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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1370020
異議申立番号 異議2020-700592  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-13 
確定日 2020-12-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第6645636号発明「亜鉛系めっき鋼板及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6645636号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6645636号(請求項の数7。以下、「本件特許」という。)は、平成31年4月26日〔優先権主張 平成30年5月1日(JP)日本国〕を国際出願日とする特願2019-551714号として特許出願されたものであって、令和2年1月14日に特許権の設定登録がされ、同年2月14日に特許掲載公報が発行され、その請求項1?7に係る特許に対し、同年8月13日に、特許異議申立人である安藤宏(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?7に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書及び図面を「本件明細書等」という。)。
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の表面に配された亜鉛系めっき層とを備え、
前記鋼板が、質量%で、
C:0.150%?0.500%、
Si:0.01%?2.50%、
Mn:1.00%?5.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%?1.000%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:0%?2.00%、
Mo:0%?1.00%、
B:0%?0.010%、
Cu:0%?1.00%、
Ni:0%?1.00%、
Co:0%?1.00%、
W:0%?1.00%、
Sn:0%?1.00%、
Sb:0%?0.50%、
Ti:0%?0.30%、
Nb:0%?0.30%、
V:0%?1.00%、
Ca:0%?0.0100%、
Mg:0%?0.0100%、
Ce:0%?0.0100%、
Zr:0%?0.0100%、
La:0%?0.0100%、
Hf:0%?0.0100%、
Bi:0%?0.0100%、および
REM:0%?0.0100%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織が、体積%で、
フェライト:0?10%、
ベイナイト:0?20%、
焼戻しマルテンサイト:70%以上、
フレッシュマルテンサイト:0?10%、
残留オーステナイト:0?10%、および
パーライト:0?5%を含有し、
前記亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下であり、
引張強度が1470MPa以上であり、
1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しないことを特徴とする亜鉛系めっき鋼板。
【請求項2】
前記鋼板の前記化学組成が、
Cr:0.001%?2.00%、
Mo:0.001%?1.00%、
B:0.0001%?0.010%、
Cu:0.001%?1.00%、
Ni:0.001%?1.00%、
Co:0.001%?1.00%、
W:0.001%?1.00%、
Sn:0.001%?1.00%、および
Sb:0.001%?0.50%、
のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項3】
前記鋼板の前記化学組成が、
Ti:0.001%?0.30%、
Nb:0.001%?0.30%、および
V:0.001%?1.00%、
のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項4】
前記鋼板の前記化学組成が、
Ca:0.0001%?0.0100%、
Mg:0.0001%?0.0100%、
Ce:0.0001%?0.0100%、
Zr:0.0001%?0.0100%、
La:0.0001%?0.0100%、
Hf:0.0001%?0.0100%、
Bi:0.0001%?0.0100%、および
REM:0.0001%?0.0100%、
のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする、請求項1?3の何れか一項に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項5】
延性-脆性遷移温度が-40℃以下であることを特徴とする、請求項1?4の何れか一項に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項6】
請求項1?4の何れか一項に記載の化学組成を有する鋼板に対して、以下の(I)?(IV)の各工程を順次行うことを特徴とする、請求項1?5の何れか一項に記載の亜鉛系めっき鋼板の製造方法:
(I)加熱温度:Ac_(3)点?950℃、Ac_(3)点?950℃の温度域での保持時間:1?500sの条件で焼鈍するとともに、鋼板温度が600℃に達した時から、Ac_(3)点?950℃の温度域での保持が終了する時までの間、炉内の水素濃度を、常に、1.0?15.0体積%に維持する焼鈍工程;
(II)Ms点?600℃の温度域で20?500sの保持を行い、その保持の間、炉内の水素濃度を、常に、1.0?10.0体積%に維持する第一保持工程;
(III)鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬後、鋼板温度がMs点-150℃未満になるまで冷却するめっき工程;および
(IV)水素濃度が0.50体積%未満の雰囲気中で、200℃以上350℃未満の温度域で10?1000s間保持した後、コイル状に巻き取る第二保持工程。
【請求項7】
前記(III)の工程が、鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬後、460?600℃の温度域で合金化処理してから鋼板温度がMs点-150℃未満になるまで冷却する工程であることを特徴とする請求項6に記載の亜鉛系めっき鋼板の製造方法。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1?7に係る特許は、下記1?3のとおり、特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は、下記4の甲第1号証?甲第7号証(以下、単に「甲1」等という。)である。
1 申立理由1(進歩性)
本件発明1は、甲1に記載された発明及び周知技術(甲2及び3)に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、また、本件発明2?5は、甲1に記載された発明及び周知技術(甲2ないし4)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、同法113条2号に該当する。
2 申立理由2(進歩性)
本件発明1?7は、甲5に記載された発明および周知技術(甲2ないし4、6、7)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1?7に係る特許は、同法113条2号に該当する。
3 申立理由3(サポート要件)
本件発明1?7については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1?7に係る特許は、同法113条4号に該当する。
4 証拠方法
・甲1 韓国公開特許第10-2015-0043110号公報及びその日本語訳
・甲2 特開2015-78395号公報
・甲3 国際公開第2011/065591号
・甲4 特開2015-193907号公報
・甲5 特開2018-44183号公報
・甲6 特開2007-291445号公報
・甲7 特開昭54-130443号公報

第4 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。
1 申立理由1(進歩性)
(1)甲1に記載された事項および発明
ア 甲1には、「引張強度1300MPa以上の超強高度めっき鋼板及びその製造方法」(発明の名称。原文は外国語であり、申立人が「甲1の2」として提出した甲1の日本語訳を記載する。以下同様。)に関して、以下の事項が記載されている(なお、下線は当審が付与した。また、「…」は記載の省略を表す。)。
「請求項1
引張強度1300MPa以上の超高強度めっき鋼板であって、前記めっき鋼板内水素量が0.000015重量%以下であることを特徴とする超高強度めっき鋼板。
請求項2
第1項において、前記めっき鋼板は重量%で、C: 0.12?0.2%、Si: 0.5%以下(0%除外)、Mn: 2.6?4.0%、P: 0.03%以下(0%除外)、S: 0.015%以下(0%除外)、Al: 0.1%以下(0%除外)、Cr: 1%以下(0%除外)、Ti: 48/14*[N]?0.1%、Nb: 0.1%以下(0%除外)、B: 0.005%以下(0%除外)、N: 0.01%以下(0%除外)、残部Fe及びその他不可避な不純物で成り立って、微細組織が体積分率で90%以上の焼き戻しマルテンサイト及び10%以下のフェライトとベイナイトからなり、鋼板をめっき及び熱処理して得られる超高強度めっき鋼板。…
請求項4
引張強度1300MPa以上の鋼板を準備する段階;前記鋼板にめっきを行ってめっき鋼板で製造する段階; 及び前記めっき鋼板を熱処理する段階で成り立って、前記熱処理は前記めっき鋼板内水素量が0.000015重量%以下になるように行われることである超高強度めっき鋼板の製造方法。」
「【0001】本発明は自動車などに使われる超高強度めっき鋼板に関することで、より詳しくは引張強度1300MPa以上の超高強度を有するめっき鋼板及びその製造方法に関する。」
「【0005】…超高強度めっき鋼板をスリッティングした後また巻取する場合、製造された鋼板コイルの幅方向エッジ(edge)部でクラックが発生して、前記クラックが成長して鋼板の中心部まで進展する問題がある。
【0006】よって、後続的にスリッティング及び巻取工程が行われる超高強度めっき鋼板のエッジ(edge)部クラックを低減させることができる技術開発が要求される。」
「【0018】…ここで、各成分の含量単位は特に言及しない限り重量%を意味する。」
「【0044】本発明による超高強度めっき鋼板を得るための鋼板は上述した成分組成を満足しながら、その微細組織は体積分率で90%以上のマルテンサイト及び10%以下のフェライトとベイナイトで成り立つのが望ましい。 前記微細組織の構成による効果上特異点は硬質相(hard phase)であるマルテンサイトが主相である微細組織を有するので超強度の確保が容易いという長所がある。
【0045】このような鋼板を熱処理することで最終的に得られる本発明の超高強度めっき鋼板と等しい微細組織を有して、これに加えて追加的な焼戻し熱処理を行うことでマルテンサイトは焼き戻しマルテンサイトに変化する。
【0046】一方、実質的に3次元的概念である体積分率を測定する方法は容易ではないので、通常の微細組織観察の時に活用される断面観察による面積分率測定で代用する。
【0047】また、前記成分系と微細組織を有した鋼板をめっき及び熱処理して得られて、熱処理以前に比べて熱処理後鋼内水素量が0.000015重量%以下なのが望ましい。 これを通じて、本発明の超高強度めっき鋼板の降伏強度と引張強度の比の目標は0.75以上でありうる。
【0048】上述したような成分組成と微細組織を有した超高強度めっき鋼板を製造するためには次のような過程を経る。
【0049】先に、重量%で、C: 0.12?0.2%、Si: 0.5%以下(0%除外)、Mn: 2.6?4.0%、P: 0.03%以下(0%除外)、S: 0.015%以下(0%除外)、Al: 0.1%以下(0%除外)、Cr: 1%以下(0%除外)、Ti: 48/14*[N]?0.1%、Nb: 0.1%以下(0%除外)、B: 0.005%以下(0%除外)、N: 0.01%以下(0%除外)、残部Fe及びその他不可避な不純物で成り立って、微細組織が体積分率で90%以上の焼き戻しマルテンサイト及び10%以下のフェライトとベイナイトで成り立つ鋼板を準備する。
【0050】以後、前記鋼板にめっきを行ってめっき鋼板で製造した後熱処理する。
【0051】この時、前記めっきは特別に限定せず、例えば溶融亜鉛鍍金、溶融アルミニウム鍍金、電気亜鉛メッキなどの工程で行うことができる。
【0052】加えて、前記めっき後熱処理はめっき鋼板内水素量が0.000015重量%以下になるように実施するのが望ましい。 この時、熱処理は高温で短時間または相対的に低い温度で長時間行うことによって、水素量を目標にする程度に低減させることができる。 よって、本発明では特別に熱処理時間、温度条件に対して限定しない。
【0053】ただし、通常熱処理温度が高くなるほど引張強度の減少が大きくなるので、顧客が要求する引張強度の水準に合わせて熱処理温度と時間を考慮して設定するのが望ましい。」
「【0057】(実施例)
【0058】初期降伏強度1149MPa、初期引張強度1556MPaである超高強度めっき鋼板に対して表1に示した条件で熱処理した前後の鋼内水素量変化を評価して下記表1に示した。 【0059】この時、0.18%C、0.1%Si、3.6%Mn、0.011%P、0.11%Cr、0.021%Ti、0.038%Nb、0.0017%B、0.003%S、0.025%Al、0.004%Nの成分系で成り立った鋼材を厚さ*12mm*100mmの試片サイズで準備して使用した。前記熱処理では、25?250℃を100℃/時の加熱速度で昇温し、前記熱処理を行っている間にガスクロマトグラフィにより鋼内水素量を測定した。
【0060】先に、めっきを行わない冷延鋼板とめっき鋼板の鋼内水素量を測定した結果、冷延鋼板は鋼内水素含量が0%で水素が全く無かったが、めっき鋼板の場合には0.000022重量%で高い数値を示した。
【0061】このような結果は、BCT構造を有するマルテンサイト(炭素量が低いマルテンサイトの場合にはBCCと等しい結晶構造を有する)とBCC構造を有する少量のベイナイトは水素の溶解度が非常に低く、また水素拡散が非常に速く、冷延鋼板製造後水分?数時間以内にすべて拡散して消えたため、主相がマルテンサイトで成り立った冷延鋼板では鋼内水素量が0%で測定されたことである。
【0062】
【表1】


イ 甲1の段落【0058】?【0062】の実施例の記載によれば、甲1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「初期引張強度1556MPaである超高強度めっき鋼板に対して熱処理しためっき鋼板であって、
前記鋼板は、重量%で、
0.18%C、
0.1%Si、
3.6%Mn、
0.011%P、
0.11%Cr、
0.021%Ti、
0.038%Nb、
0.0017%B、
0.003%S、
0.0025%Al、
0.004%N、
の成分系で成り立ち、
25?250℃を100℃/時の加熱速度で昇温し、この熱処理を行っている間にガスクロマトグラフィにより計測した鋼内水素量は0.000022重量%である、
めっき鋼板。」(以下、「甲1発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における「めっき鋼板」は、「鋼板」に「めっき」を行って「めっき鋼板」を製造した後熱処理するものである(段落【0050】)から、「めっき」が「鋼板」の表面に配された層を形成するものであることは明らかである。よって、甲1発明における「鋼板」は、本件発明1における「鋼板」に相当し、甲1発明における「めっき」は、本件発明1における「前記鋼板の表面に配された」「めっき層」に相当する。
(イ)甲1発明の「重量%」と本件発明1における「質量%」とは実質的に相違しない。
また、甲1発明における「0.18%C」、「0.1%Si」、「3.6%Mn」、「0.011%P」、「0.003%S」、「0.11%Cr」、「0.021%Ti」、「0.038%Nb」、「0.0017%B」、「0.025%Al」、「0.004%N」は、それぞれ本件発明1における「C:0.150%?0.500%」、「Si:0.01%?2.50%」、「Mn:1.00%?5.00%」、「P:0.100%以下」、「S:0.0100%以下」、「Cr:0%?2.00%」、「Ti:0%?0.30%」、「Nb:0%?0.30%」、「B:0%?0.010%」、「Al:0.001%?1.000%」、「N:0.0100%以下」に相当する。
更に、甲1発明において、鋼板の上記成分以外は、「残部がFeおよび不純物」からなると認められるから、この点において、本件発明1と実質的に相違しない。
(ウ)本件発明1の「加熱した際に放出される水素量」があることは、甲1発明の「この熱処理を行っている間に」「計測した鋼内水素量」があることと、加熱した際に放出される水素がある限りにおいて共通する。
(エ)以上によれば、本件発明1と甲1発明とは、
「鋼板と、前記鋼板の表面に配されためっき層とを備え、
前記鋼板が、質量%で、
C:0.150%?0.500%、
Si:0.01%?2.50%、
Mn:1.00%?5.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%?1.000%、
N:0.0100%以下、
Cr:0%?2.00%、
Mo:0%?1.00%、
B:0%?0.010%、
Cu:0%?1.00%、
Ni:0%?1.00%、
Co:0%?1.00%、
W:0%?1.00%、
Sn:0%?1.00%、
Sb:0%?0.50%、
Ti:0%?0.30%、
Nb:0%?0.30%、
V:0%?1.00%、
Ca:0%?0.0100%、
Mg:0%?0.0100%、
Ce:0%?0.0100%、
Zr:0%?0.0100%、
La:0%?0.0100%、
Hf:0%?0.0100%、
Bi:0%?0.0100%、
REM:0%?0.0100%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
加熱した際に放出される水素がある、
めっき鋼板。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)本件発明1では、「O:0.0100%以下」を含有しているとしているのに対し、甲1発明では、「O」については規定されていない点。

(相違点2)本件発明1では、「前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織が、体積%で、
フェライト:0?10%、
ベイナイト:0?20%、
焼戻しマルテンサイト:70%以上、
フレッシュマルテンサイト:0?10%、
残留オーステナイト:0?10%、および
パーライト:0?5%を含有」しているのに対し、甲1発明では、「前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織」が規定されず、更に、本件発明1では、「加熱した際に放出される水素量」に関し、「前記亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下」であるのに対し、甲1発明では、「25?250℃を100℃/時の加熱速度で昇温し、前記熱処理で行っている間にガスクロマトグラフィにより計測した鋼内水素量は0.000022重量%」である点。

(相違点3)
本件発明1の「亜鉛系めっき鋼板」は、「引張強度が1470MPa以上であり」、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」のに対して、甲1発明の「めっき鋼板」は、熱処理する前の初期引張強度1556MPaであるものの、「引張強度が1470MPa以上」であることと、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」ことについては規定されていない点。

(相違点4)本件発明1の「めっき鋼板」は「亜鉛系」であるのに対し、甲1発明の「めっき鋼板」は、何の「めっき」であるのか規定されていない点。

イ 相違点の検討
(ア)事案に鑑み、相違点3について検討する。
甲1の実施例について記載されている段落【0058】には、初期引張強度が1556MPaである超高強度めっき鋼板を熱処理する旨の記載はあるものの、熱処理した後に、引張強度が1470MPa以上であるか明らかではなく、実施例の上記記載が、甲1発明において引張強度が1470MPa以上とする記載や示唆となるものではない。
また、甲1では、「引張強度」が「1300MPa以上」(請求項1)であることが記載されるに止まり、「1470MPa以上」とまですることや、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」旨については、記載も示唆もされていない。さらに、甲1の実施例には、本件発明の実施例と同じ「化学組成」や「鋼組成」の「亜鉛系」めっき鋼板について記載されておらず、「引張強度が1470MPa以上であり」、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」とは断定できない。
更に、甲2には、段落【0096】に「980MPa以上」の強度にする旨が記載され、甲3には、請求項1?17等に「引張最大強度900MPa以上」とする旨が記載され、甲4の請求項1、段落【0001】等には、「引張強度が1180MPa以上」とする旨が記載され、また段落【0144】【表3】No.11には、引張強度が「1614」MPaである旨は記載されているものの甲1とは異なる成分でこの引張強度を達成したものであり、甲5の段落【0002】には、「引張強度が590MPaを超える」旨が記載され、甲6、7には引張強度をどのようにするか記載は無いことから、甲2?7には、甲1に記載の成分系で成り立つ超高強度めっき鋼板で、引張強度を「1470MPa以上」とする旨について記載も示唆もされていない。さらに、甲2?7には、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」旨についても記載も示唆もされていない。そうすると、甲2?7を参照しても、そもそも耐水素脆化特性の向上を目的としたものではない甲1発明において、相違点3に係る特定事項を備えるようとする動機付けがない。
(イ)小括
したがって、相違点1、2、4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2?5について
本件発明2?5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2?5についても同様に、甲1に記載された発明及び甲2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立理由1についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、本件発明2?5は、甲1に記載された発明及び甲2?7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由1(進歩性)によっては、本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由2(進歩性)
(1)甲5に記載された事項及び発明
ア 甲5には、「めっき鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
Siを含有する素地鋼板に、焼鈍処理およびめっき処理を連続的に行うことにより溶融亜鉛めっき鋼板又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、
前記焼鈍処理が、
鋼板を700℃?950℃の温度域で40秒?360秒間滞在させ、さらに雰囲気が700℃以上では水素を3体積%以上含有し、かつ、初めて700℃以上に達してから最初の40秒間以上(最大で均熱工程の最後まで)において、pO2を酸素分圧(Pa)、{Si}をSi含有量(質量%)とした場合に、式1:
({Si})^2×7.3×10^(-22)≦pO_(2)
を満たすガス雰囲気となるように制御する均熱工程と、
前記均熱工程の後に、鋼板を300℃?670℃の温度域で90秒?600秒間滞在させ、雰囲気が前記均熱工程以降であって670℃以下の範囲において水素を3体積%以上含有し、露点が、DPを露点(℃)、Tを保持温度(℃)とした場合に、下記式2:
DP≦0.00073×T^(2)-0.41×T+38
を満たすガス雰囲気となるように制御する過時効工程とを含む、
前記めっき鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記素地鋼板のSi含有量が0.3?2.7質量%である、請求項1に記載のめっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記均熱工程の後であって、前記過時効工程の前に、冷却工程をさらに含む、請求項1または2に記載のめっき鋼板の製造方法。」
「【0001】
本発明は、自動車部品等に用いられる溶融亜鉛めっき鋼板又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する方法に関する。」
「【0002】
近年、自動車軽量化と衝突安全性の両立のため、高強度鋼の適用が進み、引張強度が590MPaを超える鋼板の適用が拡大している。また、耐食性が要求されるアンダーボディーに使用される亜鉛めっき鋼板においても、さらなる高強度化が求められている。
【0003】
ところで、高強度鋼板の自動車部品への適用に際しては、強度と成形性の両立が課題とされている。高強度鋼板では成形荷重が大きくなるため、成形時に割れが発生し易いという問題があるためである。そこで、鋼板において、強度と成形性を両立する技術が求められている。
【0004】
この点、母材鋼板(素地鋼板)成分としてSiを添加することで、成形性が向上することが知られている。しかし、Si添加鋼の溶融亜鉛めっき鋼板を製造する場合に、不めっきが発生し易いことが知られており、そのための対策が必要となる。」
「【0008】
本発明は、上記の様な問題点に着目してなされたものであって、その目的は、Siを含む鋼板において過時効帯を有する加熱パターンを行っても、不めっきを発生しにくい鋼板を製造する方法を提供することである。」
「【0011】
また、前記製造方法において、前記素地鋼板のSi含有量が0.3?2.7%(質量%の意味。以下、特に言及しない限り、成分組成において同じ)であることが好ましい。」
「【0021】
〔焼鈍処理〕 まず、本実施形態の焼鈍処理工程について説明する。上述したように、本実施形態の焼鈍工程は、均熱工程と過時効工程を含む。さらに、前記均熱工程と前記過時効工程の間に、冷却工程を備えていてもよい。
【0022】
(均熱工程) 本実施形態において、均熱工程とは、700℃?950℃の温度域で40秒?360秒間、所定の条件となるように制御したガス雰囲気に鋼板を滞在させ、均熱処理を行う工程である。700℃以上の温度帯における滞在時間が40秒未満では、再結晶が不十分となり、鋼板の強度や加工性といった機械的特性が得られないおそれがある。より好ましい滞在時間の下限は60秒である。一方、700℃以上の温度域における滞在時間が長くなることは特に問題ないが、長過ぎても処理設備への負担やコストの観点で望ましくないため、360秒以下とする。より望ましくは300秒以下である。
【0023】
均熱工程において、温度が700℃に達した後は、700?950℃の温度範囲で鋼板を保持する。この時の保持温度は、好ましくは800℃以上である。また前記保持温度の下限値は、950℃以下であれば問題ないが、好ましくは930℃以下である。
【0024】
本実施形態の均熱工程においては、ガス雰囲気を、700℃以上では水素を3体積%以上含有し、かつ、初めて700℃以上に達してから最初の40秒間以上(最大で均熱工程の最後まで)において、下記式1: ({Si})^2×7.3×10^(-22)≦pO_(2) を満たすガス雰囲気となるように制御する。式中、pO_(2)は酸素分圧(Pa)、{Si}はSi含有量(質量%)を示す。
【0025】
…発明者が種々検討した結果、式1を満たす条件範囲であれば不めっきが回避できることを見出した。」
「【0029】
(冷却工程) 上述したように、前記均熱工程後であって、後述の過時効工程を行う前に、冷却処理を行ってもよい。それにより、鋼板の強度と加工性のバランスをさらに向上させることができるという利点がある。
【0030】
冷却温度は特に限定されないが、250℃以下の温度まで冷却することが好ましい。より好ましくは200℃以下である。
【0031】
冷却処理を行う場合、冷却温度の下限について限定はないが、過時効処理を行うために再度加熱する必要があるという観点から100℃以上とすることが好ましい。より好ましくは130℃以上である。
【0032】
(過時効工程) 上記均熱工程または上記冷却工程の後に、均熱温度帯よりも低い300℃?670℃の温度域で90秒?600秒間、所定の条件となるように制御したガス雰囲気に鋼板を滞在させ、過時効処理を行う工程である。前記滞在時間が90秒未満になると、過時効処理の効果が得られないおそれがある。より好ましい滞在時間の下限は120秒である。一方、過時効処理の温度域における滞在時間が長くなることは問題ないが、長過ぎても処理設備への負担やコストの観点で望ましくないため、600秒以下とする。より望ましくは400秒以下である。
【0033】
過時効工程において、温度が300℃に達した後は、300?670℃の温度範囲で鋼板を保持する。この時の保持温度は、要求される機械的特性に応じて300℃に達した後そのまま300℃で保持してもよく、600℃以上の温度で保持してもよい。また前記保持温度の下限値は、670℃以下であれば問題ないが、好ましくは650℃以下である。なお、670℃を超えると鋼組織の再結晶が生じ始めるため過時効工程の効果が得られない。また、300℃未満の温度で保持しても温度が低すぎて過時効による組織変化が得られない。
【0034】
本実施形態の過時効工程(前記均熱工程以降であって670℃以下の範囲)において、雰囲気が水素を3体積%以上含有し、…。」
「【0037】
なお、過時効工程において雰囲気中の水素濃度が3体積%未満の場合、雰囲気を安定に制御できないため、3体積%以上含有させる。より好ましくは、5体積%以上含有させる。前記水素濃度の上限は特に限定されないが、水ガス供給のコストという観点から、30体積%以下であることが好ましい。より好ましくは、15体積%以下である。」
「【0043】
〔めっき処理〕 上述の焼鈍処理後の溶融亜鉛めっき工程または合金化溶融亜鉛めっき工程については、特に限定されず、通常の条件・手段で行うことができる。例えば、過時効工程の保持温度がめっき浴温度(例えば420?480℃)より高い場合には、適切な冷却速度(例えば、1.0?30℃/秒の平均冷却速度等)でめっき浴温度まで冷却して溶融亜鉛めっきを施す。また、過時効工程の保持温度がめっき浴温度より低い場合には、適宜、めっき浴温度まで加熱して溶融亜鉛めっきを施す。その後、室温まで冷却する。
【0044】
溶融亜鉛めっきは、溶融亜鉛めっき浴(温度420?480℃程度)に1?10秒程度浸漬することによって行われる。
【0045】
また合金化を行う場合は、前記溶融亜鉛めっきの後500?750℃程度の温度まで加熱後、20秒程度合金化を行い、室温まで冷却することが好ましい。
【0046】
本実施形態では、上記焼鈍処理後、そのまま連続的に溶融めっき浴に浸漬する連続焼鈍めっきラインでめっき処理を行う。なお、その際は、板形状の鋼板を用いてもよいし、鋼帯(コイル)形状の鋼板を用いた連続焼鈍めっきラインでも同様の処理が可能である。」
「【0054】
本実施形態の製造方法の対象となる高強度鋼板の鋼成分における上記Si以外の化学成分組成は、特に制約されず、鋼板に求める特性(特に、自動車ボディ用として求められる特性等)に応じて適宜調整することができる。例えば、強度や加工性等の鋼板としての基本的な特性を発揮させるために、以下のような成分を含んでいてもよい。
【0055】
〔C:0.08?0.25%〕 Cは、鋼板の強度確保に有効な元素であるため、0.08%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上である。しかしC含有量が過剰になると、強度が高まり過ぎて遅れ破壊性が悪化するおそれがあるため、0.25%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.21%以下である。
【0056】
〔Mn:1.0?3.0%〕 Mnは、鋼板の強度確保に有効な元素であり、1.0%以上含有させることが好ましい。好ましくは1.5%以上、より好ましくは2.0%以上含有させることが望ましい。一方、Mnを多量に含有させると、偏析が顕著になり加工性が低下するおそれがあり、更には、溶接性も劣化し易くなる。よって上限を3.5%とすることが好ましい。好ましい上限は3.0%であり、より好ましくは2.5%である。
【0057】
また、上記以外にも、さらに質量%で、Al:0%超、0.2%以下、Cr:0%超、2%以下、Ni:0%超、0.5%以下、Cu:0%超、0.5%以下、Ti:0%超、0.3%以下、Mo:0%超、1%以下、およびB:0%超、0.02%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してもよい。
【0058】
なお、本実施形態の鋼において、上述したような基本的な成分以外の残部は鉄および不可避不純物(例えば、P、S、B,N等)であるが、不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入も許容される。」
「【実施例】
【0065】
〔鋼板サンプルの製造〕
(溶製・圧延)
素地鋼板を以下の手順で製造した。すなわち、下記の表1に示す化学成分組成を有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼A?Fを溶製し、スラブとした。表1において「-」は検出限界以下を意味する。」
「【0067】
(焼鈍・めっき又は合金化めっき)
得られた冷延鋼板に対して、表2および3に示すように制御した雰囲気で焼鈍(均熱・冷却・過時効)を行い、そのまま連続的に溶融めっき浴に浸漬することができる実験装置を用いて、焼鈍、めっき実験を行った。
【0068】
加熱パターンは図1に示すパターンである。表2および3において、時間t1?t3は、それぞれ図1に示すように、t1:均熱工程における700℃以上の温度帯における滞在時間、t2:均熱工程における雰囲気制御時間、t3:過時効工程における300?650℃の温度帯での滞在時間を示す。また、温度T1?T3は、同じく図1に示すように、T1:均熱工程の保持温度、T2:均熱工程から冷却工程を行った後の冷却終了温度、T3:過時効工程の保持温度を示す。
【0069】
なお、表2および3において、均熱工程における項目の式1が「○」とは、温度が700℃以上に達してから40秒間以上にわたり、式1:
({Si})^2×7.3×10^(-22)≦pO_(2)
を満たしている場合をさし、「×」は満たしていない場合をさす。また、過時効工程における項目の式2が「○」とは、式2:
DP≦0.00073×T_(3)^(2)-0.41×T_(3)+38
を満たしている場合をさし、「×」は満たしていない場合をさす。
【0070】
各工程における加熱はインダクションヒーターで行い、昇温速度は10℃/秒とした。一方、冷却は5%H_(2)-N_(2)ガスで行った。また、冷却室と加熱室とを分け、その間をバルブで遮断することで冷却中に加熱炉内の雰囲気が変化することを避けた。」
「【0073】
次に、めっき浴(460℃)に浸漬してめっき処理を行った。めっきの付着量はガスワイピングで制御した。一部のサンプルはめっき後、合金化炉で、550℃で20秒間の合金化処理を行った。
【0074】
めっき浴は、合金化する場合(GA)は0.1%Al-Zn浴、合金化しない場合(GI)は0.2%Al-Zn浴とした。
【0075】
【表1】

【0076】
(焼鈍後分析)
上記で行った各実験No.1?53に対し、焼鈍工程終了後にめっき処理をせず、そのまま冷却した焼鈍サンプルを作製して表面分析を行い、めっき浸漬前の鋼板表面にSiO_(2)が生成しているか否かを評価した。具体的には、焼鈍後、めっき処理をせずにそのまま冷却して取り出したサンプルについて、FT-IR(赤外線吸収分光装置 日本分光株式会社製 FT/IR-410)を用いてSiO_(2)の吸収ピークの有無を確認した。吸収が見られたもの、つまり焼鈍によりSiが生成したものを「×」、吸収が見られないものを「○」とした。
【0077】
(不めっきの評価)
各実験条件で作製したサンプルの不めっきの面積率を、以下のように評価とした。
【0078】
サンプルのめっき浴に浸漬された領域(70mm×100mm)を、図2に示すように、5mm角の升目で区切り、各升目内のめっきが付いていない面積率が50%以下である升の個数を目視で数えた。そして、数えた個数の、全升目の個数(280升)に対する割合によって、不めっき面積率とした。
【0079】
そして、不めっき面積率3%以上を×(不合格)、3%未満を○(良好)と評価した。
【0080】
結果を表2および表3に示す。」
「【0082】
【表3】


「【図1】


イ 甲5の段落【0065】?【0070】、【0073】?【0082】と図1、特に【0075】表1の「鋼F」及び【0082】表3の「実験No.49」の記載によれば、甲5には、以下の発明が記載されていると認められる。
「質量%で、
C: 0.16%、
Si: 0.30%、
Mn: 2.25%、
P: 0.010%、
S: 0.003%、
S-Al: 0.041%、
Cr:検出限界以下、
Mo:検出限界以下、
Ti:0.055%、
B:検出限界以下、
N: 0.0055%以下、の化学成分組成を有し、
残部が鉄及び不可避不純物からなる鋼Fを溶製し、スラブとし、
得られた冷延鋼板に対して、焼鈍(均熱・過時効)を行い、そのまま連続的に溶融めっき浴(460℃、0.1%Al-Zn浴)に浸漬してめっき処理を行った、めっき鋼板。」
(以下、「甲5発明」という。)
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲5発明とを対比する。
(ア)甲5発明における「めっき鋼板」は、「鋼Fを溶製し、スラブとし、得られた冷延鋼板」に対して「めっき処理」を行ったものである。よって、甲5発明における「鋼板」は、本件発明1における「鋼板」に相当する。また、甲5発明における「鋼板を0.1%Al-Zn浴に浸漬してめっき処理して」「付着した」「めっき」は、本件発明1における「前記鋼板の表面に配された亜鉛系めっき層」に相当する。
(イ)また、甲5の段落【0057】?【0058】の記載を参照すると、甲5発明における「S-Al」は、「Al」に包含されるものと認められ、本件発明1の「Al」とは実質的に相違するものとはならない。そして、甲5発明1における「C: 0.16%」、「Si: 0.30%」、「Mn: 2.25%」、「P: 0.010%」、「S: 0.003%」、「S-Al: 0.041%」、「Cr:検出限界以下」、「Mo:検出限界以下」、「Ti:0.055%」、「B:検出限界以下」は、それぞれ本件発明1における「C:0.150%?0.500%」、「Si:0.01%?2.50%」、「Mn:1.00%?5.00%」、「P:0.100%以下」、「S:0.0100%以下」、「Al:0.001%?1.000%」、「Cr:0%?2.00%」、「Mo:0%?1.00%」、「Ti:0%?0.30%」、「B:0%?0.010%」に相当する。
更に、甲5発明において、鋼板の上記成分以外は、「残部がFeおよび不純物」からなると認められるから、この点において、本件発明1と実質的に相違しない。
そして、甲5発明における「0.1%Al-Zn浴に浸漬してめっき処理してめっきが付着した鋼板」は、本件発明1における「亜鉛系めっき鋼板」に相当する。
(ウ)以上によれば、本件発明1と甲5発明とは、
「鋼板と、前記鋼板の表面に配された亜鉛系めっき層とを備え、
前記鋼板が、質量%で、
C:0.150%?0.500%、
Si:0.01%?2.50%、
Mn:1.00%?5.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%?1.000%、
N:0.0100%以下、
Cr:0%?2.00%、
Mo:0%?1.00%
B:0%?0.010%、
Cu:0%?1.00%、
Ni:0%?1.00%、
Co:0%?1.00%、
W:0%?1.00%、
Sn:0%?1.00%、
Sb:0%?0.50%、
Ti:0%?0.30%、
Nb:0%?0.30%、
V:0%?1.00%、
Ca:0%?0.0100%、
Mg:0%?0.0100%、
Ce:0%?0.0100%、
Zr:0%?0.0100%、
La:0%?0.0100%、
Hf:0%?0.0100%、
Bi:0%?0.0100%、
REM:0%?0.0100%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有した
亜鉛系めっき鋼板。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点1’)
本件発明1では、「O:0.0100%以下」を含有しているとしているのに対し、甲5発明では、「O」の含有量については規定されていない点。
(相違点2’)
本件発明1では、「前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織が、体積%で、
フェライト:0?10%、
ベイナイト:0?20%、
焼戻しマルテンサイト:70%以上、
フレッシュマルテンサイト:0?10%、
残留オーステナイト:0?10%、および
パーライト:0?5%を含有」しているのに対し、甲5発明では、「前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織」については規定されていない点。
(相違点3’)
本件発明1では、「前記亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下であり、
引張強度が1470MPa以上であり、
1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」ものであるのに対し、甲5発明では、これらの事項について規定されていない点。
イ 相違点の検討
(ア)事案に鑑み、相違点3’について検討する。
まず、相違点3’のうち「引張強度が1470MPa以上」とすることについて、甲5には記載も示唆もない。
また、甲2には、段落[0001]等に引張強度980MPa以上の高強度溶融亜鉛めっき鋼板、甲3には、請求項1等に引張最大強度900MPa以上の高強度鋼板、甲4には、請求項1等に引張強度1180MPa以上の合金化溶融亜鉛めっき鋼板が記載されているのみで、「引張強度が1470MPa以上」とする旨について記載されていない。そして、甲6には高張力溶融亜鉛メッキ熱延鋼板、甲7には、亜鉛メッキ鋼板について記載されているが、甲6、甲7には引張強度についての記載はない。
(イ)次に、相違点3’のうち「前記亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下」とすること、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」ことについても、甲5には記載も示唆もされておらず、上記1(2)イ(ア)で検討したとおり、甲2?4、6、7にも記載も示唆もされていない。
(ウ)そうすると、甲5発明は、耐水素脆化特性の向上を目的としたものではなく、甲5発明に相違点3’にかかる特定事項を備えようとする動機付けがない。
(エ)小括
したがって、相違点1’、2’について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5に記載された発明及び甲2?4、6、7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(3)本件発明2?7について
本件発明2?7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1は、甲5に記載された発明と甲2?4、6、7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2?7についても同様に、甲5に記載された発明と甲2?4、6、7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)申立理由2についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1?7は、甲5に記載された発明と甲2?4、6、7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。
3 申立理由3(サポート要件)
(1)サポート要件について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知的財産高等裁判所、平成17年(行ケ)第10042号、同年11月11日特別部判決)。以下、検討する。
(2)明細書の記載
本件明細書等には以下の記載がある。
「【0002】
…特に最近では、引張強度が1470MPa以上の超高強度鋼板のニーズが高まりつつある。また、車体の中でも防錆性を要求される部位には表面に溶融亜鉛めっきを施した高強度溶融亜鉛めっき鋼板が求められる。
【0003】
このような高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、自動車用鋼板として用いられる際に、プレス加工等により様々な形状に成形される。しかしながら、引張強度が1470MPaを超えるような超高強度鋼板を自動車用部材として適用する場合、そのプレス成形性もさることながら、鋼板の水素脆化割れを解決する必要がある。
【0004】
水素脆化割れとは、使用状況下において高い応力が作用している鋼部材が、環境から鋼中に侵入した水素に起因して、突然破壊する現象である。この現象は、破壊の発生形態から、遅れ破壊とも呼称される。一般に、鋼板の水素脆化割れは、鋼板の引張強度が上昇するほど発生し易くなることが知られている。これは、鋼板の引張強度が高いほど、部品成形後に鋼板に残留する応力が増大するためであると考えられている。この水素脆化割れ(遅れ破壊)に対する感受性のことを耐水素脆化特性と呼称する。」
「【0010】
溶融亜鉛めっき鋼板を連続型の溶融亜鉛めっきラインで製造する場合、鋼板表面を還元し、溶融亜鉛めっきとの濡れ性を確保することを目的として、水素含有雰囲気で熱処理を実施する。この時、雰囲気に含まれる水素が熱処理中の鋼板内に侵入する。
【0011】
通常、水素原子は室温においても拡散速度が十分大きく、鋼板中の水素は短時間で大気中に放散されるため、非めっき鋼板においては、製造工程で鋼板に侵入する水素は事実上問題にならない。しかしながら、溶融亜鉛めっき鋼板の場合、溶融亜鉛めっき層が鋼板から大気への水素放出を阻害するため、室温において水素はほとんど大気に放散されない。従って、溶融亜鉛めっき鋼板は、鋼板製造時に侵入した水素を含んだまま、ブランキングやプレス等の加工を施され、自動車用部材として使用される。強度が比較的低い溶融亜鉛めっき鋼板では、鋼中水素は事実上問題にならないが、引張強度が1470MPa以上の溶融亜鉛めっき鋼板では、加工条件や負荷される応力によっては、鋼中水素に起因して水素脆化割れが発生するリスクがある。
【0012】
しかしながら、水素脆化割れ抑制の観点から、溶融亜鉛めっき鋼板中の侵入水素量を抑制しようとした事例はほとんどない。また、本発明者らは、単に溶融亜鉛めっき鋼板中の侵入水素量を低減するだけでは、耐水素脆化特性を十分に向上できないことを知見した。
【0013】
特許文献6には、ブリスター抑制の観点から、熱処理中の雰囲気を制御することにより、鋼板への侵入水素量を低減した溶融亜鉛めっき鋼板に関する技術が記載されている。しかしながら、特許文献6では、鋼板の機械特性および耐水素脆化特性については考慮されていない。
【0014】
特許文献7には、母材鋼板の鋼板中の拡散性水素量を質量%で0.00008%以下(0.8ppm以下)とした高強度亜鉛めっき鋼板に関する技術が記載されている。しかしながら、特許文献7では、耐水素脆化特性については考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】日本国特開平10-001740号公報
【特許文献2】日本国特開平9-111398号公報
【特許文献3】日本国特開平6-145891号公報
【特許文献4】国際公開第2011/105385号
【特許文献5】日本国特開2007-197819号公報
【特許文献6】国際公開第2015/029404号
【特許文献7】国際公開第2018/124157号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このように、これまで様々な手法によって溶融亜鉛めっき鋼板の耐水素脆化特性を改善する試みがなされてきたものの、鋼板製造時に侵入する水素を、水素脆化割れ抑制の観点から低減する取り組みは全くなされていない。
【0017】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、自動車用部材に好適に用いられる、機械特性に優れ、製造時の侵入水素量を低減し、且つ耐水素脆化特性に優れた亜鉛系めっき鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、上記諸特性を有した上で、亜鉛系めっき鋼板に一般的に要求される特性である、めっき密着性に優れた亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。なお、めっき密着性とは、鋼板と溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層との密着性のことをいう。」
「【発明の効果】
【0019】
本発明に係る上記態様によれば、自動車用部材として好適に用いられる、機械特性に優れ、製造時の侵入水素量を低減し、且つ耐水素脆化特性およびめっき密着性に優れた亜鉛系めっき鋼板及びその製造方法を提供することができる。本発明に係る好ましい態様によれば、上記諸特性を有した上で更に、低温靭性に優れた亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】鋼板のU字曲げ試験方法を説明する模式図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、鋼板と、鋼板の表面に配された亜鉛系めっき層とを備える。なお、本実施形態において亜鉛系めっき鋼板とは、溶融亜鉛めっき鋼板、または合金化溶融亜鉛めっき鋼板のことをいい、亜鉛系めっき層とは、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層のことをいう。また、本実施形態において鋼板とは、表面に亜鉛系めっき層を配される母材鋼板のことをいう。
本実施形態に係る鋼板は、質量%で、C:0.150%?0.500%、Si:0.01%?2.50%、Mn:1.00%?5.00%、P:0.100%以下、S:0.0100%以下、Al:0.001%?1.000%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Cr:0%?2.00%、Mo:0%?1.00%、B:0%?0.010%、Cu:0%?1.00%、Ni:0%?1.00%、Co:0%?1.00%、W:0%?1.00%、Sn:0%?1.00%、Sb:0%?0.50%、Ti:0%?0.30%、Nb:0%?0.30%、V:0%?1.00%、Ca:0%?0.0100%、Mg:0%?0.0100%、Ce:0%?0.0100%、Zr:0%?0.0100%、La:0%?0.0100%、Hf:0%?0.0100%、Bi:0%?0.0100%およびREM:0%?0.0100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有する。
本実施形態に係る鋼板は、表面から1/4厚を中心とした1/8厚?3/8厚の範囲における鋼組織が、体積%で、フェライト:0?10%、ベイナイト:0?20%、焼戻しマルテンサイト:70%以上、フレッシュマルテンサイト:0?10%、残留オーステナイト:0?10%およびパーライト:0?5%を含有する。
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛系めっき層を除去後、鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下である。
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、引張強度が1470MPa以上であり、1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない。
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、鋼板の化学組成が、Cr:0.001%?2.00%、Mo:0.001%?1.00%、B:0.0001%?0.010%、Cu:0.001%?1.00%、Ni:0.001%?1.00%、Co:0.001%?1.00%、W:0.001%?1.00%、Sn:0.001%?1.00%およびSb:0.001%?0.50%のうち一種または二種以上を含有してもよい。
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、鋼板の化学組成が、Ti:0.001%?0.30%、Nb:0.001%?0.30%およびV:0.001%?1.00%のうち一種または二種以上を含有してもよい。
本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板は、鋼板の化学組成が、Ca:0.0001%?0.0100%、Mg:0.0001%?0.0100%、Ce:0.0001%?0.0100%、Zr:0.0001%?0.0100%、La:0.0001%?0.0100%、Hf:0.0001%?0.0100%、Bi:0.0001%?0.0100%およびREM:0.0001%?0.0100%のうち一種または二種以上を含有してもよい。
以下、本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板について詳細に説明する。
【0022】
『化学組成』
まず、本実施形態に係る鋼板の化学組成を上述のように限定した理由について説明する。なお、本明細書において化学組成を規定する「%」は特に断りのない限り全て「質量%」である。以下に記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「超」、「未満」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。
【0023】
[C:0.150%?0.500%]
C(炭素)は、亜鉛系めっき鋼板の所望の強度を得るために必須の元素である。C含有量が0.150%未満では、所望の高強度が得られないので、C含有量は0.150%以上とする。好ましくは0.180%以上、または0.190%以上である。一方、C含有量が0.500%を超えると溶接性が低下するので、C含有量は0.500%以下とする。亜鉛系めっき鋼板の溶接性の低下を抑制する観点から、C含有量は0.350%以下が好ましい。
【0024】
[Si:0.01%?2.50%]
Si(珪素)は、鉄炭化物の生成を抑制し、亜鉛系めっき鋼板の強度および成形性の向上に寄与する元素である。所望の強度および成形性を得るため、Si含有量は0.01%以上とする。好ましくは、0.05%以上、または0.10%以上である。一方、Siを過度に含有させると、亜鉛系めっき鋼板の溶接性が劣化する。従って、Si含有量は2.50%以下とする。好ましくは、2.00%以下、1.20%以下、または1.00%以下である。
【0025】
[Mn:1.00%?5.00%]
Mn(マンガン)は強力なオーステナイト安定化元素であり、亜鉛系めっき鋼板の高強度化に有効な元素である。所望の強度を得るため、Mn含有量は1.00%以上とする。好ましくは、1.50%以上、または2.00%以上である。一方、Mnを過度に含有させると、亜鉛系めっき鋼板の溶接性および低温靭性が劣化する。従って、Mn含有量は5.00%以下とする。好ましくは、4.00%以下、または3.50%以下である。
【0026】
[P:0.100%以下]
P(リン)は固溶強化元素であり、亜鉛系めっき鋼板の高強度化に有効な元素であるが、Pを過度に含有させると、亜鉛系めっき鋼板の溶接性及び靱性が劣化する。従って、P含有量は0.100%以下に制限する。好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.020%以下である。ただし、P含有量を極度に低減させるには、脱Pコストが高くなるため、経済性の観点からP含有量は、0.001%以上、または0.005%以上とすることが好ましい。
【0027】
[S:0.0100%以下]
S(硫黄)は不純物として含有される元素であり、鋼中でMnSを形成することで、亜鉛系めっき鋼板の靱性および穴広げ性を劣化させる。したがって、亜鉛系めっき鋼板の靱性および穴広げ性を顕著に劣化させないために、S含有量を0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0050%以下、または0.0035%以下である。ただし、S含有量を極度に低減させるには、脱硫コストが高くなるため、経済性の観点からS含有量は0.0005%以上、または0.0010%以上とすることが好ましい。
【0028】
[Al:0.001%?1.000%]
Al(アルミニウム)は、鋼の脱酸のため少なくとも0.001%以上を含有させる。好ましくは0.005%以上、または0.015%以上である。しかし、Alを過剰に含有させても上記効果が飽和してコスト上昇を引き起こすばかりか、鋼の変態温度を上昇させて熱間圧延時の負荷を増大させる。従って、Al含有量は1.000%以下とする。好ましくは0.500%以下、または0.400%以下である。
【0029】
[N:0.0100%以下]
N(窒素)は不純物として鋼中に含有される元素であり、N含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な窒化物を形成して、亜鉛系めっき鋼板の曲げ性および穴広げ性を劣化させる。したがって、N含有量は0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0050%以下、または0.0045%以下である。ただし、N含有量を極度に低減させるには、脱Nコストが高くなるため、経済性の観点からN含有量は0.0005%以上、または0.0020%以上とすることが好ましい。
【0030】
[O:0.0100%以下]
O(酸素)は不純物として鋼中に含有される元素であり、O含有量が0.0100%を超えると鋼中に粗大な酸化物を形成して、亜鉛系めっき鋼板の曲げ性および穴広げ性を劣化させる。従って、O含有量は0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0050%以下、または0.0030%以下である。ただし、製造コストの観点から、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、または0.0010%以上とすることが好ましい。」
「【0044】
[焼戻しマルテンサイト:70%以上]
焼戻しマルテンサイトは亜鉛系めっき鋼板の高強度と高靭性とを両立する組織である。本実施形態に係る鋼板は主として焼戻しマルテンサイトから構成される。焼戻しマルテンサイトの体積%は、70%以上とする。好ましくは、75%以上、80%以上、または85%以上である。焼戻しマルテンサイトは100%であってもよいが、焼戻しマルテンサイトは95%以下、または90%以下としてもよい。焼戻しマルテンサイトは、フレッシュマルテンサイトの一部が後述の第二保持工程において焼き戻されることで生成する。」
「【0050】
[1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない]
本発明者らは、鋼板中の侵入水素量を低減した場合、すなわち、亜鉛系めっき層を除去後、鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量を鋼板質量あたり0.40ppm以下とした場合であっても、耐水素脆化特性が必ずしも向上しないことを見出した。本発明者らは、後述する第二保持工程を行うことで、鋼板中の水素量を低減することができ、更に、耐水素脆化特性を向上できることを見出した。
【0051】
本実施形態において耐水素脆化特性に優れるとは、1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しないことをいう。U字曲げ試験について、図1を参照しつつ説明する。
まず、亜鉛系めっき鋼板の均熱部位から、試験片の長手方向と鋼板の圧延方向とが垂直になるように、30mm×120mmの短冊状試験片を採取する。短冊状試験片の両端には、ボルト締結用の穴開け加工を行う。次に、半径10mmのポンチで180°曲げを行う(図1の(1))。その後、スプリングバックしたU字曲げ試験片について(図1の(2))、ボルトとナットとを用いて締結することで応力を付与する(図1の(3))。この時、U字曲げ試験片の頂部にGL5mmのひずみゲージを貼り付け、ひずみ量制御により1000MPa相当の応力を付与する。このとき、予め実施した引張試験により得た応力-ひずみ曲線から、ひずみを応力に換算する。なお、U字曲げ試験片の端面はシャー切断ままとする。応力付与から24時間経過後に、割れの有無を目視にて観察する。試験温度は室温とする。室温の範囲は15?25℃であり、これを外れる場合は試験室の温度を15?25℃の範囲に調整する。
なお、U字曲げ試験では1200MPa相当の応力を付与してもよく、この場合であっても割れが発生しなければ、耐水素脆化特性により優れるため、好ましい。」
「【0080】
得られた亜鉛系めっき鋼板から、圧延方向に直角な方向を長手方向とするJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)および全伸び(El)を測定した。引張試験において、クロスヘッド速度は、2%ひずみまでは2mm/minとし、2%ひずみ以降は20mm/minとした。全伸びは破断後のサンプルを突き合わせることで測定した。
また、日本鉄鋼連盟規格の「JFS T 1001-1996 穴拡げ試験方法」を行い、穴広げ率(λ)を測定した。ブランクサイズは150mmとした。打ち抜き条件は、ポンチ径を10mmとし、ダイス径は0.1mmピッチで片側クリアランスが12%に最も近づくように設定した。穴広げ試験は、バリ外の条件、すなわち打ち抜き時にダイに接していた鋼板の表面が穴広げ試験時にパンチの反対側となる条件とし、60度円錐ポンチ、ポンチ速度1mm/sとして実施した。また、しわ押さえ圧は60ton、ダイス肩R5mm、ダイスの内径はφ95mmとした。試験数はN=3とし、それらの平均値を算出することで穴広げ率λを得た。
引張強度が1470MPa以上であり、かつ、引張強度、全伸びおよび穴広げ率の複合値(TS[MPa]×EL[%]×λ[%]0.5×10-3)が50以上のものを機械特性が良好であるとして合格と判定した。一つ以上の条件を満たさない場合、機械特性に劣るとして不合格と判定した。
【0081】
鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される鋼板質量あたりの水素量は、次の方法により求めた。亜鉛系めっき層(溶融亜鉛めっき層あるいは合金化溶融亜鉛めっき層)を除去するため亜鉛系めっき鋼板の表裏面を0.1mmずつ機械研削後、めっき除去後の鋼板中の水素を、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法(昇温速度:100℃/時間、室温から300℃まで測定)により測定し、室温から200℃まで加熱される間に鋼板から放出された水素の質量の累積量(ガスクロマトグラフの測定値)を求めた。得られた水素の質量の累積量(ガスクロマトグラフの測定値)を鋼板の質量で除することにより、鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される鋼板質量あたりの水素量(mass ppm)を得た。
【0082】
耐水素脆化試験は、U字曲げ試験により評価した。U字曲げ試験について図1を参照しつつ説明する。
まず、亜鉛系めっき鋼板の均熱部位から、試験片の長手方向と鋼板の圧延方向とが垂直になるように、30mm×120mmの短冊状試験片を採取した。この短冊状試験片の両端にボルト締結用の穴開け加工を行った。次に、半径10mmのポンチで180°曲げを行った(図1の(1))。その後、スプリングバックしたU字曲げ試験片について(図1の(2))、ボルトとナットとを用いて締結することで応力を付与した(図1の(3))。この時、U字曲げ試験片の頂部にGL5mmのひずみゲージを貼り付け、ひずみ量制御により1000MPa、1200MPa相当の応力を付与した。このとき、予め引張試験を行うことで得た応力-ひずみ曲線から、ひずみを応力に換算した。なお、U字曲げ試験片の端面はシャー切断ままとした。また、試験温度は室温(15?25℃)とした。
【0083】
応力付与から24時間経過後、割れの有無を目視にて観察した。1000MPaで割れが認められたものを「<1000」、1000MPaで割れが認められず、1200MPaで割れが認められたものを「1000?1200」、1200MPaで割れが認められなかったものを「>1200」と表中に記載した。1000MPaで割れが認められなかったものを耐水素脆化に優れるとして合格と判定し、1000MPaで割れが認められたものを耐水素脆化に劣るとして不合格と判定した。」
「【0108】
【表1A】


【0109】
【表1B】


【0110】
【表2A】


【0111】
【表2B】


【0112】
【表3A】


【0113】
【表3B】


【0114】
【表4A】


【0115】
【表4B】


「【図1】


(3)当審の判断
ア 本件発明1?7の課題について
本件発明1?5は、亜鉛系めっき鋼板に関するものであり、本件発明6、7は、当該亜鉛系めっき鋼板の製造方法に関するものである。
本件明細書等の記載(段落【0002】?【0004】、【0010】?【0017】)によれば、本件発明1?7の課題は、自動車用部材に好適に用いられる、機械特性に優れ、製造時の侵入水素量を低減し、且つ耐水素脆化特性に優れた亜鉛系めっき鋼板及びその製造方法を提供することであると認められる。
イ(ア)本件明細書等の記載(段落【0021】?【0030】、【0044】、【0050】?【0051】、【0080】?【0083】)によれば、本件発明1?7の上記課題は、特定の化学組成及び組織を有する亜鉛系めっき鋼板を用い、亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下であること、引張強度が1470MPa以上であること、1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しないことで解決することができるものと認められる。
(イ)このうち、本件発明1には、特定の化学組成及び組織を有する亜鉛系めっき鋼板を用いて、「前記亜鉛系めっき層を除去後、前記鋼板を室温から200℃まで加熱した際に放出される水素量が鋼板質量あたり0.40ppm以下であり」、「引張強度が1470MPa以上であり」、「1000MPa相当の応力を24時間付与するU字曲げ試験で割れが発生しない」との構成があり、本件発明1?7は上記アで記載した課題を解決する手段を備えている。
(ウ)鋼板の化学組成について
鋼板の化学組成のうち、C、Si、Mn、S、Alについて詳述する。
本件発明1?7では、Cの含有量は0.150?0.500質量%と特定されているのに対し、本件明細書等の実施例には、C含有量が最大でも0.325質量%の鋼種Mの発明例が存在するのみである。
本件発明1?7では、Siの含有量は0.01?2.50質量%と特定されているのに対し、本件明細書等の実施例には、Si含有量が最大でも0.189質量%の鋼種Pの発明例が存在するのみである。
本件発明1?7では、Mnの含有量は1.00?5.00質量%と特定されているのに対し、本件明細書等の実施例には、Mn含有量は鋼種Dの1.80質量%?鋼種Nの3.72質量%の発明例が存在するのみである。
本件発明1?7では、Sの含有量は0.0100質量%以下と特定されており、下限値について限定されていないが、本件明細書等の実施例では、S含有量は鋼種Hの0.0010質量%以上の発明例が存在するのみである。
そして、本件発明1?7では、Alは0.001?1.000質量%と特定されているのに対し、本件明細書等の実施例には、Al含有量が最大でも0.379質量%の鋼種Fの発明例が存在するのみである。
しかしながら、段落【0021】?【0030】に数値範囲の技術的根拠が記載されており、全ての範囲に具体的実施例がなくとも、本件発明1?7は本件明細書等に裏付けられているといえる。
(4)申立人の主張について
申立人は、本件発明1?7における鋼板の化学組成、特にC、Si、Mn、S及びAlの数値範囲について、本件明細書等の実施例のみでは課題を解決できることが立証されていない旨主張するが(特許異議申立書第49?50頁)、上記実施例以外の化学組成の鋼板では上記課題を解決することができないとの合理的疑いが生じるような具体的根拠は何ら示されていない。
そして、本件発明1?7における鋼板の化学組成が本件明細書等に裏付けられていることは上記のとおりであるから、申立人の上記主張は採用できない。
(5)申立理由3のまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?7については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

第5 むすび
以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-12-14 
出願番号 特願2019-551714(P2019-551714)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 平塚 政宏
村川 雄一
登録日 2020-01-14 
登録番号 特許第6645636号(P6645636)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 亜鉛系めっき鋼板及びその製造方法  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 山口 洋  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 寺本 光生  

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