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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C22C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C |
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管理番号 | 1361434 |
異議申立番号 | 異議2019-700088 |
総通号数 | 245 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-05-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-02-07 |
確定日 | 2020-02-19 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6369658号発明「鋼管及び鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6369658号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第6369658号の請求項1?5に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6369658号(請求項の数5。以下,「本件特許」という。)は,平成29年9月19日を国際出願日とする特許出願(特願2018-508261号)に係るものであって,平成30年7月20日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,平成30年8月8日である。)。 その後,平成31年2月7日に,本件特許の請求項1?5に係る特許に対して,特許異議申立人であるJFEスチール株式会社(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。 本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。 平成31年 2月 7日 特許異議申立書 4月26日付け 取消理由通知書,審尋 令和 1年 7月 8日 意見書,回答書 8月30日付け 取消理由通知書(決定の予告) 10月31日 意見書,訂正請求書 11月18日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知) なお,令和1年11月18日付けの通知書(訂正請求があった旨の通知)に対して,申立人から意見書は提出されなかった。 第2 訂正の請求について 1 訂正の内容 令和1年10月31日付けの訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?5について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に,「グラニュラーベイナイト,アシキュラーフェライト,焼戻しベイナイト,及び,焼戻しマルテンサイトからなる群から選択される1種又は2種以上を面積率の合計で80%超含み,」とあるのを,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含み,」に訂正する。 (2)一群の請求項について 訂正前の請求項1?5について,請求項2?5は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1?5は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。 2 訂正の適否についての当審の判断 (1)訂正事項1について 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「金属組織」の種類について,「グラニュラーベイナイト,アシキュラーフェライト,焼戻しベイナイト,及び,焼戻しマルテンサイトからなる群から選択される1種又は2種以上」を,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種」に限定するとともに,その「面積率の合計」について,「80%超」を「92%以上」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 そして,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には,上記金属組織の種類について,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト」(表3-1及び表4-1の試験No.1?22及び56),「グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト」(同表の試験No.54),「(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイト」(同表の試験No.55)との記載があり,また,「グラニュラーベイナイト,アシキュラーフェライト,焼戻しベイナイト,及び,焼戻しマルテンサイトの合計面積率%」について,「92」%から「100」%の各数値の記載があるから(表3-1及び表4-1の試験No.1?22及び54?56),この訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。 なお,本件においては,訂正前の全ての請求項1?5について特許異議申立てがされているので,特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。 3 まとめ 上記2のとおり,訂正事項1に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。 第3 本件発明 前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?5に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 筒状の鋼板からなる母材部と, 前記鋼板の突合せ部に設けられ,前記鋼板の長手方向に延在する溶接部と, を有し, 前記鋼板は,化学組成として,質量%で, C :0.030?0.080%, Mn:0.80?1.60%, Nb:0.006?0.100%, Ti:0.001?0.030%, Ca:0.0005?0.0050%, N :0.0010?0.0080%, Cr:0?1.00%, Mo:0?0.50%, Ni:0?1.00%, Cu:0?1.00%, V :0?0.10%, Mg:0?0.0100%, REM:0?0.0100%, を含み, O :0.0050%以下, Si:0.50%以下, Al:0.060%以下, P :0.020%以下, S :0.003%以下, に制限し, 残部がFe及び不純物からなり, 前記鋼板は,下記式(1)で定義されるESSP:1.5?3.0,かつ,下記式(2)で定義されるCeq:0.20?0.50を満足し, 前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含み, 前記母材部の前記表層部における最高硬さであるHv_(max)が250Hv以下であり, 降伏比が85%以上である ことを特徴とする鋼管。 ESSP=[Ca]×(1-124×[O])/(1.25×[S]) ・・・(1) Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(2) ここで,前記式(1)及び前記式(2)中の[Ca],[O],[S],[C],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]は,前記鋼板中のそれぞれCa,O,S,C,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,Vの質量%での含有量を示す。 【請求項2】 前記鋼板の,前記化学組成が,質量%で, Cr:0.10?1.00%, Mo:0.03?0.50%, Ni:0.10?1.00%, Cu:0.10?1.00%, V :0.005?0.10%, Mg:0.0010?0.0100%, REM:0.0010?0.0100%, からなる群から選択される1種又は2種以上を含む ことを特徴とする請求項1に記載の鋼管。 【請求項3】 前記Hv_(max)が240Hv以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼管。 【請求項4】 前記母材部の板厚が10?40mmであり, 管径が508mm以上である ことを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載の鋼管。 【請求項5】 請求項1?4のいずれか一項に記載の鋼管の前記母材部に用いられることを特徴とする鋼板。 第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要 1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由 本件特許の請求項1?5に係る特許は,下記(1)?(3)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法として,下記(4)の甲第1号証の1?甲第7号証(以下,単に「甲1の1」等という。)を提出する。 (1)申立理由1(新規性) 本件訂正前の請求項1?5に係る発明は,甲1の1又は甲1の2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?5に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (2)申立理由2(進歩性) 本件訂正前の請求項1?5に係る発明は,甲1の1又は甲1の2に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?5に係る特許は,同法113条2号に該当する。 (3)申立理由3(サポート要件) 本件訂正前の請求項1?5に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?5に係る特許は,同法113条4号に該当する。 (4)証拠方法 ・甲1の1 特開2012-241270号公報 ・甲1の2 特開2012-241274号公報 ・甲2 「鉄鋼のベイナイト組織の定義 ?現状の理解?」,熱処理,平成22年2月,50巻,1号,22?27頁 ・甲3 B. L. BRAMFITT and J. G. SPEER,"A Perspective on the Morphology of Bainite", METALLURGICAL TRANSACTIONS A, 1990, April, Vol. 21A, p.817-829 ・甲4 「新版 鉄鋼材料と合金元素」,一般社団法人 日本鉄鋼協会,2015年11月27日,84?87頁 ・甲5 特開2004-99930号公報 ・甲6 特開2014-218707号公報 ・甲7 特許第6369658号公報 2 取消理由通知書に記載した取消理由 (1)平成31年4月26日付けの取消理由通知書 ア 取消理由1(サポート要件) 上記1の申立理由3(サポート要件)(うち,金属組織の種類及びその面積率の合計に関するもの)と同旨 (2)令和1年8月30日付けの取消理由通知書(決定の予告) ア 取消理由1(サポート要件) 上記1の申立理由3(サポート要件)(うち,金属組織の種類及びその面積率の合計に関するもの)と同旨 第5 各証拠の記載事項 1 甲1の1 甲1の1には,以下の記載がある(下線は,当審にて付与したものである。また,「・・・」は,記載の省略を意味する。以下,同様。)。 「【請求項1】 厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で, C: 0.02?0.08% Si: 0.01?0.50% Mn: 0.5?1.5% P: 0.010%以下 S: 0.001%以下 Al: 0.06%以下 Nb: 0.002?0.100% Ca: 0.0005?0.0040% O: 0.0030%以下 を含有し,さらに, Cu: 1.0%以下 Ni: 1.0%以下 Cr: 1.00%以下 Mo: 0.50%以下 の中から選ばれる1種以上を含有し, さらに,式(1)で規定されるCeqが0.30以上, 式(2)で規定されるPHICが1.00以下, 式(3)で規定されるACRが1.00?6.00であり, 残部Feおよび不可避的不純物からなり, 母材表層部の金属組織が上部ベイナイトであるか又はフェライト及び上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が4%以下, かつ,管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が50以下, 管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が50以下, 表層硬さの最大値が248以下 であることを特徴とする耐圧潰性に優れた高強度耐サワーラインパイプ。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。 【請求項2】 さらに,質量%で, V: 0.005?0.100% Ti: 0.005?0.050% Mg: 0.0005?0.0040% の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の耐圧潰性に優れた高強度耐サワーラインパイプ。 ・・・ 【請求項4】 鋼素材を,900?1200℃に加熱後,900℃以下の累積圧下率を30?90%とし圧延終了温度を(Ar_(3)-10℃)以上とした熱間圧延を行った後, 加速冷却の直前に鋼板表面での噴射流衝突圧が1MPa以上のデスケーリングを行い, 直ちに(Ar_(3)-30℃)以上の温度から表層の冷却速度が200℃/s以下かつ平均の冷却速度が10℃/s以上で冷却停止温度が300℃?600℃になる加速冷却を行い, その後室温まで冷却して得られた厚鋼板を,冷間で管状に成形し, 突合せ部を溶接し鋼管とした後, さらに,0.5?1.1%の拡管率で拡管を行うことによって製造する ことを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の耐圧潰性に優れた高強度耐サワーラインパイプの製造方法。 ・・・ 【0047】 上記の元素以外はFeおよび不避的不純物とし,意図的に添加しない。より好ましくは,不可避的不純物の含有量上限を,Nで0.0060%以下,Bで0.0005%以下とする。 ・・・ 【0048】 表層組織 表層組織は耐SSC性を確保するために過度に焼きの入った組織になることを防ぐ必要がある。本発明では,加速冷却の直前にデスケーリングを行うことで,厚いスケールの生成に起因した表層での硬化組織の生成を抑制し,表層組織を上部ベイナイトにするか,もしくはフェライト+上部ベイナイト(フェライトと上部ベイナイトとの混合組織をこのように表記する)主体にすることで,表層硬さの過度な上昇を防ぐ。なお,これらの主体組織以外としては,マルテンサイト,M-A,下部ベイナイト,パーライトおよびセメンタイトがあり,いずれも,フェライト,上部ベイナイトに比べて硬い組織であるため,少ない方が良い。なお,主体組織の体積分率を特には規定しないが,より好ましくは85%以上である。このとき,上部ベイナイトのラス間に生成するセメンタイトは上部ベイナイトの一部として測定する。また,表層とは最表層から管厚方向2mmまでの領域のことである。」 ・・・ 【0052】 3.硬さ 本発明では,管周方向,管厚方向の硬さ分布および硬さの最大値を規定する。なお,硬さはビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定したものとする。 ・・・ 【0075】 表1に示す化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,加熱したスラブを熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて加速冷却を行い,厚鋼板を製造した。製造した鋼板をUOE成形によって造管した。突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施した。なお,Oプレスの圧縮率はすべて0.3%とした。以上の方法で製造した溶接鋼管の製造方法の詳細を表2に示す。なお,加熱温度は鋼板全体の平均温度とし,圧延終了温度および冷却開始温度は鋼板表面温度を,また,冷却停止温度は復熱後の鋼板表面温度を用いた。 【0076】 【表1】 【0077】 【表2】 ・・・ 【0086】 【表3】 」 2 甲1の2 甲1の2には,以下の記載がある。 「【請求項1】 厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で, C: 0.02?0.08% Si: 0.01?0.50% Mn: 0.5?1.5% P: 0.010%以下 S: 0.001%以下 Al: 0.06%以下 Nb: 0.002?0.100% Ca: 0.0005?0.0040% O: 0.0030%以下 を含有し,さらに, Cu: 1.0%以下 Ni: 1.0%以下 Cr: 1.0%以下 Mo: 0.5%以下 の中から選ばれる1種以上を含有し, さらに,式(1)で規定されるCeqが0.30以上, 式(2)で規定されるPHICが1.00以下, 式(3)で規定されるACRが1.00?6.00であり, 残部Feおよび不可避的不純物からなり, 母材表層部の金属組織が上部ベイナイトであるか,又はフェライト及び上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が4%以下, かつ,管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が30以下, 管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が30以下, 表層硬さの最大値が230以下である ことを特徴とする耐圧潰性および耐サワー性に優れた高強度ラインパイプ。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。 【請求項2】 さらに,質量%で, V: 0.005?0.100% Ti: 0.005?0.050% Mg: 0.0005?0.0040% の中から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の耐圧潰性および耐サワー性に優れた高強度ラインパイプ。 ・・・ 【請求項4】 鋼素材を,900?1200℃に加熱後, 900℃以下の累積圧下率を30?90%とし圧延終了温度を(Ar_(3)-10℃)以上とした熱間圧延を行った後, 加速冷却の直前に鋼板表面での噴射流衝突圧が1MPa以上のデスケーリングを行い, その後,鋼板表層温度が(Ar_(3)-80℃)以上の温度域から,鋼板表層冷却速度が10℃/s以上100℃/s以下で, 鋼板表層温度が300℃以上600℃以下,なおかつ鋼板平均温度が630℃以上の温度域まで,式(6)を満たす条件で1段目の加速冷却を行い, 続いて,鋼板平均冷却速度が10℃/s以上で鋼板平均温度が300℃以上600℃以下の温度域まで2段目の加速冷却を行い, その後,室温まで冷却して得られた厚鋼板を,冷間で管状に成形し,突合せ部を溶接し鋼管とした後,さらに,0.5?1.1%の拡管率で拡管を行うことによって製造する ことを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の耐圧潰性および耐サワー性に優れた高強度ラインパイプの製造方法。 (700-T)/V≧3 式(6) ここで,T: 1段目の加速冷却の鋼板表層冷却停止温度(℃),V: 1段目の加速冷却の鋼板表層冷却速度(℃/s)である。」 ・・・ 【0046】 上記の元素以外はFeおよび不避的不純物とし,意図的に添加しない。より好ましくは,不可避的不純物の含有量を,N;0.0060%以下,B;0.0005%以下とする。 ・・・ 【0048】 表層組織 表層組織は耐SSC性を確保するために過度に焼きの入った組織になることを防ぐ必要がある。本発明では,加速冷却の直前にデスケーリングを行うことで,厚いスケールの生成に起因した表層での硬化組織の生成を抑制し,表層組織を上部ベイナイトにするか,フェライト及び上部ベイナイトの混合組織(以下,フェライト+上部ベイナイトとも記す)を主体にすることで,表層硬さの過度な上昇を防ぐ。なお,これらの主体とする組織以外としては,マルテンサイト,M-A,下部ベイナイト,パーライトおよびセメンタイトがあり,いずれも,フェライト,上部ベイナイトにくらべて硬い組織であるため,少ない方がより好ましい。なお,主体とする組織の体積分率を特には規定しないが,より好ましくは85%以上である。このとき,上部ベイナイトのラス間に生成するセメンタイトは上部ベイナイトの一部として測定する。また,表層とは最表層から管厚方向2mmまでの領域のことである。 ・・・ 【0052】 3.硬さ 本発明では,管周方向,管厚方向の硬さ分布および硬さの最大値を規定する。なお,硬さはビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定したものとする。 ・・・ 【0067】 冷却開始温度 冷却開始時の鋼板表面温度は,(Ar_(3)-80℃)以上とする。・・・ 【0068】 ・・・ 1段目表層冷却速度 本発明の所望とする強度や管厚の範囲内で鋼板表層の硬さを230以下にするためには,スケールが均一に剥離した状態において鋼板表層の冷却速度を100℃/s以下にする必要がある。・・・ 1段目の表層冷却停止温度 冷却停止時の鋼板の表層温度が600℃を超えると,表層が変態し終えておらず2段目の加速冷却により急冷され硬化してしまう。・・・ 【0069】 ・・・ 1段目の鋼板平均冷却停止温度 ・・・したがって,鋼板平均温度が630℃以上まで式(6)を満たす条件で1段目の加速冷却を行うこととする。・・・ 【0070】 ・・・ 2段目の鋼板平均冷却速度 ・・・また,この製造方法は,厚肉材の表層硬さ低減に対して有効なプロセスであり,例えば母材厚60mmで十分の強度を得るためには10℃/s以上の冷却速度が必要であるため,下限を10℃/sとする。・・・ 2段目の鋼板平均冷却停止温度 ・・・よって,鋼板平均温度が300℃以上600℃以下の温度域まで2段目の加速冷却を行うこととする。 ・・・ 【0077】 表1に示す化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,加熱したスラブを熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて加速冷却を行なった。加速冷却は図1に示した設備を用いて行い,1段目の加速冷却終了後,20秒以内に,2段目の加速冷却を開始し,加速冷却終了後に放冷し,厚鋼板を製造した。製造した鋼板をUOE成形によって造管した。突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施した。なお,Oプレスの圧縮率はすべて0.3%とした。以上の方法で製造した溶接鋼管の製造方法の詳細を表2に示す。なお,加熱温度は鋼板全体の平均温度とし,圧延終了温度および冷却開始温度,表層冷却停止温度は鋼板表面温度を,誘導加熱による表層加熱温度は鋼板表層温度を,鋼板平均温度および鋼板平均冷却速度は,加熱パターンと実績表層温度より熱伝導計算により計算した。 【0078】 【表1】 【0079】 【表2】 ・・・ 【0089】 【表3】 」 第6 当審の判断 以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。 1 取消理由通知書に記載した取消理由 (1)取消理由1(サポート要件) ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知的財産高等裁判所,平成17年(行ケ)第10042号,同年11月11日特別部判決)。以下,検討する。 イ 本件発明1?5は,筒状の鋼板からなる母材部と,鋼板の突合せ部に設けられ,鋼板の長手方向に延在する溶接部とを有する鋼管,及び,その鋼管の母材部に用いられる鋼板に関するものである。 本件明細書の記載(【0002】?【0014】)によれば,本件発明1?5の課題は,従来鋼と同等またはそれ以上の耐HIC性を有し,降伏強度が350MPa以上で,かつ,硫化水素分圧が0.1MPaを超える硫化水素を含む30℃以下の環境で,降伏強度の90%以上の応力を負荷しても割れの発生しない耐SSC性に優れる鋼管,及び,その鋼管の素材となる鋼板を提供することであると認められる。 ウ 本件明細書の記載(【0015】?【0018】,【0025】,【0030】?【0066】,【0078】?【0093】)によれば,本件発明1?5の課題は,筒状の鋼板からなる母材部と,鋼板の突合せ部に設けられ,鋼板の長手方向に延在する溶接部とを有する鋼管,又は,その鋼管の母材部に用いられる鋼板において,以下の(ア)?(ウ)の各要件を備えることによって,解決できるとされている。 (ア)「前記鋼板は,化学組成として,質量%で,C:0.030?0.080%,Mn:0.80?1.60%,Nb:0.006?0.100%,Ti:0.001?0.030%,Ca:0.0005?0.0050%,N:0.0010?0.0080%,Cr:0?1.00%,Mo:0?0.50%,Ni:0?1.00%,Cu:0?1.00%,V:0?0.10%,Mg:0?0.0100%,REM:0?0.0100%,を含み,O:0.0050%以下,Si:0.50%以下,Al:0.060%以下,P:0.020%以下,S:0.003%以下,に制限し,残部がFe及び不純物からなり, 前記鋼板は,下記式(1)で定義されるESSP:1.5?3.0,かつ,下記式(2)で定義されるCeq:0.20?0.50を満足し, ESSP=[Ca]×(1-124×[O])/(1.25×[S]) ・・・(1) Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(2) ここで,前記式(1)及び前記式(2)中の[Ca],[O],[S],[C],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]は,前記鋼板中のそれぞれCa,O,S,C,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,Vの質量%での含有量を示す。」(以下,「化学組成要件」という。) (イ)「前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,グラニュラーベイナイト,アシキュラーフェライト,焼戻しベイナイト,及び,焼戻しマルテンサイトからなる群から選択される1種又は2種以上を面積率の合計で80%超含み,」(以下,「表層部組織要件1」という。) (ウ)「前記母材部の前記表層部における最高硬さであるHv_(max)が250Hv以下であり,」(以下,「表層部硬さ要件」という。) エ そして,本件明細書には,鋼板及び鋼管に関する各種の実施例(試験No.1?22及び54?56)及び比較例(試験No.23?53)が記載されているところ(【0095】,【0116】,表1-1?4-4),上記実施例は,上記の化学組成要件及び表層部硬さ要件を備えるとともに,上記の表層部組織要件1をさらに限定した要件である,「前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含み,」との要件(以下,「表層部組織要件2」という。)を備えるものである。 本件明細書には,上記実施例及び比較例について,鋼管から試験片を採取して降伏強度を測定するとともに,以下のとおり,耐HIC性及び耐SSC性を評価したことが記載されており(【0110】),その結果が表4-3に示されている。 ・耐HIC性:長さ100mm×幅20mmの全厚試験片を採取し,NACE TM 0284に準拠し,5%食塩と0.5%酢酸とを含有する溶液に0.1MPaの硫化水素を飽和させた条件で,96時間浸漬させた後の割れ面積率を求め,割れ面積率が3%以下であれば,耐HIC性に優れると判断。 ・耐SSC性:4点曲げ試験片を採取し,NACE TM 0177に準拠して,表4に示す種々の硫化水素分圧,pH3.5の溶液環境での90%実降伏応力下での4点曲げ試験を行い,割れの発生有無を調査し,割れが発生しない場合に,耐SSC性に優れると判断。 表4-3によれば,上記実施例では,いずれも,降伏強度が350MPa以上であり,優れた耐HIC性(「浸漬試験結果CAR%」が3%以下)及び優れた耐SSC性(「4点曲げ試験結果」が「No Crack」)を有する鋼管が得られていることが示されている。 そうすると,当業者であれば,上記実施例以外の場合であっても,上記の化学組成要件,表層部組織要件2及び表層部硬さ要件を備える鋼管であれば,実施例の場合と同様に,降伏強度が350MPa以上であり,優れた耐HIC性及び優れた耐SSC性を有する鋼管が得られることが理解できるといえる。 オ 以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,上記の化学組成要件,表層部組織要件2及び表層部硬さ要件を備える本件発明1?5は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1?5の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 したがって,本件発明1?5については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものである。 カ 以上のとおりであるから,取消理由1(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。 2 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由 (1)申立理由3(サポート要件)(うち,課題が解決できる比較例の存在等を指摘するもの) 申立人は,本件発明の課題は,「従来鋼と同等またはそれ以上の耐HIC性を有し,降伏強度が350MPa以上で,かつ,硫化水素分圧が0.1MPaを超える硫化水素を含む30℃以下の環境で,降伏強度の90%以上の応力を負荷しても割れの発生しない耐SSC性に優れる鋼管,及び,その鋼管の素材となる鋼板を提供すること」(【0014】)であるところ,本件明細書における比較例の中には,金属組織及びその面積率の合計が,請求項1の条件を満たしていないのに,上記課題を解決できる場合がある(試験No.24及び38)一方で,金属組織及びその面積率の合計が,請求項1の条件を満たしているのに,上記課題を解決できない場合がある(試験No.46)から,請求項1における金属組織及びその面積率の合計の特定は,上記課題を解決するために意味がなく,これらの特定は,上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると主張する(申立書60頁1行?62頁2行)。 しかしながら,申立人が指摘するように,試験No.24及び38が,金属組織及びその面積率の合計の点で,請求項1の条件を満たしていないにもかかわらず,上記課題を解決できると解し得るとしても,上記1(1)で述べたとおり,本件発明1?5の実施例(試験No.1?22及び54?56)において,上記課題を解決できることが示されていることに変わりはなく,本件発明1?5が,上記課題を解決できると認識できる範囲のものであることは,明らかである。 また,試験No.46は,鋼No.29(表1-1,表1-2)を用いるものであるが,申立人も自認するように,Tiの含有量が「0.050%」である点で,請求項1の「0.001?0.030%」を外れるため,比較例である。申立人が指摘するように,このような試験No.46が,金属組織及びその面積率の合計の点では,請求項1の条件を満たしている(表3-2,表4-2)としても,試験No.46は,上記のとおり,そもそも比較例であるから,このような比較例が,上記課題を解決できないとしても,本件発明1?5が,上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるとの判断を左右するものではない。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 したがって,申立理由3(サポート要件)(うち,課題が解決できる比較例の存在等を指摘するもの)によっては,本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。 (2)申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性) ア 各証拠に記載された発明 (ア)甲1の1 前記第5の1のとおり,甲1の1の記載によれば,特に,請求項1,2,4,【0047】,【0048】,【0052】のほか,鋼種Cを用いた鋼管No.9(【0075】,表1?3),鋼種Eを用いた鋼管No.13(【0075】,表1?3)に着目すると,甲1の1には,以下の発明が記載されていると認められる。 (なお,鋼管No.13については,表3の「表層近傍ミクロ組織」の欄に「ベイナイト」と記載されているが,請求項1における「母材表層部の金属組織が上部ベイナイトであるか又はフェライト及び上部ベイナイトであり,」との記載を踏まえ,表3における「ベイナイト」は,「上部ベイナイト」を意味するものと解した。) 「厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で,C:0.032%,Si:0.42%,Mn:1.15%,P:0.009%,S:0.0006%,Al:0.022%,Cu:0.28%,Ni:0.28%,Cr:0.20%,Nb:0.025%,V:0.031%,Ti:0.022%,Ca:0.0018%,Mg:0.0015%,N:0.0050%,O:0.0018%を含有し,さらに,式(1)で規定されるCeqが0.307,式(2)で規定されるPHICが0.920,式(3)で規定されるACRが1.41であり,残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,1060℃に加熱したスラブを,900℃以下の累積圧下率を80%とし,圧延終了温度を800℃とした熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で衝突圧が2MPaの高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて,冷却開始温度が770℃,表層の冷却速度が134℃/s,板厚中央の平均冷却速度が38℃/s,冷却停止温度が450℃で加速冷却を行い,厚鋼板を製造し,製造した鋼板をUOE成形によって造管し,突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施し,Oプレスの圧縮率は0.3%とし,さらに,0.90%の拡管率で拡管を行うことによって製造した溶接鋼管であり, 最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,フェライト及び上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が2.5%, かつ,管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が25, 管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が28, ビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定した表層硬さの最大値が217であり, 引張強度が549MPa,圧縮降伏応力が406MPaである,溶接鋼管。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。」(以下,「引用発明1」という。) 「厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で,C:0.042%,Si:0.09%,Mn:1.55%,P:0.008%,S:0.0006%,Al:0.035%,Cu:0.28%,Ni:0.28%,Cr:0.15%,Nb:0.015%,Ti:0.015%,Ca:0.0024%,N:0.0030%,O:0.0019%を含有し,さらに,式(1)で規定されるCeqが0.368,式(2)で規定されるPHICが1.078,式(3)で規定されるACRが1.95であり,残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,1050℃に加熱したスラブを,900℃以下の累積圧下率を75%とし,圧延終了温度を800℃とした熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で衝突圧が2MPaの高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて,冷却開始温度が770℃,表層の冷却速度が125℃/s,板厚中央の平均冷却速度が30℃/s,冷却停止温度が450℃で加速冷却を行い,厚鋼板を製造し,製造した鋼板をUOE成形によって造管し,突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施し,Oプレスの圧縮率は0.3%とし,さらに,1.35%の拡管率で拡管を行うことによって製造した溶接鋼管であり, 最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が2.1%, かつ,管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が36, 管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が41, ビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定した表層硬さの最大値が240であり, 引張強度が564MPa,圧縮降伏応力が396MPaである,溶接鋼管。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。」(以下,「引用発明2」という。) (イ)甲1の2 前記第5の2のとおり,甲1の2の記載によれば,特に,請求項1,2,4,【0046】,【0048】,【0052】,【0067】?【0070】のほか,鋼種Cを用いた鋼管No.13(【0077】,表1?3),鋼種Eを用いた鋼管No.18(【0077】,表1?3)に着目すると,甲1の2には,以下の発明が記載されていると認められる。 (なお,表2には,「鋼管No.8」が2つ存在するため,2つ目の「鋼管No.8」は,「鋼管No.9」と解し,順次,番号を繰り下げ,「鋼管No.12」,「鋼管No.17」と表記されているものを,それぞれ,「鋼管No.13」,「鋼管No.18」と解した。) 「厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で,C:0.032%,Si:0.42%,Mn:1.15%,P:0.009%,S:0.0006%,Al:0.022%,Cu:0.28%,Ni:0.28%,Cr:0.20%,Nb:0.025%,V:0.031%,Ti:0.022%,Ca:0.0018%,Mg:0.0015%,N:0.0050%,O:0.0018%を含有し,さらに,式(1)で規定されるCeqが0.307,式(2)で規定されるPHICが0.920,式(3)で規定されるACRが1.41であり,残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,1060℃に加熱したスラブを,900℃以下の累積圧下率を80%とし,圧延終了温度を810℃とした熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で衝突圧が2MPaの高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて,冷却開始温度が780℃,1段目の鋼板表層冷却速度が90℃/s,鋼板表層温度(1段目の鋼板表層冷却停止温度)が400℃,鋼板平均温度(1段目の鋼板平均冷却停止温度)が755℃,(700-T)/V(T:1段目の加速冷却の鋼板表層冷却停止温度(℃),V:1段目の加速冷却の鋼板表層冷却速度(℃/s))が3.33で,1段目の加速冷却を行い,1段目の加速冷却終了後,20秒以内に,2段目の加速冷却を開始し,2段目の鋼板平均冷却速度が38℃/s,鋼板平均温度(2段目の鋼板平均冷却停止温度)が430℃で,2段目の加速冷却を行い,2段目の加速冷却終了後に放冷し,厚鋼板を製造し,製造した鋼板をUOE成形によって造管し,突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施し,Oプレスの圧縮率は0.3%とし,さらに,0.90%の拡管率で拡管を行うことによって製造した溶接鋼管であり, 最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,フェライト及び上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が2.5%, かつ,管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が16, 管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が16, ビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定した表層硬さの最大値が202であり, 引張強度が549MPa,圧縮降伏応力が407MPaである,溶接鋼管。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。」(以下,「引用発明3」という。) 「厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した溶接鋼管であって, 質量%で,C:0.042%,Si:0.09%,Mn:1.55%,P:0.008%,S:0.0006%,Al:0.035%,Cu:0.28%,Ni:0.28%,Cr:0.15%,Nb:0.015%,Ti:0.015%,Ca:0.0024%,N:0.0030%,O:0.0019%を含有し,さらに,式(1)で規定されるCeqが0.368,式(2)で規定されるPHICが1.078,式(3)で規定されるACRが1.95であり,残部Feおよび不可避的不純物からなる化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとし,1050℃に加熱したスラブを,900℃以下の累積圧下率を75%とし,圧延終了温度を810℃とした熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で衝突圧が2MPaの高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて,冷却開始温度が780℃,1段目の鋼板表層冷却速度が90℃/s,鋼板表層温度(1段目の鋼板表層冷却停止温度)が400℃,鋼板平均温度(1段目の鋼板平均冷却停止温度)が755℃,(700-T)/V(T:1段目の加速冷却の鋼板表層冷却停止温度(℃),V:1段目の加速冷却の鋼板表層冷却速度(℃/s))が3.33で,1段目の加速冷却を行い,1段目の加速冷却終了後,20秒以内に,2段目の加速冷却を開始し,2段目の鋼板平均冷却速度が30℃/s,鋼板平均温度(2段目の鋼板平均冷却停止温度)が430℃で,2段目の加速冷却を行い,2段目の加速冷却終了後に放冷し,厚鋼板を製造し,製造した鋼板をUOE成形によって造管し,突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施し,Oプレスの圧縮率は0.3%とし,さらに,1.35%の拡管率で拡管を行うことによって製造した溶接鋼管であり, 最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,上部ベイナイトであり, 母材管厚中心部の金属組織が上部ベイナイト単相であり, 管厚全域で島状マルテンサイト(M-A)の体積分率が2.1%, かつ,管厚方向同位置における管周方向の硬度差の最大値が26, 管周方向同位置における管厚方向の硬度差の最大値が24, ビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定した表層硬さの最大値が219であり, 引張強度が565MPa,圧縮降伏応力が397MPaである,溶接鋼管。 Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5 式(1) PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+(1.74Cu+1.7Ni)/15+22.36P 式(2) ACR=(Ca-(0.18+130Ca)O)/1.25S 式(3) ここで,各式の右辺の元素記号はそれぞれの含有量(質量%)を表わし,含有しない場合は0とする。」(以下,「引用発明4」という。) イ 本件発明1について (ア)引用発明1との対比 a 対比 (a)本件発明1と引用発明1とを対比する。 (b)引用発明1における「溶接鋼管」は,本件発明1における「鋼管」に相当する。 引用発明1における溶接鋼管は,「厚鋼板からなる母材を管状に成形し,その突合せ部を2層以上の溶接によって接合した」ものである。 上記のうち,引用発明1における「管状に成形」された「厚鋼板からなる母材」は,本件発明1における「筒状の鋼板からなる母材部」に相当する。 上記のうち,引用発明1における厚鋼板の「突合せ部」に形成された「2層以上の溶接によって接合」された部分は,本件発明1における「前記鋼板の突合せ部に設けられ,前記鋼板」「に延在する溶接部」に相当する。 (c)本件発明1における「鋼板」の化学組成と,引用発明1における「厚鋼板」を構成する「鋼」の化学成分とは,いずれも,C,Mn,Nb,Ti,Ca,Nのほか,Cr,Ni,Cu,V,Mgを含むとともに,O,Si,Al,P,Sを含み,残部がFe及び不純物である点で共通し,これら各成分の含有量(質量%)も重複一致する。 引用発明1における鋼の化学成分について,本件発明1における「式(1)で定義されるESSP」を計算すると,1.9(=0.0018×(1-124×0.0018)/(1.25×0.0006))となるから,本件発明1における「式(1)で定義されるESSP:1.5?3.0」を満たす。 引用発明1における「式(1)で規定されるCeq」は,本件発明1における「式(2)で定義されるCeq」と同じものであるから,引用発明1における「式(1)で規定されるCeqが0.307」は,本件発明1における「式(2)で定義されるCeq:0.20?0.50」を満たす。 (d)以上によれば,本件発明1と引用発明1とは, 「筒状の鋼板からなる母材部と, 前記鋼板の突合せ部に設けられ,前記鋼板に延在する溶接部と, を有し, 前記鋼板は,化学組成として,質量%で, C :0.030?0.080%, Mn:0.80?1.60%, Nb:0.006?0.100%, Ti:0.001?0.030%, Ca:0.0005?0.0050%, N :0.0010?0.0080%, Cr:0?1.00%, Mo:0?0.50%, Ni:0?1.00%, Cu:0?1.00%, V :0?0.10%, Mg:0?0.0100%, REM:0?0.0100%, を含み, O :0.0050%以下, Si:0.50%以下, Al:0.060%以下, P :0.020%以下, S :0.003%以下, に制限し, 残部がFe及び不純物からなり, 前記鋼板は,下記式(1)で定義されるESSP:1.5?3.0,かつ,下記式(2)で定義されるCeq:0.20?0.50を満足する, 鋼管。 ESSP=[Ca]×(1-124×[O])/(1.25×[S]) ・・・(1) Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(2) ここで,前記式(1)及び前記式(2)中の[Ca],[O],[S],[C],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]は,前記鋼板中のそれぞれCa,O,S,C,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,Vの質量%での含有量を示す。」 の点で一致し,以下の点で相違する。 ・相違点1 本件発明1では,「前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むのに対して,引用発明1では,「最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,フェライト及び上部ベイナイト」である点。 ・相違点2 本件発明1では,鋼板の突合せ部に設けられる溶接部が,鋼板の「長手方向」に延在するのに対して,引用発明1では,不明である点。 ・相違点3 本件発明1では,「前記母材部の前記表層部における最高硬さであるHv_(max)が250Hv以下」であるのに対して,引用発明1では,「ビッカース硬さ試験機で荷重10kgf(98N)で測定した表層硬さの最大値が217」である点。 ・相違点4 本件発明1では,「降伏比が85%以上」であるのに対して,引用発明1では,「引張強度が549MPa,圧縮降伏応力が406MPa」である点。 b 相違点1の検討 まず,相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 (a)引用発明1においては,母材表層部の金属組織が,「フェライト及び上部ベイナイト」であるところ,当該「フェライト及び上部ベイナイト」は,本件発明1における「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト」,「グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト」,「(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイト」のいずれにも相当するとはいえず,また,そのように認めるに足りる証拠もない。 (b)この点,申立人は,本件発明1における「グラニュラーベイナイト」は,「アシキュラーフェライトとベイナイトとの中間の組織的特徴を有する組織」であり,そのうち,「部分的に旧オーステナイト粒界が見え,粒内に粗いラス組織が存在し,ラス内,ラス間に細かい炭化物およびオーステナイト・マルテンサイト混成物が散在してする部分」(本件明細書【0061】)は,甲2に記載された「ラス状フェライトの界面にセメンタイトが析出した組織が観察される」BII型に,「ラス内にセメンタイトが規則的に配列した」BIII型が混じって生成した上部ベイナイトに相当するから,本件発明1における「グラニュラーベイナイト」は,「アシキュラーフェライトと上部ベイナイトとの混合組織」であるといえ,一方,引用発明1における「フェライト」は,母材表層部を急冷していることから,「アシキュラーフェライト」であると推定される(甲2,4)から,本件発明1と引用発明1とは,母材表層部の金属組織が,「アシキュラーフェライトと上部ベイナイトとの混合組織」である点で,実質的に相違するとはいえないと主張する(申立書49頁17行?52頁下から5行)。 しかしながら,申立人の主張は,引用発明1における「フェライト及び上部ベイナイト」が,本件発明1における「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト」,「グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト」,「(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイト」のいずれかに相当することをいうものではないから,そもそも失当である。 その点は措くとしても,甲1の1には,「このとき,上部ベイナイトのラス間に生成するセメンタイトは上部ベイナイトの一部として測定する。」(【0048】)との記載があり,上部ベイナイトのラス間にセメンタイトが生成していることは記載されているものの,ラス内にセメンタイトが生成していることについては記載されていないから,引用発明1における「上部ベイナイト」は,「ラス内にセメンタイトが規則的に配列した」BIII型が混在するものとはいえない。 そうすると,申立人の上記主張を前提としても,引用発明1における「上部ベイナイト」は,本件発明1における,BIII型が混在した「上部ベイナイト」に相当するとはいえないから,本件発明1と引用発明1とが,母材表層部の金属組織の点で実質的に相違するとはいえない,などということはできない。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 (c)また,引用発明1に係る溶接鋼管は,所定の化学成分の鋼を「連続鋳造法によりスラブとし,1060℃に加熱したスラブを,900℃以下の累積圧下率を80%とし,圧延終了温度を800℃とした熱間圧延により圧延した後,加速冷却装置直前で衝突圧が2MPaの高衝突圧デスケーリングを行い,5秒以内に水冷型の冷却設備を用いて,冷却開始温度が770℃,表層の冷却速度が134℃/s,板厚中央の平均冷却速度が38℃/s,冷却停止温度が450℃で加速冷却を行い,厚鋼板を製造し,製造した鋼板をUOE成形によって造管し,突合せ部の溶接は,内面及び外面について各1層のサブマージアーク溶接により実施し,Oプレスの圧縮率は0.3%とし,さらに,0.90%の拡管率で拡管を行う」ことにより製造したものであり,それにより,母材表層部の金属組織を「フェライト及び上部ベイナイト」とするものである。 これに対して,本件発明1に係る鋼管は,本件明細書の記載(【0078】?【0093】)によれば,(I)所定の化学組成を有する鋼片を1000?1250℃に加熱して熱間圧延に供して,Ar3点以上で熱間圧延を終了し(熱間圧延工程),(II)熱間圧延工程後の鋼板を,Ar3点以上から,水冷停止温度が500℃以下,かつ,水冷を停止した後に復熱による最高到達温度が500℃を超えるような水冷と,その後,復熱による最高到達温度から水冷停止温度が500℃以下,かつ,水冷を停止した後に復熱による最高到達温度が500℃を超えるような水冷とを合計で3回以上行う多段の加速冷却(第1の冷却工程)を行い,(III)第1の冷却工程後,平均冷却速度が,200℃/hr以上で,500℃以下まで冷却し(第2の冷却工程),(IV)第2の冷却工程後の鋼板を,筒状に成形し(成形工程),(V)筒状鋼板の両端部を突き合わせて溶接する(溶接工程)ことによって得られるものであり,それにより,母材部の表層部の金属組織を,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むものとするものである。 以上のとおり,引用発明1に係る溶接鋼管の製造方法と,本件発明1に係る鋼管の製造方法とは,少なくとも,熱間圧延後の冷却条件(上記の下線部を参照)の点で大きく異なるものである。鋼は,その化学組成が同じでも,加工条件や熱処理条件等が異なれば,得られる金属組織は,異なるものとなるのが通常であるから,母材部の表層部の金属組織に関し,両者が同じものであるかどうかは,不明というほかない。 (d)以上によれば,相違点1は実質的な相違点である。 したがって,相違点2?4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1の1に記載された発明であるとはいえない。 次に,相違点1の容易想到性について検討する。 (e)甲1の1には,母材表層部の金属組織について,「上部ベイナイト」とするか,「フェライト及び上部ベイナイト」主体とすることで,表面硬さの過度な上昇を防ぐこと,これらの主体組織以外としては,マルテンサイト,M-A(島状マルテンサイト),下部ベイナイト,パーライト及びセメンタイトがあるが,いずれも,フェライト及び上部ベイナイトに比べて硬い組織であるため,少ない方が良いことが記載されているものの(請求項1,【0048】),「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むものとすることについては,何ら記載されていない。 (f)また,甲2?4には,ベイナイトの分類について記載され,甲5には,高強度溶接鋼管における溶接熱影響部粗粒域のビッカース硬さとミクロ組織について記載され(【0053】),甲6には,硫化水素を含む石油や天然ガスを輸送するラインパイプ素材として好適な調質鋼板において,鋼板表面から板厚方向に1mmまでの範囲の金属組織を,焼戻しマルテンサイト,焼戻しベイナイトの中から選ばれる1種又は2種とすることについて記載されている(請求項1?3,【0001】)。 しかしながら,甲2?6にも,溶接鋼管の母材表層部の金属組織を,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むものとすることについては,何ら記載されていない。 以上によれば,甲2?6の記載に基づいて,引用発明1において,母材表層部の金属組織を,「フェライト及び上部ベイナイト」に代えて,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むものとすることが,動機付けられるとはいえない。 (g)そして,本件発明1は,上記1(1)エで述べたとおり,降伏強度が350MPa以上であり,優れた耐HIC性(長さ100mm×幅20mmの全厚試験片を採取し,NACE TM 0284に準拠し,5%食塩と0.5%酢酸とを含有する溶液に0.1MPaの硫化水素を飽和させた条件で,96時間浸漬させた後の割れ面積率が3%以下)を有するとともに,優れた耐SSC性(4点曲げ試験片を採取し,NACE TM 0177に準拠して,表4に示す種々の硫化水素分圧,pH3.5の溶液環境での90%実降伏応力下での4点曲げ試験を行い,割れが発生しない)を有する鋼管を提供することができるという,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。 (h)そうすると,引用発明1において,母材表層部の金属組織を,「フェライト及び上部ベイナイト」に代えて,「アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むものとすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。 したがって,相違点2?4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1の1に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (イ)引用発明2との対比 a 本件発明1と引用発明2とを対比すると,上記(ア)aと同様に,本件発明1では,「前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むのに対して,引用発明2では,「最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,上部ベイナイト」である点で少なくとも相違するところ,この相違点については,上記(ア)bで述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたということはできない。 したがって,本件発明1は,甲1の1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の1に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 b 申立人は,上記(ア)b(b)における主張と同様,本件発明1における「グラニュラーベイナイト」は,「アシキュラーフェライトとベイナイトとの中間の組織的特徴を有する組織」であり,上記「ベイナイト」は,甲2に記載されたBII型,BIII型の上部ベイナイトに相当する等として,本件発明1における「グラニュラーベイナイト」は,引用発明2における「上部ベイナイト」と区別することができないと主張する(申立書52頁7行?53頁8行)。 しかしながら,上記(ア)b(b)で述べたのと同様の理由により,引用発明2における「上部ベイナイト」は,本件発明1における,BIII型が混在した「上部ベイナイト」に相当するとはいえないから,本件発明1における「グラニュラーベイナイト」は,引用発明2における「上部ベイナイト」と区別することができない,などということはできない。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 (ウ)引用発明3,4との対比 本件発明1と引用発明3,4とを対比すると,上記(ア)aと同様に,本件発明1では,「前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が,アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト,グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト,(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含」むのに対して,引用発明3では,「最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,フェライト及び上部ベイナイト」であり,引用発明4では,「最表層から管厚方向2mmまでの領域である母材表層部の金属組織が,上部ベイナイト」である点で少なくとも相違する。 引用発明3,4は,上記ア(イ)のとおり,甲1の2の記載に基づいて認定したものであるが,前記第5の1,2のとおり,甲1の2の記載は,甲1の1の記載と同様である。 そうすると,上記相違点については,いずれも,上記(ア)bで述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたということはできない。 したがって,本件発明1は,甲1の2に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の2及び甲2?6に記載された事項に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (エ)小括 以上のとおり,本件発明1は,甲1の1又は甲1の2に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の1又は甲1の2に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 本件発明2?5について 本件発明2?5は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が甲1の1又は甲1の2に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の1又は甲1の2に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?5についても同様に,甲1の1又は甲1の2に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の1又は甲1の2に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 エ まとめ 以上のとおり,本件発明1?5は,いずれも,甲1の1又は甲1の2に記載された発明であるとはいえず,また,甲1の1又は甲1の2に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって,申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。 第7 むすび 以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 筒状の鋼板からなる母材部と、 前記鋼板の突合せ部に設けられ、前記鋼板の長手方向に延在する溶接部と、 を有し、 前記鋼板は、化学組成として、質量%で、 C :0.030?0.080%、 Mn:0.80?1.60%、 Nb:0.006?0.100%、 Ti:0.001?0.030%、 Ca:0.0005?0.0050%、 N :0.0010?0.0080%、 Cr:0?1.00%、 Mo:0?0.50%、 Ni:0?1.00%、 Cu:0?1.00%、 V :0?0.10%、 Mg:0?0.0100%、 REM:0?0.0100%、 を含み、 O :0.0050%以下、 Si:0.50%以下、 Al:0.060%以下、 P :0.020%以下、 S :0.003%以下、 に制限し、 残部がFe及び不純物からなり、 前記鋼板は、下記式(1)で定義されるESSP:1.5?3.0、かつ、下記式(2)で定義されるCeq:0.20?0,50を満足し、 前記母材部の表面から深さ1.0mmまでの範囲である表層部の金属組織が、アシキュラーフェライト+グラニュラーベイナイト、グラニュラーベイナイト+アシキュラーフェライト、(焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイト)+グラニュラーベイナイトから選択されるいずれか1種を面積率の合計で92%以上含み、 前記母材部の前記表層部における最高硬さであるHv_(max)が250Hv以下であり、 降伏比が85%以上である ことを特徴とする鋼管。 ESSP=[Ca]×(1-124×[O])/(1.25×[S]) ・・・(1) Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(2) ここで、前記式(1)及び前記式(2)中の[Ca]、[O]、[S]、[C]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]は、前記鋼板中のそれぞれCa、O、S、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Vの質量%での含有量を示す。 【請求項2】 前記鋼板の、前記化学組成が、質量%で、 Cr:0.10?1.00%、 Mo:0.03?0.50%、 Ni:0.10?1.00%、 Cu:0.10?1.00%、 V :0.005?0.10%、 Mg:0.0010?0.0100%、 REM:0.0010?0.0100%、 からなる群から選択される1種又は2種以上を含む ことを特徴とする請求項1に記載の鋼管。 【請求項3】 前記Hv_(max)が240Hv以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼管。 【請求項4】 前記母材部の板厚が10?40mmであり、 管径が508mm以上である ことを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載の鋼管。 【請求項5】 請求項1?4のいずれか一項に記載の鋼管の前記母材部に用いられることを特徴とする鋼板。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-02-06 |
出願番号 | 特願2018-508261(P2018-508261) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(C22C)
P 1 651・ 537- YAA (C22C) P 1 651・ 121- YAA (C22C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 河野 一夫 |
特許庁審判長 |
粟野 正明 |
特許庁審判官 |
亀ヶ谷 明久 井上 猛 |
登録日 | 2018-07-20 |
登録番号 | 特許第6369658号(P6369658) |
権利者 | 日本製鉄株式会社 |
発明の名称 | 鋼管及び鋼板 |
代理人 | 寺本 光生 |
代理人 | 山口 洋 |
代理人 | 棚井 澄雄 |
代理人 | 奥井 正樹 |
代理人 | 勝俣 智夫 |
代理人 | 棚井 澄雄 |
代理人 | 山口 洋 |
代理人 | 松本 悟 |
代理人 | 勝俣 智夫 |
代理人 | 寺本 光生 |