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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1364280
審判番号 不服2019-7964  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-06-14 
確定日 2020-07-17 
事件の表示 特願2017-247343「インクジェット記録方法及びインクジェット記録装置」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 6月28日出願公開、特開2018- 99890〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年8月17日(優先権主張平成25年3月29日(以下この日を「優先日」という。)、平成25年5月13日)に出願した特願2013?169299号の一部を平成29年12月25日に新たな特許出願としたものであって、平成30年1月16日付けで手続補正がなされ、同年10月15日付けで拒絶の理由が通知され、同年12月17日付けで意見書が提出されるとともに、手続補正がなされ、平成31年3月12日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、令和1年6月14日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。


第2 本件補正について
1 本件補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲について、下記(1)に示す本件補正前の(すなわち、平成30年12月17日付けで提出された手続補正書により補正された)特許請求の範囲の請求項1乃至13を、下記(2)に示す本件補正後の特許請求の範囲の請求項1乃至12へと補正する補正を含むものである。

(1)本件補正前の特許請求の範囲
「【請求項1】
インク収容体に収容された非水系光硬化型インク組成物を、インク供給経路を介してヘッドへ供給し、該ヘッドから被記録媒体へ吐出するインクジェット記録方法であって、
前記非水系光硬化型インク組成物は、ラジカル重合性化合物を含み、表面張力が25mN/m以下であり、無機白色顔料をインク組成物の総質量の10質量%以上含むホワイトインクであり、
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物は、溶存空気量が7ppm以上であり、
前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物は溶存空気量が30ppm以下であり、
前記インク供給経路に循環機構を備え、前記循環機構を循環した前記非水系光硬化型インク組成物を前記ヘッドへ供給する、インクジェット記録方法。
【請求項2】
前記非水系光硬化型インク組成物が、光重合開始剤としてチオキサントン系化合物及びアシルホスフィンオキシド系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種をさらに含む、請求項1に記載のインクジェット記録方法。
【請求項3】
前記ヘッドは、前記非水系光硬化型インク組成物に圧力を付与する圧力室を有し、該圧力室より下流に段差部を有する、請求項1又は2に記載のインクジェット記録方法。
【請求項4】
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量が7?25ppmであり、
前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量が7?30ppmである、請求項1?3のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項5】
前記非水系光硬化型インク組成物の20℃における粘度が、8?40mPa・sである、請求項1?4のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項6】
前記非水系光硬化型インク組成物が2官能以上の(メタ)アクリレートをインク組成物の総質量の5?60質量%含む、請求項1?5のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項7】
前記インク収容体に収容された前記非水系光硬化型インク組成物を、前記インク供給経路を介して前記ヘッドへ供給する際に、
前記インク供給経路内の非水系光硬化型インク組成物の流速を5m/分以上とする、請求項1?6のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項8】
前記インク供給経路に脱気機構を備えない、請求項1?7のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項9】
前記非水系光硬化型インク組成物を、チューブポンプを用いてヘッドへ供給する、請求項1?8のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項10】
インク供給経路にインクの初期充填を行い、初期充填の際のヘッドから排出するインクの量が50ml以下である、請求項1?9のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項11】
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量と、前記インク収容体から前記インク供給経路へインクが移動してから12時間後に前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量との差(後者-前者)が、10ppm以下である、請求項1?10のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項12】
前記非水系光硬化型インク組成物が、単官能(メタ)アクリレートをインク組成物の総質量の30?85質量%含む、請求項1?11のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項13】
請求項1?12のいずれか1項に記載の前記インクジェット記録方法で記録を行う、インクジェット記録装置。」

(2)本件補正後の特許請求の範囲(請求項1に係る発明を、以下「本件補正発明」という。)
「【請求項1】
インク収容体に収容された非水系光硬化型インク組成物を、インク供給経路を介してヘッドへ供給し、該ヘッドから被記録媒体へ吐出するインクジェット記録方法であって、
前記非水系光硬化型インク組成物は、ラジカル重合性化合物を含み、表面張力が25mN/m以下であり、無機白色顔料をインク組成物の総質量の10質量%以上含むホワイトインクであり、
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物は、溶存空気量が7ppm以上であり、
前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物は溶存空気量が30ppm以下であり、
前記インク供給経路に循環機構を備え、前記循環機構を循環した前記非水系光硬化型インク組成物を前記ヘッドへ供給し、
前記ヘッドは、前記非水系光硬化型インク組成物に圧力を付与する圧力室を有し、該圧力室より下流に段差部を有する、インクジェット記録方法。
【請求項2】
前記非水系光硬化型インク組成物が、光重合開始剤としてチオキサントン系化合物及びアシルホスフィンオキシド系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種をさらに含む、請求項1に記載のインクジェット記録方法。
【請求項3】
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量が7?25ppmであり、
前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量が7?30ppmである、請求項1又は2に記載のインクジェット記録方法。
【請求項4】
前記非水系光硬化型インク組成物の20℃における粘度が、8?40mPa・sである、請求項1?3のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項5】
前記非水系光硬化型インク組成物が2官能以上の(メタ)アクリレートをインク組成物の総質量の5?60質量%含む、請求項1?4のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項6】
前記インク収容体に収容された前記非水系光硬化型インク組成物を、前記インク供給経路を介して前記ヘッドへ供給する際に、
前記インク供給経路内の非水系光硬化型インク組成物の流速を5m/分以上とする、請求項1?5のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項7】
前記インク供給経路に脱気機構を備えない、請求項1?6のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項8】
前記非水系光硬化型インク組成物を、チューブポンプを用いてヘッドへ供給する、請求項1?7のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項9】
インク供給経路にインクの初期充填を行い、初期充填の際のヘッドから排出するインクの量が50ml以下である、請求項1?8のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項10】
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量と、前記インク収容体から前記インク供給経路へインクが移動してから12時間後に前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物の溶存空気量との差(後者-前者)が、10ppm以下である、請求項1?9のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項11】
前記非水系光硬化型インク組成物が、単官能(メタ)アクリレートをインク組成物の総質量の30?85質量%含む、請求項1?10のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法。
【請求項12】
請求項1?11のいずれか1項に記載の前記インクジェット記録方法で記録を行う、インクジェット記録装置。」

2 補正の適否について
本件補正は、本件補正前の請求項1の発明特定事項である「ヘッド」について、「非水系光硬化型インク組成物に圧力を付与する圧力室を有し、該圧力室より下流に段差部を有する」ものである点を限定するものであるから、その補正の目的は、特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当するものであるところ、当該「ヘッド」についての特定は本件補正前の請求項3において記載されていたものであること、本件補正において、請求項3を削除し、本件補正前の請求項4ないし12を順次繰り上げていること、本件補正前の請求項3は、請求項1及び2を引用するものであったことを考慮すると、本件補正は、実質的に本件補正前の請求項1及び2を削除することに伴い、本件補正前の請求項1を引用する請求項3を新たな請求項1とし、本件補正前の請求項2を引用する請求項3を新たな請求項2とし、その余の請求項については、順次項番を繰り上げたものであって、同項第1号に掲げる「請求項の削除」を目的とするものに実質的に該当するものといえること、本件補正前の請求項1を引用する請求項3に係る発明と、本件補正後の請求項1に係る発明の発明特定事項に何らの差異もないことからすれば、本件補正後の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものであれば、本件補正が却下されるべきものであるとしても、本件補正前の請求項3に係る発明が特許を受けることができないものであることに変わりはない。
以上のとおり、本件補正の適否は、本件審判の結論に影響するものではないから、本件補正を適法なものと認め、本件補正発明について以下検討することとする。


第3 原査定の拒絶の理由の概要
本件補正前の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

・請求項1-2、4-9、12-13に対して
引用文献1、6及び9、もしくは、引用文献2?4、6及び9

・請求項3に対して
引用文献1、5、6及び9、もしくは、引用文献2?6及び9

・請求項10に対して
引用文献1、6、7及び9、もしくは、引用文献2?4、6、7及び9

・請求項11に対して
引用文献1、6、8及び9、もしくは、引用文献2?4、6、8及び9

<引用文献等一覧>
1.特開2013-10832号公報
2.特開2012-255072号公報
3.特開2011-195686号公報(周知技術)
4.特開2010-202683号公報(周知技術)
5.特開2013-911号公報(周知技術)
6.特開2006-159722号公報(周知技術)
7.特開2000-85153号公報
8.特開平1-180351号公報
9.特開2006-15267号公報(周知技術)


第4 引用例
原査定の拒絶の理由において引用され、本願の優先日前の平成25年1月17日に頒布された刊行物である特開2013-10832号公報(以下「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。
1 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合性化合物、
ラジカル重合開始剤、及び、
着色剤を含有し、
溶存酸素量が9mg/L以上であることを特徴とする
インク組成物。

【請求項11】
請求項1?9のいずれか1項に記載のインク組成物を収納するインク容器とインク吐出ノズルとの間において溶存酸素を低減する脱気工程と、
脱気されたインク組成物を前記ノズルより吐出する吐出工程と、を含む
インクジェット記録方法。
【請求項12】
前記脱気工程において、溶存酸素量を7mg/L以下にする、請求項11に記載のインクジェット記録方法。」
2 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
業務用のインク組成物は、多くの場合、酸素非透過性容器に収納され、さらに、この酸素非透過性容器をインクカートリッジ容器に収納している。このため、酸素非透過性容器に充填された放射線硬化性のインク組成物は、暗反応によって重合が進み、インク粘度が上昇するという問題があった。わずかな増粘でも、着弾精度、連続出射性、ミスト等、インク出射性能に大きな影響を与えるため好ましくない。
保存時の暗反応を防止するためには、重合禁止剤の多量添加、重合性化合物の選択、不純物の排除等が検討されるが、硬化感度低下やコストアップが避けられない。
本発明が解決しようとする課題は、保存安定性に優れ、照射光源によらず良好な硬化感度を有するインク組成物、及び、インク容器を提供することである。さらに他の課題は、LED光源によっても光沢に優れた硬化画像を与えるインクジェット記録方法を提供することである。」
3 「【発明の効果】
【0009】
本発明のインク組成物は、高い溶存酸素量を有するために、保存中に発生する活性種を酸素により失活させることができるため、長期保存性に優れる。また、本発明のインク容器は、実質的に大気を透過させない容器であるために、充填されたインク組成物の溶存酸素量を維持することができる。本発明のインクジェット記録方法によれば、インク吐出前に、溶存酸素を低減する工程を含むために、後続する工程における放射線硬化性を損なうことがない。」
4 「【0013】
説明の都合上、インク組成物中の溶存酸素、及び、インクジェット記録方法における脱気工程について最初に説明する。
本発明のインク組成物は、9mg/L以上の溶存酸素量を有し、9?80mg/Lの溶存酸素量であることが好ましく、9?50mg/Lの溶存酸素量であることがより好ましく、9?20mg/Lの溶存酸素量であることが特に好ましい。
本発明における溶存酸素量は、ガスクロマトグラフィー法、電気化学的方法、蛍光法いずれの方式でも測定されるが、本発明においては、ポーラログラフ方式の溶存酸素計により測定し、具体的には、オービスフェア酸素計model 3600((株)ハックウルトラ製)及び「オービスフェア 31130 」O_(2)センサーを使用して、25℃において測定した。
光硬化性インク組成物を収納するインク収容体に関しては、いくつかの公開公報があり、常温常圧の条件下では、溶存酸素量は大体5?6ppm程度が限界であるとされている(特開2007-283753号公報、段落0070参照)。
本発明において、常温で1気圧下において、必要に応じて、0℃で2気圧下において、又は、純酸素をインク組成物と接触させる、好ましくはインク組成物にバブリングすることにより、溶存酸素を9mg/L以上としたものである。
高い溶存酸素量のために、本発明のインク組成物は、保存中の暗重合が防止されるので、良好な保存安定性を示す。」
5 「【0015】
また別の手段によれば、インク容器からインクヘッドに至るインク送液路にサブタンクを設けて、減圧下に置いたサブタンク中のインク組成物の溶存酸素を低減する方法である。この場合減圧の程度は適宜選択できるが、0.1?0.5気圧とすることが好ましい。また、脱気手段を通過したインク組成物の溶存酸素量をサブタンク内でオンライン測定することが好ましい。脱気されたインク組成物は、サブタンクに適量を貯蔵して吐出ノズルに送液することが好ましい。インク組成物からの脱気操作に使用できる装置の一例は、特開2000-141687号公報に記載されている。
前記脱気工程において、溶存酸素量を7mg/L以下にすることが好ましく、1?7mg/Lの範囲とすることがより好ましく、1?3mg/Lの範囲とすることが特に好ましい。」」
6 「【0088】
(成分C)着色剤
本発明のインク組成物は、形成された画像部の視認性を向上させるため、着色剤を含有する。
着色剤としては、特に制限はないが、耐候性に優れ、色再現性に富んだ顔料及び油溶性染料が好ましく、溶解性染料等の公知の着色剤から任意に選択して使用できる。着色剤は、活性放射線による硬化反応の感度を低下させないという観点から、重合禁止剤として機能しない化合物を選択することが好ましい。
【0089】
本発明に使用できる顔料としては、特に限定されるわけではないが、例えばカラーインデックスに記載される下記の番号の有機又は無機顔料が使用できる。
赤又はマゼンタ顔料としては、Pigment Red 3,5,19,22,31,38,42,43,48:1,48:2,48:3,48:4,48:5,49:1,53:1,57:1,57:2,58:4,63:1,81,81:1,81:2,81:3,81:4,88,104,108,112,122,123,144,146,149,166,168,169,170,177,178,179,184,185,208,216,226,257、Pigment Violet 3,19,23,29,30,37,50,88、Pigment Orange 13,16,20,36、青又はシアン顔料としては、Pigment Blue 1,15,15:1,15:2,15:3,15:4,15:6,16,17-1,22,27,28,29,36,60、緑顔料としては、Pigment Green 7,26,36,50、黄顔料としては、Pigment Yellow 1,3,12,13,14,17,34,35,37,55,74,81,83,93,94,95,97,108,109,110,120,137,138,139,150,153,154,155,157,166,167,168,180,185,193、黒顔料としては、Pigment Black 7,28,26、白色顔料としては、Pigment White 6,18,21などが目的に応じて使用できる。・・・」
7「【0092】
なお、インク組成物中において固体のまま存在する顔料などの着色剤を使用する際には、着色剤粒子の平均粒径は、好ましくは0.005?0.5μm、より好ましくは0.01?0.45μm、更に好ましくは0.015?0.4μmとなるよう、着色剤、分散剤、分散媒体の選定、分散条件、ろ過条件を設定することが好ましい。この粒径管理によって、ヘッドノズルの詰まりを抑制し、インク組成物の保存安定性、透明性及び硬化感度を維持することができるので好ましい。
インク組成物中における着色剤の含有量は、色、及び使用目的により適宜選択されるが、インク組成物全体の重量に対し、0.01?30重量%であることが好ましい。
なお、前記の必須成分A、B及びC以外に、インク組成物に任意に配合できる成分D(分散剤)、成分E(重合禁止剤)、及び成分F(界面活性剤)については、続いて説明する。」
8 「【0101】
本発明のインク組成物の25℃における静的表面張力は、25?40mN/mであることが好ましい。ポリオレフィン、PET、コート紙、非コート紙など様々な被記録媒体へ記録する場合、滲み及び浸透の観点から、25mN/m以上が好ましく、濡れ性の点では40mN/m以下が好ましい。
【0102】
本発明において、インク組成物は、放射線硬化性のインク組成物である。ここで、本発明において「放射線」とは、その照射によりインク組成物中において開始種を発生させうるエネルギーを付与することができる活性放射線であれば、特に制限はなく、広くα線、γ線、X線、紫外線(UV)、可視光線、電子線などを包含するものであるが、中でも、硬化感度及び装置の入手容易性の観点から紫外線及び電子線が好ましく、特に紫外線が好ましい。したがって、本発明のインク組成物としては、放射線として、紫外線を照射することにより硬化可能なインク組成物が好ましい。
特に、本発明のインク組成物は、発光ピーク波長が380?420nmの範囲内の紫外線を発生する発光ダイオードを用いて、インク組成物が吐出された被記録媒体表面における最高照度が10?2,000mW/cm^(2)となる紫外線に対して高感度に硬化するものであることが好ましい。」
9 「【0133】
<溶存酸素量調整法>
調製したインク対し、常温で1気圧下、または0℃で2気圧下で酸素を0.5L/分の速度でバブリングして、9mg/L以上の溶存酸素量に調整した。また溶存酸素量を低減させる際には窒素気体を0.5L/分の速度でバブリングし所望の溶存酸素量に調整した。溶存酸素量はオービスフェア酸素計model 3600((株)ハックウルトラ製)及びオービスフェア 酸素センサーmodel 31130 を用いて測定した。」

そうすると、上記1乃至9の記載事項から、引用例には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「ラジカル重合性化合物、ラジカル重合開始剤、及び、着色剤としてPigment White 6,18,21などの白色顔料を0.01?30重量%含有し、溶存酸素量が9mg/L以上で、25℃における静的表面張力は、25?40mN/mであって、紫外線に対して高感度に硬化するインク組成物を収納するインク容器とインク吐出ノズルとの間において溶存酸素を低減する脱気工程と、
脱気されたインク組成物を前記ノズルより吐出する吐出工程と、を含む
インクジェット記録方法において、
前記脱気工程において、溶存酸素量を7mg/L以下にする、インクジェット記録方法。」


第5 対比
本件補正発明と引用発明とを対比すると、
1 後者の「インク容器」、「紫外線に対して高感度に硬化するインク組成物」、「インクジェット記録方法」、「ラジカル重合性化合物」、「Pigment White 6、18、21など白色顔料」、は、それぞれ、前者の「インク収容体」、「光硬化型インク組成物」、「インクジェット記録方法」、「ラジカル重合性化合物」、「無機白色顔料」、に相当する。
2 後者の「インク組成物」は、ラジカル重合性化合物、及び、着色剤としてPigment White 6、18、21など白色顔料を含有する点で前者の「インク組成物」と共通し、かつ、水などの揮発性溶媒を含まないものであるから、前者の「インク組成物」と後者の「インク組成物」とは、「非水系」の「ホワイトインク」である点でも共通する。
3 後者の「インクジェット記録方法」では、「脱気工程」が、「インク容器」と「インク吐出ノズルとの間において」行われることが特定されており、さらに、「インク容器」に収納された「インク組成物」が「ノズル」より吐出される「吐出工程」が特定されていることから、後者の「インクジェット記録方法」においてインク組成物が、収納されているインク容器から圧力室のインク吐出ノズルへと、インク供給経路を介して供給されて被記録媒体へ吐出されることは、インクジェット記録方法の技術常識に照らして明らかであるから、前者の「インクジェット記録方法」と後者の「インクジェット記録方法」とは、「インク組成物」を「インク供給経路」を介して「ヘッド」へ供給し、該ヘッドから被記録媒体へ吐出する点、及びヘッドが圧力室を有する点で共通する。
4 後者の「インク組成物」の静的表面張力は、25?40mN/mであるから、前者の「インク組成物」と後者の「インク組成物」とは、ともに「表面張力が25mN/m」を含む点、すなわち、「25mN/m以下」である点で一致する。
5 後者の「インク組成物」は、「Pigment White 6、18、21など白色顔料」を0.01?30重量%含有しており、これに対して、前者の「インク組成物」は、「無機白色顔料」を「10質量パーセント以上含む」ものであるから、前者の「インク組成物」と後者の「インク組成物」とは、「無機白色顔料」を「10?30質量%」の範囲で含むものである点、すなわち「無機白色顔料」を「10質量パーセント以上」含むものである点においても一致するものといえる。。
6 後者のインク容器に収納された「インク組成物」の溶存酸素量9mg/Lを溶存空気量に換算すると24?41ppmであるところ、前者の「インク収容体に収容されている」「インク組成物」の溶存空気量が「7ppm以上」であることから、前者の「インク組成物」と後者の「インク組成物」とは、インク収容体に収容されている状態でその溶存空気量が「24?41ppm」の範囲である点、すなわち「残存空気量」が「7ppm以上」である点においても一致するものといえる。
7 後者の「脱気工程」は、インク組成物を収納するインク容器とインク吐出ノズルとの間において行われるものであるから、脱気工程における溶存酸素量は、インク供給経路からヘッドへ供給される際の溶存酸素量といえる。そして、後者の脱気工程における溶存酸素量7mg/Lを溶存空気量に換算すると18?38ppmであるから、前者の「インク組成物」と後者の「インク組成物」とは、インク供給経路からヘッドへ供給される際の状態で、その溶存空気量が「18?30ppm」の範囲である点、すなわち「30ppm以下」である点においても一致するものといえる。

したがって、両者は、
「インク収容体に収容された非水系光硬化型インク組成物を、インク供給経路を介してヘッドへ供給し、該ヘッドから被記録媒体へ吐出するインクジェット記録方法であって、
前記非水系光硬化型インク組成物は、ラジカル重合性化合物を含み、表面張力が25mN/m以下であり、無機白色顔料をインク組成物の総質量の10質量%以上含むホワイトインクであり、
前記インク収容体に収容されている前記非水系光硬化型インク組成物は、溶存空気量が7ppm以上であり、
前記インク供給経路から前記ヘッドへ供給される際の前記非水系光硬化型インク組成物は溶存空気量が30ppm以下であり、
ヘッドは、非水系光硬化型インク組成物に圧力を付与する圧力室を有する、インクジェット記録方法。」
の点で一致し、以下の点で、相違する。

[相違点1]
本件補正発明が、「インク供給経路に循環機構を備え、前記循環機構を循環した非水系光硬化型インク組成物をヘッドへ供給」するものであるのに対し、引用発明1は、インク供給経路を備えることが明らかであるものの、当該インク供給経路に循環機構が備えるものであることが特定されていない点。

[相違点2]
本件補正発明の「ヘッド」が、「圧力室より下流に段差部を有する」のに対し、引用発明1の「インクジェット記録方法」が、上記3より、圧力室を有するヘッドのノズルからインクを吐出することが明らかであるものの、圧力室より下流に段差部を有するのか否か定かでない点。


第6 判断
上記各相違点について、以下、検討する。
1 [相違点1]について
本件補正発明における「インク供給経路」に備えられた「循環機構」とは、本願の明細書の【0091】?【0095】及び【図5】を参酌すると、ヘッドに供給したインクの一部をノズルから吐出することなくインク供給経路に戻す機構を指すことから、本件補正発明における「インク供給経路」に備えられた「循環機構」とは、ヘッドから吐出されなかったインクをインク供給経路に戻すための機構と解される。
ここで、インクジェット記録方法の技術分野において、白インクに用いられる顔料の沈降を防止するために、ヘッドからインクインクタンクへインクを戻すインク循環機構は、本願の優先日前に周知の技術手段である(例えば、特開2006-15267号公報(【0026】、【図5】参照。)。以下、「周知技術1」という。)。
引用発明は、Pigment White 6、18、21などの白色顔料を含有するインク組成物を吐出するインクジェット記録方法であるところ、顔料の沈降を防止するという課題が内在されているのは明らかであるから、引用発明に、前記周知技術1を適用し、インク供給経路に循環機構を備え、前記循環機構を循環した非水系光硬化型インク組成物をヘッドへ供給するものとし、上記相違点1に係る本件補正発明とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

2 [相違点2]について
インクジェット記録方法の技術分野において、ヘッドの圧力室の下流に段差部を設けることは、本願の優先日前に周知の技術手段である(例えば、特開2013-911号公報(【0018】参照。)。以下、「周知技術2」という。)。
そして、ヘッドの圧力室の下流に段差部を設けると、吐出圧力が段差部の先の吐出孔に集中し吐出性能が高まることはインクジェット記録方法の分野において技術常識といえる事項であって、インクジェット記録方法においては、吐出性能を高めることは内在されている課題といえるものであるから、引用発明においても内在される課題であるといえる。
してみると、引用発明に、前記周知技術2を適用し、圧力室より下流に段差部を有するものとし、上記相違点2に係る本件補正発明とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

そして、本件補正発明の発明特定事項によって奏される効果も、引用発明、上記周知技術1及び上記周知技術2から、当業者が予測し得る範囲内のものである。

以上のとおりであるから、本件補正発明は、引用発明、上記周知技術1及び上記周知技術2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3 請求人の主張について
請求人は、「本願発明1は、ヘッドが非水系光硬化型インク組成物に圧力を付与する圧力室を有し、該圧力室より下流に段差部を有するという、吐出不良の原因となりうると推察される構成を有するインクジェット記録方法であっても、安定してインク用組成物を吐出することができるという、出願時の技術水準から当業者が予測することのできない効果を有しています。この点、引用文献1、5及び10?12はもちろんのこと、その他の引用文献にも、このような技術的思想について記載や示唆は認められません。」(令和1年8月30日付け上申書3頁6?11行)と主張する。
しかし、インクジェット記録方法の分野において、インク流路内に設けられた段差部により、気泡の滞留が起こることは従来よりよく知られてきた課題であって、圧力室の下流に段差部を設けることにより、吐出性能が高まる反面、段差部に気泡の滞留の虞があることは、当業者であれば、当然認識し得ることである。
そうすると、引用発明において、前記周知技術2を適用するにあたり、当業者は、気泡の滞留が起こらないよう、当然、考慮する(例えば、ヘッドの構造や吐出態様等)といえる。
そうすると、圧力室の下流に段差部を設けることにより吐出不良となり得るインクジェット記録方法においても安定したインク組成物の吐出ができるという効果は、引用発明及び上記周知技術2から、当業者が予測し得る範囲内のものといえるから、上記請求人の主張は採用できない。


第7 むすび
以上のとおりであるから、本件補正発明(本件補正前の請求項3に係る発明)は、引用発明、上記周知技術1及び上記周知技術2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-05-21 
結審通知日 2020-05-22 
審決日 2020-06-02 
出願番号 特願2017-247343(P2017-247343)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村石 桂一  
特許庁審判長 尾崎 淳史
特許庁審判官 藤本 義仁
畑井 順一
発明の名称 インクジェット記録方法及びインクジェット記録装置  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 田中 克郎  

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