• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 1項3号刊行物記載  F04B
審判 一部無効 2項進歩性  F04B
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F04B
管理番号 1365611
審判番号 無効2019-800066  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-10-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-09-13 
確定日 2020-08-26 
事件の表示 上記当事者間の特許第4246975号発明「容量制御弁」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

令和元年9月13日 本件無効審判の請求
同年12月5日 審判事件答弁書
令和2年1月24日付け 審理事項通知書
同年2月21日 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年2月21日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年3月13日 口頭審理

第2 本件特許発明

特許第4246975号(以下「本件特許」という。)の請求項1に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下「本件特許発明」という。)。

「【請求項1】
バルブ部の開弁度を制御し制御された制御圧力流体を流して制御室内の流量又は圧力を制御する容量制御弁であって、前記バルブ部に設けられて第2連通路と連通する容量室と、前記容量室と連通する弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室と、前記弁室に連設されると共に検出連通路と連通する作動室と、前記作動室内に配置されて前記検出連通路からの吸入圧力が作用可能な受圧面積を有する作動面と、前記作動面と一体で前記弁室に移動自在に配置されて前記弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体と、前記弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、前記開弁連結部の前記受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部と、前記係合部を一端で保持すると共に前記容量室内に配置されて前記容量室内の作動流体圧力を有効受圧面積に受けて前記弁体を閉弁する方向へ付勢する感圧装置と、前記弁体に連結すると共にプランジャを有するソレノイドロッドを前記弁体の開閉方向へ作動されるソレノイド部とを具備することを特徴とする容量制御弁。」

第3 請求人の主張

請求人は、審判請求書及び口頭審理陳述要領書において、「特許第4246975号発明の特許請求の範囲の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする。
との審決を求める。」ことを請求の趣旨とし、甲1号証を提出して、次のような、無効理由1ないし無効理由3を主張する。

1.主張の概要

(1)新規性及び進歩性(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)についての無効理由(無効理由1)

本件特許発明は、甲1号証に記載された発明(以下「甲1発明1」という。)であって特許法第29条第1項第3号の発明に該当するから、本件特許発明に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
また、本件特許発明は、甲1発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件特許発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)新規性及び進歩性(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)についての無効理由(無効理由2)

本件特許発明は、甲1号証に記載された発明(以下「甲1発明2」という。)であって特許法第29条第1項第3号の発明に該当するから、本件特許発明に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
また、本件特許発明は、甲1発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件特許発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(3)サポート要件及び明確性要件(特許法第36条第6項第1及び2号)についての無効理由(無効理由3)

本件特許発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるか、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、本件特許発明に係る特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

2.証拠方法

請求人は、証拠方法として以下のものを提出した。
審判請求書と同時に、
(1)甲1号証:特開2001-132632号公報
口頭審理陳述要領書と同時に、
(2)甲2号証:平成20年8月25日付け拒絶理由通知書(特願2002-244198)

第4 被請求人の主張

1.主張の概要

(1)無効理由1について

本件特許発明は、甲1発明1ではなく、甲1発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものでなく、特許法第29条第2項の規定に違反してされたされたものでもない。
したがって、本件特許発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものではない。

(2)無効理由2について

本件特許発明は、甲1発明2ではなく、甲1発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものでなく、特許法第29条第2項の規定に違反してされたされたものでもない。
したがって、本件特許発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものではない。

(3)無効理由3について

本件特許発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであり、また、特許を受けようとする発明が明確であるから、本件特許発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1及び2号に規定する要件を満たしており、同法第123条第1項第4号に該当せず、無効とすべきものではない。

第5 甲1号証の記載事項

甲1号証には、「容量可変型圧縮機の制御弁」に関して、図面とともに次の事項が記載されている。

(1)「【0037】斜板の傾角制御に関与するクランク圧Pcを制御するためのクランク圧制御機構は、圧縮機ハウジング内に設けられた各種の通路27,28と、抜き側弁部V1、入れ側弁部V2及びソレノイド部V3からなる容量制御弁50とによって構成される。即ち、圧縮機ハウジングには、クランク室5と吸入室21とを接続する抽気通路27およびクランク室5と吐出室22とを接続する給気通路28が設けられている(但し、抽気通路27及び給気通路28は制御弁50近傍とクランク室5との間において共通化可能)。抽気通路27の途中には制御弁50の抜き側弁部V1が設けられ、給気通路28の途中には制御弁50の入れ側弁部V2が設けられている。」

(2)「【0039】(圧縮機の電子制御構成):図2に示すように、蒸発器43の近傍には温度センサ44が設置されている。この温度センサ44は蒸発器43の温度を検出し、その蒸発器温度情報を制御コンピュータCに提供する。この制御コンピュータCは車輌用空調装置の冷暖房に関する一切の制御を司る。制御コンピュータCの入力側には、温度センサ44の他に、車輌の室内温度を検出する室温センサ45、車輌の室内温度を設定するための室温設定器46、空調装置作動スイッチ47およびエンジンEの電子制御装置(ECU)が接続されている。他方、制御コンピュータCの出力側には、制御弁50のソレノイド部V3への通電を制御する駆動回路48が接続されている。制御コンピュータCは、温度センサ44から得られる蒸発器温度、室温センサ45から得られる車室内温度、室温設定器46によって設定された所望室温、空調装置作動スイッチ47のON/OFF設定状況およびECUからのエンジンEの起動・停止やエンジン回転数に関する情報等の外部情報に基づいて、ソレノイド部V3への適切な通電量を演算する。そして、その演算した電流値の電流を駆動回路38からソレノイド部V3に供給し、入れ側弁部V2の開度や抜き側弁部V1での設定吸入圧Psetを外部制御する。」

(3)「【0040】(容量制御弁):図2に示すように容量制御弁50は、その上部を占める抜き側弁部V1と、中間部を占める入れ側弁部V2と、下部を占めるソレノイド部V3とを備えている。抜き側弁部V1は、クランク室5と吸入室21とを繋ぐ抽気通路27の開度(絞り量)を任意調整可能である。入れ側弁部V2は、吐出室22とクランク室5とを繋ぐ給気通路28を主として開閉制御する。ソレノイド部V3は、制御弁50内に配設された作動ロッド80を外部からの通電制御に基づいて変位制御するための電磁アクチュエータである。ソレノイド部V3によって制御される作動ロッド80を介して、抜き側弁部V1と入れ側弁部V2とは、一方が実質的に閉じた状態にあるときに他方が全開状態又は任意開度に調節されるという具合に連係する。このため、かかる連係関係を有する抜き側弁部V1と入れ側弁部V2とを併設した制御弁は、「三方弁型制御弁」と呼ばれる。
【0041】容量制御弁50のバルブハウジング51は、抜き側弁部V1及び入れ側弁部V2の主な外郭を構成する上半部本体51aと、ソレノイド部V3の主な外郭を構成する下半部本体51bとから構成されている。バルブハウジングの上半部本体51aの中心にはその軸方向(図2の垂直方向)に延びるロッド挿通路52が形成され、そのロッド挿通路52内には作動ロッド80が軸方向に移動可能に配設されている。」

(4)「【0042】図2?図5に示すように、作動ロッド80は、先端部81、第1連結部82、隔絶部83、第2連結部84、入れ側弁体としての弁体部85および第3連結部(又は基端部)86からなる棒状部材である。いずれの部位81?86も横断面円形状であるが、部位によって径が異なる。即ち、作動ロッドの先端部81、隔絶部83、弁体部85及び第3連結部86はいずれも外径d1(軸直交断面積S1)で等しい。先端部81と隔絶部83とを連結する第1連結部82及び隔絶部83と弁体部85とを連結する第2連結部84は共に、前記d1よりも小さい外径d2(軸直交断面積S2)を有する。なお、弁体部85の外径については、前記d1よりもごく僅か(Δd1)だけ意図的に小さくする設計(つまり弁体部85の外径がd1-Δd1)も採り得る。作動ロッド80の各部の技術的意義については後述の説明で明らかとなる。
【0043】前記ロッド挿通路52は、作動ロッドの第1連結部82、隔絶部83、第2連結部84及び弁体部85が配置され得る領域にわたって延びており、その内径は前記隔絶部83の外径d1に等しい。つまり、ロッド挿通路52内に配置された隔絶部83により、ロッド挿通路52は抜き側弁部V1側に位置する上部領域と、入れ側弁部V2側に位置する下部領域とに区分される。そして、隔絶部83は前記上下両領域を圧力的に隔絶しており、ロッド挿通路52の上部領域と下部領域とが隔絶部83に沿って連通することはない。」

(5)「【0044】図3は図2の抜き側弁部V1を拡大して示す。バルブハウジングの上半部本体51aの上部には調節体(アジャスタ)54が螺着され、その結果、上半部本体51a内には、通路室としての感圧室兼用の抜き側弁室53が区画形成されている。弁室53内には抜き側弁体61が配設されている。弁室53の下部を区画するバルブハウジングの内周壁はすり鉢形状をなし、そのすり鉢の傾斜面は、抜き側弁体61が着座する弁座55を提供する。図3に示すように弁体61が弁座55に着座するとき、両者の線接触部LCは環状周縁をなす。そして、弁体61と弁座55との環状線接触部LCを境界として、抜き側弁室53は、上部領域(クランク室側領域)53aと下部領域(吸入室側領域)53bとに区分することができる。
【0045】図3及び図4に示すように、弁室53の底部中央には、弁室53とロッド挿通路52の上部領域とを連通させる中間ポート56が形成されている。この中間ポート56は、ロッド挿通路52の上端とみなすこともできるが、作動ロッドの先端部81と協働して絞り(通過断面積の小さい通路)を構成するという特別な役目をも担うポートである。即ち、中間ポート56の内径は、前記作動ロッドの先端部81の外径d1(=ロッド挿通路52の内径)よりも僅か(Δd2)に大きく設定されている(即ちd1+Δd2)。このため、主として弁室53内に常駐する作動ロッドの先端部81は、作動ロッド80の垂直移動に応じて中間ポート56に進入離脱可能となっている。そして、図3に示すように先端部81が中間ポート56に進入しているときには、両者間に僅かな隙間(Δd2、図示せず、サイドクリアランスと呼ぶ)が確保され、これが後ほど説明するような絞りとして機能する。
【0046】図2及び図3に示すように、抜き側弁室53を区画するバルブハウジングの周壁には、複数の導入ポート57が設けられている。各導入ポート57及び抽気通路の上流部27aを介して、抜き側弁室53はクランク室5に連通されている。抽気通路の上流部27a及び導入ポート57は、クランク圧Pcを弁室の上部領域53aに導くための検圧通路でもある。又、ロッド挿通路52の上部領域を取り囲むバルブハウジングの周壁には、半径方向に延びる複数の導出ポート58が設けられている。各導出ポート58及び抽気通路の下流部27bを介して、吸入室21はロッド挿通路52の上部領域及び中間ポート56に連通されている。故に、中間ポート56が全開状態にあるとき(図4参照)には明らかに、弁室の下部領域53bには吸入圧Psが及ぶ。このように、導入ポート57、抜き側弁室53(上部領域及び下部領域)、中間ポート56、ロッド挿通路52の上部領域並びに導出ポート58は、抜き側弁部V1内においてクランク室5と吸入室21とを結ぶ抽気通路27の一部を構成している。」

(6)「【0047】図3に示すように、弁室の上部領域53aには、クランク圧Pcに感応して伸縮変位可能な感圧部材としてのベローズ60が配設されている。ベローズ60の上端部は調節体54に固定され、当該上端部が固定端となり下端部が可動端となっている。ベローズ60の内部空間は真空又は減圧状態にされると共に、その内部には伸張バネ60aが配設されている。伸張バネ60aは、調節体54を支座としてベローズ60の下端部(可動端)を伸張方向(下方向)に付勢する。そして、ベローズ60の可動端は前記抜き側弁体61に一体化されている。当該可動端が抜き側弁体61となっていると理解してもよい。抜き側弁体61が弁座55に着座することで前記抽気通路27の連通が遮断される。
【0048】抜き側弁体61には、中間ポート56に向かって開口する凹部63が形成されており、該凹部63には、作動ロッドの先端部81が相対摺動自在に遊嵌されている。凹部63は、作動ロッド先端部81の先端面(天頂面)と対向する底面64と、作動ロッド先端部81の外周面と対向する内周側面65とを有している。凹部の底面64は、作動ロッド80の配置に応じてその先端部81の先端面による面接触を受ける。凹部の内周側面65は、作動ロッド先端部81の外周面と部分的に摺接して相互にガイドし合う関係にあるが、凹部63の内径は、作動ロッド先端部81の外径d1よりも少し(Δd3)だけ大きく設定されている(即ちd1+Δd3)。つまり、作動ロッド先端部81の外周面と凹部の内側周面との間には隙間(Δd3)が確保されている。但し、その隙間(Δd3)は、作動ロッド先端部81が中間ポート56に進入してできる前記隙間(Δd2)よりも明らかに大きい(Δd2<Δd3)。
【0049】更に抜き側弁体61には、内部通路66が形成されている。この内部通路66は、弁体61内を主に径方向に貫通して弁体61の側面に開口すると共に、弁体61の中心域で垂直方向にも延びて前記凹部の底面64に開口している。この内部通路66は、抜き側弁室の上部領域53aと凹部63内とを連通させるものであるが、凹部の底面64が作動ロッド先端部81の先端面による当接を受けている場合には前記連通が遮断される構造となっている。即ち、抜き側弁体61が弁座55に着座することで弁体と弁座との隙間を経由しての弁室の上部領域53aと下部領域53bとの連通が遮断された場合でも、作動ロッド先端部81によって内部通路66の前記底面側開口が閉塞されない限り、弁体内経路(即ち内部通路66並びに凹部の底面64及び内周側面65に沿った経路)を経由して、弁室の上部領域53aと下部領域53bとの連通が確保される。後ほど説明するように、この弁体内経路は、弁体と弁座との間を経由する本来の抽気通路と併存するものではなく、両者は選択的に開放される。」

(7)「【0050】図2及び図4に示すように、入れ側弁部V2は、ロッド挿通路52の下部領域の他に、バルブハウジングの上半部本体51a内に区画形成された入れ側弁室70を備えている。入れ側弁室70はロッド挿通路52の直下に配置されて該ロッド挿通路の下部領域と連通可能となっている。入れ側弁室70の内径はロッド挿通路52の内径d1よりも明らかに大きい。入れ側弁室70の底壁は後記固定鉄心72の上端面によって提供される。ロッド挿通路52の下部領域を取り囲むバルブハウジングの周壁には、半径方向に延びる複数の導入ポート67が設けられている。ロッド挿通路52の下部領域は、各導入ポート67及び給気通路の上流部28aを介して吐出室22と連通する。又、入れ側弁室70を取り囲むバルブハウジングの周壁には、半径方向に延びる複数の導出ポート68が設けられている。各導出ポート68は、抽気通路の下流部28b(審決注:「抽気通路の下流部28b」は、正しくは「給気通路の下流部28b」と記載すべきものを誤記したものと認める。)を介して入れ側弁室70をクランク室5に連通させる。即ち、導入ポート67、ロッド挿通路52の下部領域、入れ側弁室70及び導出ポート68は、入れ側弁部V2内において吐出室22とクランク室5とを連通させる給気通路28の一部を構成する。又、入れ側弁室70には、導出ポート68を介してクランク圧Pcが及んでいる。
【0051】図2に示すように、入れ側弁室70内には作動ロッド80の弁体部85が配置される。作動ロッド80が図2の状態から上動されると、図4に示すように弁体部85がロッド挿通路52の下部領域に進入し該挿通路52を塞ぐ。故に、作動ロッドの弁体部85は、ロッド挿通路52の下部領域を選択的に開放・閉塞することで給気通路28を実質的に開閉可能な入れ側弁体として機能する。この入れ側弁部V2では明確に弁座となるべきものは特段必要なく、ロッド挿通路52の下部領域が弁体部85によって閉塞される弁孔の役目を果たす。
【0052】弁体部85の外径とロッド挿通路52の内径とを一致させる設計の場合には、この入れ側弁部V2は完全な開閉弁として機能する。他方、前述のように弁体部85の外径をロッド挿通路52の内径よりも若干小さくし、(d1-Δd1)とする設計もあり得る。この場合には、図4のように弁体部85がロッド挿通路52の下部領域に進入しても、厳密に言えばロッド挿通路52は完全には閉じていない。しかし、進入前のロッド挿通路52の連通断面積に比して進入後の連通断面積は大きく絞られるため、その進入動作によって入れ側弁部V2が実質的に閉じられると理解してよい。そして、その進入時には、ロッド挿通路52の内径と弁体部85の外径との差Δd1に相当する絞りがロッド挿通路52の下部領域(つまり給気通路28の途中)に出現することになる。この入れ側弁部V2に出現した絞りは、抜き側弁部V1が実質的な作動状態にあるときにおいて、いわゆるブローバイガスの不足を補うための補助給気通路として機能し得る。ちなみに、ブローバイガスとは、ピストン18の圧縮動作に伴いピストン18の周囲からクランク室5に漏洩してくる冷媒ガスを指し、旧来より抜き側制御におけるクランク圧Pcの昇圧要素として有効利用されている。一般的にブローバイガスの供給は不安定なため、抜き側弁部V1の作動時(即ち入れ側弁部V2の実質的な閉弁時)に、入れ側弁部V2がブローバイガスの不足を補うための補助給気通路として働くことは極めて好ましい。」

(8)「【0053】図2に示すように、ソレノイド部V3は、有底円筒状の収容筒71を備えている。収容筒71の上部には固定鉄心72が嵌合され、この嵌合により収容筒71内にはソレノイド室73が区画されている。ソレノイド室73には、プランジャとしての可動鉄心74が垂直方向に移動可能に収容されている。固定鉄心72の中心には、作動ロッド80の第3連結部86が垂直方向に移動可能に配置されている。第3連結部86の上端は弁体部85となっている。第3連結部86の下端は、ソレノイド室73内にあって可動鉄心74の中心に貫設された孔に嵌合されると共にかしめにより嵌着固定されている。従って、可動鉄心74と作動ロッド80とは一体となって上下動する。なお、固定鉄心72の中心に形成されたロッド挿通路の内周面と、作動ロッドの第3連結部86の外周面との間には僅かに隙間(図示略)が確保されており、この隙間を介して入れ側弁室70とソレノイド室73とは連通している。従って、本実施形態では、ソレノイド室73にもクランク圧Pcが及んでいる。
【0054】固定鉄心72と可動鉄心74との間には、戻しバネ75が配設されている。戻しバネ75は、可動鉄心74を固定鉄心72から離間させる方向に作用して可動鉄心74及び作動ロッド80を下方に付勢するため、可動鉄心74及び作動ロッド80を図2に示す最下動位置(非通電時の初期位置)に戻すための初期化手段として機能する。
【0055】固定鉄心72及び可動鉄心74の周囲には、これら鉄心72,74を跨ぐ範囲においてコイル76が巻回されている。このコイル76には制御コンピュータCの指令に基づき駆動回路48から所定の電流が供給され、コイル76はその供給電流量Iに応じた大きさの電磁力を発生する。その電磁力によって可動鉄心74が固定鉄心72に向かって吸引され作動ロッド80が上動する。それ故、制御弁50内での作動ロッド80の相対配置はコイル76への通電量Iに影響される。コイル76への通電がない場合には、戻しバネ75の作用により作動ロッド80は図2の最下動位置(初期位置)に配置される。このとき作動ロッド80は、その先端部81が抜き側弁体凹部の底面64から離れて抜き側弁体61との作動連結関係を解除すると共に、弁体部85がロッド挿通路52の下部領域から離脱した状態となる(図2及び図3参照)。つまり、抜き側弁部V1は抜き側弁体61が弁座55に着座した閉状態に陥る一方、入れ側弁部V2は全開状態となる。
【0056】他方、コイル76に対して通電制御範囲の最小電流値の通電があれば、それに基づいて発生する電磁付勢力(上向き)が戻しバネ75の下向き付勢力を凌駕し、作動ロッド80は、その弁体部85がロッド挿通路52の下部領域に進入すると共に、先端部81が抜き側弁体凹部の底面64に当接して抜き側弁体61を今まさに押し上げんとする位置まで上動される。このとき、入れ側弁部V2は完全閉状態(又は実質的な閉状態)に陥る。又、作動ロッドの先端部81が抜き側弁体61に当接することで、ベローズ60(バネ60aを含む)、抜き側弁体61、作動ロッド80及びソレノイド部V3間に作動連結関係が構築される。そして、その作動連結機構を構成している各要素の力学的相互関係に基づいて、抜き側弁室53内での抜き側弁体61の配置(つまり弁体61と弁座55との離間長)が決まり、それに応じて抜き側弁部V1の開度が決定される。つまり、ソレノイド部V3によって調節される電磁付勢力は、感圧室兼用の弁室53内に設けられた感圧機構全体(60,60a)のバネ力に対向して抜き側弁部V1の設定吸入圧Psetを変化させる。換言すれば、コイル76への通電時には、抜き側弁部V1は、外部からの通電量制御に基づいて設定吸入圧Psetを変更可能な設定圧可変型の抜き側制御弁として機能する。」

(9)「【0061】
【数2】(省略)
前記数1式から数2式に整理する過程で、+Ps・S2項と、-Ps・S2項とが相殺された。このことは、第1連結部82の周囲に及んでいる吸入圧Psが作動ロッド80に及ぼす影響は、第1連結部82の断面積S2に依存しないことを意味する。又、前記整理過程で、-Pd(S1-S2)項と、+Pd(S1-S2)項とが相殺された。このことは、第2連結部84の周囲に及んでいる吐出圧Pdが作動ロッドに及ぼす影響は、隔絶部及び弁体部の断面積S1並びに第2連結部84の断面積S2にかかわらず常にキャンセルされることを意味する。かかる次第で数2式には、断面積S2及び吐出圧Pdは含まれていない。」

(10)「【0082】(別例)上記実施形態を以下のように変更してもよい。
〇 図2?図5の制御弁では、ソレノイド室73に入れ側弁室70と同じクランク圧Pcを導いていたことから前記数1式および数2式のような関係が成立すると共に、数2式から数3式を導く過程で、A≒B、且つ、S1<B(又はA+S1=B)の面積条件を必要とした。これに対し、前記制御弁においてソレノイド室73に導入する圧力をクランク圧Pcではなく吸入圧Psとすることで、より簡素で且つ制約の少ない面積条件でもって、Pcに依拠しない設定吸入圧可変型の制御弁を構成することができる。図6はそのような制御弁の概要を示す。図6の制御弁の構成から、次の数4式(前記数1式に対応する)が成立し、更にそれを整理すると数5式(前記数2式に対応する)が得られる。
【0083】
【数4】(省略)
【0084】
【数5】(省略)
前記数4式から数5式に整理する過程で、Pd,S1及びS2が好都合にも完全消去された。つまり図6の制御弁の動作は、吐出圧Pdやロッド各部の断面積S1及びS2に全く左右されない。更にこの制御弁において、A=Bの面積条件を満たすように、ベローズ60の有効面積Aと、弁体61によるシール面積Bとを設定することで、数5式中のPc(B-A)項はゼロとなる。故にこの面積条件に従えば数5式から数6式(前記数3式に対応する)が導かれる。
【0085】
【数6】
数6式において、f1,f2及びBは機械設計の段階で予め定められる定数値とみなし得る一方、電磁付勢力Fはコイルへの通電量Iの関数である。従って、図6の制御弁についても、図5の制御弁と同様、外部制御による設定吸入圧可変型の吸入圧感応の制御弁として機能する。尚、図6のようにソレノイド室73に吸入圧Psをもたらして作動ロッド80の下端部にPsを作用させる構成にすれば、面積条件がA=Bという簡素なものとなるのみならず、シール面積Bとロッド端部の有効受圧面積S1との大小関係に関する付帯条件が必要なくなるという点で制約が少ない。この別例において、BとS1との大小関係に関する付帯条件が存在しないのは、数6式の右辺の分母がBのみで表現され、Bは必ず正の値をとることによる。なお、図6の制御弁が図2?図5の制御弁と同様の作用及び効果を奏することは言うまでもない。」

(11)上記(7)の記載事項(特に【0051】及び【0052】)及び図2の図示内容からみて、ロッド挿通路52及び入れ側弁室70を弁体部85が開放・閉塞する部分は、弁孔用の弁座であるといえる。

(12)上記(6)の記載事項(特に【0048】及び【0049】)及び図3の図示内容からみて、抜き側弁体61に形成された内部通路66は、凹部の底面64に開口しており、当該底面64の開口の周囲の部分は、ドーナツのような形状、すなわち、環状であるといえるから、抜き側弁体61の凹部の底面64と先端部81の先端面(天頂面)とは、前記底面64の開口の周囲の部分を接合面とし、環状に接合するものといえ、そのような接合状態は、「連結する」ものといえる。
また、上記(8)の記載事項(特に【0055】)及び図3の図示内容からみて、先端部81が抜き側弁体凹部の底面64から離れて抜き側弁体61との作動連結関係を解除する状態は、「連結を離脱する」ものといえる。

上記(1)ないし(10)の記載事項、(11)及び(12)の認定事項並びに図面の図示内容を総合すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明1」及び「甲1発明2」という。)が記載されている。

なお、被請求人は、口頭審理陳述要領書(4ページ4行ないし21行)において,上記先端部81の先端面は、本件特許発明の「環状」には当たらず、先端部81の先端面(受圧面)に抜き側弁体61のいかなる部分も環状に接合することはない旨を主張するが、上記(12)で示したとおり、抜き側弁体61の凹部の底面64と先端部81の先端面(天頂面)とは、前記底面64の開口の周囲の部分を接合面とし、環状に接合するものといえるから、被請求人の上記主張は採用できない。

[甲1発明1]
「抜き側弁部V1及び入れ側弁部V2の開弁度を制御し制御された冷媒ガスを流してクランク室5内の流量又は圧力を制御する制御弁50であって、前記抜き側弁部V1に設けられて導入ポート57と連通する抜き側弁室53と、弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70と、導出ポート58と連通する、ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分と、前記ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分内に配置されて前記導出ポート58からの吸入圧Psが作用可能な受圧面積を有する先端部81の下部面及び隔絶部83の上部面と、前記先端部81の下部面及び隔絶部83の上部面と一体で前記ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70に移動自在に配置されて前記ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70を開放閉塞する弁体部85と、前記弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の前記先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61と、前記抜き側弁体61を可動端で一体化すると共に前記抜き側弁室53内に配置されてクランク圧Pcに感応して伸縮変位可能なベローズ60と、前記弁体部85に連結すると共に可動鉄心74を有する第3連結部86を前記弁体部85の開閉方向へ作動されるソレノイド部V3とを具備する制御弁50。」

[甲1発明2]
「抜き側弁部V1及び入れ側弁部V2の開弁度を制御し制御された冷媒ガスを流してクランク室5内の圧力を制御する制御弁50であって、前記抜き側弁部V1に設けられて導入ポート57と連通する抜き側弁室53と、弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70と、吸入圧Psが導入されるソレノイド室73と、前記ソレノイド室73内に配置されて前記吸入圧Psが作用可能な受圧面積S1を有する作動ロッド80の最下端部と、前記作動ロッド80の最下端部と一体で前記入れ側弁室70に移動自在に配置されて前記ロッド挿通路52の下部領域を開放閉塞する弁体部85と、前記弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の前記先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61と、前記弁体61を可動端で一体化すると共に前記抜き側弁室53内に配置されてクランク圧Pcに感応して伸縮変位可能なベローズ60と、前記弁体部85に連結すると共に可動鉄心74を有する第3連結部86を前記弁体部85の開閉方向へ作動されるソレノイド部V3とを具備する制御弁50。」

第6 当審の判断

1.無効理由1について

(1)本件特許発明との対比

本件特許発明と甲1発明1とを対比すると、後者の「抜き側弁部V1及び入れ側弁部V2」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、前者の「バルブ部」に相当し、後者の「抜き側弁部V1」もまた前者の「バルブ部」に相当するといえる。
以下同様に、「冷媒ガス」は「制御圧力流体」に、「クランク室5」は「制御室」に、「制御弁50」は「容量制御弁」に、「導入ポート57」は「第2連通路」に、「抜き側弁室53」は「容量室」に、「導入ポート67」は「第1連通路」に、「導出ポート58」は「検出連通路」に、「吸入圧Ps」は「吸入圧力」に、「先端部81の下部面及び隔絶部83の上部面」は「作動面」に、「可動端で一体化する」は「一端で保持する」に、「ベローズ60」は「感圧装置」に、「可動鉄心74」は「プランジャ」に、「第3連結部86」は「ソレノイドロッド」に、「ソレノイド部V3」は「ソレノイド部」に、それぞれ相当する。
後者の「弁体部85」は前者の「弁体」に相当し、後者の「ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70を開放閉塞する弁体部85」は、前者の「弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体」に相当する。
後者の「クランク圧Pcに感応して伸縮変位可能なベローズ60」は前者の「容量室内の作動流体圧力を有効受圧面積に受けて弁体を閉弁する方向へ付勢する感圧装置」に相当する。
「連通する」なる用語について、本件特許の明細書(以下「本件特許明細書」という。)及び甲1号証には、特段の説明がないことから、同用語はその文言どおり「連なって通じる」ことを意味する用語と解釈され、このような解釈は乙4の記載とも整合するものであり、また、後者の「ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70」は前者の「弁室」に対応するところ、後者の「弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70」と前者の「容量室と連通する弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室」とは、「弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室」という限りで一致する。
後者の「ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分」は前者の「作動室」に対応するところ、後者の「導出ポート58と連通する、ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分」と前者の「弁室に連設されると共に検出連通路と連通する作動室」とは、「検出連通路と連通する作動室」という限りで一致する。
後者の「弁体部85に一体で先端面を有する先端部81」は前者の「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部」に、後者の「抜き側弁体61」は前者の「係合部」に、おのおの対応するところ、後者の「弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61」と前者の「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、前記開弁連結部の前記受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部」とは、「弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材」という限りで一致する。

したがって、両者の間には、次の一致点及び相違点がある。

[一致点]
「バルブ部の開弁度を制御し制御された制御圧力流体を流して制御室内の流量又は圧力を制御する容量制御弁であって、前記バルブ部に設けられて第2連通路と連通する容量室と、弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室と、検出連通路と連通する作動室と、前記作動室内に配置されて前記検出連通路からの吸入圧力が作用可能な受圧面積を有する作動面と、前記作動面と一体で前記弁室に移動自在に配置されて前記弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体と、前記弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材と、前記他方の部材を一端で保持すると共に前記容量室内に配置されて前記容量室内の作動流体圧力を有効受圧面積に受ける感圧装置と、前記弁体に連結すると共にプランジャを有するソレノイドロッドを前記弁体の開閉方向へ作動されるソレノイド部とを具備する容量制御弁。」

[相違点1]
弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室と、検出連通路と連通する作動室について、本件特許発明は、「容量室(4)と連通する」弁孔(5)用の弁座(6A)を有する共に第1連通路(8)と連通する弁室(6)と、「前記弁室(6)に連設される」と共に検出連通路(10)と連通する作動室(7)と、を具備する(以下、「本件特許発明特定事項1」という。)のに対して、甲1発明1は、弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70と、導出ポート58と連通する、ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分を具備する(以下、「甲1発明1事項1」という。)点。

[相違点2]
弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材について、本件特許発明は、弁体に一体で「受圧面」を有する「開弁連結部」と、「前記開弁連結部の前記受圧面」に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき「前記受圧面」との連結を離脱する「係合部」と、を具備する(以下、「本件特許発明特定事項2」という。)のに対して、甲1発明1は、弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の前記先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61と、を具備する(以下、「甲1発明1事項2」という。)点。

(2)判断

ア 上記相違点1についての検討

本件特許発明の「容量室と連通する弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室」について、本件特許明細書の段落【0046】には、「更に、貫通孔には容量室4に連通して容量室4の径より小径の弁孔5が連設されている。更に又、貫通孔の区画には弁孔5に連通する弁孔5より大径の弁室6が設けられている。」と記載され、【0048】には、「更に、容量室4には、流入した制御圧力Pdの流体を図示省略の制御室(例えば、クランク室)へ流出させる第2連通路9が形成されている。・・・又、逆に、必要に応じて第2連通路9から第1連通路8へ制御圧力Pdの流体を導入することもできる。」と記載されていることを踏まえると、本件特許発明における、容量室と弁室とは、実質的に、容量制御弁の内部において、弁孔用の弁座を介して、制御圧力Pdの流体又は制御室圧力Pcの流体が流通可能な関係にあるものといえる。
このことは、また、本件特許の図1、3ないし5及び7ないし14における容量室4、弁孔5、弁室6、弁座6A、第1連通路8、第2連通路9に関する図示内容及び本件特許明細書の【0058】の「この場合は、制御圧力Pdが第1連通孔8(審決注:正しくは「第1連通路8」との記載を誤記したものと認める。)から弁孔5を通過して容量室4に流入し・・・」、【0064】の「この場合は、制御圧力Pdが第1連通孔8(審決注:正しくは「第1連通路8」との記載を誤記したものと認める。)から弁孔5を通過して容量室4に流入する容量は少なくなる。」等の記載にも裏付けられることである。
他方、甲1発明1に関して、甲1号証には、「・・・隔絶部83は前記上下両領域を圧力的に隔絶しており、ロッド挿通路52の上部領域と下部領域とが隔絶部83に沿って連通することはない。」(段落【0043】)、「図3及び図4に示すように、弁室53の底部中央には、弁室53とロッド挿通路52の上部領域とを連通させる中間ポート56が形成されている。・・・」(段落【0045】)と記載されているとおり、甲1発明1における、抜き側弁室53(ロッド挿通路52の上部領域と連通する)と、下部領域及び入れ側弁室70とは、容量制御弁の内部において、弁孔用の弁座(ロッド挿通路52及び入れ側弁室70を弁体部85が開放・閉塞する部分)を介して、吐出圧Pdの流体又はクランク圧Pcの流体が流通可能な関係にあるものではない。
ここで、「連設される」なる用語について、本件特許明細書には、特段の説明がないことから、同用語はその文言どおり「連なって設けられる」ことを意味する用語と解釈され、このような解釈は乙4の記載とも整合するものであるところ、甲1発明1に関して、甲1号証の図1及び図2には、ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分に、ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70が連なって設けられている様子が図示されている。
しかし、甲1発明1のロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70は、上記のとおり、容量制御弁1の内部において、抜き側弁室53とは、吐出圧Pdの流体又はクランク圧Pcの流体が流通可能な関係にあるものではないから、甲1号証の図1及び図2に下部領域及び入れ側弁室70が、ロッド挿通路52における第1連結部82の周囲部分に、連なって設けられている様子が図示されていることをもって、上記甲1発明1事項1と、上記本件特許発明特定事項1とが、技術的に同義であるとは到底いえない。
したがって、上記相違点1は実質的なものである。
また、甲1号証には、上記のとおり、「・・・隔絶部83は前記上下両領域を圧力的に隔絶しており、ロッド挿通路52の上部領域と下部領域とが隔絶部83に沿って連通することはない。」(段落【0043】)との記載があり、また、抜き側弁室53とロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70との間で流体の往来が可能となることは記載も示唆もされていないから、甲1発明1において、上記甲1発明1事項1を、上記本件特許発明特定事項1に変更することは、そもそも、その動機付けがなく、むしろそのような変更を阻害する要因があるから、当業者が容易になし得たことではない。

請求人は、口頭審理陳述要領書(7ページ1ないし11行)において概略、次のような根拠を示し、上記相違点1に係る本件特許発明の構成(上記本件特許発明特定事項1)が、甲1号証に記載されている旨を主張するが、以下のとおり、採用できない。

[主張A]
「『連通』の意義に関しては、・・・『作動室と弁室とが連通することが記載されており、この場合、連通路等の手段を介して、作動室側の流体と弁室側の流体とが互いに往来可能な状態が想定される』と記載されている(甲2)。
したがって、容量制御弁の分野において『連通』とは、『連通路等の手段を介して、流体が互いに往来可能な状態』を意味するものと言える。
かかる意味からすれば、引用発明1にかかる容量制御弁において、入れ側弁室70と抜き側弁室53は、27aないし28bを介して、吸入室圧Pcの流体が往来可能になっているのであるから、これら両室は、当然に『連通』していると言える。」

上記[主張A]について検討する。
甲1号証の段落【0046】、【0050】の記載及び図2の図示内容からみて、抜き側弁室53が、抽気通路の上流部27aによりクランク室5と連通しており、入れ側弁室70は、給気通路28の下流部28bによりクランク室5と連通している構造が把握されるといえる。
ゆえに、甲1号証の図2に図示される、甲1発明1の制御弁50を備えたものは、かかる構造、すなわち、抜き側弁室53と、入れ側弁室70とを、抽気通路27と給気通路28という、制御弁50に接続された2本の通路及びクランク室5を介して連通する構造により、クランク室5のクランク圧Pcを上昇させる場合、吐出室22の吐出圧Pdを給気通路28を介してクランク室5に作用させるとともに、クランク室5のクランク圧Pcを下降させる場合、クランク室5のクランク圧Pcを抽気通路27を介して吸入室21に作用させるという機能を有するものと解される。
他方、本件特許発明の「容量制御弁」は、その「弁室」が、「容量室と連通する弁孔用の弁座を有する」もの、すなわち、「容量室」と「弁室」とを、当該「弁室」が有する「弁座」の弁孔を介して連通するという構造を有するものであり、弁室に導入した吐出圧力Pdを、容量室を通じて制御室(クランク室)55に作用させるという機能を有するものである。
そうすると、甲1発明1の制御弁50を備えたものにおける「抜き側弁室53」と、「入れ側弁室70」とを「連通する」構造及び有する機能と、本件特許発明における「容量室」と「弁室」とを「連通する」構造及び有する機能とは、全く異なるものであり、これらを技術的に同視すべき証拠や技術常識も存在しない。
したがって、請求人の上記[主張A]は採用できない。

イ 上記相違点2についての検討

本件特許発明の「受圧面」について、本件特許発明は、いかなる圧力を受圧するものであるかについては、発明特定事項としていないが、本件特許明細書の段落【0050】の「開弁連結部30の端面には受圧面30Dが設けられている。・・・この摺動面30Bと案内面22Cとの接合した内周の開弁連結部30と係合部22Bの間は開放室32に形成されている。開弁連結部30の内部はテーパー面状に拡大した開放通路30Aが設けられており・・・又、弁体21の中心には、開放室32から開放通路30Aを介して作動室7と検出連通路10に連通する開放通路26が形成されている。この開放通路26により開放室32は負圧にならないようにできる。・・・」との記載及び図1及び図2の図示内容、段落【0070】の「・・・又、吸入圧力Psは常に開放通路26を介して受圧面30Dに作用している・・・」との記載、段落【0105】の「・・・この状態時には、吸入圧力Psが受圧面30Dと作動面23に対向して作用し、その力がキャンセルされる・・・」との記載からみて、本件特許発明の「受圧面」は、吸入圧Psが作用し得る面であるがことが理解できるが、クランク室圧力(制御室圧力)Pcや吐出圧力(制御圧力)Pdも作用し得る面である旨の記載は、本件特許明細書にはない。
他方、甲1発明1の「先端部81」の「先端面」は、甲1号証の段落【0046】の「・・・抽気通路の上流部27a及び導入ポート57は、クランク圧Pcを弁室の上部領域53aに導くための検圧通路でもある。・・・」との記載及び【0049】の「更に抜き側弁体61には、内部通路66が形成されている。この内部通路66は、弁体61内を主に径方向に貫通して弁体61の側面に開口すると共に、弁体61の中心域で垂直方向にも延びて前記凹部の底面64に開口している。この内部通路66は、抜き側弁室の上部領域53aと凹部63内とを連通させるものである・・・」との記載からみて、クランク圧Pcが作用し得る面であると認められる。
そうすると、本件特許発明の「受圧面」と、甲1発明1の「先端部81」の「先端面」とは作用する圧力が異なるものと解すべきであるから、甲1発明1の「先端面を有する先端部81」と、本件特許発明の「受圧面を有する開弁連結部」とは、単に表現が異なるものであって相当関係にある同様の構造のものでありその機能も同様のもの、ということはできない。
そして、上記のように作用する圧力が異なる甲1発明1の「先端部81の先端面」に「環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61」と、本件特許発明の「受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部」についても、単に表現が異なるものであって相当関係にある同様の構造のものでありその機能も同様のもの、ということはできない。
したがって、上記相違点2は実質的なものである。
また、甲1号証には、「先端部81」の「先端面」に、クランク圧Pcに代えて、または、クランク圧Pcに加えて、吸入圧Psを作用させることは記載も示唆もされていないから、甲1発明1において、上記甲1発明事項2を、上記本件特許発明特定事項2に変更することは、その動機付けがないから、当業者が容易になし得たことではない。

請求人は、口頭審理陳述要領書(4ページ7行ないし5ページ10行)において概略、次のような根拠を示し、上記相違点2に係る本件特許発明の構成が、甲1号証に記載されている旨を主張しているが、以下のとおり、採用できない。

[主張B]
「引用文献の段落【0089】には、『各請求項に記載の制御弁によれば、抜き側弁部を構成する抜き側弁体に作用する差圧(クランク圧Pcと吸入圧Psとの差圧)が、Pc/Psゲインの低下原因となることを根本的に解消することができるのみならず、抜き側弁部と入れ側弁部との連携を可能とする構成の採用とも相俟ってクランク圧Pcの制御性を向上させて圧縮機の吐出容量の可変制御性を格段に向上させる』(下線は請求人が付した。)というように、本件特許発明1と同様の効果が記載されている。
つまり、引用発明1にかかる制御弁の構成を採用することにより、本件特許発明と同様の効果を奏することが記載されているのである。

また、同文献の段落【0064】には、引用発明1にかかる制御弁も、非通電時には抜き側弁体と作動ロッドが離間することが記載されていることからして、引用発明1の『先端部』と『抜き側弁部』も、本件特許発明1の『開弁連結部』及び『係合部』と同様、Pcの制御性向上という効果の一翼を担っていることが理解できる。
加えて、引用発明1の『先端部』ないし『抜き側弁体』に関し、引用文献において明示されている機能が本件特許発明1における『開弁連結部』ないし『係合部』のそれと異なるとしても、両者は同様の構造(『先端部』が『抜き側弁体』の凹部に嵌合しているということ)を有している以上、結局のところ、ソレノイドをOFFにした場合に、『ソレノイドロッドを即時に引き抜いて、入れ側弁部を開弁できる』という作用効果も同じであり、技術的意義としても異ならないといえる。」

上記[主張B]について検討する。
まず、一般に、引用発明と本件発明との作用効果上の差異がないことのみを理由に、本件発明と引用発明が同一であるとは、直ちにはいえないことを踏まえると、仮に、上記甲1発明1事項2の有する技術的意義と上記本件特許発明特定事項2の有する技術的意義とが異ならないものだとしても、これのみをもって、上記甲1発明1事項2と本件特許発明特定事項2とが実質的に同じであるとはいえないから、上記[主張B]は、その前提において当を得たものではない。
そして、上記したとおり、本件特許発明の「受圧面」と、甲1発明1の「先端部81」の「先端面」とは作用する圧力が異なるものと解すべきであって、上記甲1発明1事項2と、上記本件特許発明特定事項2とは、単に表現が異なるものであって相当関係にある同様の構造のものでありその機能も同様のもの、ということはできないものである。
したがって、請求人の上記[主張B]は採用できない。

ウ まとめ

以上で検討したとおり、上記相違点1及び2は実質的な相違点であるから、本件特許発明は甲1発明1であるということはできない。
また、本件特許発明は、甲1発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2.無効理由2について

(1)本件特許発明との対比

本件特許発明と甲1発明2とを対比すると、後者の「抜き側弁部V1及び入れ側弁部V2」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、前者の「バルブ部」に相当し、後者の「抜き側弁部V1」もまた前者の「バルブ部」に相当するといえる。
以下同様に、「冷媒ガス」は「制御圧力流体」に、「クランク室5」は「制御室」に、「制御弁50」は「容量制御弁」に、「導入ポート57」は「第2連通路」に、「抜き側弁室53」は「容量室」に、「導入ポート67」は「第1連通路」に、「吸入圧Ps」は「吸入圧力」に、「可動端で一体化する」は「一端で保持する」に、「ベローズ60」は「感圧装置」に、「可動鉄心74」は「プランジャ」に、「第3連結部86」は「ソレノイドロッド」に、「ソレノイド部V3」は「ソレノイド部」に、それぞれ相当する。
後者の「弁体部85」は前者の「弁体」に相当し、後者の「ロッド挿通路52の下部領域を開放閉塞する弁体部85」は、前者の「弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体」に相当する。
後者の「クランク圧Pcに感応して伸縮変位可能なベローズ60」は前者の「容量室内の作動流体圧力を有効受圧面積に受けて弁体を閉弁する方向へ付勢する感圧装置」に相当する。
「連通する」なる用語は、上記1.(1)で示したように、「連なって通じる」ことを意味する用語と解釈され、また、後者の「ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70」は前者の「弁室」に対応するところ、後者の「弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70」と前者の「容量室と連通する弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室」とは、「弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室」という限りで一致する。
後者の「ソレノイド室73」は「吸入圧Psが導入される」ものであり、そのためのポートないし流路を有することが自明であり、上記「ソレノイド室73」は前者の「作動室」に対応するところ、後者の「吸入圧Psが導入されるソレノイド室73」と前者の「弁室に連設されると共に検出連通路と連通する作動室」とは、「検出連通路と連通する作動室」という限りで一致する。
そして、上記「検出連通路と連通する作動室」という限りで一致する、後者の「吸入圧Psが導入されるソレノイド室73」と前者の「弁室に連設されると共に検出連通路と連通する作動室」に関連して、後者の「前記ソレノイド室73内に配置されて前記吸入圧Psが作用可能な受圧面積S1を有する作動ロッド80の最下端部」は、前者の「前記作動室内に配置されて前記検出連通路からの吸入圧力が作用可能な受圧面積を有する作動面」に相当し、後者の「前記作動ロッド80の最下端部と一体で前記入れ側弁室70に移動自在に配置されて前記ロッド挿通路52の下部領域を開放閉塞する弁体部85」は、前者の「前記作動面と一体で前記弁室に移動自在に配置されて前記弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体」に相当する。
後者の「弁体部85に一体で先端面を有する先端部81」は前者の「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部」に、後者の「抜き側弁体61」は前者の「係合部」に、おのおの対応するところ、後者の「弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61」と前者の「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、前記開弁連結部の前記受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部」とは、「弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材」という限りで一致する。

したがって、両者の間には、次の一致点及び相違点がある。

[一致点]
「バルブ部の開弁度を制御し制御された制御圧力流体を流して制御室内の流量又は圧力を制御する容量制御弁であって、前記バルブ部に設けられて第2連通路と連通する容量室と、弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室と、検出連通路と連通する作動室と、前記作動室内に配置されて前記検出連通路からの吸入圧力が作用可能な受圧面積を有する作動面と、前記作動面と一体で前記弁室に移動自在に配置されて前記弁座と着脱自在な弁部面を有する弁体と、前記弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材と、前記他方の部材を一端で保持すると共に前記容量室内に配置されて前記容量室内の作動流体圧力を有効受圧面積に受ける感圧装置と、前記弁体に連結すると共にプランジャを有するソレノイドロッドを前記弁体の開閉方向へ作動されるソレノイド部とを具備する容量制御弁。」

[相違点1A]
弁孔用の弁座を有すると共に第1連通路と連通する弁室と、検出連通路と連通する作動室について、本件特許発明は、「容量室(4)と連通する」弁孔(5)用の弁座(6A)を有する共に第1連通路(8)と連通する弁室(6)と、「前記弁室(6)に連設される」と共に検出連通路(10)と連通する作動室(7)と、を具備する(以下、「本件特許発明特定事項1」という。)のに対して、甲1発明2は、弁孔用の弁座を有すると共に導入ポート67と連通するロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70と、吸入圧Psが導入されるソレノイド室73を具備する(以下、「甲1発明2事項1」という。)点。

[相違点2A]
弁体に一体で面を有する一方の部材と、前記一方の部材の前記面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記面との連結を離脱する他方の部材について、本件特許発明は、弁体に一体で「受圧面」を有する「開弁連結部」と、「前記開弁連結部の前記受圧面」に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき「前記受圧面」との連結を離脱する「係合部」と、を具備する(以下、「本件特許発明特定事項2」という。)のに対して、甲1発明2は、弁体部85に一体で先端面を有する先端部81と、前記先端部81の前記先端面に環状に接合して連結すると共に前記弁体部85が開弁するとき前記先端面との連結を離脱する抜き側弁体61と、を具備する(以下、「甲1発明2事項2」という。)点。

(2)判断

ア 上記相違点1Aについての検討

上記1.(2)アで示したように、本件特許発明における、容量室と弁室とは、実質的に、容量制御弁の内部において、弁孔用の弁座を介して、制御圧力Pdの流体又は制御室圧力Pcの流体が流通可能な関係にあるものといえる。
他方、甲1号証の記載(段落【0043】及び【0045】を参照)を踏まえると、甲1発明2における、抜き側弁室53(ロッド挿通路52の上部領域と連通する)と、下部領域及び入れ側弁室70とは、容量制御弁の内部において、弁孔用の弁座(ロッド挿通路52及び入れ側弁室70を弁体部85が開放・閉塞する部分)を介して、吐出圧Pdの流体又はクランク圧Pcの流体が流通可能な関係にあるものではない。
ここで、甲1発明2に関して、甲1号証の図6には、ソレノイド室73に、ロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70が連なって設けられている様子が図示されている。
しかし、甲1発明1のロッド挿通路52の下部領域及び入れ側弁室70は、上記のとおり、容量制御弁1の内部において、抜き側弁室53とは、吐出圧Pdの流体又はクランク圧Pcの流体が流通可能な関係にあるものではないから、甲1号証の図6の図示内容をもって、上記甲1発明2事項1と、上記本件特許発明特定事項1とが、技術的に同義であるとは到底いえない。
したがって、上記相違点1は実質的なものである。
また、甲1発明2についても、上記甲1発明2事項1を、上記本件特許発明特定事項1に変更することは、そもそも、その動機付けがなく、むしろそのような変更を阻害する要因があるから、当業者が容易になし得たことではない。

イ 上記相違点2Aについての検討

上記相違点2Aは、上記1.(1)で示した相違点2と同じであり、その判断は、上記1.(2)イで示した判断と同じである。

ウ まとめ

以上で検討したとおり、上記相違点1A及び相違点2Aは実質的な相違点であるから、本件特許発明は甲1発明2であるということはできない。
また、本件特許発明は、甲1発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

3.無効理由3について

無効理由3(審判請求書の21ページ2ないし11行)は、本件特許明細書の段落【0012】及び【0013】の記載によれば、本件特許発明は、開弁連結部が係合部から引き抜かれる構造であって、開弁連結部を相対移動させるときに係合部に対して摺動する構造を有するべきものであるが、請求項1における「開弁連結部」及び「係合部」について、上記構成が明確に特定されていないため、本件特許発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないか、または明確でない、というものである。

(1)そこでまず、本件特許発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるか否かについて検討する。
本件特許発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるか否か(特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否か)は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

ア 本件特許発明の課題
本件特許明細書には、従来技術が有していた、「容量制御弁では、制御室の圧力を急速に変更することが困難であるために、例えば、容量可変型圧縮機などではクラッチが必要となり、容量可変型圧縮機の構造が複雑化するからコストが上昇する」という問題点(段落【0008】を参照。)に対応した、本件特許発明の解決すべき課題として、「容量制御弁の圧力又は容量の制御を他の圧力に影響されずに正確に制御できるようにすると共に、作動負荷値が設定値を越えたときには即座に変更できるようにすること」が記載されている(段落【0009】を参照。)。

イ 本件特許発明の発明特定事項(本件特許の請求項1の記載)に関する本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載
本件特許発明は、上記アで示した課題を解決するための手段として、請求項1に記載された事項を発明特定事項としているものである。
これに関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、以下の記載がある。(下線は、当審にて付与。)
(ア)「【0012】
この請求項1に係わる本発明の容量制御弁では、吸入圧力Psで制御圧力を制御するときに、制御室の圧力を急速に変更する必要がある。例えば、作動中に設定値を変更するためにソレノイド部の電流を遮断する場合がある。本発明の容量制御弁はこのような場合にも対応した機能を発揮する。具体的には、作動中、制御弁体で吸入圧力Psにより通常の容量又は圧力制御を正確に作動させると共に、制御すべき流体圧力の負荷が上昇したとき等には外部からの指示に基づいて作動するソレノイド部により連結する開弁連結部を係合部から引き抜いて急速に開弁させることが可能になる。
【0013】
又、この開弁連結部は、感圧装置と弁体との間に設けられており、弁体が作動中は、ソレノイドに流れる電流値の大きさに応じたソレノイド部の力と作動流体圧力で作動する感圧装置の力と弁体の各面に作動する力とのバランスにより開弁連結部と係合部とが連結されながらバルブ部の開弁度を制御する。このとき、係合部と開弁連結部の摺動面が接合しながら一体に作動している。
そして、容量室内に配置されて開弁連結部と係合部との接合面は、図示省略の制御コンピュータにより指示されたソレノイド部により弁体が急速に開弁するとき、摺動可能に接合しているのみであるから、係合部から開弁連結部を開弁方向へ相対移動させることが極めて容易になる。その結果、急速に弁体を開弁して制御圧力流体を急速に制御室へ流出させて制御すべき制御室の容量又は圧力値を必要とする設定値に切り換えることが可能になる。」
(イ)「【0050】
図2に示すように、感圧装置22の一端には円筒状を成す係合部22Bが設けられている。係合部22Bの円筒状の内周には案内面22Cが設けられていると共に、底面に座面22Dが形成されている。
弁体21には、この係合部22Bの案内面22Cと嵌合する開弁連結部30が一端に設けられている。この開弁連結部30の外周は摺動面30Bに形成されている。この摺動面30Bは、断面積がAr1を成して受圧面を形成している。この摺動面30Bは案内面22Cと密接して摺動するように形成されている。又、開弁連結部30の端面には受圧面30Dが設けられている。この受圧面30Dは座面22Dと接合して連結するように形成されている。
そして、受圧面30Dは弁体21が急速開弁するときに座面22Dから離脱するように構成される。・・・
更に又、容量室4の流体圧力が開弁連結部30に作用しても、この力に対して打ち勝つ流体圧力を作用させることができる。このために、開弁連結部30を係合部22Bから急速に離脱させて弁体21を急速開弁できることになる。
・・・」
(ウ)「【0108】
【発明の効果】
請求項1に係わる本発明の容量制御弁によれば、開弁連結部と係合部との連結は、感圧装置と弁体との間に設けられており、弁体が作動中は、ソレノイドに流れる電流値の大きさに応じた力と作動流体圧力とのバランスによりバルブ部の開弁度を制御する。このとき、係合部の座面と開弁連結部の受圧面が接合して連結している。
そして、図示省略の制御コンピュータにより指示されたソレノイド部により弁体が急速に開弁するとき、係合部の座面と開弁連結部の受圧面とは互いに押圧されて接合した状態で連結しているから、この係合部と開弁連結部との連結も弁体の開弁速度に応じて離脱することが可能になる。その結果、急速に弁体を開弁して制御圧力を急速に制御室へ流出させて制御すべき制御室の容量又は圧力値を必要とする設定値に切り換えることが可能になる効果を奏する。」

ウ 以上によれば、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の上記記載に基づき、請求項1に記載のとおり「容量制御弁」が「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、前記開弁連結部の前記受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部」を具備することによって、上記課題が解決できることを認識することができるといえる。

なお、上記段落【0012】及び【0013】には、開弁連結部が係合部から引き抜かれる構造であって、開弁連結部を相対移動させるときに係合部に対して摺動する構造について記載されている。
しかし、本件特許明細書の段落【0043】ないし【0073】及び図1ないし9には、本件特許発明の第1ないし6の実施例が記載され、これらは「開弁連結部が係合部から引き抜かれる構造であって、開弁連結部を相対移動させるときに係合部に対して摺動する構造を有するもの」に対応する構成を有するといえる一方で、段落【0074】ないし【0089】及び図10ないし14には、本件特許発明の第7ないし9の実施例が記載され、これらは、「開弁連結部が係合部から引き抜かれる構造であって、開弁連結部を相対移動させるときに係合部に対して摺動する構造を有するもの」に対応する構成を有しないものであるところ、上記第1ないし6の実施例と第7ないし9の実施例は、いずれも、上記課題を解決したものとして説明されている。
そうすると、上記課題を解決するために、本件特許発明が「開弁連結部が係合部から引き抜かれる構造であって、開弁連結部を相対移動させるときに係合部に対して摺動する構造」や「開弁連結部を係合部に嵌合させる等の構成」を、発明特定事項とすべきものであるということはできないから、上記段落【0012】及び【0013】の記載は、本件特許発明が上記課題を解決できないものをも含むという根拠にはならない。

オ したがって、本件特許発明についての特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものとはいえない。

(2)次に、本件特許発明の「開弁連結部」及び「係合部」が明確であるか否かについて検討する。
本件特許発明の「開弁連結部」及び「係合部」は、請求項1において「弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、前記開弁連結部の前記受圧面に環状に接合して連結すると共に前記弁体が開弁するとき前記受圧面との連結を離脱する係合部」と記載されていることから、開弁連結部は「弁体に一体で受圧面を有する」ものであり、係合部は「開弁連結部の受圧面に環状に接合して連結すると共に弁体が開弁するとき受圧面との連結を離脱する」ものであることが明確にわかる。
また、本件特許明細書の段落【0043】ないし【0089】及び図1ないし14には、弁体に一体で受圧面を有する開弁連結部と、当該開弁連結部の受圧面に環状に接合して連結すると共に弁体が開弁するとき受圧面との連結を離脱する係合部について、具体的な説明も記載されている。
以上のことから、「開弁連結部」及び「係合部」は明確であるから、請求人の「開弁連結部」及び「係合部」が不明確であるという主張は採用することができず、本件特許発明についての特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものとはいえない。

4.小括

以上によれば、本件特許発明は、甲1発明1または甲1発明2ではないから、特許法第29条第1項3号の規定により特許を受けることができないものではなく、本件特許発明についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当しない。
また、本件特許発明は、甲1発明1または甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではなく、本件特許発明についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当しない。
したがって、本件特許発明に係る特許は、無効理由1及び2によって無効とすることはできない。
さらに、本件特許発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、かつ、明確であるから、特許法第123条第1項第4号に該当しないので、無効理由3によって無効とすることはできない。

第7 むすび

以上のとおり、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-06-25 
結審通知日 2020-06-30 
審決日 2020-07-14 
出願番号 特願2002-244198(P2002-244198)
審決分類 P 1 123・ 113- Y (F04B)
P 1 123・ 537- Y (F04B)
P 1 123・ 121- Y (F04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 柏原 郁昭  
特許庁審判長 金澤 俊郎
特許庁審判官 渡邊 豊英
北村 英隆
登録日 2009-01-16 
登録番号 特許第4246975号(P4246975)
発明の名称 容量制御弁  
代理人 特許業務法人インターブレイン  
代理人 天坂 康種  
代理人 小椋 正幸  
代理人 櫻井 義宏  
代理人 宍戸 充  
代理人 横井 康真  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ