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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  G01N
管理番号 1364010
異議申立番号 異議2020-700286  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-22 
確定日 2020-06-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6596428号発明「嗅覚システム、匂い識別方法、匂い識別装置、及び、匂い識別プログラム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6596428号の請求項1-4、7-11、14-17、20に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6596428号(以下「本件特許」という。)に係る出願は、2014年(平成26年)8月29日を国際出願日とするものであって、令和元年10月4日にその請求項1-20に係る発明について特許権の設定登録がされ、同年10月23日に特許掲載公報が発行され、その後、請求項1-4、7-11、14-17、20に係る特許に対して、令和2年4月22日付けで特許異議申立人 永井 道雄(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1-4、7-11、14-17、20に係る発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明4」、「本件発明7」ないし「本件発明11」、「本件発明14」ないし「本件発明17」、「本件発明20」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1-4、7-11、14-17、20に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含み、かつ、前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能、かつ、配列変更可能である作用アレイ部と、
前記作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を匂いパターン情報として処理するセンサーデータ処理部と、
既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納している匂い要因情報格納部と、
前記作用アレイ部における前記センサーの配列情報を格納するセンサー配列情報部と、
前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別部と、
を備える嗅覚システム。
【請求項2】
前記センサーが水晶振動子センサーである請求項1に記載の嗅覚システム。
【請求項3】
前記センサーが表面弾性波センサーである請求項1に記載の嗅覚システム。
【請求項4】
前記センサーが電界効果型トランジスタセンサーである請求項1に記載の嗅覚システム。
【請求項7】
サンプルを取り込むサンプル取得部を更に備えることを特徴とする請求項1から6のうちいずれか1項に記載の嗅覚システム。
【請求項8】
少なくとも2つのセンサーを含む作用アレイ部とサンプルとを相互作用させること、
前記作用アレイ部から得られる相互作用の結果を匂いパターン情報として処理すること、
処理された前記匂いパターン情報と、既知の匂い要因の情報である匂い要因情報及び既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報と、を照合すること、並びに
前記照合により匂いを識別すること、を含む匂い識別方法であって、
前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能、かつ、配列変更可能であり、
前記センサーの配列情報がセンサー配列情報部に格納されており、
前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別する、匂い識別方法。
【請求項9】
前記センサーが水晶振動子センサーである請求項8に記載の匂い識別方法。
【請求項10】
前記センサーが表面弾性波センサーである請求項8に記載の匂い識別方法。
【請求項11】
前記センサーが電界効果型トランジスタセンサーである請求項8に記載の匂い識別方法。
【請求項14】
サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含み、かつ、前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能、かつ、配列変更可能であるセンサーユニットと、
前記センサーユニットから得られる測定結果を匂いパターン情報として処理するセンサーデータ処理ユニットと、
前記センサーユニットにおける前記センサーの配列情報を格納するセンサー配列情報部と、
前記匂いパターン情報と、既知の匂い要因の情報である匂い要因情報及び既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報と、前記センサーの配列情報と、を参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別ユニットと、
を備える匂い識別装置。
【請求項15】
前記センサーが水晶振動子センサーである請求項14に記載の匂い識別装置。
【請求項16】
前記センサーが表面弾性波センサーである請求項14に記載の匂い識別装置。
【請求項17】
前記センサーが電界効果型トランジスタセンサーである請求項14に記載の匂い識別装置。
【請求項20】
コンピュータを、
サンプル取得部から取り込まれたサンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含み、かつ、前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能、かつ、配列変更可能である作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を匂いパターン情報として処理するセンサーデータ処理部、及び、
前記匂いパターン情報と、匂い要因情報格納部に格納された既知の匂い情報と、センサー配列情報部に格納された前記センサーの配列情報と、を参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別部、として機能させる匂い識別プログラムであって、
前記匂い要因情報格納部は、既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納しており、
前記センサー配列情報部は、前記作用アレイ部のセンサー配列情報を格納している、匂い情報識別プログラム。」

第3 異議申立理由の概要
申立人は、証拠として甲第1号証ないし甲第6号証を提出し、以下の異議申立理由によって、本件発明1ないし4、7ないし11、14ないし17及び20に係る特許を取り消すべきものである旨を主張している。
<異議申立理由>
特許法第29条第2項(進歩性)について
甲第1号証:登録実用新案第3175367号公報
甲第2号証:特開2007-309752号公報
甲第3号証:特開2005-30909号公報
甲第4号証:特開平05-306983号公報
甲第5号証:特許第4446718号公報
甲第6号証:特開平07-190916号公報

本件発明1は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明2は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明3は、甲第1号証記載、甲第2号証記載及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明4は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第5号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明7は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第6号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明8は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明9は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明10は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明11は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第5号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明14は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明15は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明16は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明17は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第5号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件発明20は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1-4、7-11、14-17、20に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

第4 異議申立理由についての判断
特許法第29条第2項(進歩性)について検討する。
1 甲第1-6号証の記載事項及び甲第1-6号証に記載された発明
(1) 甲第1号証の記載事項及び甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている(当審注:下線は当審が付与した。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様である。)。
(ア)「【0002】
匂いを識別して判定するためには、複数のガスセンサによって検知された情報を組み合わせることが必要である。・・・」

(イ)「【0014】
以下に、本考案のポータブル匂い測定装置を、その実施形態に基づいて説明する。
図1に、本考案の実施形態に係るポータブル匂い測定装置のセンサ部と計測部の構成を示す。また、図2に、センサ部の構成を示し、図3に、センサソケットの構成を示し、図4に、計測部の構成を示す。
【0015】
本考案の実施形態に係るポータブル匂い測定装置のセンサ部は、チャンネル毎に交換可能な複数のセンサ素子1を有している。センサ素子1には櫛形電極2aが形成されており、櫛形電極2aには高分子膜2cが塗布されている。高分子膜2cは、チャンネル毎に異なる特性をもち、特定の匂い成分を吸着することにより、インピーダンスが変化する。櫛形電極2aは、微小な電極間隔を持つように櫛形に形成された電極であり、高分子膜2cの微妙なインピーダンス変化を伝える機能を有している。
【0016】
櫛形電極2aの2つの先端部は、センサソケット3の接合部3aに対してセンサ素子1を接合させるための接点2bとなっている。接点2bが接合部3aに接合することにより、センサ素子1の信号は、センサソケット3を介して、計測部であるインピーダンス変換基板4に伝達される。
【0017】
センサソケット3は、複数のセンサ素子1が着脱可能に挿しこまれるように形成されたものであり、複数のセンサ素子1の着脱が可能となるように、複数の接合部3aが所定の間隔を置いて設けられている。センサソケット3の接合部3aに対して、センサ素子1の接点2bが接合されることにより、センサ素子1とセンサソケット3とが電気的に接続される。
【0018】
センサソケット3を形成することにより、センサ素子1の抜き差しを容易に行うことができるとともに、センサ素子1との電気的接続が確実となる。また、測定目的に応じたセンサ素子1を簡便に選択して取り付けることができ、センサ素子1のチャンネル数の追加等の変化にも対応しやすい。さらに、センサ素子1の電極ピッチを規格化することにより、他のセンサ素子1との互換を取りやすい。
【0019】
センサソケット3のそれぞれの接合部3aには信号線5が取り付けられており、信号線5は、インピーダンス変換基板4のセンサソケット3寄り端部に間隔を置いて設けられたコネクタ6に接続されている。信号線5は、センサ素子1のインピーダンスを伝送するためのケーブルであり、ノイズの影響を極力抑えて伝送できるものであることが好ましい。一例として、同軸ケーブルを用いることができる。
【0020】
コネクタ6は、信号線5を保持し、センサ素子1のインピーダンスをインピーダンス変換基板4へ伝達するものであり、ノイズの影響を極力抑えて伝送できるものであることが好ましい。一例として、同軸コネクタを用いることができる。これらによる電気的接続により、センサ素子1からのインピーダンス情報が、後述するインピーダンス変換素子8に送出される。
【0021】
インピーダンス変換基板4には、アンプ7、インピーダンス変換素子8、制御部9、電源部10、USB11が設けられている。アンプ7は、ノイズの影響を抑えるために、信号を増幅させ、差動をとるためのものであり、センサ素子1からのインピーダンス情報は、アンプ7によって増幅されてインピーダンス変換素子8に送られる。インピーダンス変換素子8は、センサ素子1に所定の電圧と周波数の交流波を印加して、インピーダンスを測定し、デジタル信号を出力するものであり、ICを用いて構成することができる。
【0022】
アンプ7、インピーダンス変換素子8は、複数のセンサ素子1のそれぞれに対して1つずつ配置されている。そのため、センサ素子1のそれぞれのチャンネル毎に信号レベルと周波数を最適な条件で任意に設定して測定を行うことができる。そのため、チャンネル切り替えに伴う測定のタイムラグが生じないため、高速で正確な測定が可能である。」

(ウ)「【0024】
インピーダンス変換素子8から送出されたデジタル信号は、制御部9に送られ、制御部9は、外部装置であるパソコンへ出力するための制御を行う。電源部10は、外部からの電源をインピーダンス変換基板4内で使用できる電圧に変換するための電源変換部として機能する。
【0025】
制御部9で処理されたインピーダンス情報は、USB11に送られる。USB11は、パソコンと通信するために、USB信号に変換するための信号変換部の機能を有している。USB11は、USBケーブル12を介してパソコン表示部13に接続されている。USBケーブル12は、計測部であるインピーダンス変換基板4とパソコンとの通信のために用いられ、パソコン表示部13において、測定条件の設定、測定値のモニタ、記録等がなされる。
【0026】
図5から図6に基づいて、ポータブル匂い測定装置の全体構造について説明する。 図5は、本考案の実施形態に係るポータブル匂い測定装置の全体平面図であり、図6は、同正面図である。ポータブル匂い測定装置の測定対象となるサンプルガスは、サンプル切替部14により、1?4法切替で選択される。ここで選択されたガスが装置内に吸い込まれて、複数のセンサ素子1がセンサソケット3に差し込まれて配列したチャンバ15へ送られ、センサ素子1と接触する。センサ素子1とインピーダンス変換基板4とは、一つの装置内で近接して配置されているため、上述したように、センサ素子1とインピーダンス変換基板4とを短い信号線で接続することができる。」

(エ)「【図1】



(オ)前記(イ)と(エ)より、【図1】から「ポータブル匂い測定装置は、複数のセンサ素子1とセンサソケット3とインピーダンス変換基板4とを備えている」ことが見てとれる。

イ 上記甲第1号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「複数のセンサ素子1とセンサソケット3とインピーダンス変換基板4を備えたポータブル匂い測定装置において、
センサ素子1はチャンネル毎に交換可能であり、センサ素子1には櫛形電極2aが形成されており、櫛形電極2aには高分子膜2cが塗布されており、高分子膜2cは、チャンネル毎に異なる特性をもち、特定の匂い成分を吸着することにより、インピーダンスが変化するものであり、櫛形電極2aは、微小な電極間隔を持つように櫛形に形成された電極であり、高分子膜2cの微妙なインピーダンス変化を伝える機能を有しており、センサ素子1の信号は、センサソケット3を介して、計測部であるインピーダンス変換基板4に伝達され、
センサソケット3は、複数のセンサ素子1が着脱可能に挿しこまれるように形成されたものであり、複数のセンサ素子1の着脱が可能となるように、複数の接合部3aが所定の間隔を置いて設けられており、センサソケット3を形成することにより、センサ素子1の抜き差しを容易に行うことができ、また、測定目的に応じたセンサ素子1を簡便に選択して取り付けることができ、
センサソケット3のそれぞれの接合部3aには信号線5が取り付けられており、信号線5は、インピーダンス変換基板4のセンサソケット3寄り端部に間隔を置いて設けられたコネクタ6に接続されており、コネクタ6は、信号線5を保持し、センサ素子1のインピーダンスをインピーダンス変換基板4へ伝達するものであり、これらによる電気的接続により、センサ素子1からのインピーダンス情報が、後述するインピーダンス変換素子8に送出され、
インピーダンス変換基板4には、アンプ7、インピーダンス変換素子8、制御部9、電源部10、USB11が設けられており、アンプ7、インピーダンス変換素子8は、複数のセンサ素子1のそれぞれに対して1つずつ配置されており、センサ素子1からのインピーダンス情報は、アンプ7によって増幅されてインピーダンス変換素子8に送られ、インピーダンス変換素子8は、センサ素子1に所定の電圧と周波数の交流波を印加して、インピーダンスを測定し、デジタル信号を出力するものであり、インピーダンス変換素子8から送出されたデジタル信号は、制御部9に送られ、制御部9は、外部装置であるパソコンへ出力するための制御を行い、制御部9で処理されたインピーダンス情報は、USB11に送られ、USB11は、パソコンと通信するために、USB信号に変換するための信号変換部の機能を有しており、USB11は、USBケーブル12を介してパソコン表示部13に接続されており、USBケーブル12は、計測部であるインピーダンス変換基板4とパソコンとの通信のために用いられ、パソコン表示部13において、測定条件の設定、測定値のモニタ、記録等がなされ、
ポータブル匂い測定装置の測定対象となるサンプルガスは、サンプル切替部14により選択され、選択されたガスが装置内に吸い込まれて、複数のセンサ素子1がセンサソケット3に差し込まれて配列したチャンバ15へ送られ、センサ素子1と接触する、
ポータブル匂い測定装置。」

(2) 甲第2号証の記載事項及び甲第2号証に記載された発明
ア 甲第2号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている。
(ア)「【0023】
なお、本発明は、各装置の集合体を「システム」として表現したが、これに限らず、各装置毎に「装置」又は「プログラム」として表現してもよく、また、システム又は各装置毎に「方法」として表現してもよい。すなわち、本発明は、任意のカテゴリーで表現可能となっている。」

(イ)「【0042】
匂いセンシングシステム5は、センサセル10と球状弾性表面波素子20・匂識別装置30とを備えている。また、匂いセンシングシステム5においては、球状弾性表面波素子20がセンサセル10内に設けられ、この球状弾性表面波素子20からの検出信号に基づいて、センサセル10内の匂いを匂識別装置30により識別する。なお、本実施形態において、物品を総括的に説明する場合、単に数字を表記し、個別的に説明する場合、数字に添え字A?Eを付して表記する。例えば、球状弾性表面波素子を総括的に説明する場合、球状弾性表面波素子20と表記し、個別的に説明する場合、球状弾性表面波素子20A?20Eと表記する。
【0043】
センサセル10は、匂いの元となる気体Gが流入する容器であり、流入管11と排気管12・セル制御部13とを備えている。さらに、センサセル10は、球状弾性表面波素子20A?20Eを支えるための支持体14A?14Eを内部に備えている。」

(ウ)「【0047】
支持体14A?14Eは、それぞれ球状弾性表面波素子20A?20Eをセンサセル10内に支持するものである。また、各球状弾性表面波素子20A?20Eに対し電気信号の伝達を行なう機能を有している。これにより、セル制御部13からの励起制御信号に基づき、弾性表面波を励起することができる。
【0048】
球状弾性表面波素子20は、図2に示すように、3次元基材21と感応膜22・すだれ状電極23とを備える。なお、本実施形態では、5個の球状弾性表面波素子20A?20Eを使用する。
【0049】
3次元基材21は、弾性表面波を、多重周回させて伝搬可能な伝搬面Sを有する球状の部材である。・・・
【0050】
感応膜22A?22Dは、球状弾性表面波素子20A?20Dの伝搬面SA?SDに形成される有機薄膜である。また、感応膜22A?22Dは、気体の種類に応じて異なる選択性を有するものである。・・・」

(エ)「【0053】
すだれ状電極(励起手段/検出手段)23は、匂識別装置30から高周波信号が入力された場合、弾性表面波を伝搬面Sに励起する電気音響変換手段である。詳しくは、すだれ状電極23に高周波の交流電流が流れると、その周波数と電極周期に応じてすだれ状電極23の電極部が振動し、弾性表面波が発生する。また、すだれ状電極23は、弾性表面波が伝搬面Sを周回する度に検出する。なお、検出した弾性表面波の検出信号Sigは、匂識別装置30の信号収集部33に送出される。」

(オ)「【0054】
匂識別装置30は、基準パターン記憶部31と制御部32・信号収集部33・検出パターン生成部34・匂識別部35・出力部36とを備え、各球状弾性表面波素子20A?20Eからの弾性表面波の検出信号に基づいて、センサセル10内の匂いを識別する。
【0055】
基準パターン記憶部31は、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を、基準パターン情報D1?Dnとして、気体G1?Gnの種類毎に予め記憶しているメモリである。例えば、気体として、アップルの匂いを生じる気体G1(以下、アップル臭と称する)、パイナップルの匂いを生じる気体G2(以下、パイナップル臭と称する)、オレンジの匂いを生じる気体G3(以下、オレンジ臭と称する)を予め準備しておく。そして、図3(A)?図3(C)にそれぞれ示すように、アップル臭G1・パイナップル臭G2・オレンジ臭G3の分子が各感応膜22A?22Dに付着する付着量を、それぞれアップルの基準パターン情報D1・パイナップルの基準パターン情報D2・オレンジの基準パターン情報D3として記憶する。
【0056】
制御部32は、匂識別装置30の各処理部31?36を制御するとともに、センサセル10に制御信号を送出するものである。具体的には、センサセル10のセル制御部13に流入制御信号を送出することにより、センサセル10内に気体Gを流入させるための制御を行なう機能を有する。また、センサセル10の制御部13を介して、弾性表面波素子20のすだれ状電極23に高周波信号を入力する制御を行なうことにより弾性表面波を伝搬面S上に励起する機能を有する。
【0057】
信号収集部33は、すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集するものである。また、収集した検出信号Sigを検出パターン生成部34に送出する。
【0058】
検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成するものである。具体的には、弾性表面波を多重周回させた後の検出信号の強度減衰量に基づいて、気体分子の付着量を算出する。例えば、弾性表面波が伝搬面Sを5周したときの検出信号の強度が、図4に示すように、気体Gの流入前後で波形A1にから波形A2に変化したときに、波形の強度減衰量に基づいて気体の付着量を算出する。また、弾性表面波を多重周回させた後の検出信号の位相変化量に基づいて、気体の付着量を算出することもできる。付着量を算出する際、弾性表面波素子10Eからの検出信号を温度較正に用いることができる。なお、生成された検出パターン情報Dxは、匂識別部35に送出される。
【0059】
匂識別部35は、基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別するものである。パターン認識に際しては、多変量解析による方法と、ニューラルネットワークによる方法とがある。」

(カ)「【0069】
検出パターン作成部34では、検出信号SigA?SigEに基づき、弾性表面波の強度変化が解析される(ステップS4)。それから、強度変化に基づいて、各伝搬面SA?SDにおける気体Gxの分子の付着量が算出され、検出パターン情報Dxが生成される(ステップS5)。そして、生成された検出パターン情報Dxは、匂識別部35に送出される。
【0070】
次に、匂識別部35により、基準パターン記憶部31に記憶された基準パターン情報D1?Dnと検出パターン情報Dxとが比較される(ステップS6)。ここでは、ニューラルネットワークによる比較処理が実行される。このような比較処理により、例えば、検出パターン情報Dxと基準パターン情報D2とが一致するとみなせる場合には、気体Gxは気体G2であるとして、パイナップル臭であると識別される(ステップS7)。」

(キ)「【図1】



イ 上記甲第2号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第2号証には、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「センサセル10と球状弾性表面波素子20A?20E・匂識別装置30とを備えた、匂いセンシングシステム5において、
センサセル10は、匂いの元となる気体Gが流入する容器であり、流入管11と排気管12・セル制御部13と、球状弾性表面波素子20A?20Eを支えるための支持体14A?14Eを内部に備えており、
球状弾性表面波素子20は、センサセル10内に設けられ、3次元基材21と感応膜22・すだれ状電極23とを備え、この球状弾性表面波素子20からの検出信号に基づいて、センサセル10内の匂いを匂識別装置30により識別するものであり、
感応膜22A?22Dは、球状弾性表面波素子20A?20Dの伝搬面SA?SDに形成される有機薄膜であり、また気体の種類に応じて異なる選択性を有するものであり、
すだれ状電極(励起手段/検出手段)23は、匂識別装置30から高周波信号が入力された場合、弾性表面波を伝搬面Sに励起し、弾性表面波が伝搬面Sを周回する度に検出し、検出した弾性表面波の検出信号Sigを、匂識別装置30の信号収集部33に送出するものであり、
匂識別装置30は、基準パターン記憶部31と制御部32・信号収集部33・検出パターン生成部34・匂識別部35・出力部36とを備え、各球状弾性表面波素子20A?20Eからの弾性表面波の検出信号に基づいて、センサセル10内の匂いを識別するものであり、
基準パターン記憶部31は、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を、基準パターン情報D1?Dnとして、気体G1?Gnの種類毎に予め記憶しているメモリであり、
制御部32は、匂識別装置30の各処理部31?36を制御するとともに、センサセル10に制御信号を送出するものであり、センサセル10の制御部13を介して、弾性表面波素子20のすだれ状電極23に高周波信号を入力する制御を行なうことにより弾性表面波を伝搬面S上に励起する機能を有するものであり、
信号収集部33は、すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集するものであり、また収集した検出信号Sigを検出パターン生成部34に送出するものであり、
検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成するものであり、
匂識別部35は、基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別するものである、
匂いセンシングシステム。」

(3) 甲第3号証の記載事項及び甲第3号証に記載された発明
ア 甲第3号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている。
(ア)「【0019】
【実施例】
まず、本発明に係るにおい分布測定装置の一実施例について、図面を参照して説明する。図1、図2はそれぞれ本実施例のにおい分布測定装置に使用される測定ユニット1の概略斜視図、図3は本実施例のにおい分布測定装置の全体構成図である。
【0020】
図1に示す測定ユニット1では、外形が直方体形状の枠体3の1つの垂直面及び水平面内に9組のセンサユニット2、合計で27組のセンサユニット2を備える(ここでは27個のセンサユニットの符号を201?227と付す)。各センサユニット201?227は基本的には枠体3に固定されているが、枠体3に沿って任意の位置に移動可能としてもよい。但し、後述するようにセンサユニット201?227の設置位置を表す情報が必要となるため、センサユニット201?227を移動可能な構成とする場合にはその位置情報を取得できる構成としておくものとする。図1に示す測定ユニット1では、測定対象である空間内に載置するだけで各センサユニット201?227の位置が決まるので、測定者にとっては作業が容易である。」

(イ)「【0023】
この例では、1組のセンサユニット2は、それぞれ6個のにおいセンサ2a、2b、2c、2d、2e、2fを備える。においセンサ2a?2fはにおい成分に応じて抵抗値が変化する金属酸化物半導体センサが一般的であるが、それ以外に、導電性高分子センサや、水晶振動子又はSAWデバイスの表面にガス吸着膜を形成したセンサなど、他の検出メカニズムによるセンサでもよい。
【0024】
図3に示すように、各センサユニット201?227にはそれぞれ近接してA/D変換部10が設けられ、このA/D変換部10により、各においセンサ2a?2fの検出信号は所定周期でサンプリングされてデジタルデータに変換される。同時点でサンプリングして得られた6個のデジタルデータは、例えば直列的なデータに変換されて演算処理部11に送られる。各センサユニット201?227のA/D変換部10は同期してサンプリングを行うため、27個のセンサユニット201?227で同時にそれぞれ6個のデータが得られ、合計では162個のデータが演算処理部11に送られることになる。
【0025】
なお、図3では、A/D変換部10で得られたデジタルデータがオンラインで演算処理部11に収集される構成としているが、例えばA/D変換部10により得られたデジタルデータをメモリに格納しておき、計測後にそのデータを収集して演算処理部11へ読み込むようにしてもよい。
【0026】
演算処理部11では各センサユニット201?227毎に、6個のデータからにおいの強度及びにおいの質を算出する。この算出方法は各種の方法を採用することができるが、その一例を挙げて以下に説明する。」

(ウ)「【0038】
演算処理部11では、上記のような処理を各センサユニット201?227毎に行うことにより、そのセンサユニットの設置位置におけるにおいの質とにおい強度とをそれぞれ求める。その演算結果は表示処理部12に入力され、表示処理部12は、その演算結果とセンサユニット位置情報取得部14により得られる各センサユニット201?227の位置情報とに基づいて、においの強度分布やにおいの質の分布を視覚的に理解容易な形式で作成し、これを表示部13の画面上に表示させる。なお、上述したようにセンサユニット201?227の位置が固定されている場合には、センサユニット位置情報取得部14は実質的には不要である。」

(エ)「【図1】



(オ)「【図3】



イ 上記甲第3号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第3号証には、次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「におい分布測定装置において、
測定ユニット1では、外形が直方体形状の枠体3の1つの垂直面及び水平面内に9組のセンサユニット2、合計で27組のセンサユニット2を備え(ここでは27個のセンサユニットの符号を201?227と付す)、センサユニット201?227を移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成としておき、
1組のセンサユニット2は、それぞれ6個のにおいセンサ2a、2b、2c、2d、2e、2fを備え、においセンサ2a?2fはにおい成分に応じて抵抗値が変化する金属酸化物半導体センサ、導電性高分子センサ、水晶振動子又はSAWデバイスの表面にガス吸着膜を形成したセンサ、などであり、
各においセンサ2a?2fの検出信号はA/D変換部10により、所定周期でサンプリングされてデジタルデータに変換され、同時点でサンプリングして得られた6個のデジタルデータは、例えば直列的なデータに変換されて演算処理部11に送られ、
演算処理部11では各センサユニット201?227毎に、6個のデータからにおいの強度及びにおいの質を算出し、各センサユニットの設置位置におけるにおいの質とにおい強度とをそれぞれ求め、その演算結果は表示処理部12に入力され、
表示処理部12は、その演算結果とセンサユニット位置情報取得部14により得られる各センサユニット201?227の位置情報とに基づいて、においの強度分布やにおいの質の分布を視覚的に理解容易な形式で作成し、これを表示部13の画面上に表示させる、
におい分布測定装置。」

(4) 甲第4号証の記載事項及び甲第4号証に記載された発明
ア 甲第4号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている。
(ア)「【0008】
【実施例】以下、本発明を図面に基づいて説明する。図1は本発明の匂いセンサの一実施例を示す正面図(イ図)および側面図(ロ図)である。図1において、11は水晶振動子や表面弾性波素子などの圧電素子であり、図では、例えばATカット水晶基板(共振周波数6MHz)11aの両面に金などで形成された金属電極11bが形成された水晶振動子である。なお、11cは電極端子である。12は水晶振動子11の片側面の金電極11b上に形成した匂い分子吸着性の膜であり、ポリ塩化ビニル(PVC)とジオクチルフォスフェート(脂質)からなる平均膜厚約0.2μmの混合膜である。このような構成において、匂いセンサ1の匂い分子吸着性の膜12に匂い分子が吸着すると、吸着した分だけ膜12の質量が増加する。これに伴って、水晶振動子11の共振周波数が低下する。この共振周波数を測定することにより、匂いを測定することができる。」

(イ)「【図1】



イ 上記甲第4号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第4号証には、次の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されていると認められる。
「匂いセンサ1の匂い分子吸着性の膜12に匂い分子が吸着すると、吸着した分だけ膜12の質量が増加し、これに伴って、水晶振動子や表面弾性波素子などの圧電素子11の共振周波数が低下するので、この共振周波数を測定することにより、匂いを測定することができる、匂いセンサ。」

(5) 甲第5号証の記載事項及び甲第5号証に記載された発明
ア 甲第5号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている。
(ア)「【0014】
また、本実施形態の匂い測定装置は、各匂いセンサー10A?10Dの出力信号を処理するセンサー信号処理手段50を備えている。このセンサー信号処理手段50は、センサー回路部51とAD変換器52とを有している。センサー回路部51は、各匂いセンサー10A?10Dに所定の駆動電圧を供給したり各匂いセンサー10A?10Dからのセンサー出力信号(アナログ信号)を次段に受け渡したりする回路で構成されている。AD変換器52は、センサー回路部51から受けたセンサー出力信号(アナログ信号)を、匂いセンサーの出力値のデータ(デジタル信号)に変換する。
【0015】
図3はセンサー回路部51の具体的な回路構成の一例を示す説明図である。なお、図3では、匂いセンサー10Aの場合について示しているが、他の匂いセンサー10B?10Dについても同様な回路構成を採用することができる。匂いセンサー10Aは、金属酸化物半導体11Aと白金薄膜12Aとが一体に構成されている。各白金薄膜12Aには、スイッチング素子510で発生したパルス電流が供給されて発熱される。この白金薄膜11Bで金属酸化物半導体11Aを400℃前後の高温に加熱することにより、周囲温度変化や水分の影響を軽減するとともに、センサーに付着した匂い分子を清浄空気で容易に洗浄除去できるようにしている。上記スイッチング素子510のON/OFFは、図示しないパルス発生部で発生した制御パルス信号Vpを入力抵抗511を介してスイッチング素子510に入力することにより制御される。また、匂いセンサー10Aの検出信号が出力される出力部は、金属酸化物半導体11Aにそれぞれ直列に接続された抵抗器512と蓄電器513とからなる積分電圧発生回路で構成されている。この積分電圧発生回路と匂いセンサー10との接続点から、センサー出力信号(検出信号)が出力される。」

(イ)「【図1】



(ウ)「【図3】



イ 上記甲第5号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第5号証には、次の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されていると認められる。
「匂い測定装置は、各匂いセンサー10A?10Dの出力信号を処理するセンサー信号処理手段50を備えており、
センサー信号処理手段50は、センサー回路部51とAD変換器52とを有しており、
センサー回路部51は、各匂いセンサー10A?10Dに所定の駆動電圧を供給したり各匂いセンサー10A?10Dからのセンサー出力信号(アナログ信号)を次段に受け渡したりする回路で構成されており、
匂いセンサー10Aは、金属酸化物半導体11Aと白金薄膜12Aとが一体に構成されており、各白金薄膜12Aには、スイッチング素子510で発生したパルス電流が供給されて発熱され、スイッチング素子510のON/OFFは、パルス発生部で発生した制御パルス信号Vpを入力抵抗511を介してスイッチング素子510に入力することにより制御され、匂いセンサー10Aの検出信号が出力される出力部は、金属酸化物半導体11Aにそれぞれ直列に接続された抵抗器512と蓄電器513とからなる積分電圧発生回路で構成されている、
匂い測定装置。」

(6) 甲第6号証の記載事項及び甲第6号証に記載された発明
ア 甲第6号証には、図面とともに、以下の技術事項が記載されている。
(ア)「【0009】
【実施例】以下、本発明の匂いセンサの実施例を説明する。本実施例では圧電体として水晶を用い、ATカットの水晶素板(以下、水晶片とする)に例えば5組の励振用電極が形成されている。図1は本実施例の匂いセンサの斜視図である。この図で1は匂いセンサ(匂い物質センサともいう)、2は圧電振動体として用いられる平板状の水晶片、3a、3b、3c、3d、3eは水晶片2に蒸着されている励振用電極を示し、この励振電極の厚みは例えば金を蒸着することによって異なる厚みとし、スリット4で分割されている各振動領域の共振周波数が異なるようになされている。
【0010】そして後述するように、それぞれに異なる特性を有する匂い吸着物質(合成脂質膜)が塗布されている。したがって水晶片2はスリット4により隔離してn個の(実施例では5個)振動領域に分割されていることになり、これらの各振動領域は電気的、音響的的な結合を低減することにより、匂い物質の測定が安定するようになされている。また、スリット4による放熱効果により、匂い物質センサ1の温度が安定し検出結果の信頼性が向上する。」

(イ)「【0017】匂い物質を検出する場合は、まず前記匂い物質センサ1を大気中に晒して、その時の発振周波数をあらかじめ測定しておき、その後、測定対象となる被匂い物質をセンサに吸着させ測定を行なう。このとき、匂い物質センサ1の励振用電極3a?3eは塗布されている吸着物質の特性の違いにより、それぞれ異なる周波数変化をなし、この周波数変化をパターン化することにより、測定した匂い物質の種類を判別することができる。」

(ウ)「【図1】



イ 上記甲第6号証の記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第6号証には、次の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認められる。
「匂い物質センサ1において、
匂い物質センサ1は、圧電振動体として用いられる平板状の水晶片2、水晶片2に蒸着されている励振用電極3a、3b、3c、3d、3eを備え、
励振用電極3a、3b、3c、3d、3eは、それぞれの励振用電極3a、3b、3c、3d、3eの厚みを異なる厚みとし、スリット4で分割されている各振動領域の共振周波数が異なるようになされており、
それぞれの励振用電極3a、3b、3c、3d、3eに異なる特性を有する匂い吸着物質(合成脂質膜)が塗布されており、
匂い物質を検出する場合は、まず前記匂い物質センサ1を大気中に晒して、その時の発振周波数をあらかじめ測定しておき、その後、測定対象となる被匂い物質をセンサに吸着させ測定を行なう、
匂い物質センサ。」

2 対比・判断
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1を、甲1発明と比較する。
(ア)甲1発明における「ポータブル匂い測定装置」は、本件発明1における「嗅覚システム」に相当する。
(イ)甲1発明における「測定対象となるサンプルガス」は、本件発明1における「サンプル」に相当する。
(ウ)甲1発明における「センサ素子1」は、「櫛形電極2aが形成されており、櫛形電極2aには高分子膜2cが塗布されており、高分子膜2cは、チャンネル毎に異なる特性をもち、特定の匂い成分を吸着することにより、インピーダンスが変化するものであり、櫛形電極2aは、微小な電極間隔を持つように櫛形に形成された電極であり、高分子膜2cの微妙なインピーダンス変化を伝える機能を有して」いることから、本件発明1における「匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する」「センサー」に相当する。
(エ)甲1発明における「ポータブル匂い測定装置」では、「測定対象となるサンプルガス」は「チャンバ15へ送られ、センサ素子1と接触する」のであるから、甲1発明における「センサ素子1」は、「サンプルガス」の「特定の匂い成分を吸着する」こととなる。よって、甲1発明における「センサ素子1」は、本件発明1における「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する」「センサー」に相当する。
(オ)甲1発明における「ポータブル匂い測定装置」が、「複数のセンサ素子1」を備えていることは、本件発明1における「嗅覚システム」が「少なくとも2つのセンサーを含」むことに相当する。
(カ)甲1発明における「ポータブル匂い測定装置」が、「センサソケット3」を「備えて」おり、「センサソケット3」は「測定目的に応じたセンサ素子1を簡便に選択して取り付けることができ」ることは、本件発明1における「嗅覚システム」が「センサーが」「サンプルに応じて選定可能」であることに相当する。
(キ)甲1発明における「複数のセンサ素子1」と「複数のセンサ素子1が着脱可能に挿しこまれるように形成された」「センサソケット3」は、本件発明1における「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含み、かつ、前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能」である「作用アレイ部」に相当する。
(ク)甲1発明における「インピーダンス変換基板4」は、「アンプ7、インピーダンス変換素子8、制御部9、電源部10、USB11が設けられており、アンプ7、インピーダンス変換素子8は、複数のセンサ素子1のそれぞれに対して1つずつ配置されており、センサ素子1からのインピーダンス情報は、アンプ7によって増幅されてインピーダンス変換素子8に送られ、インピーダンス変換素子8は、センサ素子1に所定の電圧と周波数の交流波を印加して、インピーダンスを測定し、デジタル信号を出力するものであり、インピーダンス変換素子8から送出されたデジタル信号は、制御部9に送られ、制御部9は、外部装置であるパソコンへ出力するための制御を行い、制御部9で処理されたインピーダンス情報は、USB11に送られ、USB11は、パソコンと通信するために、USB信号に変換するための信号変換部の機能を有しており、USB11は、USBケーブル12を介してパソコン表示部13に接続されており、USBケーブル12は、計測部であるインピーダンス変換基板4とパソコンとの通信のために用いられ、パソコン表示部13において、測定条件の設定、測定値のモニタ、記録等がなされ」ることから、本件発明1における「前記作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を」「処理するセンサーデータ処理部」に相当する。

すると、本件発明1と、甲1発明とは、次の点で一致する。
<一致点>
「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含み、かつ、前記センサーが前記サンプルに応じて選定可能、である作用アレイ部と、
前記作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を処理するセンサーデータ処理部と、
を備える嗅覚システム。」

一方で、両者は、次の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1では、「作用アレイ部」は、「少なくとも2つのセンサー」が「配列変更可能である」のに対し、甲1発明では「複数のセンサ素子1」が「センサソケット3」に「複数のセンサ素子1の着脱が可能」であり「測定目的に応じたセンサ素子1を簡便に選択して取り付けることができ」るが、配列変更可能であるか不明な点。
<相違点2>
本件発明1は、「センサーデータ処理部」が前記作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を「匂いパターン情報として」処理するものであって、既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納している匂い要因情報格納部と、前記作用アレイ部における前記センサーの配列情報を格納するセンサー配列情報部と、前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別部と、を備える」のに対し、甲1発明は、「インピーダンス変換基板4」が「センサ素子1からのインピーダンス情報」を処理しているが、前記発明特定事項を備えているか不明な点。

イ 判断
(ア)相違点1について
前記相違点1について検討する。
a 甲1発明では、前記「1(1)ア(イ)」及び「1(1)ア(エ)」を参酌するに、センサソケット3に複数のセンサ素子1を抜き差しできると認められる。
b また、前記「1(1)ア(イ)」には「【0018】・・・。さらに、センサ素子1の電極ピッチを規格化することにより、他のセンサ素子1との互換を取りやすい。」と記載されていることから、センサ素子1の電極ピッチを規格化しておけば、センサソケット3の任意の位置に任意のセンサ素子を差すことができることとなる。これは、本件発明1における「センサー」が「配列変更可能である」ことに相当する。
c 以上のことから、甲1発明において、前記「1(1)ア(イ)」に開示されたセンサ素子1の電極ピッチを規格化する技術を採用して、前記相違点1に係る構成をなすことは、当業者ならば容易になし得たことである。

(イ)相違点2について
前記相違点2について検討する。
a 本件発明1における「匂いパターン情報」とは、本件特許の明細書の【0069】段落には「これら相互作用データのパターンを測定される特定の匂い要因と関連付けされ、センサーアレイ上で反応しているセンサーの位置情報やその相互作用の強弱を含む情報としてセンサーデータ処理を行う」と記載されていることから、「センサーアレイ上で反応しているセンサーの位置情報やその相互作用の強弱を含む情報」であると認められる。
b 一方、甲1発明では「インピーダンス変換基板4」が「センサ素子1からのインピーダンス情報」を処理しているが、センサソケット3のどの位置にどのセンサ素子1が差さっているかの情報は処理していない。
c また、甲2発明では前記「1(2)」で認定したように、「検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成するものであり、」検出信号Sigから「検出パターン情報」は生成しているが、その「検出パターン情報」は「各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す」ものであるから、各感応膜22A?22Dを持つ各球状弾性表面波素子20A?20Eの位置については検出パターン情報に含まれていない。なぜなら、甲2発明では、各球状弾性表面波素子20A?20Eの位置は固定であり、配列変更可能ではないから位置情報を加味する必要はなく、さらに匂識別部35で基準パターン情報D1?Dnと比較する際の検出パターン情報Dxは、基準パターン情報D1?Dnと比較するためにすでに測定値の並べかえが行われてある「各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量」であり、各球状弾性表面波素子20A?20Eの位置は基準パターン情報と検出パターン情報との比較においては不必要な情報であるからである。
d ここで、甲3発明では前記「1(3)」で認定したように「センサユニット201?227を移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成として」あり、「演算処理部11では各センサユニット201?227毎に、6個のデータからにおいの強度及びにおいの質を算出し、各センサユニットの設置位置におけるにおいの質とにおい強度とをそれぞれ求め、その演算結果は表示処理部12に入力され、表示処理部12は、その演算結果とセンサユニット位置情報取得部14により得られる各センサユニット201?227の位置情報とに基づいて、においの強度分布やにおいの質の分布を視覚的に理解容易な形式で作成し、これを表示部13の画面上に表示させる」処理を行っている。
e 甲3発明における「移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成として」ある「センサユニット201?227」は、前記「1(3)」で認定したように「1組のセンサユニット2は、それぞれ6個のにおいセンサ2a、2b、2c、2d、2e、2fを備える」ことから、1つのセンサユニットには、6個のにおいセンサを備えると認められる。よって、甲3発明の「センサユニット201?227」の「1組のセンサユニット2」は、甲1発明における「複数のセンサ素子1とセンサソケット3」を一体化したものに相当するものと認められる。
f よって、甲3発明に開示された「複数のセンサユニット」を「移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成と」する技術を、甲1発明に適用した場合は、複数のセンサ素子1とセンサソケット3を一体化したものを1セットとして、その1セットを複数準備しその複数セットを移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成とすることになるから、この場合は、「位置情報」はセンサソケット3におけるセンサ素子1の位置ではないから、本件発明1における「作用アレイ部における」「センサーの配列情報」とは異なるものとなる。
g さらに、甲3発明は、前記「1(3)」で認定したように、「においの強度分布やにおいの質の分布」を求めるものであるから、甲3発明に開示された「複数のセンサユニット」を「移動可能な構成としてその位置情報を取得できる構成と」する技術を、甲1発明のセンサソケット3における複数のセンサ素子1に適用することは、「においの強度分布やにおいの質の分布」がセンサソケット3の範囲内でしか得ることができなくなり、甲3発明の特長を損なうものとなるから、阻害要因を有するものであると認められ、当業者が容易になし得たことであるとは認められない。
h なお、甲2発明における「基準パターン記憶部31」は、「各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を、基準パターン情報D1?Dnとして、気体G1?Gnの種類毎に予め記憶しているメモリ」であることから、本件発明1における「既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納している匂い要因情報格納部」に相当する。
i 以上のことから、においを測定する点で同一の技術分野に属する甲1発明、甲2発明及び甲3発明を組み合わせたとしても、本件発明1における「作用アレイ部におけるセンサーの配列情報」は得られず、そのため「センサーデータ処理部」では「においパターン情報」を得ることができず、「作用アレイ部におけるセンサーの配列情報を格納するセンサー配列情報部」は得られず、「前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別部」は得られない。ゆえに、前記相違点2の発明特定事項は、甲1発明、甲2発明及び甲3発明から当業者が容易に導き出すことはできない。
j 以上のことから、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明及び甲3発明の技術を採用したとしても当業者が容易になし得るものではない。
k さらに、甲4発明ないし甲6発明は前記「1(4)」ないし「1(6)」で認定したように、センサ構造の技術的開示はあるものの前記相違点2の発明特定事項に関する技術の開示はなく、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲4発明ないし甲6発明の技術を採用したとしても当業者が容易になし得るものではない。

ウ 甲2発明を基礎として本件発明1を当業者が容易に導き出せるかについて
異議申立理由にはないが、甲2発明を基礎として本件発明1を当業者が容易に導き出せるかについて検討する。
(ア)対比
本件発明1を、甲2発明と比較する。
a 甲2発明における「匂いセンシングシステム5」は、本件発明1における「嗅覚システム」に相当する。
b 甲2発明における「気体G」は、本件発明1における「サンプル」に相当する。
c 甲2発明における「球状弾性表面波素子20」は、「3次元基材21と感応膜22・すだれ状電極23とを備え」、「気体G」と「センサセル10」内で接触し、「球状弾性表面波素子20A?20Dの伝搬面SA?SDに形成される有機薄膜であり、」「気体の種類に応じて異なる選択性を有する」「感応膜22A?22D」を備え、「すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号」「Sigを、匂識別装置30の信号収集部33に送出する」ものであるから、本件発明1における「相互作用する」「センサー」に相当する。
d 甲2発明における「各感応膜22A?22Dに付着する気体分子」は、「気体G」の気体分子であり、気体分子の付着量が検出パターンDxとなり、検出パターンDxが基準パターン情報D1?Dnと比較されて気体Gの種類を特定して匂いを識別するのであるから、本件発明1における「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群のすくなくとも1」つのものに相当する。
e 甲2発明における「匂いセンシングシステム5」では、「信号収集部33」で「球状弾性表面波素子20」の「すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集」し、「収集した検出信号Sigを検出パターン生成部34に送出」し、「検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成」し、「匂識別部35」で「基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別するものである」から、甲2発明における「球状弾性表面波素子20」は、「気体G」の「匂い」の成分である「気体分子」を「吸着」しその「付着量」に相当する「検出信号」を送出している。よって、甲2発明における「球状弾性表面波素子20」は、本件発明1における「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する」「センサー」に相当する。
f 甲2発明における「匂いセンシングシステム5」が、「球状弾性表面波素子20A?20D」を備えていることは、本件発明1における「嗅覚システム」が「少なくとも2つのセンサーを含」むことに相当する。
g 甲2発明における「センサセル10」は、「球状弾性表面波素子20A?20D」を備えていることから、本件発明1における「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含」む「作用アレイ部」に相当する。
h 甲2発明における「検出パターン情報Dx」は、「すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集」し、「収集した検出信号」「から、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dx」として生成されるものであるから、本件発明1における「匂いパターン情報」に相当する。
i 甲2発明では、「信号収集部33は、すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集するものであり、また収集した検出信号Sigを検出パターン生成部34に送出するものであり、検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成するものであ」ることから、甲2発明における「信号収集部33」と「検出パターン生成部34」は、本件発明1における「作用アレイ部から得られる」「相互作用の結果を匂いパターン情報として処理するセンサーデータ処理部」に相当する。
j 甲2発明における「基準パターン記憶部31」は、「各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を、基準パターン情報D1?Dnとして、気体G1?Gnの種類毎に予め記憶しているメモリであ」ることから、本件発明1における「既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納している匂い要因情報格納部」に相当する。
k 甲2発明における「匂識別部35」は、「基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別するものである」ことから、本件発明1における「匂いパターン情報と」「既知の匂い情報と」「を参照することにより、その相互作用パターンに基づいて」「サンプルの匂いを識別するパターン識別部」に相当する。

すると、本件発明1と、甲2発明とは、次の点で一致する。
<一致点>
「サンプルの匂い要因に含まれる匂い原因物質群の少なくとも1以上と相互作用する少なくとも2つのセンサーを含む作用アレイ部と、
前記作用アレイ部から得られる前記相互作用の結果を匂いパターン情報として処理するセンサーデータ処理部と、
既知の匂い要因の情報である匂い要因情報および既知の匂い物質のパターン情報からなる既知の匂い情報を格納している匂い要因情報格納部と、
前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別するパターン識別部と、
を備える嗅覚システム。」

一方で、両者は、次の点で相違する。
<相違点3>
本件発明1では、「作用アレイ部」は、「少なくとも2つのセンサー」が「サンプルに応じて選定可能、かつ、配列変更可能である」のに対し、甲2発明では「センサセル10」の「球状弾性表面波素子20A?20D」がセンサセル10に支持体14A?14Dで固定されている点。
<相違点4>
本件発明1は、「作用アレイ部における」「センサーの配列情報を格納するセンサー配列情報部」を備え、「パターン識別部」では、「前記匂いパターン情報と前記既知の匂い情報と前記センサーの配列情報とを参照することにより、その相互作用パターンに基づいて前記サンプルの匂いを識別する」のに対し、甲2発明では、センサー配列情報部は備えておらず、「匂識別部35」では、「基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別する」点。

(イ)判断
a 相違点3について
前記相違点3について検討する。
(a) 甲1発明では、前記「1(1)イ」で認定したように、「センサソケット3は、複数のセンサ素子1が着脱可能に挿しこまれるように形成されたものであり、複数のセンサ素子1の着脱が可能となるように、複数の接合部3aが所定の間隔を置いて設けられて」いることから、複数のセンサ素子を着脱自在に構成する技術が開示されている。
(b) 甲2発明と甲1発明とは、匂いを検出する点で同一の技術分野に属する発明であるから、甲2発明におけるセンサセル10の球状弾性表面波素子20A?20Dに、甲1発明の前記(a)で述べた複数のセンサ素子を着脱可能に構成する技術を採用することは、当業者ならば容易になし得たことであり、着脱可能になれば、自ずとセンサ素子である球状弾性表面波素子20A?20Dの種類及び配置を選択可能となることは、当業者にとって自明である。
(c)以上のことから、甲2発明において、前記「(a)」に開示された甲1発明の技術を採用して、前記相違点3に係る構成をなすことは、当業者ならば容易になし得たことである。

b 相違点4について
前記相違点4について検討する。
(a)甲2発明では、前記「a」での検討のように、甲1発明の技術を適用することにより、はじめて「センサーの配列情報」という概念が生まれる。
(b)甲2発明では、センサーは固定されており、「球状弾性表面波素子20」の「すだれ状電極23により検出される弾性表面波の検出信号を収集する」「信号収集部33」は、「収集した検出信号Sigを検出パターン生成部34に送出」し、「検出パターン生成部34は、信号収集部33により収集される検出信号Sigから、各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を当該感応膜22A?22Dの種類毎に示す検出パターン情報Dxを生成」し、「匂識別部35は、基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D1?Dnと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報Dxとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別する」。このことから、信号収集部33及び検出パターン生成部34は、検出信号が、どの球状弾性表面波素子20から来たものであるかがすでに認識した状態で処理を行っており、生成された検出パターン情報Dxは、感応膜22A?22Dの種類毎に各感応膜22A?22Dに付着する気体分子の付着量を示すものとなっている。
(c)ここで、甲2発明に甲1発明の技術を適用して「センサーの配列情報」という概念が生じた場合は、当業者は匂識別部35において基準パターン情報と比較するための「検出パターン情報Dx」を作成するために信号収集部33または検出パターン生成部34において、検出信号が、どの球状弾性表面波素子20から来たものであるかを認識する必要があり、その認識する必要のために「センサーの配列情報」を用いて検出信号を振り分ける処理が必要となる。
また、新たなセンサーの組合せに対応した基準パターン情報D’1?D’nを記憶しておくことが必要となる。
(d)新たなセンサーの組合せでの検出パターン情報D’xと基準パターン情報D’1?D’nとを比較可能とするためには、検出パターン情報に含まれるセンサーの順番と基準パターン情報D’1?D’nに含まれるセンサーの順番とが一致している必要があるが、基準パターン情報はあらかじめ記憶されているものであるから、基準パターン情報D’1?D’nを構成するセンサーの順番に合わせてセンサーを配置すれば足り、比較対象とする基準パターン情報として基準パターン情報D’1?D’nを選択するためには、使用されているセンサーの種類がわかればよく、並び順までは必要ではない。そのため、「匂識別部35」では、センサーの種類に基づいて選択した「基準パターン記憶部31により記憶されている基準パターン情報D’1?D’nと検出パターン生成部34により生成される検出パターン情報D’xとを比較し、両者を同一とみなせるときの基準パターン情報から気体Gの種類を特定して匂いを識別する」のみであり、匂い識別部35でセンサーの配列情報を検出パターン情報Dxと基準パターン情報D1?Dnと共に参照する必要は生じない。そして、匂い識別部35でセンサーの配列情報を検出パターン情報Dxと基準パターン情報D1?Dnと共に参照する技術については、甲1発明ないし甲6発明には開示されていない。
(e)ゆえに、前記相違点4の発明特定事項は、甲1発明ないし甲6発明から当業者が容易に導き出すことはできない。

エ 異議申立人の主張についての検討
(ア)申立人は特許異議申立書の第28-29頁において、甲1発明においても「センサ素子1へのセンサソケット3の取り付け位置が異なれば、複数のセンサ素子1からのインピーダンス情報を1つのパターンとして捉えたパターンも異なるようになる。このため、複数のセンサ素子1からのインピーダンス情報を1つのパターンとし匂いを特定するためには、どの物質を検出するセンサ素子1がセンサソケット3のどの位置に接続されているかを示す位置情報、すなわちセンサ素子1の配列情報を把握しておく必要があるのは、当業者にとって自明である。以上のことから、甲第1号証に記載の発明において、複数のセンサ素子1の検出結果をまとめて処理する制御部9を含むインピーダンス基板4、USBケーブル12、パソコン表示部13が、匂い要因情報格納部、センサー配列情報部、パターン識別部の機能を実現するようにすることは、当業者にとって自明であり、甲第1号証にこれらの機能が明示されていないことは、実質的な相違点ではなく、設計的事項にすぎない。」と主張している。
(イ) 前記「(ア)」の主張を検討する。甲1発明は、前記「1(1)」より「センサ素子1はチャンネル毎に交換可能であり、センサ素子1には櫛形電極2aが形成されており、櫛形電極2aには高分子膜2cが塗布されており、高分子膜2cは、チャンネル毎に異なる特性をもち、特定の匂い成分を吸着することにより、インピーダンスが変化するものであり、櫛形電極2aは、微小な電極間隔を持つように櫛形に形成された電極であり、高分子膜2cの微妙なインピーダンス変化を伝える機能を有しており、センサ素子1の信号は、センサソケット3を介して、計測部であるインピーダンス変換基板4に伝達され」るのであるから、センサ素子1の種類とそのセンサ素子1からのインピーダンス信号から、特定の匂い成分がどれだけ高分子膜2cに付着したかが分かるものである。この場合、センサ素子1の種類はインピーダンス信号と関連付ける必要はあるので、センサ素子1のセンサソケット3での配列すなわち位置情報が必要となることは理解できる。しかしながら、その配列情報(位置情報)はインピーダンス信号測定時にインピーダンス信号がどのセンサ素子1からの信号であるかを関連付けるために参照され、匂いパターン情報を生成するのに用いられるとは推察されるが、その後のパターン識別部での匂いパターン情報(特定の匂い成分がどれだけ高分子膜2cに付着したか)と既知の匂い情報(匂いの種類と、それぞれの匂いの種類に対応する特定の匂い成分の量)との比較時に必要とされる理由がない。よって申立人の「甲第1号証に記載の発明において、複数のセンサ素子1の検出結果をまとめて処理する制御部9を含むインピーダンス基板4、USBケーブル12、パソコン表示部13が、匂い要因情報格納部、センサー配列情報部、パターン識別部の機能を実現するようにすることは、当業者にとって自明であり」という主張は採用できない。ゆえに、申立人の前記「(ア)」という主張は採用することができない。

オ 小括
以上のとおりであるので、本件発明1を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件発明2ないし4及び本件発明7について
ア 本件発明2ないし4及び本件発明7は、直接的又は間接的に本件発明1を引用するものであり、本件発明2ないし4及び本件発明7のいずれかと甲1発明を対比した場合、いずれの場合であっても、少なくとも前記「(1)ア」の相違点1及び相違点2と同じ点で相違する。
イ そして、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明の技術を採用したとしても当業者が容易になし得るものではないことは、前記「(1)イ(イ)」に記載のとおりである。
ウ また、本件発明2ないし4及び本件発明7のいずれかと甲2発明を対比した場合、いずれの場合であっても、少なくとも前記「(1)ウ(ア)」の相違点3及び相違点4と同じ点で相違する。
エ そして、甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明の技術を採用したとしても当業者が容易になし得るものではないことは、前記「(1)ウ(イ)b」に記載のとおりである。
オ してみれば、前記「(1)イ(イ)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また前記「(1)ウ(イ)b」に記載したのと同様の理由により、甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明2ないし4及び本件発明7を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)本件発明8について
ア 本件発明8は、本件発明1に対応する方法発明である。
イ してみれば、前記「(1)イ(イ)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また前記「(1)ウ(イ)b」に記載したのと同様の理由により、甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明8を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(4)本件発明9ないし11について
ア 本件発明9ないし11は、本件発明2ないし4に対応する方法発明である。
イ してみれば、前記「(2)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明9ないし11を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(5)本件発明14について
ア 本件発明14は、本件発明1の嗅覚システムに対応する匂い識別装置の発明である。
イ してみれば、前記「(1)イ(イ)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また前記「(1)ウ(イ)b」に記載したのと同様の理由により、甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明14を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(6)本件発明15ないし17について
ア 本件発明15ないし17は、本件発明2ないし4の嗅覚システムに対応する匂い識別装置の発明である。
イ してみれば、前記「(2)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明15ないし17を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(7)本件発明20について
ア 本件発明20は、本件発明14に対応するプログラム発明である。
イ してみれば、前記「(5)」に記載したのと同様の理由により、甲1発明において、前記相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲2発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないし、また甲2発明において、前記相違点4に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易になし得るものではないから、本件発明20を、甲1発明ないし甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

3 小括
以上のとおりであるので、前記第3の異議申立理由はいずれも理由がない。

第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1ないし4、7ないし11、14ないし17及び20に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし4、7ないし11、14ないし17及び20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2020-06-17 
出願番号 特願2016-544900(P2016-544900)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (G01N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 萩田 裕介北条 弥作子  
特許庁審判長 森 竜介
特許庁審判官 渡戸 正義
伊藤 幸仙
登録日 2019-10-04 
登録番号 特許第6596428号(P6596428)
権利者 株式会社アロマビット
発明の名称 嗅覚システム、匂い識別方法、匂い識別装置、及び、匂い識別プログラム  
代理人 梶 俊和  

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