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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B01D
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B01D
管理番号 1375820
審判番号 不服2019-5384  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-04-23 
確定日 2021-07-07 
事件の表示 特願2017-527217「グラフト化超高分子量ポリエチレン微多孔膜」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 5月26日国際公開、WO2016/081729、平成29年12月 7日国内公表、特表2017-536232〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)11月19日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2014年11月20日、基礎出願3件、いずれも米国(US))を国際出願日とする外国語特許出願であって、出願後の手続の経緯は、概略、次のとおりである。
平成30年 5月25日付け:拒絶理由通知
同年 8月28日 :意見書及び手続補正書の提出
同年12月26日付け:拒絶査定
平成31年 4月23日 :審判請求書の提出
令和 2年 6月 2日付け:当審からの拒絶理由通知(審尋含む)
同年 9月 8日 :意見書及び手続補正書の提出

第2 特許請求の範囲の記載(本願発明)
本願の特許請求の範囲の記載は、令和2年9月8日にされた手続補正後の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであり、そのうちの請求項1及び3の記載は、次のとおりである(以下、請求項1及び3に係る発明をそれぞれ「本願発明1」及び「本願発明3」といい、まとめて「本願発明」という。)。
「 【請求項1】
エトキシ-ノナフルオロブタンバブルポイント試験により決定したときに約540kPaから1100kPaのバブルポイントを有し、膜の1つ又は複数の表面にグラフト化された1つ又は複数の中性基又はイオン交換基及び膜に吸着したベンゾフェノンを有するグラフト化非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜であって、
前記膜は、エトキシ-ノナフルオロブタンバブルポイント試験により決定したときに約540kPaから約1100kPaのバブルポイントを有する非グラフト化非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜の水流量の少なくとも50%の水流量を有し、
前記膜は、脱イオン水に浸漬すると均一に透明になることによって示されるように、脱イオン水中で10秒以内に濡れることができ、
前記膜は、約47mN/mから約69mN/mの表面張力を有し、
イオン交換基が、塩化(3-アクリルアミドプロピル)トリメチルアンモニウム、塩化(ビニルベンジル)トリメチルアンモニウム、及びこれらの組合せのうちの1つ又は複数に由来し、
中性基が、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、及びこれらの組合せのうちの1つ又は複数に由来する、
膜。」
「 【請求項3】
エトキシ-ノナフルオロブタンバブルポイント試験により決定したときに約540kPaから1100kPaのバブルポイントを有し、膜の1つ又は複数の表面にグラフト化された1つ又は複数の中性基又はイオン交換基及び膜に吸着したベンゾフェノンを有し、1つ又は複数の中性基又はイオン交換基は、架橋剤で架橋されているグラフト化架橋非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜であって、
前記膜は、エトキシ-ノナフルオロブタンバブルポイント試験により決定したときに約540kPaから約1100kPaのバブルポイントを有する非グラフト化非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜の水流量の少なくとも50%の水流量を有し、
前記膜は、脱イオン水に浸漬すると均一に透明になることによって示されるように、脱イオン水中で10秒以内に濡れることができ、
前記膜は、70mN/mから72mN/mの表面張力を有し、
イオン交換基が、アクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル塩酸塩、塩化[2-(アクリロイルオキシ)エチル]トリメチルアンモニウム、メタクリル酸2-アミノエチル塩酸塩、メタクリル酸N-(3-アミノプロピル)塩酸塩、メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル塩酸塩、塩化[3-(メタクリロイルアミノ)プロピル]トリメチルアンモニウム溶液、塩化[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]トリメチルアンモニウム、塩化アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウム、2-アミノエチルメタクリルアミド塩酸塩、N-(2-アミノエチル)メタクリルアミド塩酸塩、N-(3-アミノプロピル)-メタクリルアミド塩酸塩、塩化ジアリルジメチルアンモニウム、アリルアミン塩酸塩、ビニルイミダゾリウム塩酸塩、ビニルピリジニウム塩酸塩、及び塩化ビニルベンジルトリメチルアンモニウムからなる群から選択されるカチオン性モノマーに由来するか、又は
イオン交換基が、2-エチルアクリル酸、アクリル酸、アクリル酸2-カルボキシエチル、アクリル酸3-スルホプロピルカリウム塩、2-プロピルアクリル酸、2-(トリフルオロメチル)アクリル酸、メタクリル酸、2-メチル-2-プロペン-1-スルホン酸ナトリウム塩、マレイン酸モノ-2-(メタクリロイルオキシ)エチル、メタクリル酸3-スルホプロピルカリウム塩、2-アクリルアミド-2-メチル-1-プロパンスルホン酸、3-メタクリルアミドフェニルボロン酸、ビニルスルホン酸、及びビニルホスホン酸からなる群から選択されるアニオン性モノマーに由来する、
膜。」

第3 当審が通知した拒絶理由及び原査定の拒絶理由
当審が通知した拒絶理由及び原査定の拒絶理由は、要するに、次のとおりのものである。
・理由1(サポート要件):本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合せず、本願は、同項の規定を満たしていない。
・理由2(実施可能要件):本願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合せず、本願は、同項の規定を満たしていない。
・理由3(明確性要件):本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合せず、本願は、同項の規定を満たしていない。
そして、上記理由1、2に係る記載不備は、本願発明と本願明細書の発明の詳細な説明の【実施例】の欄に記載された各種具体例との不整合におおよそ起因するものであり、上記理由3に係る記載不備は、本願発明における湿潤化時間の定義が判然としないことに依るものである。

第4 当審の判断
当審は、審判請求人が令和2年9月8日に提出した意見書(当審からの審尋に対する回答を含む)及び手続補正書を参酌しても、依然として、上記第3に示した拒絶理由は解消しておらず、妥当なものであると判断する。その理由は以下のとおりである。
1 サポート要件について
(1) サポート要件の判断手法について
ア 特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か(以下、両範囲をまとめて「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」という。)を検討して判断すべきものであると解される。
イ また、化合物や組成物などの化学物質は、通常、その構成(化合構造や成分組成等)から、どのような特性を有するか予測することは困難であり、さらに、構成成分の種類や含有量により、その特性が大きく変わるものであって、化学物質の構成成分や組成範囲が異なれば、同じ製造方法により製造したとしても、その特性は異なるものとなるし、逆に、化学物質の成分組成が同じであっても、製造方法が異なれば、その特性は異なることが通常であると解される。そのため、明細書の発明の詳細な説明に、化学物質の構成成分等が羅列され、その製造方法の概要が開示され、さらには、化学物質が特定の特性を発現することについて形式的に記載されているとしても、そのような記載のみから、化学物質が発現する特性を当業者において認識することは困難であるといわざるを得ず、当業者といえども、当該特性を認識するには、実際に当該特性を発現することを示す具体例(実施例)に頼らざるを得ないというべきである。
そうである以上、化学物質に係る発明について、上記アの「発明の詳細な説明の記載等から、本願発明の課題が解決できると当業者が認識できる範囲」を認定するにあたっては、まずは、発明の詳細な説明に記載された具体例(実際に当該特性を発現し、もって発明の課題を解決することが確認された実施例)に着目し、当該具体例から拡張ないし一般化できる範囲(具体例の効用を類推適用できる化学物質の範疇)を画定するのが合理的である。
もっとも、当該具体例(実施例)の記載が存在しない、あるいは、同記載が十分でない場合にあっても、「発明の詳細な説明の記載等から、本願発明の課題が解決できると当業者が認識できる範囲」を実質的なものとして認定し得る場合があることはいうまでもないが、その場合にあっては、発明の詳細な説明の実施例以外の記載箇所において、特許を受けようとする発明に係る化学物質とそれが発現する特性との関係(特性を発現するに至る作用機序など)につき、実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる合理的な説明を要すると考えるべきである。
(2) 特許請求の範囲の記載
本願特許請求の範囲の記載は、上記第2のとおりである。
(3) 発明の詳細な説明の記載
摘記は省略するが、発明の詳細な説明には、本願発明の【技術分野】(【0001】)、【背景技術】(【0002】?【0005】)、【発明の概要】(【0006】?【0032】)、【発明を実施するための形態】(【0034】?【0050】)及び【実施例】(【0051】?【0156】)についての記載がある。
(4) 「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」について
ア 本願発明の課題
本願明細書の発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題について項目立てた記載箇所は見当たらないが、【背景技術】の欄の【0003】には、次の記載があるから、この記載中の要求に応えることが、本願発明の課題の一側面であると解される。
「膜の湿潤化を促進することができ、かつ液体からの帯電した汚染物質の除去に使用することができる、改変された表面エネルギーを有する微多孔膜について継続する要求がある。」
また、上記課題は、端的にいえば、膜の湿潤化性能及び汚染物質の除去性能の向上に関するものといえるところ、本願発明においては、【実施例】の欄の記載などからみて、そのような膜の性能・特性を定量的に評価するために、「バブルポイント」、「水流量」、「湿潤化時間」及び「表面張力」といった指標が採用されていることが分かるから(令和2年9月8日提出の意見書における釈明も参酌した。)、当該課題が解決できたか否かは、これらの指標に着目して判断するのが相当である。
イ 「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」の認定
(ア) 【実施例】の記載について
上記(1)イの考え方に従い、まず、実施例(具体例)に着目してみると、発明の詳細な説明の【実施例】の欄には、種々の実施例(具体例)を認めることができる。
そして、各実施例(具体例)は、上記アに記載した指標、すなわち、本願発明の課題である膜の湿潤化性能及び汚染物質の除去性能の向上の程度を定量化する、バブルポイント、水流量、湿潤化時間及び表面張力といった指標により評価されており、なかには、当業者において上記課題が解決できると認識できるものが存在するといえるかもしれない。
しかしながら、本願発明に対応する実施例(具体例)は見当たらない。すなわち、上記【実施例】の欄に記載された各種実施例(具体例)と本願発明との対応関係についてみると、本願発明1及び本願発明3は、上記第2のとおり、(i)「バブルポイント」に関する規定、(ii)「水流量」に関する規定、(iii)「湿潤化時間」に関する規定、及び、(iv)「表面張力」に関する規定を有するものであるから、本願発明に対応し、これを具現した実施例(具体例)であるというためには、これらの規定をすべて満足する必要があるが、上記の各種実施例(具体例)の中にそのようなものを見いだすことはできない。
この点について、審判請求人は令和2年9月8日提出の意見書において、本願発明1は実施例10に対応し、本願発明3は実施例17、18、23、24に対応する旨主張するが(なお、同意見書において「補正後の請求項5」とされているのは、「補正後の請求項3」の誤記であると解した。)、これらの実施例を子細にみても、少なくとも表面張力において本願発明1、3と齟齬していることは明らかである(例えば、実施例10の表面張力は、72ダイン/cm(=mN/m)であり、本願発明が規定する約47?69mN/mという範囲から外れている。)。
そうすると、発明の詳細な説明の【実施例】の欄の記載に基づいて認定することができる、標記「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」について考えると、当該【実施例】中の各種実施例(具体例)のなかには、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できるものが存在するとしても、それは本願発明とは異なるものであるから、標記範囲を、本願発明を含むものとして認定することはできない。また、このように当該【実施例】には、本願発明に対応する実施例(具体例)が存在しないのであるから、当該【実施例】に記載された具体例を拡張ないし一般化したところで、その範囲に本願発明が含まれると認めることはできないし、そのように認めるに足りる証拠も見当たらない。
(イ) 【実施例】以外の記載及び技術常識について
さらに、上記【実施例】の欄以外の発明の詳細な説明の記載をみると、本願発明に関連する膜(化学物質)の構成成分等が羅列されている箇所(【0007】など)、その製造方法の概要が記載されている箇所(【0016】など)、本願発明に関連する膜が特定の特性を発現することについて形式的に記載されている箇所(【0006】など)を認めることができるが、上記(1)イのとおり、当業者といえども、そのような記載から本願発明の課題に係る性能・特性を予測し、上記指標が向上することを理解し、もって当該課題が解決できると認識することはできないし、そのように認識することができるというに足りる本願出願時の技術常識も見当たらない。
そうすると、上記【実施例】の欄以外の記載に、本願発明を具現した実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる説明を認めることはできないから、当該【実施例】の欄以外の記載及び本願出願時の技術常識をさらに参酌しても、標記「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」を、本願発明を含むものとして認定することはできない。
(5) 「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識することができる範囲」との対比
上記(4)イのとおり、発明の詳細な説明の【実施例】の記載からみても、それ以外の記載からみても、それらから画定できる「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲」は、本願発明を含むものではないのであるから、その範囲内に、上記第2の「特許請求の範囲」(本願発明)が存在しないことは明らかである。
したがって、上記(1)アの判断手法に照らすと、本願特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合しないというほかない。
(6) サポート要件についてのまとめ
以上のとおり、本願特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同項所定の規定に違反するものである。
2 実施可能要件について
(1) 実施可能要件の判断手法について
ア 発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に係る規定(いわゆる「実施可能要件」)に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要すると解される。そして、この規定のいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明にかかる物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすといえるためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
イ 殊に、本願発明1及び本願発明3はそれぞれ、上記第2のとおり、「グラフト化非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜」及び「グラフト化架橋非対称性孔構造多孔性超高分子量ポリエチレン膜」に係る、物の発明であり、いずれも、(i)「バブルポイント」に関する規定、(ii)「水流量」に関する規定、(iii)「湿潤化時間」に関する規定、及び、(iv)「表面張力」に関する規定により定められた特性により特定されるものであるから、このように特殊な規定により定められた特性により特定された物の発明については、まずは、明細書の発明の詳細な説明において、当該特性に係る各規定の定義やその数値を定量的に決定するための試験方法が示されていることが必要である。そうでないと、当業者において、生産した物が本願発明の上記規定を充足するか否かの判断がつかず、結果として、本願発明に係る物を生産することができないからである。
その上で、当業者がその特性により特定された物を生産する(作る)ことができるように、発明の詳細な説明において、作り方を具体的に記載し、その特性を備えた物を具現し得たことを示す実施例を記載することが肝要である。なぜなら、上記1(1)イにおいて説示したとおり、化学物質は、通常、その構成(化合構造や成分組成等)から、どのような特性を有するか予測することは困難であり、その構成成分の種類や含有量、さらには、製造条件の些細な違いにより、その特性が大きく変わるものであるから、当業者が、特性により特定された物を生産する(作る)には、その製造方法の概要程度の記載では事足りず、実際に当該特性を発現することができる製造条件等の詳細を記した具体例(実施例)に頼らざるを得ないからである。そして、請求項に係る発明に属する形態全般に係る実施可能要件について考える際は、当該具体例(実施例、製造条件等を詳細に記した具体的製造方法)の記載を足がかりに、当該実施例の記載以外の発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識をも参酌しながら、請求項に係る発明に属する形態全般についても同様に、過度の試行錯誤を強いることなく当業者において生産することができるかを検証するのが合理的である。そのため、特殊な規定により定められた特性により特定された物の発明においては殊のほか、上記実施例の存在は極めて重要である。
もっとも、実施例等によらずとも、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者がその特性を有する具体的な形態を理解でき、その物を作ることができる場合もあるが、その場合にあっては、発明の詳細な説明の実施例以外の記載箇所において、当該特性を発現させるための具体的手法について、実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる合理的な説明を要すると考えるべきである。
ウ 以上の点に照らし、以下では、本願明細書の発明の詳細な説明において、(i)本願発明に係る各規定の定義及び試験手法が示されているか、(ii)本願発明を具現した形態(実施例等)又はこれに代わる合理的な説明が示されているか、といった観点から発明の詳細な説明の記載を吟味していくこととするが、(i)の点は、明確性要件とも関連することから、後述の明確性要件についての項にゆだねることとする。
(2) 本願発明を具現した形態(実施例等)又はこれに代わる合理的な説明について
ア 上記1(4)イ(ア)のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の【実施例】の欄には、本願発明を具現したもの(本願発明の規定を満足する実施例)は見当たらず、本願発明の規定をすべて満足させるための具体的な製造方法をうかがい知ることはできない。
イ また、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明を具現した実施例に代わるほどの説明(当業者がこの製造方法であれば本願発明の特性をすべて発現できると首肯できるほどの根拠)はないし、そのような根拠を認めるに足りる出願時の技術常識も見当たらない。
すなわち、本願明細書の【0016】、【0024】、【0036】、【0047】などの記載から、本願発明に係る膜は、湿潤化用溶液、水溶交換溶液、グラフト化用溶液、紫外光暴露による一連のグラフト化工程により製造されることを理解することができるものの、これらの記載は、本願発明の製造方法の概要程度の記載にすぎず、本願発明の特性をすべて発現させる手法の開示というには程遠いから、本願発明を具現した実施例に代わるほどのものとはいえない。逆に、本願明細書の記載からは、例えば、表面張力は、グラフト化用溶液中のモノマー濃度を増大させることにより増大させることができるが(【0050】)、その反面、モノマー濃度を増大させると水流量が低下してしまうなど(【0033】、【図6】)、本願発明の各規定を調整するには、多岐にわたる因子が影響しており、そのすべての規定を調整することは一筋縄には行かないことがうかがえる。
(3) 実施可能要件についての判断
上記(1)イのとおり、特殊な規定により定められた特性により特定された物の発明を生産するためには、その具体例(実施例)の存在が極めて重要であるのに、上記(2)アのとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、このような本願発明に係る膜を生産するための指針となるべき具体例(実施例)を欠くものであるし、上記(2)イのとおり、当該実施例に代わるほどの発明の詳細な説明の記載ないし技術常識も見当たらないから、当業者といえども、本願発明を実施するには、過度の試行錯誤を要すると解するのが相当である。
したがって、上記(1)アの判断手法に照らすと、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合しないというほかない。
(4) 実施可能要件についてのまとめ
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同項所定の規定に違反するものである。
3 明確性要件について
(1) 明確性要件の判断手法について
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に係る規定(いわゆる「明確性要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきであり、また、明確性要件に関する立証責任は審判請求人側にあると解される。
(2) 明確性要件の判断
本願発明に係る請求項1及び請求項3には、「湿潤化時間」について、「前記膜は、脱イオン水に浸漬すると均一に透明になることによって示されるように、脱イオン水中で10秒以内に濡れることができ」と記載され、さらに、当該「湿潤化時間」について、発明の詳細な説明の【0052】に、次の記載を認めることができる。
・「【0052】
表面改変済み膜を50℃のオーブン内で10分間乾燥させた後、DI水中に改変済み膜の47mm膜ディスクを浸漬し、その後、ディスクが、親水性の標示である均一に透明になるのにかかる時間を記録することにより、湿潤化を決定した。」
これらの記載によれば、本願発明の「湿潤化時間」とは、表面改変済み膜の47mm膜ディスクが、親水性の標示である均一に透明になるのにかかる時間ということになるが、ここでいう「均一に透明になる」との判断は主観に依らざるを得ず、その基準が必ずしもはっきりしない。また、当該基準を正確に理解するに足りる本願出願時の技術常識も見当たらない。
この点につき、審判請求人は、審判請求書(3.(2))において、均一に透明になることは、単純な目視観察により確認され、膜が十分に濡れておらず不透明であるときと、十分に濡れ透明であるときとを区別することに困難を伴うことは考えられない旨と釈明していたため、当審は、令和2年6月2日付けの拒絶理由通知(審尋兼用)において、湿潤化したことの判定基準とされる「均一に透明」、「十分に濡れ透明」になったか否かは、単純な目視観察により、秒単位で判定することとなり、このような判定には、目視に起因するばらつきなども予想されるため、単純な目視観察により、秒単位で、「均一に透明」、「十分に濡れ透明」したことを判定できることについて、例えば、実施例に供された膜の浸漬後からの1秒ごとの膜の様子を写した写真などの挙証を求めたが、審判請求人からの具体的な証拠の提示はなかった。
以上の点を併せ考えると、本願発明における「湿潤化時間」に関する規定は、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎としても、第三者が定量的にその数値を定めることができるように明確に定義づけられたものとは認められないから、そのような規定を含む特許請求の範囲の記載は、当該数値の不確定さを招来するものであり、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるというべきである。また、この点について、審判請求人は十分な立証責任を果たしていないというべきである。
したがって、上記(1)の判断手法に照らすと、本願の特許請求の範囲の記載は、明確性要件に適合しない。
(3) 明確性要件についてのまとめ
以上のとおり、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同項所定の規定に違反するものである。
なお、本願発明の「表面張力」の規定についても同様である。当該「表面張力」については、【0050】によれば、単位長さ当たりの力を表し、典型的に1cmの長さのフィルムを壊すのに必要な力であると定義されている一方、【0143】によれば、水-メタノールの較正曲線による試験手法が記載されており、両者の関係が定かでない上、そもそも当該試験手法の内容も判然としない。
この点につき、審判請求人は、平成30年8月28日付けの意見書(理由2(3))において、様々な従来公知の膜の表面張力の測定方法、例えば、濡れ角から算出する方法等で表面張力を求めることができる旨説明していたが、本願明細書記載の実施例で示された具体的な表面張力値がどのような測定方法で求められたのかは明らかでなかったため、上記審尋において、具体的な測定方法及び条件の提示を求めたが、審判請求人からは、上記【0143】の説明以上の具体的な説明はなかった。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載が同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2021-01-26 
結審通知日 2021-02-02 
審決日 2021-02-16 
出願番号 特願2017-527217(P2017-527217)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (B01D)
P 1 8・ 536- WZ (B01D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 河野 隆一朗  
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 金 公彦
日比野 隆治
発明の名称 グラフト化超高分子量ポリエチレン微多孔膜  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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