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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C08L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  C08L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1376098
審判番号 無効2019-800060  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-09-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-08-16 
確定日 2021-04-26 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第6228658号発明「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及び熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第6228658号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕、〔9〕について訂正することを認める。 請求項1?3、5?9についての本件審判の請求は、成り立たない。 請求項4についての本件審判の請求を却下する。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6228658号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし9に係る発明についての出願は、平成28年12月28日を出願日とする特許出願であって、平成29年10月20日に特許権の設定登録がされた(特許掲載公報の発行日は同年11月8日)。その後、平成30年5月2日に特許異議の申立て(異議2018-700373号)がなされ、同年8月27日に請求項1?8についての訂正請求(以下、「異議時訂正請求」という。)があり、同年10月11日付けで異議時訂正請求による訂正を認め、請求項1?9に係る特許を維持する異議の決定がされたものであり、決定の謄本の送達によりいずれも確定した(平成30年10月20日)。
そして、その後の主な経緯は次のとおりである。
令和1年 8月16日 審判請求書、及び甲第1?9号証(請求人)
同年 9月19日 証拠説明書(請求人)
同年12月 2日 審判事件答弁書(被請求人)
同日 訂正請求書(被請求人)
(以下、「本件訂正請求」という。)
同年12月17日付け手続補正指令書
2年 1月10日 手続補正書(被請求人)
同年 2月20日 審判事件弁駁書(請求人)
同年 5月 7日付け審理事項通知書
同年 5月15日 口頭審理陳述要領書、及び
甲第9-1?9-7号証(請求人)
同日 口頭審理陳述要領書、及び
乙第1?5号証(被請求人)
同年 5月25日付け書面審理通知
同年 5月26日 証拠説明書(被請求人)
同年 5月27日 証拠説明書(請求人)
同年 5月29日 口頭審尋及び調書
同年 6月 1日付け補正許否の決定
同年 6月12日 上申書(請求人)
同日 上申書(被請求人)
同年 6月26日 上申書(請求人)
同日 上申書(被請求人)

第2 本件訂正の適否についての判断

まず、本件訂正の適否について検討する。なお、異議の決定確定時の明細書を「異議決定後の明細書」といい、異議決定後の明細書、特許請求の範囲及び図面を併せて「異議決定後の明細書等」という。
1 訂正の内容
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1における「塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、」を「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、」に訂正し(以下、「訂正事項1-1」という。)、同じく「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上」を「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上」に訂正する(以下、「訂正事項1-2」という。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5における「前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄からなる群から選ばれる」を「前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄からなる群から選ばれる」に訂正し、引用請求項から請求項4を削除する。

(4)訂正事項4及び5
特許請求の範囲の請求項6及び7の引用請求項から請求項4を削除する。

(5)訂正事項6?8
異議決定後の明細書の「試料を作製し、これを800℃まで加熱して膨張」(【0070】)、「積層体試料を800℃まで加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体」(【0076】)、及び「上記で得た各積層体試料を800℃まで加熱して膨張させて得られた加熱膨張体」(【0077】)における「800℃まで加熱」を「800℃で加熱」に訂正する。

(6)訂正事項9
異議決定後の明細書の表4の「検討対象の化合物」の項目がメラミンシアヌレートであるときにおける粘結力(kgf)の項目の値を「1.9」から「2.6」に訂正する。

そして、訂正前の請求項2?8は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、請求項1?8は一群の請求項であり、訂正前の請求項1、4?7に係る訂正事項1?5は、一群の請求項〔1?8〕に対して請求されたものである。また、明細書に係る訂正事項6?9は、一群の請求項〔1?8〕について請求されたものである。

(7)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項9における「前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に」を、「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の追加及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について

(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1-1は、「塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、」を「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、」にする訂正であって、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の構成成分である塩化ビニル系樹脂を、「塩化ビニル系樹脂」から「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」にするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項1-2は、「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上」を「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上」にする訂正であって、粘結力の範囲を「0.8kgf以上」から「1.0kgf以上」と減縮するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加の存否
訂正事項1が、異議決定後の明細書等に記載した事項の範囲内のものかを検討する。
訂正事項1-1に関して、異議決定後の明細書の【0045】には、塩化ビニル系樹脂材料の構成成分である塩化ビニル系樹脂について、「本発明で用いる塩化ビニル系樹脂の平均重合度は特に限定されないが、好ましくは、400?3,000であり」と記載されており、この記載を基にするものであるから、異議決定後の明細書等に記載された事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、新規事項の追加に該当しない。
また、訂正事項1-2に関して、異議決定後の明細書には、「表2に示した基本配合Cで・・・検討対象の化合物の種類を変えた液をそれぞれ調製し、得られた各液を離型紙上に、厚み1.5?1.6mmになるようにコートした。更に、コート液の表面に密度450g/m^(2)のポリエステル不織布を軽くラミネートした。・・・上記で得られた積層体試料について、それぞれ、20×20mmの面積で切り出して加熱する試料とした。」、「積層体試料を800℃まで加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体について、下記の方法で発泡倍率と粘結力とをそれぞれ測定した。」(【0075】?【0076】)と記載されており、これらの記載から、「厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、」800℃まで「加熱して得られる膨張体」が記載されているといえる。
そして、後記(5)で述べるとおり、「800℃まで加熱」及び「800℃で加熱」は、いずれも試料の温度が800℃に達するように加熱することを意味するものである。
以上によれば、異議決定後の明細書等には、「厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体」が記載されているといえる。
更に、異議決定後の明細書には、「表4に総合判定結果を示したが、その基準は下記の通りである。◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%以下である。」(【0079】)、及び、上記基本配合Cが、塩化ビニル系樹脂(平均重合度1650)を27.0部、フタル酸ジオクチルを25.8部、Zn/Ca複合安定剤を0.5部、検討対象の化合物を20.0部、熱膨張性黒鉛(熱膨張開始温度180℃)を22.7部、顔料(カーボンブラック)を1.0部、脱塩酸触媒(酸化亜鉛)を3.0部からなること(表2、【0065】)、上記基本配合Cにおける検討対象の化合物がメラミンシアヌレートである熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の粘結力が1.9kgfであったこと(表4)が記載されており、メラミンシアヌレートを含む上記基本配合Cのものは、請求項1に記載された熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であるから、当該樹脂材料の試験片を、800℃で加熱して得られる「膨張体の粘結力が1.0kgf以上である」ことが記載されているといえる。
以上の記載を総合すると、異議決定後の明細書等には、「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上である」ことが記載されているといえる。
そうすると、訂正事項1-2も、異議決定後の明細書等に記載された事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、新規事項の追加に該当しない。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記アで述べたとおり、塩化ビニル系樹脂の平均重合度を限定し、また、粘結力の範囲を減縮して特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項4を削除するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、異議決定後の明細書等の記載した事項の範囲内においてしたものであり、新規事項の追加ではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、特許請求の範囲の請求項5における「前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄からなる群から選ばれる」を「前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄からなる群から選ばれる」に訂正して「銅、酸化銅」を削除するとともに、引用請求項から請求項4を削除するものであり、これらの訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかであり、異議決定後の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、新規事項の追加ではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)訂正事項4及び5について
訂正事項4及び5は、請求項6及び7の引用請求項から請求項4を削除する訂正であり、これらの訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、異議決定後の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、新規事項の追加ではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(5)訂正事項6?8について
ア 訂正の目的の適否
(ア)「800℃まで加熱」及び「800℃で加熱」の意味
訂正事項6?8は、異議決定後の明細書の【0070】に記載の「試料を作製し、これを800℃まで加熱して膨張」、同じく【0076】に記載の「積層体試料を800℃まで加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体」、及び同じく【0077】に記載の「上記で得た各積層体試料を800℃まで加熱して膨張させて得られた加熱膨張体」における「800℃まで加熱」を「800℃で加熱」に訂正するものであるところ、ここでは、まず、本件訂正前の「800℃まで加熱」の記載及び本件訂正による「800℃で加熱」の記載のそれぞれの意味について検討する。
「800℃まで加熱」とは、異議決定後の明細書の【0070】の「粘着力は、上記で得た熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で・・・試料を作製し、これを800℃まで加熱して膨張させて得られた加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さになるまでの間に測定」という記載によれば、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の加熱膨張体の粘結力を測定するために、加熱膨張体を得るための加熱温度を特定するものであり、上記試料が800℃まで加熱されるといえ、試料自体の温度が800℃に達したといえる。
一方、「800℃で加熱」に関して、請求項1には「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」と記載され、異議決定後の明細書には、発明が解決する課題として「本発明の目的は、低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、800℃に加熱した膨張後における膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れた高品質のものになり」(【0008】)と記載され、上記課題を解決する手段として「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」(【0009】)と記載され、本件発明の効果として「800℃で加熱して膨張して得られる膨張体・・・が、より高い粘結力を示す」(【0013】)と記載され、膨張体の粘結力の測定方法として「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で・・・試料を作製し、これを800℃で加熱後に得られた膨張体」(【0063】)と記載されている。
これらの記載によれば、「800℃で加熱」とは、上記試料を加熱する際に試料を曝す温度、すなわち雰囲気の温度を意味すると解することもできるところ、これらの記載も加熱膨張体の粘結力を測定する際の温度を特定するためのものであるといえる。加熱膨張体の発泡倍率は試料自体の温度により大きく変わることは、異議決定後の明細書の【0066】(図5も参照)に記載されているように明らかであり、雰囲気の温度が800℃でありさえすればよいという測定条件だけの場合では、例えば、試料の温度が200℃、500℃、800℃等の異なる温度となることが想定されるといえ、試料の温度が異なれば加熱膨張体の発泡倍率が異なり、加熱膨張体の粘結力は特定の値とならないといえる。
このように、加熱膨張体の粘結力という物性を測定するに当たり、その値が特定の値とならないような測定条件は不適切であるから、「800℃で加熱」という記載であっても、試料自体の温度が800℃に達したと解することが自然である。
そうすると、「800℃で加熱」における「800℃」は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を加熱膨張体したときの粘結力を測定するための、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料(試料)の処理温度であって、試料の温度が同じでなければ加熱膨張体の粘結力の比較・評価を正確に行えないことからすれば、「800℃まで加熱」及び「800℃で加熱」のいずれについても、試料自体の温度が800℃に達するように加熱して膨張体を得る必要があるといえる。
以上のとおりであるので、「800℃で加熱」においても、上記試料が800℃の雰囲気に曝されて、試料自体の温度が800℃に達することが意図されているのであり、「800℃まで加熱」及び「800℃で加熱」は、互いに表現は異なるものの、いずれも試料自体の温度が800℃に達するように加熱することを意味する記載であるといえる。

(イ)明瞭でない記載の釈明を目的とするものか
次に、訂正事項6?8が、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるかについて検討する。
異議決定後の明細書には、「800℃まで加熱」及び「800℃で加熱」の記載が存在しているが、上記(ア)で述べたとおり、これらは技術的に同じ意味である。このように、同じ意味をもつ記載どうしであっても、表現が異なる二つの記載が明細書中に存在することで、両者の間に何らかの技術的な違いがあるとの誤解が生じる余地があり、このような記載は必ずしも明瞭であるとはいえない。
これらのことを考慮すると、訂正事項6?8は、異議決定後の明細書の上記「800℃まで加熱」との記載を、同じく上記「800℃で加熱」の記載と統一することで、明細書及び特許請求の範囲の記載全体を明瞭にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当するといえる。

新規事項の追加及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項6?8は、異議決定後の明細書に記載された「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力」(【0009】及び【0010】)、「800℃で加熱されて膨張して得られる膨張体」(【0013】)、「試料を作製し、これを800℃で加熱後に得られた膨張体」(【0063】)等を基に訂正するものであり、異議決定後の明細書等に記載された事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、新規事項の追加に該当しない。また、訂正事項6?8は、明細書の記載を訂正するものであるし、上記ア(ア)によれば、訂正前の「800℃まで加熱」は、請求項1に記載の「800℃で加熱」とも技術的に同じ意味であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 請求人の主張について
請求人は、「800℃で加熱」は、試料を800℃の雰囲気下で加熱したことを意味し、加熱条件(加熱時間等)が規定されなければ試料自体の温度が800℃に達したかは不明であるのに対し、「800℃まで加熱」は、試料自体の温度を800℃まで加熱したことを意味し、加熱条件(加熱開始温度、昇温速度、加熱時間)及び雰囲気の温度は不明であることから、両者は加熱方法を異にしていることは明らかであり、いずれが正しく、いずれが誤記であるのかは不明である旨を述べる(弁駁書3頁16行?4頁22行)。
しかしながら、請求人の主張は、「800℃で加熱」及び「800℃まで加熱」の記載が異なる意味であることを前提に、いずれが記載本来の意味であるのかが不明であるというものであるが、上記ア(ア)で述べたように、両記載は、試料自体の温度が800℃に達するように加熱するという技術的に同じ意味であるから、上記主張は前提において失当である。
よって、請求人の主張は採用できない。

(6)訂正事項9について
ア 訂正の目的の適否
(ア)明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるか
訂正事項9は、異議決定後の明細書の表4の「検討対象の化合物」の項目がメラミンシアヌレートであるときにおける粘結力(kgf)の項目の値を「1.9」から「2.6」に訂正するものであり、この訂正が明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるかについて検討する。
「明瞭でない記載の釈明」とは、設定登録時(既に確定した訂正がある場合は、その確定時)の明細書、特許請求の範囲又は図面(本件においては、異議決定後の明細書等)中のそれ自体意味の不明瞭な記載、又は上記明細書等の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載等、明細書、特許請求の範囲又は図面に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにすることをいう。
異議決定後の明細書には、検討例2として、上記(1)イで述べたとおり、表2に示した基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、検討対象の化合物としてメラミンシアヌレートを用いた場合に、加熱膨張体の粘結力が1.9kgfであったことが記載されている(【0071】?【0082】)。
また、同じく検討例5(表6)には、上記基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、検討対象の化合物としてメラミンシアヌレートを用いて、その添加量を5?20質量部にした場合の加熱膨張体の粘結力を測定し、上記添加量が20質量部のときの粘結力が2.6kgfであったことが記載されている(【0089】?【0091】)。また、同じく検討例6(表7)には、上記基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、検討対象の化合物としてメラミンシアヌレートを用いて、酸化亜鉛の添加量を0.75?3.00質量部にした場合の加熱膨張体の粘結力を測定し、上記添加量が3.0質量部のときの粘結力が2.6kgfであったことが記載されている(【0092】?【0093】)。
なお、上記粘結力の測定方法は、上記基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、検討対象の化合物としてポリリン酸アンモニウム又はメラミンを用いた検討例3において、「評価は、前記したと同様にして、樹脂材料の発泡倍率、加熱膨張体の粘結力を測定して行った」(【0083】)と記載されており、上記「前記した」は検討例2の【0075】?【0077】を指していることが明らかであるから、基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を用いたことで共通する検討例5及び検討例6においても、検討例3と同様に、加熱膨張体の粘結力の測定を、検討例2のとおりに行ったと解される。
上記検討例2、検討例5及び検討例6において、基本配合Cの検討対象の化合物としてメラミンシアヌレートを用いた場合の表4の「1.9kgf」、表6及び表7の「2.6kgf」は、いずれも同じ組成物を同じ温度で加熱して得られた膨張体を、同じ方法で測定した粘結力であるから、本来、上記3つの値は一致すべきものである。
そこで、表6の粘結力の数値データを見てみると、メラミンシアヌレートの添加部数が増えるにつれて粘結力が大きくなっており、その増加傾向も、「アミノ基含有化合物の添加部数が多くなるにつれて、加熱膨張体の粘結力が大きくなることが確認された。また、添加量が、15?20部でほぼ飽和してくることがわかった。」(【0090】)との記載と整合する。これと同様に、表7の粘結力の数値データも、「酸化亜鉛の添加部数が多くなると粘結力が大きくなることが確認された。この組成の場合は、基準の75%程度で飽和するのが確認された。」(【0093】)との記載とも整合する。そして、これらの粘結値データにつき、その真偽に疑義を抱くべき具体的な事情はない。これらのことから、上記基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料においてメラミンシアヌレートを用いた場合の加熱膨張体の粘結力は、「2.6kgf」(表6及び表7)であると推認される。
したがって、訂正事項9は、異議決定後の明細書に、上記基本配合Cにおいて「検討対象の化合物」にメラミンシアヌレートを用いた場合における加熱膨張体の粘結力として、表6及び表7の「2.6kgf」と表4の「1.9kgf」という異なる値が記載されていて、いずれの値が正しいのか不明瞭であったものを、表4の「1.9kgf」をその記載本来の意である「2.6kgf」に訂正し、その値を統一したものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるといえる。

(イ)誤記の訂正を目的とするものであるか
念のために、誤記の訂正を目的とすることについても検討する。
「誤記の訂正」とは、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう。
そして、異議決定後の明細書には、上記(ア)で述べたように、表4、表6及び表7には、メラミンシアヌレートを用いた上記基本配合Cである同じ樹脂組成物の試料を、試料の温度が800℃に達するように加熱し、同じ方法で測定した粘結力の数値データとして、表4の「1.9kgf」と表6及び表7の「2.6kgf」という異なる値が記載されているところ、表6及び表7の「2.6kgf」が本来の意であり、正しい値であって、表4の「1.9kgf」は明らかな誤記であるといえるものである。
したがって、訂正事項9は、誤記の訂正を目的とするものであるともいえるものである。

新規事項の追加及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
誤記の訂正を目的とする訂正の適否を判断する際に基準となる明細書、特許請求の範囲又は図面は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「当初明細書等」という。)であるところ、訂正事項9は、上記アで述べたように、誤記の訂正を目的とするものともいえるから、以下では、訂正事項9の新規事項の追加の存否を検討するに当たり、異議決定後の明細書等及び当初明細書等の両方の記載について検討する。
異議決定後の明細書等には、上記ア(ア)で述べたように、表4の「1.9kgf」と表6及び表7の「2.6kgf」との記載があり、当初明細書等にもこれと同じ記載がある。そして、上記表4、表6及び表7の値は、同じ組成物を同じ温度で加熱し、同じ方法で測定した粘結力の値であり、本来一致すべきものであって、2.6kgfが本来の意又は正しい値であることは明らかである。
よって、表4の「1.9kgf」を「2.6kgf」に訂正することは、異議決定後の明細書等又は当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであり、新たな技術的事項を導入するものではないから、新規事項の追加に該当しない。また、訂正事項9は、明細書の記載を訂正するものであるし、上記ア(ア)によれば、訂正前の「1.9kgf」の本来の意又は正しい値が「2.6kgf」であることは明らかであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 請求人の主張について
請求人は、明瞭でない記載の釈明は、文理上、意味の明らかでない記載など、不備を生じている記載を明瞭でない記載の不明瞭さを正して、その記載本来の意味内容を明らかにすることであり、上記「1.9kgf」と「2.6kgf」とは、異議決定後の明細書等の記載からは、いずれがその記載本来の意味内容であるのかは不明であるし、被請求人は、上記「1.9kgf」がその記載本来の意味内容でなく、「2.6kgf」がその記載本来の意味内容である理由を、異議決定後の明細書等の記載に基づいて説明していないし、合理的に説明する証拠方法も提示していないから、訂正事項9は明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当しない旨を述べる(令和2年6月12日付け上申書(請求人)9頁17行?10頁5行)。
しかしながら、上記ア(ア)で述べたように、異議決定後の明細書には、同じ組成物の加熱膨張体の粘結力として、表4の「1.9kgf」と表6及び表7の「2.6kgf」という異なる値が記載され、異議決定後の明細書の他の記載と不合理を生じているために不明瞭となっている記載であって、表4の「1.9kgf」が誤りであって記載本来の意味内容でなく、「2.6kgf」が正しいものであって記載本来の意味内容であることが明らかであるから、訂正事項9は、明瞭でない記載の釈明に該当するものである。
また、請求人は、「誤記の訂正」とは、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを、その意味内容の字句・語句に正すことであって、表4の「1.9kgf」は、当初明細書等の記載から明らかな誤りであるとはいえず、表6の「2.6kgf」は、当初明細書等の記載から明らかに正しいとはいえないから、訂正事項9は誤記の訂正を目的とするものに該当しない旨を述べる(弁駁書第5頁14?23行)。
しかしながら、上記ア(ア)で述べたように、表4、表6、表7、【0090】、【0093】などの異議決定後の明細書の記載を総合すると、表4におけるメラミンシアヌレートを用いた場合の「1.9kgf」は明らかな誤りであり、「2.6kgf」が正しいことを理解できる。なお、請求人は、単に、表4の「1.9kgf」が明らかな誤りであり、表6の「2.6kgf」が明らかに正しいとはいえない旨を述べるにとどまり、その具体的な根拠を何ら説明していない。
よって、請求人の主張は、いずれも採用できない。

(7)訂正事項10
訂正事項10は、請求項9に記載の「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法」において、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の構成成分である塩化ビニル系樹脂を、「前記塩化ビニル系樹脂」から「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」に訂正するものであり、上記訂正事項1-1と同内容の訂正である。そして、上記(1)で述べたのと同様の理由により、訂正事項10は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、異議決定後の明細書等に記載された事項の範囲内でしたものであり、新規事項の追加ではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

4 小括
以上のとおりであるから、訂正事項1ないし10は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号ないし第3号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第9項で準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するものである。
したがって、本件訂正を認める。

第3 本件発明
第2で述べたとおり、本件訂正は認められるから、特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、本件訂正により訂正された特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである(以下、請求項1?9に係る発明を、順に「本件発明1」等という。また、本件訂正により訂正された明細書を「本件訂正明細書」といい、本件訂正明細書、特許請求の範囲及び図面を「本件訂正明細書等」という。)。

「【請求項1】
平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、
前記脱塩酸触媒は、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内であり、
前記脱塩酸抑制化合物が、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、メラミンシアヌレートであり、
前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上であることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項2】
前記脱塩酸抑制化合物の使用量が、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、50?150質量部の範囲内である請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項3】
95℃の熱水中に24時間浸漬した際の溶出量が、質量基準で2.5%以下である請求項1又は2に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項4】
削除
【請求項5】
前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄からなる群から選ばれる少なくとも何れかである請求項1?3の何れか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項6】
その形状が、シート状であり、且つ、厚みが0.5mm?2.0mmである請求項1?3、5のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項7】
その形状が、ペースト状又は塗料状である請求項1?3、5のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項8】
窓枠又はドア枠に設置するためのものである請求項6又は7に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項9】
熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、
平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に、
前記脱塩酸触媒を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内になるように決定し、
更に、前記脱塩酸抑制化合物として、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつメラミンシアヌレートを用いることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法。」

第4 請求人の主張の概要及び証拠方法
1 請求人の主張の概要
請求人は、審判請求書、審判事件弁駁書、口頭審理陳述要領書及び上申書(令和2年6月12日及び同年同月26日)を提出し、「特許第6228658号の特許請求の範囲の請求項1?9に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として、本件訂正をも踏まえた上で、概略、次の無効理由を主張している。

(1)無効理由1(新規事項の追加)
異議時訂正請求による特許請求の範囲の訂正は、設定登録時の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に違反してされたものであるから、上記訂正請求を認めた異議決定後の請求項1?8に係る発明の特許は、同法第123条第1項第8号に該当し、無効とすべきものである。
ア 無効理由1-1
設定登録時の特許請求の範囲の請求項1及び明細書の【0063】には、ポリエステル不織布を用いない一般的な粘結力測定方法(以下、「方法1」という。)が記載され、また、同じく【0075】?【0077】には、密度450g/m^(2)のポリエステル不織布を用いた粘結力測定方法(以下、「方法2」という。)が記載されている(根拠1)。
そして、方法1における粘結力の下限値は0.8kgfであることが記載されているのに対して、方法2における粘結力の下限値は1.0kgfであることが記載されており(根拠2)、また、方法1は「800℃で加熱」することが記載されているのに対して、方法2は「800℃まで加熱」することが記載されたもの(根拠3)である。
そうすると、異議時訂正請求の訂正事項1は、ポリエステル不織布を用いた方法2に、方法1の「0.8kgf」と「800℃で加熱」を組み合わせようとするものであるから、新規事項の追加に該当する(審判請求書33頁22行?36頁12行、弁駁書9頁3行?11頁9行)。

イ 無効理由1-2
設定登録時の特許請求の範囲の請求項4及び明細書の【0010】には、「密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布」と記載されているが、同じく【0075】には、「密度450g/m^(2)のポリエステル不織布」と記載されており、いずれが正しいか明らかでない。
そうすると、異議時訂正請求の訂正事項2(請求項4の記載のうち、「密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて」を「密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を貼り合わせて」とする訂正)は、新規事項の追加に該当する(審判請求書36頁13行?37頁11行)。

(2)無効理由2(サポート要件)
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明の特許は、以下の点で特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
ア 無効理由2-1
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、検討例1?6の塩化ビニル系樹脂材料に比べて広範なものであること、及び、「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力」について、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明では「0.8kgf以上」と規定されているにもかかわらず、表4における「総合判定」(異議決定後の明細書の段落【0079】)においては、「1.0kgf未満」のものは「×」と評価されており、また、表4と表6とでメラミンシアヌレートを含む同じ組成の塩化ビニル系樹脂組成物の粘結力の値が異なるため、検討例1?6の信頼性に疑問の余地があることから、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、「製品の膨張体の粘結力を高くすると共に、製品の耐水性を優れたものにできる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提供すること」という課題を解決できることを、当業者が認識できるとはいえない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。
(審判請求書37頁24行?41頁3行、弁駁書11頁15行?14頁13行)。

イ 無効理由2-2a
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明の熱膨張性塩化ビニル樹脂材料は、塩化ビニル系樹脂の平均重合度を、脱塩酸触媒の物質と添加量の規定と同じように規定していないため、「170?240℃の低温度で、著しい重量減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進された状態となる」とはいえず、また、塩化ビニル系樹脂の重量減は、その平均重合度により影響を受けることは本件出願時の技術常識であるから(甲9参照)、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、上記課題を解決できると当業者が認識できるとはいえない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。
(審判請求書41頁4行?42頁24行)。

ウ 無効理由2-2b
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明の熱膨張性塩化ビニル樹脂材料は、塩化ビニル系樹脂の可塑剤の種類を、脱塩酸触媒の物質と添加量の規定と同じように規定していないため、「170?240℃の低温度で、著しい重量減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進された状態となる」とはいえず、また、塩化ビニル系樹脂の重量減は、添加される可塑剤により影響を受けることは本件出願時の技術常識であるから(甲9参照)、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、上記課題を解決できると当業者が認識できるとはいえない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。
(無効理由2-2aと同じく、審判請求書41頁4行?42頁24行)。

(3)無効理由3(進歩性)
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、本件出願前に頒布された甲1に記載された発明、及び本件出願時の周知技術(甲2?甲8に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
本件訂正請求が認められる場合も、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明と甲1発明とは「1.0kgf以上」で重複すること、ポリエステル不織布は燃えて粘結力に影響しないこと、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1には「板の位置が底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した」ことは規定されていないことから、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は当業者が容易に発明をすることができたものである。
(審判請求書42頁25行?63頁6行、弁駁書16頁16行?20頁9行、口頭審理陳述要領書(請求人)5頁11行?6頁2行、令和2年6月12日付け上申書(請求人)4頁2行?5頁35行、令和2年6月26日付け上申書(請求人)5頁15行?9頁24行)。

(4)無効理由4(明確性要件)
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明の特許は、以下の点で特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

ア 無効理由4-1
塩化ビニル系樹脂の重量減が平均重合度により影響を受けることは本件出願時の技術常識であるから(甲9参照)、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明における試料A及び試料Bについての「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」という広範な規定では、脱塩酸触媒の種類及び配合量を一義的に決定することができないため、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、明確でない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は、明確でない。
(審判請求書63頁8行?64頁9行、弁駁書20頁10行?23頁9行、令和2年6月12日付け上申書(請求人)8頁6?14行)。

イ 無効理由4-2
異議決定後の特許請求の範囲の請求項5?8に係る発明における「銅」及び「酸化銅」は、試料Aの重量減が25質量%以上となる「脱塩酸触媒」といえないものであるから、異議決定後の特許請求の範囲の請求項5?8に係る発明は明確でない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項5?8に係る発明は、明確でない。
(審判請求書64頁10行?65頁8行、弁駁書24頁17行?25頁5行)。

ウ 無効理由4-3
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1及び9に係る発明における試料A及び試料Bの重量減少%は、試料A及び試料Bの形状・大きさ、具体的な加熱方法等にも依存するから、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は明確でない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明は、明確でない。
(審判請求書65頁9行?66頁20行、弁駁書23頁10行?24頁16行)。

(5)無効理由5(実施可能要件)
異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明の特許は、以下の点で、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

ア 無効理由5-1
異議決定後の明細書の発明の詳細な説明には、脱塩酸触媒の具体例として、「金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄等」(【0042】)が挙げられているが、これらが異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明における試料Aの重量減の規定を満たすか不明であり、どのような種類の脱塩酸触媒を用いれば、試料Aの重量減の規定を満たすことができるのかが明確かつ十分に記載されていない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(審判請求書68頁10?12行、同頁16?20行、弁駁書26頁5?24行)。

イ 無効理由5-2
異議決定後の明細書の発明の詳細な説明には、脱塩酸触媒の具体的な配合割合として、「塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部」(【0042】)が挙げられているが、この配合割合が異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明における試料Bの重量減の規定を満たすか不明であり、どのような配合割合で脱塩酸触媒を用いれば、試料Bの重量減の規定を満たすことができるのかが明確かつ十分に記載されていない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(審判請求書68頁13?15行、弁駁書27頁1?6行)。

ウ 無効理由5-3
異議決定後の明細書の発明の詳細な説明の【0042】には、試料A及び試料Bの形状・大きさや具体的な加熱方法等が特定されていないから、どのようにすれば異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明における試料A及び試料Bの重量減の規定を満たすことができるのかが明確かつ十分に記載されていない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?9に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(審判請求書68頁21?23行)。

エ 無効理由5-4
本件訂正により異議決定後の明細書の発明の詳細な説明の【0076】及び【0077】の「800℃まで加熱」が「800℃で加熱」に訂正されたが、積層した試験片の加熱時間等の加熱条件は何ら規定されておらず、上記加熱条件の違いにより膨張体の粘結力が一定にならないから、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明についての実施可能要件を満たさない。
本件訂正請求が認められる場合も同様に、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?3、5?8に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(弁駁書27頁13行?28頁14行、令和2年6月26日付け上申書(請求人)2頁2行?5頁24行)。

なお、無効理由5-4は、令和2年6月1日付け補正許否の決定により、請求人が主張する新たな無効理由として採用されたものである。

2 証拠方法
請求人は、審判請求書とともに甲第1?9号証(以下、「甲1」等という。)、及び口頭審理陳述要領書とともに甲第9-1?9-7号証(以下、「甲9-1」等という。)を、それぞれ証拠方法として提出した。
甲1:特許第5992589号公報
甲2:特開平9-309990号公報
甲3:特開平9-302237号公報
甲4:特開平11-172254号公報
甲5:特開2000-63562号公報
甲6:特開2013-231134号公報
甲7:特開2016-186534号公報
甲8:国際公開第2016/152484号
甲9:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、表紙、目次、第1?22頁及び奥付の写し、昭和54年11月25日(当審注:甲9-1?甲9-7と同内容)
甲9-1:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、表紙、目次、第1?22頁及び奥付の写し、昭和54年11月25日
甲9-2:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第9頁の図1の写し、昭和54年11月25日
甲9-3:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第10頁の図2の写し、昭和54年11月25日
甲9-4:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第11頁の図3の写し、昭和54年11月25日
甲9-5:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第12頁の図4の写し、昭和54年11月25日
甲9-6:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第13頁の図5の写し、昭和54年11月25日
甲9-7:後藤邦夫、「ポリ塩化ビニルの可逆的脱塩酸」、大阪工業大学中研所報、第12巻、第1号、大阪工業大学中央研究所、第16頁の図7の写し、昭和54年11月25日

第5 被請求人の主張の概要及び証拠方法
1 被請求人の主張の概要
被請求人は、審判事件答弁書、口頭審理陳述要領書及び上申書(令和2年6月12日及び同年同月26日)を提出し、「訂正を認める。本件の審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、請求人が主張する無効理由のいずれにも理由がない旨の反論をしている。

2 証拠方法
被請求人は、口頭審理陳述要領書とともに下記の乙第1号証から乙第5号証(以下、「乙1」等という。)をそれぞれ証拠方法として提出した。
乙1:特開2000-159903号公報
乙2:永田公俊ら、「塩化ビニル樹脂の熱分解時に発生する塩化水素量の連続測定」、BUNSEKI KAGAKU、Vol.44、No.1、pp.79?82、平成7年
乙3:新日本理化株式会社研究開発本部研究開発部の井上貴博が作成した「TG-DTA試験結果」の報告書、2020年5月8日
乙4:都化工株式会社佐藤恭彦が作成した「加熱減量試験評価」の報告書、2020年5月13日
乙5:都化工株式会社佐藤恭彦が作成した「PVC重合度の脱塩酸に及ぼす影響」の報告書、2020年5月13日

第6 本件訂正明細書に記載された事項
本件特許の本件訂正明細書には、以下の事項が記載されている。

ア 「【0005】
本発明者らは、既に、特に低温域における火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提案している。この技術の特徴は、新たに、膨張性黒鉛の膨張開始温度における塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進する機能を有する脱塩酸触媒を見出したことにあり、その結果、この技術によって、従来の熱膨張性樹脂材料では実現できていなかった、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れる製品の提供を可能にしている。そして、この提案でも、難燃剤として、従来技術で多用されているポリリン酸系難燃剤を用いている。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、既に提案している上記した従来技術について更なる検討を進めていく過程で、上記した技術で提供した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、800℃に加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能に優れる製品を実現できるものの、該樹脂材料は、耐水性の面で検討すべき課題があり、耐水性を改善する必要があるとの認識をもった。すなわち、例えば、上記した従来技術によって提供される、シート状等の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を、戸外に面した雨水等にさらされる窓枠や戸口ドア等の戸内と戸外の境における延燃防止材として適用した場合に、耐水性が劣り、雨水等によって熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の成分が溶出し、このことが原因して、溶出物の析出によって外観上の不具合を発生することがわかった。外観上の不具合の程度によっては、このことに起因して、延焼防止材として用いられている熱膨張性シート等の製品が火災の際に加熱して膨張して得られる膨張体の性能が低下し、膨張体が本来有する高い性能が効果的に発揮されない事態が生じることが懸念される。従って、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料からなる製品における耐水性の向上は極めて重要な問題である。また、同時に、加熱して得られる膨張体の粘結力をより向上させた、より形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能を向上させた、より高品質の製品を安定して提供できる技術開発が望まれており、そのためには更なる改良が必要であるとの認識をもった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、800℃に加熱した膨張後における膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れた高品質のものになり、しかも、その製品が、戸外に面して使用され、雨水等にさらされたとしても耐水性に優れたものにできる、製品として多様な環境下での適用が可能な、火炎及び煙の遮断機能がより優れた、より高品質の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及びこれを用いた熱膨張性シート等の製品を安定して提供することにある。」

イ 「【0010】
・・・;樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上であること;その形状が、シート状であり、且つ、厚みが0.5mm?2.0mmであること;・・・」

ウ 「【0021】
これらの脱塩酸触媒を用いることで、これを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、170?240℃の低温域で、著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進された状態になり、最終的な加熱膨張体が、高い粘結力を示し、形状保持性及び機械的強度に優れるものになる。しかし、特許文献2での提案では、使用する難燃剤についての詳細な検討は行っておらず、従来と同様にポリリン酸アンモニウムを用いている。
【0022】
・・・
【0023】
本発明者らは、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を、その加熱膨張体がより高い粘結力を示す、より優れたものにできた理由を下記のように考えている。塩化ビニル系樹脂は、通常は、240℃?800℃の高温時に脱塩酸が促進され、硬い硬化状態を経由して最終的に炭化物となる。他方、熱膨張性黒鉛は、組成にかかわらず、膨張開始温度になれば温度に応じて膨張していく。ここで、170?240℃の低温域で著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こす脱塩酸触媒を用いると、塩化ビニル樹脂の硬化の進行状況と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛の膨張が同温度域で起こるので、黒鉛の膨張部に塩化ビニル系樹脂が絡みながら脱塩酸を伴って炭化していき、その結果、粘結力の大きい加熱膨張体となったものと考えられる。
【0024】
・・・
【0025】
本発明者らは、上記した従来技術に対し、前記したように、より高品質の製品の実現を目的として更なる検討を行った。まず、熱膨張性黒鉛の膨張開始前に樹脂の硬化が早く進行すると、当然のことながら固形残渣としては存在するが、加熱膨張体に樹脂の炭化物が十分に被覆された状態にはならず、高い粘結力のものにはならない。このことは、塩化ビニル樹脂の脱塩酸を効果的に進行させる脱塩酸触媒の存在は絶対に必要であることを意味している。更に、本発明者らは、火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得るより最適な加熱膨張体を得るためには、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸と、硬い硬化状態を経由して最終的に炭化物となる進行状態と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとの調整を適切にすることが重要であると考えた。より具体的には、上記した脱塩酸触媒によって促進される、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から最終的に炭化物になる進行速度と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとの調整をすることが必要であると考えた。これに対し、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸は、ジッパー的に進行するとされているので、上記の考えは、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までの低温状態においては、ジッパー的な進行を促進させるために添加する脱塩酸触媒の機能を抑えること、すなわち、該機能を抑える化合物を併用することが必要である、と換言できる。
【0026】
そこで、本発明者らは、本発明のきっかけとなった製品の耐水性が劣ることの原因成分と考えられる難燃剤を種々に変更することで、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までの低温状態において、併用した脱塩酸触媒の機能を抑える挙動に着目して検討を行った。前記したように、一般に、難燃剤としてはリン系難燃剤が多用されている。また、リン系難燃剤と窒素系難燃剤を併用すると極めて効果的な難燃効果が得られることが知られている。イントメッセント系難燃剤、すなわち、燃焼している表面に炭化(チャー)の発泡層を形成する考えでは、リン系難燃剤が炭化(チャー)を生成させ、窒素系難燃剤が窒素系ガスを発生し、炭化層の泡化を生起させるので相乗効果を発揮するとしている。
【0027】
本発明者らは、上記したことから、本発明で規定する脱塩酸触媒の存在下に、リン及び/又は窒素を含有する化合物からなる難燃剤を広範囲に使用して、検討試験を行った。検討の結果、リン系難燃剤と窒素系難燃剤の併用は、加熱膨張体の粘結力を高める必須要因でないことがわかった。そして、イントメッセント効果ではなく、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を併用することで、その加熱膨張体の粘結力をより高めることができることを見出して、本発明に至った。
【0028】
具体的には、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、塩化ビニル系樹脂をベースとなる樹脂とし、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、本発明で規定する前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒とする構成に、更に、脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を併用したことを特徴とする。このように構成したことで、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度である180?240℃の低温域では、脱塩酸を促進させる脱塩酸触媒を用いているにもかかわらず塩化ビニル系樹脂の脱塩酸の進行が抑えられる。一方、高温時には、脱塩酸を効果的に進行させることができるようになるので、より性能に優れた製品の提供ができるようになる。上記した物質の組み合わせを利用した本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料によれば、低温域においても火炎及び煙の遮断機能をより効果的に発揮し得、その加熱膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度により優れたものになるという効果が得られる。また、上記した物質の組み合わせにおいて、特に水に難溶性のアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を脱塩酸抑制化合物として選択して利用することで、得られる樹脂材料からなる熱膨張性シート等の製品が、耐水性に優れたものになるという新たな効果が得られる。具体的には、その製品を95℃の熱水中に24時間浸漬した際の溶出量が、質量基準で、2.5%以下の、耐水性にも優れた製品を実現することができる。」

エ 「【0034】
本発明者らは、上記した現象が起こることについての理由を解明すべく、脱塩酸触媒として、触媒効果を示す酸化亜鉛の存在下に、前記した各種リン系難燃剤と窒素系難燃剤を添加して、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域である160℃、190℃、220℃、240℃のそれぞれの温度での減量を測定した。その結果を図1?図4に示した。
【0035】
その結果、加熱膨張体における粘結力の向上効果を示したアミノ基を有する、メラミンコートポリリン酸、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、硫酸メラミン、ベンゾグアナミン、メラミンシアヌレートの各化合物が存在する場合は、図1?図4に示したように、各温度のいずれの場合も、その経時減量曲線は緩やかであった。先に述べたポリリン酸アンモニウムが存在しないときの脱塩酸減量数値とは逆の結果となった。他方、加熱膨張体における粘結力の向上に大きな効果を示さないアミノ基を含有しない、フォスファゼン、リン酸エステル及びアミノ基を有するメチロールメラミンの各化合物の場合は、160℃及び190℃で大きな減量曲線を示した。なお、比べて温度の高い220℃及び240℃では殆どの化合物が単純な減量曲線となった。」

オ 「【0037】
以上の検討結果より、加熱膨張体がより粘結力の高いものになる、より良好な熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とするためには、その構成を、強力な脱塩酸効果を有する脱塩酸触媒の存在に加えて、添加することで、熱膨張性黒鉛が膨張を開始する温度域においては脱塩酸を抑制し、且つ、この温度域以上の温度では減量が進む効果を有する、すなわち、脱塩酸抑制化合物として機能する、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物の共存が必須であることがわかった。
【0038】
更に、熱膨張シート等の製品が耐水性に優れるものとなるようにするためには、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物の中で、水への溶解度が非常に小さい水に難溶性の化合物を選択すれば、容易に実現できる。以下に、本発明を構成する成分について説明する。」

カ 「【0039】
<脱塩酸抑制化合物(アミノ基含有化合物及びアンモニウム基含有化合物)>
・・・
本発明者らの検討によれば、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、その構成成分として、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を用いたことによる効果の優位性は、本発明で規定した脱塩酸触媒として機能する成分との併用によって有用な相乗効果が得られることによってもたらされたものであることを確認している。換言すれば、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料では、アミノ基含有化合物やアンモニウム基含有化合物を単なる難燃剤としてではなく、併用する脱塩酸触媒に対する脱塩酸抑制化合物として用いている。
【0040】
本発明を構成する脱塩酸抑制化合物の具体例としては、ポリリン酸アンモニウム、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、リン酸メラミン、メラミンポリリン酸金属塩、リン酸ピペラジン、エチレンジアミンリン酸塩、硫酸メラミン、メラミン、メラム、メレム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン、シランコートポリリン酸アンモニウム、メラミンコートポリリン酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウム等が挙げられる。
【0041】
また、脱塩酸抑制化合物の添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部であることが好ましく、より好ましくは、70?100質量部である。この添加量が少な過ぎると、難燃効果、膨張時の形状保持効果が現れず、多過ぎると、樹脂材料の成形加工が困難になる傾向があるとともに、膨張率が低くなるので好ましくない。」

キ 「【0042】
<脱塩酸触媒>
先に述べたように、本発明を構成する脱塩酸触媒については、先に挙げた特許文献2に詳細に記載されている。具体的なものとしては、例えば、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄等が挙げられ、いずれも好適に使用し得る。しかし、これらに限定されるものではなく、本発明で規定する試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であれば、いずれも使用することができる。また、その配合割合は、少ないと難燃化の向上効果が期待できず、多過ぎると樹脂材料の粘度が高くなり配合しにくくなるので好ましくない。これ等の点から、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部とすることが好ましい。しかし、この範囲に限定されるものでなく、本発明で規定する試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内で適宜に決定すればよい。」

ク 「【0043】
<塩化ビニル系樹脂>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を構成する塩化ビニル系樹脂には、(1)塩化ビニル単独重合体、或いは、(2)塩化ビニル及び塩化ビニルと共重合可能な不飽和結合を有する単量体の共重合体であって、且つ、塩化ビニルを50質量%以上含有する塩化ビニル系共重合体等が使用できる。
【0044】
塩化ビニルと共重合可能な不飽和結合を有する単量体としては、例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等のビニルエステル;アクリル酸、メタクリル酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸エステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル等のメタクリル酸エステル;エチレン、プロピレン等のオレフィン;アクリロニトリル;スチレン等の芳香族ビニル;塩化ビニリデン等を挙げることができる。
【0045】
本発明で用いる塩化ビニル系樹脂の平均重合度は特に限定されないが、好ましくは、400?3,000であり、さらに好ましくは、1,000?2,000である。平均重合度が、400未満であると、得られる成形体の機械的特性が劣ることがある。平均重合度が、3,000を超えると、成形時における塩化ビニル系樹脂の溶融粘度が高くなり、成形が困難になることがある。なお、溶融粘度を低下させるために成形温度を上昇させると、塩化ビニル系樹脂が分解を起こしてしまい良好な成形物を得ることが困難となる。本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、成形法にもよるが、その粘度が、25℃で、5000?20000mPa・secであるものを用いることが好ましい。塩化ビニル系樹脂は、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。」

ケ 「【0046】
<可塑剤>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、該樹脂用の可塑剤を含有してなる。可塑剤としては、例えば、ビス(2-エチルヘキシル)フタレート、ジイソノニルフタレート、ジイソデシルフタレート、ジトリデシルフタレート、高級アルコールの混合フタル酸エステル等のフタル酸誘導体(特にはフタル酸エステル);トリス(2-エチルヘキシル)トリメリテート、トリ(n-オクチル)トリメリテート、トリイソオクチルトリメリテート等のトリメリット酸誘導体(特にはトリメリット酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)アジペート、ジイソノニルアジペート、ジイソデシルアジペート、高級アルコールの混合アジピン酸エステル等のアジピン酸誘導体(特にはアジピン酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)アゼレート、ジイソオクチルアゼレート、ジ-(n-ヘキシル)アゼレート等のアゼライン酸誘導体(特にはアゼライン酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)セバケート、ジイソオクチルセバケート等のセバシン酸誘導体(特にはセバシン酸エステル);フェノール系アルキルスルホン酸エステル等のスルホン酸誘導体(特にはスルホン酸エステル);エポキシ化大豆油、エポキシ化あまに油等のエポキシ誘導体(特にはエポキシ化エステル)等の可塑剤;アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸等のジカルボン酸と、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等の2価アルコールとの重合型エステルであるポリエステル系可塑剤等を使用することができる。これらの可塑剤の中でも、移行性、抽出性、ブリード性等の面から高分子量の可塑剤が好ましい。なお、可塑剤は、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。
【0047】
上記した可塑剤の添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、10?100質量部程度であり、好ましくは20?80質量部程度である。この添加量が10質量部未満であると、溶融粘度が高く、シート状の製品を形成する場合の成形性が悪くなり、また、成形体が脆くて壊れ易くなるので好ましくない。一方、この添加量が100質量部を超えると、成形体の難燃性が低下するとともに、燃焼時の発煙量が多くなるので好ましくない。」

コ 「【0048】
<熱膨張性黒鉛>
・・・
【0049】
本発明者らの検討によれば、熱膨張性黒鉛の塩化ビニル系樹脂に対する割合は重要な要素ではないが、多すぎると加熱膨張後の膨張体の密度が小さくなり、また、多いと膨張倍率が小さくて延焼防止の役割を果たさない。膨張倍率は、試験前の厚みで800℃加熱後の膨張体の垂直な高さの比で計算され、10倍以上?40倍以下が好ましい。この範囲を得るために、本発明では、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、熱膨張性黒鉛の配合部数を50?150質量部としている。
・・・
【0053】
熱膨張性黒鉛の添加量は、先に述べたように、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、50?150質量部程度であり、より好ましくは、70?100質量部である。この添加量が少なすぎると、膨張による難燃効果が十分に得られず、多くなりすぎると、樹脂材料の成形加工が困難になるとともに、発泡(膨張)した際の形状保持性が悪くなる。」

サ 「【0063】
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の機能を評価するために用いた800℃での高温燃焼試験後の膨張体の粘結力の測定は、公式で示された方法はなく、自社法にて行った。具体的には、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、1.5?1.6mmの厚みの、表面積が20mm×20mmの試料を作製し、これを800℃で加熱後に得られた膨張体の最上部に平滑な板を圧縮試験機等で押し下げ、底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した。
【実施例】
【0064】
次に、検討例、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明する。本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。尚、文中「部」又は「%」とあるのは、特に規定されていなければ質量基準である。
【0065】
検討例、実施例及び比較例で使用した主な成分は以下の通りである。脱塩酸触媒に用いた酸化亜鉛及び塩化鉄は、いずれも試薬として販売されているものである。脱塩酸抑制化合物に該当するか否かに用いた物質については後述する。
・塩化ビニル系樹脂
塩化ビニル系樹脂には、平均重合度が1,650の、東ソー社製のリューロンペースト772A(商品名)を用いた。以下、PVCと略記する場合がある。
・可塑剤
塩化ビニル系樹脂の可塑剤であるフタル酸ジオクチル(新日本理化社製、サンソサイザーDOP(商品名))を用いた。以下、DOPと略記する場合がある。
・熱膨張性黒鉛
熱膨張性黒鉛には、膨張開始温度が180℃、平均粒径が180μmの三洋貿易社製のSYZR802(商品名)を用いた。
・熱安定剤
熱安定剤には、Zn/Caの複合系のものを使用した。具体的には、大協化成社製のLX-550を用いた。
【0066】
〔検討例1〕-脱塩酸触媒の選択方法の例
表1に示したように、熱膨張性黒鉛と、難燃剤として代表的なポリリン酸アンモニウムを用い、これに、酸化亜鉛又は炭酸カルシウムを配合し、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製した。そして、図5に、上記で調製した2種の配合品を800℃まで加熱した際の発泡倍率のグラフを示した。図5から、いずれの組成の場合も、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度の200℃から膨張を始め、発泡が急激に進み、500?600℃程度の温度からは、発泡速度が低下することがわかる。
【0067】

【0068】
一方、調製した2種類の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を用い、下記の方法で粘結力を測定した結果では、酸化亜鉛を添加したものでは、粘結力が1.22kgfと高かったのに対し、炭酸カルシウムを添加したものでは、0.38kgfと低かった。ここで、酸化亜鉛は、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、脱塩酸触媒として酸化亜鉛を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が45質量%(残渣物の残量%が55%)となる物質である。一方、炭酸カルシウムは、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、炭酸カルシウムを5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が3質量%(残渣物の残量%が97%)となり、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度である低温域ではほとんど重量減のみられない物質である。
【0069】
これらのことは、例えば、酸化亜鉛のような、試料Aの減量が激しい化合物を使用することで、加熱膨張体の粘結力を高めることができることを示している。本発明では、このような物質を、脱塩酸触媒と呼んでいる。なお、この点についての詳細は、前記した特許文献2に記載されている。該特許文献2に記載されているように、脱塩酸触媒としては、上記した酸化亜鉛のように、本発明で規定する試料Aの減量が激しい化合物を使用することで、加熱膨張体の粘結力を高めることができる。この他の物質としては、例えば、金属亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄等を挙げることができるが、本発明で規定する試料Aの減量を求めて該当する物質であれば、これらに限定されることなく、いずれの物質も用いることができる。
【0070】
上記の粘結力は、上記で得た熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、厚さ1.5?1.6mmの厚みで、表面積が20×20mmのシート状の試料を作製し、これを800℃で加熱して膨張させて得られた加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さになるまでの間に測定された最大抗力をkgfで示したものである。
【0071】
〔検討例2〕-脱塩酸抑制化合物を見出すための検討試験
脱塩酸触媒として酸化亜鉛を用い、脱塩酸抑制化合物として、表4に記載の各種のアミノ基含有化合物及びアンモニウム基含有化合物を添加して調製した、表2に示した基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料について、それぞれの樹脂材料の加熱膨張体の粘結力を測定し、これらの化合物を添加したことによって生じる加熱膨張体の粘結力への影響を確認した。脱塩酸触媒の代表例として、酸化亜鉛と塩化鉄とをそれぞれ用いた。表2は、酸化亜鉛を用いた場合の配合であり、以下、酸化亜鉛を用いた場合を例にとって説明する。
【0072】

【0073】
上記配合Cで脱塩酸触媒として酸化亜鉛を用いた理由、また、その量をベースとなるポリ塩化ビニル樹脂100部に対して11.1部の割合で用いた理由は、酸化亜鉛は、本発明で規定している試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が45質量%(残渣物の残量%が55%)となる物質であり、加熱膨張体の粘結力が高いものとなる物質であったことによる。また、酸化亜鉛の添加量は、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、更に塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内として求めた値に基づき決定した値である。表3に、酸化亜鉛の添加量と、試料Bにおける重量減との関係を示した。
【0074】
(当審注:表3は省略)
【0075】
表2に示した基本配合Cで、本発明で規定する脱塩酸抑制化合物を見出すための検討対象の化合物の種類を変えた液をそれぞれ調製し、得られた各液を離型紙上に、厚み1.5?1.6mmになるようにコートした。更に、コート液の表面に密度450g/m^(2)のポリエステル不織布を軽くラミネートした。次に、190?195℃の熱風乾燥炉中で3?5分間加熱して、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とポリエステル不織布とが積層してなる積層体をそれぞれに作製し、離型紙を剥離して試験用の試料とした。
【0076】
上記で得られた積層体試料についてそれぞれ、20×20mmの面積で切り出して加熱する試料とした。加熱する前に、積層体試料の厚みを測定した。積層体試料を800℃で加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体について、下記の方法で発泡倍率と粘結力とをそれぞれ測定した。
【0077】
各樹脂材料の発泡倍率は、上記で得た加熱膨張体の垂直高さを測定し、「試験後の膨張体の垂直高さ/試験前の厚み」で求めた。加熱膨張体の粘結力は、上記で得た各積層体試料を800℃で加熱して膨張させて得られた加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した。得られた結果を表4に示した。
【0078】
上記で得られた各積層体試料について、別に5×10mmの面積でそれぞれ切り出して、溶出試験用の試料とし、それぞれの試料の重さを測定した。そして、この試料5個を、100gの精製水に浸漬し、95℃で24時間放置して溶出試験を行った。試験後に熱水から取り出して95℃で3時間乾燥し、乾燥後の重さを測定した。そして、熱水に投入前の重さと、乾燥後の重さから、熱水による溶出量を算出し、投入前に対しての減量比を%で表示して耐水性とした。得られた結果を表4に示した。
【0079】
表4に総合判定結果を示したが、その基準は下記の通りである。
◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%以下である。
○:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%超?7.5%以下である。
△:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、7.5%超である。
×:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf未満である。
【0080】

【0081】
表4に示されているように、加熱膨張体の粘結力は、明らかに、その構造中にアミノ基或いはアンモニウム基を含有する化合物を添加した場合に、これらの基を有さない化合物を用いた場合に比較して高い値を示すことが確認された。また、表4に示されているように、メラミンを使用した場合、発泡倍率が非常に高い数値を示し、アミノ基を有する構造の化合物を用いた場合に、加熱膨張体の非常に高い発泡倍率にもかかわらず、高い粘結力を実現できることがわかった。このことから、本発明者らは、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒に併用して、その構造中にアミノ基を有するメラミンを用いた場合における加熱膨張体の粘結力は、その発泡倍率を他の化合物と同程度に抑えられれば更に高くなるものと予想している。
【0082】
なお、構造中にアミノ基を有さないメラミンであるメチロールメラミンの場合は、加熱膨張体において、高い粘結力を実現することはできず、このことからも、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒と、本発明で規定する「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することによってもたらされる顕著な効果を示している。表2に示したように、総合判定で、特に、樹脂材料が耐水性に優れ、加熱膨張体の粘結力が高い値を示す化合物と判定されたものは、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、メラミンシアヌレート及びポリリン酸メラミンであった。酸化亜鉛のような脱塩酸触媒と併用したことで、加熱膨張体の粘結力が高いものの、樹脂材料の耐水性が若干劣る結果となった化合物は、ポリリン酸アンモニウム、硫酸メラミン、ベンゾグアナミン、メラミン及びシランコートポリリン酸アンモニウムであった。樹脂材料の耐水性に劣るものの、脱塩酸触媒と、本発明で規定する「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することで、加熱膨張体の粘結力を従来よりも高くできることが確認できた。このことは、使用場所について、雨水等が当たらないといった制約を受けるものの、この点を留意すれば、使用することで、火災時に熱で膨張を生起して火の回りを遅くする延焼防止材として有用であることを意味している。
【0083】
〔検討例3〕-脱塩酸触媒と、「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することの効果についての確認
検討例2で用いた基本配合Cでは、PVC27.0部に対して、脱塩酸触媒として酸化亜鉛を3.0部又は塩化鉄3.0部を用い、「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」として、ポリリン酸アンモニウムやメラミン等を20部用いて熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製したが、本例では、これらの化合物を配合しない場合、一方のみを配合した場合の各熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製し、評価した。評価は、前記したと同様にして、樹脂材料の発泡倍率、加熱膨張体の粘結力を測定して行った。表5に、配合の違いと、測定結果を示した。
【0084】
(当審注:表5は省略)
【0085】
〔検討例4〕-脱塩酸抑制化合物を併用したことによる効果の確認試験
検討例2で調製した離型紙を剥離して得た試験用の試料を、20×20mmの所定の寸法にカットして各試験体とし、得られた試験体の重さを測定した。その後、各試験体を熱風乾燥機中に入れて、加熱減量を測定した。具体的には、熱風乾燥機内の温度を、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域の立上り部を想定した温度である、160℃、190℃、220℃、240℃にした場合について、それぞれ10分毎の重量測定を60分間実施して、残量率(%)を求めて、それぞれの結果を、図1?4にグラフで表示した。その結果、驚くべきことに、図1及び図2に示した、特に低温の160℃及び190℃で加熱した結果において、先に表2に示した結果で、加熱膨張体の粘結力が大きい値を示した、「アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物」が添加されている熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料では、その残量率が高く、加熱膨張体の粘結力が低い、構造中にアミノ基及びアンモニウム基をいずれも持たない添加剤では、加熱時間の経過とともに急激な残量率の低下を示すことが確認された。上記に対し、図3及び図4に示したように、220℃、240℃に達すると、いずれの場合も単調な減量曲線を示した。
【0086】
これらの結果は、検討例1で、脱塩酸触媒の選択方法において述べた、低温時の加熱で減量の激しい物質が、加熱膨張体の粘結力を高める効果があるとした結果と、一見矛盾している。しかしながら、図1?4で得られた結果と、検討例3で得た脱塩酸触媒の添加の
効果から考察して、本発明者らは次のように推論している。
【0087】
加熱膨張体の粘結力を高めるためには、黒鉛の膨張に合せて発現する太いファイバー状の黒鉛膨張体に塩化ビニル樹脂成分が十分にまとわりつく必要がある。この膨張開始温度域で急激な減量、すなわち、脱塩酸が急激に進行し過ぎると、樹脂成分のまとわり効果の発生が困難となると考えられる。これに対し、図1及び図2に示したように、脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ「アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物」の存在によって、脱塩酸が急激に進行して発生する塩酸が補足され、ジッパー効果を防ぐ役割をしていると推論される。
【0088】
図3及び図4の結果から、その後、温度が上昇すると、膨張の急激な立上り域を過ぎた段階では、脱塩酸を抑制する効果よりも、脱塩酸の触媒効果が優勢になると考えられる。あるいは、アミノ基、アンモニウム基が、発生した塩酸を吸収しきって、ジッパーの阻止効果を失うものと考えられる。そして、それ以降の温度では、脱塩酸触媒が十分に働き、塩化ビニル樹脂の炭化を進行させる。この段階では、既に膨張体ファイバーには、樹脂成分がまとわりついているので、相互に結束しながらの炭化進行が行われ、これによって良好な粘結力を生み出したものと考えている。なお、以上は、得られた現象からの推論であって、完全な解明は未だされていない。
【0089】
〔検討例5〕-配合Cのアミノ基含有化合物の添加量を変えた時の加熱膨張体の粘結力に及ぼす影響についての確認

【0090】
表6の結果から、アミノ基含有化合物の添加部数が多くなるにつれて、加熱膨張体の粘結力が大きくなることが確認された。また、添加量が、15?20部でほぼ飽和してくることがわかった。また、20部以上になると加工特性が悪くなるので、好ましくは20部程度である。
【0091】
アミノ基含有化合物の粘結力に対する寄与は、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒によって発生した塩酸を系から除去することに起因しているとすれば、化合物に含まれるアミノ基の数の影響を受けることになる。表6からは明確にはされていないが、おそらく添加部数によって生じる、加熱膨張体の粘結力への影響はそれに基づいており、アミノ基の塩酸吸収が飽和すると塩酸の自己触媒も働き始めて脱塩酸触媒の効果に加算すると推定される。
【0092】
〔検討例6〕-配合Cのアミノ基含有化合物の添加量を一定にし、酸化亜鉛の添加量を変えた時の、加熱膨張体の粘結力に及ぼす影響の確認

【0093】
表7の結果から、酸化亜鉛の添加部数が多くなると粘結力が大きくなることが確認された。この組成の場合は、基準の75%程度で飽和するのが確認された。この現象は、酸化亜鉛の添加量と加熱残量(%)の関係の表3と同傾向で飽和量の存在を示している。」

第7 各証拠に記載された事項
1 甲号証に記載された事項
(1)甲1に記載された事項
甲1には次の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】
塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である膨張性黒鉛と難燃材と、更に前記膨張開始温度における前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒とを含有してなる、火焔初期の延焼防止のための熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料であり、
前記脱塩酸触媒は、前記塩化ビニル系樹脂として、平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、前記可塑剤として、フタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、
該物質の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、前記フタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内であり、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、
前記難燃材が、ポリリン酸アンモニウム系化合物であり、
更に、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上であることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項2】
前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄からなる群から選ばれる少なくともいずれかである請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項3】
更に熱安定剤を含む請求項1又は2に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項4】
前記脱塩酸触媒が酸化亜鉛であって、その添加量が、塩化ビニル樹脂100に対して2.5質量%以上である請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項5】
前記脱塩酸触媒が金属亜鉛粉末であって、その添加量が、塩化ビニル樹脂100に対して4.5質量%以上である請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項6】
前記脱塩酸触媒が塩化亜鉛であって、その添加量が、塩化ビニル樹脂100に対して10.0質量%以上である請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項7】
その形状が、シート状であり、且つ、厚みが0.5mm?2.0mmである請求項1?6のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項8】
窓枠に設置するための請求項7に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項9】
その形状が、ペースト状又は塗料状である請求項1?6のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。
【請求項10】
火焔初期の延焼防止のための熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で、難燃材であるポリリン酸アンモニウム系化合物を50?150質量部の範囲でそれぞれ用い、更に前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料を製造する際に、
前記で使用する脱塩酸触媒を、前記塩化ビニル系樹脂として、平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、前記可塑剤として、フタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、
前記選択した物質の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、前記フタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内となるように決定することを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料の製造方法。」

イ 「【0006】
・・・これに対し、近年、熱膨張性シート等の耐火性能の向上を目的として、膨張開始温度の低温化が望まれるようになってきており、膨張開始温度が低い膨張性黒鉛材料等の材料開発が進んでいる。これは、火災初期の低い温度で、例えば、窓枠等に設置した熱膨張性シート等によって効果的な断熱層が形成されれば、より高い延焼防止効果を得ることができ、極めて有用であることによる。本発明者らは、このような膨張開始温度の低温化が進んだ材料を用いた場合に特に有用な樹脂組成物を提供できる技術の開発が急務であるとの認識の下、上記知見について詳細な検討を行った。
【0007】
したがって、本発明の目的は、低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物及びこれを用いた熱膨張性シート等の製品を提供することにある。」

ウ 「【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態を挙げて本発明を詳細に説明する。本発明者らは、下記の認識の下、塩化ビニル系樹脂をベースとし、これに、該樹脂用の可塑剤と膨張性黒鉛と難燃材とを配合してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物について鋭意検討した結果、下記の驚くべき事実を知見し、これを利用することで、低温時から、火災と炎とを効果的に遮断することができる膨張体となる熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物を見出して本発明に至った。
【0017】
具体的には、本発明者らは、ベースとする塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有)に、種々の金属粉末や無機化合物等の物質を添加して加熱試験をした結果、何も添加しない塩化ビニル系樹脂の場合には殆ど減量が生じない180?240℃の低い温度域において、特定の物質を添加した場合のみ、著しく塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有)の重量の減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)、炭化が促進した状態となることを知見した。即ち、上記の低い温度領域で加熱試験を行った場合に、何も添加しない状態の塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有)の加熱試験後のものは、透明又は不透明な軟らかい状態のものになるのに対し、特定の物質を添加した場合の加熱試験後の塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有)は、黒色化しており、脆いが硬い、全く異なる状態のものになるという事実を見出した。」

エ 「【0022】
本発明は、これらの従来技術に鑑み、全く新たな観点から、低い温度領域での火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物及びこれを用いた熱膨張性シートの提供を可能にする。具体的には、塩化ビニル系樹脂をベースとなる樹脂とした場合に、先に述べたように、180?240℃の低温域において、著しい塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有、以下も同様)の重量の減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)、炭化が促進された状態となる、いわゆる、脱塩酸触媒として機能し得る物質の存在を見出し、このことを利用することで従来にない挙動を示す熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物及びこれを用いた熱膨張性シートの提供を可能にした。
【0023】
先述したように、本発明者らは、塩化ビニル系樹脂に種々の金属粉末や無機化合物等を添加して加熱試験した結果、極めて低い温度域の170?240℃で、特定の物質のみが著しく塩化ビニル系樹脂の重量の減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進され、これらの物質が脱塩酸触媒として機能することを見出した。同時に、塩化ビニル系樹脂の重量の減少、即ち、減量%の大きい、具体的には25%以上であることが確認された物質を使用し、更に、膨張性黒鉛及びリン化合物等の難燃材を存在させた状態とすることで、高温で膨張した生成物は、極めて火風力に抵抗する粘結力の高い性質を示すものになることを確認した。この場合に選択された金属や無機物等は、骨材として動くのではなく、塩化ビニル系樹脂のポリエン化及び炭化に対する触媒として働くものと推定される。このことは、その添加量が、通常、無機物等を骨材として使用する場合の骨材量をはるかに下回っていることからもわかる。・・・」

オ 「【0033】
熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物の機能を評価するために用いた高温燃焼試験後の膨張体の粘結力の測定は、公式で示された方法はなく、自社法にて行った。具体的には、熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物を、1.6mmの厚みの、表面積が20mm×20mmの試料を作製し、この試料を800℃で加熱して測定用の膨張体を得た。得られた膨張体を台に載せ、膨張体の最上部に、100mmφの円柱を密着させ、前記膨張体を前記円柱で、底部から5mmの高さまで押しつぶした。そして、その間に測定された、前記円柱によって感知される最大抗力をkgfで示した。そして、本発明では、この数値が0.8kgf以上である場合を、本発明で目的とする粘結力を実現した樹脂組成物として判断した。本発明で使用する難燃材としては、従来より、リン化合物やアンチモン化合物が用いられているが、組成物の成形のしやすさと難燃効果から、ポリリン酸アンモニウムが特に好ましいことを確認した。難燃剤の、塩化ビニル系樹脂に対する配合割合は、少ないと難燃化の向上効果が期待できず、多すぎると樹脂組成物の粘度が高くなり配合しにくくなるので好ましくない。これ等の点から塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部とすることが好ましい。以下、本発明に使用する各成分について説明する。」

カ 「【0045】
<難燃剤>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物は、難燃剤を含有してなる。難燃剤としては、例えば、リン化合物やアンチモン化合物が用いられているが、本発明では、リン化合物の中でも特にポリリン酸アンモニウムを用いることが好ましい。本発明者らの検討によれば、難燃材として、特にポリリン酸アンモニウムを用いると、例えば、コンマコート成形法を利用してある程度の厚みのある熱膨張性シートを得る場合において、その成形性に優れたものになる。また、熱膨張性シートが熱で発泡(膨張)して形成される膨張体は、より崩れのない、炎の圧力で容易には吹き飛ばない、形状保持性に優れたものとなる。本発明者らの検討によれば、これらの効果は、他のリン酸塩を用いた場合と比較して明らかに異なり、効果の点で優位性があった。本発明者らの検討によれば、上記のポリリン酸アンモニウムを用いたことによる効果の優位性は、本発明で規定した脱塩酸触媒との併用によって得られており、理由は定かではないが、これらの成分を併用したことによって有用な相乗効果が得られることを確認している。」
【0046】
ポリリン酸の具体例としては、ピロリン酸、トリポリリン酸、ペンタポリリン酸等を挙げることができる。また、その添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部であることが好ましく、より好ましくは、70?100質量部である。この添加量が少なすぎると、難燃効果、膨張時の形状保持効果が現れず、多すぎると、組成物の成形加工が困難になる傾向があると共に、膨張率が低くなるので好ましくない。」

キ 「【0050】
<脱塩酸触媒>
前記したように、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物は、本発明で規定する「塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒として機能する物質を特定量配合」させたことを特徴としている。先に、本発明を特徴づける脱塩酸触媒の作用・効果について説明したが、この脱塩酸触媒として機能する物質を用いたことで、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物は、低温域から火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになるものとなる。
【0051】
本発明を特徴づける脱塩酸触媒は、後述する、本発明で規定する表1に記載の配合の試料Aを180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質である。後述するように、上記した定義に合致する物質としては、例えば、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄等が挙げられる。この点の詳細については、検討例及び実施例等をもって後述する。
【0052】
また、脱塩酸触媒の添加量は、本発明で規定したように、脱塩酸触媒となる物質の添加量の範囲が、前記塩化ビニル系樹脂52質量部と前記可塑剤42.8質量部に、更に前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内である。すなわち、本発明において重要なことは、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、塩化ビニル系樹脂とその可塑剤との重量減が25質量%以上あることにあるので、脱塩酸触媒の添加量は、添加することで上記目的を達成する必要がある。これに対し、本発明者らの検討によれば、本発明者が見出した塩化ビニル系樹脂に対して脱塩触媒として機能する物質は種々のものがあるが、本発明の顕著な効果をより良好に発揮されるための添加量は、添加する物質によって若干異なることがわかった。そこで、本発明では、上記した特定の試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内、と規定した。
【0053】
本発明を特徴づける脱塩酸触媒の添加量についても、検討例及び実施例をもって詳細に説明するが、例えば、脱塩酸触媒が酸化亜鉛である場合の添加量は、2.5質量%以上であればよく、脱塩酸触媒が金属亜鉛粉末である場合の添加量は、4.5質量%以上であればよく、脱塩酸触媒が塩化亜鉛である場合の添加量は、10.0質量%以上であれば、いずれも充分に、本発明の顕著な効果が得られる。なお、必要以上に多く配合しても、当然のことながら本発明の顕著な効果が得られるが、添加量を増やしたことによる効果の向上は差ほど認められなくなる。一方、あまり多すぎると、経済的でないことに加え、例えば、成形加工時の組成物の溶融粘度が高くなり、成形性が損なわれる等の別の問題が生じる場合もあるので好ましくない。」

ク 「【実施例】
【0059】
次に、検討例、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明する。本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。尚、文中「部」又は「%」とあるのは、特に規定されていなければ質量基準である。
【0060】
実施例及び比較例で使用した主な成分は以下の通りである。脱塩酸触媒に該当するか否かに用いた物質は、いずれも試薬として販売されているものである。
・塩化ビニル系樹脂
塩化ビニル系樹脂には、平均重合度が1,650の、東ソー社製のリューロンペースト772A(商品名)を用いた。以下、PVCと略記する場合がある。
・可塑剤
塩化ビニル系樹脂の可塑剤であるフタル酸ジオクチル(新日本理化社製、サンソサイザーDOP(商品名))を用いた。以下、DOPと略記する場合がある。
・熱膨張性黒鉛
熱膨張性黒鉛には、膨張開始温度が180℃、平均粒径が180μmの三洋貿易社製のSYZR802(商品名)を用いた。
・難燃材
難燃材には、CBC社製のポリリン酸アンモニウム系化合物であるテラージュC-70(商品名)を用いた。
・熱安定剤
熱安定剤には、Zn/Caの複合系のものを使用した。具体的には、大協化成(株)製のLX-550を用いた。
【0061】
〔検討例1〕-脱塩酸触媒に該当する物質の選択1
以下のようにして、本発明で規定する脱塩酸触媒に該当する物質を選択した。表1に記載したPVC樹脂液の基準配合の中の添加物として、種々の物質をそれぞれに配合した樹脂液を試料Aとして用意し、加熱試験前に、その重さを測定した。
【0062】

【0063】
上記で用意した本発明で規定する試料Aである各配合液について、0.5?1.0mm程度の厚みになるように、上面がオープン状態の容器に注ぎ、それぞれ、180℃で15分、次いで190℃で15分の加熱を行った後、加熱後の試料Aの残渣物の重さを測った。そして、加熱前に測った重さに対する残渣物の重さの比を算出し、これを試料Aにおける残量%として表2に示した。残量%に並べて括弧書きで重量減%を示した。また、表2中に、試料Aの加熱試験後に得られた残渣物の色相と硬さを併せて示した。残渣物の色相は、目視で観察し、その硬さは、残渣物を手で触った感触を記載した。「可撓性」と記載したものは、樹脂が軟らかい状態であることを意味している。また、「脆いが可撓性有」と記載したものは、目視観察では、残渣物は炭化して黒かったが、「脆くて硬い」としたものとは明らかに手で触った感触が異なっており、柔軟な感触が残っていたことを意味する。
【0064】

【0065】
表2に示したように、上記した試料Aについての加熱試験の結果、No.17の酸化亜鉛と、No.21の金属亜鉛粉末は、残渣物の残量%が54%(減量46%)、55%(減量45%)と、無添加或いは他の物質を添加した系に比べて極めて少なく(減量が大きく)、更に、加熱後の残渣物は黒色の極めて硬いものとなることを確認した。また、No.19の炭酸亜鉛の場合も、残渣物の残量%が64%(減量36%)と少なく、上記と同様に、試料Aについての加熱後の残渣物は、黒色の極めて硬いものであった。更に、No.11の塩化鉄を添加した試料Aでは、残渣物の残量%が72%(減量28%)で、No.22の塩化亜鉛を添加した試料Aでは、残渣物の残量%が74%(減量26%)であったが、これらの残渣物は、いずれも目視観察では炭化した黒いものであったが、No.17やNo.21の場合とは明らかに手で触った感触が異なっており、柔軟な感触が若干残っていた。」

ケ 「【0079】
〔実施例及び比較例〕
上記で本発明で規定する脱塩酸触媒に該当することが明らかとなった酸化亜鉛、金属亜鉛粉末、炭酸亜鉛を、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して表9に示した質量部でそれぞれ配合した、表7に記載した配合の配合品を用意し、各配合品についての800℃加熱時の燃焼試験後の膨張体の発泡倍率と粘結力を表9に示した。表9中に、本発明の実施例に該当するものを示した。なお、表9中に示した残量%は、検討例-3で行った検討結果であり、この値に並べて括弧書きで記載した重量減%が25%以上である添加量の場合が本発明に使用可能になる。
【0080】
(当審注:表9は省略)
【0081】
表9に示されているように、添加物の種類によって添加量の範囲は多少異なるが、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して5?10質量部の範囲で本発明の顕著な効果を示し、燃焼試験後の膨張体は、粘結力の大きい形状保持性及び機械的強度に優れるものになる。また、表9に示されているように、添加量の増加とともに粘結力が良化するが、この点も、添加量を10質量部超と多くしても粘結力は大きく変化していないことを確認した。
【0082】
〔検討例7〕-燃焼試験での発泡挙動についての考察
表7に記載した配合で、添加物として、本発明で規定した脱塩酸触媒として機能する酸化亜鉛と、そのような機能がないことを確認した炭酸カルシウムとを選択し、それぞれの配合物を用意した。そして、この組成の配合物を、それぞれ100?800℃まで加熱した。加熱は、グラフ中の測定点の温度で20分間維持するようにして行い、その時点における発泡倍率を順次測定して図示している。結果として、図1に示したように、本発明で規定する試料Aの重量減の効果が大きく、しかも燃焼試験後の膨張体が粘結力の有るものとなる酸化亜鉛も、それらの効果を示さない炭酸カルシウムもほぼ同じ曲線を示した。従って、発泡の挙動は、変わらないことが確認された。」

(2)甲2に記載された事項
甲2には次の事項が記載されている。
ア 「【請求項2】塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、水不溶性ポリリン酸アンモニウム3?100重量部、酸素含有無機化合物10?60重量部、膨張性黒鉛3?60重量部及び必要に応じて可塑剤200重量部以下を配合してなる塩化ビニル系樹脂組成物。」

イ 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は難燃性、耐火性、耐水性及び燃焼時に発生する塩化水素ガスの発生を抑制する効果に優れた塩化ビニル系樹脂組成物に関する。」

ウ 「【0003】この問題を解決するために最近、火災時に被膜が炭化発泡して不燃性でかつ断熱性の炭化物を与える発泡耐火熱可塑性樹脂組成物が提案されている。例えば、特開平7-109377号公報には、ポリリン酸塩及び必要に応じて炭化層形成材料及び不燃性ガス発生材料との組み合わせで難燃性を発揮する発泡型耐火被覆用熱可塑性樹脂組成物が提案されている。しかしながら、該樹脂組成物は耐火材としての有効成分であるポリリン酸塩が加水分解性を有していることから、水に対する長期的な安定性が不十分である。」

(3)甲3に記載された事項
甲3には次の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】 熱可塑性重合体97?35重量%、膨張性黒鉛1?30重量%及び水不溶性改質ポリリン酸アンモニウム2?30重量%を少なくとも含有し、全成分の配合量の和が100重量%になるように組合わされた難燃性熱可塑性重合体組成物。」

イ 「【0009】膨張性黒鉛を配合した別の提案である特開平7-258477号公報には、リン化合物との組み合わせによる難燃性熱可塑性樹脂組成物が開示されている。この難燃性組成物ではリン化合物と組み合わせて用いることによって燃焼時に膨張した膨張性黒鉛が飛散するのを防ぐことはできるが、該熱可塑性樹脂組成物は耐水性及び耐熱性等においてまだ十分とは言えない。」

ウ 「【0054】本発明の難燃性熱可塑性樹脂組成物を形成する基材である熱可塑性重合体(D)として好適なものは下記に例示されるものである:
(1)1-オレフィン(α-オレフィン)系樹脂類:ポリエチレン樹脂類、ポリプロピレン樹脂類、ポリ-1-ブテン樹脂類、ポリ-4-メチル-1-ペンテン樹脂類、ポリ-1-ヘキセン樹脂類、ポリ-1-オクテン樹脂類及びポリ-1-デセン樹脂類から選ばれる1種の樹脂並びに2種以上の樹脂類混合物(樹脂ブレンド類)。
【0055】上記のポリオレフィン樹脂類の中で好ましいものは結晶性ポリプロピレン樹脂類であって、プロピレン結晶性単独重合体樹脂、プロピレンを主成分とするプロピレンとエチレン及び炭素数4個以上の1-オレフィン群から選ばれる1種以上の1-オレフィンとの結晶性共重合体脂類であって、前記の炭素数4個以上の1-オレフィン類としては、1-ペンテン、1-ヘキセン、4-メチル-1-ペンテン、1-ヘプテン、1-オクテン及び1-デセンから選ばれた1種以上を挙げることができる。それらの中でも最も実用的なものはプロピレン-エチレン結晶性共重合体樹脂類又はプロピレン-1-ブテン結晶性共重合体樹脂類である。
【0056】上記の各種の中で別の好適例としては、エチレン系重合体を例示でき、エチレン結晶性単独重合体又はエチレンを主成分とする結晶性共重合体であってエチレンと炭素原子3個以上の1-オレフィンの1種以上とから得られるものを挙げることができる;
(2)スチレン系樹脂類:ポリスチレン樹脂類(PS)、耐衝撃性ポリスチレン樹脂類(HIPS)、耐熱性ポリスチレン樹脂類(スチレン-α-メチルスチレン共重合樹脂を包含)、アクリロニトリル-スチレン共重合樹脂類(AS)及びアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合樹脂類(ABS)等;その他結晶性又は非結晶性熱可塑性樹脂類としては、下記のものを挙げることができる。
(3)ビニル系樹脂:ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)、ポリ塩化ビニリデン樹脂(PVDC)、ポリメチルアクリレート樹脂(PMA)、ポリメチルメタアクリレート樹脂(PMMA)等;
・・・」

(4)甲4に記載された事項
甲4には次の事項が記載されている。
ア 「【請求項2】 (A)エチレンジアミンリン酸亜鉛、(B)金属化合物、並びに(C)1,3,5-トリアジン誘導体及び/又は(D)リン系難燃剤を含有することを特徴とする難燃剤。
・・・
【請求項8】 1,3,5-トリアジン誘導体が、メラミン、シアヌ-ル酸、シアヌ-ル酸誘導体、イソシアヌ-ル酸、イソシアヌ-ル酸誘導体、メラミンシアヌレ-ト及びメラミンイソシアヌレ-トからなる群から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の難燃剤。
【請求項9】 リン系難燃剤が、赤リン、ポリリン酸アンモニウム、リン酸エステル、リン酸メラミン、ポリリン酸メラミン、リン酸グアニジン及びエチレンジアミンリン酸からなる群より選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれかに記載の難燃剤。」

イ 「【0003】従来から使用されている難燃剤としては、リン酸エステル、ポリリン酸アンモニウム、赤リン等のリン系難燃剤、テトラブロモビスフェノールA、デカブロモジフェニルオキサイド、塩素化パラフィン等のハロゲン系難燃剤、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、ホウ酸亜鉛等の無機系難燃剤等がある。これらのうち、ハロゲン系難燃剤は難燃性に優れ、広く使用されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながらハロゲン系難燃剤を配合した樹脂は、燃焼時に煙が多く発生するという問題点を有していた。煙の発生は火災時の人身災害を増大させるものであり、材料の安全性は難燃化技術とともに重要な技術となっている。
【0005】またポリリン酸アンモニウム等のリン系難燃剤は熱分解性で煙の発生は少ない材料であるが、難燃効果、耐水性等の点で必ずしも満足できるものではない。」

ウ 「【0039】樹脂は、用途に応じて特に限定されることなく使用することができる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエンモノマー三元共重合体、エチレン-エチルアクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のオレフィン系モノマーの単独重合体又は共重合体であるポリオレフィン、スチレンの単独重合体、ゴム変性ポリスチレン、ゴムとアクリロニトリル又は(メタ)アクリレートとスチレンとのグラフト重合体等のビニル芳香族モノマーを主体とする単独重合体又は共重合体であるポリスチレン、ポリ(メタ)アクリル系樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアリレート等のポリエステル、6-ナイロン、6,6-ナイロン、12-ナイロン、46-ナイロン、芳香属ポリアミド等のポリアミド、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、ポリオキシメチレン等のポリエーテル、ポリカーボネート、スチレン-共役ジエン共重合体、ポリブタジエン、ポリイソプレン、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体、ポリクロロプレン等のゴム、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。・・・」

(5)甲5に記載された事項
甲5には次の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】 カップリング剤を用いて表面処理されたポリリン酸アンモニウムであって、カップリング剤の使用量が、ポリリン酸アンモニウム100重量部に対して0.1?10重量部の範囲であることを特徴とする表面処理されたポリリン酸アンモニウム。
・・・
【請求項4】 樹脂に、請求項1又は請求項2に記載の表面処理されたポリリン酸アンモニウム及びその他の難燃剤を配合してなる難燃性樹脂組成物。【請求項5】 その他の難燃剤が、エチレンジアミンリン酸亜鉛、エチレンジアミンリン酸、メラミン、メラミンシアヌレート、リン酸メラミン、リン酸グアニジン、リン酸エステル、水酸化マグネシウム及び水酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項4記載の難燃性樹脂組成物」

イ 「【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながらポリリン酸アンモニウムは、化学構造上非常に加水分解を受け易く、このため、かかるポリリン酸アンモニウムを難燃剤の一成分として、樹脂に添加した場合、ポリリン酸アンモニウムの吸湿性、水溶性、加水分解性に起因して、梅雨時等の高温高湿度条件下では該樹脂組成物を用いて得られる成型品の表面に該ポリリン酸アンモニウムがブリードするといった現象が発生する。」

ウ 「【0025】樹脂は、用途に応じて特に限定されることなく使用することができる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエンモノマー三元共重合体、エチレン-エチルアクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のオレフィン系モノマーの単独重合体又は共重合体であるポリオレフィン、スチレンの単独重合体、ゴム変性ポリスチレン、ゴムとアクリロニトリル若しくは(メタ)アクリレートとスチレンとのグラフト重合体等のビニル芳香族モノマーを主体とする単独重合体又は共重合体であるポリスチレン、ポリ(メタ)アクリル系樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアリレート等のポリエステル、6-ナイロン、6,6-ナイロン、12-ナイロン、46-ナイロン、芳香属ポリアミド等のポリアミド、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、ポリオキシメチレン等のポリエーテル、ポリカーボネート、スチレン-共役ジエン共重合体、ポリブタジエン、ポリイソプレン、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体、ポリクロロプレン等のゴム、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。」

(6)甲6に記載された事項
甲6には次の事項が記載されている。
ア 「【0029】
(E)難燃剤
難燃剤としては、ビス(ペンタブロモフェニル)エタン、エチレンビステトラブロモフタルイミド等の臭素系難燃剤、水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウム等の金属水酸化物、硼酸亜鉛、錫酸亜鉛、酸化亜鉛などの亜鉛化合物、メラミンシアヌレート等のメラミン系化合物、ポリリン酸アンモニウムなどのリン系化合物等が挙げられる。これら難燃剤は単独または二種以上併用してもよい。被覆後の電線表面の外観表面を滑らかに保つ観点から、これら難燃剤の粒子径は0.5μm?4μmのものが好ましい。
なお、本発明ではアンチモン化合物の添加量は1000ppm未満であり、実質的にアンチモンを含まない。
上記難燃剤(E)は、本発明の塩化ビニル樹脂組成物の難燃性を更に高めることができる。」

(7)甲7に記載された事項
甲7には次の事項が記載されている。
ア 「【0021】
繊維布帛を被覆する熱可塑性樹脂層に用いる熱可塑性樹脂は、塩化ビニル樹脂、塩化ビニル系共重合体樹脂(塩化ビニル系樹脂は、塩化ビニルモノマーの単独重合体の他、塩化ビニルモノマーと共重合し得る他のモノマー類との共重合体、及びグラフト重合体を含む)、オレフィン樹脂、オレフィン系共重合体樹脂、ウレタン樹脂、ウレタン系共重合体樹脂、アクリル樹脂、アクリル系共重合体樹脂、酢酸ビニル樹脂、酢酸ビニル系共重合体樹脂、スチレン樹脂、スチレン系共重合体樹脂、ポリエステル樹脂、及びポリエステル系共重合体樹脂、フッ素樹脂、フッ素系共重合体樹脂、シリコーン樹脂などが挙げられる。特に塩化ビニル樹脂に可塑剤を含み、さらに難燃剤粒子を含み、比重1.3以上、比重2.5以下として構成した熱可塑性樹脂層だと防炎性が付与され、かつ防音減衰効果が発現されるので好ましい。可塑剤成分として、アジピン酸ジアルキルエステル類、セバシン酸ジアルキルエステル類、フタル酸ジアルキルエステル類、イソフタル酸ジアルキルエステル類、テレフタル酸ジアルキルエステル類,シクロヘキサンジカルボン酸ジアルキルエステル類、芳香族リン酸エステル類、塩素化パラフィン類、ポリエステルオリゴマー類などを、塩化ビニル樹脂100質量部に対して30?100質量部配合して得た軟質塩化ビニル樹脂層が好ましい。
【0022】
熱可塑性樹脂層に用いる難燃剤粒子は、a).金属リン酸塩、金属有機リン酸塩、リン酸誘導体(リン酸エステル類、ホスホン酸エステル類)、ポリリン酸アンモニウム、及びポリリン酸アンモニウム誘導体化合物などのリン原子含有化合物、b).(イソ)シアヌレート系化合物、(イソ)シアヌル酸系化合物、グアニジン系化合物、尿素系化合物、及び、これらの誘導体化合物などの窒素原子含有化合物(メラミンシアヌレート)、c).ケイ素化合物、金属水酸化物、金属酸化物、金属炭酸塩化合物、金属硫酸塩化合物、ホウ酸化合物、及び無機系化合物複合体などの無機系化合物、d).臭素置換有機化合物、塩素置換有機化合物などの公知の難燃剤が挙げられる。」

(8)甲8に記載された事項
甲8には次の事項が記載されている。
ア 「[請求項1] 塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、
(A)成分として、有機酸亜鉛塩を0.01?10.0質量部、
(B)成分として、β-ジケトン化合物を0.01?10.0質量部、及び
(C)成分として、下記一般式(1)(当審注:構造式及び式の説明は省略)で表されるトリアジン系化合物の一種以上を0.01?20.0質量部含有する塩化ビニル系樹脂組成物。」

イ 「[0095] 前記難燃剤や難燃助剤の例としては、トリアジン環含有化合物、金属水酸化物、その他無機リン、ハロゲン系難燃剤、シリコーン系難燃剤、リン酸エステル系難燃剤、縮合リン酸エステル系難燃剤、イントメッセント系難燃剤、三酸化アンチモン等の酸化アンチモン、その他の無機系難燃助剤、有機系難燃助剤等が挙げられる。
[0096] 前記トリアジン環含有化合物としては、例えば、メラミン、アンメリン、ベンズグアナミン、アセトグアナミン、フタロジグアナミン、メラミンシアヌレート、ピロリン酸メラミン、ブチレンジグアナミン、ノルボルネンジグアナミン、メチレンジグアナミン、エチレンジメラミン、トリメチレンジメラミン、テトラメチレンジメラミン、ヘキサメチレンジメラミン、1,3-ヘキシレンジメランミン等が挙げられる。
[0097] 前記金属水酸化物としては、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化亜鉛、キスマー5A(水酸化マグネシウム:協和化学工業(株)製)等が挙げられる。
[0098] 前記リン酸エステル系難燃剤の例としては、例えば、トリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリブトキシエチルホスフェート、トリスクロロエチルホスフェート、トリスジクロロプロピルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、オクチルジフェニルホスフェート、キシレニルジフェニルホスフェート、トリスイソプロピルフェニルホスフェート、2-エチルヘキシルジフェニルホスフェート、t-ブチルフェニルジフェニルホスフェート、ビス-(t-ブチルフェニル)フェニルホスフェート、トリス-(t-ブチルフェニル)ホスフェート、イソプロピルフェニルジフェニルホスフェート、ビス-(イソプロピルフェニル)ジフェニルホスフェート、トリス-(イソプロピルフェニル)ホスフェート等が挙げられる。
[0099] 前記縮合リン酸エステル系難燃剤の例としては、1,3-フェニレン ビス(ジフェニルホスフェート)、1,3-フェニレン ビス(ジキシレニルホスフェート)、ビスフェノールA ビス(ジフェニルホスフェート)等が挙げられ、イントメッセント系難燃剤としては、ポリリン酸アンモニウム、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸ピペラジン、ピロリン酸アンモニウム、ピロリン酸メラミン、ピロリン酸ピペラジン等の、(ポリ)リン酸のアンモニウム塩やアミン塩が挙げられる。」

(9)甲9-1に記載された事項
請求人は、甲9及び甲9-1?甲9-7を提出しているが、甲9-1は、甲9と同内容を鮮明に表示したものであり、甲9-2?甲9-7は、それぞれ甲9の図1?図5及び図7を拡大して鮮明に表示したものという関係にあり、甲9-1は、甲9及び、甲9-2?甲9-7と重複する内容であるから、ここでは、甲9-1に記載された事項を示すこととする。
甲9-1には、次の事項が記載されている。


」(9?13頁、15?17頁)

第8 当審の判断
当審は、本件発明4の特許に対する本件審判の請求を却下することとし、また、無効理由1?5はいずれも理由がないと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 本件審判の請求の却下について
本件訂正請求により、請求項4は削除され、請求項4に係る発明についての審判請求は、その対象となる請求項がなくなったから、却下すべきものである。

2 無効理由1(新規事項の追加)について
(1)無効理由1-1(異議時訂正請求の訂正事項1)について
ア 訂正の内容
異議時訂正請求の訂正事項1は、請求項1において、訂正前の「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」を、訂正後の「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」(当審注:下線部は訂正された部分)にするものである。

新規事項の追加に関する判断
(ア)判断
a 無効理由1-1は、上記第4 1(1)アのとおりであり、概略、異議時訂正請求の訂正事項1は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を積層した試験片を用いる粘結力の測定方法に、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料のみからなる試験片を用いる別の方法における「800℃で加熱」という加熱条件と「0.8kgf以上」という粘結力の範囲を組み合わせるものであるから、新規事項の追加に該当するというものである。
b この点について検討すると、設定登録時の明細書等には、背景技術として、「本発明者らは、既に・・・膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提案し・・・800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れる製品の提供を可能にしている」こと(【0005】)、「上記した技術で提供した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、800℃に加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能に優れる製品を実現できるものの、該樹脂材料は、耐水性の面で検討すべき課題があ」ること(【0007】)が記載され、発明が解決する課題として、「加熱して得られる膨張体の粘結力をより向上させた、より形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能を向上させた、より高品質の製品を安定して提供できる技術開発が望まれて」いること(【0007】)が記載されており、本件発明が、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を指向したものであることが示されている。
c 確かに、設定登録時の明細書の【0063】には、ポリエステル不織布を用いることの言及がない粘結力の測定方法が記載されているが、同【0075】?【0076】には、実施例である検討例2において、「得られた各液を離型紙上に、厚み1.5?1.6mmになるようにコートし・・・コート液の表面に密度450g/m^(2)のポリエステル不織布を軽くラミネートし・・・熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とポリエステル不織布とが積層してなる積層体を・・・20×20mmの面積で切り出して加熱する試料とし・・・積層体試料を800℃まで加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体について・・・粘結力とをそれぞれ測定した」ことが記載されている。ここで、検討例2では、各積層体試料について加熱膨張後の粘結力と耐水性の総合判定結果の基準を「◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%以下である。・・・×:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf未満である。」とし「1.0kgf以上」を高い粘結力の基準値としているが、これは、本件発明が、従来技術と比べて一層優れた粘結力となることを示すために、検討例2における判定基準としたものであって、上記「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」ことの一例であるといえる。
d これらの設定登録時の明細書等からみて、「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」ことを確認する際の積層体試料として、樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を用いることは明らかであるといえる。
e そうすると、異議時訂正請求の訂正事項1は、請求人が主張するような、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を積層した試験片を用いる粘結力の測定方法に、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料のみからなる試験片を用いる別の方法における「800℃で加熱」という加熱条件と「0.8kgf以上」という粘結力の範囲を組み合わせるものではなく、設定登録時の明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであるといえる。
f また、異議時訂正請求の訂正事項1と直接関係する本件訂正の訂正事項1-2は、異議決定時の請求項1の「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上」を、「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上」に訂正するものであるが、本件訂正の訂正事項1-2は、第2 2(1)で述べたとおり、異議決定後の明細書等を基にして適法に訂正されたものである。そして、異議時訂正請求において明細書の訂正はなく、設定登録時の明細書の記載は、異議決定後の明細書の記載と同じものであるから、第2 2(1)イで述べたのと同じ理由により、本件訂正の訂正事項1-2は、設定登録時の明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであるといえる。

(イ)関連する請求人の主張の検討
請求人は、無効理由1-1に関連して、設定登録時の明細書の【0075】?【0077】に記載された粘結力測定方法は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の液を、厚み1.5?1.6mmになるようにコートして加熱すると、上記液のゲル化による体積変動により、厚みが1.5?1.6mmから変動し、同じく【0063】の「1.5?1.6mmの厚みの・・・試料」と厚みを異にする齟齬がある旨を主張するので(弁駁書10頁14?22行)、以下に検討する。
確かに、設定登録時の明細書の【0075】には、「表2に示した基本配合Cで・・・調製し、得られた各液を離型紙上に、厚み1.5?1.6mmになるようにコートし・・・190?195℃の熱風乾燥炉中で3?5分間加熱し」と記載されており、その表現のみを見れば、請求人が主張するとおり、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の液の厚みが1.5?1.6mmになるようにコートしたと解することもできる。しかしながら、設定登録時の明細書には、膨張体の粘結力の測定に用いる試料として、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で厚みが1.5?1.6mmであることが複数記載され(【0063】、【0070】)、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の液をコートし、熱風乾燥した層の厚みを1.5?1.6mmにすることが認識されている。そして、液をコートして熱風乾燥して試料を作製した上で、試料自体を800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力の値が特定される発明においては、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料(【0075】の上記基本配合C)の液の厚みを特定することに特段の技術的意味があるとも解されないから、上記「厚み1.5?1.6mmになるように」とは、熱風乾燥後の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料によって形成した層の厚みが1.5?1.6mmになるように上記液をコートすることを意味したものであると解される。
また、もし、仮に、上記【0075】の「厚み1.5?1.6mmになるように」が上記液の厚みを意味するものであるとしても、上記基本配合Cのうち、DOP(フタル酸ジオクチル)は液状の可塑剤であり、可塑剤は塩化ビニル系樹脂100質量部に対して10?100質量部を添加することにより、樹脂材料の溶融粘度を下げてシート状製品の成形性を向上すると共に、成形体が脆く壊れ易くなるのを防止するものであって(第6 ケの【0047】)、上記DOPの含有量(基本配合CのPVC100質量部に対して95.6質量部)は上記【0047】の含有範囲内のものであるから、熱風乾燥しても液の厚みが変動する程度にDOPが消失するとは解せず、熱風乾燥後の試料における熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の厚みは1.5?1.6mmに収まるものと解するのが自然である。
そして、請求人は、設定登録時の明細書の【0075】の上記液をコートした厚み1.5?1.6mmが、液のゲル化による体積変動により1.5?1.6mmを外れたどのような値になるのかについては具体的に説明しておらず、請求人が述べるように、上記液のゲル化による体積変動によって厚みの変動が実際に生じるかは不明である。
そうすると、設定登録時の明細書の【0075】?【0077】には、シートの厚みを1.5?1.6mmにすることが記載されており、同じく【0063】に記載された粘結力測定方法と、上記【0075】?【0077】に記載された粘結力測定方法とは齟齬があるとはいえない。
よって、請求人の主張を採用することはできない。

ウ 小括
したがって、無効理由1-1は理由がない。

(2)無効理由1-2(異議時訂正請求の訂正事項2)について
ア 訂正の内容
異議時訂正請求の訂正事項2は、請求項4において、訂正前の「樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上である」を、訂正後の「樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を貼り合わせて積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上である」(当審注:下線部は訂正された部分)にするものである。

新規事項の追加に関する判断
無効理由1-2は、第4 1(1)イで述べたとおりであり、概略、異議時訂正請求の訂正事項2により、設定登録時の明細書等の請求項4に記載の「密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて」を「密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を貼り合わせて」とする訂正は、設定登録時の明細書等には、「密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布」(請求項4)と「密度450g/m^(2)のポリエステル不織布」(【0075】)が記載されており、いずれが正しいか明らかでないから、新規事項の追加に該当する、というものである。
これについて検討すると、設定登録時の明細書には、「密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて積層した試験片」について、【0010】に同じ記載が見当たるものの、その作製方法や、この試験片を用いて粘結力を測定したことは一切記載されておらず、技術的に何ら実体のない記載であることは明らかである。
一方、設定登録時の明細書には、上記(1)で述べたように、【0075】?【0076】に、樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃まで加熱して得られる膨張体が記載されており、これは、異議時訂正請求の訂正事項2に係る「樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布を貼り合わせて積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体」のことであることは明らかである。
そうすると、異議時訂正請求の訂正事項2は、設定登録時の明細書等の記載を総合して導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないから、新規事項の追加に該当するものではない。
また、異議時訂正請求の訂正事項2と直接関係する本件訂正の訂正事項2は、請求項4を削除するものであるが、第2 2(2)で述べたとおり、異議決定後の明細書等を基にして適法に訂正されたものである。そして、異議時訂正請求において明細書の訂正はなく、設定登録時の明細書の記載は、異議決定後の明細書の記載と同じものであるから、第2 2(2)で述べたのと同じ理由により、本件訂正の訂正事項2は、設定登録時の明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであるといえる。
更に、本件訂正の訂正事項1-2は、異議時訂正請求の訂正事項2により訂正された異議決定後の特許請求の範囲の請求項4に記載された事項を、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に含むように訂正するものであるが、上記(1)イ(ア)fで述べたように、設定登録時の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるといえる。

ウ 小括
したがって、無効理由1-2は理由がない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、無効理由1-1及び無効理由1-2によっては、請求項1?3、5?8に係る特許を無効にすることはできない。

3 無効理由2(サポート要件)について
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断手法
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。

(2)本件発明が解決しようとする課題
本件発明1?3、5?8の課題は、本件訂正明細書の【0008】によると、「低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、800℃に加熱した膨張後における膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れた高品質のものになり、しかも、その製品が、戸外に面して使用され、雨水等にさらされたとしても耐水性に優れたものにできる、製品として多様な環境下での適用が可能な、火炎及び煙の遮断機能がより優れた、より高品質の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料」「を安定して提供すること」である。
また、本件発明9の課題は、「低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、800℃に加熱した膨張後における膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れた高品質のものになり、しかも、その製品が、戸外に面して使用され、雨水等にさらされたとしても耐水性に優れたものにできる、製品として多様な環境下での適用が可能な、火炎及び煙の遮断機能がより優れた、より高品質の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料」(【0008】)の製造方法を提供することである。

(3)本件発明1?3、5?9について
ア まず、本件発明1について検討する。
本件訂正明細書には、「塩化ビニル系樹脂材料は、通常は、240℃?800℃の高温時に脱塩酸が促進され、硬い硬化状態を経由して最終的に炭化物となる。他方、熱膨張性黒鉛は、組成にかかわらず、膨張開始温度になれば温度に応じて膨張していく。ここで、170?240℃の低温域で著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こす脱塩酸触媒を用いると、塩化ビニル樹脂の硬化の進行状況と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張黒鉛の膨張が同温度域で起こるので、黒鉛の膨張部に塩化ビニル系樹脂が絡みながら脱塩酸を伴って炭化していき、その結果、粘結力の大きい加熱膨張体になったものと考えられる」(【0023】)と記載され、粘結力の大きい加熱膨張体とするためには、脱塩酸触媒による塩化ビニル系樹脂の重量減と熱膨張黒鉛の膨張とが同じ温度域で進行するという本件発明の前提技術が説明されている。
そして、本件訂正明細書の【0025】及び【0027】には、本件発明の基礎となる技術思想として、熱膨張性黒鉛の膨張開始前に樹脂の硬化が早く進行すると高い粘結力のものにはならないので、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から最終的に炭化物になる進行速度と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとを調整して、熱膨張黒鉛の膨張開始温度域までは、ジッパー的な脱塩酸の進行を促進する脱塩酸触媒の機能を抑えるアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を併用することが示されている。
同じく本件訂正明細書の【0038】には、熱膨張シート等の製品が耐水性に優れるものとなるように、上記アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物の中から、水への溶解度が非常に小さい水に難溶性の化合物を選択すればよいことも示されている。
これらの記載によれば、塩化ビニル系樹脂に、170?240℃の低温域で著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こす脱塩酸触媒を配合しつつ、熱膨張性黒鉛が膨張を開始する180?240℃までは、脱塩酸触媒の機能によるジッパー的な脱塩酸の進行を抑制する脱塩酸抑制化合物も配合することにより、膨張体が高い粘結力を示すことが理解でき、また、脱塩酸抑制化合物としてメラミンシアヌレートを用いることにより、耐水性にも優れることも理解できる。このように、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料として、塩化ビニル系樹脂、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒、及び、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含むことにより、本件発明の課題が解決できると認識できることが一定の範囲で理解できる。
そして、検討例2(【0071】?【0082】)では、本件発明1の具体例である表2の基本配合C(第6 サを参照)における「検討対象の化合物」として、上記アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物であるメラミンシアヌレートを用いたものは、加熱膨張体の粘結力が2.6kgfで、且つ、耐水性を示す熱水浸漬後の減量率が1.0%であり、総合判定が最高水準の「◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減少率が、2.5%以下である。」であったことが示されている。
検討例5及び検討例6(第6 サを参照)でも、「検討対象の化合物」であるメラミンシアヌレートの添加量を5?20質量部としたもの、及び、メラミンシアヌレートを用い、「脱塩酸触媒」である酸化亜鉛の含有量を0.75?3.00質量部としたものは、上記「加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上」を満たすことが具体的に示されている。
さらに、本件訂正明細書の【0039】?【0053】には、本件発明1の構成成分である塩化ビニル系樹脂、可塑剤、熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒、及び脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートのそれぞれについて、各成分の好ましい材料及び含有量が記載されている。
このように、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1において、メラミンシアヌレートを含有することにより、加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上となり、しかも耐水性を示す熱水浸漬後の減量率も極めて低い水準となった具体例が実験データにより示されており、メラミンシアヌレートや脱塩酸触媒の含有量を変更しても、加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上となることも具体的に示され、上記課題を解決できたことが記載されている。更に、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1が前提とする高い粘結力と耐水性を示すための技術的事項や各成分の好ましい材料や含有量も記載され、上記具体例を基軸にして、各成分を具体例以外の材料や含有量とする本件発明1の範囲であっても、上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されていると解される。
そうすると、本件発明1は発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件発明9は、本件発明1と同じ成分を含有する熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に係る発明であるから、上記アで本件発明1について述べたのと同じ理由により、本件発明2、3、5?8及び本件発明9は、発明の詳細な説明に記載したものである。

(4)無効理由2-1について
無効理由2-1は、第4の1(2)アで示したとおりであり、概略、(i)異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、検討例1?6の塩化ビニル系樹脂材料に比べて広範なものであること、(ii)上記請求項1に係る発明は「粘結力が0.8kgf以上」であり、【0079】の総合判定が「×:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf未満である。」であるものを含むものであるという不備があるから、検討例1?6の信頼性に疑問の余地があること、(iii)表4と表6とでメラミンシアヌレートを含む同じ組成物の粘結力が異なるという不備があるから、検討例1?6の信頼性に疑問の余地があることから、上記課題を解決することを当業者が認識できない、というものである。

ア 本件発明1に関して検討する。
まず、(ii)について検討すると、本件訂正請求の訂正事項1により、本件発明1の「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力」は、訂正前の「0.8kgf以上」から、訂正後の「1.0kgf以上」にされ、上記総合判定が「×:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf未満である。」となるものを含まなくなった。
また、(iii)について検討すると、検討例2の表4において、「検討対象の化合物」がメラミンシアヌレートである場合の粘結力の値は、本件訂正の訂正事項9により、訂正前の「1.9kgf」から、訂正後の「2.6kgf」とされ、検討例5の表6及び検討例6の表7の粘結力の値と一致するようになり、検討例2、5及び6の結果に不整合な点はなくなった。
そして、(i)について検討すると、上記(3)で述べたとおり、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の具体例が実験データとともに示され、メラミンシアヌレートを用いることにより、高い粘結力を示し、耐水性にも優れること、及び、各成分を上記具体例以外の材料や含有量とする場合であっても、上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されている。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の特定事項を備えることにより、上記課題を解決できることが当業者に認識できるように記載されており、本件発明1は発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件発明9は、本件発明1と同じ成分及び組成を有する熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に係る発明であるから、上記アで本件発明1について述べたのと同じ理由により、本件発明2、3、5?8及び本件発明9は、発明の詳細な説明に記載したものである。

ウ 小括
したがって、無効理由2-1は理由がない。

(5)無効理由2-2aについて
無効理由2-2aは、第4の1(2)イで示したとおりであり、概略、(i)異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に配合する塩化ビニル系樹脂の平均重合度を、脱塩酸触媒の物質及び添加量の規定と同じように規定していないこと、(ii)塩化ビニル系樹脂の重量減は、その平均重合度により影響を受けることが本件出願時の技術常識であること(甲9参照)から、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、上記課題を解決できると当業者が認識できるとはいえない、というものである。

ア 本件発明1に関して検討する。
まず、(i)について検討すると、本件訂正請求の訂正事項1及び10により、熱膨張性塩化ビニル樹脂材料の構成成分である「塩化ビニル系樹脂」は、「400?3000の平均重合度の塩化ビニル系樹脂」となり、請求人が無効理由2-2aにより本件発明1?3、5?9に係る特許を無効にすべきとする主張の根拠がなくなった。
(ii)について検討すると、甲9と同内容の事項が記載された甲9-1には、ポリ塩化ビニル単独(図1)及びポリ塩化ビニルの安息香酸エチル溶液(図2)を加熱したとき、いずれの場合も、ポリ塩化ビニルの重合度が増大するにつれて重量減少率が減少することが記載されているが、これらは、本件発明1と異なる組成物を加熱した実験結果であって、熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及び脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含有する組成物に関する実験結果ではない。そして、本件発明1は、上記(3)で述べたように、塩化ビニル系樹脂に、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、これらの成分を含有することで、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から最終的に炭化物になる進行速度と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとを調整して、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までは、ジッパー的な脱塩酸の進行を促進する脱塩酸触媒による機能を抑え、しかも、水に難溶性であるメラミンシアヌレートにより耐水性に優れたものになるという作用により、低温域においても火炎及び煙の遮断機能を発揮し、800℃に加熱された膨張体が高い粘結力を示し、しかも、戸外に面して使用されて雨水等にさらされても耐水性に優れる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の提供という課題を解決するものであり、上記熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及びメラミンシアヌレートを含有しない材料とは、800℃に加熱した際の性質は異なるものである。更に、甲9-1に記載された重量減少率と、本件発明1の課題に関する粘結力と耐水性との関係も明らかでない。これらのことから、甲9-1に記載された事項を根拠に、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できないとはいえない。
また、本件発明1の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料においても、甲9-1に記載された、上記熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及びメラミンシアヌレートを含有しない材料の熱水浸漬後の減量率と同様の結果となることを示す本件出願時の技術常識はない。
そうすると、本件訂正明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されており、本件発明1は発明の詳細な説明に記載したものである。
そして、本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件発明9は、本件発明1と同じ成分及び組成を有する熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に係る発明であるから、本件発明1について上述したのと同じ理由により、本件発明2、3、5?8及び本件発明9は、発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 小括
したがって、無効理由2-2aは理由がない。

(6)無効理由2-2bについて
無効理由2-2bは、第4 1(2)ウで示したとおりであり、概略、(i)異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂の可塑剤を、脱塩酸触媒の物質及び添加量の規定と同じように規定していないこと、(ii)塩化ビニル系樹脂の重量減は添加される可塑剤により影響を受けることは本件出願時の技術常識であること(甲9参照)から、異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は、上記課題を解決できると当業者が認識できるとはいえない、というものである。

ア 本件発明1に関して検討する。
まず、(i)について検討すると、上記(3)で述べたように、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1において、塩化ビニル系樹脂に、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、これらの成分を含有することで、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から最終的に炭化物になる進行速度と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとを調整して、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までは、ジッパー的な脱塩酸の進行を促進する脱塩酸触媒による機能を抑え、しかも、水に難溶性であるメラミンシアヌレートにより耐水性に優れたものになるという作用が示されている。ここには、粘結力や耐水性の作用について、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に含有する塩化ビニル系樹脂用の可塑剤との関係は記載されていない。
そして、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、塩化ビニル系樹脂用の可塑剤として好ましい種々の化合物が例示されており(第6 ケの【0046】)、フタル酸ジオクチル(DOP)を可塑剤に使用した検討例1?6が記載されている。そして、塩化ビニル系樹脂用の可塑剤の種類によっては上記作用が見られずに上記課題を解決できると認識できないことを示唆する記載はないし、そのような本件出願時の技術常識も見当たらない。
さらに、可塑剤を添加する主たる目的は、樹脂材料の溶融粘度を下げてシート状製品の成形性を向上すると共に、成形体が脆く壊れ易くなるのを防止することであり(第6 ケの【0047】)、可塑剤の種類によって上記作用に影響を与え、本件発明1の塩化ビニル系樹脂材料が上記課題を解決することができなくなるとまではいえない。
次に、(ii)について検討すると、甲9と同内容である甲9-1には、「ポリマーの分解速度は使用する溶媒によってかなりな差異を生じることが指摘された」と記載されるにとどまるものであり(甲9-1の15頁15?17行)、請求人が無効理由2-2bで主張する塩化ビニル系樹脂の重量減が可塑剤により影響を受けることが示されているとは解せないし、上記(5)で述べたのと同様に、この記載は、本件発明1の上記熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及びメラミンシアヌレートを含有しない材料に関するものであって、甲9-1に記載された分解速度と、本件発明1の課題に関する粘結力と耐水性との関係が明らかでないから、甲9-1に記載された事項を根拠に、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できないとはいえない。
また、本件発明1の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料においても、甲9-1に記載された、上記熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及びメラミンシアヌレートを含有しない材料の分解速度と同様の結果となることを示す本件出願時の技術常識はない。
そうすると、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、塩化ビニル系樹脂用の可塑剤の種類にかかわらず、本件発明1が上記課題を解決することを当業者が認識できるように記載されており、本件発明1は発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件発明9は、本件発明1と同じ成分及び組成を有する熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に係る発明であるから、上記アで本件発明1について述べたのと同じ理由により、本件発明2、3、5?8及び本件発明9は、発明の詳細な説明に記載したものである。

ウ 小括
したがって、無効理由2-2bは理由がない。

エ 請求人の主張について
(ア)請求人は、脱塩酸触媒の種類や配合量は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が「170?240℃の低温度で、著しい重量減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進された状態にな」る(第6 ウの【0021】)ために必要なものであるが、可塑剤をフタル酸ジオクチルに限定しなければ上記状態になるとはいえない旨を主張する(審判請求書41頁21行?42頁4行)。
しかしながら、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の上記【0021】の記載は、【0020】に記載されたように、塩化ビニル系樹脂、該樹脂の可塑剤と、熱膨張性黒鉛を含有する熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に、脱塩酸触媒を配合した場合の作用を説明したものであって、本件発明1のように、上記樹脂材料に更に脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含有する樹脂材料の作用を説明したものではない。
また、脱塩酸触媒の種類や配合量を特定するために必要な試料A及び試料B中に含まれる可塑剤がフタル酸ジオクチルに特定されていても、これは、あくまで脱塩酸触媒の種類や配合量を特定するために必要なだけであり、本件発明1のサポート要件を満足させるための特定とは直接関係のないことである。
さらに、上記(3)で述べたように、本件発明は、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域である180?240℃までは脱塩酸触媒の機能を抑える脱塩酸抑制化合物としてメラミンシアヌレートを用いた熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、メラミンシアヌレートが存在する場合は、160℃、190℃、220℃及び240℃のいずれの温度でも、経時減量曲線は緩やかであり(第6 エの【0034】、【0035】、第6 サの【0085】?【0088】、図1?図4(図の摘記は省略))、上記主張のように、170?240℃の低温度で著しい重量減少を引き起こすものではない。
そして、本件発明は、上記アで述べたように、塩化ビニル系樹脂用の可塑剤がフタル酸ジオクチル以外のものであっても上記課題を解決できると当業者が認識できるものであり、フタル酸ジオクチル以外の可塑剤を用いる場合に、脱塩酸触媒や脱塩酸抑制化合物が適切に機能しなくなることが、本件出願時の技術常識であることを示す証拠も見当たらない。
以上のとおりであるから、請求人の主張は採用できない。

(イ)なお、請求人は、フタル酸ジオクチル以外の塩化ビニル系樹脂用の可塑剤を用いる場合に、上記課題を解決することができないことを、具体的な証拠に基づいて説明していない。

(7)まとめ
以上のとおりであるから、無効理由2-1、無効理由2-2a、及び無効理由2-2bによっては、請求項1?3、5?9に係る特許を無効にすることはできない。

4 無効理由3(進歩性)について
(1)甲1に記載された発明
甲1には、請求項1の記載(第7 1(1)ア)からみて、以下の発明が記載されているといえる。
「塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である膨張性黒鉛と難燃材と、更に前記膨張開始温度における前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒とを含有してなる、火焔初期の延焼防止のための熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料であり、
前記脱塩酸触媒は、前記塩化ビニル系樹脂として、平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、前記可塑剤として、フタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、
該物質の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、前記フタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内であり、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、
前記難燃材が、ポリリン酸アンモニウム系化合物であり、
更に、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料。」(以下、「甲1発明1」という。)

また、甲1には、請求項10の記載から、以下の発明が記載されているといえる。
「火焔初期の延焼防止のための熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で、難燃材であるポリリン酸アンモニウム系化合物を50?150質量部の範囲でそれぞれ用い、更に前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料を製造する際に、
前記で使用する脱塩酸触媒を、前記塩化ビニル系樹脂として、平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、前記可塑剤として、フタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、
前記選択した物質の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、前記平均重合度が400?3,000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、前記フタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内となるように決定する、熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料の製造方法。」(以下、「甲1発明2」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明1を対比すると、甲1発明1の「熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料」は、本件発明1の「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、
「塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、を含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、
前記脱塩酸触媒は、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内である熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。」の点で一致し、以下の点で相違すると認定する。

相違点1:熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を構成する塩化ビニル系樹脂が、本件発明1では「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」であるのに対して、甲1発明1ではその平均重合度が特定されていない点
相違点2:熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が、本件発明1は「脱塩酸抑制化合物」を含み、「前記脱塩酸抑制化合物が、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、メラミンシアヌレートであ」るのに対して、甲1発明1は、難燃材であるポリリン酸アンモニウム系化合物を含む点
相違点3:本件発明1は、「前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上である」のに対して、甲1発明1は、「800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上である」点

イ 判断
(ア)相違点2について
事案に鑑みて、相違点2から検討する。
甲1発明1は、「低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物を提供すること」(上記第7 1(1)イの【0007】)を課題とし、180?240℃の低温域において、著しい塩化ビニル系樹脂の重量の減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)、炭化が促進された状態となる脱塩酸触媒として機能し得る物質の存在を見出して利用したものである(上記第7 1(1)エの【0022】)。そして、甲1には、難燃材として、リン化合物の中でもポリリン酸アンモニウムを用いると、熱膨張性シートを得る場合に成形性に優れ、その加熱膨張体は、より崩れのない、炎の圧力で容易には吹き飛ばない、形状保持性に優れたものとなること、及び、ポリリン酸アンモニウムと脱塩酸触媒との併用によって有用な相乗効果が得られることが記載されている(上記第7 1(1)オの【0033】、同カの【0045】)。
これらの記載から、甲1発明1は、上記脱塩酸触媒とポリリン酸アンモニウムを併用することにより上記課題を解決するものであり、難燃材としてポリリン酸アンモニウムを用いることを前提するものであるといえる。
一方、甲2には、発泡型耐火被覆用熱可塑性樹脂に耐火材の有効成分として含まれるポリリン酸塩が加水分解性を有しており、耐水性が不十分であることが記載され(第7 1(2)ウ)、甲3には、リン化合物との組み合わせによる難燃性熱可塑性樹脂組成物は耐水性が十分でないことが記載され(第7 1(3)イ)、甲4には、難燃性樹脂組成物に使用されるポリリン酸アンモニウム等のリン系難燃剤は耐水性が満足できるものではないことが記載され(第7 1(4)イ)、甲5には、ポリリン酸アンモニウムを難燃剤として樹脂に添加した場合、ポリリン酸アンモニウムの吸湿性、水溶性、加水分解性に起因して、梅雨時等の高温高湿条件下では成型体表面にブリードすることが記載され(第7 1(5)イ)、甲6には、塩化ビニル樹脂組成物の難燃剤として、メラミンシアヌレート等のメラミン系化合物及びポリリン酸アンモニウム等のリン系化合物が挙げられることが記載され(第7 1(6)ア)、甲7には、塩化ビニル樹脂、塩化ビニル系共重合体樹脂等の熱可塑性樹脂に用いる難燃剤粒子として、ポリリン酸アンモニウム等のリン原子含有化合物やメラミンシアヌレート等の窒素原子含有化合物が挙げられることが記載され(第7 1(7)ア)、甲8には、塩化ビニル系樹脂組成物に配合してもよい難燃剤の例として、メラミンシアヌレート等のトリアジン環含有化合物、ポリリン酸アンモニウム等の縮合リン酸エステル系難燃剤が挙げられることが記載されている(第7 1(8)イ)。
このように、甲2?甲5の記載によると、樹脂組成物の難燃剤としてポリリン酸アンモニウムが使用されているものの、ポリリン酸アンモニウムは耐水性に劣ることが知られていたことが理解できる。また、甲6?甲8の記載から、塩化ビニル系樹脂組成物の難燃剤として、ポリリン酸アンモニウムやメラミンシアヌレートが使用可能であることが知られていたことが理解できる。
しかしながら、甲6?甲8には、ポリリン酸アンモニウムとメラミンシアヌレートとは、種々の難燃剤と同列に例示されているにすぎず、メラミンシアヌレートが耐水性に優れた難燃剤であることや、ポリリン酸アンモニウムよりも耐水性に優れることは何ら記載されていない。
そうすると、甲2?甲5の記載から、甲1発明1において用いられるポリリン酸アンモニウムが耐水性に優れた難燃剤とはいえないとしても、上述のように、甲1発明1は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂製材料に優れた成形性を付与し、その加熱膨張体の形状保持性も優れる難燃剤であるポリリン酸アンモニウムを用いることを前提とするものであるから、ポリリン酸アンモニウムに代えて他の難燃剤を使用することには阻害要因があり、甲1発明1において、ポリリン酸アンモニウムに代えて他の難燃剤を使用することが動機付けられるとはいえない。また、仮に、ポリリン酸アンモニウムを他の難燃剤に置き換えることが動機付けられるとしても、甲6?甲8において、種々の難燃剤化合物と同列に例示されたものにすぎないメラミンシアヌレートに着目して、これをポリリン酸アンモニウムを置き換えることが動機づけられるともいえない。
また、本件発明1は、メラミンシアヌレートを単なる難燃剤ではなく、脱塩酸抑制化合物として用いられており、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から炭化物となる進行状態と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとの調整を適切するものであるが(本件訂正明細書の【0028】、【0037】、【0039】、【0087】)、甲1?甲8には、メラミンシアヌレートの脱塩酸抑制化合物としての機能については記載も示唆もされておらず、甲1発明1において、甲1?甲8の記載に基づいて、脱塩酸抑制化合物を含むこととし、これをメラミンシアヌレートとすることが動機づけられるとはいえない。

(イ)相違点3について
甲1発明1における粘結力は、甲1に「熱膨張性塩化ビニル系樹脂組成物を、1.6mmの厚みの、表面積が20mm×20mmの試料を・・・800℃で加熱し・・・膨張体を台に載せ、膨張体の最上部に、100mmφの円柱を密着させ・・・底部から5mmの高さまで押しつぶし・・・その間に測定された、前記円柱によって感知される最大抗力をkgfで示した」(第7 1(1)オの【0033】)と記載されるように、膨張体の最上部に100mmφの円柱を密着させ、膨張体の底部から5mmの高さまで押しつぶす間の最大抗力(kgf)であると解される。
一方、本件発明1の粘結力は、「加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した」(第6 サの【0077】)ものであり、甲1発明1の粘結力とは、加熱膨張体に当てる部材や押しつぶす高さの点でも異なり、ポリエステル不織布の点を措くとしても、両者が同じ物性値であるとは直ちにはいえないものである。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、粘結力を測定するための試験片におけるポリエステル不織布の有無や満たすべき粘結力の下限値だけでなく、粘結力を測定する際に加熱膨張体に当てる部材や押しつぶす高さの点でも、両者は相違するといえる。
そして、甲1には、加熱して膨張体とするための上記試料の層に、本件発明1の特定事項である「密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した」ことは記載されていないし、甲2?甲8の何れにも、厚みが1.5?1.6mmで面積20mm×20mmの樹脂材料に上記ポリエステル不織布が積層した試験片を用いて、本件発明1のように加熱膨張体に平滑な板を当てて押し下げ、該板の位置が底部から8mmの高さまでの間に測定される粘結力の最大抗力を測定することは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1発明1において、甲1?甲8の記載に基づいて、膨張体の粘結力を測定するための試験片を、樹脂材料の層に密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層したものとすることが動機づけられるとはいえない。

ウ 本件発明1が奏する優れた効果について
上記イで述べたように、相違点2及び3は、動機付けられるものではないが、念のため、本件発明1の効果について検討する。
本件訂正明細書には、本件発明1の効果について、加熱膨張体が「より高い粘結力を示す、より形状保持性及び機械的強度に優れた、低温域から火炎及び煙の遮断機能をより効果的に発揮し得る熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が提供される」及び「耐水性に優れ、製品が多様な環境下で使用された場合のいずれにおいても、火炎及び煙の遮断性能により優れたものになる、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が提供される」(【0013】)と記載されており、この効果に関して、検討例2の表4には、脱塩酸抑制化合物としてメラミンシアヌレートを用いた本件発明1の具体例である樹脂材料は、粘結力が2.6kgfという高い粘結力を示し、かつ、耐水性の指標である熱水浸漬後の減量率が1.0%という耐水性に優れるものであることが具体的なデータにより示されている。一方、同じく表4には、メラミンシアヌレートに代えてポリリン酸アンモニウムを用いた甲1発明1の具体例である樹脂材料は、粘結力が2.5kgfであり、耐水性が7.2%であったことが具体的に示されており、これが高い粘結力と優れた耐水性を示すものであるとはいえない。
そして、甲1?甲8には、脱塩酸触媒を含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料にメラミンシアヌレートを配合することにより、これが脱塩酸抑制化合物として機能して上記樹脂材料が高い粘結力を示し、しかも耐水性にも優れることは記載も示唆もされていない。
そうすると、本件発明1によって奏される効果は、甲1?甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

エ 請求人の主張について
請求人は、被請求人が採用している粘結力測定法は1種類であり、甲1発明1で規定された方法は「自社法の概要」であり、本件発明1で規定された方法は「自社法を実施する際の、測定用の試料片の調製等を含む、より具体的な測定方法」である旨を述べ、結局のところ、本件発明1の測定方法と甲1のそれとは同じである旨を主張する(令和2年6月26日上申書(請求人)の6頁1行?9頁24行)。
しかしながら、本件訂正明細書には、本件発明1で規定された方法が甲1発明1で規定された方法と同じであることは記載されておらず、上記イ(イ)で述べたように、両者は加熱膨張体を得た後の粘結力の測定方法の点で明らかに異なるものである。そして、他に、本件発明1で規定された方法が、甲1発明1で規定された方法と同じものであることを示す証拠は見当たらない。
よって、請求人の主張は採用できない。

オ 小括
したがって、本件発明1は、相違点1について検討するまでもなく、甲1に記載された発明、及び甲1?甲8に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明2、3、5?8について
本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、上記(2)で本件発明1について述べたのと同じ理由により、本件発明2、3、5?8は、甲1に記載された発明、及び甲1?甲8に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と甲1発明2とを対比する。
本件発明9と甲1発明2とは、いずれも「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法」であり、塩化ビニル系樹脂、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒、及び、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤を含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造すること、並びに、前記樹脂材料の構成成分の配合量、前記脱塩酸触媒の物質及び添加量の決定方法の点でも一致するものである。

そうすると、本件発明9と甲1発明2とは、
「熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、
塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に、
前記脱塩酸触媒を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内になるように決定する、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点4:熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を構成する塩化ビニル系樹脂が、本件発明9では、「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」であるのに対して、甲1発明2は、塩化ビニル系樹脂の平均重合度が特定されていない点。
相違点5:熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が、本件発明9は「脱塩酸抑制化合物」を含み、「前記脱塩酸抑制化合物として、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつメラミンシアヌレートを用いる」のに対して、甲1発明2は、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、難燃材であるポリリン酸アンモニウム系化合物を50?150質量部の範囲で」用いる点。

イ 検討
事案に鑑みて、相違点5から検討する。
相違点5は、本件発明9では脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを用いるのに対して、甲1発明2ではポリリン酸アンモニウムを用いるものである限りにおいて、相違点2と同じ相違点であり、上記(2)イ(ア)で検討したのと同じ理由により、甲1発明2において、甲2?甲8の記載に基づいて、ポリリン酸アンモニウムに代えて、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを用いることが動機づけられるとはいえず、本件発明9は、当業者が容易に想到し得たものではない。

ウ 小括
したがって、本件発明9は、相違点4について検討するまでもなく、甲1に記載された発明、及び甲1?甲8に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?3、5?9は、甲1に記載された発明、及び甲1?甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、無効理由3によっては、請求項1?3、5?9に係る特許を無効にすることはできない。

5 無効理由4(明確性)について
(1)特許法第36条第6項第2号(明確性要件)の判断手法
特許法36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載に関して、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、これを防止することにあるものと解される。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、本件明細書及び図面とを考慮し、本件出願時の技術常識にも照らして、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。

(2)本件発明1?3、5?9について
本件発明1及び9における脱塩酸触媒の物質及び添加量の決定方法は、本件発明1及び9で特定されるとおり、試料A及び試料Bの構成成分と配合量、加熱温度及び時間、満たすべき重量減の下限値が具体的に特定され、明確である。
この点について、本件訂正明細書の【0042】及び【0069】には、「特許文献2」として特許第5992589号公報(当審注:特許文献2は甲1である。)を引用して、特許文献2に脱塩酸触媒の詳細な説明があることが記載されており、特許文献2の【0050】?【0053】、【0061】?【0082】(第7 1(1)キ?ケ)には、本件発明1と同じ試料A及び試料Bを用いた脱塩酸触媒の物質及び添加量の決定方法、脱塩酸触媒の具体例、平均重合度が1650である塩化ビニル系樹脂52.0部、フタル酸ジオクチル(DOP)42.8部、単一の化合物である各種添加物5.2部を配合した試料Aを、180℃で15分、190℃で15分加熱した際の残渣物の残量(重量減%)、硬さ及び色相が記載されている。そして、特許文献2に記載された本件発明1の脱塩酸触媒に関する事項は、本件出願時の技術常識であると解される。
そして、本件発明1及び9における試料A及び試料Bの構成成分と配合量、加熱条件、満たすべき重量減(質量%)に、技術的又は文言上の不明確な点は見当たらず、これに基づいて試料A及び試料Bの重量減を測定することにより、本件発明1及び9における脱塩酸触媒の物質及び添加量を決定することができるといえる。
以上のことから、本件発明1における脱塩酸触媒の物質及び添加量に関する記載は、本件訂正明細書の記載、及び本件出願時の技術常識を参酌すると、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
また、本件発明1と同じ脱塩酸触媒の物質及び添加量に関する試料A及び試料Bを直接又は間接的に引用する本件発明2、3、5?8にも不明確な記載は見当たらない。
そうすると、本件発明1?3、5?9は明確である。

(3)無効理由4-1について
請求人は、塩化ビニル系樹脂の重量減が平均重合度により影響を受けることは本件出願時の技術常識である(甲9)から、本件発明1の「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂」という広範な規定では、脱塩酸触媒の種類及び配合量を一義的に決定することができない旨を主張する。
しかしながら、上記3(5)で述べたように、甲9と同内容の事項が記載された甲9-1には、ポリ塩化ビニルの重合度が増大するにつれて重量減少率が減少することが記載されているが、これは、本件発明1と異なる組成物を加熱した実験結果であって、熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及び脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートを含有する組成物の重量減少率を示したものではない。
また、本件発明1の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料においても、甲9-1に記載された、上記熱膨張性黒鉛、脱塩酸触媒及びメラミンシアヌレートを含有しない材料の重量減少率と同様の結果となることを示す本件出願時の技術常識はない。
これらのことから、甲9-1に記載された事項を根拠に、本件発明1において、「脱塩酸触媒の種類及び配合量を一義的に決定することができない」とはいえない。
なお、請求人は、本件発明1における試料Aの重量減が、その下限値である25質量%に近い物質(例えば、塩化亜鉛)を脱塩酸触媒に用いる場合は、試料Aにおける塩化ビニル系樹脂の平均重合度によっては上記下限値を跨ぐ可能性が高い旨を述べるが(令和2年6月12日上申書(請求人)8頁6?14行)、請求人は、単にそのような可能性があることを指摘しているだけで、現にそのような場合があることを具体的な証拠を示して主張している訳ではない。
よって、請求人の上記主張を採用することはできない。

(3)無効理由4-2について
無効理由4-2は、第4 1(4)イに示したとおりのものであり、概略、異議決定後の特許請求の範囲の請求項5?8に係る発明において、「銅、酸化銅」を脱塩酸触媒に用いる場合は、試料Aの重量減が25質量%以上とならないことは明らかである、というものである。
本件訂正請求の訂正事項3により、請求項5から「銅、酸化銅」が削除され、無効理由4-2に関する請求人の主張の根拠がなくなった。そして、本件発明5の「金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄」が、本件発明1に規定された試料Aの重量減を満たし、本件発明1の「脱塩酸触媒」であることは、本件訂正明細書の【0069】に記載された特許文献2(甲1)の表2から明らかである。
そうすると、本件発明5は明確である。
また、本件発明6?8は、本件発明5を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明5について述べたのと同じ理由により、明確である。
したがって、本件発明5?8は明確である。

(4)無効理由4-3について
無効理由4-3は、第4 1(4)ウに示したとおりのものであり、概略、試料A及び試料Bの重量減は、その形状・大きさや加熱方法にも依存するから、それらを特定していない異議決定後の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明は明確でない、というものである。
上記(2)で述べたように、本件訂正明細書には、特許文献2(甲1)に脱塩酸触媒の具体的な説明が記載されており、特許文献2に記載された脱塩酸触媒に関する事項は、本件出願時の技術常識であるといえる。
そして、特許文献2である甲1には、脱塩酸触媒の種類を決定するための試料Aに関して、平均重合度が1650である塩化ビニル系樹脂52.0部、フタル酸ジオクチル(DOP)42.8部、単一の各種添加剤5.2部からなるPVC樹脂液を試料Aとして用意し(【0061】)、これを0.5?1.0mm程度の厚みになるように、上面がオープン状態の容器に注いだことが記載されており(【0061】?【0063】)、これらの記載によると、試料Aは液状であって、所定の形状・大きさを有しないことが理解できる。また、試料Bは、塩化ビニル系樹脂及びフタル酸ジオクチルの配合量、並びに加熱条件及びそのときの重量減の下限値が試料Aと同じであるから、試料Aと同様に液状であると解される。
もし、仮に、試料A及び試料Bが液状でなく固体状であったとしても、本件発明1で規定される脱塩酸触媒の物質及び添加量を決定する方法により一義的に定まるように、本件出願時の技術常識に基づき、加熱前の試料を作製し、加熱方法を採用すればよいことは当業者に明らかであると解されるから、その形状、大きさ、及び加熱方法が特定されていないからといって、第三者が不測の不利益を被る程度に本件発明1が不明確であるとはいえない。
なお、請求人は、試料A及び試料Bの重量減が、その形状、大きさ、及び加熱方法にも依存する可能性を指摘するのみであり、現にそのような場合があることを具体的な証拠を示して説明していない。
よって、請求人の主張を採用することはできない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?3、5?9は明確であるから、無効理由4-1?無効理由4-3によっては、請求項1?3、5?9に係る特許を無効にすることはできない。

6 無効理由5(実施可能要件)について
(1)実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)について
特許法第36条第4項第1号は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と定めている。
これは、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が、明細書に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、物の発明については、その物を作れ、かつ、その物を使用することができ、物を生産する方法の発明については、その方法により物を生産することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならないことを意味するものである。そこで、この点について以下に検討する。

(2)本件発明1?3、5?9について
本件発明1は、概略、「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートとを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料」であって、上記脱塩酸触媒の種類及び添加量は、本件発明1で規定された試料A及び試料Bを用いる方法で決定され、本件発明1で規定された方法で測定した粘結力が1.0kgf以上のものである。
また、本件発明9は、概略、「平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートと、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する」方法であって、上記脱塩酸触媒の種類及び添加量は、本件発明9で規定された試料A及び試料Bを用いる方法で決定される方法である。
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の構成成分である塩化ビニル系樹脂、該樹脂用の可塑剤、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒、脱塩酸抑制化合物であるメラミンシアヌレートのそれぞれについて、各成分の好ましい材料及び含有量が記載されている(第6 カ?コ)。
また、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、検討例2として、表2に示す基本配合Cの「検討対象の化合物」にメラミンシアヌレートを用いたものは、加熱膨張体の粘結力が2.6kgfで、且つ、耐水性を示す熱水浸漬後の減量率が1.0%であり、総合判定が最高水準の「◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減少率が、2.5%以下である。」であったことが示されている(第6 サの【0079】及び表4)。検討例5(表6)及び検討例6(表7)においても、「検討対象の化合物」であるメラミンシアヌレートの添加量を5?20重量部としたもの、及び、メラミンシアヌレートを用い、「脱塩酸触媒」である酸化亜鉛の含有量を0.75?3.00重量部としたものは、上記「加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上」を満たすことが具体的に示されている(第6 サ)。
さらに、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の脱塩酸触媒に関して、特許文献2(甲1)に脱塩酸触媒の具体的な説明が記載されており(第6 キ及びサの【0069】)、特許文献2に記載された脱塩酸触媒に関する事項は、本件出願時の技術常識であるといえる。
また、本件発明1における「膨張体の粘結力」に関しても、本件訂正明細書には、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とポリエステル不織布とが積層してなる積層体の作製方法、加熱膨張体の粘結力の測定方法が記載されている(第6 サの【0075】?【0077】)。
そうすると、これらの記載及び技術常識に従い、本件発明1の脱塩酸触媒の物質及び添加量を選定でき、加熱膨張体の粘結力を測定できるから、本件発明1に係る熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を作れると解され、また、上述のように、検討例2、検討例5及び検討例6において具体的に試験片を成形して、加熱膨張体の粘結力や耐水性を測定し、樹脂材料の性質を明らかにしているから、本件発明1の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を使用することができるといえ、本件発明9の製造方法により上記樹脂材料を生産することができると解される。
以上のとおりであるから、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
また、本件発明2、3、5?8は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1について述べたように、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明2、3、5?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(3)無効理由5-1について
無効理由5-1は、第4 1(5)アに示したとおりのものであり、概略、本件訂正明細書の【0042】に挙げられた「金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化銅」が、本件発明1及び9における試料Aの重量減の規定を満たす脱塩酸触媒であるか不明であるから、本件発明1?3、5?9を実施することはできない、というものである。
まず、本件発明1において、脱塩酸触媒は試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であることがその決定方法と共に特定されており、また、本件訂正明細書の【0042】にも同内容の事項が記載されている。更に、本件訂正明細書には、検討例1として脱塩酸触媒の選択方法の具体例が記載されている(第6 サの【0066】?【0070】)。
また、上記(2)で述べたように、本件訂正明細書には、本件発明1の脱塩酸触媒に関して、特許文献2(甲1)に脱塩酸触媒の具体的な説明が記載されており(第6 キ及びサの【0069】)、特許文献2に記載された脱塩酸触媒に関する事項は、本件出願時の技術常識であるといえる。そして、特許文献2の検討例1には、平均重合度が1650である塩化ビニル系樹脂52.0部、フタル酸ジオクチル(DOP)42.8部、単一の化合物である各種添加物5.2部を配合した試料Aであって、上記添加剤として、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅などを用いたものを、180℃で15分、190℃で15分加熱した際の残渣物の残量(重量減%)、硬さ及び色相が記載されている(第7 1(1)ク)。
これらのことから、本件訂正明細書の記載及び上記技術常識に従い、脱塩酸触媒を決定することができると解されるから、本件訂正明細書の【0042】に例示された「金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化銅」が、本件発明1及び9における試料Aの重量減の規定を満たす脱塩酸触媒であるか否かは当業者に明らかであるといえる。
そうすると、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1?3、5?9を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(4)無効理由5-2について
無効理由5-2は、第4 1(5)イに示したとおりのものであり、概略、本件訂正明細書の【0042】には、脱塩酸触媒の配合割合が「塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部」であると記載され、これが本件発明1?3、5?9における試料Bの重量減の規定を満たすのか不明であるから、本件発明1?3、5?9を実施することができない、というものである。
本件訂正明細書の【0042】には、本件発明1における脱塩酸触媒の配合割合に関して、「塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部とすることが好ましい。しかし、この範囲に限定されるものでなく、本発明で規定する試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内で適宜に決定すればよい。」と記載されるように、上記「50?150質量部」は、脱塩酸触媒の好ましい配合割合にすぎず、脱塩酸触媒の添加量は、試料Bの規定により決定されるものであって、その具体的な添加量は、試料Aの規定により決定された脱塩酸触媒の種類によって異なるものであると解される。
そして、本件訂正明細書の検討例2には、塩化ビニル系樹脂52質量部と可塑剤42.8質量部に、酸化亜鉛を1.3?21.0質量部の範囲で添加した試料Bを180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲が具体的に示されている。
そうすると、請求人が指摘した本件訂正明細書の【0042】の記載のみを理由に、本件発明1?3、5?9を実施することができないとはいえず、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1?3、5?9を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(5)無効理由5-3について
無効理由5-3は、第4 1(5)ウに示したとおりのものであり、概略、本件訂正明細書の【0042】には、試料A及び試料Bの形状・大きさや具体的な加熱方法が記載されていないから、本件発明1?3、5?9を実施することができない、というものである。
上記4(4)の「無効理由4-3について」で述べたように、本件発明1及び9における試料A及び試料Bは、技術常識によれば液状であると解される。
もし、仮に、試料A及び試料Bが液状でなく固体状であったとしても、本件発明1で規定される脱塩酸触媒の物質及び添加量を決定する方法により一義的に定まるように、本件出願時の技術常識に基づき、加熱前の試料を作製し、加熱方法を採用すればよいことは当業者に明らかであると解されるから、その形状、大きさ、及び加熱方法が特定されていないからといって、本件発明1を当業者が実施することができないとはいえない。
なお、請求人は、試料A及び試料Bの重量減が、その形状、大きさ、及び加熱方法にも依存する可能性を指摘するのみであり、現にそのような場合があることを具体的な証拠を示して説明していない。
したがって、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1?3、5?9を実施することができるように、明確かつ十分に記載されているといえる。

(6)無効理由5-4について
無効理由5-4は、第4 1(5)エに示したとおりのものであり、概略、本件発明1における「800℃で加熱」する際の加熱時間等の加熱条件が、本件発明1や本件訂正明細書に規定されていないから、本件発明1?3、5?8を実施することができない、というものである。
上記主張は、第2 2(5)ウで述べたように、「800℃で加熱」は試料を800℃の雰囲気下で加熱したことを意味し、加熱条件が規定されなければ、試料自体の温度が800℃に達したか不明であることを前提にしたものであると解される。
しかしながら、第2 2(5)ア(ア)で述べたように、本件発明1における「800℃で加熱」が、試料自体の温度が800℃に達するように加熱することを意味するものであり、本件訂正明細書に、試料の加熱時間等の加熱条件が記載されていないことを根拠に、当業者が本件発明1?3、5?8を実施することができないとはいえない。

(7)まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1?3、5?9を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、無効理由5-1?無効理由5-4によっては、請求項1?3、5?9に係る特許を無効にすることはできない

第9 結び
以上のとおりであるから、請求人主張の無効理由及び証拠方法によっては、請求項1?3、5?9の各々に係る特許を無効にすることはできない。
請求項4は、本件訂正請求により削除されたから、請求項4に係る発明についての審判請求を却下する。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及び熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及び熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に関する。特に、低温域における火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、加熱されて膨張した膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れ、好ましい形態によれば、熱膨張性シート等の製品を耐水性に優れたものにできる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及び熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法に関する。本発明は、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の形態を、熱膨張性シート、パテ又は塗料にした製品が、例えば、戸外の環境にさらされたときに、雨水等による成分の溶出を抑制した機能性に優れたものにすることもできる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提供する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
建築材料の分野においては、耐火性能が重要視され、耐火性能を有する種々の材料が開発されている。膨張性黒鉛は、加熱により体積が急激に膨張する性質があり、この特性を利用して膨張性黒鉛を樹脂に含有させた、シート状(以下、熱膨張性シートとも呼ぶ)や、不定形物(パテ、塗料、被覆物)を製造して空間内に納め、火災時に熱で膨張を生起して火の回りを遅くする延焼防止材として用いられている。この際に膨張性黒鉛と併用される樹脂成分は、耐火性能として、樹脂材料自体の高い不燃性・難燃性の実現だけでなく、火災時に効果的な断熱層を形成し、これによって火炎及び煙の遮断機能を発揮できるものであることが要求される。
【0003】
このような機能を有する樹脂成分としては、ポリ塩化ビニル系樹脂があり、例えば、特許文献1には、ポリ塩化ビニル系樹脂の有する難燃性と成形性を利用した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が提案されている。この樹脂材料によれば、膨張性および膨張後の形状保持性を良好に維持しつつ、押出成形等で連続製造が容易であるとされており、成形体を膨張させて得られる構造体は、従来と同等の耐火性を有し、火災と煙を遮断するのに必要な機械的強度を有するものであるとされている。
【0004】
上記した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料に限らず、難燃性を向上させるため、熱膨張性樹脂材料では難燃剤を使用することが行われており、特に、火災時に熱で膨張を生起して火の回りを遅くする延焼防止材として用いる分野では、ポリリン酸系難燃剤が、その難燃効果とコストの面で多用されている。
【0005】
本発明者らは、既に、特に低温域における火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、膨張後における膨張体が形状保持性及び機械的強度に優れるものになる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提案している。この技術の特徴は、新たに、膨張性黒鉛の膨張開始温度における塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進する機能を有する脱塩酸触媒を見出したことにあり、その結果、この技術によって、従来の熱膨張性樹脂材料では実現できていなかった、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れる製品の提供を可能にしている。そして、この提案でも、難燃剤として、従来技術で多用されているポリリン酸系難燃剤を用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4250153号公報
【特許文献2】特許第5992589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、既に提案している上記した従来技術について更なる検討を進めていく過程で、上記した技術で提供した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、800℃に加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgfと高い、形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能に優れる製品を実現できるものの、該樹脂材料は、耐水性の面で検討すべき課題があり、耐水性を改善する必要があるとの認識をもった。すなわち、例えば、上記した従来技術によって提供される、シート状等の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を、戸外に面した雨水等にさらされる窓枠や戸口ドア等の戸内と戸外の境における延燃防止材として適用した場合に、耐水性が劣り、雨水等によって熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の成分が溶出し、このことが原因して、溶出物の析出によって外観上の不具合を発生することがわかった。外観上の不具合の程度によっては、このことに起因して、延焼防止材として用いられている熱膨張性シート等の製品が火災の際に加熱して膨張して得られる膨張体の性能が低下し、膨張体が本来有する高い性能が効果的に発揮されない事態が生じることが懸念される。従って、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料からなる製品における耐水性の向上は極めて重要な問題である。また、同時に、加熱して得られる膨張体の粘結力をより向上させた、より形状保持性及び機械的強度に優れた耐火性能を向上させた、より高品質の製品を安定して提供できる技術開発が望まれており、そのためには更なる改良が必要であるとの認識をもった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、低温域においても火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、800℃に加熱した膨張後における膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れた高品質のものになり、しかも、その製品が、戸外に面して使用され、雨水等にさらされたとしても耐水性に優れたものにできる、製品として多様な環境下での適用が可能な、火炎及び煙の遮断機能がより優れた、より高品質の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及びこれを用いた熱膨張性シート等の製品を安定して提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的は、以下の本発明によって達成される。即ち、本発明は、塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、前記脱塩酸触媒は、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内であり、前記脱塩酸抑制化合物が、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物であり、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が0.8kgf以上であることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を提供する。
【0010】
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の好ましい形態としては、下記のものが挙げられる。前記脱塩酸抑制化合物が、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、リン酸メラミン、メラミンポリリン酸金属塩、リン酸ピペラジン、エチレンジアミンリン酸塩、硫酸メラミン、メラミン、メラム、メレム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン、シランコートポリリン酸アンモニウム、メラミンコートポリリン酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウムからなる群から選択される少なくとも何れかであること;脱塩酸抑制化合物が、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、メラミンシアヌレート、硫酸メラミン、メラミン、ベンゾグアナミン及びシランコートポリリン酸アンモニウムからなる群から選択される少なくとも何れかであること;前記脱塩酸抑制化合物の使用量が、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、50?150質量部の範囲内であること;前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄からなる群から選ばれる少なくとも何れかであること;95℃の熱水中に24時間浸漬した際の溶出量が、質量基準で2.5%以下であること;樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が300g/m^(2)のポリエステル不織布に貼り合わせて積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上であること;その形状が、シート状であり、且つ、厚みが0.5mm?2.0mmであること;その形状が、ペースト状又は塗料状であること;窓枠又はドア枠に設置するためのものであることが挙げられる。
【0011】
本発明は、別の実施形態として、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に、前記脱塩酸触媒を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内になるように決定し、更に、前記脱塩酸抑制化合物として、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物を用いることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法を提供する。
【0012】
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法の好ましい形態としては、前記アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物が、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、リン酸メラミン、メラミンポリリン酸金属塩、リン酸ピペラジン、エチレンジアミンリン酸塩、硫酸メラミン、メラミン、メラム、メレム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン、シランコートポリリン酸アンモニウム、メラミンコートポリリン酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウムからなる群から選択される少なくとも何れかであることが挙げられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、800℃で加熱されて膨張して得られる膨張体(以下、「加熱膨張体」とも呼ぶ)が、より高い粘結力を示す、より形状保持性及び機械的強度に優れた、低温域から火炎及び煙の遮断機能をより効果的に発揮し得る熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が提供される。しかも、本発明の好適な形態によれば、形成した熱膨張性シート等の製品を、例えば、戸外に面して使用し、雨水等にさらされたとしても耐水性に優れ、製品が多様な環境下で使用された場合のいずれにおいても、火炎及び煙の遮断性能により優れたものになる、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料が提供される。本発明によって提供される、上記優れた熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、シート状に限らず、例えば、ペースト状にすることで、解放空間に充填して使用できるパテや、塗料状として、金属製或いは木製の柱や壁に適用したり、或いは、電線等に塗工することで、膨張後に、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度により優れる有用な加熱膨張体になる、熱膨張性の被覆物等を形成することができる、有用な各種製品の提供が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例の熱膨張性シートと比較例の熱膨張性シートを、160℃に加熱した場合の、加熱時間と減量との関係を示した図である。
【図2】本発明の実施例の熱膨張性シートと比較例の熱膨張性シートを、190℃に加熱した場合の、加熱時間と減量との関係を示した図である。
【図3】本発明の実施例の熱膨張性シートと比較例の熱膨張性シートを、220℃に加熱した場合の、加熱時間と減量との関係を示した図である。
【図4】本発明の実施例の熱膨張性シートと比較例の熱膨張性シートを、240℃に加熱した場合の、加熱時間と減量との関係を示した図である。
【図5】200℃?800℃に加熱した場合の発泡倍率を示す試験結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態を挙げて本発明を詳細に説明する。本発明者らは、既に提案している、塩化ビニル系樹脂をベースとし、これに、該樹脂用の可塑剤と、熱膨張性黒鉛と、難燃剤としてポリリン酸アンモニウムを配合してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料について更なる検討を進める過程で、該樹脂材料からなる製品を、窓枠等に適用して実際の使用環境を種々に想定した使用についての検討をした結果、下記の解決すべき課題を見出した。すなわち、従来の樹脂材料で形成した熱膨張性シートは、戸外環境下での雨水等で、シートや被覆物等が痩せてしまい、場合によっては、延焼防止機能に支障をきたすことがあり、より高品質の製品を安定して供給する点では、更なる検討が必要であることを見出した。延焼防止材として用いる製品の耐水性の問題は、重要であり、より高品位の製品を安定して提供するためには、この点を改良することが急務であるとの認識をもった。
【0016】
本発明者らは、まず、従来の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、該樹脂材料からなる製品(以下、単に「製品」と呼ぶ)の耐水性が劣ることについて鋭意検討した結果、製品の耐水性が劣る原因となる成分が、樹脂材料中に難燃剤として使用しているポリリン酸アンモニウムであることを見出した。ポリリン酸アンモニウムは、水に溶かしても加水分解せず、分子状態で存在し、安定性が非常に高い化合物であり、難燃剤として広範に使用されている。また、難燃剤として使用される場合、ポリリン酸アンモニウムの重合度が高いほど難燃効果が高い。市販品の重合度は100?500、場合によっては、1000を超える重合度のものもある。一方、重合度が高いほど溶解度が低くなり、重合度が20を超えると溶解度がぐっと下がるといわれており、難燃剤としての添加の場合は、通常、耐水性の問題はないと考えられる。
【0017】
しかし、本発明者らが、より高い粘結力を示す加熱膨張体となる樹脂材料の構成について検討していく過程で、これまでに提案した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製品とした場合に耐水性の面で劣る場合があり、その原因が難燃剤として使用したポリリン酸アンモニウムにあることを見出し、安定して高品質の製品を提供するためには、この点について検討すべきであることがわかった。
【0018】
具体的には、本発明者らは、塩化ビニル系樹脂をベースに、該樹脂用の可塑剤と、熱膨張性黒鉛と、脱塩酸触媒と、難燃剤としてポリリン酸アンモニウムとを配合してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料からなる製品を、窓枠等に適用して、実際の使用環境を様々に想定して検討した。その結果、雨水等にさらされる過酷な環境に置いた場合に、シートや被覆物等の外観が変化する場合があり、その場合は延焼防止機能に支障をきたすおそれがあり、多様な環境下のいずれにおいても、高品質の製品を安定して供給することを可能にするためは、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料について更なる検討が必要であることがわかった。すなわち、本発明は、その加熱膨張体が、より高い粘結力を示す形状保持性及び機械的強度に優れたものになることに加え、その製品を、過酷な環境における耐水性にも対応したものにすることもできる、環境適用性にも配慮した熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を開発することの重要性に配慮し、なされたものである。
【0019】
本発明者らは、まず、従来の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、その製品の耐水性が劣る場合があることについて鋭意検討を行い、その結果、耐水性が劣る現象の発生が、樹脂材料中の難燃剤の種類と関係していることを見出し、製品の品質向上のためには、使用する難燃剤についても詳細に検討する必要があるとの認識をもった。そして、難燃剤として使用されている種々の成分について検討していく過程で、難燃剤としての機能を有する成分の中でも、その構造中に、アミノ基を有するアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基を有するアンモニウム基含有化合物を、本発明者らが、先に開示した技術で提案した脱塩酸触媒と組み合わせて用いた場合、その製品を、加熱膨張体が、従来達成していたよりもより高い粘結力を示すものにでき、しかも、適用できる上記化合物の範囲は広く、耐水性を考慮して化合物を選択すれば、耐水性に優れた製品の提供が可能になることを見出した。本発明者らは、上記の効果が得られた理由を下記のように考えている。以下に、本発明に至った経緯を説明するとともに、本発明の構成によって得られる顕著な効果について説明する。
【0020】
本発明者らは、これまでに、加熱膨張体がより優れた延焼防止機能を発揮し得る材料の開発にあたり、従来にない観点からの検討を行い、その結果、塩化ビニル系樹脂と、該樹脂の可塑剤と、熱膨張性黒鉛を含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料において、低い温度領域での火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得、その加熱膨張体が、高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度に優れるものになる脱塩酸触媒の存在を見出し、このことについての提案をした。この技術についての詳細は、先に挙げた特許文献2に記載されている。すなわち、本発明で規定するように、この脱塩酸触媒は、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となり、低温域で高い重量減を示す物質である。脱塩酸触媒の代表例としては、例えば、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄等が挙げられる。なお、前記試料Aは、脱塩酸触媒の効果を判定するためのものであり、難燃剤を含んではいない。
【0021】
これらの脱塩酸触媒を用いることで、これを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、170?240℃の低温域で、著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こし、脱塩酸(ポリエン化)や炭化が促進された状態になり、最終的な加熱膨張体が、高い粘結力を示し、形状保持性及び機械的強度に優れるものになる。しかし、特許文献2での提案では、使用する難燃剤についての詳細な検討は行っておらず、従来と同様にポリリン酸アンモニウムを用いている。
【0022】
これに対し、本発明者らは、難燃剤として添加したポリリン酸アンモニウムが、その製品の耐水性が劣る原因であるとの知見に基づき、この点を改善すべく、ベースとする塩化ビニル系樹脂(可塑剤を含有)に、熱膨張性黒鉛と、上記した機能を示す脱塩酸触媒とからなる樹脂材料に、各種の難燃剤を添加して試験を行った。その結果、上記した機能を示す脱塩酸触媒を用いた場合、特定の構造的特徴を有する化合物を組み合わせることで、驚くべきことに、加熱膨張体の粘結力が更に向上する現象を見出した。また、本発明によって見出された、この驚くべき効果が得られる特定の構造的特徴を有する化合物の種類は多く、その種類を選ぶことで、加熱膨張体の高い粘結力に加え、その製品の耐水性をも改善できる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の構成が可能になるので、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料によれば、より高性能で、過酷な環境への適用性にも優れる多様な製品の提供が実現できる。
【0023】
本発明者らは、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を、その加熱膨張体がより高い粘結力を示す、より優れたものにできた理由を下記のように考えている。塩化ビニル系樹脂は、通常は、240℃?800℃の高温時に脱塩酸が促進され、硬い硬化状態を経由して最終的に炭化物となる。他方、熱膨張性黒鉛は、組成にかかわらず、膨張開始温度になれば温度に応じて膨張していく。ここで、170?240℃の低温域で著しい塩化ビニル系樹脂の重量減少を引き起こす脱塩酸触媒を用いると、塩化ビニル樹脂の硬化の進行状況と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛の膨張が同温度域で起こるので、黒鉛の膨張部に塩化ビニル系樹脂が絡みながら脱塩酸を伴って炭化していき、その結果、粘結力の大きい加熱膨張体となったものと考えられる。
【0024】
これに対し、脱塩酸触媒を用いない場合は、熱膨張性黒鉛の膨張が開始する温度域で、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸が不十分になる。このように、樹脂が軟化状態の時に黒鉛の膨張が完了すると、十分な樹脂の絡み合いがない状態なので加熱膨張体の粘結力をサポートできなくなると考えられる。このことは、脱塩酸触媒を用いない従来の製品では、脱塩酸触媒を使用した場合に比べて、その加熱膨張体が、脱塩酸触媒を用いた場合に比べて明らかに粘結力において劣り、形状保持性及び機械的強度に優れたものにできない、という事実によって裏付けられている。
【0025】
本発明者らは、上記した従来技術に対し、前記したように、より高品質の製品の実現を目的として更なる検討を行った。まず、熱膨張性黒鉛の膨張開始前に樹脂の硬化が早く進行すると、当然のことながら固形残渣としては存在するが、加熱膨張体に樹脂の炭化物が十分に被覆された状態にはならず、高い粘結力のものにはならない。このことは、塩化ビニル樹脂の脱塩酸を効果的に進行させる脱塩酸触媒の存在は絶対に必要であることを意味している。更に、本発明者らは、火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得るより最適な加熱膨張体を得るためには、脱塩酸触媒によって促進される塩化ビニル系樹脂の脱塩酸と、硬い硬化状態を経由して最終的に炭化物となる進行状態と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとの調整を適切にすることが重要であると考えた。より具体的には、上記した脱塩酸触媒によって促進される、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸から最終的に炭化物になる進行速度と、熱膨張性黒鉛の膨張スピードとの調整をすることが必要であると考えた。これに対し、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸は、ジッパー的に進行するとされているので、上記の考えは、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までの低温状態においては、ジッパー的な進行を促進させるために添加する脱塩酸触媒の機能を抑えること、すなわち、該機能を抑える化合物を併用することが必要である、と換言できる。
【0026】
そこで、本発明者らは、本発明のきっかけとなった製品の耐水性が劣ることの原因成分と考えられる難燃剤を種々に変更することで、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域までの低温状態において、併用した脱塩酸触媒の機能を抑える挙動に着目して検討を行った。前記したように、一般に、難燃剤としてはリン系難燃剤が多用されている。また、リン系難燃剤と窒素系難燃剤を併用すると極めて効果的な難燃効果が得られることが知られている。イントメッセント系難燃剤、すなわち、燃焼している表面に炭化(チャー)の発泡層を形成する考えでは、リン系難燃剤が炭化(チャー)を生成させ、窒素系難燃剤が窒素系ガスを発生し、炭化層の泡化を生起させるので相乗効果を発揮するとしている。
【0027】
本発明者らは、上記したことから、本発明で規定する脱塩酸触媒の存在下に、リン及び/又は窒素を含有する化合物からなる難燃剤を広範囲に使用して、検討試験を行った。検討の結果、リン系難燃剤と窒素系難燃剤の併用は、加熱膨張体の粘結力を高める必須要因でないことがわかった。そして、イントメッセント効果ではなく、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を併用することで、その加熱膨張体の粘結力をより高めることができることを見出して、本発明に至った。
【0028】
具体的には、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、塩化ビニル系樹脂をベースとなる樹脂とし、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、本発明で規定する前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒とする構成に、更に、脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を併用したことを特徴とする。このように構成したことで、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度である180?240℃の低温域では、脱塩酸を促進させる脱塩酸触媒を用いているにもかかわらず塩化ビニル系樹脂の脱塩酸の進行が抑えられる。一方、高温時には、脱塩酸を効果的に進行させることができるようになるので、より性能に優れた製品の提供ができるようになる。上記した物質の組み合わせを利用した本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料によれば、低温域においても火炎及び煙の遮断機能をより効果的に発揮し得、その加熱膨張体が、より高い粘結力を示す、形状保持性及び機械的強度により優れたものになるという効果が得られる。また、上記した物質の組み合わせにおいて、特に水に難溶性のアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を脱塩酸抑制化合物として選択して利用することで、得られる樹脂材料からなる熱膨張性シート等の製品が、耐水性に優れたものになるという新たな効果が得られる。具体的には、その製品を95℃の熱水中に24時間浸漬した際の溶出量が、質量基準で、2.5%以下の、耐水性にも優れた製品を実現することができる。
【0029】
本発明を構成する脱塩酸抑制化合物である、脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつアミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物(以下、単に脱塩酸抑制化合物と呼ぶ場合がある)の、加熱膨張体の粘結力に与える影響については、後に詳細を述べるが、本発明者らは、併用する脱塩酸触媒によって促進される脱塩酸で発生する塩酸と反応して、その結果、急激なポリエン化が抑制されたのではないかと考えている。
【0030】
本発明では、本発明で規定した脱塩酸触媒として、前記した特許文献2に記載されている、金属粉末及び金属化合物の脱塩酸に対する効果の差異を基に脱塩酸触媒を適宜に選択し、塩化ビニル系樹脂に、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、脱塩酸抑制化合物とを配合した系における高温(800℃)での燃焼試験を行い、燃焼試験後の加熱膨張体の粘結力を測定して、脱塩酸抑制化合物を併用したことによって生じる効果についての検討を行った。
【0031】
まず、検討の過程で、特許文献2に記載の技術で、難燃剤として使用していたポリリン酸アンモニウムを使用した場合と、使用しない場合について検討試験を行った。この結果、驚くべきことに、本発明で規定する脱塩酸触媒の効果を示す金属化合物等が存在していても、ポリリン酸アンモニウムを無添加にした場合には、加熱膨張体の粘結力は良好なものとならないことがわかった。一方、ポリリン酸アンモニウムが存在しても、脱塩酸触媒の効果を示す金属化合物が無添加の場合には、加熱膨張体の粘結力は不十分である。この結果、加熱膨張体の粘結力を良好なものにするためには、明らかに、脱塩酸触媒の効果を示す金属化合物等と、ポリリン酸アンモニウムの共存が必要であることがわかった。
【0032】
本発明者らは、更なる検討を重ねた結果、脱塩酸触媒と、ポリリン酸アンモニウムに限らず、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物とを併用し、これらの成分が加熱時に併存するように構成することが重要であることを見出し、本発明に至った。具体的には、下記の検討の結果、前記した試験でポリリン酸アンモニウムを使用したことによる加熱膨張体の粘結力の向上への寄与は、その構造中のアンモニウム基によることがわかり、この知見に基づき更なる検討を行い、本発明を達成した。
【0033】
前記した検討試験で用いた難燃剤として使用していたポリリン酸アンモニウムに替えて、同様な難燃剤として一般的に使用されている多種の難燃剤として使用して試験を行った結果、下記のことがわかった。ポリリン酸金属化合物を使用しての試験では、その効果が少ないこと、一方、メラミンコートポリリン酸及びポリリン酸メラミン・メラム・メレムを使用しての試験では、ポリリン酸アンモニウムの場合と同様に、よい効果を示した。また、リン分を含まない、硫酸メラミン、ベンゾグアナミン、メラミンシアヌレートでもよい効果を示した。更に、驚くべきことに、無機塩の塩化アンモニウムもよい効果を示した。他方、アミノ基を含まない、フォスファゼン、リン酸エステル及びアミノ基をメチロール化した、メチロールメラミンは、粘結力の向上効果において良い結果を示さなかった。これらの検討結果の詳細については後述する。
【0034】
本発明者らは、上記した現象が起こることについての理由を解明すべく、脱塩酸触媒として、触媒効果を示す酸化亜鉛の存在下に、前記した各種リン系難燃剤と窒素系難燃剤を添加して、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域である160℃、190℃、220℃、240℃のそれぞれの温度での減量を測定した。その結果を図1?図4に示した。
【0035】
その結果、加熱膨張体における粘結力の向上効果を示したアミノ基を有する、メラミンコートポリリン酸、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、硫酸メラミン、ベンゾグアナミン、メラミンシアヌレートの各化合物が存在する場合は、図1?図4に示したように、各温度のいずれの場合も、その経時減量曲線は緩やかであった。先に述べたポリリン酸アンモニウムが存在しないときの脱塩酸減量数値とは逆の結果となった。他方、加熱膨張体における粘結力の向上に大きな効果を示さないアミノ基を含有しない、フォスファゼン、リン酸エステル及びアミノ基を有するメチロールメラミンの各化合物の場合は、160℃及び190℃で大きな減量曲線を示した。なお、比べて温度の高い220℃及び240℃では殆どの化合物が単純な減量曲線となった。
【0036】
先に述べたように、塩化ビニル系樹脂の脱塩酸はジッパー効果が強いとされており、下記に挙げるように、多数の文献がある。例えば、「山田桜,塩ビとポリマー,20,(12),(1980)」、「小野塚満男,高分子,13,(8),(1964)」が挙げられる。脱塩酸は、塩化亜鉛、塩化スズ等の親電子化合物によって促進され、生成した塩酸が更に触媒作用を示すとされている。このジッパー効果を止めるために、各種の安定剤が知られている。P.シモン等は、ステアリン酸金属塩を基に動的な考察を行い報告しており、MgやPbの効果を述べている。文献としては、「P.シモン等,塩ビとポリマ一,31,(9),(1991)」や、「P.シモン等,塩ビとポリマ一,31,(10),(1991)」等が挙げられる。安定剤は脱塩酸と反応するので、添加された安定剤が反応して消費されている間は必然的に脱塩酸を抑止すると考えられる。例えば、安定剤としてジブチルスズマレートを用いた場合の報告がある(例えば、「香川等,東ソー研究報告,12,(1998)参照」。
【0037】
以上の検討結果より、加熱膨張体がより粘結力の高いものになる、より良好な熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とするためには、その構成を、強力な脱塩酸効果を有する脱塩酸触媒の存在に加えて、添加することで、熱膨張性黒鉛が膨張を開始する温度域においては脱塩酸を抑制し、且つ、この温度域以上の温度では減量が進む効果を有する、すなわち、脱塩酸抑制化合物として機能する、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物の共存が必須であることがわかった。
【0038】
更に、熱膨張シート等の製品が耐水性に優れるものとなるようにするためには、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物の中で、水への溶解度が非常に小さい水に難溶性の化合物を選択すれば、容易に実現できる。以下に、本発明を構成する成分について説明する。
【0039】
<脱塩酸抑制化合物(アミノ基含有化合物及びアンモニウム基含有化合物)>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、コンマコート成形法を利用することで、ある程度の厚みのある熱膨張性シートを形成することができる。また、得られた熱膨張性シートが熱で発泡(膨張)して形成される加熱膨張体は、より崩れのない、炎の圧力で容易には吹き飛ばない、形状保持性に優れたものとなる。本発明者らの検討によれば、これらの効果は、他の難燃剤を用いた場合と比較して明らかに異なり、効果の点で優位性があった。本発明者らの検討によれば、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、その構成成分として、アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物を用いたことによる効果の優位性は、本発明で規定した脱塩酸触媒として機能する成分との併用によって有用な相乗効果が得られることによってもたらされたものであることを確認している。換言すれば、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料では、アミノ基含有化合物やアンモニウム基含有化合物を単なる難燃剤としてではなく、併用する脱塩酸触媒に対する脱塩酸抑制化合物として用いている。
【0040】
本発明を構成する脱塩酸抑制化合物の具体例としては、ポリリン酸アンモニウム、ポリリン酸メラミン、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、リン酸メラミン、メラミンポリリン酸金属塩、リン酸ピペラジン、エチレンジアミンリン酸塩、硫酸メラミン、メラミン、メラム、メレム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン、シランコートポリリン酸アンモニウム、メラミンコートポリリン酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウム等が挙げられる。
【0041】
また、脱塩酸抑制化合物の添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部であることが好ましく、より好ましくは、70?100質量部である。この添加量が少な過ぎると、難燃効果、膨張時の形状保持効果が現れず、多過ぎると、樹脂材料の成形加工が困難になる傾向があるとともに、膨張率が低くなるので好ましくない。
【0042】
<脱塩酸触媒>
先に述べたように、本発明を構成する脱塩酸触媒については、先に挙げた特許文献2に詳細に記載されている。具体的なものとしては、例えば、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛、銅、酸化銅及び塩化鉄等が挙げられ、いずれも好適に使用し得る。しかし、これらに限定されるものではなく、本発明で規定する試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であれば、いずれも使用することができる。また、その配合割合は、少ないと難燃化の向上効果が期待できず、多過ぎると樹脂材料の粘度が高くなり配合しにくくなるので好ましくない。これ等の点から、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して50?150質量部とすることが好ましい。しかし、この範囲に限定されるものでなく、本発明で規定する試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内で適宜に決定すればよい。
【0043】
<塩化ビニル系樹脂>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を構成する塩化ビニル系樹脂には、(1)塩化ビニル単独重合体、或いは、(2)塩化ビニル及び塩化ビニルと共重合可能な不飽和結合を有する単量体の共重合体であって、且つ、塩化ビニルを50質量%以上含有する塩化ビニル系共重合体等が使用できる。
【0044】
塩化ビニルと共重合可能な不飽和結合を有する単量体としては、例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等のビニルエステル;アクリル酸、メタクリル酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸エステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル等のメタクリル酸エステル;エチレン、プロピレン等のオレフィン;アクリロニトリル;スチレン等の芳香族ビニル;塩化ビニリデン等を挙げることができる。
【0045】
本発明で用いる塩化ビニル系樹脂の平均重合度は特に限定されないが、好ましくは、400?3,000であり、さらに好ましくは、1,000?2,000である。平均重合度が、400未満であると、得られる成形体の機械的特性が劣ることがある。平均重合度が、3,000を超えると、成形時における塩化ビニル系樹脂の溶融粘度が高くなり、成形が困難になることがある。なお、溶融粘度を低下させるために成形温度を上昇させると、塩化ビニル系樹脂が分解を起こしてしまい良好な成形物を得ることが困難となる。本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、成形法にもよるが、その粘度が、25℃で、5000?20000mPa・secであるものを用いることが好ましい。塩化ビニル系樹脂は、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。
【0046】
<可塑剤>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、該樹脂用の可塑剤を含有してなる。可塑剤としては、例えば、ビス(2-エチルヘキシル)フタレート、ジイソノニルフタレート、ジイソデシルフタレート、ジトリデシルフタレート、高級アルコールの混合フタル酸エステル等のフタル酸誘導体(特にはフタル酸エステル);トリス(2-エチルヘキシル)トリメリテート、トリ(n-オクチル)トリメリテート、トリイソオクチルトリメリテート等のトリメリット酸誘導体(特にはトリメリット酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)アジペート、ジイソノニルアジペート、ジイソデシルアジペート、高級アルコールの混合アジピン酸エステル等のアジピン酸誘導体(特にはアジピン酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)アゼレート、ジイソオクチルアゼレート、ジ-(n-ヘキシル)アゼレート等のアゼライン酸誘導体(特にはアゼライン酸エステル);ビス(2-エチルヘキシル)セバケート、ジイソオクチルセバケート等のセバシン酸誘導体(特にはセバシン酸エステル);フェノール系アルキルスルホン酸エステル等のスルホン酸誘導体(特にはスルホン酸エステル);エポキシ化大豆油、エポキシ化あまに油等のエポキシ誘導体(特にはエポキシ化エステル)等の可塑剤;アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸等のジカルボン酸と、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等の2価アルコールとの重合型エステルであるポリエステル系可塑剤等を使用することができる。これらの可塑剤の中でも、移行性、抽出性、ブリード性等の面から高分子量の可塑剤が好ましい。なお、可塑剤は、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。
【0047】
上記した可塑剤の添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、10?100質量部程度であり、好ましくは20?80質量部程度である。この添加量が10質量部未満であると、溶融粘度が高く、シート状の製品を形成する場合の成形性が悪くなり、また、成形体が脆くて壊れ易くなるので好ましくない。一方、この添加量が100質量部を超えると、成形体の難燃性が低下するとともに、燃焼時の発煙量が多くなるので好ましくない。
【0048】
<熱膨張性黒鉛>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を構成する熱膨張性黒鉛は、例えば、熱膨張性シートとして、窓枠等の空間内に納めた場合に、火災時等の温度上昇によって該シートを膨張させるための発泡成分となるものである。熱膨張性黒鉛は、天然に産出される鱗片状黒鉛の層間に化合物を挿入して中和したもので、熱によって含有している化合物がガスを発生し、その結果、鱗片状の黒鉛が膨張する。
【0049】
本発明者らの検討によれば、熱膨張性黒鉛の塩化ビニル系樹脂に対する割合は重要な要素ではないが、多すぎると加熱膨張後の膨張体の密度が小さくなり、また、多いと膨張倍率が小さくて延焼防止の役割を果たさない。膨張倍率は、試験前の厚みで800℃加熱後の膨張体の垂直な高さの比で計算され、10倍以上?40倍以下が好ましい。この範囲を得るために、本発明では、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、熱膨張性黒鉛の配合部数を50?150質量部としている。
【0050】
天然に産出される鱗片状黒鉛の粉末を、濃硫酸、硝酸、セレン酸等の無機酸、或いは、酢酸、ギ酸等の有機酸、濃硝酸、過塩素酸、過塩素酸塩、過マンガン酸塩、重クロム酸塩、過酸化水素等の強酸化剤とで処理したものであることが好ましい。上述のように処理した黒鉛は、例えば、アンモニア、脂肪族低級アミン、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物等で、中和処理することが好ましい。
【0051】
火災初期の延焼防止のためには、熱膨張性黒鉛の低温での膨張開始が必要である。このため、膨張開始温度が180?240℃である低温膨張性のものを使用した場合、膨張していく熱膨張性黒鉛の中に、塩化ビニル系樹脂が補強材の如く絡まっていくと考えられ、低い温度域から火炎及び煙の遮断機能を効果的に発揮し得る性能の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とすることができる。このため、本発明によって提供される熱膨張性シートは、火災初期のより早い段階で、延焼防止効果が発揮されるものになる。
【0052】
本発明で使用する熱膨張性黒鉛は、平均粒径が100?600μmの範囲であるものが好ましく、120?500μmの範囲であるものが、さらに好ましい。平均粒径がこのような範囲を満たすと、膨張性、作業性及び形状保持性が良好なものとなる。
【0053】
熱膨張性黒鉛の添加量は、先に述べたように、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、50?150質量部程度であり、より好ましくは、70?100質量部である。この添加量が少なすぎると、膨張による難燃効果が十分に得られず、多くなりすぎると、樹脂材料の成形加工が困難になるとともに、発泡(膨張)した際の形状保持性が悪くなる。
【0054】
<その他の任意成分>
(熱安定剤)
本発明の塩化ビニル系樹脂材料を成形する際には、熱分解を抑制するために熱安定剤を添加することが好ましい。熱安定剤としては、例えば、Pb系或いはSn系や、Ba/Znの複合系或いはCa/Znの複合系等の、一般的に硬質塩化ビニル系樹脂に用いられるものを使用することができる。これら熱安定剤は、一種単独で用いても二種以上を併用してもよい。また、この熱安定剤を添加する場合の添加量は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して0.1?10質量部程度であり、より好ましくは、0.5?5質量部程度である。
【0055】
(改質剤)
また、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を用いて熱膨張性シートを形成する際の、成形性や物性を向上させるために、樹脂材料中に、アクリル系の加工助剤、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS樹脂)、メタクリル酸メチル-ブタジエン-スチレン共重合体(MBS樹脂)、アクリル系ポリマー、塩素化ポリエチレン等の改質剤等を、本発明の効果を損なわない範囲で添加してもよい。
【0056】
(発泡剤)
さらに、発泡性(膨張性)を増すために、補助発泡剤として、例えば、アゾジカルボンアミド等のアゾ化合物、4,4’-オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド)等のヒドラジン化合物、N,N’-ジニトロソペンタメチレンテトラミン等のニトロソ化合物、炭酸水素ナトリウム等の重炭酸塩等を添加してもよい。
【0057】
なお、本発明においては、本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じて、本発明で規定する以外の無機化合物からなる充填剤を併用することも可能であるが、その場合の添加量は、少なくすることが好ましい。
【0058】
必要に応じて添加できる他の無機充填剤としては、従来公知の下記に挙げるようなものが使用できる。例えば、アルミナ、酸化チタン、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化鉄、酸化錫、酸化アンチモン、フェライト類等の金属酸化物;水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、ハイドロタルサイト等の含水無機物;塩基性炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム等の金属炭酸塩;硫酸カルシウム、石膏繊維、けい酸カルシウム等のカルシウム塩;シリカ、珪藻土、ドーンナイト、硫酸バリウム、タルク、クレー、マイカ、モンモリロナイト、ベントナイト、活性白土、セピオライト、イモゴライト、セリサイト、ガラス繊維、ガラスビーズ、シリカ系バルン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化けい素、カーボンブラック、グラファイト、炭素繊維、炭素バルン、木炭粉末、各種金属粉、チタン酸カリウム、硫酸マグネシウムチタン酸ジルコン酸鉛、アルミニウムボレート、硫化モリブデン、炭化けい素、ステンレス繊維、ホウ酸亜鉛、各種磁性粉、スラグ繊維、フライアッシュ、脱水汚泥等を挙げることができる。
【0059】
<熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法は、塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する。そして、先に述べたように、その際に、脱塩酸触媒となる物質の種類の選択と、その添加量の決定を、本発明で規定するようにして行い、その脱塩酸触媒と併用する脱塩酸抑制化合物として、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物を用いることを特徴とする。
【0060】
(樹脂材料の調製方法)
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、上記した本発明で必須とする成分、及び必要に応じて添加する任意成分を、例えば、ディゾルバーミキサー、ニーダーミキサー等の混練装置を用いて混練することにより得ることができる。混練は、混練装置内の樹脂材料の温度が、20?50℃となるように行うことが好ましい。その後に熱膨張性シートを成形する方法にもよるが、例えば、コンマコート成形法で熱膨張性シートを成形する場合であれば、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を好適なペースト状とすることを要するので、25℃における粘度が5000?20000mPa・sec程度になるように調整することが好ましい。この樹脂材料に溶剤を加えてペースト状にしてパテとしても利用できる。また、塩化ビニル系樹脂に親和性のある溶剤を適量使用して、塗料化し、塗料(被覆剤)としても用いられる。塩化ビニル系樹脂に親和性のある溶剤としては、例えば、テトラハイドロフランやトルエン等を挙げることができる。
【0061】
<熱膨張性シートの成形方法>
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料は、例えば、簡便なコンマコート成形法を利用することで、容易に熱膨張性シートを成形することができる。ペースト状の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を離型性のある基材(原紙)上にコートすることで、適宜な厚みのシートを容易に得ることができる。本発明の熱膨張性シートは、0.5mm?2.0mm程度であることが好ましいが、本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を用い、コンマコート成形法を適用することで容易に得られる。この際、押出成形やカレンダー成形で熱膨張性シートを作製する場合と異なり、樹脂材料を熱と圧力とで溶融する必要がないので、これらの方法において生じていたシートを冷却した際の収縮の問題が抑制され、良好な状態の均一なシートが得られる。
【0062】
(熱膨張性シート)
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料によって得られる熱膨張性シートは、上述の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料をコンマコート成形することによって容易に得ることができる。本発明の熱膨張性シートは、例えば、ガスバーナー等による炎、熱風等によって膨張温度(通常、180℃)以上に加熱することにより膨張する。熱によって膨張した膨張体は、それ自体で形状を保持することができるだけでなく、火炎と煙とを遮断するのに十分な機械的強度を有する。従って、本発明の熱膨張性シートを住宅、ビル等の建物の窓枠(例えば、サッシと壁との間)等に用いることで、火災等の際にも成形体は燃焼せずに窓ガラスを保持し、火炎が裏面に伝播することを防止することができる。本発明の熱膨張性シートは、その他、防火戸等の隙間等の耐火性が必要とされる用途又は防火に必要な場所に用いることができる。
【0063】
本発明の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の機能を評価するために用いた800℃での高温燃焼試験後の膨張体の粘結力の測定は、公式で示された方法はなく、自社法にて行った。具体的には、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、1.5?1.6mmの厚みの、表面積が20mm×20mmの試料を作製し、これを800℃で加熱後に得られた膨張体の最上部に平滑な板を圧縮試験機等で押し下げ、底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した。
【実施例】
【0064】
次に、検討例、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明する。本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。尚、文中「部」又は「%」とあるのは、特に規定されていなければ質量基準である。
【0065】
検討例、実施例及び比較例で使用した主な成分は以下の通りである。脱塩酸触媒に用いた酸化亜鉛及び塩化鉄は、いずれも試薬として販売されているものである。脱塩酸抑制化合物に該当するか否かに用いた物質については後述する。
・塩化ビニル系樹脂
塩化ビニル系樹脂には、平均重合度が1,650の、東ソー社製のリューロンペースト772A(商品名)を用いた。以下、PVCと略記する場合がある。
・可塑剤
塩化ビニル系樹脂の可塑剤であるフタル酸ジオクチル(新日本理化社製、サンソサイザーDOP(商品名))を用いた。以下、DOPと略記する場合がある。
・熱膨張性黒鉛
熱膨張性黒鉛には、膨張開始温度が180℃、平均粒径が180μmの三洋貿易社製のSYZR802(商品名)を用いた。
・熱安定剤
熱安定剤には、Zn/Caの複合系のものを使用した。具体的には、大協化成社製のLX-550を用いた。
【0066】
〔検討例1〕-脱塩酸触媒の選択方法の例
表1に示したように、熱膨張性黒鉛と、難燃剤として代表的なポリリン酸アンモニウムを用い、これに、酸化亜鉛又は炭酸カルシウムを配合し、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製した。そして、図5に、上記で調製した2種の配合品を800℃まで加熱した際の発泡倍率のグラフを示した。図5から、いずれの組成の場合も、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度の200℃から膨張を始め、発泡が急激に進み、500?600℃程度の温度からは、発泡速度が低下することがわかる。
【0067】

【0068】
一方、調製した2種類の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を用い、下記の方法で粘結力を測定した結果では、酸化亜鉛を添加したものでは、粘結力が1.22kgfと高かったのに対し、炭酸カルシウムを添加したものでは、0.38kgfと低かった。ここで、酸化亜鉛は、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、脱塩酸触媒として酸化亜鉛を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が45質量%(残渣物の残量%が55%)となる物質である。一方、炭酸カルシウムは、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、炭酸カルシウムを5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が3質量%(残渣物の残量%が97%)となり、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度である低温域ではほとんど重量減のみられない物質である。
【0069】
これらのことは、例えば、酸化亜鉛のような、試料Aの減量が激しい化合物を使用することで、加熱膨張体の粘結力を高めることができることを示している。本発明では、このような物質を、脱塩酸触媒と呼んでいる。なお、この点についての詳細は、前記した特許文献2に記載されている。該特許文献2に記載されているように、脱塩酸触媒としては、上記した酸化亜鉛のように、本発明で規定する試料Aの減量が激しい化合物を使用することで、加熱膨張体の粘結力を高めることができる。この他の物質としては、例えば、金属亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄等を挙げることができるが、本発明で規定する試料Aの減量を求めて該当する物質であれば、これらに限定されることなく、いずれの物質も用いることができる。
【0070】
上記の粘結力は、上記で得た熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料で、厚さ1.5?1.6mmの厚みで、表面積が20×20mmのシート状の試料を作製し、これを800℃で加熱して膨張させて得られた加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さになるまでの間に測定された最大抗力をkgfで示したものである。
【0071】
〔検討例2〕-脱塩酸抑制化合物を見出すための検討試験
脱塩酸触媒として酸化亜鉛を用い、脱塩酸抑制化合物として、表4に記載の各種のアミノ基含有化合物及びアンモニウム基含有化合物を添加して調製した、表2に示した基本配合Cの熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料について、それぞれの樹脂材料の加熱膨張体の粘結力を測定し、これらの化合物を添加したことによって生じる加熱膨張体の粘結力への影響を確認した。脱塩酸触媒の代表例として、酸化亜鉛と塩化鉄とをそれぞれ用いた。表2は、酸化亜鉛を用いた場合の配合であり、以下、酸化亜鉛を用いた場合を例にとって説明する。
【0072】

【0073】
上記配合Cで脱塩酸触媒として酸化亜鉛を用いた理由、また、その量をベースとなるポリ塩化ビニル樹脂100部に対して11.1部の割合で用いた理由は、酸化亜鉛は、本発明で規定している試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が45質量%(残渣物の残量%が55%)となる物質であり、加熱膨張体の粘結力が高いものとなる物質であったことによる。また、酸化亜鉛の添加量は、本発明で規定している、塩化ビニル系樹脂52質量部と、可塑剤42.8質量部に、更に塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内として求めた値に基づき決定した値である。表3に、酸化亜鉛の添加量と、試料Bにおける重量減との関係を示した。
【0074】

【0075】
表2に示した基本配合Cで、本発明で規定する脱塩酸抑制化合物を見出すための検討対象の化合物の種類を変えた液をそれぞれ調製し、得られた各液を離型紙上に、厚み1.5?1.6mmになるようにコートした。更に、コート液の表面に密度450g/m^(2)のポリエステル不織布を軽くラミネートした。次に、190?195℃の熱風乾燥炉中で3?5分間加熱して、熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料とポリエステル不織布とが積層してなる積層体をそれぞれに作製し、離型紙を剥離して試験用の試料とした。
【0076】
上記で得られた積層体試料についてそれぞれ、20×20mmの面積で切り出して加熱する試料とした。加熱する前に、積層体試料の厚みを測定した。積層体試料を800℃で加熱し、加熱して膨張後に得られた加熱膨張体について、下記の方法で発泡倍率と粘結力とをそれぞれ測定した。
【0077】
各樹脂材料の発泡倍率は、上記で得た加熱膨張体の垂直高さを測定し、「試験後の膨張体の垂直高さ/試験前の厚み」で求めた。加熱膨張体の粘結力は、上記で得た各積層体試料を800℃で加熱して膨張させて得られた加熱膨張体の最上部に平滑な板をあてて、圧縮試験機で板を押し下げて、板の位置が底部から8mmの高さまでの間に測定された最大抗力をkgfで示した。得られた結果を表4に示した。
【0078】
上記で得られた各積層体試料について、別に5×10mmの面積でそれぞれ切り出して、溶出試験用の試料とし、それぞれの試料の重さを測定した。そして、この試料5個を、100gの精製水に浸漬し、95℃で24時間放置して溶出試験を行った。試験後に熱水から取り出して95℃で3時間乾燥し、乾燥後の重さを測定した。そして、熱水に投入前の重さと、乾燥後の重さから、熱水による溶出量を算出し、投入前に対しての減量比を%で表示して耐水性とした。得られた結果を表4に示した。
【0079】
表4に総合判定結果を示したが、その基準は下記の通りである。
◎:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%以下である。
○:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、2.5%超?7.5%以下である。
△:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf以上で、且つ、耐水性を示す減量率が、7.5%超である。
×:加熱膨張体の粘結力が1.0kgf未満である。
【0080】

【0081】
表4に示されているように、加熱膨張体の粘結力は、明らかに、その構造中にアミノ基或いはアンモニウム基を含有する化合物を添加した場合に、これらの基を有さない化合物を用いた場合に比較して高い値を示すことが確認された。また、表4に示されているように、メラミンを使用した場合、発泡倍率が非常に高い数値を示し、アミノ基を有する構造の化合物を用いた場合に、加熱膨張体の非常に高い発泡倍率にもかかわらず、高い粘結力を実現できることがわかった。このことから、本発明者らは、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒に併用して、その構造中にアミノ基を有するメラミンを用いた場合における加熱膨張体の粘結力は、その発泡倍率を他の化合物と同程度に抑えられれば更に高くなるものと予想している。
【0082】
なお、構造中にアミノ基を有さないメラミンであるメチロールメラミンの場合は、加熱膨張体において、高い粘結力を実現することはできず、このことからも、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒と、本発明で規定する「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することによってもたらされる顕著な効果を示している。表2に示したように、総合判定で、特に、樹脂材料が耐水性に優れ、加熱膨張体の粘結力が高い値を示す化合物と判定されたものは、ポリリン酸メラミン・メラム・メレム、メラミンシアヌレート及びポリリン酸メラミンであった。酸化亜鉛のような脱塩酸触媒と併用したことで、加熱膨張体の粘結力が高いものの、樹脂材料の耐水性が若干劣る結果となった化合物は、ポリリン酸アンモニウム、硫酸メラミン、ベンゾグアナミン、メラミン及びシランコートポリリン酸アンモニウムであった。樹脂材料の耐水性に劣るものの、脱塩酸触媒と、本発明で規定する「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することで、加熱膨張体の粘結力を従来よりも高くできることが確認できた。このことは、使用場所について、雨水等が当たらないといった制約を受けるものの、この点を留意すれば、使用することで、火災時に熱で膨張を生起して火の回りを遅くする延焼防止材として有用であることを意味している。
【0083】
〔検討例3〕-脱塩酸触媒と、「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」とを併用することの効果についての確認
検討例2で用いた基本配合Cでは、PVC27.0部に対して、脱塩酸触媒として酸化亜鉛を3.0部又は塩化鉄3.0部を用い、「アミノ基及び/又はアンモニウム基を有する化合物」として、ポリリン酸アンモニウムやメラミン等を20部用いて熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製したが、本例では、これらの化合物を配合しない場合、一方のみを配合した場合の各熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を調製し、評価した。評価は、前記したと同様にして、樹脂材料の発泡倍率、加熱膨張体の粘結力を測定して行った。表5に、配合の違いと、測定結果を示した。
【0084】

【0085】
〔検討例4〕-脱塩酸抑制化合物を併用したことによる効果の確認試験
検討例2で調製した離型紙を剥離して得た試験用の試料を、20×20mmの所定の寸法にカットして各試験体とし、得られた試験体の重さを測定した。その後、各試験体を熱風乾燥機中に入れて、加熱減量を測定した。具体的には、熱風乾燥機内の温度を、熱膨張性黒鉛の膨張開始温度域の立上り部を想定した温度である、160℃、190℃、220℃、240℃にした場合について、それぞれ10分毎の重量測定を60分間実施して、残量率(%)を求めて、それぞれの結果を、図1?4にグラフで表示した。その結果、驚くべきことに、図1及び図2に示した、特に低温の160℃及び190℃で加熱した結果において、先に表2に示した結果で、加熱膨張体の粘結力が大きい値を示した、「アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物」が添加されている熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料では、その残量率が高く、加熱膨張体の粘結力が低い、構造中にアミノ基及びアンモニウム基をいずれも持たない添加剤では、加熱時間の経過とともに急激な残量率の低下を示すことが確認された。上記に対し、図3及び図4に示したように、220℃、240℃に達すると、いずれの場合も単調な減量曲線を示した。
【0086】
これらの結果は、検討例1で、脱塩酸触媒の選択方法において述べた、低温時の加熱で減量の激しい物質が、加熱膨張体の粘結力を高める効果があるとした結果と、一見矛盾している。しかしながら、図1?4で得られた結果と、検討例3で得た脱塩酸触媒の添加の効果から考察して、本発明者らは次のように推論している。
【0087】
加熱膨張体の粘結力を高めるためには、黒鉛の膨張に合せて発現する太いファイバー状の黒鉛膨張体に塩化ビニル樹脂成分が十分にまとわりつく必要がある。この膨張開始温度域で急激な減量、すなわち、脱塩酸が急激に進行し過ぎると、樹脂成分のまとわり効果の発生が困難となると考えられる。これに対し、図1及び図2に示したように、脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ「アミノ基含有化合物及び/又はアンモニウム基含有化合物」の存在によって、脱塩酸が急激に進行して発生する塩酸が補足され、ジッパー効果を防ぐ役割をしていると推論される。
【0088】
図3及び図4の結果から、その後、温度が上昇すると、膨張の急激な立上り域を過ぎた段階では、脱塩酸を抑制する効果よりも、脱塩酸の触媒効果が優勢になると考えられる。あるいは、アミノ基、アンモニウム基が、発生した塩酸を吸収しきって、ジッパーの阻止効果を失うものと考えられる。そして、それ以降の温度では、脱塩酸触媒が十分に働き、塩化ビニル樹脂の炭化を進行させる。この段階では、既に膨張体ファイバーには、樹脂成分がまとわりついているので、相互に結束しながらの炭化進行が行われ、これによって良好な粘結力を生み出したものと考えている。なお、以上は、得られた現象からの推論であって、完全な解明は未だされていない。
【0089】
〔検討例5〕-配合Cのアミノ基含有化合物の添加量を変えた時の加熱膨張体の粘結力に及ぼす影響についての確認

【0090】
表6の結果から、アミノ基含有化合物の添加部数が多くなるにつれて、加熱膨張体の粘結力が大きくなることが確認された。また、添加量が、15?20部でほぼ飽和してくることがわかった。また、20部以上になると加工特性が悪くなるので、好ましくは20部程度である。
【0091】
アミノ基含有化合物の粘結力に対する寄与は、酸化亜鉛のような脱塩酸触媒によって発生した塩酸を系から除去することに起因しているとすれば、化合物に含まれるアミノ基の数の影響を受けることになる。表6からは明確にはされていないが、おそらく添加部数によって生じる、加熱膨張体の粘結力への影響はそれに基づいており、アミノ基の塩酸吸収が飽和すると塩酸の自己触媒も働き始めて脱塩酸触媒の効果に加算すると推定される。
【0092】
〔検討例6〕-配合Cのアミノ基含有化合物の添加量を一定にし、酸化亜鉛の添加量を変えた時の、加熱膨張体の粘結力に及ぼす影響の確認

【0093】
表7の結果から、酸化亜鉛の添加部数が多くなると粘結力が大きくなることが確認された。この組成の場合は、基準の75%程度で飽和するのが確認された。この現象は、酸化亜鉛の添加量と加熱残量(%)の関係の表3と同傾向で飽和量の存在を示している。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂に、該樹脂用の可塑剤と、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛と、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸触媒と、脱塩酸抑制化合物とを含む熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料であって、
前記塩化ビニル系樹脂100質量部に、前記熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で含み、
前記脱塩酸触媒は、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質であり、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量が、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内であり、
前記脱塩酸抑制化合物が、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつ、メラミンシアヌレートであり、
前記樹脂材料によって形成した厚みが1.5?1.6mmで面積20×20mmの層に、密度が450g/m^(2)のポリエステル不織布が積層した試験片を、800℃で加熱して得られる膨張体の粘結力が1.0kgf以上であることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項2】
前記脱塩酸抑制化合物の使用量が、前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、50?150質量部の範囲内である請求項1に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項3】
95℃の熱水中に24時間浸漬した際の溶出量が、質量基準で2.5%以下である請求項1又は2に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項4】
削除
【請求項5】
前記脱塩酸触媒が、金属亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩化亜鉛及び塩化鉄からなる群から選ばれる少なくとも何れかである請求項1?3の何れか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項6】
その形状が、シート状であり、且つ、厚みが0.5mm?2.0mmである請求項1?3、5のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項7】
その形状が、ペースト状又は塗料状である請求項1?3、5のいずれか1項に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項8】
窓枠又はドア枠に設置するためのものである請求項6又は7に記載の熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料。
【請求項9】
熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法であって、
平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して、膨張開始温度が180?240℃である熱膨張性黒鉛を50?150質量部の範囲で用い、更に、前記膨張開始温度における、前記塩化ビニル系樹脂の脱塩酸を促進するための脱塩酸触媒と、脱塩酸を抑制するための脱塩酸抑制化合物と、前記塩化ビニル系樹脂の可塑剤とを用いて、これらを含有してなる熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料を製造する際に、
前記脱塩酸触媒を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチルを42.8質量部に、脱塩酸触媒を5.2質量部添加してなる配合の試料Aを、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱した際に、前記試料Aの重量減が25質量%以上となる物質から選択し、且つ、
前記脱塩酸触媒の前記塩化ビニル系樹脂100質量部に対しての添加量を、平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂を52質量部と、該樹脂用の可塑剤であるフタル酸ジオクチル42.8質量部に、更に前記平均重合度が400?3000の塩化ビニル系樹脂100質量部に対して所望となる量の脱塩酸触媒を添加した試料Bについて、180℃で15分、次いで190℃で15分加熱後に、前記試料Bの重量減が25質量%以上となる範囲内になるように決定し、
更に、前記脱塩酸抑制化合物として、加熱された初期の160?240℃の温度で、前記脱塩酸触媒の触媒機能を抑制する機能をもつメラミンシアヌレートを用いることを特徴とする熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2021-02-03 
結審通知日 2021-02-09 
審決日 2021-03-18 
出願番号 特願2016-256315(P2016-256315)
審決分類 P 1 113・ 536- YAA (C08L)
P 1 113・ 537- YAA (C08L)
P 1 113・ 841- YAA (C08L)
P 1 113・ 113- YAA (C08L)
P 1 113・ 121- YAA (C08L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安田 周史  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 近野 光知
井上 猛
登録日 2017-10-20 
登録番号 特許第6228658号(P6228658)
発明の名称 熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料及び熱膨張性塩化ビニル系樹脂材料の製造方法  
代理人 林 司  
代理人 菅野 重慶  
代理人 近藤 利英子  
代理人 岡田 薫  
代理人 岡田 薫  
代理人 竹山 圭太  
代理人 菅野 重慶  
代理人 竹山 圭太  
代理人 岡田 薫  
代理人 小林 均  
代理人 菅野 重慶  
代理人 近藤 利英子  
代理人 近藤 利英子  
代理人 竹山 圭太  

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