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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02C
管理番号 1369510
審判番号 不服2019-12640  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-09-24 
確定日 2020-12-16 
事件の表示 特願2018-525315「眼鏡レンズ及び眼鏡」拒絶査定不服審判事件〔平成30年1月4日国際公開、WO2018/003998〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2018-525315号(以下「本件出願」という。)は,2017年(平成29年)6月30日(先の出願に基づく優先権主張 平成28年6月30日)を国際出願日とする特許出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成31年 1月30日付け:拒絶理由通知書
平成31年 4月23日付け:意見書
平成31年 4月23日付け:手続補正書
令和 元年 5月14日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 元年 9月24日付け:審判請求書
令和 元年 9月24日付け:手続補正書
令和 2年 3月17日付け:上申書

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和元年9月24日にした手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
(1) 本件補正前(平成31年4月23日にされた手続補正後の)特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
「 レンズ基材と,前記レンズ基材上に直接又は他の層を介して二色性色素塗布層を有する眼鏡レンズであって,
偏光度が10?30%かつ視感透過率が75%超90%以下である,眼鏡レンズ。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。なお,下線は補正箇所を示す。
「 レンズ基材と,前記レンズ基材上に直接又は他の層を介して二色性色素塗布層を有する眼鏡レンズであって,
前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり,
偏光度が10?30%かつ視感透過率が75%超90%以下である,眼鏡レンズ。」

(3) 本件補正について
本件補正は,本件補正前の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の,発明を特定するために必要な事項である「二色性色素塗布層」を,本件出願の願書に最初に添付した明細書の【0014】の記載に基づいて,「二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるもの」という構成を具備するものに限定する補正である。また,本願発明と,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)の産業上の利用分野及び発明が解決しようとする課題は,同一である(【0001】及び【0007】)。
したがって,本件補正は,特許法17条の2第3項の規定に適合するとともに,同条5項2号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものである。

そこで,本件補正後発明が同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。

2 独立特許要件違反についての判断
(1) 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由において引用された,特開2013-178490号公報(以下「引用文献1」という。)は,先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,引用文献1に付されていた下線は消去し,引用発明の認定や判断等に活用した箇所に下線を付した。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,偏光レンズに関するものであり,詳しくは,優れた光学特性を有する,眼鏡レンズとして好適な偏光レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
偏光レンズは,日常生活やスポーツ中に人の眼が感じるまぶしさを低減するための眼鏡レンズとして広く用いられているものであり,一般に二色性色素の偏光性を利用することにより防眩性が発揮される。これら偏光レンズは,通常,二色性色素を含む偏光層を基材上または基材上に設けた配列層上に形成することにより作製される。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
…(省略)…
【0005】
そこで本発明の目的は,膜厚0.5μm超の水系プライマー層を有するとともに,偏光層のクラック発生が抑制された,優れた光学特性を有する偏光レンズを提供することにある。
…(省略)…
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば,優れた光学特性を有する,眼鏡レンズとして好適な偏光レンズを提供することが可能となる。」

イ 「【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は,レンズ基材上に二色性色素を含有する偏光層と機能性膜とをこの順に有する偏光レンズに関する。本発明の偏光レンズは,前記偏光層と機能性膜との間に,該偏光層および機能性膜とそれぞれ隣接する層として,ポリエーテルポリウレタン樹脂と水系溶媒とを含有する水系樹脂組成物を塗布および乾燥させることにより形成された,厚さ0.50μm超の水系樹脂層を有する。本発明の偏光レンズは,偏光層におけるクラック発生が防止されることで,優れた光学特性を示すことができるものである。
以下,本発明の偏光レンズについて,更に詳細に説明する。
【0010】
レンズ基材
前記レンズ基材は,眼鏡レンズのレンズ基材に通常使用される材料,例えば,ポリウレタン,ポリチオウレタン,ポリカーボネート,ジエチレングリコールビスアリルカーボネート等のプラスチック,無機ガラス,等からなるものであることができる。
…(省略)…
【0011】
配列層
偏光層に含まれる二色性色素の偏光性は,主に二色性色素が一軸配向することにより発現される。二色性色素を一軸配向させるためには,二色性色素を含む塗布液を溝を有する表面上に塗布する方法が一般的に採用されており,本発明でも使用することができる。
…(省略)…
【0016】
偏光層(二色性色素層)形成工程
次に,レンズ基材上に直接または配列層等を介して設けられる偏光層(二色性色素層)について説明する。
【0017】
「二色性」とは,媒質が光に対して選択吸収の異方性を有するために,透過光の色が伝播方向によって異なる性質を意味し,二色性色素は,偏光光に対して色素分子のある特定の方向で光吸収が強くなり,これと直交する方向では光吸収が小さくなる性質を有する。また,二色性色素の中には,水を溶媒とした時,ある濃度・温度範囲で液晶状態を発現するものが知られている。このような液晶状態のことをリオトロピック液晶という。この二色性色素の液晶状態を利用して特定の一方向に色素分子を配列させることができれば,より強い二色性を発現することが可能となる。上記溝を形成した表面上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより二色性色素を一軸配向させることができ,これにより良好な偏光性を有する偏光層を形成することができる。
【0018】
本発明において使用される二色性色素としては,特に限定されるものではなく,偏光部材に通常使用される各種二色性色素を挙げることができる。具体例としては,アゾ系,アントラキノン系,メロシアニン系,スチリル系,アゾメチン系,キノン系,キノフタロン系,ペリレン系,インジゴ系,テトラジン系,スチルベン系,ベンジジン系色素等が挙げられる。また,米国特許2400877号明細書,特表2002-527786号公報に記載されているもの等でもよい。
【0019】
二色性色素含有塗布液は,溶液または懸濁液であることができる。二色性色素の多くは水溶性であるため,上記塗布液は通常,水を溶媒とする水溶液である。塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない。
…(省略)…
【実施例】
【0034】
以下に,実施例により本発明を更に説明する。但し,本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。以下に記載の室温とは,25℃±5℃の範囲である。
【0035】
[実施例1]
偏光レンズの作製
(1)配列層の形成
レンズ基材として,フェニックスレンズ(HOYA株式会社製,屈折率1.53,ハードコート付き,直径70mm,ベースカーブ4,中心肉厚1.5mm)を用いて,レンズ凹面に真空蒸着法により,厚さ0.2μmのSiO_(2)膜を形成した。
形成されたSiO_(2)膜に,研磨剤含有ウレタンフォーム(研磨剤:フジミインコーポレーテッド社製商品名POLIPLA203A,平均粒径0.8μmのAl_(2)O_(3)粒子,ウレタンフォーム:上記レンズ凹面の曲率とほぼ同形状)を用いて,一軸研磨加工処理を回転数350rpm,研磨圧50g/cm^(2)の条件で30秒間施した。研磨処理を施したレンズは純水により洗浄,乾燥させた。
【0036】
(2)偏光層の形成
レンズを乾燥後,研磨処理面上に,水溶性の二色性色素(スターリング オプティクス インク(Sterling Optics Inc)社製商品名Varilight solution 2S)の約5質量%水溶液2?3gを用いてスピンコートを施し,偏光層を形成した。スピンコートは,色素水溶液を回転数300rpmで供給し,8秒間保持,次に回転数400rpmで45秒間保持,さらに1000rpmで12秒間保持することで行った。
…(省略)…
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は眼鏡レンズの製造分野において有用である。」

(2) 引用発明
引用文献1の【0009】には,「レンズ基材上に二色性色素を含有する偏光層と機能性膜とをこの順に有する偏光レンズ」が記載されている。また,引用文献1の【0016】?【0019】の記載からは,「偏光層」が,「溝を形成した表面上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより」(【0017】)形成され,「塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない」(【0019】)ことが把握できる。
そうしてみると,引用文献1には,次の「眼鏡レンズとして好適な偏光レンズ」(【0001】)の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 レンズ基材上に二色性色素を含有する偏光層と機能性膜とをこの順に有する偏光レンズであって,
偏光レンズは,偏光層と機能性膜との間に,偏光層および機能性膜とそれぞれ隣接する層として,ポリエーテルポリウレタン樹脂と水系溶媒とを含有する水系樹脂組成物を塗布および乾燥させることにより形成された,厚さ0.50μm超の水系樹脂層を有し,偏光層におけるクラック発生が防止されることで,優れた光学特性を示すことができ,
偏光層は,溝を形成した表面上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより形成され,塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない,
眼鏡レンズとして好適な偏光レンズ。」

(3) 引用文献2の記載
原査定の拒絶の理由において引用された,実用新案登録第3144374号公報(以下「引用文献2」という。)は,先の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【技術分野】
【0001】
本考案は,眼に有害な光を低減すると共に偏光機能を備え日常生活環境で支障なく使用可能な,防眩効果を有する認視性の高い眼鏡レンズを提供するものである。」

イ 「【考案が解決しようとする課題】
【0003】
日常生活環境に於いて,裸眼には多くの有害光と生態の対応能力を超える光(通常眩しさとして感じる)が入射し,その結果眼精疲労等の疲労感を覚えることが良く知られている。この対策としてサングラス等に代表される染色された眼鏡レンズを用いると効果があることは知られているが,十分な効果を得るためには必然的に透過率が低くなるため夜間等の暗所での使用に難点があった。また,水面などの反射光を低減するために高い偏光度の偏光シートをレンズに挟んだ偏光レンズが提供されているが,透過率が低いこと,偏光特性を持った表示装置が日常生活の中で増加したことから,染色レンズ同様に日常生活環境中で常時使用すると不具合が生じる。」

ウ 「【0006】
従来防眩効果の高い眼鏡レンズの代表例はサングラス等の着色されたものであったが,全体的に光量が減少するのでかなり高い濃度にしないと大きな効果が期待できなかった。一方生活環境においては認視性の低下は必ずしも眩しさだけではなく,雨天や薄明,薄暮における低照度下環境において一部に反射の高い部分が存在する場合にも発生する。一例として薄暮時間帯の雨天における運転は地上より明るい空と対向車の前照灯などが反射する路面を見ることになる。このような状況で濃度の高いレンズを装着すると眩しさは抑えられるが風景が見えず危険である。本考案では偏光効果により空と前照灯の反射を眩しさを感じない程度に低減し,且つ暗い地上風景も十分認視できる効果がある。
【考案を実施するための最良の形態】
【0007】
日常生活環境において支障なく常用できる透過率はJIS T7331:2006の4.5に定められた夜間での使用に関する基準である,設計基準点において視感透過率75%以上を満足することが必要条件であり,これを満足するためには日本工業規格T8141-8.1に定められた計算方法に基づく偏光度が30%以下でなければならない。これ以上偏光度が高くなると光損失がなくても透過率が75%を下回る。一方偏光度を下げれば透過率は高くなるが反射光に多く含まれるS偏光の吸収が小さくなるため防眩効果が小さくなる。日常生活においては水面のように水平面からの反射ばかりではなく窓ガラス等の垂直に近い面からの反射等も含めさまざまな角度の反射光が存在するためこれらの反射光に対しても一定の減光効果があることが望ましい。例えば図4は入射角60°における屈折率1.52の平面ガラスの反射光とレンズに入射する偏光軸に対する角度による透過光強度を示したグラフであるが,反射光は殆どS偏光成分であり,偏光度12%の偏光レンズを透過すると入射光の約21%が吸収されるが,偏光軸が45°傾くと吸収率が約10%になるため減光効果が小さくなり防眩効果の認識が希薄になる。よって,防眩効果が感じられる限界を偏光度12%とすれば,本考案の意図を満足する偏光度の範囲は,可視光領域において平均12%以上かつ30%以下となる。」

(4) 対比
本件補正後発明と引用発明を対比する。
ア 眼鏡レンズ
引用発明の「眼鏡レンズとして好適な偏光レンズ」は,「レンズ基材上に二色性色素を含有する偏光層と機能性膜とをこの順に有する」。また,引用発明の「偏光層」は,「溝を形成した表面上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより形成され,塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない」。
上記の構成からみて,引用発明の「偏光レンズ」は,「レンズ基材」と,レンズ基材上に「二色性色素」を「塗布」して形成された「偏光層」を有するものといえる。また,引用発明の「偏光レンズ」は,「眼鏡レンズとして好適な」ものであるから,実質的に「眼鏡レンズ」である。また,引用発明の「眼鏡レンズ」,「レンズ基材」及び「二色性色素」という用語は,通常の意味のものであり,この点は,本件補正後発明においても変わらない。
そうしてみると,引用発明の「レンズ基材」,「二色性色素」及び「偏光レンズ」は,それぞれ,本件補正後発明の「レンズ基材」,「二色性色素」及び「眼鏡レンズ」に相当する。
また,引用発明の「偏光レンズ」は,本件補正後発明の「眼鏡レンズ」における,「レンズ基材と,前記レンズ基材上に直接又は他の層を介して二色性色素塗布層を有する」という要件を満たす。

イ 二色性色素塗布層
引用発明の「偏光層」は,「二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより形成され」たものである。
そうしてみると,引用発明の「偏光層」は,本件補正後発明の「二色性色素塗布層」に相当する。また,両者は,「二色性色素を」「含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という点で共通する。

(5) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件補正後発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「 レンズ基材と,前記レンズ基材上に直接又は他の層を介して二色性色素塗布層を有する眼鏡レンズであって,
前記二色性色素塗布層が,二色性色素を含有する塗布液を塗布して形成されるものである,
眼鏡レンズ。」

イ 相違点
「二色性色素塗布層」が,本件補正後発明は,二色性色素を「0.04?0.35質量%含有する」塗布液を塗布して形成されるものであり,また,「眼鏡レンズ」が,「偏光度が10?30%かつ視感透過率が75%超90%以下である」のに対して,引用発明の「塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない」とされ,また,「偏光度が10?30%かつ視感透過率が75%超90%以下である」という要件を満たすものであるか,不明である点。

(6) 判断
ア 本件補正後発明について
本件補正後発明は,「眼鏡レンズ」という物の発明に関するものであるところ,本件補正後発明に係る特許請求の範囲には,「眼鏡レンズ」の発明を特定するために必要な事項である「二色性色素塗布層」について,「前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という,その物の製造方法が記載されている。また,本件出願の明細書の【0014】の記載からみて,上記製造方法により製造された「眼鏡レンズ」と構造,物性等が同一である物とは,高い視感透過率を有しながら,高い偏光度を有する眼鏡レンズであって,眼鏡レンズの視感透過率及び偏光度のばらつきが少ない物と解するのが自然である。
(当合議体注:発明の詳細な説明には,上記製造方法に関して,これ以外の技術的意義を明らかにする記載は見当たらない。)

イ 相違点についての判断
引用発明において,「塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない」。したがって,引用発明の「塗布液中の二色性色素の含有量」は,当業者の「所望の偏光性」に応じて調整されるものと理解される。
ところで,引用文献2の【0007】の記載からは,「日常生活環境において支障なく常用できる透過率は,JIS規格によると視感透過率75%以上であり,これを満足するためには偏光度が30%以下でなければならない」という技術的事項,及び,防眩効果を感じられる偏光度の下限値として,12%という値が示されている。
また,引用文献1の【0002】には,「偏光レンズは,日常生活やスポーツ中に人の眼が感じるまぶしさを低減するための眼鏡レンズとして広く用いられているものであり,一般に二色性色素の偏光性を利用することにより防眩性が発揮される。」との記載がある。
そうしてみると,当業者が,日常生活環境において支障なく常用できる透過率として,「75%以上の視感透過率」及び「12?30%の偏光度」を所望のものとし,これに適合するように引用発明の「塗布液中の二色性色素の含有量」を,「例えば1?50質量%程度」の「範囲に限定される」ことなく調整することには,動機付けがあるといえる。さらに,「12?30%の範囲の偏光度」及び反射等による影響を考慮すると,引用発明の「偏光レンズ」の「視感透過率」が,90%を超えることはないと考えられる。
(当合議体注:例えば,偏光度が20%以上ならば,光の半分(S偏光)の20%がカットされ,それだけで透過率は90%以下となる。)

加えて,引用発明の「二色性色素」の具体例は,引用文献1の【0036】に記載の「水溶性の二色性色素(スターリングオプティクス インク(Sterling Optics Inc)社製商品名Varilight solution 2S)」であると認められるところ,これは,本件補正後発明の実施例ものと同じである(本件出願の明細書の【0072】)。この場合,塗布液中の二色性色素の含有量を,「0.04?0.35質量%」とすることにより,引用発明の「偏光レンズ」は,「75%以上の視感透過率」及び「12?30%の偏光度」の物,すなわち「高い視感透過率を有しながら,高い偏光度を有する眼鏡レンズであって,眼鏡レンズの視感透過率及び偏光度のばらつきが少ない物」となる。
そうしてみると,引用発明を,相違点に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることは,日常生活環境において支障なく常用できる偏光レンズを得ることを目的とした当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。

(7) 発明の効果について
本件補正後発明の効果に関して,本件出願の明細書の【0009】には,[A]「上述した一実施形態によれば,ギラツキの抑制能力の観点から満足のいく偏光度を備え,かつ,高い視感透過率を備えた眼鏡レンズが提供される。」,及び[B]「更に上述した一実施形態によれば,フレーム選択の自由度が高く,かつ,受注から納品までの納期を短縮することができる眼鏡レンズ及び眼鏡が提供される。」と記載されている。
しかしながら,上記[A]の効果は,前記(6)で述べたとおり容易推考する当業者が期待する効果の範囲内のものである。また,上記[B]の効果は,偏光層を二色性色素の塗布により形成した(偏光フィルムを用いない)ことによる効果(本件出願の明細書の【0006】,【0069】及び【0096】参照。)であるから,引用発明も奏する効果である。

なお,引用文献2に記載された「12?30%」という偏光度は,ギラツキの抑制能力の観点からは,必ずしも満足のいくものではない(規格との関係では,「偏光サングラス」として販売できない。)。しかしながら,本件補正後発明は,このような偏光度のものも含めて,「ギラツキの抑制能力の観点から満足のいく偏光度を備え」るとしている。本件補正後発明の基準に照らし合わせて考えれば,上述のとおりである。

(8) 小括
本件補正後発明は,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(9) その他の独立特許要件
本件補正後発明は,発明特定事項として「前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という,製造方法で特定された構成を具備する。また,上記製造方法により製造された「眼鏡レンズ」と構造,物性等が同一である物とは,高い視感透過率を有しながら,高い偏光度を有する眼鏡レンズであって,眼鏡レンズの視感透過率及び偏光度のばらつきが少ない物と解するのが自然である(前記(6)ア)。
ここで,「高い視感透過率を有しながら,高い偏光度を有する」という構成に関しては,本件補正後発明は「偏光度が10?30%かつ視感透過率が75%超90%以下である」という構成を具備する。しかしながら,「眼鏡レンズの視感透過率及び偏光度のばらつき少ない」という構成に関しては,本件補正後発明は,定量的な構成を具備しない。この点は,発明の詳細な説明を参照しても同様である(実施例においてもばらつきは評価されていない。)。
したがって,本件補正後発明は明確であるということができないから,本件出願の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしておらず,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(10)請求人の主張について
ア 本件補正後発明の「前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という構成に関して,請求人は,令和2年3月17日付け上申書(「1.」「1.2.」(3))において,「不可能・非実際的事情が存在する」として,「本願発明における,二色性色素塗布層中の二色性色素の含有量は,非常に微量であり,分析が困難です。すなわち,二色性色素塗布層中の二色性色素の含有量を数値により特定することは,「不可能であるか,又はおよそ実際的でない」との条件に該当するものと思料致します。」と主張する。
しかしながら,本件補正後発明の「前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という構成の技術的意義に関して,本件出願の明細書には,【0014】のとおり記載されているにとどまる(二色性色素塗布層中の二色性色素の含有量についての言及がない。)。
審判請求人の主張は,発明の詳細な説明の記載と整合しないものであるから,採用できない。

イ 請求人は,前記上申書(同(1)及び(2))において,「引用文献1の実施例1?3で用いられている塗布液と最も近い二色性色素の含有量を有する本願比較例5(4.00質量%)では,偏光度は99%と非常に高く,また視感透過率33%と非常に低くなることが示されております。つまり,二色性色素の含有量がこのような範囲では,偏光度及び視感透過率が本願規定の範囲とは大きく異なる値となり,本願効果が得られないことが分かります。」とも主張する。
しかしながら,引用文献1には,「塗布液中の二色性色素の含有量は,例えば1?50質量%程度であるが,所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない」(【0019】)と明記されている。
審判請求人の主張は,引用文献1の記載が示唆する事項と整合しないものであるから,採用できない。

3 補正の却下の決定のむすび
本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,前記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり,本件補正は却下されたので,本件出願の請求項1に係る発明は,前記「第2」[理由]1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
本願発明に対する原査定の拒絶の理由は,本願発明は,先の出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物である特開2013-178490号公報(引用文献1)及び電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載された登録実用新案第3144374号公報(引用文献2)に記載された技術的事項に基づいて,先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3 引用文献及び引用発明
引用文献1及び引用文献2の記載並びに引用発明は,前記「第2」[理由]2(1)?(3)に記載したとおりである。

4 対比及び判断
本願発明は,前記前記「第2」[理由]2で検討した本件補正後発明から,「前記二色性色素塗布層が,二色性色素を0.04?0.35質量%含有する塗布液を塗布して形成されるものであり」という限定を除いたものである。また,本願発明の構成を全て具備し,これにさらに限定を付したものに相当する本件補正後発明は,前記「第2」[理由]2で述べたとおり,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,先の出願前の当業者が容易に発明をすることができたものである。
そうしてみると,本願発明も,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて,先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-07-03 
結審通知日 2020-07-07 
審決日 2020-07-27 
出願番号 特願2018-525315(P2018-525315)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 植野 孝郎  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 樋口 信宏
河原 正
発明の名称 眼鏡レンズ及び眼鏡  
代理人 大谷 保  

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