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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
管理番号 1374897
異議申立番号 異議2020-700426  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-18 
確定日 2021-04-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6621769号発明「強度、成形性が改善された高強度被覆鋼板の製造方法および得られた鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6621769号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。 特許第6621769号の請求項1?9,12?20に係る特許を維持する。 特許第6621769号の請求項10,11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6621769号(以下「本件特許」という。)の請求項1?20に係る特許についての出願は,2015年(平成27年)7月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年7月3日 (IB)国際事務局)を国際出願日とする出願であって,令和1年11月29日にその特許権の設定登録がされ,同年12月18日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後,令和2年6月18日に,本件特許の請求項1?20(全請求項)に係る特許に対し,特許異議申立人である前田洋志(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ,当審は,同年9月9日付けで取消理由を通知し,特許権者は,同年12月9日に意見書及び訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)を提出した。
なお,同年12月22日付けで当審から申立人に対し,訂正の請求があった旨の通知をするとともに,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが(特許法120条の5第5項),申立人から意見書は提出されなかった。


第2 訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?12について訂正することを求めるものであって,その内容は以下のとおりである。なお,下線は訂正箇所を表す。

(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「- 板を溶融めっきする工程,」とあるのを,「- 板を溶融めっきする工程,ここで,当該溶融めっきする工程は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であり,」に訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2?9及び12も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項10を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項11を削除する。

(4)訂正事項4
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項12に「請求項11に記載の方法。」とあるのを,「請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。」に訂正する。

(5)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?12について,請求項2?12は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから,訂正前の請求項1?12は,一群の請求項である。
したがって,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。

2 訂正の適否に関する当審の判断
(1)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否,新規事項の有無
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1による訂正は,本件訂正前の請求項1の発明特定事項である「板を溶融めっきする工程」について,「490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程」に限定するものである。
よって,訂正事項1による訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものには該当しない。

(イ)新規事項の有無
本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下「本件明細書等」という。)には,以下の記載がある。なお,下線は当審が付与し,「・・・」は記載の省略を表すものであって,以下同様である。

「【0013】
好ましくは,溶融めっき工程は,亜鉛メッキ工程あるいは490℃から530℃の間または以下の条件,即ち,TGA>515℃およびTGA<525℃の少なくとも1つを満たす合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程である。」

「【0027】
好ましくは,組み合わされた連続焼鈍および溶融めっきライン上で行われる熱処理は,以下の工程を含む。
・・・
- 板を溶融亜鉛メッキすることにより,または板を合金化電気亜鉛メッキすることにより板を溶融めっきする工程。板が亜鉛メッキされる場合,それは通常の条件で行われる。板が合金化亜鉛メッキされる場合,良好な最終機械的特性を得るには,アリエーション(alliation)の温度TGAが高すぎてはならない。この温度は好ましくは490°から530℃の間,好ましくは515℃から525℃の間である。」

「【請求項11】
溶融めっき工程は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程である請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。」

上記のとおり,「溶融めっきする工程は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程」であることは,本件明細書等に記載されているから,訂正事項1は,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。

イ 訂正事項2について
訂正事項2による訂正は,請求項10を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,また,当該訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものに該当しないことは明らかであるし,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

ウ 訂正事項3について
訂正事項3による訂正は,請求項11を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,また,当該訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものに該当しないことは明らかであるし,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

エ 訂正事項4について
訂正事項4による訂正は,訂正事項3によって請求項11を削除することに伴い,本件訂正前の請求項12においてなされている請求項11の引用をしないようにするものである。さらに同訂正は,本件訂正前の請求項11が「請求項1から9のいずれか一項」を引用するものであって,同請求項11において特定されていた「溶融めっき工程は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程である」との事項が,訂正事項1により訂正後の請求項1に付加されたことに伴い,訂正後の請求項12が引用する請求項を「請求項1から9のいずれか一項」とするものである。
よって,訂正事項4による訂正は,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当し,また,当該訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものに該当しないことは明らかであるし,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であることも明らかである。

(2)独立特許要件について
申立人による特許異議の申立ては,訂正前の請求項1?20の全てに対してなされているので,特許法120条の5第9項で読み替えて準用する特許法126条7項は適用されない。

3 訂正の適否についての結論
以上のとおり,本件訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号又は3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって,特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?12〕について訂正することを認める。


第3 本件発明
本件訂正は,上記第2で検討したとおり適法なものであるから,本件特許の特許請求の範囲の請求項1?20の特許に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」?「本件発明20」といい,総称して「本件発明」ともいうことがある。)は,本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?20に記載された事項により特定されるとおりの次のものである。

「【請求項1】
重量%で,
0.13%≦C≦0.22%
1.9%≦Si≦2.3%
2.4%≦Mn≦3%
Al≦0.5%
Ti≦0.05%
Nb≦0.05%
を含む化学組成を有し,残部がFeおよび不可避的不純物である鋼製の板を熱処理して被覆することにより,改善された延性および改善された成形性を有する高強度被覆鋼板を製造する方法であって,被覆鋼板は少なくとも800MPaの降伏強度YS,少なくとも1180MPaの引張強度TS,少なくとも14%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し,
熱処理および被覆は以下の工程:
- Ac3よりも高いが1000℃未満の焼鈍温度TAで30秒を超える時間,板を焼鈍する工程,
- オーステナイトと少なくとも50%のマルテンサイトとからなる構造を得るのに十分な冷却速度で,200℃から280℃の間の焼き入れ温度QTまで板を冷却することによって板を焼き入れする工程,
- 板を430℃から490℃の間の分配温度PTまで加熱し,10秒から100秒の間の分配時間Ptの間,板をこの温度に維持する工程であって,この工程は分配工程である工程,
- 板を溶融めっきする工程,ここで,当該溶融めっきする工程は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であり,および
- 板を室温まで冷却する工程,
を含み,それにより3%から15%の間の残留オーステナイトおよび85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計からなり,フェライトを含まない最終的な構造が得られる,
方法。
【請求項2】
以下の条件
PT≧455℃
および
PT≦485℃
の少なくとも1つが満たされる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
分配の間,板の温度はPT-20℃からPT+20℃の間に留まる請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
分配の間,板の温度は再加熱の温度から455℃から465℃の間の温度まで直線的に低下する請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
鋼の化学組成は,以下の条件,
C≧0.16%
C≦0.20%
Si≧2.0%
Si≦2.2%
Mn≧2.6%
および
Mn≦2.8%
の少なくとも1つを満たす請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
板が焼き入れ温度QTに焼き入れされた後,板が分配温度PTに加熱される前に,板は,2秒から8秒の間の保持時間の間,焼き入れ温度QTに保持される請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
保持時間が,3秒から7秒の間に含まれる,請求項6に記載の方法。
【請求項8】
焼鈍温度は875℃より高い請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
分配時間Ptは10から90秒の間である請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
合金化温度は,以下の条件
TGA>515℃
および
TGA<525℃
の少なくとも1つを満たす請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
鋼の化学組成が重量%で
0.13%≦C≦0.22%
2.0%≦Si≦2.2%
2.4%≦Mn≦3%
Al≦0.5%
Ti≦0.05%
Nb≦0.05%
を含み,残部は鉄および不可避的な不純物である被覆鋼板であって,被覆鋼板は,3から15%の残留オーステナイト,85から97%の間のマルテンサイトとベイナイトの合計からなり,フェライトを含まない構造を有し,マルテンサイトは少なくとも50%であり,被覆鋼板の少なくとも1つの面は金属被覆を含み,被覆鋼板は,少なくとも800MPaの降伏強度YS,少なくとも1180MPaの引張強度TS,少なくとも14%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し,ベイナイトおよびマルテンサイトの粒子またはブロックの平均サイズは10μm以下である被覆鋼板。
【請求項14】
穴広げ率HERは40%より大きい請求項13に記載の被覆鋼板。
【請求項15】
鋼の化学組成は,以下の条件
C≧0.16%
C≦0.20%
Si≧2.0%
Si≦2.2%
Mn≧2.6%
および
Mn≦2.8%
の少なくとも1つを満たす請求項13または14に記載の被覆鋼板。
【請求項16】
金属被覆を含む被覆鋼板の少なくとも1つの面は亜鉛メッキされる請求項13から15のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項17】
金属被覆を含む被覆鋼板の少なくとも1つの面は合金化亜鉛メッキされる請求項13から15のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項18】
残留オーステナイトは,少なくとも0.9%のC含有率を有する,請求項13から17のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項19】
残留オーステナイトは,少なくとも1.0%のC含有率を有する,請求項18に記載の被覆鋼板。
【請求項20】
残留オーステナイトは5μm以下である平均粒径を有する,請求項13から19のいずれか一項に記載の被覆板。」


第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は,証拠方法として下記(3)の甲第1号証?甲第3号証を提出し,下記(1)及び(2)を概要とする申立理由1及び2を主張し,本件特許の請求項1?20に係る特許は取り消されるべき旨を申立てた。

(1)申立理由1(サポート要件違反)
以下ア?キの申立理由1-1?1-7により,本件訂正前の請求項1?20に係る特許は発明の詳細な説明に記載したものでないから,同発明に係る特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

ア 申立理由1-1
本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実施例は,本件訂正前の請求項1に係る発明の「焼鈍温度TAで30秒を超える時間,板を焼鈍する」という規定を満たさない。

イ 申立理由1-2
本件明細書の実施例は,本件訂正前の請求項1に係る発明の「少なくとも50%のマルテンサイト」という規定を満たさない。

ウ 申立理由1-3
本件訂正前の請求項1に係る発明の「3%から15%の間の残留オーステナイトおよび85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイト」,及び請求項13に係る発明の「3から15%の残留オーステナイト,85%から97%の間のマルテンサイトとベイナイト」という規定に関して,本件明細書には,残留オーステナイ卜量が「12.1%」である実施例しか開示されていない。

エ 申立理由1-4
本件訂正前の請求項1に係る発明の「0.13%≦C≦0.22% 1.9%≦Si≦2.3% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」,及び請求項13に係る発明の「0.13%≦C≦0.22% 2.0%≦Si≦2.2% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」という規定に関して,本件明細書には,「C=0.19%,Si=2.1%,Mn=2.7%」である実施例しか開示されていない。

オ 申立理由1-5
本件訂正前の請求項1,10,11及び12に係る発明の「溶融めっき(亜鉛メッキ,合金化亜鉛メッキ)」に関して,本件明細書には,「520℃」で「合金化亜鉛メッキ」 した実施例しか開示されていない。

カ 申立理由1-6
本件訂正前の請求項6及び7に係る発明の焼入れ温度QTでの「保持時間」 に関して,本件明細書には,焼入れ温度QTにて保持したこと(保持時間)は記載されていない。

キ 申立理由1-7
本件訂正前の請求項1に係る発明の「10秒から100秒の間の分配時間Pt」に関して,本件明細書には,「分配時間Pt」が30秒以外である場合に,所望の結果が得られる実施例は開示されていない。

(2)申立理由2(実施可能要件違反)
以下ア?ウの申立理由2-1?2-3により,本件特許の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が本件訂正前の請求項1?20に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから,同発明に係る特許は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

ア 申立理由2-1
本件明細書の実施例2?4は,本件訂正前の請求項1に係る発明の「化学組成」 及び各「工程」を満たすが,「少なくとも14%の全伸び」を満たさず,これを満たすための更に別の要件も明らかにされていない。

イ 申立理由2-2
甲第1号証?甲第3号証に記載されるように,通常,再加熱すると,焼戻しマルテンサイトとなるが,本件訂正前の請求項1に係る発明及び請求項13に係る発明では,マルテンサイトのままであり,どのように維持されるのか明らかではない。

ウ 申立理由2-3
本件明細書を見ても,本当に,最終的な組織において,請求項13に係る発明のように「マルテンサイトは少なくとも50%」にできるのか,明らかではない。

(3)証拠方法
甲第1号証:特開2012-31462号公報
甲第2号証:特開2009-209450号公報
甲第3号証:特開2012-229466号公報

2 当審から通知した取消理由
当審は,上記1の特許異議の申立ての理由を検討した結果,上記1(1)申立理由1(サポート要件違反)のうちの「オ 申立理由1-5」を採用し,令和2年9月9日付けで取消理由を通知した。


第5 当審の判断
当審は,特許権者が提出した令和2年12月9日付けの意見書及び訂正請求書を踏まえて検討した結果,以下のとおり,取消理由は解消するとともに,特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由及びその他の理由によっても,本件請求項1?20に係る特許を取り消すべき理由はないと判断した。

1 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由の概要
取消理由(サポート要件違反)の概要は以下のとおりである。

ア 本件明細書の【0004】?【0006】の記載からみて,発明が解決しようとする課題(以下「本件課題」という。)は,「少なくとも800MPaの降伏強度YS,約1180MPaの引張強度TS,少なくとも14%の全伸びおよびISO規格16630:2009に従う25%を超え,さらには30%を超える穴広げ率HERを有する板」及び「それを製造するための方法」を提供することであると認められる。

イ 本件明細書には,以下の記載がある。

(ア)「【0027】
好ましくは,組み合わされた連続焼鈍および溶融めっきライン上で行われる熱処理は,以下の工程を含む。
・・・
- 板を溶融亜鉛メッキすることにより,または板を合金化電気亜鉛メッキすることにより板を溶融めっきする工程。板が亜鉛メッキされる場合,それは通常の条件で行われる。板が合金化亜鉛メッキされる場合,良好な最終機械的特性を得るには,アリエーション(alliation)の温度TGAが高すぎてはならない。この温度は好ましくは490°から530℃の間,好ましくは515℃から525℃の間である。」

(イ)「【0037】
【表1】



(ウ)「【0039】
全ての例は,合金化亜鉛メッキされた板に関連する。実施例1のみが特性に対する必要な条件を満たす。他の例(例2から8)では,十分な降伏強度を示さない例5を除いて,延性が十分ではない。これらの結果は,300℃または350℃の焼入れ温度が満足のいく結果をもたらさないことを示す。焼入れ温度が250℃である場合,合金化温度が550℃または570℃である場合には,その結果も満足できるものではない。」

ウ 上記イ(ア)?(ウ)の記載からみて,特に実施例による具体的な実証を踏まえると,本件課題が解決できることが示されているのは,「溶融めっきする工程」が,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程である場合であって,上記イ(ア)において,「板が亜鉛メッキされる場合,それは通常の条件で行われる」とされているにしても,通常の条件で亜鉛メッキする場合に,本件課題を解決できる作用機序は本件明細書に記載も示唆もされていないし,出願時の技術常識に照らし本件課題を解決できることが明らかであるともいえない。
してみると,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲の発明は,溶融めっきする工程が,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であるものと理解できる。

エ 一方,本件補正前の請求項1?10に係る発明における「溶融めっきする工程」は,「亜鉛メッキ工程」及び「合金化亜鉛メッキ工程」を含むものであるところ,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であることについて特定されていないから,当該請求項1?10に係る発明は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものであって,発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

(2)本件訂正後の特許請求の範囲の記載について
本件訂正により,訂正後の請求項1において,「溶融めっきする工程」は,490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であることが特定されたから,本件発明1?9は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではないものとなった。

(3)取消理由通知に記載した取消理由についての小括
したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえず,取消理由通知に記載した取消理由は解消した。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由について
(1)申立理由1(サポート要件違反)について
ア 申立理由1-1について
申立理由1-1は,本件明細書の実施例が,本件発明1の「焼鈍温度TAで30秒を超える時間,板を焼鈍する」という規定を満たさないことを理由とするものであるところ,実施例には焼鈍する時間の明示的な記載はないが,本件明細書の【0027】において「板は,化学組成を均質化するのに十分な時間,焼鈍温度に維持され」と記載され,同【0007】において「焼鈍温度TAで30秒を超える時間,板を焼鈍する」と記載されていることから,実施例においても,当然に「焼鈍温度TAで30秒を超える時間,板を焼鈍する」ことが行われているものと認められる。

イ 申立理由1-2について
申立理由1-2は,本件明細書の実施例が,本件発明1の「少なくとも50%のマルテンサイト」という規定を満たさないことを理由とするものであるところ,本件発明1で特定されているのは,焼き入れする工程における冷却速度について,「オーステナイトと少なくとも50%のマルテンサイトとからなる構造を得るのに十分な冷却速度」であって,実施例には焼き入れする工程における冷却速度の明示的な記載はないが,本件明細書の【0027】において「得られる引張強度のために,最終的な構造中のマルテンサイトの量は50%を超えると見積もることができる。30℃/秒より高い冷却速度で十分である。」と記載され,同【0007】において「オーステナイトと少なくとも50%のマルテンサイトとからなる構造を得るのに十分な冷却速度で,200℃から280℃の間の焼き入れ温度QTまで板を冷却することによって板を焼き入れする」と記載されていることから,実施例においても,当然に「50%のマルテンサイトとからなる構造を得るのに十分な冷却速度」で冷却され,「少なくとも50%のマルテンサイト」を有する構造となっているものと認められる。

ウ 申立理由1-3について
申立理由1-3は,本件発明1の「3%から15%の間の残留オーステナイトおよび85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイト」,及び本件発明13の「3から15%の残留オーステナイト,85%から97%の間のマルテンサイトとベイナイト」という規定に関して,本件明細書には,残留オーステナイ卜量が「12.1%」である実施例しか開示されていないことを理由とするものであるところ,本件明細書の【0029】において「この処理により,残留オーステナイトを3%から15%,マルテンサイトとベイナイトの合計を85%から97%含み,フェライトを含まない最終的な構造を,即ち,分配,被覆および室温までの冷却後に得ることが可能になる。」と記載されており,所定の処理により,「3%から15%の間の残留オーステナイトおよび85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイト」が得られることは,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていると認められる。

エ 申立理由1-4について
申立理由1-4は,本件発明1の「0.13%≦C≦0.22% 1.9%≦Si≦2.3% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」,及び本件発明13の「0.13%≦C≦0.22% 2.0%≦Si≦2.2% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」という規定に関して,本件明細書には,「C=0.19%,S=2.1%,Mn=2.7%」である実施例しか開示されていないことを理由とするものであるが,本件明細書の【0023】には,鋼の成分組成を「0.13%≦C≦0.22% 1.9%≦Si≦2.3% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」,または「0.13%≦C≦0.22% 2.0%≦Si≦2.2% 2.4%≦Mn≦3% Al≦0.5% Ti≦0.05% Nb≦0.05%」にそれぞれ限定する理由が記載されているから,本件発明1及び13の成分組成は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていると認められる。

オ 申立理由1-6
申立理由1-6は,本件発明6及び7の焼入れ温度QTでの「保持時間」に関して,本件明細書には,焼入れ温度QTにて保持したこと(保持時間)は記載されていないことを理由とするものであるが,本件明細書の【0027】には「好ましくは,焼き入れ工程と分配温度PTでの板の再加熱工程との間で,板は,2秒から8秒の間,好ましくは3秒から7秒の間の保持時間の間,焼き入れ温度に保持される。」ことが記載されているから,本件発明6及び7の焼入れ温度QTでの「保持時間」は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていると認められる。

カ 申立理由1-7
申立理由1-7は, 本件発明1の「10秒から100秒の間の分配時間Pt」に関して,本件明細書には,「分配時間Pt」が30秒以外である場合に,所望の結果が得られる実施例は開示されていないことを理由とするものであるが,本件明細書の【0027】には「板を分配温度PTで10秒から100秒の間,例えば,90秒間維持する工程。分配温度で板を維持することは,分配中,板の温度がPT-20℃からPT+20℃の間に留まるか,または温度が再加熱の温度から455℃から465℃の間の温度まで直線的に低下することを意味する。」ことが記載されているから,本件発明1の「10秒から100秒の間の分配時間Pt」は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていると認められる。

キ 申立理由1(サポート要件違反)についての小括
したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないとはいえない。

(2)申立理由2(実施可能要件違反)について
ア 申立理由2-1について
申立理由2-1は,本件明細書の実施例2?4が,本件発明1の「化学組成」 及び各「工程」を満たすが,「少なくとも14%の全伸び」を満たさず。これを満たすための更に別の要件も明らかにされていないことを理由とするものであるが,実施例2?4は,合金化亜鉛メッキの温度が550℃又は570℃であって,本件発明1が特定する「490℃から530℃の間の合金化温度」を満たさないものであるから,本件発明1の実施例ではない。

イ 申立理由2-2について
申立理由2-2は,甲第1号証?甲第3号証に記載されるように,通常,再加熱すると,焼戻しマルテンサイトとなるが,本件発明1及び13では,マルテンサイトのままであり,どのように維持されるのか明らかではないことを理由とするものであるが,本件明細書の実施例についての【0035】に記載のように,「板の試料を880℃で焼鈍し,250℃,300℃および350℃の焼き入れ温度まで焼き入れし,480℃までの加熱および460℃までの温度の直線降下により分配することにより熱処理した。」として,焼き入れ後に480℃までの加熱を行っていることから,焼き入れによって生じた焼き入れマルテンサイトが焼き戻されて焼戻しマルテンサイトとなっていることは明らかであって,焼戻しマルテンサイトも,マルテンサイトに含まれるものである。

ウ 申立理由2-3
申立理由2-3は,本件明細書を見ても,本当に,最終的な組織において,本件発明13のように「マルテンサイトは少なくとも50%」にできるのか,明らかではないことを理由とするものであるが,本件明細書の【0027】において「得られる引張強度のために,最終的な構造中のマルテンサイトの量は50%を超えると見積もることができる。30℃/秒より高い冷却速度で十分である。」と記載されており,少なくとも,「30℃/秒より高い冷却速度」によって冷却することにより,「マルテンサイトは少なくとも50%」にできるものと認められる。

エ 申立理由2(実施可能要件違反)についての小括
したがって,本件特許の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとはいえない。


第6 むすび
以上のとおり,本件訂正は適法であるから,これを認める。
また,本件特許の請求項10,11に係る特許は,訂正により削除されたため,当該請求項に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
そして,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?9,12?20に係る特許を取り消すことはできないし,他に本件特許の請求項1?9,12?20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、
0.13%≦C≦0.22%
1.9%≦Si≦2.3%
2.4%≦Mn≦3%
Al≦0.5%
Ti≦0.05%
Nb≦0.05%
を含む化学組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物である鋼製の板を熱処理して被覆することにより、改善された延性および改善された成形性を有する高強度被覆鋼板を製造する方法であって、被覆鋼板は少なくとも800MPaの降伏強度YS、少なくとも1180MPaの引張強度TS、少なくとも14%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し、
熱処理および被覆は以下の工程:
- Ac3よりも高いが1000℃未満の焼鈍温度TAで30秒を超える時間、板を焼鈍する工程、
- オーステナイトと少なくとも50%のマルテンサイトとからなる構造を得るのに十分な冷却速度で、200℃から280℃の間の焼き入れ温度QTまで板を冷却することによって板を焼き入れする工程、
- 板を430℃から490℃の間の分配温度PTまで加熱し、10秒から100秒の間の分配時間Ptの間、板をこの温度に維持する工程であって、この工程は分配工程である工程、
- 板を溶融めっきする工程、ここで、当該溶融めっきする工程は、490℃から530℃の間の合金化温度TGAを有する合金化亜鉛メッキ工程であり、および
- 板を室温まで冷却する工程、
を含み、それにより3%から15%の間の残留オーステナイトおよび85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計からなり、フェライトを含まない最終的な構造が得られる、
方法。
【請求項2】
以下の条件
PT≧455℃
および
PT≦485℃
の少なくとも1つが満たされる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
分配の間、板の温度はPT-20℃からPT+20℃の間に留まる請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
分配の間、板の温度は再加熱の温度から455℃から465℃の間の温度まで直線的に低下する請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
鋼の化学組成は、以下の条件、
C≧0.16%
C≦0.20%
Si≧2.0%
Si≦2.2%
Mn≧2.6%
および
Mn≦2.8%
の少なくとも1つを満たす請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
板が焼き入れ温度QTに焼き入れされた後、板が分配温度PTに加熱される前に、板は、2秒から8秒の間の保持時間の間、焼き入れ温度QTに保持される請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
保持時間が、3秒から7秒の間に含まれる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
焼鈍温度は875℃より高い請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
分配時間Ptは10から90秒の間である請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
合金化温度は、以下の条件
TGA>515℃
および
TGA<525℃
の少なくとも1つを満たす請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
鋼の化学組成が重量%で
0.13%≦C≦0.22%
2.0%≦Si≦2.2%
2.4%≦Mn≦3%
Al≦0.5%
Ti≦0.05%
Nb≦0.05%
を含み、残部は鉄および不可避的な不純物である被覆鋼板であって、被覆鋼板は、3から15%の残留オーステナイト、85から97%の間のマルテンサイトとベイナイトの合計からなり、フェライトを含まない構造を有し、マルテンサイトは少なくとも50%であり、被覆鋼板の少なくとも1つの面は金属被覆を含み、被覆鋼板は、少なくとも800MPaの降伏強度YS、少なくとも1180MPaの引張強度TS、少なくとも14%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し、ベイナイトおよびマルテンサイトの粒子またはブロックの平均サイズは10μm以下である被覆鋼板。
【請求項14】
穴広げ率HERは40%より大きい請求項13に記載の被覆鋼板。
【請求項15】
鋼の化学組成は、以下の条件
C≧0.16%
C≦0.20%
Si≧2.0%
Si≦2.2%
Mn≧2.6%
および
Mn≦2.8%
の少なくとも1つを満たす請求項13または14に記載の被覆鋼板。
【請求項16】
金属被覆を含む被覆鋼板の少なくとも1つの面は亜鉛メッキされる請求項13から15のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項17】
金属被覆を含む被覆鋼板の少なくとも1つの面は合金化亜鉛メッキされる請求項13から15のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項18】
残留オーステナイトは、少なくとも0.9%のC含有率を有する、請求項13から17のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項19】
残留オーステナイトは、少なくとも1.0%のC含有率を有する、請求項18に記載の被覆鋼板。
【請求項20】
残留オーステナイトは5μm以下である平均粒径を有する、請求項13から19のいずれか一項に記載の被覆板。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-29 
出願番号 特願2016-575882(P2016-575882)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C21D)
P 1 651・ 537- YAA (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 増山 慎也
亀ヶ谷 明久
登録日 2019-11-29 
登録番号 特許第6621769号(P6621769)
権利者 アルセロールミタル
発明の名称 強度、成形性が改善された高強度被覆鋼板の製造方法および得られた鋼板  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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