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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C07C
管理番号 1360084
審判番号 不服2019-3958  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-26 
確定日 2020-03-10 
事件の表示 特願2016-510375「電荷輸送性ワニス」拒絶査定不服審判事件〔平成27年10月 1日国際公開、WO2015/146965、請求項の数(12)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)3月24日(先の出願に基づく優先権主張平成26年3月27日)を国際出願日とする出願であって、平成30年10月15日付けで拒絶理由が通知され、同年12月11日に意見書の提出とともに手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされ、平成31年1月15日付けで拒絶査定(以下、「原査定」という。)がされ、これに対し、同年3月26日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2 原査定の概要
原査定の拒絶理由の概要は、この出願の請求項1?12に係る発明は、その優先権主張の日前に日本国内又は外国において頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である引用文献1及び引用文献6に記載された発明に基づいて、その優先権主張の日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
なお、主引用発明が記載されているとされた引用文献1及び副引用文献として引用された引用文献6は、以下のとおりである。
引用文献1:特開平5-239454号公報
引用文献6:国際公開第2010/058777号

3 本件発明
本願の請求項1?12に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明12」という。)は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるとおりの発明であって、本件発明1は、次に示すとおりのものである。
「 式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体、電荷輸送性物質及び有機溶媒を含む電荷輸送性ワニス。
【化1】

[式中、Ar^(1)?Ar^(4)は、フェニル基を表し、
Xは、式(2)で表される2価の基を表す。
【化2】

(式中、Aは、炭素数1?6のフルオロアルカンジイル基を表す。)]」
なお、本件発明2?9は、本件発明1に、限定を付した電荷輸送性ワニスに関する発明である。また、本件発明10は、本件発明1?9の何れかの電荷輸送性ワニスを用いて作製される電荷輸送性薄膜に関する発明であり、本件発明11は、本件発明10の電荷輸送性薄膜を有する有機エレクトロルミネッセンス素子に関する発明であり、本件発明12は、本件発明1?9の何れかの電荷輸送性ワニスを用いた電荷輸送性薄膜の製造方法に関する発明である。

4 引用文献の記載事項及び引用発明
(1)引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用され、先の出願前の平成5年9月17日に頒布された刊行物である引用文献1(特開平5-239454号公報)には、以下の記載事項がある。なお、合議体が発明の認定等に用いた箇所に下線を付した。引用文献6についても同様である。

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は発光性物質からなる発光層を有し、電界を印加することにより電気エネルギーを直接光エネルギーに変換でき、従来の白熱灯、蛍光灯あるいは発光ダイオード等とは異なり大面積の面状発光体の実現を可能にする電界発光素子に関する。

(中略)

【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記従来技術の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は発光性能が長時間に亘って持続する耐久性に優れた電界発光素子を提供することにある。」

イ 「【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記課題を解決するための発光層の構成要素について鋭意検討した結果、陽極および陰極と、これらの間に挾持された一層または複数層の有機化合物層より構成される電界発光素子において、前記有機化合物層のうち少なくとも一層が、下記一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表わされる有機化合物を構成成分とする層であることを特徴とする電界発光素子が、上記課題に対し、有効であることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【化1】

(式中、A^(1)及びA^(2)は水素原子、置換もしくは無置換のアルキル基、または置換もしくは無置換のアリール基を表わし、A^(3)はハロゲン原子、置換または無置換のアルキル基、ヒドロキシル基またはアルコキシ基を表す。但しA^(1)とA^(2)が同時に水素である場合を除く。)
【化2】

(式中、A^(1)及びA^(2)は水素原子、置換もしくは無置換のアルキル基、または置換もしくは無置換のアリール基を表す。但しA^(1)とA^(2)が同時に水素である場合を除く。)
【化3】

(式中、A^(1)及びA^(2)は水素原子、置換もしくは無置換のアルキル基、または置換もしくは無置換のアリール基を表わし、A^(3)はハロゲン原子、置換または無置換のアルキル基、ヒドロキシル基またはアルコキシ基を表す。但しA^(1)とA^(2)が同時に水素である場合を除く。)

(中略)

【0012】一般式(I)(化1)または(III)(化3)におけるA^(3)としては、前記の置換基が同様に挙げられる。次に本発明で使用される一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表わされる化合物の具体例を表1に示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【表1-(1)】

【表1-(2)】


(中略)

【0013】本発明における電界発光素子は、以上で説明した有機化合物を真空蒸着法、溶液塗布等により、有機化合物全体で2μmより小さい厚み、さらに好ましくは、0.05μm?0.5μmの厚みに薄膜化することにより有機化合物層を形成し、陽極及び陰極で挾持することにより構成される。」

ウ 「【0014】以下、図面に沿って本発明を更に詳細に説明する。図1は本発明の電界発光素子の代表的な例であって、基板上に陽極、発光層及び陰極を順次設けた構成のものである。図1に係る電界発光素子は使用する化合物が単一でホール輸送性、電子輸送性、発光性の特性を有する場合あるいは各々の特性を有する化合物を混合して使用する場合に特に有用である。
【0015】図2はホール輸送性化合物と電子輸送性化合物との組み合わせにより発光層を形成したものである。この構成は有機化合物の好ましい特性を組み合わせるものであり、ホール輸送性あるいは電子輸送性の優れた化合物を組み合わせることにより電極からのホールあるいは電子の注入を円滑に行ない発光特性の優れた素子を得ようとするものである。なお、このタイプの電界発光素子の場合、組み合わせる有機化合物によって発光物質が異なるため、どちらの化合物が発光するかは一義的に定めることはできない。
【0016】図3は、ホール輸送性化合物、発光性化合物、電子輸送性化合物の組み合わせにより発光層を形成するものであり、これは上記の機能分離の考えをさらに進めたタイプのものと考えることができる。
【0017】このタイプの電界発光素子はホール輸送性、電子輸送性及び発光性の各特性を適合した化合物を適宜組み合わせることによって得ることができるので、化合物の対象範囲が極めて広くなるため、その選定が容易となるばかりでなく、発光波長を異にする種々の化合物が使用できるので、素子の発光色相が多様化するといった多くの利点を有する。
【0018】本発明の化合物はいずれも発光特性の優れた化合物であり、必要により、図1、図2及び図3の様な構成をとることができる。
【0019】また本発明においては、前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)におけるAr、R^(1)、R^(2)の種類を適宜選定することによりホール輸送性の優れた化合物あるいは電子輸送性の優れた化合物の両者の提供を可能とする。
【0020】従って、図2及び図3の構成の場合、発光層形成成分として、前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物の2種類以上用いても良い。
【0021】本発明においては、発光層形成成分として前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物を用いるものであるが、必要に応じて、ホール輸送性化合物として芳香族第三級アミンあるいはN,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1’-ビフェニル-4,4’-ジアミン等を、また電子輸送性化合物として、アルミニウムトリスオキシン、またはペリレンテトラカルボン酸誘導体等を用いることができる。
【0022】本発明の電界発光素子は発光層に電気的にバイアスを付与し発光させるものであるが、わずかなピンホールによって短絡をおこし素子として機能しなくなる場合もあるので、発光層の形成には皮膜形成性に優れた化合物を併用することが望ましい。更にこのような皮膜形成性に優れた化合物とたとえばポリマー結合剤を組み合わせて発光層を形成することもできる。この場合に使用できるポリマー結合剤としては、ポリスチレン、ポリビニルトルエン、ポリ-N-ビニルカルバゾール、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルアクリレート、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアミド等を挙げることができる。また、電極からの電荷注入効率を向上させるために、電荷注入輸送層を電極との間に別に設けることも可能である。」
なお、図1?図3は、以下に示すとおりである。


エ 「【0027】
【実施例】以下実施例に基いて、本発明をより具体的に説明する。
【0028】実施例1
表面抵抗20Ω/□のITO陽極を有するガラス基板上に下記式化4で示されるトリフェニルアミン誘導体より成る厚さ500Åの正孔輸送層、前記化合物No.11より成る厚さ500Åの発光層、Alより成る厚さ2000Åの陰極を順次真空蒸着により積層して、図2に示す様な電界発光素子を作製した。この様にして得られた素子は50mA/cm^(2)の駆動電流において190cd/m^(2)の輝度を示し、発光ピーク波長は460nmであった。尚、この素子は、経時的な輝度の低下は小さく耐久性に優れたものであった。
【化4】

【0029】実施例2
正孔輸送層として前記化合物No.6を発光層として下記式化5で示されるビススチリルアントラセン誘導体を用いた以外は実施例1と同様にして電界発光素子を作製した。この様にして得られた素子は30mA/cm^(2)の駆動電流において650cd/m^(2)の輝度を示した。尚、この素子は、経時的な輝度の低下は小さく耐久性に優れたものであった。
【化5】



オ 「【0031】
【発明の効果】本発明の電界発光素子は有機化合物層の構成材料として前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物を用いたことから、低い駆動電圧でも長期間にわたって輝度の高い発光を得ることが出来ると共に種々の色調を呈することが可能となる。また素子の作成も真空蒸着法等により容易に行なえるので安価で大面積の素子を効率よく生産できる等の利点を有する。」

(2)引用文献1に記載された発明
引用文献1の記載事項イには、陽極および陰極と、これらの間に挾持された一層または複数層の有機化合物層より構成される電界発光素子において、前記有機化合物層のうち少なくとも一層が、「一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表わされる有機化合物を構成成分とする層」(段落【0008】)であることが記載されており、一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表される化合物の具体例として、置換基が表1のNo.4で示される化合物(段落【0012】)が示されている。さらに、以上で説明した有機化合物を「溶液塗布」等により、「有機化合物層を形成」(段落【0013】)することも記載されているから、溶液塗布に用いる「溶液」もまた、引用文献1には、事実上、記載されているといえる。また、引用文献1の記載事項ウには、「本発明においては、前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)におけるAr、R^(1)、R^(2)の種類を適宜選定することによりホール輸送性の優れた化合物あるいは電子輸送性の優れた化合物の両者の提供を可能とする。」(段落【0019】)と記載されており、当該記載に基づけば、一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表わされる有機化合物は、ホール輸送性あるいは電子輸送性の電荷輸送性を備えていえるといえる。
そうすると、引用文献1の上記記載事項イに基づけば、引用文献1には、有機化合物層を溶液塗布により形成するために用いる溶液として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「下記の置換基がNo.4で示される一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表される電荷輸送性を備えた有機化合物を構成成分とする層を、溶液塗布により形成するために用いる溶液。



(3)引用文献6の記載事項
原査定の拒絶理由に引用され、先の出願前の2010年(平成22年)5月27日に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載された引用文献6(国際公開第2010/058777号)には、以下の記載事項がある。

ア 「技術分野
[0001] 本発明は、電荷輸送性材料および電荷輸送性ワニスに関し、さらに詳述すると、電子受容性ドーパントとしてヘテロポリ酸化合物を含む電荷輸送性材料および電荷輸送性ワニスに関する。

(中略)

発明が解決しようとする課題
[0008] 本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、有機溶媒に対する高い溶解性、正孔注入層における電荷輸送性ホスト物質に対する高酸化性、さらには正孔輸送材料に対する酸化性を兼ね備えた電子受容性ドーパントを含む電荷輸送性材料、およびこの電荷輸送性材料を含む電荷輸送性ワニスを提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0009] 本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、リンモリブデン酸等のヘテロポリ酸化合物が、有機溶媒に対する高溶解性、正孔注入層における電荷輸送性ホスト物質に対する高酸化性、さらには正孔輸送材料に対する酸化性を兼ね備えていることを見出すとともに、当該ヘテロポリ酸化合物と電荷輸送性物質とを含む電荷輸送性薄膜をOLED素子の正孔注入層として用いた場合に、駆動電圧を低下させ、素子寿命を向上し得ることを見出し、本発明を完成した。

(中略)

[0013] すなわち、本発明は、
1. 電荷輸送性物質と、電子受容性ドーパントとしてヘテロポリ酸化合物とを含むことを特徴とする電荷輸送性材料、

(中略)

4. 前記電荷輸送性物質が、下記式(1)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(1)の酸化体であるキノンジイミン誘導体である3の電荷輸送性材料、
[化3]

〔式中、R^(1)、R^(2)およびR^(3)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基またはスルホン基を示し、AおよびBは、それぞれ独立して、一般式(2)または(3)で表される二価の基を示す。
[化4]

(式中、R^(4)?R^(11)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基、またはスルホン基を示す。)
mおよびnは、それぞれ独立して、1以上の整数で、m+n≦20を満足する。〕

(中略)

6. 前記電荷輸送性物質が、式(5)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(5)の酸化体であるキノンジイミン誘導体である4の電荷輸送性材料、
[化6]

(式中、R^(2)、R^(4)?R^(7)、nおよびmは前記と同じ意味を表す。R^(12)?R^(35)は、それぞれ独立して、水素原子、水酸基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、置換もしくは非置換の一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基、スルホン基またはハロゲン原子を示す。)
7. 1?6のいずれかの電荷輸送性材料と、有機溶媒とを含み、前記電荷輸送性物質およびヘテロポリ酸化合物が、前記有機溶媒に均一に溶解していることを特徴とする電荷輸送性ワニス、

(中略)

を提供する。
発明の効果
[0014] 本発明の電荷輸送性材料およびワニスに含まれるヘテロポリ酸化合物は、一般的な電荷輸送性ワニスの調製に用いられる有機溶媒に対して良好な溶解性を有しており、特に、一旦、良溶媒に溶解させることで、高粘度溶媒や低表面張力溶媒をはじめとした各種有機溶媒に対しても優れた溶解性を示す。このため、高粘度溶媒や低表面張力溶媒を一部、またはほぼ全量使用して低極性有機溶媒系の電荷輸送性ワニスを調製することができる。
このような低極性有機溶媒系の電荷輸送性ワニスは、溶剤耐性が問題となるインクジェット塗布装置にて塗布することができるだけでなく、基板上に絶縁膜や隔壁などの耐溶剤性が問題となる構造物が存在する場合でも用いることができ、その結果、高平坦性を有する非晶質固体薄膜を問題なく作製することができる。
さらに、得られた薄膜は、高電荷輸送性を示すため、正孔注入層または正孔輸送層として使用することで、有機EL素子の駆動電圧を低下させるとともに、素子の長寿命化を実現することができる。
そして、ヘテロポリ酸化合物は一般に高屈折率であることから、有効な光学設計によって光取り出し効率の向上も期待できる。
また、この薄膜は、高平坦性および高電荷輸送性を有しているため、この特性を利用して、当該薄膜を太陽電池のバッファ層あるいは正孔輸送層、燃料電池用電極、コンデンサ電極保護膜、帯電防止膜へ応用することもできる。」

イ 「[0018] 本発明の電荷輸送性材料に使用できる電荷輸送性物質としては、使用する有機溶媒に可溶なものであれば特に限定されるものではないが、有機EL用途に用いる場合、100nm以下、通常20?50nm程度の極薄膜を高均一に作製する必要があるため、電荷輸送性物質は高溶解性を有すること、不純物成分の混入抑制のために分子量分布のないことが好ましく、特に分子量200?2000の低分子化合物が好ましい。低分子化合物は自身の粘性が低く高均一に塗布成膜を行うことが困難であることが多いため、高粘度溶媒を併用することが望ましく、このことから、電荷輸送性物質は高粘度溶媒への溶解性を有していることが望ましい。
具体的には、従来高溶解性材料として用いられている低分子オリゴアニリン化合物等のアニリン誘導体化合物、低分子オリゴチオフェン化合物等を用いることができる。
ヘテロポリ酸化合物はプロトン酸を含み、NH基を含有する電荷輸送性物質に対して強く電子受容性物質としての機能を発揮することから、電荷輸送性物質としては、アニリン誘導体化合物が好適であり、さらに高い電荷輸送性という点を考慮すると、アニリン単位を3以上有するオリゴアニリン誘導体化合物がより好ましい。
すなわち、ヘテロポリ酸化合物は、通常2つ以上のプロトン性水素を有しており、NH基を複数含有するオリゴアニリン誘導体化合物とともにイオン性の擬似高分子を形成するため、駆動中の素子内でのマイグレーションが抑制され、寿命が向上されやすくなる。さらには後述するようにヘテロポリ酸化合物は、トリフェニルアミン含有化合物に対する酸化性をも有しているため、これを正孔注入層に用いた場合、正孔注入層内の電荷輸送性ホスト物質とだけではなく、隣接する正孔輸送層に含まれる材料に対する酸化も可能となる。
[0019] 特に、高溶解性および高電荷輸送性を示すとともに、適切なイオン化ポテンシャルを有していることから、下記式(1)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(1)の酸化体であるキノンジイミン誘導体を好適に用いることができ、さらには、溶解性、電荷輸送性、イオン化ポテンシャル(Ip)および本発明のヘテロポリ酸化合物に対する被酸化性の観点から、式(4)または(5)で表されるオリゴアニリン誘導体、またはそれらの酸化体であるキノンジイミン誘導体が最適である。
[0020] [化7]

〔式中、R^(1)、R^(2)およびR^(3)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基またはスルホン基を示し、AおよびBは、それぞれ独立して、一般式(2)または(3)で表される二価の基を示す。
[0021] [化8]

(式中、R^(4)?R^(11)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基、またはスルホン基を示す。)
mおよびnは、それぞれ独立して、1以上の整数で、m+n≦20を満足する。〕
[0022] [化9]

(式中、R^(1)?R^(7)、mおよびnは、上記と同じ意味を示す。)
[0023] [化10]

(式中、R^(2)、R^(4)?R^(7)、R^(12)?R^(35)、nおよびmは上記と同じ意味を表す。)

(中略)

[0031] 一般式(1)、(4)および(5)において、m+nは、良好な電荷輸送性を発揮させるという点から3以上であることが好ましく、溶媒に対する溶解性を確保するという点から16以下であることが好ましい。
また、式(1)および(4)のオリゴアニリン誘導体は、溶解性を高めるとともに、電荷輸送性を均一にするということを考慮すると、分子量分布のない、換言すれば、分散度が1のオリゴアニリン誘導体であることが好ましい。
その分子量は、材料の揮発の抑制および電荷輸送性発現のために、下限として通常200以上、好ましくは300以上であり、また溶解性向上のために、上限として通常5000以下、好ましくは2000以下である。
これらの電荷輸送性物質は1種類のみを使用してもよく、また2種類以上の物質を組み合わせて使用してもよい。」

ウ 「[0034] 本発明に係る電荷輸送性ワニスは、上述した電荷輸送性物質と、電子受容性ドーパントとしてヘテロポリ酸化合物とを含んで構成される電荷輸送性材料と、有機溶媒とを含み、電荷輸送性物質およびヘテロポリ酸化合物が、有機溶媒に均一に溶解しているものである。
電荷輸送性ワニスを調製する際に用いられる有機溶媒としては、電荷輸送性物質およびヘテロポリ酸化合物の溶解能を有する良溶媒を用いることができる。
ここで、良溶媒とは、溶媒分子の極性が高く、高極性化合物を良く溶解することのできる溶媒を意味する。
このような良溶媒としては、例えば、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、N-シクロヘキシル-2-ピロリジノン等が挙げられる。これらの溶媒は1種単独で、または2種以上混合して用いることができ、その使用量は、ワニスに使用する溶媒全体に対して5?100質量%とすることができる。」

エ 「 請求の範囲
[請求項1] 電荷輸送性物質と、電子受容性ドーパントとしてヘテロポリ酸化合物とを含むことを特徴とする電荷輸送性材料。
[請求項2] 前記ヘテロポリ酸化合物が、リンモリブデン酸である請求項1記載の電荷輸送性材料。
[請求項3] 前記電荷輸送性物質が、アニリン誘導体化合物である請求項1または2記載の電荷輸送性材料。
[請求項4] 前記電荷輸送性物質が、下記式(1)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(1)の酸化体であるキノンジイミン誘導体である請求項3記載の電荷輸送性材料。
[化1]

〔式中、R^(1)、R^(2)およびR^(3)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基またはスルホン基を示し、AおよびBは、それぞれ独立して、一般式(2)または(3)で表される二価の基を示す。
[化2]

(式中、R^(4)?R^(11)は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基、またはスルホン基を示す。)
mおよびnは、それぞれ独立して、1以上の整数で、m+n≦20を満足する。〕
[請求項5] 前記電荷輸送性物質が、式(4)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(4)の酸化体であるキノンジイミン誘導体である請求項4記載の電荷輸送性材料。
[化3]

(式中、R^(1)?R^(7)、mおよびnは、前記と同じ意味を示す。)
[請求項6] 前記電荷輸送性物質が、式(5)で表されるオリゴアニリン誘導体、または式(5)の酸化体であるキノンジイミン誘導体である請求項4記載の電荷輸送性材料。
[化4]

(式中、R^(2)、R^(4)?R^(7)、nおよびmは前記と同じ意味を表す。R^(12)?R^(35)は、それぞれ独立して、水素原子、水酸基、シラノール基、チオール基、カルボキシル基、リン酸基、リン酸エステル基、エステル基、チオエステル基、アミド基、ニトロ基、置換もしくは非置換の一価炭化水素基、オルガノオキシ基、オルガノアミノ基、オルガノシリル基、オルガノチオ基、アシル基、スルホン基またはハロゲン原子を示す。)
[請求項7] 請求項1?6のいずれか1項記載の電荷輸送性材料と、有機溶媒とを含み、
前記電荷輸送性物質およびヘテロポリ酸化合物が、前記有機溶媒に均一に溶解していることを特徴とする電荷輸送性ワニス。
[請求項8] 前記有機溶媒が、少なくとも1種の良溶媒を含む混合溶媒である請求項7記載の電荷輸送性ワニス。
[請求項9] 25℃での粘度が、10?200mPa・sの溶媒を含む請求項7または8記載の電荷輸送性ワニス。
[請求項10] 請求項1?6のいずれか1項記載の電荷輸送性材料を含む電荷輸送性薄膜。
[請求項11] 請求項7?9のいずれか1項記載の電荷輸送性ワニスから作製される電荷輸送性薄膜。
[請求項12] 請求項10または11記載の電荷輸送性薄膜を備える有機エレクトロルミネッセンス素子。
[請求項13] 前記電荷輸送性薄膜が、正孔注入層を構成する請求項12記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。」

5 対比・判断
(1)本件発明1
ア 対比
本件発明1と引用発明とを対比する。

(ア)引用発明の「置換基がNo.4で示される一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表される電荷輸送性を備えた有機化合物」は、その化学構造からみて、本件発明1の「式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体」に相当する。

(イ)引用発明の「溶液」は、「置換基がNo.4で示される一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表される電荷輸送性を備えた有機化合物」を構成成分とする層を形成するために用いられるものであるから、引用発明の「溶液」は、上記「電荷輸送性を備えた有機化合物」を含んでいるといえる。そうすると、「電荷輸送性を備えた有機化合物」を含む引用発明の「溶液」は、ホール輸送性あるいは電子輸送性の電荷輸送性を備えたワニスであるといえる。
したがって、引用発明の「溶液」は、本件発明1の「電荷輸送性ワニス」に相当する。

(ウ)以上より、本件発明1と引用発明とは、
「式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体を含む電荷輸送性ワニス。
【化1】

[式中、Ar^(1)?Ar^(4)は、フェニル基を表し、
Xは、式(2)で表される2価の基を表す。
【化2】

(式中、Aは、炭素数1?6のフルオロアルカンジイル基を表す。)]」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1]本件発明1は、式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体の他に「電荷輸送性物質」を含むのに対し、引用発明は、式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体の他の電荷輸送性物質を含まない点。
[相違点2]本件発明1は、「有機溶媒」を含むのに対し、引用発明は有機溶媒を含むか否かが、一応明らかとされていない点。

イ 判断
上記[相違点1]及び[相違点2]について検討すると、引用文献1には、「図1に係る電界発光素子は使用する化合物が単一でホール輸送性、電子輸送性、発光性の特性を有する場合あるいは各々の特性を有する化合物を混合して使用する場合に特に有用である。」(段落【0014】)との記載があり、基板上に陽極、発光層及び陰極を順次設けた構成の電界発光素子とした場合に、各々の特性を有する化合物を混合して使用することが示唆されている。また、引用文献1には、「発光層形成成分として前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物を用いるものであるが、必要に応じて、ホール輸送性化合物として芳香族第三級アミンあるいはN,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1’-ビフェニル-4,4’-ジアミン等を、また電子輸送性化合物として、アルミニウムトリスオキシン、またはペリレンテトラカルボン酸誘導体等を用いることができる。」(段落【0021】)との記載もあり、一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物の他に、ホール輸送性化合物又は電子輸送性化合物の電荷輸送性物質を用いることが示唆されているといえる。また、引用文献6には、「電荷輸送性ワニス」(段落[0001])に関して、「電荷輸送性材料と、有機溶媒とを含」む(段落[0013])こと、「これらの電荷輸送性物質は1種類のみを使用してもよく、また2種類以上の物質を組み合わせて使用してもよい」(段落[0031])ことが記載されている。上記記載に基づけば、電荷輸送性ワニスにおいて、電荷輸送性物質として2種類以上の物質を組み合わせて使用すること、及び、有機溶媒を含むことは知られていたといえる。
しかし、本願の明細書段落[0010]における「本発明のトリアリールアミン誘導体は有機溶媒に溶けやすく、これを電荷輸送性物質とともに有機溶媒へ溶解させて容易に電荷輸送性ワニスを調製することができる。」、「本発明の電荷輸送性ワニスから作製した薄膜は高い電荷輸送性を示すため、有機EL素子をはじめとした電子デバイス用薄膜として好適に用いることができる。特に、本発明のトリアリールアミン誘導体は、発光層や正孔輸送層への正孔輸送向上剤として機能し得るため、この薄膜を有機EL素子の正孔注入層に適用することで、輝度特性に優れた有機EL素子を得ることができる。」との記載に基づけば、本件発明1が奏する効果は、式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体を電荷輸送性物質とともに有機溶媒へ溶解させて容易に電荷輸送性ワニスを調製することができるというものであるといえる。
一方、引用文献1は、「発光性能が長時間に亘って持続する耐久性に優れた電界発光素子を提供すること」(段落【0007】)を発明が解決しようとする課題としており、「本発明の電界発光素子は有機化合物層の構成材料として前記一般式(I)(化1)、(II)(化2)又は(III)(化3)で示される化合物を用いたことから、低い駆動電圧でも長期間にわたって輝度の高い発光を得ることが出来ると共に種々の色調を呈することが可能となる。また素子の作成も真空蒸着法等により容易に行なえるので安価で大面積の素子を効率よく生産できる等の利点を有する。」(段落【0031】)という効果を奏するものである。引用文献1には、段落【0013】に「本発明における電界発光素子は、以上で説明した有機化合物を真空蒸着法、溶液塗布等により、有機化合物全体で2μmより小さい厚み、さらに好ましくは、0.05μm?0.5μmの厚みに薄膜化することにより有機化合物層を形成し、陽極及び陰極で挾持することにより構成される。」との記載があるものの、当該記載以外に「溶液」についての記載はなく、有機溶媒への溶解性についてはなんら記載も示唆もない。また、引用文献1における実施例は全て「真空蒸着」されたものである。そうすると、引用文献1には、引用発明の「置換基がNo.4で示される一般式(I)(化1)、(II)(化2)または(III)(化3)で表される有機化合物」を用いたことにより、電荷輸送性物質とともに有機溶媒へ溶解させて容易に電荷輸送性ワニスを調製することができることが、記載又は示唆されているということができない。また、引用文献6には、本件発明1における「式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体」が記載されておらず、「式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体」を用いたことにより、電荷輸送性物質とともに有機溶媒へ溶解させて容易に電荷輸送性ワニスを調製することができることも記載されていたということはできない。
以上のとおり、本件発明1は、電荷輸送性ワニスにおいて、式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体の他に「電荷輸送性物質」及び「有機溶媒」を含むことにより、式(1)で表されるトリアリールアミン誘導体を電荷輸送性物質とともに有機溶媒へ溶解させて容易に電荷輸送性ワニスを調製することができるという効果を奏するものであり、その効果は、引用文献1及び引用文献6の記載を参酌したとしても、当業者が予測し得たものということができない。

ウ むすび
以上のとおりであるから、本件発明1は、当業者であっても、引用発明及び引用文献6の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたということはできない。したがって、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定に該当するとはいえない。

(2)本件発明2?12
本件発明2?9及び本件発明12は、本件発明1と同じ、(1)で表されるトリアリールアミン誘導体の他に「電荷輸送性物質」及び「有機溶媒」を含むとする要件を具備している。また、本件発明10及び本件発明11も、作製される電荷輸送性薄膜が、本件発明1と同じ、(1)で表されるトリアリールアミン誘導体の他に「電荷輸送性物質」を含むとする要件を具備している。そうすると、本件発明2?12は、本件発明1と同じ効果を奏するといえる。
したがって、本件発明2?12も、本件発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献6に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

6 むすび
以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2020-02-13 
出願番号 特願2016-510375(P2016-510375)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C07C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鈴木 雅雄  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 高松 大
宮澤 浩
発明の名称 電荷輸送性ワニス  
代理人 特許業務法人英明国際特許事務所  

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