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審決分類 |
審判 訂正 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正 訂正する A61K |
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管理番号 | 1367223 |
審判番号 | 訂正2020-390056 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 訂正の審決 |
審判請求日 | 2020-07-13 |
確定日 | 2020-09-17 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6509729号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 特許第6509729号の特許請求の範囲を本件審判請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし10について訂正することを認める。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件訂正審判の請求に係る特許第6509729号(以下、「本件特許」という。)は、2015年2月25日(優先権主張 2014年2月26日)を国際出願日とする特願2015-528795号の請求項1ないし10に係る発明について、平成31年4月12日に特許権の設定登録がされたものであり、その後、令和2年7月13日に本件訂正審判の請求がされたものである。 第2 請求の趣旨及び訂正の内容 本件訂正審判の請求の趣旨は、特許第6509729号の特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める、との審決を求める、というものである。 そして、請求人が求めている訂正の内容は、以下のとおりである。 1 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「上昇」と記載されているのを、「低下」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?6も同様に訂正する)。 2 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項7に「上昇」と記載されているのを、「低下」に訂正する(請求項7の記載を引用する請求項8?10も同様に訂正する)。 第3 当審の判断 1 訂正事項1 (1)訂正の目的 ア 訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1に「上昇」と記載されているのを、「低下」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?6も同様に訂正する)、というものである。 請求人は、訂正事項1について、誤記の訂正を目的とする旨主張しているから、まず、訂正事項1が誤記の訂正を目的とするものであるか検討する。 「誤記の訂正」とは、本来その意であることが、特許請求の範囲、明細書又は図面などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいうと解される。 そして、特許請求の範囲の誤記の訂正は、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと、当事者その他一般第三者が理解する場合に限って許されることになり、その際、発明の詳細な説明の記載は、この点の判断の資料となる限度においてのみ斟酌されると解される。 そこで、請求項1における「上昇」なる記載が明らかな誤りであり、当該記載が当然に「低下」の意味であるといえるか否かを検討する。 イ 本件特許の設定登録時の請求項1の記載は、以下のとおりである(下線は訂正を求めている記載箇所であり、当審合議体が付した。)。 「1日当たり800±200mgの5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンが、血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者に対して経口投与されるように用いられることを特徴とする、5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンを有効成分として含有する慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。」 請求項1における「上昇」なる記載を含む「血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者」なる記載自体は、一見すると意味内容が明確であるが、以下の技術常識からみて、当業者にとって技術的に正しい記載であるかどうかという疑念を十分に生じさせ、本件特許の設定登録時の明細書の記載を参酌する契機を抱かせるものといえる。 すなわち、社団法人日本腎臓学会他編、「CKD診療ガイド 高血圧編」、株式会社東京医学社、2008年7月31日第1版第1刷発行、URL: https://www.jsn.or.jp/jsn_new/news/CKD-kouketsuatsu.pdfによれば、慢性腎臓病(CKD)とは、以下(1)及び(2)のいずれかが3カ月以上持続することと定義されている(20頁)。 (1)腎障害の存在が明らか(蛋白尿(特に重視)、病理、画像診断、検査(検尿/血液)など) (2)GFR(糸球体濾過量)60mL/min/1.73m^(2)未満 そして、GFRが減少すると共に、血清クレアチニン値は上昇するものであり(15頁表5)、腎機能の経時的変化を知る方法としては、GFRの推算式を用いてeGFRを算出し、経時的にプロットする方法が挙げられ、一般に、CKDではGFRが直線的に低下し、この直線の傾きの変化を見れば、CKDの進行速度を知ることができるところ、同様に、GFRに比例する「血清クレアチニン濃度Scr(mg/dL)の逆数プロット」の傾きの変化によっても、CKDの進行速度を知ることが可能である(17?18頁、図4)ことは、本願出願時の技術常識であるといえる。 以上の技術常識からすれば、慢性腎臓病患者は、腎機能の低下と共に、GFR値及びそれに比例する血清クレアチニン値逆数が経時的に低下することが通常であるから、「血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者」なる記載は、当業者にとって技術的に正しい記載であるかどうかという疑念を十分に生じさせるものといえる。 そのため、当該記載の意味するところについて、本件特許の設定登録時の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の記載を参酌することとする。 ウ 本件特許明細書には、以下の記載がある(下線は当審合議体による。)。 摘記(ア) 「【0002】 慢性腎臓病(CKD:chronic kidney disease)は、・・・。その原因には様々な全身疾患や腎疾患があるが、糖尿病、高血圧、慢性腎炎等が代表である。CKDは、次の(1)、(2)のいずれか、又は両方が3カ月以上持続することと定義される。 (1) 尿検査、画像・病理診断、血液検査などで腎障害の存在が明らかで、特に0.15g/gCr以上の蛋白尿(30g/gCr以上のアルブミン尿)がある。(単位「/gCr」は「1gクレアチニン当たり」の意味である。) (2) 糸球体濾過量(GFR)が60mL/分/1.73m^(2)未満に低下している。・・・ 【0003】 ヒトの腎機能は糸球体濾過量(GFR:glomerular filtration rate、単位時間当たりに腎臓のすべての糸球体により濾過される血漿量)で表される。GFRが低下することは、即ち腎機能が低下することを意味する。そうなると、体内のクレアチニン(Cr)や尿素窒素(BUN)等の代謝物を尿中に排泄できなくなり、体内に蓄積するようになる。これを反映して、血液検査ではクレアチニンや尿素窒素が高い値になる。正確にGFRを測定するにはイヌリンクリアランスやクレアチニンクリアランスという煩雑な検査が必要である。しかし、それらの検査が困難な日常の診療においては、血液検査により血清クレアチン(注:「血清クレアチニン」の誤記と解される。)(sCr)値を測定し、その値と年齢、性別から推算糸球体濾過量(eGFR:estimated glomerular filtration rate)を算出する簡便法が使用されている。例えば日本人に適合したeGFRの計算式は、日本腎臓学会編の「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013」等で提示されている。・・・」 摘記(イ) 「【0005】 CKDにおける腎機能の経時的な変化は、GFRの値を経時的にプロットすることにより知ることができる。すなわち、縦軸をeGFR値、横軸を時間(時期)としたグラフを描くことにより、腎機能の悪化速度がわかる。一般に、CKDではGFR値が左上から右下に向かって直線的に低下する。この直線の傾きを食事療法や薬物療法でできるだけ小さくすることで、ESKDになり透析治療が必要となる時期を遅らせることができる。 【0006】 CKDにおける腎機能の経時的な変化は、血清クレアチン(sCr)値の逆数(1/sCr、以下「sCr値逆数」ということがある。)をプロットすることでも知ることが可能である。sCr値逆数はGFR値に比例するからである。腎機能をsCr値で評価する場合は、正常な基準値の範囲が、一般的に男性で0.5?1.1mg/dL、女性で0.4?0.8mg/dL(単位は以下省略する。)とされている。クレアチニンは筋肉で産生されるため、筋肉量に比例した量となり、・・・。sCr値で腎機能を評価した場合、男性が1.2?1.3、女性が0.9?1.0になると、場合により経過観察が必要とされる。そして、一般に中程度のCKDではsCr値が1.5を超え、重症では2.4以上になる。sCr値が5を超えると回復は困難となり、sCr値10が透析を始める目安となる。一般的に医療現場においては、GFR値、sCr値逆数あるいはsCr値の経過を数カ月観察し、当該患者のCKDの悪化速度を知ることによって、適切な対処を検討することが一般的である。 【0007】 CKD患者には、GFR値でプロットした直線の傾斜やsCr値逆数でプロットした直線の傾斜(以下、後者を「sCr値逆数傾斜」という。)が比較的緩やかな患者と、これが急な患者がいる。前者の患者については、食事療法や薬物療法によってESKDへの進行を遅らせる(保存期CKDの時期を引き延ばす)ことが、ある程度可能である。しかしながら、GFR値やsCr値逆数が急速に低下して症状悪化が進行する患者については、これを抑制するのに有効な治療薬が殆ど存在しない。そして、患者がESKDになってしまった場合は、食事療法や薬物療法の他に透析が必要になり、患者のQOLが極めて大きく損なわれる・・・。 ・・・ 【0011】 また、本化合物の臨床試験に関する結果が、1997年及び1999年の学会で発表されている(非特許文献1及び2)。これらの文献においては、本化合物が糖尿病性慢性腎不全(diabetic chronic renal failure、以下「糖尿病性CRF」という。)患者のsCr値逆数(1/sCr)の低下を抑制することが示されている。・・・」 摘記(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】 【0014】 本発明は、これまで有効で服用しやすい治療薬がなかった急速進行性のCKD患者の腎機能の悪化を抑制ないし改善し、医薬品として極めて有用性の高いCKDの進行抑制又は改善剤を提供することを課題とする。 【課題を解決するための手段】 【0015】 本発明者らは、本化合物を有効成分として含有する薬剤(以下「本薬剤」という。)を用いた、CKD患者を対象とした臨床試験により、CKDに対する効果について更に詳細に研究を行った。その結果、本化合物を比較的大用量で服用することによって、CKD患者のうち、腎機能の低下が急速に進行している患者に対して選択的に且つ顕著な効果を示すことを見出し、本発明を完成した。本化合物は非常に低毒性で副作用がほとんど認められない。そのため、比較的大用量を投与されたCKD患者らに安全性の上で問題はなかった。また、本薬剤は経口投与可能で、他の薬剤との同時服用も否定されない。そのため、本薬剤はCKDの進行抑制又は改善剤として極めて有用である。 【発明の効果】 【0016】 本薬剤は、CKD患者のうち、腎機能の低下が急速に進行している患者に対して選択的に顕著な効果を示した。本薬剤の投与量は比較的大用量であったが、問題となる副作用は見られなかった。従って、本薬剤は、これまで有効で服用しやすい治療薬がなかった急速進行性のCKD患者の腎機能の悪化を抑制ないし改善すると共に、安全性が非常に高く、また服用し易く他の薬剤との同時使用も否定されない薬剤として、極めて有用性の高いものである。」 摘記(エ) 「【0028】 参考例 臨床試験結果(1) 非特許文献1及び2で示されている臨床試験について述べる。非特許文献2は、非特許文献1の臨床試験の続報である。以下、この両文献に係る臨床試験を「旧臨床試験」という。 旧臨床試験では、糖尿病性CRFの患者を対象として、被験薬を24週間、1日1回経口投与して、本化合物の有効性と安全性が評価された。被験者は、糖尿病性CRFの保存療法を受けている患者で、以下の選択基準を満たす者が選定された。 1)sCr値が1.5mg/dL以上でコンスタントに上がり続けている。 2)クレアチニンクリアランスが50mL/分未満である。 3)糖尿病性神経障害がある。 旧臨床試験の結果は、被験者の薬剤投与前後のsCr値逆数傾斜の変化で比較された。 【0029】 非特許文献2には、旧臨床試験の概要や結果について、次のような開示がされている。 (非特許文献2の中で「薬剤」とは、本化合物を含有する錠剤を意味する。なお、この薬剤又は本化合物が「NZ-419」という開発記号で表されている箇所もある。) 「26症例が登録され(平均55.8歳)、200mg投与(13例)と400mg投与(13例)の2群に分けられた。4例は合併症状が悪化して脱落した。臨床効果は、sCr値逆数(1/sCr)によって評価した。薬剤の服用前に少なくとも3カ月以上の間に5回sCrを測定して、被験者の対照コントロール値とした。薬剤の最初の服用の直前のsCr値は1.7?4.0mg/dLの範囲であった。薬剤投与後、sCr値を2、4、8、12、16、20及び24週において測定した。時間に対する1/sCr値をプロットして、最小二乗法によって回帰直線を得た。回帰直線の傾きの変化を薬剤の投与前後で比較した。以下のような違いが統計学的に有意に認められ、これは薬剤によって傾きの厳しさが緩和したことを示すものであった。 200mg/日群(n=11):前;-0.00075±0.00066、後;-0.00046±0.00043(p=0.01) 400mg/日群(n=11):前;-0.00098±0.00077、後;-0.00066±0.00097(p=0.02) (平均±S.D.) 重篤な薬剤の副作用は、臨床検査テストや臨床症状において認められなかった。また臨床試験期間において薬剤の蓄積は無かった。」 以上の結果をグラフにしたのが図1である。 なお、非特許文献1では、最後の結果の部分が次のとおり記載されている点が、非特許文献2との違いである。 「200mg/日群(n=12):前;-0.00078±0.00064、後;-0.00040±0.00047(p=0.016) 400mg/日群(n=11):前;-0.00098±0.00077、後;-0.00068±0.00096(p=0.024)」」 摘記(オ) 「【0030】 実施例 臨床試験結果(2) 旧臨床試験の結果は、本化合物の糖尿病性CRFに対する一定の効果を示すものではある。しかしながら、図1からもわかるとおり、その効果は驚くほど顕著なものではないと評価された。そのため、本化合物の糖尿病性CRFあるいはCKDに対する治療剤としての開発は途絶えていた。 そのような中、CKDの患者を、その腎機能の悪化の急速な者とそうでない者に分けて、本化合物の効果を調べてみるというアイデアが生まれた。その結果、CKD患者を被験薬の投与前1カ月当たりのsCr値逆数(1/sCr)の変化が0.01dL/mg以上の、急速に腎機能の悪化が進行している患者(以下「急速進行性のCKD患者」という。)と、当該変化が0.01dL/mg未満である患者(以下「緩徐進行性のCKD患者」という。)に分けて本化合物の効果を比較する臨床試験(以下「新臨床試験」という。)が行われた。この1カ月当たりのsCr値逆数の変化が0.01dL/mg以上という基準は、前記球形吸着炭製剤(「クレメジン(登録商標)」)の適用に際して採用されているものを踏襲した。また、新臨床試験においては、本化合物の投与量を、ある程度大用量にすることにより、旧臨床試験の結果との効果の相違を見極めることとされた。以下、新臨床試験の概要と結果について述べる。 【0031】 CKDのステージが3又は4にある患者を対象として、本化合物の有効性と安全性を評価するための臨床試験を行った。CKDと診断されて保存療法を受けている患者から、以下の選定基準を満たす者を被験患者として選定した。 ・性別は不問。ただし、妊婦や授乳者等は除く。 ・年齢は20?75歳。 ・GFR値は15?59。 ・血清クレアチニン(sCr)値は、試験開始時に1.5?5.0mg/dLの範囲で、52週前から試験開始時までに測定回数が3回以上あり、最初と最後の検査値の差が0.2mg/dL以上あった(上昇した)患者。 ・試験開始の前3カ月の間にCKDの進行を抑制すると考えられる薬剤(球形吸着炭製剤等)や食事療法を新たに始めた患者は除外する。 ・その他、脳血管障害の症候がある患者、感染症罹患中の患者、消化性潰瘍患者を除外する。 その上で、急速進行性のCKD患者と緩徐進行性のCKD患者に分けられた。 【0032】 その結果、新臨床試験では、本化合物を有効成分として含有する錠剤(被験薬)と、有効成分を含有せず、外観上被験薬と区別がつかない錠剤(プラセボ)を投与されるグループが計6つに分けられた。すなわち、緩徐進行性のCKD患者でプラセボ投与群、被験薬800mg投与群、被験薬1600mg投与群の3群、並びに、急速進行性のCKD患者でプラセボ投与群、被験薬800mg投与群、被験薬1600mg投与群の3群の計6群である。ここで、重量は被験薬が含有する本化合物の重量で、1日投与量を表している。また、新臨床試験では、投与は1日1回でなされた。被験薬は1錠当たり400mgの本化合物を含有するものが使用された。そのため、800mgの被験薬の投与は、被験薬2錠を服用することを意味し、1600mgの被験薬の投与は、被験薬4錠を服用することを意味する。プラセボには、有効成分である本化合物の代わりに乳糖が入れられ、全体の重量が被験薬と同じになるように他の添加剤の量で調整された。被験薬とプラセボを併せて「治験薬」と呼ぶ。 【0033】 被験者に対し治験薬が1日1回、24週間経口投与された。投与時期はできるだけ朝食30分前とした。治験薬投与前後のsCr値逆数(1/sCr)に対する回帰直線の傾きを比較して、CKDの進行に対する治験薬の効果を評価した。有意差検定はDunett検定を用いて行った。 【0034】 具体的には、治験薬の投与前24週間と投与開始後24週間の腎機能変化をsCr値逆数(1/sCr)に対する回帰直線の傾きによって評価した。その結果、図2に示すとおり、本化合物800mg/日の投与によって、急速進行性のCKD患者における腎機能の悪化の進行が顕著に抑制ないしは改善された。この結果は統計学的にも有意であることが示された。緩徐進行性のCKD患者ではそのような効果が認められず、急速進行性のCKD患者選択的であった。また、1600mg/日の投与群では、急速進行性のCKD患者で一定の効果が認められたが、顕著なものではなかった。緩徐進行性のCKD患者では効果がなかった。急速進行性のCKD患者のプラセボ投与群では、まったく腎機能の変化は認められなかった。 【0035】 上記の結果をsCr値逆数傾斜の変化として示したのが図3である。急速進行性CKD患者群において、プラセボ投与群(被験者5名の平均)では右下がりの傾きが治療前後でまったく変わらないのに対して、本化合物800mg/日投与群(被験者5名の平均)では、右下がりの傾きが治療後弱まるどころか若干右上がりになっており、腎機能悪化の進行が抑制あるいは改善されていた(図3の右側グラフにおける実線)。症例数が限られているとはいえ、この結果は、前記「クレメジン(登録商標)」の効果を上回っている。参考までに、急速進行性のCKD患者のうちプラセボ投与群の被験者5名と被験薬800mg/日投与群の被験者5名のすべてのsCr値逆数傾斜の変化を示したのが図4である。この図からは、被験薬800mg/日投与群の被験者5名すべての腎機能の悪化が顕著に抑制ないしは改善されていることがわかる。他方、プラセボ投与群の被験者5名の腎機能は悪化の進行がまったく抑制されていない(変化していない)ことがわかる(図3の左側グラフにおける実線)。なお、1600mg/日投与群を含め全症例において、問題となる重篤な副作用は観察されず、本薬剤が非常に安全性の高いものであることが認められた。」 そうすると、本件特許明細書には、以下の事項が記載されているといえる。 (a)ヒトの腎機能は糸球体濾過量(GFR)で表され、GFRが低下することは、即ち腎機能が低下することを意味し、その結果、体内のクレアチニン(Cr)や尿素窒素(BUN)等の代謝物を尿中に排泄できなくなり、体内に蓄積するようになるため、血液検査ではクレアチニンや尿素窒素が高い値で確認されること(摘記(ア)) (b)慢性腎臓病(CKD)は、次の(1)、(2)のいずれか、又は両方が3カ月以上持続することと定義されること (1) 尿検査、画像・病理診断、血液検査などで腎障害の存在が明らかで、特に0.15g/gCr以上の蛋白尿(30g/gCr以上のアルブミン尿)がある。(単位「/gCr」は「1gクレアチニン当たり」の意味である。)、 (2)糸球体濾過量(GFR)が60mL/分/1.73m^(2)未満に低下している。(摘記(ア)) (c)CKDにおける腎機能の経時的変化は、GFRの値を経時的にプロットすることで知ることができ、CKDではGFR値が左上から右下に向かって直線的に低下するところ、当該経時的変化は、血清クレアチニン(SCr)値の逆数(sCr値逆数)をプロットすることによっても知ることができ、これは、sCr値逆数がGFR値に比例するためであること(摘記(イ)) (d)GFR値やsCr値逆数が急速に低下して症状悪化が進行する患者については、これを抑制するのに有効な治療薬が殆ど存在しないため、本件特許の発明が解決しようとする課題は、これまで有効で服用しやすい治療薬がなかった急速進行性のCKD患者の腎機能の悪化を抑制ないし改善し、医薬品として極めて有用性の高いCKDの進行抑制又は改善剤を提供することであり、本件特許の発明の効果は、CKD患者のうち、腎機能の低下が急速に進行している患者に対して選択的に顕著な効果を示したものであること(摘記(イ)、(ウ)) (e)参考例として、sCr値が1.5mg/dL以上でコンスタントに上がり続けている等の選択基準を満たす糖尿病性CRFの保存療法を受けている患者についての旧薬理試験が示されており、その結果は、被験者の薬剤投与前後のsCr値逆数傾斜の変化で比較されていること(摘記(エ)) (f)実施例として、CKDの患者を、その腎機能の悪化の急速な者とそうでない者に分けて、薬剤の投与効果を比較する新臨床試験が示されており、血清クレアチニン(sCr)値が、試験開始時に1.5?5.0mg/dLの範囲で、52週前から試験開始時までに測定回数が3回以上あり、最初と最後の検査値の差が0.2mg/dL以上あった(上昇した)患者等の選定基準を満たす者のうち、急速に腎機能の悪化が進行している患者(急速進行性のCKD患者)は、「被験薬の投与前1カ月当たりのsCr値逆数(1/sCr)の変化が0.01dL/mg以上」であると定義されていること、また、その結果を、sCr値逆数傾斜の変化として示したところ、投与前に右下がりの傾きであったものが、治療後に若干右上がりになっており、腎機能悪化の進行が抑制あるいは改善されたことが確認されたこと(摘記(エ)、(オ)) 以上の記載事項からみて、本件特許明細書において、一貫して、治療対象の患者は、GFR値やsCr値逆数が急速に低下して、腎機能の低下が急速に進行しているCKD患者(急速進行性のCKD患者)であって、実施例における当該患者への治療効果について、sCr値逆数傾斜の変化として、投与前に右下がりの傾き、すなわち、sCr値逆数が低下傾向であったものが、治療後に若干右上がりの傾きとなったことが読み取れる。 そうすると、実施例において定義される、急速に腎機能の悪化が進行している患者(急速進行性のCKD患者)についての「被験薬の投与前1カ月当たりのsCr値逆数(1/sCr)の変化が0.01dL/mg以上」における「変化」とは、「低下」の意味であることが明らかである。 エ してみると、請求項1における「血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者」なる記載は、当業者にとって技術的に疑念を生じさせるものであり、本件特許明細書も参酌すれば、請求項1における「上昇」なる記載が明らかな誤りであり、当該記載が当然に「低下」の意味であるといえる。請求項1を引用する請求項2ないし6についても同様である。 オ したがって、訂正事項1は、特許法第126条第1項第2号に掲げる「誤記の訂正」を目的とするものに該当する。 (2)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 訂正事項1は、本件特許明細書の記載(上記(1)ウの摘記(ア)?(オ))に基づいて導き出されるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。 (3)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 上記(1)で説示したとおり、請求項1における「上昇」なる記載は、それ自体で又は本件特許明細書の記載との関係で、誤りであることが明らかであり、かつ、明細書、特許請求の範囲又は図面の記載全体から、「低下」なる正しい記載が自明な事項として定まるといえるから、この誤りを正しい記載にする訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 したがって、訂正事項1は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。 (4)独立特許要件について 訂正事項1は、特許請求の範囲の誤記の訂正を目的とするものであるから、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができることが要件となるところ、当該訂正後における特許請求の範囲の請求項1ないし6に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとする理由を発見しないから、訂正事項1は、特許法第126条第7項の規定に適合するものである。 2 訂正事項2 (1)訂正の目的 ア 訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項7に「上昇」と記載されているのを、「低下」に訂正する(請求項7の記載を引用する請求項8?10も同様に訂正する)、というものである。 そこで、請求項7における「上昇」なる記載が明らかな誤りであり、当該記載が当然に「低下」の意味であるといえるか否かを検討する。 イ 本件特許の設定登録時の請求項7の記載は、以下のとおりである(下線は訂正を求めている記載箇所であり、当審合議体が付した。)。 「血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者に対して、1日当たり800±200mgの5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンを経口投与されるように用いられることを特徴とする慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤の製造のための5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンの使用。」 請求項7における「上昇」なる記載を含む「血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの上昇が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者」なる記載については、上記1(1)で説示したとおり、「上昇」なる記載が明らかに誤りであり、当該記載が当然に「低下」の意味であるといえる。請求項7を引用する請求項8ないし10についても同様である。 ウ したがって、訂正事項2は、特許法第126条第1項第2号に掲げる「誤記の訂正」を目的とするものに該当する。 (2)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 訂正事項2は、本件特許の設定登録時の明細書の記載(上記1(1)ウの摘記(ア)?(オ))に基づいて導き出されるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。 (3)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 上記(1)で説示したとおり、請求項7における「上昇」なる記載は、それ自体で又は本件特許の設定登録時における明細書の記載との関係で、誤りであることが明らかであり、かつ、明細書、特許請求の範囲又は図面の記載全体から、「低下」なる正しい記載が自明な事項として定まるといえるから、この誤りを正しい記載にする訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 したがって、訂正事項2は、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。 (4)独立特許要件について 訂正事項2は、特許請求の範囲の誤記の訂正を目的とするものであるから、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができることが要件となるところ、当該訂正後における特許請求の範囲の請求項7ないし10に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとする理由を発見しないから、訂正事項2は、特許法第126条第7項の規定に適合するものである。 第4 むすび 以上のとおり、本件訂正審判の請求に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第5項ないし第7項の規定に適合するものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 1日当たり800±200mgの5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンが、血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの低下が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者に対して経口投与されるように用いられることを特徴とする、5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンを有効成分として含有する慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項2】 1日当たりの投与量が800±100mgである請求項1に記載の慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項3】 1日当たりの投与量が800mgである請求項1に記載の慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項4】 慢性腎臓病患者が、慢性腎臓病の病期3又は4である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項5】 1日1回経口投与される請求項1乃至4のいずれか1項に記載の慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項6】 錠剤である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤。 【請求項7】 血清クレアチニン値逆数の1カ月当たりの低下が0.01dL/mg以上である慢性腎臓病患者に対して、1日当たり800±200mgの5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンを経口投与されるように用いられることを特徴とする慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤の製造のための5-ヒドロキシ-1-メチルイミダゾリジン-2,4-ジオンの使用。 【請求項8】 慢性腎臓病患者が慢性腎臓病の病期3又は4である請求項7に記載の使用。 【請求項9】 慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤が1日1回経口投与されるものである請求項7又は8に記載の使用。 【請求項10】 慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤が錠剤である請求項7乃至9のいずれか1項に記載の使用。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審理終結日 | 2020-08-25 |
結審通知日 | 2020-08-28 |
審決日 | 2020-09-08 |
出願番号 | 特願2015-528795(P2015-528795) |
審決分類 |
P
1
41・
852-
Y
(A61K)
|
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 金子 亜希 |
特許庁審判長 |
滝口 尚良 |
特許庁審判官 |
井上 典之 松本 直子 |
登録日 | 2019-04-12 |
登録番号 | 特許第6509729号(P6509729) |
発明の名称 | 慢性腎臓病の進行抑制又は改善剤 |
代理人 | 特許業務法人三枝国際特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人三枝国際特許事務所 |