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審決分類 審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  C08B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08B
審判 全部申し立て 特39条先願  C08B
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  C08B
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  C08B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08B
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C08B
管理番号 1359539
異議申立番号 異議2019-700091  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-07 
確定日 2019-12-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6371483号発明「エステル化セルロースエーテルのゲル化」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6371483号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。 特許第6371483号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6371483号の請求項1?10に係る特許についての出願は、2016年3月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2015年3月16日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日として特許出願され、平成30年7月20日に特許権の設定登録がされ、同年8月8日にその特許公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成31年 2月 7日 :特許異議申立人 信越化学工業株式会社 に
よる請求項1?10に係る特許に対する特
許異議の申立て
平成31年 4月19日付け:取消理由通知
令和 1年 7月24日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提

令和 1年10月 1日 :特許異議申立人 信越化学工業株式会社 に
よる意見書の提出

第2 訂正請求について
1 訂正の内容
令和1年7月24日の訂正請求による訂正の内容は以下の訂正事項1?訂正事項3のとおりである。

訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「i)基-C(O)-R-COOHの中和度が0.4以下であり、
ii)総エステル置換度が0.03?0.38であり、
・・・を有する、エステル化セルロースエーテル。」を、
「i)基-C(O)-R-COOHの中和度が最大で10^(-3)であり、
ii)総エステル置換度が0.03?0.27であり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.03?0.20であり、
・・・を有し、
前記エステル化セルロースエーテルが、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)である、エステル化セルロースエーテル。」に、訂正する。
(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2?10も同様に訂正する。)

訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2の「0.09?0.27である」を、「0.11?0.27である」に、訂正する。
(請求項2の記載を直接的又は間接的に引用する請求項3?10も同様に訂正する。)

訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3の「0.03?0.20の脂肪族一価アシル基の置換度」を、「0.04?0.19の脂肪族一価アシル基の置換度」に、訂正する。
(請求項3の記載を直接的又は間接的に引用する請求項4?10も同様に訂正する。)

2 一群の請求項について
訂正前の請求項1?10について、請求項2?10はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1?10に対応する訂正後の請求項1?10は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項であり、本件訂正請求は、一群の請求項ごとに請求されている。

3 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
ア 訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載される「脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテル」について、その「基-C(O)-R-COOHの中和度」及び「総エステル置換度」の範囲を狭めるとともに、エステル化セルロースエーテルの種類を「ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)」に限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

次に、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明には、
「本発明のエステル化セルロースエーテルにおいて、基-C(O)-R-COOHの中和度は、……である。中和度は、……例えば、最大で10^(-3)または更に最大で10^(-4)だけであってもよい。」(段落0039)、
「総エステル置換度は、……最も好ましくは少なくとも0.11である。総エステル置換度は、……更により好ましくは最大で0.27、……である。」(段落0027)、
「本発明のエステル化セルロースエーテルは、一般に、……より好ましくは少なくとも0.03、……の、アセチル、プロピオニル、またはブチリル基などの脂肪族一価アシル基の置換度を有する。エステル化セルロースエーテルは、一般に、……最も好ましくは最大で0.20の脂肪族一価アシル基の置換度を有する。」(段落0028)、
「エステル化セルロースエーテルの具体的な例は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)、……である。ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)が最も好ましいエステル化セルロースエーテルである。」(段落0026)、
「実施例1?11のHPMCASの生成」(段落0069)、及び
「実施例1?11、比較例CE-11?CE-16、ならびに比較例CE-C、CE-D、CE-E、及びCE-H?CE-JのHPMCASの性質を以下の表2に列挙する。」(段落0077)と記載され、
訂正前の特許請求の範囲には、
「0.03?0.20の脂肪族一価アシル基の置換度」(訂正前の特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項3)と記載されている。
したがって、訂正前の請求項1に記載される「脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテル」における、「基-C(O)-R-COOHの中和度」及び「総エステル置換度」の範囲並びにエステル化セルロースエーテルについての訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、新規事項の追加に該当しない。
また、訂正事項1は、上記訂正の目的要件の判断及び新規事項の判断からみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

イ 訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項2に記載される「前記総エステル置換度」の範囲を狭めるものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

次に、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明には、
「総エステル置換度は、……最も好ましくは少なくとも0.11である。総エステル置換度は、……更により好ましくは最大で0.27、……である。」(段落0027)と記載されている。
したがって、訂正前の請求項2に記載される「前記総エステル置換度」の範囲についての訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、新規事項の追加に該当しない。
また、訂正事項2は、上記訂正の目的要件の判断及び新規事項の判断からみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

ウ 訂正事項3
訂正事項3は、訂正前の請求項3に記載される「脂肪族一価アシル基の置換度」の範囲を狭めるものである。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

次に、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明には、
「本発明のエステル化セルロースエーテルは、一般に、……最も好ましくは少なくとも0.04の、アセチル、プロピオニル、またはブチリル基などの脂肪族一価アシル基の置換度を有する。エステル化セルロースエーテルは、一般に、……最も好ましくは最大で0.20の脂肪族一価アシル基の置換度を有する。」(段落0028)、
「本発明のエステル化セルロースエーテルは、……及びアセチル、プロピオニル、またはn-ブチリルもしくはi-ブチリルなどのブチリルなどの脂肪族一価アシル基を含む。」(段落0026)、
「実施例1?11、比較例CE-11?CE-16、ならびに比較例CE-C、CE-D、CE-E、及びCE-H?CE-JのHPMCASの性質を以下の表2に列挙する。表2において、略語は以下の意味を有する。
DSM=DS(メトキシル):メトキシル基での置換度、
MSHP=MS(ヒドロキシプロポキシル):ヒドロキシプロポキシル基でのモル置換、
DSAc:アセチル基の置換度、
DSs:スクシノイル基の置換度。
……
【表2-1】

」(段落0077?段落0080)と記載されている。
したがって、訂正前の請求項3に記載される「脂肪族一価アシル基の置換度」の範囲についての訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであり、新規事項の追加に該当しない。
また、訂正事項3は、上記訂正の目的要件の判断及び新規事項の判断からみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

4 小括
上記のとおり、訂正事項1?訂正事項3に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、令和1年7月24日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
令和1年7月24日提出の訂正請求により訂正された請求項1?10に係る発明(以下、請求項順にそれぞれ、「本件発明1」、「本件発明2」、……、「本件発明10」ともいい、まとめて「本件発明」ともいう。)は、請求項1?10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】
脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテルであって、
i)基-C(O)-R-COOHの中和度が最大で10^(-3)であり、
ii)総エステル置換度が0.03?0.27であり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.03?0.20であり、
iii)前記エステル化セルロースエーテルが、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有し、
前記エステル化セルロースエーテルはヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)である、エステル化セルロースエーテル。
【請求項2】
前記総エステル置換度が0.11?0.27である、請求項1に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項3】
0.04?0.19の脂肪族一価アシル基の置換度及び0.01?0.15の式-C(O)-R-COOHの基の置換度を有する、請求項1または請求項2に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項4】
前記脂肪族一価アシル基がアセチル、プロピオニル、またはブチリル基であり、前記式-C(O)-R-COOHの前記基が-C(O)-CH_(2)-CH_(2)-COOHである、請求項1?3のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項5】
前記エステル化セルロースエーテルの少なくとも85重量%が、2℃で2.5重量部の前記エステル化セルロースエーテルと97.5重量部の水との混合物に可溶性である、請求項1?4のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項6】
水性液体に溶解した請求項1?5のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物。
【請求項7】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルと、有機希釈剤とを含む、液体組成物。
【請求項8】
コーティングされた剤形であって、前記コーティングが、請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、コーティングされた剤形。
【請求項9】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、ポリマーのカプセルシェル。
【請求項10】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中の少なくとも1種の活性成分の固体分散体。

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1?10に係る発明に係る特許に対して、当審が平成31年4月19日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
[理由1]本件特許発明1?10は、エステル化セルロースエーテルの種類及び基-C(O)-R-COOHの中和度について、課題を解決できることを当業者が認識できる程度に発明の詳細な説明の記載によって裏付けられたものはごく一部であって、発明の全体にわたって課題を解決できると当業者が認識することができるとはいえず、特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件特許発明1?10に係る特許は、同法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してされたものである。
[理由2]本件特許発明1?10については、0.4以下であると特定される基-C(O)-R-COOHの中和度を有するHPMCASであって、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有するHPMCASをどのように製造するか不明であり、それが出願時の技術常識であるともいえないから、発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
よって、本件特許発明1?10に係る特許は、同法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してされたものである。

2 当審の判断
(1)理由1(サポート要件)について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであるとされる。

ア 本件発明1?10の課題
明細書、特許請求の範囲及び図面の記載(特に、発明の詳細な説明の段落【0008】の「難水溶性の薬物の水溶解性を改良するか、カプセルを調製するか、または水に可溶性であるためにpH調節剤の存在を必要としない剤形をコーティングするのに有用である、新規なエステル化セルロースエーテルを提供することが依然として至急に必要とされている。特に、カルボキシル基を担持し、かつカルボキシル基の大部分が中和されていない場合でさえも水に可溶性である、新規なエステル化セルロースエーテルを提供することが望ましいであろう。」との記載)から、
本件発明1?5が解決しようとする課題は「20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)である新規なエステル化セルロースエーテルを提供すること」であり、
本件発明6が解決しようとする課題は「本件発明1?5のいずれかの新規なエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物を提供すること」であり、
本件発明7が解決しようとする課題は「本件発明1?5のいずれかの新規なエステル化セルロースエーテルと有機希釈剤とを含む液体組成物を提供すること」であり、
本件発明8が解決しようとする課題は「本件発明1?5のいずれかの新規なエステル化セルロースエーテルを含むコーティングされた剤形を提供すること」であり、
本件発明9が解決しようとする課題は「本件発明1?5のいずれかの新規なエステル化セルロースエーテルを含むポリマーのカプセルシェルを提供すること」であり、
本件発明10が解決しようとする課題は「本件発明1?5のいずれかの新規なエステル化セルロースエーテル中の少なくとも一種の活性成分の固体分散体を提供すること」であると認める。

イ 発明の詳細な説明の記載
(ア)「基-C(O)-R-COOHの中和度」に関して、発明の詳細な説明には、
「【0039】
本発明のエステル化セルロースエーテルにおいて、基-C(O)-R-COOHの中和度は、0.4以下、好ましくは0.3以下、より好ましくは0.2以下、最も好ましくは0.1以下、特に0.05以下または更に0.01以下である。中和度は、本質的にゼロであってもよく、それよりわずかに上、例えば、最大で10^(-3)または更に最大で10^(-4)だけであってもよい。本明細書で使用される場合、「中和度」という用語は、脱プロトン化カルボキシル基及びプロトン化カルボキシル基の合計に対する脱プロトン化カルボキシル基の比、すなわち、
中和度=[-C(O)-R-COO^(-)]/[-C(O)-R-COO^(-)+-C(O)-R-COOH]を定義する。」との記載、及び
「【0042】
より一般的な言い方をすれば、驚くべきことに、本発明のエステル化セルロースエーテルは、基-C(O)-R-COOHのその低い中和度にもかかわらず、エステル化セルロースエーテルが、エステル化セルロースエーテルの中和度を0.4超または上で列挙された好ましい範囲まで増加させない水性液とブレンドされた場合であっても、例えば、エステル化セルロースエーテルが脱イオン水または蒸留水などの水のみとブレンドされた場合であっても、20℃の温度で水性液に可溶性であることが見出された。沈殿物のない透明または不透明の溶液は、20℃で得られる。その上、本発明のエステル化セルロースエーテルの水溶液が、上昇した温度、典型的には50?90℃、より典型的には60?80℃でゲル化することが見出された。これにより、本発明のエステル化セルロースエーテルは、様々な用途において、例えば、カプセルを生成するため及び剤形をコーティングするために極めて有用となる。非常に驚くべきことに、水に溶解されている場合に上昇した温度でゲル化するエステル化セルロースエーテルが、本発明によって提供される。更により驚くべきことに、上昇した温度での、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)などのエステル化セルロースエーテルの水溶液のゲル化は、エステル化セルロースエーテルを生成するための出発材料として使用されるセルロースエーテルの水溶液がゲル化しない場合であっても、観察される。例えば、本発明の実施例は、それらを調製するための出発材料として使用される対応するヒドロキシプロピルメチルセルロースが、顕著な程度にはゲル化しないが、本発明のHPMCASゲル化を例示する。本発明のエステル化セルロースエーテルのゲル化は、エステル化ヒドロキシアルキルアルキルセルロース及び水性液の総重量を基準として、0.5?30重量パーセント、典型的には1?25重量パーセント、より典型的には2?20重量パーセントなどの低濃度で生じさえする。本発明のエステル化セルロースエーテル、具体的にはHPMCAS材料は、上述のように上昇した温度でしっかりした弾性ゲルに変換さえする。ゲル化は可逆的である、すなわち、20℃に冷却すると、ゲルは液体の水溶液に変換する。」との記載がある。
さらに、発明の詳細な説明の以下の記載において、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の生成・性質等を具体的に示す実施例1?11が記載されている。
「【0057】
これより本発明のいくつかの実施形態を以下の実施例において詳細に記載する。
【実施例】
【0058】
他に言及しない限り、全ての部及び百分率は重量による。実施例では、以下の試験手順が使用される。
【0059】
エーテル基及びエステル基の含有量
エステル化セルロースエーテルにおけるエーテル基の含有量は、「Hypromellose」、United States Pharmacopeia and National Formulary、USP35、3467-3469頁に記載されているものと同じ手法で決定される。
【0060】
アセチル基(-CO-CH_(3))でのエステル置換及びスクシノイル基(-CO-CH_(2)-CH_(2)-COOH)でのエステル置換は、Hypromellose Acetate Succinate、United States Pharmacopia and National Formulary、NF29、1548-1550頁」に従って決定される。エステル置換について報告された値は揮発性物質について補正される(上記のHPMCASモノグラフの節「loss on drying」に記載されているように決定される)。
【0061】
M_(w)及びM_(n)の決定
Mw及びMnは、Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis 56(2011)743に従って測定される。移動相は、アセトニトリル40体積部と、50mMのNaH_(2)PO_(4)及び0.1MのNaNO_(3)を含有する水性緩衝液60体積部との混合物であった。移動相を8.0のpHに調整した。セルロースエーテルエステルの溶液を、0.45μmの孔径のシリンジフィルターを通してHPLCバイアルに濾過した。M_(w)及びM_(n)の測定の正確な詳細は、国際特許出願第WO2014/137777号で節「Examples」において「Determination of M_(w), M_(n) and M_(z)」のタイトルで開示されている。
【0062】
水溶解性
20℃での定性的決定:水溶解性の定性的決定について、その乾燥重量を基準として2.0gのHPMCASを98.0gの水と攪拌下で20℃で混合することによって2重量パーセントのHPMCASの水溶液を調製した。溶解時間は、16時間であった。エステル化セルロースエーテルの水溶解性を視覚的検査により決定した。HPMCASが2%で水溶性であるかどうかの決定を以下のように行った。「2%で水溶性-有」は、沈殿物のない溶液を、16時間の溶解時間後に、20℃で得たことを意味する。「2%で水溶性-無」は、その乾燥重量を基準として2.0gのHPMCASを98.0gの水と激しい攪拌下で20℃で混合したときに、HPMCASの少なくともかなりの部分が溶解しないままであり沈殿物を形成したことを意味する。
【0063】
2℃での定量的決定:その乾燥重量を基準として2.5重量部のHPMCASを2℃の温度を有する97.5重量部の脱イオン水に添加した後、2℃で6時間攪拌し、2℃で16時間保存した。計量した量のこの混合物を、計量した遠心分離バイアルに移した。混合物の移した重量をM1(g)として書き留めた。HPMCAS[M2]の移した重量は、(混合物の移した重量(g)/100g×2.5g)として計算した。混合物を2℃で、5000rpmで(2823xg、Biofuge Stratos遠心分離機、Thermo Scientific製)60分間遠心分離した。遠心分離後、アリコートを液相から取り除き、乾燥した計量したバイアルに移した。移したアリコートの重量をM3(g)として記録した。アリコートを105℃で12時間乾燥させた。HPMCASの残りのgを乾燥後に計量し、M4(g)として記録した。
【0064】
以下の表2の「2.5%で%水溶性」という用語は、2.5重量部のHPMCASと97.5重量部の脱イオン水との混合物に実際に溶解したHPMCASの百分率を表示している。それは、(M4/M2)×(M1/M3)×100)として計算され、これは(液体アリコート中のHPMCASのg/遠心分離バイアルに移されたHPMCASのg)×(遠心分離バイアルに移された混合物g/遠心分離後の液体アリコートg)に相当する。
【0065】
HPMCASの水溶液のゲル化温度及びゲル強度
粉砕し、磨砕し、乾燥した3gのHPMCAS(HPMCASの水含有量を考慮)を、3翼(翼=2cm)を用いて750rpmでオーバーヘッドラボスターラーを用いて攪拌しながら室温で147gの水(温度20?25℃)に添加することによりHPMCASの2%水溶液を生成した。次いで、溶液を約1.5℃に冷却した。1.5℃の温度に達した後、溶液を500rpmで120分間攪拌した。各溶液を特性評価の前に冷蔵庫内に保存した。
【0066】
本発明のHPMCASの2重量%水溶液のレオロジー測定は、カップ及びボブ固定具(CC-25)を有するHaake RS600(Thermo Fisher Scientific)レオメーターを用いて実行した。試料を、2%の一定歪み(変形)及び2Hzの一定角振動数で、5?85℃の温度範囲にわたって1分当たり1℃の速度で加熱した。測定収集速度は4データ点/分となるように選択した。レオロジー測定から得られた貯蔵弾性率G’は、溶液の弾性性質を表し、貯蔵弾性率G’が損失弾性率G’’より高い場合には高温領域におけるゲル強度を表す。
【0067】
振動測定から得られた貯蔵弾性率G’の得られたデータを、まず、G’(最小)を0及びG′(最大)を100に対数化及び正規化した。線形回帰曲線を、これらの貯蔵弾性率データ(5データ点の増加)の部分集合に適合させた。接線を回帰曲線の最も急な傾斜に適合させた。この接線とx軸の交点をゲル化温度として報告する。ゲル化温度の決定の仕方の詳細は、国際特許出願WO2015/009796の18及び19頁においてパラグラフ「Determination of the gelation temperature of aqueous compositions comprising methyl cellulose」に記載されている。
【0068】
70℃での貯蔵弾性率G’によるゲル強度もこのレオロジー測定により得られた。
【0069】
実施例1?11のHPMCASの生成
コハク酸無水物及び酢酸無水物を70℃で氷酢酸に溶解した。次いで、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC、水を含まない)及び酢酸ナトリウム(水を含まない)を攪拌しながら添加した。その量は以下の表1に列挙されている。HPMCの量は乾燥ベースで計算される。HPMCは、以下の表2に列挙されているように、メトキシル置換(DSM)及びヒドロキシプロポキシル置換(MSHP)を有し、ASTM D2363-79(再承認2006)による20℃で2%の水溶液として測定して3.0mPa・sの粘度を有していた。HPMCの重量平均分子量は約20,000ダルトンであった。HPMCは、The Dow Chemical CompanyからMethocel E3 LV Premiumセルロースエーテルとして商業的に入手可能である。
【0070】
次いで、反応混合物を以下の表1に列挙された反応温度まで加熱した。混合物を反応させた反応時間も以下の表1に列挙されている。次いで、50?100℃の温度を有する1.8?2.4Lの水を添加することにより粗生成物を沈殿させた。その後、沈殿した生成物を濾過により混合物から分離した。分離した生成物を、高せん断下で熱い水(95℃)を用いる再懸濁によって数回洗浄した後、毎回濾過を行った。次いで、生成物を55℃で一晩乾燥させた。
【0071】
WO2014/137777に記載されるような比較例CE-11?CE-16、CE-D、及びCE-EのHPMCASの生成
比較例CE-11?CE-16ならびに比較例CE-D及びCE-Eは、国際特許出願第WO2014/137777号の実施例11?16ならびに比較例D及びEに相当する。それらの生成は、国際特許出願WO2014/137777において22及び23頁に詳細に記載されている。
【0072】
WO2014/031422に記載されるような比較例CE-CのHPMCASの生成
比較例CE-Cは、国際特許出願WO2014/031422の比較例Cに相当する。その生成は、国際特許出願WO2014/031422において25頁に詳細に記載されている。
【0073】
比較例CE-H?CE-J
比較例CE-H?CE-Jは、国際特許出願第WO2014/137777号の比較例H?Jに相当する。
【0074】
国際特許出願第WO2011/159626号の1及び2頁及び国際特許出願第WO2005/115330号の6及び7頁に開示されているように、HPMCASは現在、Shin-Etsu Chemical Co.,Ltd.(Tokyo,Japan)から商業的に入手可能であり、商品名「AQOAT」で知られている。Shin-Etsuは、種々のpHレベルの腸溶性保護を提供するために、置換基レベルの異なる組み合わせを有する、3つの等級のAQOATポリマー、典型的には、AS-LFまたはAS-LGなど、良好(fine)に対して記号表示「F」または「G」が後に続く、AS-L、AS-M、及びAS-Hを製造している。それらの販売仕様は、以下に列挙されている。Shin-Etsuの技術パンフレット「Shin-Etsu AQOAT Enteric Coating Agent」の04.905.2/500版によれば、AQOATポリマーの全ての等級は10%NaOHに可溶性であるが、精製水には不溶性である。商業的に入手可能な材料の試料を、上記に更に記載されているように分析した。
【0075】

【0076】

【0077】
実施例1?11、比較例CE-11?CE-16、ならびに比較例CE-C、CE-D、CE-E、及びCE-H?CE-JのHPMCASの性質を以下の表2に列挙する。表2において、略語は以下の意味を有する。
DS_(M)=DS(メトキシル):メトキシル基での置換度、
MS_(HP)=MS(ヒドロキシプロポキシル):ヒドロキシプロポキシル基でのモル置換、
DS_(Ac):アセチル基の置換度、
DS_(s):スクシノイル基の置換度。
【0078】
【表1ー1】

【0079】
【表1ー2】

【0080】
【表2ー1】

【0081】
【表2ー2】

【0082】
実施例1?11のエステル化セルロースエーテルは、21℃の温度の水に2重量%の濃度で可溶性であった。
【0083】
それとは対照的に、比較例A?E、及びCE-D、DE-E、及びCE-H?CE-Jのエステル化セルロースエーテルを、21℃の温度の水中で2重量%の濃度で溶液にすることができなかった。各比較例において、2重量%のHPMCASの少なくとも一部は、溶解しないままであり、21℃の水中に沈殿物を形成した。
【0084】
ゲル化
本発明のエステル化ヒドロキシアルキルアルキルセルロースの水溶液、特にHPMCASは、上昇した温度、典型的には45?90℃、より典型的には50?80℃で、更に2重量%まで低い濃度であってもゲル化する。エステル化ヒドロキシアルキルアルキルセルロースが、それらの非常に低い総エステル置換度にもかかわらず、ゲル化することは非常に驚きである。水中に実施例1?4のHPMCASの2重量%溶液を含有するガラスボトルは、ゲル化したHPMCASを流動させることなく、溶液を70℃に加熱した後逆さにすることができる。図2は、溶液を70℃に加熱した後の実施例1?4のHPMCASの2重量%水溶液の写真表現である。HPMCAS溶液を含有するガラスボトルは、HPMCAS溶液がゲルを形成したことを例示するために逆さにされている。
【0085】
実施例1?11のHPMCASを調製するための出発材料として使用したHPMCはゲル化しない。70℃に加熱した後のMethocel E3 LV Premiumセルロースエーテルの2重量%水溶液は、ゲルを形成しないが凝結のみする。ガラスボトルが逆さにされる場合、HPMC溶液は、ボトルの底からその蓋へ流動する。図1Aは、70℃に加熱した後のMethocel E3 LV Premiumセルロースエーテルの2重量%水溶液の写真表現である。図1Bは、HPMC溶液を含有するガラスボトルが逆さにされたことを除いて、図1Aに表現される2重量%HPMC水溶液の写真表現である。図1Bは、HPMCがゲルを形成しないが凝結のみすることを例示する。ガラスボトルが逆さにされる場合、HPMC溶液は、ボトルの底からその蓋へ流動する。
【0086】
レオロジー測定を実施して、上記に更に記載されているように実施例1?11の2重量%のHPMCASの水溶液の70℃における貯蔵弾性率G’によるゲル化温度及びゲル強度を測定した。結果を以下の表3に列挙する。
【0087】
【表3】
……
【0088】
比較目的のために、商業的に入手可能なHPMCASをNH_(4)HCO_(3)で中和してそのpHを6.3に調整した。HPMCASは、23.5%のメトキシル基(DS_(メトキシル)=1.93)、7.3%のヒドロキシプロポキシル基(MS_(ヒドロキシプロポキシル)=0.25)、9.8%のアセチル基(DS_(アセチル)=0.58)、10.5%のスクシノイル基(DS_(スクシノイル)=0.26)、及び0.43重量%のNaOH水溶液中2.0重量%のHPMCASの溶液として測定して2.9mPa・sの粘度を有していた。
【0089】
2重量%及び5重量%のHPMCASの水溶液を調製した。2重量%のHPMCASの水溶液100gを調整したとき、0.19gのNH4HCO3を中和に使用した。得られたHPMCASの中和度は96%であった。5重量%のHPMCASの水溶液100gを調整したとき、0.43gのNH4HCO3を中和に使用した。得られたHPMCASの中和度は87%であった。レオロジー測定を実施した。ゲル化は生じなかった。
【図1A】
……
【図1B】
……
【図2】
……」

ここに示されるヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の中和度は、下記の計算式の結果等より、3.45×10^(-5)前後のものであると認められる。

[計算式]実施例1におけるHPMCASの中和度
実施例1におけるHPMCASの総エステル置換度(DS_(AC)+DS_(S))は、0.12[=0.09(DS_(AC))+0.03(DS_(S))]
実施例1のHPMCASの置換AGUの分子量は、211.1g/mol[=162+1.99(DS_(M))×14(メトキシ基置換における分子量の増加(CH_(2)))+0.25(MS_(HP))×58(ヒドロキシプロピル基置換における分子量の増加(C_(3)H_(6)O)+0.09(DS_(AC))×42(アセチル基置換における分子量の増加(C_(2)H_(2)O)+0.03(DS_(S))×10(スクシニル基置換における分子量の増加(C_(4)H_(4)O_(3))]
実施例1のHPMCASの2.0重量%水溶液中のスクシニル基の濃度は、2.90×10^(-3)mol/L[=(2g/211.1g/mol)×0.03(DS_(S))/0.098L]
実施例1のHPMCASのスクシニル基の中和度は、3.45×10^(-5)[=1.0×10^(-7)mol/L(水のイオン積が25℃で1.0×10^(-14)である際の水酸化物イオン濃度)/2.90×10^(-3)mol/L]

(イ)「総エステル置換度」及び「脂肪族一価アシル基の置換度」に関して、発明の詳細な説明には、
「【0027】
……。総エステル置換度は、少なくとも0.03、好ましくは少なくとも0.05、より好ましくは少なくとも0.07、更に好ましくは少なくとも0.09、最も好ましくは少なくとも0.11である。総エステル置換度は、0.38以下、好ましくは最大で0.35、より好ましくは最大で0.31、更により好ましくは最大で0.27、最も好ましくは最大で0.20である。」との記載があり、脂肪族一価アシル基の置換度に関して
「【0028】
本発明のエステル化セルロースエーテルは、一般に、少なくとも0.01、好ましくは少なくとも0.02、より好ましくは少なくとも0.03、最も好ましくは少なくとも0.04の、アセチル、プロピオニル、またはブチリル基などの脂肪族一価アシル基の置換度を有する。エステル化セルロースエーテルは、一般に、最大で0.35、好ましくは最大で0.30、より好ましくは最大で0.25、最も好ましくは最大で0.20の脂肪族一価アシル基の置換度を有する」との記載がある。
さらに、段落【0057】の「これより本発明のいくつかの実施形態を以下の実施例において詳細に記載する。」との記載に続き、段落【0058】?段落【0089】において、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の生成・性質等を具体的に示す実施例1?11が記載されており、そこに示されるヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)は、総エステル置換度(DS_(AC)+DS_(S))が0.11(実施例2、実施例11)?0.27(実施例3)の範囲にあり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.04(実施例4)から0.19(実施例3)の範囲にあるものである。

ウ 本願出願時の技術水準
発明の詳細な説明の段落【0006】に示される文献「James W. McGinity,“AQUEOUS POLYMERIC COATING FOR PHARMACEUTICAL DOSAGE FORMS”(1989),105-112」(特許権者の提出した乙第1号証)には、0.8超の総エステル置換度(105頁表15、タイプI、III、V)を有するHPMCASの、純水および0.1N NaCl中における中和度の違いによる溶解時間を示す、以下の図が示されている。


」(112頁)
この図は「HPMCASの溶解パターンに対する中和及びNaCl添加の影響」(当合議体による邦訳)と題するものであって、タイプI、III、VのいずれのHPMCASにおいても、中和度が増加すると溶解時間が短くなることを示しており、また、図の説明文には「アセチル基量を増大させた結果ポリマーがより疎水性になると、その溶解のためにより大きい中和度が必要になることが示唆される」(110頁下から2行?112頁1行)と記載されていることから、本願出願時において、HPMCASの中和度が増加するとHPMCASの溶解性が高まる傾向のあること、及び、アセチル基などの脂肪族一価アシル基の置換度の減少がHPMCASの水への溶解性を高めること、が当業者に理解されることであったと認められる。

エ 検討
(ア)本件発明1?5について
本件発明1?5が解決しようとする課題は、上記アに示したとおり、「20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)である新規なエステル化セルロースエーテルを提供すること」であるところ、上記イに示したとおり、発明の詳細な説明の段落【0058】?段落【0089】において、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の生成・性質等を具体的に示す実施例1?11が記載されており、そこに示されるヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)は、中和度が3.45×10^(-5)前後のものであり、総エステル置換度(DS_(AC)+DS_(S))が0.11(実施例2、実施例11)?0.27(実施例3)の範囲にあり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.04(実施例4)から0.19(実施例3)の範囲にある。

また、上記ウに示したとおり、HPMCASの中和度が増加するとHPMCASの溶解性が高まる傾向のあること、及び、アセチル基などの脂肪族一価アシル基の置換度の減少がHPMCASの水への溶解性を高めること、が当業者に理解されることであったと認められることを考慮すれば、当業者は、発明の詳細な説明の記載により、本件発明1?5がその課題を解決できると認識できる。

(イ)本件発明6?10について
本件発明6?10が解決しようとする課題は、本件発明1?5のエステル化セルロースエーテルに関するものであって、当業者は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、本件発明6?10についても、本件発明1?5と同様に、発明の詳細な説明の記載により、その課題を解決できると認識できる。

オ 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人は、令和1年10月1日付け意見書3頁2行?7頁25行の「(2-2)HPMCASの中和度の溶解性への影響について」の項において、取消理由通知に対する特許権者の反論は、乙第1号証の図16に示す、中和度の増大がHPMCASの水への溶解性を高める傾向が、中和度が最大で10^(-3)であり、総エステル置換度が0.03?0.27、脂肪酸一価アシル基の置換度が0.03?0.20である本件発明1であるHPMCASを含む、本件発明6である水性組成物にも存在することを前提としているが、この前提自体が誤りであると主張するとともに、同意見書7頁26行?8頁11行の「(2-3)乙第2号証について」の項及び意見書8頁12行?9頁3行の「(2-4)乙第3号証について」の項において、特許権者の提出した乙第2号証及び乙第3号証に記載されるものは、本件訂正発明に係る総エステル置換度が0.03?0.27、脂肪族一価アシル基の置換度が0.03?0.20の範囲を有するHPMCASとは相違するHPMCASであるから、乙第2号証及び乙第3号証の記載を以て、中和度の増加がHPMCASの水への溶解性を高めることを明確に示しているとは言えないと主張する。

しかし、乙第1号証の図11(b)並びに図12(a)及び(b)には、総エステル置換度が0.85?0.89の範囲にあるHPMCAS-I?III、Vのみならず、総エステル置換度が0.74であるHPMCAS-IVについても、pHが増大すると溶解時間が短くなることが示されており、たとえHPMCAS-IVについて図11(a)に、図11(b)並びに図12(a)及び(b)に示された関係とは異なる関係が示されていても、乙第1号証の記載全体から、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあること、が当業者に理解されることであったと認められる。
また、乙第1号証の図16は、USP崩壊試験法という当業界において標準的な試験方法による溶解性測定結果を示すものであり、たとえHPMCASの溶解時間には、HPMCASフィルムの形状や測定温度の影響があるとしても、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあることが当業者に理解されることであったことを、否定するものとはいえない。
また、乙第2号証及び乙第3号証に関して置換度の異なるものであるとの上記主張は、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあることが当業者に理解されることであったことを、否定するものとはいえない。
以上より、特許異議申立人による、令和1年10月1日付け意見書3頁2行?7頁25行の「(2-2)HPMCASの中和度の溶解性への影響について」の項、同意見書7頁26行?8頁11行の「(2-3)乙第2号証について」の項及び意見書8頁12行?9頁3行の「(2-4)乙第3号証について」の項における主張は受け入れられない。

(2)理由2(実施可能要件)について
特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならないとされる。

ア 本件発明1?本件発明5についての検討
上記(1)イに示したとおり、発明の詳細な説明の段落【0058】?段落【0089】において、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の生成・性質等を具体的に示す実施例1?11が記載されており、そこに示されるヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)は、中和度が3.45×10^(-5)前後のものであり、総エステル置換度(DS_(AC)+DS_(S))が0.11(実施例2、実施例11)?0.27(実施例3)の範囲にあり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.04(実施例4)から0.19(実施例3)の範囲にあるものと認められるものである。
そして、上記(1)ウに示したとおり、HPMCASの中和度が増加するとHPMCASの溶解性が高まる傾向のあること、及び、アセチル基などの脂肪族一価アシル基の置換度の減少がHPMCASの水への溶解性を高めること、が当業者に理解されることであったと認められることから、発明の詳細な説明の記載(特に、段落【0058】?段落【0089】における、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の生成・性質等を具体的に示す実施例1?11の記載)に接した当業者は、当業者に期待し得る程度を超えない試行錯誤により、本件発明1?5に係るエステル化セルロースエーテルを生産し、使用することができると認められる。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?5を実施することができる程度のものである。

イ 本件発明6?本件発明10についての検討
発明の詳細な説明には、上記(1)イに示した記載に加えて、段落【0011】、段落【0051】及び段落【0056】に本件発明6に係る水性組成物に関する記載があり、段落【0012】、段落【0054】及び段落【0056】に本件発明7に係る液体組成物に関する記載があり、段落【0015】、段落【0020】、段落【0042】及び段落【0053】に本件発明8に係るコーティングされた剤形に関する記載があり、段落【0016】、段落【0020】、段落【0042】及び段落【0052】に本件発明9に係るカプセルシェルに関する記載があり、段落【0018】、段落【0055】及び段落【0056】に本件発明10に係る固体分散体に関する記載があることから、発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、当業者に期待し得る程度を超えない試行錯誤により、本件発明6?10に係る物を生産し、使用することができると認められる。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明6?10を実施することができる程度のものである。

ウ 特許異議申立人の意見について
特許異議申立人は、令和1年10月1日付け意見書3頁2行?7頁25行の「(2-2)HPMCASの中和度の溶解性への影響について」の項において、取消理由通知に対する特許権者の反論は、乙第1号証の図16に示す、中和度の増大がHPMCASの水への溶解性を高める傾向が、中和度が最大で10^(-3)であり、総エステル置換度が0.03?0.27、脂肪酸一価アシル基の置換度が0.03?0.20である本件発明1であるHPMCASを含む、本件発明6である水性組成物にも存在することを前提としているが、この前提自体が誤りであると主張するとともに、同意見書7頁26行?8頁11行の「(2-3)乙第2号証について」の項及び意見書8頁12行?9頁3行の「(2-4)乙第3号証について」の項において、特許権者の提出した乙第2号証及び乙第3号証に記載されるものは、本件訂正発明に係る総エステル置換度が0.03?0.27、脂肪族一価アシル基の置換度が0.03?0.20の範囲を有するHPMCASとは相違するHPMCASであるから、乙第2号証及び乙第3号証の記載を以て、中和度の増加がHPMCASの水への溶解性を高めることを明確に示しているとは言えないと主張する。

しかし、乙第1号証の図11(b)並びに図12(a)及び(b)には、総エステル置換度が0.85?0.89の範囲にあるHPMCAS-I?III、Vのみならず、総エステル置換度が0.74であるHPMCAS-IVについても、pHが増大すると溶解時間が短くなることが示されており、たとえHPMCAS-IVについて図11(a)に、図11(b)並びに図12(a)及び(b)に示された関係とは異なる関係が示されていても、乙第1号証の記載全体から、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあること、が当業者に理解されることであったと認められる。
また、乙第1号証の図16は、USP崩壊試験法という当業界において標準的な試験方法による溶解性測定結果を示すものであり、たとえHPMCASの溶解時間には、HPMCASフィルムの形状や測定温度の影響があるとしても、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあることが当業者に理解されることであったこと、否定するものとはいえない。
また、乙第2号証及び乙第3号証に関して置換度の異なるものであるとの上記主張は、HPMCASの中和度が増大するとHPMCASの溶解性が増大するという一般的な傾向のあることが当業者に理解されることであったことを否定するものとはいえない。
以上より、特許異議申立人による、令和1年10月1日付け意見書3頁2行?7頁25行の「(2-2)HPMCASの中和度の溶解性への影響について」の項、同意見書7頁26行?8頁11行の「(2-3)乙第2号証について」の項及び意見書8頁12行?9頁3行の「(2-4)乙第3号証について」の項における主張は受け入れられない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 特許法第29条第2項(同法第113条第1項第2号)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであり、同請求項8及び請求項10に係る発明は、必要であれば周知技術甲第2号証を証拠として、甲第1号証に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであり、同請求項9に係る発明は、必要であれば周知技術甲第2号証または甲第3号証を証拠として、甲第1号証に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、同請求項1?10に係る特許は取り消されるべきである旨を、主張する。
甲第1号証:Fine Chemicals,Vol.29,No.10(2012),980-984
甲第2号証:特表2013-532151号公報
甲第3号証:特表2013-504565号公報

この主張について、検討する。
(1)甲号証の記載
ア 甲第1号証の記載
甲第1号証には、以下の記載がある(訳文で示す)。
記載1a
「ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネートの合成」(980頁標題)

記載1b
「1.2 HPMCASの製造
ヒドロキシプロプルメチルセルロース10gを反応釜(1L)に投入し、次に一定量の溶媒である酢酸と触媒である酢酸ナトリウムを投入し、反応物を均一に攪拌した後、定量の無水コハク酸と無水酢酸を投入した。一定の温度でしばらく反応させた後、加熱を停止し、室温まで冷却したら、大量の脱イオン水を投入し、750r/minの回転速度で生成物を沈殿させ、常圧で吸引ろ過し、洗浄液が中性になるまで複数回洗浄し、60℃のオーブンで乾燥させた。」(981頁左欄下から6行?右欄2行)

記載1c
「2 結果と検討
2.1 生成物のアシル基質量分率に対するエステル化剤使用量の影響
……

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 無水コハク酸/g
#3 w(アセチル基)/% )
反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,酢酸100mL,酢酸ナトリウム5g,温度85℃,反応時間2.5時間
図1 無水コハク酸の使用量のスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響

……

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 w(アセチル基)/%
#3 無水酢酸/mL )
反応条件:HPMC10g,無水コハク酸9g,酢酸100mL,酢酸ナトリウム5g,温度85℃,反応時間2.5時間
図2 無水酢酸の使用量のスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響

……
2.2 溶媒である酢酸の使用量による影響
……
2.3 触媒である酢酸ナトリウムの使用量による影響
……

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 w(アセチル基)/%
#3 酢酸/mL )
反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,無水コハク酸9g,酢酸ナトリウム5g,温度85℃,反応時間2.5時間
図3 酢酸の使用量によるスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 w(アセチル基)/%
#3 酢酸ナトリウム/g )
反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,無水コハク酸9g,酢酸100mL,温度85℃,反応時間2.5時間
図4 酢酸ナトリウムの使用量によるスクシニル基トアアセチル基の質量分率への影響

2.4 反応温度による影響
……

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 w(アセチル基)/% )
反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,無水コハク酸9g,酢酸100mL,酢酸ナトリウム5g,反応時間2.5時間
図5 温度によるスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響

2.5 反応時間による影響
……

(訳注:#1 w(スクシニル基)/%
#2 w(アセチル基)/% )
反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,無水コハク酸9g,酢酸100mL,酢酸ナトリウム5g,温度85℃
図6 反応時間によるスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響

2.6 生成物の溶解性
……

」(981頁右欄18行?983頁右欄表1)

イ 甲第2号証の記載
甲第2号証には、以下の記載がある。
記載2a
「【0112】
VI.固体非晶分散体
一態様において、組成物は、活性剤およびHPMCASを含む固体分散体の形状であり、分散体中の活性剤の少なくとも90質量%が非結晶性である。
……(中略)……
【0117】
本発明の固体分散体は、当該分野で公知の任意の方法,例えばミル粉砕、押出し、沈殿、または溶媒添加、次いで溶媒除去によって形成できる。例えば、活性剤およびHPMCASは熱、機械的混合および押出し(例えば二軸押出機を用いて)で処理できる。次いで生成物を所望の粒子サイズにミル粉砕できる。別の例で、活性剤およびHPMCASは溶媒(両物質はこれに可溶である)中に溶解する。次いで分散体を該溶液から任意の公知のプロセス,例えば混和性非溶媒中での沈殿、非混和性非溶媒中での乳化、または液滴の形成、次いで溶媒の蒸発による除去、で形成できる。
……(中略)……
【0119】
……好適な溶媒としては、水、アセトン、メタノール、エタノール、メチルアセテート、エチルアセテート、テトラヒドロフラン(THF)、ジクロロメタンおよび溶媒の混合物が挙げられる。……」

ウ 甲第3号証の記載
甲第3号証には、以下の記載がある。
記載3a
「【請求項2】
前記腸溶性基剤は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)及びヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート(HPMCAS)からなる群から選択された少なくとも1種の化合物を含むことを特徴とする請求項1に記載の腸溶性硬質カプセル用水性組成物。」

記載3b
「【0043】
(3)前記ゲル化温度より高い第2温度に加熱したモールドピンを、前記水性組成物内に浸漬する段階。
【0044】
(4)前記モールドピンを前記水性組成物から回収し、前記モールドピン上に形成された膜を得る段階。
【0045】
(5)前記膜を、前記ゲル化温度以上の温度である第3温度で第1時間維持し、前記モールドピン上に固着させた後、第4温度で第2時間乾燥させてカプセル・シェルを得る段階。」

(2)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証は「ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネートの合成」(記載1a)に関するものであって、HPMCASの合成方法の具体例として「ヒドロキシプロプルメチルセルロース10gを反応釜(1L)に投入し、次に一定量の溶媒である酢酸と触媒である酢酸ナトリウムを投入し、反応物を均一に攪拌した後、定量の無水コハク酸と無水酢酸を投入した。一定の温度でしばらく反応させた後、加熱を停止し、室温まで冷却したら、大量の脱イオン水を投入し、750r/minの回転速度で生成物を沈殿させ、常圧で吸引ろ過し、洗浄液が中性になるまで複数回洗浄し、60℃のオーブンで乾燥させた。」ことが記載されている(記載1b)。そして、当該方法により、各種目的とする条件下(無水コハク酸、無水酢酸、酢酸又は酢酸ナトリウムの各使用量、温度、反応時間を変化させる)で生成されたHPMCASが得られたと理解される。
そうすると、甲第1号証には、
「ヒドロキシプロプルメチルセルロース10gを反応釜(1L)に投入し、次に一定量の溶媒である酢酸と触媒である酢酸ナトリウムを投入し、反応物を均一に攪拌した後、定量の無水コハク酸と無水酢酸を投入し、一定の温度でしばらく反応させた後、加熱を停止し、室温まで冷却したら、大量の脱イオン水を投入し、750r/minの回転速度で生成物を沈殿させ、常圧で吸引ろ過し、洗浄液が中性になるまで複数回洗浄し、60℃のオーブンで乾燥させて得られた、HPMCAS」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1を甲1発明と対比すると、甲1発明における「HPMCAS」は本件発明1における「ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)」に相当することから、両発明は、
「ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1-1:
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)に含まれる基-C(O)-R-COOHの中和度が、本件発明1では最大で10^(-3)であるのに対し、甲1発明では特定されていない点

相違点1-2:
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の総エステル置換度及び脂肪族一価アシル基の置換度がそれぞれ、本件発明1では0.03?0.27及び0.03?0.20であるのに対し、甲1発明では特定されていない点

相違点1-3:
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の水への溶解性が、本件発明1では20℃で少なくとも2.0重量パーセントであるのに対し、甲1発明では特定されていない点

(イ)判断
相違点1-1?相違点1-3についての検討を、事案に鑑み、まず相違点1-3からおこなう。

a 甲第1号証には、甲1発明のHPMCASが、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するものであることは記載されていない。
技術常識に照らして、甲1発明のHPMCASにおけるメトキシ基、ヒドロキシプロポキシ基、スクシニル基及びアセチル基のそれぞれの置換度が、本件明細書に記載された、アルコキシル基の置換度(段落【0024】)、ヒドロキシアルコキシル基の置換度(段落【0023】)、脂肪族一価アシル基の置換度(段落【0028】)及び-C(O)-R-COOHの基の置換度(段落【0029】)のそれぞれの範囲に含まれる場合があるとしても、それぞれの基の置換度として特定の範囲を選択した上で組み合わせることが本願優先日において当業者に知られていた根拠とはならず、当業者が、甲1発明のHPMCASを、さらに、それぞれの基の置換度が本件明細書に記載されたそれぞれの範囲内で選択された上で組み合わされたものであって、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するものであると理解するとはいえない。

b また、甲第1号証?甲第3号証の記載を検討しても、HPMCASにおけるメトキシ基、ヒドロキシプロポキシ基、スクシニル基及びアセチル基のそれぞれの置換度が、本件明細書に記載された、アルコキシル基の置換度(段落【0024】)、ヒドロキシアルコキシル基の置換度(段落【0023】)、脂肪族一価アシル基の置換度(段落【0028】)及び-C(O)-R-COOHの基の置換度(段落【0029】)のそれぞれの範囲内にあれば、HPMCASが、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するものであることが、本願優先日における技術常識であったとも認められない。

c また、甲号各証の記載を検討しても、HPMCASの置換度と溶解性に関する記載すらないのであるから、甲1発明のHPMCASを、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するものとすることは、当業者が容易に想到し得たことであるといえる根拠は見出せない。

d したがって、甲1発明のHPMCASを、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するものとすることは、甲第1号証?甲第3号証の記載を検討しても、当業者が容易になし得た技術的事項ではなく、本件発明1のHPMCASが、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの水への溶解性を有するという効果は、甲第1号証?甲第3号証の記載を検討しても、当業者が予測し得たことでもない。

e 以上より、相違点1-1及び相違点1-2について検討するまでもなく、本件発明1は甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 本件発明2?10について
本件発明2?5は、本件発明1の発明特定事項をさらに技術的に限定した発明であり、本件発明6?10は、本件発明1?5の発明特定事項の全てを含む発明である。
したがって、本件発明1が甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上、本件発明2?10もまた、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 特許異議申立人による甲第1号証に記載された発明の認定について
特許異議申立人は、特許異議申立書16頁15行?24頁4行において、甲第1号証に記載された発明の認定に際して、図1(「無水コハク酸の使用量のスクシニル基とアセチル基の質量分率への影響」と題され、「反応条件:HPMC10g,無水酢酸40mL,酢酸100mL,酢酸ナトリウム5g,温度85℃,反応時間2.5時間と付記されるもの)を用い、「この反応条件下、図1のプロットによれば、無水コハク酸を3g用いた場合、スクシニル基を5.9質量%、アセチル基を7.95質量%有するHPMCAS(1-1)が得られ、……HPMCAS(1-4)が得られている。」として、図1のプロットから目分量でスクシニル基及びアセチル基の質量%の数値を読み取って、HPMCAS(1-1)?HPMCAS(1-4)のスクシニル基及びアセチル基の質量%を決定し、メトキシ基及びヒドロキシプロポキシ基の質量%については、原料であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)の各置換度(DS_(M)、MS_(HP))は殆ど変化しないと仮定して、例えば、HPMCAS(1-1)については、メトキシ基を最小値28質量%、ヒドロキシプロポキシ基を最小値7質量%として、上記スクシニル基を5.9質量%及びアセチル基を7.95質量%有するHPMCASをHPMCAS(1-1:最小値)と認定し、他方、メトキシ基を最大値30質量%、ヒドロキシプロポキシ基を最大値12質量%有するHPMCASをHPMCAS(1-1:最大値)と認定した上で、HPMCAS(1-1)におけるメトキシ基及びヒドロキシプロポキシ基の各質量%は最小値から最大値までの幅のあるものとして認定している。
同様に、図2?6の各プロットから目分量でスクシニル基及びアセチル基の質量%の数値を読み取った上で、メトキシ基及びヒドロキシプロポキシ基の各質量%は最小値から最大値まで幅のあるものとして、HPMCAS(2-1)?HPMCAS(2ー4)、HPMCAS(2ー4)3-1)?HPMCAS(3-2)、HPMCAS(4-1)?HPMCAS(4-3)、HPMCAS(5-1)?HPMCAS(5-2)及びHPMCAS(6-1)を認定している。
しかしながら、これらHPMCAS(1-1)?HPMCAS(6-1)は、図1?図6のプロットから目分量で読み取った数値から認定されたものであって、実際に実験により確認されたものではなく、また、各図のプロットから目分量で読み取られる数値は正確とはいえず、その数値のものが甲第1号証に発明として記載されているとは認められない。
さらに、各図のプロットから目分量で読み取られる数値が正確なものであったとしても、そもそも、HPMCASのメトキシ基及びヒドロキシプロポキシ基の質量%は、特許異議申立人の認定した最小値から最大値の間のいずれかの具体的な値になっていることが明らかであるところ、その値は甲第1号証に記載されていない。
したがって、特許異議申立人が、メトキシ基及びヒドロキシプロポキシ基の各質量が最小値から最大値まで幅のあるものとして認定したHPMCAS(1-1)?HPMCAS(6-1)を、甲第1号証に記載された発明であると認めることはできない。

エ 小活
以上より、特許異議申立人の上記主張は受け入れられない。

2 特許法第36条第6項第2号(同法第113条第1項第4号)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲の請求項1に記載の「中和度」の測定方法が不明確であるため、同請求項1に係る発明は不明確であり、同請求項1を引用する同請求項2?10に係る発明も不明確であり、また、同請求項10に記載の「少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中の少なくとも1種の活性成分の固体分散体」は不明確であるため、同請求項10に係る発明は不明確である、と述べて、同請求項1?10に係る特許は取り消されるべきである旨を、主張する。

この主張について、検討する。
「中和度」については、前記第4 2(1)イに示したように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は「基-C(O)-R-COOHの中和度」を算出できることから、訂正後の請求項1にいう「中和度」が明確でないということはできない。
また、「少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中の少なくとも1種の活性成分の固体分散体」については、本件明細書の発明の詳細な説明には、
「【0055】
……、本発明の固体分散体は、i)a)上記で定義された少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル、b)1種以上の活性成分、及びc)1種以上の任意の添加剤をブレンドし、ii)そのブレンドを押出加工に付すことにより調製することができる。……本発明の固体分散体は、好ましくは、エステル化セルロースエーテルa)及び活性成分b)の総重量を基準として、a)……の上述のエステル化セルロースエーテル、及びb)……の活性成分b)を含む。……。少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中に少なくとも1種の活性成分を含む固体分散体が形成されると、……。」と記載されており、当該記載における「ブレンド」及び「押出加工」は当該技術分野において慣用されている技術用語であることを踏まえると、訂正後の請求項10にいう「固体分散体」とは、訂正後の請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)の固体分散体であって、該ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)中に少なくとも1種の活性成分を含むものであると、当業者は理解する。

以上より、特許異議申立人の上記主張は受け入れられない。

3 特許法第39条第2項(同法第113条第1項第2号)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明は、甲第4号証の請求項1に係る発明と重複特許となっており、同請求項4?10に係る発明はそれぞれ、甲第4号証の請求項3?5及び7?10に係る発明と重複特許となっており、同請求項6、7に係る発明はそれぞれ、甲第5号証の請求項8または9に係る発明と重複特許となっているから、同請求項1?2及び4?10に係る特許は、特許法第39条第2項の規定に違反してなされたものであって、取り消されるべきである旨を、主張する。
甲第4号証:特許第6356922号
甲第5号証:特許第6371482号

この主張について、検討する。
特許第6356922号の請求項1?10に係る発明(以下、請求項順にそれぞれ、「甲4発明1」、「甲4発明2」、……、「甲4発明10」ともいい、まとめて「甲4発明ともいう。)は、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】
脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテルであって、
i)前記基-C(O)-R-COOHの中和度が0.4以下であり、
ii)総エステル置換度が0.10?0.70であり、
iii)前記エステル化セルロースエーテルが、2℃において少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有する、エステル化セルロースエーテル。
【請求項2】
0.25?0.69の脂肪族一価アシル基の置換度または0.05?0.45の式-C(O)-R-COOHの基の置換度を有する、請求項1に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項3】
前記脂肪族一価アシル基がアセチル、プロピオニル、またはブチリル基であり、前記式-C(O)-R-COOHの前記基が-C(O)-CH_(2)-CH_(2)-COOHである、請求項1または2に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項4】
前記エステル化セルロースエーテルの少なくとも85重量%が、2℃において2.5重量部のエステル化セルロースエーテルと97.5重量部の水との混合物に可溶性である、請求項1?3のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項5】
水性液体に溶解した請求項1?4のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物。
【請求項6】
前記水性組成物の総重量を基準として、少なくとも10重量パーセントの溶解したエステル化セルロースエーテルを含む、請求項5に記載の水性組成物。
【請求項7】
請求項1?4のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルと、有機希釈剤とを含む、液体組成物。
【請求項8】
コーティングされた剤形であって、前記コーティングが、請求項1?4のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、コーティングされた剤形。
【請求項9】
請求項1?4のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、ポリマーのカプセルシェル。
【請求項10】
請求項1?4のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中の少なくとも1種の活性成分の固体分散体。

本件発明1及び本件発明2と甲4発明1とを対比すると、両者は、
「脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテル」である点で一致し、「基-C(O)-R-COOHの中和度」及び「総エステル置換度」の範囲が重複するものの、
本件発明1及び本件発明2では、「脂肪族一価アシル基の置換度」の範囲、エステル化セルロースエーテルの水への溶解性(20℃での溶解度)、及びエステル化セルロースエーテルがヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)であること、が発明特定事項とされる一方、
甲4発明1では、それらが発明特定事項とはされず、エステル化セルロースエーテルの水への溶解性(2℃での溶解度)が発明特定事項とされる点で相違する。
両者は、上記発明特定事項の相違により、技術思想としての発明が同一であるとはいえないことが明らかである。
したがって、本件発明1及び本件発明2と甲4発明1とは同一でない。

本件発明4?10と甲4発明3?5及び甲4発明7?10とを対比すると、両者は、少なくとも、本件発明1及び本件発明2と甲4発明1との相違点で、相違する。
したがって、本件発明4?10と甲4発明3?5及び甲4発明7?10とは同一でない。

特許第6371482号の請求項1?9に係る発明(以下、請求項順にそれぞれ、「甲5発明1」、「甲5発明2」、……、「甲5発明9」ともいい、まとめて「甲5発明ともいう。)は、その特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】
水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物を生成するためのプロセスであって、前記エステル化セルロースエーテルが、式-C(O)-R-COOHの基を含み、式中、Rが、二価の炭化水素基であり、前記プロセスが、
a)前記エステル化セルロースエーテルを前記水性液体と混合する工程と、
b)前記エステル化セルロースエーテルの前記基-C(O)-R-COOHの中和度を0.45未満で維持するか、または0.45未満に調整し、前記エステル化セルロースエーテル及び前記水性液体の混合物の温度を10℃未満に設定して、前記エステル化セルロースエーテルを前記水性液体に少なくとも部分的に溶解して、前記水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む前記水性組成物を提供する工程と、を含む、プロセス。
【請求項2】
前記エステル化セルロースエーテルが、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネートである、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記エステル化セルロースエーテルの総エステル置換度が、最大で1.0である、請求項1に記載のプロセス。
【請求項4】
カプセルシェルを製造するためのプロセスであって、
-請求項1?3のいずれか一項に記載のプロセスに従って、水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物を生成する工程であって、前記エステル化セルロースエーテルが、式-C(O)-R-COOHの基を含み、式中、Rが、二価の炭化水素基である、生成する工程と、
-前記水性組成物よりも高い温度を有する浸漬ピンを前記水性組成物と、またはエステル化セルロースエーテルが溶解された前記水性組成物の一部と接触させる工程と、を含む、プロセス。
【請求項5】
剤形をコーティングするためのプロセスであって、
-請求項1?3のいずれか一項に記載のプロセスに従って、水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物を生成する工程であって、前記エステル化セルロースエーテルが、式-C(O)-R-COOHの基を含み、式中、Rが、二価の炭化水素基である、生成する工程と、
-剤形を前記水性組成物と、またはエステル化セルロースエーテルが溶解された前記水性組成物の一部と接触させる工程と、を含む、プロセス。
【請求項6】
エステル化セルロースエーテル中の活性成分の固体分散体を調製するためのプロセスであって、
-請求項1?3のいずれか一項に記載のプロセスに従って、水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物を生成する工程であって、前記エステル化セルロースエーテルが、式-C(O)-R-COOHの基を含み、式中、Rが、二価の炭化水素基である、生成する工程と、
-活性成分を前記水性組成物に、またはエステル化セルロースエーテルが溶解された前記水性組成物の一部に溶解する工程と、
-エステル化セルロースエーテル及び活性成分が溶解された前記水性組成物または前記水性組成物の一部を乾燥させ、エステル化セルロースエーテル中の活性成分の前記固体分散体を生成する、工程と、を含む、プロセス。
【請求項7】
水性液体に溶解された少なくとも1重量パーセントのエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物であって、
i)前記エステル化セルロースエーテルが、0.45未満の中和度を有する式-C(O)-R-COOHの基を含み、式中、Rが、二価の炭化水素基であり、
ii)前記水性組成物が、10℃以下の温度を有する、水性組成物。
【請求項8】
前記エステル化セルロースエーテルの総エステル置換度が、最大で1.0である、請求項7に記載の水性組成物。
【請求項9】
前記エステル化セルロースエーテルが、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネートであり、前記基-C(O)-CH_(2)-CH_(2)-COOHの中和度が、0.1以下である、請求項7または8のいずれか一項に記載の水性組成物。

本件発明6と甲5発明8を対比すると、両者は、
「水性液体に溶解した式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含むエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物」である点で一致し、「基-C(O)-R-COOHの中和度」の範囲及び「総エステル置換度」の範囲が重複するものの、
本件発明6では、エステル化セルロースエーテルが、脂肪族一価アシル基を含むものであること、脂肪族一価アシル基の置換度の範囲、及びエステル化セルロースエーテルがヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)であること、が発明特定事項とされる一方、
甲5発明8では、それらが発明特定事項とされず、水性組成物が10℃以下の温度を有することが発明特定事項とされる点で相違する。
両者は、上記発明特定事項の相違により、技術思想としての発明が同一であるとはいえないことが明らかである。
したがって、本件発明6と甲5発明8とは同一でない。

本件発明7と甲5発明9を対比すると、両者は、
「水性液体に溶解した式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)であるエステル化セルロースエーテルを含む液体組成物」である点で一致し、「基-C(O)-R-COOHの中和度」の範囲及び「総エステル置換度」の範囲が重複するものの、
本件発明7では、エステル化セルロースエーテルが、脂肪族一価アシル基を含むものであること、脂肪族一価アシル基の置換度の範囲、及び有機希釈剤を含むこと、が発明特定事項とされる一方、
甲5発明9では、それらが発明特定事項とされず、水性組成物が10℃以下の温度を有することが発明特定事項とされる点で相違する。
両者は、上記発明特定事項の相違により、技術思想としての発明が同一であるとはいえないことが明らかである。
したがって、本件発明7と甲5発明9とは同一でない。

以上より、特許異議申立人の上記主張は受け入れられない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪族一価アシル基及び式-C(O)-R-COOH(Rは二価の炭化水素基である)の基を含む、エステル化セルロースエーテルであって、
i)基-C(O)-R-COOHの中和度が最大で10^(-3)であり、
ii)総エステル置換度が0.03?0.27であり、脂肪族一価アシル基の置換度が0.03?0.20であり、
iii)前記エステル化セルロースエーテルが、20℃で少なくとも2.0重量パーセントの、水への溶解性を有し、
前記エステル化セルロースエーテルはヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートスクシネート(HPMCAS)である、エステル化セルロースエーテル。
【請求項2】
前記総エステル置換度が0.11?0.27である、請求項1に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項3】
0.04?0.19の脂肪族一価アシル基の置換度及び0.01?0.15の式-C(O)-R-COOHの基の置換度を有する、請求項1または請求項2に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項4】
前記脂肪族一価アシル基がアセチル、プロピオニル、またはブチリル基であり、前記式-C(O)-R-COOHの前記基が-C(O)-CH_(2)-CH_(2)-COOHである、請求項1?3のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項5】
前記エステル化セルロースエーテルの少なくとも85重量%が、2℃で2.5重量部の前記エステル化セルロースエーテルと97.5重量部の水との混合物に可溶性である、請求項1?4のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテル。
【請求項6】
水性液体に溶解した請求項1?5のいずれか1項に記載のエステル化セルロースエーテルを含む水性組成物。
【請求項7】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルと、有機希釈剤とを含む、液体組成物。
【請求項8】
コーティングされた剤形であって、前記コーティングが、請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、コーティングされた剤形。
【請求項9】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテルを含む、ポリマーのカプセルシェル。
【請求項10】
請求項1?5のいずれか1項に記載の少なくとも1種のエステル化セルロースエーテル中の少なくとも1種の活性成分の固体分散体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-12-12 
出願番号 特願2017-548127(P2017-548127)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C08B)
P 1 651・ 851- YAA (C08B)
P 1 651・ 4- YAA (C08B)
P 1 651・ 121- YAA (C08B)
P 1 651・ 855- YAA (C08B)
P 1 651・ 537- YAA (C08B)
P 1 651・ 841- YAA (C08B)
P 1 651・ 854- YAA (C08B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 幸司  
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 村上 騎見高
齊藤 真由美
登録日 2018-07-20 
登録番号 特許第6371483号(P6371483)
権利者 ダウ グローバル テクノロジーズ エルエルシー
発明の名称 エステル化セルロースエーテルのゲル化  
代理人 胡田 尚則  
代理人 胡田 尚則  
代理人 出野 知  
代理人 出野 知  
代理人 小林 直樹  
代理人 三橋 真二  
代理人 青木 篤  
代理人 松井 光夫  
代理人 河村 英文  
代理人 三橋 真二  
代理人 蛯谷 厚志  
代理人 小林 直樹  
代理人 青木 篤  
代理人 蛯谷 厚志  

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