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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D01F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D01F
審判 全部申し立て 2項進歩性  D01F
管理番号 1371736
異議申立番号 異議2020-700914  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-04-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-11-27 
確定日 2021-03-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6699381号発明「ポリアミドマルチフィラメント、その製造方法、エアバッグ用基布およびエアバッグ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6699381号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6699381号の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成28年6月14日の出願であって、令和2年5月7日に特許権の設定登録がされ、令和2年5月27日に特許掲載公報が発行された。その特許について令和2年11月27日に特許異議申立人豊田英徳(以下「申立人」という。)により本件特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?6に係る発明(以下「本件発明1?6」という。)は、本件特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
総繊度が100?250dtexであり、強度が7.5cN/dtex?9.0cN/dtex、伸度が20%?30%、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%、該ヒステリシスロスのCV値が5%以下であることを特徴とするポリアミドマルチフィラメント。
【請求項2】
単糸繊度が1?5dtexである請求項1に記載のポリアミドマルチフィラメント。
【請求項3】
請求項1または2に記載のポリアミドマルチフィラメントを用いて製織されたエアバッグ用基布。
【請求項4】
少なくとも片面が樹脂で被覆されており、その樹脂付着量が5g/m^(2)?25g/m^(2)である請求項3に記載のエアバッグ用基布。
【請求項5】
請求項3または4に記載のエアバッグ用基布からなるエアバッグ。
【請求項6】
ポリアミドチップをエクストルーダー型紡糸機へ供給し、軽量ポンプにより80?120kg/cm^(2)の背面圧で紡糸口金より吐出して得た未延伸糸条を、Rmax0.2μm以下の鏡面ローラーを用いて800m/min以上の高速で引き取り処理を行った後、Rmax0.2μm以下の鏡面ローラーを用いてプレストレッチ処理を行い、その後多段延伸熱処理、続いて弛緩熱処理を施し巻き取りを行うポリアミドマルチフィラメントの製造方法。」


第3 特許異議申立の理由
申立人の本件特許異議の申立ての理由の概要は、以下のとおりである。
1. (新規性)本件発明1?6は、本件特許出願前に日本国内において、頒布された甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1?6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
2.(進歩性)本件発明1?6は、本件特許出願前に日本国内において、頒布された甲第1号証に記載された発明及び周知の技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
3.(サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
4.(明確性要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

なお、特許異議申立書の「3 申立ての理由の要約」の欄には、「特許法第36条第4項第1号」及び「特許法第36条第4項第2号」の記載もあるが、「特許法第36条第4項第2号」は、「特許法第36条第6項第2号」の誤記であり、「特許法第36条第4項第1号」についての具体的な理由は、記載されていない。


<刊行物>
甲第1号証:特開2011-58118号公報
甲第2号証:特開平7-330219号公報
甲第3号証:特開平4-245909号公報
甲第4号証:国際公開第2013/084322号
甲第5号証:上出健二 他1名、‘特集 液晶紡糸・超高速紡糸の進歩(2) 超高速紡糸繊維の微細構造と物性’、繊維機械学会誌、1985年、Vol.38、No.6、p.268?278
甲第6号証:植松市太郎 他1名、‘高分子の物性に及ぼす結晶性の影響’、高分子、1961年、10巻、3号、p.285?288

<(サポート要件)について>
本件特許明細書に記載の実施例で確認されている上記効果は、あくまで特定の態様のエアバックにおいてのみ奏されるべきものであって、別の態様のエアバックにおいても奏されるものとは到底認められない。
そうしてみると、本件発明1の範囲は、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであることが明らかである。

<(明確性要件)について>
請求項1の「該ヒステリシスロスのCV値が5%以下である」は、本件特許明細書を参照してもその測定ないし算出方法が不明である。

第4 当審の判断
1 本件発明1の新規性進歩性について
(1)甲第1号証の記載事項
甲第1号証には、図面と共に以下の記載がある。(「・・・」は省略を意味する。)
ア 「【請求項1】
ポリアミドマルチフィラメントから構成されたエアバッグ用基布であって、該エアバッグ用基布のカバーファクター(CF)が1600?2300の範囲内であり、式1および2が0.030?0.036N/本・dtexであり、かつ該ポリアミドマルチフィラメントの総繊度が200?500dtex、単繊維繊度が1?4dtex、強度が9.0cN/dtex以上、伸度が20%以上であり、さらに該ポリアミドマルチフィラメントを構成するポリアミドの95重量%以上がヘキサメチレンアジパミド成分であることを特徴とするエアバッグ用基布。
CF=√(D1(dtex)×0.9)×S1(本/2.54cm)+√D2(dtex)×0.9)×S2(本/2.54cm)
式1=T1(N/cm)/D1(dtex)/S1(本/2.54cm)
式2=T2(N/cm)/D2(dtex)/S2(本/2.54cm)
(ここで、
T1:タテ方向の引張強度(N/cm)
T2:ヨコ方向の引張強度(N/cm)
D1:タテ方向の総繊度(dtex)
D2:ヨコ方向の総繊度(dtex)
S1:タテ方向の織物密度(本/2.54cm)
S2:ヨコ方向の織物密度(本/2.54cm)
である。)
・・・
【請求項4】
カバーファクターが1600?2200の範囲内であって、少なくとも片面に樹脂が被覆されてなることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載のエアバッグ用基布。
【請求項5】
少なくとも片面に被覆されている樹脂の吐工量が5?40g/m^(2)の範囲内であることを特徴とする請求項4に記載のエアバッグ用基布。
・・・
【請求項8】
総繊度が200?500dtex、単繊維繊度が1?4dtex、強度が9.0cN/dtex以上、伸度が20%以上であって、繊度斑が1.2%以下であるポリアミドマルチフィラメントから構成されていることを特徴とするエアバッグ用原糸。
【請求項9】
請求項8に記載のエアバッグ用原糸の製造方法であって、ポリアミドを溶融紡糸により紡糸口金から押し出された繊維に200℃?350℃に加熱した水蒸気を100?400Pa付与した後、徐冷筒を通過させ、環状冷却装置を用いて冷却してから延伸することを特徴とするエアバッグ用原糸の製造方法。」
イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は、従来のエアバッグ用基布に対して機械的特性を維持しつつ、柔軟性、薄地性、軽量性に優れたエアバッグ用基布に関するものである。」
ウ 「【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明はかかる従来技術の問題点を解消し、従来のエアバッグ用基布に対して機械的特性を維持しつつ、柔軟性、薄地性、軽量性に優れたエアバッグ用基布を提供することを目的とする。」
エ 「【0023】
単繊維繊度は1?4dtexであることが必要であり、1?3dtexとすることが好ましく、1?2dtexとすることがさらに好ましい。単繊維繊度が1dtex未満では後述の本発明のエアバッグ用基布を構成するポリアミドマルチフィラメントを得るための方法を用いたとしても、高強度の繊維を安定して得ることは困難である。また、単繊維繊度を4dtex以下とすることで、従来のエアバッグ用基布を構成する繊維に使用されている4dtex以上に比べ、より低い織密度で製織しても、従来よりも低い繊度のポリアミドマルチフィラメントを選択しても、滑脱抵抗力・通気性・柔軟性が向上するため好ましい。さらに、1?2dtexとすることでこれらの特性が飛躍的に向上する。その結果、エアバッグの軽量性が従来のエアバッグ用基布に比べ、飛躍的に改善されることを見出した。」
オ 「【0036】
ポリアミドマルチフィラメントは公知の溶融紡糸をベースに以下の方法で製造する。
【0037】
まず、前記したポリアミドチップをエクストルーダー型紡糸機へ供給し、軽量ポンプにより紡糸口金へ配し、290?300℃で溶融紡糸する。この際、紡糸口金の孔スペックは、単繊維繊度のバラツキを小さくして製織中の毛羽の発生を抑制するために、背面圧を少なくとも60kg/cm2以上に設計することが好ましく、80?120kg/cm2とすることがより好ましい。また、同心円上に吐出孔を配列させ、その列数は好ましくは2?8列、より好ましくは2?6列である。列数が少なすぎると単繊維間距離が小さくなりすぎ、紡糸中に単繊維同士が衝突し、悪い場合は融着するし、多すぎると冷却斑による単繊維間の物性斑が大きくなるため好ましくない。また、最外周に配列した各吐出孔を同心円として結んだときの直径は、徐冷筒(加熱筒)や環状冷却装置の内径より小さくするが、好ましくは8?25mm、より好ましくは10?20mm小さくすればよい。徐冷筒は、溶融紡糸直後の糸を徐冷することで強伸度低下を防止するために設置されているものであり、一般的には冷却前の筒内雰囲気温度を溶融状態で押し出された糸の結晶化温度より高くするために加熱しているか、断熱材を用いて保温している。そのため加熱筒や保温筒などともいう。最外周の孔の位置が徐冷筒(加熱筒)や環状冷却装置に近すぎると、固化前の糸条が装置と接触しやすくなり紡糸が不安定になるし、遠すぎる場合は糸条の冷却が不十分になり、高強度・高伸度のポリアミドマルチフィラメントを得難くなる。」
カ 「【0047】
また、引き取りロールの回転速度で定義される紡糸速度が500?1000m/分であることが好ましく、より好ましくは600?800m/分である。紡糸速度が500m/分以上であると、最終的な生産速度も充分となり、安価にポリアミドマルチフィラメントを製造できる。1000m/分以下とすると、糸切れや毛羽の多発を防ぐことができ好ましい。また、延伸ロールの最高速度で表される延伸速度は2800m/分以上であることが好ましく、より好ましくは3000m/分以上である。
【0048】
これら前記した方法で得られた紡出糸は、公知の方法を用いて延伸や弛緩熱処理、および巻取り等を行うことができ、例えば、2?3段で100?250℃の多段延伸熱処理を施した後、1?10%で50?200℃の弛緩熱処理を施すこと等が可能である。また、高強度のポリアミドマルチフィラメントを得るためには、高い延伸倍率を採用することが好ましく、上記の紡糸速度範囲であれば、4.5?5.5倍で延伸すればよい。」

(2)甲1発明
甲第1号証の請求項8に着目すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「総繊度が200?500dtex、単繊維繊度が1?4dtex、強度が9.0cN/dtex以上、伸度が20%以上であって、繊度斑が1.2%以下であるポリアミドマルチフィラメント。」

(3)対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、本件発明1と甲1発明とは、「ポリアミドマルチフィラメント」の点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1> 本件発明1は、「総繊度が100?250dtexであ」るのに対して、甲1発明は、200?500dtexである点。
<相違点2>
本件発明1は、「強度が7.5cN/dtex?9.0cN/dtex」であるのに対して、甲1発明は、9.0cN/dtex以上である点。
<相違点3>
本件発明1は、「伸度が20%?30%」であるのに対して、甲1発明は、20%以上である点。
<相違点4>
本件発明1は、「2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%、該ヒステリシスロスのCV値が5%以下である」のに対して、甲1発明は、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロス及び該ヒステリシスロスのCV値が不明である点。

(4)判断
上記相違点について検討する。
<相違点1?3について>
上記相違点1?3に係る数値範囲は、一部重複する範囲を有するが、甲第1号証には、当該重複する範囲内の組み合わせは、明示的に記載されていないから、相違点1?3は、実質的な相違点である。 そして、本件特許明細書の【0022】の「単繊維繊度は1?5dtexであること好ましく、より好ましくは2?4dtexである。かかる範囲であれば、高い品位を維持しつつ高強度の繊維を安定して得ることができる。また、単繊維繊度を5dtex以下とすることで、低い織密度で製織しても、低い繊度のポリアミドマルチフィラメントを選択しても、滑脱抵抗力・通気性・柔軟性が向上するため好ましい。本発明のポリアミドマルチフィラメントの強度は、7.5cN/dtex?9cN/dtexであることが必要であり、より好ましくは8.0cN/dtex?8.5cN/dtexである。強度がかかる範囲であると基布強力を維持でき、耐バースト性にすぐれたエアバッグを得ることができる。基布強力のみを考慮すれば9.0cN/dtex以上の高強度糸であるほうが望ましいが、毛羽品位が悪化し、整経・製織時の生産効率が低下してしまう問題や、毛羽の影響を低減させるために撚糸工程が必要になるなど工程が煩雑になり、製造コストが増大してしまう問題が生じる。ポリアミドマルチフィラメントの伸度は20%以上であること必要であり、より好ましくは25%以上である。伸度は高いほど好ましいが、ポリアミドで所定の強度を得るためには現実上30%以下となる。この範囲とすることでエアバッグ用基布のタフネス性、破断仕事量を増大させ、優れた耐破裂特性を維持することができる。」の記載を参照すると、本件発明1の総繊度、強度、伸度の範囲は、それぞれ技術的意義を有する。
そうすると、甲1発明において、総繊度、強度、伸度の範囲を、それぞれ、本件発明1の範囲の組合せとする動機付けは存在しないから、上記相違点1?3に係る本件発明1の事項とすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

<相違点4について>
申立人は、走行糸条に作用する張力を安定させるため、鏡面加工がされた引取りローラを使用すること(甲第2号証の【0002】、甲第3号証の【0036】)が周知である。そうすると、甲1発明は、当然に鏡面加工がされた引取りローラを使用して製造されたものであるから、その結果、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%である旨主張する。
しかし、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスは、同じ成分のポリアミドマルチフィラメントであっても、その製造時の加熱温度、張力の付与量や付与手段等の諸条件によって変化することが技術常識であるから、甲1発明が鏡面加工された引取りローラを使用しているとしても、その2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが、1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%の範囲内であるとは必ずしもいえない。
したがって、上記相違点4は、実質的な相違点である。
また、甲第2?6号証には、ヒステリシスロス及びヒステリシスロスのCV値に関する記載も示唆もない。
さらに、本件特許明細書の【0023】の「ヒステリシスロスが大きければ、原糸が伸張された際、エラスティック性を失い応力の微小な減少に対し、伸張前の寸法まで伸張から回復できずこれが縫製部付近などで微小の目ずれを生じ、この点から集中的に高温ガスがリークすることによりバーストが発生する。」「4.0cN/dtex%以下であれば、総繊度250dtex以下の細繊度領域においても、強度を過度に向上させる必要なく高出力のインフレーターの展開圧に耐えうる事を見いだした。」の記載を参照すると、本件発明1は、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%であることで、総繊度250dtex以下の細繊度領域においても、バーストが発生しないものであるから、甲1発明において、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%とする動機はない。

(5)小括
したがって、本件発明1は、甲1発明であるとはいえず、また、甲1発明及び甲第2?6号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、本件発明1に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

2 本件発明2?5の新規性進歩性について
本件発明2?5は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記1と同じ理由で、本件発明2?5は、甲1発明であるとはいえず、また、甲1発明及び甲第2?6号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、本件発明2?5に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

3 本件発明6の新規性進歩性について
(1)甲1製法発明
甲第1号証の【0036】?【0052】に着目すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1製法発明」という。)が記載されている。
「ポリアミドチップをエクストルーダー型紡糸機へ供給し、計量ポンプにより80?120kg/cm^(2)の背面圧で紡糸口金へ配し、溶融紡糸し、引き取りロールの回転速度で定義される紡糸速度が500?1000m/分であり、2?3段で100?250℃の多段延伸熱処理を施した後、1?10%で50?200℃の弛緩熱処理を施すポリアミドマルチフィラメントの製造方法。」

(2)対比
本件発明6と甲1製法発明とを対比すると、本件発明6と甲1製法発明とは、以下の点で一致し、相違する。

<一致点>
「ポリアミドチップをエクストルーダー型紡糸機へ供給し、軽量ポンプにより80?120kg/cm^(2)の背面圧で紡糸口金より吐出して得た未延伸糸条を、その後多段延伸熱処理、続いて弛緩熱処理を施し巻き取りを行うポリアミドマルチフィラメントの製造方法。」

<相違点5>
本件発明6は、「Rmax0.2μm以下の鏡面ローラーを用いて800m/min以上の高速で引き取り処理を行った後、Rmax0.2μm以下の鏡面ローラーを用いてプレストレッチ処理を行」うのに対して、甲1製法発明は、引き取りロールの回転速度で定義される紡糸速度が500?1000m/分である点。

(3)判断
上記相違点5ついて検討する。
上記相違点5が実質的な相違点であることは明らかである。
そして、糸条の引取りローラとして鏡面ローラを用いることが周知であるとしても、800m/min以上の高速で引き取り処理を行った後、Rmax0.2μm以下の鏡面ローラーを用いてプレストレッチ処理を行」うことが周知又は慣用である証拠は何ら示されていないから、甲1製法発明において、相違点5に係る事項とすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、本件発明6は、甲1製法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、本件発明6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

4 サポート要件について
(1)本件発明が解決しようとする課題は、「軽量・コンパクトかつ優れた耐バースト性を有するエアバッグ基布を与えうる、ポリアミドマルチフィラメントを提供すること」(【0009】)である。
(2)そして、本件特許明細書の【0021】の「250dtexを越えると、エアバッグ基布とした際にコンパクト性・軽量性が損なわれる問題が生じる。」との記載から、上記課題の「軽量・コンパクト」については、総繊度が250dtex以下であることで解決すると理解される。
また、【0022】?【0024】の記載から、「強度が7.5cN/dtex?9.0cN/dtex、伸度が20%?30%、2cN/dtex伸張時のヒステリシスロスが1.0cN/dtex%?4.0cN/dtex%、該ヒステリシスロスのCV値が5%以下である」ことで、上記課題の耐バースト性を有すると理解できる。
そうすると、本件特許明細書には、本件発明1が、上記課題を解決することが記載されている。
申立人は、特定の態様のエアバックにおいてのみ奏されるべきものであって、別の態様のエアバックにおいても奏されるとはいえない旨主張するが、エアバックは一般的にエアバック用基布を折りたたんだ状態から高出力のインフレータにより展開するものであるから、本件特許明細書の上記記載は、一般的なエアバックにおいても同様であり、申立人の当該主張は採用することはできない。

したがって、本件発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

5 明確性要件について
本件特許明細書の【0050】には、「JIS L1013 8.5.1標準時試験に示される定速伸長条件で測定した。試料をオリエンテック社製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100を用い、掴み間隔は25cm、引張り速度は30cm/分で行った。応力2cN/dtexまで伸張した後、伸張時と等速で伸張前の長さまで戻した際に応力-伸張曲線に囲まれる部分の面積を測定した。この操作をN=50で行った際の平均値をヒステリシスロスとした。また、下式よりCV値を計算した。CV(%)=(s/X)×100 ここで、σは標準偏差であり、Xは平均値である。」と記載されているところ、「σは標準偏差であり」は、「sは標準偏差であり」の誤記であることは明らかである。
そうすると、CV値は、その測定及び算出方法が明らかであるから、請求項1の「該ヒステリシスロスのCV値が5%以下である」は、明確である。


第5 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由によっては、本件発明1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-03-02 
出願番号 特願2016-117788(P2016-117788)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (D01F)
P 1 651・ 113- Y (D01F)
P 1 651・ 121- Y (D01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川口 裕美子  
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 佐々木 正章
横溝 顕範
登録日 2020-05-07 
登録番号 特許第6699381号(P6699381)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 ポリアミドマルチフィラメント、その製造方法、エアバッグ用基布およびエアバッグ  

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