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審決分類 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08B
審判 一部申し立て 2項進歩性  C08B
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08B
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C08B
管理番号 1359605
異議申立番号 異議2019-700594  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-07-29 
確定日 2020-02-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6462051号発明「化学修飾セルロース繊維およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6462051号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6462051号の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成29年6月29日に特許出願され、平成31年1月11日に特許権の設定登録がされ、平成31年1月30日にその特許公報が発行され、令和1年7月29日に、その請求項1に係る発明の特許に対し、株式会社アイピージェイ(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。その後の手続の経緯は以下のとおりである。
令和 1年 9月30日付け 取消理由通知
同年11月27日 意見書(特許権者)

第2 本件発明
特許第6462051号の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」といいう。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
セルロースI型結晶構造を有し、セルロースの水酸基の一部が、下記構造式(1):
【化1】

(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)
で表される置換基によって置換された化学修飾セルロース繊維であって、置換基の導入量が化学修飾セルロース繊維1gあたり0.1?3.0mmolであり、平均重合度が350以上であり、平均繊維幅が3nm?5μmであり、平均繊維長が0.1?500μmである、化学修飾セルロース繊維。」

第3 取消理由通知書に記載した取消理由について

I 取消理由の概要
本件発明1に対して、令和1年9月30日付けで当審が特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

理由1:(実施可能要件)本件特許の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明が、下記に示すとおり、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。(以下、「取消理由1」という。)

(1)本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」について、「平均繊維幅が3nm?5μm」のうち、平均繊維幅が3?4nm程度のものをどのように製造すれば良いのか分からず、またそのような製造方法が自明であるとも認められないから、本件発明1の、平均繊維幅が3?4nm程度を含む「平均繊維幅が3nm?5μm」の化学修飾セルロース繊維を製造するには、当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を強いるものであり、当業者がその実施をすることができるものとはいえない。

(2)本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」において、微細化処理後の化学修飾セルロース繊維で「平均重合度が350以上」のものをどのように製造すれば良いのか分からず、またそのような製造方法が自明であるとも認められないから、本件発明1の「平均重合度が350以上」の化学修飾セルロース繊維を製造するには、当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を強いるものであり、当業者がその実施をすることができるものとはいえない。

理由2:(サポート要件)本件特許の請求項1に係る発明は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。(以下、「取消理由2」という。)

本件発明1の解決しようとする課題は、本件発明1の硫酸エステル化セルロース繊維を提供することであると認められるが、上記理由1で述べたように、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1の実施をすることができるものとはいえない以上、本件発明1が前記課題を解決できるとはいえない。

II 当審の判断

1 取消理由1について

(1)本件発明1に関する特許法第36条第4項第1号の判断の前提
明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者に通常期待する程度を超える過度の試行錯誤なく、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基いて、その物を生産でき、かつ、使用できるように記載されていることが必要と解される。

(2)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、請求項の内容の実質的な繰り返し記載の他、以下の記載がある。

ア 背景技術に関する記載
「【背景技術】
【0002】
セルロース繊維は、食品、化粧品、機能紙、樹脂補強材等の工業原料として用いられる。また、セルロース繊維の表面を化学修飾した化学修飾セルロース繊維は水中への分散が容易となるため、工業原料としての適用範囲が広がり有望視されている。
【0003】
セルロースを化学修飾したものとして硫酸化セルロースがあり、例えば無水硫酸を硫酸化試薬として用いてセルロースを硫酸エステル化した粒子状の硫酸化セルロースがある(たとえば、特許文献1)。また、硫酸水溶液を硫酸化試薬として用いて重合度が60以下のセルロースII型結晶構造を有する硫酸化セルロースを製造する技術がある(たとえば、特許文献2)。
【0004】
しかしながら、特許文献1では、硫酸化セルロースは粒子形状を保っているものの、酸性度の高い無水硫酸を用いているために、重合度の低下が懸念される。また、特許文献2では、高濃度の硫酸水溶液を用いているために、セルロース分子に溶解しセルロースII型結晶構造に変態しているだけでなく、重合度も60程度と小さく、そのため、十分な増粘性や補強性が得られない。
【0005】
それゆえ、セルロースI型結晶構造を有し、繊維長を保持した硫酸エステル化セルロース繊維はこれまで存在していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-92034号公報
【特許文献2】特表2012-526156号公報」

イ 発明が解決しようとする課題及び発明の効果に関する記載
「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の実施形態は、硫酸エステル化セルロース繊維を提供することを目的とする。
・・・・・
【発明の効果】
【0010】
本実施形態によれば、セルロースI型結晶構造を有し繊維長を保持した硫酸エステル化セルロース繊維を提供することができる。」

ウ セルロース微細繊維含有物の実施の態様に関する記載
「【0014】
(セルロースI型結晶)
化学修飾セルロース繊維は、セルロースI型結晶構造を有するものであり、その結晶化度が50%以上であることが好ましい。結晶化度が50%以上であることにより、セルロース結晶構造に由来する特性を発現することができ、増粘性や機械的強度を向上させることができる。結晶化度は、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは65%以上であり、70%以上でもよい。結晶化度の上限は特に限定されないが、硫酸エステル化反応の反応効率を向上させる観点から、98%以下が好ましく、より好ましくは95%以下であり、更に好ましくは90%以下であり、85%以下でもよい。
【0015】
本明細書において、セルロースの結晶化度は、X線回折法による回折強度値からSegal法により算出したセルロースI型結晶化度であり、下記式により定義される。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I_(22.6)-I_(18.5))/I_(22.6)〕×100
式中、I_(22.6)は、X線回折における格子面(002面)(回折角2θ=22.6°)の回折強度、I_(18.5)は、アモルファス部(回折角2θ=18.5°)の回折強度を示す。なお、セルロースI型とは天然セルロースの結晶形のことであり、セルロースI型結晶化度とは、セルロース全体のうち結晶領域量の占める割合のことを意味する。
【0016】
(置換基)
上記の式(1)で表される置換基は硫酸基であり、下記式で表されるように、波線部分をセルロース分子として、セルロース中の水酸基の酸素原子に対して水素原子の代わりに-SO3-Mが結合した構造を持ち、セルロース繊維に硫酸基が導入されている。
・・・・・
【0017】
式(1)中のMで表される1?3価の陽イオンとしては、水素イオン、金属イオン、アンモニウムイオンが挙げられる。なお、2価又は3価の陽イオンの場合、当該陽イオンは、2つ又は3つの-OSO3-との間でイオン結合を形成する。
【0018】
金属イオンとしては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、遷移金属イオン、その他の金属イオンが挙げられる。ここで、アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが挙げられる。アルカリ土類金属としては、カルシウム、ストロンチウムが挙げられる。遷移金属としては、鉄、ニッケル、パラジウム、銅、銀が挙げられる。その他の金属としては、ベリリウム、マグネシウム、亜鉛、アルミニウムなどが挙げられる。
【0019】
アンモニウムイオンとしては、NH_(4)^(+)だけでなく、NH_(4)^(+)の1つ以上の水素原子が有機基に置き換わってできる各種アミン由来のアンモニウムイオンが挙げられ、例えば、NH_(4)^(+)、第四級アンモニウムカチオン、アルカノールアミンイオン、ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0020】
Mで表される陽イオンとしては、保存安定性の観点から、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、又は第四級アンモニウムカチオンが好ましい。以上列挙した陽イオンは、いずれか1種でもよいが、2種以上を組み合わせてもよい。
【0021】
(置換基の導入量)
化学修飾セルロース繊維において、化学修飾セルロース繊維1gあたりにおける前記式(1)で表される置換基の導入量は、0.1?3.0mmolであることが好ましい。導入量が3.0mmol/g以下であることにより、セルロース結晶構造の保持効果を高めることができる。導入量はより好ましくは2.8mmol/g以下であり、さらに好ましくは2.5mmol/g以下である。また、セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維の表面全体を置換基で覆うという観点から、0.1mmol以上/gであることが好ましく、より好ましくは0.15mmol/g以上、さらに好ましくは0.2mmol/g以上である。
【0022】
本明細書において、置換基の導入量は、電位差測定により算出される値であり、例えば、洗浄により原料として用いた変性化剤や、それらの加水分解物等の副生成物を除去した後、電位差測定の分析を行って算出することができる。具体的には後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0023】
(平均重合度)
化学修飾セルロース繊維の平均重合度(即ち、グルコースユニットの繰り返し数)は、350以上であることが好ましい。平均重合度が350以上であることにより、増粘性を向上することができる。平均重合度は、より好ましくは380以上であり、更に好ましくは400以上である。平均重合度の上限は、特に限定されず、例えば5000以下でもよく、4000以下でもよく、3000以下でもよく、2000以下でもよい。
【0024】
本明細書において、平均重合度は、粘度法により測定される値であり、具体的には後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0025】
(平均繊維幅、平均繊維長)
本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維としては、解繊処理(微細化処理)がなされていないマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態1)と、解繊処理されたナノオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態2)が例示される。
【0026】
形態1の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅は、パルプ形態(即ち、セルロース原料としてのセルロース繊維形状)を保持するという観点から、5μmよりも大きいことが好ましく、より好ましくは8μm以上、さらに好ましくは10μm以上である。平均繊維幅の上限は特に限定されないが、セルロース原料の形態を考慮して、100μm以下であることが好ましく、より好ましくは80μm以下、さらに好ましくは60μm以下である。
【0027】
形態1の化学修飾セルロース繊維の平均繊維長は、増粘性や機械的強度を高める観点から、0.5mm以上であることが好ましく、より好ましくは0.8mm以上、さらに好ましくは1.0mm以上である。また上限は特に限定されないが、セルロース原料の形態を考慮して、50mm以下であることが好ましく、より好ましくは30mm以下、さらに好ましくは10mm以下である。
【0028】
なお、形態1の化学修飾セルロース繊維は、前記式(1)記載の置換基が親水性であるため、一部がフィブリル化していてもよい。
【0029】
形態2の化学修飾セルロース繊維は、解繊処理された微細な化学修飾セルロース繊維であるため、化学修飾解繊セルロース繊維ないしは化学修飾セルロース微細繊維と称することができる。形態2の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅は、セルロースI型結晶構造を保持した微細な化学修飾セルロース繊維を製造する観点から、平均繊維幅が3nm以上であることが好ましく、より好ましくは5nm以上、さらに好ましくは8nm以上であり、10nm以上でもよく、30nm以上でもよい。また、化学修飾セルロース繊維を製造する段階でパルプの他構成要素(有縁壁孔、導管要素など)を除去し純粋な化学修飾セルロース繊維を得るという観点から、平均繊維幅は5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1μm以下、さらに好ましくは0.5μm以下、より一層好ましくは0.1μm以下である。
【0030】
形態2の化学修飾セルロース繊維の平均繊維長は、増粘性や機械的強度を高める観点から、0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは10μm以上である。また上限は特に限定されないが、500μm以下であることが好ましく、300μm以下でもよく、200μm以下でもよい。
【0031】
なお、本明細書において、化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長は、顕微鏡観察により50本の繊維について測定される繊維幅及び繊維長の各平均値であり、具体的には後述の実施例に記載の方法により測定される。
【0032】
[化学修飾セルロース繊維の製造方法]
一実施形態に係る化学修飾セルロース繊維の製造方法は、セルロース繊維とスルファミン酸を反応させて化学修飾セルロース繊維を製造する方法であり、セルロース繊維形状を保ったままセルロース繊維をスルファミン酸で処理することにより、スルファミン酸と当該セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維を反応させ、これによりセルロース微細繊維を硫酸エステル化する工程(化学修飾工程)を含む。
【0033】
この化学修飾工程により、上記形態1に係るマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維が得られる。また、化学修飾工程により得られた化学修飾セルロース繊維(形態1)に対し、機械的に解繊する工程(微細化工程)を行ってもよい。形態1の化学修飾セルロース繊維を機械的に解繊することにより、上記形態2に係るナノオーダーの化学修飾セルロース繊維を得ることができる。
・・・・・
【0051】
(化学修飾セルロース繊維)
以上の工程により上記形態1に係るマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維が得られる。得られる化学修飾セルロース繊維においては、セルロース中の水酸基の一部が式(1)で表される硫酸基により置換されることで硫酸エステル化されている。すなわち、この段階で得られる化学修飾セルロース繊維において、セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維は式(1)の硫酸基により硫酸エステル化されており、かかる硫酸エステル化されたセルロース微細繊維により化学修飾セルロース繊維が構成されている。硫酸基は、セルロース繊維を構成するセルロース微細繊維の表面に導入されており、セルロース繊維の表面に存在するセルロース微細繊維だけでなく、セルロース繊維の内部に存在するセルロース微細繊維についても、それらセルロース微細繊維の表面に硫酸基が導入されていることが好ましい。
【0052】
該化学修飾セルロース繊維は、有機溶媒へ分散させることができ、有機溶媒中に化学修飾セルロース繊維が分散した化学修飾セルロース繊維分散体を得ることができる。攪拌装置は、特に限定されないが、スターラー、ブレンダー、ホモミキサーなどが挙げられる。化学修飾セルロース繊維分散体の濃度(スラリー濃度)は、攪拌可能であれば特に限定されないが、0.01?5質量%が好ましい。
【0053】
(微細化工程)
上記形態1の化学修飾セルロース繊維は、機械的解繊による微細化処理を行うことで、上記形態2に係るナノオーダーの化学修飾セルロース繊維を得ることができる。化学修飾セルロース繊維の微細化処理を行う装置としては、例えば、リファイナー、二軸混錬機(二軸押出機)、高圧ホモジナイザー、媒体撹拌ミル(例えば、ロッキングミル、ボールミル、ビーズミルなど)、石臼、グラインダー、振動ミル、サンドグラインダー等が挙げられる。なお、本微細化工程を行わずに製品化してもよい。
【0054】
[作用効果・用途]
本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維は、セルロース表面が硫酸エステル化されていることから、増粘剤や吸水性材料として利用することができ、例えば、食品、化粧品、機能紙、樹脂補強材等の工業原料の他、様々な用途に用いることができる。また、重合度が高く、セルロースI型結晶構造を有し繊維長を保持した化学修飾セルロース繊維であるため、高い増粘性を有している。特に、形態2に係る解繊後の化学修飾セルロース繊維であると、この効果に優れる。
【0055】
本実施形態によれば、また、硫酸エステル化セルロース繊維を、環境適合性を有し効率的かつ高い生産性で製造することができるので、工業的に有利である。詳細には、セルロース繊維とスルファミン酸と反応させることにより、環境負荷を抑えながら安価に化学修飾セルロース繊維を得ることができる。
【0056】
また、上記化学修飾工程であると、繊維形状を保持したまま化学修飾セルロース繊維を得ることができるため、効率的かつ高い生産性で化学修飾セルロース繊維を製造することができる。また、得られた化学修飾セルロース繊維は、水中に容易に分散させることができ、また解繊処理により容易に微細化することができるため、ユーザーで解繊処理を行うことも可能である。そのため、微細化処理前の化学修飾セルロース繊維の段階で製品化してユーザーに供給してもよく、例えば該化学修飾セルロース繊維をシート状でユーザーに供給することにより、流通コストを抑えることもできる。」

エ 実施例に関する記載
「【実施例】
・・・・・
【0058】
(1)セルロースI型結晶化度
セルロース原料および化学修飾セルロース繊維のX線回折強度をX線回折法にて測定し、その測定結果からSegal法を用いて下記式により算出した。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I_(22.6)-I_(18.5))/I_(22.6)〕×100
式中、I_(22.6)は、X線回折における格子面(002面)(回折角2θ=22.6°)の回折強度、I_(18.5)は、アモルファス部(回折角2θ=18.5°)の回折強度を示す。また、サンプルのX線回折強度の測定を、株式会社リガク製の「RINT2200」を用いて以下の条件にて実施した:
X線源:Cu/Kα-radiation
管電圧:40Kv
管電流:30mA
測定範囲:回折角2θ=5?35°
X線のスキャンスピード:10°/min
【0059】
(2)化学修飾セルロース繊維の同定
化学修飾セルロース繊維において導入基(置換基)の同定は、フーリエ赤外分光光度計(FT-IR、ATR法)で行った。
【0060】
(3)化学修飾セルロース繊維の置換基の導入量の測定
置換基(硫酸基)の導入量は電位差測定により算出した。詳細には、乾燥重量を精秤した化学修飾セルロース繊維試料から固形分率0.5質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体を60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約1.5とした後、ろ過、水洗浄し、繊維を再び60mLの水に再分散させ、0.1Mの水酸化カリウム水溶液を滴下してpHを約11にした。このスラリーに対して0.1Mの塩酸水溶液を滴下して電位差滴定を行った。終点までに滴下した0.1Mの塩酸水溶液の滴下量から化学修飾セルロース繊維の硫酸基導入量を算出した。
【0061】
(4)化学修飾セルロース繊維の平均重合度の測定(粘度法)
化学修飾セルロース繊維の平均重合度は粘度法により算出した。JIS-P8215に準じて極限粘度数[η]を測定し、下記式より平均重合度(DP)を求めた。
DP=(1/Km)×[η]
(Kmは係数でセルロース固有の値。1/Km=156)
【0062】
(5)化学修飾セルロース繊維の繊維形状評価
解繊前の化学修飾セルロース繊維において、化学修飾セルロース繊維の形状評価は、光学顕微鏡観察で行い、下記の基準で評価した。
◎:繊維形状を保持している。
○:繊維形状を保持しており、所々フィブリル化している。
△:繊維形状を保持しているが、所々繊維が切断している。
×:繊維形状が保持されず、繊維が溶解または短繊維化している。
【0063】
(6)化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅、平均繊維長の測定
化学修飾後(即ち、解繊前)の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長の測定は、光学顕微鏡観察で行い、倍率100?400倍で観察した繊維50本の繊維幅、繊維長の各平均値を算出し、平均繊維幅および平均繊維長とした。
【0064】
一方、微細化工程後(即ち、解繊後)の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長の測定は、走査型電子顕微鏡(SEM)で行った。湿潤した化学修飾セルロース繊維をろ過し脱溶媒することで、微細繊維シートを得て、液体窒素中で凍結乾燥しSEM観察を行った。倍率100?10000倍で観察した繊維50本の繊維幅、繊維長の各平均値を算出し、平均繊維幅、平均繊維長とした。
【0065】
(7)水分散性評価
解繊前後の化学修飾セルロース繊維のそれぞれについて、固形分率0.2質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体を一晩静置した後、繊維状態を目視で観察し、下記の基準で評価した。
○:繊維が水中で分散している。
△:繊維が水中で膨潤している。
×:繊維が水中で凝集している。
【0066】
(8)粘度測定
固形分率0.5質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体の粘度を、B型粘度計を用いて回転数6.0rpm、25℃、3分の条件で測定した。
【0067】
[実施例1]
(化学修飾工程)
セパラブルフラスコにスルファミン酸3.0g、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)50gを投入し、10分間攪拌を行った。その後、室温下、セルロース原料として綿状の針葉樹クラフトパルプ(NBKP、セルロースI型結晶化度:85%)1.0gを投入した。ここで、硫酸化試薬であるスルファミン酸の使用量は、セルロース分子中のアンヒドログルコース単位1モル当たり5.2モルとした。50℃で3時間反応させた後、室温まで冷却した。次に化学修飾セルロース繊維を取り出し、中和剤として2N水酸化ナトリウム水溶液に投入してpHを7.6にし、反応を停止した。得られた化学修飾セルロース繊維を水で2?3回洗浄した後、遠心分離することで化学修飾セルロース繊維を得た(固形量:1.24g、固形分濃度:6.4質量%)。
【0068】
(微細化工程)
上記で得られた化学修飾セルロース繊維を固形分濃度5.0質量%になるよう希釈した。得られた化学修飾セルロース繊維水分散液を、ジルコニア製ビーズ(直径20mm:30個、直径10mm:100個)を充填したジルコニア製容器(容量:1L、直径:10cm)に入れ、室温下で60rpmにて回転(自転)、2時間ボールミル処理を行った。その後、固形分濃度0.5質量%になるように水で希釈し、マイクロフルイダイザーによる処理(150MPa、1パス)を行うことで、化学修飾セルロース微細繊維の水分散体を得た(固形量:1.12g、固形分率0.5質量%)。
【0069】
[実施例2]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を0.7gとし、DMFの投入量を14gとし、反応条件を25℃、24時間とし、かつ、中和剤を使用せず、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0070】
[実施例3]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を3.8gとし、反応条件を50℃、3時間とし、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0071】
[実施例4]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を3.8gとし、反応条件を50℃、5時間とし、微細化工程を実施例1と同条件のマイクロフルイタイザー処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0072】
[実施例5]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を1.1gとし、触媒として尿素1.1gを添加し、DMFの投入量を14gとし、中和剤としてモノエタノールアミンを用い、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0073】
[実施例6]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を0.35gとし、DMFの投入量を14gとし、触媒としてピリジン1.5gを添加し、中和剤としてピリジンを用い(陽イオンはピリジニウムイオンとなる)、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0074】
[比較例1]
実施例1において、化学修飾工程でスルファミン酸の代わりに三酸化硫黄1.5gを用い、DMFの投入量を20gとし、反応条件を40℃、5時間とし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0075】
[比較例2]
実施例1において、化学修飾工程での反応条件を60℃、5時間とし、その他は実施例1と同様にして、反応、中和処理を行った。得られた化学修飾セルロース繊維は水に溶解するものであったため、微細化処理は行わなかった。
【0076】
[比較例3]
セルロース原料として綿状の針葉樹クラフトパルプ(NBKP、セルロースI型結晶化度:85%)1.0gを水に分散させ、固形分濃度5.0質量%になるよう希釈した。得られたセルロース繊維水分散液に対して実施例1と同条件のボールミル処理を行った。その後、水洗浄を行い、遠心分離することで、セルロース繊維の水分散体を得た。
【0077】
上記実施例及び比較例について、化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維につき、導入基の同定、導入量、平均重合度及び結晶化度の算出、繊維形状の評価、平均繊維幅および平均繊維長の測定、及び水分散性の評価を行った。また、微細化工程後の繊維について、平均繊維幅及び平均繊維長の測定、水分散性の評価、及び粘度の測定を行った。結果を表1,2に示す。
【0078】
また実施例1で得られた化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維、比較例1で得られた化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維、比較例3で得られた微細化工程後のセルロース繊維の光学顕微鏡写真をそれぞれ図1(倍率:100倍)、図2(倍率:100倍)、図3(倍率:100倍)に示す。
【0079】【表1】

【0080】【表2】

【0081】
表中の成分の詳細は以下の通りである。
・NBKP:針葉樹クラフトパルプ
・DMF:ジメチルホルムアミド
・NaOH:水酸化ナトリウム
・MEA:モノエタノールアミン
【0082】
結果は表1,2、図1?3に示す通りである。比較例1では、強酸性の三酸化硫黄により平均重合度が低下し、セルロース繊維の短繊維化が生じた。また、微細化処理後の粘度が低すぎて測定できなかった。比較例2では、硫酸基の導入量が多すぎて結晶化度が低下した。比較例3では、硫酸化試薬を使用していないため、セルロース繊維は化学修飾されておらず、微細化処理による解繊が不十分であった。
【0083】
これに対し、実施例1?6では、短時間の反応でありながら、セルロース微細繊維表面に硫酸基を導入することができ、また、セルロースI型結晶構造を有し、高い結晶化度と平均重合度を維持し、かつセルロース繊維形状および繊維長を保持したまま、硫酸基が導入されていた。また、三酸化硫黄などの環境毒性のある硫酸化試薬を使わなくても、環境適合性のある試薬で安価かつ簡便に硫酸エステル化することが可能であった。また、解繊せずに化学修飾するため、ろ液性が高く、洗浄及び脱溶媒処理の作業性に優れていた。従って、効率的かつ高い生産性で化学修飾セルロース繊維を得ることができた。また、得られた化学修飾セルロース繊維は水への分散性に優れており、また微細化処理により容易に化学修飾セルロース微細繊維に解繊されており、また、得られた微細繊維分散液は粘度が高く、増粘性に優れていた。」

(3)判断

ア 平均繊維幅が3?4nm程度の化学修飾セルロース繊維について

(ア)本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」の具体例として、発明の詳細な説明の実施例1?6には、微細化処理後に得られる化学修飾セルロース繊維について平均繊維幅が52?3050nmのものが記載されており、平均繊維幅が3?4nm程度の化学修飾セルロース繊維については、実際に取得したことは記載されていない。

(イ)しかしながら、発明の詳細な説明には、化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅に関し、実施の態様として、以下の記載がなされている。
「【0025】(平均繊維幅、平均繊維長)本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維としては、解繊処理(微細化処理)がなされていないマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態1)と、解繊処理されたナノオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態2)が例示される」(当審注:下線は当審が付与。以下同様。)、「【0029】・・・形態2の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅は・・・平均繊維幅が3nm以上・・」及び「【0053】(微細化工程)上記形態1の化学修飾セルロース繊維は、機械的解繊による微細化処理を行うことで、上記形態2に係るナノオーダーの化学修飾セルロース繊維を得ることができる。化学修飾セルロース繊維の微細化処理を行う装置としては、例えば、リファイナー、二軸混錬機(二軸押出機)、高圧ホモジナイザー、媒体撹拌ミル(例えば、ロッキングミル、ボールミル、ビーズミルなど)、石臼、グラインダー、振動ミル、サンドグラインダー等が挙げられる・・」、「【0056】・・得られた化学修飾セルロース繊維は、水中に容易に分散させることができ、また解繊処理により容易に微細化することができる・・」。
これらの記載より、微細化処理された平均繊維幅が3nm以上のナノオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態2)は、微細化処理されていないマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態1)を機械的解繊による微細化処理を行うことにより得られるものであることが分かる。

(ウ)本件出願前に頒布された刊行物である、令和1年11月27日付け意見書に添付された乙第1号証[Nanoscale, vol.3, (2011), p.71-85(以下「乙1」という。)]には、「一般に、多数のフィブリル間水素結合の部分開裂による木材や他の植物セルロースの高いエネルギー消費が避けられず、木材セルロース繊維を幅3?4nmのフィブリル要素(図1)に完全に解繊することは損傷なしでは未だ達成されていなかった」(72頁右欄11?16行)、および、「これに対し、カルボン酸塩含有量が1.5mmol/gのTEMPO酸化セルロースは、ほぼ均一な幅3?4nmの個々のナノファイバーにほとんど変換された。・・・・TOCN表面に高密度で存在する大量のアニオン荷電カルボン酸ナトリウム塩基は、水中での静電反発及び/又は浸透効果により、十分に個別化された長いセルロースナノファイバーの形成を引き起こす可能性がある」(78頁右欄4?13行)と記載されており、セルロースにアニオン性基を導入することにより、静電反発及び/又は浸透効果が生じ、フィブリル間の水素結合が開裂し易くなり、幅3?4nmの個々のナノファイバーに解繊できることが理解される。
本件発明1は、セルロースの水酸基の一部に、請求項1に記載の構造式(1)(化学構造式省略)で表される置換基である硫酸基が導入されているものであるから、上記理解に基づけば、アニオン性基である硫酸基が導入されていることにより、静電反発及び/又は浸透効果が生じ、フィブリル間の水素結合が開裂し易くなり、幅3?4nmの個々のナノファイバーに解繊し得ると、理解できるといえる。

(エ)そして、令和1年11月27日付け意見書7?8頁には、本件明細書の実施例4(【0071】)において、微細化工程におけるマイクロフルイダイザー処理条件を「150MPa、1パス」から「150MPa、4パス」と、処理回数を増加させるだけで、微細処理後の化学修飾セルロース繊維の
平均繊維幅を3.6nmまで微細化できていることが、特許権者の行った実験により具体的に示されている。

(オ)そうすると、当業者は、本件明細書の実施例1?6で実施された方法(【0057】?【0084】)及びその結果を示す【表1】(【0079】)を参考にしながら、微細化処理された平均繊維幅が3nm以上のナノオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態2)の調製方法の実施の態様の記載(【0053】)?【0056】)に基づき、機械的解繊による微細化処理条件を適宜調整することにより、平均繊維幅が3?4nm程度の化学修飾セルロース繊維を、当業者に通常期待し得る程度を超える過度の試行錯誤なく製造できかつ使用できるといえる。

したがって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。

イ 「平均重合度が350以上」について

(ア)本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」の具体例として、発明の詳細な説明の実施例1?6(【0057】?【0084】)には、微細化処理前の化学修飾セルロース繊維(平均繊維幅12?45μm)については、平均重合度が510?1100のものが記載されているが、微細化処理後の化学修飾セルロース繊維(平均繊維幅52?3050nm)については、平均重合度は何ら記載されていない[【表1】(【0079】)]。

(イ)しかしながら、実施例1?6の微細化処理条件を検討すると、該微細化処理条件は次のとおりである。

実施例1、2:ボールミル処理(ジルコニア製ビーズ、室温下、60rpm、2時間)→(その後)マイクロフルイダイザーによる処理(150MPa、1パス)。
実施例3、5、6:ボールミル処理(ジルコニア製ビーズ、室温下、60rpm、2時間)のみ。
実施例4:マイクロフルイダイザーによる処理(150MPa、1パス)のみ。

a ボールミル処理について、比較例3(【0076】)には「実施例1と同条件のボールミル処理を行った」と記載され、その結果を示す【表2】(【0080】)をみると、微細化処理前の「平均繊維長[mm]」「3.6」であり、微細化処理後の「平均繊維長[μm]」「3600」(すなわち3.6mm)と記載されており、微細化処理の前後で平均繊維長に変化がないことが示されている。それ故、機械化処理の後に平均繊維長に変化がなければ、平均重合度にも変化がないといえるから、このボールミル処理条件は、セルロース分子鎖を切断するほどの激しい条件ではないことが理解される。

b マイクロフルイダイザーによる処理について、令和1年11月27日付け意見書に添付された乙第2号証[Carbohydrate Polymers, vol.79, (2010), p.1086-1093(以下「乙2」という。)]には、「2.2.2 機械的高せん断崩壊及び均質化・・Microfluidizer High-Shear Processorの相互作用チャンバーで生成される高せん断応力により、CFB(セルロースフィブリル束)の水性懸濁液からナノフィブリル化セルロースを分離する、高圧下での機械的処理のみからなる・・」(1087頁右欄11?17行)、1088頁右欄表3に「種々のセルロース原料のCFB水性懸濁液からのナノフィブリル化セルロースの機械的せん断分離の処理パラメーター」として、「1500barでのパス数」「4、6、7」であること、及び、1091頁右欄表4に「すべてのセルロース材料の・・重合度」として、1500bar(すなわち150MPa)でのパス数4の結果として、「ブナ木材パルプ(BWP1)・・重合度(DP)1088」及び「BWP1フィブリル化・・重合度(DP)930」と記載されている。
乙2の上記記載より、マイクロフルイダイザー処理(150MPaパス数4)によるセルロース材料の重合度の変化は、1088から930であり、重合度の低下が小さいといえる。
そうすると、実施例1、2、4のマイクロフルイダイザーによる処理(150MPa、1パス)は、乙2の上記処理(150MPaパス数4)より処理条件がかなり緩和な条件であるから、マイクロフルイダイザー処理後の重合度の低下は、わずかであると理解される。

そして、令和1年11月27日付け意見書7?8頁には、本件明細書の実施例4(【0071】)において、微細化工程におけるマイクロフルイダイザー処理条件を「150MPa、1パス」から「150MPa、4パス」と処理回数を増加させた場合、微細化処理前の平均重合度430から、微細化処理後の平均重合度410となることが示されており、平均重合度の低下がわずかであることが、特許権者の行った実験例により具体的に示され確認されている。

(ウ)そうすると、当業者は、本件明細書の実施例1?6で実施された方法(【0057】?【0084】)及びその結果を示す【表1】(【0079】)を参考にしながら、微細化処理の実施の態様の記載(【0053】)?【0056】)に基づき、機械的解繊による微細化処理条件を適宜調整することにより、平均重合度が350以上の化学修飾セルロース繊維を、当業者に通常期待し得る程度を超える過度の試行錯誤なく製造できかつ使用できるといえる。

したがって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(4)まとめ
したがって、本件発明1に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

2 取消理由2について

(1)特許法第36条第6項第1号の解釈について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものとされている。
以下、この観点に立って、判断する。

(2)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明の記載は、前記1(2)に記載したとおりである。

(3)本件発明1の解決しようとする課題について
発明の詳細な説明の背景技術の記載(【0002】?【0006】)、発明が解決しようとする課題の記載(【0007】)及び実施例の記載(【0057】?【0084】)からみて、本件発明1の解決しようとする課題は、本件発明1の硫酸エステル化セルロース繊維を提供することであると認める。

(4)判断
上記1で述べたように、発明の詳細な説明の記載は、本件明細書の実施例1?6で実施された方法(【0057】?【0084】)及びその結果を示す【表1】(【0079】)を参考にしながら、微細化処理の実施の態様の記載(【0053】)?【0056】)に基づき、機械的解繊による微細化処理条件を適宜調整することにより、当業者は本件発明1を製造できることから、本件明細書の記載に接した当業者であれば、本件発明1の硫酸エステル化セルロース繊維を提供し得ると理解できるといえ、本件発明1の前記課題を解決し得ると認識できるといえる。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明である。

(5)まとめ
したがって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載したものであり、その特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものである。
よって、本件発明1に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

第4 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立の理由について

I 特許異議申立の理由の概要

理由1:本件発明1は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲第1、2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件発明1に係る特許は、同法第29条の規定に違反してなされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

甲第1号証:CarbohydratePolymers、Vol.92、(2013)、p.1809-1816 (以下「甲1」という。)
甲第2号証:Nanoscale、Vol.6、(2014)、p.5384-5393 (以下「甲2」という。)

理由2:本件発明1は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲第1又は2号証に記載された発明及び甲第3?5号証に記載の技術的事項に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1に係る特許は、同法第29条の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

甲第1号証:理由1で示したとおりである。
甲第2号証:理由1で示したとおりである。
甲第3号証:国際公開第2015/037658号(以下「甲3」という。)
甲第4号証:繊維學會誌、Vol.15、No.1 (1959)、p.16-20 (以下「甲4」という。)
甲第5号証:桜田一郎著、「繊維の化学」、三共出版株式会社発行、(昭和53年4月1日)、p.24-33 (以下「甲5」という。)

II 当審の判断

1 理由1(特許法第29条第1項第3号)及び理由2(同法同条第2項)について

(1)刊行物の記載について

ア 甲1(訳文で示す。)

甲1a「セルロースナノウィスカ硫酸エステル化レベルの定量化」(1809頁標題)

甲1b「要約
フーリエ変換赤外分光法、X線光電子分光法、燃焼ガス分析及びN_(2)吸着を使用して、セルロースナノウィスカ(CNWs)の脱硫酸化の程度を定量化した。綿セルロースを硫酸又は塩酸で加水分解してCNWsを製造した。・・・。H_(2)SO_(4)を用いた加水分解により、セルロース表面に硫酸基が導入された。・・・」(1809頁要約1?5行)

甲1c「2.2 CNWsの調製
Bondeson等(2006)によって記載された方法を少し変更した方法をH_(2)SO_(4)処理CNWsの調製に使用した。概して、綿セルロース55gを63.5%(w/w)硫酸(マリンクロットベーカー) 500mLで45℃の温度で90分間加水分解した。懸濁液を遠心分離(10分間、8000×g)し過剰な酸を取り除くため上清をDI水で置き換えた。遠心分離及び洗浄工程を溶液のpHが3に到達するまで繰り返した。上清のpHを0.1M水酸化カリウム(EMDケミカル社)を用いて7まで戻し、次いでその懸濁液をDI水で透析した。その後、CNWsを分散させるため、超音波工程(ブランソン モデル5510、ダンバリー、10分)を適用した。数日沈降させた後、その懸濁液は2層を形成した。上部の層を我々の研究に用いた。
・・・・・
3.結果
3.1 CNWsの形態
・・・・
懸濁液の最上部に近いCNWsは、長さ約200?300nm及び幅15?30nmの細粒子を含んでいた。HCl及びH_(2)SO_(4)両者の加水分解セルロースサンプルの外観は、SEMによる測定としてとても類似していた(図1b及びc)。懸濁液の中間部に、大きいサイズ及び小さいサイズの混合粒子が、H_(2)SO_(4)調製CNWsとHCl調製CNWsの両方で観察された(S-CNWs及びH-CNWs)(図1d)。大きい粒子の殆どは幅200?300nm及び長さ1?3μmであった。・・・」(1810頁左欄下から18?5行、1811頁左欄15、16、26?33行)

甲1d「

」(1811頁右欄上 表1)

甲1e「XRDの結果とFTIRデータにより、CF11及びCF11から生成されたCNWsはセルロースIβであることを確認した。」(1813頁右欄2?3行)

イ 甲2(訳文で示す。)

甲2a「勾配した硫酸化度を有するセルロースナノ結晶の表面化学、形態学的分析及び特性」(5384頁標題)

甲2b「セルロースナノ結晶(CNs)の調製のためのセルロース繊維の硫酸加水分解のプロセスは、調製されたCNs表面の硫酸基の共有結合を誘導する、酸とセルロース分子間のエステル化反応を含む。負に帯電した硫酸基は、CNsの表面化学と物理的特性の両方で重要な役割を果たす。この研究では、CNsの表面に硫酸基の勾配を導入する戦略を検討し、様々なCNsサンプルの表面の化学、形態、寸法及び物理的性質に対する硫酸化度の影響をさらに調査した。・・・」(5384頁要約1?7行)

甲2c「硫酸加水分解によるCNsの抽出
我々の以前のプロトコル^(23)に従って、天然の綿の硫酸加水分解によりセルロースナノ結晶(CNs)を調製した。綿繊維を実験室用粉砕装置で粉砕し、微粒子を取得した。酸加水分解を、機械的攪拌下(500 ml溶液に対し25.0g繊維)で、45℃、65重量%H_(2)SO_(4)(予じめ加熱したもの)で、60分間行った。懸濁液を角氷で希釈して反応を停止し、各ステップで10,000 rpm(毎分回転)10分間連続的に遠心分離し中性になるまで洗浄し、3日間蒸留水で透析した。徹底的な透析処理により、遊離酸分子を除去した。CNs懸濁液を、ブランソンソニファイアーを使用した超音波処理で5分サイクル3回分散した(過熱を防ぐため必要に応じて冷却)。最終的に、放出CN粉末を凍結乾燥により得た。」(5385頁右欄19?34行)

甲2d「

・・・・・

」 (5388頁表1、5389頁表2)

甲2e「すべてのサンプルで回折ピークの同様のパターンと強度保存により、硫酸化後及び脱硫酸化処理がナノクリスタルの固有の結晶構造を破壊又は変換しなかったことが示された。」(5391頁 20?24行)

ウ 甲3

甲3a「[請求項1] 繊維強化複合材料の強化繊維として用いるセルロースナノファイバーであって、
未修飾のセルロースからなり、
前記セルロースナノファイバーの平均重合度が100以上800以下、アスペクト比が150以上2000以下であることを特徴とする
セルロースナノファイバー。」(請求の範囲)

甲3b「[0040] [セルロースナノファイバーの製造方法]
図1に示すように、本発明のセルロースナノファイバーは、セルロース原料を酸処理及び/又は酵素処理、機械的せん断処理を各々少なくとも1回行い、平均重合度は100以上800以下、アスペクト比が150以上2000以下のものを製造する。
[0041] 溶解パルプであれば、セルロース濃度1.0重量%以上2.0重量%以下になるように分散させ、以下の処理条件で、酸又は酵素処理を行う。
[0042] 酸処理を行う場合には、1.0N以上4.0N以下の塩酸、又は5vol%以上20vol%以下の硫酸を用い、セルロース原料を、これらの酸中に浸漬させて、30℃以上90℃以下で5分間以上120分間以下処理する。また、酵素処理を行う場合には、エンドグルカナーゼを含む酵素製剤を0.01g/L以上1.0g/L以下の濃度で用い、セルロース原料を、酵素製剤中に浸漬させて、20℃以上40℃以下で30分以上24時間以下処理を行う。また、酵素処理の後に酸処理を行うことも可能である。
・・・・・
[0048] 機械的せん断は、ホモミキサー、超音波ホモジナイザー、ナノジナイザー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、ハンマー式微粉砕機、水流対向衝突分散機、水流対向衝突分散機、石臼式摩砕機、凍結摩砕機、ボールミル、ロールミル、カッターミル、遊星ミル、ジェットミル、ビーズミル、アトライター、グラインダー等、一般的にせん断処理に用いられる装置を使用することができる。
[0049] ここでは、石臼式摩砕機(増幸産業製、マスコロイダーMKCA6-2)で機械的せん断を行っているが、上記いずれの装置を用いてもよい。」

甲3c「[0054] 以下で示す実施例1?6のセルロースナノファイバーは、酸又は酵素処理、及び機械的せん断の程度を上述の範囲で調整して得られたものである。一方、比較例1、2のセルロースナノファイバーは、酸又は酵素処理、及び機械的せん断を上述の範囲で行わず、平均重合度の大きいもの(比較例1)、平均重合度の小さいもの(比較例2)を得ている。また、比較例4として、機械的せん断のみを行い繊維径の大きいセルロースナノファイバーを得ている。
・・・・・
[0064][表1]


甲3d


」(図1)

エ 甲4

甲4a「セルロース結晶領域の重合度分布について」(16頁標題)

甲4b「・・・Ranby^(14))は加水分解による結晶領域残渣の長さとして,電子顕微鏡観察により200?1000Å,重量平均として500Åと報告しているが,500Åは重合度100に相当し,硝化法による重合度に近く,銅安法による重合度が過大なのではないかと考えられる。」(17頁右欄5?10行)

甲4c「レーヨンパルプおよび木綿の結晶領域の平均重合度は硝化法が正しいとすれば100?150であるが,その最大値は300に達する。従って,加水分解残渣の長さとしては平均500?750Å,最長1500Åであると予想される。・・・・・・
以上の考察は,長さ200Å(重合度40)以下の結晶領域粒子があまり存在しないというRanbyの電子顕微鏡的観察をもととしているが,もし長さ200Å以下の結晶領域粒子が多量に存在するならば,重合度分布曲線における低重合度分子の存在はそれらの小さい結晶領域によって説明できる。酸加水分解残渣の一層精密な電子顕微鏡的観察が望まれる。」(17頁左欄19?23行、同頁右欄下から13?7行)

オ 甲5

甲5a「したがってセルロースの基本分子は,グルコースであるということになる。このような事実は,1800年第の初めから知られていたが,その後,基本分子が2個結合したセロビオース,さらに3,4,5個などが1列に結合した分解物が分離,確定され,このような有機化学的な研究に,加わって,セルロー分子は,数多くのグルコース基が,1列に長く意図状に連結した分子であることが明らかにされた。」(26頁4?9行)

甲5b「X線繊維図から,その結晶の幾何学的な単位,すなわち単位胞を計算することができる。その単位胞のうち最も重要なのは,繊維軸方向の長さであり,これは繊維周期と呼ばれているが,セルロース繊維の場合には繊維周期は10.3オングストローム(1オングストロームは10^(-8)cm)である。」(27頁14?17行)

甲5c「特に注目すべきことは,セロビオースの長さが10.3オングストロームであるということである。この値は,セルロースの繊維周期の値と正に一致する。したがってセルロース分子は,グルコース単位が,セロビオースのような結合様式で,1列に長くつながった分子であるということになり,有機化学的な推論と完全に一致する。」(28頁2?6行)

(2)甲1又は甲2に記載された発明

ア 甲1に記載された発明
甲1は、「セルロースナノウィスカ硫酸エステル化レベルの定量化」(甲1a)に関し記載するものであって、セルロースナノウィスカ(CNWs)の具体的サンプルとして、表1(甲1d)には、「サンプル」「S-CNWs」について、「起源」「CF11」、「処理」「硫酸」及び「硫酸含有量(重量%)」「0.35±0.01」が記載されている。
「S-CNWs」の物性について、該「起源」「CF11」という記載より、CF11から生産されたCNWs(甲1e)といえ、該「処理」「硫酸」という記載より、綿セルロースを硫酸で加水分解処理した(甲1b、甲1c)ものといえ、該「硫酸含有量(重量%)」が「0.35±0.01」であり、該「その懸濁液は2層を形成した。上部の層を我々の研究に用い」(甲1c)ていることから、「S-CNWs」の「長さ約200?300nm及び幅15?30nm」(甲1c)といえる。

そうすると、甲1には、
「CF11から生産され、綿セルロースを硫酸で加水分解処理した、硫酸含有量0.35±0.01重量%、長さ約200?300nm及び幅15?30nmである、セルロースナノウィスカS-CNWs」
の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

イ 甲2に記載された発明
甲2は、「勾配した硫酸化度を有するセルロースナノ結晶の表面化学、形態学的分析及び特性」(甲2a)に関し記載するものであって、勾配した硫酸化度を有するセルロースナノ結晶(CNs)の具体的サンプルの一つとして、表1及び2(甲2d)には、セルロースナノ結晶の「サンプル」「CN-1」として、「表面-OSO_(3)^(-)」「0.241mmolg^(-1)」、「長さ」「1595.5±67.4nm」及び「幅」「22.3±10.4nm」であるものが記載されている。
そして、甲2には、「すべてのサンプルで回折ピークの同様のパターンと強度保存により、硫酸化後及び脱硫酸化処理がナノクリスタルの固有の結晶構造を破壊又は変換しなかったことが示された」(甲2e)と記載されていることから、セルロースナノ結晶の「サンプル」「CN-1」は、セルロースナノ結晶本来の結晶構造を有するものといえる。

そうすると、甲2には、
「表面-OSO_(3)^(-)0.241mmolg^(-1)、長さ1595.5±67.4nm、幅22.3±10.4nmである、ナノクリスタルの固有の結晶構造を破壊又は変換していない、セルロースナノ結晶のサンプルCN-1。」
の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比・判断

ア 甲1を主引用文献とする場合

(ア)甲1発明との対比

a 甲1発明の「CF11から生産され」たCNWsは、「XRDの結果とFTIRデータにより・・セルロースIβである」(甲1e)ことから、セルロースI型結晶構造の一種を有しているものであるので、本件発明1の「セルロースI型結晶構造を有し」に相当する。

b 甲1発明の「綿セルロースを硫酸で加水分解処理した」ものについて、
甲1に「セルロース表面に硫酸基が導入された」(甲1b)と記載されていることから、セルロースの水酸基の一部が硫酸で加水分解され、「硫酸基」で置換されたものといえる。その「硫酸基」が、化学構造上、具体的にどのようなイオン状態で存在しているのか、また対応する陽イオンは何か、明らかでない。
そうすると、甲1発明の「綿セルロースを硫酸で加水分解処理した」ものと、本件発明1の「セルロースの水酸基の一部が、構造式(1):【化1】

(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)で表される置換基によって置換された」ものとは、セルロースの水酸基の一部が、置換基によって置換されたものである点で共通する。

c 甲1発明は「長さ約200?300nm及び幅15?30nm」であることから、甲1発明の「セルロースナノウィスカS-CNWs」は、実質的にセルロース繊維といえる。
そして、甲1発明は、幅は15?30nmの範囲内にあり、長さは約200?300nmの範囲内にあるもので、平均すると、少なくともそれらの範囲内、すなわち、平均幅は15?30nmの範囲内、平均長さは約200?300nmの範囲内、にそれぞれあるものと理解されるから、本件発明1の「平均繊維幅が3nm?5μmであり、平均繊維長が0.1?500μmである」に相当する。

d 甲1発明の「セルロースナノウィスカS-CNWs」は、前記bで述べたことを踏まえると、セルロースの水酸基の一部が「硫酸基」で置換されたものであり、化学修飾セルロース繊維といえるから、本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「セルロースI型結晶構造を有し、セルロースの水酸基の一部が、硫酸基によって置換された化学修飾セルロース繊維であって、平均繊維幅が3nm?5μmであり、平均繊維長が0.1?500μmである、化学修飾セルロース繊維」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点甲1-1:置換基が、本件発明1では、構造式(1):【化1】

(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)で表される置換基であるのに対し、甲1発明では、硫酸基である点

相違点甲1-2:本件発明1では、置換基の導入量が化学修飾セルロース繊維1gあたり0.1?3.0mmolであるのに対し、甲1発明では、硫酸含有量が0.35±0.01重量%である点

相違点甲1-3:本件発明1では、平均重合度が350以上であるのに対し、甲1発明では、平均重合度は明らかでない点

(イ)判断

a 相違点について
事案に鑑み、相違点甲1-3から検討する。

(a)新規性について
i 甲1には、甲1発明である「セルロースナノウィスカS-CNWs」の平均重合度については、記載も示唆もない。

ii 本件発明1の「D 平均重合度が350以上である」ことについて、特許異議申立人は、特許異議申立書30頁下から4行?31頁5行において、甲3に開示されているように、硫酸で処理されたセルロースに対し、超音波ホモジナイザー等の一般的にせん断処理に用いられる装置を用いて、機械的せん断を行うことにより「平均重合度が100以上800以下である」セルロースナノファイバーが得られることは公知であり、甲1発明でも硫酸で処理されたセルロースに、超音波による機械的せん断が行われているから、甲1発明の平均重合度も350以上である蓋然性が高い、と述べている。

甲3には、「繊維強化複合材料の強化繊維として用いるセルロースナノファイバーであって、未修飾のセルロースからなり、前記セルロースナノファイバーの平均重合度が100以上800以下、アスペクト比が150以上2000以下であることを特徴とするセルロースナノファイバー」(甲3a)が記載されている。
このセルロースナノファイバーは、「セルロース原料を酸処理及び/又は酵素処理、機械的せん断処理を各々少なくとも1回行い」(甲3b)その後「ろ過、洗浄」(甲3d)して製造されるもので、その酸処理(硫酸を用いる場合)は、「5vol%以上20vol%以下の硫酸を用い、セルロース原料を、これらの酸中に浸漬させて、30℃以上90℃以下で5分間以上120分間以下処理する」(甲3b)ものであり、機械的せん断処理は「石臼式摩砕機」(甲3b)で行うものである。これにより、平均重合度120?800のセルロースナノファイバー(甲3c実施例1?6)が得られたことが示されている。
他方、甲1発明の「セルロースナノウィスカS-CNWs」は、その製造方法が、「綿セルロース・・を63.5%(w/w)硫酸(・・)・・で45℃の温度で90分間加水分解した。・・・CNWsを分散させるため、超音波工程(・・)を適用した」(甲1c)方法である。

一般に、化学修飾セルロースの重合度は、その製造方法における加水分解条件や機械的処理条件等により、影響されるものである。このことは、甲3の実施例1?6では、加水分解条件や機械的せん断条件を調整することにより、平均重合度120?800といった幅広い範囲のセルロースナノファイバーを得ている(甲3c)ことからも、理解される。
甲1発明の硫酸処理方法は、甲3の硫酸処理方法と、硫酸濃度が異なる上、甲3の処理温度・時間に幅があることから、甲1発明の処理温度・時間と同じであるか不明である。
また、甲1発明では、CNWsの分散目的で「超音波工程(・・)を適用し」ているのに対し、甲3ではセルロースの機械的せん断目的で「石臼式摩砕機」で行っており、物理的方法も異なっている。
このように、甲1発明の製造方法は、甲3に記載の平均重合度120以上800以下のセルロースナノファイバーの製造方法とは異なるものであるから、甲1発明の「セルロースナノウィスカS-CNWs」の平均重合度が350以上である蓋然性が高いとはいえない。

iii 特許異議申立人は、特許異議申立書31頁5?13行において、技術常識を示す甲4には、500Åは重合度100に相当することが記載され、セルロース結晶領域の長さ1nmが平均重合度2に相当することが知られていること、及び、甲5には、平均重合度が2のセルロース分子の長さが1.03nmであることが記載され、甲1発明の繊維長は200?300nmであることから、その重合度は400?600に相当すると考えられるので、実質的な相違点ではない旨を述べている。

甲4には、加水分解によるセルロース結晶の長さに関し、「500Åは重合度100に相当し」(甲4b)と記載されており、50nmが重合度100に相当すると理解されるから、1nmが重合度2に相当すると理解される。
甲5には、「セロビオースの長さが10.3オングストローム」(甲5c)と記載され、重合度2であるセロビオース(甲5a)が10.3オングストローム、すなわち1.03nmであると理解される。
しかしながら、甲1発明は長さが約200?300nmであるとはいえ、この長さは、セルロース分子が一本一本真っ直ぐに伸びた状態における各一本の全長が約200?300nmという意味とは限らない。セルロース分子同士が絡み合った状態等があり得、この場合、一本一本のセルロース分子の実際の長さは短いものの、そのような短い長さのセルロース分子が複数絡み合って長さが約200?300nmの繊維となっている場合も考えられる。
このように、甲1発明にその長さの記載があるからといって、その長さを基に、甲4及び5に示される技術的事項より、実質的な重合度を正確に算出することはできない、と理解される。
そうすると、甲1発明の平均重合度が350以上である蓋然性が高いとはいえず、実質的な相違点ではないということはできない。

iv また、一般に、綿セルロースを硫酸処理すれば、その平均繊維長が350以上である蓋然性が高いという技術常識があったものとも認められない。

v 以上より、相違点甲1-3は、実質的な相違点といえる。

(b)進歩性について
甲1は、「セルロースナノウィスカ硫酸エステル化レベルの定量化」(甲1a)に関し記載するものであり、甲1発明は、その硫酸エステル化レベルの定量化の対象である、セルロースナノウィスカ(CNWs)の具体的サンプルの一つである。
このような甲1発明は、その硫酸エステル化レベルの定量化を目的とするものであるから、その平均重合度を変化させようとする動機付けがあるとはいえない。ましてや、その平均重合度が350以上であるようにしようとする動機付けがあったともいえない。
そうすると、前記(a)で述べたように、甲1には、平均重合度について記載も示唆もなく、本件出願前の公知技術及び技術常識を参酌しても、甲1発明の平均重合度が350以上であるとも認められず、その平均重合度が350以上であるようにしようとする動機付けがあったともいえない以上、甲1発明において、平均重合度が350以上であるようにすることは、当業者といえども、容易に想到し得る技術的事項であるとはいえない。

b 本件発明1の効果について
本件発明1の効果は、本件明細書の段落【0010】の記載及び実施例1?6の結果を示す【表1】(【0079】)の客観的な実験データにより裏付けられているとおり、セルロースI型結晶構造を有し繊維長を保持した硫酸エステル化セルロース繊維である、本件発明1の硫酸エステル化セルロース繊維を提供できることであると認められる。
本件発明1は、請求項1に記載の構造式(1)(構造式省略)(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)で表される置換基によって置換され、該置換基の導入量が化学修飾セルロース繊維1gあたり0.1?3.0mmolであり、平均重合度が350以上であるものとすることにより、水に対する分散性に優れたものとなることを見出したものであり、本件発明1の当該効果は甲1、3?5の記載から当業者が予測し得たものとはいえない。

c したがって、相違点甲1-1及び相違点甲1-2を検討するまでもなく、本件発明1は、本件出願前に頒布された甲1に記載された発明とはいえないし、また、甲1に記載された発明及び甲3?5に記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

イ 甲2を主引用文献とする場合

(ア)甲2発明との対比

a 甲2発明の「ナノクリスタルの固有の結晶構造を破壊又は変換していない」ものは、セルロースナノ結晶本来の結晶構造を有するものといえ、セルロース結晶本来の結晶構造である、I型結晶構造を有しているものといえるから、本件発明1の「セルロースI型結晶構造を有」するものに相当する。

b 甲2発明の「表面-OSO_(3)^(-)0.241mmolg^(-1)」であるものは、セルロース表面の水酸基の一部が-OSO_(3)^(-)で置換されたものといえる。対応する陽イオンについては、明らかでない。
そうすると、甲2発明の「表面-OSO_(3)^(-)0.241mmolg^(-1)」であるものと、本件発明1の「セルロースの水酸基の一部が、構造式(1):【化1】

(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)で表される置換基によって置換された」ものとは、セルロースの水酸基の一部が、置換基によって置換されたものである点で共通する。

c 甲2発明の「長さ1595.5±67.4nm、幅22.3±10.4nm」は、幅は22.3±10.4nmすなわち11.9?32.7nmの範囲内にあり、長さは1595.5±67.4nmすなわち1528.1?1662.9nmの範囲内にあるものであるから、本件発明1の「平均繊維幅が3nm?5μmであり、平均繊維長が0.1?500μmである」に相当する。

d 甲2発明の「セルロースナノ結晶のサンプルCN-1」は、前記bで述べたことを踏まえると、セルロースの水酸基の一部が-OSO_(3)^(-)で置換されたものであり、化学修飾セルロース繊維といえるから、本件発明1の「化学修飾セルロース繊維」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「セルロースI型結晶構造を有し、セルロースの水酸基の一部が、硫酸基によって置換された化学修飾セルロース繊維であって、平均繊維幅が3nm?5μmであり、平均繊維長が0.1?500μmである、化学修飾セルロース繊維」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点甲2-1:置換基が、本件発明1では、構造式(1):【化1】

(但し、式(1)中、Mは1?3価の陽イオンを表す。)で表される置換基であるのに対し、甲2発明では、「-OSO_(3)^(-)」である点

相違点甲2-2:本件発明1は、置換基の導入量が化学修飾セルロース繊維1gあたり0.1?3.0mmolであるのに対し、甲2発明は、表面-OSO_(3)^(-)が0.241mmolg^(-1)である点

相違点甲2-3:本件発明1は、平均重合度が350以上であるのに対し、甲2発明は、平均重合度は明らかでない点

(イ)判断

a 相違点について
事案に鑑み、相違点甲2-3から検討する。

(a) 新規性について
i 甲2には、甲2発明の「セルロースナノ結晶のサンプルCN-1」の平均重合度については、記載も示唆もない。

ii 前記ア(イ)a(a)iiで述べたように、甲3に記載のセルロースナノファイバーの製造方法は、セルロース原料を「5vol%以上20vol%以下の硫酸を用い、セルロース原料を、これらの酸中に浸漬させて、30℃以上90℃以下で5分間以上120分間以下処理」(甲3b)すると共に、「石臼式摩砕機」(甲3b)で機械的せん断処理を各々少なくとも1回行し、その後、ろ過、洗浄(甲3d)するものである。
他方、甲2発明の「セルロースナノ結晶のサンプルCN-1」は、その製造方法が「酸加水分解を、機械的攪拌下(500 ml溶液に対し25.0g繊維)で、45℃、65重量%H_(2)SO_(4)(予じめ加熱したもの)で、60分間行った。・・・CNs懸濁液を・・超音波処理で・・分散した」(甲2c)方法である。

甲2発明の硫酸処理方法は、甲3の硫酸処理方法と、硫酸濃度が異なる上、甲3の処理温度・時間に幅があることから、甲2発明の処理温度・時間と同じであるか不明である。
また、甲2発明では、「CN懸濁液を・・超音波処理・・分散し」ているのに対し、甲3ではセルロースの機械的せん断目的で「石臼式摩砕機」で行っており、物理的方法も異なっている。
このように、甲2発明の製造方法は、甲3に記載の平均重合度120以上800以下のセルロースナノファイバーの製造方法とは異なるものであるから、甲2発明の「セルロースナノ結晶のサンプルCN-1」の平均重合度が350以上である蓋然性が高いとはいえない。

iii 前記ア(イ)a(a)iiiで述べたように、セルロース分子の長さの記載があるからといって、その長さを基に、甲4及び5に示される技術的事項より、実質的な重合度を算出することはできないと理解されることから、甲2発明の平均重合度が350以上である蓋然性が高いとはいえず、実質的な相違点ではないということはできない。

iv また、一般に、セルロース分子を硫酸処理すれば、その平均繊維長が350以上である蓋然性が高いという技術常識があったものとも認められない。甲3より明らかなように、硫酸処理しても、平均重合度100?800と必ずしも350以上でないことからも明らかである。

v 以上より、相違点甲2-3は、実質的な相違点といえる。

(b)進歩性について
甲2は、「勾配した硫酸化度を有するセルロースナノ結晶の表面化学、形態学的分析及び特性」(甲2a)に関し記載するものであり、表面の化学、形態、寸法及び物理学的性質に対する硫酸化度の影響の調査(甲2b)の対象であるセルロースナノ結晶(CNs)の具体的サンプルの一つである。
このような甲2発明は、CNsの表面の化学、形態、寸法及び物理学的性質に対する硫酸化度の影響の調査を目的とするものであるから、その平均重合度を変化させようとする動機付けがあるとはいえない。ましてや、その平均重合度が350以上であるようにしようとする動機付けがあったともいえない。
そうすると、前記(a)で述べたように、甲2発明の平均重合度については、記載も示唆もなく、本件出願前の公知技術及び技術常識を参酌しても、甲2発明の平均重合度が350以上であるとも認められず、その平均重合度が350以上であるようにしようとする動機付けがあったともいえない以上、甲2発明において、平均重合度が350以上であるようにすることは、当業者といえども、容易に想到し得る技術的事項であるとはいえない。

b 本件発明1の効果について
前記ア(イ)bで述べたとおりであり、本件発明1の当該効果は甲2?5の記載から当業者が予測し得たものとはいえない。

c したがって、相違点甲2-1及び相違点甲2-2を検討するまでもなく、本件発明1は、本件出願前に頒布された甲2に記載された発明とはいえないし、また、甲2に記載された発明及び甲3?5に記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)まとめ
したがって、本件発明1は、本件出願前に頒布された甲1及び2に記載された発明とはいえず、また、本件発明1は、甲1及び2に記載された発明並びに甲3?5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
よって、本件発明1に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当しなされたものではなく、かつ、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものでもないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知書に記載した取消理由並びに特許異議申立の理由及び証拠によっては、本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-02-04 
出願番号 特願2017-127903(P2017-127903)
審決分類 P 1 652・ 536- Y (C08B)
P 1 652・ 113- Y (C08B)
P 1 652・ 537- Y (C08B)
P 1 652・ 121- Y (C08B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 齋藤 光介  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 齊藤 真由美
冨永 保
登録日 2019-01-11 
登録番号 特許第6462051号(P6462051)
権利者 第一工業製薬株式会社
発明の名称 化学修飾セルロース繊維およびその製造方法  
代理人 蔦田 正人  
代理人 中村 哲士  
代理人 水鳥 正裕  
代理人 前澤 龍  
代理人 富田 克幸  
代理人 有近 康臣  

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