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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12Q
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12Q
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12Q
審判 全部申し立て 産業上利用性  C12Q
管理番号 1371729
異議申立番号 異議2020-700872  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-04-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-11-13 
確定日 2021-03-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6694429号発明「上皮細胞増殖因子受容体キナーゼドメインにおける変異」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6694429号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6694429号の請求項1?10に係る特許(以下、「本件特許」ということがある。)についての出願は、平成27年10月 2日(優先権主張 平成26年10月 9日 米国)を国際出願日とする出願であって、令和 2年 4月21日にその特許権の設定登録がなされ、同年 5月13日に特許掲載公報が発行され、その後の令和 2年11月13日に、その特許について、特許異議申立人 南沢 和美(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?10に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、本件特許の請求項1?10に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件特許発明1」等ということがある。また、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。)。

【請求項1】
上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)遺伝子に変異を伴う細胞を抱える可能性のある肺癌を有する患者を同定する方法であって、配列番号1における、変異2257-2262 delと変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCCにより特徴付けられる、変異されたEGFR遺伝子の存在について患者の試料を試験することを含み;これにより、該患者の試料中の変異の存在は、該患者が、EGFR阻害剤化合物に対し感受性があることを示す、方法。
【請求項2】
前記EGFR阻害剤化合物が、セツキシマブ、パニツムマブ、エルロチニブ又はゲフィチニブである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
変異G719A、G719C、K745-A750 del K ins、E746V、E746K、L747S、E749Q、A750P、A755V、S768I、L858P、L858R、E746-R748 del、E746-S752 del V ins、L747- E749 del、L747-A750 del P ins、L747-T751 del、L747-T751 del P ins、L747-P753 del S ins、L747-S752 del、R748-P753 del、T751-I759 del T ins、S752-I759 del、P753- K757 del、M766-A767 del AI ins、S768-V769 del SVA ins、G779S、P848L、G857V、L858R、L861Q、L883S、D896Y、2236_2248>ACCC、2237_2244>CGCCC、2252_2277>AC、2240-2264>CGAAAGA、2239_2240 TT>CC、2264 C>A及びE746-A750 del AP insの1又は複数により特徴付けられる、変異されたEGFR遺伝子の存在について、患者の試料を試験すること;並びに、
もし1又は複数の変異が存在するならば、チロシンキナーゼ阻害剤による治療が成功する見込みがあることを決定すること、
を更に含む、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
チロシンキナーゼ阻害剤療法に対する肺癌患者の反応の尤度を決定する方法であって、
(a)患者の試料中の、EGFR遺伝子の、変異2257-2262 delと変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCCに関して、患者の試料を試験すること、並びに、もし変異が存在するならば、
(b)患者が、チロシンキナーゼ阻害剤療法に対し反応する見込みがあることを決定すること、
を含む、方法。
【請求項5】
前記チロシンキナーゼ阻害剤療法が、セツキシマブ、パニツムマブ、エルロチニブ又はゲフィチニブを含む、請求項4記載の方法。
【請求項6】
(a)EGFR遺伝子の変異G719A、G719C、K745-A750 del K ins、E746V、E746K、L747S、E749Q、A750P、A755V、S768I、L858P、L858R、E746-R748 del、E746-S752 del V ins、L747-E749 del、L747-A750 del P ins、L747-T751 del、L747-T751 del P ins、L747-P753 del S ins、L747-S752 del、R748-P753 del、T751-I759 del T ins、S752-I759 del、P753-K757 del、M766-A767 del AI ins、S768-V769 del SVA ins、G779S、P848L、G857V、L858R、L861Q、L883S、D896Y、2236_2248>ACCC、2237_2244>CGCCC、2252_2277>AC、2240-2264>CGAAAGA、2239_2240 TT>CC、2264 C>A及びE746-A750 del AP insの1又は複数について、患者の試料を更に試験する工程;並びに
(b)もし変異のいずれかが存在すると報告されたならば、患者は、チロシンキナーゼ阻害剤療法に対し反応する見込みがあるであろうと決定する工程、
を更に含む、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
前記1又は複数の変異が、アレル特異的検出法によるか又はDNAシークエンシングにより検出される、請求項1?6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
変異-特異的オリゴヌクレオチドにより、ヒトEGFR遺伝子の、変異2257-2262 delと変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCCを検出する方法。
【請求項9】
前記オリゴヌクレオチドが、増幅プライマー又は検出プローブである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記1又は複数の変異が、アレル特異的検出法によるか又はDNAシークエンシングにより検出される、請求項8記載の方法。

第3 申立理由の概要及び提出した証拠
1 申立理由の概要
申立人は、甲第1?4号証を提出し、本件特許は、以下の理由1?4により、取り消されるべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(発明該当性)
本件特許発明1?10は、「産業上利用することができる発明」ではないので、特許法第29条第1項柱書に違反するものであり、同法第113条第2号に該当する。

(2)申立理由2(進歩性)
本件特許発明1?10は、甲第3号証に記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反するものであり、同法第113条第2号に該当する。

(3)申立理由3(サポート要件)
本件特許発明1?10は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

(4)申立理由4(実施可能要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?10に記載の発明を当業者がその実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

2 証拠方法
(1)甲第1号証:「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き 第2.1版」2014年4月14日、日本肺癌学会 バイオマーカー委員会 光冨徹哉 外、p.1?29
(2)甲第2号証:本件特許第6694429号の審査段階において本件特許権者が特許庁に令和1年10月11日付けで提出した意見書
(3)甲第3号証:特表2008-504809号公報
(4)甲第4号証:「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き 第4.3版」2020年3月31日、日本肺癌学会 バイオマーカー委員会 西野和美 外、p.1?40
(以下、「甲第1号証」ないし「甲第4号証」をそれぞれ「甲1」ないし「甲4」ともいう。)

第4 甲号証の記載事項
甲1?甲3には、それぞれ以下の記載がある。下線は合議体が付与した。また、レファレンスは省略した。

1 甲1
甲1記載事項-1
「結果の解釈・・・すべての変異がEGFR-TKIの効果を予測するものではない。
● 感受性をあげる遺伝子変異(もっとも良い適応)
エクソン19欠失変異、L858R
● 感受性をあげるが上記よりはやや奏効率は劣ると考えられるもの
G719X、エクソン19挿入変異、A763_Y764insFQEA,L861Q
● 薬剤抵抗性をもたらす変異
エクソン20挿入変異、D761Y、L747S(L747S変異ではゲフィニチブ耐性,エルロチニブ感受性と報告されている)
● 意義不明の変異 多数あるがまれ」(p.6下から第10行?下から第2行)

甲1記載事項-2
「5.EGFR変異の種類とEGFR-TKIの奏効
変異の種類によってもEGFR-TKIの有効性が異なる。初期の検討をまとめてみるとエクソン19の欠失変異の奏効率は81%であるの対して、L858Rは71%であり、G719Xは56%である。特記すべきは7例のエクソン20の挿入変異を有する症例では奏効例がないことである。・・・上述のように奏効率はエクソン19欠失変異に高い傾向がある。」(p.10左欄下から第7行?右欄第4行)

2 甲2
甲2記載事項-1
「ClinVarは、一般に入手可能なデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar/)であり、ゲノム変異及びゲノム変異とヒトの健康との関係に関する情報を集めたものです。」(第3頁第9?11行)

甲2記載事項-2


」(p.4)

3 甲3
甲3記載事項-1
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト患者において治療に対して感受性である腫瘍を同定する方法において、上記腫瘍の試料中の突然変異したEGFR遺伝子又は突然変異したEGFRタンパク質の存在を決定することを含み、上記突然変異がEGFRのエキソン18-21に位置しており、T790M以外の突然変異EGFR遺伝子又は突然変異EGFRタンパク質の存在が、腫瘍が治療に対して感受性であることを示す方法。
【請求項2】
上記治療が化学療法剤である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記化学療法剤が、シタラビン、フルダラビン、5-フルオロ-2'-デオキシウリジン、ゲムシタビン、ヒドロキシウレア、メトトレキセート;ブレオマイシン、クロラムブシル、シスプラチン、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ミトキサントロン;カンプトセシン、トポテカン;テニポシド;コルセミド、コルヒチン、パクリタキセル、ビンブラスチン、ビンクリスチン又はタモキシフェンの一又は複数である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
上記化学療法剤がカルボプラチン及び/又はパクリタキセルである請求項2に記載の方法。
【請求項5】
上記治療がEGFR阻害剤である請求項1に記載の方法。
【請求項6】
上記EGFR阻害剤がセツキシマブ、パニツムマブ、エルロチニブ又はゲフィチニブの一又は複数である請求項5に記載の方法。
【請求項7】
上記EGFR阻害剤がエルロチニブである請求項5に記載の方法。
【請求項8】
上記突然変異がEGFRのキナーゼドメインに位置している請求項1に記載の方法。」

甲3記載事項-2
「【0010】
Tributeと称される無作為化二重盲式フェーズIII臨床試験に参加したおよそ250名の患者の試料について配列決定し、EGFRのエキソン18-21に生じる突然変異を調べた。Tributeは、前に化学療法を受けていない組織学的に確認されたNSCLCに罹患している合衆国の約150箇所のセンターにおける1079名の患者を研究し、エルロチニブ+化学療法(カルボプラチン/パクリタキセル)を化学療法単独と比較した。患者には、エルロチニブ(100mg/日の経口投与で、耐性のある患者では150mg/日まで増大)を伴うか伴わないで、パクリタキセル(200mg/m^(2)を3時間、静脈内注入)と、続くカルボプラチン(AUC=カルバート処方を使用して6mg/ml×分の15-30分の注入) を投与した。Tribute治験から収集したおよそ250名の患者の、ホルマリン固定パラフィン包埋ブロック又は汚れのないスライドの腫瘍試料を、レーザ捕獲顕微解剖と続くDNA抽出によって腫瘍細胞について濃縮した。エキソン18-21をネステッドPCRによって増幅させ、蛍光染料-ターミネーター化学を使用して各PCR産物から両方向配列を得た。配列決定から発見された突然変異を表1に示す。
【0011】

突然変異に対するヌクレオチド番号付けは図2a-2dに示した参照配列に基づいている。」

甲3記載事項-3
「【0012】
EGFR突然変異及び野生型EGFRを有する腫瘍の患者の臨床結果を、奏効(完全+部分)利点(奏効+安定)及び進行に応じて分析した。病巣は固形癌の効果判定(RECIST)規準を使用して評価したが、これによれば、「完全奏効」(CR)は全ての標的病巣の消失として定義され;「部分奏効」(PR)は、ベースライン最長径和を規準として、標的病巣の長径和の少なくとも30%の減少として定義され;「進行(PD)」は、治療開始又は一又は複数の病巣の出現時から記録された最小の長径和を規準とした、標的病巣の長径和の少なくとも20%の増加として定義され、「安定」(SD)は、治療開始からの最小の長径和を規準として、部分奏効として認定されるのに十分な縮小でも進行として認定されるのに十分な増大でもないものとして定義される。
【0013】
分析の結果を表2にまとめる。

【0014】
臨床結果の分析により、EGFRのエキソン18-21に突然変異を発現する腫瘍の患者は野生型EGFRを発現する腫瘍の患者よりも良好な予後を有していることが明らかになった。突然変異EGFRの患者は化学療法又は化学療法+エルロチニブで治療した場合、より大なる奏効率、利益率及び生存期間を示した。これらの結果は、腫瘍がエキソン18から21の何れか又は全てにEGFR突然変異を有する患者が、腫瘍がそのような突然変異を持たない患者よりもより好ましい予後を有しているような結果を予測するのに有用である。」

第5 判断
1 申立理由2(進歩性)について
(1)本件特許発明1について
ア 甲3発明
上記甲3記載事項-3の表2は、化学療法剤単独による治療者と化学療法剤とエルロニチブ併用による治療者との区別なく、総合的にその結果を示しているところ、当該表2は、甲3記載事項-2の【0010】、【0011】及び甲3記載事項-3の【0014】にあるとおり、NSCLC(非小細胞肺癌)患者に対する化学療法剤単独(パクリタキセル、カルボプラチン)の腫瘍治療、又は、それらの化学療法剤とエルロチニブ(EGFR阻害剤)併用の腫瘍治療において、表1記載のEGFRのエキソン18-21の突然変異を有する者の群が、有しない者の群よりも、上記腫瘍治療(化学療法剤単独、又は、化学療法剤とエルロチニブ併用)に対して感受性があることを示すものである。
したがって、甲3記載事項-1?3の記載を踏まえると、甲3には、
「非小細胞肺癌(NSCLC)患者において化学療法剤単独又は化学療法剤とEGFR阻害剤併用剤治療に対して感受性である腫瘍を同定する方法において、上記腫瘍の試料中の突然変異したEGFR遺伝子の存在を決定することを含み、上記突然変異がEGFRのエキソン18-21に位置する、表1(S752-I759delを含む)に記載の突然変異の1又は複数であり、T790M以外の上記突然変異EGFR遺伝子の存在が、腫瘍が化学療法剤単独又は化学療法剤とEGFR阻害剤併用の治療に対して感受性であることを示す方法」
に係る発明が記載されていると認められる(以下、上記括弧内を「甲3発明」という)。

イ 本件特許発明1と甲3発明との対比
甲3発明の「化学療法剤単独又は化学療法剤とEGFR阻害剤併用の治療」も、また、本件特許発明1の「EGFR阻害剤化合物」の治療も、いずれも「抗腫瘍薬剤治療」である。
そして、甲3発明の、
「非小細胞肺癌(NSCLC)患者において」抗腫瘍薬剤「治療に対して感受性である腫瘍を同定する方法において、上記腫瘍の試料中の突然変異したEGFR遺伝子の存在を決定することを含み、」「上記突然変異がEGFRのエキソン」「の突然変異の1又は複数であり、」「上記突然変異EGFR遺伝子の存在が、」抗腫瘍薬剤「治療に対して感受性であることを示す方法」は、
本件特許発明1の、
「上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)遺伝子に変異を伴う細胞を抱える可能性のある肺癌を有する患者を同定する方法であって、」「変異されたEGFR遺伝子の存在について患者の試料を試験することを含み;これにより、該患者の試料中の変異の存在は、該患者が、」抗腫瘍薬剤治療「に対し感受性があることを示す、方法」
に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲3発明は、
「上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)遺伝子に変異を伴う細胞を抱える可能性のある肺癌を有する患者を同定する方法であって、変異されたEGFR遺伝子の存在について患者の試料を試験することを含み;これにより、該患者の試料中の変異の存在は、該患者が、抗腫瘍薬剤治療に対し感受性があることを示す、方法。」である点で一致し、以下の2点で相違する。

<相違点1>
EGFR遺伝子の変異が、本件特許発明1は、「変異2257-2262 delと変異2266-2277 delとの組合せとしての2257-2277>GCC」であるのに対し、甲3発明は、「エキソン18-21に位置する表1(S752-I759delを含む)に記載の突然変異の1又は複数」である点。

<相違点2>
抗腫瘍薬剤の治療において、EGFR遺伝子の所定の変異の存在が、本件特許発明1は、「EGFR阻害剤の治療に対する感受性があることを示す」のに対し、甲3発明は、「化学療法剤単独又は化学療法剤とEGFR阻害剤併用の治療に対して感受性であること」を示す点。

ウ 相違点1についての検討
甲3の表2は、甲3の表1に記載のEGFRの突然変異のいずれかを有する者の群が、それらのいずれをも有しない者の群と比べて薬剤感受性であることを示したものにすぎず、表1には25種類もの変異が記載されているため、そのいずれの変異が薬剤感受性に資するものであるかを特定できない。そうすると、当該25種類の変異の中の一つにすぎないS752-I759delが、薬剤感受性に寄与するか否かは不明である。
加えて本件特許発明1の変異である2257-2277>GCCは、甲3表1に記載のS752-I759delとは、下記表1に示すとおり異なる変異である。すなわち後者は、24個の塩基が欠失して、連続するSPKANKEIで表される8個のアミノ酸残基がまるごと抜けたものとなっているのに対し、前者の本件特許発明1は、中央部のGCCコドン(アミノ酸のAに対応)が欠失せずに残り、当該GCCを挟む18個の塩基が欠失しており、Aの前のPKで表される2個のアミノ酸残基と、Aの後のNKEIで表される4個のアミノ酸残基が抜けて、Aが残った形の特異な変異となっている。このような、欠失部位の中に一つのアミノ酸に対応するコドンを残すような特異な変異を検出対象とすることは、甲3のS752-I759delの変異に係る記載からであっても当業者が容易に想到し得たものということはできない。そうすると、甲3のS752-I759とも異なる本件特許発明1の変異が薬剤感受性に寄与すると想到することは、当業者であっても困難であったといえる。


エ 相違点2についての検討
また甲3表2の結果は、化学療法剤単独又は化学療法剤とEGFR阻害剤併用剤治療の総合的な結果を示すものであるから、甲3表1記載の変異がEGFR阻害剤の感受性に寄与しているのか化学療法剤の感受性に寄与しているのかも不明である。そうすると、表1に挙げられてもいない本件特許発明1の変異がEGFR阻害剤の感受性に寄与すると想到することは、当業者であっても困難であったといえる。

オ 本件特許発明1についての結論
したがって、本件特許発明1は、甲3発明及び甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(2)本件特許発明2、3について
本件特許発明2、3は、本件特許発明1をさらに限定した発明であるから、同様に、甲3発明及び甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(3)本件特許発明4について
本件特許発明4における、「チロシンキナーゼ阻害剤療法に対する肺癌患者の反応の尤度を決定する方法」であって、「変異が存在するならば、患者が、チロシンキナーゼ阻害剤療法に対し反応する見込みがあることを決定することを含む、方法」は、
本件特許発明1における、「上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)遺伝子に変異を伴う細胞を抱える可能性のある肺癌を有する患者を同定する方法」であって、「変異の存在は、該患者が、EGFR阻害剤化合物に対し感受性があることを示す、方法」と、
EGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)の感受性(治療に対する反応見込み)を肺癌患者のEGFR遺伝子の変異の検出により行う点で技術的に同じ発明であるから、結局、本件特許発明4と甲3記載の発明との相違点も、本件特許発明1の場合と同様に、(1)に掲げた相違点1及び2である。
そして上記(1)に示したとおり、これらの相違点があることにより、本件特許発明1は、甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないものであるから、同じ相違点1、2を有する本件特許発明4も同様に、甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(4)本件特許発明5?7について
本件特許発明5?7は、本件特許発明1又は4をさらに限定した発明であるから、同様に、甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(5)本件特許発明8について
本件特許発明8は、「変異-特異的オリゴヌクレオチドにより、ヒトEGFR遺伝子の、変異2257-2262 delと変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCCを検出する方法。」であり、上記の相違点1により、甲3に記載の発明と相違している。
当該相違点については、(1)ウで述べたとおり、本件特許発明8の変異である2257-2277>GCCが、甲3に記載のS752-I759delと比較して、後者が、連続する8個のアミノ酸残基がまるごと抜けたものとなっているのに対し、前者は、中央部のGCCコドン(アミノ酸のAに対応)が欠失せずに残り、Aの前のPKで表される2個のアミノ酸残基と、Aの後のNKEIで表される4個のアミノ酸残基が抜けて、Aが残った形の特異な変異となっているところ、このような、欠失部位の中に一つのアミノ酸に対応するコドンを残すような特異な変異を検出対象とすることは、甲3のS752-I759delの変異に係る記載から当業者が容易に想到し得たとすることはできないものである。
したがって、本件特許発明8は、甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(6)本件特許発明9、10について
本件特許発明9、10は、本件特許発明8をさらに限定した発明であるから、同様に、甲3に記載の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(7)小括
よって、本件特許発明1?10は、甲3号証に記載の発明及び甲3号証に記載の事項から、当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから、申立理由2には理由がない。

2 申立理由3(サポート要件)について
(1)申立人の主張
申立人は、
「本件特許発明は、ヒトEGFR遺伝子の、変異2257-2262 de1と変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCCという欠失変異が検出された場合、当該変異を有する肺癌患者がEGFR阻害剤或いはチロシンキナーゼ阻害剤に対して感受性があることを規定するものであるが、本件特許明細書には、当該変異を有する肺癌患者に対して、EGFR阻害剤やチロシンキナーゼ阻害剤が効果を発揮することを示すような試験例は一切記載されていない。
本件特許の出願人は、本件特許の審査時の意見書(甲2)において、本件優先日当時、類似のエキソン19欠失変異が、薬物反応における役割を果たすものとして当該分野でよく知られているから、エキソン19欠失としての変異2257-2277>GCCがEGFR薬物応答において重要な役割を果たす蓋然性が高いことは明らかである旨主張し、その結果、特許査定を得たが、本件特許の優先日当時、エキソン19内に欠失変異があれば必ずEGFR阻害剤に対して感受性を示すということが確立されていたわけではなく(甲1)、また、実際に、甲2の参考資料にあるとおり、エキソン19内に欠失変異を有していてもEGFR阻害剤に対して反応しない変異も存在するから、本件変異についても、実際に本件変異を有するがん患者がEGFR阻害剤に対して感受性を示すことを裏付けるような試験例がない以上、本件明細書に接した当業者は、本件発明が課題を解決できることを認識することができない。」
旨、主張する。

(2)判断
ア 本件特許発明の課題は、本件特許明細書の【0001】?【0006】等の記載から、「EGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療の有効性の予測に有用であるEGFR遺伝子変異の提供」にあるものと認められる。

イ この点につき、本件特許明細書には、EGFRの「変異2257-2262 de1と変異2266-2277 delとの組合せとしての変異2257-2277>GCC」が検出される肺癌患者が、EGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療に対する感受性を有し、当該治療に対し反応する見込みがあることが一貫して記載されており(明細書全体)、また実施例において、当該変異が肺癌患者の試料17570種の配列測定の中の9234種(52.56%)から検出されたことが確認されている(【0043】)。
そして検出対象の変異が定まれば、その変異を検出する方法は、そもそも周知慣用の技術であるが、本件特許明細書においても【0014】以降に、検出を行うための手法や試料、プライマーなどの説明がなされている。
そうすると、本件特許明細書には、上記課題における「EGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療の有効性の予測に有用であるEGFR遺伝子変異」が特定して具体的に説明がなされ、それを用いた検出方法についても説明がされていることが認められるから、本件特許発明は、本件特許明細書に記載されたものである。

ウ 申立人は、当該変異を有する肺癌患者におけるEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)の効果を確認した試験例がないとしてサポート要件違反である旨を主張するが、
甲1記載事項-1の「感受性をあげる遺伝子変異(もっとも良い適応) エクソン19欠失変異」との記載や、
甲1記載事項-2の「5.EGFR変異の種類とEGFR-TKIの奏効 変異の種類によってもEGFR-TKIの有効性が異なる。・・・エクソン19の欠失変異の奏効率は81%であるの対して、L858Rは71%であり、G719Xは56%である。特記すべきは7例のエクソン20の挿入変異を有する症例では奏効例がないことである。・・・上述のように奏効率はエクソン19欠失変異に高い傾向がある。」なる記載、また、
甲2記載事項-2の本件特許発明の変異箇所とほぼ同じ個所のEGFRの欠失変異3種類、具体的には1列目の2251_2277delinsGAT、4列目の2253_2276del及び5列目の2254_2277delにおいてチロシンキナーゼ阻害剤が感受性であることが記載されていること
を併せ考慮すると、本件特許発明のEGFRのエキソン19の欠失変異である「変異2257-2277>GCC」がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に感受性である旨の本件特許明細書の記載は、当業者に理解し得たものと認められる。

エ 申立人は、甲2記載事項-2の2列目及び3列目のEGFRの欠失変異2種類など、エキソン19内に欠失変異を有していてもEGFR阻害剤への感受性が特定されていない(not specified)ものがある旨主張するが、当該2列目の2251_2275delは、アミノ酸について(p.Thr751fs)と説明されているとおり、2251-2275位の塩基が欠失することにより読み枠がずれて、751番目のThr残基より後が元のEGFRとは大きく異なるアミノ酸(又は終始コドン)をコードすることになってしまったものであり、そのようなEGFRの構造が大きく異なるような変異に係る知見を、6アミノ酸残基が欠失しただけの本件特許発明の変異に適用することはできないと解される。
また同3列目の2252_2277delinsAAは、アミノ酸について(p.Thr751_Ile759delinsLys)と説明されているとおり、変異により元々のEGFRが持っていないLys残基が欠失部に挿入されて別異となったものであるから、そのような別異の挿入アミノ酸を持たない本件特許発明と、異なる結果となっていることに不思議はない。

オ 一方上述イのとおり、本件特許明細書は、一貫してEGFRの「変異2257-2277>GCC」のEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療に対する感受性を説明するものであり、その説明は、上述ウの本件特許出願日当時の知見と符合するものであるから、当業者は、当該明細書の記載と本件特許出願日当時の知見に基づき、EGFRのエキソン19の欠失変異である「変異2257-2277>GCC」の存在がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に感受性である(反応する見込みがある)旨の本件特許明細書の記載を理解し得たものと認められる。
なお、申立人は甲4記載の事項からもサポート要件違反である旨を主張するが、甲4は、上記甲1の第2.1版からさらに6回もの改訂がなされて2020年3月31日に発行された第4.3版のものであり、出願日が2015年10月2日の本件特許出願当時の技術常識を説明するものとは認められないから、甲1に記載のない甲4の記載事項に基づく主張を採用することはできない。

(3)小括
したがって、本件特許の請求項1?10に記載された発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであると認められ、申立理由3には理由がない。

3 申立理由4(実施可能要件)について
(1)申立人の主張
申立人は、
「本件特許明細書には、本件変異があればEGFR遺伝子に対する感受性があることを裏付けるような試験例が記載されておらず、本件変異について技術的に意味のある特定の用途が推認できるような機能を示していないから、本件特許明細書は、本件特許発明にかかる方法を使用できるように記載されているとはいえない。
本件特許発明は、本件変異を検出すること、本件変異が検出された場合、本件変異を有する肺癌患者がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に対して感受性がある(反応する見込みがある)ことを示す方法を規定するが、本件特許明細書には、本件変異を有する肺癌患者に対して、EGFR阻害剤やチロシンキナーゼ阻害剤が効果を発揮することを示すような試験例は記載されていない。
本件特許の優先日当時、エクソン19内に欠失変異があれば必ずEGFR阻害剤に対して感受性を示すということが確立されていたわけではなく、また、実際に、エクソン19内に欠失変異を有していてもEGFR阻害剤に対して反応しない変異も存在していた。
したがって、本件変異についても、実際に本件変異を有するがん患者がEGFR阻害剤に対して感受性を示すことを裏付けるような試験例がない以上、本件明細書を見た当業者は、本件変異を検出しても、EGFR阻害剤化合物への感受性の有無を判断することができないから、本件変異について技術的に意味のある特定の用途が推認できるような機能を示しているとはいえない。すなわち、明細書の発明の詳細な説明が、本件特許発明の方法を使用できるように記載されていない。」
旨、主張する。

(2)判断
上記2(2)イで述べたとおり、本件特許明細書には、EGFRの「変異2257-2277>GCC」が検出される肺癌患者が、EGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療に対する感受性を有し、当該治療に対し反応する見込みがあることが一貫して説明されており、また、検出対象の変異が定まれば、その変異を検出する方法はそもそも周知慣用技術である上、本件特許明細書にも説明がなされているものであるから、本件特許明細書には、当業者が本件特許発明を実施するに足りる記載が明確かつ十分に記載されていると認められる。
申立人は、当該変異を有する肺癌患者におけるEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)の効果を確認した試験例がないとして実施可能要件違反である旨を主張するが、上記2(2)ウ?オで述べたとおり、甲1記載事項-1や甲1記載事項-2の記載、また、甲2記載事項-2の記載を併せ考慮すると、本件特許発明のEGFRのエキソン19の欠失変異である「変異2257-2277>GCC」がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に感受性である旨の本件特許明細書の記載は、当業者に十分に理解し得たものと認められる。
すなわち、本件特許明細書は、一貫してEGFRの「変異2257-2277>GCC」のEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)治療に対する感受性を説明するものであり、その説明は、本件特許出願日の知見と符合するものであるから、当業者は、当該明細書の記載と本件特許出願日の知見に基づき、EGFRのエキソン19の欠失変異である「変異2257-2277>GCC」の存在がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に感受性がある(反応する見込みがある)旨の本件特許明細書の記載を理解し、本件特許発明を実施することができたと認められる。

(3)小括
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許の請求項1?10に記載された発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであると認められ、申立理由4には理由がない。

4 申立理由1(発明該当性)について
(1)申立人の主張
申立人は、
「本件特許の優先日当時、EGFR遺伝子変異とEGFR-TKIとの関係については、「すべての変異がEGFR-TKIの効果を予測するものではない」との技術常識があった(甲1)。したがって、本件特許の優先日当時、EGFR遺伝子のある変異とEGFR-TKIに対する感受性との関連性は、実際に試験しなくては確認できないものであった。
しかしながら、本件特許明細書には、肺癌患者が、EGFRのエキソン19内の「2257-2277>GCC」という欠失変異を有する場合に、EGFR阻害剤化合物に対して感受性を示すことを裏付ける試験例は記載されていない。
そうすると、本件特許発明のEGFR阻害剤化合物(チロシンキナーゼ阻害剤)に対し感受性があることを示す(反応する見込みがあることを決定する)方法は実現可能か否か不明であり、発明として完成していない。
本件特許発明は、単なる遺伝子変異の発見であって、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえず、特許法第2条の「発明」には該当しないから、特許法第29条第1項柱書に違反するものである。」
旨、主張する。

(2)判断
上述2(2)及び3(2)にて述べたとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載、及び、本件特許の出願時の技術常識から、当業者は、当該明細書の記載と本件特許出願日の知見に基づき、EGFRのエキソン19の欠失変異である「変異2257-2277>GCC」がEGFR阻害剤(チロシンキナーゼ阻害剤)に感受性がある(反応する見込みがある)旨の本件特許明細書の記載を理解し、本件特許発明を実施することができたと認められる。
本件特許発明は、そのような知見に基づき、上記変異を有する患者を同定することにより、EGFR阻害剤に感受性がある者を同定する方法の発明(本件特許発明1?3、7)、同様に当該変異の存在によりチロシンキナーゼ阻害剤に反応する見込みがあることを決定する方法の発明(本件特許発明4?7)、これらの感受性(反応見込み)の決定に資する当該変異を検出する方法の発明(本件特許発明8?10)を請求項として記載するものであるから、本件特許発明は、「産業上利用することができる発明」である。

(3)小括
したがって、本件特許の請求項1?10は、特許法第29条第1項柱書が規定する「産業上利用することができる発明」と認められるから、申立理由1には理由がない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件特許異議の申立の理由によっては、本件請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法第114条第4項の規定により、本件請求項1?10に係る特許について、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-02-25 
出願番号 特願2017-518884(P2017-518884)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C12Q)
P 1 651・ 121- Y (C12Q)
P 1 651・ 14- Y (C12Q)
P 1 651・ 536- Y (C12Q)
最終処分 維持  
前審関与審査官 坂崎 恵美子  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 田村 聖子
大久保 智之
登録日 2020-04-21 
登録番号 特許第6694429号(P6694429)
権利者 エフ.ホフマン-ラ ロシュ アーゲー
発明の名称 上皮細胞増殖因子受容体キナーゼドメインにおける変異  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 福本 積  
代理人 中村 和美  
代理人 武居 良太郎  
代理人 古賀 哲次  

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