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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 4項1号請求項の削除 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1370820
審判番号 不服2019-13547  
総通号数 255 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-03-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-10-09 
確定日 2021-02-04 
事件の表示 特願2017- 71379「皮膚バリア増強剤、医薬組成物、薬用化粧品、及び美容方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月 8日出願公開、特開2018-172328〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、特許法第30条第2項(発明の新規性の喪失の例外)の規定の適用を受けようとする旨を願書に記載して平成29年3月31日にされた特許出願であって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。

平成29年 4月12日受付:新規性の喪失の例外証明書提出書の提出
平成30年12月18日付け:拒絶理由の通知
平成31年 2月13日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 1年 7月 2日付け:拒絶査定
令和 1年10月 9日 :審判請求書及び手続補正書の提出

第2 令和1年10月9日提出の手続補正書による手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
令和1年10月9日提出の手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由](補正の適否の判断)
1 本件補正の内容
本件補正は、以下のとおりの、請求項1についての補正をその内容として含むものである。

「【請求項1】
単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有し、pHが4.0以上7.0以下であり、Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する、皮膚バリア増強剤。」(当審注:下線は下記補正に対応する箇所を示す。)
とあるのを、
「【請求項1】
グルコース、及びマンニトールの少なくとも一方を含有し、pHが4.0以上7.0以下であり、Filaggrin及びClaudin-1の少なくとも一方のタンパク質の発現を促進する、皮膚バリア増強剤。」(当審注:下線は補正箇所を示す。)
と補正する。

上記請求項1についての補正は、以下の補正事項A及びBよりなるものである。

補正事項A:「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方」とあるのを「グルコース、及びマンニトールの少なくとも一方」と補正する。

補正事項B:「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」とあるのを「Filaggrin及びClaudin-1の少なくとも一方のタンパク質の発現を促進する」と補正する。

2 補正の適否
事案に鑑み、上記補正事項Bの補正の目的から先に検討する。
補正事項Bは、補正前の請求項に記載された発明(以下、「補正前発明」という。)の発明を特定するために必要な事項(以下、「発明特定事項」という。)である「Filaggrin及びClaudin-1」の「各遺伝子の発現をともに促進する」ものから、「Filaggrin及びClaudin-1」の「少なくとも一方のタンパク質の発現を促進する」ものに変更する補正であって、発現を促進する対象が「遺伝子」から「タンパク質」に変更され、かつ、2種のタンパク質である「Filaggrin及びClaudin-1」についての発現を「ともに促進する」ものに限定されていたのが、「少なくとも一方のタンパク質の発現を促進する」ものに拡張されているから、補正前の上記発明特定事項を限定するものとはいえない。
したがって、上記補正事項Bは、補正前発明の発明特定事項を限定するものであるとはいえないから、特許法第17条の2第5項第2号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえない。
また、上記補正事項Bは、補正前の特許請求の範囲の記載が明確でない等の拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものでもないから、同項第4号に規定する明りょうでない記載の釈明にも該当しない。
さらに、この補正事項Bが請求項の削除又は誤記の訂正のいずれにも該当しないことは、明らかである。

審判請求人は、審判請求書において、上記補正は、「発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することなく発明特定事項を限定する限定的減縮に該当するもの」であると主張するので、以下検討する。
補正が、第17条の2第5項第2号に規定される「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるか否かは、以下の(i)から(iii)までの要件が全て満たされている必要がある。
(i) 補正が特許請求の範囲を減縮するものであること。
(ii) 補正が補正前発明の発明特定事項を限定するものであること。
(iii) 補正前発明と補正後の請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であること。
しかし、上述したとおり、上記補正事項Bは、少なくとも(ii)の要件を満たしているとはいえないから、上記請求人の主張は採用できない。

そうしてみると、上記補正事項Aについて検討するまでもなく、上記補正事項Bを含む本件補正は、特許法第17条の2第5項に規定する要件に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について

令和1年10月9日にされた手続補正は、上記の第2のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし8に係る発明は、平成31年2月13日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、以下のものであると認める。

「【請求項1】
単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有し、pHが4.0以上7.0以下であり、Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する、皮膚バリア増強剤。」

第4 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由は、
「2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」という理由を含むものであり、概略、以下の点を指摘している。

「●理由2(特許法第29条第2項)について
・請求項1?8
・引用文献等3?9」(拒絶査定における説示)
「 引用文献3(特に、特許請求の範囲,実施例参照。)には、キシリトールやマンニトール等を含む、皮膚バリアー機能回復促進剤の発明が記載されている。
引用文献4(特に、特許請求の範囲,[0004]-[0006],実施例参照。)には、グルコース、ラフィノースを含む、皮膚の角質細胞のラメラ構造再生剤の発明が記載されるとともに、上記ラメラ構造が、皮膚におけるバリア機能に深く関わるものであることが記載されている。
・・・
引用文献7(特に、請求の範囲,表2,処方例46参照。)には、フィラグリンの遺伝子発現機能の低下を有意に抑制する物質を含む皮膚外用剤の発明が記載されるとともに、上記物質として、キシリトール、マンニトール等の糖類を使用できることが記載されている。
引用文献3-7には、組成物のpHを、本願上記請求項に記載の範囲内に収めることについての明示はなされていない。
しかし、健康な皮膚は4.5?6.0程度のpHを保持するものであり、強酸、強アルカリが、皮膚におけるバリアーを破壊するものである点は、引用文献8,9(特に、引用文献8:第37 頁 3.肌の酸性度回復効果の項、引用文献9:第32 頁左欄第4-6 行参照。)等に示されるように、当該分野で通常に認識される周知の事項である。してみれば、引用文献3-7に記載の発明において、皮膚のバリア機能が保持されるよう、強酸、強アルカリとなるpH域を避け、本願発明と同程度の範囲にpHを調整してみることは、当業者であれば容易に想到できたことである。」(平成30年12月18日付け拒絶理由通知書における説示)
「 ・・・引用文献3?7に記載の組成物は、いずれも、グルコース、或いは、マンニトールを含むものである。そうすると、これらの文献に記載の発明では、内在的に、「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」なる作用効果が、ある程度発揮されていると捉えることができる。よって、当該記載によって、本願発明と、引用文献3?7に記載の発明との間に、新たな相違点がもたらされていると解することはできない。
・・・
<引用文献等一覧>
・・・
3.特開2000-103728号公報
4.特開2006-045186号公報
・・・
7.国際公開第02/053127号
8.中村 清香,カプリロイルグリシンの抗菌効果と化粧品への応用,フレグランスジャーナル,2011年,2月号,第36-40頁
9.手塚 正,特集/経皮吸収とリポソーム,FRAGRANCE JOURNAL,1987年,第87号,第27-32頁」(拒絶査定における説示)

第5 当審の判断

1 引用文献に記載された事項及び引用発明
(1)引用文献3(特開2000-103728号公報)には、次の事項が記載されている(下線は、当審合議体が付した。)。

摘記(3a)
「【請求項2】 エリスリトール、リブロース、プシコース、ガラクトース、マンニトールからなる群から選ばれた一種または二種以上からなることを特徴とする皮膚バリアー機能回復促進剤。」

摘記(3b)
「【0012】本発明に用いるキシリトールはキシリットとも呼ばれ、下記化学式
CH_(2)OH(CHOH)_(3)CH_(2)OH
で表される糖アルコールであり、D-キシロースに対応するものである。キシリトールは皮膚外用剤あるいは化粧料の配合成分として従来公知の物質であるが、皮膚バリアー機能の回復を促進する効果を有するという報告はこれまでになく、本発明者らによって初めて見出された効果である。また、エリスリトール、リブロース、プシコース、ガラクトース、マンニトールについても、皮膚外用剤あるいは化粧料の配合成分として従来公知の物質であるが、皮膚バリアー機能の回復を促進する効果を有するという報告はこれまでになく、本発明者らによって初めて見出された効果である。」

摘記(3c)
「【0015】
【実施例】次に、本発明を実施例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲がこれらの実施例に限定されるものではない。配合量は重量%である。
【0016】皮膚バリアー機能の回復促進効果を以下の方法で評価し、その結果を図1?図6に示した。
【0017】「皮膚バリアー機能回復促進効果試験」皮膚をテープストリッピングすることによって破壊された皮膚バリアー機能が、もとの状態へ回復していく過程におけるキシリトール含有試料の影響を、TEWL(当審注:経皮水分蒸散量)を指標として以下の方法で評価した。すなわち、10名の男性パネルの前腕内側部を用い、テープストリッピングした1時間後にキシリトール含有試料を塗布し、その後、経時的に、TEWLをTEWAMETER TM-200(COURAGE+KHAZAKA)にて測定した。PEG300:エタノール:蒸留水=1:3:1を基剤とし、評価物質の5重量%の溶液ないし懸濁液を試料とした。また、エリスリトール、リブロース、プシコース、ガラクトース、マンニトールは、10%水溶液を試料とした。コントロールとしては水を使用した。テープストリッピング1時間後のTEWLの値を0%、テープストリッピング前のTEWLの値を100%として、各測定時間におけるTEWLの値から回復率を算出し、コントロールと比較して試料のTEWLの回復促進効果を評価した。その結果を図1?図6に示す。図1?図6において、四角又は黒丸は評価試料、白丸はコントロールを示し、縦軸はTEWL回復率(%)、横軸はテープストリッピング後の時間(hr)を表わす。
【0018】図1?図6から分かるように、キシリトール、エリスリトール、リブロース、プシコース、ガラクトース、マンニトールを含有する試料は、TEWLの回復を短時間から有意に促進している。」
「【図6】



上記摘記(3a)?(3c)によれば、引用文献3には、「エリスリトール、リブロース、プシコース、ガラクトース、マンニトールからなる群から選ばれた一種または二種以上からなることを特徴とする皮膚バリアー機能回復促進剤。」が記載されており(摘記(3a))、「マンニトール」について、皮膚バリアー機能回復促進効果試験を行い、経皮水分蒸散量(TEWL)の回復率を促進させる効果、すなわち、皮膚バリアー機能の回復を促進する効果が確認されたことが示されている(摘記(3b)及び(3c))。

したがって、引用文献3には、
「マンニトールからなる皮膚バリアー機能回復促進剤。」
の発明(以下「引用発明A」という。)が記載されていると認められる。

(2)引用文献4(特開2006-45186号公報)には、次の事項が記載されている(当審注による断りがある場合を除き、下線は当審合議体が付した。)。

摘記(4a)
「【請求項1】
グルコース及び/又はラフィノースを含有することを特徴とする皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤。」

摘記(4b)
「【0004】
角層細胞間には、ラメラ構造を有する角層細胞間脂質が存在しており、水分保持や外部からの異物の侵入を防ぐバリア機能に深く係わっていることが明らかとなっている。すなわち、肌荒れ状態の皮膚や、肌への刺激に対してトラブルを起しやすい、いわゆる「敏感肌」には、このような角層細胞間のラメラ構造が消失したり、損傷を受けたりしていることが確認されており、角層細胞間脂質のラメラ構造のダメージが角層水分保持機能の減少を招き、皮膚の乾燥や肌荒れなどを生じさせるものと考えられる。
【0005】
したがって、角層細胞間脂質のラメラ構造を再生することができれば、角層水分保持機能を回復して、皮膚にうるおいを与え、肌荒れや敏感肌を解消することができるものと考えられる。このようなラメラ構造の再生に関する検討については、本発明者等は研究開発を継続している。なお、上記のようなラメラ構造の損傷に基づく角層水分量の低下については、典型的な保湿剤であるグリセリンでは回復できないことが判明している。
【0006】
本発明は、皮膚表層部における角層細胞間脂質のラメラ構造の上記のような機能に着目してなされたものであって、皮膚の水分保持機能を高めることができる角層細胞間脂質のラメラ構造を再生する剤及び新たな皮膚外用剤を提供することを目的としている。」

摘記(4c)
【0009】
皮膚は様々な外的刺激から体を守るとともに、内側の水分の蒸発を防ぐバリア機能を有している。角層におけるバリア機能は、角層細胞間脂質から構成されるラメラ構造が大きく関与しており、剥離角層からラメラ構造を簡便に観察する手法を確立し、乾燥した肌状態においてラメラ構造が減少していることを実証した。
角層細胞間脂質を構成するセラミド、コレステロールなどの成分と水の混合物をからラメラ構造(マルターゼクロス像)を観察できることは知られており、本手法を用いて角層のバリア機能に対して有効な成分がいくつか見出されている。
そこで、乾燥してバリア機能の低下した肌に対して有効な成分を探索することを目的として、保湿性の高い糖にターゲットを絞り、人工角層細胞間脂質による評価法を用いて有用な成分を探索した。結果、グルコースとラフィノースに優れた効果を見出し、ヒト試験においてもバリア機能回復効果を実証することができた。更に本成分の乾燥環境下における培養表皮細胞へのバリア効果にも有用な結果を得たので提案する。」

摘記(4d)
「【実施例1】
【0028】
[試験1]
1.糖類を単独で用いた場合のラメラ構造再生試験
試験方法
人工細胞間脂質を作成し、そこに糖水溶液を加えてラメラ構造を再生させた。偏光顕微鏡にて観察した画像を二値化してラメラ構造の面積を求め、糖の種類ごとの再生効果を評価した。
【0029】
人工細胞間脂質
A セラミド 0.12g
水 0.72g
B コレステロール 0.08g
ステアリン酸 0.08g
A、Bをそれぞれ80℃で溶解させた後、混合し、10℃に冷却して超音波を10分照射した。

度80℃で溶解、混合し、10℃に冷却して超音波を10分照射した。
【0030】
糖水溶液
0.25Mの各種糖水溶液を作成した。ラメラ構造を安定化させる機構として、ラメラ界面に糖が配向することを推測し、ラメラ再生効果は分子数に依存すると仮定し、同一のモル濃度で比較した。
【0031】
ラメラ構造の生成
人工細胞間脂質を10mg採取し、糖水溶液を20μl添加し、80℃のウォーターバスで加熱し、よく混合した。その後、10℃で超音波を10分間と80℃のウォーターバスでの加熱10分間を4回繰り返すことでラメラ構造を生成させた。
【0032】
偏光顕微鏡観察
偏光顕微鏡:γ=530nm,BX50, OLYMPUS、倍率:100倍、観察範囲:約220μm×164μm、画像解析ソ
フト:WinROOF, 三谷商事社製
【0033】
結果
偏光顕微鏡観察画像を解析して、ラメラ液晶の面積を測定した。面積が1500μm^(2)以上を◎、1000μm^(2)以上1500μm^(2)未満を○、1000μm^(2)未満を△として、ラメラ液晶の再生効果を3段階で評価した。結果を表1に示す。・・・
【0034】
【表1】


【0035】
単糖の中でラメラ構造再生効果が大きいのはグルコースであった。グルコースは表中の他の単糖と比べてe-OH値(エクアトリアルOH基の数を溶液中に存在する種々のコンホメーションの割合から比例配分によって求めた値)が大きい。スクロース、メリビオース、トレハロース(二糖類)、ラフィノース(三糖類)で比較すると、ラメラ構造再生効果が大きいものから順番に並べるとラフィノース、トレハロース、メリビオース、スクロースとなり、e-OHの大きさの順番と一致している。従って、e-OHの値が大きいほどラメラ構造再生効果が大きい。・・・」

摘記(4e)
「【実施例2】
【0036】
[試験2]2.糖のラメラ構造再生試験
人工細胞間脂質を用いた評価方法を検討した。
試験方法(当審注:下線は原文のとおり。)
人工細胞間脂質を作成し、そこに糖水溶液を加えてラメラ構造を再生させた。偏光顕微鏡にて観察した画像を二値化してラメラ構造の面積を求め、糖の種類ごとの再生効果を評価した。
【0037】
人工細胞間脂質(当審注:下線は原文のとおり。)
A セラミド(セラミドII、III、VI) 0.12g(各0.04g)
硫酸コレステロール 0.02g
水 0.25g
B コレステロール 0.08g
ステアリン酸 0.08g
【0038】
AとBをそれぞれ80℃で融解させた後、混合し10℃で10分間の超音波処理を行った。再度80℃で融解、混合し、10℃で10分間の超音波処理を行った。

糖水溶液の条件(当審注:下線は原文のとおり。)
ラメラ構造を安定化させる機構として、ラメラ界面の安定化に構成単糖が持つe‐OH基の配向が寄与すると仮定し、同一の重量パーセント濃度で比較した。
【0039】
ラメラ構造の生成(当審注:下線は原文のとおり。)
20%の糖水溶液を調整し、人工細胞間脂質60mgに15μlを添加し、糖の終濃度を1%とした。80℃のウォーターバスで加熱し、よく混合した。その後、10℃で超音波を10分間と80℃のウォーターバスでの加熱10分間を2回繰り返すことでラメラ構造を生成させた。
【0040】
偏光顕微鏡観察(当審注:下線は原文のとおり。)
偏光顕微鏡:γ=530nm,BX50, OLYMPUS、倍率:200倍、観察範囲:約110μm×82μm、画像解析ソフト:WinROOF, 三谷商事社製
【0041】
評価方法(当審注:下線は原文のとおり。)
人工細胞間脂質を2mg採取してカバーガラスで均一に広げ、偏光顕微鏡にて観察した。偏光顕微鏡観察画像中の30μm×30μm(約110μm×82μmの画像を2枚使用し、マルターゼクロス像以外の異物を避けて10ヶ所選択した)を解析して、ラメラ構造の面積を測定した。10ヶ所の面積の平均値をラメラ構造面積とした。
更に以下の式を用いてラメラ構造再生促進率を求めた。
【0042】
ラメラ構造再生促進率(%)=100×[(糖のラメラ構造面積)-(糖無添加のラメラ構造面積)]/[糖無添加のラメラ構造面積] その結果を表7に示す。
【0043】
【表7】


【0044】
構成単糖当たりのe-OH基の数による比較を行ったところ、二糖類以上の多糖類において、ラメラ構造再生効果は構成単糖当たりのe-OH基の数に依存してはいなかった。これは二糖類以上の多糖類において糖の立体構造によってラメラ界面に与える影響が異なることを示していると考えられた。 糖無添加(図4)と比較してリボースを除く全ての糖についてラメラ構造の形成が促進され、その効果はラフィノース(図5)が最も優れ、続いてグルコースである。」

摘記(4f)
「【実施例4】
【0058】
2週間連用試験による保湿効果
試験方法
グルコースとラフィノースを重量比で5:3の比率で含有する処方例1とグルコースを含有するが、ラフィノースを含有しない比較例1を半顔ずつ二週間連用させた。また、グルコースとラフィノースを重量比で1:4の比率で含有する処方例2とグルコースを含有するが、ラフィノースを含有しない比較例2を半顔ずつ二週間連用させた。処方例1、比較例1を用いた連用試験(女性90名)において、使用前後のキメの評価と使用後のアンケートを実施した。処方例2、比較例2を用いた連用試験(女性62名)においては、使用後のアンケートのみ実施した。処方を表3に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
処方例1、比較例1の半顔ずつ2週間連用試験における使用前後のキメの評価
2週間連用試験前後の被験者の左右の頬のレプリカを山田粧業社製スキンキャストで採取した。
LED光源を仰角30°でレプリカに照射し、その陰影画像を実態顕微鏡(SZ-PT,OLYMPUS社製)で観察し、デジタル画像を取得した。その画像を白黒2値化し、エッジ処理を施し、皮溝で囲まれた部分の数(キメの数)を計数した。
2週間連用試験前後のキメの数の平均値を表4に示す。2週間連用試験後のキメの増加数を図3に示す。処方例1、比較例1ともにキメの数が増加したが、処方例1の方が、キメの数の増加が大きい。グルコースとラフィノースを組み合わせて配合した処方例1はグルコースのみ配合した比較例1よりも皮膚の角層細胞におけるラメラ構造を再生する効果が大きく、肌状態が改善した結果、キメの数が増大したと考えられる。
【0061】
【表4】



上記摘記(4a)、(4d)及び(4e)によれば、引用文献4には、「グルコース及び/又はラフィノースを含有することを特徴とする皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤。」が記載されており(摘記(4a))、人工細胞間脂質におけるラメラ構造再生試験を行い、糖の種類ごとの再生効果を評価したところ、「グルコース」について、ラメラ構造再生効果が大きいことが確認されたことが示されている(摘記(4d)及び(4e))。
が記載されている。

したがって、引用文献4には、
「グルコースを含有する皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤。」
の発明(以下「引用発明B」という。)が記載されていると認められる。

2 対比及び判断
(1)引用発明Aについて
ア 本願発明と引用発明Aとを対比する。
上記1の摘記(3a)?(3c)によれば、「皮膚バリアー機能の回復を促進する」とは、マンニトールを塗布しない状態と比べて、経皮水分蒸散量(TEWL)が向上すること、すなわち、皮膚バリア機能を増強することであるといえるから、引用発明Aの「皮膚バリアー機能回復促進剤」は、本願発明の「皮膚バリア増強剤」に相当する。
引用発明Aにおける「マンニトール」は、本願発明における「糖アルコール」に相当し、引用発明Aにおける「マンニトールからなる」とは、「皮膚バリアー機能回復促進剤」の成分としてマンニトールを含有するものといえるから、本願発明における「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有」するものに相当する。
そうすると、本願発明と引用発明Aとは、「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する、皮膚バリア増強剤」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点A1)
本願発明においては、「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」と特定されているのに対し、引用発明Aにおいては、そのような特定がない点。

(相違点A2)
本願発明においては、「pHが4.0以上7.0以下」と特定されているのに対し、引用発明Aにおいては、pHが特定されていない点。

イ まず、上記相違点A1について検討する。
本願発明における「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」との特定は、「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方」を含有する「皮膚バリア増強剤」が有する機能、作用又は特性(以下、「機能等」という。)を表すものに過ぎず、「皮膚バリア増強剤」という「物」の発明を特定するのに役立っていない。そのため、本願発明が、請求項中に「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」なる機能等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、「皮膚バリア増強剤」自体を意味するものと解される。
なお、本願明細書の段落【0010】における「本発明の皮膚バリア増強剤は、単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する。単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有することによって、細胞のFilaggrin、及びClaudin-1の産生を促進し、皮膚バリア機能を増強できる。皮膚バリア増強剤は、皮膚の水分量を保ち、保湿をする機能、微生物等の細胞内への侵入を防ぐ機能等の皮膚が本来有する皮膚バリア機能の増強または回復を図るものである。」及び段落【0045】における「以上の結果から、本発明を適用することで、Filagglin、及びClaudin-1の発現が促進され、皮膚バリア機能を増強できることが判った。」との記載からみても、相違点A1にかかる特定は、「皮膚バリア増強剤」が有する機能等を確認するための指標であり、単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する「皮膚バリア増強剤」が有する機能等を表すものに過ぎないといえる。
したがって、上記相違点A1は、実質的な相違点であるとはいえない。

ウ 次に、上記相違点A2について検討する。
皮膚バリア機能とpHの関係について、引用文献8及び引用文献9には、以下の記載がある。

・引用文献8(中村 清香,カプリロイルグリシンの抗菌効果と化粧品への応用,FRAGRANCE JOURNAL,2011年,2月号,第36?40頁)

摘記(8a)
「・・・本稿では,グリシンとオクタン酸の縮合物によって得られる両親媒性アミノ酸(LIPACIDE C8G,SEPPIC社製)について紹介する。」(36頁右欄14?16行)
「健康な皮膚はpH4.5?6.0の弱酸性を保ち,微生物の繁殖を抑制している。しかしながら,過度の洗浄でバリア機能が脆弱化した皮膚やアトピー性皮膚炎・ざそう(当審注:原文では、「ざ」は、やまいだれに「坐」、「そう」は、やまいだれに「倉」)・湿疹などの疾患がある場合ではアルカリ中和能が低下し,アクネ原因菌や黄色ブドウ球菌などの微生物が繁殖しやすくなる。そこで,アルカリ性の皮膚に対するLIPACIDE C8Gの酸性度回復効果を試験した^(7))。
試験は5人の被験者で行った。被験者の前腕部2カ所をpH測定し,弱酸性であることを確認した後,Buffer(pH10.4)を塗布し,皮膚のpHがアルカリ性になっていることを確認した。続けて,1カ所に1.5%LIPACIDE C8G懸濁液(pH4)を塗布し,15分,30分,1時間,2時間,4時間後に測定を行った。比較として,残る1カ所は,アルカリ処理後,未処理とした。
図1より,処理直後はpH9.0であったが,LIPACIDE C8Gを塗布した部分のみpH7.5まで低下した。このことから,Buffer(pH10.4)が皮膚をアルカリ性にする効果よりも,1.5%LIPACIDE C8G懸濁液が酸性に戻す効果の方が強いことが確認された。酸性度回復効果には,LIPACIDE C8Gの遊離型のカルボキシル基が寄与していると考えられる。」(引用文献8の37頁左欄15行?右欄6行)


図1 LIPACIDE C8Gの肌酸性度回復効果」(37頁右欄)

・引用文献9(手塚 正,特集/経皮吸収とリポソーム 皮膚のバリアー機能と透過性,フレグランス ジャーナル,1987年,第87号,第27?32頁)

摘記(9a)
「皮膚の生物学的機能を考えると皮膚は1)物質透過に対するバリアー機能を有しており,2)外界異物(ウイルス,バクテリアなど)に対する免疫バリアーでもあり,3)対紫外線バリアーでもある。・・・
従って,バリアー機能と透過性は互いに相反する皮膚の機能である。一般的に,正常皮膚では透過性は著しく低く,病的皮膚では著しく高い。正常皮膚の透過性は香粧品科学の分野の問題であるといってもよいであろう。」(27頁左欄2?10行)

摘記(9b)
「6.経皮吸収に影響する諸因子
経皮吸収に影響する諸因子は,a)物質,b)皮膚,c)環境,d)皮膚との接触条件に分けられる。」(31頁左欄6?8行)
「(c)pH
溶液が強酸,強アルカリの場合はバリアーを破壊して浸透しやすくなる。」(32頁左欄4?6行)

上記摘記(8a)?(9b)によれば、皮膚は、物質透過に対するバリアー機能及び外界異物(ウイルス,バクテリアなど)に対する免疫バリアー機能を有しており(摘記(9a))、健康な皮膚はpH4.5?6.0の弱酸性を保ち、微生物の繁殖を抑制しているが、バリア機能が脆弱化した皮膚ではアルカリ中和能が低下し、アクネ原因菌や黄色ブドウ球菌などの微生物が繁殖しやすくなること(摘記(8a))、また、強酸又は強アルカリの溶液を皮膚に適用すると、皮膚のバリアー機能は破壊されやすくなるが(摘記(9a)、(9b))、アルカリ性の皮膚に対して、pH4の成分(LIPACIDE C8G)を適用することにより、肌の酸性度回復効果が見られること(摘記(8a))が本願出願時の技術常識であるといえる。
してみれば、「皮膚バリア増強剤」である引用発明Aについて、そのバリア機能の破壊されやすい強酸、強アルカリの領域を避け、健康な皮膚の状態であるpH4.5?6.0の弱酸性を保持するべく、健康な皮膚状態のpH付近の弱酸性のpH範囲として、本願発明の相違点A2に係る構成、すなわち、「pHが4.0以上7.0以下」を満たすものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

エ 本願発明の効果について
本願明細書には、「本発明の皮膚バリア増強剤は、単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する。単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有することによって、細胞のFilaggrin、及びClaudin-1の産生を促進し、皮膚バリア機能を増強できる」(段落【0010】)ことが記載され、さらに、皮膚バリア増強剤のpHについて、「pHが上記下限値以上であれば、皮膚バリア増強剤による皮膚組織、及び細胞の障害が低減され、かつ、FilaggrinのmRNA、及びClaudin-1のmRNAの転写、及び発現が促進され、皮膚バリア機能が増強または回復されやすい。pHが上記上限値以下であれば、Filaggrin、及びClaudin‐1の産生が十分に促進され、皮膚バリア機能が十分に増強または回復される」(段落【0014】)ことが記載されている。
そして、実施例として、Filaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質のmRNAの発現量、並びにFilaggrinタンパク質の発現量を解析することにより、皮膚バリア機能の増強効果を評価した結果が記載されており(実施例1?7、比較例1?7)、段落【0056】には、「以上の各試験等の結果から、6mMもしくは110mMのグルコース、又は110mMのマンニトールを含有し、pHが4.0以上7.0以下である皮膚バリア増強剤によって、皮膚バリア関連タンパク質の遺伝子発現が誘導されることが示された。すなわち本発明の皮膚バリア増強剤は、皮膚バリア関連タンパク質の遺伝子発現を促進することによって、皮膚バリア関連タンパク質であるFilaggrin、及びClaudin-1の産生を促進し、皮膚バリア機能を増強できることが示された。
参考試験2,3の結果でも示したようにpHが7.6である比較例2,5,6でも、グルコースを55?165mM含有することにより、皮膚バリア関連タンパク質の発現量、及び産生量の増加が認められた(図8?図10)。しかし本発明の皮膚バリア増強剤は、pHが4.0以上7.0以下であることにより、皮膚バリア関連タンパク質の発現をより一層増強することができる(図1,図4)。よって、本発明の皮膚バリア増強剤は、従来の皮膚バリア増強剤より効果的に皮膚バリア機能を増強することができる。」と記載されている。
つまり、本願明細書には、本願発明の「皮膚バリア増強剤」が、グルコース又はマンニトールを含有し、pHが4.0以上7.0以下であることにより、皮膚バリア機能の指標であるFilaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質のmRNAの発現量、並びにFilaggrinタンパク質の発現量が促進され、皮膚バリア機能が増強されたことが確認されている。
しかし、上記ウで説示したように、健康な皮膚はpH4.5?6.0の弱酸性を保ち、微生物の繁殖を抑制しているが、バリア機能が脆弱化した皮膚ではアルカリ中和能が低下し、アクネ原因菌や黄色ブドウ球菌などの微生物が繁殖しやすくなること(摘記(8a))、また、強酸又は強アルカリの溶液を皮膚に適用すると、皮膚のバリアー機能は破壊されやすくなるが(摘記(9a)、(9b))、アルカリ性の皮膚に対して、pH4の成分(LIPACIDE C8G)を適用することにより、肌の酸性度回復効果が見られること(摘記(8a))という本願出願時の技術常識を踏まえると、引用発明Aにおいて、健康な皮膚状態のpH付近の弱酸性のpH範囲、すなわち、本願発明において規定されるpH範囲である「pH4.0以上7.0以下」を満たすものとすることにより、当該範囲を外れるpHである場合に比べて、皮膚バリア機能の破壊を避け、かつ、肌の酸性度回復効果をもたらすことができ、皮膚バリア機能の破壊の抑制効果ないしは皮膚バリア機能のより一層の向上効果、つまり、皮膚バリア機能の増強効果が得られることは、当業者が予測し得るものである。
そして、Filaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質は角質のバリア機能に関連するタンパク質として最も代表的なものであり、角質のバリア機能を、Filaggrinタンパク質の量及びmRNAの量の測定を指標として、評価する方法は、当業者に周知の方法でもある(必要であれば、引用文献7(国際公開第02/053127号)の請求項1、19及び20、10頁15?20行、日本臨床免疫学会会誌,2011, Vol.34, No.2,pp.76-84のp.78左欄7行?p.79左欄最終行参照)。
そうすると、本願明細書の実施例における、pHを健康な皮膚状態のpH付近である「4.0以下7.0以下」の範囲とすることにより、pHが4より低い強酸性又はpHが7より高いアルカリ性である場合に比べて、皮膚バリア機能の指標であるFilaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質のmRNAの発現量、並びにFilaggrinタンパク質の発現量が促進され、皮膚バリア機能が増強されたという効果は、当業者が予測し得る程度のものであり、格別顕著なものであるとはいえない。
したがって、本願明細書の記載を参酌しても、本願発明の効果が、引用発明Aから、引用文献3、8及び9の記載に基づき、容易に想到された構成が奏するものとして、本願出願時の当業者が予測する効果に比して、格別優れているということはできない。

(2)引用発明Bについて
ア 引用発明Bにおける「グルコース」は、本願発明における「単糖」に相当し、引用発明Bと本願発明は、共に「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する、剤」であるといえる。
そうすると、本願発明と引用発明Bとは、「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する、剤」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点B1)
本願発明は、「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する、皮膚バリア増強剤」であるのに対し、引用発明Bは、「皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤」である点

(相違点B2)
本願発明においては、「pHが4.0以上7.0以下」と特定されているのに対し、引用発明Bにおいては、pHが特定されていない点。

イ まず、上記相違点B1について検討する。
上記1(2)の上記摘記(4a)?(4f)によれば、引用文献4には、「皮膚は様々な外的刺激から体を守るとともに、内側の水分の蒸発を防ぐバリア機能を有している」ものであって、「角層におけるバリア機能は、角層細胞間脂質から構成されるラメラ構造が大きく関与」していること(摘記(4c))、「角層細胞間脂質のラメラ構造を再生することができれば、角層水分保持機能を回復して、皮膚にうるおいを与え、肌荒れや敏感肌を解消することができる」と考えられること(摘記(4b))が記載され、引用発明Bの「皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤」に含有される「グルコース」は、ラメラ構造再生効果に優れるものであることが実証され(摘記(4d)、(4e))、また、グルコース(比較例1)又はグルコース及びラフィノースの混合物(処方例1)を、顔に使用した連用試験において、ともに、肌状態が改善した結果、キメの数が増加したこと(摘記(4f))から、「ヒト試験においてもバリア機能回復効果を実証することができ」、「更に本成分の乾燥環境下における培養表皮細胞へのバリア効果にも有用な結果を得た」こと(摘記(4c))が記載されている。
してみれば、引用発明Bの「皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤」は、そのラメラ構造再生効果により皮膚バリア機能回復効果、すなわち、「皮膚バリア増強剤」としての作用を有するものといえる。
そして、本願発明における「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」との特定は、「単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方」を含有する「皮膚バリア増強剤」が有する機能、作用又は特性(以下、「機能等」という。)を表すものに過ぎず、「皮膚バリア増強剤」という「物」の発明を特定するのに役立っていない。そのため、本願発明が、請求項中に「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」なる機能等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、「皮膚バリア増強剤」自体を意味するものと解される。
なお、上記(1)イでも説示したように、本願明細書の段落【0010】及び【0045】の記載からみても、相違点B1に係る特定は、「皮膚バリア増強剤」が有する機能等を確認するための指標であり、単糖、及び糖アルコールの少なくとも一方を含有する「皮膚バリア増強剤」が有する機能等を表すものに過ぎないといえる。
したがって、上記相違点B1は、実質的な相違点であるとはいえない。

ウ 次に、上記相違点B2について検討する。
上記(1)ウにおいて説示した本願出願時の技術常識を踏まえると、皮膚のバリア機能回復効果を有する「皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤」である引用発明Bについて、そのバリア機能の破壊されやすい強酸、強アルカリの領域を避け、健康な皮膚の状態であるpH4.5?6.0の弱酸性を保持するべく、健康な皮膚状態のpH付近の弱酸性のpH範囲として、本願発明の相違点B2に係る構成、すなわち、「pHが4.0以上7.0以下」を満たすものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

エ 本願発明の効果について
本願明細書には、上記(1)エのとおりの記載があり、本願発明の「皮膚バリア増強剤」が、グルコース又はマンニトールを含有し、pHが4.0以上7.0以下であることにより、皮膚バリア機能の指標であるFilaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質のmRNAの発現量、並びにFilaggrinタンパク質の発現量が促進され、皮膚バリア機能が増強されたことが確認されている。
しかし、上記(1)ウで説示したように、健康な皮膚はpH4.5?6.0の弱酸性を保ち、微生物の繁殖を抑制しているが、バリア機能が脆弱化した皮膚ではアルカリ中和能が低下し、アクネ原因菌や黄色ブドウ球菌などの微生物が繁殖しやすくなること(摘記(8a))、また、強酸又は強アルカリの溶液を皮膚に適用すると、皮膚のバリアー機能は破壊されやすくなるが(摘記(9a)、(9b))、アルカリ性の皮膚に対して、pH4の成分(LIPACIDE C8G)を適用することにより、肌の酸性度回復効果が見られること(摘記(8a))という本願出願時の技術常識を踏まえると、引用発明Aにおいて、健康な皮膚状態のpH付近の弱酸性のpH範囲、すなわち、本願発明において規定されるpH範囲である「pH4.0以上7.0以下」を満たすものとすることにより、当該範囲を外れるpHである場合に比べて、皮膚バリア機能の破壊を避け、かつ、肌の酸性度回復効果をもたらすことができ、皮膚バリア機能の破壊の抑制効果ないしは皮膚バリア機能のより一層の向上効果、つまり、皮膚バリア機能の増強効果が得られることは、当業者が予測し得るものである。
そして、Filaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質は角質のバリア機能に関連するタンパク質として最も代表的なものであり、角質のバリア機能を、Filaggrinタンパク質の量及びmRNAの量の測定を指標として、評価する方法は、当業者に周知の方法でもある(必要であれば、引用文献7(国際公開第02/053127号)の請求項1、19及び20、10頁15?20行、日本臨床免疫学会会誌,2011, Vol.34, No.2,pp.76-84のp.78左欄7行?p.79左欄最終行参照)。
そうすると、本願明細書の実施例における、pHを健康な皮膚状態のpH付近である「4.0以下7.0以下」の範囲とすることにより、pHが4より低い強酸性又はpHが7より高いアルカリ性である場合に比べて、皮膚バリア機能の指標であるFilaggrinタンパク質及びClaudin-1タンパク質のmRNAの発現量、並びにFilaggrinタンパク質の発現量が促進され、皮膚バリア機能が増強されたという効果は、当業者が予測し得る程度のものであり、格別顕著なものであるとはいえない。
したがって、本願明細書の記載を参酌しても、本願発明の効果が、引用発明Bから、引用文献4、8及び9の記載に基づき、容易に想到された構成が奏するものとして、本願出願時の当業者が予測する効果に比して、格別優れているということはできない。

(3)小括
したがって、本願発明は、引用発明A、引用文献3、8及び9に記載される事項並びに周知技術に基いて当業者が容易に発明できたものであり、また、引用発明B、引用文献4、8及び9に記載される事項並びに周知技術に基いて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

3 審判請求人の主張
審判請求人は、審判請求書の「2-2.本願発明の作用効果」及び「3-2.理由2について」において、以下の主張をしている。
「 本願発明は補正後の本願請求項1に記載されるように、下記の要件(1)?(3)の一体的な組み合わせを必須の構成要件とします。
要件(1):グルコース、及びマンニトールの少なくとも一方を含有すること。
要件(2):pHが4.0以上7.0以下であること。
要件(3):Filaggrin及びClaudin-1の少なくとも一方のタンパク質の発現を促進すること。」
「 ・・・本願発明においては、上述の本願発明の目的を達成するために、本願発明独自の作用効果を得るべく、要件(3)に係る特定のタンパク質の発現を促進するために、要件(1)、(2)の組み合わせを必須の構成要件とするものです。
したがいまして、本願発明は、審査官殿が上記拒絶理由通知書においてご認定されたような強酸、強アルカリとなるpH域を避けるために要件(2)を採用しているものではありません。そのため、単に「強酸、強アルカリとなるpH域を避け、本願発明と同程度の範囲にpHを調整してみること」は容易であるとして本願発明の進歩性を否定する審査官殿のご判断には承服することができません。
そして、上述のように引用文献3?7には、要件(1)、(2)の組み合わせを必須の構成要件とすることで、本願発明特有の皮膚バリア増強機能として要件(3)に係る特定のタンパク質の発現が促進されることについて何ら記載も示唆もありません。
そのため、本願発明のように、上述の要件(1)、(2)を意図的に組み合わせることで、要件(3)に係る特定のタンパク質の発現が増強され、皮膚バリア機能の増強を図ることができることは、引用文献3?9に接した当業者にとって予想外の効果です。」

しかしながら、上記2(1)ウ及び(2)ウで説示したとおり、「皮膚バリア増強剤」である引用発明A及び「皮膚の角層細胞におけるラメラ構造再生剤」である引用発明Bについて、そのバリア機能の破壊されやすい強酸、強アルカリの領域を避け、健康な皮膚の状態であるpH4.5?6.0の弱酸性を保持するべく、肌の酸性度回復効果を有するpH4?7の弱酸性のpHの範囲とすることは、皮膚バリア機能の回復を企図する当業者であれば、容易に想到し得ることに過ぎない。
また、上記要件(3)は、上記第2で却下された本件補正後の本願請求項1に係る発明についての特定事項であるが、本願発明における「Filaggrin及びClaudin-1の各遺伝子の発現をともに促進する」との特定(以下、「要件(3’)」という。)について同様の主張がされたとしても、上記2(1)イ及び(2)イで説示したとおり、要件(3’)は、本願発明の「皮膚バリア増強剤」の有する機能、作用又は特性を表すものに過ぎず、また、上記2(1)エ及び(2)エで説示したとおり、要件(3’)の特定により、皮膚バリア増強剤として、当業者の予測を超える格別顕著な効果を奏したとはいえない。
したがって、審判請求人の主張は採用できない。

第6 むすび(結論)
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明を検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。

 
審理終結日 2020-11-18 
結審通知日 2020-11-24 
審決日 2020-12-09 
出願番号 特願2017-71379(P2017-71379)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 573- Z (A61K)
P 1 8・ 572- Z (A61K)
P 1 8・ 571- Z (A61K)
P 1 8・ 574- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 石井 裕美子  
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 松本 直子
渕野 留香
発明の名称 皮膚バリア増強剤、医薬組成物、薬用化粧品、及び美容方法  
代理人 川越 雄一郎  
代理人 君塚 哲也  
代理人 松沼 泰史  

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