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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  F16C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16C
審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  F16C
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  F16C
審判 全部申し立て 2項進歩性  F16C
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  F16C
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  F16C
管理番号 1363996
異議申立番号 異議2018-700913  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-13 
確定日 2020-06-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6334745号発明「転がり軸受」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6334745号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕について訂正することを認める。 特許第6334745号の明細書の段落【0017】及び【0023】を訂正請求書に添付された訂正明細書の段落【0017】及び【0023】のとおり訂正することを認める。 特許第6334745号の請求項1、7、8及び10に係る特許を維持する。 特許第6334745号の請求項2ないし請求項6及び請求項9に係る特許異議申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6334745号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、平成21年9月25日に出願した特願2009-220500号の一部を、平成26年6月4日に出願した特願2014-115635号の一部を、平成27年7月21日に出願した特願2015-143931号の一部を、平成29年1月11日に出願したものであって、平成30年5月11日にその特許権の設定登録(特許掲載公報発行日 平成30年5月30日)がされ、平成30年11月13日に特許異議申立人池田憲保(以下、「異議申立人1」という。)により請求項1?3、7、9、10に対して特許異議の申立てがされ、平成30年11月19日に特許異議申立人松本征二(以下、「異議申立人2」という。)により請求項1?3、7?10に対して特許異議の申立てがされ、平成30年11月21日に特許異議申立人田中貞嗣及び小山卓志(以下、「異議申立人3」という。)により全請求項(請求項1?10)に対して特許異議の申立てがされたものである。
そして、その後の経緯は次のとおりである。

平成31年 2月 1日付け 取消理由通知
同年 4月 8日 訂正請求書、意見書の提出(特許権者)
同年 4月26日付け 訂正拒絶理由通知
令和 1年 6月10日 意見書の提出(特許権者)
同年 7月24日 意見書の提出(異議申立人2)
同年 7月25日 意見書の提出(異議申立人3)
同年 7月26日 意見書の提出(異議申立人1)
同年 9月30日付け 取消理由通知<決定の予告>
同年12月 3日 訂正請求書、意見書の提出(特許権者)
令和 2年 3月12日 意見書の提出(異議申立人1)
同年 3月12日 意見書の提出(異議申立人2)
同年 3月17日 意見書の提出(異議申立人3)


第2 訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨、訂正の内容
(1)請求の趣旨
令和1年12月3日に特許権者により行われた、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲の訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求の趣旨は、特許第6334745号の明細書、特許請求の範囲を本件訂正の訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕について訂正することを求める、というものである。
なお、本件訂正の請求により、平成31年4月8日の訂正の請求は取り下げられたものとみなされる。

(2)訂正の内容
本件訂正の内容は以下ア?キのとおりである。(下線は特許権者が付したものである。)
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上4000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受であって、
電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性の転動体を含む複数の転動体を備え、
前記絶縁性の転動体の個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たす、転がり軸受。」
との記載を、
「パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受であって、
SUJ2材からなる内輪と、
SUJ2材からなる外輪と、
電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、
前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜であり、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たし、且つ前記Pが6以上の整数である、転がり軸受。」
に訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項7、8及び10も同様に訂正する。)

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項7の
「前記絶縁性の転動体の電気抵抗値が10^(12)Ω・cm以上である請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の転がり軸受。」
との記載を
「前記絶縁性のベアリングボールの電気抵抗値が10^(12)Ω・cm以上である請求項1に記載の転がり軸受。」
に訂正する。

ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項8の
「前記絶縁性の転動体の個数は、前記複数の転動体の個数未満である請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の転がり軸受。」
との記載を
「前記絶縁性のベアリングボールの個数は、前記複数のベアリングボールの個数未満である請求項1または請求項7に記載の転がり軸受。」
に訂正する。

エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項10の
「前記転がり軸受は、工場用機器、サーバ、パーソナルコンピュータ、エレベータ、ポンプ、ファン、家庭用電化製品、電気自動車、および鉄道車両の少なくとも一つに設けられている、請求項1ないし請求項9のいずれか一項に記載の転がり軸受。」
との記載を
「前記転がり軸受は、工場用機器、サーバ、パーソナルコンピュータ、エレベータ、ポンプ、ファン、家庭用電化製品、電気自動車、および鉄道車両の少なくとも一つに設けられている、請求項1、請求項7、および請求項8のいずれか一項に記載の転がり軸受。」
に訂正する。

オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項2ないし請求項6及び請求項9を削除する。

カ 訂正事項6
明細書の段落【0017】の
「インバータは、このような軸受と制御回路を組合せて構成される。制御回路には、AC/DCコンバータ、インバータ制御回路、スイッチング素子としてのサイリスタやIGBT素子などが挙げられる。インバータ制御回路は、PWN(パルス幅変調)駆動が一般的に用いられている。本発明のインバータ用軸受は電食の発生を抑制しているので、インバータ制御回路と軸受を、例えば1m以内の近傍に設置しても電食による影響を受け難い。従って、制御回路と軸受の配置による制約を受けない。そのため、エアコンディショナーや洗濯機などの家電から、電気自動車や鉄道車両など、様々な電器機器のインバータ近傍で適用できる。言い換えれば、電食による影響を受けない信頼性の高い電器機器を提供することができる。なお、1m以内の近傍とは、インバータモータの軸受およびインバータモータの近くに配置される軸受の両方を含むものとする。」
との記載を、
「インバータは、このような軸受と制御回路を組合せて構成される。制御回路には、AC/DCコンバータ、インバータ制御回路、スイッチング素子としてのサイリスタやIGBT素子などが挙げられる。インバータ制御回路は、PWM(パルス幅変調)駆動が一般的に用いられている。本発明のインバータ用軸受は電食の発生を抑制しているので、インバータ制御回路と軸受を、例えば1m以内の近傍に設置しても電食による影響を受け難い。従って、制御回路と軸受の配置による制約を受けない。そのため、エアコンディショナーや洗濯機などの家電から、電気自動車や鉄道車両など、様々な電器機器のインバータ近傍で適用できる。言い換えれば、電食による影響を受けない信頼性の高い電器機器を提供することができる。なお、1m以内の近傍とは、インバータモータの軸受およびインバータモータの近くに配置される軸受の両方を含むものとする。」
に訂正する。

キ 訂正事項7
明細書の段落【0023】の
「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×8000、P≧6、となる。この条件を満たす実施例6?8には電食は確認されなかったが、満たさない実施例5ではやや有となった。」
との記載を
「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×800、P≧6、となる。この条件を満たす実施例6?8には電食は確認されなかったが、満たさない実施例5ではやや有となった。」
に訂正する。

2 一群の請求項について
訂正事項1は、一群の請求項1?10に対して請求されたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

3 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変の存否等について
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否について(下線は当審で付与したものである。以下同様。)
訂正事項1は、訂正前の請求項1の特定事項に、
(ア)「パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する」制御回路から1m以内の位置で使用されること、
(イ)「SUJ2材からなる内輪」、「SUJ2材からなる外輪」及び「絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボール」を備えること、
(ウ)絶縁性のベアリングボールは「金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜」であること、
(エ)絶縁性のベアリングボールの個数Pは「6以上の整数」であること、
を付加することにより、請求項1に係る発明を減縮するものであり、また、訂正後の請求項1の記載を引用する訂正後の請求項7、8、10に係る発明についても同様に減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

新規事項の追加の有無について
(ア)明細書の段落【0016】に「絶縁性を有する転動体を使うことにより電食を効果的に防ぐことが可能となるが、あまり周波数が高くなり過ぎると転動体の絶縁性だけでは電食抑制効果が不十分になるおそれがある。そのため、絶縁性転動体を使うときは、駆動周波数50?4000Hzのインバータ近傍で使用する軸受に好適である。より好ましくは50?1000Hzである。」と記載されており、明細書の段落【0017】に「インバータは、このような軸受と制御回路を組合せて構成される。制御回路には、AC/DCコンバータ、インバータ制御回路、スイッチング素子としてのサイリスタやIGBT素子などが挙げられる。インバータ制御回路は、PWN(パルス幅変調)駆動が一般的に用いられている。」と記載されているから、上記ア(ア)の事項は、願書に添付した明細書に記載した事項である。

(イ)明細書の段落【0018】に「 内輪(内径5cm)、外輪(外径8cm)に直径1cmの転動体(ベアリングボール)を8個組込んだインバータ用軸受を製造した。内輪および外輪は軸受鋼(SUJ2)で構成した。」と記載されているから、上記ア(イ)の事項は、願書に添付した明細書に記載した事項である。

(ウ)明細書の段落【0012】に「また、電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上の転動体としては、金属部材の表面に、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、酸化クロム、フッ素樹脂、エンジニアリング樹脂から選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜を施したものも挙げられる。金属部材では前述の通り電食現象が生じてしまうが、絶縁性の溶射膜を設けることにより、絶縁性セラミックス焼結体と同等の絶縁性を維持することができる。溶射膜の膜厚は2?300μmの範囲が好ましい。(以下省略)」と記載されている。
また、訂正前の特許請求の範囲の【請求項5】に「前記絶縁性の転動体は、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた溶射膜と、を有し、前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、酸化クロム、フッ素樹脂、およびエンジニアリング樹脂から選ばれる少なくとも1種以上を主成分として含む請求項1に記載の転がり軸受。」と記載されており、【請求項6】には「前記溶射膜の厚さが2μm以上300μm以下である請求項5に記載の転がり軸受。」と記載されているから、上記ア(ウ)の事項は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項である。

(エ)明細書の段落【0022】の【表2】に、
実施例5として、窒化ケイ素転動体個数「2」、電食の有無「やや有」
実施例6として、窒化ケイ素転動体個数「6」、電食の有無「無」
実施例7として、窒化ケイ素転動体個数「10」、電食の有無「無」
実施例8として、窒化ケイ素転動体個数「12」、電食の有無「無」
と記載されており、明細書の段落【0023】に「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×8000、P≧6、となる。この条件を満たす実施例6?8には電食は確認されなかったが、満たさない実施例5ではやや有となった。」と記載されているから、上記ア(エ)の事項は、願書に添付した明細書に記載した事項である。

したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項1は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明をより具体的に特定するものであり、また、訂正後の請求項1の記載を引用する訂正後の請求項7、8及び10に係る発明についても同様に特定するものに過ぎないから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

エ 独立特許要件について
訂正前の全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1による訂正後の請求項1に関して特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定に関する要件は課されない。


(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項2の、請求項7の「前記絶縁性の転動体」を「前記絶縁性のベアリングボール」に減縮する訂正は、上記訂正事項1の、請求項1の「絶縁性の転動体」を「絶縁性のベアリングボール」に減縮する訂正により、請求項1を引用する請求項7の記載に明瞭でない部分が発生することを回避するためのものでもある。
また、訂正事項2の、請求項7の「請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の転がり軸受」との記載を「請求項1に記載の転がり軸受」に減縮する訂正は、上記訂正事項5により請求項2ないし6が削除されることに伴い、引用する対象となる請求項がなくなることで、請求項7の記載に明瞭でない部分が発生することを回避するためのものでもある。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であるとともに、同ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正でもある。

新規事項の追加の有無について
「請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の転がり軸受」を「請求項1に記載の転がり軸受」とすることは、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のことであり、また、上記(1)イ(イ)のとおり「転動体」を「ベアリングボール」に限定することは明細書に記載した事項の範囲内のことであるから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2は、請求項1の記載を引用する請求項7に係る発明について、訂正後の請求項1に係る発明と同様に減縮するものに過ぎないから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

エ 独立特許要件について
請求項7について特許異議の申立てがされているので、訂正事項2による訂正後の請求項7に関して特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定に関する要件は課されない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項3の、請求項8の「前記絶縁性の転動体」及び「前記複数の転動体」を「前記絶縁性のベアリングボール」及び「前記複数のベアリングボール」に減縮する訂正は、上記訂正事項1及び2の、請求項1及び7の「絶縁性の転動体」を「絶縁性のベアリングボール」に減縮する訂正、並びに上記訂正事項1の、請求項1の「複数の転動体」を「複数のベアリングボール」に減縮する訂正により、請求項1または請求項7を引用する請求項8の記載に明瞭でない部分が発生することを回避するためのものでもある。
また、訂正事項3の、請求項8の「請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の転がり軸受」との記載を「請求項1または請求項7に記載の転がり軸受」に減縮する訂正は、上記訂正事項5により請求項2ないし6が削除されることに伴い、引用する対象となる請求項がなくなることで、請求項8の記載に明瞭でない部分が発生することを回避するためのものでもある。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であるとともに、同ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正でもある。

新規事項の追加の有無について
「請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の転がり軸受」を「請求項1または請求項7に記載の転がり軸受」とすることは、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のことであり、また、上記(1)イ(イ)のとおり「転動体」を「ベアリングボール」に限定することは明細書に記載した事項の範囲内のことであるから、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項3は、請求項1または7の記載を引用する請求項8に係る発明について、訂正後の請求項1または7に係る発明と同様に減縮するものに過ぎないから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

エ 独立特許要件について
請求項8について特許異議の申立てがされているので、訂正事項3による訂正後の請求項8に関して特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定に関する要件は課されない。

(4)訂正事項4について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項4の、請求項10の「請求項1ないし請求項9のいずれか一項に記載の転がり軸受」との記載を「請求項1、請求項7、及び請求項8のいずれか一項に記載の転がり軸受」に減縮する訂正は、上記訂正事項5により請求項2ないし6及び9が削除されることに伴い、引用する対象となる請求項がなくなることで、請求項10の記載に明瞭でない部分が発生することを回避するためのものでもある。
したがって、訂正事項4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であるとともに、同ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正でもある。

新規事項の追加の有無について
「請求項1ないし請求項9のいずれか一項に記載の転がり軸受」を「請求項1、請求項7および請求項8のいずれか一項に記載の転がり軸受」とすることは、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のことであるから、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項4は、訂正前の請求項1?9のいずれか一項を引用する請求項10に係る発明について、訂正後の請求項1、請求項7または請求項8を引用するものに減縮するに過ぎないから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

エ 独立特許要件について
請求項10について特許異議の申立てがされているので、訂正事項4による訂正後の請求項10に関して特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定に関する要件は課されない。

(5)訂正事項5について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項5は、請求項2ないし請求項6及び請求項9を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加の有無について
訂正事項5は、請求項2ないし請求項6及び請求項9を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項5は、請求項2ないし請求項6及び請求項9を削除するものに過ぎないから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

エ 独立特許要件について
訂正前の請求項2ないし請求項6及び請求項9について特許異議の申立てがされているので、訂正事項5に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定に関する要件は課されない。


(6)訂正事項6について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項6は、訂正前の明細書の段落【0017】の「PWN(パルス幅変調)」の誤記を「PWM(パルス幅変調)」に訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記の訂正を目的とするものである。

新規事項の追加の有無について
訂正前の明細書の段落【0017】に記載された「パルス幅変調」を英訳すると「Pulse Width Modulation」であり、その略称はそれぞれの単語の頭文字を取って「PWM」であることは技術常識である。したがって、「PWN(パルス幅変調)」が「PWM(パルス幅変調)」の誤記であることは、この技術常識に照らせば明らかである。
してみれば、訂正事項6は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項6は、単なる表記上の誤記を訂正するものであるから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

(7)訂正事項7について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項7は、明細書の段落【0023】の「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×8000、P≧6、となる。」との記載を「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×800、P≧6、となる。」に訂正するものであるが、F(Hz)は「インバータの駆動周波数」(段落【0013】)であり、明細書の段落【0023】でのインバータの駆動周波数は「800Hz」(段落【0021】)であるから、「P×8000≧60×8000」なる不等式の右辺の「8000」が「800」の誤記であることは理解できる。
したがって、訂正事項7は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記の訂正を目的とするものである。

新規事項の追加の有無について
訂正前の明細書の段落【0013】に「また、複数個の転動体のうち、何個を絶縁性にすべきかについては、電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上の転動体の個数をP(個)、軸受の回転数をM(rpm)、インバータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60F、を満たすことが好ましい。」記載されており、段落【0021】に「次にインバータモータの駆動周波数を800Hz、回転速度を8000rpmに変えた以外は実施例1と同様のインバータモータを製造した。」と記載されており、段落【0023】に「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×8000、P≧6、となる。」と記載されている。
ここで、段落【0013】及び【0023】にあるP×M≧60Fなる式の左辺のMに回転速度である「8000」(rpm)を、右辺のFにインバータモータの駆動周波数である「800」(Hz)をそれぞれ代入すると、P×8000≧60×800となり、この式をPについて整理すると、P≧6となる。そうであれば、段落【0023】に記載された「P×8000≧60×8000」なる式の右辺の「8000」が「800」の誤記であることは明白である。
してみれば、訂正事項7は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項7は、単なる誤記を訂正するものであるから、特許請求の範囲を拡張又は変更するものでなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合する。

4 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号ないし第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項〔1?10〕及び訂正明細書の段落【0017】及び【0023】のとおり、訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正による特許請求の範囲の請求項1?10についての訂正は認められるから、本件特許の請求項1、7、8及び10に係る発明(以下「本件発明1」、「本件発明7」、「本件発明8」及び「本件発明10」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受であって、
SUJ2材からなる内輪と、
SUJ2材からなる外輪と、
電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、
前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜であり、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たし、且つ前記Pが6以上の整数である、転がり軸受。

【請求項7】
前記絶縁性のベアリングボールの電気抵抗値が10^(12)Ω・cm以上である請求項1に記載の転がり軸受。

【請求項8】
前記絶縁性のベアリングボールの個数は、前記複数のベアリングボールの個数未満である請求項1または請求項7に記載の転がり軸受。

【請求項10】
前記転がり軸受は、工場用機器、サーバ、パーソナルコンピュータ、エレベータ、ポンプ、ファン、家庭用電化製品、電気自動車、および鉄道車両の少なくとも一つに設けられている、請求項1、請求項7、および請求項8のいずれか一項に記載の転がり軸受。」

第4 当審の判断
1 取消理由の概要
本件特許に対して、令和1年9月30日付けで通知した取消理由<決定の予告>の概要は次のとおりである。

(1)取消理由1(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)取消理由2(実施可能要件)
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(3)取消理由3(進歩性)
本件発明1?4、7?10は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において頒布された下記の引用文献1?9に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

引用文献1:応用機械工学編集部,軸受メーカーにおける製品開発の現状,応用機械工学,1989.01.01,1989年1月号,p.102-105(異議申立人1の甲第1号証)
引用文献2:小山成昭・中村厚生,超高速化のための主軸モータ,精密工学会誌,1987年7月,第53巻・第7号,p.22-24(異議申立人2の甲第1号証)
引用文献3:特開平9-285072号公報(異議申立人3の甲第1号証)
引用文献4:特開2002-98148号公報(異議申立人2の甲第2号証)
引用文献5:特開2002-227843号公報(異議申立人3の甲第2号証)
引用文献6:特開2003-329045号公報
引用文献7:特開2003-63872号公報(周知例として。異議申立人1の甲第2号証)
引用文献8:特開2008-298284号公報(周知例として。異議申立人1が令和1年7月26日付け意見書において提示)
引用文献9:特開2002-364648号公報(周知例として。異議申立人1が令和1年7月26日付け意見書において提示)

2 取消理由1(サポート要件)について
本件特許明細書の段落【0005】には、「発明が解決しようとする課題」について「50Hz以上で駆動するインバータにおいて、EMD電流や高周波循環電流の発生により電食現象の発生を抑制したインバータ近傍に使用する軸受を提供するものである。」と記載されており、段落【0010】には、「このプラスマイナスの変化時にインバータ制御回路周辺には電磁誘導が生じる。(中略)伝わった電磁誘導は、EMD電流または/および高周波循環電流となる。」と記載されている。
また、段落【0013】には「通常、軸受には転動体が8?20個使われている。前述のような絶縁性を有する転動体を少なくとも1個以上使えば、50Hz以上で稼働するインバータ近傍に使用される軸受において電食を抑制することができる。
また、複数個の転動体のうち、何個を絶縁性にすべきかについては、電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上の転動体の個数をP(個)、軸受の回転数をM(rpm)、インバータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60F、を満たすことが好ましい。なお、軸受の回転数M(rpm)とは使用環境での最高回転数である。」と記載され、
段落【0014】には「そのため、複数個の転動体のうち、一部を軸受鋼製転動体に置き換えるとコストダウンに効果的である。このとき、P×M≧60Fを満たす関係であれば電食を効果的に抑制することができる。
例えば、軸受の回転数Mが5000rpm、インバータの駆動周波数Fが200Hzのとき、P×5000≧60×200、P≧2.4、よって3個以上を電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上のものにすれば電食を効果的に防ぐことができる。」と記載されており、
段落【0023】には「表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×8000、P≧6、となる。この条件を満たす実施例6?8には電食は確認されなかったが、満たさない実施例5ではやや有となった。」と記載されている。

そして、これら本件特許明細書の記載を参照すれば、本件発明1の「前記絶縁性の転動体の個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たす」との特定事項により、インバータ近傍に使用する軸受の電食現象の発生を抑制するという課題が解決できることを当業者において認識できると認められる。

ここで、極数がpであるインバータモータを、すべり率が0%の状態で駆動した場合を想定すると、インバータモータは、駆動電力の1周期あたり2/pだけ回転する(2極なら1回転、4極なら1/2回転・・・)ものであるから、駆動周波数がF(Hz)であれば1秒間に2F/pだけ回転し、1分間に120F/pだけ回転することは、当業者であれば当然に理解しているところであり、例えば、本件特許明細書の段落【0021】の「インバータモータの駆動周波数を800Hz、回転速度を8000rpm」との記載から、段落【0021】の記載事項は、極数が12極のインバータモータを、0%のすべり率で駆動すれば再現できるであろうことは、本件特許明細書の記載から、当業者が直ちに理解し得ることといえる。

そして、すべり率が0%より大きければ、極数がpであるインバータモータの1分間の回転数(回転速度)は120F/pより小さくなるところ、本件発明1の「P×M≧60F」のM(rpm)は最高回転数であるから、すべり率が0%の状態となるよう、例えば、パルス幅変調駆動のインバータ制御回路において、パルス幅を最大にして負荷に対する駆動力を十分大きくしたときの同期回転数に相当すると解される。
そこで、数式「P×M≧60F」の左辺のMに、当該Mをすべり率0%の同期回転数とみなすことができるとして、前述の120F/pを代入すると、P×120F/p≧60Fとなり、この数式をPについて解くと、P≧p/2となる。つまり、数式「P×M≧60F」は、当該Mをすべり率0%の同期回転数とみなすことができる限りにおいて、Pがインバータモータの極数の半数(N極とS極の組の数に相当)以上であれば、電食現象の発生を抑制できることを表す数式であるともいえる。

ここで、本件特許明細書に接した当業者であれば、インバータモータの1つの極と、当該1つの極に隣接する2つの極の間で、N極とS極が逆転するときに生ずる電磁誘導に関し、制御回路近傍に使用する軸受の電食現象の原因となるEMD電流や高周波循環電流(以下、「電食現象の原因となる電流」という。)の通る電気回路が存在し得ることが想定できる。
そして、前記隣接する2つの極の間の角度範囲、つまり、2×360/p(度)、(例えば、12極のインバータモータの場合、60度)の範囲に絶縁性のベアリングボールが平均で1つ以上存在しているならば、当該絶縁性のベアリングボールが、電食現象の原因となる電流が通る電気回路の少なくとも一部を遮断するので、これによって電食現象の発生が抑制され得るであろうことは、本件特許明細書の記載に基づけば、当業者であれば予測可能であると認められる。

そうすると、「P×M≧60F」という数式と、課題の解決との間には一定の確からしさがあることは、当業者であれば、本件特許明細書の記載に基づいて理解できるといえるから、本件発明1は、本件特許明細書において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものであって、発明の詳細な説明に記載された発明である。
よって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。
そして、本件特許の特許請求の範囲の請求項7、8及び10も、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に違背するものではない。
よって、取消理由1は解消した。

3 取消理由2(実施可能要件)について
本件特許明細書の段落【0018】には、
「内輪(内径5cm)、外輪(外径8cm)に直径1cmの転動体(ベアリングボール)を8個組込んだインバータ用軸受を製造した。内輪および外輪は軸受鋼(SUJ2)で構成した。
転動体は、SUJ2製球体(電気抵抗値10^(4)Ω・cm)と、窒化ケイ素焼結体製球体(電気抵抗値10^(12)Ω・cm以上)をそれぞれ用意し、表1に示す割合で用いた。
このようなインバータ用軸受をインバータモータに組込み電器機器用インバータモータを製造した。各インバータモータの電食試験を行った。軸受をインバータモータに組込んだ(インバータと軸受は1m以内に配置)。
インバータモータの電食の測定は、周波数100Hz、外輪側にて回転速度7000rpmで連続400時間稼動させた際に、マイクロフォン(ピックアップセンサー)で音の強さを測定し、そのセンサ出力が30dBを上回る場合を振動『有』とし、25dBを上回り30dB以下を振動『ややあり』、25dB未満の場合を振動『無』とした。なお、モータ稼働1時間後の摺動音はいずれも25dB未満であった。測定の結果を表1に示す。」
と記載されている。

ここで、インバータモータの回転速度をm(rpm)、インバータの駆動周波数をF(Hz)、インバータモータの極数をp(極)、すべり率を0%とすると、「m=120F/p」なる数式が成り立つので、段落【0018】に記載された外輪側の回転速度「7000rpm」及びインバータの駆動周波数「100Hz」の実施例1?4の数値を、数式「m=120F/p」に代入してpについて解くと、p=(120×100)/7000=1.7(極)となり、実現不可能である。つまり、すべり率が0%であるという前提を置くと(すべり率に係る記載は本件特許明細書に見いだされない)、段落【0018】の回転速度及び駆動周波数の少なくとも一方の記載が誤っていて、回転速度または駆動周波数を訂正しない限りは、当業者といえども実施例1?4を本件特許明細書に記載のとおり実現することが不可能であることは理解できる。

しかしながら、段落【0021】?【0023】には、回転速度及び駆動周波数の記載に整合性があり、当業者であれば12極のインバータモータ(上記2参照。)を使用することで実現できる具体例が、実施例5?8及び比較例2として記載されている。
さらに、上記2のとおり、請求項1に記載された回転速度及び駆動周波数と、絶縁性のボールベアリングの個数との関係を規定した数式「P×M≧60F」に関し、当業者であれば相応の確からしさがあることは理解できるといえる。

そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明から、当業者であれば、実施例6?8に関する記載により本件発明1の実施例を実現することができ、また、本件発明1に属しないP=2の実施例5及びP=0である比較例2に関する記載との比較等により、発明の技術的意義を理解することもできるといえる。

よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載しているといえ、特許法施行規則第24条の2の規定に適合するものである。
そして、請求項1における発明特定事項に関して矛盾しない実施例6?8に関する記載により試験を再現することができるから、実施例の記載に基いて発明を実施することができるといえる。

したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるから、本件発明1に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。

また、本件発明7、8及び10に関しても、特許法第36条第4項第1号に規定する要件に違背する事項はない。
よって、取消理由2は解消した。

4 取消理由3(進歩性)について
(1)引用文献の記載事項
ア 引用文献1
引用文献1には、以下の事項が記載されている。
(ア)「研削加工用の超高速スピンドル
工作機械用スピンドルの高速回転とともに,加工精度の向上,サイクルタイムの短縮,工具寿命の伸長などを目的とした開発が進められている.
25万rpmにおいても安定した回転が得られるように,支持軸受に窒化珪素セラミック球(HIPによって焼結)を使用したアンギュラ玉軸受を採用し,高速回転を実現するためにヒステリシスモータ(同期式モータ)を駆動源とし,負荷変動による回転数の変化が発生しないスピンドルとしている(写真1,図1).」(第102ページ左欄第1?10行)

(イ)「ヒステリシスモータも高速回転させるためには,高周波インバータ(周波数変換器)を駆動電源に使用するが,」(第103ページ左欄第6?7行)

(ウ)第103ペ-ジ右欄の「表1 研削スピンドル外形寸法と使用」には、項目「周波数Hz」及び「回転数rpm」の箇所に、それぞれ「4167」及び「25万」の数値が記載されており、工作機械用スピンドルの同期式モータの駆動周波数が4167Hzであるとき25万rpmの回転数となることが把握でき、上記記載事項(ア)に照らせば、同期式モータを4167Hzの駆動周波数で駆動すれば、当該同期式モータを25万rpmの常用回転数で駆動できると認められる。

(エ)第102ページの「図1 超高速スピンドルの構造」の図面の「窒化珪素球を用いたアンギュラ玉軸受」の引き出し線の引出元には、内輪と外輪の間に転動体が配置されアンギュラ玉軸受の構造が見て取れる。そして、一般に、玉軸受には3個以上の転動体を使用することが知られている。

上記記載事項、認定事項及び図示内容を総合し、本件発明1の記載振りに則って整理すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

[引用発明1]
「同期式モータを4167Hzの駆動周波数で駆動する高周波インバータを備えた研削加工用の工作機械に使用されるアンギュラ玉軸受であって、
内輪と、
外輪と、
3以上の窒化珪素セラミック球と、を備え、
同期式モータの常用回転数を25万rpmとした、アンギュラ玉軸受。」

イ 引用文献2
引用文献2には、以下の事項が記載されている。
(ア)「工作機械主軸の超高速化については,軸受,潤滑や冷却などの機械技術とモータ駆動エレクトロニクス技術のレベルアップが必要であった」(第22ページ右欄第18?20行)

(イ)「4.1 モータ部
ブラシレスモータとしては,様々な種類のモータが存在するが,構造が簡単で超高速回転に最適なものは,かご形誘導電動機である。(中略)
図1には遠心力により,ロータにかかる最大応力の計算例を示す.駆動電源周波数を低く押さえるため、多くは2極の設計が採用され、ステータとロータ間ギャップ寸法は,超高速回転時のモータ損失を少なくするため、通常の誘導電動機よりも大きな値が取られる.」(第23ページ左欄第12?25行)

(ウ)「しかし,最近では,セラミックの転動体を持つ軸受が開発されており、さらに2?3割の高速化が期待されている.」(第23ページ右欄第4?6行)

(エ)「4.4 駆動電源
誘導電動機の可変速駆動電源の方式には、様々なものがあるが,超高速主軸のモータの駆動には,トランジスタインバータによる周波数制御が使用される.誘導電動機への供給周波数をPMW制御(パルス幅変調)することにより,停止から最高速度」(第23ページ右欄第28?33行)

(オ)第23ページ左欄の「図1 遠心力によるロータ応力」には、「回転数(rpm)」の軸の「30000」の位置まで曲線グラフが記載されており、工作機械の主軸のかご型誘導電動機の最高速度として30000rpmが想定されていることが理解できる。
そして、一般に、誘導電動機にすべりが無い場合、誘導電動機の極数をp(極)、回転速度をN(rpm)、駆動周波数をf(Hz)とすると、N=120f/pの数式が成立し、回転速度が30000rpmの場合、2極の誘導電動機の駆動周波数は500Hzである。

(カ)工作機械の主軸の玉軸受は、通常、複数の転動体を挟む内輪と外輪を備えると認められる。

そこで、上記記載事項、認定事項及び図示内容を総合し、本件発明1の記載振りに則って整理すると、引用文献2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

[引用発明2]
「かご型誘導電動機の駆動周波数を500Hzに制御するトランジスタインバータを備えた工作機械に使用される玉軸受であって、
内輪と、
外輪と、
セラミックの転動体を含む複数の転動体と、を備え、
かご型誘導電動機の最高速度を30000rpmとした、玉軸受。」

ウ 引用文献3
引用文献3には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、高速ポンプ等の高速回転駆動を必要とする回転負荷を駆動するための電動機に係り、特に立軸全閉形の高速電動機に適した小形化と軽量化を達成し得ると共に、円滑な冷却系統および潤滑油系統を構成した8,000rpm以上の高速回転を可能とし、しかも中容量以上の出力が得られる高速電動機に関するものである。」

(イ)「【0022】図1は、本発明に係る高速電動機の一実施例を示す概略断面図である。すなわち、図1は立軸型の誘導電動機を示すものであって、参照符号10はこの電動機の全閉型のフレームを示し、このフレーム10の内部にステータ12およびロータ14がそれぞれ設けられている。しかるに、前記ロータ14のロータ軸16には、その上下部においてそれぞれボールベアリング18、20を介して軸支されている。
【0023】なお、前記ボールベアリング18、20は、上下それぞれ1組のボールベアリング群は、通常2個(荷重によっては、3?4個)のアンギュラタイプのセラミックボールベアリングによって構成され、上下のボールベアリング18、20を組合せてアンギュラ-ベアリングの機能を発揮できるように配列されている。」

(ウ)「【0033】
【発明の効果】以上説明したように、本発明に係る高速電動機においては、ロータ軸の両端部をボールベアリングで支承し、フレームのステータ外周部をステータ冷却ジャケットで囲繞すると共に、フレームの上下部を軸受部を支える全閉ブラケットで密閉した立軸構成とし、前記ボールベアリングに対してそれぞれブラケットの外部よりオイルエア方式により潤滑油を供給するように構成し、電動機内部の上下空間に冷却手段を配置して、ロータの両端部にに設けられたファンによって内部空気を流動させ、内部冷却手段との間の熱交換率を高め、さらに上下ブラケットに冷却手段を設けることにより、例えば8,000rpm以上の回転数で運転し得る小形、軽量にして中容量(例えば75KW)以上の立軸型高速電動機を提供することができる。
【0034】また、本発明においては、前記ボールベアリングとして、アンギュラタイプのセラミックボールベアリングの組合せ方式を採用し、これらのボールベアリングに対してオイルエア方式により潤滑油を供給することにより、ベアリング構造を簡単にし、損失の発生を低減して、高速運転での効率を改善することができる。例えば、高速ポンプ駆動の場合、増度装置を紙葉して一般の商用周波数用の電動機で運転する場合に比べて、騒音を低減することができ、そのためのサイレンサなどの付属設備の設置を省略することができる。
【0035】また、高速電動機は、インバータによって駆動されることから、速度制御が容易となる。従って、特にポンプ用途においては、流量制御を効率的に行い得る利点が得られる。
【0036】因みに、本発明の実施例に基づき、150KW、2P、250Hz、400V仕様の高速電動機を試作し試験を行ったところ、ポンプ負荷において運転時の温度上昇は、ステータの巻線部で最高90℃、ベアリング部で約50℃、ロータ表面部で約120℃であり、この時の振動値は、15,000rpm、全負荷で、最大1.2G程度という好まし結果を得た。」

(エ)通常、アンギュラタイプのボールベアリングは、複数のボールを、斜め内側と斜め外側から支えて軌道内に収めるために、内輪及び外輪を備えると認められる。

上記記載事項及び認定事項を総合し、本件発明1の記載振りに則って整理すると、引用文献3には、次の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。

[引用発明3]
「高速電動機の駆動周波数を250Hzに制御するインバータを備えた高速ポンプに使用されるアンギュラタイプのボールベアリングであって、
内輪と、
外輪と、
セラミックのボールを含む複数のボールと、を備え、
高速電動機の最高の回転速度を15000rpmとした、アンギュラタイプのボールベアリング。」

エ 引用文献4
引用文献4には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0006】従来の金属転動体は導電率に優れるため、このような静電気の問題は発生しなかった。しかし、セラミックス転動体は基本的には高回転化に有利であるものの、その体積固有抵抗値が10^(12)Ωcm以上であるため、軸受に発生する静電気を効率的に発散させることができなくなってきている。静電気の発散が為されない場合、誤動作の発生を招くおそれがある。GMRヘッドのような静電気に弱いものでは、このような問題がより顕著となる。」

(イ)「【0025】本発明のセラミックス転動体に用いられる材料としては、Si_(3)N_(4)、SiC、ZrO_(2)、Al_(2)O_(3)、SIALON等が挙げられる。これらの材料を用いることで、転動体の耐磨耗性等を向上させ、転がり軸受を長期間安定した状態に保つことができる。特に、Si_(3)N_(4)は耐摩耗性に優れるために、本発明の転がり軸受に用いることが好ましい。また、セラミックス転動体のヤング率を200GPa以上とすることが好ましい。ヤング率を200GPa以上とすることで、加工性が上がり真球度の高い転動体を形成でき、高速回転時の振動および騒音を小さくすることができる。よって、例えば携帯用電子機器に用いた場合においても、安定した高回転を長期間維持することができる。」

(ウ)「【0036】スピンドルモータの軸受部分に用いられる転動体の数は各実施例、比較例とも10個とした。本発明の実施例ではセラミックス転動体の個数が全体の50%以上となるようにし、比較例ではセラミックス転動体の個数が全体の50%未満となるようにした。なお、セラミックス転動体はいずれもヤング率200GPaのものとした。」

(エ)「【0038】
【表1】(省略)
表1から分かるように、本発明の転がり軸受を用いた場合には、いずれの場合にも静電破壊は起こらなかった。特に、セラミックス転動体の数を50%以上にした本実施例に係る転がり軸受は転がり寿命も良好であった。」

オ 引用文献5
引用文献5には、以下の事項が記載されている。
「【0038】(実施例1)先ず、窒化珪素(BET比表面積9m^(2)/g)に、焼結助剤として酸化イッテルビウム(Yb_(2)O_(3))を7重量%、アルミナを3重量%に、表1に示す如く導電性付与剤を窒化珪素100重量%に対し、5?50重量%の範囲内で添加、混合し原料スラリーを調整した。」

カ 引用文献6
引用文献6には、以下の事項が記載されている。
「【0029】外輪11及び内輪12の軌道輪材料としては特に限定しないが、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼を焼入れ処理したものや、SCM420,SCr420等の肌焼き鋼を浸炭焼入れ処理したものでもよい。これらの軸受用材料は、温度上昇時の寸法変化を防止するために、200℃以上の高温で焼戻し処理を施し、焼入れ組織を安定化させて使用すると良い。ここで用いる軌道輪材料の表面硬さは、浸炭窒化処理等を施すことによって、HRC55以上とすると、転がり軸受の耐久寿命を更に延長することができる。また高温における錆を防止し耐食性を高めるため、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440C,SUS420C)、またはステンレス鋼に表面窒化したものを用いても構わない。その他、耐熱、耐食合金(M50、SKH4等)でも構わない。転動体13の形状及び材料としては特に限定しないが、高炭素クロム鋼であるSUJ2、表面を窒化処理したステンレス鋼でも構わない。勿論、転動体形状として玉以外に、円筒ころ、円錐ころ、ニードル、球面ころ等を用いても構わない。また本発明における転がり軸受10は駆動モータ用であるため、転動体13と外輪11若しくは内輪12の軌道面との間に電食現象が生じ、異常摩耗が発生する可能性がある。そこで転動体13に窒化珪素(Si_(3)N_(4))等のセラミックスを用いることは電食防止の観点から有効である。セラミックスの焼結助剤として、イットリア(Y_(2)O_(3))及びアルミナ(Al_(2)O_(3))、その他、適宜、窒化アルミ(AlN)、酸化チタン(TiO_(2))を混合したものや、アルミナ(Al_(2)O_(3))や炭化珪素(SiC)、ジルコニア(ZrO_(2))等を用いたものが挙げられる。また、軌道輪の表面に樹脂絶縁皮膜を設けるかセラミックスコーティングを施すことによって、外部からの電流を遮断することも、電食防止に効果がある。」

キ 引用文献7
引用文献7には、以下の事項が記載されている。
「【0055】
本発明のベアリングは、上述したような本発明の電子機器用耐摩耗性部材からなる転動体、例えばベアリングボールを有するものである。図1は本発明のベアリングの一実施形態の構成を示す図である。図1に示すベアリング1は、本発明の電子機器用耐摩耗性部材からなる複数のベアリングボール2と、これらベアリングボール2を支持する内輪3および外輪4とを有している。内輪3や外輪4はJIS-G-4805で規定されるSUJ2などの軸受鋼で形成することが好ましく、これにより信頼性のある高速回転を実現することができる。(以下省略)」

ク 引用文献8
引用文献8には、以下の事項が記載されている。
「【0021】
外輪(11)(21)および内輪(12)(22)は、高炭素クロム軸受鋼(JIS規格SUJ2など)や耐熱・耐食合金(AISI規格M-50、JIS規格高速度工具鋼SKHなど)で形成され、適宜焼入れ、焼戻し処理が施されている。また、玉(13)(23)は、セラミックス材料で形成されている。(以下省略)」

ケ 引用文献9
引用文献9には、以下の事項が記載されている。
「【0026】
【実施例】
図1又は図2に示したような形態の、以下の4種類のアンギュラ玉軸受(実施例1?2、比較例1?2)を用意した。(実施例1)内外輪が高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなり、転動体(玉)がマルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440C)で表面に窒化層を施したもの。(以下省略)」

コ 異議申立人3の甲第3号証
異議申立人3が提示した甲第3号証である特開2006-170317号公報(以下、「引用文献10」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【請求項1】
外輪と、内輪と、当該外輪及び当該内輪との間に配置された複数個の転動体と、を備えた転がり軸受であって、
(A)前記外輪の内周面及び前記内輪の外周面及び/又は(B)前記転動体に、エアロゾルデポジション法によるセラミックス膜が形成されていることを特徴とする
転がり軸受。」

(イ)「【請求項5】
前記転動体は、軸受鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼又はセラミックスのいずれかからなることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項記載の転がり軸受。」

(ウ)「【請求項9】
? 前記セラミックス膜の膜厚が、0.5μm?1000μmであることを特徴とする請求項6?8のいずれか1項記載の転がり軸受の製造方法。」

(エ)「【0006】
従って、本発明は、焼結に代わるセラミックス材料の適用手段を検討し、焼結されたセラミックス膜と比較して、耐フレッチング性、軸受寿命、絶縁性等が向上した転がり軸受を提供することを目的とする。」

(オ)「【0031】
セラミックス膜の材料であるセラミックス微粒子としては、上記の酸化アルミニウムのほか、チッ化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニア等を挙げることができる。」

(2)本件発明1について
ア 引用発明1に基づく検討
本件[O9]発明1と引用発明1とを対比すると、引用発明1の「アンギュラ玉軸受」及び「3以上の窒化珪素セラミック球」は、それぞれ本件発明1の「転がり軸受」及び「絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボール」にそれぞれ相当する。

また、引用発明1は「同期式モータを4167Hzの駆動周波数で駆動する高周波インバータを備えた」ものであるから、引用発明1の「同期式モータ」は本件発明1の「インバータモータ」に相当し、引用発明1の「高周波インバータ」は本件発明1の「インバータ制御回路」に相当する。

そして本件発明1の「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」と、引用発明1の「同期式モータを4167Hzの駆動周波数で駆動する高周波インバータを備えた研削加工用の工作機械に使用されるアンギュラ玉軸受」とは、「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受」という限りで一致する。

また、本件発明1の「P×M≧60F」なる数式に関し、窒化珪素セラミック球の個数「3」以上をPに、駆動周波数「4167」をFに、同期式モータの常用回転数「25万」をMにそれぞれ代入すると、P×M≧60Fの数式が成立する。
したがって、本件発明1と引用発明1とは
「インバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受であって、
内輪と、
外輪と、
絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たす、転がり軸受。」
の点で一致し、以下の相違点1及び2で相違する。

[相違点1]
本件発明1は「パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」であるのに対し、引用発明1は「同期式モータの駆動周波数を4167Hzに制御する高周波インバータを備えた研削加工用の工作機械に使用されるアンギュラ玉軸受」である点。

[相違点2]
本件発明1は「SUJ2材からなる内輪と、SUJ2材からなる外輪と、電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、前記絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜であり」、「前記Pが6以上の整数である」のに対し、引用発明1は内輪と外輪の材質が不明であり、転動体が「窒化珪素セラミック球」であり、その抵抗値及び総数は不明である点。

次に相違点1及び2について検討する。

本願発明1は、内輪、外輪及びベアリングボールに導電体を使用した場合は、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するという新規な課題に着目し、内輪、外輪の材質をSUJ2と特定したうえで、ベアリングボールを絶縁体とするために、金属部材に絶縁部材を溶射膜として被覆したものである。
これに対し、引用発明1のアンギュラ玉軸受の窒化珪素セラミック球は、EDM電流、高周波循環電流遮断のために用いられたものではない。
また、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するので、この電流を遮断するために、ベアリングボールを絶縁体(皮膜)とする先行技術もない(引用文献4は、高速化のためにセラミックのボールとしたが、それでは、静電気がたまるので、これを逃がすために一部のボールを導電体としたものにすぎない)。
さらに、引用文献10に記載された、ベアリングボールに絶縁体を皮膜したものは、絶縁作用を期待したものではない。
したがって、引用発明1のアンギュラ玉軸受の内輪及び外輪を導電体としたうえで、さらに、金属に絶縁体を被覆したベアリングボールを引用発明1のベアリングボールとして採用することは容易想到とはいえない。

そうであれば、本件発明1は、引用発明1及び引用文献4?10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反しない。

イ 引用発明2に基づく検討
本件発明1と引用発明2とを対比すると、引用発明2の「かご型誘導電動機」はトランジスタインバータにより制御されるので、本件発明1の「インバータモータ」に相当し、以下同様に、引用発明2の「トランジスタインバータ」は、本件発明1の「インバータ制御回路」に、引用発明2の「玉軸受」は、本件発明1の「転がり軸受」に、引用発明2の「セラミックの転動体」は、本件発明1の「絶縁性のベアリングボール」に、それぞれ相当する。

そして、本件発明1の「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」と、引用発明2の「かご型誘導電動機の駆動周波数を500Hzに制御するトランジスタインバータを備えた工作機械に使用される玉軸受」とは、「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受」という限りで一致する。

また、引用発明2のセラミックの転動体の数が1以上の整数であることは自明であるが、Pに1以上の整数を代入し、引用発明2の駆動周波数「500」をFに、引用発明2のかご形誘導電動機の最高速度「30000」をMにそれぞれ代入すると、P×M≧60Fの数式が成立する。

したがって、本件発明1と引用発明2とは
「インバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受であって、
内輪と、
外輪と、
絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たす、転がり軸受。」
の点で一致し、以下の相違点3及び4で相違する。

[相違点3]
本件発明1は「パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有」し、「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」であるのに対し、引用発明2は「かご型誘導電動機の駆動周波数を500Hzに制御するトランジスタインバータを備えた工作機械に使用される玉軸受」である点。

[相違点4]
本件発明1は「SUJ2材からなる内輪と、SUJ2材からなる外輪と、電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え」、「絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜」であり、「Pが6以上の整数」であるのに対し、引用発明2は内輪と外輪の材質が不明であり、転動体は「セラミックの転動体」であり、転動体の抵抗値や総数は不明である点。

次に相違点3及び4について検討する。

本願発明1は、内輪、外輪及びベアリングボールに導電体を使用した場合は、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するという新規な課題に着目し、内輪、外輪の材質をSUJ2と特定したうえで、ベアリングボールを絶縁体とするために、金属部材に絶縁部材を溶射膜として被覆したものである。
これに対し、引用発明2のセラミックの転動体は、EDM電流、高周波循環電流遮断のために用いられたものではない。
また、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するので、この電流を遮断するために、ベアリングボールを絶縁体(皮膜)とする先行技術もない(引用文献4は、高速化のためにセラミックのボールとしたが、それでは、静電気がたまるので、これを逃がすために一部のボールを導電体としたものにすぎない)。
さらに、引用文献10に記載された、ベアリングボールに絶縁体を皮膜したものは、絶縁作用を期待したものではない。
したがって、引用発明2のセラミックの転動体を導電体としたうえで、さらに、金属に絶縁体を被覆したベアリングボールを引用発明2のセラミックの転動体として採用することは容易想到とはいえない。

そうすると、本件発明1は、引用発明2及び引用文献4?10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められないから、本件発明1についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反しない。

ウ 引用発明3に基づく検討
本件発明1と引用発明3とを対比すると、引用発明3の「高速電動機」は、インバータにより制御されるので(引用文献3の段落【0035】)、本件発明1の「インバータモータ」に相当し、以下同様に、「インバータ」は「インバータ制御回路」に、「アンギュラタイプのボールベアリング」は「転がり軸受」に、「セラミックのボール」は「絶縁性のベアリングボール」に、「複数のボール」は「複数のベアリングボール」に、それぞれ相当する。

そして、本件発明1の「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」と、引用発明3の「高速電動機の駆動周波数を250Hzに制御するインバータを備えた高速ポンプに使用されるアンギュラタイプのボールベアリング」とは、「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受」という限りで一致する。

また、引用発明3のセラミックのボールの数Pが1以上の整数であることは自明であるから、引用発明3の駆動周波数「250」をFに、引用発明3の回転速度「15000」をMにそれぞれ代入すれば、引用発明3はP×M≧60Fの数式が成立する。

したがって、本件発明1と引用発明3とは
「インバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路を備えた装置に使用される転がり軸受であって、
内輪と、
外輪と、
絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回
転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたと
き、P×M≧60Fを満たす、転がり軸受。」
の点で一致し、以下の相違点5及び6で相違する。

[相違点5]
本件発明1は「パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有」し、「インバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受」であるのに対し、引用発明3は「高速電動機の駆動周波数を250Hzに制御するインバータを備えた高速ポンプに使用されるアンギュラタイプのボールベアリング」である点。

[相違点6]
本件発明1は「SUJ2材からなる内輪と、SUJ2材からなる外輪と、電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備」え、「絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜」であるのに対し、引用発明3は内輪と外輪の材質が不明であり、「セラミックのボール」を含む複数のボールの構成や抵抗値、総数が不明である点。

次に相違点5及び6について検討する。

本願発明1は、内輪、外輪及びベアリングボールに導電体を使用した場合は、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するという新規な課題に着目し、内輪、外輪の材質をSUJ2と特定したうえで、ベアリングボールを絶縁体とするために、金属部材に絶縁部材を溶射膜として被覆したものである。
これに対し、引用発明3のセラミックのボールは、EDM電流、高周波循環電流遮断のために用いられたものではない。
また、インバータから特定(1m)の範囲においては、インバータの影響によって、EDM電流、高周波循環電流がベアリングを流れることによる電食が発生するので、この電流を遮断するために、ベアリングボールを絶縁体(皮膜)とする先行技術もない(引用文献4は、高速化のためにセラミックのボールとしたが、それでは、静電気がたまるので、これを逃がすために一部のボールを導電体としたものにすぎない)。
さらに、引用文献10に記載された、ベアリングボールに絶縁体を皮膜したものは、絶縁作用を期待したものではない。
したがって、引用発明3のセラミックのボール以外のボールを導電体としたうえで、さらに、金属に絶縁体を被覆したベアリングボールを引用発明2のセラミックのボールとして採用することは容易想到とはいえない。

そうすると、本件発明1は、引用発明3及び引用文献4?10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められないから、本件発明1についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反しない。

(3)本件発明7、8及び10について
本件発明7、8及び10は、本件発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに限定を加えた発明であるので、上記(2)に示した理由と同様の理由により、引用発明1?3及び引用文献4?10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件の請求項7、8及び10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではない。

5 異議申立人の意見書での主張(既に検討した事項以外に係るもの)について
(1)異議申立人1の令和2年3月12日付け意見書の主張(実施可能要件)
異議申立人1は、令和2年3月12日付け意見書において、段落【0018】?【0020】には、実現不可能な事項(実施例1?4、比較例1)が依然残っているので、訂正後の明細書は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(特許法第36条第4項第1号)の要件を満たしていない旨主張している。
しかしながら、段落【0021】?【0023】には、前記3のとおり、実現可能である実施例5?8及び比較例2に関する記載がなされており、この実施例5?8及び比較例2に関する記載により、訂正後の明細書は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。加えて、本件訂正により、実施例1?4は本件発明1?10の範囲に属さないものとなっている。
よって、本件特許明細書に実施例1?4及び比較例1の記載が訂正されずに残っているからといって、特許法第36条第4項第1号の規定に違背するとまではいえない。
したがって、異議申立人1の令和2年3月12日付け意見書の主張は採用しない。

(2)異議申立人2の令和2年3月12日付け意見書の主張(実施可能要件)
異議申立人2は、令和2年3月12日付け意見書において、実施例1のインバータモータがそもそも存在しえないものであり、それと同様の実施例6?8も存在しえないものであるから、訂正後の明細書は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」の要件を満たしていない旨主張している。
しかしながら、実施例1が存在しえないのは、「周波数100Hz」と「回転速度7000rpm」に整合性がないからであって、実施例1の「周波数」及び「回転速度」を「800Hz」及び「8000rpm」に変更した実施例6?8(並びに実施例5及び比較例2)に関しては、「周波数」及び「回転速度」に整合性があり、存在しえるものである。
そして、実施例5?8及び比較例2の記載に関しては、前述の3のとおり、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。加えて、本件訂正により、実施例1は本件発明1?10の範囲に属さないものとなっている。
よって、本件特許明細書に記載された実施例1のインバータモータが存在しえないからといって、特許法第36条第4項第1号の規定に違背するとまではいえない。
したがって、異議申立人2の令和2年3月12日付け意見書の主張は採用しない。

第5 むすび
以上のとおり、本件発明1、7、8及び10に係る特許は、本件特許出願前(特願2009-220500号の出願前とみなす。)に日本国内又は外国において頒布された引用文献1?10に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものでなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない特許出願に対してされたものでなく、また、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、さらに、発明の詳細な説明の記載が不備のため、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでないから、同法第113条第2号及び第4号に該当しないので、取り消されるべきものではない。

また、請求項2?6及び9に係る特許は、上記第2のとおり、本件訂正の請求により削除され、これにより異議申立人1ないし3による特許異議の申立てのうち、請求項2?6及び請求項9に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
転がり軸受
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータは、直流電力を交流電圧に変換する装置或いは装置の一部のことをインバータと呼ぶ。バッテリー電源の交流変換装置、直流電気鉄道のインバータ装置などである。一方、日本においては相数・電圧・周波数の異なる交流を得るために、商用電源の単相交流、三交流を、一旦整流器で直流に変換してから、再度交流にするための、整流器(コンバータ)とインバータを組合せ、同一パッケージに収容した電力変換装置全体をインバータと呼ぶことも多い。エレベータ、ポンプ、ファン、鉄道車両、電気自動車、エアコンディショナー、冷蔵庫や工場など使用される機器類、サーバー、パソコンなどのバックアップ電源装置、自動車用12V電源で家庭用100V機器を使う車載用インバータ、太陽光発電におけるパワーコンディショナーなど家電から大型機器まで様々な電器装置の出力の制御を可能としている。
従来、インバータに近接するベアリング(軸受)部材、特にベアリングボールには軸受鋼(SUJ2等)の金属が用いられていた。
【0003】
一方、インバータは、高周波電流を用いてインバータ制御回路を制御していることからEDM電流(金属表面を放電現象により破壊してしまう電流)や高周波循環電流が発生し易かった。特に、軸受鋼等の金属では電食という現象が発生し軸受寿命が低くなり信頼性のある回転駆動を提供できずにいた。
このような不具合を解決するために近年はモータのシャフトをアースしたり、モータの外周に電磁ノイズを遮蔽する金属を着けたりすることが試みられるようになっていた。例えば、特開2006-328273号公報(特許文献1)では、軸受内に導電性グリースを充填してアース効果を得ている。しかしながら、導電性グリースは経時変化や液漏れなどの問題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-328273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、どちらも軸受またはモータに何らかの付属品を取り付ける必要があった。付属品の取付は作業工程を増やすため、製造工程を繁雑にしていた。
本発明は上記したような問題を解決するためになされたものであって、50Hz以上で駆動するインバータにおいて、EMD電流や高周波循環電流の発生により電食現象の発生を抑制したインバータ近傍に使用する軸受を提供するものである。また、電食現象の発生を抑制してあるので、インバータおよびそれを用いた電器機器の信頼性をも向上させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、インバータモータの駆動周波数を50Hz以上4000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受であって、電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性の転動体を含む複数の転動体を備え、絶縁性の転動体の個数をP(個)、転がり軸受の回転数をM(rpm)、インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たす、転がり軸受である。上記転がり軸受を具備する電器機器は、工場等で使用される機器、サーバー、パソコン、エレベータ、ポンプ、ファン、家電、電気自動車、鉄道車両のいずれか1種であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、インバータ近傍で使用する軸受において、複数個の転動体の中に電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上のものを用いているので、EMD電流や高周波循環電流の発生を抑制できる。そのため、50Hz以上の駆動周波数を有する電流によりインバータ制御回路を駆動させても、アース効果を得るための部材を取り付ける必要がない。その結果、軸受およびモータの組立工程を簡素化することができ、その上で、モータの信頼性をも向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の軸受の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のインバータ近傍で使用する転がり軸受は、50Hz以上の周波数で稼働するインバータにおいて、転がり軸受は複数の転動体を有し、少なくとも1つ以上の転動体は絶縁性セラミックスまたは絶縁コーティングにより電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上としたものであることを特徴とするものである。
インバータは、直流を交流に変換するインバータ制御回路を有している。交流はプラスとマイナスが周期的に変化するものであり、この周期的変化が周波数となる。インバータは、周波数の変化に応じて回転速度を制御する方式である。複数のギアを組合せて回転数を制御する方式と比べて、ギアチェンジのような複雑な構成部品を要しないので軽量化できる。
【0010】
インバータの周波数が大きくなればなるほどプラスマイナスの変化速度が速くなる。このプラスマイナスの変化時にインバータ制御回路周辺には電磁誘導が生じる。この電磁誘導は、金属部品などの導電体を伝って軸受内部に伝わっていく。伝わった電磁誘導は、EMD電流または/および高周波循環電流となる。EMD電流または/および高周波循環電流が発生すると軸受に使われている回転軸および転動体(ベアリングボール)にも伝わっていく。このとき、回転軸および転動体が軸受鋼(SUJ2)などの導電部材であると、EMD電流または/および高周波循環電流により電食現象が発生する。電食現象により、回転軸または転動体が腐食され、均一な回転運動を維持できなくなる。特に、稼働周波数50Hz以上のインバータ近傍で使用する軸受けには電食現象が生じ易かった。
それに対し、本発明ではインバータ近傍で使用する軸受に用いられる複数個の転動体のうち、少なくとも1つ以上の転動体は絶縁性セラミックスまたは絶縁コーティングにより電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上としたものを用いている。
また、電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上の転動体の数は多ければ多いほど良く、すべての転動体が電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上であることが好ましい。また、電気抵抗値は10^(10)Ω・cm以上であることが好ましい。また、電気抵抗値の測定は2端子法による電気抵抗測定器により測定するものとする。
【0011】
電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上の絶縁性の転動体を用いることにより、EMD電流または/および高周波循環電流が回転軸および転動体に伝わることを防ぐことができる。
このような絶縁性を有する転動体としては、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、フッ素樹脂、エンジニアリング樹脂から選ばれる少なくとも1種以上を主成分とするものが挙げられる。
酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素の少なくとも1種を主成分とするセラミックスは、必要に応じ、焼結助剤を添加し、焼結したセラミックス焼結体が挙げられる。また、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素のセラミックス焼結体は、いずれも電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上の絶縁体(絶縁性セラミックス焼結体)である。この絶縁性を低下させないように焼結助剤を選定するものとする。セラミックス焼結体の中で、酸化イットリウムを焼結助剤として使った窒化ケイ素焼結体は摺動特性が優れているので好ましい。
【0012】
また、電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上の転動体としては、金属部材の表面に、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、酸化クロム、フッ素樹脂、エンジニアリング樹脂から選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜を施したものも挙げられる。
金属部材では前述の通り電食現象が生じてしまうが、絶縁性の溶射膜を設けることにより、絶縁性セラミックス焼結体と同等の絶縁性を維持することができる。溶射膜の膜厚は2?300μmの範囲が好ましい。溶射膜の膜厚が2μm未満では膜?れが生じる可能性があり、300μmを超えるとそれ以上の効果が得られない。また、これら溶射膜は軸受鋼(SUJ2)となじみが良いので優れた接合強度が得られる。
【0013】
なお、絶縁性セラミックス焼結体と絶縁性溶射膜とを比較すると、溶射膜は成膜工程が必要であるため製造工程が煩雑である。また、膜厚の均一制御が必要である。従って、絶縁性セラミックス焼結体からなる転動体の方が好ましい。
図1に軸受の一例を示した。図中、1は軸受、2は転動体(ベアリングボール)、3は内輪、4は外輪である。内輪が回転軸に固定され軸受として機能する。また、外輪、内輪、回転軸は軸受鋼(SUJ2)により形成されている。
通常、軸受には転動体が8?20個使われている。前述のような絶縁性を有する転動体を少なくとも1個以上使えば、50Hz以上で稼働するインバータ近傍に使用される軸受において電食を抑制することができる。
また、複数個の転動体のうち、何個を絶縁性にすべきかについては、電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上の転動体の個数をP(個)、軸受の回転数をM(rpm)、インバータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60F、を満たすことが好ましい。なお、軸受の回転数M(rpm)とは使用環境での最高回転数である。
【0014】
本発明においては、すべての転動体を電気抵抗値が10^(7)Ω・cm以上の絶縁性を具備するものを使うことが好ましい。しかしながら、絶縁性の転動体は軸受鋼(SUJ2)でできたものと比べて高価である。そのため、複数個の転動体のうち、一部を軸受鋼製転動体に置き換えるとコストダウンに効果的である。このとき、P×M≧60Fを満たす関係であれば電食を効果的に抑制することができる。
例えば、軸受の回転数Mが5000rpm、インバータの駆動周波数Fが200Hzのとき、P×5000≧60×200、P≧2.4、よって3個以上を電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上のものにすれば電食を効果的に防ぐことができる。
【0015】
軸受に搭載される転動体(ベアリングボール)の数は任意ではあるが、通常8?20個の範囲内である。例えば、駆動周波数3000Hz、回転数5000rpmのとき、P×M≧60F→P×5000≧60×3000→P≧36となり、P値が転動体の個数以上になるときは、すべての転動体が電気抵抗値10^(7)Ω・cm以上の絶縁性転動体を使うものとする。
【0016】
また、電食が起きると内輪または回転軸といった転動体と接する箇所、または転動体自身が削れてしまう。その結果、安定した回転運動が提供できなくなる。また、安定した回転運動か否かの判定には回転時の音を測定する方法が効果的である。例えば、一定の回転速度における摺動音が電食されると摺動音が大きくなる。
また、インバータの駆動周波数が4000Hz以下であることが好ましい。絶縁性を有する転動体を使うことにより電食を効果的に防ぐことが可能となるが、あまり周波数が高くなり過ぎると転動体の絶縁性だけでは電食抑制効果が不十分になるおそれがある。そのため、絶縁性転動体を使うときは、駆動周波数50?4000Hzのインバータ近傍で使用する軸受に好適である。より好ましくは50?1000Hzである。
【0017】
インバータは、このような軸受と制御回路を組合せて構成される。制御回路には、AC/DCコンバータ、インバータ制御回路、スイッチング素子としてのサイリスタやIGBT素子などが挙げられる。インバータ制御回路は、PWM(パルス幅変調)駆動が一般的に用いられている。本発明のインバータ用軸受は電食の発生を抑制しているので、インバータ制御回路と軸受を、例えば1m以内の近傍に設置しても電食による影響を受け難い。従って、制御回路と軸受の配置による制約を受けない。そのため、エアコンディショナーや洗濯機などの家電から、電気自動車や鉄道車両など、様々な電器機器のインバータ近傍で適用できる。言い換えれば、電食による影響を受けない信頼性の高い電器機器を提供することができる。なお、1m以内の近傍とは、インバータモータの軸受およびインバータモータの近くに配置される軸受の両方を含むものとする。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、実施例を参照して説明する。
(実施例1?4、比較例1)
内輪(内径5cm)、外輪(外径8cm)に直径1cmの転動体(ベアリングボール)を8個組込んだインバータ用軸受を製造した。内輪および外輪は軸受鋼(SUJ2)で構成した。
転動体は、SUJ2製球体(電気抵抗値10^(4)Ω・cm)と、窒化ケイ素焼結体製球体(電気抵抗値10^(12)Ω・cm以上)をそれぞれ用意し、表1に示す割合で用いた。
このようなインバータ用軸受をインバータモータに組込み電器機器用インバータモータを製造した。各インバータモータの電食試験を行った。軸受をインバータモータに組込んだ(インバータと軸受は1m以内に配置)。
インバータモータの電食の測定は、周波数100Hz、外輪側にて回転速度7000rpmで連続400時間稼動させた際に、マイクロフォン(ピックアップセンサー)で音の強さを測定し、そのセンサ出力が30dBを上回る場合を振動「有」とし、25dBを上回り30dB以下を振動「ややあり」、25dB未満の場合を振動「無」とした。なお、モータ稼働1時間後の摺動音はいずれも25dB未満であった。測定の結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
表1から分かる通り、本実施例の転がり軸受を用いた場合には、いずれの場合にも振動が低く抑えられ、電食も発生しなかったことが確認された。これは実施例に係る軸受は、P×M≧60Fとして、P×7000≧60×100からP≧0.9となる。よって、絶縁性転動体を1個以上使ったものはいずれも電食が防止された。
【0021】
(実施例5?8、比較例2)
内輪(内径8cm)、外輪(外径10cm)に直径1cmの転動体(ベアリングボール)を12個組込んだインバータモータ用軸受を製造した。内輪および外輪は軸受鋼(SUJ2)で構成した。
転動体は、SUJ2製球体(電気抵抗値10^(4)Ω・cm)と、窒化ケイ素焼結体製球体(電気抵抗値10^(12)Ω・cm以上)をそれぞれ用意し、表2に示す割合で用いた。
次にインバータモータの駆動周波数を800Hz、回転速度を8000rpmに変えた以外は実施例1と同様のインバータモータを製造した。同様に振動の増加の有無で電食の有無を確認した。なお、軸受をインバータモータに組込んだ(インバータと軸受は1m以内に配置)。その結果を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表から分かる通り、P×M≧60Fとして、P×8000≧60×800、P≧6、となる。この条件を満たす実施例6?8には電食は確認されなかったが、満たさない実施例5ではやや有となった。
【0024】
(実施例9?12)
実施例1において絶縁性転動体として、SUJ2に酸化アルミニウム溶射膜(膜厚3μm)を設けた電気抵抗値10^(10)Ω・cm以上のものを用い、同様の測定を行った。なお、インバータモータと軸受は1m以内に配置した。その結果を表3に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
絶縁性転動体として電気抵抗値10^(10)Ω・cmのものであっても有効に活用できた。
【0027】
(実施例13?15)
窒化珪素焼結体(電気抵抗値10^(12)Ω・cm以上)を実施例13、エンジニアリング樹脂(電気抵抗値10^(13)Ω・cm)を実施例14、酸化クロム溶射膜(膜厚100μm)を施したSUJ2球(電気抵抗値10^(8)Ω・cm以上)を実施例15として表4に示す条件でインバータ用軸受を構成し、実施例1と同様の方法で電食の有無を測定した。転動体の直径は1cmに統一し、軸受は転動体の全個数が16個のものを用いた。なお、インバータモータと軸受は1m以内に配置した。その結果を表4に示す。
【0028】
【表4】

【0029】
P×M≧60Fから実施例13はP≧36、実施例14はP≧20、実施例15はP≧40となる。いずれもP値が転動体の全個数より大きいためすべてが絶縁性転動体でなければならなかった。
【符号の説明】
【0030】
1…軸受
2…転動体(ベアリングボール)
3…内輪
4…外輪
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス幅変調駆動のインバータ制御回路を有するとともにインバータモータの駆動周波数を50Hz以上1000Hz以下に制御する制御回路から1m以内の位置で使用される転がり軸受であって、
SUJ2材からなる内輪と、
SUJ2材からなる外輪と、
電気抵抗値が10^(10)Ω・cm以上である絶縁性のベアリングボールを含む複数のベアリングボールと、を備え、
前記絶縁性のベアリングボールは、金属部材と、前記金属部材の表面に設けられた厚さ2μm以上300μm以下の溶射膜と、を有し、
前記溶射膜は、酸化ジルコニウム、窒化ケイ素、酸化ケイ素、および酸化クロムから選ばれる少なくとも1種以上の溶射膜であり、
前記絶縁性のベアリングボールの個数をP(個)、前記転がり軸受の使用環境での最高回転数をM(rpm)、前記インバータモータの駆動周波数をF(Hz)としたとき、P×M≧60Fを満たし、且つ前記Pは6以上の整数である、転がり軸受。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
前記絶縁性のベアリングボールの電気抵抗値が10^(12)Ω・cm以上である請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記絶縁性のベアリングボールの個数は、前記複数のベアリングボールの個数未満である請求項1または請求項7に記載の転がり軸受。
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
前記転がり軸受は、工場用機器、サーバ、パーソナルコンピュータ、エレベータ、ポンプ、ファン、家庭用電化製品、電気自動車、および鉄道車両の少なくとも一つに設けられている、請求項1、請求項7、および請求項8のいずれか一項に記載の転がり軸受。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-06-03 
出願番号 特願2017-2464(P2017-2464)
審決分類 P 1 651・ 853- YAA (F16C)
P 1 651・ 851- YAA (F16C)
P 1 651・ 852- YAA (F16C)
P 1 651・ 855- YAA (F16C)
P 1 651・ 854- YAA (F16C)
P 1 651・ 121- YAA (F16C)
P 1 651・ 537- YAA (F16C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 西藤 直人  
特許庁審判長 大町 真義
特許庁審判官 尾崎 和寛
内田 博之
登録日 2018-05-11 
登録番号 特許第6334745号(P6334745)
権利者 株式会社東芝 東芝マテリアル株式会社
発明の名称 転がり軸受  
代理人 特許業務法人サクラ国際特許事務所  
代理人 特許業務法人サクラ国際特許事務所  
代理人 特許業務法人サクラ国際特許事務所  

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