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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F04C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  F04C
審判 全部申し立て 2項進歩性  F04C
管理番号 1363136
異議申立番号 異議2019-700299  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-17 
確定日 2020-04-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6409910号発明「スクロール圧縮機」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6409910号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?7〕について訂正することを認める。 特許第6409910号の請求項1?7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯の概略
特許第6409910号の請求項1?7に係る特許(以下「本件特許」という。)についての手続の経緯は,概ね,次のとおりである。すなわち,平成29年6月14日に出願され,平成30年10月5日に特許権の設定登録がされ,平成30年10月24日に特許掲載公報が発行されたところ,これに対し,平成31年4月17日に特許異議申立人井澤幹より,特許異議の申立てがされた。
そして,令和元年7月22日付けで取消理由が通知され,令和元年9月20日に特許権者より意見書及び訂正請求書が提出され,特許異議申立人に対し訂正があった旨の通知をしたが(特許法120条の5第5項),特許異議申立人からは何ら応答がなかった。
その後,令和元年12月27日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,令和2年3月9日に特許権者より意見書及び訂正請求書が提出された。
以下,令和2年3月9日付け訂正請求書に係る訂正を「本件訂正」という。なお,令和元年9月20日付け訂正請求書は,取り下げられたものとみなす(特許法120条の5第7項)。

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容
本件訂正の請求は,特許第6409910号の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?7について訂正することを求めるものであって,その訂正の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(訂正事項1)
本件訂正前の請求項1に,
「固定スクロールラップ(52)を有する固定スクロール(50)と,
可動スクロールラップ(62)を有する可動スクロール(60)と,
を備え,
第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり,かつ,前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は,前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく,
第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)とによって形成され,
第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)とによって形成され,
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい,
スクロール圧縮機(10)。」
と記載されているのを,
「冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)であって,
固定スクロールラップ(52)を有する固定スクロール(50)と,
可動スクロールラップ(62)を有する可動スクロール(60)と,
を備え,
第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり,かつ,前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は,前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく,
第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔であり,
第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔であり,
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい,
スクロール圧縮機(10)。」
に訂正する。

2 本件訂正の適否について
(1) 訂正事項1は,本件訂正前の請求項1における,「スクロール圧縮機(10)」について,「冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)」であることを特定するとともに,「第1側面隙間(G1)」について,「前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔」であること,「第2側面隙間(G2)」について,「前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔」であることを特定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
上記の点に関し,本件明細書に「スクロール圧縮機10の圧縮対象の冷媒は,例えば,圧縮機構40の固定スクロール50や可動スクロール60の周辺が,比較的,高温高圧になりやすい冷媒である。言い換えれば,スクロール圧縮機10の圧縮対象の冷媒は,凝縮圧力が比較的高い冷媒である。具体的には,スクロール圧縮機10の圧縮対象の冷媒は,例えば,R32(R32単体),R32を50%以上含む混合冷媒(例えば,R410A,R452B,R454B等),R1123とR32との混合冷媒等である。なお,ここでのスクロール圧縮機10の圧縮対象の冷媒は,特に,R32や,R1123とR32との混合冷媒等,R410Aよりも凝縮圧力が高い冷媒である。」(【0022】)と,「スクロール圧縮機」が,冷媒を圧縮するものであることが記載されている。
そして,本件明細書に「図5は,往復ラップ部分625が内周側ラップ部分521に最も近接したときを示している。このときの,内周側ラップ部分521と往復ラップ部分625によって形成される間隙を第1側面隙間G1と呼ぶこととする。第1側面隙間G1は,可動スクロールラップ内線63と固定スクロールラップ外線54とによって形成されている。」(【0034】),「図6は,往復ラップ部分625が外周側ラップ部分522に最も近接したときを示している。このときの,外周側ラップ部分522と往復ラップ部分625によって形成される間隙を第2側面隙間G2と呼ぶこととする。第2側面隙間G2は,可動スクロールラップ外線64と固定スクロールラップ内線53とによって形成されている。」(【0035】)と,「第1側面隙間」が,第1スクロールラップの内線(63)と第2スクロールラップの外線(54)が「最も近接したときにおける」両者の間隔であること,「第2側面隙間」が,第1スクロールラップの外線(64)と第2スクロールラップの内線(53)が「最も近接したときにおける」両者の間隔であることが記載されている。
また,本件図面の図5,6において,第1スクロールラップの内線(63)と第2スクロールラップの外線(54)が離間し,第1スクロールラップの外線(64)と第2スクロールラップの内線(53)が離間していることが記載されている。
そうすると,訂正事項1に係る本件訂正は,新規事項を追加するものではなく,また,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものではない。
(2) さらに,本件訂正は訂正前の請求項〔1?7〕という一群の請求項ごとに請求されたものである。
(3) 以上のとおりであるから,本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであって,同条4項,並びに同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので,訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?7〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
前記第2のとおり本件訂正は認められるから,本件特許の請求項1?7に係る発明は,特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。以下,本件特許に係る発明を請求項の番号に従って,「本件発明1」などといい,総称して「本件発明」という。
【請求項1】
冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)であって,
固定スクロールラップ(52)を有する固定スクロール(50)と,
可動スクロールラップ(62)を有する可動スクロール(60)と,
を備え,
第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり,かつ,前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は,前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく,
第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔であり,
第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔であり,
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい,
スクロール圧縮機(10)。
【請求項2】
前記第2厚(T2)は,前記第1厚(T1)の130%以上である,
請求項1に記載のスクロール圧縮機。
【請求項3】
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)の110%以上である,
請求項1または請求項2に記載のスクロール圧縮機。
【請求項4】
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)の120%以上である,
請求項3に記載のスクロール圧縮機。
【請求項5】
前記第1スクロールラップの高さ(H1)は,前記第1厚(T1)の7倍以上である,
請求項1から4のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。
【請求項6】
前記第2スクロールラップ(52)は内周側ラップ部分(521)と外周側ラップ部分(522)とを有し,
前記第1スクロールラップ(62)は,前記内周側ラップ部分と前記外周側ラップ部分との間を相対的に往復する往復ラップ部分(625),を有し,
前記第1側面隙間(G1)は,前記内周側ラップ部分(521)と前記往復ラップ部分(625)が形成する間隙であり,
前記第2側面隙間(G2)は,前記外周側ラップ部分(522)と前記往復ラップ部分(625)が形成する間隙であり,
前記第1厚(T1)は前記往復ラップ部分(625)の厚みであり,
前記第2厚(T2)は前記外周側ラップ部分(522)の厚みである,
請求項1から5のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。
【請求項7】
前記第1スクロールラップ(62)は前記可動スクロールラップ(62)であり,
前記第2スクロールラップ(52)は前記固定スクロールラップ(52)である,
請求項1から6のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。

第4 取消理由の概要
1 本件訂正前の本件特許に対し通知した取消理由(決定の予告)は,概ね,次のとおりである。
(1) 取消理由1
本件発明1,3,4,6,7は,甲第3号証(後記2)に記載された発明であって,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(2) 取消理由2
本件発明は,甲第3号証(後記2)に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。

2 証拠方法
特許異議申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。証拠番号に従い,「甲1」などという。
甲1:特開平8-21380号公報
甲2:特開2002-257060号公報
甲3:特開2000-170671号公報
甲4:米国特許出願公開第2002/0071780号明細書

第5 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1 甲3について
(1) 甲3には,以下の事項が記載されている(下線は,当審にて付与。)。
・「【請求項1】 ケーシングと,該ケーシングに設けられ,鏡板に渦巻状のラップ部が立設された固定スクロールと,前記ケーシングに回転可能に設けられ,先端側に嵌合部を有する駆動軸と,該駆動軸の先端側に旋回可能に設けられ,鏡板の表面側に前記固定スクロールのラップ部と重なり合って複数の圧縮室を画成する渦巻状のラップ部が立設され,鏡板の背面側にボス部が設けられた旋回スクロールと,前記駆動軸の嵌合部と該旋回スクロールのボス部とにそれぞれ嵌合して設けられ,該旋回スクロールの旋回半径を可変とする旋回半径可変機構とを備えたスクロール式流体機械において,
前記旋回スクロールのラップ部内周面と前記固定スクロールのラップ部外周面とは,その周方向の少なくともいずれかの部位で接触する構成とし,前記旋回スクロールのラップ部外周面と前記固定スクロールのラップ部内周面との間には,その全周に亘って隙間を形成する構成としたことを特徴とするスクロール式流体機械。」
・「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,例えば空気圧縮機や真空ポンプ等に用いて好適なスクロール式流体機械に関し,特に,旋回スクロールの旋回半径を可変とする可変クランクが設けられたスクロール式流体機械に関する。」
・「【0003】また,昨今のスクロール式流体機械には,駆動軸の先端側に嵌合部を設けると共に旋回スクロールにボス部を設け,該駆動軸の嵌合部と旋回スクロールのボス部との間には,嵌合部とボス部にそれぞれ嵌合し,該旋回スクロールの旋回半径を可変とする旋回半径可変機構を設けたものが知られている(例えば,特開平9-144674号公報等)。」
・「【0008】3はケーシング1の軸受部1A内に位置して旋回中心となる軸線O1 -O1 の周りに回転可能に軸支された駆動軸で,該駆動軸3は,基端側が電動モータ(図示せず)等に連結され,先端側はケーシング1の軸受部1A内へと伸長している。また,駆動軸3の先端側には,後述する可変クランク5の嵌合軸部5Aが挿嵌される嵌合部としての挿嵌穴3Aが設けられ,この挿嵌穴3Aは,図11に示すようにその軸線O2 -O2 が駆動軸3の軸線O1 -O1 から偏心した位置に配設されている。」
・「【0010】5は駆動軸3の先端側と旋回プレート4のボス部4Aとの間に設けられた旋回半径可変機構としての可変クランクで,該可変クランク5は,特開平9-144674号公報に記載された可変クランクとほぼ同様に構成されるものである。
【0011】そして,可変クランク5は,図10,図11に示す如く円盤部5Aと,該円盤部5Aの一側端面に突設され駆動軸3の挿嵌穴3Aに回転可能に嵌合される嵌合軸部5Bと,円盤部5Aの他側端面に突設され図8に示すように旋回プレート4のボス部4A内に回転可能に嵌合される偏心軸部5Cとによって構成されている。
【0012】また,可変クランク5の円盤部5Aには後述のストッパピン7が挿入されるピン穴5Dが穿設されている。さらに,偏心軸部5Cは,その軸線O3 -O3 が駆動軸3の軸線O1 -O1 に対して寸法δだけ偏心した位置に配設されている。
【0013】そして,可変クランク5は,当該スクロール式空気圧縮機の運転時に駆動軸3と一体となって回転することにより,旋回プレート4と共に旋回スクロール8を寸法δの旋回半径をもって旋回運動させるものである。
【0014】ここで,可変クランク5は,運転時に駆動軸3の回転による遠心力と後述する圧縮室9内の圧力との合力を受けることにより,嵌合軸部5Bを中心として駆動軸3に対し図11中に示す矢示C1 方向へと相対回転する構成となっている。このため,図12に示すように可変クランク5は,運転時に偏心軸部5Cの軸線O3 -O3 が軸線O3′-O3 ′の位置まで移動し,旋回スクロール8の旋回半径である寸法δをδ′の如く僅かに大きく変化させ,これにより旋回スクロール8のラップ部8Bを固定スクロール2のラップ部2Dに接近させる側に押付ける構成となっている。」
・「【0022】まず,電動モータにより駆動軸3を回転させると,旋回スクロール8は駆動軸3を中心として旋回半径δをもった旋回運動を行い,固定スクロール2のラップ部2Dと旋回スクロール8のラップ部8Bとの間に画成された圧縮室9,9,…が連続的に縮小する。これにより,固定スクロール2の外周側に設けられた吸込口13を通って外周側の圧縮室9内に空気が吸込まれ,この空気は旋回スクロール8が旋回運動する間に各圧縮室9内で順次圧縮され,最後に中心側の圧縮室9から固定スクロール2の中央に設けられた吐出口14を通じて外部の空気タンク(図示せず)に供給される。
【0023】また,この運転時には,図12に示すように可変クランク5が矢示C1 方向へと駆動軸3に対して相対回転することにより,旋回スクロール8の旋回半径δをδ′の如く僅かに大きく変化させ,これにより旋回スクロール8のラップ部8Bを固定スクロール2のラップ部2Dに接近する側に押付け,各ラップ部2D,8B間に形成される各圧縮室9の気密性を高めている。」
・「【0025】
【発明が解決しようとする課題】ところで,上述した従来技術によるスクロール式流体機械では,可変クランク5によって旋回半径を調整し,旋回スクロール8のラップ部8Bを固定スクロール2のラップ部2Dに押付けている。このため,旋回スクロール8のラップ部8Bは,図9に示すように固定スクロール2のラップ部2Dに例えば4つの接触点a?dで接触している。
【0026】このとき,4つの接触点a?dのうち2つの接触点a,bでは,旋回スクロール8のラップ部8Bの内周面8B1 が固定スクロール2のラップ部2Dの外周面2D2 に接触し,他の2つの接触点c,dでは,旋回スクロール8のラップ部8Bの外周面8B2 が固定スクロール2のラップ部2Dの内周面2D1 に接触している。
【0027】そして,この状態で旋回スクロール8が,駆動軸3の回転に伴って図9中の矢示A方向に向って移動する場合を想定すると,旋回スクロール8の各接触点a?dにあっては,旋回スクロール8が移動する矢示A方向とは逆向きの摩擦力が矢示B方向へと作用することになる。
【0028】一方,旋回スクロール8は,可動プレート10等によってその自転運動が規制されているものの,可動プレート10とガイド12,11との間の遊び等によって軸線O2 -O2 を中心に僅かな自転運動が可能となっている。また,旋回スクロール8には,旋回運動に伴って図9中の矢示C1 方向に向う自転トルクが作用している。
【0029】そして,旋回スクロール8は,2つの接触点a,bでは摩擦力と自転トルクとが同じ方向に作用し,他の2つの接触点c,dでは摩擦力と自転トルクとが逆方向に作用する。このため,2つの接触点c,dでの摩擦力が大きくなるときには,旋回スクロール8は,図9中の矢示C2 方向に僅かに自転し,矢示C1 方向と矢示C2 方向との間で微小振動することになる。このため,旋回スクロール8は微小振動を繰り返すことになり,振動,騒音等が増大するという問題がある。
【0030】本発明は上述した従来技術の問題に鑑みなされたもので,本発明の目的は,旋回スクロールを自転トルクが作用する方向に常時付勢しつつ,円滑に旋回運動させることができるようにしたスクロール式流体機械を提供することにある。」
・「【0032】そして,請求項1の発明が採用する構成の特徴は,前記旋回スクロールのラップ部内周面と前記固定スクロールのラップ部外周面とは,その周方向の少なくともいずれかの部位で接触する構成とし,前記旋回スクロールのラップ部外周面と前記固定スクロールのラップ部内周面との間には,その全周に亘って隙間を形成する構成としたことにある。
【0033】このように構成したことにより,旋回スクロールのラップ部外周面と固定スクロールのラップ部内周面との間に形成した隙間によって,旋回スクロールのラップ部外周面が固定スクロールのラップ部内周面に接触するのを防止できる。これにより,旋回スクロールには自転トルクと摩擦力とがほぼ同じ方向に作用し,旋回スクロールに微小振動等が発生するのを防止できる。」
・「【0049】まず,図1は本発明の第1の実施の形態を示し,本実施の形態では前記従来技術と同一の構成要素に同一の符号を付し,その説明を省略するものとする。」
・「【0058】本実施の形態によるスクロール式空気圧縮機は上述の如き構成を有するもので,その基本的作動については従来技術によるものと格別差異はない。そして,圧縮運転時には可変クランク5が駆動軸3に対して相対回転することにより旋回スクロール22の旋回半径を可変に調整し,これによって旋回スクロール22のラップ部22Aを固定スクロール21のラップ部21Aに押付けて,各圧縮室23の気密性を高めている点については,従来技術と同様である。」
・「【0063】図2は本発明の第2の実施の形態を示し,本実施の形態の特徴は,固定スクロールのラップ部には外周面側に肉盛りを施し,固定スクロールのラップ部の厚さ寸法を,旋回スクロールのラップ部の厚さ寸法よりも大きくしたことにある。なお,本実施の形態では前記従来技術と同一の構成要素に同一の符号を付し,その説明を省略するものとする。
【0064】31は本実施の形態による固定スクロールで,該固定スクロール31は従来技術で述べた固定スクロール2のラップ部2Dとほぼ同様のラップ部31Aを有している。そして,固定スクロール31のラップ31Aは,内周面31A1 と外周面31A2 との間の厚さ寸法T5 が全周に亘ってほぼ均一の値に設定され,渦巻状に形成されている。
【0065】また,固定スクロール31の外周面31A2 側には厚さ寸法ΔT分の肉盛りが施され,ラップ部31Aの厚さ寸法T5 は,後述する旋回スクロール32のラップ部32Aの厚さ寸法T6 よりも大きくなっている。そして,固定スクロール31の外周面31A2 は,図2中に仮想線で示す旋回スクロール32の外周面32A2 よりも旋回中心となる軸線O1 -O1 から径方向外側に位置ずれして設けられている。」
・「【0068】32は固定スクロール31と対向して旋回可能に設けられた旋回スクロールで,該旋回スクロール32は従来技術で述べた旋回スクロール8のラップ部8Bとほぼ同様のラップ部32Aを有している。そして,旋回スクロール32のラップ部32Aは,固定スクロール31のラップ部31Aとほぼ同様の渦巻状に形成されると共に,その内周面32A1 と外周面32A2 との間の厚さ寸法T6 が全周に亘って固定スクロール31のラップ部31Aの厚さ寸法T5 よりも小さな値に設定されている。
【0069】そして,旋回スクロール32は,固定スクロール31のラップ部31Aに対し,例えば180度だけずらして重なり合うように組付けられ,両者のラップ部31A,32A間には複数の圧縮室33,33,…が画成されている。
【0070】また,旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1 は,例えば2つの接触点a,bで固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2 に接触している。一方,旋回スクロール32のラップ部32Aの外周面32A2 は,全周に亘って固定スクロール31のラップ部31Aの内周面31A1 から離間し,両者が最も接近している部位にあっても旋回スクロール32のラップ部32Aの外周面32A2 と固定スクロール31のラップ部31Aの内周面31A1 との間には例えば10?100μm程度の僅かな微小隙間eが形成されている。
【0071】かくして,本実施の形態でも第1の実施の形態とほぼ同様の作用効果を得ることができる。」
・「【0114】また,前記各実施の形態では,スクロール式流体機械としてスクロール式空気圧縮機を例に挙げて説明したが,本発明はこれに限らず,例えば真空ポンプ,冷媒圧縮機等にも広く適用することができる。」
(2) 上記記載からすると,「第2の実施形態」に関し,次のことがわかる。
・旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1と固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2とによって隙間(申立書(17?19頁)の「隙間(U)」に当たる。以下「隙間U」という。)が形成され,ラップ部32Aの外周面32A2とラップ部31Aの内周面31A1とによって隙間(同「隙間(S)」。以下「隙間S」という。)が形成されている点。
・旋回スクロール32のラップ部32Aには,固定スクロール31のラップ部31Aの隣接する二つの部分(同「内周側ラップ部分(31A3)」及び「外周側ラップ部分(31A4)」。以下,それぞれ,「内周側ラップ部分31A3」及び「外周側ラップ部分31A4」という。)の間を相対的に往復する部分(同「往復ラップ部分(32A3)」。以下「往復ラップ部分32A3」という。)がある点。
・隙間Uは,内周側ラップ部分31A3と往復ラップ部分32A3が形成する隙間であり,隙間Sは,外周側ラップ部分31A4と往復ラップ部分32A3が形成する隙間である点。
・往復ラップ部分32A3の厚さ寸法はT6であり,外周側ラップ部分31A4の厚さ寸法はT5である点。
また,旋回スクロール32のラップ部32Aの外周面32A2は,全周に亘って,固定スクロール31のラップ部31Aの内周面31A1から離間し,両者が最も接近している部位にあっても両者の間に微小隙間eが形成されることより(【0070】),隙間Sは両者が最も接近している部位にあっても微小隙間e以上の間隔を有していることがわかる。
他方,旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1は,固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2と接触する(接触点a,b)ことから,両者が最も接近している部位で隙間Uは0となることがわかる。
すなわち,往復ラップ部分32A3のいずれの箇所においても,旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1と固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間Uと,旋回スクロール32のラップ部32Aの外周面32A2と固定スクロール31のラップ部31Aの内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間Sとを比較すると,隙間Sは隙間Uよりも大きいといえる。
さらに,「第2の実施形態」はスクロール式空気圧縮機であるが,冷媒圧縮機にも適用することができるものである(【0114】)。
そうすると,甲3に記載された事項から,甲3には次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲3発明)
「冷媒を圧縮するスクロール式圧縮機であって,
ラップ部31Aを有する固定スクロール31と,
ラップ部32Aを有する旋回スクロール32と,
を備え,
前記ラップ部31Aの厚さ寸法T5は,前記ラップ部32Aの厚さ寸法T6より大きく,
隙間Uは,前記ラップ部32Aの内周面32A1と前記ラップ部31Aの外周面31A2とによって形成され,
隙間Sは,前記ラップ部32Aの外周面32A2と前記ラップ部31Aの内周面31A1とによって形成され,
前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間Uは0であり,
前記外周面32A2と前記内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間Sは微小隙間eであって,前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間Uよりも大きく,
前記ラップ部31Aは内周側ラップ部分31A3と外周側ラップ部分31A4とを有し,
前記ラップ部32Aは,前記内周側ラップ部分31A3と前記外周側ラップ部分31A4との間を相対的に往復する往復ラップ部分32A3,を有し,
前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間Uは,前記内周側ラップ部分31A3と前記往復ラップ部分32A3が形成する隙間であり,
前記外周面32A2と前記内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間Sは,前記外周側ラップ部分31A4と前記往復ラップ部分32A3が形成する隙間であり,
前記厚さ寸法T6は前記往復ラップ部分32A3の厚みであり,
前記厚さ寸法T5は前記外周側ラップ部分31A4の厚みである,
スクロール式圧縮機。」

2 本件発明1について
(1) 対比
ア 本件発明1と甲3発明とを,その有する機能に照らして対比すると,甲3発明の「冷媒を圧縮するスクロール式圧縮機」,「ラップ部31A」,「固定スクロール31」,「ラップ部32A」,「旋回スクロール32」,「スクロール式圧縮機」は,それぞれ,本件発明1の「冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)」,「固定スクロールラップ(52)」,「固定スクロール(50)」,「可動スクロールラップ(62)」,「可動スクロール(60)」,「スクロール圧縮機(10)」に相当する。
イ 甲3発明の「ラップ部31A」,「ラップ部32A」は,それぞれ,「固定スクロール31」,「旋回スクロール32」のラップ部で,「前記ラップ部31Aの厚さ寸法T5は,前記ラップ部32Aの厚さ寸法T6より大きく」されている。
ラップ部の厚さの大小関係からすると,甲3発明の「ラップ部31A」,「厚さ寸法T5」,「ラップ部32A」,「厚さ寸法T6」は,それぞれ,本件発明1の「第2スクロールラップ(52)」,「第2厚(T2)」,「第1スクロールラップ(62)」,「第1厚(T1)」に相当し,甲3発明は,本件発明1と同様に,「第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり,かつ,前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は,前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく」されているといえる。
ウ(ア) 甲3発明は,「隙間Uは,前記ラップ部32Aの内周面32A1と前記ラップ部31Aの外周面31A2とによって形成され」,「隙間Sは,前記ラップ部32Aの外周面32A2と前記ラップ部31Aの内周面31A1とによって形成され」,「前記外周面32A2と前記内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間Sは微小隙間eであって,前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間Uよりも大きく」されている。
(イ) 甲3発明の「ラップ部32A」の「内周面32A1」,「ラップ部31A」の「外周面31A2」,「ラップ部32A」の「外周面32A2」,「ラップ部31A」の「内周面31A1」は,その位置関係からして,それぞれ,本件発明1の「第1スクロールラップ」の「内線(63)」,「第2スクロールラップ」の「外線(54)」,「第1スクロールラップ」の「外線(64)」,「第2スクロールラップ」の「内線(53)」に相当する。
また,甲3発明の「前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間U」,「前記外周面32A2と前記内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間S」は,それぞれ,本件発明1の「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」に相当する。
(ウ) 甲3発明の「前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間U」と,本件発明1の「第1側面隙間(G1)」とは,「前記第1スクロールラップの内線(63)」と,「前記第2スクロールラップの外線(54)」と,が「最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔」である点で共通するといえる。
また,甲3発明の「前記外周面32A2と前記内周面31A1とが最も接近したときにおける隙間S」は「微小隙間e」であるから,「ラップ部31A」の「内周面31A1」は,「ラップ部32A」の「外周面32A2」から離間しているといえ,本件発明1と同様に,「第2側面隙間(G2)」は,「前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔」であるといえる。
そして,甲3発明は,本件発明1と同様に,「前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい」といえる。
エ そうすると,本件発明1と甲3発明とは,以下の点で一致し,相違するものと認められる。
(一致点)
「冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)であって,
固定スクロールラップ(52)を有する固定スクロール(50)と,
可動スクロールラップ(62)を有する可動スクロール(60)と,
を備え,
第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり,かつ,前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は,前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく,
第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔であり,
第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔であり,
前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい,
スクロール圧縮機(10)。」
(相違点)
本件発明1は,「第1側面隙間(G1)」に関し,「前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔」であるのに対し,甲3発明は,「前記内周面32A1と前記外周面31A2とが最も接近したときにおける隙間U」に関し,「ラップ部31A」の「外周面31A2」が,「ラップ部32A」の「内周面32A1」から離間するとはいえない点。
(2) 判断
ア このように,甲3発明は,本件発明1と相違するところがあり,本件発明1は,それにより,後記のとおり,顕著な効果を奏するものであるから,この点は実質的な相違点である。
よって,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとは認められない。
イ 次に,本件発明1が,甲3発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるかについて検討する。
甲3発明は,旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1と固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2とが最も接近したときの隙間Uは0となるものである。
甲3の記載によれば,甲3に記載された発明は,「可変クランク5が矢示C1 方向へと駆動軸3に対して相対回転することにより,旋回スクロール8の旋回半径δをδ′の如く僅かに大きく変化させ,これにより旋回スクロール8のラップ部8Bを固定スクロール2のラップ部2Dに接近する側に押付け,各ラップ部2D,8B間に形成される各圧縮室9の気密性を高めている。」(甲3【0023】),「可変クランク5によって旋回半径を調整し,旋回スクロール8のラップ部8Bを固定スクロール2のラップ部2Dに押付けている。このため,旋回スクロール8のラップ部8Bは,図9に示すように固定スクロール2のラップ部2Dに例えば4つの接触点a?dで接触している。」(同【0025】)といった従来技術を前提として,なされたものである。
そして,その「第1の実施形態」は,「圧縮運転時には可変クランク5が駆動軸3に対して相対回転することにより旋回スクロール22の旋回半径を可変に調整し,これによって旋回スクロール22のラップ部22Aを固定スクロール21のラップ部21Aに押付けて,各圧縮室23の気密性を高めている点については,従来技術と同様である。」(同【0058】)ものであり,甲3発明に係る「第2の実施形態」は「第1の実施の形態とほぼ同様の作用効果を得ることができる。」(同【0071】)いうものである。
このように,甲3発明は,旋回スクロール32のラップ部32Aを固定スクロール31のラップ部31Aに押付けて,各圧縮室の気密性を高めることを前提とした技術である。
また,本件発明1は,「差圧に起因してスクロールが変形を受けた場合に動作異常が発生しにくいスクロール圧縮機を提供すること」(本件明細書【0004】)を課題としたものであるところ,甲3には,この点に関し,特段記載はない。
そうすると,甲3発明において,旋回スクロール32のラップ部32Aの内周面32A1と固定スクロール31のラップ部31Aの外周面31A2とが最も接近したときに,隙間Uを0としないよう,「ラップ部31A」の「外周面31A2」は,「ラップ部32A」の「内周面32A1」から離間するものとする,すなわち,相違点に係る構成とする動機付けは特段認められない。
他の証拠(甲1,2,4)をみても,甲3発明において,相違点に係る構成とする動機付けは特段認められない。
そして,本件発明1は,相違点に係る構成を有することにより,「第1スクロールラップの外線側の第2側面隙間が,第1スクロールラップの内線側の第1側面隙間よりも大きい。スクロールの内周側は外周側に比べて高圧の流体を収容するので,厚みの小さい第1スクロールラップは外側に傾倒しやすい。したがって,第1スクロールラップの傾倒分は相対的に大きな第2側面隙間に収容されるので,第1スクロールラップと第2スクロールラップの干渉が抑制され,動作異常が起こりにくくなる。」(本件明細書【0006】), 「スクロールラップの傾倒時に干渉が抑制され,動作異常が起こりにくい。」(同【0019】)といった顕著な効果を奏するものである。
以上を総合すると,甲3発明において,相違点に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものとは認められない。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとは認められず,甲3発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。

3 本件発明2?7について
本件発明2?7は,本件発明1を特定するための事項を全て含むものであるから,その余の事項を検討するまでもなく,本件発明2?7は,本件発明1と同様の理由により,甲3に記載された発明であるとは認められず,甲3発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。

第6 取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議の申立ての理由について
1 本件訂正前の本件特許に対する取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議の申立ての理由は,概ね,次のとおりである。
(1) 理由1
ア 本件発明1?4,6,7は,甲1に記載された発明であって,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
イ 本件発明1,3,4,6は,甲3に記載された発明(第1の実施形態)であって,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
ウ 本件発明1?6は,甲4に記載された発明であって,特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(2) 理由2
ア(ア) 本件発明1?4,6,7は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(イ) 本件発明5は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
イ(ア) 本件発明1,3,4,6は,甲3に記載された発明(第1の実施形態)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(イ) 本件発明2,5は,甲3に記載された発明(第1の実施形態)及び甲4に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
ウ 本件発明1?6は,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(3) 理由3
本件特許は,特許請求の範囲の記載に不備があるため,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり,取り消すべきものである。

2 理由1(29条1項3号)及び理由2(29条2項)について
(1) 本件発明1について
本件発明1と,甲1に記載された発明(【0001】?【0003】,【0005】,【0021】?【0024】,【0026】,図2参照。),甲3に記載された発明(第1の実施形態(【0001】,【0050】?【0052】,【0055】,【0114】,図1)),甲4に記載された発明([0005],[0090]?[0093],図11A,11B,12)とを,その有する機能に照らして対比すると,少なくとも,本件発明1は,「第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と,前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔であり」,「第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と,前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と,が最も近接したときにおける,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔であり」,「前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい」のに対し,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明においては,そのように構成されていない点で相違する。
このように,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明は,本件発明1と相違するところがあり,本件発明1は,それにより,顕著な効果を奏するものであるから(前記第5・2(2)イ),この点は実質的な相違点である。
そして,甲1,3,4をみても,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明において,上記相違点に係る構成とする動機付けは特段認められない。この点は,甲2をみても同様である。
以上のとおりであるから,本件発明1は,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明であるとは認められず,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明,甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとも認められない。
(2) 本件発明2?7について
本件発明2?7は,本件発明1を特定するための事項を全て含むものであるから,その余の事項を検討するまでもなく,本件発明2?7は,本件発明1と同様の理由により,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明であるとは認められず,甲1に記載された発明,甲3に記載された発明(第1の実施形態),甲4に記載された発明,甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとも認められない。

2 理由3(36条6項2号)について
(1)ア 特許異議申立人は,請求項1における「前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい」との事項に関し,概ね
次のように主張し,発明を明確に特定することができないとして,本件発明は明確でない旨主張している。
・請求項1には,「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」について,「第1側面隙間(G1)は,前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)とによって形成され」,「第2側面隙間(G2)は,前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)とによって形成され(る)」旨記載されているところ,第1スクロールラップの内線(63)と第2スクロールラップの外線(54)の間隔,第1スクロールラップの外線(64)と第2スクロールラップの内線(53)の間隔は,それぞれ,位置によって変化するから,隙間の大きさは様々な値となり得る。
・そして,「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」について上記のように定義されているのみであるから,「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」の大きさは,それぞれ様々な値となり得ることとなる。
・スクロール圧縮機において,互いに向き合うように形成された第2スクロールラップの外線(54)と内線(53)との間隔は一定で,「第2側面隙間(G2)」は「第1側面隙間(G1)」に対して大きくなったり小さくなったりすることは明らかであるから,「前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい」と特定することにより,「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」についてどのような事項が特定されているのか明確でない。
イ しかしながら,本件訂正により,「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」が明確になり,そのような「第1側面隙間(G1)」,「第2側面隙間(G2)」について,「前記第2側面隙間(G2)は,前記第1側面隙間(G1)よりも大きい」と特定された事項に関し,明確でないところは特段認められない。
(2) また,特許異議申立人は,請求項1において,「固定スクロールラップ」と「第2スクロールラップ」,「可動スクロールラップ」と「第1スクロールラップ」に対しそれぞれ同一の符号が付されているが,「第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は,それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり」とも記載されているから,「第2スクロールラップ」が常に固定スクロールラップであるのか,或いは可動スクラップになり得るのか,「第1スクロールラップ」が常に可動スクロールラップであるのか,或いは固定スクロールラップになり得るのか,明確でない旨主張している。
しかしながら,請求項1において,「第1スクロールラップ(62)」,「第2スクロールラップ(52)」が,それぞれ「前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方」であることは明らかである。
(3) よって,上記主張を根拠に,本件発明は明確でないとは認められない。
そして,その他,本件発明が明確でないとする理由も特段認められない。
以上のとおりであるから,本件発明は明確でないとは認められない。

第7 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷媒を圧縮するスクロール圧縮機(10)であって、
固定スクロールラップ(52)を有する固定スクロール(50)と、
可動スクロールラップ(62)を有する可動スクロール(60)と、
を備え、
第1スクロールラップ(62)および第2スクロールラップ(52)は、それぞれ前記固定スクロールラップおよび前記可動スクロールラップのうちの一方および他方であり、かつ、前記第2スクロールラップの厚みである第2厚(T2)は、前記第1スクロールラップの厚みである第1厚(T1)よりも大きく、
第1側面隙間(G1)は、前記第1スクロールラップの内線(63)と、前記第1スクロールラップの前記内線から離間する前記第2スクロールラップの外線(54)と、が最も近接したときにおける、前記第1スクロールラップの内線(63)と前記第2スクロールラップの外線(54)の間隔であり、
第2側面隙間(G2)は、前記第1スクロールラップの外線(64)と、前記第1スクロールラップの前記外線から離間する前記第2スクロールラップの内線(53)と、が最も近接したときにおける、前記第1スクロールラップの外線(64)と前記第2スクロールラップの内線(53)の間隔であり、
前記第2側面隙間(G2)は、前記第1側面隙間(G1)よりも大きい、
スクロール圧縮機(10)。
【請求項2】
前記第2厚(T2)は、前記第1厚(T1)の130%以上である、
請求項1に記載のスクロール圧縮機。
【請求項3】
前記第2側面隙間(G2)は、前記第1側面隙間(G1)の110%以上である、
請求項1または請求項2に記載のスクロール圧縮機。
【請求項4】
前記第2側面隙間(G2)は、前記第1側面隙間(G1)の120%以上である、
請求項3に記載のスクロール圧縮機。
【請求項5】
前記第1スクロールラップの高さ(H1)は、前記第1厚(T1)の7倍以上である、
請求項1から4のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。
【請求項6】
前記第2スクロールラップ(52)は内周側ラップ部分(521)と外周側ラップ部分(522)とを有し、
前記第1スクロールラップ(62)は、前記内周側ラップ部分と前記外周側ラップ部分との間を相対的に往復する往復ラップ部分(625)、を有し、
前記第1側面隙間(G1)は、前記内周側ラップ部分(521)と前記往復ラップ部分(625)が形成する間隙であり、
前記第2側面隙間(G2)は、前記外周側ラップ部分(522)と前記往復ラップ部分(625)が形成する間隙であり、
前記第1厚(T1)は前記往復ラップ部分(625)の厚みであり、
前記第2厚(T2)は前記外周側ラップ部分(522)の厚みである、
請求項1から5のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。
【請求項7】
前記第1スクロールラップ(62)は前記可動スクロールラップ(62)であり、
前記第2スクロールラップ(52)は前記固定スクロールラップ(52)である、
請求項1から6のいずれか1つに記載のスクロール圧縮機。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-03-31 
出願番号 特願2017-116657(P2017-116657)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (F04C)
P 1 651・ 113- YAA (F04C)
P 1 651・ 537- YAA (F04C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大瀬 円  
特許庁審判長 柿崎 拓
特許庁審判官 窪田 治彦
久保 竜一
登録日 2018-10-05 
登録番号 特許第6409910号(P6409910)
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 スクロール圧縮機  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  

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