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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A01N
管理番号 1366743
審判番号 不服2019-12865  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-09-27 
確定日 2020-10-01 
事件の表示 特願2017-512519「害虫防除製品、及び害虫防除方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年10月20日国際公開、WO2016/167209〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2016年4月11日(優先権主張 2015年4月14日、日本国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。
平成30年 6月28日付け 拒絶理由通知
平成30年10月23日 意見書提出・手続補正
平成30年11月26日付け 拒絶理由通知
平成31年 3月27日 意見書提出
令和 1年 7月 4日付け 拒絶査定
令和 1年 9月27日 審判請求・手続補正

第2 令和1年9月27日にされた手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
令和1年9月27日にされた手続補正を却下する。

[理由]
1 本件補正
令和1年9月27日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件補正前の請求項1である、
「30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであるピレスロイド系殺虫成分と、沸点が150?300℃であるグリコールエーテル系化合物と、水とを含有する水性殺虫剤組成物を蒸散させるための加熱蒸散用吸液芯を備えた害虫防除製品であって、
前記加熱蒸散用吸液芯は、連続気孔を有する焼成芯であり、
水性処方液をジエチレングリコールモノブチルエーテル40質量%水溶液とし、油性処方液を炭素数14の流動パラフィンとし、前記加熱蒸散用吸液芯の下部を前記水性処方液又は前記油性処方液に夫々浸漬した場合において、
前記水性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(1))、及び前記油性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(2))から求められる、前記加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.55?1.0の範囲である害虫防除製品。」を、

補正後の請求項1である、
「トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種のピレスロイド系殺虫成分と、ジエチレングリコールモノブチルエーテルと、水とを含有する水性殺虫剤組成物を蒸散させるための加熱蒸散用吸液芯を備えた害虫防除製品であって、
前記加熱蒸散用吸液芯は、無機質粉体としてムライトを含むとともに、連続気孔を有する焼成セラミック芯であり、
水性処方液をジエチレングリコールモノブチルエーテル40質量%水溶液とし、油性処方液を炭素数14の流動パラフィンとし、前記加熱蒸散用吸液芯の下部を前記水性処方液又は前記油性処方液に夫々浸漬した場合において、
前記水性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(1))、及び前記油性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(2))から求められる、前記加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である害虫防除製品。」
とする補正を含むものである。なお、下線は補正箇所を示す。

2 本件補正の適否

(1)補正の目的の適否
本件補正は、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要と認める事項である「ピレスロイド系殺虫成分」につき、「30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであるピレスロイド系殺虫成分」であったものを、補正後の請求項1においては、補正前の請求項3に記載されていた「トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種のピレスロイド系殺虫成分」に限定し、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要と認める事項である「グリコールエーテル系化合物」につき、「沸点が150?300℃であるグリコールエーテル系化合物」であったものを、補正後の請求項1においては、本願明細書の段落【0025】に記載されていた「ジエチレングリコールモノブチルエーテル」に限定し、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要と認める事項である「加熱蒸散用吸液芯」につき、「連続気孔を有する焼成芯」であったものを、補正後の請求項1においては、本願明細書の段落【0032】?【0033】に記載されていた「無機質粉体としてムライトを含むとともに、連続気孔を有する焼成セラミック芯」に限定すると共に、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要と認める事項である「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」につき、「0.55?1.0の範囲」であったものを、補正後の請求項1においては、補正前の請求項2に記載されていた「0.60?0.85の範囲」に限定するものである。
そして、その補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、補正後の請求項1についての補正は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2)独立特許要件について
そこで、本件補正後の上記請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)否かについて、以下検討する。

ア 本願補正発明
本願補正発明は、前記1において補正後の請求項1に係る発明として記載したとおりである。

イ 特許法第36条第4項第1号について

(ア)特許法第36条第4項第1号の判断の前提について
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」とし、その第1号で、「経済産業省令の定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。特許法第36条第4項第1号は、明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載がない場合には、明細書及び図面の記載及び当業者の技術常識に基づき、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要することなく、その物を製造することができ、かつ、使用できなければならないと解される。
よって、以下、この観点に立って、本願発明の実施可能要件について検討する。

(イ)発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
a「【0012】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、比較的蒸気圧が高いピレスロイド系殺虫成分を含有する薬液の蒸散に使用可能な加熱蒸散用吸液芯を備えた害虫防除製品において、加熱蒸散用吸液芯中における薬液の挙動に着目し、長時間に亘って安定した性能を発揮し続けることができる水性殺虫剤組成物に適用可能な害虫防除製品を提供することを目的とする。また、そのような害虫防除製品を用いた害虫防除方法を提供することを目的とする。」

b「【0025】
グリコールエーテル系化合物は、例えば、・・・ジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点:231℃、以降DEMB)、・・・ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル(沸点:210℃、以降DPMP)・・・等が挙げられる。・・・」

c「【0027】
本発明の害虫防除製品は、加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が適切な範囲となるように設定される。本発明において、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」とは、以下のように規定される吸液芯からの薬剤の蒸散性に関するパラメータである。先ず、水性処方液としてジエチレングリコールモノブチルエーテル40質量%水溶液、油性処方液として炭素数14の流動パラフィンを夫々調製する。次に、水性処方液又は油性処方液を適切な容器に夫々15mmの高さまで注入し、容器底面に全長約70mmの加熱蒸散用吸液芯を直立状態で載置することにより加熱蒸散用吸液芯の下部を各処方液に浸漬する。この状態で所定時間静置し、各処方液が加熱蒸散用吸液芯に吸収されて上昇した到達距離(mm)を計測する。到達距離(mm)の測定は、加熱蒸散用吸液芯の高さ20?60mmの範囲において、少なくとも三箇所を選択して経時的に実施する。加熱蒸散用吸液芯における処方液の到達距離の計測にあたっては、加熱蒸散用吸液芯の高さが25?60mm程度の位置が目視し易く、且つ吸液速度が安定しているので、到達距離がこの範囲内に含まれるように、加熱蒸散用吸液芯の素材に応じて少なくとも三箇所を経時的に設定すればよい。加熱蒸散用吸液芯の素材については後述するが、例えば、無機質紛体に有機物質及び無機質粘結剤を加えた混合物を600?2000℃で焼成してなる焼成芯の場合は3?15時間程度、保持材(芯材)の外周面に処方液を吸液揮散させるための繊維集合体(ポリエステル系繊維及び/又はポリアミド系繊維)(鞘材)を被覆してなる製紐芯の場合は5?15分程度の間で少なくとも三箇所の測定点を設けるのが適当である。
【0028】
測定が終わったら、縦軸を到達距離(mm)とし、横軸を経過時間(分又は時間)としたグラフに測定データをプロットし、各処方液について最小自乗法等によるフィッティング直線を引く。そして、水性処方液のフィッティング直線の勾配〔すなわち、水性処方液が加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(1))〕、及び油性処方液のフィッティング直線の勾配〔すなわち、油性処方液が加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(2))〕を夫々求め、両者の比率(V_(1)/V_(2))を加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率と定義する。
【0029】
蚊取リキッドは、加熱蒸散用吸液芯を処方液である殺虫剤組成物に浸漬し、吸液された殺虫剤組成物を加熱蒸散用吸液芯の上部に導き、60?130℃で加熱することにより殺虫剤組成物に含まれるピレスロイド系殺虫成分を大気中に蒸散させて害虫を防除するものである。蚊取リキッドの処方液として水性殺虫剤組成物(水性処方液)を使用した場合、加熱蒸散用吸液芯を水性処方液に浸漬すると、殺虫成分、界面活性剤、及び水の三成分のバランスを保ちながら水性処方液が加熱蒸散用吸液芯を上昇し、加熱蒸散用吸液芯の上部から空中に蒸散するのが理想的である。しかしながら、水性処方液の主成分であるジエチレングリコールモノブチルエーテルは、油性処方液の主成分である炭素数14の流動パラフィンと比べて加熱蒸散用吸液芯への浸透速度が遅いため、水性処方液に含まれる各成分間で浸透速度に差異が生じ、加熱蒸散用吸液芯の上部では浸透速度の速い成分が一般的に高濃度に存在するようになり、その成分の組成比率が相対的に高まっていくことが想定される。そして、このような現象は、加熱蒸散用吸液芯の材質、加熱蒸散用吸液芯と処方液との親和性、各成分の特性(蒸散性、粘性、親水性等)等に左右され、水性殺虫剤組成物では特に生じ易い。
【0030】
この点に関し、本発明者らがさらなる検討を行ったところ、ピレスロイド系殺虫成分として30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgである化合物を選択し、かつ沸点が150?300℃であるグリコールエーテル系化合物を含有する水性殺虫剤組成物を用いて加熱蒸散を行った場合、先に定義した加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.55?1.0の範囲、好ましくは0.60?0.85の範囲を満たす加熱蒸散用吸液芯を採用することによって、良好な蒸散性能と実用的な殺虫効力とを示すことを見出した。すなわち、上記範囲を満たす水性殺虫剤組成物と、上記範囲を満たす加熱蒸散用吸液芯とを組み合わせて害虫防除製品を構成すれば、加熱蒸散用吸液芯の性能を最大限に発揮することが可能となることが明らかとなった。」

d「【0031】
ところで、蚊取リキッドの加熱蒸散用吸液芯は、一般的な区分けによれば、焼成芯、製紐芯、粘結芯に大別されるが、本発明では、焼成芯又は製紐芯が好適に使用される。加熱蒸散用吸液芯として焼成芯又は製紐芯を使用する場合について、以下に説明する。なお、加熱蒸散用吸液芯の素材は、ピレスロイド系殺虫成分を含む水性殺虫剤組成物に対して安定で、且つ毛細管現象で水溶液を吸液可能なものであれば、特に限定されない。
【0032】
焼成芯は、(a)無機質粉体、(b)無機質粘結剤、及び(c)有機物質を含む混合物を600?2000℃で焼成することによって得られるが、(b)及び(c)の配合量が少なく、ほぼ無機質粉体のみから形成されるものをセラミック芯と称することがある。
【0033】
無機質粉体は、例えば、マイカ、アルミナ、シリカ、タルク、ムライト、コージライト、及びジルコニア等が挙げられる。これらのうち、マイカは、加熱蒸散用吸液芯に比較的均一な微細孔が生成できるため、好ましい材料である。上掲の無機質粉体は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。加熱蒸散用吸液芯における無機質粉体の含有量は、10?90質量%が好ましく、30?70質量%がより好ましい。無機質粉体の形状は、外観、吸液性、強度等の物性の点から、50メッシュ以下の微粉状が好ましい。ただし、加熱蒸散用吸液芯の製造工程において、粉砕処理を伴う場合は、この限りではない。
【0034】
無機質粘結剤は、例えば、クレー(カオリンクレー)、ベントナイト、ハロサイト等の各種粘土、タールピッチ、水ガラス等が挙げられる。これらのうち、クレーは、粘結作用性に優れているため、好ましい材料である。上掲の無機質粘結剤は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。加熱蒸散用吸液芯における無機質粘結剤の含有量は、5?50質量%が好ましく、10?40質量%がより好ましい。無機質粘結剤は、常温では粘結作用は乏しいが、600?2000℃で焼成することで十分な粘結作用を示すようになり、加熱蒸散用吸液芯として好適に使用可能となる。
【0035】
有機物質は、黒鉛、カーボンブラック、活性炭、木炭、及びコークス等の炭素質粉体、又はカルボキシメチルセルロース(CMC)、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂等の有機質粘結剤が挙げられる。これらのうち、黒鉛は、比較的形状が均一で不純物が少ないため、好ましい材料である。黒鉛等の炭素質紛体を配合すると、加熱蒸散用吸液芯の外観、色調、吸液性、強度等を改善することができる。上掲の炭素質粉体又は有機質粘結剤は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。加熱蒸散用吸液芯における有機物質の含有量は、5?40質量%が好ましい。この範囲であれば、加熱蒸散用吸液芯を焼成する過程で一酸化炭素又は二酸化炭素が発生することにより加熱蒸散用吸液芯中に連続気孔が生成し、毛細管現象によって吸液性能を示すのに十分な多孔質構造を形成することができる。
【0036】
なお、加熱蒸散用吸液芯には、上記物質の他に、防腐剤、4,4’-メチレンビス(2-メチル-6-t-ブチルフェノール)、ステアリル-β-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート等の酸化防止剤を適宜添加してもよい。」

e「【0043】
[実施例1]
トランスフルトリンを0.9質量%、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(DEMB)を50質量%、安定剤としてジブチルヒドロキシトルエン(BHT)を0.1質量%、及び精製水を49質量%配合し、水性殺虫剤組成物を調製した。
無機質粉体としてマイカ粉を55質量%、無機質粘結剤としてクレー粉を30質量%、有機物質として黒鉛を10質量%、有機質粘結剤としてカルボキシメチルセルロースを3質量%、澱粉を2質量%含む混合物に水を加えて混練し、混錬物を加圧しながら押出し、風乾した後1000℃で焼成し、加熱蒸散用吸液芯(直径7mm、長さ66mmの丸棒)を得た。この加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率は0.63であった。
水性殺虫剤組成物45mLをプラスチック製容器に充填し、中栓を介して加熱蒸散用吸液芯を装填し、これを加熱蒸散装置(例えば、特許第2926172号等に記載の装置、吸液芯上部の周囲に設置したリング状発熱体の設定温度は130℃)に取り付けて害虫防除製品(水性蚊取リキッド)を構成した。害虫防除製品を6畳の部屋(25m^(3))の中央に置き、1日あたり12時間通電して使用したところ、60日間(約700時間)に亘って蚊に刺咬されることがなかった。
【0044】
[実施例2?10、比較例1?6]
実施例2?10にかかる水性殺虫剤組成物及び加熱蒸散用吸液芯を実施例1に準じて調製し、これらを加熱蒸散装置に装填して夫々の害虫防除製品を構成し、効力確認試験を実施した。また、比較のため、比較例1?6にかかる水性殺虫剤組成物及び加熱蒸散用吸液芯を用いた害虫防除製品についても、同様の効力確認試験を実施した。各実施例及び比較例における水性殺虫剤組成物の組成及び加熱蒸散用吸液芯の配合を表1に示す。
【0045】
【表1】



(ウ)判断

a 本願補正発明は、比較的蒸気圧が高いピレスロイド系殺虫成分を含有する水性殺虫剤組成物を蒸散させるための「加熱蒸散用吸液芯」を備えた害虫防除製品であり、長時間に亘って安定した性能を発揮し続けることができる水性殺虫剤組成物に適用可能なもの(【0012】)である。
このような本願補正発明において、発明の詳細な説明の記載が、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるためには、当業者が、本願補正発明の害虫防除製品を生産することができ、かつ、使用することができるように、記載したものである必要がある。そして、生産することができるように記載したものであるというためには、本願補正発明の害虫防除製品を実際に製造することができるように記載されている必要があり、使用することができるように記載したものであるというためには、本願補正発明の害虫防除製品が長時間に亘って安定した性能を発揮し続けることができる水性殺虫剤組成物に適用可能なものであると当業者が理解できるように記載されている必要がある。
以下、この観点で、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本願補正発明の害虫防除製品を、生産することができるように記載したものであるといえるか、かつ、使用することができるように記載したものであるといえるかについて、検討する。

b 本願補正発明の害虫防除製品を生産することができるように記載したものであるかについて

(a)本願補正発明は、比較的蒸気圧が高いピレスロイド系殺虫成分を含有する水性殺虫剤組成物を蒸散させるための「加熱蒸散用吸液芯」を備えた害虫防除製品であり、当該「加熱蒸散用吸液芯」は、「無機質粉体としてムライトを含むとともに、連続気孔を有する焼成セラミック芯であり、水性処方液をジエチレングリコールモノブチルエーテル40質量%水溶液とし、油性処方液を炭素数14の流動パラフィンとし、前記加熱蒸散用吸液芯の下部を前記水性処方液又は前記油性処方液に夫々浸漬した場合において、前記水性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(1))、及び前記油性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(2))から求められる、前記加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」というものである。

本願補正発明は、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種のピレスロイド系殺虫成分と、ジエチレングリコールモノブチルエーテルと、水とを含有する水性殺虫剤組成物を用いて加熱蒸散を行った場合、当該「加熱蒸散用吸液芯」を用いることにより、良好な蒸散性能と実用的な殺虫効力とを示すことが見出された(【0030】)ものであることから、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、当該「加熱蒸散用吸液芯」を製造できるように記載したものであるか、検討する。

(b)本願補正発明の実施例の記載について

i 発明の詳細な説明には、「害虫防除製品」の実施例として、実施例8(【表1】【0045】)が記載されている。
この実施例8の「害虫防除製品」は、「水性殺虫剤組成物」における「グリコールエーテル系化合物」が、「DPMP」すなわち「ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル」(【0025】)であり、本願補正発明の「ジエチレングリコールモノブチルエーテル」とは異なるものである。
それ故、実施例8の「害虫防除製品」は、本願補正発明の「害虫防除製品」の実施例ではない。

ただし、当該実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」に着目すると、この欄に、「種類」「焼成セラミック」、「主な組成(質量%)」「ムライト 他」、「水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」「0.77」と記載されている。
それ故、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」は、ムライトを含む焼成セラミック芯で、加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が0.60?0.85の範囲のものであり、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」の発明特定事項を満たすものと理解される。
そこで、発明の詳細な説明の記載が、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」を製造できるように記載したものであるかを検討する際の、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」の実施例として、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」を以下検討する。

ii 実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」の「主な組成(質量%)」「ムライト 他」という記載から、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」の主な組成を構成する材料として、ムライトのみならず他の材料があることが分かる。
しかしながら、実施例8においては、ムライトをどのくらいの質量%使用し、主な組成を構成する「他」の材料として、何をどのくらいの質量%使用するのかについては、何ら記載されていない。

実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」の製造方法として、段落【0044】には「[実施例2?10・・]実施例2?10にかかる・・加熱蒸散用吸液芯を実施例1に準じて調製し・・」(審決注:下線は当審が付与。以下同様。)と記載されていることから、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」を製造するため、「実施例1に準じて調製し」ようとすると、前述のように、発明の詳細な説明には、「加熱蒸散用吸液芯」の主な組成を構成する材料として、ムライトをどのくらいの質量%使用し、主な組成を構成する「他」の材料として、何をどのくらいの質量%使用するのか記載されていないのみならず、「主な組成」‘以外’の材料(例えば、実施例1に記載の「有機質粘結剤としてカルボキシメチルセルロースを3質量%、澱粉を2質量%」)として、何をどのくらいの質量%で使用するのかについても、何ら記載されていない。
このように、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」を製造するため、「実施例1に準じて調製し」ようとしても、具体的に何をどのくらいの質量%で使用し「実施例1に準じて調製」すれば、【表1】の実施例8に記載の「水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」「0.77」の「加熱蒸散用吸液芯」を製造できるのか、不明であり、当業者は、実施例8の「加熱蒸散用吸液芯」を製造することはできない。

iii 実施例1?10が記載された【表1】(【0045】)をさらに検討し、実施例1及び実施例3に注目すると、実施例1及び実施例3の「加熱蒸散用吸液芯」の「主な組成(質量%)」は、共に「マイカ粉55 クレー粉30 黒鉛10他」と記載されており、同じ組成である。そして、実施例3の「加熱蒸散用吸液芯」の製造方法は、「[実施例2?10・・]実施例2?10にかかる・・加熱蒸散用吸液芯を実施例1に準じて調製し・・」(【0044】)との記載より、「実施例1に準じて調製」したものであり、実施例1及び実施例3の加熱蒸散用吸液芯は、同じ組成を用いて同じ調製方法により製造されたものと当業者には理解される。
しかしながら、【表1】(【0045】)に記載の、「水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」は、実施例1では「0.63」であるのに対し、実施例3では「0.92」であり、かなり異なっている。
このことから、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」において「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものを製造するには、「主な組成(質量%)」以外の要素も考慮する必要があると当業者には理解される。

(c)本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」に関する一般的な実施の態様の記載について

i 発明の詳細な説明における、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」に関する一般的な実施の態様の記載について検討すると、段落【0032】には、「焼成芯は、(a)無機質粉体、(b)無機質粘結剤、及び(c)有機物質を含む混合物を600?2000℃で焼成することによって得られるが、(b)及び(c)の配合量が少なく、ほぼ無機質粉体のみから形成されるものをセラミック芯と称することがある」と記載され、これに続く段落【0033】?【0035】には、焼成芯の主要な成分である、「(a)無機質粉体」、「(b)無機質粘結剤」及び「(c)有機物質」それぞれの、使用可能な種類及び含有量が記載されているにすぎず、さらに続く段落【0036】に、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」には、焼成芯の主要な成分である前記(a)?(c)の物質の他に、防腐剤、酸化防止剤を適宜添加してもよいことが記載されているにすぎない。

ii 本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ことについては、段落【0027】?【0030】に、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」の定義、並びに、「前記水性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(1))」及び「前記油性処方液が前記加熱蒸散用吸液芯を上昇する速度(V_(2))」の求め方が記載されているにとどまり、発明の詳細な説明には、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」をどのように製造すれば、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲」であるものを得ることができるのか、その製造方法に関する一般的な実施の態様の記載はなされていない。また、そのような製造方法が、本願優先日当時、当業者の技術常識であったとも認められない。

iii 「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」に関連する「加熱蒸散用吸液芯」の吸収性能に関し、段落【0035】には、「・・加熱蒸散用吸液芯における有機物質の含有量は、5?40質量%が好ましい。この範囲であれば、加熱蒸散用吸液芯を焼成する過程で一酸化炭素又は二酸化炭素が発生することにより加熱蒸散用吸液芯中に連続気孔が生成し、毛細管現象によって吸液性能を示すのに十分な多孔質構造を形成することができる。」と記載されている。
この記載より、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」の吸収性能は、「加熱蒸散用吸液芯」を焼成する過程で一酸化炭素又は二酸化炭素が発生することにより該吸液芯中に生成される連続気孔(多孔質構造)によって生じる毛細管現象によるものであると当業者には理解され、この毛細管現象に関係する、「加熱蒸散用吸液芯」の焼成過程における連続気孔(多孔質構造)の生成に影響を及ぼす要素(例えば、「(c)有機物質」の含有量等)は、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」に影響を及ぼすと当業者には理解される。
それ故、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものを製造するには、前記(b)iiiで述べた、「主な組成(質量%)」以外の要素として、「加熱蒸散用吸液芯」の焼成過程における連続気孔(多孔質構造)の生成に影響を及ぼす要素も考慮し、その要素を調整・制御等しつつ製造する必要があると当業者には理解される。

しかしながら、発明の詳細な説明には、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものの製造に際し、「主な組成(質量%)」以外の要素として、「加熱蒸散用吸液芯」の焼成過程における連続気孔(多孔質構造)の生成に影響を及ぼす要素をどのように調整・制御等すれば、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものを製造できるのかについては、何ら記載されていない。また、そのような製造方法が、本願優先日当時、当業者の技術常識であったとも認められない。

(d)以上(b)及び(c)より、本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」を製造するには、主な組成である「無機質粉体としてムライト」をどのくらい含み、それ以外の材料として何をどのくらい使用し、さらに「加熱蒸散用吸液芯」の焼成過程における連続気孔(多孔質構造)の生成に影響を及ぼす要素をどのように調整・制御等すれば、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものを製造できるのかについて、当業者は本願明細書に記載されていない様々な材料・要素・調整制御条件等を検討し、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))が、0.60?0.85の範囲である」ものを製造できるのか否かを確認する必要があり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものといえる。

(e)したがって、発明の詳細な説明は、当業者が本願補正発明の「加熱蒸散用吸液芯」を製造できるように記載したものであるとはいえないから、当該「加熱蒸散用吸液芯」を備えた、本願補正発明の「害虫防除製品」を生産することができるように記載したものであるということはできない。

(エ)独立特許要件のまとめ
したがって、本願補正発明の害虫防除製品を使用することができるように記載したものであるかについて検討するまでもなく、発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願補正発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、この出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

よって、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、請求項1についての補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないものである。

3 補正の却下の決定のむすび
以上のとおり、請求項1についての補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないものであるから、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について

1 本願発明
令和1年9月27日にされた手続補正は、上記第2に記載されたとおり却下されたので、この出願の発明は、平成30年10月23日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2 1に本件補正前の請求項1に係る発明として記載したとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、平成30年11月26日付け拒絶理由通知書に示された理由であり、その理由の概要は、この出願は、発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項1?5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり、発明の詳細な説明には、水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))と主要な成分の比率以外の要素との関係についての記載は見あたらず、焼成芯においてV_(1)/V_(2)を所望の値とするための材料や製造方法の選択方法が広く知られているともいえないから、当業者は、主要な成分の比率以外のどのような要素がどのように水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))に影響を与えるのかを理解することができないといえ、当業者は、所定の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))を示す吸液芯を作るには、通常の当業者の創作能力の範囲を超える過度な試行錯誤を要する、との指摘がなされたものである。

3 判断
本願発明は、前記第2 2(2)イで検討した本願補正発明における、「ピレスロイド系殺虫成分」について、「トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種のピレスロイド系殺虫成分」も含まれる「30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであるピレスロイド系殺虫成分」であり、「グリコールエーテル系化合物」について、「ジエチレングリコールモノブチルエーテル」も含まれる「沸点が150?300℃であるグリコールエーテル系化合物」であり、「加熱蒸散用吸液芯」について、「無機質粉体としてムライトを含むとともに、連続気孔を有する焼成セラミック芯」も含まれる「連続気孔を有する焼成芯」であると共に、「加熱蒸散用吸液芯の水性/油性吸液比率(V_(1)/V_(2))」について、「0.60?0.85の範囲」も含まれる「0.55?1.0の範囲」である発明であるから、本願補正発明を包含する発明である。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに発明特定事項を減縮したものに相当する本願補正発明について、前記第2 2(2)イに記載したとおり、この出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、前記第2 2(2)イ(ウ)b(b)iii及び(c)?(e)に示した事項も併せ考慮すると、本願発明のうち、本願補正発明以外の発明についても、本願補正発明と同様の理由により、この出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 むすび
以上のとおり、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-08-03 
結審通知日 2020-08-04 
審決日 2020-08-17 
出願番号 特願2017-512519(P2017-512519)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 吾一  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 齊藤 真由美
櫛引 智子
発明の名称 害虫防除製品、及び害虫防除方法  
代理人 沖中 仁  

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