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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A01K |
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管理番号 | 1375680 |
審判番号 | 不服2019-13230 |
総通号数 | 260 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2021-08-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-10-03 |
確定日 | 2021-06-30 |
事件の表示 | 特願2015-552881「無角家畜」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 7月17日国際公開、WO2014/110552、平成28年 3月10日国内公表、特表2016-507228〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯、本願発明 本願は、平成26年1月14日(パリ条約による優先権主張 2013年1月14日 米国(US)、2013年8月27日 米国(US))を国際出願日とする出願であり、令和1年5月24日付けで拒絶査定がなされ、同年10月3日に拒絶査定不服の審判請求がなされると同時に手続補正書が提出されたものである。 本願の請求項1?10に係る発明は、令和1年10月3日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載されたものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 ケルト無角(Pc)対立遺伝子への有角対立遺伝子の変換を含む、ゲノム編集家畜動物。」 なお、本願発明は、令和1年5月24日付けでなされた拒絶査定時の特許請求の範囲(平成31年1月4日付け手続補正書)の請求項1に係る発明と同じである。 第2 原査定の理由 令和1年5月24日付け拒絶査定は、この出願の請求項1?15に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1、2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。 (引用文献) 1.Adv. Genet., 2012, vol.80, pp.37-97 2.PLoS One, 2012, vol.7, no.6, pp.e39477(1-11) 第3 当審の判断 1 引用文献等の記載 (1)引用文献1の記載 原査定の拒絶の理由で引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、引用文献1は英語で記載されているため、当審による翻訳文で示す。また、下線は当審が付した。 ア 「2.精密遺伝子工学 上記のように、食用動物の遺伝子組み換えには2つの重要な問題がある。最初に、限定された変更のみが特定の遺伝子座で行われること。これは、消費者の健康に意図しない影響をもたらす可能性のある付随的な変化なしに、予想される表現型のみが動物で発生することを保証するために重要である(たとえば、遺伝子融合または予期しない遺伝子の活性化につながるランダム挿入の結果としてのアレルゲンの産生方法)。 2つ目は、そのような限定された遺伝子変化を大型動物のゲノムに導入できる効率と精度である。 Clark&Whitelaw(2003)が予測したように、過去10年間で、両方の分野で大きな進歩があった。 予期せぬ結果を招くことなく動物の効率的な遺伝子導入を可能にするゲノムへの変更には3つのタイプがある。(1)動物に新しい特性を与える正確に限定された遺伝子配列を追加する。この場合、遺伝子の実際の位置は重要ではない。 (2)遺伝子を編集して、不活化するか、望ましい対立遺伝子に変換する。 (3)ゲノム内の特定の部位に遺伝子を追加する、たとえば、ネイティブ遺伝子の指示の下でタンパク質を発現させる、または効果的な遺伝子発現を可能にすることが既に明確になっている場所(たとえば、セーフハーバー)に遺伝子を配置する。」(60頁下から12行?61頁4行) イ 「 図6 ハイブリッドDNaseを使用した遺伝子変化の部位特異的ターゲティング。 (A)TALENヌクレアーゼのペアは、ゲノム内の固有の配列で切断するように設計されたハイブリッドDNaseの例として示されている。 TALENのペアは、ターゲット遺伝子座で二本鎖DNA切断(DSB)を実行する。 (B)他のDNA配列が追加されていない場合、DSBはNHEJのプロセスによって修復され、通常、いくつかの塩基対のマイナーな挿入または削除(インデル;例1)が行われる。あるいは、DSBで組み立てられるNHEJ DNA修復酵素は、外来DNA配列の組み込みを容易にすることができるため、導入遺伝子をランダムよりも高い効率で部位に導入することができる(例2)。あるいは、DSBの周囲の領域と高い同一性を持つDNA配列が導入されると、相同組換え(HR)が発生する可能性がある(例3および4)。導入されたDNA配列は、単一(または少数)の塩基対のみが異なる場合があり、その結果、天然の対立遺伝子と同等の定義された変異が生じる(例3)。ただし、外来導入遺伝子を含む発現カセット全体がDSBで相同配列に隣接している場合、導入遺伝子はDSBに正確にコピーされる可能性が高くなる(例4)。この図のカラーバージョンについては、読者はこの本のオンラインバージョンを参照。」(65頁 図6及びその説明文) ウ 「2.4.自然変動の文脈におけるZFN及びTALENによるオフターゲット切断活性 ZFNおよびTALEN部位特異的ヌクレアーゼの使用における潜在的な懸念は、オフターゲット活性と呼ばれる意図しない部位での切断である。この問題は過去10年間で対処されてきた。いくつかの潜在的なオフターゲット部位を予測することができるが、ZFNオフターゲット切断の偏りのない研究により、インシリコオフターゲット予測の欠点が明らかになる(Gabriel et al.、2011; Pattanayak、Ramirez、Joung、&Liu、2011)。」(66頁17?23行) エ 「2.5.3 TALEN改変された動物ゲノム ……培養細胞へのTALENの適用は、正確な改変を施した家畜の作成にも大きな期待が寄せられている。たとえば、生物学的濃縮を行わずに、二対立遺伝子の修飾(最大10%)を伴う線維芽細胞クローンを誘導するための戦略を開発した(Carlson、Tan、et al.、印刷中)。 TALENSは、家畜の線維芽細胞をより複雑に変化させることもできる。同じ染色体を標的とする2対のTALENの同時トランスフェクションは、大きな染色体の欠失または逆位を引き起こすことができた(Carlson、Tan、et al.、印刷中)。おそらく最も説得力のある、TALENとドナーテンプレートの同時トランスフェクションにより、導入遺伝子を効率的に挿入したり、選択マーカーを使用せずにゲノムに小さな、かつ、限定された変更をコピーしたりするための直接的な相同組換えが可能になった(著者、未発表)。」(69頁下から6行?70頁6行) オ 「3.将来の方向性-動物における精密遺伝学の応用 3.1.食用動物の改善のための迅速な対立遺伝子移入 ……図7に示されている例は、特に興味深いものである。ホルスタイン牛は、高い乳量と乳質のために広く選択されている。残念ながら、雄と雌の両方のホルスタインの大多数は角を発達させる。酪農場経営者と牛自身の両方の福祉を保護するために、ホルスタイン牛の大部分から角を定期的に手動で取り外している。機械的な角の除去は痛みを伴い、動物のストレスを一時的に上昇させ、動物の生産に費用を追加し(Graf&Senn、1999)、その後の怪我から動物を保護する意図があるにもかかわらず、この慣行は非人道的であると見なす人もいる。対照的に、いくつかの品種(たとえば、高品質/収量の肉に特化したレッドアンガス)は、自然に角がなく、無角と呼ばれる特性である(図7)。無角の形質は優性遺伝パターンに従い(Long&Gregory、1978)、複数のグループが原因となる突然変異の特定を進めている(Seichter et al.、2012; J. Taylor、私信)。」(70頁下から10行?最終行、72頁1?4行) 「しかし、我々の結果は、TALENを介した相同組換えは、非標的配列のコンタミネーションや望ましくない形質の導入なしに、直接的かつ効率的な、家畜への対立遺伝子移入に使用できることを示している(著者、未発表)。無角形質の特定のケースでは、原因遺伝子座が特定されると、理論的には、TALENを介した相同組換えを使用して、減数分裂時のコンタミネーション(または対立遺伝子の拡散)なしに無角対立遺伝子のみを導入できる(図7C)。結果として生じる動物は、角がなく、牛乳生産のための高い遺伝的メリットを保持する。」(72頁18?25行) カ 「 図7 家畜における急速な対立遺伝子移入 A)この図は、交雑育種(パネルB)とTALENを介した遺伝子変換(パネルC)による目的の対立遺伝子(角のある動物への無角対立遺伝子)の遺伝子移入を対比している。牛肉と乳製品の品種は、それぞれ肉または牛乳の生産のために選択された遺伝的メリットをもたらす、異なるクラスの形質のために選択される。これらの形質の蓄積は、各動物の遺伝的メリットと呼ばれる。交雑育種はこれらの特性を混合し、その結果、牛乳や肉の生産に理想的ではない動物になる。これらの動物の形質選択されたゲノム構造は、減数分裂時のコンタミネーションと対立しており、元の遺伝的メリットを回復するには約8世代の選択が必要になる。パネルCは、TALENを介した遺伝子変換が、肉牛から乳牛に必要な形質だけをどのように伝達できるかを示している。この例では、TALENは有角無角遺伝子座で二本鎖DNA切断を生成する。これは、例えばレッドアンガスのような無角肉用牛品種から無角対立遺伝子を運ぶ相同テンプレートによって修復できる。得られた動物は角がなく、元の遺伝的構造と牛乳生産のメリットを維持する。この図のカラーバージョンについては、読者はこの本のオンラインバージョンを参照。」(71頁図3及びその説明文) キ 「3.2.規制の問題 ……GE動物を消費することの本当のリスクは何か?第一の論点は、食用動物ゲノムの標的外(オフターゲット)の障害が人間または動物の福祉に及ぼす恐れのある、必ずしも正当ではない影響は何かということである。まず、オンターゲットまたはオフターゲットの変更により、LOF(合議体注 機能喪失型の略)変異が動物の福祉に影響を与える可能性がある(Jackson et al.、2010)。この場合、動物は淘汰され、商業販売は提案されない。第二に、オンターゲットまたはオフターゲットの障害は、タンパク質の配列を変化させて、新しいペプチドが免疫反応を誘発する可能性がある。実際、自然界ではすでにこの実験がなされている。農業用動物は、ヒトと同様のサイズのゲノムを持っているため、ヒトと同様の割合、つまり、約40突然変異/個体/世代で、de novo突然変異を蓄積する可能性がある。ブタの場合、年間約13億頭が消費されている。その場合、1年あたりに消費される突然変異の累積数は約500億になり、これは1年あたりのブタゲノムのすべての位置での約10の変化に相当する。第三に、標的とされていない変化と他の要因との間の相互作用は、不特定の有害な影響を生み出す可能性がある。上記のように、個々のゲノムには、何千もの固有のSNP、インデル、およびコピー数多型が含まれている。これまでに見られなかった種類の遺伝的要素間の不特定の相互作用を定量化する方法はない。しかし、これまで知られていなかった遺伝的相互作用が悪影響を与える可能性が何であれ、それらは確かに交雑によって発生する既知の遺伝的相互作用よりも少なく、食品の安全性に悪影響を与えるとは考えられていない。」(79頁下から17行?80頁6行) (2)引用文献2の記載 原査定の拒絶の理由で引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献2には、次の事項が記載されている。なお、引用文献2は英語で記載されているため、当審による翻訳文で示す。また、下線は当審が付した。 ク 「要約 持続的な角はウシ科の種の進化における重要な特徴であり、出生後短期間で複雑な形態形成が行われる。現代の牛の飼育システムでは、無角であることは非常に好ましいものだが、深刻な動物福祉上の問題から、無角牛の生産においては、除角以外の解決策が必要とされている。角の形態形成の支配的な阻害は70年以上前に発見され、原因となる突然変異は20年近く前にマップ化されたが、その分子的性質は不明のままであった。ここでは、無角遺伝子座の対立遺伝子異質性を報告する。まず、多品種のケース-コントロールデザインにおいて、無角遺伝子座を約381kbの間隔でマップした。無角遺伝子型が知られている 16 頭の雄牛を対象に、拡大された候補間隔(547kb)のターゲットを絞った再配列決定を行ったところ、無角遺伝子型に関連する共通の対立遺伝子は検出されなかった。アルプス系とスコットランド系の 8 種の雄牛(4 種の無角種と 4 種の有角種)について、1 つの突然変異候補を同定したが、これは 202 bp の複雑な挿入-欠失事象であり、ホルスタイン・フリーシアンを除く様々なヨーロッパの牛種において無角表現型と完全な関連性を示した。」(要約1?10行) ケ 「結果 分岐したヨーロッパの牛の品種における染色体1に対する無角遺伝子座マップ 無角の12種の牛の品種からDNAサンプルを収集した(表S1)。適用されたマッピングアプローチとサンプルの大部分(62%)は、以前の研究[10]で提示され、現在、追加の61の無角動物と、ノルウェーレッド、フィヤル牛、ブラウンビーの3つの追加の無角品種によって完成されている。ケース(ホモ接合性無角、PP)およびコントロール(ホモ接合性有角、pp)グループはそれぞれ、合計18品種の同数の動物(162)で構成されていた。」(2頁左欄31?38行) コ 「シーケンスされた動物を2つのグループに分けたところ、無角表現型の対立遺伝子の不均一性が示唆された シーケンスされた16の雄牛のうち8つはホルスタインであり、対立遺伝子が不均一である場合、これらはおそらく同じ無角突然変異を有している可能性がある。 8頭のHF(合議体注 ホルスタイン・フリーシアンの略)雄牛における非反復配列の平均配列深度は、個体あたり29倍程度まであり、非反復のマスクされた標的領域の98.5%をカバーしていた。これらのデータから、312の推定DSV(合議体注 DNA配列変異体の略)、または約0.11%の平均ヌクレオチド多様性を特定した(図2)。上記と同じ連続フィルタリングを適用すると、潜在的な原因となる変異体の数が7つに減少した。」(2頁右欄下から15?8行) 「アンガス、ギャロウェイ、フレックビー、ゲルブビー、ムルナウ・ヴェルデンフェルザーである、残りの 8 種の非HF雄牛(PP が 4 頭、pp が 4 頭)は、空間的にも遺伝的にもかなり分化された品種に属している。それにもかかわらず、PP と pp の雄牛は、PP の動物では常にホモ接合性である共通のハプロタイプに対してホモ接合性であった [10]。これら8種の雄牛を別々にペアエンドシークエンシングした結果、248個のDSVが同定された(平均ヌクレオチド多様性は約0.08%)。この248個のDSVに同じフィルターを適用すると、原因となる変異体として1つの複合挿入欠失(InDel)事象のみが得られた(図3)。212bp(1,705,834-1,706,045bp)の配列は、重複しており、10bp(1,706,051-1,706,060bp)の配列と置き換わっている。このInDel(_(P202ID))は、IFNAR2遺伝子とOLIG1遺伝子の間にある(図3)。」(3頁左欄下から4行?同右欄11行) サ 「 」(5頁図3c) 「複数種のアラインメント。 候補重複P_(202ID)の周りのゲノム複数種アラインメントはmultiz(合議体注 引用文献2にはmultizについて特段の説明はないが、ゲノム解析ツールの名称であると解される。)で構築された。 ウシ科の動物間の配列の同一性は赤い星で表示され、黒い星はすべての動物間の同一性を示す。重複領域は、赤い影付きの領域で強調表示されており、無角動物において、青い影付きのヌクレオチドと置き換わる。」(5頁図3cの説明文) シ 「無角動物、ランダムサンプル及び多様性パネルにおける候補DSVの標的遺伝子型決定は、無角表現型の対立遺伝子の不均一性を支持する ……P_(202ID)対立遺伝子の1つまたは2つのコピーを持っているすべての動物が無角であり(それぞれPpまたはPP)、ケルト文化のある地理的地域に由来する品種に属しているため[17]、以後、比喩的かつ暫定的にこの対立遺伝子をP_(C)と呼び、ケルト起源の無角特性を示す(図4を参照)。適切には、HF動物の配列決定によって検出されたハプロタイプブロック(長さ260 kb)は、以後P_(F)と呼ばれ、フリージアン起源の無角特性を示す。 P_(C)とP_(F)の両方が、独立して、または組み合わせて、無角の遺伝子座と完全に関連していた。」(6頁左欄8?15行) ス 「 」(7頁図4) 「図4.ヨーロッパの牛の品種における無角候補変異体の分布。 遺伝子型が決定された動物の最大の割合(%とマークされた行に示されている)(78.03%)は、無角遺伝子座の6つの候補変異体すべてで野生型対立遺伝子についてホモ接合であった。つまり、垂直の灰色のバーで示されたRefSeqハプロタイプp_(rs)の2つのコピーを継承していた。妥当性分析は、これらすべての1261(N^(o)でマークされた行に示されている)p_(rs) / p_(rs)動物が角のあるものであり、したがって無角遺伝子座でppであることを示唆した。無角および有角であるホルスタイン-フリージアン動物の配列決定によって検出された5つの候補変異は、2つのInDelに隣接する3つのSNPからなるハプロタイプブロック(P_(5ID)P_(G1654405A)P_(C1655463T)P_(C1768587A)P_(80kbID))を形成し、フリージアン起源の無角を意味するP_(F)と呼ばれる。フリージアン無角の5つの候補変異がRefSeqバックグラウンド(垂直の灰色のバー)に重ね合わされた。3つのSNPと5 bpのInDelが赤い水平バーで囲まれ、複製領域P_(80kbID)が赤い領域で囲まれた。 P_(F)ブロックは、無角遺伝子型と完全に関連しており、ヨーロッパ大陸の北西海岸(HF、RH、JY、およびWTG)に由来する牛の品種でのみ分離される。候補変異P_(202ID)は、RefSeqバックグラウンドの黒い水平バーで表される。 P_(202ID)の1つ(86)または2つのコピー(192)を持っているすべての動物は無角であり(それぞれPpまたはPP)、スカンジナビア、イギリス、フランス、南ドイツに起源を有する品種に属する。以降、比喩的にケルト起源の無角P_(C)と呼ばれる。 広範な子孫試験によって決定されたPP遺伝子型を持つ3頭の雄牛は、候補遺伝子レベルで異種の無角、すなわち、P_(C) / P_(F)であることがわかった。それらのサンプリングされた親類の遺伝子型決定ならびに実験計画全体は、P_(F)ハプロタイプブロック内での組換えの証拠を提供しない。サンプリングされた品種の地理的起源は、ヨーロッパの地図上の点で示されている。無角サンプルがない品種は灰色の点で表される。唯一の原因変異体または無角遺伝子座と完全に関連する変異体としてP_(202ID)を持つ品種は、黒い点でマークされている。無角遺伝子座と完全に関連する優性変異体としてP_(F)を持つ品種は、赤い点でマークされている。ケルトとフリージアンの無角特性のおよその分布領域は、それぞれ灰色と赤色の陰影で強調表示されている。」(7頁図4の説明文) セ 「議論 ……本研究では、LDベースのファインマッピング(合議体注 LDについて引用文献2には特段説明がないものの、技術常識を踏まえると、これは、Linkage Disequilibriumの略であり、LDベースのファインマッピングとは、連鎖不平衡マッピング法を意味すると解される。)を超えたアプローチを用いて、遺伝子機能の先験的な仮定に頼らずに原因遺伝子の候補リストを削減した。比較的密なSNPマーカーパネルによるファインマッピングの現代的な軌跡によれば、ヨーロッパ大陸で採取された個体の大規模なパネルで証明されたハイスループット再配列と関連性によれば、ヨーロッパのほとんどの牛種で無角遺伝子と完全に関連する単一の複雑な挿入-欠失事象(P_(202ID))を検出した。染色体セグメント全体には他の一致する変異体候補が存在しないこと、表現型との完全な関連性、角のある反芻動物の間での候補断片の高い配列保存性、角のない哺乳類での適切な保存性がないことから(図3C)、P_(202ID)がほとんどのウシ(Bos taurus)品種の無角の原因となる変異である可能性が高いことは明らかである。」(6頁右欄32?47行) 2 判断 (1) 引用発明の認定 上記1(1)のオ、カの下線部によれば、引用文献1には、TALENを介した相同組換えは、非標的配列のコンタミネーションや望ましくない形質の導入なしに、直接的かつ効率的な、家畜への対立遺伝子移入に使用できること、無角形質の特定のケースでは、原因遺伝子座が特定されると、理論的には、TALENを介した相同組換えを使用して無角対立遺伝子のみを導入できること、肉牛から乳牛に必要な形質だけを伝達できること、TALENは有角無角遺伝子座で二本鎖DNA切断を生成し、これは、例えばレッドアンガスのような無角肉用牛品種から無角対立遺伝子を運ぶ相同テンプレートによって修復できること、得られた動物は角がないことが記載されている。 そうすると、引用文献1には次の発明が記載されていると認められる。 「例えばレッドアンガスのような無角肉用牛品種に由来する無角対立遺伝子を含む相同テンプレートを用い、TALENを介する相同組換えにより、乳牛の有角無角遺伝子座を遺伝子組換えし、上記無角対立遺伝子を導入した、角のない乳牛。」(以下、「引用発明」という。) (2)対比 引用発明と本願発明とを対比すると、引用発明の「無角対立遺伝子」は本願発明の「無角……対立遺伝子」に相当し、引用発明の「TALENを介する相同組換えにより、乳牛の有角無角遺伝子座を遺伝子組換えし、上記無角対立遺伝子を導入した」は本願発明の「無角……対立遺伝子への有角対立遺伝子の変換を含む、ゲノム編集」に相当し、引用発明の「乳牛」は本願発明の「家畜動物」に相当する。 そうすると、本願発明と引用発明とは「無角対立遺伝子への有角対立遺伝子の変換を含む、ゲノム編集家畜動物」である点で共通し、次の点で相違する。 (相違点1)無角対立遺伝子が本願発明では「ケルト無角(Pc)対立遺伝子」であるのに対して引用発明では「例えばレッドアンガスのような無角肉用牛品種に由来する無角対立遺伝子」である点 (3)判断 相違点1について検討する。引用文献2には、「P_(202ID)対立遺伝子」と表記されるインデル(挿入欠失)を有する遺伝子が、ケルト文化のある地理的地域に由来する牛に共通して存在する無角対立遺伝子であり、そのため当該無角対立遺伝子をケルト起源の無角Pcと命名したこと(上記1の(2)シ、スを参照)、ケルト起源の無角Pc対立遺伝子において、有角型では引用文献2の図3c(上記1の(2)サ参照)の青い影付きの領域が存在し、無角型では、当該青い影付きの領域が図3cの赤い影付きの領域に置き換わるために赤い影付きの領域を2つ有するという差異があること(上記1の(2)コ、サを参照)が記載されている。さらに、引用文献2に記載があるように(上記1の(2)シ、ス参照)、ケルト起源の無角Pc対立遺伝子は、スカンジナビア、イギリス、フランス、南ドイツに起源を有する品種の牛に見られるところ、引用文献1に記載された「レッドアンガス」がスコットランドのアバディーンシャー及びアンガスシャー(引用文献2の図4(上記1の(2)ス参照)の「DAN」と黒いマークがなされた位置)を起源とするものであり、その祖先は、引用文献2の図4に記載された「DAN」(ジャーマンアンガス)と同じくアバディーンアンガス種であることは例示するまでもなく技術常識である。そうすると、引用発明の「例えばレッドアンガスのような無角肉用牛品種に由来する無角対立遺伝子」として引用文献2に記載されたケルト起源の無角Pc対立遺伝子に着目することは、当業者が当然に行うことであるといえるし、引用文献2に記載されたケルト起源の無角Pc対立遺伝子は、その表記が異なるだけで本願発明の「ケルト無角(Pc)対立遺伝子」と同じものであるといえる。 そして、引用文献1、2には、除角以外の手段で無角牛を生産することが記載されているし(上記1の(1)オ、カ、(2)クを参照)、引用文献1には、原因遺伝子座が特定されると、理論的には、TALENを介した相同組換えを使用できることが記載されている(上記1の(1)オ参照)ことを踏まえると、引用文献2の図3cに開示されたケルト起源の無角Pc対立遺伝子における有角型と無角型との相違に着目して、ケルト無角Pc対立遺伝子を導入するための相同テンプレートやTALENを設計し、引用発明において相同組換えを行うこと、すなわち、引用発明における乳牛におけるケルト有角対立遺伝子の、ケルト無角Pc対立遺伝子への組換えを行うことは、当業者が容易になし得ることであるといえる。 そして、本願明細書に開示された実施例を参照しても、「実施例13 無角対立遺伝子を遺伝子移入するために本明細書に記載される方法によって作製した細胞、またはそれにより改変した胚をクローニングし、および/または代理雌に移植し、懐胎させ、無角対立遺伝子を含む生きた動物として誕生させる。」(【0104】)と記載されているだけで、本願発明のゲノム編集家畜動物が引用文献1及び2から予測し得ない格別顕著な効果を奏することが示されているわけでもない。 (4)請求人の主張及びそれに対する判断 請求人は、令和1年10月3日付け審判請求書において次の主張をしている。 本願の図1を参照すると、有角対立遺伝子は212塩基対(bp)の配列を有する。しかし、無角対立遺伝子は、これらの212bp配列の2つを有し、そのうちの一つは10bp欠失している。これは、当該変換が212bp配列を複製し、それを正しい位置に配置しながら同時に有角対立遺伝子の天然の212bp 配列から10bpを欠失させることを含むことを意味する。この変化は小さくもなく、単純でもない。TALENのような遺伝子編集ツールはin vivoで活性を持続するため、212bpの配列を追加するが、一方で、同時に同じ配列を欠失の標的とすることは簡単ではない。それは、TALENが既に置換されている配列を攻撃(「分子間組換え」または「再切断」)する可能性があるからである。ヌクレアーゼは、継続的に活性であるため、修復が成功した後もしばらくの間、サイトおよび/またはHDRテンプレートの再切断を回避する必要がある。 請求人の主張について検討する。まず、引用文献1には、食用動物の遺伝子組換えにおいて「限定された変更のみが特定の遺伝子座で行われる」必要があること(上記1の(1)アを参照)、「外来導入遺伝子を含む発現カセット全体がDSBで相同配列に隣接している場合、導入遺伝子はDSBに正確にコピーされる可能性が高くなる」こと(上記1の(1)イを参照)、「TALENSは、家畜の線維芽細胞をより複雑に変化させることもできる」こと(上記1の(1)エを参照)、「TALENを介した相同組換えは、非標的配列のコンタミネーションや望ましくない形質の導入なしに、直接的かつ効率的な、家畜への対立遺伝子移入に使用できる」こと、「原因遺伝子座が特定されると、理論的には、TALENを介した相同組換えを使用して、減数分裂時のコンタミネーション(または対立遺伝子の拡散)なしに無角対立遺伝子のみを導入できる(図7C)。結果として生じる動物は、角がなく、牛乳生産のための高い遺伝的メリットを保持する。」(上記1の(1)オを参照)こと、「TALENは有角無角遺伝子座で二本鎖DNA切断を生成する。これは、例えばレッドアンガスのような無角の肉用牛の品種から無角対立遺伝子を運ぶ相同テンプレートによって修復できる。得られた動物は角がなく、元の遺伝的構造と牛乳生産のメリットを維持する」(上記1の(1)カを参照)ことが記載されている。そして、引用文献2には、ケルト起源の無角Pc対立遺伝子の塩基配列や当該遺伝子における有角型と無角型との相違について記載されている(上記1の(2)コ、サを参照)。引用文献1の上記記載に接した当業者は、引用文献2のような無角対立遺伝子の遺伝子座やその構造を把握することができれば、無角対立遺伝子を運ぶ相同テンプレートとTALENとを用いた相同組換えにより、意図しない改変が行われることなく、相同テンプレートによって運ばれる無角対立遺伝子を、乳牛における当該遺伝子座に正確にコピーすることができ、角のない乳牛が得られること、この組換えは、ある程度複雑であっても問題がないことを理解するといえる。 そして、ゲノム編集の技術分野において意図しない編集や改変が起こらないように、ユニークな塩基配列をターゲットとすることは常套手段に過ぎない。引用文献2の図3c(上記1の(2)サを参照)や図3cに関する説明(上記1の(2)シを参照)を見ると、ケルト起源の無角Pc対立遺伝子における有角型と無角型との相違は、無角型では赤い影付きの領域が重複しているのに対して、有角型では赤い影付きの領域が1つしかなく、もう片方の赤い影付きの領域が青い影付きの領域に置き換わっていることが理解できる。この青い影付きの領域は無角型には存在しない有角型にユニークな塩基配列を含むから、ゲノム編集のターゲットとして、このユニークな塩基配列を選択することは、当業者が容易に想到することであるといえる。そして、ゲノム編集がなされた後の遺伝子、すなわち、無角型の遺伝子においては、上記のユニークな塩基配列は存在しないから、ゲノム編集がなされた後の遺伝子に対して、当該ユニークな塩基配列をターゲットとするゲノム編集が生じる虞は想定できない。 そうすると、引用発明において、引用文献2に記載されたケルト起源の無角Pc対立遺伝子の塩基配列に基づき、意図する組換えのみが行われるよう、当該遺伝子の有角型にユニークな塩基配列をターゲットとする、相同テンプレートとTALENを設計し、これを用いて相同組換え修復を行うことは、当業者が容易になし得ることであるといえる。そして、ユニークな塩基配列をターゲットとすることによってTALENが既に置換された塩基配列に対する攻撃を回避できることは、当業者が容易に予測し得ることである。 したがって、請求人の当該主張を採用することはできない。 第4 むすび 以上のとおり、本願発明は、引用文献1、2に記載された発明及び周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2021-01-21 |
結審通知日 | 2021-01-26 |
審決日 | 2021-02-10 |
出願番号 | 特願2015-552881(P2015-552881) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(A01K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 戸来 幸男 |
特許庁審判長 |
長井 啓子 |
特許庁審判官 |
高堀 栄二 大久保 智之 |
発明の名称 | 無角家畜 |
代理人 | 松谷 道子 |
代理人 | 稲井 史生 |
代理人 | 冨田 憲史 |
代理人 | 笹倉 真奈美 |