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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1374776
審判番号 不服2019-3046  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-05 
確定日 2021-06-09 
事件の表示 特願2016-563193「パーキンソン病の運動症状変動の迅速な緩和」拒絶査定不服審判事件〔平成27年10月29日国際公開、WO2015/163840、平成29年 6月 1日国内公表、特表2017-513866〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2014年(平成26年)4月21日を国際出願日とする出願であって、その主な手続の経緯は以下のとおりである。

平成28年11月29日 :翻訳文の提出
平成29年 4月20日 :手続補正書の提出
平成30年 2月26日付け:拒絶理由通知
平成30年 8月 1日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年10月30日付け:拒絶査定
平成31年 3月 5日 :審判請求書、手続補正書及び
誤訳訂正書の提出
令和 2年 4月23日付け:拒絶理由通知(当審)
令和 2年10月26日 :意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1?12に係る発明は、令和2年10月26日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
パーキンソン病(PD)患者のオフエピソードを治療する方法における使用のための医薬組成物であって、
前記組成物は、75重量%以上のレボドパと10重量%未満のリン脂質とを含み、
前記方法は、前記患者の肺系に30mg?60mgの微粒子用量(FPD)のレボドパが投与されるように前記患者の肺系に前記組成物を投与することを含み、
前記組成物の投与前に1日3?4回のオフエピソードが前記患者に認められるか、前記組成物の投与前に1日4?8時間のオフエピソードが前記患者に認められ、
投与後、前記患者の統一パーキンソン病評価尺度(Unified Parkinson’s Disease Rating Scale:UPDRS)第三部スコアがプラセボ対照に比して少なくとも5ポイント改善されるか、投与後、前記患者のUPDRS第三部スコアが前記組成物の投与前の前記患者のUPDRSスコアに比して少なくとも5?12ポイント改善され、
前記組成物の経肺投与前のジスキネジアのレベルに比してジスキネジアの増大が前記患者に認められない、
医薬組成物。」

第3 当審が通知した拒絶理由の概要
令和2年4月23日付けで当審が通知した拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)のうちの理由2は、概略以下のとおりである。

2(進歩性)本願の請求項1?12に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特表2006-507218号公報
引用文献2:Neurology, 2014, Vol.82, No.10 Supplement, S7.007,2014.04.08

第4 引用文献の記載事項及び引用発明
1 引用文献1について
(1)当審拒絶理由にて引用された引用文献1には、以下の記載がある。(下線は当審により付した。以下の文献についても同様である。)

ア 「発明の背景
パーキンソン病は、基底核中のドパミンニューロンの変性により神経病理学的に、そして消耗性の震え、動作の緩慢および平衡性の問題により神経学的に特徴づけられる。パーキンソン病を患う人は100万人を超えると推定される。ほとんど全ての患者は、ドパミン前駆物質レボドパまたはL-ドパを、しばしばドパ-デカルボキシラーゼインヒビター、カルビドパ(carbidopa)と組み合わせて受けている。L-ドパは、パーキンソン病の徴候をこの病気の初期の段階で適切に抑える。しかしながら、これは、この疾患の過程において、数ヶ月?数年の間の期間後に効力を失う傾向がある。
パーキンソン病患者におけるL-ドパの様々な効力は、少なくとも部分的には、L-ドパの血中濃度半減期に関連しており、これは極めて短い傾向にあり、カルビドパを同時に投与した場合でも1?3時間の範囲である。この疾患の初期段階では、この要因は、標的となる線条ニューロンのドパミン蓄積能により緩和される。L-ドパは、ニューロンにより吸収され、蓄積され、時間がたてば放出される。しかしながら、この疾患が進行するにつれて、ドパミン作用ニューロンが変性し、ドパミン蓄積能が低減する。したがって、L-ドパの陽性作用は、L-ドパの血漿レベルの変動にますます関連する。また、患者は、L-ドパの胃内容排出および貧弱な腸での吸収を含む問題を抱える傾向がある。患者は、血漿レベルが一次的にL-ドパ投与後に一時的に高く増大する場合のいわゆる運動障害から血漿が低下する場合の典型的なパーキンソン病の症状に戻るまでの、パーキンソン病の徴候の極めて顕著な規則的変動を示す。
疾患が進行するにつれて、従来のL-ドパ治療は、かなり頻繁であるが、より低い投与量のスケジュールを含む。多くの患者は、たとえば、2?3時間毎にL-ドパを受ける。しかしながら、L-ドパの頻繁な投与でさえ、パーキンソン病の徴候を抑えるには不十分であることがわかっている。また、それらは患者にとって都合が悪く、しばしばノンコンプライアンスを生じる。
1日に6?10倍のL-ドパ用量を用いても、血漿L-ドパレベルは危険なまでに低下し得、患者はかなり重篤なパーキンソン病の徴候に直面することもわかっている。これが発生した場合、脳ドパミン活性を急速に増加するために追加のL-ドパが干渉治療として投与される。しかしながら、経口的に投与される治療は、いたずらに患者が苦しむ間の約30?45分の初期の期間に関連する。また、正規に予定された容量と複合した干渉治療の効果は、入院を必要とし得る過剰投与を引き起こす。たとえば、皮下投与されるドパミンレセプターアゴニスト(アポモルヒネ)は、しばしばドパミンで誘導される吐き気を抑えるために局所作用ドパミンアンタゴニスト、たとえば、ドンぺリドンを必要とし、不都合で、かつ侵襲的である。
したがって、従来の治療と少なくとも同じ効果があり、また上記の問題を最小にするもしくは解消した、パーキンソン病に罹患している患者を処置する方法が必要とされている。」(【0002】-【0006】)

イ 「本発明は、少数の呼吸で、好ましくは1回の呼吸でL-ドパの治療用量を肺系に投与する方法にも関する。
本発明は、多くの利点を有する。本発明の粒子は、全ての段階のパーキンソン病を処置するのに、たとえば、この疾患の治療技術を前進する、ならびに緊急治療を提供するのに有用である。前記粒子は、高含有量のL-ドパを有し、したがって、所定の吸入カプセルに含まれ、投与され得る薬剤の量は、増加され、それにより、臨床的に有効な投与量を送達するのに必要とされる呼吸の数を低減する。本発明の方法は、乾燥、非粘着性粒子を高収率で形成し、材料の損失および製造コストを最小限にする。前記粒子は、肺送達、特に深肺への送達に有用であることを示す空気力学的特性および分散特性を有する。」
「本発明は、一般に、パーキンソン病の処置方法に関する。本明細書に記載の方法及び粒子は、本明細書に記載の方法が求済治療を提供するのに特に良好に適している場合、パーキンソン病の継続中の(非求済)処置に使用することができる。本明細書で使用される場合、「求済治療」は、疾患の徴候を低減するまたは抑えるために、必要に応じて患者へ薬剤を急激に送達することを意味する。(【0012】-【0013】、【0015】)

ウ 「別の態様において、本発明の粒子は、L-ドパに加えて、1以上のリン脂質を含む。リン脂質の具体例としては、限定されないが、ホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、・・・が挙げられる。
リン脂質またはその組み合わせおよび所望の放出特性を有する粒子の調製方法は、代理人整理番号2685.1012-004で2001年2月23日に提出された「乾燥粉末製剤からの放出の調節(Modulation of Release from Dry PowderFormulations)」と題する米国出願第09/792,869号に記載され、これは代理人整理番号2685.1012-001で2000年8月23日に提出された「乾燥粉末製剤からの放出の調節(Modulation of Release from Dry PowderFormulations)」と題する米国出願第09/644,736号の一部継続出願であり、両者は、1999年8月25日に提出された「マトリックス転移を制御することによる乾燥粉末製剤からの放出の調節(Modulation of Release From Dry PowderFormulations by Controlling Matrix Transition)」と題する米国特許出願第60/150,742号の利益を主張する。3つ全ての出願の内容は、参考としてその全体が本明細書中に援用される。
任意に、前記粒子は、非還元糖またはリン脂質に加えて、少量の強電解質の塩、限定はされないが、塩化ナトリウム(NaCl)などを含む。使用され得る他の塩としては、リン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム、硫酸ナトリウムおよび炭酸カルシウムが挙げられる。一般に、前記粒子中に存在する塩の量は、10wt%未満、例えば、少なくとも5wt%未満である。
90重量%を超える薬剤、たとえば、L-ドパを含有する粒子は、該粒子の表面上に局部電荷を有し得る。粒子の表面上のこの静電気は、粒子が望ましくない方法で機能する原因となる。たとえば、静電気の存在は、粒子が噴霧乾燥チャンバーの壁やスプレードライヤーから導入されるに導管に固着したり、バグハウス内に固着したりする原因となり、それにより、得られる収率パーセントが有意に低減する。さらに、静電気は、カプセル系システムに設置された場合、粒子が塊になる原因となる傾向があり得る。これらの塊を分散することは、困難であり得、このことは乏しい放出用量、乏しい微粒子画分、または両方により明らかにされる。さらに、粒子の充填は、また、静電気の存在により影響を受け得る。密接に近接した電荷様を有する粒子は、互いに反発して粉末ベッドにおいて隙間を残す。これは、所定の質量の、静電気を持たない同じ粉末よりも大きな場所をとる、所定の質量の、静電気を持つ粒子を生じる。このため、これは、一つの容器に送達され得る上限の用量を制限する。
本発明の特定の解釈に執着することを望まないが、NaClなどの塩は、可動な対イオン源を提供すると考えられる。表面に局所帯電領域を有する粒子への小さい塩の添加は、表面上の帯電領域に関連する可動な対イオン源を提供することにより、最終粉末に存在する静電気の量を低減するだろう。それにより、製造される粉末の収率は、粉末凝集を低減し、微粒子画分(FPF)および粒子の放出量を改善し、より大量の粒子を一つの容器に詰め込むことができる。表1に示されるように、L-ドパおよび、トレハロースまたはDPPCのいずれかを、塩化ナトリウムに加えて含有する粒子は、約50?60倍の収率の増大を示す。
【表1】

表2は、微粒子画分ならびにL-ドパおよび、トレハロースまたはDPPCのいずれかを含有する粒子の放出量における塩化ナトリウムの効果を示す。
【表2】

」(【0026】-【0033】)

エ 「本発明の粒子は、肺系へのL -ドパの送達に適している。気道に投与される粒子は、上気道(中咽頭および喉頭)、その後に気管支および細気管支への分岐点に続く気管を含む下気道を通過し、最終的な呼吸領域である肺胞または深肺へと至る呼吸細気管支に順に分かれる末端細気管支を通過する。粒子は、粒子群のほとんどが深肺または肺胞に沈着するように操作され得る。」
「ACIは、最初のステージで回収された粉末の画分が微粒子画分(FPF)(5.6)と呼ばれるように較正される。このFPFは、空気力学的直径が5.6 μm未満の粒子の%に相当する。ACIの最初のステージを通過し、回収フィルター上に沈着した粉末の画分は、FPF(3.4)と呼ばれる。これは空気力学的直径が3.4 μm未満の粒子の%に相当する。
FPF(5.6)画分は、患者の肺に沈着する粉末の画分と互いに関連することが示されたが、FPF(3.4)は患者の深肺に到達する粉末の画分と互いに関係があることが示された。」
「約0.4g/cm^(3)未満のタップ密度、少なくとも約1μm、例えば少なくとも約5μ mのメジアン直径、および約1μm?約5μm、好ましくは約1μm?約3μmの空気力学的直径を有する粒子は、口咽頭領域における内部沈着および重力沈着をより免れ得、気道、特に深肺に標的化される。より大きくより多孔性である粒子の使用は、現在吸入療法に使用されているもののようなより小さく、より高密度のエーロゾル粒子に比べてより効率よくエーロゾル化し得るので、有利である。」
(【0039】、【0044】-【0045】、【0057】)

オ 「1つの実施例において、吸入器容器に保管された粒子の質量の少なくとも80%が、被験体の呼吸系に単回呼吸活性化ステップで送達される。別の態様では、容器に封入された粒子を被験体の気道に単回呼吸で投与することにより、少なくとも1ミリグラムのL-ドパが送達される。好ましくは、少なくとも10ミリグラムのL-ドパが被験体の気道に送達される。15、20、25、30、35、40および50ミリグラム程の高量が送達され得る。」(【0087】)

カ 「実施例4-L-ドパ、DPPCおよび塩化ナトリウムを含有する粒子
L-ドパ、DPPCおよび塩化ナトリウムを含有する製剤を含む粒子を、以下のようにして調製した。水溶液を、1.125 g L-ドパおよび25 mg塩化ナトリウムを300 mlのUSP水に添加することにより形成した。有機溶液は、700 mlのエタノール中の100 mg DPPCから構成された。水溶液および有機溶液をスタティックミキサー中で合わせた。合わせた容量で合計1 Lを使用し、全溶質濃度は、70/30エタノール/水中1.25 g/Lであった。合わせた溶液はスタティックミキサーから2液アトマイザー内へと流れ、得られた霧化液滴を以下の処理条件下で噴霧乾燥した。
供給口温度 約108℃
乾燥ドラムからの排出口温度 約49?53℃
窒素乾燥用ガス=95 kg/時
霧化速度=18 g/分
2液内部混合ノズルアトマイザー
液体供給速度=70 ml/分
液体供給温度 約50℃
乾燥チャンバ内の圧力=水中で-2.0
得られた粒子は、70%のFPF (5.6)および40%のFPF (3.4)(ともに2段ACIを用いて測定)を有した。体積平均幾何学的直径は、1.0バールで14μmであった。
スタティックミキサーから流出している混合溶液を、回転式アトマイザー内に送り込んだ。アトマイザーからの霧化液滴と加熱された窒素との接触によって液滴から液体を蒸発させ、乾燥多孔性粒子を得た。生じた気体-固体流を、得られた乾燥粒子を保持するバッグフィルターに送り込み、乾燥ガス(窒素)、蒸発水およびエタノールを含む高温ガス流を通過させた。乾燥粒子を生成物回収容器内に回収した。
特定の物理的特性および化学的特性を有する乾燥粒子を得るため、上記のように、完成品乾燥粒子に関してインビトロ特性付け試験を行ない、それに応じて処理パラメータを調整することができる。この方法を用いて作製した、90 wt% L-ドパ、8 wt% DPPCおよび2 wt%塩化ナトリウムを含有する粒子は、1バールでRodosにより測定された14μmのVMGD、および2バールで11μmのVMGD、70%のFPF (5.6)を有した。このようにして、これらの粒子について、作製プロセス中にリアルタイムで所望の空気力学的直径、幾何学的直径および粒子密度を得ることができた。」(【0117】-【0120】)

(2)上記(1)ウの【表1】及び【表2】、並びに上記(1)カのとおり、引用文献1には実施例として、90wt%L-ドパ、8wt%ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)及び2wt%塩化ナトリウムの組成を有し、70%のFPF(5.6)を有する粒子が記載されている。そして、上記(1)イの記載からみて、当該粒子は、パーキンソン病患者の治療のため、L-ドパの治療用量で患者の肺系に投与されるものといえる。
そうすると、引用文献1には、以下のとおりの発明が記載されているといえる。

「90 wt% L-ドパ、8 wt% DPPCおよび2 wt%塩化ナトリウムを含有し、70%のFPF (5.6)を有する粒子であって、パーキンソン病患者の治療のためにL-ドパの治療用量で患者の肺系に投与される、粒子。」(以下「引用発明」という。)

2 引用文献2について
当審拒絶理由にて引用された引用文献2には、以下の記載がある。(当審による訳文にて示す。)

「目的:運動変動のあるPD患者におけるCVT-301吸入後のレボドパの薬物動態(PK)と薬力学を評価する。
背景:経口によるレボドパ吸収と薬物動態(PK)の変動は、レボドパ治療を受けたPD患者の主要な問題であるオフ状態の発症に寄与する。非臨床モデルでは、肺内送達により、レボドパがより急速に吸収され、PKの変動が少なくなり、運動機能が急速に改善された。CVT-301は乾燥粉末の吸入用レボドパ製剤であり、断続的なオフエピソードの治療のために開発中である。
設計/方法:以下は、2時間/日を超えるオフ時間を経験している24名のPD運動変動患者におけるCVT-301の二重盲検(DB)プラセボ対照クロスオーバー試験である。被験者は、最初のオフの後の、通常の朝の経口PD投薬の約4?5時間後に、治験薬の単回投与を受けた。経口薬SinemetTM(25/100mg)については、最初の治療日に、非盲検で投与された;吸入薬CVT-301(25mg及び50mgレボドパ微粒子用量[FPD])又はプラセボについては、2、3及び4日目にランダムにDBで投与した。投与後3時間で、レボドパ濃度[レボドパ]、運動反応(時限タッピング、UPDRS III)及び安全性を評価した。
結果:ベースライン調整されたレボドパCmaxとAUCは用量に比例して増加した。CVT-301(50mg FPD)吸入後の[レボドパ]増分は、5分以内に治療有効量に近づいた(ベースライン調整された平均Cmax 698ng/mL)。レボドパの変動性は、経口薬Sinemetに比してCVT-301の方が顕著に低かった。時限タッピングとUPDRS応答は用量依存的であった。プラセボと比較して、CVT-301 50mg FPDのみが、時限タッピングとUPDRSの平均及び最大値において統計的に有意な改善をもたらした;運動反応の改善は、投与後5分で観察された。ジスキネジアの頻度又は重傷度の増大は見られなかった。CVT-301は概して安全で、忍容性も良好であった。中止をもたらす又は重篤な有害事象(AEs)はなかった。どちらのCVT-301用量であっても、肺活量測定値に悪影響はなかった。
結論:吸入薬CVT-301は[レボドパ]を急速に増強し、オフエピソードを経験しているPD患者の運動機能の急速な改善をもたらす。」(Abstract)

第5 本願発明と引用発明との対比
引用発明の「治療のため」は、本願発明の「治療する方法における使用のため」に相当する。また、引用発明の「粒子」は、L-ドパ、DPPC及び塩化ナトリウムという複数成分を含むことから「組成物」といえ、また「患者の治療のために」「投与」されるものであるから「医薬」といえるので、本願発明の「医薬組成物」に相当する。そして、引用発明の「粒子」は「90 wt% L-ドパ」及び「8 wt% DPPC」を含有するものであり、L-ドパはレボドパの別称(以下、「L-ドパ」を「レボドパ」と表記する。)、DPPCはリン脂質の一つであるジパルミトイルホスファチジルコリン(以下、「DPPC」と表記する。)であるから、本願発明における「75重量%以上のレボドパと10重量%未満のリン脂質とを含」む「医薬組成物」に相当する

そうすると、本願発明と引用発明とは、

「パーキンソン病(PD)患者を治療する方法における使用のための医薬組成物であって、
前記組成物は、75重量%以上のレボドパと10%重量未満のリン脂質とを含み、
前記方法は、前記患者の肺系にレボドパが投与されるように前記患者の肺系に前記組成物を投与することを含む、
医薬組成物。」

である点で一致する一方、以下の点で相違する。

<相違点1>
本願発明の医薬組成物は、「組成物の投与前に1日3?4回のオフエピソードが前記患者に認められるか、前記組成物の投与前に1日4?8時間のオフエピソードが前記患者に認められ」るPD患者の「オフエピソード」を治療するためのものであって、患者の肺系に「30mg?60mgの微粒子用量(FPD)」のレボドパが投与されるように肺系に投与されるものであるのに対し、引用発明の粒子にはかかる特定がされていない点。

<相違点2>
本願発明の医薬組成物は、「投与後、前記患者の統一パーキンソン病評価尺度(Unified Parkinson’s Disease Rating Scale:UPDRS)第三部スコアがプラセボ対照に比して少なくとも5ポイント改善されるか、投与後、前記患者のUPDRS第三部スコアが前記組成物の投与前の前記患者のUPDRSスコアに比して少なくとも5?12ポイント改善され」るものであって、「経肺投与前のジスキネジアのレベルに比してジスキネジアの増大が前記患者に認められない」ものであるのに対し、引用発明の粒子には、かかる特定がされていない点。

第6 判断
1 相違点1について
(1)まず、本願発明の「オフエピソード」なる用語は、本願明細書【0002】の記載からみて、レボドパ療法の効果が最初に観察されたほど長く持続せず、その結果、治療薬により症状が適切に抑えられる期間と、治療薬にほとんど効果がなく症状が悪化する期間とがあるというように、療法に示す反応が変動する状態(「運動症状変動」)が発現した状態における、後者の期間を示すものである。そして、本願明細書【0003】及び【0004】の記載から、この「運動症状変動」は、レボドパそれ自体の血漿中半減期が極めて短いこと、初期段階ではそれを緩和する線条体ニューロンのドパミン貯蔵能が疾患の進行により低下すること、さらにレボドパの胃排出や腸吸収不良により、レボドパの血漿中レベルがパーキンソン病の症状の著明な揺れを生じさせるほどに変動することで発現するといえる。
一方、上記第4の1(1)アのとおり、引用文献1には、レボドパそれ自体の血漿中半減期が極めて短いこと、初期段階ではそれを緩和する線条体ニューロンのドパミン貯蔵能が疾患の進行により低下すること、さらにレボドパの胃排出や貧弱な腸吸収から、レボドパの血漿中レベルがパーキンソン病の徴候の顕著な規則的変動を示すほどに変動すること、すなわち本願でいうところの「運動症状変動」について記載されており、それゆえ疾患の進行に応じて高頻度、あるいは高用量でレボドパを投与するものの、徴候を抑制、すなわち本願でいうところの「オフエピソード」の治療には至らず、さらなる追加の急速投与(干渉治療)も、経口的では急速性に欠けるとの背景から、これらの問題を最小にするもしくは解消した、パーキンソン病に罹患している患者を処置する方法が必要とされることも記載されている。そして、上記第4の1(1)イ(【0015】)のとおり、引用文献1では、疾患の徴候を抑えるための薬剤の急激な送達も想定されている。
以上のような引用文献1の記載からみれば、引用発明の粒子は、「オフエピソード」の治療への使用についても想定されていたものといえる。

(2)また、上記第4の1(1)イ及びエのとおり、引用発明の粒子は肺系に「送達」されるものであって、その粒子の単回投与で「送達」されるレボドパの用量として、上記第4の1(1)オには、少なくとも1ミリグラム、好ましくは、少なくとも10ミリグラム、さらに15、20、25、30、35、40および50ミリグラム程の高量(以下、「1?50mg」と簡略化して記載する。)であることが記載されている。そして、上記第4の1(1)エ(【0044】-【0045】)のとおり、肺系に沈着(送達)される画分はFPF(5.6)画分である。
一方、本願明細書【0014】及び【0015】の記載からみて、本願発明の「微粒子用量(FPD)」とは、FPF(5.6)画分としての用量であるから、引用文献1に記載される上記「1?50mg」というレボドパの「用量」は、本願発明の「微粒子用量(FPD)」に相当するといえ、その数値は本願発明と重複している。

(3)そうすると、引用発明においても、本願発明と重複する「微粒子用量(FPD)」での粒子の患者への投与は想定されていたといえ、また一方で、患者の症状の程度や頻度等に応じ、想定される範囲内で薬剤用量を調整することは、当業界においては常套手段にすぎないから、引用発明の粒子をその使用が想定されていたオフエピソードの治療に実際に採用するとともに、その際の患者として任意のオフエピソードが認められる患者、例えば1日3?4回あるいは1日4?8時間のオフエピソードが認められる患者を対象とし、想定された範囲内で任意にその用量を調整する、例えば30、35、40及び50mgとすることに、特段の困難性は認められない。

2 相違点2について
上記第4の2のとおり、引用文献2には、オフエピソードを経験しているPD(パーキンソン病を示すことは技術常識である)患者を対象とした、CVT-301なる乾燥粉末の吸入用レボドパ製剤の臨床試験において、50mgレボドパ微粒子用量[FPD]の場合に、UPDRS III(本願でいうところの「UPDRS第三部」)のスコアに基づく運動機能について有意な改善が急速にもたらされ、かつジスキネジアの頻度や重症度の増大もなかったことが記載されている。
引用文献2では、CVT-301なるレボドパ製剤粒子の具体的な組成は明らかにされてはいないものの、「PD患者の治療」に用いられる「レボドパ製剤」の有効性等についての試験である以上、パーキンソン病の症状及び各試験項目(運動機能、安全性等)の評価に無視できない何らかの影響を与えるようなレボドパ以外の他の成分が存在するとは考えにくいし、実際CVT-301の投与によってレボドパCmaxとAUCはレボドパ用量に比例して増加し、時限タッピングとUPDRS応答も用量依存的であったことから、CVT-301なる製剤の主たる有効成分はレボドパであって、オフエピソードを経験しているPD患者の運動機能の改善は、吸入により肺送達されたレボドパによりもたらされたと考えるのが自然である。
したがって、引用文献2の記載からは、少なくとも、レボドパを主たる有効成分とする粒子の吸入により、そのレボドパ投与量によっては、実際にオフエピソードを経験しているPD患者のUPDRS IIIのスコアに基づく運動機能を改善し、かつジスキネジア頻度や重症度の増大も生じさせないことが可能であると理解できる。
一方、引用発明の粒子は、パーキンソン病の治療のための有効成分としてレボドパを含有するものである。また、その他の成分として、薬剤放出の調節のためのDPPC及び粒子凝集を防ぐため塩化ナトリウム(上記第4の1(1)ウ参照)を含むが、これらは通常生体内にも存在する物質であって有害事象を引き起こすものではないことは技術常識であり、これらがパーキンソン病の症状に対し直接的に何らかの影響を与える、あるいはレボドパと望ましくない反応が生じる、等の技術常識も見出せないから、引用発明の粒子はレボドパを唯一の有効成分とし、パーキンソン病患者の治療においてレボドパの有効量に応じた薬効が期待されるものといえる。
そして、唯一の有効成分としてレボドパを含む引用発明の粒子を、その使用が想定されていたオフエピソードの治療に実際に採用する際、同じく主たる有効成分としてレボドパを含有するCVT-301なるレボドパ製剤粒子が、投与量によっては実際にオフエピソードを経験しているPD患者のUPDRS IIIのスコアに基づく運動機能を改善し、かつジスキネジアの頻度や重症度の増大も生じさせないことが示された引用文献2記載の臨床試験の結果を参考に、UPDRS III、すなわちUPDRS第三部スコア及びジスキネジアの増大を評価項目とし、当該評価項目において所望に応じた基準、例えばUPDRS第三部スコアがプラセボに比して5ポイント改善、同スコアが投与前に比して5?12ポイント改善、また投与前に比してジスキネジアのレベルの増大がない、等を設定し、それを達成するように、引用発明で想定された範囲内で任意にその用量を調整することもまた、当業者にとって特段の困難性を要するとはいえない。

3 本願発明の効果について
本願明細書【0085】-【0164】に示された実施例では、要すれば、レボドパ/DPPC/塩化ナトリウムを90/8/2で含む医薬組成物が、パーキンソン病患者のオフエピソードを改善し、ジスキネジアの増大もないことについて、臨床試験の結果をもって示されているが、この点については、引用文献2の記載から、少なくとも、レボドパを主たる有効成分とする粒子の吸入によりオフエピソードを改善し、かつジスキネジア頻度や重症度の増大も生じさせないことが可能であると理解できるから、レボドパを唯一の有効成分とする引用発明の粒子であっても、オフエピソードを改善し、かつジスキネジア頻度や重症度の増大も生じさせないことが可能であろうことは、当業者であれば予測し得る事項である。
また、上記実施例からは、30mg?60mgの微粒子用量において臨界的な効果を奏するとはいえないし、組成物におけるレボドパ量の下限値及びリン脂質の上限値、患者群におけるオフエピソードの頻度又は時間、UPDRS第三部スコアの改善度、並びに投与前のレベルに比してジスキネジアの増大が認められないことを特定したことによる有利な効果も特段認められない。

4 請求人の主張について
(1)請求人は、令和2年10月26日に提出した意見書において、概略、以下ア及びイのとおり主張している。

ア 本願発明では、微粒子用量(FPD)で30mg?60mgのレボドパが投与されることを特定する一方、引用文献1は、微粒子用量(FPD)ではなく、名目用量を開示している(【0089】等参照)。さらに、引用文献1【0085】では、「95%のL-ドパ負荷量、すなわち23.75mg L-ドパを有する25mg名目上粉体投与量」と記載されている。ここで、引用文献1の【表2】(【0033】)に示されるように、引用文献1の95%のL-ドパ製剤のFPF<5.6の割合は33%および29%であり、引用文献1に記載される上記の「95%のL-ドパ負荷量、すなわち23.75mg L-ドパを有する25mg名目上粉体投与量」は、23.75×0.33=7.84mg(FPFが33%の場合)および23.75×0.29=6.89mg(FPFが29%の場合)というFPDになり、本願発明のFPDの範囲よりも遥かに低い値である。よって、当業者であれば当然、引用文献1の名目用量は、FPDとして計算された場合、本願発明のFPDの範囲よりも低いと理解する、言い換えれば、本願発明のFPDの範囲は引用文献1には開示されていないし、引用文献1の開示から自明でもない。

イ 引用文献1は、薬理学的/薬力学的データを何ら開示していない。特に、本願発明に特定される程度にUPDRS第三部スコアが改善すること、患者の平均1日オフ時間が少なくとも1時間短縮されること、さらには、経肺投与前のジスキネジアのレベルに比してジスキネジアの増大が患者に認められないことは、開示も示唆もない。
また引用文献2は、CVT301の組成を開示していないので、本願発明の構成は、引用文献2の開示から自明ではないし、ジスキネジアの増大を伴わないUPDRS第三部スコアの改善も自明な事項ではない。審判官は、引用文献2の教示に関して、「これらの改善は、有効成分であるレポドパが有効量で肺に到達したことで達成されたものと考えるのが自然である」と指摘するが、CVT301の組成が開示されていない状況ではその成分全てについて把握できるはずがなく、従って、引用文献2で教示されているUPDRS第三部スコアの改善はレボドパの存在にのみ起因すると推定しなければならない。
また、仮に投与様式(例えば、吸入)が同じ場合でも、レボドパのバイオアベイラビリティは粒子サイズや賦形剤によって大きく異なることがあり、その結果、血漿レボドパ濃度と薬力学的効果も大きく異なることがある。

(2)上記(1)アについて、上記1(2)でも説示したとおり、上記第4の1(1)オには、レボドパの「1?50mg」の用量について、「送達」される用量であることが明記されているから、引用文献1は必ずしも名目用量のみを開示するものではなく、むしろ引用発明においても、本願発明と重複する「微粒子用量(FPD)」での粒子の患者への投与は想定されていたといえる。
一方で、引用文献1の【表2】に示された、引用発明とは別の、しかも収率が悪いと明記され当業者であればあえて選択することはないと解される特定の組成の粒子を選択し、さらに当該粒子との関係が何ら示されていない【0085】の記載を結びつけて引用文献1記載のFPDとして認定し、本願発明の範囲よりも低いとする請求人の主張には、何ら根拠がない。
そして、上記1(2)に説示したとおり、引用発明の粒子を、その使用が想定されていたオフエピソードの治療に実際に採用する際に、想定された範囲内で任意にその用量を調整する、例えば30、35、40及び50mgとすることに、特段の困難性は認められない。

(3)上記(1)イについて、請求人の主張のとおり、CVT301の組成が開示されていない状況ではその成分全てについて把握できないものの、上記2で説示したとおり、少なくともCVT-301なるレボドパ製剤粒子の主たる有効成分がレボドパであって、オフエピソードを経験しているPD患者の運動機能の改善は、吸入により肺送達されたレボドパによりもたらされたと考えるのが自然である。
また、同じ吸入であっても、レボドパのバイオアベイラビリティは粒子サイズや賦形剤によって大きく異なり、その結果、血漿レボドパ濃度と薬力学的効果も大きく異なることがある、との主張は、言い換えれば、引用発明の粒子組成の場合に引用文献2記載のCVT-301と同様の効果が奏されるとはいえない旨主張するものと解される。
しかしながら、まず粒子サイズについては、引用文献1に記載のとおり、肺系への送達においてはFPF(5.6)画分、すなわち粒子サイズ5.6μm未満のものが有効量(「微粒子用量(FPD)」:上記1(2)参照)として送達されるのだから、少なくとも肺系に送達される粒子のサイズとしては、引用発明の粒子と引用文献2記載のCVT-301との間にバイオアベイラビリティを極端に変動させるまでの大きな差異はないといえる。また、引用発明の粒子にレボドパ以外の成分として含まれるDPPCや塩化ナトリウムは汎用の製剤化成分であり、これら汎用の製剤化成分によって、CVT-301において確認されたレボドパ用量に比例したAUC(バイオアベイラビリティ)の増加傾向が極端に変化するとも認められない。
そうすると、たとえ引用発明の効果が引用文献2に記載されたCVT-301の効果と定量的に同等とまではいえないとしても、上記3に説示したとおり、引用文献2の記載からは、少なくとも、レボドパを主たる有効成分とする粒子の吸入によりオフエピソードを改善し、かつジスキネジア頻度や重症度の増大も生じさせないことが可能であると理解できるから、レボドパを唯一の有効成分とする引用発明の粒子であっても、オフエピソードを改善し、かつジスキネジア頻度や重症度の増大も生じさせないことが可能であろうことは、当業者であれば予測し得る事項である。

5 小括
以上1?4のことから、本願発明は、引用発明、並びに引用文献1及び引用文献2の記載に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願請求項1に係る発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-12-23 
結審通知日 2021-01-05 
審決日 2021-01-19 
出願番号 特願2016-563193(P2016-563193)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 清子  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 小川 知宏
穴吹 智子
発明の名称 パーキンソン病の運動症状変動の迅速な緩和  
代理人 岩堀 明代  
代理人 高橋 香元  
代理人 高岡 亮一  
代理人 小田 直  

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