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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08G
管理番号 1374858
異議申立番号 異議2020-700318  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-05-01 
確定日 2021-03-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6601048号発明「フィルム用ポリエステル樹脂及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6601048号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1及び2について訂正することを認める。 特許第6601048号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 (1)特許異議の申立ての経緯
特許第6601048号(請求項の数2。以下、「本件特許」という。)は、平成27年8月7日を出願日(優先権主張 平成26年10月8日)とする特許出願(特願2015-157455号)に係るものであって、令和1年10月18日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、同年11月6日である。)。その後、令和2年5月1日に、本件特許の全請求項(請求項1及び2)に係る特許に対して、特許異議申立人である岩崎勇(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。

手続の経緯は以下のとおりである。
令和2年 5月 1日 特許異議申立書
同年 9月28日付け 取消理由通知書
令和2年11月27日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年12月17日付け 通知書(申立人あて)
なお、令和2年12月17日付けの通知書に対して、申立人から、意見書の提出はなかった。

(2)証拠方法
申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:特開2003-138112号公報
甲第2号証:特開2006-265275号公報
甲第3号証:特開2013-76003号公報
(以下、甲第1号証等を順に「甲1」等という。)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和2年11月27日に提出した訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、請求項1?2について訂正することを求めるものであり、その内容は以下のとおりである。下線部は訂正された箇所であり、当審が下線を付けた。

(1)請求項1の訂正事項
ア 訂正事項1a
請求項1の「(1)固有粘度が0.60?0.77dL/g」を「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」に訂正する。

イ 訂正事項1b
請求項1の「ポリエステル樹脂が(1)?(4)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂」を「ポリエステル樹脂が(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂」に訂正する。

ウ 訂正事項1c
請求項1の「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」を、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」に訂正する。

エ 訂正事項1d
請求項1の「Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれる周期律表IIA族の金属原子のモル」を、「Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」に訂正する。

(2)請求項2の訂正事項
ア 訂正事項2a
請求項2の「(1)固有粘度が0.60?0.77dL/g」を「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」に訂正する。

イ 訂正事項2b
請求項2の「(1)?(4)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法」を「(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法」に訂正する。

ウ 訂正事項2c
請求項2の「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」を、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」に訂正する。

エ 訂正事項2d
請求項2の「(4)P/M:0.35?0.95。」を、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。」に訂正する。

2 訂正の適否の判断
(1)訂正事項1a及び2aについて
ア 訂正の目的
訂正事項1a及び2aによる訂正は、訂正前の請求項1及び2の「(1)固有粘度が0.60?0.77dL/g」における下限値を、「0.60」から「0.665」にして範囲を狭くするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1a及び2aによる訂正は、訂正前の請求項1及び2に記載の固有粘度の範囲を、実施例5における組成物の固有粘度が0.665dL/gであることに基づいて訂正するものであるから、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(2)訂正事項1b及び2bについて
ア 訂正の目的
訂正事項1b及び2bによる訂正は、訂正前の請求項1及び2に記載された「フィルム用ポリエステル樹脂」について、「色調b値が4.0以下」であることを新たに特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1b及び2bによる訂正は、本件明細書の【0048】の記載に基づき、訂正前の請求項1及び2に記載された「フィルム用ポリエステル樹脂」について、「色調b値が4.0以下」であることを新たに特定するものであるから、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(3)訂正事項1c及び2cについて
ア 訂正の目的
願書に添付した明細書には、「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」との記載されており(【0008】、【0009】)、また、実施例1?5における「溶融時の体積固有抵抗値」は、要するに、ポリエステル樹脂である試料を試験管に入れ、オイルバス温度を285℃に昇温して溶融させて気泡を取り除いた後に、当該溶融体の中に電極を挿入し、抵抗計で電圧を印加し、そのときの抵抗値を計算して得たものであることが記載されており(【0060】)、上記溶融体の温度はオイルバス温度と同じ285℃であると解される。そして、願書に添付した明細書には、上記「290℃にて溶融時の体積固有抵抗値」を測定・計算するときの測定方法や条件は記載されておらず、願書に添付した明細書に記載された「290℃」と「285℃」とは、表記上、互いに異なる温度ではあるが、いずれもポリエステル樹脂の融点を超える高温域における近接する温度どうしである。
これらのことから、願書に添付した明細書には、上記「290℃」及び「285℃」の両方の温度で溶融した時の体積固有抵抗値が記載されているのではなく、ポリステル樹脂の融点を超える高温域で溶融した時の体積固有抵抗値として一つの測定方法が記載されているのであって、訂正前の「290℃にて溶融時の体積固有抵抗値」は、その表記どおりに「290℃」で測定した体積固有抵抗値を意味するのではなく、上記実施例のとおりに「285℃」で測定したときの値であると理解できる。
そうすると、訂正事項1c及び2cは、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に、「溶融時の体積固有抵抗値」の温度として、表記上で異なる「290℃」と「285℃」とが混在し、請求項1及び2における「溶融時の体積固有抵抗値」を測定するときの温度が必ずしも明瞭でなかったものを、上記実施例において具体的に測定方法や条件が記載され、実際に測定した時の温度である「285℃」に揃えるものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるといえる。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1c及び2cによる訂正は、訂正前の請求項1及び2に記載の「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値」について、願書に添付した明細書の【0060】の記載に基づいて、測定時の温度を「285℃」にするものであるから、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではない。
また、上記アで述べたとおり、訂正事項1c及び2cは、願書に添付した明細書に一つの「溶融時の体積固有抵抗値」を測定する方法が記載され、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に、表記上、互いに異なる「290℃」と「285℃」とが混在しており、請求項1及び2における「溶融時の体積固有抵抗値」を測定するときの温度が必ずしも明瞭でなかったものを、上記実施例において測定した温度である「285℃」に揃えるものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(4)訂正事項1d及び2dについて
ア 訂正の目的
訂正事項1dによる訂正は、訂正前の請求項1に記載の「周期律表IIA族の金属原子」を「マグネシウム原子」に限定するとともに、「ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれる周期律表IIA族の金属原子のモル」である「M」を「0.6?1.7モル/t」と新たに特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項2dによる訂正は、訂正前の請求項2に記載の「(4)P/M:0.35?0.95。」における「P/M」の意味が明らかでなかったのを、請求項1と同じく、「(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。」と特定するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、また、新たに「P/M」の意味を特定するものでもあるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものでもある。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1dによる訂正は、【0021】及び実施例1?5(【0069】?【0084】及び表1)の記載に基づいて、訂正前の請求項1に記載の「周期律表IIA族の金属原子」を「マグネシウム」に限定するとともに、「ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれる周期律表IIA族の金属原子のモル」である「M」を「0.6?1.7モル/t」と新たに特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項2dによる訂正は、訂正事項1dにより訂正された訂正後の請求項1と「M」及び「P/M」に関して同内容の事項を特定するものであるから、願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1a?1d及び2a?2dによる訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる目的に適合し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、特許第6601048号の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1及び2に記載された事項により特定される発明を「本件発明1」及び「本件発明2」といい、まとめて「本件発明」ともいう。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなるポリエステル樹脂であって、アンチモン原子を含み、ポリエステル樹脂が(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下
(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。

【請求項2】
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とから、アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行うことにより固有粘度が0.50?0.68dL/gのプレポリマーを製造し、引き続き、該プレポリマーを固相重縮合することで(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g。
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下。
(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。」

第4 当審が通知した取消理由及び特許異議の申立てにおける申立理由の概要
1 取消理由通知の概要
(1)当審が、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明に対して、令和2年9月28日付けの取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

ア 取消理由1
請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された甲1又は甲2に記載された発明(参考文献1を参照)であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

イ 取消理由2
請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲1?甲3及参考文献1に記載された発明に基づいて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
引用文献等:
1.特開2003-138112号公報(甲1)
2.特開2006-265275号公報(甲2)
3.特開2013-76003号公報(甲3)
4.新版高分子辞典、「極限粘度数」の項、株式会社朝倉書店、初版第3刷、1991年、107頁(以下、「参考文献1」という。)

ウ 取消理由3(サポート要件)
特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさない。
よって、請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
本件発明1及び2の「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下」に関して、発明の詳細な説明には、実施例として体積固有抵抗値が60×10^7Ω・cm以下である具体的なポリエステル樹脂が記載されている。そして、実施例における「体積固有抵抗値」は、「オイルバス温度を285℃に昇温して試料を溶融させた後・・・そのときの抵抗値を計算して体積固有抵抗値(Ω・cm)とした」(本件明細書の【0060】)ものであり、285℃にて溶融時の値であって290℃にて溶融時の値ではないものと解される。

エ 取消理由4(明確性要件)
特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。
よって、請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
本件発明2における「(4)P/M:0.35?0.95。」は、P及びMが何を表すのかについて何ら説明されておらず、その意味が不明である。

2 特許異議の申立ての申立理由の概要
申立人が、本件訂正前の請求項1及び2に係る特許に対し、特許異議申立書でした申立の理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)申立理由1a(取消理由1と同旨)
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された甲1又は甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

(2)申立理由1b
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に日本国内または外国において頒布された甲3に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

(3)申立理由2a(取消理由2と同旨)
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に頒布された甲1又は甲2に記載された発明、及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(4)申立理由2b
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に頒布された甲3に記載された発明、及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

第5 当審の判断
当審は、以下に述べるとおり、当審が通知した取消理由1?4及び申立人がした申立理由1a?2bのいずれによっても、本件発明1及び2に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
申立理由1a及び2aは、それぞれ取消理由1及び2と同旨であるから、これらを併せて検討する。

1 取消理由1及び2、並びに申立理由1a及び2aについて
(1)甲1を主引用文献とする理由について
ア 甲1に記載された発明
甲1には、請求項1及び2を引用する請求項3に係るポリエステル組成物が記載されており、これを独立形式にすると次のようになる。
「平均粒子径が0.2?4μmであり、かつ外接円に対する面積率が50%以上である、硼酸アルミニウム粒子を0.01?10重量%含有するポリエステル組成物であって、
前記ポリエステル組成物は、275℃における溶融比抵抗が0.1?1.0(×10^(8)Ω・cm)であり、マグネシウム化合物をマグネシウム原子(Mg)として10?200ppm含有し、かつリン化合物をリン原子(P)として2?150ppm含有し、さらにMgとPのモル比(Mg/P)が1.5?7.0である、ポリエステル組成物」
そして、上記ポリエステル組成物は、本件明細書の【0003】?【0005】によると、滑り性の向上のために硼酸アルミニウム粒子を添加して、フィルムやシートの表面に凹凸を形成するものであり、透明性と滑り性に優れ、粗大突起が少なく、また、ポリエステル中の環状3量体に代表されるオリゴマーを減少させるための熱処理時間を短くすることができるポリエステル組成物の提供を課題としたものであると解される。
また、甲1には、上記ポリエステル組成物の具体例である実施例1?実施例5が記載されており(【0031】?【0048】)、そのうち、実施例1として、概略、次の事項が記載されている(【0044】?【0048】)。
「(a)エステル化反応装置に、エチレングリコール(EG)64Kgを仕込んで攪拌し、
テレフタル酸(TPA)を86Kgと、生成ポリエチレンテレフタレート(PET)に対して、Sb原子として160ppmとなる三酸化アンチモン、及び、Mg原子として65ppmとなる酢酸マグネシウム(4水和物)と、硼酸アルミニウム粒子(平均粒子径:2.5μm、外接円に対する面積率:60%、組成:Al/B/O=45%/5%/50%)の10重量%EGスラリーと同時に仕込み、3.5Kg/cm^(2)G(ゲージ圧:0.34MPa)の加圧下、240℃で2時間反応させた後、圧力を常圧に下げ、リン酸トリメチルの10重量%EG溶液を、生成PETに対してP原子として40ppm残存するよう添加して10分間反応を続け、
(b)重縮合反応装置にエステル化反応生成物を移送し、攪拌、昇温、減圧して280℃で0.5torr(0.67hPa)で60分間重縮合反応を行い、重合物を水中にストランド状に押し出し、カッターでカットして極限粘度0.620dl/gのポリエチレンテレフタレート(PET)組成物のチップを得た後、
(c)得られたPET組成物チップを130℃で6時間、真空下で乾燥結晶化を行い、235℃で窒素気流下、常圧で25時間熱処理を行い、
(d)前記熱処理後のPET組成物チップを二軸押出機で溶融し、290℃でTダイよりシート状に押出しし、未延伸シートを得て、90℃で縦方向に3.5倍延伸し、次いで130℃で横方向に3.5倍延伸した後、熱固定処理し、厚み25μmの二軸延伸PETフィルムを得た。」

そして、(b)において、上記エステル化反応生成物の重縮合反応を行った後の275℃における溶融比抵抗は0.23×10^(8)Ω・cmであり、(d)において、上記熱処理後のPET組成物は、平均粒子径が2.5μmであり、かつ外接円に対する面積率が60%である、硼酸アルミニウム粒子を1000ppm含有し、Mg及びPの含有量はそれぞれ63ppm及び35ppmであり、極限粘度及び環状3量体の含有量は0.625dl/g及び0.31%であるものである(表1)。また、上記PET組成物は二軸延伸フィルムに成形されるから(【0048】)、上記PET組成物は二軸延伸フィルム用であるといえる。

そうすると、甲1には、実施例1に着目して、以下のPET組成物及びその製造方法の発明が記載されているといえる。

「(a)エステル化反応装置に、エチレングリコール(EG)64Kgを仕込んで攪拌し、テレフタル酸(TPA)86kg、生成PETに対して、Sb原子として160ppmとなる三酸化アンチモン、Mg原子として65ppmとなる酢酸マグネシウム(4水和物)、及び、硼酸アルミニウム粒子(平均粒子径:2.5μm、外接円に対する面積率:60%、組成:Al/B/O=45%/5%/50%)の10重量%EGスラリーを同時に仕込み、3.5kg/cm^(2)G(ゲージ圧:0.34MPa)の加圧下、240℃で2時間反応させた後、圧力を常圧に下げ、リン酸トリメチルの10重量%EG溶液を、生成PETに対してP原子として40ppm残存するよう添加して10分間反応を続け、
(b)重縮合反応装置にエステル化反応生成物を移送し、攪拌、昇温、減圧して280℃で0.5torr(0.67hPa)で60分間重縮合反応を行い、重合物を水中にストランド状に押し出し、カッターでカットして、極限粘度が0.620dl/gであり、275℃における溶融比抵抗が0.23×10^(8)Ω・cmであり、Mg及びPの含有量はそれぞれ63ppm及び35ppmである、ポリエチレンテレフタレート(PET)組成物のチップを得た後、
(c)得られたPET組成物チップを130℃で6時間、真空下で乾燥結晶化を行い、235℃で窒素気流下、常圧で25時間熱処理を行う工程
を含む、製造方法で得られた二軸延伸フィルム用PET組成物であって、上記熱処理後のPET組成物における極限粘度が0.625dl/gであり、環状3量体の含有量が0.31%である、上記PET組成物」(以下、「甲1発明1」という。)

「(a)エステル化反応装置に、エチレングリコール(EG)64Kgを仕込んで攪拌し、テレフタル酸(TPA)86kg、生成PETに対して、Sb原子として160ppmとなる三酸化アンチモン、Mg原子として65ppmとなる酢酸マグネシウム(4水和物)、及び、硼酸アルミニウム粒子(平均粒子径:2.5μm、外接円に対する面積率:60%、組成:Al/B/O=45%/5%/50%)の10重量%EGスラリーを同時に仕込み、3.5kg/cm^(2)G(ゲージ圧:0.34MPa)の加圧下、240℃で2時間反応させた後、圧力を常圧に下げ、リン酸トリメチルの10重量%EG溶液を、生成PETに対してP原子として40ppm残存するよう添加して10分間反応を続け、
(b)重縮合反応装置にエステル化反応生成物を移送し、攪拌、昇温、減圧して280℃で0.5torr(0.67hPa)で60分間重縮合反応を行い、重合物を水中にストランド状に押し出し、カッターでカットして、極限粘度が0.620dl/gであり、275℃における溶融比抵抗が0.23×10^(8)Ω・cmであり、Mg及びPの含有量はそれぞれ63ppm及び35ppmである、ポリエチレンテレフタレート(PET)組成物のチップを得た後、
(c)得られたPET組成物チップを130℃で6時間、真空下で乾燥結晶化を行い、235℃で窒素気流下、常圧で25時間熱処理を行う工程
を含む、二軸延伸フィルム用PET組成物の製造方法であって、上記熱処理後のPET組成物における極限粘度が0.625dl/gであり、環状3量体の含有量が0.31%である、上記製造方法」(以下、「甲1発明2」という。)

ウ 本件発明1について
(ア)対比
甲1発明1の「エチレングリコール」、「テレフタル酸」、「Sb原子」、「P原子」及び「Mg原子」は、本件発明1の「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸」、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」に相当する。
そして、本件発明1の「ポリエステル樹脂」は、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなる」ものであるが、ポリエステル樹脂自体以外に、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むものであり、本件発明1のように、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むポリエステル樹脂が組成物であることは、本件優先日時点の技術常識である(甲2の【0054】、甲3の【0050】?【0052】)。
このことから、本件発明1の「ポリエステル樹脂」も組成物であり、甲1発明1の「PET組成物」に相当する。また、甲1発明1の「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「フィルム用」に相当する。
そして、甲1発明1の「Mg及びPの含有量はそれぞれ63ppm及び35ppmである、ポリエチレンテレフタレート(PET)組成物のチップを得た」を基に算出した、本件発明1で特定されるP(=35/30.97)及びM(=63/24.31)はそれぞれ1.13モル/t及び2.59モル/tとなり、P/Mのモル比の値は0.44となるから、この値は、本件発明1の「(4)P/M:0.35?0.95」に一致する。
また、甲1発明1において、上記熱処理後のPET組成物における「環状3量体の含有量が0.31%」であり、この単位は重量%であり(甲1の【0042】)、これは3100重量ppmであるから、本件発明1の「環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」と一致する。

そうすると、本件発明1と甲1発明1は、
「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなるポリエステル樹脂であって、アンチモン原子を含み、ポリエステル樹脂が(2)及び(4)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂。
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル)。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点1a:本件発明1では、「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」であるのに対して、甲1発明1では、PET組成物の「極限粘度が0.625dl/g」である点
相違点1b:本件発明1は、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下」であるのに対して、甲1発明1は、重縮合反応後の「275℃における溶融比抵抗が0.23×10^(8)Ω・cm」である点
相違点1c:ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMが、本件発明1では「0.6?1.7モル/tである」のに対して、甲1発明1では2.59モル/t」である点
相違点1d:色調b値が、本件発明1では「4.0以下」であるのに対して、甲1発明1では不明である点

(イ)検討
a 相違点1aについて
本件発明1の「固有粘度」と甲1発明1の「極限粘度」とが同じ物性値を指すことは、本件優先日時点の技術常識である(参考文献1の「極限粘度数」の項)。そこで、両者の数値を対比すると、甲1発明1の「極限粘度が0.625dl/g」は、本件発明1の「固有粘度が0.665?0.77dL/g」の範囲外となるから、相違点1aは実質的な相違点であるといえる。
そうすると、本件発明1は、甲1発明1と同じ発明であるとはいえない。
また、甲1には、ポリエステル組成物における極限粘度が0.625dL/g前後である実施例1?5は記載されているが、これ以外に上記極限粘度が満たすべき範囲は記載されておらず、甲1発明1は、甲2に記載されるように湿熱処理をするものではなく、また、甲3に記載されるようにカルシウム元素を所定量で含有するものではなく、甲2、甲3及び参考文献1にも、甲1発明1における極限粘度を「0.665?0.77dL/g」とすることを動機付ける記載は見当たらない。
そうすると、甲1発明1において、「固有粘度が0.665?0.77dL/g」とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

b 相違点1bについて
(a)まず、本件発明1の「体積固有抵抗値(Ω・cm)」は、本件明細書の【0060】によると、本件発明1に記載のポリエステル樹脂の溶融体に、面積1cm^(2)の電極2枚を5mmの間隔で挿入して、直流電圧100Vを印加して計算したものであり、その単位がΩ・cmであることから、電極の表面積、電極の間隔、及び、そのときの抵抗値を基に計算した「体積固有抵抗(Ω・cm)」を意味すると解される。
一方、甲1発明1の「溶融比抵抗(Ω・cm)」は、溶融させたPET組成物中に、表面積Acm^(2)の電極2本をLcmの間隔で置き、電圧120Vを印加した時の電流iを測定し、「(A/L)/(V/i)」の式で算出したものである。
これらのことから、本件発明1の「体積固有抵抗値」と甲1発明1の「溶融比抵抗」は、いずれも体積抵抗率(Ω・cm)と同義であり、両者は同じ物性値であると解される。
(b)そして、本件発明1は溶融時の温度が285℃であるのに対して、甲1発明1は275℃であるが、絶縁体の体積抵抗率は、測定温度が高くなるにつれて小さくなることが本件優先日時点の技術常識であるから、甲1発明1のPET組成物の285℃における溶融比抵抗は、「275℃における溶融比抵抗」である0.23×10^(8)Ω・cm(2.3×10^(7)Ω・m)よりも小さくなり、本件発明1における「60×10^7Ω・cm以下」を満たすものと解される。
なお、甲1発明1における上記溶融比抵抗は、熱処理後のPET組成物を測定した値でないが、甲1の【0004】に記載されるように、上記熱処理は環状3量体のオリゴマーを減少させる処理であって、PET組成物の成分や配合量は不変であるから、物質固有の体積抵抗率である溶融比抵抗が本件発明1の「60×10^7Ω・cm以下」の範囲外に変化するとは解せない。
そうすると、相違点1bは実質的な相違点ではない。

c 相違点1cについて
まず、上記(ア)で述べたように、甲1発明1は、ポリエステル組成物1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMは「2.59モル/t」であるから、相違点1cは実質的な相違点であり、本件発明1は甲1発明1と同じ発明ではない。
また、甲1には、溶融比抵抗を0.1?1.0(×10^(8)Ω・cm)とするために、ポリエステル組成物中のMg原子とP原子のモル比(Mg/P)を1.5?7.0とすることが好ましいこと(【0018】)、ポリエステル中にMg原子を10?200ppm、かつP原子を2?150ppm含有させることで、ポリエステル組成物の溶融比抵抗を上記範囲に制御しながら、ポリエステルの耐熱性、色相、異物抑制を改良することができること(【0019】)が記載されている。そして、上記Mg/Pが1.5?7.0であることから、その逆数のP/Mgが0.14?0.67であることになり、これは本件発明1の「P/M:0.35?0.95」と一部重複する。また、上記Mg原子が10?200ppmであること及び上記P原子が2?150ppmであることをモル/tに換算すると、それぞれ0.4?8.2モル/t及び0.06?4.8モル/tとなり、上記Mg原子の含有量は、本件発明1の「Mは0.6?1.7モル/t」と一部重複する。
しかしながら、甲1発明1において、甲1の【0018】及び【0019】の記載に基づき、ポリエステル組成物の溶融比抵抗を0.1?1.0(×10^(8)Ω・cm)に制御しながら、その耐熱性、色相、異物抑制を改良するために、本件発明1の「P/M」を0.14?0.67としつつ、Mg原子の含有量を0.4?8.2モル/tとし、かつP原子の含有量を0.06?4.8モル/tとすることが動機付けられるとしても、甲1には、上記P/Mを上記0.14?0.67の範囲の中から、さらに本件発明1と重複する0.35?0.67に限定しつつ、Mg原子の含有量を上記0.4?8.2モル/tの範囲の中から、さらに本件発明1と重複する0.6?1.7モル/tに限定することを直接動機付ける記載はない。
また、上記P/Mの値は、P原子の含有量とMg原子の含有量とのバランスによって定まる値であるから、所定のP/Mにするにしても、P/M自体の値とP原子の含有量が決定されなければ、Mg原子の含有量が決定されず、甲1に、P/Mを本件発明1と重複する0.35?0.67とし、かつP原子の含有量の範囲も特定の範囲にすることを動機付ける記載がないのであるから、Mg原子の含有量を、本件発明1と重複する0.6?1.7モル/tにすることが動機付けられるとはいえない。
さらに、甲1発明1において用いられる酢酸マグネシウムはエステル交換反応触媒として機能し、リン酸トリメチルは安定剤として機能することは、本件優先日時点の技術常識であり(甲3の【0027】、甲2の【0021】)、甲1発明1におけるMg原子及びP原子の含有量を変更することにより、ポリエチレンテレフタレートの合成過程における、ポリエチレンテレフタレートの生成及び劣化に影響し、固有粘度や環状三量体の含有量などの種々の物性が変化する程度は、当業者といえども予測することは困難であり、甲1発明1において、P/Mを本件発明1と重複する0.35?0.67とし、Mg原子の含有量を本件発明1と重複する0.6?1.7モル/tにする場合に、固有粘度や環状三量体の含有量がどのような値になるかも予測することは困難であると解される。
そうすると、甲1発明1において、ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMを「0.6?1.7モル/t」とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

d 本件発明1の効果について
本件明細書には、本件発明1が「フィルム成形に用いた場合、その成形性が優れ、かつ好ましいフィルム物性を有するフィルムを得ることができる」(【0011】)という効果を奏すること、及び本件発明1の具体例である実施例1?5が記載されており、本件発明1の上記効果は、実施例1?5のポリエステル樹脂が、「アンチモン原子を含み」、「(4)P/M:0.35?0.95」及びマグネシウム原子が「0.6?1.7モル/t」であり、本件発明1の(1)?(3)及び「色調b値が4.0以下」を満たすものであって、(1)を満たすことにより成形性に優れたものであるのに対して、比較例2及び3のポリエステル樹脂は、アンチモン原子を含み、マグネシウム原子が「0.6?1.7モル/t」であるものであるが、「(4)P/M:0.35?0.95」を満たさず、(1)?(3)及び「色調b値が4.0以下」のいずれかも満たさないものであることから、具体的に確認することができる。
そして、甲1には、ポリエステル組成物の溶融比抵抗を0.1?1.0(×10^(8)Ω・cm)とするために、Mg/Pを1.5?7.0にすることが好ましいこと、ポリエステル中にマグネシウム原子を10?200ppm及びリン原子を2?150ppm含有させることで、ポリエステル組成物の溶融比抵抗を上記範囲に制御しながら、ポリエステルの耐熱性、色相、異物抑制をさらに改良することができること(【0017】?【0019】)、及び、実施例1?5が、マグネシウム原子が63?65ppmであり、Mg/Pが2.3であり、溶融比抵抗が0.22?0.23(×10^(8)Ω・cm)、極限粘度が0.621?0.625dl/gであり、ヘイズが2.0?6.5%、粗大突起数が0.0?0.4(個/mm^(2))であることが記載されているにとどまり、本件発明1が、マグネシウム原子の含有量を「0.6?1.7モル/t」とし、「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」、「色調b値が4.0以下」であることによって奏する上記効果を予測し得るとはいえない。

(エ)小括
以上のとおり、相違点1a及び1cは実質的な相違点であり、相違点1dについて検討するまでもなく、本件発明1は甲1に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1は、甲1に記載された発明、並びに、甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明2について
(ア)対比
甲1発明2の「エチレングリコール」、「テレフタル酸」、「三酸化アンチモン」、「リン酸トリメチル」及び「酢酸マグネシウム」は、本件発明2の「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸」、「アンチモン化合物」、「リン化合物」及び「周期律表IIA族の金属化合物」にそれぞれ相当する。そして、本件発明2のように「アンチモン化合物」、「リン化合物」及び「マグネシウム原子」を含むポリエステル樹脂が組成物であることは、本件優先日時点の技術常識である(必要があれば、甲2の【0049】?【0058】、甲3の【0050】?【0052】を参照。)。また、甲1発明2の「三酸化アンチモン」が重縮合触媒であることは、本件優先日時点の技術常識である(必要があれば、甲2の【0019】、甲3の【0029】を参照。)。
甲1発明2は「昇温、減圧して280℃で0.5torr(0.67hPa)で60分間重縮合反応を行い、重合物を水中にストランド状に押し出」すものであり、重縮合反応により得られた重合物が溶融状態であることは明らかであるから、甲2発明2の「重縮合反応」は、本件発明2の「溶融重縮合」に相当する。
甲1発明2の「得られたPET組成物チップを130℃で6時間、真空下で乾燥結晶化を行い、235℃で窒素気流下、常圧で25時間熱処理を行った」工程は、甲1の「前記熱処理後のPET組成物チップを二軸押出機で溶融」(【0048】)との記載から、PET組成物チップの固体状態を保ったまま行われたことは明らかであるから、本件発明2の「固相重縮合」に相当する。なお、上記「熱処理」は、上記イで述べたように、環状3量体のオリゴマーを減少させるための熱処理であると解される。
甲1発明2の「Mg及びPの含有量はそれぞれ63ppm及び35ppm」であることから、PET組成物1トン当たりに含まれるリン原子のモル数Pは1.13(=35/30.97)、同じくマグネシウム原子のモル数Mgは2.59(=63/24.31)であり、これらを基に算出したP/Mgの値は0.44(=1.13/2.59)となり、この値は固相重縮合の前後で変わらないといえるから、本件発明2の「P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル)」に一致する。
甲1発明2における熱処理後の「環状3量体の含有量が0.31%」であり、これは重量%であり(甲1の上記2(1)エの【0042】)、3100重量ppmになるから、本件発明2の「環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」と一致する。
甲1発明2の「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「フィルム用」に相当する。

そうすると、本件発明2と甲1発明2は、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とから、アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行い、引き続き、固相重縮合することで(2)及び(4)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法。
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下。
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル)」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点1(a1)’:溶融重縮合を行うことにより、本件発明2は、「(1)固有粘度が0.50?0.68dL/gのプレポリマーを製造」するのに対して、甲1発明2は、「極限粘度0.620dl/gのPET組成物のチップを得た」ものである点
相違点1(a2)’:固相重合後のポリエステル樹脂が、本件発明2は、「固有粘度が0.665?0.77dL/g」であるのに対して、甲1発明2は、「極限粘度が0.625dl/g」である点
相違点1b’: 本件発明2は、固相重合後の「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下」であるのに対して、甲1発明2は、重縮合反応後の「275℃における溶融比抵抗が0.23×10^(8)Ω・cm」である点
相違点1c’:ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMが、本件発明2では「0.6?1.7モル/tである」のに対して、甲1発明2では2.59モル/t」である点
相違点1d’:色調b値が、本件発明2では「4.0以下」であるのに対して、甲1発明2では不明である点

(イ)検討
a 相違点1(a1)’及び相違点1(a2)’について
上記ア(イ)aで述べたように、「固有粘度」と「極限粘度」とが同じ物性値を指すことは、本件優先日時点の技術常識であり(必要があれば、参考文献1の上記2(4)を参照)、相違点1(a1)’における甲1発明2の「極限粘度0.620dl/g」は、本件発明2の溶融重縮合後の「固有粘度が0.50?0.68dL/g」の範囲に含まれるといえる。
一方、相違点1(a2)’は、本件発明1における相違点1aと同内容の相違点であり、本件発明1について上記ア(イ)aで述べたのと同じ理由により、甲1発明2の「極限粘度が0.625dl/g」は、本件発明2の固相重合後の「固有粘度が0.665?0.77dL/g」の範囲に含まれないから、相違点1(a2)’は実質的な相違点であり、また、甲1発明2において、「固有粘度が0.665?0.77dL/g」とすることは、甲1?甲3及び参考文献1の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

b 相違点1b’について
相違点1b’は、本件発明1における相違点1bと同内容の相違点であり、本件発明1について上記ア(イ)bで述べたのと同じ理由により、甲1発明2のPET組成物の285℃における溶融比抵抗は、本件発明1における「60×10^7Ω・cm以下」を満たすものであり、実質的な相違点ではないと解される。

c 相違点1c’について
相違点1c'は、本件発明1における相違点1cと同内容の相違点であり、本件発明1について上記ア(イ)cで述べたのと同じ理由により、甲1発明2は、ポリエステル組成物1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMが「2.59モル/t」であるから、相違点1c’は実質的な相違点であり、本件発明2は甲1発明2と同じものではないし、甲1発明2において、甲1?甲3及び参考文献の記載に基づいて、ポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであるMを「0.6?1.7モル/t」とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり、相違点1(a2)’及び相違点1c’は実質的な相違点であり、相違点1d’について検討するまでもなく、本件発明2は甲1に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明2は、甲1に記載された発明、並びに、甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ まとめ
本件発明1及び2は、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明、並びに甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないから、本件発明1及び2に係る特許は、取り消すことができない。

(2)甲2を主引用文献とする理由について
ア 甲2に記載された発明
甲2には、請求項1?3を引用する請求項4に係るポリエステル組成物の製造方法が記載されており、これを独立形式にすると次のようになる。

「テレフタル酸またはそのエステル形成性誘導体を主成分とするジカルボン酸成分と、エチレングリコールを主成分とするジオールとをエステル化反応もしくはエステル交換反応し、次いで重縮合反応させることにより製造されたポリエステル組成物(A)を用いてペレット化し、下記工程(a)、(b)により処理して、下記(1)、(2)のポリエステル組成物(B)とするポリエステル組成物の製造方法であって、
(a)210℃以上、240℃以下の温度範囲で、不活性ガス雰囲気下または減圧下において固相重縮合を行う工程。
(b)(a)で得られたペレットを、水分が60%以上、100%未満、酸素濃度が50ppm以下である混合ガス雰囲気中で、200℃以上、240℃以下の温度範囲で湿熱処理を行う工程。
(1)カルボキシル末端基量が30当量/10^(6)gを超え、55当量/10^(6)g以下
(2)オリゴマーの含有量が0.4重量%以下
上記固相重縮合前のポリエステル組成物(A)のアンチモン元素含有量が、0.005重量%以上、0.020重量%以下であり、上記固相重縮合前のポリエステル組成物(A)の固有粘度(C)が0.51dl/g以上、0.68dl/g 以下であり、
上記湿熱処理後のポリエステル組成物(B)の固有粘度(D)が0.51dl/g以上、0.68dl/g以下であり、さらに固相重縮合前のポリエステル組成物(A)の固有粘度(C)との関係が、-0.05dl/g≦(C)-(D)≦0.05dl/gを満足する、
ポリエステル組成物の製造方法」

また、甲2には、上記製造方法の具体例である実施例3が記載されており(【0049】?【0058】)、これを上記製造方法に合わせて記載すると次のようになる。

「テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸カルシウム0.09部を反応器に入れて180?210℃にてエステル交換反応を施し、メタノールを留出させ、エステル交換反応が終了した時点でリン酸0.02部および三酸化アンチモン0.0078部を添加し、引き続いて系内を徐々に減圧にし、60分で133Pa以下とし、それと同時に徐々に昇温して290℃とし、重縮合反応を3時間実施し、その後吐出ノズルより水中に押し出しカッターによって径約3mm長さ約4mmの円柱状のチップとし、固有粘度は0.63dl/g、アンチモン含有量は0.0065wt%であるポリエステル組成物を得て、(a)次いで、得られたポリエステル組成物の固相重縮合を実施するため、下部から不活性ガスなどが流通できる構造を持った管状の装置を用いて、装置を225℃に加熱し、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを225℃に加熱し不活性ガスとして、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で装置下部から流通させ、12時間固相重合を実施し、固有粘度は0.74で、カルボキシル末端基量は22当量/10^(6)gであるポリエステル組成物を得て、(b)さらに、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを十分脱気された水中に通過させたガスと水中を通過させずに直接導いたガスとを混合して水分を60%に調整した混合ガスとして、225℃に加熱して、固相重縮合で用いた装置の下部から、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で流通させ、湿熱処理を10時間実施する工程からなり、固有粘度は0.68dl/g、(1)カルボキシル末端基量は38当量/10^(6)g、(2)オリゴマーの量は0.28重量%であるポリエステル組成物の製造方法」

そして、甲2の【0056】及び表1によると、上記ポリエステル組成物は二軸延伸フィルムに成形されるものである。

そうすると、甲2には、実施例3に着目して、次の発明が記載されているといえる。
「(a)テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸カルシウム0.09部を反応器に入れて180?210℃にてエステル交換反応を施し、メタノールを留出させ、
(b)エステル交換反応が終了した時点でリン酸0.02部および三酸化アンチモン0.0078部を添加し、引き続いて系内を徐々に減圧にし、60分で133Pa以下とし、それと同時に徐々に昇温して290℃とし、重縮合反応を3時間実施し、その後吐出ノズルより水中に押し出しカッターによって径約3mm長さ約4mmの円柱状のチップとし、固有粘度は0.63dl/g、アンチモン含有量は0.0065wt%であるポリエステル組成物を得て、
(c)次いで、得られたポリエステル組成物の固相重縮合を実施するため、下部から不活性ガスなどが流通できる構造を持った管状の装置を用いて、装置を225℃に加熱し、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを225℃に加熱し不活性ガスとして、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で装置下部から流通させ、12時間固相重合を実施し、固有粘度は0.74で、カルボキシル末端基量は22当量/10^(6)gであるポリエステル組成物を得て、
(d)さらに、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを十分脱気された水中に通過させたガスと水中を通過させずに直接導いたガスとを混合して水分を60%に調整した混合ガスとして、225℃に加熱して、固相重縮合で用いた装置の下部から、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で流通させ、湿熱処理を10時間実施する製造方法により得られた、
固有粘度は0.68dl/g、カルボキシル末端基量は38当量/10^(6)g、オリゴマーの量は0.28重量%である二軸延伸フィルム用ポリエステル組成物」(以下、「甲2発明1」という。)

「(a)テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸カルシウム0.09部を反応器に入れて180?210℃にてエステル交換反応を施し、メタノールを留出させ、
(b)エステル交換反応が終了した時点でリン酸0.02部および三酸化アンチモン0.0078部を添加し、引き続いて系内を徐々に減圧にし、60分で133Pa以下とし、それと同時に徐々に昇温して290℃とし、重縮合反応を3時間実施し、その後吐出ノズルより水中に押し出しカッターによって径約3mm長さ約4mmの円柱状のチップとし、固有粘度は0.63dl/g、アンチモン含有量は0.0065wt%であるポリエステル組成物を得て、
(c)次いで、得られたポリエステル組成物の固相重縮合を実施するため、下部から不活性ガスなどが流通できる構造を持った管状の装置を用いて、装置を225℃に加熱し、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを225℃に加熱し不活性ガスとして、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で装置下部から流通させ、12時間固相重合を実施し、固有粘度は0.74で、カルボキシル末端基量は22当量/10^(6)gであるポリエステル組成物を得て、
(d)さらに、酸素濃度が25ppmの窒素ガスを十分脱気された水中に通過させたガスと水中を通過させずに直接導いたガスとを混合して水分を60%に調整した混合ガスとして、225℃に加熱して、固相重縮合で用いた装置の下部から、ポリマー100gに対して0.1ml/分の割合で流通させ、湿熱処理を10時間実施する工程からなり、
固有粘度は0.68dl/g、カルボキシル末端基量は38当量/10^(6)g、オリゴマーの量は0.28重量%である二軸延伸フィルム用ポリエステル組成物の製造方法。」(以下、「甲2発明2」という。)

ウ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲2発明1を対比する。
甲2発明1の「テレフタル酸ジメチル」、「エチレングリコール」、「アンチモン」及び「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分」、「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」、「アンチモン原子」及び「フィルム用」に相当する。
そして、本件発明1の「ポリエステル樹脂」は、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなる」ものであるが、ポリエステル樹脂自体以外に、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むものであり、本件発明1のように、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むポリエステル樹脂が組成物であることは、本件優先日時点の技術常識である(甲1の上記2(1)エの【0044】?【0048】、甲3の上記2(3)ウの【0050】?【0052】)。このことから、本件発明1の「ポリエステル樹脂」も組成物であって、甲2発明1の「ポリエステル組成物」は、本件発明1の「ポリエステル樹脂」に相当する。また、甲2発明1の「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「フィルム用」に相当する。

また、甲2発明1における湿熱処理後の「固有粘度は0.68dl/g」は、本件発明1の「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」に相当する。
甲2の上記2(2)イには、「ポリエステル中にはオリゴマーが環状三量体を主体に約1から2重量%存在する。フィルム成形工程において、このオリゴマーがフィルム表面に析出するなどして、白化や透明性の低下など、商品の品位低下の要因となる」と記載され、甲2発明1の「オリゴマー」は環状三量体を主体とするものであり、環状三量体と同義であると解することができるから、甲2発明1における湿熱処理後の「オリゴマーの量は0.28重量%(当審注:2800重量ppm)である」は、本件発明1の「(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲2発明1とは、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなるポリエステル樹脂であって、アンチモン原子を含み、ポリエステル樹脂が(1)、(2)及び(4)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」
の点で一致し、次の点で一応相違する。

相違点2a:本件発明1は、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下」であるのに対して、甲2発明1は、体積固有抵抗値が不明である点
相違点2b:本件発明1は、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」のに対して、甲2発明1では、「テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸カルシウム0.09部を反応器に入れて180?210℃にてエステル交換反応を施し、メタノールを留出させ」、「エステル交換反応が終了した時点でリン酸0.02部および三酸化アンチモン0.0078部を添加」するものであって、酢酸カルシウム及びリン酸の仕込み量が特定され、マグネシウム原子は実質的に含まれていない点
相違点2c:色調b値が、本件発明1では「4.0以下」であるのに対して、甲2発明1では不明である点

(イ)検討
事案に鑑みて相違点2bから検討する。
まず、甲2発明1には、マグネシウム化合物をポリエステル組成物の原料とすることは記載されておらず、上記原料を重合して得られたポリエステル組成物が、P/Mg:0.35?0.95となるように、マグネシウム原子を含有することが、本件優先日時点の技術常識であるともいえない。そうすると、相違点2bは実質的な相違点であり、相違点2a及び2cについて検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明1と同じ発明ではない。
甲2には、オリゴマー含有量が少なく、フィルム成形に適した粘度、カルボキシル末端基量及び色調を有し、光学用途等の透明厚物フィルムの製造に適したポリエステルフィルム組成物を効率的に提供することを解決しようとする課題とすることが記載されている。
また、甲2には、「添加物として・・・マグネシウム、カルシウム・・・などの金属化合物、或いはアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩、例えば・・・酢酸マグネシウム、水酸化マグネシウム、マグネシウムアルコキシド、炭酸マグネシウム・・・水酸化カルシウム、酢酸カルシウム、炭酸カルシウム等を加えることも可能である」(【0020】)及び「安定剤として、リン化合物、例えば、リン酸・・・を使用しても良い」(【0021】)と記載されており、甲3の【0027】に記載されるとおり、金属化合物等の上記添加物はエステル交換反応触媒として添加され、リン酸等のリン化合物は安定剤として添加されることが示されている。
しかしながら、甲2には、金属化合物等の上記添加物の含有量に関して、実施例1、及び、アンチモン量や固有粘度を別途調整した以外は実施例1と同じ方法で重合を行った実施例2?9において、酢酸カルシウム0.09重量部、リン酸0.02重量部を仕込んでポリエステル組成物を重合したことは記載されているが、実施例1?9以外に、上記添加物の仕込み量に関する記載はなく、ましてや、ポリエステル組成物1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル数や、リン原子のモル数とマグネシウム原子(Mg)のモル数との比P/Mgの値については何ら記載されていない。そして、甲1、甲3及び参考文献1にも、「P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。」とすることを動機付ける記載は見当たらない。
そうすると、甲2発明1において、甲2発明1及び甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて、「P/Mgを0.35?0.67」であって0.6?1.7モル/tとすることが容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおりであるから、相違点2a及び2cについて検討するまでもなく、本件発明1は甲2に記載された発明でないし、甲2に記載された発明並びに甲1、甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

イ 本件発明2について
(ア)対比
本件発明2と甲2発明2を対比する。
甲2発明2の「テレフタル酸ジメチル」、「エチレングリコール」、「アンチモン」及び「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分」、「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」、「アンチモン原子」及び「フィルム用」に相当する。
そして、本件発明2の「ポリエステル樹脂」は、「アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行」い、「引き続き、該プレポリマーを固相重縮合する」ことにより得られるものであり、ポリエステル樹脂以外に、「アンチモン化合物」、「リン化合物」及び「周期律表IIA族の金属化合物」を含むものであり、本件発明2のように、「アンチモン化合物」、「リン化合物」、「周期律表IIA族の金属化合物」を含むポリエステル樹脂が組成物であることは、本件優先日時点の技術常識である(甲1の【0044】?【0048】、甲3の【0050】?【0052】)。このことから、本件発明2の「ポリエステル樹脂」も組成物であり、甲2発明2の「ポリエステル組成物」は、本件発明2の「ポリエステル樹脂」に相当する。また、甲2発明2の「二軸延伸フィルム用」は、本件発明2の「フィルム用」に相当する。
そして、甲2発明2の「(b)」工程及び(b)工程後に得られた「固有粘度は0.63dl/g、アンチモン含有量は0.0065wt%であるポリエステル組成物」はそれぞれ本件発明2の「溶融重縮合」及び「固有粘度が0.50?0.68dl/gのプレポリマー」に相当し、甲2発明2の(c)工程は、本件発明2の「固相重縮合」に相当する。
甲2発明2における湿熱処理後の「固有粘度は0.68dl/g」は、本件発明2の「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」に相当する。
甲2の上記2(2)イには、「ポリエステル中にはオリゴマーが環状三量体を主体に約1から2重量%存在する」と記載され、甲2発明2の「オリゴマー」は環状三量体を主体とするものであり、環状三量体と同義であると解することができるから、甲2発明2における湿熱処理後の「オリゴマーの量は0.28重量%(当審注:2800重量ppm)である」は、本件発明2の「(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」に相当する。

そうすると、本件発明2と甲2発明2とは、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とから、アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行うことにより固有粘度が0.50?0.68dL/gのプレポリマーを製造し、引き続き、該プレポリマーを固相重縮合することで(1)及び(2)を満足するフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g。
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点2a’:本件発明2は、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下」であるのに対して、甲2発明2は、体積固有抵抗値が不明である点
相違点2b’:本件発明2は、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」のに対して、甲2発明2は、「テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール70部、酢酸カルシウム0.09部を反応器に入れて180?210℃にてエステル交換反応を施し、メタノールを留出させ」、「エステル交換反応が終了した時点でリン酸0.02部および三酸化アンチモン0.0078部を添加」するものであって、酢酸カルシウム及びリン酸の仕込み量が特定され、マグネシウム原子は実質的に含まれていない点
相違点2c’:色調b値が、本件発明2では「4.0以下」であるのに対して、甲2発明2では不明である点

(イ)検討
事案に鑑みて、相違点2b’から検討する。
相違点2b’は相違点2bと同内容であり、本件発明1について上記ア(イ)で述べたのと同じ理由により、相違点2b’は実質的な相違点であるし、甲2発明2において、甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて、「P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」とすることが、当業者が容易に想到したことであるとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおりであるから、相違点2a’及び相違点2c’について検討するまでもなく、本件発明2は、甲2に記載された発明であるとはいえないし、甲2に記載された発明並びに甲1?3及び参考文献1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)まとめ
本件発明1及び2は、甲1又は甲2に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明、並びに甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項、又は、甲2に記載された発明、並びに甲1?甲3及び参考文献1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないから、取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)、申立理由1a(新規性)及び申立理由2a(進歩性)によっては、本件発明1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由3(サポート要件)について
(1)発明の詳細な説明に記載された事項
発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。
ア 「【0002】
従来、ポリエステル樹脂、例えばポリエチレンテレフタレートは、機械的強度、化学的安定性、ガスバリア性、保香性、衛生性等に優れ、又、比較的安価なことから、ボトル等の容器、フィルム、シート、繊維等の各種用途に広範囲に使用されている。特にフィルム用途においては、近年、高速成形化に伴い、例えば、フィルムの溶融押出時の平面性の悪化や、フィルム破断による生産性の低下が問題となっている。このような問題の解決のため、フィルム用としては溶融時の体積固有抵抗値(ρvと表わすことがある)が低い、フィルム成形時に溶融樹脂のロール密着性の良いポリエステル樹脂が要求されている。
【0003】
さらに、最近ではディスプレイ等の光学用途ポリエステル樹脂フィルムが使われており、ポリエステル樹脂中の異物数を減らすことが急務となっている。これまで、ポリエステル樹脂フィルム成形時における環状三量体(CTと表わすことがある)の副生により、結果的にフィルムの表面に異物として析出するという問題がある。また、ポリエステル樹脂の固有粘度が高いとポリエステル樹脂フィルム成形時にポリエステル樹脂の未溶融物が異物としてフィルム表面を粗にする問題も発生してきている。このため、ポリエステル樹脂製造のための触媒系の検討、樹脂に含まれる環状三量体量の低減の検討などが行われている。
・・・
【0007】
本発明の課題は、環状三量体含有量が少なく、特にフィルム製膜に適した溶融時の体積固有抵抗値を有するポリエステル樹脂、及びそのポリエステル樹脂の製造方法を提供することである。」

イ 「【発明の効果】
【0010】
本発明のポリエステル樹脂は環状三量体の含有量が少なく、体積固有抵抗値が低く、かつフィルム成形に適した固有粘度を有するので、フィルム成形に用いた場合、その成形性が優れ、かつ好ましいフィルム物性を有するフィルムを得ることができる。」

ウ 「【0047】
(体積固有抵抗値 ρv)
本発明のポリエステル樹脂の溶融時の体積固有抵抗値は、フィルム成形の際に溶融樹脂とのロール密着性を上げるために必要な物性であり、低い方が好ましい。好ましくは60×10^7Ω・cm以下、更に好ましくは30×10^7Ω・cm 以下、特に好ましくは15×10^7Ω・cm 以下である。体積固有抵抗値は、リン化合物の添加量及び前記周期表IIA族金属化合物の添加量によって、制御することが可能である。」

エ 「【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を越えない限り以下の実施例によって限定されるものではない。試料(エステル化反応生成物、ポリエステル樹脂プレポリマー又はポリエステル樹脂)は、以下の測定方法によって測定、評価を行った。
【0059】
< 金属原子含有量 モル/t>
試料2.5gを、硫酸存在下に過酸化水素で常法により灰化、完全分解後、蒸留水にて5mLに定容したものについて、プラズマ発光分光分析装置(JOBIN YVON社製ICP-AES 「JY46P型」)を用いて定量し、試料中のモル/tに換算した。尚、試料中に滑剤が含有されている場合には、予め試料を溶媒に溶解し、未溶解の滑剤を遠心分離した後、上澄み液の溶媒を蒸発、乾固させたものについて定量した。
【0060】
< 溶融時の体積固有抵抗値 ρv>
試料15gを、内径20mm、長さ180mmの枝付き試験管に入れ、管内を十分に窒素置換した後、250℃のオイルバス中に浸漬し、管内を真空ポンプで1Tor以下として20分間真空乾燥し、次いで、オイルバス温度を285℃に昇温して試料を溶融させた後、窒素復圧と減圧を繰り返して混在する気泡を取り除いた。この溶融体の中に、面積1cm^(2)のステンレス製電極2枚を5mmの間隔で並行に(相対しない裏面を絶縁体で被覆)挿入し、温度が安定した後に、抵抗計(ヒューレット・パッカード社製「MODELHP4339 B」)で直流電圧100Vを印加し、そのときの抵抗値を計算して体積固有抵抗値(Ω・cm)とした。
【0061】
< 固有粘度 IV(dL/g)>
凍結粉砕したポリエステル樹脂試料約0.25gを、フェノール/1,1,2,2-テトラクロロエタン(重量比1/1)の混合溶媒約25mLに、濃度が1.00g/dLとなるように120℃で30分溶解させた後、30℃まで冷却し、30℃において全自動溶液粘度計(センテック社製、「DT553」)にて、試料溶液及び溶媒のみの落下秒数を測定し、以下の式により、固有粘度(IV)を算出した。
【0062】
IV=((1+4K_(H)η_(sp))^(0.5)-1)/(2K_(H)C)
ここで、 η_(sp)=η/η_(0)-1 であり、ηは試料溶液の落下秒数、η_(0)は溶媒のみの落下秒数、Cは試料溶液濃度(g/dL)、K_(H)はハギンズの定数である。K_(H)は0.33を採用した。なお、ポリエステル樹脂プレポリマーの固有粘度を測定する場合は、凍結粉砕は行わず、ペレット形状のまま使用し、溶解条件は110℃で30分であった。
【0063】
< 環状三量体 CT >
凍結粉砕した試料4.0mgを、クロロホルム/ヘキサフルオロイソプロパノール(容量比3/2 )の混合溶媒2mlに溶解させた後、更にクロロホルム20 mlを加えて希釈し、これにメタノール10ml を加えて析出させ、引き続いて濾過して得た濾液を蒸発乾固後、ジメチルホルムアミド25mlに溶解し、その溶液中の環状三量体(シクロトリエチレンテレフタレート)を、液体クロマトグラフィー(島津製作所製「LC-10A」)で定量した。」

オ 「【0069】
(実施例1)
<ポリエステル樹脂プレポリマーの製造>
撹拌機、エチレングリコール仕込み配管及びテレフタル酸仕込み配管を具備するスラリー調製槽;スラリーやエステル化反応物を各エステル化反応槽へ移送する各配管;撹拌機、分離塔、原料受入れ口、触媒仕込み配管、反応物移送配管を具備する完全混合型第1段及び第2段エステル化反応槽;エステル化反応物(オリゴマー)を溶融重縮合反応槽へ移送する配管;撹拌機、分離塔、オリゴマー受入れ口、触媒仕込み配管を具備する完全混合型第1段溶融重縮合反応槽;撹拌機、分離塔、ポリマー受入れ口、ポリマー抜き出し口を具備するプラグフロー型第2段及び第3段溶融重縮合反応槽;プレポリマーを抜き出し口よりギヤポンプを介してダイプレートからストランド状に取り出し水冷下ストランドカットするペレット化装置;を備えたポリエステル樹脂プレポリマー連続製造装置を用いた。
【0070】
前記のポリエステル樹脂プレポリマー連続製造装置を用いて、ジカルボン酸とジオールとをエステル化反応し、更に溶融重縮合反応することにより得られた溶融状態のポリエステル樹脂プレポリマーをダイプレートからストランド状に取り出し切断することで、ポリエステル樹脂プレポリマーを製造した。具体的には以下の通りである。 スラリー調製槽に、生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.9 8 モル/tのエチルアシッドホスフェートのエチレングリコール溶液(濃度0.3 重量%)と、テレフタル酸及びエチレングリコールを、テレフタル酸:エチレングリコール= 865:485(重量比)となるように供給してスラリーを調製した。第1段エステル化反応槽では、窒素雰囲気下、温度270℃、圧力10kPaGに保たれており、その中へ前記のスラリー調製槽で調製されたスラリーを105重量部/時間で、反応物の平均滞留時間が2.5時間になるように連続的に仕込み、分離塔から生成する水を留去しながらエステル化反応を行いつつ、反応物を連続的にエステル化第二反応槽へ移送した。
【0071】
第二エステル化反応槽では、温度265℃、圧力0kPaG下、平均滞留時間1.0時間でエステル化反応を行い、移送配管を通じ完全混合型第一溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。移送の際、エステル化反応生成物に、生成するポリエステル樹脂に対して酢酸マグネシウム4水和物のエチレングリコール溶液(濃度6.4重量%)を、マグネシウム原子として1.06モル/t、さらに、生成するポリエステル樹脂に対しての三酸化アンチモンのエチレングリコール溶液(濃度2.0重量%)を、アンチモン原子として1.99モル/t、それぞれ連続的に添加した。
【0072】
第一溶融重縮合反応槽では、温度266℃、絶対圧力3.25kPa下、平均滞留時間0.85時間にて反応を行い、移送配管を通じ第二溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。 第二溶融重縮合反応槽では、温度270℃、絶対圧力0.31kPa下、滞留時間0.90時間にて溶融重縮合反応を行い、移送配管を通じ第三溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。
【0073】
第三溶融重縮合反応槽では、温度272℃、絶対圧力0.26kPa下、平均滞留時間0.66時間にて溶融重縮合反応を行い、ポリエステル樹脂プレポリマーを得た。ポリエステル樹脂プレポリマーは、ダイからストランド上に押し出して冷却固化し、カッターで切断してプレポリマーペレットとした。このペレットの固有粘度は0.635dL/g、色調b値は0.1であった。
【0074】
<ポリエステル樹脂の製造>
窒素導入口、加熱装置、温度計、留出管、減圧用排気口を備えた50mLスケールの側管付きガラス製試験管に、前述のプレポリマーペレットを、15g入れ、温度160℃、絶対圧力0.07kPaで2.5時間保持したのち、固相重縮合温度230℃、絶対圧力2.66kPaで7時間反応をさせ、ポリエステル樹脂を得た。 得られたポリエステル樹脂を評価したところ、固有粘度は0.751dL/g、色調は2.2、CTは3056重量ppm、ρvは56.2×10^7Ω・cm であった。得られたポリエステル樹脂はCT量が少なく、またIVが低いことから光学用途のフィルム製造に好適な樹脂であった。 製造条件及び評価結果を表1にまとめた。
【0075】
(実施例2)
エチルアシッドホスフェートの添加量を生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.56モル/tに変更し、三酸化アンチモンの添加量を、ポリエステル樹脂に対してアンチモン原子として1.96モル/tに変更し、固相重合温度を230℃、固相重縮合時間を8時間にした以外は、実施例1と同様にしてポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。得られたポリエステル樹脂はCT量が少なく、またIVが低いことから光学用途のフィルム製造に好適な樹脂であった。
【0076】
(実施例3)
<ポリエステル樹脂プレポリマーの製造>
スラリー調製槽に、生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.98 モル/tのエチルアシッドホスフェートのエチレングリコール溶液(濃度0.3 重量%)と、テレフタル酸及びエチレングリコールを、テレフタル酸:エチレングリコール= 166:87(重量比)となるように供給してスラリーを調製した。第1段エステル化反応槽では、窒素雰囲気下、温度265℃、圧力120kPaGに保たれており、その中へ前記のスラリー調製槽で調製されたスラリーを105重量部/時間で、反応物の平均滞留時間が4.5時間になるように連続的に仕込み、分離塔から生成する水を留去しながらエステル化反応を行いつつ、反応物を連続的にエステル化第二反応槽へ移送した。
【0077】
第二エステル化反応槽では、温度260℃、圧力5kPaG下、平均滞留時間1.8時間でエステル化反応を行い、移送配管を通じ完全混合型第一溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。移送の際、エステル化反応生成物に、生成するポリエステル樹脂に対して酢酸マグネシウム4水和物のエチレングリコール溶液(濃度6.4重量%)を、マグネシウム原子として1.06モル/t、さらに、生成するポリエステル樹脂に対しての三酸化アンチモンのエチレングリコール溶液(濃度2.0重量%)を、アンチモン原子として1.99モル/t、それぞれ連続的に添加した。
【0078】
第一溶融重縮合反応槽では、温度272℃、絶対圧力2.93kPa下、平均滞留時間1.2時間にて反応を行い、移送配管を通じ第二溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。 第二溶融重縮合反応槽では、温度280℃、絶対圧力0.54kPa下、滞留時間1.0時間にて溶融重縮合反応を行い、移送配管を通じ第三溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。 第三溶融重縮合反応槽では、温度281℃、絶対圧力0.22kPa下、平均滞留時間1.2時間にて溶融重縮合反応を行い、ポリエステル樹脂プレポリマーを得た。ポリエステル樹脂プレポリマーは、ダイからストランド上に押し出して冷却固化し、カッターで切断して扁平な板状のプレポリマーペレットとした。このペレットの固有粘度は0.648dL/g、色調b値は1.1であった。
【0079】
得られたポリエステル樹脂プレポリマー7,000kgを、窒素導入口、加熱装置、温度計、圧力計、減圧用排気口を備えたダブルコーン型固相重縮合装置へ投入し、樹脂温160℃、絶対圧力0.07kPaに調節して2.5時間真空乾燥した後、樹脂温を232℃、絶対圧力を4.00kPaとして12時間固相重縮合を行ってポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。また、得られたポリエステル樹脂の密度は1416kg/m^(3)、ペレットは扁平な板状で、大きさは縦が3.5mm 横が3.2mm、厚さが1.4mm、重量は26mg/個であった。得られたポリエステル樹脂はCT量が少なく、またIVが低いことから光学用途のフィルム製造に好適な樹脂であった。
【0080】
(実施例4)
<ポリエステル樹脂プレポリマーの製造>
スラリー調製槽に、生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.98 モル/tのエチルアシッドホスフェートのエチレングリコール溶液(濃度0.3 重量%)と、テレフタル酸及びエチレングリコールを、テレフタル酸:エチレングリコール= 865:485(重量比)となるように供給してスラリーを調製した。第1段エステル化反応槽では、窒素雰囲気下、温度263℃、圧力110kPaGに保たれており、その中へ前記のスラリー調製槽で調製されたスラリーを105重量部/時間で、反応物の平均滞留時間が4.5時間になるように連続的に仕込み、分離塔から生成する水を留去しながらエステル化反応を行いつつ、反応物を連続的にエステル化第二反応槽へ移送した。
【0081】
第二エステル化反応槽では、温度260℃、圧力5kPaG下、平均滞留時間1.8時間でエステル化反応を行い、移送配管を通じ完全混合型第一溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。移送の際、エステル化反応生成物に、生成するポリエステル樹脂に対して酢酸マグネシウム4水和物のエチレングリコール溶液(濃度6.4重量%)を、マグネシウム原子として1.06モル/t、さらに、生成するポリエステル樹脂に対しての三酸化アンチモンのエチレングリコール溶液(濃度2.0重量%)を、アンチモン原子として1.99モル/t、それぞれ連続的に添加した。
【0082】
第一溶融重縮合反応槽では、温度272℃、絶対圧力2.93kPa下、平均滞留時間1.2時間にて反応を行い、移送配管を通じ第二溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。 第二溶融重縮合反応槽では、温度280℃、絶対圧力0.35kPa下、滞留時間1.0時間にて溶融重縮合反応を行い、移送配管を通じ第三溶融重縮合反応槽へ連続的に移送した。 第三溶融重縮合反応槽では、温度281℃、絶対圧力0.20kPa下、平均滞留時間1.2時間にて溶融重縮合反応を行い、ポリエステル樹脂プレポリマーを得た。ポリエステル樹脂プレポリマーは、ダイからストランド上に押し出して冷却固化し、カッターで切断してプレポリマーペレットとした。このペレットの固有粘度は0.650dL/g、色調b値は1.0、であった。
【0083】
得られたポリエステル樹脂プレポリマー7,000kgを、窒素導入口、加熱装置、温度計、圧力計、減圧用排気口を備えたダブルコーン型固相重縮合装置へ投入し、樹脂温160℃、絶対圧力0.07kPaに調節して2.5時間真空乾燥した後、樹脂温を232℃、絶対圧力を1.33kPaとして5時間固相重縮合を行った後、引き続き絶対圧力を4.67kPaとして5時間固相重縮合を行い、ポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。また、得られたポリエステル樹脂の密度は1412kg/m3、ペレットは扁平な板状で、大きさは縦が3.6mm 横が3.4mm、厚さが1.6mm、重量は26mg/個であった。得られたポリエステル樹脂はCT量が少なく、またIVが低いことから光学用途のフィルム製造に好適な樹脂であった。
【0084】
(実施例5)
実施例4と同様の方法でプレポリマーを生産し、得られたプレポリマーを、窒素導入口、加熱装置、温度計、留出管、減圧用排気口を備えた50mLスケールの側管付きガラス製試験管に15g入れ、温度160℃、絶対圧力0.07kPaで2.5時間保持したのち、固相重縮合温度230℃、絶対圧力4.00kPaで7時間反応をさせ、ポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。また、得られたポリエステル樹脂の密度は1410kg/m^(3)、ペレットは扁平な板状で、大きさは縦が3.4mm 横が3.0mm、厚さが1.3mm、重量は24mg/個であった。得られたポリエステル樹脂はCT量が少なく、また、IVが低いことから、光学用途のフィルム製造に好適な樹脂であった。
【0085】
(比較例1)
エチルアシッドホスフェートの添加量を生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.21モル/tに変更し、酢酸マグネシウム4水和物の添加量をポリエステル樹脂に対してマグネシウム原子として0.45モル/t、三酸化アンチモンを添加せず、 テトラブチルチタネートのエチレングリコール溶液(濃度0.2重量%)をポリエステル樹脂に対してチタン原子として0.16モル/tに変更し、固相重縮合温度を230℃、固相重縮合時間を10時間に変更した以外は、実施例1と同様にしてポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。得られたポリエステル樹脂はCT量が多く、またIVが高いことから光学用途のフィルム製造には不適な樹脂であった。
【0086】
(比較例2)
エチルアシッドホスフェートの添加量を生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として1.90モル/tに変更し、酢酸マグネシウム4水和物の添加量をポリエステル樹脂に対してマグネシウム原子として1.10モル/t、三酸化アンチモンの添加量を、ポリエステル樹脂に対してアンチモン原子として1.57モル/tに変更し、固相重縮合温度を230℃、固相重縮合時間を10時間に変更した以外は、実施例1と同様にしてポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。得られたポリエステル樹脂はCT量が多く、またρvが高く、フィルム製造には不適な樹脂となった。
【0087】
(比較例3)
エチルアシッドホスフェートの添加量を生成するポリエステル樹脂に対してリン原子として0.52モル/tに変更し、酢酸マグネシウム4水和物の添加量をポリエステル樹脂に対してマグネシウム原子として1.65 モル/t、三酸化アンチモンの添加量を、ポリエステル樹脂に対してアンチモン原子として0.75 モル/tに変更し、固相重縮合温度を230℃、固相重縮合時間を10時間に変更した以外は、実施例1と同様にしてポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂の物性を表1に示す。得られたポリエステル樹脂はCT量が多く、光学用途のフィルム製造には不適な樹脂となった。
【0088】
(比較例4)
固相重合温度を205℃とした以外は、実施例5と同様にして固相重合を行った。得られたポリエステル樹脂はCT量が6500ppmであり、また密度は1402kg/m^(3)であった。得られたポリエステル樹脂のCT量が多く、フィルム製造には不適な樹脂となった。
【0089】
(比較例5)
実施例4と同様の方法でプレポリマーを生産し、得られたプレポリマーペレットを、縦と横にニッパーで等分にカットした。引き続き、実施例1と同様の方法で固相重合反応を行い、ポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂ペレットの大きさは縦が1.7mm 横が1.6mm、厚さが1.4mmであり、重量は、5mg/個であった。また、IVは0.817dL/gであった。得られたポリエステル樹脂のIVが高く、フィルム製造には不適な樹脂となった。」

カ 「【0090】



(2)当審の判断
第2で述べたように、本件発明1及び2は、本件訂正により第3のように訂正され、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」により特定されるものとなった。そして、本件訂正により願書に添付した明細書は訂正されておらず、第2の2(3)アで述べたように、願書に添付した明細書には、「(3)290℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」と記載されているが(【0008】、【0009】)、実施例1?5における「溶融時の体積固有抵抗値」は285℃で測定した値であり、上記「290℃にて溶融時の体積固有抵抗値」は、その表記どおりに「290℃」で測定した体積固有抵抗値を意味するのではなく、上記実施例のとおりに「285℃」で測定したときの値であると理解できるから、上記「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」とすることは、発明の詳細な説明に記載されているといえる。
そうすると、本件発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載したものである。

(3)まとめ
本件発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、取消理由3(サポート要件)によっては取り消すことができない。


3 取消理由4(明確性要件)について
第2で述べたように、訂正事項2dにより、訂正前の本件発明2の「(4)P/M:0.35?0.95」は、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」と訂正され、上記P及びMの意味が明確になった。
したがって、本件発明2は明確であり、取消理由4(明確性要件)によっては、本件発明2に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由1b(新規性)及び申立理由2b(進歩性)について
(1)甲3に記載された発明
甲3には、実施例10及び実施例15(【0042】?【0056】、【0065】、【0079】、表1及び表2)に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。
「テレフタル酸ジメチル100質量部、エチレングリコール57.5質量部、酢酸カルシウム1水和物0.06質量部(3.4mol/ton相当)、および三酸化アンチモン0.03質量部をエステル交換反応装置に仕込み、温度150℃、窒素雰囲気下で溶融後、攪拌しながら230℃の温度まで3時間かけて昇温し、メタノールを留出させ、エステル交換反応を行った後、酢酸カルシウム1水和物0.063質量部(3.6mol/ton相当)、リン酸0.019質量部(1.9mol/ton相当)とリン酸二水素ナトリウム2水和物0.027質量部(1.7mol/ton相当)を、エチレングリコール0.5質量部に溶解したエチレングリコール溶液を添加し、得られた反応物を重合装置に移行し、温度を230℃から280℃まで昇温しながら減圧を行い、重縮合反応を最終到達温度280℃で真空度0.1Torrで行うことによりポリマーチップを得て、該ポリマーチップを230℃、0.3torr以下で固相重合を行って得られた、二軸延伸フィルム用ポリエチレンテレフタレート組成物であって、固有粘度0.72dL/g、カルシウム元素含有量(M)が7mol/t、リン元素含有量(P)が3.1mol/t、M/Pが2.26である上記組成物」(以下、「甲3発明1a」という。)

「テレフタル酸ジメチル100質量部、エチレングリコール57.5質量部、酢酸カルシウム1水和物0.06質量部(3.4mol/ton相当)、および三酸化アンチモン0.03質量部をエステル交換反応装置に仕込み、温度150℃、窒素雰囲気下で溶融後、攪拌しながら230℃の温度まで3時間かけて昇温し、メタノールを留出させ、エステル交換反応を行った後、酢酸カルシウム1水和物0.063質量部(3.6mol/ton相当)、リン酸0.019質量部(1.9mol/ton相当)とリン酸二水素ナトリウム2水和物0.027質量部(1.7mol/ton相当)を、エチレングリコール0.5質量部に溶解したエチレングリコール溶液を添加し、得られた反応物を重合装置に移行し、温度を230℃から280℃まで昇温しながら減圧を行い、重縮合反応を最終到達温度280℃で真空度0.1Torrで行うことにより、固有粘度が0.54dL/gであるポリマーチップを得て、該ポリマーチップを230℃、0.3torr以下で固相重合を行う、二軸延伸フィルム用ポリエチレンテレフタレート組成物に製造方法であって、上記組成物は、固有粘度0.72dL/g、カルシウム元素含有量(M)が7mol/t、リン元素含有量(P)が3.1mol/t、M/Pが2.26である、上記製造方法」(以下、「甲3発明2a」という。)

「テレフタル酸ジメチル100質量部、エチレングリコール57.5質量部、酢酸カルシウム1水和物0.06質量部(3.4mol/ton相当)、および三酸化アンチモン0.03質量部をエステル交換反応装置に仕込み、温度150℃、窒素雰囲気下で溶融後、攪拌しながら230℃の温度まで3時間かけて昇温し、メタノールを留出させ、エステル交換反応を行った後、酢酸カルシウム1水和物0.063質量部(3.6mol/ton相当)、リン酸0.019質量部(1.9mol/ton相当)とリン酸二水素ナトリウム2水和物0.027質量部(1.7mol/ton相当)を、エチレングリコール0.5質量部に溶解したエチレングリコール溶液を添加し、得られた反応物を重合装置に移行し、温度を230℃から280℃まで昇温しながら減圧を行い、重縮合反応を最終到達温度280℃で真空度0.1Torrで行うことによりポリマーチップを得て、該ポリマーチップを230℃、0.3torr以下で14時間固相重合を行って得られた、二軸延伸フィルム用ポリエチレンテレフタレート組成物であって、固有粘度0.77dL/g、カルシウム元素含有量(M)が7mol/t、リン元素含有量(P)が3.1mol/t、M/Pが2.26である上記組成物」(以下、「甲3発明1b」という。)

「テレフタル酸ジメチル100質量部、エチレングリコール57.5質量部、酢酸カルシウム1水和物0.06質量部(3.4mol/ton相当)、および三酸化アンチモン0.03質量部をエステル交換反応装置に仕込み、温度150℃、窒素雰囲気下で溶融後、攪拌しながら230℃の温度まで3時間かけて昇温し、メタノールを留出させ、エステル交換反応を行った後、酢酸カルシウム1水和物0.063質量部(3.6mol/ton相当)、リン酸0.019質量部(1.9mol/ton相当)とリン酸二水素ナトリウム2水和物0.027質量部(1.7mol/ton相当)を、エチレングリコール0.5質量部に溶解したエチレングリコール溶液を添加し、得られた反応物を重合装置に移行し、温度を230℃から280℃まで昇温しながら減圧を行い、重縮合反応を最終到達温度280℃で真空度0.1Torrで行うことにより、固有粘度が0.54dL/gであるポリマーチップを得て、該ポリマーチップを230℃、0.3torr以下で固相重合を行う、二軸延伸フィルム用ポリエチレンテレフタレート組成物の製造方法であって、上記組成物は、固有粘度0.77dL/g、カルシウム元素含有量(M)が7mol/t、リン元素含有量(P)が3.1mol/t、M/Pが2.26である、上記製造方法」(以下、「甲3発明2b」という。)

(3)本件発明1について
ア 甲3発明1aとの対比及び検討
(ア)対比
甲3発明1aの「テレフタル酸ジメチル」、「エチレングリコール」及び「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分」、「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」及び「フィルム用」に相当する。甲3発明aは、ポリエチレンテレフタレート組成物の合成に「三酸化アンチモン」を添加するものであり、アンチモン原子を含有するものであると解される。
本件発明1の「ポリエステル樹脂」は、「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなる」ものであるが、ポリエステル樹脂自体以外に、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むものであり、本件発明1のように、「アンチモン原子」、「リン原子」及び「マグネシウム原子」を含むポリエステル樹脂が組成物であることは、本件優先日時点の技術常識である(甲2の【0054】)から、甲3発明1aの「ポリエチレンテレフタレート組成物」は、本件発明1の「ポリエステル樹脂」に相当する。
甲3発明1aの「固有粘度0.72dL/g」は、本件発明1の「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」を満たすものである。

そうすると、本件発明1と甲3発明1aとは、
「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなるポリエステル樹脂であって、アンチモン原子を含み、ポリエステル樹脂が(1)を満足する、フィルム用ポリエステル樹脂。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」の点で一致し、次の点で相違するといえる。

相違点3a:本件発明1は「色調b値が4.0以下」であるのに対して、甲3発明1aは、その色調b値が不明である点
相違点3b:本件発明1は、「(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」であるのに対して、甲3発明1aは、環状三量体の含有量が不明である点
相違点3c:本件発明1は、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」であるのに対して、甲3発明1aは、285℃にて溶融時の体積固有抵抗値が不明である点
相違点3d:本件発明1は、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」のに対して、甲3発明1aは、ポリエチレンテレフタレート組成物1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル数及び上記「P/M」の値が不明である点

(イ)相違点に関する判断
事案に鑑みて、相違点3dから検討する。
まず、甲3発明1aは、マグネシウム原子を含むものではないから、相違点3dは実質的な相違点である。
そうすると、相違点3a、3b及び3cについて検討するまでもなく、本件発明1は、甲3に記載された発明ではないから、申立理由1b(新規性)によって取り消すことはできない。
また、甲3の請求項1には、「アルカリ金属元素含有量(A)、カルシウム元素含有量(M)およびリン元素含有量(P)、カルボン酸末端基量(COOH)が下記式(I)?(V)を満足し、かつ固有粘度が0.7dl/g以上0.9dl/g以下、環状三量体の増加速度が0.025重量%/分以上であることを特徴とするポリエチレンテレフタレート組成物。
1≦A≦3(mol/t) ・・・(I)
3≦M≦15(mol/t) ・・・(II)
1.5≦P≦5(mol/t) ・・・(III)
2≦M/P≦5 ・・・(IV)
0<COOH≦20(当量/t) ・・・(V)
(ここで、Aはポリエチレンテレフタレート組成物中のアルカリ金属元素含有量(mol/t)、Mはポリエチレンテレフタレート組成物中のカルシウム元素含有量(mol/t)、Pはポリエチレンテレフタレート組成物中のリン元素含有量(mol/t)、COOHは滴定法によって算出したポリエチレンテレフタレート組成物中のカルボン酸末端基量をそれぞれ表す。)」が記載されており、甲3発明1aである実施例10は、請求項1に記載された発明の具体例である。
また、甲3には、上記ポリエチレンテレフタレート組成物が、耐加水分解性と伸度半減期に優れた太陽電池フィルム用途として好適なポリエチレンテレフタレート組成物の提供を解決する課題とするものであること(【0009】)、及び、カルシウム元素(M)は、耐加水分解性の点から「3≦M≦15(mol/t)」を満足する必要があること(【0018】)が記載されており、これらの記載によると、ポリエチレンテレフタレート組成物のカルシウム元素含有量(M)を「3≦M≦15(mol/t)」とすることが、上記課題を解決する手段の一つであるといえる。そして、甲3には、マグネシウム元素を用いることや、ましてや、ポリエチレンテレフタレート組成物中のマグネシウム元素含有量を「0.6?1.7モル/t」とすることや、「P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル)」とすることは記載も示唆もされておらず、甲1及び甲2にも、カルシウム元素含有量(M)を「3≦M≦15(mol/t)」とすることが必要である甲3発明1aにおいて、相違点3dに係る本件発明1の構成を採用することの動機付けとなる記載は見当たらない。
そうすると、本件発明1は、甲3発明1a及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

イ 甲3発明1bとの対比及び検討
甲3発明1bと甲3発明1aとは、ポリエチレンテレフタレート組成物の固有粘度以外の点で共通するものであるから、本件発明1と甲3発明1bとを対比しても、上記アにおいて甲3発明1aについて述べたのと同じ理由により、本件発明1は、甲3発明1b及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(4)本件発明2について
ア 甲3発明2aとの対比及び検討
(ア)対比
甲3発明2aの「テレフタル酸ジメチル」、「エチレングリコール」、「酢酸カルシウム」、「ポリマーチップ」、「固相重合」及び「二軸延伸フィルム用」は、本件発明1の「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分」、「エチレングリコールを主成分とするジオール成分」、「周期律表IIA族の金属化合物」、「プレポリマー」、「固相重縮合」及び「フィルム用」にそれぞれ相当する。また、甲3発明2aにおいて、「三酸化アンチモン」は重縮合反応触媒として添加されたものであるから(【0029】)、甲3発明2aの「三酸化アンチモン」は、本件発明2の「重縮合触媒として使用」される「アンチモン化合物」に相当する。そして、上記(3)ア(ア)で述べたように、甲3発明2aの「ポリエチレンテレフタレート組成物」は、本件発明1の「ポリエステル樹脂」に相当する。
甲3発明2aにおける「プレポリマーチップ」の「固有粘度が0.54dL/g」及び「ポリエチレンテレフタレート組成物」の「固有粘度0.77dL/g」は、それぞれ、本件発明1における「プレポリマー」の「固有粘度が0.50?0.68dL/g」及び「(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g」を満たすものである。

そうすると、本件発明2と甲3発明2aとは、
「テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とから、アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行うことにより固有粘度が0.50?0.68dL/gのプレポリマーを製造し、引き続き、該プレポリマーを固相重縮合することで(1)を満足する、フィルム用ポリエステル樹脂の製造方法。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点3a’:本件発明2は「色調b値が4.0以下」であるのに対して、甲3発明2aは、その色調b値が不明である点
相違点3b’:本件発明2は、「(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下」であるのに対して、甲3発明2aは、環状三量体の含有量が不明である点
相違点3c’:本件発明2は、「(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。」であるのに対して、甲3発明2aは、285℃にて溶融時の体積固有抵抗値が不明である点
相違点3d’:本件発明2は、「(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)」のに対して、甲3発明2aは、ポリエチレンテレフタレート組成物1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモル数及び上記「P/M」の値が不明である点

(イ)相違点に関する判断
相違点3a’?3d’は、上記(3)ア(ア)で述べた相違点3a?3dと同内容であるから、本件発明2は、本件発明1について上記(3)ア(イ)で述べたのと同じ理由により、甲3発明2aと同じ発明であるとはいえないし、甲3発明2a及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

イ 甲3発明2bとの対比及び検討
甲3発明2bと甲3発明2aとは、ポリエチレンテレフタレート組成物の固有粘度以外の点で共通するものであるから、本件発明2と甲3発明2bとを対比しても、甲3発明2aについて上記(3)ア(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明2は、甲3発明2bと同じ発明ではないし、甲3発明2b及び甲1?3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(5)小括
したがって、本件発明1及び2は、甲3に記載された発明であるとはいえないし、甲3に記載された発明及び甲1?甲3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、申立理由1b(新規性)及び申立理由2b(進歩性)によって取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許第6601048号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1及び2について訂正することを認める。
当審が通知した取消理由及び特許異議申立人がした申立理由によっては、本件発明1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とからなるポリエステル樹脂であって、アンチモン原子を含み、ポリエステル樹脂が(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下
(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。
【請求項2】
テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分とエチレングリコールを主成分とするジオール成分とから、アンチモン化合物を重縮合触媒として使用し、さらにリン化合物、周期律表IIA族の金属化合物を使用して溶融重縮合を行うことにより固有粘度が0.50?0.68dL/gのプレポリマーを製造し、引き続き、該プレポリマーを固相重縮合することで(1)?(4)を満足する、色調b値が4.0以下のフィルム用ポリエステル樹脂の製造方法。
(1)固有粘度が0.665?0.77dL/g。
(2)環状三量体の含有量が3200重量ppm以下。
(3)285℃にて溶融時の体積固有抵抗値:60×10^7Ω・cm以下。
(4)P/M:0.35?0.95(Pはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるリン原子のモル、Mはポリエステル樹脂1トン当たりに含まれるマグネシウム原子のモルであって、Mは0.6?1.7モル/tである。)。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-04 
出願番号 特願2015-157455(P2015-157455)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08G)
P 1 651・ 113- YAA (C08G)
P 1 651・ 537- YAA (C08G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 藤井 勲三宅 澄也  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 近野 光知
橋本 栄和
登録日 2019-10-18 
登録番号 特許第6601048号(P6601048)
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 フィルム用ポリエステル樹脂及びその製造方法  
代理人 重野 剛  
代理人 重野 剛  

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