる臭味が改善されたことが確認されている以上、コーヒー豆の品種・産地、焙煎の程度、抽出方法、加熱温度、加熱時間等にかかわらず、本件発明の上記課題を解決できることは当業者であれば理解できるものと認められる。 そうすると、本件明細書の実験1?3において、コーヒー豆の品種・産地等の詳細な条件が記載されていないから、これらの実験を完全に再現できないとしても、このことを根拠にして、本件発明1?3が本件発明の上記課題を解決できないとはいえない。 ウ 理由ウについて 本件明細書の段落【0012】には、乳分や甘味成分などコーヒー分以外の成分を含まないブラックコーヒーは、その臭味はより顕著になることが記載されているところ、本件明細書の実施例において、臭味がより顕著になるというブラックコーヒーにおいて、特定濃度のティリロサイドによる、加熱処理に伴って生じる臭味の改善効果が確認されている以上(実験1?3)、他の成分がコーヒー飲料に含まれている実験例がなくとも、ティリロサイドは、コーヒー由来の成分に起因する、加熱処理に伴って生じる臭味に対して同様の作用を及ぼすことは当業者であれば理解できるものと認められる。 エ 理由エについて コーヒー豆の品種の相違により、コーヒー抽出液のpHが異なるとしても、ティリロサイドによる、加熱処理に伴って生じる臭味の改善作用に対して、pHが影響することが立証されているものでもないから、ティリロサイドは、コーヒー由来の成分に起因する、加熱処理に伴って生じる臭味に対して改善作用を及ぼすことは当業者であれば理解できるものである。 オ 理由オについて 申立人は、上記理由オにおいて実施可能要件違反を主張するが、上記2で説示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3を当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないものである。 また、申立人は、上記理由オにおいて、実質的にサポート要件違反についても主張しているものと判断して、以下に検討する。 申立人は、「加熱処理に伴って生じる臭味」がどのようなものであるかについての説明が具体的に記載されていない旨主張するが、上記アで説示したとおり、本件明細書の段落【0015】の記載を参酌すれば、「加熱処理に伴って生じる臭味」とは、コーヒーの自然な香りの状態から発生した異質な加熱臭であって、口に含んだ際に知覚される異質な臭い、味全般を意味するものである。 そして、そのような加熱処理を伴って生じる臭味は、本件明細書の段落【0031】に記載されるような複数のパネルが自由討議も含めて官能評価を行うものであり、このようなパネルを用いた官能評価であれば、知覚できると認められる。 また、申立人は、コーヒー飲料において、加熱によって生じた異質な臭味を低濃度のティリロサイドの添加により全く感じないようになるとは技術常識から理解することはできない旨主張するが、申立人は、そのような理解の根拠となる技術常識を示したものでもない。そして、本件明細書の実験1?3の記載によれば、0.02?1.0mg/100mLのティリロサイドが、コーヒー飲料において加熱処理に伴って生じる臭味を改善する作用を有することは、当業者であれば理解することができるのであるから、申立人の当該主張は採用することができない。 したがって、申立人のいずれの主張も採用できない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2019-11-12 |
出願番号 | 特願2018-114151(P2018-114151) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(A23F)
P 1 651・ 536- Y (A23F) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 伊藤 良子 |
特許庁審判長 |
瀬良 聡機 |
特許庁審判官 |
天野 宏樹 冨永 みどり |
登録日 | 2019-02-15 |
登録番号 | 特許第6480063号(P6480063) |
権利者 | サントリーホールディングス株式会社 |
発明の名称 | 加熱処理されたコーヒー飲料 |
代理人 | 武田 健志 |
代理人 | 山本 修 |
代理人 | 小野 新次郎 |
代理人 | 中西 基晴 |
代理人 | 宮前 徹 |