• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1362885
審判番号 不服2019-8643  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-06-27 
確定日 2020-06-23 
事件の表示 特願2015- 56782「電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金」拒絶査定不服審判事件〔平成28年10月 6日出願公開、特開2016-176105、請求項の数(6)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成27年3月19日の出願であって、平成30年8月23日付けで拒絶理由が通知され、同年10月26日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成31年3月28日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、令和1年6月27日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2 原査定の概要

前記手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第3 本願発明

本願請求項1?6に係る発明(以下、順に「本願発明1」?「本願発明6」といい、これらを総称して「本願発明」という。)は、前記手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
3.0?4.5質量%のNi、および0.1?1.0質量%のCoを含有し、Coに対するNiの濃度(質量%)比(Ni/Co)が3.5?30になるように調整し、かつ、Siを(Ni+Co)/Si質量比が3?5となるように含有し、ならびに残部がCuおよび不可避的不純物からなり、粒径が5?30nmの第二相粒子の個数の平均が、0.5×10^(9)個/mm^(2)以上であり、少なくとも100個の第二相粒子について測定したCoに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数が20%以下である電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金。
【請求項2】
更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnの群から選ばれる少なくとも1種を総計で最大2.5質量%含有する請求項1に記載の合金。
【請求項3】
圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が900MPa以上であり、かつ、導電率が30%IACS以上である、請求項1又は2に記載の合金。
【請求項4】
曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0としてBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)でW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが1.0μm以下である、請求項1?3のいずれか一項に記載の合金。
【請求項5】
-請求項1または2に記載の組成をもつ銅合金のインゴットを溶解鋳造する工程1と、
-900℃以上1050℃以下で加熱後に熱間圧延を行って、室温まで急冷する工程2と
-冷間圧延後に1MPa以上10MPa以下の張力を付与した状態で900℃以上1050℃以下で30秒?10分間加熱する溶体化処理を行い、この溶体化処理の前後で600℃?700℃の間の温度範囲での昇温速度および冷却速度を50℃/秒以上とする工程3と、
-材料温度を400?550℃として加熱する時効処理工程4と、
を順に行うことを含み、
これにより、前記銅合金において、粒径が5?30nmの第二相粒子の個数の平均が、0.5×10^(9)個/mm^(2)以上であり、少なくとも100個の第二相粒子について測定したCoに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数が20%以下である銅合金の製造方法。
【請求項6】
請求項1?4のいずれか一項に記載の合金を備えた電子部品。」

第4 当審の判断

1 本願発明のサポート要件について

特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件適合性については、「特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10042号)と解される。
以下、検討する。

(1)本願明細書の発明の詳細な説明の記載
本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

「【背景技術】
【0002】
従来、一般的に電気・電子機器用材料としては、鉄系材料の他、電気伝導性および熱伝導性に優れるリン青銅、丹銅、黄銅等の銅系材料も広く用いられている。近年、電気・電子機器の小型化、軽量化、高機能化、さらにこれに伴う高密度実装化に対する要求が高まり、これらに適用される銅系材料にも種々の特性が求められている。
【0003】
部品の小型化に伴って材料の薄肉化が進行しており、材料強度の向上が求められている。リレーなどの用途では疲労特性の要求が高まっており、強度の向上が必要である。また、部品の小型化に伴って、曲げ加工される場合の条件が厳しくなっており、高い強度を持ちながら、なおかつ、曲げ加工性に優れていることが要求されている。
【0004】
特許文献1では、特に0.2%耐力が980MPa以上、あるいは1000MPa以上という非常に高い強度を有し、かつ導電率30%IACS以上、より好ましくは34%以上を有し、耐応力緩和特性およびプレス加工性も良好であるCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-156623号公報
【特許文献2】特開2011-231393号公報
【特許文献3】特開2009-007666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載によれば、Cu-Ni-Co-Si合金において、時効温度によってNi-Si系化合物、Co-Si系化合物の二種類の化合物による析出物が形成される旨記載されており、組成が異なると析出物が転位に与える影響が異なることが推定される。すなわち析出物の組成によって導入される転位量が異なると考えられる。転位が不均一になることで曲げ加工時の応力が集中し、曲げ加工性が損なわれている可能性がある。
【0007】
そこで、例えば特許文献2では、異方性の少ない{100}方位(Cube方位)とする結晶粒の割合を増大させることによって、曲げ加工性を向上できると同時に、曲げ加工性の異方性を顕著に改善できる旨記載され・・・。
【0008】
また、例えば特許文献3では、板表面における{111}面からの回折強度をI{111}、{200}面からの回折強度をI{200}、{220}面からの回折強度をI{220}、{311}面からの回折強度をI{311}、これらの回折強度の中の{200}面からの回折強度の割合をR{200}=I{200}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311})とした場合に、R{200}を一定以上とすることにより、曲げ加工性を改善する技術が記載され・・・。
【0009】
今後も、コルソン銅合金に高強度かつ高導電に加えて曲げ性も求められること、および一般に強度と曲げ性とは両立が困難であり、信頼性の向上の観点から改善の余地が残されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者が鋭意研究した結果、Cu-Ni-Co-Si合金において、析出物の組成を統一させることができれば、転位が一様になり、曲げ加工時の応力が分散されることになり、曲げ加工性の向上が期待されるという観点から、最適な溶体化処理条件を見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1)3.0?4.5質量%のNi、および0.1?1.0質量%のCoを含有し、Coに対するNiの濃度(質量%)比(Ni/Co)が3.5?30になるように調整し、かつ、Siを(Ni+Co)/Si質量比が3?5となるように含有し、ならびに残部がCuおよび不可避的不純物からなり、少なくとも100個の第二相粒子について測定したCoに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数が20%以下である電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金。
(2)更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnの群から選ばれる少なくとも1種を総計で最大2.5質量%含有する(1)に記載の合金。
(3)粒径が5?30nmの第二相粒子の個数の平均が、0.5×10^(9)個/mm^(2)以上である、(1)または(2)に記載の合金。
(4)圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が900MPa以上であり、かつ、導電率が30%IACS以上である、(1)?(3)のいずれかに記載の合金。
(5)曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0としてBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)でW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが1.0μm以下である、(1)?(4)のいずれかに記載の合金。
(6)-(1)または(2)に記載の組成をもつ銅合金のインゴットを溶解鋳造する工程1と、
-900℃以上1050℃以下で加熱後に熱間圧延を行って、室温まで急冷する工程2と
-冷間圧延後に1MPa以上10MPa以下の張力を付与した状態で900℃以上1050℃以下で30秒?10分間加熱する溶体化処理を行い、この溶体化処理の前後で600℃?700℃の間の温度範囲での昇温速度および冷却速度を50℃/秒以上とする工程3と、
-材料温度を400?550℃として加熱する時効処理工程4と、
を順に行うことを含む銅合金の製造方法。
(7)(1)?(5)のいずれかに記載の合金を備えた電子部品。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、コルソン銅合金に高強度かつ高導電に加えて、一般に強度の両立が困難である曲げ性も付与された信頼性が向上した電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金が提供される。」
「【0014】
(1)基材の組成
先ず、合金組成について説明する。本発明の銅合金は、Cu-Ni-Co-Si合金である。・・・。
【0015】
Niは、後述のCo、Siとともに、Ni-Co-Si系析出物を形成して、銅合金板材の強度と導電性を向上させる効果を有する。Ni含有量が小さすぎる場合には、この効果を十分に発揮させるのが困難である。そのため、Ni含有量は、3.0質量%以上にするのが好ましく、3.2質量%以上にするのが更に好ましく、3.4質量%以上にするのが一層好ましい。一方、Ni含有量が大きすぎると、強度向上効果が飽和するうえ、導電率が低下する。また、粗大な析出物が生成し易く、曲げ加工時の割れの原因になる。そのため、Ni含有量は、4.5質量%以下にするのが好ましく、4.1質量%以下にするのが更に好ましい。
【0016】
Coは、Ni、Siとともに、Ni-Co-Si系析出物を形成して、銅合金板材の強度と導電性を向上させる効果を有する。Co含有量が小さすぎる場合には、この効果を十分に発揮させるのが困難である。そのため、Co含有量は、0.1質量%以上にするのが好ましく、0.2質量%以上にするのが更に好ましく、0.3質量%以上にするのが一層好ましい。一方、Coの融点はNiよりも高いので、Co含有量が大きすぎると、完全固溶は困難であり、未固溶の部分は強度に寄与しない。そのため、Co含有量は、1.0質量%以下にするのが好ましく、0.8質量%以下にするのが更に好ましい。
【0017】
また、本発明ではNi-Co-Si系析出物を生成させて銅合金板材の強度と導電性をより高いレベルで向上させる効果を発揮させることを特徴としている。したがって、通常のCo-Si系析出物、およびNi-Si系析出物を生成させる場合とは異なり、個々の析出物の組成においてCoに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数をある程度小さくすることが求められる。この観点から、Coに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数、すなわち「標準偏差/平均値×100」を20%以下、好ましくは16%以下とする。なお、このNi/Coの変動係数は、析出物である第二相粒子100個以上について測定し、見積もることができる値である。
また、このような析出物中のNi/Co濃度比の変動係数を所定以下とするために、第二相粒子の析出前の合金材料中のNi/Co濃度(質量%)比が3.5?30、好ましくは5?15となるように調整しておくとよい。
【0018】
Siは、Ni、Coとともに、Ni-Co-Si系析出物を生成する。但し、合金中のNi、CoおよびSiは、時効処理によって全てが析出物になるとは限らず、ある程度はCuマトリックス中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNi、CoおよびSiは、銅合金板材の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる要因になる。そのため、Siの含有量は、一般的には、できるだけ析出物(Ni+Co)_(2)Siの組成比に近づけるのが好ましい。すなわち、(Ni+Co)/Si質量比を、約4.2を中心として3?5に調整するのが一般的であり、Siは(Ni+Co)/Si質量比がこの範囲となるように添加される。」
「【0021】
(3)曲げ性表面粗さ
本発明においては、曲げ性を、W曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaとして評価する。
すなわち、曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0としてBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)でW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが、小さいほど曲げ加工時の応力が分散され、曲げ加工性の向上が期待される。この観点から、この曲げ部表面の平均粗さRaは1.0μm以下であることが好ましい。
(4)析出物の個数濃度
本発明においては、析出物を制御することにより強度、導電率および曲げ性の改善を課題としている。そこで、その析出物の個数を評価することが好ましい。すなわち、析出物の個数濃度を、粒径が5?30nmの第二相粒子の個数をカウントし、観察面積で除し、個数濃度(×10^(9)個/mm^(2))を算出し、同様に20視野(各視野1μm×1μm)について算出して、その平均値として評価する。
具体的には、圧延方向に平行な断面を集束イオンビーム(FIB)にて切断することで断面を露出させた後、走査型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社型式:JEM-2100F)を用いて測定される析出物の個数濃度を求める。この析出物の個数濃度は、十分な強度(0.2%耐力)の確保の観点から、0.5×10^(9)個/mm^(2)以上であることが好ましく、さらに1.5×10^(9)個/mm^(2)以上であることが好ましい。
ここで、第二相粒子とは、溶解鋳造の凝固過程に生ずる晶出物及びその後の冷却過程で生ずる析出物、熱間圧延後の冷却過程で生ずる析出物、溶体化処理後の冷却過程で生ずる析出物、及び時効処理過程で生ずる析出物のことを言い、通常はCo-Si系、またはNi-Si系の組成をもつが、本発明の場合Ni-Co-Si系の組成をもつことが典型的である。第二相粒子の大きさは、電子顕微鏡による観察で圧延方向に平行な断面を組織観察したとき、析出物に包囲されることのできる最大円の直径として定義される。」
「【0023】
(6)製造方法
本発明の実施形態に係る電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金は、インゴットの溶解鋳造(工程1)-均質焼鈍、熱間圧延、急冷(工程2)-冷間圧延、溶体化処理(工程3)-時効処理(工程4)を経て製造される。
【0024】
<インゴット製造>
大気溶解炉を用い、電気銅、Ni、Co、Si等の原料を溶解し、所望の組成の溶湯を得る。そして、この溶湯をインゴットに鋳造する。Ni、Co、Si以外の添加元素はFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、Al及びMnからなる群から1種または2種以上を合計で0?2.5質量%含有するように添加する。
【0025】
<均質化焼鈍及び熱間圧延>
インゴット製造時に生じる凝固偏析や晶出物は粗大なので均質化焼鈍でできるだけ母相に固溶させて小さくし、可能な限り無くすことが望ましい。これらは曲げ加工性に悪影響を与え、母相に固溶させることにより曲げ割れの防止に効果があるからである。
具体的には、インゴット製造工程後には、900?1050℃に加熱して3?24時間均質化焼鈍を行った後に、熱間圧延を実施する。元厚から全体の圧下率が90%までのパスは700℃以上とするのが好ましい。その後、水冷にて室温まで急速に冷却させる。
【0026】
<冷間圧延および溶体化処理>
その後、加工度(圧下率)50%以上、好ましくは70%以上の条件にて冷間圧延を行った後に、溶体化処理を行う。具体的には、900?1050℃に加熱して30秒?10分加熱する。溶体化処理ではNi、Co、Siをはじめとする添加元素を固溶させることを目的としている。そのため、加熱温度や加熱時間に加えて、昇温速度及び冷却速度も制御することが肝要である。溶体化処理前の昇温時において、Coを含有する第二相粒子の析出に影響する600?700℃の昇温速度は50℃/秒以上に制御する。一方、溶体化処理の後の同温度範囲における冷却速度も50℃/秒以上に制御する。その他の温度領域についても昇温速度及び冷却速度は極力速くすることが好ましい。また、このとき材料に付与する張力を1MPa以上10MPa以下に調整することで、第二相粒子の析出をより都合よく制御することが可能になり、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数を20%以下とし、粒径5?30nmの析出物の個数濃度を十分に確保でき、十分な強度を付与することを可能にする。
【0027】
このように、溶体化処理中の600?700℃における昇温及び冷却速度を速くすることでCo-Si系化合物の析出が抑制され、結果としてNi-Co-Si系化合物の析出物が生成されたものと考えられる。また溶体化処理中の材料の張力を従来の20MPa程度よりも低くすることで高強度化した。このメカニズムは不明であるが、前工程にて冷間圧延を行った場合に導入された歪がこの昇温速度の制御により一様に解放されることで、その後の時効処理によって高強度化したのではないかと考えられる。
【0028】
<時効処理>
溶体化処理に引き続いて時効処理を行う。材料温度400?550℃で5?25時間加熱することが好ましく、材料温度420?500℃で10?20時間加熱することがより好ましい。時効処理は、酸化被膜の発生を抑制するためにAr、N_(2)、H_(2)等の不活性雰囲気で行うことが好ましい。
【0029】
<最終の冷間圧延>
時効処理に引き続いて最終の冷間圧延を行う。最終の冷間加工によって強度を高めることができるが、本発明において意図されるような高強度および曲げ加工性の良好なバランスを得るためには圧下率を15?45%、好ましくは20?40%とすることが望ましい。
【0030】
<歪取焼鈍>
最終の冷間圧延に引き続いて、歪取焼鈍を行う。材料温度350?650℃で1?3600秒間加熱することが好ましく、材料温度350?450℃で1500?3600秒、材料温度450?550℃で500?1500秒、材料温度550?650℃で1?500秒間加熱することがより好ましい。
【0031】
なお、当業者であれば、上記各工程の合間に適宜、表面の酸化スケール除去のための研削、研磨、ショットブラスト酸洗等の工程を行なうことができることは理解できるだろう。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例(発明例)を比較例と共に示すが、これらは本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0033】
表1に記載の各添加元素を含有し、残部が銅及び不純物からなる銅合金を、高周波溶解炉にて1300℃で溶製し、厚さ30mmのインゴットに鋳造した。次いで、このインゴットを1000℃で3時間加熱後、板厚10mmまで熱間圧延し、熱間圧延終了後は速やかに冷却した。次いで、表面のスケール除去のため厚さ9mmまで面削を施した後、冷間圧延により厚さ0.120?0.175mmの板とした。次に950℃で溶体化処理を120秒行った。このときの600?700℃の温度範囲における昇温速度及び冷却速度、張力は表1の通りである。その後、表1の条件で時効処理、冷間圧延を加え、板厚0.1mmとした。最後に、材料温度400℃で2000秒間の歪取り焼鈍を加えた。
【0034】

【0035】
作製した製品試料について、次の評価を行った。評価の結果を表2に示す。
(1)0.2%耐力
引張方向が圧延方向と平行になるように、プレス機を用いてJIS 13B号試験片を作製した。JIS-Z2241に従ってこの試験片の引張試験を行ない、圧延平行方向の0.2%耐力(YS)を測定した。
【0036】
(2)導電率
JIS H 0505に準拠し、4端子法で導電率(EC:%IACS)を測定した。
【0037】
(3)曲げ部の表面粗さ
JIS-H3130(2012)に従いW曲げ試験をBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)、r/t=1.0(t=0.1mm)で実施し、この試験片の曲げ部の外周表面を観察した。観察方法はレーザーテック社製コンフォーカル顕微鏡HD100を用いて曲げ部の外周表面を撮影し、付属のソフトウェアを用いて平均粗さRa(JIS-B0601:2013に準拠)を測定し、比較した。なお、曲げ加工前の試料表面はコンフォーカル顕微鏡を用いて観察したところ凹凸は確認できず、平均粗さRaはいずれも0.2μm以下であった。
曲げ加工後の表面平均粗さRaが1.0μm以下の場合を○、Raが1.0μmを超える場合を×と評価した。
【0038】
(4)粒径5?30nmの析出物の個数濃度
圧延方向に平行な断面を集束イオンビーム(FIB)にて切断することで断面を露出させた後、走査型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社、型式:JEM-2100F)を用いて析出物の個数濃度を測定した。
具体的には、加速電圧200kV、観察倍率100万倍とし、粒径が5?30nmの第二相粒子の個数をカウントし、観察面積で除し、個数濃度(×10^(9)個/mm^(2))を算出した。同様に20視野について測定を行い、その平均値を個数濃度とした。
【0039】
(5)析出物中のNi/Co濃度比の変動係数
STEMの検出器としてエネルギー分散型X線分析計(EDX、日本電子社製、型式:JED-2300)を用いて析出物のNi/Co比を測定した。加速電圧及び観察倍率は上記条件と同様とし、電子線のスポット径は0.2nmとした。100個以上の第二相粒子についてNi/Co比をそれぞれ測定した。その後、平均値および標準偏差を算出し、変動係数(標準偏差/平均値×100)を求めた。
【0040】

【0041】
発明例1?24は、いずれも0.2%耐力が900MPa以上であり、導電率が30%IACS以上であり、曲げ部の表面粗さが1.0μm以下と良好であり、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数も20%以下とバランスがよかった。これらの銅合金材料は、高強度、高導電率、高い曲げ加工性のバランスに優れたものであるといえる。
【0042】
比較例1?18は、それぞれ第二相粒子の析出を十分に制御できなかったと考えられる具体例である。
比較例1は、溶体化処理時の昇温速度が50℃/sよりも小さく、また、比較例2は、溶体化処理時の冷却速度が50℃/sより小さい具体例である。比較例1、2はいずれも、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、十分な曲げ加工性を発揮させることが難しいことが分かった。
【0043】
比較例3、4は、溶体化処理時に合金材料に付与する張力が小さすぎる具体例(比較例3)および大きすぎる具体例(比較例4)である。その結果、強度に寄与すると考えられる粒径5?30nmの析出物の個数濃度において十分な量を確保できず、また析出物中のNi/Co濃度比の変動係数も20%以上となり、十分な強度を発揮させることが難しいことが分かった。
【0044】
比較例5、6は、溶体化処理後の時効処理における加熱条件が、400?550℃から外れる具体例である。その結果、強度に寄与すると考えられる粒径5?30nmの析出物の個数濃度において十分な量を確保できず、十分な強度を発揮させることが難しく、さらに時効処理の温度が低すぎると十分な導電率を発揮させることも難しいことが分かった。
【0045】
比較例7は、銅合金の成分中のNi含有量が3.0質量%よりも小さい具体例である。Ni含有量が小さいと、十分な強度を発揮させることが難しいことが分かった。
比較例8は、銅合金の成分中のNi含有量が4.5質量%を超える具体例である。Ni含有量が大きいと、熱間圧延時に割れが生じてしまい、製品が得られなかった。
【0046】
比較例9は、銅合金にCoが含有されない具体例であり、比較例10は、銅合金の成分中のCo含有量が1.0質量%を超える具体例である。Co含有量が適正な範囲にないと、十分な曲げ加工性を発揮させることが難しいことが分かった。
【0047】
比較例11、12は、銅合金中の(Ni+Co)/Si質量比が大きすぎる具体例(比較例11)、および小さすぎる具体例(比較例12)である。(Ni+Co)/Si質量比が適正な範囲にないと、粒径5?30nmの析出物の個数濃度が十分なものとならず、強度および導電率の両方の面から劣るという結果となった。
【0048】
比較例13、14は、銅合金中の第二相粒子の析出前のNi/Co濃度比が小さすぎる具体例(比較例13)、および大きすぎる具体例(比較例14)である。比較例13、14はいずれも、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、十分な曲げ加工性を発揮させることが難しいことが分かった。
【0049】
比較例15は、Ni、Co、Si以外の第三の添加元素の総量が2.5を超える具体例である。第三の添加元素が多すぎると、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、曲げ加工性および導電率において劣るという結果となった。
【0050】
比較例16?18は、溶体化処理時に合金材料に付与する張力が大きい具体例である。
比較例18は、特許文献3の態様を代表する具体例である。析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、かつ、粒径5?30nmの析出物の個数濃度も小さく、十分な強度を発揮させることが難しいことが分かった。
比較例17は、さらに溶体化処理時の冷却速度を50℃/sより小さくし、特許文献2の態様を代表する具体例である。析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、十分な曲げ加工性を発揮させることが難しいことが分かった。
比較例16は、さらに溶体化処理時の冷却速度を50℃/sより小さくし、かつ、溶体化処理後の時効処理を所定の範囲よりも低い温度条件で行った、特許文献1の態様を代表する具体例である。この場合においても、析出物中のNi/Co濃度比の変動係数が20%以上となり、十分な曲げ加工性を発揮させることが難しいことが分かった。」

(2)本願発明1について

ア 前記(1)の記載(【0002】?【0009】、【0012】)によれば、本願発明1の課題は、高強度かつ高導電に加えて、曲げ加工性を改善したCu-Ni-Co-Si合金を提供することである。

イ そして、前記(1)の記載(【0010】?【0012】、【0014】?【0018】、【0021】)によれば、上記本願発明1の課題は、Cu-Ni-Co-Si合金において、以下のa及びbの各要件を備えることによって解決できる。

a 「3.0?4.5質量%のNi、および0.1?1.0質量%のCoを含有し、Coに対するNiの濃度(質量%)比(Ni/Co)が3.5?30になるように調整し、かつ、Siを(Ni+Co)/Si質量比が3?5となるように含有し、ならびに残部がCuおよび不可避的不純物であること」(以下、「化学組成要件」という。)
b 「粒径が5?30nmの第二相粒子の個数の平均が、0.5×10^(9)個/mm^(2)以上であり、少なくとも100個の第二相粒子について測定したCoに対するNiの濃度比(Ni/Co)の変動係数が20%以下であること」((以下、「第二相粒子要件」という。)

ウ ここで、本願明細書の発明の詳細な説明には、製造方法である圧延や熱処理等の各処理工程の具体的な内容と、それらを終了し製造された製品としてのCu-Ni-Co-Si合金に関する発明例1?24及び比較例1?18が記載されているところ(【0032】?【0034】、【0040】?【0050】、表1、表2)、発明例1?24は、上記化学組成要件及び第二相粒子要件を備えるものである。
また、本願明細書の発明の詳細な説明には、発明例1?24及び比較例1?18について、以下のとおり、強度、導電率および曲げ加工性を測定、評価したことが記載されており(【0032】?【0041】)、その結果が表2に示されている。

・強度
引張方向が圧延方向と平行になるように、プレス機を用いてJIS 13B号試験片を作製し、JIS-Z2241に従ってこの試験片の引張試験を行ない、圧延平行方向の0.2%耐力(YS)を測定した。そして、0.2%耐力が900MPa以上で高強度と評価した。
・導電率
JIS H 0505に準拠し、4端子法で導電率(EC:%IACS)を測定した。30%IACS以上で高導電率と評価した。
・曲げ加工性
JIS-H3130(2012)に従いW曲げ試験をBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)、r/t=1.0(t=0.1mm)で実施し、この試験片の曲げ部の外周表面を観察した(観察方法はレーザーテック社製コンフォーカル顕微鏡HD100を用いて曲げ部の外周表面を撮影し、付属のソフトウェアを用いて平均粗さRa(JIS-B0601:2013に準拠)を測定し、比較した。なお、曲げ加工前の試料表面はコンフォーカル顕微鏡を用いて観察したところ凹凸は確認できず、平均粗さRaはいずれも0.2μm以下であった。)。
そして、 曲げ加工後の表面平均粗さRaが1.0μm以下の場合を○、Raが1.0μmを超える場合を×と評価した。

表1及び2によれば、上記化学組成要件及び第二相粒子要件を備える上記発明例1?24では、いずれも高強度(0.2%耐力が900MPa以上)、導電率(30%IACS以上)に加えて、曲げ加工性が改善(表面平均粗さRaが1.0μm以下)したCu-Ni-Co-Si合金が得られているが、比較例1?18では、上記化学組成要件及び第二相粒子要件のいずれかが備えられていないために、高強度、導電率、曲げ加工性のいずれかが不十分なCu-Ni-Co-Si合金が得られていることが示されている。
そして、表1及び表2によれば、上記化学組成要件及び第二相粒子要件のいずれの要件も、本願発明の各要件の範囲を含んだより広い範囲で実験がなされ、その中で本願発明の各要件の範囲が選択されているから、当業者であれば、上記化学組成要件及び第二相粒子要件を備えるCu-Ni-Co-Si合金であれば、上記発明例1?24以外の場合であっても、発明例1?24の場合と同様に、高強度かつ高導電に加えて、曲げ加工性を改善したCu-Ni-Co-Si合金が得られることが理解できるといえる。

エ すると、本願発明1は、上記化学組成要件及び第二相粒子要件を備えるCu-Ni-Co-Si合金であるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであることは明らかである。
したがって、本願発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明である。

(3)本願発明2?4、6について
本願発明2?4、6は、本願発明1の全ての発明特定事項を有しているから、上記(2)と同様の理由により、発明の詳細な説明に記載された発明である。

(4)本願発明5について

ア 前記(1)の記載(【0002】?【0009】、【0012】)によれば、本願発明5の課題は、高強度かつ高導電に加えて、曲げ加工性を改善したCu-Ni-Co-Si合金の製造方法を提供することである。

イ そして、前記(1)の記載(【0010】?、【0012】、【0014】?【0019】、【0021】、【0023】?【0031】)によれば、上記本願発明5の課題は、Cu-Ni-Co-Si合金の製造方法において、前記(2)イのa及びbの各要件のほか、以下のcの要件を備えることによって解決できる。

c 「-請求項1または2に記載の組成をもつ銅合金のインゴットを溶解鋳造する工程1と、
-900℃以上1050℃以下で加熱後に熱間圧延を行って、室温まで急冷する工程2と
-冷間圧延後に1MPa以上10MPa以下の張力を付与した状態で900℃以上1050℃以下で30秒?10分間加熱する溶体化処理を行い、この溶体化処理の前後で600℃?700℃の間の温度範囲での昇温速度および冷却速度を50℃/秒以上とする工程3と、
-材料温度を400?550℃として加熱する時効処理工程4と、
を順に行うこと」(以下、「製造工程要件」という。)

ウ ここで、本願明細書の発明の詳細な説明には、Cu-Ni-Co-Si合金の製造方法に関する発明例1?24及び比較例1?18が記載されているところ(【0032】?【0034】、【0040】?【0050】、表1、表2)、発明例1?24は、上記化学組成要件、第二相粒子要件及び製造工程要件を備えるものであるから、上記のとおり、当業者であれば、上記化学組成要件、第二相粒子要件及び製造工程要件を備えるCu-Ni-Co-Si合金の製造方法であれば、上記発明例1?24以外の場合であっても、発明例1?24の場合と同様に、高強度かつ高導電に加えて、曲げ加工性を改善したCu-Ni-Co-Si合金が得られることが理解できる。

エ すると、本願発明5は、上記化学組成要件及び第二相粒子要件のほか、上記製造工程要件を備えるCu-Ni-Co-Si合金の製造方法であるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願発明5の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって、本願発明5は、発明の詳細な説明に記載された発明である。

(5)小活
以上のとおりであるから、本願発明1?6については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定されたサポート要件に適合するものである。

2 原査定におけるサポート要件の適否判断について

(1)原査定においては、本願発明の課題を、「圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が900MPa以上」且つ「導電率が30%IACS以上」であり、更に「曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0としてBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)でW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが1.0μm以下」である電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金の提供」とした上で、主に以下ア及びイの点から、本願発明1?6については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定されたサポート要件に適合するものではないとする。

ア 本願発明1?6は、その発明特定事項に強度、導電率及び曲げ加工性の全てが特定されていないから、それら特性を改善できないCu-Ni-Co-Si合金を含むものである。
例えば、粒径5?30nmの微細な第二相粒子に加えて粗大な析出物が所定の個数を超えて存在する場合や、請求項2で列挙された元素のうちP等を2.5%程度含有する場合などは、強度、導電率及び曲げ加工性の全てを改善できるとは認められない。
したがって、本願発明1?6は、発明の詳細な説明に記載されたものではない

イ 本願発明5は、その発明特定事項に製造される銅合金の用途を特定しないものであるが、本願発明の課題は「電子部品用」Cu-Ni-Co-Si合金の提供である。
したがって、本願発明5は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)そこで、検討するに、前記1(2)ア、1(4)アで述べたとおり、本願発明の課題は、高強度かつ高導電に加えて、曲げ加工性を改善したCu-Ni-Co-Si合金及びその製造方法を提供することであり、上記(1)のような、所定の特性を有するCu-Ni-Co-Si合金及びその製造方法を提供することであるとはいえない。
当該所定の特性は、本願発明が適用されて得られた結果に過ぎず、当該結果をもって、本願発明が解決すべき課題と認定するのは、本願明細書【0032】に記載されるように、不当に発明を限定することとなる。
したがって、上記(1)アの点から、本願発明1?6において、所定の特性が特定されていないからといって、本願発明1?6が、発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。

(3)また、前記1(4)アで述べたとおり、本願発明5の課題は、上記(1)イにいうような、「電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金の提供」であるとはいえない。
したがって、上記(1)イの点から、本願発明5において、銅合金の用途が特定されていないからといって、本願発明5が、発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。

第5 むすび

以上のとおりであるから、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。


 
審決日 2020-06-08 
出願番号 特願2015-56782(P2015-56782)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 本多 仁
井上 猛
発明の名称 電子部品用Cu-Ni-Co-Si合金  
代理人 アクシス国際特許業務法人  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ