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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H04B
管理番号 1367550
審判番号 不服2019-10561  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-08-08 
確定日 2020-10-19 
事件の表示 特願2017-121598「無線通信装置、基地局装置、移動局装置、移動体及び通信システム」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 1月17日出願公開、特開2019- 9530〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年6月21日の出願であって、その手続の経緯の概要は以下のとおりである。

平成30年 8月 8日付け 拒絶理由通知書
10月 9日 意見書・手続補正書
平成31年 1月23日付け 拒絶理由通知書(最後)
3月15日 意見書
4月25日付け 拒絶査定
令和 元年 8月 8日 審判請求・手続補正書
令和 2年 5月 1日付け 拒絶理由通知書
6月24日 意見書・手続補正書

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、令和2年6月24日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1に記載される以下のとおりのものであると認める。

「 【請求項1】
移動体に固定設置される移動型の無線通信装置であって、
指向性を有するビームを形成可能な第一アンテナを介して移動通信の基地局との間で無線通信を行う第一無線通信部と、
第二アンテナを介して前記移動体の外側周辺エリア及び内側エリアをカバーする移動通信の移動型セルを形成し、前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する移動通信の移動局との間で無線通信を行う第二無線通信部と、
前記移動体の周囲に存在する基地局アンテナの情報に基づいて、前記第一アンテナで形成されるビームを制御する制御部とを有し、
前記移動体の移動中又は移動停止中に、前記第一アンテナで形成されるビームの制御を行い、前記基地局と前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する前記移動局との間の通信を中継することを特徴とする無線通信装置。」

第3 当審拒絶理由通知書の概要
令和2年5月1日付け拒絶理由通知書(以下、「当審拒絶理由通知書」という。)で通知された拒絶理由の概要は、以下のとおりである。

この出願の請求項1?17に係る発明は、その出願前に日本国内または外国において頒布された下記文献1に記載された発明並びに下記文献2及び3に示される周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

文献1.特開2010-28369号公報
文献2.特開2015-76758号公報
文献3.特開平9-230019号公報

第4 各引用文献の記載事項
1 文献1の記載事項
当審拒絶理由通知書で引用された文献1には、以下の事項(下線は強調のため当審にて付与した。以下同様。)が記載されている。

(1)「【背景技術】
【0002】
無線基地局により形成される複数のセルで通信エリアをカバーし、通信エリア内の端末による通信を可能にする無線通信システムには、固定的に設置される無線基地局(固定基地局装置)の他に、移動可能な無線基地局(移動基地局装置)が用いられる場合がある。この種の無線通信システムとして、例えば、WiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)がある。
【0003】
移動基地局装置は、例えば、鉄道の車両のように所定の軌道を移動する移動体に搭載されたり、路線バス、航空機、船舶などのように一定の軌道上ではないが、ある程度限定されたルートを移動する移動体に搭載されたりする。また、移動基地局装置はルートの限定
されない観光バス等に搭載されることもある。特許文献1には、車両に設置した移動基地局装置によって車両内の端末を収容する構成が開示されている。
【0004】
バス、列車、船舶、航空機などの高速で移動する移動体に移動基地局を設置することにより、移動体内の端末の通信を安定的に接続することが可能になる。また、列車、船舶、航空機のように、移動体の移動に伴って端末数が地理的および時間的に変動する大型の移動体に移動基地局を設置することにより、端末数の変動に対して効率の良い無線リソースの割り当てが可能となる。
【0005】
また、移動基地局装置を搭載する移動体には、運用中も移動するものの他に、一時的ではあるが設置されている間は移動しないものがある。例えば災害地やイベント会場のように一時的に急激にトラフィックが増加する地域に、移動基地局装置を設置することにより、トラフィックの増加に迅速に対応することが可能となる。
【0006】
このように移動基地局装置を利用することによって、無線リソースの利用効率を向上させたり、ユーザの利便性を向上させたりすることができる。このような移動基地局装置は、各移動基地局装置においてその所在位置に応じて適切に運用することが好ましい。特許文献2には、移動基地局装置の位置に基づいて運用制御情報(パラメータ)を取得することが記載されている。
【特許文献1】 特開2002-335573号公報
【特許文献2】 特開2003-018073号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、特許文献2に記載されたものは、移動基地局装置自身が自身の位置に基づいてパラメータを取得するものである。しかし、パラメータには、バックボーン設備や固定基地局装置および他の移動基地局装置との関係を含む周辺環境によって適切な値が定まるものがある。例えば、自身が移動しなくても周辺環境の変化によって適切なパラメータが変化することがある。そのため、各移動基地局装置が自身の位置に応じて運用パラメータを決定する構成では、適切な運用パラメータが選択されない可能性があった。
【0008】
本発明の目的は、位置に応じて移動基地局装置を適切に運用するための技術を提供することである。」

(2)「【0016】
移動基地局装置11は、移動体10に設置され、バックボーン回線を介してネットワーク15に接続される。図1では、一例として、衛星回線13およびバックボーン基幹局14で構成されるバックボーン回線が示されている。バックボーン回線はこの例に限定されるものではなく、移動体10の移動が可能であれば、どのような回線であってもよい。他の例として、他キャリアへのローミング、マイクロ波回線、携帯電話回線、鉄道無線、航空無線、消防・警察無線などがある。
【0017】
いわゆるムービングネットワークの例では、電車、バス、船舶などの移動体10に設置され、移動体10内に移動セルを構成する移動基地局装置11は、バックボーン回線として、移動体11外に固定的に設置された固定基地局装置(不図示)と接続する。その場合、移動基地局装置11が移動すれば、その移動基地局装置11の接続先の固定基地局装置が切り替わる。また、固定基地局装置と移動基地局装置11の間の通信は、固定基地局装置と端末装置が直接接続する通信よりも優先的に処理されることが好ましい。」
(当審注:【0017】の「移動体11外」は、「移動体10外」の誤記と認める。)

(3)「【0027】
図2は、本実施形態の移動基地局装置11の構成を示すブロック図である。図2を参照すると、移動基地局装置11は、通信処理部21、位置測定部22、通知部23、および動作制御部24を有している。
【0028】
移動基地局装置11は、移動が可能な無線基地局装置であり、端末装置16と無線で接続し、端末装置16とネットワーク15との通信を中継する。通信処理部21は、アンテナ25で端末装置16に接続し、アンテナ26でネットワーク15に接続するためのバックボーン回線に接続し、端末装置16とネットワーク15との通信に関する処理を行う。この処理には、呼を接続するための制御やユーザデータの転送が含まれる。」

(4)「【0043】
図5は、本実施形態の無線通信システムの適用例を示す図である。これは、移動基地局装置11が移動体10内の端末装置16を接続する構成例である。ただし、移動体10はシールドされておらず、移動体10内の端末装置16は移動基地局装置11だけでなく、移動体10外の周辺基地局装置41に接続することもできる。移動体10内の端末装置16による負荷を移動基地局装置11と周辺基地局装置41とに分散させることができる。【0044】
図6は、本実施形態の無線通信システムの他の適用例を示す図である。これは、移動基地局装置11が移動体10外の端末装置16を接続する構成例である。移動体10外の端末装置16は移動基地局装置11と周辺基地局装置41のいずれにも接続することができる。端末装置16による負荷を移動基地局装置11と周辺基地局装置41とに分散させることができる。移動基地局装置11へは、移動基地局装置11が搭載された移動体10と同様に移動可能な他の移動体51内の端末装置16と、いずれの移動体にも乗っていない端末装置16の両方が接続できる。例えば、イベント会場や災害地のトラフィックを収容するために設置される移動基地局装置11が想定される。また、移動体10がマラソン中継の放送中継車両であり、移動体51がランナーに伴走する伴走車両である場合が想定される。」

(5)「【0057】
移動基地局装置11における位置に依存するパラメータの例を以下に示す。
【0058】
(a)自基地局運用形態選択
移動基地局装置11の運用形態を示すパラメータである。
【0059】
移動基地局装置11は様々な用途に利用できるが、用途によって運用形態が異なる。路線バス車内、長距離バス車内、鉄道車内、新幹線車内、航空機内、船舶内、移動中継車(例えばマラソン中継車)、テーマパークや祭りや展示会などのイベント会場のように、移動基地局装置11の設置場所によって運用形態が異なる場合がある。また、災害時の緊急回線の増設、高トラフィックエリア内一時回線増設のように、設置目的によって運用形態が異なる場合がある。」

(6)「【0069】
(h)アンテナ選択
移動基地局装置11は、エリアの変更に伴って、使用するアンテナを切り替えてもよい。また、移動基地局装置11は、移動に伴って、アンテナの指向方向を切り替えてもよい。例えば、オムニアンテナからセクタアンテナへと切り替えることにより、通信方向を絞り込んでもよい。」

(7)「【0076】
次に、運用パラメータの選択など、管理サーバ12が状況に応じて制御情報を決定する場合の例について説明する。移動基地局装置11の所在するエリアあるいは位置によって単純に決まる制御情報(運用パラメータ等)の他に、移動に伴う周辺状況の変化等に応じて決定される制御情報がある。
【0077】
(a) 移動基地局装置11を搭載する移動体10内が電磁波シールド空間であり、移動体10がある場所にいるときにドアが開かれるという状況を想定する。移動基地局装置11はドアが閉まっている間は移動体10内の端末装置16とのみ接続し、ドアが開いているときには移動体10外の端末装置16とも接続するとする。その場合、移動基地局装置11の位置によって、移動基地局装置11の送信出力パワーを制御してもよい。」

(8)「【0090】
以上、本発明の実施形態について述べてきたが、本発明は、これらの実施形態だけに限定されるものではなく、本発明の技術思想の範囲内において、これらの実施形態を組み合わせて使用したり、一部の構成を変更したりしてもよい。」

(9)文献1は、「発明を実施するための最良の形態」として、(A)「本実施形態の無線通信システム」のシステム構成を【0015】?【0042】に記載し、(B)「本実施形態の無線通信システムの適用例」(移動基地局装置11が移動体10内の端末装置16を接続する構成例)を【0043】に記載し、(C)「本実施形態の無線通信システムの他の適用例」(移動基地局装置11が移動体10外の端末装置16を接続する構成例)を【0044】に記載し、(D)「本実施形態の無線通信システムの動作例」を【0045】?【0055】に記載し、(E)「本実施形態の無線通信システムにおける運用パラメータ等」の「制御情報の例」を【0056】?【0075】に記載し、(F)「運用パラメータの選択など」「制御情報を決定する場合の例」を【0076】?【0089】に記載した上で、「以上、本発明の実施形態について述べてきたが、本発明は、これらの実施形態だけに限定されるものではなく、本発明の技術思想の範囲内において、これらの実施形態を組み合わせて使用したり、一部の構成を変更したりしてもよい。」(【0090】)と記載していることから、文献1は、「本発明の技術思想の範囲内において」、【0015】?【0089】に記載された実施形態を組み合わせることを開示しており、(B)及び(C)の相異なる「適用例」の組み合わせも「本発明の技術思想の範囲内」であると認められる。両適用例が組み合わされることは、(E)の「運用パラメータ」の一つとして「移動基地局装置11の運用形態を示すパラメータ」が示されており(【0058】)、該運用形態に「路線バス車内」等のように移動体内の端末装置と接続する形態とともに「テーマパークや祭りや展示会などのイベント会場」のように移動体外の端末装置と接続する形態もが含まれていること(【0059】)とも整合する。

(10)以上によれば、文献1には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「移動体10に設置され、バックボーン回線である携帯電話回線を介してネットワーク15に接続される移動基地局装置11であって(【0016】)、
移動基地局装置11は、移動が可能な無線基地局装置であり、端末装置16と無線で接続し、端末装置16とネットワーク15との通信を中継し(【0028】)、
移動体10内に移動セルを構成する移動基地局装置11は、バックボーン回線として、移動体10外に固定的に設置された固定基地局装置と接続して通信し(【0017】)、
移動基地局装置11が移動体10外の端末装置16をも接続し(【0044】、【0090】)、
移動基地局装置11は、通信処理部21を有しており(【0027】)、
通信処理部21は、アンテナ25で端末装置16に接続し、アンテナ26でネットワーク15に接続するためのバックボーン回線に接続し、端末装置16とネットワーク15との通信に関する処理を行い(【0028】)、
移動基地局装置11は、エリアの変更に伴って、使用するアンテナを切り替えてもよく、また、移動基地局装置11は、移動に伴って、アンテナの指向方向を切り替えてもよい(【0069】)、
移動基地局装置11。」

2 文献2の記載事項
当審拒絶理由通知書で引用された文献2には、以下の事項が記載されている。

(1)「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、従来の無線通信システムでは、同一の移動体(例えば、電車、バス、船など)内に存在する多数の端末における移動通信(グループモビリティ、Group mobility、GMなどとも呼ばれる)において、各端末が個別に無線基地局との通信を行う。このため、制御信号による負荷、端末間干渉などによってシステムパフォーマンスが低下してしまう恐れがあった。特に、多数のユーザ端末を含んだ移動体がセル境界を通過する場合に、システムパフォーマンスの低下が顕著になるという課題があった。」

(2)「【0026】
GM移動局120は、移動体110に設置され、移動体110内部に含まれるユーザ端末160と、GM基地局130、マクロ基地局140及びスモール基地局150との通信を中継する。」

(3)「【0079】
一方、本実施の形態に係るGM移動局は、ビームフォーミングにより形成したビームを用いて、GM基地局と通信する。ここで、当該ビームは、GM基地局の方向に向けてビームフォーミングされる。GM基地局の方向は、制御情報やデータベースによって取得することができる。例えば、上位局装置から、マクロ基地局を介してGM基地局の地理的位置に関する情報を受信しても良い。また、移動体の移動経路に基づいて、移動体が所定の時刻に存在する地理的位置を予めデータベース化した情報をGM移動局が保持し、現在の時刻やGM移動局の地理的位置に基づいてGM基地局の位置情報を推定しても良い。なお、各基地局やGM移動局の地理的位置に関する情報の取得としては、例えばGPS(Global Positioning System、全地球測位システム)、測域センサ(レーザスキャナとも呼ぶ)などを用いることができる。」

第5 本願発明と引用発明との対比
1 引用発明の「移動体10」は本願発明の「移動体」に相当し、引用発明の「移動基地局装置11」は、「移動体10に設置され」る「移動が可能な無線基地局装置」であるから、本願発明と引用発明とは、「移動体に設置される移動型の無線通信装置であ」る点で共通する。

2 引用発明の「固定基地局装置」及び「アンテナ26」はそれぞれ本願発明の「移動通信の基地局」及び「第一アンテナ」に相当し、引用発明において「移動基地局装置11は、バックボーン回線として、移動体10外に固定的に設置された固定基地局装置と接続して通信し」、「移動基地局装置11は、通信処理部21を有しており」、「通信処理部21は、…(中略)…アンテナ26でネットワーク15に接続するためのバックボーン回線に接続し、端末装置16とネットワーク15との通信に関する処理を行」うから、本願発明と引用発明とは「第一アンテナを介して移動通信の基地局との間で無線通信を行う第一無線通信部」を有する点で共通する。

3 引用発明において「移動基地局装置11は、エリアの変更に伴って、使用するアンテナを切り替えてもよく、また、移動基地局装置11は、移動に伴って、アンテナの指向方向を切り替えてもよい」のであるから、引用発明の「アンテナ26」は指向性を有するビームを形成可能であり、引用発明は、「アンテナ26」で形成されるビームの制御を行うものであり、該制御を行うための制御部を有するものである。

4 前記2及び3によれば、本願発明と引用発明とは「指向性を有するビームを形成可能な第一アンテナを介して移動通信の基地局との間で無線通信を行う第一無線通信部」を有する点で共通する。

5 前記3によれば、本願発明と引用発明とは「前記第一アンテナで形成されるビームを制御する制御部」を有する点で共通する。

6 引用発明の「移動基地局装置11」は「移動体10内に移動セルを構成する」ものであり、かつ、移動基地局装置11が有する「通信処理部21は、アンテナ25で端末装置16に接続」するものであるから、引用発明は、アンテナ25を介して移動体10の内側エリアをカバーする移動セルを形成し、前記移動セルの前記内側エリアに在圏する端末装置16との間で無線通信を行う通信処理部21を有する。
そして、引用発明においては「移動基地局装置11が移動体10外の端末装置16をも接続」するのであるから、引用発明の「移動セル」は内側エリアだけでなく、移動体10の外側エリアにも形成され、「アンテナ25」は該外側エリアに在圏する端末装置16をも接続すると認められる。
そうすると、引用発明の「アンテナ25」、「端末装置16」及び「移動セル」はそれぞれ本願発明の「第二アンテナ」、「移動通信の移動局」及び「移動通信の移動型セル」に相当し、本願発明と引用発明とは「第二アンテナを介して前記移動体の外側周辺エリア及び内側エリアをカバーする移動通信の移動型セルを形成し、前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する移動通信の移動局との間で無線通信を行う第二無線通信部」を有する点で一致する。

7 引用発明において「移動基地局装置11は、移動が可能な無線基地局装置であり、端末装置16と無線で接続し、端末装置16とネットワーク15との通信を中継」するものであり、引用発明の「移動体10」は、移動中であるか移動停止中であるかのいずれかでしかないから、前記3及び6と併せれば、本願発明と引用発明とは「前記移動体の移動中又は移動停止中に、前記第一アンテナで形成されるビームの制御を行い、前記基地局と前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する前記移動局との間の通信を中継する」点で一致する。

8 前記1?7によれば、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

〈一致点〉
「移動体に設置される移動型の無線通信装置であって、
指向性を有するビームを形成可能な第一アンテナを介して移動通信の基地局との間で無線通信を行う第一無線通信部と、
第二アンテナを介して前記移動体の外側周辺エリア及び内側エリアをカバーする移動通信の移動型セルを形成し、前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する移動通信の移動局との間で無線通信を行う第二無線通信部と、
前記第一アンテナで形成されるビームを制御する制御部とを有し、
前記移動体の移動中又は移動停止中に、前記第一アンテナで形成されるビームの制御を行い、前記基地局と前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する前記移動局との間の通信を中継することを特徴とする無線通信装置。」である点。

〈相違点1〉
本願発明の「無線通信装置」は「移動体に固定設置される」ものであるのに対して、引用発明の「移動基地局装置11」は「移動体10に設置され」てはいるが、固定設置されるものか否かが明らかではない点。

〈相違点2〉
本願発明は「前記移動体の周囲に存在する基地局アンテナの情報に基づいて、前記第一アンテナで形成されるビームを制御する」ものであるのに対し、引用発明は、エリアの変更ないし移動に伴い、何に基づいてビームを制御しているのかが明らかではない点。

〈相違点3〉
本願発明の基地局と通信するための「第一無線通信部」と移動局と通信するための「第二無線通信部」とが別のものとして構成されているのに対して、引用発明は一つの「通信処理部21」が固定基地局装置との通信及び端末装置16との通信を行うよう構成されている点。

9 請求人の主張について
(1)請求人は、令和2年6月24日の意見書(以下、単に「意見書」という。)にて、要するに、当審は引用発明の認定を誤った結果、以下の相違点4を看過したため、当審拒絶理由通知書に記載した理由は存在しない旨を主張する(意見書2.(2)?(4))。

〈相違点4〉
本願発明1は「第二アンテナを介して前記移動体の外側周辺エリア及び内側エリアをカバーする移動通信の移動型セルを形成し、前記移動型セルの前記外側周辺エリア及び前記内側エリアそれぞれに在圏する移動通信の移動局との間で無線通信を行う第二無線通信部」を有するのに対し、引用発明は、「移動体10内に移動セルを構成する移動基地局装置11」を有するが、この移動セルが移動体10の外側周辺エリアをカバーするものであるかどうかは明らかではない点。

前記主張のうち、引用発明の認定誤りについての主張は、文献1には、移動基地局装置11が移動体10“内”の端末装置を接続する構成例(以下、前記第4、1(9)で付した記号に従い「構成例(B)」という。)と、移動基地局装置11が移動体10“外”の端末装置を接続する構成例(以下、「構成例(C)」という。)とが、別々の実施形態として記載されているところ、構成例(B)は、“移動体の移動中”という使用形態における通信の安定性や無線リソースの利用効率向上を目的としたものである(【0003】、【0004】)一方、構成例(C)は、トラフィック増加地域まで移動体により移動基地局装置を搬送し、その地域に“移動体を停止させて”移動基地局装置を設置するという使用態様において、そのトラフィック増加地域のオフロードを目的としたものであり(【0005】、【0044】)、これらの構成例は、その使用形態も、その目的も、お互いに全く異なるものであるから、文献1に「以上、本発明の実施形態について述べてきたが、本発明は、これらの実施形態だけに限定されるものではなく、本発明の技術思想の範囲内において、これらの実施形態を組み合わせて使用したり、一部の構成を変更したりしてもよい。」(【0090】)という記載が存在するというだけで、あらゆる実施形態の組み合わせが文献1に開示されていると認定することはできず、構成例(B)と構成例(C)とを組み合わせて、移動体10内と移動体10外とをカバーする(共通の)移動セルを形成するという構成を認定することは、本願の出願時における技術常識を参酌しても誤りである、というものである。

(2)前記主張について検討する。
ア 請求人が指摘する文献1の【0003】?【0005】は、背景技術としての移動基地局装置を説明したもの(【0002】)であって、この記載自体が引用発明の課題や効果を記述するものではない。文献1は、移動基地局装置の背景技術として、運用中も移動するものの他に設置されている間は移動しないものがある(【0005】)ことを示し、このような移動基地局装置は所在位置に応じて適切に運用することが好ましい(【0006】)として、従来の移動基地局装置の運用指針を示した上で、「自身が移動しなくても周辺環境の変化によって適切なパラメータが変化することがある。そのため、各移動基地局装置が自身の位置に応じて運用パラメータを決定する構成では、適切な運用パラメータが選択されない可能性があった。」(【0007】)という従来の移動基地局装置の課題を説明し、「本発明の目的は、位置に応じて移動基地局装置を適切に運用するための技術を提供することである。」(【0008】)という引用発明の目的を示している。文献1のこれら一連の記載によれば、引用発明が解決すべき課題は、移動基地局装置の位置のみに応じて運用パラメータを決定するのではなく、周辺環境の変化も含めて運用パラメータを決定するような移動基地局装置を提供することにあると認められ、該課題は、(a)移動基地局装置が運用中に移動する形態、及び、(b)設置されている間は移動しない形態という、2つの使用形態のどちらにおいても追求されるべきものと認められる。

イ 請求人の主張は、移動体10内にセルを形成する構成例(B)と、移動基地局装置が運用中に移動する使用形態(a)とが対応し、移動体10外にセルを形成する構成例(C)と、移動基地局装置が設置されている間は移動しない使用形態(b)とが対応することを前提としている。
しかしながら、文献1には構成例(C)について「また、移動体10がマラソン中継の放送中継車両であり、移動体51がランナーに伴走する伴走車両である場合が想定される。」(【0044】)との記載があることから、文献1では、構成例(C)が移動基地局が運用中に移動する使用形態(a)をも想定していることが読み取れるため、前記前提は正しいとはいえない。

ウ さらに、文献1には構成例(B)について「これは、移動基地局装置11が移動体10内の端末装置16を接続する構成例である。ただし、移動体10はシールドされておらず、移動体10内の端末装置16は移動基地局装置11だけでなく、移動体10外の周辺基地局装置41に接続することもできる。」(【0043】)との記載があり、引用発明の構成例(B)が移動体10内だけでなく、移動体10外にセルを形成することをも想定していることが理解できる。

エ 前記アに示した引用発明が解決すべき課題に関連し、文献1には、移動基地局装置11における位置に依存するパラメータ(【0057】)として、「運用形態を示すパラメータ」(【0058】)が第一に想定されており、その運用形態について「路線バス車内、長距離バス車内、鉄道車内、新幹線車内、航空機内、船舶内、移動中継車(例えばマラソン中継車)、テーマパークや祭りや展示会などのイベント会場などのように、移動基地局装置11の設置場所によって運用形態が異なる場合がある。」(【0059】)との記載があることから、引用発明では、構成例(B)及び(C)ないし使用形態(a)及び(b)を包括的に運用することが想定されていると認められる。

オ 前記アに示した引用発明が解決すべき課題に関連し、文献1には、「移動に伴う周辺状況の変化等に応じて決定される制御情報」(【0076】)について、「移動基地局装置11を搭載する移動体10内が電磁波シールド空間であり、移動体10がある場所にいるときにドアが開かれるという状況を想定する。移動基地局装置11はドアが閉まっている間は移動体10内の端末装置16とのみ接続し、ドアが開いているときには移動体10外の端末装置16とも接続するとする。その場合、移動基地局装置11の位置によって、移動基地局装置11の送信出力パワーを制御してもよい。」(【0077】)との記載があることから、引用発明では、構成例(B)及び(C)を包括的に運用することが想定されていると認められる。

カ 文献1は構成例(B)及び(C)を別の構成例として記載しているものの、前記ア?オによれば、文献1は両構成例にわたり包括的に前記アの課題を解決しようとする思想を開示していると認められ、文献1の【0090】の記載は、両構成例を含め、全ての実施形態を組み合わせることを想定しているといえる。
よって、引用発明の認定に誤りはなく、請求人が主張する相違点4の看過はないので、請求人の主張は採用できない。

第6 判断
1 相違点1について
引用発明の「移動体10」として電車、バス、船舶などが想定される(【0017】)ところ、これらの移動体に無線通信装置を設置するにあたって固定設置することは常套手段であり、この点に格別の困難性は存在しない。

2 相違点2について
同一の移動体内に存在する多数の端末における移動通信において、基地局の位置に関する情報、すなわち、移動体の周囲に存在する基地局アンテナの情報に基づいてビームを制御することは、例えば文献2【0079】に示されるように、周知技術である。

3 相違点3について
2系統の通信を処理する回路を一体として構成するか別体として構成するかは、適宜選択すべき事項に過ぎない。

4 効果について
本願発明の効果は、引用発明の構成から自明に奏されるものであり、格別のものではない。

5 請求人の主張について
請求人は、相違点4が存在することを前提として、相違点4に係る構成が容易に想到し得ないことを主張する(意見書2.(5)?(7))が、前記第5、9のとおり、相違点4は存在しないから、請求人の主張は採用できない。

第8 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び文献2に示される周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-08-13 
結審通知日 2020-08-21 
審決日 2020-09-01 
出願番号 特願2017-121598(P2017-121598)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 玉田 恭子太田 龍一福田 正悟  
特許庁審判長 佐藤 智康
特許庁審判官 丸山 高政
中野 浩昌
発明の名称 無線通信装置、基地局装置、移動局装置、移動体及び通信システム  
代理人 黒田 壽  
代理人 中村 弘通  

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