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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01G
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
管理番号 1366964
異議申立番号 異議2019-700536  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-07-09 
確定日 2020-08-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6449592号発明「低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6449592号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕、〔6-13〕について訂正することを認める。 特許第6449592号の請求項1?5に係る特許を維持する。 特許第6449592号の請求項6?13に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6449592号(以下、「本件」という。)の請求項1?13に係る特許についての出願は、平成26年8月28日になされ、平成30年12月14日に特許権の設定登録がなされ、平成31年 1月 9日に特許掲載公報が発行された。
その後、本件の全請求項に係る特許に対し、特許異議申立人 安東和恭(以下「異議申立人」という。)より、令和 1年 7月 9日付けで特許異議の申立てがなされたものであり、その後の経緯は次のとおりである。

令和 1年 9月 2日付け 取消理由通知
同年11月29日付け 訂正請求書・意見書の提出
(特許権者)
同年12月18日付け 手続補正書(方式)
(特許権者)(訂正請求書について)
令和 2年 2月 5日付け 意見書の提出
(異議申立人)
同年 3月 4日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年 6月 1日付け 訂正請求書・意見書の提出
(特許権者)
なお、令和 1年11月29日付けの訂正請求については、令和 2年 6月 1日付けの訂正請求がなされたことにより、取り下げられたものとみなす。

第2 令和 2年 6月 1日付けの訂正請求について
1. 訂正の趣旨
本件の明細書、特許請求の範囲を本件の訂正請求書に添付した、訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5、および、6?13について訂正することを求める。

2. 訂正の内容
令和 2年 6月 1日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)?(25)のとおりである。(当審注:下線を付した部分が訂正箇所である。)

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(1.7-2.2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、
さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であることを特徴とする、低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」とあるのを、
「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり、
上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであり、
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」に訂正し、その結果として、請求項1を引用する請求項2?5も訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に、「であることを特徴とする」とあるのを、
「で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものであることを特徴とする」に訂正し、その結果として、請求項2を引用する請求項3?5も訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9を削除する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10を削除する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11を削除する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項12を削除する。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項13を削除する。

(11)訂正事項11
明細書段落【0011】に「すなわち本発明は以下のものである。」とあるのを、
「すなわち本発明は以下のものである。
(発明1)以下の一般式 (2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり、
上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであり、
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明2)さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものであることを特徴とする、発明1の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明3)発明1又は発明2の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
(発明4)発明3のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
(発明5)発明4のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。」に訂正する。

(12)訂正事項12
明細書段落【0012】の記載を削除する。

(13)訂正事項13
明細書段落【0015】の記載を削除する。

(14)訂正事項14
明細書段落【0019】の記載を削除する。

(15)訂正事項15
明細書段落【0020】の記載を削除する。

(16)訂正事項16
明細書段落【0021】の記載を削除する。

(17)訂正事項17
明細書段落【0022】の記載を削除する。

(18)訂正事項18
明細書段落【0025】の記載を削除する。

(19)訂正事項19
明細書段落【0029】の記載を削除する。

(20)訂正事項20
明細書段落【0030】の記載を削除する。

(21)訂正事項21
明細書段落【0031】の記載を削除する。

(22)訂正事項22
明細書段落【0032】の記載を削除する。

(23)訂正事項23
明細書段落【0033】の記載を削除する。

(24)訂正事項24
明細書段落【0034】の記載を削除する。

(25)訂正事項25
明細書段落【0036】に、「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(1.7-2.2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」とあるのを、
「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正する。

(26) 一群の請求項について
訂正前の請求項2?5は、請求項1を、直接的に又は間接的に、引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1?5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項7?13は、請求項6を引用するものであって、請求項6の訂正に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項6?13は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(27) 明細書の訂正と関係する請求項について
訂正事項11?25による明細書の訂正は、訂正事項1?2による請求項1?5の訂正と訂正事項3?10による請求項6?13の訂正とに伴って、特許請求の範囲と発明の詳細な説明との整合を図るための訂正であり、一群の請求項1?5の全てと一群の請求項6?13の全てとについてする訂正である。

3. 訂正の適否についての判断
(1) 訂正事項1
ア 訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の発明において、そのニッケルリチウム金属複合酸化物を表す一般式を、「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正するとの訂正事項(以下、「訂正事項1-1」という。)と、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度とAl濃度とLi濃度の各々の上限値は特定されていたものの、それらの濃度の測定条件が特定されていなかったところ、それらの濃度の測定条件を、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」ると特定するとの訂正事項(以下、「訂正事項1-2」という。)と、
その用途が特定されていなかったところ、その用途を、「リチウムイオン電池の正極活物質として用いられる」と特定するとの訂正事項(以下、「訂正事項1-3」という。)とからなっている。

イ 訂正事項1-1は、訂正前の請求項1では、「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(1.7-2.2) ・・・(2)」という一般式(2)と、「(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」とが整合していないとの記載不備があり、また、前記一般式(2)では、ニッケルリチウム金属複合酸化物の一般式はLiNiO_(2)で表されるとの技術常識とも整合しないとの記載不備があったため、明確ではなかったところ、ニッケルリチウム金属複合酸化物の一般式とただし書きとを、技術常識に基づいて、訂正するとの訂正事項であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ 訂正事項1-2は、訂正前の請求項1では、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度とAl濃度とLi濃度の各々の上限値は特定されていたものの、いずれの測定条件も特定されていなかったところ、それらの測定条件を、訂正前の明細書の段落【0068】、【0069】の記載に基づいて、特定していることから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

エ 訂正事項1-3は、訂正前の請求項1では、その用途が特定されていなかったところ、その用途を、訂正前の明細書の段落【0062】の記載に基づいて、特定していることから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

オ 上記ア?エの検討を踏まえると、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮と明瞭でない記載の釈明とを目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないといえる。

(2) 訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項2に係る低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の発明において、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のLi濃度の上限値は特定されていたものの、その測定条件は特定されていなかったところ、当該測定条件を、本件明細書の段落【0069】の記載に基づいて、特定していることから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3) 訂正事項3?10
訂正事項3?10は、訂正前の請求項6?13を削除するという訂正事項であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4) 訂正事項11?25
訂正事項11?25は、明細書の記載を、訂正事項1?10によって訂正される請求項1?13の記載と整合させようとする訂正事項であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、そして、上記(1)?(3)の検討によれば、訂正事項1?10による請求項1?13の訂正は、いずれも、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことから、訂正事項11?25による明細書の記載の訂正についても、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5) 独立特許要件について
本件の全請求項について特許異議の申立てがされたので、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の独立特許要件の規定の適用はない。

4. 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6?13〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり訂正することを認めるので、本件の特許請求の範囲の請求項1?13に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明13」ということがあり、これらを、まとめて、「本件発明」ということがある。)は、令和 2年 6月 1日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項により特定される、次のとおりのものであると認める。
なお、本件発明6?本件発明13は存在しないものとなった。

「【請求項1】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり、
上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであり、
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項2】
さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものであることを特徴とする、請求項1に記載の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
【請求項12】(削除)
【請求項13】(削除)」

第4 取消理由について
1 令和 2年 3月 4日付けの取消理由通知書(決定の予告)に記載された取消理由について
(1)取消理由の概要
令和1年12月18日付けの手続補正書(方式)により補正された同年11月29日付けの訂正請求書による請求項1?5、6、12、13に係る特許(なお、この項では、当該各請求項に係る発明を、それぞれ、本件発明1?5、6、12、13という。)に対して令和 2年 3月 4日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

なお、以下、本件発明1及び本件発明6における、「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であ」るとの発明特定事項を、「発明特定事項a」といい、
「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るとの発明特定事項を、「発明特定事項b」という。
また、本件発明2における、「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものである」との発明特定事項を、「発明特定事項c」という。
また、本件発明6における、原料混合物の「焼成工程において露点が0?70℃である湿潤雰囲気ガス中で昇温を開始し焼成後の冷却を開始する時点以前に焼成雰囲気を乾燥雰囲気ガスに切り替える」との発明特定事項を、「発明特定事項d」という。

ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア) 本件発明1と本件発明6は、いずれも、発明特定事項aと発明特定事項bとを備えており、それらの発明特定事項は、発明特定事項aの測定条件を発明特定事項bにて特定したという関係にあると認めるところ、水素イオン濃度とAl濃度とLi濃度の測定対象が、発明特定事項aにおいては、「その2gを100gの水に分散させた際の上澄」(以下、単に、「上澄」という。)と規定されているのに対し、発明特定事項bにおいては、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」(以下、単に、「濾液」という。)と規定されているため、当該測定対象が、発明特定事項aと発明特定事項bとにおいて、互いに、整合しておらず、発明特定事項aの測定条件を発明特定事項bにて明確に特定した記載にはなっていない。
してみると、本件発明1、本件発明6において、水素イオン濃度、Al濃度、Li濃度の測定方法について明確に把握することができない。
したがって、本件発明1?5、本件発明6、本件発明12、および、本件発明13に係る特許は、特許法第36条第6項第2項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(イ) 本件発明2は発明特定事項cを備えたものであるが、発明特定事項cには、「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で」あるという事項とともに、「上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものである」という事項とが特定されている、すなわち、Li濃度の測定対象を、上澄みにしたとの特定と、濾液にしたとの特定がされているところ、それらの特定の技術的な関係が明確でないため、発明特定事項cによって特定されている本件発明2が不明確となっている。
そして、本件発明2を直接的又は間接的に引用する本件発明3?5についても同様であるから、本件発明1?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(ウ) 本件発明2は本件発明1を引用して発明特定事項cを備えたものであるが、発明特定事項cにおける、Li濃度についての、「Li濃度が30ppm以下で」あるとの特定と、発明特定事項aによる「Li濃度が45ppm以下であ」るとの特定とが、いかなる関係にあるのかが、本件発明2では明確ではないし、また、発明特定事項cによる、Li濃度はICP発光分析にて測定したものであるとの特定と、発明特定事項bによる、ICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであるとの特定の関係も、本件発明2では明確ではない。
それらのため、本件発明1を引用する、本件発明2が不明確となっている。
そして、本件発明2を直接的又は間接的に引用する本件発明3?5についても同様であるから、本件発明2?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

イ 取消理由2(特許法第36条第6項第1号について)
比較例1において、例えば室温時の雰囲気中に水分が含まれている場合(以下、「比較例1’」という。)、室温から100℃くらいまでの間の昇温期間は露点が0?70℃である湿潤雰囲気ガス中で昇温を開始することに該当するから、「発明特定事項d」を備えることとなる。
ところが、技術常識に照らすと、比較例1’の製造方法で得られた、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、比較例1の製造方法により製造されたものと変わらないと認められる。
してみると、発明特定事項dを備えただけでは、必ずしも、発明の課題を解決できるとはいえない。
このため、本件発明6の「低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法」は、発明特定事項dを備えることを特徴とするものであるが、発明の詳細な説明に接した、当業者は、本件発明6によって上記課題を解決できることを認識できない。
以上を踏まえると、本件発明6は発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないし、本件発明6を引用する、本件発明12、13も、本件発明6と同様、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
したがって、本件発明6、12、13に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)取消理由についての判断
ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
令和 2年 6月 1日付け訂正請求書の訂正事項1及び2により訂正された本件発明1及び2は、令和 2年 3月 4日付けの取消理由通知書の判断対象となった上記本件発明1及び2と同じものである。
令和 2年 6月 1日付け意見書(特許権者)において、特許権者は下記のとおり主張する。
「リチウムイオン電池の正極活物質に関する技術分野では本件特許出願までに、次の操作をこの順で行う上記不純物の量・濃度の測定方法は確立し技術常識となっています。
・上記ニッケルリチウム金属複合酸化物を水に分散させる操作。
・得られた分散液に上澄を生成させる操作。
・上記上澄をより分けるための操作。
・濾液を取得する操作。
・水素イオン濃度,Al濃度,Li濃度の測定対象として上記濾液を用いる操作。」(第3頁第14?20行)
「要するに、上記『上澄』と上記『濾液』とは、呼び名は異なるものの、同じの、水素イオン濃度,Al濃度,Li濃度の測定対象物です。分離の前には分散液の上の澄んだ部分として観察できるので『上澄』と呼ばれ、分離の後には分離手段が濾過であるために『濾液』と呼ばれるにすぎません。」(第4頁第1?4行)

上記主張を踏まえて検討するに、リチウムイオン電池の正極活物質に関する技術分野において、「上澄」及び「濾液」は、正極活物質を分散した溶液中の不純物を測定するための一連の操作において、測定対象の溶液に対する、濾過前及び濾過後における呼び名であり、同じ測定対象であることは技術常識である。そうすると、上記主張は妥当であり、上澄と濾液が同じ測定対象物であることが当業者にとって明確であることが明らかになったので、上記(1)ア(ア)及び(イ)の取消理由は、理由がない。
また、そのため、上記(1)ア(ウ)に関して、発明特定事項cにおける、Li濃度についての、「Li濃度が30ppm以下で」あるとの特定と、発明特定事項aによる「Li濃度が45ppm以下であ」るとの特定との関係、及び、発明特定事項cによる、Li濃度はICP発光分析にて測定したものであるとの特定と、発明特定事項bによる、ICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであるとの特定の関係は、同じ測定対象物についての特定であることが当業者にとって明確であることが明らかになったので、上記(1)ア(ウ)の取消理由は、理由がない。
よって、取消理由1に理由はない。

イ 取消理由2(特許法第36条第6項第1号について)
訂正事項3?10により、請求項6?13は削除された。
したがって、取消理由2に理由はない。

(3)小括
以上のとおり、令和 2年 3月 4日付けの取消理由通知書(決定の予告)に記載された取消理由1?2は、いずれも理由がない。

2 令和 1年 9月 2日付けの取消理由通知書に記載された取消理由について
(1)取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?13に係る特許(なお、この項では、当該各請求項に係る発明を、それぞれ、本件発明1?12という。)に対して令和 1年 9月 2日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

以下、本件発明1および/または本件発明6における、
「以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】

(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」との発明特定事項を「発明特定事項a」といい、
「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、」との発明特定事項を「発明特定事項b」といい、
「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、」との発明特定事項を「発明特定事項c」といい、
「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下である」との発明特定事項を「発明特定事項d」という。
また、本件発明6における、
「原料混合物の焼成工程の少なくとも一部を、露点が0?70℃である湿潤雰囲気ガス中で行う」との発明特定事項を「発明特定事項e」という

ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア)発明特定事項aにおける一般式(2)中に「x」が記載されておらず、括弧書きにおける「0.90<x<1.10」の数値限定の意味が不明である。
また、一般式(2)のLiの原子数比は「1」であり、Ni、Co、Alの原子数比が総和で「1」に限定されていることからみれば、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」のOの原子数比が「1.7-2.2」の範囲で変動するとは認められない。
したがって、本件発明1、本件発明1を直接的又は間接的に引用する本件発明2?5、本件発明6、及び、本件発明6を直接的又は間接的に引用する本件発明7?13は明確でない。

(イ)発明特定事項b?dは、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を2gだけ100gの水に分散させた際、結果として得られる上澄の水素イオン濃度とAl濃度とLi濃度とにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を特定するものであるが、技術常識からみれば、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を2gだけ100g水に分散させた際、結果として得られる上澄の水素イオン濃度pHとAl濃度とLi濃度とは、水温や攪拌状態等の分散条件によっても変化するものと認められる。
すなわち、同一の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を2gだけ100gの水に分散させたとしても、水温や攪拌状態等の分散条件が特定されない場合、結果として得られる「上澄の水素イオン濃度」が「pHで11.7以下」となり、「上澄のAl濃度」が「2.5ppm未満」となり、「上澄のLi濃度」が「45ppm以下」となるか否かを一義的に判断することはできない。
すると、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を2gだけ100gの水に分散させることのみが特定され、水温や攪拌状態等の分散条件が特定されない発明特定事項b?dにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定したことにはならない。
したがって、本件発明1、本件発明1を直接的又は間接的に引用する本件発明2?5、本件発明6、及び、本件発明6を直接的又は間接的に引用する本件発明7?13は明確でない。

イ 取消理由2(特許法第36条第6項第1号について)
(ア)用途について
本件特許明細書の【0005】?【0009】によれば、本件発明は、LNCAOをリチウムイオン二次電池の正極活物質用とする場合に、当該正極活物質に残留するアルカリ性物質を低減し、電極製造や電池性能に有利な正極活物質を提供することと、より低コストで簡単な手段で低アルカリ性LNCAO系正極活物質を得ることとを発明が解決しようとする課題とするものである。
ところが、本件発明1においては、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池の正極活物質用であることが特定されていないから、本件発明1は、上記課題とは無関係の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」も包含するので、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。
本件発明1と同様に、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池の正極活物質用であることが特定されていない本件発明2、本件発明6、及び、本件発明6を直接的又は間接的に引用する本件発明7?13についても同様である。

(イ)課題解決の可否(「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成)について
本件特許明細書には、実施例1?12により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成が記載されていないから、本件実施例において、発明特定事項aで特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとはいえない。
このため、本件特許明細書の記載に接した当業者は、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が発明特定事項aを満たすことにより、課題を解決できることを認識できない。
また、本件実施例の工程からみれば、実施例1?12により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成は一種類のみであって、かつ、本件特許明細書には、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が発明特定事項aを満たすことにより上記課題を解決する際の機序が記載されるものでもない。してみれば、仮に、実施例1?12において、発明特定事項aで特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、実施例1?12により製造された一種類の組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」から、発明特定事項aで特定される全ての組成範囲の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に拡張ないし一般化して、課題を解決できることを認識できない。
したがって、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件発明1?13により、課題を解決できることを認識できない。

(ウ)課題解決の可否(「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法」)について
比較例1において、例えば、室温時の雰囲気中に水分が含まれていれば、室温から100℃くらいまで間の昇温期間が湿潤雰囲気である場合(以下、「比較例1’」という。)に該当し、発明特定事項eを備えることとなる。
また、実施例1と比較例1との間の雰囲気である、例えば、露点0℃の湿潤雰囲気中で行う焼成工程の少なくとも一部を行った場合(以下、「比較例1’’」という。)も、発明特定事項eを備えることとなる。
ところが、技術常識に照らすと、比較例1’や比較例1’’により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」は、比較例1により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」と変わらないと認められる。
また、本件特許明細書によれば、実施例8により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」は、発明特定事項b?cを備えていたものの、発明特定事項dを備えていなかったとされている。
上記検討を踏まえると、発明特定事項eを備えただけでは、必ずしも、発明特定事項a?dを備えたニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造できるとはいえない。
このため、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件発明6?13により、課題を解決できることを認識できない。

(2)取消理由についての判断
ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア)上記(1)ア(ア)について、訂正事項1により、本件発明1は、以下の一般式2で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなる低アルカリ性ニッケルリチウム複合酸化物粉体の発明となった。
「【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」
また、訂正事項3?10により、請求項6?13は削除された。
したがって、「x」の記載及び「Oの原子数比」に関する不備は解消され、上記(1)ア(ア)に係る取消理由は、理由がない。

(イ)上記(1)ア(イ)について、訂正事項1及び2によって、水素イオン濃度、Al濃度、Li濃度の測定条件が明確となった。
したがって、上記(1)ア(イ)に係る取消理由は、理由がない。

イ 取消理由2(特許法第36条第6項第1号について)
(ア)用途について
訂正事項1により、本件発明1は、「リチウムイオン電池の正極活物質として用いられる」という用途が特定されたものとなった。また、これにより、本件発明1を引用する本件発明2も、同様に用途が特定されたものとなった。
また、訂正事項3?10により、請求項6?13は削除された。
したがって、上記(1)イ(ア)に係る取消理由は、理由がない。

(イ)課題解決の可否(「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成)について
令和 1年11月29日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「請求項1,6に特定されたニッケルリチウム金属複合酸化物の組成は、本発明の課題とその解決手段に直接は関係がありません。技術常識に照らせば、請求項1,6に記載された一般式(2)は本願出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成を示しているに過ぎません。」(第5頁第10?13行)
「このような事情があるので、本発明の課題とその解決手段を理解するために、あるいは、本発明品と発明方法とを再現するために、本明細書に実施例,比較例,参考例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物の元素組成を分析した結果は不可欠ではありません。」(第6頁第14?17行)

上記主張を踏まえて検討するに、本件発明1及び6の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物が、LNCAO型正極活物質の標準的な組成であることは技術常識である。また、実施例1?12は本件発明の実施例である以上、実施例1?12におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は、本件発明1及び6の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物と解される。そうすると、上記主張は妥当であり、実施例1?12では本願出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成である一般式(2)で表される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されていることが、当業者にとって明確であることが明らかになった。
これを踏まえ、課題の解決について改めて検討するに、一般式(2)で表される組成は本願出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成であり、本件発明1は水に分散させた際の水素イオン濃度、Al濃度、Li濃度が所定の値以下に規定されているものであるから、本件発明1は「LNCAOに代表される正極活物質に残留するアルカリ性物質を低減」(明細書の段落0009)するという課題を解決するものであると当業者は理解するといえる。
また、明細書の段落0007の「すなわち、活物質とバインダーとからなるスラリーがゲル化し、このゲル化がスラリーの塗布性を悪化させるという問題がある。このゲル化は、強いアルカリ性を示す活物質がバインダーとして用いられるPVDF(ポリビニリデンフルオライド系重合体)からフッ素を脱離させ、PVDF樹脂鎖の架橋が起こることに起因すると考えられている。そこで、LNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質に含まれるアルカリ性物質を低減することが求められている。」という記載を考慮すると、水素イオン濃度、Al濃度、Li濃度が所定の値以下に規定されており、すなわちアルカリ性物質が低減されたものである本件発明1は、「電極製造や電池性能に有利な正極活物質を提供する」という課題を解決するものであると当業者は理解するといえる。
さらに、一般式(2)で表される組成のニッケルリチウム金属複合酸化物は同一の元素を含む複合酸化物である以上、一定程度共通した性質を有していると解される。そうすると、一般式(2)で表される組成全体に亘って、水素イオン濃度、Al濃度、Li濃度が所定の値以下に規定された本件発明1のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造できる蓋然性が高いと当業者は理解するといえる。そして、このことを疑うに足る具体的な理由又は証拠を見いだすことはできない。そうすると、本件発明1は、一般式(2)で表される組成全体に亘って、当業者が本件の明細書に記載の製造方法に基づいて製造し、課題を解決することが可能なものであり、「より低コストで簡単な手段」で「低アルカリ性LNCAO系正極活物質を得る」ことができるという課題を解決するものであると当業者は理解すると解される。
してみれば、本件発明1は、(1)イ(イ)に係る理由により、当業者が課題を解決できることを認識できないものであるとはいえない。
本件発明1を引用するものである本件発明2?5についても同様である。
また、訂正事項3?10により、請求項6?13は削除された。
してみれば、上記(1)イ(イ)に係る取消理由は、理由がない。

(ウ)課題解決の可否(「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法」)について
訂正事項3?10により、請求項6?13は削除された。
したがって、本件発明6?13に関するものである上記(1)イ(ウ)に係る取消理由は、理由がない。

(3)小括
以上のとおり、令和 1年 9月 2日付けの取消理由通知書に記載された取消理由1?2は、いずれも理由がない。

3 令和 2年 2月 5日付けの意見書による、取消理由についての異議申立人の主張について
(1)異議申立人の主張の概要及び検討
異議申立人は、上記意見書において概略下記のように主張するので、当該主張について検討する。
ア 取消理由2(特許法第36条第6項第1号)について
「異議申立書に記載のように、本件特許明細書の実施例には、組成が明らかではないものの、焼成の際の酸素ガスの流量や、昇温パターンを変更した点以外は同様にして製造した実施例が開示されているのみであり、特定の1つの組成の実施例が開示されているのみです。
そして、例えば実施例に開示された特定の1つの組成の例と、Ni、Co、Alの比率が異なる場合等において、本件特許発明1で規定する水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度等のパラメータを充足するかは明らかではありません。
このため、本件特許明細書の実施例に開示された特定の1つの組成以外の組成をも包含する、本件特許発明1で規定する範囲にまで拡張乃至一般化しうることが、本件特許の出願日前の技術常識とは認められず、本件特許発明1はサポート要件を充足するものではありません。
また、上述のように、そもそも本件特許明細書に開示された実施例において得られたニッケルリチウム金属複合酸化物の組成も明らかではないことから、実施例で開示された例が本件特許発明1を充足しているかすら明らかではありません。従って、本件特許発明1の規定を充足するニッケルリチウム金属複合酸化物は本件特許明細書には具体的に開示されておらず、係る観点からも本件特許発明1はサポート要件を充足するものではありません。」(第1頁下から2行?第2頁第16行)

上記主張について検討するに、上記2(2)イ(イ)に示したとおり、実施例1?12では、本願出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成である本件発明1の一般式(2)で表される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されていることが、当業者にとって明確である。また、上記2(2)イ(イ)に示したとおり、本件発明1は、一般式(2)で表される組成全体に亘って、当業者が本件の明細書に記載の製造方法に基づいて製造し、それにより課題を解決することが可能なものであり、「より低コストで簡単な手段」で「低アルカリ性LNCAO系正極活物質を得る」ことができるという課題を解決するものであると当業者は理解すると解される。
そうすると、異議申立人の主張は採用できない。

なお、令和 1年11月29日付け訂正請求書における請求項1及び2についての訂正事項と、令和 2年 6月 1日付け訂正請求書における請求項1及び2についての訂正事項は、同一であるので、異議申立人が改めて意見書を提出する機会を設けることは行わなかった。

第5 取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由について
1 特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について
(1)具体的理由
本件訂正前の請求項1?5に係る発明は、下記甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証又は甲第5号証に記載された発明である。
また、本件訂正前の請求項1?5に係る発明は、当該甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証又は甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

甲第1号証:特開2013-026199号公報
甲第2号証:国際公開第2012/141258号
甲第3号証:特開2008-198463号公報
甲第4号証:理科年表 平成6年
甲第5号証:特開2002-222648号公報

(2)各甲号証の記載内容及び引用発明
ア 甲第1号証
(ア)甲1号証の記載事項
本件特許に係る出願の出願日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である甲1号証には、次の記載がある。
「【請求項1】 下記の一般式(1)で表されるリチウムニッケル複合酸化物からなる非水系電解質二次電池用正極活物質であって、比表面積が0.5?2.05m^(2)/gであり、上記リチウムニッケル複合酸化物の炭素含有量は、全量に対して0.08質量%以下に調整されていることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質。
一般式:Li_(b)Ni_(1-a)M1_(a)O_(2) ……(1)
(式中、M1は、Ni以外の遷移金属元素、2族元素、又は13族元素から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは、0.01≦a≦0.5であり、bは、0.85≦b≦1.05である。)
【請求項2】 前記リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在するリチウム化合物のリチウム量は、全量に対して0.10質量%以下に調整されていることを特徴とする請求項1に記載の非水電解質二次電池用正極活物質。
【請求項3】 前記リチウムニッケル複合酸化物は、下記の一般式(2)で表されることを特徴とする請求項1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質。
一般式:Li_(b)Ni_(1?x?y?z)Co_(x)Al_(y)M2_(z)O_(2)……(2)
(式中、M2は、Mn、Ti、CaおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、bは、0.85≦b≦1.05、xは、0.05≦x≦0.30、yは、0.01≦y≦0.1、zは、0≦z≦0.05である。)」
「【請求項7】 請求項1?6のいずれか1項に記載の非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、
(イ)主成分としてニッケルを、かつ副成分として他の遷移金属元素、2族元素、又は13族元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有するニッケル水酸化物、そのニッケルオキシ水酸化物、又はそれらを焙焼して得られるニッケル酸化物から選ばれる少なくとも1種のニッケル化合物と、リチウム化合物とを混合した後、酸素雰囲気下、最高温度が650?850℃の範囲で焼成して、次の組成式(3)で表されるリチウムニッケル複合酸化物の焼成粉末を調製する工程、
組成式:Li_(b)Ni_(1-a)M1_(a)O_(2) ……(3)
(式中、M1は、Ni以外の遷移金属元素、2族元素、又は13族元素から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは、0.01≦a≦0.5、bは0.95≦a≦1.13である。)および、
(ロ)前記焼成粉末を水と混合してスラリー化し、10?40℃の温度で、かつスラリーの液体部の電気伝導度を30?60mS/cmに制御して水洗処理した後、濾過、乾燥して、リチウムニッケル複合酸化物粉末を調製する工程からなることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。」
「【0030】
一般に、リチウムニッケル複合酸化物を二次電池の正極活物質として用いた場合、その表面もしくは結晶の粒界に炭酸リチウムや硫酸リチウム、水酸化リチウムといった余剰の不純物が残留し、これを用いたリチウムイオン二次電池は電池内の内部抵抗が大きく、充放電効率やサイクル性能といった電池容量に対し材料の持つ性能を充分に発揮できない。これに対し、水洗処理等により表面や粒界の不純物成分の除去を行うと内部抵抗は低減され、本来持つ電池性能を十分に発揮することができるようになる。 本発明の正極活物質は、上記10?40℃の温度での水洗処理により不純物成分が除去され、その結果、電池の正極として用いられた場合の内部抵抗が大幅に低減され、高出力の電池が得られる。」
「【0051】
3.非水電解質二次電池 本発明の非水電解質二次電池は、上記リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質、特に、上記製造方法により得られたリチウムニッケル複合酸化物を正極活物質として用いて、正極を作製し、これを組み込んでなる高容量で安全性の高い非水電解質二次電池である。
なお、本発明によれば、活物質自体の特性が向上することから、それを用いて得られる電池の性能は、形状によって左右されない。すなわち、電池形状としては、実施例に示すコイン電池に限らず、帯状の正極および負極を、セパレータを介して捲回して得られる円筒形電池または角形電池であってもよい。」
「【0066】
(2)焼成粉末を調製する工程 得られた水酸化ニッケルに、所望の組成になるように水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を加え、Vブレンダーを用いて混合した。得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で、500℃で3時間仮焼した後、760℃で20時間、本焼成した。その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得た。」

(イ)甲第1号証に記載の発明
上記(ア)の記載事項から、甲第1号証には、下記の発明(以下、甲1発明という)が記載されていると認められる。
「下記の一般式(2)で表されるリチウムニッケル複合酸化物からなり、
一般式:Li_(b)Ni_(1?x?y?z)Co_(x)Al_(y)M2_(z)O_(2)……(2)
(式中、M2は、Mn、Ti、CaおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、bは、0.85≦b≦1.05、xは、0.05≦x≦0.30、yは、0.01≦y≦0.1、zは、0≦z≦0.05である。)
酸素雰囲気下、最高温度が650?850℃の範囲で焼成され、水洗、濾過、乾燥して得られたものであり、
リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられる、
リチウムニッケル複合酸化物粉末。」

イ 甲第2号証
(ア)甲第2号証の記載事項
本件特許に係る出願の出願日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である甲第2号証には、次の記載がある。

「[請求項1] 組成式がLix(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2) (0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であるLi-Ni複合酸化物粒子粉末において、BET比表面積が0.05?0.8m^(2)/gであり、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高いことを特徴とするLi-Ni複合酸化物粒子粉末。」
「[請求項2] 水酸化リチウムの含有量が0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量が0.20重量%以下である請求項1?3のいずれかに記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末。」
「[請求項6] 請求項1?5のいずれかに記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末の製造方法であって、Li-Ni複合酸化物粒子粉末を水に分散させたスラリーを攪拌しつつ、スラリーのpHを5.0?11.0に制御する水洗工程、及び水洗工程を経た後、濾別、洗浄、乾燥を行って得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末を450?850℃の温度範囲で炭酸ガス濃度が100ppm以下の酸素含有雰囲気中でアニールする熱処理工程からなるLi-Ni複合酸化物粒子粉末の製造方法。」
「[請求項7] 請求項1?5のいずれかに記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末からなる正極活物質を含有する正極を用いた非水電解質二次電池。」
「[0002]近年、AV機器やパソコン等の電子機器のポータブル化、コードレス化が急速に進んでおり、これらの駆動用電源として小型、軽量で高エネルギー密度を有する二次電池への要求が高くなっている。また、近年地球環境への配慮から、電気自動車、ハイブリッド自動車の開発及び実用化がなされ、大型用途として保存特性の優れたリチウムイオン二次電池への要求が高くなっている。このような状況下において、充放電容量が大きく、保存特性が良いという長所を有するリチウムイオン二次電池が注目されている。」
「[0044] 本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、あらかじめ作製したLi-Ni複合酸化物粒子粉末を水に分散させたスラリーを撹拌しつつ、スラリーのpHを5.0?11.0に制御する水洗工程、及び水洗工程を経た後、濾別、洗浄、乾燥を行って得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末を450?850℃の温度範囲で炭酸ガス濃度が100ppm以下の酸素含有雰囲気中でアニールする熱処理工程を経て得ることができる。」
「[0049] 本発明においては、水洗処理によって、処理に用いるLi-Ni複合酸化物の焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを除去することができ、且つ、水洗時のスラリーのpHを制御することでLi-Ni複合酸化物粒子粉末中の両性金属の含有量の減少を抑制することができる。」
「[0070] そこで、本発明においては、焼成により得られたLi-Ni複合酸化物の、焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを水洗処理によって除去し、水酸化リチウム含有量と炭酸リチウム含有量の少ないLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得ることができる。従って、高温充放電時のアルカリによる電解液の分解反応が抑制され、ガス発生量を少なくすることが可能になる。」
「[0090][実施例1] 2mol/lの硫酸ニッケルと硫酸コバルトをNi:Co=84:16となるように混合した水溶液と5.0mol/lアンモニア水溶液を、同時に反応槽内に供給した。
[0091] 反応槽は羽根型攪拌機で常に攪拌を行い、同時にpH=11.5±0.5となるように2mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を自動供給した。生成したNi-Co水酸化物はオーバーフローされ、オーバーフロー管に連結された濃縮槽で濃縮し、濃縮液を反応槽へ循環を行い、反応槽と濃縮槽中のNi-Co水酸化物濃度が4mol/lになるまで40時間反応を行った。
[0092] 反応後、取り出した懸濁液を、フィルタープレスを用いてNi-Co水酸化物の重量に対して10倍の水により水洗を行った後、乾燥を行い、Ni:Co=84.2:15.8であり、平均二次粒子径は15.1μmの水酸化物粒子粉末を得た。
[0093] Ni-Co水酸化物と水酸化アルミニウムをモル比でAl/(Ni+Co+Al)=0.04、Ni-Co水酸化物と、水酸化アルミニウム、水酸化リチウム・1水塩をモル比でLi/(Ni+Co+Al)=1.02となるように計量・混合を行った。その後、酸素雰囲気中において770℃で20時間、焼成してLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得た。得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末の化学組成はLi_(1.02)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)であった。
[0094] 解砕したLi-Ni複合酸化物粒子粉末1.5kgを7.5Lの純水に懸濁して得られたスラリーのpHが12.36に達し、pHの上昇がおだやかになった後、ただちに、該スラリーに1/50Nの硫酸水溶液を添加してpHを9.0に制御し続けながら9分間攪拌して水洗処理を行った。水洗処理を行ったスラリーを濾過し、15Lの純水で追加洗浄し、120℃で20時間乾燥してLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得た。得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末を再度解砕し、酸素雰囲気中において700℃で3時間熱処理を行った。
[0095] 得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末の組成はICP分析の結果、Li_(0.99)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)であった。以上のことから、Al/(Ni+Co+Al)=0.04を示し、Alの残存率は100.0%であることから、水洗処理前後でAl量に変化がないことを確認した。そして、STEM-EDX分析の結果、Li-Ni複合酸化物粒子の最表面(0nm)における両性金属の濃度が、Ni、Co、両性金属及び酸素の合計に対して43.3atm%であり、Li-Ni複合酸化物粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)は4.16であり、且つ粒子の最表面(0nm)における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高かった。また、平均二次粒子径は12.7μmであり、BET比表面積は0.14m^(2)/gであった。
[0096] 更に、上記Li-Ni複合酸化物粒子粉末20gを100mlの水に10分間懸濁攪拌した後、上澄み液を濾別し、その中の水酸化リチウムと炭酸リチウムの含有量を、滴定法を用いて評価した結果、水酸化リチウムの含有量は0.12重量%、炭酸リチウムの含有量は0.07重量%であった。硫黄含有率は18ppmであり、ナトリウム含有量は5ppm以下であった。」
「[0082] 粉体pHは25mlのイオン交換水に0.5gの粉末を1分間懸濁したのちの上澄み液のpH値を測定した。」
「[0139] 前記実施例及び比較例におけるLi-Ni複合酸化物粒子粉末の製造条件を表1に、得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末の諸特性を表2に示す。」


」(表2)

(イ)甲第2号証に記載の発明

上記(ア)の記載事項から、甲第2号証には、実施例1に基づく発明として、下記の発明が記載されていると認められる。
「Li-Ni複合酸化物からなり、
当該Li-Ni複合酸化物は一般式Li_(0.99)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)で表されるLi-Niで表され、
原料のLi-Ni複合酸化物を焼成し、解砕したLi-Ni複合酸化物粒子粉末1.5kgを7.5Lの純水に懸濁して得られたスラリーのpHが12.36に達し、pHの上昇がおだやかになった後、ただちに、該スラリーに1/50Nの硫酸水溶液を添加してpHを9.0に制御し続けながら9分間攪拌して水洗を行い、当該水洗後に酸素雰囲気中において700℃で3時間熱処理を行って得られたものであり、
当該水洗及び熱処理の前後のAlの残存率が100.0%であり、
リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられる、
Li-Ni複合酸化物粒子粉末。」

ウ 甲第3号証
(ア)甲第3号証の記載事項
本件特許に係る出願の出願日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である甲第3号証には、次の記載がある。

「【0023】 本発明の非水電解質二次電池は、リチウムを吸蔵・放出可能な活物質を有する負極と、非水電解質と、隔離膜と、正極とを含む。正極の活物質は活物質Aと活物質Bが混合されている。活物質AはLi_(x)CoO_(2)(0.9≦x≦1.2)で表されるリチウム複合酸化物である。
【0024】 活物質BはLi_(x)Ni_(y)Co_(z)M_(1-y-z)O_(2)(0.9≦x≦1.2、0.3≦y≦0.9、0.05≦z≦0.5、0.01≦1-y-z≦0.3であり、かつMはMg、Ba、Al、Ti、Sr、Ca、V、Fe、Cu、Bi、Y、Zr、Mo、Tc、Ru、Ta、W、およびReの中から選ばれた少なくとも1種)で表されるリチウム複合酸化物である。」
「【0046】 本発明の好ましい実施の形態における非水電解質二次電池は、正極活物質Bは、MがTi、Mg、およびAlのいずれかであることが好ましい。こうすることにより、充放電容量、高温下のサイクル特性、および安全性のバランスが良い非水電解質二次電池を得ることができる。中でもMがAlの場合には、AlがLi_(x)Ni_(y)Co_(z)M_(1-y-z)O_(2)層状の結晶構造を安定化し、高温サイクル時のNiやCoの溶出量を減少するため、非常に有効である。」
「【0097】 以下に、本発明について、正極板2に用いる正極活物質について詳細に説明する。本発明は以下に述べる実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することが可能なものである。
【0098】 (i)正極活物質LiNi_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.05)O_(2)の作製
硫酸ニッケル、硫酸コバルト、および硝酸アルミニウムをモル比で80:15:5となるように混合した水溶液に、水酸化ナトリウム水溶液を加えて、ニッケル-コバルト-アルミニウム(以下、Ni-Co-Alと略す)共沈水酸化物を得た。Ni-Co-Al共沈水酸化物を濾過して水洗し、空気中で乾燥させ、次いで400℃で5時間焼成し、Ni-Co-Al酸化物粉末を得た。得られた粉末と炭酸リチウム粉末とを混合し、ロータリーキルンに入れ、空気雰囲気中で650℃10時間予備加熱した。次いで、予備加熱後の混合物を電気炉内で950℃まで2時間で昇温した。950℃で10時間焼成することにより、正極活物質LiNi_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.05)O_(2)を作製した。この正極活物質の平均粒径は10.3μmであった。」

(イ)甲第3号証に記載の発明

上記(ア)の記載事項から、甲第3号証には、【0097】?【0098】の実施例に基づく発明として、下記の発明が記載されていると認められる。
「リチウム複合酸化物からなり、
LiNi_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.05)O_(2)で表され、
空気雰囲気中で650℃10時間予備加熱し、次いで、予備加熱後の混合物を電気炉内で950℃まで2時間で昇温し、950℃で10時間焼成することにより得られ、
リチウムを吸蔵・放出可能な活物質を有する負極と、非水電解質と、隔離膜と、正極とを含む非水電解質二次電池の正極活物質として用いられる、
平均粒径は10.3μmのリチウム複合酸化物。」

エ 甲第5号証
(ア)甲第5号証の記載事項
本件特許に係る出願の出願日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である甲第5号証には、次の記載がある。

「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は正極活物質,その製造方法およびその活物質を用いたリチウムイオン二次電池に係り、特に電池の正極材料として用いた場合に高い安全性と優れた容量特性とを兼ね備えた二次電池を実現できる正極活物質,その製造方法およびリチウムイオン二次電池に関する。」
「【0012】 具体的には、一般式Li_(1+x)Ni_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)(但し、0≦x≦0.1,0.1≦y≦0.4,0.02≦z≦0.1)で表わされる組成を有する複合酸化物粒子から成り、この複合酸化物粒子の粉末X線回折パターンにおける(110)面と(018)面とのブラッグ角の差が、所定値以上であり、10%累積頻度粒径が1μm以上である正極活物質が、安全性と容量特性とを共に満足する二次電池を実現できるという知見を得た。」
「【0074】
比較例6
LiNi_(0.85)Al_(0.05)Co_(0.10)O_(2)なる組成を有する活物質が得られるように、水酸化リチウム、水酸化ニッケル、水酸化アルミニウムおよび水酸化コバルトを所定のモル比で混合し、大気中650℃で20時間焼成後、酸素中750℃で20時間焼成して比較例6に係る正極活物質を調製した。このようにして得られた正極活物質の結晶が単一相であることをX線回折図形より確認した。」
「【0081】
[正極電極の作製]
上記の各正極活物質粉末と導電助剤であるアセチレンブラックとバインダーとしてのテフロン粉末とを重量比80:17:3の割合で混合してそれぞれ正極合剤とした。次に各正極合剤を集電体(ステンレス製鋼)に貼り付けることにより、10mm角×0.5mmの正極をそれぞれ調製した。以降の電池作成作業は、アルゴンガスを充填したグローブボックス内で実施した。」

(イ)甲第5号証に記載の発明

上記(ア)の記載事項から、甲第5号証には、比較例6に基づく発明として、下記の発明が記載されていると認められる。
「LiNi_(0.85)Al_(0.05)Co_(0.10)O_(2)なる組成を有する複合酸化物からなり、
大気中650℃で20時間焼成後、酸素中750℃で20時間焼成して得られたものであり、
リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられる、
複合酸化物粒子。」

(3)各引用発明との対比・判断
ア 甲1発明について
(ア) 本件発明1について
甲1発明と本件発明1とを対比すると、甲1発明の「リチウムニッケル複合酸化物」、「リチウムニッケル複合酸化物粉末」は、それぞれ、本件発明1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に相当する。

そうすると、甲1発明と本件発明1との一致点及び相違点は、下記のとおりである。

<一致点>
「ニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」

<相違点1-1>
甲1発明におけるリチウムニッケル複合酸化物は「一般式(2)」、すなわち「一般式:Li_(b)Ni_(1?x?y?z)Co_(x)Al_(y)M2_(z)O_(2)……(2)(式中、M2は、Mn、Ti、CaおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、bは、0.85≦b≦1.05、xは、0.05≦x≦0.30、yは、0.01≦y≦0.1、zは、0≦z≦0.05である。)」で表されるのに対して、本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「一般式(2)」すなわち「【化1】LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」で表される点。

<相違点1-2>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり」、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであ」るのに対し、甲1発明はこの点が不明である点。

<相違点1-3>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」、「上記Al濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲1発明はこの点が不明である点。

<相違点1-4>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり」、「上記Li濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲1発明はこの点が不明である点。

<相違点1-5>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「低アルカリ性」であるのに対し、甲1発明はこの点が不明である点。

イ 甲2発明について
(ア) 本件発明1について
甲2発明と本件発明1とを対比すると、甲2発明の「Li-Ni複合酸化物」、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末」は、それぞれ、本件発明1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に相当する。
そうすると、甲2発明と本件発明1との一致点及び相違点は、下記のとおりである。

<一致点>
「ニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」

<相違点2-1>
甲2発明におけるリチウムニッケル複合酸化物は「一般式Li_(0.99)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)で表されるLi-Niで表され」るのに対して、本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「一般式(2)」すなわち「【化1】LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」で表される点。

<相違点2-2>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり」、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであ」るのに対し、甲2発明はこの点が不明である点。

<相違点2-3>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」、「上記Al濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲2発明はこの点が不明である点。

<相違点2-4>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり」、「上記Li濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲2発明はこの点が不明である点。

<相違点2-5>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「低アルカリ性」であるのに対し、甲2発明はこの点が不明である点。

ウ 甲3発明について
(ア) 本件発明1について
甲3発明と本件発明1とを対比すると、甲3発明の「リチウム複合酸化物」、「平均粒径は10.3μmのリチウム複合酸化物」、「リチウムを吸蔵・放出可能な活物質を有する負極と、非水電解質と、隔離膜と、正極とを含む非水電解質二次電池の正極活物質として用いられる」は、それぞれ、本件発明1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」、「リチウムイオン電池の正極活物質として用いられる」に相当する。
そうすると、甲3発明と本件発明1との一致点及び相違点は、下記のとおりである。

<一致点>
「ニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」


<相違点3-1>
甲3発明におけるリチウムニッケル複合酸化物は「LiNi_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.05)O_(2)で表され」るのに対して、本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「一般式(2)」すなわち「【化1】LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」で表される点。

<相違点3-2>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり」、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであ」るのに対し、甲3発明はこの点が不明である点。

<相違点3-3>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」、「上記Al濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲3発明はこの点が不明である点。

<相違点3-4>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり」、「上記Li濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲3発明はこの点が不明である点

<相違点3-5>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「低アルカリ性」であるのに対し、甲3発明はこの点が不明である点。

エ 甲5発明について
(ア) 本件発明1について
甲5発明と本件発明1とを対比すると、甲5発明の「リチウムニッケル複合酸化物」、「リチウムニッケル複合酸化物粉末」、「LiNi_(0.85)Al_(0.05)Co_(0.10)O_(2)なる組成」は、それぞれ、本件発明1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」、「以下の一般式(2)」「【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に相当する。

そうすると、甲5発明と本件発明1との一致点及び相違点は、下記のとおりである。

<一致点>
「以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」

<相違点5-1>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり」、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであ」るのに対し、甲5発明はこの点が不明である点。

<相違点5-2>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」、「上記Al濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲5発明はこの点が不明である点。

<相違点5-3>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり」、「上記Li濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲5発明はこの点が不明である点。

<相違点5-4>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「低アルカリ性」であるのに対し、甲5発明はこの点が不明である点。

オ 検討
(ア)本件発明1について
事案にかんがみ、まず、本件発明1の同じ発明特定事項についての本件発明1と甲1?3、5発明の各発明との相違点である、<相違点1-3>、<相違点2-3>、<相違点3-3>及び<相違点5-2>について、まとめて検討する。
まず、これらの相違点が実質的な相違点であるかどうか検討するに、甲第1?3、5号証には、甲1?3、5発明が、水に分散させた際の上澄のAl濃度が本件発明1のように低減されたものであることは直接的に記載されていない。また、甲1?3、5発明のリチウムニッケル複合酸化物を水に分散させた際の上澄のAl濃度が実際にどの程度であるか検討するために、本件の明細書を参照すると、乾燥雰囲気で焼成工程を行った比較例1?3では、上澄のAl濃度は22乃至24ppmと、本件発明1の上限の2.5ppmを大きく上回る値となっている。
一方で、甲1発明は、酸素雰囲気下、最高温度が650?850℃の範囲で焼成されて得られたものであるところ、どのような酸素雰囲気で焼成工程を行って得られたものか特定されておらず、乾燥した酸素雰囲気で焼成を行うことも十分想定される。また、水洗、濾過、乾燥の工程により、Alの溶出が低減されるかどうかは明らかでない。
また、甲2発明は、どのような酸素雰囲気で焼成工程を行って得られたものか特定されておらず、露点0℃未満の乾燥した酸素雰囲気で焼成を行うことも十分想定されるし、仮に昇温開始時点で露点が0?70℃であったとしても、上記「第4」の1(1)イ及び2(1)イ(ウ)において指摘される「比較例1’」と同様に、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる場合も十分想定されるものである。そして、露点が0℃未満である雰囲気や、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる雰囲気で焼成して得られた複合酸化物粒子は、本件明細書及び上記「第4」の1(1)イ及び2(1)イ(ウ)の指摘からみて、上澄のAl濃度が2.5ppm以上となり得るものである。
また、甲3発明は、空気雰囲気中で650℃10時間予備加熱し、次いで、予備加熱後の混合物を電気炉内で950℃まで2時間で昇温し、950℃で10時間焼成することにより得られたものであるところ、どのような空気雰囲気及び電気炉内雰囲気で予備加熱及び焼成を行って得られたものか特定されておらず、室内空調等により、乾燥した空気雰囲気又は乾燥した電気炉内雰囲気雰囲気で予備加熱及び焼成を行うことも十分想定されるし、仮に昇温開始時点で露点が0?70℃であったとしても、上記「第4」の1(1)イにおいて指摘される「比較例1’」と同様に、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる場合も十分想定されるものである。そして、露点が0℃未満である雰囲気や、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる雰囲気で焼成して得られた複合酸化物粒子は、本件明細書及び上記「第4」の1(1)イの指摘からみて、上澄のAl濃度が2.5ppm以上となり得るものである。
また、甲5発明は、大気中650℃で20時間焼成後、酸素中750℃で20時間焼成して得られたものであるところ、大気がどのようなものなのか、すなわち、外気における大気なのか室内における大気なのかが不明であり、「酸素中」という雰囲気もどのようなものなのか特定されておらず、室内空調等により、乾燥した大気中や乾燥した酸素中で焼成を行うことも十分想定されるし、仮に昇温開始時点で露点が0?70℃であったとしても、上記「第4」の1(1)イにおいて指摘される「比較例1’」と同様に、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる場合も十分想定されるものである。そして、露点が0℃未満である雰囲気や、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる雰囲気で焼成して得られた複合酸化物粒子は、本件明細書及び上記「第4」の1(1)イの指摘からみて、上澄のAl濃度が2.5ppm以上となり得るものである。
以上から、甲1-3、5発明の上澄のAl濃度が2.5ppm以上であるか2.5ppm未満であるかは不明というしかなく、2.5ppm未満である蓋然性が高いとはいえない。
そうすると、<相違点1-3>、<相違点2-3>、<相違点3-3>及び<相違点5-2>は実質的な相違点であるといえる。
次に、<相違点1-3>、<相違点2-3>、<相違点3-3>又は<相違点5-2>を解消することを当業者が容易に想定し得たか検討するに、甲第1?5号証には、ニッケルリチウム金属複合酸化物を水に分散させた際の上澄のAl濃度を低減する点について、記載も示唆もされていない。してみれば、甲1?3、5発明のいずれかと、甲1?5号証とに基づいて、上澄のAl濃度を本願発明の範囲内まで低減して<相違点1-3>、<相違点2-3>、<相違点3-3>又は<相違点5-2>を解消することが、当業者にとって容易に想到できたものであるとはいえない。
してみれば、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は甲第1?3、5号証に記載の各発明ではなく、甲第1?3、5号証に記載の各発明及び甲第1?5号証から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(イ)本件発明2?5について
本件発明2?5は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備えた低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の発明であるか、本件発明1の発明特定事項をすべて備えた低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を発明特定事項として含む、リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、又はリチウムイオン電池の発明である。
そうすると、本件発明2?5は、甲第1?3、5号証に記載の各発明ではなく、甲第1?3、5号証に記載の各発明及び甲第1?5号証から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(ウ)小括
以上から、本件発明1?5は、甲第1?3、5号証に記載の各発明ではなく、甲第1?3、5号証に記載の各発明及び甲第1?5号証から、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(4)異議申立人の主張について
ア 甲第1号証に基づく申立て理由について
異議申立人は、上記<相違点1-3>に関連して、異議申立書において下記のように申立て理由の根拠を主張しているので検討する。(当審注:…は当審による省略を表す。以下同様。)
「甲第1号証には、構成要件(C)(当審注:本件発明1の「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」との構成。以下同様。)に対応する直接的な記載がない点で両者は文言上相違する。
しかしながら、甲第1号証においては、リチウムニッケル複合酸化物の焼成粉末を得た後、該焼成粉末を水と混合してスラリー化し、10?40℃の温度で、かつスラリーの液体部の電気伝導度を30?60mS/cmに制御して水洗処理した後、濾過、乾燥して、リチウムニッケル複合酸化物粉末を調整する旨記載されている…。
そうすると、仮に焼成後のリチウムニッケル複合酸化物粉末の表面にAl等の不純物が付着していたとしても、水洗の際にAlは低減、除去されている。このため、水洗後、濾過、乾燥して得られたリチウムニッケル複合酸化物粉末2gを100gの水に再度分散したとしても、該水溶液に溶出するAl量は十分に抑制され、構成要件(C)を充足しているものといえる。」(第41頁下から6行?第42頁第8行)
この点について検討するに、水洗により、Alの溶出量がどのように変化するかは不明であり、仮にAlの溶出量が減少したとしても、本件発明1に規定される「Al濃度」まで低減するか否かは、不明であるというほかない。
そうすると、上記主張は採用できない。

イ 甲第2号証に基づく申立て理由について
異議申立人は、上記<相違点2-3>に関連して、異議申立書において下記のように申立て理由の根拠を主張しているので検討する。
「甲第2号証には、構成要件(C)に対応する直接的な記載がない点で両者は文言上相違する。
しかしながら、甲第2号証においては、Li-Ni複合酸化物粒子の製造過程で、焼成して得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末の水洗を行っている…そうすると、仮に焼成後のLi-Ni複合酸化物粉末の表面にAl等の不純物が付着していたとしても、水洗の際にAlは低減、除去されている。
特に、甲第2号証では製造過程における水洗工程に関して、焼成後、解砕したLi-Ni複合酸化物粒子粉末1.5kgを7.5Lの純水に懸濁して水洗した場合に、水洗の前後でAl量に変化がないことも示されている。(…、特に、甲第2号証の[0094]、[0095])
そうすると、上述の水洗工程等を経て得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末をさらに水に分散させたとしても、Alはほとんど水には溶出せず、構成要件(C)を充足するものといえる。」(第48頁下から第10行?第49頁第4行)

この点について検討するに、異議申立人は、甲第2号証に記載された製造途中の粉末である、水洗直後のLi-Ni複合酸化物粉末を上記甲2発明とは異なる発明として認定しているとも解されるので、一応、上記主張を踏まえてさらに検討するに、甲2発明を製造する途中の水洗において、仮に粉末表面のAlが低減、除去されたとしても、甲2発明は、水洗後に酸素雰囲気中において700℃という高温で3時間の熱処理をして得られたものであるから、当該熱処理によって水洗直後の状態と比較して粒子の状態が変化したものであると解され、Alの溶出が低減された状態が維持されたものとは必ずしもいえない。
さらに、甲第2号証において異議申立人が主張する、製造途中の粉末である、水洗直後のLi-Ni複合酸化物粉末は、製造途中のものであって最終生成物ではない以上、甲第2号証に発明として記載されたものとはいえないが、仮に下記甲2’発明として甲第2号証に記載されたものであるとしても、次のことがいえる。

甲2号証には、仮に下記甲2’発明が記載されているとする。
「Li-Ni複合酸化物からなり、
当該Li-Ni複合酸化物は、酸素雰囲気中700℃で3時間熱処理を行ってからICP分析を行うと組成がLi_(0.99)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)となるものであり、
原料のLi-Ni複合酸化物粉末を焼成し、解砕したLi-Ni複合酸化物粒子粉末1.5kgを7.5Lの純水に懸濁して得られたスラリーのpHが12.36に達し、pHの上昇がおだやかになった後、ただちに、該スラリーに1/50Nの硫酸水溶液を添加してpHを9.0に制御し続けながら9分間攪拌して水洗を行って得られた直後のものであり、
当該水洗及び熱処理の前後のAlの残存率が100.0%であり、
酸素雰囲気中700℃で3時間熱処理を行うことでリチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられる、
Li-Ni複合酸化物粒子粉末。」

甲2’発明と本件発明1との一致点及び相違点は、下記のとおりである。
<一致点>
「ニッケルリチウム金属複合酸化物からなるニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。」

<相違点2’-1>
甲2’発明におけるリチウムニッケル複合酸化物は「酸素雰囲気中700℃で3時間熱処理を行ってからICP分析を行うと組成がLi_(0.99)Ni_(0.8)Co_(0.15)Al_(0.04)O_(2)となるものである」のに対して、本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「一般式(2)」すなわち「【化1】LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」で表される点。

<相違点2’-2>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり」、「上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであ」るのに対し、甲2’発明はこの点が不明である点。

<相違点2’-3>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり」、「上記Al濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲2’発明はこの点が不明である点。

<相違点2’-4>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり」、「上記Li濃度」は、「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液」「の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであ」るのに対し、甲2’発明はこの点が不明である点。

<相違点2’-5>
本件発明1におけるニッケルリチウム金属複合酸化物は「低アルカリ性」であるのに対し、甲2’発明はこの点が不明である点。

<相違点2’-6>
本件発明1はリチウムイオン電池の正極活物質として用いられるのに対し、甲2’発明は、酸素雰囲気中700℃3時間熱処理を行うことでリチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられるものである点。

ここで、<相違点2’-3>について検討するに、甲第2号証の[0044]、[0049]から理解されるように、甲2’発明は、水洗を行うに際して、硫酸水溶液を用いてpHの上昇を抑制する制御を行うことで、当該水洗に際して、両性金属であるAlの溶出を抑制したものである。一方、甲2’発明に対して、本件発明1のように、「ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌」して上澄のAl濃度を測定した場合は、pHの上昇を抑制する制御を行っていないのであるから、Alの溶出が抑制されないおそれがあるといえる。そうすると、当該Alの溶出により、前記上澄のAl濃度が2.5ppm以上となるおそれがあり、前記上澄のAl濃度が2.5ppm以上であるか、2.5ppm未満であるかは、不明であるというほかない。してみれば、<相違点2’-3>は、実質的な相違点である。
また、水洗直後のニッケルリチウム金属複合酸化物について、上澄のAl濃度を低減とすることは甲第1、3?5号証に記載も示唆もされていない以上、甲2’発明において<相違点2’-3>を解消することが当業者にとって容易であったとはいえない。
そうすると、上記主張は採用できない。

ウ 甲第3号証に基づく申立て理由について
異議申立人は、上記<相違点3-3>に関連して、異議申立書において下記のように申立て理由の根拠を主張しているので検討する。
「一方、甲第3号証においては、Ni-Co-Al酸化物粉末と、炭酸リチウムとの混合粉末を空気雰囲気中で焼成した旨記載されている(甲3-3)。
そして、甲第3号証の発明者の居所は、大阪府となっており、大阪府で実験を行っていると解される。」(第59頁下から第7?4行)
「このように、気象条件にもよるが、空気の露点は0℃よりも高く30℃程度までの範囲に分布していることから、甲第3号証においても、焼成時に用いた空気の露点は同じ範囲に分布している蓋然性が高い。」(第60頁第13?15行)
この点について検討するに、甲第3号証の「空気」は、外気とは特定されていない以上、「気象条件」からその露点を特定できるものとはいえない。そして、甲第3号証の「空気」は、室内の空気であって、当該空気が空調等により乾燥していることも十分想定されるから、露点が0?70℃である湿潤雰囲気であるということはできないし、仮に昇温開始時点で露点が0?70℃であったとしても、上記「第4」の1(1)イにおいて指摘される「比較例1’」と同様に、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となり得るものである。そして、露点が0℃未満である雰囲気や、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる雰囲気で焼成して得られた複合酸化物粒子は、本件明細書及び上記「第4」の1(1)イの指摘からみて、上澄のAl濃度が2.5ppm以上となり得るのであるから、<相違点3-3>が実質的な相違点でないとはいえない。
そうすると、上記主張は採用できない。

エ 甲第5号証に基づく申立て理由について
異議申立人は、上記<相違点5-2>に関連して、異議申立書において下記のように申立て理由の根拠を主張しているので検討する。
「一方、甲第5号証においては、水酸化リチウム、水酸化ニッケル、水酸化アルミニウムおよび水酸化コバルトを所定のモル比で混合したものを、大気中、すなわち空気雰囲気中で焼成した旨記載されている。…
また、甲第5号証では原料として水酸化リチウム等の水酸化物を用いており、焼成の過程で脱水反応等により、原料から雰囲気中へ水分が供給され、雰囲気中の露点は、通常の空気雰囲気よりもさらに高くなっているものといえる。
以上の理由から、甲第5号証…においても、焼成時に用いた空気の露点は同じ範囲、すなわち0から30℃、もしくはそれよりも高い範囲に分布している蓋然性が高い。」(第74頁第1?15行)

この点について検討するに、甲第5号証の「大気」は、外気とは特定されていない以上、上記ウで検討したのと同様、気象条件からその露点を特定できるものとはいえない。また、水酸化物の脱水反応による寄与があったとしても、焼成時の大気の容積や、焼成時の大気をどの程度循環させるかによっても露点の上昇量は変化するところ、どの程度変化するかは不明というほかない。そして、甲第5号証の「大気」は、室内の大気であって、当該大気が空調等により乾燥していることも十分想定されるから、露点が0?70℃である湿潤雰囲気であるということはできないし、仮に昇温開始時点で露点が0?70℃であったとしても、上記「第4」の1(1)イにおいて指摘される「比較例1’」と同様に、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となり得るものである。そして、露点が0℃未満である雰囲気や、昇温期間中に水分が消失し露点が0℃未満となる雰囲気で焼成して得られた複合酸化物粒子は、本件明細書及び上記「第4」の1(1)イの指摘からみて、上澄のAl濃度が2.5ppm以上となり得るのであるから、<相違点5-2>が実質的な相違点でないとはいえない。
そうすると、上記主張は採用できない。

オ 補足的な主張について
異議申立人は、令和 2年 2月 5日付けの意見書において概略下記のように主張するので検討する。
「なお、上述のように、本件特許権者は意見書において、本件発明1、6で規定するニッケルリチウム金属複合酸化物の組成は、本件特許出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成に過ぎないと自認しています。
そうすると、仮に上記異議申立書に挙げた引用文献に記載された発明における組成と、本件発明1、6で規定する組成に差異があったとしても、上記引用文献に記載された発明において、本件特許権者が自認する『本件特許出願時に一般的であったLNCAO型正極活物質の標準的な組成』を選択することは容易である点を念のため申し述べておきます。」(第7頁第11?19行)

上記主張について検討するに、上記1で検討したとおり、本件発明1?5は、上記<相違点1-3>、<相違点2-3>、<相違点3-3>及び<相違点5-2>、すなわち、水に分散させた際の上澄のAl濃度において、それぞれ甲1?3、5発明の各発明と相違しており、これらの相違点を解消することが当業者にとって容易とはいえないのであるから、標準的な組成を選択して組成の差異を解消することが容易という異議申立人の主張は、上記1に示した判断を覆す根拠となるものではない。
よって、上記主張は採用できない。

カ 小括
以上のとおり、異議申立人の主張はいずれも採用できない。

2 まとめ
以上のとおり、取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由については、いずれも理由がない。

第6 むすび
以上のとおり、請求項1?5に係る特許は、令和 2年 3月 4日付け取消理由通知(決定の予告)及び令和 1年 9月 2日付け取消理由通知に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項6?13は、訂正により削除されたため、これらの請求項に係る特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったから、特許法第120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり審決する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法
【0001】
本発明は低アルカリニッケルリチウム金属複合酸化物粉体、これを含むリチウムイオン電池正極物質、該活物質を用いたリチウムイオン電池正極、この正極を有するリチウムイオン電池、及び上記低アルカリニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の普及により、ユーザーが屋外で長時間これら小型電子機器を携帯し利用することは、もはや一般的になっている。そのため、これら小型電子機器の電源である電池には長時間の使用に耐える高容量の電池であることが求められており、そのような要求を満たすリチウムイオン二次電池が盛んに研究開発されている。同時に、スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の更なる高機能化、高性能化が図られており、そのような高機能・高性能小型電子機器では消費電力の増大が避けられない。したがって、電池の高容量化への要求がますます高まっている。
【0003】
また、近年は、エネルギー受給に対する危機意識や環境志向の高まりよって、風力発電、メガソーラー発電、家庭用太陽光発電と言った、従来型の集中型発電所とは異なる独立分散型発電設備の設置が増えている。しかしながら、風力発電、太陽光発電等の自然エネルギーを利用した発電設備が従来の発電施設に比べて電気供給の安定性に劣るという問題は、未だ解決されていない。2011年3月11日に発生した東日本大震災、その後に引き起こされた原子力発電所停止にかかる給電状況の悪化以来、地震等の災害発生時に事業所や家庭単位の電力確保が重要であることが広く認識されるようになってきた。このため、消費地点単位で電源確保を確保する定置用蓄電池に注目が集まっている。しかしながら、現在の技術によれば、このような定置用蓄電池によって電気容量を確保するためには非常に大きな蓄電設備が必要とされる。このため、日本の住宅環境においてはそのような蓄電設備は、現時点では実用性を欠く。
【0004】
更に自動車産業においては、エネルギー効率のよい電気自動車、ハイブリッド自動車に注目が集まり、これらの自動車の開発が盛んに行われている。しかしながら、電池容量の不足による航続距離の不十分さ、加えて市中における充電設備の絶対的不足という問題は解決されていない。そのため、現時点では、電気エネルギーだけで動く電気自動車は、ハイブリッド自動車ほどには普及していない。
【0005】
上述のような、電子機器、電力確保、自動車などの産業を支える共通の製品の一つがリチウムイオン電池である。上述のような問題点に共通する原因が、リチウムイオン電池の体積当たりの容量が足りないことにある。リチウムイオン電池の体積当たりの容量が足りないという問題を引き起こす大きな要因は、リチウムイオン二次電池に用いられる正極活物質の単位体積当たりの放電容量が小さいことである。
【0006】
リチウムイオン電池の正極活物質としては、コバルト酸リチウム(LCO)に代表されるコバルト系正極活物質が用いられてきた。コバルト酸リチウムを用いて電極を作成すると、電極密度は1立方センチメートル当たり3.9gを超える大密度を達成できる。しかしその一方、コバルト酸リチウム自身の放電容量は実質150mAh/g程度と低い。
【0007】
リチウムイオン電池の正極活物質としては、LNCO(Li、Ni、Coの複合酸化物),特にLNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質も検討されている。LNCAOの単位重量当たりの放電容量はコバルト系正極活物質よりも大きく、190mAh/gを超える。しかしその一方、このような正極活物質を用いて電極を作成する際の問題が指摘されている。すなわち、活物質とバインダーとからなるスラリーがゲル化し、このゲル化がスラリーの塗布性を悪化させるという問題がある。このゲル化は、強いアルカリ性を示す活物質がバインダーとして用いられるPVDF(ポリビニリデンフルオライド系重合体)からフッ素を脱離させ、PVDF樹脂鎖の架橋が起こることに起因すると考えられている。そこで、LNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質に含まれるアルカリ性物質を低減することが求められている。
リチウムイオン電池の正極活物質のpHを低減する手段としては、例えば、特許文献1には、正極活物質に特定の化合物を接触させて、正極活物質中に残存するアルカリ性化合物をアルカリ性の低い化合物に変換する方法が記載されている。特許文献2には、焼成後のニッケル酸リチウム粉末を高純度二酸化炭素ガスで処理する方法が記載されている。しかし、このような手段は、従来の製造工程に加えた新たな工程を必要とするために、コスト面で問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-177030号公報
【特許文献2】特開平9-53360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、LNCAOに代表される正極活物質に残留するアルカリ性物質を低減し、電極製造や電池性能に有利な正極活物質を提供することを課題とする。また本発明では、より低コストで簡単な手段で低アルカリ性LNCAO系正極活物質を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者は、LNCAOに代表される正極活物質の製造において、特定の条件で焼成を行うこと、すなわち、露点0?70℃の湿潤雰囲気で焼成を行うことにより、pHが低減された正極活物質を得た。しかも、本発明では、正極活物質から溶出するAl量も低減することができ、正極活物質の安定性を向上することにも成功した。
【0011】
すなわち本発明は以下のものである。
(発明1)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり、
上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであり、
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明2)さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものであることを特徴とする、発明1の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明3)発明1又は発明2の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
(発明4)発明3のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
(発明5)発明4のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
【0012】(削除)
【0015】(削除)
【0019】(削除)
【0020】(削除)
【0021】(削除)
【0022】(削除)
【0025】(削除)
【0029】(削除)
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【0032】(削除)
【0033】(削除)
【0034】(削除)
【発明の効果】
【0035】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、低アルカリ性であり、溶出性Al含有量が低減されている。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を構成するニッケルリチウム金属複合酸化物は、以下の一般式(2)で表される。
【化3】

(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
【0041】
(製造方法)
本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、以下の方法により製造することができる。
(1.原料の溶解)原料としては、一般式(2)を構成する金属の、硫酸塩、硝酸塩などの可溶性金属塩を用いることができる。硝酸塩を用いた場合、硝酸性窒素を含む廃液処理にコストがかかるため、硝酸塩の使用は工業的には好ましくない。通常は一般式(1)を構成する金属の硫酸塩が用いられる。本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法では、まず、原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
【0042】
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
【0043】
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
【0044】
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥などのいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
【0045】
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
【0046】
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。焼成により、以下の反応が起こる。
【0048】
【化8】

【0049】
【化9】

【0050】
本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法は、焼成工程の少なくとも一部を、湿潤雰囲気中で行うことを特徴とする。すなわち、本発明では、温度を上げて焼成工程を開始する時点から、最高温度に一定時間保持した後に冷却して焼成工程を終了する時点までの期間のうち、少なくとも1部分を、湿潤雰囲気中で行う。本発明の製造方法で採用される湿潤雰囲気は、露点が0?70℃、好ましくは30?50℃の範囲にある、酸素含有気体である。酸素含有気体としては、酸素ガス、空気などが使用される。焼成工程において、最高温度は650?850℃の範囲とし、この最高温度を2?30時間保持して焼成する。焼成の後、冷却する。こうして焼成工程が完了する。
【0051】
焼成工程のいずれの部分を湿潤雰囲気中で行うかは、特に制限は無い。焼成工程全部を湿潤雰囲気中で行ってもよい。乾燥雰囲気で焼成工程を開始し、後に湿潤雰囲気に切り替えてもよい。また、湿潤雰囲気で焼成工程を開始し、後に乾燥雰囲気に切り替えてもよい。
【0052】
乾燥雰囲気で焼成工程を開始し、後に湿潤雰囲気に切り替える場合は、一般には、湿潤雰囲気への切り替えを最高温度に達する時点以前に行う。すなわち、昇温中か、あるいは最高温度に達した時点で行う。好ましい切り替え時は昇温中である。
【0053】
湿潤雰囲気で焼成工程を開始し、後に乾燥雰囲気に切り替える場合は、一般には、乾燥雰囲気への切り替えは、冷却を開始する時点以前に行う。すなわち、昇温中、最高温度が保持されている間、あるいは、最高温度に保持して焼成を終了した後に冷却を開始する時点で行う。
【0054】
焼成雰囲気への水分供給方法は、所望の露点を達成できる方法であれば、いずれも採用することができる。例えば、酸素含有気体を洗気瓶等を用いて液体の水にバブリングすることによって雰囲気に使用する気体に水分を供給する方法、酸素含有気体に噴霧器等を用いて霧状の水を供給し、所望する露点の雰囲気の気体を供給する方法が利用できる。工業生産現場においては、焼成原料である水酸化ニッケル、水酸化リチウム及び水酸化金属の混合物から焼成中に発生する水分の利用、上述の水分供給方法と、水分を含まない雰囲気気体供給を組み合わせて、焼成雰囲気の露点を所望の範囲に調整する。
【0055】
このような特定の湿潤雰囲条件で焼成することにより、本発明では焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物に含まれる強アルカリ物質を低減することができる。本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体2gを100gの水に分散させた場合、分散液上澄のpHは11.7以下に低減される。また、ICP発光分析法による分散液上澄のLi含有量は、45ppm以下である。
【0056】
湿潤雰囲気中での焼成によって低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体が得られる理由は現時点では完全には解明されていない。焼成雰囲気中の水分によって、ニッケルリチウム金属複合酸化物の表面に存在する酸化リチウムの形態で存在するリチウムイオンが、水酸化リチウムの形態で存在する移動性の高いリチウムイオンに変化すること、この変化によってリチウムイオンがニッケルリチウム金属複合酸化物の表面からその結晶内に移動すること、リチウムイオンの結晶内への均質化が水へ溶出するリチウムイオン濃度の減少をもたらすこと、が推測されている。
【0057】
このように低アルカリ性を示す本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物は、リチウムイオン電池正極剤スラリーにバインダーとして含まれるPVDFとの反応性が低い。このため、本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を正極活物質として使用した場合、正極製造時の正極剤スラリーのゲル化が起こりにくく、スラリーの塗工工程に問題が生じない。
【0058】
その一方で、このような特定の湿潤雰囲気中で焼成することにより、本発明では焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物に含まれる溶出性Al化合物の量も低減することができる。本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体2gを100gの水に分散させた場合、ICP発光分析法による分散液上澄のAl含有量は、検出限界2.5ppmを下回る。
【0059】
このように溶出性Al含有量の低い本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物をリチウムイオン電池の正極活物質として用いた場合、電池のサイクル特性及び熱安定性が向上すると考えられる。これはAlイオンがニッケルリチウム金属複合酸化物の層状構造中に存在するNiイオンと同型置換することにより、ニッケル系正極材の欠点の一つである結晶構造の不安定性が抑制され、層状構造の安定化に寄与すると考えられる為である。
【0060】
本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法では、焼成工程の少なくとも一部分を上述の湿潤雰囲気下で行うことによって、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物のpHが低減し、溶出性Al含有量も低減する。
【0061】
(7.解砕)本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法では、焼成工程の後に、必要に応じて、さらに解砕工程を設けることができる。解砕工程では、ジェットミルなどの解砕機を用いて、焼成後の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の凝集した粒子を解砕する。適度に細粒化されたニッケルリチウム金属複合酸化物を用いると、均一で塗布性に優れる正極剤スラリーが得られる。このような正極剤スラリーにより、正極電極の生産効率を向上させることができる。しかも、正極活物質のイオン放出性も安定化され、電池性能も向上する。
【0062】
本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、リチウムイオン電池の正極活物質として利用できる。本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体のみでリチウムイオン電池の正極活物質を構成してもよいし、本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に、その長所が発現する程度の量で他のニッケルリチウム金属複合酸化物を混合してもよい。例えば、本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体50重量部と、本発明以外のリチウムイオン電池二次電池用正極活物質50重量部とを混合したものを正極活物質として用いることができる。リチウムイオン電池の正極を製造する場合には、上述の本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含む正極活物質、導電助剤、バインダー、分散用有機溶媒を加えて正極用合剤スラリーを調製し、電極に塗布する。
【実施例】
【0063】
以下の方法で、低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物前駆体を製造し、露点を調節した湿潤雰囲気中で焼成して、低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
【0064】
(焼成原料の調製)硫酸ニッケル及び硫酸コバルトを溶解させた水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を加え、生じた沈殿を濾過、洗浄、乾燥することによりニッケル-コバルト複合水酸化物を得た。このニッケル-コバルト複合水酸化物72.9gに水酸化リチウム20.3gと水酸化アルミニウム4.8gを粉体で混合し焼成原料とした。この焼成原料をこの焼成原料30gをアルミナボートに取り、内径50mmの石英管を設置した電気管状炉内に設置して、後述の実施例、比較例の操作に用いた。
【0065】
(焼成時雰囲気の露点調製)20℃に保温した水を入れた洗気瓶を2本用意し各々を直列に接続する。この2本の洗気瓶を通した気体を、露点20℃の気体と定義する。露点40℃の気体は上記の水に40℃の水を用い、露点60℃の気体は上記の水に60℃の水を用いた。気体として酸素を用いた。
【0066】
(焼成)上述焼成原料を設置した電気管状炉内に、露点を制御した酸素ガスを導入し、最高温度780℃で焼成したものを正極活物質とした。
【0067】
焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を以下の方法で分析、評価した。
【0068】
(pH測定)焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過した。得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定した。結果を表1に示す。
【0069】
(溶出Li量、Al量の測定)上述濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加える。この溶液を用いて、ICP発光分析にて測定を行う。ICPの分析ではAlとLiを同時に測定する。測定結果を表1に示す。本測定の検出限界値は2.5ppmである。検出限界を下回る場合には、「<2.5ppm」と表示する。検出限界を下回る場合、溶出性Alを実質的に含まないことを意味する。
[実施例1]
上述の方法で調整した焼成原料を焼成した。温度管理を以下のように行った。室温で昇温を開始した。1時間かけて300℃まで昇温し温度が300℃で0.5時間保持した。次に、1時間かけて550℃まで昇温し、温度550℃で2時間保持した。更に、1時間かけて780℃まで昇温し、温度780℃で4時間保持した後、1時間当たり80℃の冷却割合で室温まで冷却した。上述の昇温パターンを「rt-00-550-780」と呼ぶ。湿潤雰囲気を以下のように設定した。すなわち、酸素ガスを流量0.5L/min.で供給する露点20℃の湿潤雰囲気中で昇温を開始し、焼成工程終了までこの湿潤雰囲気を維持した。
[実施例2]
酸素ガスの流量を1L/min.とした点以外は実施例1と同じ条件で焼成した。
[実施例3]
酸素ガス流量を5L/min.とした点以外は実施例1と同じ条件で焼成した。
[実施例4]
酸素ガス流量を1L/min.、露点を40℃とした点以外は実施例1と同じ条件で焼成した。
[実施例5]
酸素ガス流量を1L/min.、露点を60℃とした点以外は実施例1と同じ条件で焼成した。
[実施例6]
昇温パターン(rt-300-550-780)は実施例1と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、乾燥酸素中で昇温を開始し、温度が780℃になった時点で雰囲気を露点40℃の酸素ガスに切り替えた。
[実施例7]
昇温パターン(rt-300-550-780)は実施例1と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、乾燥雰囲気中で昇温を開始し、温度が550℃になった時点で雰囲気を露点40℃の酸素ガスに切り替えた。
[実施例8]
昇温パターンは実施例1(rt-300-550-780)と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、乾燥雰囲気中で昇温を開始し、温度が300℃になった時点で雰囲気を露点40℃の酸素ガスに切り替えた。
[実施例9]
昇温パターン(rt-300-550-780)は実施例1と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、乾燥雰囲気中で昇温を開始し、温度が100℃になった時点で雰囲気を露点40℃の酸素ガスに切り替えた。
[実施例10]
昇温パターンを変更した。すなわち、室温から昇温を開始し、2時間かけて230℃まで昇温し、続いて780℃まで0.5時間で急速に昇温し、温度780℃を2.5時間保持し焼成を行った。焼成後は成り行きで室温まで降温した。この昇温パターンを「rt-230-780」という。実施例1と同じく、露点40℃の酸素ガス中で昇温を開始し、焼成工程終了までこの湿潤雰囲気を維持した。
[実施例11]
昇温パターン(rt-230-780)は実施例10と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、露点40℃の酸素ガス中で昇温を開始した。室温から230℃までの昇温、780℃までの昇温、温度780度での維持を、湿潤雰囲気下で行った。780℃での焼成が完了した時点で雰囲気を乾燥雰囲気に切り替えた。続いて成り行きで室温まで冷却した。
[実施例12]
昇温パターン(rt-230-780)は実施例10と同じとした。湿潤雰囲気の切り替えを行った。すなわち、露点40℃の酸素ガス中で昇温を開始した。温度を230℃から780℃まで連続的に上昇させながら、温度が530℃に達した時点で雰囲気を乾燥雰囲気に切り替えた。実施例10と同様に780℃で焼成し、次いで冷却した。
[比較例1]
昇温パターン(rt-300-550-780)は実施例1と同じとした。焼成工程全部を乾燥雰囲気下で行った。
[比較例2]
昇温パターン(rt-230-780)は実施例10と同じとした。焼成工程全部を乾燥雰囲気下で行った。
[比較例3]
昇温パターンを変更した。すなわち、乾燥雰囲気中で昇温を開始した。室温から780℃まで1時間で急速に昇温し、温度780度で5時間保持し焼成を行った。この昇温パターンを「rt-780」という。
【0070】
実施例と比較例の焼成工程の概要を表1に示す。実施例と比較例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物の分析結果を表2に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
表1に示されるように、実施例では、所定の焼成工程を経ることによって、pHが低減され、実質的に溶出Alを含まない低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明では、従来行われていた正極活物質用のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法における焼成工程の雰囲気ガスを制御するという、簡単な調節方法で、電池性能や正極製造にとって望ましい低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造することに成功した。しかも、本発明の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体では
、溶出性Al含有量も低減されており、このことによってもリチウムイオン電池の正極剤としての性能が向上されていると期待できる。本発明は、高容量のリチウムイオン電池の低コストでの製造に貢献すると期待される。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、
その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したAl濃度が2.5ppm未満であり、さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が45ppm以下であり、
上記水素イオン濃度は、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間攪拌し、その後吸引濾過し、得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定したものであり、
上記Al濃度及び上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にてAlとLiを同時に測定したものであり、
リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特徴とする、
低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項2】
さらに、その2gを100gの水に分散させた際の上澄のICP発光分析法で測定したLi濃度が30ppm以下で、上記Li濃度は、上記濾液の10gを100mlメスフラスコに採り、35%の塩酸5mlを加え100mlの標線まで純水を加え、この溶液を用いてICP発光分析にて測定したものであることを特徴とする、請求項1に記載の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
【請求項12】(削除)
【請求項13】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-12 
出願番号 特願2014-174149(P2014-174149)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C01G)
P 1 651・ 113- YAA (C01G)
P 1 651・ 121- YAA (C01G)
P 1 651・ 851- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
P 1 651・ 853- YAA (C01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 手島 理  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 金 公彦
岡田 隆介
登録日 2018-12-14 
登録番号 特許第6449592号(P6449592)
権利者 ユミコア
発明の名称 低アルカリ性ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法  
代理人 茂木 康彦  
代理人 三谷 祥子  
代理人 井澤 幹  
代理人 井澤 洵  
代理人 茂木 康彦  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 井澤 洵  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 井澤 幹  
代理人 三谷 祥子  

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