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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01N
管理番号 1361360
審判番号 不服2018-4142  
総通号数 245 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-03-27 
確定日 2020-04-07 
事件の表示 特願2015-553707「原子層蒸着を使用して形成される統合計算要素を有する流体解析システム」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 8月14日国際公開、WO2014/123544、平成28年 3月10日国内公表、特表2016-507745〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年(平成25年)2月11日を国際出願日とする出願であって、平成28年3月29日付けの拒絶理由が通知され、同年10月4日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされ、さらに、平成29年2月28日付けの拒絶理由が通知され、同年8月14日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされたが、同年11月21日付けで前記8月14日になされた手続補正に対する補正却下の決定がなされ、同日付けで拒絶査定がなされたのに対し、平成30年3月27日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、それと同時に手続補正がなされ、そして、当審において平成31年2月21日付けの拒絶理由(以下「当審拒絶理由」)が通知され、これに対し、令和元年8月26日に意見書(以下「意見書」という。)が提出されるとともに手続補正がなされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?22に係る発明は、令和元年8月26日になされた手続補正(以下「補正」という。)によって補正された特許請求の範囲の請求項1?22に記載された事項により特定されるものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
流体解析システムであって、
光源と、
統合計算要素(ICE)と、
光学信号を電気信号に変換する検出器と、を備え、
前記ICEは、物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された、複数の光学層で形成された干渉フィルタを備え、前記複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され、前記ICEは、流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測するのに使用される、流体解析システム。」

第3 当審拒絶理由について
平成31年2月21日付けで当審が通知した拒絶理由は、次のとおりのものである。
1.(委任省令要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
2.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
3.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

●理由1(委任省令要件)について
(1)請求項1で、ICEが備える複数の光学層で形成された干渉フィルタが、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され」るものであり、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された」ものであると特定されており、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することが、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことに寄与するようにも解される記載となっているが、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととは、どのような技術的関係のもと関連づけられのかは明かではない。 上記事項は、独立項である請求項11、18及び20についてもいえることである。

(2)本願明細書の記載
そこで、光学層を原子層蒸着(ALD)を使用して形成することについて、本願明細書を参照するに、以下の記載がある。
「【0009】
ALDの使用は、他の製作オプションと比較して、流体解析システムの光学経路構成要素に対する製作の一貫性および許容度を向上させる。さらに、ALDの使用は、層の数、層の光学密度、および層の厚さ等の、光学経路構成要素の設計基準に影響を及ぼし得る。さらに、ALDの使用は、光学経路構成要素の製造中の品質管理動作を容易にし得る。さらに、ALDに基づく構成要素の使用は、石油探査および抽出掘削等において遭遇する、厳しい環境での向上した流体解析システムの性能を可能にする。厳しい環境での向上した性能は、ALDによって可能な製作の一貫性および許容度に起因する。さらに、反応性マグネトロンスパッタリング(RMS)等の、他の蒸着技法に対しては回避される光学経路構成要素の設計基準は、ALDによって利用可能である。いくつかの実施形態において、RMSは、いくつかの構成要素の層を製作するために用いられ得、一方で、ALDは、そのような層を改良するために、および/または他の層を製作するために用いられ得る。RMSを用いるか、ALDを用いるかという選択は、設計許容度に依存し得る(例えば、ALDは、ALDを使用すると設計許容度を達成することができるが、RMSでは達成できないときに用いられ得る)。例示的な流体解析アプリケーションにおいて、ALDを使用して形成されるICEは、物質の化学的または物理的特性の多変量予測を提供し得る。本明細書で開示されるように、流体解析システムにおける、ALDを使用して形成されるICEおよび/または他の光学経路構成要素の使用は、流体解析システムによって行われる予測の精度、タイプ、および/または範囲を向上させ得る。」
「【0018】
図2は、ICE102等のALDに基づくICEの実例となる層206A?206Kを示す。層206A?206Kのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して製作または改良される。」
【図2】

「【0040】
図7は、ICEの製作方法500を例示するフローチャートを示す。示されるように、方法500は、ブロック510で、ランプスペクトルおよび帯域通過フィルタを選択することを含む。ブロック520で、スペクトル特性ベクトルが取得される。例えば、スペクトル特性ベクトルは、線形多変量問題を解く回帰ベクトルにほぼ等しくなり得る。ブロック530で、目標スペクトルが取得される。目標スペクトルは、ランプスペクトル、帯域通過フィルタスペクトル、およびスペクトル特性ベクトルから取得される。ブロック540で、ALD許容度に基づいて、ICE設計層が選択される。選択される層は、モデルスペクトルと目標スペクトルとの間のエラーが許容値未満になるまで、屈折率、厚さ、パラメータ空間の中の層の数を変動させる、最適化ルーチンに基づき得る。いくつかの実施形態において、最適化ルーチンは、レーベンバーグ-マルカートルーチンまたは一般的アルゴリズム等の、非線形ルーチンであり得る。ICE層を製作または改良するためにALDを使用することは、反応性磁気スパッタリング(RMS)のレベルではなく、ALD許容レベルの範囲内にある、ICE設計オプションを選択することを可能にする。いくつかの実施形態では、ALDとRMSとの組み合わせが用いられ得る(例えば、いくつかの層がRMSを使用して製作され、一方で、他の層がALDを使用して製作される)。」
「【0043】
ALDによって、品質保証、品質管理、および収率が、より高くなり、かつより容易に制御され得る。一例として、ALDの品質管理は、反応添加物を計数し、次いで、性能を確認するといった容易な過程を含み得る。ALD過程を監視することは、光学機器によって層化深さを確認すること、および他の製作基準を介して、リアルタイムで行われ得る。さらに、ALDは、基部表面に対する化学結合をもたらす化学反応過程である。したがって、ALDによって形成される結合は、マグネトロンスパッタリングまたはプラズマ被覆過程等の他の蒸着過程によって形成される結合よりも強力である(あまり繊細でない)。
【0044】
本明細書で開示されるように、ALDは、(既存の蒸着技法よりも速い製作時間および良好な性能をもたらす)より薄い全厚さを有するより複雑なICE設計を製作するために用いられ得る。さらに、ALDは、機能性ICEを製作するために使用され得る。例えば、終止層は、ICEに結合され、方向付けられる、1つ以上の化学反応性層を有するように設計され得る。これは、ICEを、分析物または一群の分析物に対して、以前よりも選択的にすることを可能にする。別の例として、終止層は、ICEのスペクトルプロファイルを設計するために使用されるものとは異なる材料の保護被覆となるように設計され得る。別の例として、表面は、媒体の光散乱が大きい(例えば、貯留層流体)環境においてサイズ排除層として使用することを可能にするようにパターン化することができる。そのようなパターン化は、剥離可能性レジスト技法によって行うことができる。十分に混合した環境においては、全ての表面が被覆され得、基材は、向かい合わせて結合され得る。ALDの使用はまた、流体解析システムの他の光学経路構成要素に対する性能または機能の向上を可能にし得る。」(当審注:「ALDは、(既存の蒸着技法よりも速い製作時間」と記載されているが、ALDはその他のPVD、CVD等の蒸着法に比べて時間がかかるものであるから、この記載は技術的に疑問である。)

(3)判断
ア 上記本願明細書には、「スペクトル特性ベクトルは、線形多変量問題を解く回帰ベクトルにほぼ等しくなり得る。」「ALD許容度に基づいて、ICE設計層が選択される。選択される層は、モデルスペクトルと目標スペクトルとの間のエラーが許容値未満になるまで、屈折率、厚さ、パラメータ空間の中の層の数を変動させる、最適化ルーチンに基づき得る。」との記載はあるものの、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととは、どのような技術的関係があるのか示されていない。特に、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて、全部の層がALDで形成されることがなぜ適当でないのか、複数の光学層を示している上記図2において「一部の層のみ」といっても、いずれの層についても選択的にALDで形成した場合について、そのようなことがいえるのかも不明である。
さらに、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」した場合と、そうでない場合とで、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて、どのような技術上の違い、効果が生じるのかを示した実施例等も記載されていないことから、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することの技術的意義、効果を確認することができない。

イ してみれば、請求項1(並びに独立項である請求項11、18及び20)に係る発明において、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととを関連づけて記載しているが、本願明細書を参照しても、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととの技術的関係を理解することはできない。

(4)小括
よって、この出願の発明の詳細な説明は、請求項1?22に係る発明について、経済産業省令で定めるところにより記載されたものでない。

(5)附言
なお、意見書等において「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととの技術的関係を十分に説明されない場合には、下記理由3で述べるとおり、正確な層厚さとする、欠陥を最小限とする、制御を容易とするために、MOEにおける干渉フィルタの層を「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することは当業者において容易であると判断される。

●理由2(明確性)について
(1)(略)
(2)請求項5で「前記流体試料インターフェースは、ALDを使用して形成または改良される少なくとも1つの層を備える」、請求項7で「前記検出器または前記光源は、ALDを使用して形成または改良される少なくとも1つの層を備える」、請求項8で「前記帯域通過フィルタ要素は、ALDを使用して形成または改良される少なくとも1つの層を備える」、請求項9で「前記入力側レンズは、ALDを使用して形成または改良される少なくとも1つの層を備える」、請求項10で「前記出力側レンズは、ALDを使用して形成または改良される少なくとも1つの層を備える」と特定されている。請求項12?15、19、21及び22についても同様である。
ア 層について
(略)
イ ALDについて
これらの部品(要素)が備える層が「ALDを使用して形成または改良される」とは、これらの請求項が引用している請求項1の「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことと、どのように関係するのか不明確である。
請求項12?15、19、21及び22についても同様である。

●理由3(進歩性)について
・請求項1?22
・引用文献1?5
1.MYRICK, M. L. et al.,Application of multivariate optical computing to simple near-infrared point muasurements,Proc. of SPIE,2002年,Vol. 4574,pp. 208-215
2.米国特許出願公開第2009/0311521号明細書
3.特開2002-277628号公報
4.米国特許第7294360号明細書
5.米国特許出願公開第2012/0167692号明細書

・備考
(1)請求項1について
ア 引用文献1との対比
「・・・してみれば、請求項1に係る発明と、引用文献1に記載された発明とは、
(一致点)
「流体解析システムであって、
光源と、
統合計算要素(ICE)と、
光学信号を電気信号に変換する検出器と、を備え、
前記ICEは、物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された、複数の光学層で形成された干渉フィルタを備え、前記ICEは、流体試料の化学的または物理的特性の予測するのに使用される、流体解析システム。」の点で一致し、
(相違点)
複数の光学層について、本願発明では、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され」ているのに対し、引用発明では、そのように形成されたものかどうか不明である点。
(一致点・相違点の認定が、仮にそうではないと主張する場合には、技術的な根拠をもって主張されたい)。

相違点の判断
・・・上記引用文献2及び3の記載を参照するに、正確な層厚さとする、欠陥を最小限とする、制御を容易とするために、干渉フィルタ等の光学フィルタの層を原子層蒸着(ALD)を使用して形成することは本出願前当業者において周知であったといえる。
そして、「多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように」「複数の光学層」を「選択」する場合においても、正確な層厚さとする、欠陥を最小限とする、制御を容易とすることは望ましいことといえることから、引用発明において「複数の光学層」を「原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することは当業者が容易になし得たことであり、その際、上記引用文献2に記載されているとおりALDは遅くかつ高価なプロセスであることから「一部の層のみ」とすることも当業者が適宜なし得たことである。
(2)その余の請求項について
(略)」

第4 当審の判断
1 理由1(委任省令要件)について
(1)請求人の主張について
請求人は、上記第3の理由1に対して、意見書において以下のとおり説明している。
「本願発明において、ALDは、石油探査や抽出掘削等の厳しい環境下において製作の一貫性及び許容度を向上させるため、物質の化学的または物理的特性を対象としたスペクトル特性を提供するのに貢献する。(明細書の段落番号0009参照)。本願発明は、ALDについてより具体的に記載しており、ALDは、自己制限的化学反応を使用した蒸着の制限及び変動のため、スペクトラム特性を得ることができる。(明細書の段落番号0042参照)。
一方、本願の明細書に開示されるように、他の蒸着処理(例えば反応性磁気スパッタリング(RMS))では、その蒸着の制限と変動のため、スペクトル特性を得ることができない(明細書の段落番号0002参照)。したがって、ALDを使用するのとは異なり、他の処理は、層が成長するのを監視する。そのような処理は、もともと、表面帯電、時期、及びスパッタリング電極及び反応性ガスの清浄度によって層一致が変わる高温プラズマ処理であるので、そのような処理の制御が難しい場合がある。したがって、これらの他の処理は、品質がドラムの位置の関数であり、個々の基板がどれぐらいよく作られたかを示す「イールドカーブ」を導く変動性を有する。
以上のように、本願発明は、従来の技術と比較して上記のような技術的意義、効果があり、請求項1に記載した構成と「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととの技術的関係は明確であると考える。」

(2)請求人の主張を踏まえた判断
ア まず、上記当審拒絶理由で指摘した「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」した場合と、そうでない場合とで、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて、どのような技術上の違い、効果が生じるのかを示した実施例等も記載されていないことから、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することの技術的意義、効果を確認することができないとの指摘に対しては、意見書で具体例等を挙げて説明しておらず、依然として技術的意義、効果を確認することができない。

イ 一般にALDによる層形成は、原子層の1レイヤーづつ自ら制御して成膜していく方法で原子レベルでの制御が可能であり、他の蒸着処理による層形成に比べて、高精度に均一に成膜できることから高品質のものが得られ、上記当審拒絶理由の理由3で提示した引用文献2及び3に記載されているように光学フィルタの製造にも用いられるものである。上記請求人の説明は、このALDによる層形成としての特徴を説明したにすぎず、上記当審拒絶理由で指摘した、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することと、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととは、どのような技術的関係があるのか、特に、「物質の化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことにおいて、全部の層がALDで形成されることがなぜ適当でないのか、「一部の層のみ」といっても、いずれの層についても選択的にALDで形成した場合についてそのようなことがいえるのかも不明であるという指摘についての説明もない。

ウ よって、上記当審拒絶理由の理由1で指摘した事項は、依然として解消されないことから、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 理由2(明確性)について
ア 補正により、上記当審拒絶理由の理由2の(2)で指摘した請求項5は「前記流体試料インターフェースは、複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」、請求項7は「前記検出器または前記光源は、複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」、請求項8は「前記帯域通過フィルタ要素は、複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」、請求項9は「前記入力側レンズは、複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」、請求項10は「前記出力側レンズは、複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」と補正され、「流体試料インターフェース」、「検出器」、「光源」、「帯域通過フィルタ要素」、「ICEに対する入力側レンズ」、「ICEに対する出力側レンズ」のすべて部品について「複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層である」とされている。

イ 一方、これらが引用する上記第2で記載した本願発明の「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され」た「干渉フィルタを備え」た「統合計算要素(ICE)」は、「材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択され」るものであるところ、上記「流体試料インターフェース」、「検出器」、「光源」、「帯域通過フィルタ要素」、「ICEに対する入力側レンズ」、「ICEに対する出力側レンズ」の各部品の「複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層」が、本願発明の「材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととどのように関係するのか不明であり、そして、それらの部品(特に、フィルタ以外の流体試料インターフェース、検出器、光源、ICEに対する入力側レンズ、ICEに対する出力側レンズ)に対して「複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層」を設けることの技術的意味について理解できる程度に特定されていない。
この点、請求人は、意見書で「層が「ALDを使用して形成または改良される」ことと「物質の化学的または物理的特性を対象として多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」こととの関係は明確である。」と述べるにとどまり、ICEにおける「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成された干渉フィルタ」と、上記他の部品における「複数の層を備え、そのうちの少なくとも1つは、ALDを使用して形成または改良される層」との関係を明らかにしていない。

ウ よって、上記当審拒絶理由の理由2の(2)イで指摘した事項は、依然として解消されないことから、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

3 理由3(進歩性)について
(1)引用文献について
ア 引用文献1について
(ア)上記引用文献1は「Application of multivariate optical computing to simple near-infrared point measurements」(当審訳:多変量光学的計算の簡単な近赤外線による測定への適用)についての文献であり、以下の事項が記載されている。
(1ア)「ABSTRACT
Quantitative multivariate spectroscopic methods seek spectral patterns that correspond to analyte concentrations even in the presence of interferents. By embedding a spectral pattern that corresponds to a target analyte in an interference filter in a beamsplitter arrangement; bulky and complex, instrumentation can be eliminated with the goal of producing a field-portable instrument. A candidate filter design for an organic analyte, of military interest, and an interferent is evaluated.」(208頁1?7行)
(当審訳:要旨
定量的な多変量分光法は、干渉物質の存在下でも分析物の濃度に対応するスペクトルパターンを探す。標的分析物に関するスペクトルパターンをビームスプリッタを配置した干渉フィルタに適応させることにより、かさばる複雑な計測器を省くことができ、屋外で使える携帯用の機器を製造することができる。軍事的に関心のある有機物の分析物、干渉物質のための候補となるフィルタ設計が評価される。)

(1イ)「1. INTRODUCTION
Multivariate spectroscopy is a powerful tool for analytical determinations of the chemical and physical characteristics of a wide range of sample types. In one common approach for applying mrultivariate modeling to chemical problems, a spectral pattern that correlates with a dependent variable is found.・・・. The all-optical approach taken by this laboratory centers on the production of one or more optical interference coatings whose transmission spectra incorporate features of the spectral regression vector. The concept behind this approach is shown schematically in Figure 1.」(208頁8?24行)
(当審訳:序論
多変量分光法は、試料種別の広い範囲において化学的又は物理的特性の試料分析の決定に対して強力なツールである。化学的問題に対する多変量モデリングの適用への共通する1つのアプローチには、従属する変量に相関するスペクトルパターンがある。・・・。この実験室で取られる全ての光学的アプローチは、1つ又は複数の光学干渉層の形成に向けられ、それらの光学干渉層の透過光のスペクトルは、スペクトルの回帰ベクトルの特徴を具体化する。このアプローチの背景にある概念は、図1に概略的に示されている。)

(1ウ)Figure 1には以下の図面が記載されている。



(1エ)「Figure 1. Schematic diagram of a simple single-element system for the prediction of chemical properties based on the transmission spectroscopy of samples in cuvettes. In this design, MOE is the multivariate optical element, the bandpass selection filters are simple colored glass filters that roughly limit the spectral window, the detectors are matched, T and R stand for transmittance and reflectance on the scale of zero to one, and L is the scaled regression vector of the MOE.」
(当審訳:図1.キュベットに入れた試料の透過分光解析に基づいて化学的特性を推定するための簡易的な1つの構成となるシステムの概略図である。この設計では、MOEは多変量光学素子であり、バンドパス選択フィルタはスペクトル帯域を粗く制限する平易な着色ガラスであり、検出器は0からある値の計測範囲の透過光と反射光を表すTとRに対応するようにしており、そして、LはMOEのスケールされた回帰ベクトルである。)

(1オ)「3.3 A second approach to MOE design: vector relaxation
In this approach, random number generation produces a random multilayer structure that is then used as a starting point for an in-house algorithm that iterates this structure to find a result that can be characterized as "the best solution at this level of complexity". The in-house algorithm is described separately[4], but uses the original data (Figure 4) to optimize the structure of the MOE coating in a way that minimizes the SEP.」
(当審訳:3.3 MOE設計への第2のアプローチ:ベクトル緩和
このアプローチでは、ランダムな生成によってランダムな多層構造が生成される。そして、「このレベルの複雑性における最善の解決策」として特徴付ける結果を見つけるために、この構造を繰り返す内部手順の最初として使用される。内部手順は別々に表されるが、SEPを最小化する方法において、MOE層の構造を最適化する最初のデータとして使用される。)

(イ)引用発明について
a 記載事項の整理
(a)上記図1のシステムは、上記摘記(1ア)?(1エ)より「多変量分光法」により「試料分析」を行うシステムである。

(b)上記図1のシステムには、「Light source」(光源)があることが見て取れる。

(c)上記摘記(1ア)における「定量的な多変量分光法は、干渉物質の存在下でも分析物の濃度に対応するスペクトルパターンを探す。標的分析物に関するスペクトルパターンをビームスプリッタを配置した干渉フィルタに適応させる」、「有機物の分析物、干渉物質のための候補となるフィルタ設計が評価される。」ことにおける「干渉フィルタ」とは、上記図1の「MOE」におけるものである。そして、摘記(1イ)に「全ての光学的アプローチは、1つ又は複数の光学干渉層の形成に向けられ、それらの光学干渉層の透過光のスペクトルは、スペクトルの回帰ベクトルの特徴を具体化する。このアプローチの背景にある概念は、図1に概略的に示されている。」と記載されており、摘記(1オ)にはMOEを形成する層が多層構造であることが示されていることから、MOEの干渉フィルターは、複数の光学干渉層によって形成されたものであるといえる。
さらに、上記図1及び摘記(1エ)の「MOEは多変量光学素子であり、・・・LはMOEのスケールされた回帰ベクトルである。」との記載を考慮すると、「MOE」は、回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子であるといえる。
してみれば、上記図1の「MOE」は、複数の光学干渉層によって形成された干渉フィルタを備えており、回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子であるといえる。

b 引用発明
上記(ア)及びaを踏まえると、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「キュベットに入れた試料の透過分光解析に基づいて化学的特性を推定するための簡易的な1つの構成となる、多変量分光法により試料分析を行うシステムであって、
光源、MOE、検出器を有し、
MOEは、複数の光学干渉層によって形成された干渉フィルタを備えており、回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子である、
システム。」

イ 引用文献2について
上記引用文献2は、「THIN FILM AND OPTICAL INTERFERENCE FILTER INCORPORATING HIGH-INDEX TITANIUM DIOXIDE AND METHOD FOR MAKING THEM」(当審訳:高屈折率の二酸化チタンを組み込んだ薄膜光干渉フィルタとその製造方法)についてのものであり、以下の事項が記載されている。
(2ア)「[0004] Filters have been produced using atomic layer deposition (ALD) for a limited number of optical applications that require relatively thick coatings. ALD is a slow and expensive process for thick coatings, but ALD is useful if precise layer thickness and minimal defects are required.」
(当審訳:フィルタは、比較的厚い被覆を必要とする限られた光学用途に対して、原子層堆積(ALD)を使用して製造されてきた。ALDは、厚いコーティングに対し遅くかつ高価なプロセスであるが、正確な層厚さおよび欠陥を最小限にする必要がある場合にはALDは有用である。」と記載されている。

ウ 引用文献3について
上記引用文献3は「光フィルタの製造方法及び装置」についてのものであり、以下の事項が記載されている。
(3ア)「【0002】
【従来技術】高屈折率物質及び低屈折率物質の交互の層からなる薄膜光フィルタがディスプレイ装置、眼保護装置、カラー計測装置及びレーザ装置のような多くの用途のために開発されている。・・・
【0003】蒸着及びスパッタリング(及びこれらのプロセスにより作製されたフィルタ)は多くの用途に対し満足であるが、もっと要求の厳しい用途用のフィルタは層厚の制御を必要とするともに、蒸着やスパッタリングプロセスにより一般に達成し得ない層組成を必要とする。更に、蒸着やスパッタリングは堆積につれてストレス(応力)を受ける膜を生成し得る。・・・
【0004】層の形成方法は、原子層エピタキシ(ALE)、原子層化学気相成長(ALCVD)及び原子層堆積(ALD)を含む。便宜のために、ここではALE,ALCVD及びALDを適宜使用する。これらの方法において、基板の表面を2以上の先駆物質の交互のパルスに暴露させる。第1先駆物質は表面に結合し、第2先駆物質は結合した第1物質と反応してこれらの先駆物質の化合(又は結合)からなる物質のサブ層を形成する。このような方法を用いる層形成は1以上の先駆物質への暴露による基板表面の飽和に基づいて容易に制御することができる。」

(2)対比
ア 本願発明と引用発明とを対比すると、以下のとおりである。
(ア)光源、検出器について
引用発明の「光源」及び「光学解析を行う」ための「検出器」は、本願発明の「光源」及び「光学信号を電気信号に変換する検出器」に相当する。

(イ)統合計算要素(ICE)について
a 本願発明の「統合計算要素(ICE)」とは、本願明細書に「統合計算要素(ICE)(あるときには、多変量光学要素またはMOEと称される)」(【0008】)と記載されるものであるから、引用発明の「MOE」は、本願発明の「ICE」に対応するものである。

b 材料組成の光学解析について
本願発明の「流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測」とは、「スペクトルS(λ)の詳細なプロファイルは、試料140中の複数の化学物質内の各化学成分の濃度に関する情報を提供する」(【0014】)と記載されているように、流体試料における化学成分の濃度の予測を含むものである。
一方、引用発明の「キュベットに入れた試料」は、キュベットに入れることから流体試料であり、そして、引用発明の「透過分光解析に基づいて化学的特性を推定する」「多変量分光法により試料分析を行う」ことは、上記摘記(1ア)に「分析物の濃度」と記載されていることから、流体試料における分析物の濃度の分析を含むものである。
してみれば、引用発明の「キュベットに入れた試料の透過分光解析に基づいて化学的特性を推定する」「多変量分光法により試料分析を行う」ことは、本願発明の「「流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測」に相当する。

c 多変量問題を解く回帰ベクトルについて
本願発明の「物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」ことについて、本願明細書に「試料104は、全般的に、異なる波長成分を様々な程度に吸収し、かつ他の波長成分を通過させることによって、帯域通過フィルタ106を通過した光と相互作用する。したがって、試料104から出力される光は、試料104の化学成分に固有の情報を含むスペクトルS(λ)を有する。スペクトルS(λ)は、複数の数値入力S_(i)を有する行ベクトルとして表され得る。各数値入力S_(i)は、特定の波長λでの光のスペクトル密度に比例する。したがって、入力S_(i)は、全てゼロ(0)以上である。さらに、スペクトルS(λ)の詳細なプロファイルは、試料140中の複数の化学物質内の各化学成分の濃度に関する情報を提供する。試料104からの光は、レンズ110Aによって合焦させられた後に検出器112Aによって測定される光を生成するために、ICE102によって部分的に透過される。光の別の部分は、ICE102から部分的に反射され、そして、レンズ110Bによって合焦させられた後に検出器112Bによって測定される。いくつかの実施形態において、ICE102は、行ベクトルL(λ)として表すことができるあるスペクトル特性を有する、干渉フィルタであり得る。ベクトルL(λ)は、一連の数値入力L_(i)であり、よって、透過光および反射光のスペクトルは、
S_(LT)(λ)=S(λ)・(1/2+L(λ)) (1.1)
S_(LR)(λ)=S(λ)・(1/2-L(λ)) (1.2)
である。」(【0014】)と記載されている。
一方、引用発明の「MOE」は、上記図1及び(1エ)の記載から、上記本願明細書の上記式(1.1)と(1.2)に対応するT=0.5+L/2とR=0.5+L/2における回帰ベクトルLに対応するスペクトルを提供するものであり、それは「多変量分光法により試料分析を行う」ための「多変量光学素子」である。
してみれば、引用発明の「多変量分光法により試料分析を行う」ための「回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子である」「MOE」は、本願発明の「物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供する」「流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測するのに使用される」「ICE」に相当する。

d 干渉フィルターについて
引用発明の「複数の光学干渉層によって形成された干渉フィルタ」は、本願発明の「複数の光学層で形成された干渉フィルタ」に相当する。

e 以上のa?dを踏まえると、
引用発明の「「多変量分光法により試料分析を行う」ための「複数の光学干渉層によって形成された干渉フィルタを備えており、回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子である」「MOE」と、本願発明の「物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された、複数の光学層で形成された干渉フィルタを備え、前記複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され、」「流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測するのに使用される」「ICE」とは、「物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された、複数の光学層で形成された干渉フィルタを備え、」「流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測するのに使用される」「ICE」の点で共通するといえる。

(ウ)引用発明の「キュベットに入れた試料の透過分光解析に基づいて」「多変量分光法により試料分析を行うシステム」は、本願発明の「流体解析システム」に相当する。

イ 一致点・相違点
上記アを踏まえれば、本願発明と引用発明とは、
(一致点)
「流体解析システムであって、
光源と、
統合計算要素(ICE)と、
光学信号を電気信号に変換する検出器と、を備え、
前記ICEは、物質の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性を対象とした多変量問題を解く回帰ベクトルに対応するスペクトル特性を提供するように選択された、複数の光学層で形成された干渉フィルタを備え、前記ICEは、流体試料の材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性の予測するのに使用される、流体解析システム。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
干渉フィルタを形成する複数の光学層が、本願発明では、「複数の光学層のうちの一部の層のみが、原子層蒸着(ALD)を使用して形成され」るのに対し、引用発明では、そのように形成されるものかどうか不明である点。

なお、上記一致点及び相違点については、補正によって「化学的または物理的特性」が「材料組成の光学解析を行うための化学的または物理的特性」に補正されたが、実質的に上記当審拒絶理由で述べた一致点及び相違点と変わっておらず、これについて上記当審拒絶理由で「(一致点・相違点の認定が、仮にそうではないと主張する場合には、技術的な根拠をもって主張されたい)」と記載したが、請求人からは具体的な反論はなかった。

(3)判断
ア 相違点について
上記引用文献2及び3の記載にも示されているように、正確な層厚さとするために、欠陥を最小限とするために、及び/又は、制御を容易とするために、干渉フィルタ等の光学フィルタの層を原子層蒸着(ALD)を使用して形成することは、本出願前当業者において周知技術である。
そして、引用発明の「回帰ベクトルに対応するスペクトルを提供する多変量光学素子」が備える「複数の光学干渉層によって形成された干渉フィルタ」においても、「光学干渉層」を正確な層厚さとすること、欠陥を最小限とすること、及び/又は、制御を容易とすることは望ましいことといえることから、引用発明において「光学干渉層」を「原子層蒸着(ALD)を使用して形成」することは当業者が容易になし得たことであり、その際、上記引用文献2に記載されているとおり「原子層蒸着(ALD)」は成膜速度が遅くかつ高価なプロセスであることから「一部の層のみ」とすることも当業者が適宜なし得たことである。

なお、上記1の理由1で述べたとおり、請求人は、本願発明において「原子層蒸着(ALD)を使用して形成され」るのが「前記複数の光学層のうちの一部の層のみ」であることの技術的意義について説明してこなかった。

イ 効果について
本願明細書には、本願発明の効果として「ALDによって、品質保証、品質管理、および収率が、より高くなり、かつより容易に制御され得る。」(【0043】)、「本明細書で開示されるように、ALDは、(既存の蒸着技法よりも速い製作時間および良好な性能をもたらす)より薄い全厚さを有するより複雑なICE設計を製作するために用いられ得る。さらに、ALDは、機能性ICEを製作するために使用され得る。」(【0044】)等と記載しているが、「速い製作時間」(ALDは他の成膜方法に対し成膜速度が遅いのが一般的であるから「既存の蒸着技法よりも速い製作時間」というのは技術的に疑問である)を除き、ALDとして周知の特徴を述べたにすぎないことから、層の形成にALDを用いた時の当業者の予期し得る範囲の効果にすぎない。

ウ 請求人の主張について
請求人は、意見書で「引用文献1乃至5のいずれにも、本願発明のような、複数の光学層のうちの一部の層のみが、ALDを使用して形成される構成が開示も示唆もされていない以上、当業者は引用文献1乃至5に記載の発明に基づいて、本願発明を容易に想到することは到底できない。」と主張しているが、上記アで述べたとおり、複数の光学層のうちの「一部の層のみ」をALDを使用して形成することは、当業者が容易になし得たことである。

(4)小括
よって、本願発明は、引用発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより記載されたものでないことから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、そして、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その余の請求項に係る発明に対する特許法第29条第2項の規定について言及するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり、審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-11-06 
結審通知日 2019-11-11 
審決日 2019-11-22 
出願番号 特願2015-553707(P2015-553707)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (G01N)
P 1 8・ 536- WZ (G01N)
P 1 8・ 121- WZ (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 塚本 丈二  
特許庁審判長 福島 浩司
特許庁審判官 信田 昌男
三崎 仁
発明の名称 原子層蒸着を使用して形成される統合計算要素を有する流体解析システム  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 山本 泰史  
代理人 鈴木 博子  
代理人 松下 満  
代理人 ▲吉▼田 和彦  
代理人 弟子丸 健  
代理人 倉澤 伊知郎  

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